【実施例】
【0024】
次に実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。
【0025】
実施例1(rag1突然変異体における同種異系移植片の受容性)
まず最初にゼブラフィッシュrag1突然変異体(rag1
-/-)において移植片に対する免疫拒絶反応がおこるか検討を行った。
図1に示す様にAB/Tu系統の精巣断片を各系統に移植した。すなわち、AB/Tu系統の精巣を約5分割し、rag1
-/-、wild-type(IndiaもしくはTM系統)の雄の皮下に移植した。移植した宿主は10μg/mLの抗生物質(gentamicin)を含む0.4×PBS中で暗所で4日間餌を与えずに飼育して傷口を修復させ、その後は通常の飼育水中で4週間飼育した。移植片の解析は、移植片が回収された場合はブアン固定し組織切片を作成して観察した。その結果を表1に示す。各系統に移植されたAB/Tu系統の精巣断片(同種異系)のうち、4週間後に移植片が拒絶反応によって消失せずに回収された数を示す。Rag1突然変異体に移植された移植片の大部分は拒絶されずに生存し、その他の系統に移植された場合は全て拒絶された事が分かる。この結果は、rag1突然変異体では少なくとも同種異系組織に対しては免疫拒絶反応をおこさない事を明らかに示している。
【0026】
【表1】
【0027】
この時、回収された移植断片をBrdUで3時間処理して組織切片を作成し、ヘマトキシリン・エオシン(HE)染色および抗BrdU抗体を用いた免疫染色を行った。すなわち、Rag1突然変異体に移植され、生き残った移植片をBrdUを添加したL−15培地中で3時間培養し、ブアン個体を行って組織切片を作成した。BrdUの標識、検出にはCell proliferation kit(GEヘルスケア)を使用した。結果を
図2に示す。HE染色では精巣の組織構造に異常は見られず(
図2HE)、様々なステージの生殖細胞の核でBrdUが検出された(
図2BrdU)。BrdUは増殖中の細胞DNAに取り込まれる性質を持っており、この物質を取り込んだ細胞は増殖活性を持っている事になる。魚類の精子形成では、生殖細胞の精子への分化と細胞分裂が密接に関与しているため、生殖細胞の増殖活性を調べる事で精子形成が行われているか調べることができる。そのためこの結果は、移植された精巣断片の組織構造が正常に維持され、精巣の主たる機能である精子形成も維持されていた事を明確に示している。これらの結果から、rag1突然変異体は同種異系組織に対する拒絶反応を起こさず、移植された組織本来の構造や機能を維持する事が出来るという移植実験の宿主として理想的な特性を備えている事が明らかになった。
【0028】
実施例2(rag1突然変異体を宿主に用いた腫瘍化精巣の維持・増幅)
rag1突然変異体が腫瘍化組織の移植実験に使用可能か検討を行った。すなわち、腫瘍化精巣を取り出し(
図3A)、腫瘍化精巣は巨大でそのままでは移植困難なため移植可能なサイズに断片化した(
図3B)。この断片をrag1突然変異体の雄に皮下移植した(
図3D,E)。3ヶ月後には移植部分が大きく膨らみ(
図3F,G)、元の腫瘍化精巣とほぼ同サイズにまで成長していた。BとCは同じ倍率の写真であるため、移植により大きく成長する事が分かる。移植断片の成長は宿主の外見からも観察することができる(D−G,矢印)。これらの写真は
図4のB系統の腫瘍化精巣を用いた時の写真である。この様に大きくなった移植片を取り出し、更に移植を行って継代を行いその結果を
図4にまとめた。
【0029】
我々はこれまでに4つの腫瘍化精巣を得ており、この移植実験に使用した。次に成長した移植断片を再度断片化して再移植を行い、移植片の継代が可能か検討した。すなわち、4つの腫瘍化精巣を用いて皮下移植実験を行い、移植によって成長した移植断片を用いて継代を行った。
