特許第6448909号(P6448909)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6448909目的遺伝子を欠損した酢酸菌の製造方法及びその利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6448909
(24)【登録日】2018年12月14日
(45)【発行日】2019年1月9日
(54)【発明の名称】目的遺伝子を欠損した酢酸菌の製造方法及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/31 20060101AFI20181220BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20181220BHJP
【FI】
   C12N15/31ZNA
   C12N1/21
【請求項の数】4
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2014-39029(P2014-39029)
(22)【出願日】2014年2月28日
(65)【公開番号】特開2014-193156(P2014-193156A)
(43)【公開日】2014年10月9日
【審査請求日】2017年2月24日
(31)【優先権主張番号】特願2013-41280(P2013-41280)
(32)【優先日】2013年3月1日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503092180
【氏名又は名称】学校法人関西学院
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤原 伸介
(72)【発明者】
【氏名】佐古田 久雄
(72)【発明者】
【氏名】赤坂 直紀
【審査官】 田名部 拓也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−125164(JP,A)
【文献】 特開2010−017131(JP,A)
【文献】 特表2007−511238(JP,A)
【文献】 特表2008−505622(JP,A)
【文献】 生物工学会誌,2012年,Vol.90, No.7,pp.374-380
【文献】 日本農芸化学会,2013年 3月 5日,Vol.2013th,#3B14p02
【文献】 第65回日本生物工学会大会講演要旨集,2013年 8月25日,p.48, #1P-124
【文献】 Appl. Environ. Microbiol.,2013年12月,Vol.79, No.23,pp.7334-7342,Epub 2013 Sep 20
【文献】 日本醸造協会誌,2014年 3月,Vol.109, No.3,pp.147-153
【文献】 J. Bacteriol.,2003年,Vol.185, No.1,pp.210-220
【文献】 Appl. Environ. Microbiol.,2005年,Vol.71, No.7,pp.3889-3899
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00 − 15/90
C12N 1/00 − 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
CAplus/WPIDS/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルフクローニングによる、目的遺伝子を欠損した酢酸菌の製造方法であって、内在性のオロト酸ホスホリボシルトランスフェラーゼ(pyrE)遺伝子、又はオロチジン5’−リン酸デカルボキシラーゼ(pyrF)遺伝子を選択マーカーとして用いることを特徴とする方法であって、
以下の工程を含有する、方法:
(1)当該酢酸菌のゲノムにおける、目的遺伝子の上流領域から下流領域までに相当するDNAにおいて、当該目的遺伝子の少なくとも一部が欠損したDNA;並びに前記ピリミジン生合成系遺伝子をそれぞれ含有する環状DNAを、該ピリミジン生合成系遺伝子を欠損する株に導入する工程;
(2)前記工程(1)により得られた酢酸菌から、ウラシル原栄養性を指標として、前記環状DNAがpop−in置換によりゲノムに取り込まれた株を選抜する工程;及び
(3)前記工程(2)により選抜された酢酸菌株から、5−フルオロオロチン酸(5−FOA)耐性、及びウラシル要求性を指標として、pop−out置換により少なくとも一部の目的遺伝子及び該ピリミジン生合成系遺伝子を含有するDNAがゲノムから脱落した目的遺伝子欠損株を選抜する工程。
【請求項2】
ピリミジン生合成系遺伝子を欠損した前記株が、次の工程を含有する方法により得られるものである、請求項1に記載の方法:
(i)当該酢酸菌のゲノムにおける、前記ピリミジン生合成系遺伝子の上流領域から下流領域までに相当するDNAにおいて、該ピリミジン生合成系遺伝子の少なくとも一部が欠損したDNAを含有する、該ピリミジン生合成系遺伝子破壊作用を備えるDNAを、酢酸菌に導入する工程;及び
(ii)前記工程(i)により得られた酢酸菌から、5−FOA耐性、及びウラシル要求性を指標として、該ピリミジン生合成系遺伝子破壊作用を備える前記DNAとダブルクロスオーバーを起こした該ピリミジン生合成系遺伝子欠損株を選抜する工程。
【請求項3】
ピリミジン生合成系遺伝子遺伝子を破壊する作用を備える前記DNAが、環状DNAである、請求項に記載の方法。
【請求項4】
ピリミジン生合成系遺伝子を破壊する作用を備える前記DNAが、直鎖DNAである、請求項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、目的遺伝子を欠損した酢酸菌の製造方法及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
酢酸菌Gluconacetobacter europaeus(Ga. europaeus)は高いエタノール酸化能力および酢酸耐性を有し、食酢の工業生産において世界中で広く利用されている。しかし、当該酢酸菌の代謝工学技術は現時点で報告されてはおらず、近年タイプ株のドラフトゲノム配列が決定されたばかりでもあり、今後の研究の発展が期待される微生物である。遺伝子破壊により改良することで、さらに有用な酢酸菌を産出することができる可能性がある。
