(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
室温で液状であって、低温で長期保存してもゲル化しない油脂を生成する搾油原料の判別方法であって、当該原料から油分を取り出し、取り出された油分におけるジ飽和モノ不飽和脂肪酸トリグリセリドの割合を決定し、これをゲル化指標として用いることを特徴とする、冷却試験を必要としない、前記判別方法。
上記ジ飽和モノ不飽和脂肪酸トリグリセリドの割合に加えて、リノール酸トリグリセリドの割合(LLL/全トリグリセリド)をゲル化指標として用いることを特徴とする、請求項1ないし5のいずれか1項に記載の方法。
(ここで、L:リノール酸を示す。)
室温で液状であって、低温で長期保存してもゲル化しない油脂の判別方法であって、当該油脂におけるジ飽和モノ不飽和脂肪酸トリグリセリドの割合を決定し、これをゲル化指標として用いることを特徴とする、冷却試験を必要としない、前記判別方法。
上記ジ飽和モノ不飽和脂肪酸トリグリセリドの割合に加えて、リノール酸トリグリセリド(LLL/全トリグリセリド)の割合をゲル化指標として用いることを特徴とする、請求項9又は10に記載の方法。
(ここで、L:リノール酸を示す。)
請求項1ないし8のいずれか1項に記載の方法又は請求項9ないし15のいずれか1項に記載の方法を含む、室温で液状であって、低温で長期保存してもゲル化しない油脂の製造方法。
【背景技術】
【0002】
室温(15〜25℃)において液状の油脂であっても、冷凍又は冷蔵温度域の低温(−20℃〜0℃)において長期保存すると、結晶化し、沈殿を生じるものがある。液状の油脂におけるこの沈殿の多くはワックス状であり、トリ飽和脂肪酸グリセリドに起因するものである。なお、これらのトリ飽和脂肪酸グリセリドは、ウィンターリングで除くことができる。一方、トリ飽和脂肪酸グリセリドがほとんど存在しないにもかかわらず、トリ飽和脂肪酸グリセリド以外の成分の構造・分散により流動性が乏しくなり、全体が固化することがある(以下、このような現象を「ゲル化」という。)。例えば、大豆油は、室温で液状の油脂であるが、0℃で長期保存するとゲル化する性質を有するものがある。また、ヒマシ油、菜種油、コーン油、胡麻油、オリーブ油、米油なども、室温で液状の油脂であるが、−20℃で長期保存すると、流動性が乏しくなり、ゲル化する性質を有するものがある。
ここで、油脂において、このようなゲル化は一般に好ましい性質であるとは考えられていない。なぜなら、ゲル化する油脂をマーガリン、クリーム、ドレッシングなどの冷蔵製品において使用すると、低温で保管又は保存中に、凝固分離により乳化破壊を引き起こす可能性があり、食感及び外観を損ねて、商品価値を低下させる要因となるからである。また、ゲル化する油脂は、油脂製品の物流過程においても様々な問題を引き起こすと考えられる。例えば、寒冷地において、屋外タンクの冬季凍結という問題や配管等の保温に配慮することが必要になるという問題が挙げられる。そのため、油脂メーカーとしては、低温で長期保存してもゲル化しない油脂を顧客に提供することが必然の要求となっている。
【0003】
一方、日本においては、食用油として大豆油が大量に使用されている。その原料の大豆としては、アメリカ産、ブラジル産、アルゼンチン産など様々な産地の大豆が使用されている。一般に、大豆の流通過程では国毎に集荷され、船で日本に輸入されるが、買付け時において、どの地域の大豆がどれだけ含まれているのかを正確に知ることはできない。
そのため、大豆油はこれまで産地の区別なく使用されてきたが、最近、一部の南米産大豆を原料とする大豆油において、低温で長期保存すると、ゲル化を引き起こす可能性が顕著に高まっている。さらに、近年の干ばつなどの影響により、北米産大豆の取引量は減り、南米産大豆の引合いが増えてきていることや、気候変動による原料における組成の変化等の懸念が生じていることに鑑みると、特に大豆油においては、ゲル化傾向を予測する技術の開発が急務となってきている。
【0004】
油脂のゲル化傾向は冷却試験によって確認されるのが一般的である。JAS規格によれば、サラダ油とは、0℃で5.5時間保存しても清澄であるものをいう。しかしながら、これは精製油における規格であって、未精製油等においてそのまま当てはまるものではない。そこで、油脂のゲル化傾向を測定する冷却試験は、例えば、0℃で5〜30時間保存することにより行われ、油脂の流動性が低下するかどうかを目視により判断していることが多かった。また、冷却試験の結果は、原油、脱色油、精製油など、油脂の状態(油脂に含まれる不純物)により異なることがあるため、冷却試験に供される油脂は、原則、製品と同じく精製を行った油分でなければならず、搾油原料からジエチルエーテル等の有機溶剤で抽出しただけの油分(未精製油)を用いることはできなかった。さらに、冷却試験を実施するには、相当量の油脂(100g程度)を用意することが必要であった。
したがって、冷却試験を実施するためには、試料となる油脂の調製に時間と手間がかかっていたのが現状である。もし、精製を行っていない、すなわち、搾油原料から抽出しただけの油分(未精製油)を用いることができ、冷却試験を行わなくても、油脂のゲル化傾向を予測できる技術を確立できれば、試料調製にかかる時間と手間が省けるので、産業上の利用可能性は極めて高い。
【0005】
しかし、従来技術では、乳化剤等を用い、油脂の結晶化(沈殿)を防止する技術があるのみであり、油脂のゲル化傾向を予測する技術は全く知られていない。なお、油脂の結晶化を防止する技術の例として、例えば、特許文献1には、特定のポリグリセリン脂肪酸エステル(乳化剤)を含有させることで、油脂の結晶成長を抑制する技術が報告されている。また、乳化剤でなく、油脂のトリグリセリド組成に着目する技術も存在している。例えば、特許文献2には、大豆油を含むパームオレイン混合油中のトリ飽和脂肪酸トリグリセリドとジパルミトイルオレオイルグリセロールの割合をコントロールすることで耐寒性油脂を製造する方法が報告されている。しかし、繰り返しとなるが、これらの技術は、油脂の結晶化(沈殿)を防止する技術にすぎず、油脂のゲル化傾向を予測する技術ではない。
