【実施例】
【0045】
以下に、具体的な実施例等を説明するが、本発明(本技術)はこれに限定されるものではない。
【0046】
<実施例1:マウスの腸内細菌叢の乳酸菌(
Lactobacillus属)における菌数変化>
〔1−1:マウスの飼育方法〕
実験動物として供されたマウスはC57BL/6J(日本クレア株式会社)20週齢の雌マウスを用いた。室温は25℃±5℃でケージ1つ当たり1匹の飼育数で飼育した。ケージ内は100gの床敷きを敷き詰め、水と固形試料(MF:オリエンタル酵母社)を自由摂食させた。その組成は、100g当たり、粗蛋白質23.1g、粗脂質5.1g、粗灰分5.8g、粗繊維2.8 g、可溶性無窒素分55.3g、水分7.9g.カロリー359kcalである。また、明暗リズムはAM9:30〜PM9:30を明期、PM9:30〜AM9:30を暗期とした。
〔1−2:ストレスの種類〕
本実施例1において、「振とうストレス」と「床敷きなしストレス」の2種類のストレスを与えた。
「振とうストレス群」は水平方向に3cmの幅で円の軌道を描く振とう機上で飼育した。この時の回転数は100rpmの速度で行い、72時間(3日間)飼育した。また、「床敷きなしストレス群」は、100gの床敷きを取り除き飼育した。
尚、コントロールマウスは上記〔1−1:マウスの飼育方法〕に示した方法で飼育した。
【0047】
〔1−3:糞便の採取方法〕
24時間ごとに3日間糞便を採取した。また糞便の採取方法は、尿に触れることなくマウス肛門から排出される糞便をバイアルに採取し直ちに重量を測定した。その後直ちにリン酸緩衝液により懸濁し菌数測定に用いた。尚、糞便排出に要する時間は数秒から10分以内であった。また、固形試料の摂食量と糞便の排出量測定は24時間ごとに3日間固形試料と糞便を採取した。また糞便の重量測定は糞便を乾燥させた乾燥重量を測定に用いた。
〔1−4:マウス糞便中における常在細菌叢の解析〕
財団法人日本食品分析センターにて通常飼育のマウス糞便における常在細菌叢の解析を行った。用いた方法は培養法を基本とする各種選択培地、カタラーゼ活性、顕微鏡下における形態的同定法を用い、菌の同定分析は属以上の分類にて行った。サンプル数はN=1とした。
【0048】
〔1−5:糞便中におけるLactic acid bacteriaや
Lactobacillus属の菌数測定〕
リン酸緩衝液により希釈し、段階希釈法により10
−5倍まで希釈した糞便懸濁液から100μl採取しde Man, Rogosa, Sharoe (MRS)寒天培地(Becton, Dickinson and Co., Sparks, MD)、Lactobacillus Selection(LBS)寒天培地(Becton, Dickinson and Co., Sparks, MD)上に塗布した。尚、用いたプレート径は10cmであった。培養は嫌気チャンバー(三菱ガス化学社製)でアネロパック(三菱ガス化学社製)と共に37℃で48時間、嫌気的に培養した。培養後に出現したコロニー数を算定した。コロニー形成数測定は24時間ごとに3日間行った。
〔1−6:本実施例1に用いたマウスの試行数〕
摂食量、糞便量の計測に用いたマウスの供試数は、コントロール群6匹、振とうストレス群4匹、床敷きなしストレス群では4匹用の計14匹を用いた。また、Lactic acid bacteriaの菌数測定に用いたマウスの試行数はコントロール群3匹、振とうストレス群3匹、床敷きなしストレス群では3匹の計9匹、
Lactobacillus属の菌数測定に用いたマウスの試行数はコントロール群6匹、振とうストレス群6匹、床敷きなしストレス群では3匹の計15匹を用いた。
〔1−7:統計解析〕
得られた摂食量、糞便数、糞便中のLactic acid bacteria、
Lactobacillus属の差はt検定による検定を行った。統計的有意水準は0.05未満とした。
【0049】
〔1−8:ストレス下における摂食量と排便量の変化〕
初めにストレスによる餌の摂食量の変化を分析した。
「振とうストレス群」において、24時間後の摂食量が劇的に減少した。しかし、その後の計測においては「コントロール群」と同様の量にまで回復した。「床敷きなしストレス群」においては48時間後まで「コントロール群」と同様の傾向を示しており、72時間後に若干の増加が認められたが統計的な有意差は認められなかった(
