【実施例】
【0043】
<試験例1:卵黄タンパク質分解物の評価>
試験例1として、熟成卵黄において卵黄タンパク質分解物が生成されているか確認するため、実施例1,2及び比較例を用いて、タンパク含有量の測定、遊離アミノ酸の組成分析及びTCA溶液による処理における上清の吸光度の測定等を行った。
【0044】
[実施例1]
まず、ゆで卵をすり潰して乾燥させた乾燥全卵(製品名:凍結クックドエッグパウダー、キユーピー株式会社製、以下CEPと称する)を水で溶き、水分含量30%としたものに、焼酎用麹菌
Aspergillus luchuensis(株式会社樋口松之助商店製)を接種し、32℃〜34℃で約42時間培養を行い、卵麹を得た。
続いて、液卵黄86質量部に対し、食塩4質量部と卵麹10質量部を混合し、55℃の恒温器中で3日間熟成させ、−30℃の冷凍庫で一旦凍結した後に解凍し、実施例1の熟成卵黄を得た。なお、得られた熟成卵黄を4℃の低温室で保管していたものを、後述する各分析に用いた。
得られた熟成卵黄の食塩含有量は4質量%であった。
【0045】
[実施例2]
実施例1の焼酎用麹菌
Aspergillus luchuensisを味噌用麹菌(株式会社樋口松之助商店製)に変更した以外は、実施例1と同様に実施例2の熟成卵黄を製した。
得られた熟成卵黄の食塩含有量は4質量%であった。
【0046】
[比較例1]
液卵黄86質量部に対し、食塩4質量部と乾燥全卵(CEP)10質量部を混合し、CEP入り加塩卵黄を得た(比較例1)。すなわち、比較例1の加塩卵黄は、実施例の卵麹に替えてCEPを用い、実施例と同様に55℃の恒温器中で3日間維持したものである。
得られたCEP入り加塩卵黄の食塩含有量は4質量%であった。
【0047】
[タンパク質含有量の測定]
実施例1,2及び比較例1のタンパク質含有量は、ケルダール法により窒素を定量し、タンパク質換算係数6.25を乗じて算出した。
算出結果を表1に示す。同表に示すように、実施例1,2のサンプル100g当たりのタンパク質(窒素定量換算)の含有量は、15.0gであった。これに対して、比較例1のサンプル100g当たりのタンパク質の含有量は、17.1gであった。
【0048】
【表1】
【0049】
[遊離アミノ酸の組成分析]
続いて、卵黄タンパク質が分解されて遊離アミノ酸が生成されていることを確認するため、実施例1,2及び比較例1のサンプル100g当たりの遊離アミノ酸量をアミノ酸自動分析機により測定した。各サンプルの遊離アミノ酸量及び上記測定したタンパク質含有量の値を用いて、実施例1,2及び比較例1のサンプルのタンパク質100gあたりの各遊離アミノ酸量を算出した結果を表2に示す。同表に示すように、実施例1,2のサンプルの遊離アミノ酸の合計含有量は、それぞれタンパク質100gあたり9640mg、5487mgであった。これに対して、比較例1の遊離アミノ酸の合計含有量は、タンパク質100gあたり2181mgであり、実施例1,2よりも少なかった。
さらに、実施例1,2のサンプルのGlu,Asp,Val,Leu,Lysの合計含有量が、それぞれタンパク質100gあたり4160mg、2307mgであった。これに対して、比較例1では、Glu,Asp,Val,Leu,Lysの合計含有量がタンパク質100gあたり924mgであり、やはり実施例1,2よりも少なかった。
これにより、実施例1,2は、比較例1と比較して、Glu,Asp,Val,Leu,Lysを含む遊離アミノ酸を豊富に含むことが確認された。
【0050】
【表2】
【0051】
[TCA溶液による処理及び吸光度の測定]
