特許第6452134号(P6452134)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6452134-水生生物付着防止材 図000003
  • 特許6452134-水生生物付着防止材 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6452134
(24)【登録日】2018年12月21日
(45)【発行日】2019年1月16日
(54)【発明の名称】水生生物付着防止材
(51)【国際特許分類】
   E02B 1/00 20060101AFI20190107BHJP
   C08J 7/00 20060101ALI20190107BHJP
   C08J 7/02 20060101ALI20190107BHJP
   C08L 27/12 20060101ALI20190107BHJP
   C08L 27/18 20060101ALI20190107BHJP
   C08L 95/00 20060101ALI20190107BHJP
   E02D 31/00 20060101ALI20190107BHJP
   C09D 127/18 20060101ALI20190107BHJP
   C09D 5/16 20060101ALI20190107BHJP
   C09D 7/63 20180101ALI20190107BHJP
【FI】
   E02B1/00 301B
   C08J7/00 Z
   C08J7/02
   C08L27/12
   C08L27/18
   C08L95/00
   E02D31/00 Z
   C09D127/18
   C09D5/16
   C09D7/63
【請求項の数】7
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-527894(P2016-527894)
(86)(22)【出願日】2015年6月12日
(86)【国際出願番号】JP2015067032
(87)【国際公開番号】WO2015190597
(87)【国際公開日】20151217
【審査請求日】2016年9月29日
(31)【優先権主張番号】特願2014-122670(P2014-122670)
(32)【優先日】2014年6月13日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002853
【氏名又は名称】ダイキン工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100100158
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 睦
(74)【代理人】
【識別番号】100132252
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 環
(72)【発明者】
【氏名】河原 一也
(72)【発明者】
【氏名】足達 健二
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 数行
(72)【発明者】
【氏名】大島 明博
【審査官】 佐藤 貴浩
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/133347(WO,A1)
【文献】 特開2003−119293(JP,A)
【文献】 特開昭61−282796(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/054685(WO,A1)
【文献】 特開2007−110976(JP,A)
【文献】 特開平11−189770(JP,A)
【文献】 特開平04−277571(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E02B 1/00
C08J 7/00
C08J 7/02
C08L27/12
C08L27/18
C08L95/00
C09D 1/00−201/10
E02D31/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素樹脂およびフッ化ピッチから形成される成形体である水生生物付着防止材。