このように、冷却試験を行うことなく、油脂のゲル化傾向を予測する技術はこれまで知られていなかった。そして、搾油原料から抽出しただけの(少量の)油分を用いることで、冷却試験を行わずに、油脂のゲル化傾向を予測できれば、搾油原料の買付け時において、サンプルを少量だけ手に入れればよいので、エネルギーコストの高い搾油工程を行う前に、搾油したら得られるであろう油脂のゲル化傾向を簡便に予測できるようになる。ゲル化傾向を予測してから搾油することにすれば、商品価値の高い油脂を確実にかつ安定的に供給できるようになる。すなわち、本発明はこれまでになかった技術的課題を解決するものである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、冷却試験を行うことなく、ゲル化しない油脂を生成する搾油原料を判別する方法を提供することである。より詳細には、搾油原料から抽出しただけの油分を少量だけ用いて、冷却試験を行うことなく、ゲル化しない油脂を生成する搾油原料を判別する方法を提供することである。さらに、冷却試験を行うことなく、ゲル化しない油脂自体を判別する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、低温で長期保存した際に発生するゲル化の原因が、油脂の主成分であるトリグリセリド組成にあることを見出し、「ジ飽和モノ不飽和グリセリドの割合」という、これまでにない有用なかつ実用的なゲル化指標を確立することによって、本発明を完成させた。そして、油脂のトリグリセリド組成であれば、搾油原料から抽出しただけの少量の油分であっても決定できるので、従来技術に比べて、面倒な冷却試験を行うことなく、油脂のゲル化傾向が簡便かつ正確に予測できることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明の一態様によれば、室温で液状であって、低温で長期保存してもゲル化しない油脂を生成する搾油原料の判別方法であって、当該原料から油分を取り出し、取り出された油分におけるジ飽和モノ不飽和脂肪酸トリグリセリドの割合を決定し、これをゲル化指標として用いることを特徴とする、冷却試験を必要としない、前記判別方法を提供することができる。
本発明の好ましい態様によれば、搾油原料から取り出された油分が、有機溶剤で抽出された油分であることを特徴とする、上記方法を提供することができる。
本発明の好ましい態様によれば、ジ飽和モノ不飽和脂肪酸トリグリセリドの割合がS
2U/全トリグリセリドであるか、又はS
2U/(SU
2+UUU)であることを特徴とする、上記方法(ここで、S:飽和脂肪酸、U:不飽和脂肪酸を示す。)を提供することができる。
本発明の好ましい態様によれば、ジ飽和モノ不飽和脂肪酸トリグリセリドの割合がS
2U/全トリグリセリドである場合、7.0%未満であるか否かを決定し、前記割合がS
2U/(SU
2+UUU)である場合、8.0%未満であるか否かを決定することを特徴とする、上記方法を提供することができる。
本発明の好ましい態様によれば、ジ飽和モノ不飽和脂肪酸トリグリセリドの割合に加えて、リノール酸トリグリセリドの割合(LLL/全トリグリセリド)をゲル化指標として用いることを特徴とする、上記方法(ここで、L:リノール酸を示す。)を提供することができる。
本発明の好ましい態様によれば、次の工程:(1)搾油原料から油分を取り出す工程、(2)取り出された油分におけるLLLの割合(LLL/全トリグリセリド)が17.8%以上であるか否かを決定する工程、(3)工程(2)におけるLLLの割合が17.8%以上である場合、当該油分におけるS
2Uの割合(S
2U/全トリグリセリド)が7.4%未満であるか否かを決定する工程、又は、工程(2)におけるLLLの割合が17.8%未満である場合、当該油分におけるS
2Uの割合(S
2U/全トリグリセリド)が6.8%未満であるか否かを決定する工程、及び、(4)工程(3)において決定された油分を持つ原料を、ゲル化しない油脂を生成する搾油原料と判断する工程を含むことを特徴とする、上記方法を提供することができる。
本発明の好ましい態様によれば、次の工程:(1)搾油原料から油分を取り出す工程、(2)取り出された油分におけるLLLの割合(LLL/全トリグリセリド)が17.8%以上であるか否かを決定する工程、(3)工程(2)におけるLLLの割合が17.8%以上である場合、当該油分におけるS
2Uの割合(S
2U/(SU
2+UUU))が8.7%未満であるか否かを決定する工程、又は、工程(2)におけるLLLの割合が17.8%未満である場合、当該油分におけるS
2Uの割合(S
2U/(SU
2+UUU))が7.9%未満であるか否かを決定する工程、及び、(4)工程(3)において決定された油分を持つ原料を、ゲル化しない油脂を生成する搾油原料と判断する工程を含むことを特徴とする、上記方法を提供することができる。
本発明の好ましい態様によれば、ゲル化しない油脂を生成する搾油原料が大豆であることを特徴とする、上記方法を提供することができる。
本発明の好ましい態様によれば、上記方法により判別された、ゲル化しない油脂を生成する搾油原料を提供することができる。
また、本発明の一態様によれば、室温で液状であって、低温で長期保存してもゲル化しない油脂の判別方法であって、当該油脂におけるジ飽和モノ不飽和脂肪酸トリグリセリドの割合を決定し、これをゲル化指標として用いることを特徴とする、冷却試験を必要としない、前記判別方法を提供することができる。
本発明の好ましい態様によれば、ジ飽和モノ不飽和脂肪酸トリグリセリドの割合がS
