【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、上述した各種の課題の少なくとも一部を解決し、非破壊、非接触、かつ高空間分解能の電磁鋼板の特性を評価する評価装置、その評価方法、並びに電磁鋼板の製造システム及び電磁鋼板の製造方法の実現に大きく貢献し得る。
【0016】
本発明者らは、特許文献5において開示された測定方法又は装置を電磁鋼板の各種特性を測定する測定方法又は装置として確度高く活用するためには、電磁鋼板が備える特徴的な物性又は挙動に合わせた特別な工夫が必要であるとの知見に基づき、鋭意研究と分析を重ねた。その結果、ある特定の環境下において、外部磁場が印加された状態の、又はそのような外部磁場が印加された後の電磁鋼板に対して音波を照射することが、評価対象(又は測定対象)である電磁鋼板の物性を、非破壊、非接触、かつ高空間分解能に評価し得ることを確認した。また、本発明者らは、前述の知見に基づいて、より物性の安定した電磁鋼板の製造システム及び電磁鋼板の製造方法を創出した。本発明は、上述の視点に基づいて創出された。
【0017】
本発明において特筆すべきは、主として次の(1)〜(4)に示す4つの技術的効果を実現していることである。
(1)評価対象(又は測定対象)となる領域の範囲が、非常に微小な領域(例えば、ミリメートル又はサブミリメートルのオーダー)であること
(2)印加する磁場がゼロから飽和レベル未満までの広範囲であること(特に、飽和レベルに対して相当低い値であっても、本願発明の効果が奏され得ること)
(3)評価可能なパラメータとして、ヒステリシス、磁歪定数(及び、磁歪定数に基づいて近似的に算出される圧磁定数)、及び/又は最大磁束密度が含まれること
(4)上述の(1)〜(3)の知見に基づいて、より物性の安定した電磁鋼板の製造システム及び電磁鋼板の製造方法を実現すること
次に、本発明における電磁鋼板の物性評価又は電磁鋼板の製造を行うための原理、又は電磁鋼板の製造を行うための過程について、
図1乃至
図3を利用して説明する。
【0018】
図1は、本発明を活用した電磁鋼板90の物性評価又は電磁鋼板90の製造を実現するための基本的な評価システム1の構成の一例を示す概要側面図である。また、
図2の(a)は、
図1におけるS領域における電磁鋼板90の一部の断面を拡大した図面であって、特に弾性変形を強調した概念図である。また、
図2の(b)は、
図1におけるS領域における電磁鋼板90の一部の平面を拡大した図面であって、特に弾性変形を強調した概念図である。なお、
図2(a)及び(b)においては、理解を助けるために、磁歪方向が示されている。
【0019】
この評価システム1は、音波発生源である音波発生部20から照射される音波を、その音波の伝播媒体30を経由して、評価対象となる電磁鋼板90に到達する構成が採用される。換言すれば、本願においては、音波発生部20と電磁鋼板90との間に伝播媒体30が介在することになるため、いわば、伝播媒体30が音波発生部20と電磁鋼板90とによって挟み込まれた状態となる。
【0020】
この評価システム1においては、電磁鋼板90の表面に対して略直交する方向から、特に好ましくは直交する方向から音波が照射される。なお、公知の手段により、音波発生部20から発生する音波を調整することによって、電磁鋼板90の表面に到達したときの照射領域(焦点の径)を変更することが可能である。従って、当業者であれば、電磁鋼板90の評価対象項目の種類に応じて、又はその他の必要に応じて音波を集束させた上で、電磁鋼板90の評価を行うことができる。例えば、周波数10MHzの音波(いわゆる、超音波)を用いれば、焦点の径を約1mm(φ約1mm)に絞ることができる。
【0021】
微視的に見れば、音波が照射された領域の少なくとも一部の電磁鋼板90には、音波の圧力によって、微少な歪(弾性変形)が生じることになる。