【請求項2】
フッ素樹脂が、ポリテトラフルオロエチレンまたはテトラフルオロエチレン系共重合体である、請求項1に記載の水生生物付着防止材。
【請求項3】
フッ化ピッチの含有量が、フッ素樹脂100重量部に対して、0.05〜50重量部である、請求項1または2に記載の水生生物付着防止材。
【請求項4】
さらに、繊維材料を含んで成る、請求項1〜3のいずれかに記載の水生生物付着防止材。
【請求項5】
繊維材料が、ポリテトラフルオロエチレン繊維、ガラス繊維、炭素繊維、炭化ケイ素繊維、窒化ケイ素繊維、アラミド繊維、ポリ−パラフェニレンベンゾビスオキサゾール繊維、および金属繊維からなる群から選択される1種または2種以上の繊維である、請求項4に記載の水生生物付着防止材。
【請求項6】
基材と、該基材に密着した請求項1〜5のいずれかに記載の水生生物付着防止材を含む物品。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載の水生生物付着防止材または請求項に記載の物品を有して成る、水中構造物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水中構造物に取り付けることにより水中構造物に水生生物が付着することを防ぐための水生生物付着防止材に関する。
【背景技術】
【0002】
各種の水中構造物、例えば発電所における海水取水施設等においては、その表面にフジツボ、ホヤ、セルプラ、ムラサキイガイ、カラスガイ、フサコケムシ、アオノリ、アオサ等の水生生物(海生生物)が多量に付着、生育し、それに起因する機能低下や機能障害を引き起こす懸念がある。従来においては付着した水生生物を定期的に掻き落とす等の機械的な除去方法も一般的であったが、近年は各種の防汚塗料が開発され、これを水中構造物の表面に適用することで水生生物の付着を防止することが主に実施されている。
【0003】
防汚塗料としては、有機錫化合物、亜酸化銅、亜鉛ピリチオン、銅ピリチオン等の毒性防汚剤を含むものがある。例えば、特許文献1では、澱粉または澱粉分解物における水酸基を1種または2種以上の脂肪酸アシル基で置換した澱粉脂肪酸エステルからなるバインダーと忌避剤とを含有し、形成塗膜が、塗膜形成要素の水中可溶化により上記忌避剤を徐放する防汚塗料組成物、およびこの防汚塗料組成物の塗膜が形成されてなる防汚パネルが提案されている。
【0004】
一方、忌避剤を用いずに水生生物付着防止効果を発揮することのできる水生生物付着防止成形品が提案されている。例えば、特許文献2には、表面粗度Raを0.005〜0.20μmとすることにより、水生生物付着防止効果を発揮するフッ素樹脂から形成された水生生物付着防止成形品が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−233160号公報
【特許文献2】国際公開第2014/054685号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1のような防汚塗料組成物を用いる方法は、水生生物の付着、生育は防止できるものの、忌避剤を用いているために、塗料の製造や塗装時において環境安全衛生上好ましくない。また、水中において塗膜から忌避剤が徐々に溶出し、長期的には水域を汚染するおそれがある。また、このような方法では、パネル表面に形成された防汚塗料組成物の塗膜が、劣化などにより剥がれ落ち、長期間効果を発揮することが難しい問題があることがわかった。
【0007】
また、特許文献2のような水生生物付着防止成形品は、忌避剤を用いていないので、水域を汚染することなく、水生生物付着防止効果を発揮することができる。しかしながら、特許文献2に記載のような水生生物付着防止成形品は、基材に対する密着性が、直接基材に接着するには十分であるとは言えず、強固に取り付ける為には他の手段、例えば接着層を必要とする。
【0008】