2U/全トリグリセリドであるか、又はS
2U/(SU
2+UUU)であることを特徴とする、上記方法(ここで、S:飽和脂肪酸、U:不飽和脂肪酸を示す。)を提供することができる。 本発明の好ましい態様によれば、ジ飽和モノ不飽和脂肪酸トリグリセリドの割合がS
2U/全トリグリセリドである場合、7.0%未満であるか否かを決定し、前記割合がS
2U/(SU
2+UUU)である場合、8.0%未満であるか否かを決定することを特徴とする、上記方法を提供することができる。
本発明の好ましい態様によれば、ジ飽和モノ不飽和脂肪酸トリグリセリドの割合に加えて、リノール酸トリグリセリドの割合(LLL/全トリグリセリド)をゲル化指標として用いることを特徴とする、上記方法(ここで、L:リノール酸を示す。)を提供することができる。
本発明の好ましい態様によれば、以下の工程:(1)油脂におけるLLLの割合(LLL/全トリグリセリド)が17.8%以上であるか否かを決定する工程、(2)工程(1)におけるLLLの割合が17.8%以上である場合、油脂におけるS
2Uの割合(S
2U/全トリグリセリド)が7.4%未満であるか否かを決定する工程、又は、工程(1)におけるLLLの割合が17.8%未満である場合、油脂におけるS
2Uの割合(S
2U/全トリグリセリド)が6.8%未満であるか否かを決定する工程、及び、(3)工程(2)において決定された油脂をゲル化しない油脂と判断する工程を含むことを特徴する、上記方法を提供することができる。
本発明の好ましい態様によれば、以下の工程:(1)油脂におけるLLLの割合(LLL/全トリグリセリド)が17.8%以上であるか否かを決定する工程、(2)工程(1)におけるLLLの割合が17.8%以上である場合、油脂におけるS
2Uの割合(S
2U/(SU
2+UUU))が8.7%未満であるか否かを決定する工程、又は、工程(1)におけるLLLの割合が17.8%未満である場合、油脂におけるS
2Uの割合(S
2U/(SU
2+UUU))が7.9%未満であるか否かを決定する工程、及び、(3)工程(2)において決定された油脂をゲル化しない油脂と判断する工程を含むことを特徴する、上記方法を提供することができる。
本発明の好ましい態様によれば、上記油脂が大豆油である、上記方法を提供することができる。
本発明の好ましい態様によれば、上記方法により判別された、ゲル化しない油脂を提供することができる。
本発明の好ましい一態様によれば、上記方法を含む、室温で液状であって、低温で長期保存してもゲル化しない油脂の製造方法を提供することである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、搾油原料から抽出しただけの油分を少量だけ用い、当該油分のトリグリセリド組成を決定するだけで、時間と手間のかかる冷却試験を全く行うことなく、ゲル化しない油脂を生成する搾油原料を精度よく判別することができる。また同様に、面倒な冷却試験を行うことなく、油脂のトリグリセリド組成を決定するだけで、ゲル化しない油脂自体を精度よく判別することもできる。さらに、本発明は、油脂の精製工程によって変化しないトリグリセリド成分で判別するために、粗油、原油、精製工程中の脱ガム油、脱酸油、脱色油、脱ろう油、脱臭油等、油脂の状態(油脂に含まれる不純物)を問わずに判別することができる。
換言すれば、これまで冷却試験を実施してはじめて判明した油脂のゲル化傾向が、面倒な冷却試験を行うことなく、油脂のトリグリセリド組成を決定するという、当業者に周知で簡便な方法を用いるだけで、精度よく予測できるようになるという顕著な効果が得られる。
さらに、搾油原料から抽出しただけの油分では、冷却試験を実施できないが、油脂のトリグリセリド組成を決定するためには使用できるため、搾油原料から抽出した油分のトリグリセリド組成を求めるだけで、当該搾油原料を実際の搾油工程に供する前に、搾油後の油脂のゲル化傾向を精度よく予測することができるようになる。しかも、搾油原料の買付け時において、少量のサンプル(数g程度)から少量の油分(数mg程度)を得るだけで実施できるので、油脂の精製および冷却試験を実施する場合のように、相当量の油分(100g程度)を必要としないという利点もある。
また、本発明の判別方法を実施してから搾油することにすれば、商品価値の低いゲル化する油脂の製造を未然に防止することができ、商品価値の高いゲル化しない油脂の製造にのみ限られた経営資源を集中させることができるため、油脂の製造コストを有意に削減できる。
さらに、本発明の判別方法は、搾油後の油脂のゲル化傾向を知るためにも利用できる。ゲル化しない油脂は、冷温で保存されることが多い、マーガリン、クリーム、ドレッシングなどの冷蔵製品において好適に使用できる。そのため、このようなゲル化しない油脂を出荷前に判別し、低温で長期保存しても凝固分離を起こさず安心して利用できる油脂のみを販売することで、性状の安定した油脂を求める需要者の要求を満たすことができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の「ゲル化しない油脂(を生成する搾油原料)の判別方法」について順を追って説明する。
本発明における「ゲル化しない油脂」とは、低温で長期保存しても、流動性を大きく低下させず、ゲル状にならないものである。なお、本発明においては、流動性がある程度低下しても、依然としてゾル状態が認められるもの(ただし、白濁又は曇りは認められない)は、「ゲル化しない油脂」に含まれるものとする。
そして、「ゲル化する油脂」とは、油脂の底部に著しい油脂の沈殿が発生せずに、低温で長期保存すると流動性を低下させ、ゲル状となるものである。なお、本発明においては、完全にゲル状とならなくても、流動性を著しく低下させ、白濁又は曇りが認められるものは、「ゲル化する油脂」に含まれるものとする。
