特許第6442236号(P6442236)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6442236
(24)【登録日】2018年11月30日
(45)【発行日】2018年12月19日
(54)【発明の名称】軟磁性扁平粉末及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/00 20060101AFI20181210BHJP
   H01F 1/20 20060101ALI20181210BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20181210BHJP
   B22F 9/08 20060101ALI20181210BHJP
【FI】
   B22F1/00 W
   H01F1/20
   C22C38/00 303S
   B22F9/08 M
   B22F1/00 B
   B22F9/08 A
【請求項の数】5
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-227658(P2014-227658)
(22)【出願日】2014年11月10日
(65)【公開番号】特開2016-89242(P2016-89242A)
(43)【公開日】2016年5月23日
【審査請求日】2017年10月31日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】特許業務法人 有古特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100074790
【弁理士】
【氏名又は名称】椎名 彊
(72)【発明者】
【氏名】前澤 文宏
(72)【発明者】
【氏名】澤田 俊之
【審査官】 米田 健志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−043778(JP,A)
【文献】 特開2007−027687(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00〜8/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟磁性粉末を扁平化処理することにより得られた扁平粉末であって、平均粒径D50が30μmより大きく、扁平粉末の長手方向に磁場を印加して測定した保磁力Hcが240〜640A/mの範囲にあり、かつ飽和磁化が1.0T以上であり、かつアスペクト比30以上であり、
この扁平粉末が、Si:15mass%以下(0は含まない)、Cr:7mass%以上18mass%以下、残部がFeおよび不可避的不純物からなるFe―Si−Cr合金である軟磁性扁平粉末。
【請求項2】
RFID用途または、13.56MHz帯域における磁気特性である実数透磁率μ’が45以上、かつ虚数透磁率μ’’が1以下であることを特徴とする請求項1に記載された軟磁性扁平粉末。
【請求項3】
原料粉末作製工程と、前記原料粉末を扁平化する扁平加工工程により、請求項1に記載した軟磁性扁平粉末を得ることを特徴とする軟磁性扁平粉末の製造方法。
【請求項4】
ガスアトマイズ法またはディスクアトマイズ法による原料粉末作製工程と、前記原料粉末を扁平化する扁平加工工程と、前記扁平加工された粉末を真空またはアルゴン雰囲気で、500℃〜900℃で熱処理する工程により、請求項1に記載した軟磁性扁平粉末を得ることを特徴とする軟磁性扁平粉末の製造方法。
【請求項5】
RFID用途または、13.56MHz帯域における磁気特性である実数透磁率μ’が45以上、かつ虚数透磁率μ’’が1以下であることを特徴とする請求項3または4に記載された軟磁性扁平粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、RFID技術を用いた非接触ICタグや非接触充電/給電用電子機器などに用いられる軟磁性扁平粉末およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、軟磁性扁平粉末を含有する磁性シートは、電磁波吸収体,RFID(Radio Frequency Identification)用アンテナとして用いられてきた。また、近年では、デジタイザと呼ばれる位置検出装置にも用いられるようになってきている。このデジタイザには、例えば特開2011−22661号公報(特許文献1)のような電磁誘導型のものがあり、ペン形状の位置指示器の先に内蔵されるコイルより発信された高周波信号を、パネル状の位置検出器に内蔵されたループコイルにより読み取ることで指示位置を検出する。