従って、本発明の目的は、水域を汚染することなく水生生物付着防止効果を発揮することができ、さらに基材に対する密着性が高い水生物付着防止材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意検討した結果、フッ素樹脂およびフッ化ピッチから形成される水生物付着防止材を用いることによって、水域を汚染することなく水生生物付着防止効果を発揮することができ、基材との密着性に優れた水生物付着防止材を提供できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明の第1の要旨によれば、フッ素樹脂およびフッ化ピッチから形成される水生物付着防止材が提供される。
【0011】
本発明の第2の要旨によれば、基材と、該基材に密着した上記水生物付着防止材を含む物品が提供される。
【0012】
本発明の第3の要旨によれば、上記水生物付着防止材または上記物品を有して成る水中構造物が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、環境問題を生じることなく長期にわたって水生生物付着防止効果を発揮することができ、基材との密着性が高い水生物付着防止材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、フッ化ピッチの炭素六員環部を示す。
図2図2は、フッ化ピッチにおける、六員環部がパーフルオロカーボン基により架橋されている構造を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の水生物付着防止材について説明する。
【0016】
本発明の水生物付着防止材は、フッ素樹脂およびフッ化ピッチから形成される。
【0017】
本発明の水生物付着防止材の形態は特に限定されないが、成形体であることが好ましい。好ましい態様において、上記成形体は、フッ素樹脂とフッ化ピッチとが架橋したものである。
【0018】
上記フッ素樹脂としては、フッ化ピッチと複合し得るものであれば特に限定されないが、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、ポリフッ化ビニル(PVF)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、エチレン−クロロトリフルオロエチレン共重合体(ECTFE)、ビニリデンフルオライド−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(VdF−HFP)、ビニリデンフルオライド−テトラフルオロエチレン共重合体(VdF−TFE)、ビニリデンフルオライド−テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(VdF−TFE−HFP)またはテトラフルオロエチレン系共重合体が好ましい。上記テトラフルオロエチレン系共重合体としては、例えば、エチレン(Et)−テトラフルオロエチレン(TFE)共重合体、クロロトリフルオロエチレン(CTFE)−TFE共重合体、TFE−ヘキサフルオロプロピレン(HFP)共重合体(FEP)、TFE−パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)(PAVE)共重合体(PFA)等が挙げられる。
【0019】
好ましくは、フッ素樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレンまたはテトラフルオロエチレン系共重合体が用いられ、特に好ましくは、化学的・熱的により安定である点から、ポリテトラフルオロエチレンが用いられる。
【0020】
上記熱可塑性フッ素樹脂は、好ましくは100℃以上の融点、例えば150℃以上、170℃以上、200℃以上、220℃以上、250℃以上、270℃以上、300℃以上または320℃以上の融点を有する。
【0021】
一の態様において、上記熱可塑性フッ素樹脂におけるフッ素含有量は、20質量%以上、好ましくは30質量%以上、例えば40質量%以上、50質量%以上、60質量%以上、70質量%以上または80質量%以上であり得る。
【0022】
好ましい態様において、上記熱可塑性フッ素樹脂は、100℃以上の融点を有し、かつ、20質量%以上のフッ素を含有する。好ましくは、上記フッ素樹脂の融点およびフッ素含有量は、それぞれ、100℃以上かつ30質量%以上、150℃以上かつ20質量%以上、または150℃以上かつ30質量%以上であり得る。
【0023】
