【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)1.平成23・24年度、文部科学省、科学技術試験研究委託事業「iPS細胞を用いた角膜再生治療法の開発」2.平成25・26年度、独立行政法人科学技術振興機構、再生医療実現拠点ネットワークプログラム(再生医療の実現化ハイウェイ)「iPS細胞を用いた角膜再生治療法の開発」に係る委託業務、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【文献】
Investigative Ophthalmology & Visual Science (2007), Vol.48, No.10, pp.4509-4518
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
無血清培地が、0.5nM以上のBMP4(Bone morphogenetic protein 4)、トランスフォーミング増殖因子、及びアクチビンを含まないことを特徴とする、請求項1に記載の方法。
眼関連細胞が、角膜上皮細胞、網膜色素上皮細胞、神経網膜細胞、結膜上皮細胞、輪部上皮細胞、角膜内皮細胞、角膜実質細胞、虹彩実質細胞、強膜細胞、虹彩色素上皮細胞、毛様体上皮細胞、視神経細胞、輪部下繊維芽細胞、結膜下繊維芽細胞、涙腺、マイボーム腺、杯細胞、レンズ上皮細胞、及び眼瞼上皮細胞から選ばれるいずれかである、請求項5に記載の方法。
ITGβ4、SSEA4、TRA−1−60、及びCD200から選ばれる1又は2以上のマーカーの発現の有無を指標として角膜上皮前駆細胞を単離することを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.定義
以下、本発明で使用される用語のいくつかについて説明する。
(1)多能性幹細胞
本発明にかかる「多能性幹細胞」とは、胎盤以外のすべての細胞に分化可能な分化多能性を有する細胞すべてを含み、ES細胞やES細胞株のほか、iPS細胞等の人工多能性幹細胞の両方を含む。
【0014】
「人工多能性幹細胞」とは、哺乳動物体細胞又は未分化幹細胞に、特定の因子を導入することにより、ES細胞と同様の分化多能性を有するように再プログラミング(初期化)された細胞を言う。
【0015】
「人工多能性幹細胞」は、Yamanakaらにより、マウス繊維芽細胞にOct3/4・Sox2・Klf4・c−Mycの4因子を導入することにより、初めて樹立され「iPS細胞(induced Pluripotent Stem Cell)」と命名された(Takahashi K, Yamanaka S., Cell, (2006) 126: 663-676)。その後、同様の4因子をヒト繊維芽細胞に導入することにより、ヒトiPSも樹立され(Takahashi K, Yamanaka S., et al. Cell, (2007) 131: 861-872.; Okita, K., Ichisaka, T., and Yamanaka, S. (2007). Nature 448, 313-317.)、さらにc−Mycを含まない方法等(Nakagawa M, Yamanaka S., et al. Nature Biotechnology, (2008) 26, 101-106)、腫瘍形成誘導が低いより安全性の高いiPS細胞を樹立する方法の確立にも成功している。
【0016】
Wisconsin大学のThomsonらは、OCT3/4,SOX2,NANOG,LIN28の4遺伝子をヒト繊維芽細胞に導入して作製した人工多能性幹細胞の樹立に成功している(Yu J., Thomson JA. et al., Science (2007) 318: 1917-1920.)。また、Harvard大学のDaleyらは、皮膚細胞にOCT3/4,SOX2,KLF4,C−MYC,hTERT,SV40 large Tの6遺伝子を導入して作製した人工多能性幹細胞の樹立について報告している(Park IH, Daley GQ. et al., Nature (2007) 451: 141-146)。
【0017】
Sakuradaらは、体細胞ではなく、出生後の組織に存在する未分化幹細胞を細胞源として、Oct3/4、Sox2、Klf4及びc−Myc等を導入することで、より効率よく誘導される人工多能性幹細胞を報告している(特開2008-307007)。
【0018】
このほか、OCT3/4,KLF4,低分子化合物をマウス神経前駆細胞等に導入して作製された人工多能性幹細胞(Shi Y., Ding S., et al., Cell Stem Cell, (2008) Vol3, Issue 5,568-574)、SOX2,C−MYCを内因性に発現しているマウス神経幹細胞にOCT3/4,KLF4を導入して作製された人工多能性幹細胞(Kim JB., Scholer HR., et al., Nature, (2008) 454, 646-650)、C−MYCを用いることなく、Dnmt阻害剤やHDAC阻害剤を利用して作製された人工多能性幹細胞(Huangfu D., Melton, DA., et al., Nature Biotechnology, (2008) 26, No 7, 795-797)が報告されている。
【0019】