図4中、各カラムの左側は移植実験を行った日付を示している。全ての移植断片は1ヶ月以内に外見から観察出来る程に成長するため、一ヶ月以内での成長した移植断片数をGraft Growthの項に、1ヶ月間生存していた宿主の数を1 month survivalの項に記載した。Restの項は現在まで生存している宿主の数を示す。A系統のA3−1、A3−2、A4−1の移植実験では宿主が一ヶ月間生き残れない場合が多く、A2−1の段階で移植片の悪性度が増加した事が示唆された。他の系統の移植実験では、飼育上の問題以外で宿主の死亡が続出することは見られなかった。
この実験に用いた4種の腫瘍化精巣は再度断片化して移植しても大きく成長し、1年以上の長期間に渡って維持できることが明らかとなった。
【0030】
図4に示した移植実験に用いた腫瘍化精巣断片の一部をブアン固定し、組織切片を作成してHE染色を行った(
図5)。
図5中、写真左上の名前は
図4に同名で示した各移植実験の時に用いた移植断片を示す。
図4の結果から移植断片の悪性化が進んだと思われるA4−1の断片では精子形成細胞がほとんど無くなっており、組織が変性した事が分かる。A系統の断片ではSmolowitz(Biol Bull 2002, 203: 265−266.)のセミノーマに関する報告にも記載されている様な精巣卵が観察される(
図5A、C、D、二重矢頭)。その他の断片ではSmolowitの報告と様様に初期の精原細胞(矢印)が豊富に見られるが、精子(矢頭)は少ない。D系統の断片では他の腫瘍化精巣と違い初期の精原細胞しか観察されないが、D系統の腫瘍化精巣はNI161突然変異体由来であり、NI161の表現形と合致している。
A系統の腫瘍精巣では継代によって宿主が早期に死亡してしまう現象が見られ、
図5に示す様にこの様なケースでは移植した断片の性質が変性している事が分かった。本来であれば腫瘍化精巣が発生した個体は長くは生きられないため、ここまで精巣が変性してしまうまえに死亡してしまう。宿主が早期に死亡してしまう事から、腫瘍化精巣が長期間生き続ける事によって、悪性度が高まったといえる。この事から、移植された腫瘍化精巣の性質は必ずしも完全に維持出来る訳ではなく、継代には注意が必要である事が分かった。一方、その他の3種の腫瘍化精巣では宿主が早期に死亡してしまう傾向は見られず、組織学的にも大きな差は今のところ見られないため、移植による腫瘍組織の変性はそう頻繁に起こるものではないものと思われる。また多くの場合、移植後の宿主の精巣が見つからない現象が見られたため、宿主の精巣と移植された腫瘍化精巣は拮抗することが示唆された。以上の結果から、rag1突然変異体は腫瘍化組織の移植実験の宿主として十分に使用可能である事が示唆された。
【0031】
実施例3(rag1突然変異体を用いた個体(胚)の移植)
これまでrag1突然変異体を宿主に用いる事によって、精巣および腫瘍化精巣の移植が可能である事が明らかとなった。次のステップとしてその他の組織も移植可能であるか検討を行った。その際、移植可能な大きさであり、かつ全ての種類の器官を備えている3日胚を用いて移植実験を行った。すなわち、形態形成がほぼ終了した3日胚2つをrag1突然変異体1個体に移植し、2ヶ月間飼育した。移植胚は融合していたが、宿主中で拒絶されず大きく成長し、眼球や拍動する心臓を観察する事が出来た(
図6A)。この胚をブアン固定し、組織切片を作成してHE染色を行ったところ、眼球(
図6B)、筋肉(
図6C)、腸管(
図6D)等が観察された。
【0032】
これらの結果から、rag1突然変異体は精巣以外の組織の移植実験にも使用可能な事が分かった。
しかし、この時の移植胚では生殖巣を観察する事が出来なかった。移植精巣は宿主の精巣と拮抗する傾向がある事が把握出来ていたため、次にdead−end遺伝子のノックダウンによって生殖細胞を除去したrag1突然変異体を用いて再度胚移植実験を行った。この実験では生殖細胞でEGFP遺伝子を発現するvas::EGFPトランスジェニック個体の3日胚と6日胚を1匹丸ごと、および胴体のみの状態で移植した。