本発明において、「フッ化ピッチ」とは、石炭系あるいは石油系のピッチまたはコールタールをフッ素化することにより得られる化合物である。フッ化ピッチは、フッ素ガス中でピッチまたはコールタール中の水素をフッ素に置換することによって得ることができ、例えば、大阪ガスケミカル株式会社製のオグソールFP−S、リノベス(登録商標)P等として市販されている。
【0024】
本発明で用いられるフッ化ピッチは、好ましくは、図1に示すような炭素六員環部を有して成る。図1において、黒丸および白丸は、それぞれ面に対して上側および下側に結合しているフッ素原子を示す。この炭素六員環部は(CF)と同一であるが、(CF)では全体的にこのような層構造からなるのに対し、このフッ化ピッチは、図1に示す六員環部がパーフルオロカーボン基(ピッチにおける芳香族六員環部を架橋している脂肪族炭化水素基の水素原子がフッ素原子で置換したもの)によって架橋されている。フッ化ピッチのこのような構造を模式的に図2に示す。図2において、黒丸は炭素原子、白丸はフッ素原子を示す。かかる構造は、「Carbon」第15巻、17(1977)に記載されているピッチの構造解析と同様の方法で、電子顕微鏡により炭素六員環部の層状態が、そして、X線光電子分光分析〔C1sエスカ(ESCA)スペクトル〕およびC13−NMRによりパ−フルオロカ−ボン基による架橋の存在が推定される。かかるフッ化ピッチにおいては、この架橋された炭素六員環の層構造が積み重なって積層構造を形成している。
【0025】
また、上記フッ化ピッチは実質的に炭素原子およびフッ素原子からなり、F/C原子比が0.5〜1.8であって、炭素六員環が積層されていて、下記(イ)および(ロ)の特性を示すことを特徴とするフッ化ピッチである。
(イ)真空蒸着によって膜を形成することができる。
(ロ)30℃において水に対する接触角が141°±8°である。
【0026】
一の態様において、上記フッ化ピッチにおけるフッ素含有量は、40質量%以上、好ましくは50質量%以上、例えば60質量%以上であり得、90質量%以下、好ましくは80質量%以下、例えば70質量%以下であり得る。
【0027】
フッ化ピッチの含有量は、フッ素樹脂100重量部に対して、好ましくは0.05〜50重量部であり、より好ましくは0.1〜30重量部であり、さらに好ましくは、1〜20重量部である。フッ化ピッチの量を、フッ素樹脂100重量部に対して、0.05重量部以上とすることにより、フッ素樹脂との複合化後の架橋密度が高くなり、水生物付着防止材の強度を高めることができる。一方、50重量部以下とすることにより、水生物付着防止材に適度な柔軟性を与えることが可能になる。また、フッ素樹脂の含有量が多くなるので、水生物付着防止材の水生物付着防止機能を高めることができる。
【0028】
フッ化ピッチの平均分子量は、特に限定されないが、1,000〜10,000、好ましくは1,500〜5,000、より好ましくは2,000〜3,000であることが好ましい。また、平均粒径は、特に限定されないが、好ましくは0.5〜10μm、例えば1.0〜5μm、具体的には約1.2μmであることが好ましい。
【0029】
フッ化ピッチの軟化温度は、特に限定されないが、好ましくは150〜380℃、より好ましくは180〜300℃であることが好ましい。
【0030】
本発明の水生生物付着防止材は、忌避剤など周囲の環境に溶け出す物質を用いる必要がないので、周囲の環境を汚染することなく、水生生物付着防止効果を発揮することができる。また、基材への密着性が高く、基材または水中構造物に直接取り付けることができる。即ち、基材または水中構造物への取り付けが容易である。
【0031】
好ましい態様において、本発明の水生物付着防止材は、さらに繊維材料を含んで成る。繊維材料を含ませることにより強度を高めることができ、例えば流木等の大きく重い浮遊物による物理的衝撃に耐え得る水生物付着防止材を得ることができる。
【0032】