上記を含めて、人工多能性幹細胞に関する公知の特許としては、特開2008-307007号、特開2008-283972号、US2008-2336610、US2009-047263、WO2007-069666、WO2008-118220、WO2008-124133、WO2008-151058、WO2009-006930、WO2009-006997、WO2009-007852等を挙げることができる。
【0020】
本発明で用いられる「人工多能性幹細胞」は、冒頭に記載した定義を満たし、本発明の目的を損なわない限りにおいて、公知の人工多能性幹細胞及びこれと等価な人工多能性幹細胞のすべてを含み、細胞源、導入因子、導入方法等は特に限定されない。
【0021】
好ましくは、細胞源はヒト由来(ヒト人工多能性幹細胞)であり、より好ましくは、当該細胞から分化誘導された上皮系前駆細胞・幹細胞群又は角膜上皮を含む上皮細胞群、表皮細胞群による治療を必要とする患者自身に由来する。
【0022】
(2)外胚葉系列細胞種
ヒトの胚は、発生の段階で3つの胚葉、すなわち内胚葉、中胚葉、外胚葉を形成する。すなわち内胚葉、中胚葉、外胚葉を形成する。このうち内胚葉は、胃や小腸の粘膜上皮、肝臓、膵臓等になり、中胚葉は筋肉、骨、血管や血液、皮下組織、心臓、腎臓等になり、外胚葉は神経、目、表皮等を形成する。本発明にかかる「外胚葉系列細胞種」は、外胚葉に由来する細胞系列種、すなわち、将来的に中枢神経系・感覚器官、表皮、眼を形成する細胞を意味する。
【0023】
「外胚葉系列細胞種」としては、神経外胚葉系列細胞、神経堤系列細胞/眼胚系列細胞、眼表面外胚葉系列細胞、及び表面外胚葉系列細胞を挙げることができる。
【0024】
「神経外胚葉系列細胞」は、将来的に神経関連細胞に分化する細胞で、Sox2+, TUBB3+, Sox6+細胞として特徴づけられる。
【0025】
「神経堤系列細胞」は、末梢神経細胞、グリア細胞、色素細胞、角膜内皮細胞や角膜実質細胞などの神経堤関連細胞に分化する細胞で、sox10陽性、pax6陰性細胞として特徴づけられる。
【0026】
「眼杯系列細胞」は、網膜、網膜色素上皮、虹彩色素上皮などの眼杯関連細胞に分化する細胞で、Rx+細胞として特徴づけられる。
【0027】
「眼表面外胚葉系列細胞」は、角膜上皮、結膜上皮等の眼表面の細胞に分化する細胞で、pax6+, p63+, E-cadherin+細胞として特徴づけられる。
【0028】
(3)眼関連細胞
本発明にかかる「眼関連細胞」とは、外胚葉に由来する眼を形成する細胞で、角膜上皮細胞、網膜色素上皮細胞、神経網膜細胞、結膜上皮細胞、輪部上皮細胞、角膜内皮細胞、角膜実質細胞、虹彩実質細胞、強膜細胞、虹彩色素上皮細胞、毛様体上皮細胞、視神経細胞、輪部下繊維芽細胞、結膜下繊維芽細胞、涙腺、マイボーム腺、杯細胞、レンズ上皮細胞、及び眼瞼上皮細胞等を挙げることができる。
【0029】
(4)角膜上皮細胞及び角膜上皮系前駆細胞
角膜は、表面から、角膜上皮層、角膜実質層、角膜内皮層の3層構造をしている。「角膜上皮細胞」は、この角膜の一番外側の層を構成する細胞で、4〜5層の角膜上皮細胞層から構成されている。「角膜上皮細胞」は表皮外胚葉に由来するが、角膜の実質と内皮は神経堤由来であり、それぞれ個別の幹細胞が存在すると考えられている。本発明において「角膜上皮細胞」は、pax6及びp63に加えて、角膜上皮分化マーカーであるケラチン12の発現によって特徴づけられる。
【0030】
「角膜上皮前駆細胞」とは、未分化な角膜上皮細胞であり、pax6及びp63の発現によって特徴づけられ、分化マーカーであるケラチン12(K12)はほとんど発現していない。
【0031】
(5)細胞マーカー
本発明では、分化誘導された細胞を同定するために、各細胞種に特異的なマーカーを利用する。以下、代表的なものについて説明する。
【0032】
ケラチン14(Cytokeratin 14:K14):ケラチン14は、基底上皮細胞の代表的マーカーである。
【0033】
p63:p63はp53遺伝子ファミリーに属する細胞核たんぱく質であるが、上皮前駆細胞・幹細胞の代表的マーカーで、正常ヒト表皮及び毛包基底細胞等で発現が認められる。
【0034】
ケラチン12(Cytokeratin 12:K12):ケラチン12及び3は、角膜上皮の代表的な特異的分化マーカーである。
【0035】
pax6(Paired homeobox−6):pax6は、転写調節因子で眼の形成に関与し、角膜上皮をはじめ水晶体上皮、網膜細胞の代表的マーカーである。
【0036】
MUC16(Mucin 16):MUC16は、膜結合型ムチンの一種で、角膜上皮細胞に選択的に発現しており、眼表面のムチン層の維持及びバリア機能発現に重要な役割を有している。
【0037】
2.多能性幹細胞の自律的分化
本発明においては、まず多能性幹細胞を自律的に分化させ、各々異なる外胚葉系細胞種で構成される同心円状の層からなるコロニーを形成させる。「自律的分化(自律的に分化)」とは、分化誘導剤や分化誘導促進剤等の外部から刺激を受けることなく、細胞が自ら分化することを意味する。
【0038】
(1)培地
本発明では無血清培地を用いて培養を行う。「無血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味し、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地は無血清培地に該当する。
【0039】
