(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上述した磁気回路を構成する磁石には、磁場の強度や分布を安定させるために耐食性が求められている。特に、特許文献1に記載のロータリーカソードのように、ターゲットの内部に冷却液が流れる構成においては、ターゲットの筒内に配置された磁石が冷却液に浸されるため、冷却液に対する耐食性が強く求められている。
【0005】
本発明の目的は、磁気回路を構成する磁石の耐食性を高めることのできるロータリーカソード、および、ロータリーカソードを備えるスパッタ装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するロータリーカソードは、1つの方向である軸方向に沿って延びる円筒形状を有したバッキングチューブと、前記バッキングチューブの外周面の全体に固定されたターゲットと、前記バッキングチューブの筒内に配置された前記軸方向に沿って延びる固定チューブと、を備える。さらに、上記ロータリーカソードは、前記固定チューブの外周面と前記バッキングチューブの内周面とによって区画された空間において前記軸方向に沿って並び、かつ、前記固定チューブに固定された複数の磁気回路であって、前記複数の磁気回路の各々が、1つ以上の磁石から構成され、かつ、別々に樹脂によってモールドされている。
上記課題を解決するスパッタ装置は、スパッタリングにおけるカソードとして上記ロータリーカソードを備える。
【0007】
上記構成によれば、ターゲットの筒内に配置された複数の磁気回路の各々が、別々に樹脂によってモールドされている。それゆえに、全ての磁気回路において耐食性が高められ、こうした磁気回路が軸方向に沿って並ぶため、ターゲットの外周面における磁場の強度や分布が安定させられる。
【0008】
上記ロータリーカソードは、複数の前記磁気回路の各々と前記ターゲットの表面との間の距離を別々に変える位置調整機構をさらに備え、前記固定チューブの外周面のなかで複数の前記磁気回路の各々と対向する部位には、前記ターゲットの径方向に沿って前記固定チューブの全体を貫通する貫通部が1つの前記磁気回路ごとに形成されてもよい。こうした構成において、前記位置調整機構は、1つの前記磁気回路ごとに、前記固定チューブと前記磁気回路との間に着脱可能に挟まれた1つ以上のスペーサと、前記貫通部に通され、かつ、前記貫通部と対向する前記磁気回路を前記固定チューブに向けて締め付けるボルトと、を備えることが好ましい。
【0009】
上記構成によれば、スペーサの装着と脱離とによって磁気回路とターゲットとの距離、すなわち、ターゲットの表面における磁場の強度を1つの磁気回路ずつ変えられる。また、磁気回路はボルトによって固定チューブに締め付けられるため、1つ以上のスペーサは磁気回路と固定チューブとに挟持される。それゆえに、磁場の強度が変えられた後においても、磁場の強度が変えられる前と同様に、磁場の強度を安定させられる。
【0010】
上記ロータリーカソードにおいて、複数の前記貫通部は、前記磁気回路における前記軸方向の両端部と対向する部位に形成された引き付け孔を含み、複数の前記ボルトは、前記引き付け孔を通して前記磁気回路を前記固定チューブに向けて引き付ける引き付けボルトを含んでもよい。また、前記固定チューブの外周面のなかで前記磁気回路と対向し、かつ、前記引き付け孔に挟まれる部位には、前記ターゲットの径方向に沿って前記固定チューブの全体を貫通する雌ねじ孔が形成されてもよい。この際に、前記位置調整機構は、前記雌ねじ孔に螺合し、かつ、前記雌ねじ孔と対向する前記磁気回路を前記固定チューブから離す方向に向けて押す押圧ボルトをさらに備えることが好ましい。
【0011】
上記構成によれば、磁気回路における軸方向の両端部が固定チューブに向けて引き付けられる一方で、磁気回路における軸方向の両端部の間は固定チューブから離される方向に向けて押される。それゆえに、磁気回路における軸方向の両端部が固定チューブに対して固定される一方で、磁気回路における軸方向の両端部の間では、こうした固定によって磁気回路と固定チューブとの間の距離が必要以上に小さくなることが抑えられる。
【0012】