上記繊維材料としては、特に限定されないが、例えば、繊維強化プラスチック材料(FRP)が挙げられ、連続繊維材料または短繊維材料のいずれであってもよい。かかる繊維材料としては、特に限定されず、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)繊維、ガラス繊維、炭素繊維、炭化ケイ素繊維、窒化ケイ素繊維、アラミド繊維、ポリ−パラフェニレンベンゾビスオキサゾール(PBO)繊維、および金属繊維からなる群から選択される1種または2種以上の材料が好ましい。好ましくは150℃以上、より好ましくは250℃以上、さらに好ましくは300℃以上の耐熱性を有する繊維が用いられる。このような繊維としては、炭素繊維織布またはガラス繊維織布が好ましい。耐熱性が高い繊維を用いることにより、後の加熱工程において繊維が変質、劣化することを防止することができる。
【0033】
上記繊維材料の含有量は、特に限定されず、用いる繊維材料の種類および形状等に応じて適宜変化し得るが、好ましくは、フッ素樹脂およびフッ化ピッチの合計100重量部に対して、5〜100重量部、より好ましくは10〜40重量部、さらに好ましくは15〜30重量部である。
【0034】
本発明の水生物付着防止材は、その表面の水の初期接触角が80°以上であることが好ましく、90°以上がより好ましい。上限は、特に限定されないが、115°以下が好ましく、110°以下がより好ましい。このような水の初期接触角を有することにより、より高い水生物付着防止機能を得ることができる。水接触角は、接触角計を用いて測定することができる。
【0035】
本発明での接触角測定は、例えばJIS R3257:1999「基板ガラス表面のぬれ性試験方法」に記載に基づき行うことができる。具体的には、固体、液体および気体(一般的には空気)の接する部位から,液体の曲面に接線を引いたとき、この接線と固体表面のなす角度を求め、それを接触角の値とする。接触角の測定は静滴法と言われる固体表面上に液滴を静置して,接触角を求める方法を採用する。
【0036】
上記水生生物としては、特に限定されないが、フジツボ類、ムラサキイガイ、イソギンチャク類、カキ、ホヤ、ヒドロ虫、コケムシ、各種水生微生物、各種海藻類(ミドリゲ、ホンダワラ、アオサ、アオノリ等)、各種珪藻類、環形動物(ウズマキゴカイ、シライトゴカイ等)、海綿動物(ユズダマカイメン等)等が挙げられる。
【0037】
本発明の水生物付着防止材は、フッ素樹脂およびフッ化ピッチを混合し、所望により後処理を行うことにより得ることができる。後処理としては、例えば加熱処理、放射線処理、あるいはこれらの組み合わせが挙げられるが、より緻密な架橋を得ることができることから放射線処理が好ましい。
【0038】
以下、フッ素樹脂、フッ化ピッチおよび繊維材料を含む態様により、本発明の水生物付着防止材の製造方法をより詳細に説明するが、本発明の水生物付着防止材の製造方法はこれに限定されるものではない。
【0039】
まず、フッ素樹脂の粉体が均一に分散した分散液に、フッ化ピッチの粉体を添加して混合して、フッ素樹脂とフッ化ピッチの混合物を調製する。粉体を分散するための液体、即ち分散媒は、特に限定されないが、水および乳化剤、水およびアルコール、水およびアセトン、または水、アルコールおよびアセトンの混合溶媒などであり、いずれも当業者であれば容易に選択し調製し得る。別法として、分散液を用いずに、フッ素樹脂の微粉末にフッ化ピッチの粉体を添加して混合してもよい。
【0040】
次いで、上記のように得られた混合物を、繊維材料に含浸させる。含浸方法は、特に限定されず、例えば、上記で得られた分散液に繊維を浸すか、あるいはこの分散液を繊維に塗布することにより行うことができる。含浸後、乾燥して、分散媒を除去して、フッ素樹脂およびフッ化ピッチを含む繊維材料を得る。分散媒を除去する方法としては、例えば、加熱乾燥による気化による方法、含浸後乾燥させた試料を純水中で浸漬し、内部からの拡散により分散媒を除去する方法等が挙げられる。
【0041】
次いで、上記のように得られた繊維材料を、放射線照射処理および/または加熱処理に付して、フッ素樹脂とフッ化ピッチを反応させる。この反応により、フッ素樹脂が架橋するとともに、フッ化ピッチとフッ素樹脂も化学反応して架橋する。従って、分子複合的に橋かけした網目構造を有する樹脂が、繊維材料に強固に接着した複合材が得られる。
【0042】
加熱処理を行う場合、その加熱温度は、例えば、120〜400℃、好ましくはフッ化ピッチの軟化点以上の温度、例えば180〜300℃、好ましくは270〜300℃の温度範囲である。加熱温度を400℃以下とすることにより、フッ素樹脂の熱分解を防止することができる。また、加熱温度を120℃以上とすることにより、フッ化ピッチの分解が促進され、フッ素樹脂との反応を生じるのに十分なラジカルを生成することができる。