分化培地の基本培地としては、DMEM培地、BME培地、α MEM培地、無血清DMEM/F12培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、McCoy’s培地、ウイリアムスE培地、など、動物細胞の培養に用いることのできる培地であればいずれも用いることができるが、KnockOut
TMDMEM、Medium 154、StemPro(登録商標)hESC SFM等の幹細胞用培地が好ましい。
維持用の基本培地としては、動物・ヒト由来成分を含まない多能性幹細胞用の培地がより好ましく、そのような培地としては、mTeSR
TM1(日本BD社)、StemFit(登録商標)等の市販の培地を使用することもできる。
【0040】
培地は、「血清代替物」を含んでいてもよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン(例えば、脂質リッチアルブミン)、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素(例えば亜鉛、セレン)、B−27(登録商標)サプリメント、N2サプリメント、ノックアウトシーラムリプレースメント(KSR:Invitrogen社製)、2−メルカプトエタノール、3’チオールグリセロール等が挙げられる。培地中の濃度は、B−27サプリメントの場合、0.01〜10重量%、好ましくは、0.5〜4重量%である。
【0041】
培地には、細胞の維持増殖に必要な各種栄養源や分化誘導に必要な各成分を適宜添加してもよい。例えば、栄養源としては、グリセロール、グルコース、果糖、ショ糖、乳糖、ハチミツ、デンプン、デキストリン等の炭素源、また、脂肪酸、油脂、レシチン、アルコール類等の炭化水素類、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウム、尿素、硝酸ナトリウム等の窒素源、食塩、カリウム塩、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩等の無機塩類、リン酸一カリウム、リン酸二カリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、モリブデン酸ナトリウム、タングステン酸ナトリウム及び硫酸マンガン、各種ビタミン類、アミノ酸類等を含むことができる。
【0042】
本発明では、多能性幹細胞は外肺葉系細胞種に自律的に分化するため、培地はBMP4(Bone morphogenetic protein 4)、トランスフォーミング増殖因子、及びアクチビンのような分化誘導剤を含む必要がない。すなわち、培地は、前記分化誘導剤の1以上、好ましくは2以上、より好ましくはすべてを実質的に含まない。BMP4の場合0.5nM未満程度であれば含んでいてもよいが、全く含まないことが好ましい。
【0043】
また、培地は高濃度レチノイン酸、BMP阻害剤、TGFβ阻害剤、及びNogginといった分化誘導促進剤を含む必要もない。なお、高濃度レチノイン酸とは、1μM、特に10μM程度のレチノイン酸を意味する。すなわち、前記分化誘導促進剤の1以上、好ましくは2以上、より好ましくはすべて含まない。さらに、培地はWnt,Wntシグナル活性化剤、Chordin等も含む必要がない。
【0044】
上記の成分を配合して得られる培地のpHは5.5〜9.0、好ましくは6.0〜8.0、より好ましくは6.5〜7.5の範囲である。
【0045】
(2)培養条件
本発明ではフィーダー細胞を用いることなく多能性幹細胞を二次元培養する。容器は、細胞培養に使用されるものであれば特に限定されず、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、マイクロスライド、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、及びローラーボトルを使用することができる。
【0046】
容器の内表面は細胞の接着や伸展を促すため、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン又はラミニンフラグメント、ビトロネクチン、基底膜マトリックス、ゼラチン、ヒアルロン酸、ポリリジン、ビトロネクチン、及びヒアルロン酸から選ばれるいずれか1以上でコーティングされていることが好ましい。なかでも、ラミニン、ラミニンE8フラグメントやラミニン511E8フラグメントのようなラミニンフラグメントを用いることがより好ましい。
【0047】
培養は、36℃〜38℃、好ましくは36.5℃〜37.5℃で、1%〜25% O
2、1%〜15% CO
2の条件下で行われる。
自律的分化のための培養期間は、長くとも1週〜8週間、好ましくは2週〜6週間、より好ましくは3週間〜5週間である。
【0048】
(3)コロニー形成
無血清培地でフィーダー細胞を用いることなく二次元培養された多能性幹細胞は、自律的に分化して外胚葉系細胞種で構成される層状のコロニーを形成する。コロニーは、中心部から周辺部に向けて、各々異なる外胚葉系細胞種で構成される同心円状の層からなり、第1層(神経外胚葉系列細胞(Sox2+, TUBB3+, Sox6+))、第2層(神経堤系列細胞/眼胚系列細胞(pax6+, Sox10+, Rx+))、第3層(眼表面外胚葉系列細胞(pax6+, p63+, E-cadherin+,))、及び第4層(表面外胚葉系列細胞(p63+, Ecadherin+))を含む。