【0003】
遺伝子破壊に関しては、Ga. xylinusやAcetobacter aceti等の類縁酢酸菌における実績が報告されている(非特許文献1〜4)。しかしながら、これらの事例では外来薬剤耐性遺伝子が選抜マーカーとして用いられているため、得られた形質転換体は「遺伝子組換え体」と定義され、実際の食酢生産に用いるにはさらに克服すべき課題がある。これを回避する手法として、形質転換体の遺伝子構成が親株と同一であるセルフクローニング法が用いられる。しかしながら、酢酸菌(Ga. europaeus)に関しては、そのまま実際の食酢生産に用いることができるような形質転換体を直接得る方法は報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Shigematsu T、外6名、「Cellulose production from glucose using a glucose dehydrogenase gene (gdh)-deficient mutant of Gluconacetobacter xylinus and its use for bioconversion of sweet potato pulp.」、2005年、J Biosci Bioeng.、99(4)、pp. 415-22
【非特許文献2】Yadav V、外5名、「N-acetylglucosamine 6-phosphate deacetylase (nagA) is required for N-acetyl glucosamine assimilation in Gluconacetobacter xylinus.」、PLoS One、2011年、6(6)、e18099
【非特許文献3】Iida A、外2名、「Control of acetic acid fermentation by quorum sensing via N-acylhomoserine lactones in Gluconacetobacter intermedius.」、J Bacteriol.、2008年、190(7)、pp. 2546-55
【非特許文献4】Sakurai K、外4名、「Role of the glyoxylate pathway in acetic acid production by Acetobacter aceti.」、J Biosci Bioeng、2013年、115(1)、pp. 32-6
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、目的遺伝子を欠損した酢酸菌であって、外来遺伝子が導入されていない酢酸菌を製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を重ね、本発明を完成させた。具体的には、本発明者らは、内在性のピリミジン生合成系遺伝子を選抜マーカーとして用いることにより上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
本発明はかかる知見に基づきさらに検討を重ねた結果完成されたものであり、下記に掲げるものである。
項1.
セルフクローニングによる、目的遺伝子を欠損した酢酸菌の製造方法であって、内在性のピリミジン生合成系遺伝子を選択マーカーとして用いることを特徴とする方法。
項2.
前記ピリミジン生合成系遺伝子が、オロト酸ホスホリボシルトランスフェラーゼ(pyrE)遺伝子、又はオロチジン5’−リン酸デカルボキシラーゼ(pyrF)遺伝子である、項1に記載の方法。
項3.
以下の工程を含有する、項1又は2に記載の方法:
(1)当該酢酸菌のゲノムにおける、目的遺伝子の上流領域から下流領域までに相当するDNAにおいて、当該目的遺伝子の少なくとも一部が前記ピリミジン生合成系遺伝子を含有するDNAで置換されたDNAを含有する、目的遺伝子破壊作用を備えるDNAを、該ピリミジン生合成系遺伝子を欠損した酢酸菌株に導入する工程;及び
(2)前記工程(1)により得られた酢酸菌から、ウラシル原栄養性を指標として、目的遺伝子を破壊する作用を備える前記DNAとダブルクロスオーバーを起こした目的遺伝子欠損株を選抜する工程。
項4.
目的遺伝子を破壊する作用を備える前記DNAが、環状DNAである、項3に記載の方法。
項5.
目的遺伝子を破壊する作用を備える前記DNAが、直鎖DNAである、項3に記載の方法。
項6.
以下の工程を含有する、項1又は2に記載の方法:
(1)当該酢酸菌のゲノムにおける、目的遺伝子の上流領域から下流領域までに相当するDNAにおいて、当該目的遺伝子の少なくとも一部が欠損したDNA;並びに前記ピリミジン生合成系遺伝子をそれぞれ含有する環状DNAを、該ピリミジン生合成系遺伝子を欠損する株に導入する工程;
(2)前記工程(1)により得られた酢酸菌から、ウラシル原栄養性を指標として、前記環状DNAがpop−in置換によりゲノムに取り込まれた株を選抜する工程;及び
(3)前記工程(2)により選抜された酢酸菌株から、5−フルオロオロチン酸(5−FOA)耐性、及びウラシル要求性を指標として、pop−out置換により少なくとも一部の目的遺伝子及び該ピリミジン生合成系遺伝子を含有するDNAがゲノムから脱落した目的遺伝子欠損株を選抜する工程。
項7.
ピリミジン生合成系遺伝子を欠損した前記株が、次の工程を含有する方法により得られるものである、項3〜6のいずれかに記載の方法:
(i)当該酢酸菌のゲノムにおける、前記ピリミジン生合成系遺伝子の上流領域から下流領域までに相当するDNAにおいて、該ピリミジン生合成系遺伝子の少なくとも一部が欠損したDNAを含有する、該ピリミジン生合成系遺伝子破壊作用を備えるDNAを、酢酸菌に導入する工程;及び
(ii)前記工程(i)により得られた酢酸菌から、5−FOA耐性、及びウラシル要求性を指標として、該ピリミジン生合成系遺伝子破壊作用を備える前記DNAとダブルクロスオーバーを起こした該ピリミジン生合成系遺伝子欠損株を選抜する工程。
項8.
ピリミジン生合成系遺伝子遺伝子を破壊する作用を備える前記DNAが、環状DNAである、項7に記載の方法。
項9.
ピリミジン生合成系遺伝子を破壊する作用を備える前記DNAが、直鎖DNAである、項7に記載の方法。
項10.