【0033】
すなわち、vas::EGFPトランスジェニック個体の3日胚を1匹丸ごと、および胴体のみの状態で1匹の宿主(rag1突然変異体)につき1つずつ同時に移植した。宿主は正常なrag1突然変異体と生殖細胞を欠失したrag1突然変異体を用い、移植後2ヶ月間飼育した。飼育後、移植胚を取り出してEGFPの蛍光を観察した。胚には自家蛍光(
図7a、b、c、d矢頭)があるため、赤色蛍光用のフィルターの観察も行いEGFPの蛍光と区別した(
図7a’、b’、c’、d’矢頭)。1匹丸ごとでの移植でも、胴体のみの移植でも宿主の生殖細胞が欠失している宿主を用いた場合ではEGFPの蛍光が観察され(
図7c、d矢印)、組織切片の観察によって精巣組織が形成され精子形成が行われ精子が形成されている事が確認された(
図7c”、d”sperm)。また、生殖細胞を持つ正常な宿主では精巣は観察されなかった。
図7Eの胚の写真は、移植胚の胴体の切り出し方を示している。
【0034】
vas::EGFPトランスジェニック個体の6日胚を1匹丸ごと、および胴体のみの状態で1匹の宿主(rag1突然変異体)につき1つずつ同時に移植した。宿主は正常なrag1突然変異体と生殖細胞を欠失したrag1突然変異体を用い、移植後2ヶ月間飼育した。飼育後、移植胚を取り出してEGFPの蛍光を観察したところ、6日胚を移植した場合では全ての移植胚でEGFPの蛍光が観察された(
図8a、b、c、d矢印)。これらの胚の組織切片の観察によって精巣組織が形成され精子が形成されている事が確認された(
図8a”、b”、c”、d”sperm)。
【0035】
これらの結果から、rag1突然変異体は様々な組織の移植に使用可能ではあるが、移植する組織が宿主の組織と拮抗する場合は注意が必要である事が分かった。
【0036】
実施例4(alb;roy;rag1三重突然変異体を用いた移植組織の可視化)
これまでの結果より、ゼフラフィッシュrag1突然変異体は少なくとも同種異系組織の移植実験に宿主として使用可能である事が示された。しかし、この突然変異体では正常に色素細胞が形成されるため、成体に組織を移植するとそのままでは移植片を観察出来ず、解析するには宿主を殺して移植片を取り出す必要がある。この点を改良するため、色素細胞が形成されないために成体でも魚体が透明になるalb;roy二重突然変異体とかけ合わせてalb;roy;rag1三重突然変異体を作成した。この個体を宿主としてsox17::EGFPトランスジェニック個体由来の腫瘍化精巣断片3つを3個体に移植した。この移植片ではsox17プロモーターによって移植片内の多数を占める精原細胞でEGFPが発現するため、移植片をEGFPの蛍光により観察することができる。移植1ヶ月後に宿主を麻酔して生かしたまま観察したところ、移植片が観察され(
図9A、矢印)、蛍光観察ではさらに明瞭に移植片が観察された(
図9a、矢印)。この結果はalb;roy;rag1三重突然変異体を宿主に用いる事によって移植組織を生きたまま観察する事が可能になった事を示している。
【0037】
取り出した移植片(
図9B、b)を固定し組織切片を作成しHE染色を行った。移植された腫瘍化精巣(
図9D)では精子(矢頭)が少なく、大部分が初期精原細胞(矢印)で占められており、移植前の腫瘍化精巣(
図9C)と同様な特徴が観察された(
図9C、D)。この結果から、alb;roy;rag1三重突然変異体を宿主に用いても、rag1突然変異体と同様に移植組織が維持される事がわかった。以上の結果から、alb;roy;rag1三重突然変異体を宿主に用いる事により移植片が維持され、宿主を生かしたまま継時的に観察していく事が可能になったといえる。