【0049】
3.コロニーからの眼関連細胞の分化誘導
多能性幹細胞の自律的分化によって形成されたコロニーは、各々異なる外胚葉系細胞種で構成される同心円状の層からなり、第1層(神経外胚葉系列細胞)、第2層(神経堤系列細胞/眼胚系列細胞)、第3層(眼表面外胚葉系列細胞)、及び第4層(表面外胚葉系列細胞)で構成される層状の細胞群に区別される。コロニーの各層に含まれる細胞種は異なる系列であるため、これを利用して、特定の層に含まれる細胞を分離(単離)し、分化誘導することで、目的とする眼関連細胞を得ることができる。
【0050】
すなわち、本発明は、前項に記載した方法で各々異なる外胚葉系細胞種で構成される同心円状の層からなるコロニーを製造し、前記コロニーから特定の層に含まれる細胞を分離し、前記細胞を眼関連細胞に分化誘導することを含む、眼関連細胞の製造方法も提供する。
【0051】
例えば、結膜上皮細胞の場合、角膜上皮の場合と同様に、第三層細胞の眼表面上皮細胞系列から分化させる。角膜上皮分化培地で培養後に、FACSを用いてSSEA4陰性、ITGB4陽性細胞として単離される細胞の中にpax6陽性、K13陽性、K12陰性細胞として結膜上皮細胞を単離することが可能である。
【0052】
網膜色素上皮細胞は神経外胚葉に由来する細胞であるため、分化誘導中において1−2層に色素を有した敷石上皮細胞として観察することが可能である。色素細胞は顕微鏡下において目視で単離することが可能であり、ピックアップした色素上皮コロニーを、例えばゼラチンコーティングした培養皿上において10%FBSを含むDMEM等の培地で単離培養することが可能である。
【0053】
神経堤細胞の場合、分化誘導の初期(2週間程度)に第2層に出現しているため、2週以降に、細胞を回収し、FACSによりp75NTR及びITGA4といった神経堤細胞マーカーを用いて単離することが可能である。得られた神経堤細胞は角膜内皮細胞に分化誘導することが可能である。また、初期神経堤細胞は培養を続けることで眼周囲神経堤細胞に誘導される。眼周囲神経堤細胞は、PITX2、FOXC1等の眼周囲神経堤マーカーの発現により確認できる。
【0054】
4.多能性幹細胞からの角膜上皮細胞の分化誘導
角膜上皮に分化し得る上皮前駆細胞は、コロニーの第2層と第3層に存在し、とくに角膜上皮前駆細胞は第3層(眼表面外胚葉系列細胞)に存在する。よって、第3層の眼表面外胚葉系列細胞を角膜上皮前駆細胞に分化誘導し、これを単離し、成熟培養することで角膜上皮細胞を得ることができる。
【0055】
具体的に言えば、多能性幹細胞から自律的分化によって同心円状のコロニーを形成させた後、成長因子を含む上皮用分化培地に交換して培養する。これにより、第3層にpax6+, p63+, E-cadherin+で特徴づけられる眼表面上皮幹細胞が出現する。
この眼表面上皮幹細胞を、ピペッティング等により分離し、さらに角膜上皮培養用培地で培養し、角膜上皮前駆細胞に分化誘導する。次いで、角膜上皮前駆細胞をFACS等を用いて単離し、成熟培養して角膜上皮細胞を得る。
分化誘導のいずれの工程においても、培養は、無血清培地によりフィーダー細胞を用いることなく行う。以下、培地と培養条件について説明する。
【0056】
(1)培地
(1−1)上皮用分化培地
上皮用分化培地は、上皮系幹細胞への分化を促すために、KGF、Rock阻害剤、bFGF、血清代替物等の成長因子を含む。基本培地は、自律的分化で使用した、DMEM培地、BME培地、α MEM培地など、上皮細胞の培養に用いることのできる培地(無血清培地)あればいずれも用いることができる。また、KnockOut
TMDMEM、Medium 154、StemPro(登録商標)hESC SFM等の幹細胞用培地やCNT20、Cnt50、CnT−PR、KSFMなど上皮細胞培養培地、又はこれらを混合した培地が望ましい。後述する実施例では、50%の自律分化用無血清培地と50%のCnt20 あるいは CntPRを混合して使用した。
【0057】
1−2)角膜上皮培養用培地
角膜上皮培養用培地は、角膜上皮前駆細胞への分化誘導を促すために、KGF、Rock阻害剤、及び血清代替物(例えば、B27−supplement等)を含むことができる。さらに、FGF2、インスリン、トランスフェリンを含んでいてもよい。なお、「ROCK阻害剤」とは、Rhoキナーゼ(ROCK: Rho-associated,coiled-oil containing protein kinase)を阻害する物質を意味し、例えば、N-(4-ピリジニル)-4β-[(R)-1-アミノエチル]シクロヘキサン-1α-カルボアミド(Y-27632)、Fasudil(HA1077)、(2S)-2-メチル-1-[(4-メチル-5-イソキノリニル)スルホニル]ヘキサヒドロ-1H-1,4-ジアゼピン(H-1152)、4β-[(1R)-1-アミノエチル]-N-(4-ピリジル)ベンゼン-1
α-カルボアミド(Wf-536)、N-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)-4PER(R)-1-アミノエチル]シクロヘキサン-1