図2A)。これらの傾向は排便量においても同様の傾向を示した。
「振とうストレス群」においては、24時間後に劇的に減少し、その後「コントロール群」と同様の値を示し摂食量と同様の傾向を示した。一方、「床敷きなしストレス群」においては、48時間までは摂食量と同様の傾向を示していたが72時間後に摂食量が増加した(
図2B)。
【0050】
〔1−9:マウス糞便中における常在細菌叢の解析〕
腸内細菌を構成する細菌叢の解析を簡易的な培養法と形態的観察により大枠の構成を解析した。その結果、
Lactobacillus属が最も菌数として優勢細菌であり、
Enterobacteriaceae属、
Actinomycetes属がそれらに続いた。また、別のカテゴリーであるグラム性細菌に関しては、嫌気性グラム陽性桿菌が嫌気性グラム陽性無芽胞桿菌よりも多く存在した。これらのことから、マウスの糞便に存在する優勢細菌は
Lactobacillus属であることが示唆された。
【0051】
〔1−10:ストレスによるLactic acid bacteria、
Lactobacillus属における菌数変化〕
Lactic acid bacteriaにおける菌数変化は
図2A及び
図2Bと同様の傾向を示し、「振とうストレス群」における24時間後の菌数が減少した(
図3A)。24時間後における
Lactobacillus属のコロニー数の変化においても同様の傾向を示したが、予想に反して48時間後の振とうストレス、床敷きなしストレスにおいて劇的な現象を示した。72時間後においてはコントロールと同様の数値を示した(
図3B)。
【0052】
実験動物の品質を保証する観点、飼育環境下における動物福祉の観点から、実験動物が飼育環境においてストレス受けていないことを検証することは非常に重要である。
日常的に起こりえるストレスを模した「振とうストレス」、「床敷きなしストレス」をマウスに与えた。「振とうストレス群」において、24時間後に摂食量と排便量が減少し、コントロールと同様の傾向までの回復を示した。これらの現象はマウスにおけるストレスの順応性を表していると考えられる。また、「床敷きなしストレス群」において、摂食量に対して排便量が増加したことはストレスによる消化運動効率の向上を示唆するものであった。これらのことから、2つのストレスは腸内における環境を著しく変化させる効果を持ち、腸内細菌への環境変化を引き起こし、糞便の性質を変化させる可能性を示唆した。
また、マウス糞便中における常在細菌叢の解析の結果、
Lactobacillus属が優勢であることが示唆された。そこで
Lactobacillus属に着目しストレス付加実験を行った。その結果、「振とうストレス群」において、LBS選択培地上で、腸内細菌の
Lactobacillusのコロニー形成数が減少した。このことは、摂食量とその結果減少する排便量の変化による
Lactobacillusのコロニー数への減少変化への影響を示すものであった。
しかしながら、摂食量、排便量が減少しなかった「床敷きなしストレス群」における菌数減少はこのセオリーに当てはまらず、摂食量以外の経路による腸内細菌叢への影響を示した。また総じて腸内細菌叢の変化は腸管内の環境を変化させ、代謝物構成やその結果のpHも変化させる可能性も示唆できる。
【0053】
よって、飼育環境下におけるストレスを模したこれら2つのストレスにより
Lactobacillus属のコロニー数が減少することが明らかになった。特に、ストレス付加(開始時)から48時間後に、
Lactobacillus属のコロニー数は著しく減少し、コントロール群と比較しても著しく減少していた。
そして、
Lactobacillus属のコロニー数は飼育されているマウスのストレスに対するバイオインディケーターとしての潜在的利用価値があることが明らかとなった。
【0054】
<実施例2:ストレスを与えることによる糞便臭気の変化>
〔2−1:マウスの飼育方法〕
上記〔1−1:マウスの飼育方法〕に従った。
〔2−2:ストレスの種類〕