上記ロータリーカソードにおいて、前記複数の磁気回路は、前記複数の磁気回路のなかで前記軸方向における中央に位置する中央磁気回路と、前記複数の磁気回路のなかで前記軸方向における端部に位置する端部磁気回路と、を備え、前記中央磁気回路の前記軸方向における長さは、前記端部磁気回路の軸方向における長さよりも長いことが好ましい。
ロータリーカソードを用いた成膜が成膜対象に施されるとき、成膜対象に対する成膜環境は、ロータリーカソードの軸方向の中央を基準として、通常、ロータリーカソードの軸方向の端部に近い部位ほど変わりやすい。そのため、ターゲット表面においてロータリーカソードの軸方向の中央部と、ターゲット表面においてロータリーカソードの軸方向の端部とは、成膜対象における膜質の均一性を高めるうえで、別々の磁場の強度を求められることが少なくない。この点で、上記構成によれば、複数の磁気回路によって形成される磁場が、軸方向における端部において、軸方向における中央よりも細やかに調整できる。それゆえに、成膜対象に対する成膜環境の調整に適している。
【0013】
上記ロータリーカソードにおいて、前記樹脂は熱硬化性エポキシ樹脂であることが好ましい。
上記構成によれば、熱的に膨張し得る磁石の表面と樹脂との接着性が得られるため、磁気回路の耐食性の向上に加えてモールドの耐久性も高められる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本開示におけるロータリーカソード、および、スパッタ装置の一実施の形態について図面を参照して説明する。
図1は、ロータリーカソードを備えたスパッタ装置を、基板の搬送方向に対して直交する面で切断した場合の断面図を示す。
図2は、ロータリーカソードを備えたスパッタ装置を、基板の搬送方向に対して平行する鉛直な面で切断した場合の断面図を示す。
【0016】
図1に示すように、スパッタ装置が備えるチャンバ11には、真空雰囲気に設定される空間である処理空間が形成され、チャンバ11に形成された処理空間には、ロータリーカソード12と支持台13とが収容されている。チャンバ11の処理空間には、例えば、アルゴンガスなどのスパッタガスや、酸素ガスなどの反応ガスが、処理空間において実施される処理に応じて適宜供給される。
ロータリーカソード12は、駆動装置15、サポートブロック16、2つの軸部材17、および、ターゲット18を備えている。
【0017】
駆動装置15は、凹部21の形成された本体部22を備え、本体部22は、チャンバ11の上壁に取り付けられている。本体部22には、チャンバ11の上壁に向けて開口する凹部21の開口部が形成され、チャンバ11の上壁に形成された貫通孔23を通じて、凹部21の内部とチャンバ11の外部とが連通している。
【0018】
本体部22の有する壁のうちでサポートブロック16と対向する壁には、本体部22を水平方向に沿って貫通する支持貫通孔24が形成されている。本体部22の有する壁のうちで支持貫通孔24と対向する壁には、支持貫通孔24と対向する支持孔25が形成されている。これら支持貫通孔24、および、支持孔25には、2つの軸部材17のうちで一方の軸部材17が挿通されている。一方の軸部材17は、基端回転軸を構成し、支持貫通孔24に設けられたベアリング28、および、支持孔25に設けられたベアリング29によって、駆動装置15に回転可能に支持されている。
【0019】
一方の軸部材17における軸方向の途中位置であって、かつ、凹部21に位置する部位には、軸部材17の外側から従動プーリ31が嵌着されている。また、一方の軸部材17における軸線方向において従動プーリ31よりも基端側となる位置であって、かつ、凹部21に位置する部位には、軸部材17の外側からスリップリング36が嵌着されている。これら従動プーリ31、および、スリップリング36もまた、一方の軸部材17と共に基端回転軸を構成している。なお、一方の軸部材17の内側には、
図1に矢印で示すように、ターゲット18を冷却するための冷却液が流通する流路R1が形成されている。
【0020】
サポートブロック16は、チャンバ11の上壁に取り付けられ、サポートブロック16において駆動装置15と対向する壁である対向壁には、水平方向に沿って延びる挿通孔26が形成されている。2つの軸部材17のなかで他方の軸部材17は、挿通孔26に設けられたベアリング30によって、サポートブロック16に回転可能に支持されている。