α-カルボアミド(Y-30141)、N-(3-[[2-(4-アミノ-1,2,5-オキサジアゾール-3-イル)-1-エチル-1H-イミダゾ[4, 5-c]ピリジン-6-イル]オキシ]フェニル)-4-[[2-(4-モルホリニル)エチル]-オキシ]ベンズアミド(GSK269962A)、N-(6-フルオロ-1H-インダゾール-5-イル)-6-メチル-2-オキソ-4-[4-(トリフルオロメチル)フェニル]-3,4-ジヒドロ-1H-ピリジン-5-カルボキサミド(GSK429286A)を利用できる。
基本培地としては、上皮用分化培地と同様のものを使用することができる。
【0058】
(1−3)成熟培養用培地
角膜上皮は、上記した角膜上皮培地を用いて重層化・成熟化することができるが、最後1週間程度、血清を含む成熟培養用培地を用いて培養すると重層化、成熟化がより促進される。前記成熟培養用培地は、血清(必要に応じて)、KGF、Rock阻害剤、インスリン、トランスフェリン、セレニウムを含むことが好ましい。基本培地としては、角膜上皮培養培地と同様のものを使用することができる。
【0059】
いずれの培地(上皮用分化培地、角膜上皮培養用培地、成熟培養用培地)は、「血清代替物」を含んでいてもよい。血清代替物としては、前項で記載したようなもの、例えば、アルブミン(例えば、脂質リッチアルブミン)、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素(例えば亜鉛、セレン)、B−27(登録商標)サプリメント、N2サプリメント等が挙げられる。培地中の濃度は、B−27サプリメントの場合、0.01〜10重量%、好ましくは、0.5〜4重量%である。
【0060】
また、培地には、細胞の維持増殖に必要な各種栄養源や分化誘導に必要な各成分を適宜添加してもよい。例えば、栄養源としては、グリセロール、グルコース、果糖、ショ糖、乳糖、ハチミツ、デンプン、デキストリン等の炭素源、また、脂肪酸、油脂、レシチン、アルコール類等の炭化水素類、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウム、尿素、硝酸ナトリウム等の窒素源、食塩、カリウム塩、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩等の無機塩類、リン酸一カリウム、リン酸二カリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、モリブデン酸ナトリウム、タングステン酸ナトリウム及び硫酸マンガン、各種ビタミン類、アミノ酸類等を含むことができる。
【0061】
(2)培養条件
いずれの工程も、フィーダー細胞を用いることなく培養を行う。容器は、細胞培養に使用されるものであれば特に限定されず、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、マイクロスライド、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、及びローラーボトルを使用することができる。
【0062】
容器の内表面は細胞の接着や伸展を促すため、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン又はラミニンフラグメント、ビトロネクチン、基底膜マトリックス、ゼラチン、ヒアルロン酸、ポリリジン、ビトロネクチン、及びヒアルロン酸から選ばれるいずれか1以上でコーティングされていることが好ましい。なかでも、ラミニン、ラミニンE8フラグメントやラミニン511E8フラグメントのようなラミニンフラグメントを用いることがより好ましい。
【0063】
培養は、36℃〜38℃、好ましくは36.5℃〜37.5℃で、1%〜25% O
2、1%〜15% CO
2の条件下で行われる。
【0064】
培養期間は、眼表面上皮幹細胞を分化誘導するための、上皮用分化培地での培養は、少なくとも1週〜8週間、好ましくは2週〜6週間、より好ましくは3週間〜5週間である。
角膜上皮前駆細胞を分化誘導するための、角膜上皮培養用培地での培養は、少なくとも1週〜12週間、好ましくは1週〜8週間、より好ましくは2週〜6週間である。
角膜上皮前駆細胞を単離後の角膜上皮培養用培地における重層化・成熟培養には、少なくとも4日間、好ましくは1週間以上、より好ましくは2週間〜3週間である。
【0065】
(3)角膜上皮前駆細胞の単離
角膜上皮前駆細胞は、常法にしたがい各マーカーに特異的な抗体を用いて容易に実施できる。たとえば、抗体で標識された磁気ビーズ、抗体を固相化したカラム、蛍光標識された抗体を用いたセルソーター(FACS)による分離を用いて単離すればよい。抗体は、市販のものを利用してもよいし、常法にしたがい作製してもよい。
【0066】
例えば、角膜上皮前駆細胞はITGβ4及び/又はSSEA4の発現を指標として、FACS等により簡便に単離することができる。好ましくは、ITGβ4、SSEA4による陽性選択のまえに、TRA−1−60又はCD200による陰性選択を行うことが好ましい。なお、SSEA4及びCD200が角膜上皮前駆細胞の単離に利用できることは、本発明において初めて見いだされた。SSEA4(Stage-Specific Embryonic Antigen-4 )は奇形腫、ヒトの胚性生殖細胞(EG)、ヒトES細胞のほか、間葉系幹細胞、赤血球等に発現することが知られている。SSEA4は分化に従ってヒトES細胞上の発現が低くなるので、ヒトES細胞分化モニタリングによる評価に幅広く使われている。CD200は、これまで多能性幹細胞に発現していることや、角膜上皮に発現していないことなどは知られておらず、既知のTRA−1−60より幅広く不純物を除去しうる、非常に優れたマーカーである。