また、本発明における「低温」とは、冷蔵又は冷凍温度域である、−20℃〜0℃を意味する。好ましい温度は−10℃〜0℃であり、より好ましい温度は−5℃〜0℃であり、さらに好ましい温度は0℃である。
さらに、本発明における「長期保存」とは、5時間〜3ヶ月で保存することを意味する。好ましい保存時間は、10時間〜1ヶ月であり、より好ましい保存時間は10時間〜1週間であり、さらに好ましい保存時間は、10〜30時間である。
なお、本発明における「冷却試験」は、0℃5〜30時間保存することにより行われるものである。例えば、0℃で15時間保存することが好ましい。
【0013】
本発明の「ゲル化しない油脂(を生成する搾油原料)の判別方法」は、ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリドの割合を決定し、これをゲル化指標として利用するものであれば、特に制限されない。
前記「ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリドの割合」としては、様々なものが考えられるが、全トリグリセリドに対するジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリドの割合(以下、S
2U/全トリグリセリドという。)が好ましく、他の主要なトリグリセリドに対するジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリドの割合(以下、S
2U/(SU
2+UUU)という。)がより好ましい(ここで、Sは飽和脂肪酸であり、Uは不飽和脂肪酸を表す。)。
そして、好ましい一態様として、ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリドの割合が、S
2U/全トリグリセリドである場合、その値が7.0%未満であるか、又は、前記割合が、S
2U/(SU
2+UUU)である場合、その値が8.0%未満であるときに、ゲル化しない油脂(を生成する搾油原料)であると判別する方法が挙げられる。
【0014】
さらに、本発明の「ゲル化しない油脂(を生成する搾油原料)の判別方法」には、ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリドの割合に加えて、リノール酸トリグリセリドの割合(LLL/全トリグリセリド)をゲル化指標として利用するものも挙げられる(ここで、Lはリノール酸を表す。)。
そして、好ましい一態様として、LLLの割合が17.8%以上である場合は、S
2Uの割合(S
2U/全トリグリセリド)が7.4%未満であることがゲル化しない油脂を得るためのゲル化指標として利用される。また、LLLの割合が17.8%未満である場合は、S
2Uの割合(S
2U/全トリグリセリド)が6.8%未満であることがゲル化しない油脂を得るためのゲル化指標として利用される。
より好ましい一態様として、LLLの割合が17.8%以上である場合は、S
2Uの割合(S
2U/(SU
2+UUU))が8.7%未満であることがゲル化しない油脂を得るためのゲル化指標として利用される。また、LLLの割合が17.8%未満である場合は、S
2Uの割合(S
2U/(SU
2+UUU))が7.9%未満であることがゲル化しない油脂を得るためのゲル化指標として利用される。
なお、LLLの割合とS
2Uの割合を併用する方が、S
2Uの割合を単独で利用する場合よりも、精度の高いゲル化指標となる。このことについては後で詳述する。
【0015】
本発明において、(油脂の)トリグリセリドとは、1分子のグリセロールに、3分子の脂肪酸がエステル結合した構造を有するものである。トリグリセリドのα位(1、3位)、β位(2位)とは、脂肪酸が結合した位置を表す。なお、トリグリセリドの構成脂肪酸として、炭素数16〜24の飽和脂肪酸や、炭素数16〜24の不飽和脂肪酸が挙げられる。
【0016】
本発明において、飽和脂肪酸は、炭素数が16〜24であり、好ましくは16〜22、より好ましくは16〜20、さらに好ましくは16〜18である。また、トリグリセリド分子に2つ又は3つの飽和脂肪酸が結合する場合、飽和脂肪酸は同一の飽和脂肪酸であってもよいし、異なる飽和脂肪酸であってもよい。飽和脂肪酸の具体例としては、パルミチン酸(16)、ステアリン酸(18)、アラキジン酸(20)、ベヘン酸(22)、およびリグノセリン酸(24)が挙げられる。なお、上記の数値表記は、脂肪酸の炭素数である。
本発明において、不飽和脂肪酸は、炭素数が16〜24であり、好ましくは16〜22、より好ましくは16〜20、さらに好ましくは16〜18である。また、トリグリセリド分子に2つ又は3つの不飽和脂肪酸が結合する場合、不飽和脂肪酸は同一の不飽和脂肪酸であってもよいし、異なる不飽和脂肪酸であってもよい。不飽和脂肪酸の具体例としては、パルミトレイン酸(16:1)、オレイン酸(18:1)、リノール酸(18:2)、およびリノレン酸(18:3)が挙げられる。なお、上記の数値表記は、脂肪酸の炭素数と二重結合数の組み合わせである。なお、本発明において、これらの飽和脂肪酸及び不飽和脂肪酸は略語(アルファベット1文字又は2文字)をもって表記されることがある。
【0017】
本発明における「ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリド」とは、炭素原子数16〜24個の飽和脂肪酸(S)2残基と不飽和脂肪酸(U)1残基が結合したグリセリド(S
2U)であり、Uがα位に結合したSSUと、β位に結合したSUSの両方を意味する。すなわち、「ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリド(S
2U)」といった場合、SSUとSUSの合計がS