【0021】
円筒形状を有するターゲット18は、駆動装置15に支持される一方の軸部材17と、サポートブロック16に支持される他方の軸部材17とに連結され、一方の軸部材17が回転することによって回転する。
【0022】
本体部22の上壁には、駆動装置を構成するモーター33が搭載されている。モーター33に連結された出力軸32は、これもまた駆動装置を構成し、軸部材17の軸線方向と平行に延びる形状を有し、かつ、本体部22に形成された凹部21と対向する位置に配置されている。モーター33の出力軸32には、駆動プーリ34が連結されている。
【0023】
一方の軸部材17に連結された従動プーリ31と、出力軸32に連結された駆動プーリ34とは、無端状のベルト35によって連結されている。ベルト35は、本体部22に形成された凹部21の開口部と、チャンバ11の上壁に形成された貫通孔23とを通じて、駆動プーリ34と従動プーリ31とに掛装され、出力軸32の回転を受けて、基端回転軸を回転させる。
【0024】
一方の軸部材17に連結されたスリップリング36の上方には、スリップリング36の外周面に接触する給電ブラシ38と、給電ブラシ38の上方において給電ブラシ38を支持するブラシホルダ37とが配置されている。ブラシホルダ37の上端部は、本体部22に対して相対的に固定され、給電ブラシ38をスリップリング36に向けて押し付けている。給電ブラシ38からスリップリング36に伝達される電力は、スリップリング36から軸部材17を介してターゲット18に供給される。
【0025】
そして、駆動装置15から伝達される駆動力に基づきターゲット18を回転させながら駆動装置15からターゲット18に電力が供給される。こうした電力の供給によって、チャンバ11の内部に含まれるガスからターゲット18の周囲にプラズマが生成されるとともに、生成されたプラズマ中の正イオンがターゲット18に衝突する。その結果、ターゲット18から粒子が放出される。
【0026】
このとき、
図2に示すように、ターゲット18から放出される粒子は、搬入口S1を通じてチャンバ11の内部に搬入された基板14がターゲット18の下方を通過する過程で基板14の上面に堆積する。そして、基板14の上面には、ターゲット18を構成する材料を含む薄膜が形成される。こうして薄膜が形成された基板14は搬出口S2を通じてチャンバ11の外部に搬出される。なお、本実施の形態では、搬入口S1から搬出口S2に至る基板14の搬送経路上の3つの位置にロータリーカソード12が配置されており、これら3つのロータリーカソード12のターゲット18から放出される粒子が1つの基板14の上面に順次堆積する。
【0027】
図3は、ロータリーカソード12中央部の内部を示す。ここでは、ターゲット18とバッキングチューブ22Tとを軸方向に沿って切断した断面と、固定チューブ21T(断面ではない)と磁気回路51(断面ではない)を示している。
図3に示すように、ターゲット18の内側には、固定チューブ21Tとバッキングチューブ22Tとが同一の中心軸になるように位置している。固定チューブ21Tの形成材料、および、バッキングチューブ22Tの形成材料は、例えば、ステンレス鋼やアルミニウム合金などのように、冷却液に対する耐食性と非磁性とを備えている。
【0028】
固定チューブ21Tは、1つの方向である軸方向に沿って延びる円筒形状を有した筒体である。固定チューブ21Tの外周面で基板14と対向する部位は、チャンバ11に対して移動しないように設置されている。すなわち、本実施例では固定チューブ21Tは中心軸を中心に回転方向に動かないように設置されている。なお、固定チューブ21Tを、回転方向に動くように設置することもできる。
【0029】
バッキングチューブ22Tは、固定チューブ21Tの通される円筒形状を有した導電性の筒体である。バッキングチューブ22Tは、チャンバ11に軸支される先端回転軸と基端回転軸とに連結されている。駆動装置15の出力する駆動力は、基端回転軸を介してバッキングチューブ22Tに伝達される。バッキングチューブ22Tは、駆動装置15の出力する駆動力によって、バッキングチューブ22Tの中心を回転中心として回転する。外部から入力される冷却液もまた、基端回転軸を介してバッキングチューブ22Tに供給される。バッキングチューブ22Tは冷却液を筒内に受け入れ、バッキングチューブ22Tの筒内において冷却液を循環させる。さらに、給電ブラシ38から供給される電力は、これもまた基端回転軸を介してバッキングチューブ22Tに伝達する。