図2の(a)及び(b)に示すように、一般的な弾性体の場合、一方向から圧力が加わると、他の方向(例えば、その圧力が加わった方向に対して直交する方向)にも歪が生じる。従って、電磁鋼板90は、音波が照射されることにより、様々な方向の成分を持つ歪が生じることになる。この歪を利用することにより、電磁鋼板90の物性評価、例えば、ヒステリシス、磁歪定数(及び、磁歪定数に基づいて近似的に算出される圧磁定数)、及び/又は最大磁束密度を評価することが可能となる。
【0022】
例えば、電磁鋼板90の一部又は全部に歪が生じると、電磁鋼板90の磁気特性が変化する。特許文献1に示す磁気特性の変化の一例においては、磁化曲線が変化することによって、磁化曲線に影響を受ける特性が変化することが示唆されている。
【0023】
歪が形成されることよって生じる磁化曲線の変化は、電磁鋼板90内の磁束量に変化を与える。
図3は、歪が形成されることよって生じる磁化曲線の変化の例を示すグラフである。
図3(a)は、変化する前(実線)の磁化曲線(B−H曲線)のグラフの例である。また、
図3(b)は、
図3(a)の磁化曲線(実線)と、外部から圧力を受けることによって歪が生じたときの磁化曲線(点線)とを表示したグラフの例である。また、
図3(c)は、
図3(a)の磁化曲線(実線)と、予めバイアス磁化としてHbの磁化力を加えた状態で、外部からの圧力によって歪が生じたときの磁化曲線(点線)と、バイアス磁化とを表示したグラフである。
図3(c)に示すように、予めバイアス磁化としてHbの磁化力を加えておけば、磁束量ΔBが、そのバイアス磁化による変化量として表れることになる。
【0024】
ここで、仮に、音波発生部20から周波数が10MHzの音波を電磁鋼板90に対して照射すれば、ΔBが10MHzの周波数に応じて変化することになる。その結果、電磁鋼板90の表層に磁束が存在している場合、周波数が10MHzの電磁波が、いわゆる磁場源の電波となって電磁鋼板90の表面から発信される。この電波をアンテナ又はコイル、もしくは磁気センサ等(評価システム1におけるコイル40x)を用いて受信することによって、
図3(c)に示すようなΔBの値を計測することができる。
【0025】
一つの基準(換言すれば、参照情報)となる磁化曲線を仮定すれば、Hbを変化させた上でΔBの値を計測することにより、歪が与えられた場合の磁化曲線を推定することが可能となる。その磁化曲線の電磁鋼板90内の分布を調べることにより、電磁鋼板90の物性を評価することが可能となる。
【0026】
ところで、産業界において要望されている電磁鋼板90は、代表的には次の(A)〜(C)の特性の少なくとも1つ、好ましくは2つ以上を備えている。
(A)低鉄損
(B)高い最大磁束密度
(C)低磁歪
【0027】
ここで、上述の(A)の鉄損は、「渦電流損」と「ヒステリシス損」とに分類される。「ヒステリシス損」とは、磁化曲線のヒステリシスから求める値であるため、本願発明によって少なくとも「ヒステリシス損」を評価することが可能である。また、上述の(B)の「最大磁束密度」は透磁率と相関があるため、磁化曲線に基づいて「最大磁束密度」を評価することが可能である。また、飽和磁化領域においては、ΔBが小さくなることから、飽和磁化レベルを評価することが可能である。上述の(C)の「磁歪」は、磁化による歪である。歪による磁化は、その逆現象(歪磁)との関係においては、「可逆」現象である。従って、ΔBが小さいということは、歪磁が小さいということに他ならない。つまり、本願発明によって「磁歪」を評価することが可能であるといえる。
【0028】
上述の原理、又は想定される理論に基づいて、本願発明の物性評価装置及び物性評価方法は、非破壊、非接触、かつ高空間分解能の、電磁鋼板の特性の測定を実現することができる。
【0029】
上述の技術的効果の少なくとも1つを奏させるための本発明の1つの物性評価装置は、電磁鋼板に音波を照射する音波発生部と、その電磁鋼板に対して、ゼロより大きくその電磁鋼板が磁気的飽和となる磁場強度未満の磁場を印加する磁場印加部と、前述の音波発生部を収容し、且つ回転軸のまわりに回転自在に取り付けられた、その音波をその電磁鋼板に伝播させるためのタイヤ