2Uとして計算される。なお、「ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリド」における2残基の飽和脂肪酸は、同一の飽和脂肪酸であってもよいし、異なる飽和脂肪酸であってもよい。
油脂の種類により、どのような「ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリド(S
2U)」が含まれるのかは異なるが、例えば、大豆油の場合であれば、「ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリド」とは、P
2O、P
2L、PStO、PStLの4つの合計を意味する(ここで、Pはパルチミン酸、Stはステアリン酸、Oはオレイン酸、Lはリノール酸を表し、グリセリド中の脂肪酸の結合部位は問わない。)。
【0018】
本発明における「モノ飽和ジ不飽和脂肪酸グリセリド」とは、炭素原子数16〜24個の飽和脂肪酸(S)1残基と不飽和脂肪酸(U)2残基が結合したグリセリド(SU
2)であり、Sがα位に結合したSUUと、β位に結合したUSUの両方を意味する。すなわち、「ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリド(SU
2)」といった場合、SUUとUSUの合計がSU
2として計算される。なお、「モノ飽和ジ不飽和脂肪酸グリセリド」における2残基の不飽和脂肪酸は、同一の不飽和脂肪酸であってもよいし、異なる不飽和脂肪酸であってもよい。
油脂の種類により、どのような「モノ飽和ジ不飽和脂肪酸グリセリド(SU
2)」が含まれるのかは異なるが、例えば、大豆油の場合であれば、「モノ飽和ジ不飽和脂肪酸グリセリド」とは、PO
2、POL、PL
2、StO
2、StOL、StL
2の6つの合計を意味する(ここで、Pはパルチミン酸、Stはステアリン酸、Oはオレイン酸、Lはリノール酸を表し、グリセリド中の脂肪酸の結合部位は問わない 。)。
【0019】
本発明における「トリ不飽和脂肪酸グリセリド」とは、炭素原子数16〜24個の不飽和脂肪酸(U)3残基が結合したグリセリド(UUU)を意味する。なお、「トリ不飽和脂肪酸グリセリド」における3残基の不飽和脂肪酸は、同一の不飽和脂肪酸であってもよいし、異なる不飽和脂肪酸であってもよい。
油脂の種類により、どのような「トリ不飽和脂肪酸グリセリド(UUU)」が含まれるのかは異なるが、例えば、大豆油の場合であれば、「トリ不飽和脂肪酸グリセリド」とは、OOO、O
2L、OL
2、LLLの4つの合計を意味する(ここで、Oはオレイン酸、Lはリノール酸を表し、グリセリド中の脂肪酸の結合部位は問わない。)。
【0020】
本発明における「(全)トリグリセリド組成」は、ガスクロマトグラフ法(AOCS Official Method Ce 5−86準拠)又は銀イオンカラムーHPLC法(J.HighResol.Chromatogr.,18,105−107(1995)準拠)を用いて決定することができる。また、構成脂肪酸残基の炭素数による炭素数別トリグリセリド組成は、JAOCS.vol.70,11,1111−1114(1993)に準じて、ガスクロマトグラフ法で測定できる。さらに、各トリグリセリド含量は、「AOCS Official Method Ce 5c−93」に準拠して、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いてODSカラムにより測定できる。これらの分析方法はいずれも当業者に周知のものであり、本発明において、これらの周知の分析方法を用いることにより、トリグリセリド組成を簡単に決定することができる。
また、使用するガスクロマトグラフ法によって、異なるトリグリセリドのピークが重なることがあるが、本発明では、ピークの分離が難しいトリグリセリドは測定に含めなくてもよい。このようなトリグリセリドを含めることは、かえってゲル化予測の精度を悪化させる要因となるからである。また、熟練した技術者が実験を行っても、ガスクロマトグラフ法による測定結果にはぶれが生じてしまうため、ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリドの割合やリノール酸トリグリセリドの割合などの数値において多少の変動は許容される。
油脂の種類により、どのような「(全)トリグリセリド組成」が得られるのかは異なるが、例えば、大豆油の場合であれば、「全トリグリセリド」とは、P
2O、P
2L、PStO、PStL、PO
2、POL、PL
2、StO
2、OOO、StOL、O
2L、StL
2、OL
2、LLL、(L
2Ln+OLn
2)、U.K(Unknown:不明)合計の総和(100%)を指す(ここで、Pはパルチミン酸、Stはステアリン酸、Oはオレイン酸、Lはリノール酸、Lnはリノレン酸を表し、グリセリド中の脂肪酸の結合部位は問わない。)。
ここで、大豆油には、L
2LnやOLn
2やU.K(Unknown:不明)合計というトリグリセリドが含まれているが、これらに由来するピークは分離が難しいので、先に述べたとおり、本発明において、L
2LnやOLn
2やU.K(Unknown:不明)合計というトリグリセリドを「ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリドの割合」の計算の中には含めても含めなくてよい。すなわち、全トリグリセリドから、これらのトリグリセリドを差し引いて「ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリドの割合」を計算しても、本発明を実施することは可能である。
なお、大豆油には、リノレン酸が多く含まれているが、リノレン酸を含むトリグリセリドは、(L
2Ln+OLn