【0030】
ターゲット18は、バッキングチューブ22Tにおける外周面の全体を覆い、かつ、バッキングチューブ22Tにおける外周面の全体に固着している。そして、バッキングチューブ22Tは、給電ブラシ38から供給される電力を受けて、基板14とターゲット18の間の処理空間にプラズマを生成する。ロータリーカソード12は、ターゲット18の回転する方向に沿ってターゲット18の基板14と対向する表面から順に粒子を放出させて、処理の対象である基板14の表面に粒子を堆積させる。この際に、ロータリーカソード12は、冷却液の循環によってバッキングチューブ22Tおよびターゲット18を冷却する。なお、冷却液は、ターゲット18の温度を所望の温度にするように温度調整された温調液を含む。
【0031】
固定チューブ21Tの外周面には、複数(本実施例では4つ)の磁気回路51が取り付けられている。複数の磁気回路51の各々は、ターゲット18の外周面18Sのなかで基板14と対向する部位に、プラズマ密度を高めるための磁場を形成する磁石を備えている。
【0032】
4つの磁気回路51は、バッキングチューブ22Tの軸方向に沿って並んでいる。4つの磁気回路51は、端部磁気回路の一例である基端磁気回路ME1と先端磁気回路ME2とを備え、これら基端磁気回路ME1と先端磁気回路ME2との間に、中央磁気回路の一例である第1磁気回路MC1と第2磁気回路MC2とを備えている。
【0033】
バッキングチューブ22Tの軸方向において、基端磁気回路ME1および先端磁気回路ME2の各々の有する長さは、第1磁気回路MC1や第2磁気回路MC2の有する長さよりも短い。バッキングチューブ22Tの軸方向における磁界の強度は、互いに異なる4つの磁気回路51によって形成され、軸方向における磁界の強度分布の自由度は、磁気回路51が1つである構成と比べて高められている。
【0034】
なお、ターゲット18と基板14との間における成膜環境は、バッキングチューブ22Tの軸方向の中心を基準として、通常、基板14における軸方向の端に近い部位ほど変化が大きい。こうした変化を抑えて基板14における膜質の均一性を高めるうえでは、ターゲット18の外周面18Sにおいて軸方向の中央と、ターゲット18の外周面18Sにおいて軸方向の端部とにおいて、各別の磁界の強度を求められることが少なくない。この点、上述した構成であれば、軸方向に沿って4つの磁気回路51が並べられるため、磁界の強度を軸方向において各別に設定することが可能である。例えば、ターゲット18の外周面18Sの軸方向における中央において、ターゲット18の外周面18Sにおける磁界の強度を軸方向に沿ってほぼ均一に設定する。一方で、ターゲット18の外周面18Sの軸方向における端部においては、ターゲット18の外周面18Sにおける磁界の強度を中央とは大きく異ならせることが可能である。そして、成膜環境が大きく変化する端部に特化した磁界の強度を個別に設定し、基板14における膜質の均一性を軸方向において高めることが可能である。
【0035】
次に、磁気回路51の構造、および、磁気回路51を支持する支持構造について詳細に説明する。なお、4つの磁気回路51の各々の構成は、軸方向における長さや磁気回路51の形成する磁界の強度が互いに異なる一方で、その他の構成に関しては同様である。そのため、以下では、第1磁気回路MC1についてその構成を詳細に説明し、その他の磁気回路51の詳細な構成に関しては説明を割愛する。
【0036】
図4に示すように、固定チューブ21Tには、固定チューブ21Tの径方向に沿って固定チューブ21Tの全体を貫通する貫通部の一例である2組みの引き付け孔H1が形成されている。2組みの引き付け孔H1は、第1磁気回路MC1の軸方向における両端部と対向している。2組の引き付け孔H1の各々には、ボルトの一例である1本の引き付けボルトB1が固定チューブ21Tの中心を通るように挿通されている。
【0037】
