【実施例】
【0036】
以下に実施例及び試験例を掲げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0037】
1.
実施例1:環状の標的遺伝子破壊用供与DNAを用いたaldC欠損株の作出
1.1
遺伝子操作
一般的な遺伝子操作は、既報(Green MR, Sambrook JF. 2012. Molecular cloning: a laboratory manual, 4th ed. Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, NY.)に準拠した。DNA断片のクローニングには大腸菌DH5α株を用い、50 μg/ml アンピシリンを添加したLB培地で培養することで形質転換体を選抜した。プラスミドDNAの抽出には、Plasmid Midi Kit (キアゲン社)を用いた。以下に記す遺伝子破壊ベクター構築の際に用いたプライマーは、Ga. europaeus LMG18890
T株(Andres-Barrao, C. et al.: J. Bacteriol., 193, 2670 (2011))のドラフトゲノムデータを基に設計した。DNAポリメラーゼは、KOD plus (東洋紡)、またはPfu-X (グライナー社)を用いた。制限酵素およびその他核酸修飾酵素は、タカラバイオ社およびニッポンジーン社より購入した。サザンブロット解析には、DIG High Prime DNA Labeling and Detection Starter Kit I (ロシュ社)を用いた。DNAシーケンシングは、BigDye Terminator Cycle Sequencing kit, ver. 3.1および3130ジェネティックアナライザー(共にアプライド・バイオシステムズ社)を用いた。
【0038】
1.2
エレクトロコンピテントセルの作成
食酢発酵液より単離したGa. europaeus 凍結菌体100μlを、1.6 % (wt/v) エタノールおよび1.0 % (v/v) セルラーゼ(Sigma-Ardrich社)を含む5 ml YPD(グルコース 30 g/l, 酵母エキス, 5 g/l, ポリペプトン 2 g/l)またはYPDU(YPDに60μg/ml ウラシルを添加したもの)に接種し、30℃、往復振とう150 rpmで16時間培養した(前培養)。前培養液を、OD660が0.03となる様、1.6% エタノールおよび1.0 % セルラーゼを含む30 ml YPDまたはYPDUに接種し、対数期中期(OD660=0.4)まで培養した。菌体を回収し、滅菌超純水および10 % (v/v) グリセロールで十分に洗浄した後、培養液の1/100量の10 % グリセロールに細胞を懸濁し、エレクトロコンピテントセルとした。
【0039】
1.3
遺伝子破壊ベクターの構築
KGMA0119株(野生株)のゲノムDNAを抽出した後、これを鋳型として、pyrE ORFの上流および下流1.0 kbの領域を、それぞれEU-F (5’-G
GAATTCGATCGCCATCCACGACGAAT-3’(配列番号1); 下線, EcoRI認識サイト)-E5’-R(5’-
TTCAGCGCCAGTGCTTCTTCGGAGCCTGTTGAAAGTCCAG-3’ (配列番号2); 下線, pyrE ORF 下流領域5’末端との相同領域)およびE3’-F(5’-
CTGGACTTTCAACAGGCTCCGAAGAAGCACTGGCGCTGAA-3’ (配列番号3); 下線, pyrE ORF 上流領域3’端との相同領域)-ED-R(5’-CG
GGATCCAGCCCGGAAAACATTCAGCA-3’ (配列番号4); 下線, BamHI認識サイト)のプライマーペアを用いてPCR増幅した。得られた両DNA断片を鋳型とし、EU-FおよびED-RによるPCR増幅を行い、pyrE ORFを欠失させたDNA断片を作製した。同DNA断片を制限酵素で消化し、pUC19の該当位置にクローニングしたものをpyrE破壊ベクター(pUC19-ΔpyrE)とした。同様に、aldC ORF、その上流1.0 kb、および下流1.0 kbを含む2.9 kbの領域を、aldC-F(5’-A
GAATTCGATCACGCTCGAAACCCTGT-3’ (配列番号5); 下線, EcoRI認識サイト)およびaldC-R(5’-AA