項1〜9のいずれかの製造方法により得られうる、目的遺伝子を欠損した酢酸菌。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法を利用することにより、目的遺伝子を欠損した酢酸菌であって、外来遺伝子が導入されていない酢酸菌を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】pop−in/pop−outを利用した本発明の方法の一例を示す図面である。
図2】ゲノム中のpyrE遺伝子を欠失させる方法の一例を示す図面である。
図3】目的遺伝子(aldC)を欠失させる方法の一例を示す図面である。
図4】実施例の結果を示す図面である。
図5】実施例の結果を示す図面である。
図6】試験例の結果を示す図面である。
図7】試験例の結果を示す図面である。
図8】試験例の結果を示す図面である。
図9】目的遺伝子(aldC)を欠失させる方法の一例を示す図面である。
図10】実施例の結果を示す図面である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.目的遺伝子を欠損した酢酸菌の製造方法
本発明の、目的遺伝子を欠損した酢酸菌の製造方法は、セルフクローニングによる方法であって、内在性のピリミジン生合成系遺伝子を選択マーカーとして用いることを特徴とする。
【0011】
酢酸菌は、特に限定されないが、例えば、アセトバクター属又はグルコンアセトバクター属等を用いることができる。中でも、Gluconacetobacter europaeus及びAcetobacter pasteurianusが好ましい。
【0012】
セルフクローニングとは、同一種に属する生物間で核酸を交換することをいう。
【0013】
目的遺伝子は、特に限定されない。欠損株の取得効率の面においても、目的遺伝子の長さは特に制限されることはない。
【0014】
本発明においては、内在性のピリミジン生合成系遺伝子を選択マーカーとして用いることを特徴とする。内在性の遺伝子を選択マーカーとするため、目的遺伝子を欠損した酢酸菌であって、外来遺伝子が導入されていない酢酸菌を製造することができる。
【0015】
ピリミジン生合成系遺伝子とは、ピリミジン塩基(チミン、シトシン及びウラシル)の生合成経路に関わる遺伝子群を指す。この経路はすべてのピリミジン塩基の前駆体であるUMP(ウリジン一リン酸)を合成する6つの酵素反応からなる。6つの酵素(及びそれをコードする遺伝子)とは、すなわち、UMP合成経路の上流から順にカルバモイルリン酸合成酵素(carAB遺伝子)、アスパラギン酸トランスカルバモイラーゼ(pyrB遺伝子)、ジヒドロオロターゼ(pyrC遺伝子)、ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ(pyrD遺伝子)、オロト酸ホスホリボシルトランスフェラーゼ(pyrE)遺伝子、及びオロチジン5’−リン酸デカルボキシラーゼ(pyrF)である。これらの酵素をコードする遺伝子を保持する株はウラシル原栄養性を示すが、これらの酵素をコードする遺伝子を破壊された株はUMPを生合成できなくなり、ウラシル要求性株となる。
【0016】
これらのうち、pyrE又はpyrFを破壊された株については、5−フルオロオロチン酸(5−FOA)によるポジティブセレクションが可能である。5−FOAは、遺伝子破壊を受けていない株においてはまずオロチン酸(orotate)の代わりにピリミジン経路に取り込まれ、最終的にRNAに取り込まれるために正常なRNAの合成が阻害され、菌体は死滅する。これに対して、pyrE破壊株及びpyrF破壊株においては5−FOAは代謝されず、菌体は生存できる。このことを利用すると、5−FOA及び十分量のウラシルを含む培地を用いることにより、pyrE破壊株又はpyrF破壊株を選別することができる。このため、本発明において選択マーカーとして用いる内在性のピリミジン生合成系遺伝子としては、pyrE又はpyrFが好ましい。pyrE又はpyrFを用いれば、ウラシル原栄養性を指標として、pyrE又はpyrFがゲノムに存在する株を選択することができる。また、pyrE又はpyrFを用いれば、5−FOA耐性を指標として、pyrE又はpyrFがゲノムから欠損した株を選択することができる。
【0017】
本発明の、目的遺伝子を欠損した酢酸菌の製造方法は、ダブルクロスオーバーを利用した方法であってもよいし、pop−in/pop−outを利用した方法であってもよい。
【0018】
ダブルクロスオーバーを利用した方法としては、特に限定されないが、例えば以下のような工程(1)及び(2)を含む方法等が挙げられる。
(1)当該酢酸菌のゲノムにおける、目的遺伝子の上流領域から下流領域までに相当するDNAにおいて、当該目的遺伝子の少なくとも一部が前記ピリミジン生合成系遺伝子を含有するDNAで置換されたDNAを含有する、目的遺伝子破壊作用を備えるDNAを、該ピリミジン生合成系遺伝子を欠損した酢酸菌株に導入する工程;及び
(2)前記工程(1)により得られた酢酸菌から、ウラシル原栄養性を指標として、目的遺伝子を破壊する作用を備える前記DNAとダブルクロスオーバーを起こした目的遺伝子欠損株を選抜する工程。
【0019】