固定チューブ21Tは、2つの引き付けボルトB1と第1磁気回路MC1との締結を通じて、第1磁気回路MC1の軸方向における両端部を支持している。2つの引き付けボルトB1の各々は、固定チューブ21Tを径方向に沿って貫通し、引き付けボルトB1の長手方向における2カ所において固定チューブ21Tに支持されている。それゆえに、引き付けボルトB1の長手方向における1カ所で引き付けボルトB1が固定チューブ21Tに支持される構成と比べて、2つの引き付けボルトB1の各々の姿勢は安定する。引き付けボルトB1は、第1磁気回路MC1を固定チューブ21Tに引き付けるボルトであり、ターゲット18に対して第1磁気回路MC1の位置を調整可能にした位置調整機構の一部を構成している。引き付けボルトB1は、第1磁気回路MC1とターゲット18の外周面18Sとの間の距離を、固定チューブ21Tの外周面21Sから突き出る引き付けボルトB1の突出量によって調整可能にしている。
【0038】
固定チューブ21Tには、固定チューブ21Tの径方向に沿って固定チューブ21Tの全体を貫通する1組みの雌ねじ孔H2が形成されている。1組みの雌ねじ孔H2は、第1磁気回路MC1の軸方向における中央と対向している。1組の雌ねじ孔H2には、固定チューブ21Tの中心を通るように押圧ボルトB2が螺合している。押圧ボルトB2は、固定チューブ21Tを径方向に沿って貫通し、押圧ボルトB2の長手方向における2カ所で固定チューブ21Tに支持されている。それゆえに、押圧ボルトB2の長手方向における1カ所で押圧ボルトB2が固定チューブ21Tに支持される構成と比べて、押圧ボルトB2の姿勢は安定する。
【0039】
押圧ボルトB2は、第1磁気回路MC1を固定チューブ21Tから離す方向に押圧するボルトであり、上述した位置調整機構の一部を構成している。押圧ボルトB2は、第1磁気回路MC1とターゲット18の外周面18Sとの間の距離を、固定チューブ21Tの外周面21Sから突き出る押圧ボルトB2の突出量によって調整可能にしている。
【0040】
図5を参照して、引き付けボルトB1の締結構造に関する一例を説明し、
図6を参照して、押圧ボルトB2の締結構造に関する一例を説明する。
図5に示すように、引き付けボルトB1は、固定チューブ21Tに形成された1組の引き付け孔H1に挿通されている。引き付けボルトB1は、第1ボルトB11と、第2ボルトB12と、スリーブB13とから構成されている。
【0041】
スリーブB13は、1組の引き付け孔H1に挿通される円筒体であり、スリーブB13の筒内には、第1ボルトB11が挿通されている。スリーブB13は、一方の筒端であるスリーブ頭部B13Hと、他方の筒端であるスリーブ先端部B13Eとを備えている。スリーブ頭部B13Hは、固定チューブ21Tの外側面と当接し、スリーブB13が第1磁気回路MC1に向けて変位することを規制している。スリーブ先端部B13Eの有する先端面は、固定チューブ21Tの外周面21Sのなかで第1磁気回路MC1と対向する部位とほぼ面一である。
【0042】
第1ボルトB11は、スリーブB13に挿通されるボルトであって、第1頭部B11Hと、第1先端部B11Eとを備えている。第1頭部B11Hは、固定チューブ21Tの外周面21Sの中で第1磁気回路MC1と対向する部位とは反対側に位置する。第1先端部B11Eは、第1磁気回路MC1に向けて先細りした二段の円柱状を有し、第1先端部B11Eの小径部である雄ねじ部の全体は、第1磁気回路MC1に形成された雌ねじ部MC1Hに螺合している。
【0043】
第1ボルトB11の第1頭部B11Hには、第1ボルトB11の長軸方向に沿って延びる雌ねじ孔B11Fが形成され、第1ボルトB11に形成された雌ねじ孔B11Fには、第2ボルトB12が螺合している。
【0044】
第2ボルトB12は、第1ボルトB11に形成された雌ねじ孔B11Fに螺合するボルトであって、第2頭部B12Hと、雄ねじ部である第2先端部B12Eとを備えている。第2頭部B12Hは、スリーブB13のスリーブ頭部B13Hに当接し、第2先端部B12Eの全体は、第1ボルトB11の雌ねじ孔B11Fと螺合している。第2ボルトB12が第1ボルトB11に締め付けられるときの第2ボルトB12の回転方向は、第1ボルトB11が第1磁気回路MC1に締め付けられる方向である。
【0045】