【0003】
ここで、検出感度を高める目的で、ループコイルの背面には高周波信号の磁路となるシートが配置される。この磁路となるシートとしては、軟磁性扁平粉末を樹脂やゴム中に配向させた磁性シートや軟磁性アモルファス合金箔を貼り合わせたものなどが適用される。磁性シートを用いる場合は、検出パネル全体を1枚のシートに出来るため、アモルファス箔のような貼り合せ部での検出不良などがなく優れた均一性が得られる。
【0004】
また、従来、磁性シートには、Fe−Si−Al合金、Fe−Si合金、Fe−Ni合金、Fe−Al合金、Fe−Cr合金などからなる粉末を、アトリッションミル(アトライタ)などにより扁平化したものが添加されてきた。これは、高い透磁率の磁性シートを得るために、いわゆる「Ollendorffの式」からわかるように、透磁率の高い軟磁性粉末を用いること、反磁界を下げるため磁化方向に高いアスペクト比を持つ扁平粉末を用いること、磁性シート中に軟磁性粉末を高充填することが重要であるためである。
【0005】
また、上記に加え、RFIDのような用途においては、磁壁共鳴による損失を防ぐ必要があり、粉末の透磁率μの構成成分である、透磁率の実数部μ’と透磁率の虚数部μ’’のうち、μ’’を低くする必要がある。しかし、一般的には、μ’’を低く抑えるような製法では、μ’も低下する傾向にある。これを解決するために、例えば特許第4420235号公報(特許文献2)では、Fe−Si−Cr合金系における扁平粉末の必要特性として、扁平粉末の平均粒径D50が5〜30μmかつ高いアスペクト比を有し、飽和磁化の値と保磁力の値の比率が一定とする粉末の製造方法が開示されている。
【0006】
また、特開2011−08663号公報(特許文献3)では、扁平加工において2種の粉砕ボールを段階的に使用することで、アスペクト比100〜150、厚みが1μm以下の粉末の製造によって、μ’≧80,μ’’≦10の粉末を得る方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011−22661号公報
【特許文献2】特許第4420235号公報
【特許文献3】特開2011−08663号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
例えば、特許文献2に示すように、粉末の平均粒径D50が30μm以下であるような微
細な粉末を作製するためには、例えば原料の粒度を15μm以下に小さくするなどの、製造上の工夫が必要である。しかし、アトマイズ法などの手段を用いて原料粉末を作製する場合、分級工程が必要となり、収率も低下するため生産性が悪い。また、長時間の扁平加工によって粉末を微細にする場合も同様に生産性が悪化する上、保磁力が上昇しやすい傾向にある。保磁力の増大はμ’の低下をもたらし、必要特性を満たさなくなる傾向にある。また、特許文献3に示すように、100〜150の高いアスペクト比、かつ厚みが1μm以下であるような薄い粉末の場合、熱処理時において粉末同士の焼結が発生しやすい、焼結を避けるために熱処理温度の最適範囲を380〜430℃と低くせざるを得ない。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明は、RFID用部材に主に用いられる軟磁性扁平粉末であって、平均粒
径が30μm超であっても、高い透磁率の実数部μ’と低い透磁率の虚数部μ’’を有する軟磁性扁平粉末及びその製造方法を提供することを目的とする。その発明の要旨とするところは、
(1)軟磁性粉末を扁平化処理することにより得られた扁平粉末であって、平均粒径D50が30μmより大きく、扁平粉末の長手方向に磁場を印加して測定した保磁力Hcが240〜640A/mの範囲にあり、かつ飽和磁化が1.0T以上であり、かつアスペクト比30以上であることを特徴とする軟磁性扁平粉末およびその製造方法にある。