ATCGATCGATATCCCCCACCAGTTCA-3’ (配列番号6); ClaI認識サイト)のプライマーを用いてPCR増幅し、得られたDNA断片を制限酵素処理した後、pBR322の該当位置にクローニングした。得られたプラスミドDNAを鋳型とし、aldC-i1(5’-ATTCACGAAGCCATTCGCGTGGCTG-3’ (配列番号7))およびaldC-i2(5’-GATTGCCCGAGAATGGTGAAGCAGG-3’ (配列番号8))のプライマーを用いてinverse PCRを行い、aldC ORFを欠失させた直鎖状DNA断片を作製した。同時に、pyrE ORFおよびその推定プロモーター領域を含む1.5 kbのDNA断片を、5’端をリン酸化したEP-F2(5’-CTGCCATATCCCGTGTTCGT-3’ (配列番号9))およびE-R4(5’-TCGCCATAGGGAAAGACTGC-3’ (配列番号10))によりPCR増幅し、この断片と前述のaldC OFR欠失断片を連結することでaldC破壊ベクター(pBR322-ΔaldC::pyrE)を作製した。
【0040】
1.4
遺伝子破壊株の単離
1.4.1
pUC19-ΔpyrEおよびKGMA0119株エレクトロコンピテントセルを氷冷した0.1cmキュベット中で混和した後、遺伝子導入装置ECM630(BTX社)により25kv/cm, 200Ω, 25μFの電気パルスを与え、エレクトロポレーションによる同株の形質転換を行った。その後、直ちに氷冷した1 ml YPD液体培地を加え、30℃で16時間振とう培養した。培養液を0.2 % (wt/v) 5-FOAおよび60 μg/ml ウラシルを含む最少寒天培地(組成前述)へ塗布し、30℃で2〜3日間
培養し、5-FOA耐性およびウラシル要求性を示す株を選抜した。同表現型を示す株の遺伝子型をPCR、DNAシーケンシング、およびサザンブロット解析により解析し、pyrE遺伝子欠失の認められた株の一つをKGMA0704株(ΔpyrE)として、以降の遺伝子破壊実験を行った(
図2)。
【0041】
上記に示す方法で、aldC破壊ベクターであるpBR322-ΔaldC::pyrE をKGMA0704株へ、エレクトロポレーションにより導入した。電気パルスを与えた後、直ちに氷冷した1 ml YPD液体培地を加え、30℃で3時間振とう培養した。菌体を回収し、生理食塩水(0.85 % (wt/v) NaCl)で洗浄したのち、5 ml ウラシル非添加最少培地へ接種して、更に30℃で96〜120時間培養することで、ウラシル原栄養性株を集積培養した。続いて、培養液を適宜希釈し、ウラシル非添加最少寒天培地へ塗布して30℃で2〜3日間培養した。得られたウラシル原栄養性株の遺伝子型をPCR、DNAシーケンシングおよびサザンブロット解析により解析し、aldC遺伝子座においてpyrEとの置換が認められた株の一つをKGMA4004株(ΔpyrE, ΔaldC::pyrE)とし(
図3)、アセトイン生産性試験へ供試した。
【0042】
1.4.2
pyrEを選抜マーカーとした遺伝子破壊系構築にあたり、タイプ株のドラフトゲノムデータを用い、Ga. europaeusのピリミジン生合成経路を推測した。その結果、同酢酸菌は他微生物と同様の代謝経路を有していることが示唆された。そこで、上記に示した手法により、KGMA0119株(野生株)を供試し、5-FOA耐性およびウラシル要求性を指標として、pyrE欠失株の作出を試みた。その結果、複数の候補株が得られたが、その内の一つをKGMA0704株として、以降の解析へ供試した。まず、KGMA0704株をウラシル添加、または非添加最少培地で培養したところ、ウラシルの存在下のみで増殖がみられ(
図4)、この結果から同株のウラシル要求性が確認された。また、同株の遺伝子型を、EP-F3(5’-ATCCCCACCAGCATGTTCAC-3’ (配列番号11))およびE-R4(
図2)をプライマーとして用いたPCR(鋳型, ゲノムDNA)、およびpyrEプローブ(
図2)を用いたサザンブロット解析により同定した。
その結果、どちらの解析においても、KGMA0704株では野生株よりも低分子のシグナルが検出されたことから(
図5)、KGMA0704株ゲノム中におけるpyrE遺伝子の欠失が示された。