上記<実施例1>において実行したストレスに加え、血糖値測定等において頻繁に用いられる「絶食ストレス」、マウスの密飼いや不適切なケージ使用による1匹あたり行動面積を制限した「行動制御ストレス群」を追加した。但し、ストレス時間を60時間とした。具体的には、絶食ストレスは24時間の絶食の後、給餌を復帰させ36時間後に糞便を採取した。また、「行動制御ストレス群」は15cm×15cmの透明なプラスチック製の箱にて飼育した。
〔2−3:本実施例2に用いたマウスの試行数〕
糞便臭気の定量解析に用いたマウスの供試数は、コントロール群6匹、床敷きなしストレス群3匹、振とうストレス群3匹、絶食ストレス群3匹、行動制御ストレス群3匹の計18匹を用いた。
〔2−4:糞便の採取方法〕
上記〔1−3:糞便の採取方法〕に従った。
【0055】
〔2−5:臭気成分分析〕
採取された糞便を直ちに重量を測定し、密閉バイアルに封入しGC/MSによるにおい分析まで4℃にて保存した。におい分析は、住化分析センター大分事業所に依頼した。
〔2−6:ヒト嗅覚によるにおい評価〕
6名(男性3名、女性3名)によるにおい評価を行った。本方法は、においの強度を5段階(0=未検出,1=認識強度(嗅覚閾値),2=弱く臭う,3=はっきりと臭う,4=強烈に臭う)にて評価し、集計した強度はストレス群の平均値として算出した。また、においの表現も行い、その表現方法は被験者における自由な表現方法とした。また、サンプルはブラインド試験により糞便における情報は明かさずに、においの評価を行った。
〔2−7:におい物質の定量解析〕
20mgの糞便をヘッドスペース分析のためのバイアルへ移し、40℃で1時間加熱した。糞便からの揮発性物質はマイクロスケールパージトラップGC/MS( micro scale purge and trap gas chromatography-mass spectrometry: MPT-GC/MS) (MPT : Entech Instrument Inc., Simi Valley, CA, USA; GC/MS : Agilent Technologies Inc., Santa Clara, CA, USA)により分離された。
検出ピークの特定は、WILEY/NIH libraryによる275,000物質のデータベースを参照し物質の同定を行った。また、それぞれの物質の濃度は各物質に対する機器の検出感度がトルエンと同様であるとの仮定のもと、トルエン換算により算定した。従って、トルエンのピークエリアと各物質のピークエリアを比較し濃度決定を行った(vol ppm)。
【0056】
〔2−8:統計解析〕
ANOVA解析はヒト嗅覚によるにおい評価とMPT−GC/MSの結果に対して行った。
ヒト嗅覚によるにおい評価におけるANOVA解析において、グループ数はコントロールと他4ストレスの計5グループ、グループ間の自由度は4、グループ内の自由度は25であった。MPT−GC/MSにおけるANOVA解析において、グループ数はコントロールと他4ストレスの計5グループ、グループ間の自由度は4、グループ内の自由度は13であった。本実験における統計的な有意差は0.05以下であった。
【0057】
〔2−9:ストレスに特異的な物質の定量解析〕
検出された物質の濃度は各物質特有の嗅覚閾値(TL)濃度と比較した。嗅覚閾値以下の場合、0点、そのほかは下記の通りのスコアリングを行い、TL値との相対的な比較を行った。
スコアリング
0 = [<TL]
1 = [TL≦, <3×TL]
2 = [3×TL≦, <10×TL]
3 = [10×TL≦, <30×TL]
4 = [30×TL≦, <100×TL]
5 = [100×TL≦, <300×TL]
6 = [300×TL≦]
【0058】
〔2−10:ヒト嗅覚によるにおい評価〕
表1に嗅覚評価のにおい強度、においの表現を示した。コントロール群と比較し、絶食ストレス群以外の全てのストレス群においてにおい強度が増加した。また、ANOVA解析の結果、コントロール群と床敷きなしストレス群、コントロール群と行動制御ストレス群、絶食群と行動制御ストレス群において統計的な有意差が見られた。
【0059】
【表1】
【0060】
〔2−11:MPT−GC/MSによるにおい物質の定量〕