【0010】
(2)また、上記条件は、前記軟磁性扁平粉末が、Si:15mass%以下(0は含
まない)、Cr:6mass%超〜18mass%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる、Fe―Si−Cr合金である軟磁性扁平粉末を用いることで実現できる。あるいは前記軟磁性扁平粉末が、Si:10mass%超〜15mass%、Cr:6mass%以下(0は含まない)、残部がFeおよび不可避的不純物からなるFe―Si−Cr合金である軟磁性扁平粉末を用いることで実現できる。
【0011】
(3)また、RFID用途または、13.56MHz帯域における磁気特性である実数透磁率μ’が45以上、かつ虚数透磁率μ’’が1以下であることを特徴とする軟磁性扁平粉末またはその製造方法にある。さらに、前記軟磁性扁平粉末は、ガスアトマイズ法またはディスクアトマイズ法による原料粉末作製工程と、前記原料粉末を扁平化する扁平加工工程と、前記扁平加工された粉末を真空またはアルゴン雰囲気で、500℃〜900℃で熱処理する工程を用いることで作製できることにある。
【発明の効果】
【0012】
以上述べたように、本発明は、RFID用部材に主に用いられる軟磁性扁平粉末であっ
て、平均粒径が30μm超であっても、高い透磁率の実数部μ’と低い透磁率の虚数部μ’’を有する軟磁性扁平粉末及びその製造方法を提供することを可能とした。
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
上記の条件を見出した経緯を述べる。上述のように、RFID用途においては、μ’の値を高く、μ’’の値を低くする必要がある。13.56MHz帯においては、磁壁共鳴による損失を抑えるとよい。磁壁共鳴損失は周波数によって異なるが、材料の物性値によって、ピークとなる周波数の位置が移動する。ゆえに、磁壁共鳴周波数が高い場合、13.56Mhzにおける損失の値は低くなると考えられる。
【0014】
また、この磁壁共鳴周波数は{飽和磁化/(透磁率の1/2乗)}に比例するとされる(磁気工学の基礎II共立全書).RFID用途として必要な特性を得るためには透磁率は極力下げない方が良いので、飽和磁化を高くすることが有効である。また、透磁率は飽和磁化が高く、保磁力が低いと高くなる傾向がある。結局のところ、磁壁共鳴周波数を高く、透磁率を高くするためには、飽和磁化の値を高く、保磁力の値を低くすればよいことが分かる。μ’’の値については、保磁力の低下がもたらす、μ上昇によるμ’’上昇効果と、飽和磁化の増大がもたらす、磁壁共鳴周波数の移動によるμ’’低下効果で相殺されると考えた。
【0015】
これに対し、発明者らは、原料準備工程・扁平加工工程・熱処理工程の全工程における
酸化を極力抑えることで、保磁力を低い値に抑えることを可能とした。特許第4420235号公報においては、大気中あるいは酸素分圧1%以下の酸素を含んだ不活性ガス中で熱処理される際の安定温度を275〜450℃としている。これに対し、発明者らは、真空中、あるいはArガス中での熱処理を行うことによって、より高温での熱処理温度で、保磁力が最低値をとることを見出した。高温で熱処理を行うと歪の除去や粉末中の結晶粒粗大化によって、低温で熱処理を行う場合よりも保磁力を低下させる効果があると考えられる。
【0016】
具体的には、請求項2または3における組成と、請求項1における扁平粉末の(保磁力を除く)物性値特性に応じて、扁平粉末の長手方向に磁場を印加して測定した保磁力の最適条件が、500℃〜900℃の熱処理温度の範囲に存在することを見出した。また、充填率などのシート成型条件に応じて、保磁力は任意の値に調整が可能である。
このようにして得られた、高い飽和磁化を有し、かつ扁平粉末の長手方向に磁場を印加して測定される保磁力の値が低い粉末は、μ’の上昇幅に対し、μ’’が低い粉末となり、RFID用途として好適な扁平粉末が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<原料球状粉末準備工程>