前記工程(1)において、目的遺伝子破壊作用を備えるDNAを、ピリミジン生合成系遺伝子を欠損した酢酸菌株に導入することにより、ピリミジン生合成系遺伝子を含有するDNAがゲノムに導入される一方で、目的遺伝子をゲノムから欠落させることができる。
これは、当該酢酸菌のゲノム中の、目的遺伝子を含む領域が、前記ピリミジン生合成系遺伝子を含有するDNAで置き換わるためである。より詳細には、この置換は、目的遺伝子破壊作用を備える前記DNAがゲノムとダブルクロスオーバーを起こすことによって起こる。このダブルクロスオーバーを起こすためには、目的遺伝子破壊作用を備える前記DNAが、目的遺伝子の上流領域(以下、「5’−UR」ということがある。)及び下流領域(以下、「3’−DR」ということがある。)を、ピリミジン生合成系遺伝子を挟むようにしてそれぞれ含んでいる必要がある。これらの5’−UR及び3’−DRと同一の配列は、それぞれ目的遺伝子を挟むようにしてゲノム中にも存在している。これらの互いに同一の配列同士でダブルクロスオーバーを起こすことにより、結果的にゲノム中の目的遺伝子がピリミジン生合成系遺伝子で置換される。このダブルクロスオーバーを起こすために、5’−UR及び3’−DRに求められる長さは適宜設定できるが、通常、200塩基以上であれば十分である。5’−UR及び3’−DRの長さは、目的遺伝子の破壊効率の面で、好ましくは300塩基〜2,000塩基であり、より好ましくは500塩基〜1,000塩基である。
【0020】
目的遺伝子を破壊する作用を備える前記DNAは、前述のダブルクロスオーバーを起こすものであればよく、特に限定されない。このDNAは、環状DNAであってもよいし、直鎖DNAであってもよい。このDNAの長さとしては、本発明の効果が得られればよく、特に限定されないが、環状DNAである場合には通常、2kbp〜10kbpであり、好ましくは4kbp〜8kbpである。また、同様に直鎖DNAである場合には通常、1kbp〜8kbpであり、好ましくは2kbp〜4kbpである。
【0021】
直鎖DNAである場合、より詳細には、一例として、被破壊遺伝子(目的遺伝子)の上流0.5k〜1.0kの領域、pyrE遺伝子(1.5k)及び被破壊遺伝子の下流0.5〜1.0kの領域(すなわち、全長2.5k〜3.5k)のもの等を用いることができるが、特にこれに限定されず、発明の効果が得られる範囲内で幅広く選択できる。
【0022】
DNAの酢酸菌への導入方法は、特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができる。特に限定されないが、例えばエレクトロポレーション法、大腸菌との接合伝達法(特開2012-125164号公報)及び塩化カルシウム法(Okumura, H. et al.: Agric. Biol. Chem., 49, 1011 (1985))等により導入することができる。この中でも、特にエレクトロポレーション法が作業の簡便性の面で好ましい。
【0023】
上記において、ピリミジン生合成系遺伝子を欠損した酢酸菌株は、特に限定されないが、例えば次のような工程を含む方法によって得ることができる。
(i)酢酸菌のゲノムにおける、当該ピリミジン生合成系遺伝子の上流領域から下流領域までに相当するDNAにおいて、該ピリミジン生合成系遺伝子の少なくとも一部が欠損したDNAを含有する、該ピリミジン生合成系遺伝子破壊作用を備えるDNAを、酢酸菌に導入する工程;及び
(ii)前記工程(i)により得られた酢酸菌から、5−FOA耐性、及びウラシル要求性を指標として、該ピリミジン生合成系遺伝子破壊作用を備える前記DNAとダブルクロスオーバーを起こした該ピリミジン生合成系遺伝子欠損株を選抜する工程。
【0024】
上述の方法において、ダブルクロスオーバーによる遺伝子置換のメカニズムは、前記工程(1)及び(2)のメカニズムと同様である。したがって、ピリミジン生合成系遺伝子破壊作用を備えるDNAが、ピリミジン生合成系遺伝子の上流領域及び下流領域をそれぞれどの程度の長さ有していればよいか等をはじめ、全ての諸条件は、前記工程(1)及び(2)においてした説明と同様に設定できる。
【0025】
前記工程(2)において、ウラシル原栄養性を指標とする選抜は、目的遺伝子を破壊する作用を備える前記DNAとダブルクロスオーバーを起こした目的遺伝子欠損株を選抜する目的で行うものであり、かかる目的が達成される限りにおいて、その詳細な条件については適宜設定することができる。
【0026】
例えば、極めて低頻度で生じる形質転換体(ウラシル原栄養性株)を、ウラシルを含まない最少培地で集積することにより、目的遺伝子破壊株を選抜することができる。この場合の条件としては、特に限定されないが、最少培地の組成として以下が例示できる。
【0027】
グルコース 30g/L、L−グルタミン酸ナトリウム・一水和物 10g/L、リン酸水素二カリウム 0.1g/L、リン酸二水素カリウム 0.5g/L、塩化カリウム 0.1g/L、塩化カルシウム・二水和物 0.1g/L、硫酸マグネシウム・七水和物 0.25g/L、塩化鉄(III) 0.005g/L、硫酸亜鉛・七水和物 0.05g/L、モリブデン(IV)酸二ナトリウム・二水和物 0.0005g/L、ホウ酸 0.0005g/L、硫酸銅・五水和物 0.0025g/L、硫酸マンガン・五水和物 0.01g/L、塩化コバルト(II) 0.0005g/L、(+)−パントテン酸カルシウム 0.002g/L、エタノール及び酢酸 5ml/L