MPT−GC/MSにより物質の特定を行い、におい閾値の高い17種類の物質を選出した。その結果、10種類のアルデヒド類、2種類の硫黄化合物の他、アルコール類、アミン類、ケトン類、エステル類、脂肪酸類が検出された(表2)。これらの物質の中で、最も高い濃度を示していたのはアセトアルデヒドであり、3.7ppbから26.3ppbの範囲で検出された(表3)。また、2番目に高い値を示していたトリメチルアミンであり、トリメチルアミンは我が国において悪臭防止法による規制対象の一つに指定されている。トリメチルアミンの臭気は強烈悪臭で、濃度によっては魚臭、あるいはアンモニア状臭を呈する。
本におい閾値の高い17種類の物質は、床敷きなしストレス群、絶食ストレス群において検出された。
【0061】
【表2】
【0062】
【表3】
【0063】
〔2−12:ストレスによるにおい物質濃度の統計解析〕
ANOVA解析により各ストレスにおける17種類の統計的有意差を求めた。その結果ヘプタナール、ヘキサナール、ペンタナールにおいて統計的な有意差が確認された。更にTukey法を用いて多重比較を行った。
以下、「コントロール群」を(C)、「床敷きなしストレス群」を(N)、「振とうストレス群」を(S)、「絶食ストレス群」を(F)、「行動制御ストレス群」を(M)とした。
ヘプタナール; C and M、N and M、S and M、F and M、ヘキサナール; N and S、N and M、ペンタナール; C and S、N and S、F and S、M and Sのペアにて有意差が見られた。
これらから、コントロールと全てのストレスに共通した物質における有意差は見られなかった。
【0064】
〔2−13:ストレスによるにおい物質出現パターン解析〕
表3に示した物質の濃度とTLとの相対的な分類によりスコアリングを行った(表4)。イソ酪酸、ペンタナール、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド、ブタノールはTLより低い値を示した。また、トータルのスコアはC; 20、N; 34、S; 12、F; 23、M; 14であった。
【0065】
【表4】
【0066】
MPT−GC/MSによるにおい物質の選定により17種類の化合物をリストアップした。特に悪臭指定物質のトリメチルアミンは嗅覚閾値が低く、「床敷きなしストレス群」と「絶食ストレス群」において検出された物質である。しかしながら、検出された濃度とヒト嗅覚によるにおい評価によるにおい強度の値とは相関は認められなかった。
また、MPT−GC/MSによる各物質の検出濃度を各ストレス間にてANOVA解析を行った結果、ヘプタナール、ヘキサナール、ペンタナールにおいて有意差が認められた。しかし、Tukey法による多重統計解析を行った結果、ストレスにおける共通な物質の検出には至らなかった。
これらのことからも、糞便のにおいは、高濃度一つのにおい物質により決めることは難しいと考えられる。そこで検出されたにおい物質やその濃度そのものではなく、TLとの比較を考察すべきと考えた。
表4では、17種類のにおい物質をTLにより選別し、TL以下の物質を棄却した。表4では、また、スコアリングによる物質による総合的なにおい強度とそのにおいパターンを示した。つまり、物質の濃度解析とTL選別、におい強度解析、パターン解析の方法によりストレスに曝されているマウスを検出できる可能性を示した。
例えば、TL以上のトリメチルアミンとヘキサナールを同時に検出した場合は、「床敷きがない」又は「餌を食べていない」のストレスを受けている可能性がある。
また、TL以上のデカナールとヘプタナールが同時に検出された場合は、「行動制御」のストレスを受けている可能性がある。
また、TL以上のアセトアルデヒド、2,3−ブタンジオン、3−メチルブタナールが同時に検出され、イソブタナール、オクタナール、ノナナールが検出されなかった場合、「振とうストレス」のストレスを受けている可能性がある。
【0067】
よって、ストレスに曝されたマウスから得られた糞便のヒトの嗅覚及びMPT−GC/MSによる定量解析により、糞便からの臭気が変化することが明らかになった。また、MPT−GC/MSによる定量解析によるTLとの相対的な比較によるスコアリング方法は、ストレスに曝されたマウスを検出するのに重要な12種類のにおい物質(表3参照)を明らかにした。
【0068】