本発明の軟磁性扁平粉末は、軟磁性合金粉末を扁平化処理することで作製することができる。軟磁性合金粉末は、保磁力の値が低い粉末であることが好ましく、飽和磁化の値が高い粉末であることがより好ましい。本発明のFe−Si−Cr合金において、Crは結晶の磁気異方性を低下し、耐食性を向上させることができる。しかし、その量が過剰であると、軟磁性扁平粉末の保磁力が、加工条件や熱処理条件で調整できる上限を超え好ましくない。そのため、18mass%以下が好ましく、16.5mass%以下がより好ましく、15mass%以下がさらに好ましい(ただし0は含まない)。
【0018】
また、本発明のFe−Si−Cr合金において、Siは結晶の磁気異方性を低下し、磁
歪定数を低下することができる。しかし、その量が過剰であると、材料が硬くなるため、軟磁性扁平粉末の平均粒径が増大しなくなる。また、飽和磁化の値が低くなるため、μ’’に対するμ’の値が低くなる傾向にある。15mass%以下であることが好ましく、12mass%以下がより好ましく、8mass%以下がさらに好ましい(ただし0は含まない)。
【0019】
また、Si:10mass%以下かつ、Cr:6mass%以下の組成においては、熱
処理工程において粉末の焼結が激しくなる傾向にある。詳細は不明であるが、Si,Crの添加量が少ない粉末は、Cr,Siの酸化皮膜を形成しにくいため、より低温で焼結が発生するものと考えられる。また粉末の焼結が開始する温度は、バルク材の融点より低温で開始する場合が多いことは一般的に知られている。さらに、Feの割合が大きいほど、平均粒径が大きくかつ、アスペクト比の高い粉末が形成されやすい。そのため熱処理工程において粉末同士の接触部分の面積が大きくなり、焼結が促進されるものと考えられる。
【0020】
上記の複合的な効果によって、Si,Cr量の少ない組成においては本発明における熱処理方法が有効でないと考えられる。そのため、Si、もしくはCrのいずれかの組成に下限を設けるとよい。すなわち、Siが10mass%以下のとき、Crは6mass%より大きいことが好ましく、7mass%以上であることがより好ましい。あるいは、Crが6mass%以下のとき、Siは10mass%より大きいことが好ましく、12mass%であることがより好ましい。
【0021】
本発明の軟磁性合金粉末は、ガスアトマイズ法、水アトマイズ法、といった各種アトマ
イズ法によって作製される。軟磁性合金粉末の含有酸素量は、少ないほうがより好ましいため、ガスアトマイズ法による製造が好ましく、さらに不活性ガスを用いての製造がより好ましい。ディスクアトマイズ法による方法でも問題なく製造出来るが、量産性の観点からは、ガスアトマイズ法が優れている。本発明に用いられる軟磁性合金粉末の粒度は特に限定されないが、扁平加工後の平均粒径D50を調整する目的や、その他の製造上の目的に応じて、分級されても良い。
【0022】
<扁平加工処理工程>
次に、上記軟磁性合金粉末を扁平化する。
扁平加工方法は、特に制限は無く、例えば、アトライタ、ボールミル、振動ミル等を用いて行うことができる。中でも、比較的扁平加工能力に優れる、アトライタを用いることが好ましい。乾式で加工を行う場合は、不活性ガスを用いることが好ましい。湿式で加工する場合は、加工中の酸化を抑制できる有機溶媒を用いることが好ましいが、有機溶媒の種類については特に限定されない。
【0023】
有機溶媒の添加量は、軟磁性合金粉末100質量部に対して、100質量部以上であることが好ましく、200質量部以上であることがより好ましい。有機溶媒の上限は特に限定されず、求める扁平粉の大きさ・形状と、生産性のバランスに応じて適宜調整が可能である。有機溶媒とともに扁平化助剤を用いてもよいが、酸化を抑えるために、軟磁性合金粉末100質量部に対して、5質量部以下であることが好ましい。
【0024】
<熱処理工程>
次に、上記軟磁性扁平粉末を熱処理する。
熱処理装置について特に制限は無いが、熱処理温度は500℃〜900℃の条件で熱処理されることが好ましい。該当温度で熱処理を行うことによって、保磁力の値が低下し、高透磁率の軟磁性扁平粉末となる。また、熱処理時間について特に制限は無く、処理量や生産性に応じて適宜選択するとよい。長時間の熱処理の場合、生産性が低下するため、5時間以内が好適である。
【0025】
本発明に用いられる軟磁性扁平粉末においては、酸化を抑えるために、真空中あるいは不活性ガス中で熱処理されることが好ましい。例えば、表面処理の観点から、窒素中で熱処理されてもよいが、その場合は、粉末の保磁力の値が上昇し、透磁率の値が低くなる傾向にあり好ましくない。