【0043】
加熱手段としては、通常の気体循環式の恒温槽、赤外線ヒーター、パネルヒーターなどの間接的または直接的な熱源を用いることができる。あるいは熱プレス成形機のようなもので成形と加熱処理を同時に実施してもよい。
【0044】
放射線照射を行う場合、その放射線の吸収量は、好ましくは0.1kGy〜10MGyであり、好ましくは50kGy〜1MGy、さらに好ましくは、100kGy〜500kGyである。吸収線量を0.1kGy以上とすることにより、反応に寄与するラジカルの濃度を高くすることができ、得られる複合材の特性を向上させることができる。一方、10MGy以下とすることにより、繊維材料の劣化や、フッ素樹脂からの分解ガスによる繊維との密着性の低下を抑えることができ、また、適度な柔軟性を与える架橋密度を得ることができる。
【0045】
放射線としては、電子線、X線、中性子線、高エネルギーイオンなどの電離性放射線を用いることができ、これらのいずれかを単独で、あるいは混合して用いてもよい。放射線としては、電子線を用いることが好ましい。
【0046】
放射線照射は、好ましくは、2000ppm以下の酸素濃度、好ましくは、100ppm以下の酸素濃度の雰囲気中で行われる。2000ppm以下の酸素濃度の雰囲気は、減圧により真空とすることにより、あるいは、ヘリウム、アルゴンまたは窒素などの不活性ガスで大気中の酸素を置き換えることによって酸素濃度を2000ppm以下に制御することにより達成することができる。このような雰囲気を用いることによって、照射中にフッ素樹脂の架橋反応を抑制することなく、フッ素樹脂の放射線酸化分解が生じることを防止することができる。酸素濃度を2000ppm以下とすることにより、放射線によって誘起されたラジカルが酸素と結合することによる架橋反応の進行の低下を抑制することができる。
【0047】
放射線照射は、好ましくは、室温(例えば20℃)〜400℃の温度範囲、好ましくはフッ化ピッチの軟化点以上の温度、例えば180〜360℃の温度範囲にて行われる。加熱温度を400℃以下とすることにより、フッ素樹脂の熱分解を防止することができる。また、加熱温度を120℃以上とすることにより、ラジカルの生成を促進することができる。温度制御のための加熱手段としては、通常の気体循環式の恒温槽、赤外線ヒーター、パネルヒーターなどの間接的または直接的な熱源を用いることができる。あるいは、電子加速器またはイオン加速器から発生させる放射線のエネルギーを制御することによって発生する熱をそのまま熱源として利用してもよい。
【0048】
上記のように放射線処理することにより、より高い網目密度を有する複合材を得ることができる。
【0049】
上記のようにして得られる複合材における架橋フッ素樹脂の網目密度は、所望の水生物付着防止材の強度および柔軟性に応じて、フッ化ピッチの添加量、加熱温度、および/または放射線照射線量を制御することによって任意に調整することができる。
【0050】
ここで、架橋フッ素樹脂の網目密度は、その樹脂の結晶化度温度(Tc)が低下するに従い逆に増大する。また、より詳細に述べれば、X線による結晶の変化を測定すると、架橋する際、放射線照射線量が増加するとともに2θ=18°の回折強度は低くなり、2θ=16°の散乱が大きくなる。すなわち、X線回折による2θ=18°と2θ=16°の回折強度の変化は、DSCによる熱分析同様、結晶化度が架橋放射線線量とともに低下し、架橋フッ素樹脂の結晶化が架橋によって抑制されている。このことから、架橋フッ素樹脂の網目密度は、X線回折による2θ=18°と2θ=16°の回折強度の差分や比率の値から定量的に見積もることが可能である。
【0051】
好ましい態様において、本発明の水生物付着防止材は、適度な柔軟性を有し、例えば、その引張り弾性率は、50〜5,000MPa、好ましくは100〜2,000MPaであり得る。さらに好ましい態様において、本発明の水生物付着防止材は、例えば10〜200MPaの曲げ強度を有する。このような柔軟性を有することにより、種々の形状を有する設置対象の基材または水中構造物、例えば曲率の大きな箇所に適用することが容易になる。ここで、水生物付着防止材の引張り弾性率および曲げ強度は、水生物付着防止材の体積あたりの繊維材料の含有量を調節することにより調節できる。例えば、体積あたりの繊維材料の含有量が高いと引張り弾性率および曲げ強度が高くなる。このような弾性率が50〜5,000MPaである、あるいは曲げ強度が10〜200MPaである、フッ素樹脂、フッ化ピッチおよび繊維材料から形成される複合材は、新規である。