【0067】
角膜上皮前駆細胞を角膜上皮培養用培地中で培養を続けると、結膜杯細胞及び涙腺細胞へと分化しうる。結膜杯細胞は、結膜胚細胞マーカーであるMUC5ACやK7の発現により確認することができる。涙腺細胞は、涙腺・唾液腺のマーカーであるAQP5、LTF、MUC7の発現により確認することができ、三次元培養を行うことで腺組織を構築できる。
【0068】
(4)角膜上皮細胞の特性
角膜上皮前駆細胞を成熟培養することで、移植可能な、重層化した角膜上皮細胞が得られる。得られた角膜上皮細胞は、K12、pax6、及びp63陽性で、体細胞由来の角膜上皮細胞と同様にin vitro及びin vivoで角膜上皮として機能する。本発明は、このK12、pax6、及びp63で特徴づけられる、多能性幹細胞、とくに人工多能性幹細胞由来の機能的な角膜上皮細胞も提供する。
【0069】
5.再生医療への利用
5.1 細胞製剤
本発明の方法によって得られた神経外胚葉系列細胞、神経堤系列細胞/眼胚系列細胞、眼表面外胚葉系列細胞、及び表面外胚葉系列細胞、あるいは、前記細胞から分化誘導された眼関連細胞は、それ自体、研究、再生医療あるいは後述する細胞製剤の原料として利用することができる。
【0070】
本発明の細胞製剤は、細胞の維持・増殖、患部への投与を補助する足場材料や成分、他の医薬的に許容しうる担体を含んでいてもよい。細胞の維持・増殖に必要な成分としては、炭素源、窒素源、ビタミン、ミネラル、塩類、各種サイトカイン等の培地成分、あるいはマトリゲルTM等の細胞外マトリックス調製品、が挙げられる。
【0071】
患部への投与を補助する足場材料や成分としては、生分解性ポリマー;例えば、コラーゲン、ポリ乳酸、ヒアルロン酸、セルロース、及びこれらの誘導体、ならびにその2種以上からなる複合体、注射用水溶液;例えば生理食塩水、培地、PBSなどの生理緩衝液、ブドウ糖やその他の補助剤を含む等張液(例えばD−ソルビトール、D−マンノース、D−マンニトール、塩化ナトリウム)等が挙げられ、適当な溶解補助剤、例えばアルコール、具体的にはエタノール、ポリアルコール、例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、非イオン性界面活性剤、例えばポリソルベート80、HCO−50等と併用してもよい。
【0072】
その他、必要に応じて、医薬的に許容される有機溶剤、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、メチルセルロース、エチルセルロース、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、寒天、ポリエチレングリコール、ジグリセリン、グリセリン、プロピレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、マンニトール、ソルビトール、ラクトース、医薬添加物として許容される界面活性剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤等を含んでいてもよい。
【0073】
実際の添加物は、本発明の治療剤の剤型に応じて上記の中から単独で又は適宜組み合わせて選ばれるが、これらに限定するものではない
。
【0074】
本発明の細胞製剤の対象となりうる疾患としては、例えば、Stevens−Johnson症候群、眼類天疱瘡、熱・化学外傷、無虹彩症、Salzmann角膜変性症、特発性角結膜上皮症、トラコーマ後瘢痕、角膜穿孔、角膜周辺部潰瘍、エキシマレーザー治療後の角膜上皮剥離が挙げられる。
【0075】
5.2 培養角膜細胞シート
本発明の方法で得られた上皮系前駆細胞群、及び/又は前記細胞群から分化誘導された角膜上皮細胞群を重層化して培養角膜上皮細胞シートを作製することができる。
【0076】
本発明の方法によれば、フィーダー細胞を使用することなく、無血清培地を用いて、重層化した、シート状の角膜上皮細胞を簡便に得ることができる。得られた細胞は、ケラチン12やpax6、MUC16といった角膜上皮細胞に特異的なマーカーを保持し、体細胞由来の角膜上皮細胞と同様の機能を有する。また、動物由来のフィーダー細胞や血清を使用することなく製造されるため、安全性が高く、臨床応用に適している。本発明は、このK12、pax6、及びMUC16陽性で特徴づけられる、多能性幹細胞、とくに人工多能性幹細胞由来の機能的な重層化角膜上皮細胞シートとその製法も提供する。
【実施例】
【0077】
以下実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0078】
実施例1:ヒトiPS細胞からの眼表面上皮・角膜上皮細胞への分化誘導
ヒトiPS細胞より、無血清培地でフィーダー細胞を用いることなく眼表面上皮・角膜上皮細胞を分化誘導した。分化誘導方法のスキームを
図1に示す。
【0079】
ヒトiPS細胞は201B7細胞株(繊維芽細胞にOct3/4、OX2、c-Myc、Klf4を導入して作製されたiPS細胞株)を使用し、StemFit(味の素社製)を使用して、ラミニン511E8フラグメントでコートした6 well plate上に、200-1500cells/cm
2、300-1000 cells/cm