【0028】
本発明の、目的遺伝子を欠損した酢酸菌の製造方法のうち、pop−in/pop−outを利用した方法としては、特に限定されないが、例えば以下のような工程(1)及び(2)を含む方法等が挙げられる。
(1)当該酢酸菌のゲノムにおける、目的遺伝子の上流領域から下流領域までに相当するDNAにおいて、当該目的遺伝子の少なくとも一部が欠損したDNA;並びに前記ピリミジン生合成系遺伝子をそれぞれ含有する環状DNAを、該ピリミジン生合成系遺伝子を欠損する株に導入する工程;
(2)前記工程(1)により得られた酢酸菌から、ウラシル原栄養性を指標として、前記環状DNAがpop−in置換によりゲノムに取り込まれた株を選抜する工程;及び
(3)前記工程(2)により選抜された酢酸菌株から、5−FOA耐性、及びウラシル要求性を指標として、pop−out置換により少なくとも一部の目的遺伝子及び該ピリミジン生合成系遺伝子を含有するDNAがゲノムから脱落した目的遺伝子欠損株を選抜する工程。
【0029】
pop−in/pop−outを利用した方法の一例を、図1に示す。
【0030】
工程(1)で使用する環状DNAは、当該酢酸菌のゲノムにおける、目的遺伝子の上流領域(5’−UR)から下流領域(3’−DR)までに相当するDNAにおいて、当該目的遺伝子の少なくとも一部が欠損したDNAを含有する。当該環状DNAは、さらに、ピリミジン生合成系遺伝子を含有する。
【0031】
続く工程(2)において、ウラシル原栄養性を指標として選抜することにより、ゲノムの5’−UR又は3’−DRの部分(図1では5’−URの部分)においてpop−in置換によりこの環状DNAの全長がゲノムに取り込まれた株を選抜することができる。
【0032】
さらに、工程(3)において、5−FOA耐性、及びウラシル要求性を指標として選抜することにより、pop−out置換により少なくとも一部の目的遺伝子及び該ピリミジン生合成系遺伝子を含有するDNAがゲノムから脱落した目的遺伝子欠損株を選抜することができる。
【0033】
5’−UR及び3’−DRについての説明は、ダブルクロスオーバーに用いる配列についての説明と同様である。
【0034】
遺伝子の導入方法、ウラシル原栄養性を指標とする選抜方法、並びに5−FOA耐性及びウラシル要求性を指標とする選抜方法についての説明も、ダブルクロスオーバーを利用する方法についての説明と同様である。
【0035】
pop−in/pop−outを利用した方法の利点としては、最終的に得られる遺伝子破壊株を用いて、さらに別の目的遺伝子を標的として工程(1)〜(3)を繰り返すことにより、別々の遺伝子を順次欠損させていくことができるという点が挙げられる。
【実施例】
【0036】
以下に実施例及び試験例を掲げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0037】
1.実施例1:環状の標的遺伝子破壊用供与DNAを用いたaldC欠損株の作出
1.1 遺伝子操作
一般的な遺伝子操作は、既報(Green MR, Sambrook JF. 2012. Molecular cloning: a laboratory manual, 4th ed. Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY.)に準拠した。DNA断片のクローニングには大腸菌DH5α株を用い、50 μg/ml アンピシリンを添加したLB培地で培養することで形質転換体を選抜した。プラスミドDNAの抽出には、Plasmid Midi Kit (キアゲン社)を用いた。以下に記す遺伝子破壊ベクター構築の際に用いたプライマーは、Ga. europaeus LMG18890T株(Andres-Barrao, C. et al.: J. Bacteriol., 193, 2670 (2011))のドラフトゲノムデータを基に設計した。DNAポリメラーゼは、KOD plus (東洋紡)、またはPfu-X (グライナー社)を用いた。制限酵素およびその他核酸修飾酵素は、タカラバイオ社およびニッポンジーン社より購入した。サザンブロット解析には、DIG High Prime DNA Labeling and Detection Starter Kit I (ロシュ社)を用いた。DNAシーケンシングは、BigDye Terminator Cycle Sequencing kit, ver. 3.1および3130ジェネティックアナライザー(共にアプライド・バイオシステムズ社)を用いた。
【0038】
1.2 エレクトロコンピテントセルの作成
食酢発酵液より単離したGa. europaeus 凍結菌体100μlを、1.6 % (wt/v) エタノールおよび1.0 % (v/v) セルラーゼ(Sigma-Ardrich社)を含む5 ml YPD(グルコース 30 g/l, 酵母エキス, 5 g/l, ポリペプトン 2 g/l)またはYPDU(YPDに60μg/ml ウラシルを添加したもの)に接種し、30℃、往復振とう150 rpmで16時間培養した(前培養)。前培養液を、OD660が0.03となる様、1.6% エタノールおよび1.0 % セルラーゼを含む30 ml YPDまたはYPDUに接種し、対数期中期(OD660=0.4)まで培養した。菌体を回収し、滅菌超純水および10 % (v/v) グリセロールで十分に洗浄した後、培養液の1/100量の10 % グリセロールに細胞を懸濁し、エレクトロコンピテントセルとした。