<実施例3:ストレスを与えることによる糞便pHの変化>
〔3−1:マウスの飼育方法〕
<実施例1>に従った。但し、用いたマウスは15週齢から30週齢のC57BL/6Jメスマウスを実験に用いた。
〔3−2:ストレスの種類〕
<実施例2>に従った。
〔3−3:実験に用いたマウスの試行数〕
糞便pH変化の解析に用いたマウスの供試数は、コントロール群6匹、床敷きなしストレス群6匹、振とうストレス群6匹、絶食ストレス群6匹、行動制御ストレス群6匹の計30匹を用いた。また、継時的な糞便pHモニタリングに用いたマウスはコントロール群3匹、床敷きなしストレス群3匹、振とうストレス群3匹、絶食ストレス群3匹、行動制御ストレス群3匹の計15匹を用いた。尚、継時的な糞便の採取は上記ストレスを与え終わった日を0dとした。
〔3−4:糞便の採取方法〕
<実施例1>に従った。
〔3−5:糞便pHの測定方法〕
得られた糞便を完全にホモジェナイズし、蒸留水にて100倍希釈した(W/V)。得られた懸濁液をpHメーター(DKK-TOA CORPORATION., Tokyo.)にて測定した。
このとき、糞便の重量は20〜40mg程度に対し、溶液量2mlを添加した。この添加量によって、pH指示試薬を目視により的確に判断することができた。
〔3−6:pH指示試薬の調整〕
ブロモクレゾールグリーン(Tokyo Chemical Undustry CO., LTD. Tokyo.)40mgをエタノール(Wako Pure Chemical Industries, Ltd., Tokyo.)100mlに懸濁しBCG溶液とした。
また、BTB溶液でも、BCG溶液のように、呈色反応が生じ、肉眼で識別することが可能であった。
【0069】
〔3−7:ストレスによる糞便pHの変化〕
各ストレス群におけるpHの変化を確認したところ、全てのストレスの群において共通して24時間後にpHの上昇がみられた(
図4B−E)。また、「絶食ストレス群」においては48時間後に更にそのpHは上昇し最も高い値を示した(
図4B)。また、共通して24時間から48時間後にアルカリ性への強い傾倒を示し、60時間後ではストレス前のpHへ戻る傾向にあった。また、60時間後pHの値がストレスを与える前と比較して高い。これらのことからストレスに対する順応性が観察されたことと、その順応性は60時間以内では元に戻らないことが示された。
〔3−8:ストレス後の糞便pH変化の長期的な変化〕
図5A−Eに示すように、糞便のpH測定を10日ごとに、60日間計測を行った。「コントロール群」は、最大7.55、最小7.00であり、日ごとのpHの振れ幅はなだらかなものであった(
図5A)。これに対し、「行動制御ストレス群」(最大7.75、最小6.75)、「振とうストレス群」(最大8.05、最小6.70)、「床敷きなしストレス群」(最大7.69、最小6.80)において、日ごとの振れ幅が大きいことが明らかになった(
図5B−E)。特に、「行動制御ストレス群」は60日目まで値が乱れ続け、「振とうストレス群」は実験終了直後から値のばらつきが見られた(
図5C−D)。「床敷きなしストレス群」において、実験終了後は安定していたが、20日目に大きくばらついた(
図5E)。
【0070】
〔3−9:ストレスマウスから得られた糞便におけるpH指示試薬による呈色反応〕
振とうストレスを与え、60時間後の糞便とコントロール糞便をpH指示試薬であるBCG溶液に浸透させ反応させた。その結果、反応させて直ちに「コントロール群」の糞便と「振とうストレス群」の糞便とで、色の違いが見られ、前者のコントロール群はやや黄色であるのに対し後者のストレス群は緑色であった。
【0071】
糞便のpH変化は、ストレスを与えている最中だけでなく、長期間その変化が持続することが示された。このpH変化を利用することにより、マウスの状態を簡便に日々モニタリングすることができる。実験動物の飼育作業におけるより簡便な検出方法と言える。
例えば、pH指示試薬に糞便を浸透させることにより、生理的な変化を色として呈色することができる。また、この簡便性は多くの実験動物が存在するネズミ飼育室において、瞬時に飼育ネズミの状況判断に利用できることから、飼育ネズミのモニタリングにおけるファーストスクリーニングとして活用することが考えられる。また、pH指示試薬を含ませた床材を利用すれば、糞便のpH変化を簡便にモニタリングできる。