2、450-700 cells/cm
2の播種密度で細胞を播種し、7-13日間培養した。
培地を分化培地(10%KSR、1 mM sodium pyruvate、0.1 mM non-essential amino acids、55 μm Monothioglycerolを含むGMEM)に交換し、その後2、3日に1回新鮮な分化培地に交換し、約4週間培養した。
【0080】
4週目以降、培地を成長因子を含む上皮用分化培地に交換し、さらに4週間培養した。上皮用分化培地(20 ng/ml KGF、5 ng/ml FGF2、10 μM Y27632を含む50%分化培地と50%Cnt20(or CntPR;EGF/FGF2 free(CELLnTEC社))に交換後2-3週間程度の時点にて、ピペッティング作業により非上皮性細胞を除去することにより、第3層の眼表面上皮細胞のみを選択的に培養した。4週間の培養の後、角膜上皮培養培地に交換し4週間培養した後、FACSにより角膜上皮前駆細胞を単離した。単離された角膜上皮前駆細胞はさらに角膜上皮培養培地(20 ng/ml KGF、10 μM Y27632、2% B27-supplemenを含むDMEM/F12 (2:1))にて2-3週間培養を行い重層化した培養角膜上皮細胞シートを作製した。なお、必要に応じて、1-2週間の角膜上皮培養培地での培養の後、血清を含む成熟培養用培地(20 ng/ml KGF、10 μM Y27632、インスリン、トランスフェリン、セレニウム及び5%FBSを含むDMEM/F12 (3:1))に交換し1週間程度の培養を行い、同様な培養角膜上皮細胞シートを作製することも可能であった。
【0081】
分化培養4週間程度で、多層状に観察される外胚葉系列の細胞が誘導され、各々異なる外胚葉系細胞種で構成される同心円状の層からなるコロニーが形成された(
図2)。
【0082】
コロニーを構成する各層の細胞の特性を調べた(
図3)。コロニーは層状に同心円状に分化し、各層には異なる系列の細胞が存在していた。つまり、1-3層はpax6陽性、3-4層はp63、E-cadherin陽性、TUBB3は1-2層で陽性であった。
【0083】
第2層の内層にCHX10陽性の神経網膜が、外層からはMITF陽性の網膜色素上皮細胞が出現し、ピックアップして培養することで色素を有する敷石状細胞として単離可能であった。神経堤細胞は分化初期(2週目)においてp75、SOX10共陽性細胞として、2層部分に出現していた(
図4)。2-3層の間にはαクリスタリンを発現するレンズ細胞が出現する(4 weeks、6 weeks)ことが確認された(
図4)。
【0084】
各層におけるマーカー発現をRT−PCRにより調べた(
図5)。第三層から角膜上皮の起源となる眼表面上皮外胚葉(pax6+、p63+、Ecad+)が出現していた。
【0085】
さらに、分化誘導期間中における角膜上皮関連マーカー(K12、K14、p63、pax6)の発現パターン(分化1−12週)を免疫染色で確認したところ(
図6)、マウス眼発生(E9.5−18.5)における角膜上皮関連マーカー発現(
図7)と極めてよく似ており、iPS細胞からの眼表面上皮・角膜上皮の誘導は、実際の角膜発生過程と同様のプロセスを経て起きていることが確認された。
【0086】
以上より、本培養方法により、ヒト多能性幹細胞から眼表面上皮細胞を含め眼に関連する細胞群(網膜、レンズ、神経堤細胞等)が生理的な発生過程を模倣した形で誘導することが可能なことが確認できた。
【0087】
実施例2:ヒトiPS細胞からの角膜上皮前駆細胞の分化誘導
実施例1にしたがってヒトiPS細胞の自律的分化(4週間)によって形成された同心円状のコロニーを、4週目以降成長因子を含む上皮用分化培地に交換し、第3層に出現する眼表面上皮幹細胞をピペッティングにより非上皮性細胞を除去することにより単離した。さらに、8週目以降、角膜上皮培養培地に交換し、角膜上皮前駆細胞への分化誘導を行った。
【0088】
分化誘導約12週目、TRA-1-60、SSEA4及びITGB4等の細胞表面マーカーを用いてFACSを行った(
図8)。角膜上皮前駆細胞は、TRA-1-60、SSEA4及びITGB4発現により単離可能なこと、また、TRA-1-60陰性細胞の内、ITGB4陽性、SSEA4陽性(P3画分)及びITGB4陽性、SSEA4陰性(P2画分)に選択的に認められることが確認された(
図8右)。
【0089】
さらに、免疫染色の結果、P3画分の細胞は、角膜上皮特異的マーカーを発現し、一方、粘膜上皮、皮膚上皮マーカーの発現は低いことがわかった(
図9)。このことから、P3画分には角膜上皮細胞が単離されており、P2画分には結膜上皮やその他の重層上皮細胞が含まれることが確認された(
図10)。
【0090】
P3画分から単離した細胞を、角膜上皮培養培地を用いて成熟培養2〜3週間行うことで、重層化した角膜上皮細胞が得られた。免疫染色の結果、得られた細胞は角膜バリア機能に必須なマーカーZO-1、MUC1、MUC4、MUC16を発現していた(
図11B)。また、FACS解析の結果、K14陽性細胞純度は約99%、角膜上皮分化マーカーK12の陽性率は約60%を示した(
図11C)。
【0091】
実施例3:ヒトiPS細胞由来角膜上皮細胞シートの家兎眼への移植
家兎の角膜輪部全周の上皮細胞層を角膜切除術により除去し、家兎角膜上皮幹細胞疲弊症モデルを作製した。その後、シート状に回収したヒトiPS細胞由来角膜上皮細胞シートを移植した。