続いて、遊離アミノ酸以外の卵黄タンパク質分解物についても確認するため、実施例1,2及び比較例1並びに対照である加塩卵黄のサンプルに対してTCA溶液による処理を行ってタンパク質を沈殿させ、上清の波長280nmの吸光度を測定した。なお、加塩卵黄として、液卵黄に、麹やCEPを添加せず食塩のみを4質量%となるように添加したものを準備した。
まず、各サンプルからそれぞれ0.5gを精秤し、イオン交換水を20mLずつ添加した。これらをボルテックスミキサーで撹拌後、10質量%TCAを10mLずつ添加し、再びボルテックスミキサーで撹拌し、30分静置した。その後、3500rpmで10分間遠心分離し、さらに孔径0.45μmフィルターで濾過して上清を得た。
続いて、分光光度計(製品名:UV−2450、株式会社島津製作所製)を用いて上清の吸光度を測定した。
【0052】
さらに、TCA溶液の上清に含まれる遊離アミノ酸や、ペプチドの中でも、分子量3000以下の旨味やコクを呈する成分(遊離アミノ酸、ジペプチド、トリペプチド等)のおおよその濃度を確認するために、上清を限外濾過し、分子量3000以下の画分の波長280nmの吸光度を測定した。なお、限外濾過には、遠心式限外濾過フィルター(製品名:Amicon Ultra UltraCel 3K、メルク株式会社製)を用いた。
実施例1,2、比較例1、加塩卵黄(対照)の分子量3000以下の画分の波長280nmの吸光度の測定結果を表3に示す。
【0053】
【表3】
【0054】
さらに、実施例1,2及び比較例1の吸光度の値を加塩卵黄の吸光度の値で除した結果を、表4に示す。
【0055】
【表4】
【0056】
表3及び表4に示すように、実施例1,2の上清の吸光度は、それぞれ0.473,0.305であり、加塩卵黄における上清の吸光度0.120に対して、それぞれ3.94倍、2.54倍といずれも大幅に増加していることが確認された。同様に、実施例1,2の分子量3000以下の画分の吸光度も、加塩卵黄と比してそれぞれ増加していることが確認された。
これに対して、麹の代わりにCEPを添加した比較例1の上清の吸光度は、0.145であり、加塩卵黄における上清の吸光度0.120に対して1.21倍であり、1.5倍未満の低い値であることが確認された。同様に、比較例1の分子量3000以下の画分の吸光度も、加塩卵黄に対して1.16倍であり、ほとんど変化していないことが確認された。
これにより、実施例1,2では、比較例1よりも旨味やコクを有する遊離アミノ酸やペプチドが豊富に含まれており、熟成によりタンパク質の分解が促進されていることが確認された。
【0057】
さらに、実施例1及び2の熟成卵黄を喫食したところ、卵黄特有のまろやかな風味に、遊離アミノ酸やペプチドに由来すると思われる旨味やコク、わずかな苦みが加わり、比較例1の加塩卵黄とは全く異なる深みのある味わいであった。さらに、実施例1及び2の熟成卵黄は、独特の香ばしい風味を呈していたため、以下のように香気成分を測定した。
【0058】
[香気成分の測定]
実施例1,2及び比較例1の香気成分を以下の測定方法に従って測定した。
(香気成分の測定方法)
実施例1,2及び比較例1の香気成分の香気成分は、以下の条件に従って、固相マイクロ抽出−ガスクロマトグラフ質量分析法(SPME−GC−MS)で測定した。
<分析条件>
(1)香気成分の分離濃縮方法
SPMEファイバーと揮発性成分抽出装置を用い、以下の条件に従って、固相マイクロ抽出法で香気成分の分離濃縮を行った。
<固相マイクロ抽出条件>
・SPMEファイバー:外側に膜厚50μmのジビニルベンゼン分散ポリジ6メチルシロキサン層、内側に膜厚30μmのCarboxen分散ポリジメチルシロキサン層を有する、2層積層コーティングされたSPMEファイバー(製品名:StableFlex 50/30μm、DVB/Carboxen/PDMS(Sigma−Aldrich社製))