【0072】
よって、各ストレスの被曝によって飼育ネズミの糞便のpHは変化し、その変化は共通した変化のパターンが見られた。ストレスを与えてから24時間から48時間の内にpHのアルカリ性への傾向を示し、60時間後にはpHが無ストレス時に近くなった。また、これらのストレスが終了した後、継時的な糞便pH変化を測定したところ、「コントロール群:と比較し不安定になることが明らかになった。またBCG溶液による「振とうストレス群」と「コントロール群」の糞便の呈色反応は明らかな色の違いが確認できた。
また、無ストレスマウス糞便は中性付近であったが、これと比較してストレスマウスは塩基性に傾く傾向が認められた。このため、BTB溶液の方が、BCG溶液と比較して、肉眼で識別することが容易であった。
これらのことから、実験動物における糞便のpHを利用した非侵襲的モニタリング方法を提供できる。
【0073】
<実施例4:ケージ内気相を利用した実験動物自動モニタリングシステムの開発>
これまでマウスに対してストレスを加えることにより、生理的な変化を糞便の性質を通して捉えることができた。特に、糞便の腸内細菌叢の変化、糞便の臭気の変化、糞便のpHの変化により捉えることができた。これらの糞便の性質変化をより簡便に、より非侵襲的な3つのモニタリングシステムの開発を行った。
上記<実施例1>より、ケージ内における糞便は1日約3g程度排出され、これらのケージは2週間程度ケージを交換することはない。その為、糞便は、ケージ内における気相の性質を決定する大きな要因と言える。先ほども示した通り、ストレスによる糞便の性質は変化することから、この気相の特徴を捉えることによりその変化を捉えることが出来ると考えられる。そこで、ケージ内気相の特徴をモニタリングするためにケージにフィルターを装着できる個別換気方式の動物飼育ラックを用い、その気流とフィルターとの呈色反応によりケージ内気相を視覚化するモニタリング方法の開発を行った。
【0074】
〔4−1:マウスの飼育方法〕
<実施例3>に従った。但し、飼育に用いた飼育ケージ、飼育ラックはイノバイブ個別換気システム(Innovive Inc. San Diego, USA)を用い、飼育ケージの排気口に本研究にて設計したフィルターを装備した。
尚、マウス飼育ケージ(Innovive Inc. San Diego, USA)は、使い捨て可能な飼育ケージである。当該ケージは、PET(polyethylene terephthalate)樹脂により整形され、ケージは製造時にγ線照射により滅菌され、供給されるものである。
また、飼育ラックは、1つのラックで168ケージ収納が可能なものがある。給排気システムを利用すると、HEPA(highly efficient particulate removing air)フィルターを通した清浄度の高い空気を各ケージに供給することが可能である。また、床敷き交換頻度は2週間に1度で行うことが可能であり、交換の際には、床敷き交換チャンバーで行うことが可能であり、当チャンバー内で床敷きの廃棄を行うことが可能である。
【0075】
〔4−2:ストレスの種類〕
<実施例3>に従った。但し、汎用的なストレスを更に加味するため、採血時の保定や、胃潰瘍モデルとして用いられている拘束ストレスを加えた。本ストレスは直径3cm、長さ10cmの筒状のチューブにて保定し、3時間静置するものである。
〔4−3:実験に用いたマウスの試行数〕
ニンヒドリンフィルターを用いた飼育に用いたマウスの供試数は、コントロール3匹、拘束ストレス3匹、床敷きなしストレス3匹、振とうストレス3匹、絶食ストレス3匹、行動制御ストレス3匹の計18匹を用いた。それぞれ、No.1、No.2、No.3とした。
〔4−4:モニタリング用フィルターの製作〕
<実施例2>より、糞便から放出される揮発性物質は様々な性質を持つことが明らかになった。例えば、トリメチルアミンのアミン類、アセトアルデヒドなどのアルデヒド類などを放出していることを示した。そこで、これらの物質を元に検出フィルターの種類を選定した(表5)。
ニンヒドリン試薬は、ニンヒドリン(0.3g)を酢酸(3ml)、n−ブタノール(100ml)と混和し溶液とした。