固定チューブ21Tの外周面21Sのなかで第1磁気回路MC1と対向する部位と、第1磁気回路MC1との間には、Oリング41と、複数のスペーサ42とが挟まれている。Oリング41、および、複数のスペーサ42には、第1ボルトB11の第1先端部B11Eが挿通されている。Oリング41は、第1磁気回路MC1に形成された雌ねじ部MC1Hの内部に冷却液が入ることを抑えている。スペーサ42は、固定チューブ21Tの外周面21SとOリング41とに挟まれている。スペーサ42の個数は、第1ボルトB11が固定チューブ21Tから外されることによって変えることが可能である。
【0046】
そして、スペーサ42の個数が変えられた状態から、第1ボルトB11が固定チューブ21Tに再び螺着されることによって、第1磁気回路MC1が固定チューブ21Tに引き付けられる。引き付けられた第1磁気回路MC1と、ターゲット18の外周面18Sとの間の距離は、変更後のスペーサ42の個数に応じた大きさとなる。
【0047】
図6に示すように、押圧ボルトB2は、固定チューブ21Tに形成された1組みの雌ねじ孔H2に螺着されている。押圧ボルトB2の基端部、および、押圧ボルトB2の先端部は、固定チューブ21Tの外周面21Sから突き出ている。
【0048】
押圧ボルトB2の先端部B2Eは、固定チューブ21Tの外周面21Sの中で第1磁気回路MC1と対向する部位に位置し、固定チューブ21Tの外周面21Sから第1磁気回路MC1に向けて突き出ている。押圧ボルトB2の先端部B2Eにおいて固定チューブ21Tの外周面21Sから突き出る量は、押圧ボルトB2の突出量であって、1組みの雌ねじ孔H2に対する押圧ボルトB2の回転によって変わる。押圧ボルトB2の先端部B2Eは、第1磁気回路MC1に形成された凹部MC1Kに嵌め込まれている。
【0049】
押圧ボルトB2の基端部は、固定チューブ21Tの外周面21Sの中で第1磁気回路MC1と対向する部位とは反対側に位置し、固定チューブ21Tの外周面21Sから突き出ている。押圧ボルトB2の基端部にはナットB2Hが螺合し、ナットB2Hと固定チューブ21Tの外周面21Sとが当接して、押圧ボルトB2の回転が規制されている。
【0050】
押圧ボルトB2の突出量は、第1磁気回路MC1を固定チューブ21Tから離す方向へ第1磁気回路MC1を押し出す量である。押圧ボルトB2の押出量は、押圧ボルトB2が回ることによって変わる一方で、押圧ボルトB2の回転は、押圧ボルトB2とナットB2Hとの螺合によって止められている。
【0051】
そして、固定チューブ21Tの外周面21Sに対してナットB2Hが緩められた状態から、突出量が大きくなるように押圧ボルトB2が回されることによって、第1磁気回路MC1が固定チューブ21Tから離される。押圧ボルトB2に押圧される第1磁気回路MC1と、ターゲット18の外周面18Sとの間の距離は、押圧ボルトB2の突出量に応じた大きさとなる。
【0052】
図7が示すように、例えば、2つの引き付けボルトB1における突出量の変更によって、ターゲット18の外周面18Sと第1磁気回路MC1の端部との間の距離が所望の値である距離Lに調整される。この際に、第1磁気回路MC1には、第1磁気回路MC1の自重による撓みが生じるため、
図7の二点鎖線MC1Sが示すように、第1磁気回路MC1の端部の位置は、第1磁気回路MC1の中央部よりもターゲット18の外周面18Sに近い。
【0053】
こうした場合に、例えば、押圧ボルトB2における突出量が大きくなるように、押圧ボルトB2の突出量が調整される。これによって、第1磁気回路MC1においては、第1磁気回路MC1とターゲット18の外周面18Sとの間の距離が、軸方向において均一に調整される。第1磁気回路MC1の形成する磁界の強度が軸方向において均一であることが求められる成膜環境において、こうした距離の分布は好ましい。
【0054】
また、押圧ボルトB2における突出量がさらに大きくなるように、押圧ボルトB2の突出量が調整される。これによって、第1磁気回路MC1においては、第1磁気回路MC1の中央部とターゲット18の外周面18Sとの間の距離が他の部分よりも大きくなるように、第1磁気回路MC1と外周面18Sとの間の距離が調整される。第1磁気回路MC1の形成する磁界の強度が軸方向における中央部から外側に向けて徐々に弱まることが求められる成膜環境において、こうした距離の分布は好ましい。