更にこの事実は、得られたPCR産物のシーケンシングからも確認された。これらの結果から、KGMA0704株において欠失したpyrE遺伝子はGa. europaeusにおいてピリミジン生合成に関与し、同遺伝子を選抜マーカーとして用いた遺伝子破壊系の構築が可能であることが示唆された。これ踏まえ、KGMA0704株(ΔpyrE)を、以降の遺伝子破壊実験へ供試した。
【0043】
1.4.3
一般に、α-アセト乳酸デカルボキシラーゼはアセトイン生合成系遺伝子群の一つであり、微生物における同生合成系は、過剰量の乳酸、或いはピルビン酸を、中性の化合物であるアセトインへ転換することで環境の酸性化を抑制すると同時に、炭素枯渇時に利用する炭素源として貯蔵するという働きを持つ(Huang, M. et al.: J. Bacteriol., 181, 3837 (1999))。酢酸菌においても、乳酸を含む培地で培養するとアセトインが蓄積することが古くから知られている(Ley, J. De: J. Gen. Microbiol., 21:352 (1959))。一方で、食酢、ビール、或いは清酒等においてアセトインは不快臭の一つとして広く知られており、その蓄積量をコントロールすることは製品設計における重要課題の一つである。更に、タイプ株のドラフトゲノムデータから、Ga. europaeusもaldCを含むアセトイン生合成系遺伝子群を保持することが示唆されている。これらを踏まえ、アセトイン非生産菌作出を目的として、Ga. europaeusにおける推定aldC遺伝子をpyrE遺伝子で置換することで、同遺伝子の破壊を試みた。すなわち、KGMA0704株へaldC破壊ベクターを導入し、ウラシル原栄養性を指標とした選抜を行った。これにより複数の候補株が得られたが、その内の一つをKGMA4004株とし、同株の遺伝子型を前述同様の手法により同定した。なお、PCRにはaldC-F2(5’-CCTGAACCTTCATTTCAATGGTGCG-3’ (配列番号12))およびaldC-R2(5’-GTCCATGCTCTGGTGCGTAAGCTTC-3’ (配列番号13))をプライマーとして用い(
図3)、ゲノムDNAを鋳型とした。また、サザンブロット解析にはaldCプローブ(
図3)を用いた。その結果、どちらの解析においても、KGMA4004株では野生株よりも高分子のシグナルが検出され(
図5)、aldC遺伝子座における、pyrEによる置換が示された。同様の結果は、DNAシーケンシングからも確認された。これらを踏まえ、KGMA4004株をaldC欠損株(ΔpyrE, ΔaldC::pyrE)として、後述のアセトイン生産性試験へ供試した。
【0044】
2.
試験例:得られたaldC欠損株(KGMA4004株)の評価(アセトイン生産性試験) 2.1
KGMA0119株およびKGMA4004株凍結菌体100μlを、0.4 % (wt/v) エタノールおよび0.5 % (wt/v) 酢酸を含む5 ml YPD液体培地へ接種し、30℃、往復振とう150 rpmで16時間培養した(前培養)。前培養液を、OD660=0.03となる様、0.4% エタノール、0.5 % 酢酸、および0.3 % (wt/v) L-乳酸ナトリウムを含む30 ml YPDまたは最少培地へ接種し、前培養と同条件で振とう培養した。培養液上清を経時的に回収し、上清中の揮発性成分をガスクロマトグラフィー(GC-14A, 島津)により定量した。カラムは、信和化工パックドカラム(PEG20M 10%, SHINCARBON A 60/80, 2.1m × 3.2mm)を用い、昇温プログラムは80℃ 3分, 10℃/分 12分, 200℃ 5分で解析を行った。
【0045】
2.2
上記により得られたKGMA4004株を、L-乳酸ナトリウムを含む富栄養培地(YPD)または最少培地で培養し、そのアセトイン生産性を解析した。その結果、どちらの培地においてもKGMA4004株のアセトイン蓄積量は、野生株と比較して著しく減少していた(
図6〜
図8)。これらの結果から、Ga. europaeusにおいてpyrEを選抜マーカーとした遺伝子破壊が可能であることが実証された。また同時に、KGMA4004株において欠失したaldC遺伝子はアセトイン生合成に関与しており、同遺伝子の破壊でアセトイン非生産菌を作出できることが示された。
【0046】
3.