【0052】
上記引張り弾性率および曲げ強度は、厚さ1.4mmの板状の成形版について、支点間距離50mm、クロスヘッドスピード1mm/分で三点曲げ試験を行うことにより測定することができる。
【0053】
次に、本発明の物品について説明する。
【0054】
本発明の物品は、基材と、該基材に密着した本発明の水生物付着防止材を含む。
【0055】
上記基材としては、ポリイミド、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタラート、塩化ビニル、アクリル樹脂等の各種プラスチック、鉄、ステンレス、銅、アルミニウム、ニッケル等の各種金属およびこれらの合金、スレート、コンクリート等の建築材料から形成される基材等が挙げられる。
【0056】
基材表面に、本発明の水生物付着防止材を取り付ける方法は、特に限定されず、接着剤等を用いる方法などが挙げられるが、好ましくは、基材表面に、上記の水生物付着防止材を接触させて、ついで、加熱することにより基材と水生物付着防止材を密着させる。さらにより好ましくは、基材表面に、フッ化ピッチを含有するPTFE分散液を塗布し、上記の水生物付着防止材を接触させて、ついで、加熱することにより基材と水生物付着防止材を密着させる。
【0057】
従って、本発明は、基材表面に、上記の水生物付着防止材を接触させ、ついで、加熱することにより基材と水生物付着防止材を密着させること、あるいは基材表面に、フッ化ピッチを含有するPTFE分散液を塗布し、上記の水生物付着防止材を接触させて、ついで、加熱することにより基材と水生物付着防止材を密着させることを含む、上記物品の製造方法をも提供する。
【0058】
上記加熱温度は、好ましくは100℃〜400℃、より好ましくはフッ化ピッチの軟化点以上、フッ素樹脂の分解温度以下、具体的には、180℃〜360℃である。
【0059】
加熱手段としては、通常の気体循環式の恒温槽、赤外線ヒーター、パネルヒーター、ヒートガンなどの間接的または直接的な熱源を用いることができる。
【0060】
本発明の水生物付着防止材は、接着剤を用いることなく、上記のように加熱のみで、基材と強固に密着することができる。本発明はいかなる理論によっても拘束されないが、これは、本発明の水生物付着防止材中のフッ化ピッチが軟化し、接着剤として機能するためであると考えられる。
【0061】
本発明の水生生物付着防止材を有する物品は、水生生物の付着を防止したい構造物に直接取り付けることで水生生物の付着を長期間抑制することができ、構造物が設置された現場での脱着も容易である。
【0062】
次に、本発明の水中構造物について説明する。
【0063】
本発明の水中構造物は、本発明の水生物付着防止材または本発明の物品を有して成る。
【0064】
水中構造物としては、海水、淡水中での使用を問わず種々のものが挙げられる。また、水面で使用するものであってもよい。例えば、次の物品や構造物が例示できるが、これらに限定されるものではない。また、構造物とは桟橋、橋脚、水路等の固定型の建造物だけでなく、メガフロート、船舶等の移動を主とする建造物も含む。
【0065】
固定型:
橋梁、コンクリートブロック、消波ブロック、防波堤、パイプライン等の水中構築物;
水門門扉、海上タンク、浮き桟橋等の港湾施設;
海底掘削設備、海中通信ケーブル施設等の海底作業施設;
導水路、覆水管、水室、取水口、放水口等の火力、原子力、潮力、海洋温度差発電施設;
プール、水槽、給水塔、下水道、雨どい等の給排水および貯蔵施設;
システムキッチン、水洗便器、浴室、浴槽等の家庭内設備;
【0066】
移動型:
船舶の吃水部または船底、潜水艦の外装、スクリュー、プロペラ、錨等の船舶構造物または付属物;
水面または水中で使用する物品;
水上飛行機などのフロート材;
【0067】
固定型:
定置網等の魚網、ブイ、生簀、ロープ等の漁業用物品;
覆水器、水室等の火力、原子力、潮力、洋上風力、海洋温度差発電用物品;