【0039】
1.3 遺伝子破壊ベクターの構築
KGMA0119株(野生株)のゲノムDNAを抽出した後、これを鋳型として、pyrE ORFの上流および下流1.0 kbの領域を、それぞれEU-F (5’-GGAATTCGATCGCCATCCACGACGAAT-3’(配列番号1); 下線, EcoRI認識サイト)-E5’-R(5’-TTCAGCGCCAGTGCTTCTTCGGAGCCTGTTGAAAGTCCAG-3’ (配列番号2); 下線, pyrE ORF 下流領域5’末端との相同領域)およびE3’-F(5’-CTGGACTTTCAACAGGCTCCGAAGAAGCACTGGCGCTGAA-3’ (配列番号3); 下線, pyrE ORF 上流領域3’端との相同領域)-ED-R(5’-CGGGATCCAGCCCGGAAAACATTCAGCA-3’ (配列番号4); 下線, BamHI認識サイト)のプライマーペアを用いてPCR増幅した。得られた両DNA断片を鋳型とし、EU-FおよびED-RによるPCR増幅を行い、pyrE ORFを欠失させたDNA断片を作製した。同DNA断片を制限酵素で消化し、pUC19の該当位置にクローニングしたものをpyrE破壊ベクター(pUC19-ΔpyrE)とした。同様に、aldC ORF、その上流1.0 kb、および下流1.0 kbを含む2.9 kbの領域を、aldC-F(5’-AGAATTCGATCACGCTCGAAACCCTGT-3’ (配列番号5); 下線, EcoRI認識サイト)およびaldC-R(5’-AAATCGATCGATATCCCCCACCAGTTCA-3’ (配列番号6); ClaI認識サイト)のプライマーを用いてPCR増幅し、得られたDNA断片を制限酵素処理した後、pBR322の該当位置にクローニングした。得られたプラスミドDNAを鋳型とし、aldC-i1(5’-ATTCACGAAGCCATTCGCGTGGCTG-3’ (配列番号7))およびaldC-i2(5’-GATTGCCCGAGAATGGTGAAGCAGG-3’ (配列番号8))のプライマーを用いてinverse PCRを行い、aldC ORFを欠失させた直鎖状DNA断片を作製した。同時に、pyrE ORFおよびその推定プロモーター領域を含む1.5 kbのDNA断片を、5’端をリン酸化したEP-F2(5’-CTGCCATATCCCGTGTTCGT-3’ (配列番号9))およびE-R4(5’-TCGCCATAGGGAAAGACTGC-3’ (配列番号10))によりPCR増幅し、この断片と前述のaldC OFR欠失断片を連結することでaldC破壊ベクター(pBR322-ΔaldC::pyrE)を作製した。
【0040】
1.4 遺伝子破壊株の単離
1.4.1
pUC19-ΔpyrEおよびKGMA0119株エレクトロコンピテントセルを氷冷した0.1cmキュベット中で混和した後、遺伝子導入装置ECM630(BTX社)により25kv/cm, 200Ω, 25μFの電気パルスを与え、エレクトロポレーションによる同株の形質転換を行った。その後、直ちに氷冷した1 ml YPD液体培地を加え、30℃で16時間振とう培養した。培養液を0.2 % (wt/v) 5-FOAおよび60 μg/ml ウラシルを含む最少寒天培地(組成前述)へ塗布し、30℃で2〜3日間
培養し、5-FOA耐性およびウラシル要求性を示す株を選抜した。同表現型を示す株の遺伝子型をPCR、DNAシーケンシング、およびサザンブロット解析により解析し、pyrE遺伝子欠失の認められた株の一つをKGMA0704株(ΔpyrE)として、以降の遺伝子破壊実験を行った(図2)。
【0041】
上記に示す方法で、aldC破壊ベクターであるpBR322-ΔaldC::pyrE をKGMA0704株へ、エレクトロポレーションにより導入した。電気パルスを与えた後、直ちに氷冷した1 ml YPD液体培地を加え、30℃で3時間振とう培養した。菌体を回収し、生理食塩水(0.85 % (wt/v) NaCl)で洗浄したのち、5 ml ウラシル非添加最少培地へ接種して、更に30℃で96〜120時間培養することで、ウラシル原栄養性株を集積培養した。続いて、培養液を適宜希釈し、ウラシル非添加最少寒天培地へ塗布して30℃で2〜3日間培養した。得られたウラシル原栄養性株の遺伝子型をPCR、DNAシーケンシングおよびサザンブロット解析により解析し、aldC遺伝子座においてpyrEとの置換が認められた株の一つをKGMA4004株(ΔpyrE, ΔaldC::pyrE)とし(図3)、アセトイン生産性試験へ供試した。
【0042】
1.4.2