と、前述の磁場において、その音波によってその電磁鋼板から発生する電磁波を受信する受信部とを備える。さらに、この物性評価装置は、前述のタイヤを前述の電磁鋼板の表面に接触させた状態を維持しつつそのタイヤを回転させることによって、前述の受信部と前述の音波発生部との相対位置が一定であるその音波発生部に対してその電磁鋼板を相対的に移動させる移動機構を備える。
【0030】
この物性評価装置によれば、評価対象(又は測定対象)となる領域の範囲として非常に微小な領域を実現することができる。また、この物性評価装置によれば、印加する磁場として、ゼロから飽和レベル未満までの広範囲の磁場を利用することが可能である。なお、飽和レベルの磁場強度に対して相当低い値であっても、電磁鋼板の特性を適切に評価することが可能である点は特筆に価する。
【0031】
なお、上述の音波発生部から上述の電磁鋼板までの距離を前記音波が伝播する時間よりも、その音波発生部から発生するノイズがその音波発生部から上述の受信部までの距離を伝播する時間が短いことは、より確度高く、電磁鋼板の特性の適切な評価の実現に貢献し得る。
【0032】
また、上述の技術的効果の少なくとも1つを奏させるための本発明の1つの物性評価方法は、電磁鋼板に対して、ゼロより大きくその電磁鋼板が磁気的飽和となる磁場強度未満の磁場を印加する印加工程と、音波発生源を収容し、且つ回転軸のまわりに回転自在に取り付けられた、その音波発生源からの音波をその電磁鋼板に伝播させるためのタイヤを介し
て該音波が照射される工程と、前述の前記磁場において、前述の音波によってその電磁鋼板から発生する電磁波を受信部によって受信する受信工程と、前述のタイヤをその電磁鋼板の表面に接触させた状態を維持しつつそのタイヤを回転させることによって、前述の受信部と前述の音波発生源との相対位置が一定であるその音波発生源に対して前述の電磁鋼板を相対的に移動させる移動工程と、を含む。
【0033】
この物性評価方法によれば、評価対象(又は測定対象)となる領域の範囲として非常に微小な領域を実現することができる。また、この物性評価方法によれば、印加する磁場として、ゼロから飽和レベル未満までの広範囲の磁場を利用することが可能である。なお、飽和レベルの磁場強度に対して相当低い値であっても、電磁鋼板の特性を適切に評価することが可能である点は特筆に価する。
【0034】
なお、上述の音波発生源から上述の電磁鋼板までの距離を上述の音波が伝播する時間よりも、その音波発生源から発生するノイズがその音波発生源から上述の受信部までの距離を伝播する時間が短いことは、より確度高く、電磁鋼板の特性の適切な評価の実現に貢献し得る。
【0035】
また、上述の技術的効果の少なくとも1つを奏させるための本発明の1つの電磁鋼板の製造方法は、電磁鋼板に対して、ゼロより大きくその電磁鋼板が磁気的飽和となる磁場強度未満の磁場を印加する印加工程と、音波発生源を収容し、且つ回転軸のまわりに回転自在に取り付けられた、その音波発生源からの音波をその電磁鋼板に伝播させるためのタイヤを介し
て該音波が照射される工程と、前述の磁場において、前述の音波によってその電磁鋼板から発生する電磁波を受信部によって受信する受信工程と、前述のタイヤをその電磁鋼板の表面に接触させた状態を維持しつつそのタイヤを回転させることによって、前述の受信部と前述の音波発生源との相対位置が一定であるその音波発生源に対してその電磁鋼板を相対的に移動させる移動工程と、を含む。さらに、この電磁鋼板の製造方法は、前述の受信工程によって受信された信号を提供する提供工程と、前述の提供工程によって提供された前述の信号に基づいて、その電磁鋼板及び/又はその電磁鋼板とは異なる電磁鋼板を加熱する加熱工程と、を含む。
【0036】