2)の中に含まれている。また、U.K(Unknown:不明)合計には、不明なトリグリセリドのほか、SSSのような(融点の高い)トリグリセリドが含まれている(ここで、Sは飽和脂肪酸を表し、グリセリド中の脂肪酸の結合部位は問わない。)。
すなわち、本発明において、「ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリドの割合(S
2U/全トリグリセリド)」とは、大豆油の場合であれば、(P
2O+P
2L+PStO+PStL)/(P
2O+P
2L+PStO+PStL+PO
2+POL+PL
2+StO
2+OOO+StOL+O
2L+StL
2+OL
2+LLL+(L
2Ln+OLn
2)+U.K合計の総和(100%))として計算される。ここでいう、S
2Uの割合とは、ガスクロマトグラフ法で測定されるトリグリセリド組成の結果である。なお、(L
2Ln+OLn
2)+U.K合計は含まれていても含まれていなくてもよい。下記の実施例ではこれらを含めて計算している。
また、本発明において、「ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリドの割合(S
2U/(SU
2+UUU))」とは、大豆油の場合であれば、(P
2O+P
2L+PStO+PStL)/(PO
2+POL+PL
2+StO
2+OOO+StOL+O
2L+StL
2+OL
2+LLL)として計算される。
さらに、本発明における「リノール酸トリグリセリドの割合(LLL/全トリグリセリド)」は、(LLL)/(P
2O+P
2L+PStO+PStL+PO
2+POL+PL
2+StO
2+OOO+StOL+O
2L+StL
2+OL
2+LLL+(L
2Ln+OLn
2)+U.K合計の総和(100%))として計算される。すなわち、ここでいう、LLLの割合とは、ガスクロマトグラフ法で測定されるトリグリセリド組成の結果である。
なお、繰り返しとなるが、「ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリド(S
2U)の割合」は油脂の種類によって異なる。しかしながら、当業者であれば、ガスクロマトグラフ法などによって、所望の油脂の全トリグリセリド組成を容易に決定することができる。したがって、任意の油脂の「ジ飽和モノ不飽和脂肪酸グリセリド(S
2U)の割合」も当業者であれば容易に決定することができる。
【0021】
本発明で使用する「油脂」は、15〜25℃の室温において液状の油脂であれば特に限定されない。例えば、大豆油、菜種油、ヒマワリ種子油、綿実油、落花生油、米油、コーン油、サフラワー油、オリーブ油、カポック油、胡麻油、月見草油、エゴマ油、アマニ油、ぶどう種子油等の植物性油脂、並びに、それらの油脂の硬化、分別、エステル交換等を施した加工油脂が例示できる。
本発明で使用する「油脂」として、最も好ましいものは大豆油である。また、大豆油と性状の近いコーン油なども好適に使用できる油脂の1つである。また、エステル交換すると、油脂中のトリ飽和脂肪酸グリセリドやジ飽和脂肪酸モノ不飽和脂肪酸グリセリドの割合が増えることもあり得るので、ゲル化しやすくなることも想定される。そのため、エステル交換した油脂も、本発明の好ましい「油脂」の1つである。
【0022】
本発明で使用する搾油原料は、上記の油脂を生成する搾油原料であれば特に限定されない。ここでいう搾油原料は、前記の油脂を生成する種子、果実などである。例えば、大豆油の場合は、大豆である。ゲル化しない油脂を生成する搾油原料のみを搾油工程に供することにより、商品価値の低いゲル化する油脂の製造を未然に防止し、商品価値の高いゲル化しない油脂のみを製造することが可能となる。ゲル化しない油脂を生成する搾油原料のみを判別する方法はこれまでになく産業上の利用可能性は極めて高い。
【0023】
また、本発明は、搾油原料から油分を取り出すが、油分を取り出す方法は制限されない。例えば、好ましい取り出し方法として、有機溶剤を用いて油分を抽出する方法が挙げられる。本発明においては、有機溶剤で抽出した油分を少量だけ用いればよく、搾油原料を搾油工程に供して相当量の油脂を得る必要がない。搾油原料から少量の油分を抽出するための有機溶剤としては、ジエチルエーテル、ヘキサン、クロロフォルム、トルエン、キシレン、石油エーテル等の石油系の溶剤、メタノール、エタノール等のアルコール系溶剤、アセトンなどが好適に用いられる。油分の抽出は、トリグリセリド組成を決定するのに必要な量だけすればよく、搾油原料を圧搾するなどの手間のかかる作業は要らない。そして、有機溶剤で抽出しただけの油分では冷却試験を実施できないが、トリグリセリド組成は簡単に決定できるので、冷却試験を行わずに、油脂のゲル化傾向を簡便に予測できる点が本発明の特徴的な利点の1つである。
【0024】
本発明のゲル化しない油脂は、冷凍食品のコーティング用油脂、離型油、油性ソース、低温用のドレッシングなどの油性食品に使用することができる。また、機器用潤滑油として用いることもできる。例えば、コーティング用油脂、離型油は、本発明の油脂を混合融解することによって得られる。また、油性ソースは、本発明の油脂に、糖類、固形風味材、乳化剤を混合融解することによって得られる。糖類としては、蔗糖、麦芽糖、ブドウ糖、粉飴、果糖、乳糖、トレハロース、粉末マルトース等が例示される。固形風味材としては、全脂粉乳、脱脂粉乳、クリームパウダー、ホエイパウダー、バターミルクパウダー等の乳製品、ココアパウダー、調整ココアパウダー等のカカオ分、チーズ粉末、コーヒー粉末、果汁粉末等が例示される。本発明のゲル化しない油脂を油脂の主要成分とすることにより、低温(冷蔵又は冷凍温度域)で長期保存しても、油脂の結晶成長が抑えられた油性食品を得ることができる。本発明のゲル化しない油脂は低温で使用する機器用の潤滑油としても使用することができる。
【実施例】
【0025】