pyrEを選抜マーカーとした遺伝子破壊系構築にあたり、タイプ株のドラフトゲノムデータを用い、Ga. europaeusのピリミジン生合成経路を推測した。その結果、同酢酸菌は他微生物と同様の代謝経路を有していることが示唆された。そこで、上記に示した手法により、KGMA0119株(野生株)を供試し、5-FOA耐性およびウラシル要求性を指標として、pyrE欠失株の作出を試みた。その結果、複数の候補株が得られたが、その内の一つをKGMA0704株として、以降の解析へ供試した。まず、KGMA0704株をウラシル添加、または非添加最少培地で培養したところ、ウラシルの存在下のみで増殖がみられ(図4)、この結果から同株のウラシル要求性が確認された。また、同株の遺伝子型を、EP-F3(5’-ATCCCCACCAGCATGTTCAC-3’ (配列番号11))およびE-R4(図2)をプライマーとして用いたPCR(鋳型, ゲノムDNA)、およびpyrEプローブ(図2)を用いたサザンブロット解析により同定した。
その結果、どちらの解析においても、KGMA0704株では野生株よりも低分子のシグナルが検出されたことから(図5)、KGMA0704株ゲノム中におけるpyrE遺伝子の欠失が示された。
更にこの事実は、得られたPCR産物のシーケンシングからも確認された。これらの結果から、KGMA0704株において欠失したpyrE遺伝子はGa. europaeusにおいてピリミジン生合成に関与し、同遺伝子を選抜マーカーとして用いた遺伝子破壊系の構築が可能であることが示唆された。これ踏まえ、KGMA0704株(ΔpyrE)を、以降の遺伝子破壊実験へ供試した。
【0043】
1.4.3
一般に、α-アセト乳酸デカルボキシラーゼはアセトイン生合成系遺伝子群の一つであり、微生物における同生合成系は、過剰量の乳酸、或いはピルビン酸を、中性の化合物であるアセトインへ転換することで環境の酸性化を抑制すると同時に、炭素枯渇時に利用する炭素源として貯蔵するという働きを持つ(Huang, M. et al.: J. Bacteriol., 181, 3837 (1999))。酢酸菌においても、乳酸を含む培地で培養するとアセトインが蓄積することが古くから知られている(Ley, J. De: J. Gen. Microbiol., 21:352 (1959))。一方で、食酢、ビール、或いは清酒等においてアセトインは不快臭の一つとして広く知られており、その蓄積量をコントロールすることは製品設計における重要課題の一つである。更に、タイプ株のドラフトゲノムデータから、Ga. europaeusもaldCを含むアセトイン生合成系遺伝子群を保持することが示唆されている。これらを踏まえ、アセトイン非生産菌作出を目的として、Ga. europaeusにおける推定aldC遺伝子をpyrE遺伝子で置換することで、同遺伝子の破壊を試みた。すなわち、KGMA0704株へaldC破壊ベクターを導入し、ウラシル原栄養性を指標とした選抜を行った。これにより複数の候補株が得られたが、その内の一つをKGMA4004株とし、同株の遺伝子型を前述同様の手法により同定した。なお、PCRにはaldC-F2(5’-CCTGAACCTTCATTTCAATGGTGCG-3’ (配列番号12))およびaldC-R2(5’-GTCCATGCTCTGGTGCGTAAGCTTC-3’ (配列番号13))をプライマーとして用い(図3)、ゲノムDNAを鋳型とした。また、サザンブロット解析にはaldCプローブ(図3)を用いた。その結果、どちらの解析においても、KGMA4004株では野生株よりも高分子のシグナルが検出され(図5)、aldC遺伝子座における、pyrEによる置換が示された。同様の結果は、DNAシーケンシングからも確認された。これらを踏まえ、KGMA4004株をaldC欠損株(ΔpyrE, ΔaldC::pyrE)として、後述のアセトイン生産性試験へ供試した。
【0044】
2.試験例:得られたaldC欠損株(KGMA4004株)の評価(アセトイン生産性試験) 2.1
KGMA0119株およびKGMA4004株凍結菌体100μlを、0.4 % (wt/v) エタノールおよび0.5 % (wt/v) 酢酸を含む5 ml YPD液体培地へ接種し、30℃、往復振とう150 rpmで16時間培養した(前培養)。前培養液を、OD660=0.03となる様、0.4% エタノール、0.5 % 酢酸、および0.3 % (wt/v) L-乳酸ナトリウムを含む30 ml YPDまたは最少培地へ接種し、前培養と同条件で振とう培養した。培養液上清を経時的に回収し、上清中の揮発性成分をガスクロマトグラフィー(GC-14A, 島津)により定量した。カラムは、信和化工パックドカラム(PEG20M 10%, SHINCARBON A 60/80, 2.1m × 3.2mm)を用い、昇温プログラムは80℃ 3分, 10℃/分 12分, 200℃ 5分で解析を行った。
【0045】
2.2
上記により得られたKGMA4004株を、L-乳酸ナトリウムを含む富栄養培地(YPD)または最少培地で培養し、そのアセトイン生産性を解析した。その結果、どちらの培地においてもKGMA4004株のアセトイン蓄積量は、野生株と比較して著しく減少していた(図6図8)。これらの結果から、Ga. europaeusにおいてpyrEを選抜マーカーとした遺伝子破壊が可能であることが実証された。また同時に、KGMA4004株において欠失したaldC遺伝子はアセトイン生合成に関与しており、同遺伝子の破壊でアセトイン非生産菌を作出できることが示された。
【0046】
3.実施例2:直鎖状の標的遺伝子破壊用供与DNAを用いた遺伝子破壊
3.1 直鎖状標的遺伝子破壊用供与DNAの作成