この電磁鋼板の製造方法によれば、電磁鋼板における評価対象(又は測定対象)となる領域の範囲として非常に微小な領域を実現することができる。従って、受信工程によって受信された信号を評価した結果に基づいて、例えば、加熱工程において、その評価した電磁鋼板自身及び/又はその評価した電磁鋼板とは異なる電磁鋼板を加熱することができる。その結果、従来よりも確度高く物性値のバラつきが小さい電磁鋼板を製造することが可能となる。この製造方法を採用することにより、電磁鋼板の生産性を向上させることができる。なお、この製造方法によれば、印加する磁場として、ゼロから飽和レベル未満までの広範囲の磁場を利用することが可能である。また、飽和レベルの磁場強度に対して相当低い値であっても、電磁鋼板の特性を適切に評価することが可能である点は特筆に価する。
【0037】
なお、上述の音波発生源から上述の電磁鋼板までの距離を上述の音波が伝播する時間よりも、その音波発生源から発生するノイズがその音波発生源から上述の受信部までの距離を伝播する時間が短いことは、より確度高く、高品質な、換言すれば、より物性値が安定した、又は特性の優れた電磁鋼板の製造の実現に貢献し得る。
【0038】
また、上述の技術的効果の少なくとも1つを奏させるための本発明の1つの電磁鋼板の製造システムは、電磁鋼板に音波を照射する音波発生部と、その電磁鋼板に対して、ゼロより大きくその電磁鋼板が磁気的飽和となる磁場強度未満の磁場を印加する磁場印加部と、その音波発生部を収容し、且つ回転軸のまわりに回転自在に取り付けられた、前述の音波をその電磁鋼板に伝播させるためのタイヤ
と、前述の磁場において、その音波によってその電磁鋼板から発生する電磁波を受信する受信部と、を備える。さらに、この電磁鋼板の製造システムは、前述のタイヤを前述の電磁鋼板の表面に接触させた状態を維持しつつそのタイヤを回転させることによって、前述の受信部と前述の音波発生部との相対位置が一定であるその音波発生部に対してその電磁鋼板を相対的に移動させる移動機構と、その受信部によって受信された信号を提供する提供手段と、その提供手段によって提供された前述の信号に基づいて、その電磁鋼板及び/又はその電磁鋼板とは異なる電磁鋼板を加熱する加熱部を備える。
【0039】
この電磁鋼板の製造システムによれば、電磁鋼板における評価対象(又は測定対象)となる領域の範囲として非常に微小な領域を実現することができる。従って、受信部によって受信された信号を評価した結果に基づいて、例えば、加熱部において、その評価した電磁鋼板自身及び/又はその評価した電磁鋼板とは異なる電磁鋼板を加熱することができる。その結果、従来よりも確度高く物性値のバラつきが小さい、又は特性の優れた電磁鋼板を製造することが可能となる。また、別の視点から言えば、その評価に基づいた評価対象物の選別により、使用用途に合わせて最適化させた電磁鋼板を製造する、又は選別された評価対象物(電磁鋼板)を最適な使用用途に分別することができる。加えて、この製造方法を採用することにより、電磁鋼板の生産性を向上させることができる。なお、この製造システムによれば、印加する磁場として、ゼロから飽和レベル未満までの広範囲の磁場を利用することが可能である。また、飽和レベルの磁場強度に対して相当低い値であっても、電磁鋼板の特性を適切に評価することが可能である点は特筆に価する。
【0040】
なお、上述の音波発生部から上述の電磁鋼板までの距離を前記音波が伝播する時間よりも、その音波発生部から発生するノイズがその音波発生部から上述の受信部までの距離を伝播する時間が短いことは、より確度高く、高品質な、換言すれば、より物性値が安定した、又は特性の優れた電磁鋼板の製造の実現に貢献し得る。
【0041】
また、本願における「物性」は、例えば、(1)磁気特性、(2)磁気機械特性、あるいは、(3)磁気特性及び/又は磁気機械特性と相関性を有する結晶粒径及び/又は結晶方位等の結晶の特性(crystalline property)を含む概念である。
【0042】
また、本願における電磁鋼板の「表面」は、例えば平板状の電磁鋼板の「表面側」(換言すれば、上面側)の表面のみならず、「裏面側」(換言すれば、下面側)の表面も含む。加えて、本願における「タイヤ」は、市販されているタイヤに限定されない。例えば、ドーナツ状の断面形状を有し、音波を伝播させ得る公知の媒質(代表的には、樹脂又はゴム)によって形成される回転部材が含まれる。