次に、実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれらに何ら制限されるものではない。
【0026】
[実施例1]S
2Uの割合を用いたゲル化指標の開発(小規模実験)
(1)ジエチルエーテル抽出と全トリグリセリド組成の決定
油脂のトリグリセリド組成がゲル化指標となり得るかどうかを検証するため、
図1に示したブラジル産大豆47種を用意し、基準油脂分析法1.5−1996に基づき、これらの大豆をジエチルエーテルに浸漬し油分を抽出した。これらの油分を、トリグリセリド組成を決定するための試料とした。全トリグリセリド組成の決定は、ガスクロマトグラフ測定方法(JAOCS.vol.70,11,1111−1114(1993))に準じて行い、前記試料の全トリグリセリド組成を決定した。前記全トリグリセリド組成に基づいて、S
2Uの割合(S
2U/全トリグリセリド、S
2U/(SU
2+UUU))を決定した(ここで、Sは飽和脂肪酸、Uは不飽和脂肪酸を表す。)。これらの結果を
図1に示す。
なお、
図1においては、左側からサンプル番号、大豆の産地(ここで、図中「BRZ」はブラジル産を表す。)、トリグリセリド(TG)組成(ここで、Pはパルミチン酸、Stはステアリン酸、Oはオレイン酸、Lはリノール酸を表す。)、分子種解析(S
2U、SU
2、及びUUU、ここで、Sは飽和脂肪酸、Uは不飽和脂肪酸を表す。)、ジ飽和モノ飽和グリセリドの割合(S
2U/全トリグリセリド、S
2U/(SU
2+UUU))の割合とそれによるゲル化予測(○、×)、実際の冷却試験の結果(0℃15時間)が記載されている。なお、ジ飽和モノ飽和グリセリドの割合の計算においては、小数点2位まで算出して計算した。
【0027】
(2)冷却試験によるゲル化傾向の確認
図1に示した同じブラジル産大豆47種を、通常の大豆の搾油工程に供し、精製・脱臭後の大豆油を製造した。このようにして得られた精製大豆油を冷却試験に供した。冷却試験は、0℃15時間で行った。冷却試験によってゲル化しなかった合格品を○とし、流動性の減少は認められるが、ゾル状態を維持している合格品を△と判定した。そして、△よりもさらに流動性が減少し、曇りや白濁が認められる不合格品を▼とし、冷却試験によってゲル化・固化してしまった不合格品を×と判定した。その結果を
図1に示した。
【0028】
(3)S
2Uの割合を用いたゲル化指標の開発
S
2Uの割合(ゲル化予測)と冷却試験の結果(実際のゲル化)とを対比すると、全トリグリセリドに対するS
2Uの割合(S
2U/全トリグリセリド)が7.0%未満である場合に合格品となる傾向が認められた。また、7.0%以上である場合に不合格品となる傾向があることが認められた。また、その他の主要なトリグリセリドに対するS
2Uの割合(S
2U/(SU
2+UUU))が8.0%未満である場合に合格品となる傾向が認められた。また、8.0%以上である場合に不合格品となる傾向があることが認められた。
このような傾向に鑑みると、S
2Uの割合(%)は、油脂のゲル化傾向を予測する有用なゲル化指標になることが確認された。
なお、S
2Uの割合をゲル化指標として用いると、ゲル化予測と冷却試験の結果が一致しない試料(エラー)が47検体中7検体に認められた。すなわち、エラー率は14.9%であり、約85%の精度でゲル化傾向を予測できることから、十分実用に供することができるものと理解される。しかしながら、需要者に対してゲル化しない油脂を安定かつ確実に提供できるようにするためには、より精度の高いゲル化指標が必要であるとの考えから、さらなるゲル化指標の開発を以下のとおりに行った。
【0029】
[実施例2]LLLの割合及びS
2Uの割合を用いたゲル化指標の開発(大規模実験)
実施例1により、S
2Uの割合がゲル化指標となり得ることが判明したので、検体数をさらに多くし、ブラジル産大豆だけでなく、アメリカ産大豆も含めて、S
2Uの割合を大規模(300種類)に検証することにした。その結果、S
2Uの割合だけでなく、LLLの割合及びS
2Uの割合がゲル化指標として利用できることを見出し、両者を併用する新しい判別方法を開発することに成功した。以下に示すとおり、この判別方法は、S
2Uの割合を単独で用いる場合よりも精度が高く、需要者に対し、ゲル化しない油脂を安定かつ確実に提供できるものである。
【0030】
(1)ジエチルエーテル抽出と全トリグリセリド組成の決定
実施例2の大規模解析において、冷却試験に供した大豆試料は、
図2〜7に示したアメリカ産(ORD)、ブラジル産(BRZ)、これらの混合物(ORD/BRZ)及び産地不明の大豆、合計300種である。なお、これら大豆試料は、大豆自体であるだけでなく、大豆から搾った大豆油である場合もある。
大豆そのものが大豆試料である場合は、実施例1と同様の方法を用いて、大豆からジエチルエーテルを用いて油分を抽出し、全トリグリセリド組成を決定するための試料とした。そして、全トリグリセリド組成に基づいて、S
2Uの割合(S
2U/全トリグリセリド、S
2U/(SU
2+UUU))を決定した。その結果を
図2〜7に示す。
図2〜7においては、左側からサンプル番号(大豆試料番号)、大豆の産地(ここで図中、「ORZ」はアメリカ産、「BRZ」はブラジル産を表す。)、トリグリセリド組成(ここで、Pはパルミチン酸、Stはステアリン酸、Oはオレイン酸、Lはリノール酸を表す。)、分子種解析(S
2U、SU
2、及びUUU、ここで、Sは飽和脂肪酸、Uは不飽和脂肪酸を表す。)、ジ飽和モノ飽和グリセリド(S
2U)の割合(S
2U/全トリグリセリド、S
2U/(SU
2+UUU))及びゲル化予測(○、×)、実際の冷却試験の結果(0℃15時間)が記載されている。なお、ジ飽和モノ飽和グリセリドの割合の計算においては、小数点2位まで算出して計算した。
【0031】
(2)冷却試験によるゲル化傾向の確認