【0026】
軟磁性扁平粉末の平均粒径D50は30μmより大きい粉末であることが好ましい。平均粒径が30μm以下では、アスペクト比の高い扁平粉が得られ難く、μ’が小さくなる傾向がある。また、平均粒径の小さい粉末は平均粒径の大きな粉末よりも、保磁力の値が高くなる傾向にある。また、平均粒径が大きくなりすぎると、シート成型が困難になるため好ましくない。生産性、製造上の都合や求める特性を考慮して上限は設定されるべきであるが、シート成型性を考えて、200μm以下が好適である。
【0027】
軟磁性扁平粉末の保磁力Hcは、240〜640A/mであることが好ましい。640A/mを超える保磁力では、μ’の値を確保できず、シート成型を工夫しても、求める特性を得ることが難しくなるため好ましくない。また、極端に低い保磁力であると、μ’’の最大値の増加に引きずられるようにして、13.56MHz帯におけるμ’’が増加するため好ましくない。240A/m以下の保磁力では、13.56Mhz帯におけるμ’’の値が大きくなり好ましくない。
【0028】
軟磁性扁平粉末において、飽和磁化の値は1.0T以上であることが好ましく、1.3T以上であることがより好ましい。飽和磁化の値が低いと、μ’の値を確保できず、シート成型を工夫しても、求める特性を得ることが難しくなるため好ましくない。
【0029】
軟磁性扁平粉末において、真密度に対するタップ密度の比は0.22以下であることが好ましく、0.18以下であることがより好ましい。真密度に対するタップ密度の比の下限は特に限定されないが、タップ密度は加工が進むほど単調減少する傾向にある。極端に長時間の加工では、平均粒径の低下と保磁力の上昇をもたらすため好ましくない。
本発明の軟磁性扁平粉末のアスペクト比(扁平粉末の長径と扁平粉末の短径の比)は、30以上であることが好ましい。アスペクト比が30未満では、反磁界が大きくなり、みかけの透磁率が低下する。
【0030】
本発明の軟磁性扁平粉末の含有酸素濃度は、0.7mass%以下であることが好まし
く、0.5mass%以下であることがより好ましい。軟磁性扁平粉末中の酸素の存在形態は、粒界析出酸化物と粉末表面酸化物の2通りの形態があると考えられるが、どちらも保磁力の上昇をもたらす原因と考えられるため、好ましくない。粒界析出酸化物量は原料軟磁性球状粉の準備工程と、扁平加工工程における酸化を抑えることで低くすることができる。また、粉末表面酸化物量は扁平加工工程と熱処理工程における酸化を抑えることで低くすることができる。
【0031】
透磁率の数値は、シート成型後の透磁率測定によって評価されるが、この値は粉末そのものの特性だけでなく、粉末の充填率や配向状態など、シートの成型条件により左右される。この粉末を用いて、透磁率の虚数部μ’’が0.3〜1のシートを作製した際に、粉末の実数部μ’は、45以上であることが好ましく、55以上であることがより好ましく、60以上であることがさらに好ましい。
【0032】
また、シート成型後の絶縁性を高めるなどの観点においては、表面処理された粉末が好
適となる場合があり、本発明の扁平加工方法で製造された粉末は、熱処理工程中あるいは熱処理工程の前後において、表面処理工程を必要に応じて加えても良い。たとえば、活性ガスを微量に含む雰囲気下で熱処理されてもよい。また、従来から提案されているシアン系カップリング剤に代表される表面処理により、耐食性あるいはゴムへの分散性を改善することも可能である。
【0033】
また、磁性シートの製造方法も従来提案されている方法で可能である。例えば、トルエンに塩素化ポリエチレンなどを溶解したものに扁平粉末を混合し、これを塗布、乾燥させたものを各種のプレスやロールで圧縮することで製造可能である。
【実施例】
【0034】
以下、本発明について、実施例によって具体的に説明する。
(扁平粉末の作製)