また、Van Urk試薬は、p−ジメチルアミノベンズアルデヒド(0.8g)、濃硫酸(10ml)、エタノール(90ml)を混和し溶液とした。
塩化鉄(III)試薬は、塩化鉄(III)(1.0g)を50%メタノール(100ml)と混和した。
これら作製した各種溶液に、不織布を30分間浸透させ、乾燥させたものを各種フィルターとした。
【0076】
【表5】
【0077】
〔4−5:モニタリング用フィルターを挿入したケージによる飼育〕
これら作製した各種フィルターを装着したカートリッジを作製し、このカートリッジが装着されたケージ内で5日間、コントロール群のマウスを飼育した。
また、24時間ごとに写真を撮影し、フィルターの変化を視覚的にとらえた。
また、2cm×2cm四方に切り取られたニンヒドリンフィルターが装着されたケージ内で168時間(7日間)、各種ストレスを与えたマウスを飼育した。
【0078】
〔4−6:各種フィルターを装着したカートリッジの呈色反応〕
「コントロール群」のマウスにおいて、モニタリング用フィルターにおける呈色反応を検証した。その結果、48時間までは呈色反応を示さなかったが、72時間後にニンヒドリンフィルターが、若干、紫色変化を呈した。その後、120時間後まで、その他のフィルターは呈しなかった。
〔4−7:ストレスによるニンヒドリンフィルターの呈色反応の変化〕
上記に示した様々な飼育ストレスによるニンヒドリンフィルターの変化を検証した。「コントロール群」において、上記の通り72時間頃に薄く呈色反応を示し、その後168時間にかけてその色が紫色呈色反応を示した。これに対し、「拘束ストレス群」No.1のフィルターはフィルター装着後の24時間後に既に呈色反応を示した。「絶食ストレス群」のNo.1、3のフィルターにおいて、144時間後に強力に色付き、「絶食ストレス群」のNo.3において、紫色呈色反応ではなく黄色を呈した。また、「床敷きなしストレス群」のNo.1において、コントロールと比較し濃い紫色呈色反応を示した。
18日後における各種フィルターの呈色反応を検証した。その結果、「拘束ストレス群」のNo.1の他、No.3にも黄色の呈色反応を示していた。また、「床敷きなしストレス群」のNo.1と、「絶食ストレス群」の紫色に呈色したNo.2のフィルターの一部に黄色い呈色を示していた。
168時間後において変化が見られなかった、「行動制御ストレス群」においては、No.1のフィルターが「コントロール群」よりも濃い紫色を呈した。
【0079】
本研究では、ケージ気相内の物質を検知することにより非侵襲的にマウスの状態をモニタリングするシステムの開発の検討を行った。その結果、本実験の飼育環境下においてニンヒドリンフィルターが反応を示した。また、その結果はストレスにより色の濃さと、色の違いに変化が現れた。
ニンヒドリン反応はアミノ酸とニンヒドリン2分子が縮合してルーヘマン紫という青紫色の色素とアミノ酸が還元されて出来るアルデヒドが生成するものによると考えられる。また、アミノ酸がプロリンの場合、ニンヒドリン1分子としか反応しないため黄色の呈色反応を示す。
本研究において作成したニンヒドリンフィルターの呈色反応は紫色と黄色の反応を示していることから、ストレスによる気相が変化していることが示唆される。しかしながら、同じストレスにおいてもフィルターが同様に変化しない場合もあるため、マウスによってストレスを受ける影響が異なる可能性も考えられる。また、最終的な反応の判断に長時間かかることなどからニンヒドリンの濃度を上昇させ反応時間を短く、また、本フィルターへの流入風速を上げることにより更に短期間で反応が確認できると考えられる。
<実施例2>より、「床敷きなしストレス群」と「絶食ストレス群」において、糞便からトリメチルアミンの放出が見られた。アミン系の物質としては唯一トリメチルアミンだけであった。今回のフィルターの変色が著しかった「絶食ストレス群」において、また、一部ではあるが「床敷きなしストレス群」のNo.1も反応していたことから、これらのストレスとトリメチルアミンに何らかの関係性が示唆される。
【0080】
本フィルターによりケージ内気相をモニタリングすることに成功した。また、ケージ内気相はストレスにより変化することが本研究におけるフィルターの呈色反応により明らかになった。