実施例2:直鎖状の標的遺伝子破壊用供与DNAを用いた遺伝子破壊
3.1
直鎖状標的遺伝子破壊用供与DNAの作成
直鎖状標的遺伝子破壊用供与DNAは、以下の手順に従い作製した。すわわち、既報(Akasaka N, Sakoda H, Hidese R, Ishii Y, Fujiwara S. 2013. An efficient method using Gluconacetobacter europaeus to reduce an unfavorable flavor compound, acetoin, in rice vinegar production. Appl. Environ. Microbiol. doi:10.1128/AEM.02397-13.)において作製した環状の遺伝子破壊ベクターpUC19-ΔpyrEおよびpBR322-ΔaldC::pyrEを鋳型とし、前者はEU-F - ED-R、後者はaldC-F - aldC-Rのプライマーペア(
図9)を用いてPCR増幅した。PCR反応溶液にDpnIを加え、37℃で1時間保温し、鋳型に用いた環状DNAを完全に消化した。なお、
図9において、上方及び下方の矢印はコンストラクション及びジェノタイピング分析にそれぞれ使用したプライマーを示している。また、「cs」はcitrate synthase、「gr」はglutamate racemase、「h」はhypothetical protein、「als」はα-acetolactate synthaseの略である。
【0047】
その後、得られたPCR産物を、0.7%アガロースゲル(1×TAE)を用いた電気泳動により分離し、NucleoSpin Gel and PCR Cleanup Kit(タカラバイオ)により精製した。得られたPCR産物をエタノール沈殿により更に精製し、濃縮した。これらを以降の遺伝子破壊実験に供試した。なお、ここで得られた直鎖状遺伝子破壊用供与DNAの塩基配列はGa. europaeusが本来染色体中に保持する配列である。
【0048】
3.2
Ga. europaeusの遺伝子破壊および遺伝子型の同定
前項で得られた直鎖状遺伝子破壊用供与DNAを、既報(Akasaka, 2013)に従い、エレクトロポレーション法により導入した。選抜および単離は全て既報(Akasaka, 2013)に準拠した。得られた標的遺伝子破壊株の遺伝子型は、候補株染色体DNAを鋳型としたPCRにより同定した。pyrEおよびaldC遺伝子座の増幅には、それぞれEP-F3 - E-R4およびaldC-F2 - aldC-R2のプライマーペアを用いた。これら手順により得られたpyrEおよびaldC破壊株の一つを、それぞれKGMA6722株(ΔpyrE)およびKGMA4809株(ΔpyrE, ΔaldC::pyrE)とした。
【0049】
3.3
直鎖状DNA導入による標的遺伝子破壊株の単離
上記3.1及び3.2に記載した手法で、直鎖状のpyrEおよびaldC破壊用供与DNAを作製し、それぞれをKGMA0119株(wild-type)およびKGMA0704株(ΔpyrE)へ導入した。選抜の結果、どちらの試行においても、標的遺伝子が破壊されたと考えられる候補株が複数得られた。これら候補株からKGMA6722株およびKGMA4809株を選択し、両株から染色体DNAを抽出して、同DNAを鋳型としたPCRにより遺伝子型を同定した。その結果、KGMA6722株のpyrE遺伝子座からは、野生株と比較して低分子のシグナルが検出された(
図10A)。同様に、KGMA4809株のaldC遺伝子座からは、野生株および親株KGMA0704株よりも高分子のシグナルが検出された(
図10B)。これらの結果は、
図9に示す予想とよく合致する結果である。更に、得られたDNA断片のシーケンス解析の結果、両株において、確かに標的遺伝子が破壊されている事が確認された。これらの結果から、Ga. europaeusの遺伝子破壊は、PCR等化学合成により得られた直鎖状DNAを導入する事でも達成可能である事が実証された。上記は、Ga. europaeusの遺伝子破壊が大腸菌等の他種生物を介さずに行える(遺伝子破壊ベクター構築の際、大腸菌を用いたクローニング作業を必要としない)事を明示しており、本項で示す手法は、食品生産菌を育種する上で極めて有効な手段であると考えられる。
【0050】
続いて、pyrE破壊株を構築する上で、環状DNA(pUC19-ΔpyrE)および直鎖状DNA(ΔpyrE)を用いた場合の形質転換効率を検証した。すなわち、導入DNA単位量あたりのpyrE欠失株数は、環状DNAの場合8.6 CFU/pmolDNA, 直鎖状DNAでは9.0 CFU/pmolDNAであり、両者間で顕著な差異は見られなかった。同様の結果は、超好熱性アーキアThermococcus kodakarensisにおいても報告されており(Sato T, Fukui T, Atomi H, Imanaka T. 2003. Targeted gene disruption by homologous recombination in the hyperthermophilic archaeon Thermococcus kodakaraensis KOD1. J. Bacteriol. 185:210-220.)、組換えに必要な十分な長さの相同領域を持つDNAであれば、環状/直鎖を問わず遺伝子破壊を行えるものと考えられる。