ガスアトマイズ法あるいはディスクアトマイズ法により所定の成分の粉末を作製し150μm以下に分級した。ガスアトマイズは、アルミナ製坩堝を溶解に用い、坩堝下の直径5mmのノズルから合金溶湯を出湯し、これに高圧アルゴンを噴霧することで実施した。これを原料粉末としアトライタにより扁平加工した。アトライタは、SUJ2製の直径4.8mmのボールを使用し、原料粉末と工業エタノールとともに攪拌容器に投入し、羽根の回転数を300rpmとして実施した。工業エタノールの添加量は、原料粉末100質量部に対し、200〜500質量部とした。扁平化助剤は、添加しないか、もしくは、原料粉末100質量部に対し、1〜5質量部とした。扁平加工後に攪拌容器から取り出した扁平粉末と工業エタノールをステンレス製の皿に移し、80℃で24時間乾燥させた。このようにして得た扁平粉末を真空中あるいはアルゴン中で、500〜900℃で2時間熱処理し、各種の評価に用いた。
【0035】
(扁平粉末の評価)
得られた扁平粉末の平均粒径、保磁力を評価した。平均粒径はレーザー回折法、真密度はガス置換法で評価した。タップ密度は、約20gの扁平粉末を、容積100cm3のシリンダーに充填し、落下高さ10mm、タップ回数200回の時の充填密度で評価した。保磁力は直径6mm、高さ8mmの樹脂製容器に扁平粉末を充填し、この容器の高さ方向に磁化した場合と、直径方向に磁化した場合の値を測定した。なお、扁平粉末は充填された円柱の高さ方向が厚さ方向となっているため、容器の高さ方向に磁化した場合が扁平粉末の厚さ方向、容器の直径方向に磁化した場合が扁平粉末の長手方向の保磁力となる。印加磁場は144kA/mで実施した。
【0036】
(磁性シートの作製および評価)
トルエンに塩素化ポリエチレンを溶解し、これに得られた扁平粉末を混合、分散した。この分散液をポリエステル樹脂に厚さ1mm程度に塗布し、常温常湿で乾燥させた。その後、130℃,15MPaの圧力でプレス加工し、磁性シートを得た。磁性シートのサイズは150mm×150mmで厚さは100μmである。なお、磁性シート中の扁平粉末の体積充填率はいずれも約50%であった。次に、この磁性シートを、外径7mm、内径3mmのドーナツ状に切り出し、インピーダンス測定器により、室温で1MHzにおけるインピーダンス特性を測定し、その結果から透磁率(複素透磁率の実数部および虚数部:μ’およびμ’’)を算出した。さらに、得られた磁性シートの断面を樹脂埋め研磨し、その光学顕微鏡像から、長手方向の長さと厚さとをランダムに50粉末測定し、この長手方向の長さと厚さの比を平均してアスペクト比とした。以上、本発明を実施例に基づいて説明したが、本発明はこの実施例に特に限定されない。また、比較例は後述の表1に示す条件を適宜異ならせ作製した。表1に評価結果を示す。
【0037】
【表1】
表1に示すように、No.1〜18は本発明例であり、No.19〜32は比較例である。
【0038】
比較例No.19,20は、本発明例と比較して、Siの添加量が多く、飽和磁化の値が低い。また、保持力の値が高く、透磁率の実数値の値が低い。比較例No.21は、本発明例と比較して、Siの添加量が多く、また平均粒径が小さい。結果として、透磁率の実数部の値がやや低い。
【0039】
比較例No.22、23、26、27は、本発明例と比較して、飽和磁化の値が低い。また、No.22は保磁力の値が高い。結果として、比較例No.22、23、26、27は、透磁率の実数部の値が低い。No.24は、本発明例と比較して、保磁力の値が低く、透磁率の虚数部の値が高い。比較例No.25は、Crの添加量が多く、平均粒径が小さく、飽和磁化の値が低く、かつ保磁力の値が高い。結果として、No.25は、透磁率の実数部の値が低い。
【0040】
比較例No.28、29は、本発明例と比較して、アスペクト比が低い。また、No.28は平均粒径が低くなっている。結果として、No.28,29は透磁率の実数部の値が低く、虚数部の値が高い。比較例No.30は、本発明例と比較して、Crの添加量が多いために透磁率の虚数部の値がやや高い。比較例No.31は、本発明例と比較して、Si、Crの添加量がともに低く、透磁率の虚数部が3.0と高くなっており、好ましくない。
【0041】
比較例No.32は、本発明例と比較して、窒素中で熱処理されていて、保磁力の値が高く、透磁率の実数部の値が低い。これに対して、本発明No.1〜18はいずれも本発明の条件を満足していることから、シート成形性に優れ、かつ高い透磁率を有する軟磁性扁平粉末を製造することを可能とした。


特許出願人 山陽特殊製鋼株式会社
代理人 弁理士 椎 名 彊