海中(水中)ケーブル等の海底(水底)敷設物品;
移動型:
底引き網、はえなわ等の漁業用物品;
【0068】
本発明は、また、本発明の水生物付着防止材または本発明の物品を水中構造物に取り付ける工程を含む、水中構造物に水生生物が付着することを防止するための方法も提供する。
【0069】
本発明の水中構造物に、本発明の水生物付着防止材または本発明の物品を取り付ける方法は、特に限定されず、上記の水生生物付着防止材を直接水中構造物に取り付けてもよいし、基材に水生生物付着防止材を取り付けた物品とし、これを水中構造物に取り付けてもよい。
【0070】
生物付着防止材を水中構造物に直接取り付ける方法としては、特に限定されず、接着剤等を用いる方法が挙げられるが、上記した物品への取り付けと同様に、水生物付着防止材を水中構造物に接触させて加熱することにより取り付けることもできる。
【0071】
本発明の物品を水中構造物に取り付ける方法は、接着剤を用いる方法、アンカーボルト等の取付具を用いる方法が挙げられる。
【実施例】
【0072】
製造例1
ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)分散液(D−210C、固形分62.3%(ダイキン工業株式会社製、融点327℃、フッ素含有量76%)100.0重量部と、フッ化ピッチ(オグソールFP−S、大阪ガスケミカル株式会社製)1.25重量部を混合し、これらが均一に分散した混合液を得た。
【0073】
実施例1
上記製造例1で作製した混合液50重量部を、ポリアクリロニトル(PAN)を原料にした高性能炭素繊維からなる炭素繊維織布50重量部 T300(東レ株式会社製)に含浸させ風乾後、360℃で5分間加熱した。その後、320℃まで冷却して過冷却状態とし、電子線加速器を用いて、加速電圧250kV、加速電流1mA、150kGyの電子線を1分間照射して架橋処理を行い、シート状の水生物付着防止材を得た。
【0074】
実施例2
実施例1において照射線量を500kGy(加速電圧250kV、加速電流1mA)とした以外は実施例1と同様にして、シート状の水生物付着防止材を得た。
【0075】
試験例1
上記の実施例1および2で得られた水生物付着防止材を用いて、下記の試験を行った。また、比較例として、市販のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)シート(比較例1、ニチアス社製)および塩化ビニルシート(比較例2、住友ベークライト社製)を用いて同様の試験を行った。
【0076】
(接触角)
上記の各シートについて、水の初期接触角を測定した。具体的には、初期静的接触角は、接触角測定装置を用いて、水2μLにて実施した。
【0077】
(フジツボ付着試験)
海水循環式水槽内にメッシュ式試験容器と共に上記の各シートを垂下し、試験容器中に移入したフジツボ付着期幼生の試験品への付着状況を観察することによって、流水下における各種試験品の付着阻害効果を試験した。
具体的には、移入したフジツボ付着期幼生の個数(n)に対する、試験品に付着したフジツボ付着期幼生の個数(n)の割合を算出することにより評価した。付着率は、下記式により算出した。
n/n×100(%)
【0078】
(密着耐久性)
上記の各シートをステンレス製金属パネル基材にあてがい、ヒートガンで300℃に加熱し密着施工し、シートパネルを得た。その後、シートパネルをアンカーボルトを使用して水中構造物に取り付けて、水中に浸し、数日放置後に観察した。施工後のシートと基材パネルとの密着耐久性を目視にて以下により評価した。
〇・・・剥がれない
△・・・やや剥がれ
×・・・剥がれる
【0079】
上記試験の結果を、下記表にまとめて示す。
【表1】
【0080】
以上の結果から、本発明の水生物付着防止材を用いた実施例1および2は、長期間にわたって優れた水生物付着防止効果を発揮し、また、基材との密着性にも優れていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明の水生生物付着防止材は、発電所の導水路管や復水管および取水口や放水口、港湾施設、ブイ、パイプライン、橋梁、海底基地、海底油田掘削設備、船舶等の水中構造物、バラストタンク、デッキに適用することができる。
図1
図2