【0055】
図8に示すように、第1磁気回路MC1は、押圧ボルトB2が当接する磁石基台52を備えている。磁石基台52は、固定チューブ21Tの軸方向に沿って延び、六角形形状の断面を有した柱状体であり、非磁性体のステンレス鋼や、例えば、T7などのようなアルミニウム合金から形成されている。磁石基台52の表面において基板14と対向する部分には、固定チューブ21Tの軸方向に沿って延び、矩形形状の断面を有する3つの磁石MGが固定されている。
【0056】
3つの磁石MGの各々は、モールド樹脂によって各別に樹脂モールドされている。モールド樹脂としては、熱硬化性エポキシ樹脂、有機ジンクリッチプライマー、無機ジンクリッチプライマーなどが挙げられる。モールド樹脂は、磁石MG、および、磁石基台52との高い接着性を有することが好ましい。
【0057】
上述したように、バッキングチューブ22Tの筒内、および、固定チューブ21Tの筒内には、冷却液CLが流れている。バッキングチューブ22Tの内周面と、固定チューブ21Tの外周面との間に位置する第1磁気回路MC1は、こうした冷却液CLに浸っている。この点で、上記構成によれば、複数の磁気回路51の各々が、別々にモールド樹脂によって樹脂モールドされている。それゆえに、全ての磁気回路51において耐食性が高められ、こうした磁気回路51が軸方向に沿って並ぶため、ターゲット18の外周面18Sにおける磁場の強度や分布が安定させられる。特に、モールド樹脂が熱硬化性エポキシ樹脂である場合には、冷却液CLに対する耐水性が得られることに加え、熱的に膨張し得る磁石MGや磁石基台52の表面に対して、その接着性も得られることから、結果として高い耐久性が得られる。
【0058】
以上、上記ロータリーカソード、および、スパッタ装置によれば、以下に列記するような効果が得られる。
(1)全ての磁気回路51において耐食性が高められ、こうした磁気回路51が軸方向に沿って並ぶため、ターゲット18の外周面18Sにおける磁場の強度や分布が軸方向において安定させられる。
【0059】
(2)磁気回路51とターゲット18との距離、すなわち、ターゲット18の外周面18Sにおける磁場の強度は、スペーサ42の装着と脱離とによって、1つの磁気回路51ずつ変えられる。
【0060】
(3)磁気回路51は引き付けボルトB1によって固定チューブ21Tに締め付けられ、1つ以上のスペーサ42が磁気回路51と固定チューブ21Tとに挟持される。それゆえに、磁場の強度が変えられた後においても、磁場の強度が変えられる前と同様に、磁場の強度を安定させられる。
【0061】
(4)磁気回路51における軸方向の両端部が固定チューブ21Tに向けて引き付けられる一方で、磁気回路51における軸方向の両端部の間は固定チューブ21Tから離される方向に向けて押される。それゆえに、磁気回路51における軸方向の両端部が固定チューブ21Tに対して固定される一方で、磁気回路51における軸方向の両端部の間では、こうした固定によって磁気回路51と固定チューブ21Tとの間の距離が必要以上に小さくなることが抑えられる。
【0062】
(5)引き付けボルトB1や押圧ボルトB2は、固定チューブ21Tを貫通するボルトであって、このように姿勢が安定したボルトによって、磁気回路51が固定チューブ21Tに支持されている。それゆえに、磁気回路51の姿勢、ひいては、磁気回路51とターゲット18との間の距離の安定化を図ることが可能である。
【0063】
(6)バッキングチューブ22Tの軸方向において、基端磁気回路ME1および先端磁気回路ME2の各々の有する長さは、第1磁気回路MC1や第2磁気回路MC2の有する長さよりも短い。それゆえに、複数の磁気回路51によって形成される磁場が、軸方向における端部において、軸方向における中央よりも細やかに調整できる。結果として、成膜対象に対する成膜環境の調整に好適である。
【0064】
(7)モールド樹脂を熱硬化性エポキシ樹脂とすることによって、モールド樹脂に耐水性が得られる。また、熱的に膨張し得る磁石MGの表面に対して接着性が得られることから樹脂モールドの耐久性が高まる。
【0065】
なお上記実施形態は、以下の態様で実施することもできる。
[樹脂モールド]
・複数の磁気回路51の各々は、互いに異なるモールド樹脂によって樹脂モールドされる構成であってもよい。