直鎖状標的遺伝子破壊用供与DNAは、以下の手順に従い作製した。すわわち、既報(Akasaka N, Sakoda H, Hidese R, Ishii Y, Fujiwara S. 2013. An efficient method using Gluconacetobacter europaeus to reduce an unfavorable flavor compound, acetoin, in rice vinegar production. Appl. Environ. Microbiol. doi:10.1128/AEM.02397-13.)において作製した環状の遺伝子破壊ベクターpUC19-ΔpyrEおよびpBR322-ΔaldC::pyrEを鋳型とし、前者はEU-F - ED-R、後者はaldC-F - aldC-Rのプライマーペア(図9)を用いてPCR増幅した。PCR反応溶液にDpnIを加え、37℃で1時間保温し、鋳型に用いた環状DNAを完全に消化した。なお、図9において、上方及び下方の矢印はコンストラクション及びジェノタイピング分析にそれぞれ使用したプライマーを示している。また、「cs」はcitrate synthase、「gr」はglutamate racemase、「h」はhypothetical protein、「als」はα-acetolactate synthaseの略である。
【0047】
その後、得られたPCR産物を、0.7%アガロースゲル(1×TAE)を用いた電気泳動により分離し、NucleoSpin Gel and PCR Cleanup Kit(タカラバイオ)により精製した。得られたPCR産物をエタノール沈殿により更に精製し、濃縮した。これらを以降の遺伝子破壊実験に供試した。なお、ここで得られた直鎖状遺伝子破壊用供与DNAの塩基配列はGa. europaeusが本来染色体中に保持する配列である。
【0048】
3.2 Ga. europaeusの遺伝子破壊および遺伝子型の同定
前項で得られた直鎖状遺伝子破壊用供与DNAを、既報(Akasaka, 2013)に従い、エレクトロポレーション法により導入した。選抜および単離は全て既報(Akasaka, 2013)に準拠した。得られた標的遺伝子破壊株の遺伝子型は、候補株染色体DNAを鋳型としたPCRにより同定した。pyrEおよびaldC遺伝子座の増幅には、それぞれEP-F3 - E-R4およびaldC-F2 - aldC-R2のプライマーペアを用いた。これら手順により得られたpyrEおよびaldC破壊株の一つを、それぞれKGMA6722株(ΔpyrE)およびKGMA4809株(ΔpyrE, ΔaldC::pyrE)とした。
【0049】
3.3 直鎖状DNA導入による標的遺伝子破壊株の単離
上記3.1及び3.2に記載した手法で、直鎖状のpyrEおよびaldC破壊用供与DNAを作製し、それぞれをKGMA0119株(wild-type)およびKGMA0704株(ΔpyrE)へ導入した。選抜の結果、どちらの試行においても、標的遺伝子が破壊されたと考えられる候補株が複数得られた。これら候補株からKGMA6722株およびKGMA4809株を選択し、両株から染色体DNAを抽出して、同DNAを鋳型としたPCRにより遺伝子型を同定した。その結果、KGMA6722株のpyrE遺伝子座からは、野生株と比較して低分子のシグナルが検出された(図10A)。同様に、KGMA4809株のaldC遺伝子座からは、野生株および親株KGMA0704株よりも高分子のシグナルが検出された(図10B)。これらの結果は、図9に示す予想とよく合致する結果である。更に、得られたDNA断片のシーケンス解析の結果、両株において、確かに標的遺伝子が破壊されている事が確認された。これらの結果から、Ga. europaeusの遺伝子破壊は、PCR等化学合成により得られた直鎖状DNAを導入する事でも達成可能である事が実証された。上記は、Ga. europaeusの遺伝子破壊が大腸菌等の他種生物を介さずに行える(遺伝子破壊ベクター構築の際、大腸菌を用いたクローニング作業を必要としない)事を明示しており、本項で示す手法は、食品生産菌を育種する上で極めて有効な手段であると考えられる。
【0050】
続いて、pyrE破壊株を構築する上で、環状DNA(pUC19-ΔpyrE)および直鎖状DNA(ΔpyrE)を用いた場合の形質転換効率を検証した。すなわち、導入DNA単位量あたりのpyrE欠失株数は、環状DNAの場合8.6 CFU/pmolDNA, 直鎖状DNAでは9.0 CFU/pmolDNAであり、両者間で顕著な差異は見られなかった。同様の結果は、超好熱性アーキアThermococcus kodakarensisにおいても報告されており(Sato T, Fukui T, Atomi H, Imanaka T. 2003. Targeted gene disruption by homologous recombination in the hyperthermophilic archaeon Thermococcus kodakaraensis KOD1. J. Bacteriol. 185:210-220.)、組換えに必要な十分な長さの相同領域を持つDNAであれば、環状/直鎖を問わず遺伝子破壊を行えるものと考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]