・揮発性成分抽出装置:Combi PAL、CTC Analitics製
・予備加温:40℃,15min
・攪拌速度:500rpm
・揮発性成分抽出:40℃,20min
・脱着時間:10min
(2)香気成分の測定方法
ガスクロマトグラフ法及び質量分析法を用い、以下の条件に従って、各ピーク面積を測定する。
なお、各成分の定量イオン質量は以下の通りである。
・チグリンアルデヒド定量イオン質量m/z84
・2−ペンチルフラン定量イオン質量m/z81
・メチルピラジン定量イオン質量m/z94
・トランス−2−(2−ペンテニル)フラン定量イオン質量m/z136
・2,4−ヘプタジエナール定量イオン質量m/z55
・メチオナール定量イオン質量m/z79
・フェニルアセトアルデヒド定量イオン質量m/z91
<ガスクロマトグラフ条件>
・測定機器:Agilent 7890B(Agilent Technologies社製)
・カラム:素材内壁にポリエチレングリコールからなる液相を膜厚0.25μmでコーティングしたキャピラリーカラム長さ30m、口径0.25mm、膜厚0.25μm(製品名:SOLGEL−WAX(SGE社製)長さ30m、口径0.25mm、膜厚0.25μm)
・温度条件:35℃(5min)保持→60℃まで5℃/min昇温→200℃まで10℃/min昇温→220℃まで15℃/min昇温その後220℃で9.7min保持
・キャリアー:Heガス、ガス流量:1.2mL/min
・インジェクション方法:パルスド・スプリットレス:スプリットレス1.6min保持→パージ50mL/minで保持
パルス圧120kPa 1.6 min保持→60kPaで保持
(スタート時)
・インレット温度:250℃
・ワークステションMSD ChemStation Build 75(Agilent Technologies, Inc.)
<質量分析条件>
・質量分析計:四重極型質量分析計(製品名:Agilent 5977A(Agilent Technologies社製))
・スキャン質量m/z 29.0〜290.0
・イオン化方式EI(イオン化電圧70eV)
その結果、実施例1,2では、香気成分として、いずれもチグリンアルデヒド、2−ペンチルフラン、メチルピラジン、トランス−2−(2−ペンテニル)フラン、2,4−ヘプタジエナール、メチオナール、フェニルアセトアルデヒドが検出された。これに対して、比較例1では、上記の香気成分が検出されなかった。
これにより、実施例1,2では、比較例1からは検出されない上記香気成分が生成されることで、熟成卵黄特有の香ばしい風味を呈することが確認された。
【0059】
<試験例2:加塩卵黄に対する各サンプルの吸光度についての検討>
試験例1の吸光度の測定の結果等から、本発明の熟成卵黄において卵黄タンパク質分解物が多く生成されていることが確認された。そこで、多様な条件で製した熟成卵黄に対し、試験例1と同様に、加塩卵黄に対する吸光度について検討した。
【0060】
[実施例3〜5の作製及び吸光度の測定]
熟成温度と上記吸光度の関係を調べるため、熟成温度の異なる実施例3〜5を製した。なお、本実施例において、熟成温度とは、熟成時の恒温器における温度とする。
まず、麹菌を接種する前に蒸気によって培地を加熱殺菌した以外は、実施例2と同様の方法により卵麹を得た。
次に、得られた卵麹3質量%と、卵黄83質量%と、食塩4質量%と、水10質量%とを含む混合物を、表5に記載の温度で加熱し、3日間熟成させ、実施例3〜5の熟成卵黄を得た。
続いて、実施例3〜5及び上記加塩卵黄のサンプルに対して、試験例1と同様にTCA溶液による処理を行い、タンパク質を沈殿させ、上清の波長280nmの吸光度を測定した。そして、加塩卵黄に対する各実施例の熟成卵黄の吸光度の値を求めた。結果を、表5に示す。