実施例1と同様の方法を用いて、300種の大豆試料から得られた大豆油に対して冷却試験を行った。なお、冷却試験の結果は、実施例1と同様、ゲル化及び曇りなしの合格品を○、流動性が減少するがゾル状態を認める合格品を△、△に比べて流動性が減少し曇りがある不合格品を▼、ゲル化し固化・白濁化している不合格品を×とした。
【0032】
(3)LLLの割合及びS
2Uの割合を用いたゲル化指標の開発
S
2Uの割合(ゲル化指標)と冷却試験の結果(実際のゲル化)とを対比することにより、全トリグリセリドにおけるLLLの割合(ここで、Lはリノール酸を表す。)が17.8%以上の場合であって、S
2Uの割合(S
2U/全トリグリセリド)が7.4%未満であるときに合格品となる傾向が認められた。また、全トリグリセリドにおけるLLLの割合が17.8%未満の場合であって、S
2Uの割合(S
2U/全トリグリセリド)が6.8%未満であるときに合格品となる傾向が認められた。また、全トリグリセリドにおけるLLLの割合(ここで、Lはリノール酸を表す。)が17.8%以上の場合であって、S
2Uの割合(S
2U/(SU
2+UUU))が8.7%未満であるときに合格品となる傾向が認められた。また、全トリグリセリドにおけるLLLの割合が17.8%未満の場合であって、S
2Uの割合(S
2U/(SU
2+UUU))が7.9%未満であるときに合格品となる傾向が認められた。
このような傾向を踏まえて、新しくゲル化予測チャートを作成した。それを
図8及び
図9に示した。なお、TAGはトリアシルグリセロール(トリグリセリドと同義)の略である。
さらに、大豆試料300種に関するゲル化予測チャートと実際の検証結果は、
図10及び
図11に示した。大豆試料300種のうち、LLLの割合が17.8%以上であるものは173件であり、LLLの割合が17.8%未満であるものは127件であった(
図10、11)。
【0033】
また、LLLの割合が17.8%以上であり、S
2Uの割合(S
2U/全トリグリセリド)が7.4%未満であるものは158件あり、ゲル化傾向が合格品(○)と予測された。実際の冷却試験の結果と対比すると、158件中、ゲル化予測が誤ったものは6件しかなかった。エラー率は3.8%(96.2%の精度)であり、非常に精度の高い試験結果が得られた。また、LLLの割合が17.8%以上であり、S
2Uの割合(S
2U/全トリグリセリド)が7.4%以上であるものは15件あり、ゲル化傾向が不合格品(×)と予測された。実際の冷却試験の結果と対比すると、15件中、予測が誤ったものが0件であり、エラー率は0%(100%の精度)で予測できた。
さらに、LLLの割合が17.8%未満であり、S
2Uの割合(S
2U/全トリグリセリド)が6.8%未満であるものは33件あり、ゲル化傾向が合格品(○)と予測された。実際の冷却試験の結果と対比すると、33件中、予測が誤ったものが6件であり、エラー率が18.2%(81.8%の精度)であり、依然として高い精度でゲル化傾向を予測することができた。また、LLLの割合が17.8%未満であり、S
2Uの割合(S
2U/全トリグリセリド)が6.8%以上であるものは94件であり、ゲル化傾向が不合格品(×)と予測された。実際の冷却試験の結果と対比すると、94件中、予測が誤ったものは9件しかなく、エラー率が9.6%(90.4%の精度)であり、高い精度で予測ができた。
【0034】
また、LLLの割合が17.8%以上であり、S
2Uの割合(S
2U/(SU
2+UUU))が8.7%未満であるものは157件あり、ゲル化傾向が合格品(○)と予測された。実際の冷却試験の結果と対比すると、157件中、ゲル化予測が誤ったものは6件しかなかった。エラー率は3.8%(96.2%の精度)であり、非常に精度の高い試験結果が得られた。また、LLLの割合が17.8%以上であり、S
2Uの割合(S
2U/(SU
2+UUU))が8.7%以上であるものは16件あり、ゲル化傾向が不合格品(×)と予測された。実際の冷却試験の結果と対比すると、16件中、予測が誤ったものが0件であり、エラー率は0%(100%の精度)で予測できた。
さらに、LLLの割合が17.8%未満であり、S
2Uの割合(S
2U/(SU
2+UUU))が7.9%未満であるものは33件あり、ゲル化傾向が合格品(○)と予測された。実際の冷却試験の結果と対比すると、34件中、予測が誤ったものが5件であり、エラー率が15.2%(84.8%の精度)であり、高い一致率でゲル化傾向を予測することができた。また、LLLの割合が17.8%未満であり、S
2Uの割合(S
2U/(SU
2+UUU))が7.9%以上であるものは94件であり、ゲル化傾向が不合格品(×)と予測された。実際の冷却試験の結果と対比すると、94件中、予測が誤ったものは8件しかなく、エラー率が8.5%(91.5%の精度)であり、高い精度で予測ができた。
【0035】
図10に示したとおり、ゲル化指標として、LLLの割合とS
2Uの割合(S
2U/全トリグリセリド)を併用すると、トータルのエラー率は21件/300件(7.0%)でしかなく、LLLの割合とS
2Uの割合を併用した場合は、93%という非常に高い精度(一致率)でゲル化しない油脂を判別することができた。
また、
図11に示したとおり、ゲル化指標として、LLLの割合とS
2Uの割合(S
2U/(SU
2+UUU))を併用すると、トータルのエラー率は19件/300件(6.3%)でしかなく、LLLの割合とS
2Uの割合を併用した場合は、約94%という非常に高い精度(一致率)でゲル化しない油脂を判別することができた。
すなわち、S
2Uを単独で用いる場合(一致率:85%)よりも、LLLの割合とS
2Uの割合を併用した場合の方が、より高い精度で判別方法を実施することができる。このような判別方法によって、需要者に対しゲル化しない油脂を安定かつ確実に提供するという課題が解決できた。