・複数の磁石MGは、外観上において各別の構造体であるように別々に樹脂モールドされていてもよいし、一体となるように樹脂モールドされていてもよい。
【0066】
[磁気回路]
・固定チューブ21Tに固定される磁気回路51の個数は、2つ以上4つ以下であってもよいし、5つ以上であってもよい。
・バッキングチューブ22Tの軸方向において、基端磁気回路ME1、および、先端磁気回路ME2の有する長さは、第1磁気回路MC1や第2磁気回路MC2と同じであってもよいし、第1磁気回路MC1や第2磁気回路MC2よりも長くてもよい。また、バッキングチューブ22Tの軸方向において、固定チューブ21Tに固定された複数の磁気回路51の各々の長さは、互いに異なっていてもよい。
【0067】
・ターゲット18における熱的な変形が無視される程度においては、バッキングチューブ22Tの筒内や固定チューブ21Tの筒内に冷却液CLが流されない構成であってもよい。こうした構成においても、磁気回路51の耐食性は少なからず求められるため、上記(1)に準じた効果は得られる。
【0068】
[位置調整機構]
・引き付けボルトB1は、引き付け孔H1に通され、かつ、その引き付け孔H1と対向する磁気回路51を固定チューブ21Tに向けて締め付けるボルトであればよく、例えば、第1ボルトB11と第2ボルトB12とが一体に形成されたボルトであってもよいし、スリーブB13が割愛されたボルトであってもよい。
【0069】
・スペーサ42の個数は1つであってもよく、こうした構成であっても、固定チューブ21Tと磁気回路51との間にスペーサ42が挟まれているか否かによって、磁気回路51とターゲット18との間の距離を変えることは可能である。
【0070】
・スペーサ42の有する形状は、固定チューブ21Tと磁気回路51との間に着脱可能に挟まれる1つ以上の構造体であればよく、円環形状に限らず、引き付けボルトB1が通されない円板形状であってもよいし、複数のスペーサ42の各々の有する形状が互いに異なる構成であってもよい。スペーサ42は、引き付けボルトB1を外すことなく挿入、および、取り外しができるようU字形状の一方向が解放された穴を有するものでもよい。
【0071】
・押圧ボルトB2は、引き付けボルトB1に変更されてもよく、こうした構成においては、固定チューブ21Tの軸方向における3点以上の部位で、磁気回路51とターゲット18との間の距離が、引き付けボルトB1における突出量の変更によって調整可能である。なお、押圧ボルトB2は、位置調整機構から割愛されてもよい。
また、引き付けボルトB1と押圧ボルトB2の数は上記の例に限定されない。一つの磁気回路に3以上の引き付けボルトB1を配置し、引き付けボルトB1の間にそれぞれ押圧ボルトB2を配置してもよい。また、隣り合う引き付けボルトB1の間に複数の押圧ボルトB2を配置してもよい。
さらに、引き付けボルトB1と押圧ボルトB2の構造は上記の例に限定されない。引き付けボルトB1は、磁気回路を固定チューブ21Tに引き付けて固定することができればよく、押圧ボルトB2は磁気回路を固定チューブ21Tから離すように力を発生させることができればよい。また、引き付けボルトB1と押圧ボルトB2は、固定チューブ21Tを貫通し、固定チューブ21Tの磁気回路と対向する側の反対側で、磁気回路と対向する側への突出量を調整することができることが好ましい。固定チューブ21Tに磁気回路をクランプなどで固定する方法に比べ、磁気回路の位置調整が容易になるからである。
【0072】
[貫通部]
・引き付け孔H1は、円形孔に限らず、例えば、固定チューブ21Tの軸方向に沿って延びる矩形孔であってもよいし、固定チューブ21Tに挿通された状態で固定チューブ21Tに固定された筒体であってもよい。要は、引き付け孔H1に具体化された貫通部とは、ターゲット18の径方向に沿って固定チューブ21Tの全体を貫通する孔であって、磁気回路51ごとに形成されていればよい。
[スパッタ装置]
・スパッタ装置による処理の対象は、基板14に限らず、フィルムであってもよい。
・スパッタ装置による処理は、反応性スパッタであってもよいし、非反応性スパッタであってもよい。また、ターゲット18に接続される電源は、直流電源であってもよいし、高周波電源であってもよい。