【0092】
(1)眼表面観察像
移植後7日目では、シート移植群においては角膜透明性が保たれており、フルオレセイン染色によりバリア機能が回復していることが示された。一方、コントロール眼では大部分がフルオレセインで染色され、バリア機能不全の状態のままであった(
図12中)。
【0093】
(2)移植後のヒトiPS細胞由来角膜上皮細胞シート
術後7日目にて安楽死させ、眼球摘出後10%中性緩衝ホルマリン液にて化学固定を行った。その後ヘマトキシリン&エオジン染色により角膜組織を観察した。ヒトiPS細胞由来角膜上皮細胞シートは動物眼へ移植後も、角膜実質面に生着していた。凍結切片を用いた免疫染色解析においては、抗ヒト(H2B)抗体により、家兎眼に生着している上皮層がヒトiPS細胞由来であることが確認され、K12、pax6、p63、MUC16を発現しており、角膜上皮の性質を保持していることが確認できた(
図12右)。
【0094】
実施例4:ヒトiPS細胞からの結膜胚細胞様細胞及び涙腺様細胞の分化誘導
実施例1にしたがってヒトiPS細胞の自律的分化(4週間)によって形成された同心円状のコロニーを、4週目以降成長因子を含む上皮用分化培地に交換し、第3層に出現する眼表面上皮幹細胞をピペッティングにより非上皮性細胞を除去することにより単離した。さらに、8週目以降、角膜上皮培養培地に交換し、角膜上皮前駆細胞への分化誘導を行った。
【0095】
角膜上皮前駆細胞の分化誘導後、さらに2-3日ごとに培地を交換しながら、角膜上皮培養培地中で培養を続けた。分化誘導から約12週目、角膜上皮培養用培地中にPAS陽性、PAX6陽性の細胞集団が上皮様細胞集団の中に出現した。PAS染色及び免疫染色の結果、これらの細胞は結膜胚(ゴブレット)細胞マーカーであるMUC5AC、K7を発現していることが確認された(
図13A)。
【0096】
同様に、角膜上皮細胞の分化誘導後、培地を交換しながら角膜上皮培養培地中で培養を続けた。分化誘導から約12週目、角膜上皮培養用培地中に腺様構造を呈する細胞凝集体が出現した。この腺様組織を顕微鏡下で採取し、5%FBS、EGF及びWnt3awp含むKCM培地もしくは2%B27含有DMEM/F12培地を使用し、マトリゲル(登録商標)中で3次元培養を行ったところ、約25日間で腺組織に成長した。この腺組織を免疫染色により、涙腺・唾液腺のマーカーであるAQP5、LTF、MUC7、PAX6及びSOX9の発現が確認された(
図13B)。
【0097】
以上のことから、ヒト多能性幹細胞から誘導した眼表面上皮幹・前駆細胞は、角膜上皮のみでなく、角膜上皮と発生起源が同じと考えられる、結膜上皮細胞、結膜杯細胞および涙腺細胞への分化が可能であることが確認できた。
【0098】
実施例5:ヒトiPS細胞からの眼周囲神経堤細胞の分化誘導
実施例1にしたがってヒトiPS細胞を分化培地で自律的に分化させ(4週間)、同心円状のコロニー(多層構造体)を分化誘導した。分化誘導から3週目において、PITX2陽性、AP2b陽性の細胞塊(眼周囲神経堤細胞)が2層目を中心に誘導された。
【0099】
細胞塊は、分化培地にEGF、FGF2(1-3週間)、低濃度(0.5 μM)のレチノイン酸(2-3週間)を添加した培地で培養した場合にも誘導可能であった。
【0100】
RT−PCRにより、マーカー遺伝子の発現を分化培養開始から9日目、14日目、21日目、28日目、35日目において確認した。その結果、初期神経堤マーカーSOX10が4週間で消失した後、PITX2、FOXC1等眼周囲神経堤マーカーの発現が誘導されていることが確認された。よって、ヒトiPS細胞由来の初期神経堤細胞は眼周囲神経堤細胞へと誘導されることが示された。
【0101】
以上のことから、本発明により誘導される外胚葉系細胞種で構成される同心円状の層からなるコロニーを用いて、神経堤細胞さらに角膜内皮や虹彩実質細胞の発生起源となる眼周囲神経堤細胞を誘導可能であった。また、EGF、FGFまた低濃度(0.5 μM)のレチノイン酸を分化培地中に添加する事により、第2層の網膜細胞の成長が促進され、さらにレチノイン酸シグナルが加わることで、眼周囲神経堤細胞の誘導が促進されたと考えられる。眼周囲神経堤の発生には、網膜細胞に由来するレチノイン酸シグナルが重要であると考えられており、本培養系がその発生を模倣していると考えられた。
【0102】
実施例6:ヒトiPS細胞から誘導した角膜上皮前駆細胞の単離
実施例1にしたがってヒトiPS細胞を分化培地で自律的に分化させ、同心円状のコロニー(多層構造体)を分化誘導した。分化誘導から14週目において、CD200、SSEA4、ITGβ4を細胞表面マーカーとしてFACSを行った。
【0103】
CD200陽性細胞をゲーティングにより除外し、CD200陰性細胞の中でSSEA4陽性、ITGβ4陽性細胞(P3画分)を角膜上皮前駆細胞として単離することが可能であった。単離した細胞は重層化し、K12、p63、PAX6を発現し、分化した角膜上皮細胞の特徴を示した(
図15)。
【0104】
以上のことから、iPS細胞から誘導した角膜上皮前駆細胞は、CD200、SSEA4、ITGβ4を用いて純化できることが確認された。CD200は、これまで多能性幹細胞に発現していることや、角膜上皮に発現していないことなどは知られておらず、既知のTRA-1-60より幅広く不純物を除去しうる、非常に優れたマーカーと考えられる。