【0061】
【表5】
【0062】
[吸光度の結果(実施例3〜5)]
表5に示すように、加塩卵黄に対する実施例3〜5のサンプルの吸光度の値は、2.7(実施例3)以上3.5(実施例5)以下の範囲内であり、上述の比較例1(吸光度の値が1.21)と比較しても十分に高い値であった。
また、熟成温度が57℃(実施例5)から61℃(実施例3)まで上昇するに従い、吸光度の値は若干減少することが確認された。この結果から、上記卵麹を用いた場合には、60℃前後、特に57℃程度で卵黄タンパク質分解物が多く生成されることが確認された。
なお、実施例3〜5については、熟成温度が上昇するに従い、粘性が高まる傾向も見られた。これについては後述する。
【0063】
[実施例6〜26の作製及び吸光度の測定]
続いて、より多様な条件について検討するため、実施例6〜26の熟成卵黄を準備した。まず、実施例2と同様の方法により卵麹を得た。次に、得られた卵麹、卵黄及び食塩並びに水を表6及び7に示すような割合で混合した。続いて、混合物を所定の温度で加熱し、各表に記載の時間熟成させ、実施例6〜26の熟成卵黄を得た。
一方、比較例2,3は、いずれも各表に記載の割合で混合物を製したものであり、加熱熟成せずに試験に用いた。
そして、実施例6〜26のサンプルに対して、実施例1〜5と同様に加塩卵黄に対するサンプルの吸光度を求めた。結果を、表6及び7に示す。
【0064】
【表6】
【0065】
【表7】
【0066】
[吸光度の結果(実施例6〜11及び比較例2)]
表6に示すように、実施例6〜11及び比較例2では、主に、卵麹の量及び熟成時間が異なっていた。
卵麹の量が3質量%の実施例6及び7並びに比較例2では、熟成時間が0時間(比較例2)、170時間(実施例6)、288時間(実施例7)と長くなるに従い、上記吸光度の値が1.2、6.5、8.1と上昇することが確認された。特に熟成させていない比較例2では、上記吸光度の値が1.2であり、1.5未満の低い値であった。
また、卵麹の量が1質量%の実施例8及び9、並びに10質量%の実施例10及び11でも、同様の傾向が見られた。
これらの結果より、熟成時間が300時間以下の範囲内では、熟成時間が長い方が上記吸光度の値が上昇する傾向が確認された。
一方、熟成時間がともに170時間の実施例6及び8では、卵麹の量が1質量%の実施例8よりも、卵麹の量が3質量%の実施例6の方が、上記吸光度の値が大きくなることが確認された(実施例6では6.5、実施例8では2.9)。さらに、卵麹の量を10質量%に増加させ、熟成時間を72時間とした実施例10では、上記吸光度の値が3.8であった。この値は、卵麹の量が1質量%で245時間熟成させた実施例9(上記吸光度は3.4)よりも大きく、熟成時間及び熟成温度が同一の実施例4(吸光度の値は2.8)よりも大きい値であった。
これにより、卵麹の量を増やすことで、卵黄タンパク質分解物が多く生成され、熟成時間を短縮できることが確認された。
また、卵麹の量が10質量%と多く、さらに熟成時間も200時間と長い実施例11では、上記吸光度の値が10.8と非常に高く、やはり卵麹の量と熟成時間の双方が上記吸光度の値と相関を有することが確認された。
【0067】
[吸光度の結果(実施例12〜21及び比較例3)]
表7に示すように、実施例12〜21では、158時間(実施例12)から180時間(実施例21)の間で熟成時間が異なっていた。
熟成時間が上記範囲の実施例12〜21では、上記吸光度の値が6.5(実施例18,19及び20)以上7.2(実施例14)以下であり、いずれも高い値であった。一方で、実施例12〜21では、熟成時間が上昇するに従い上記吸光度の値が高くなるような関係は見られなかった。このことから、熟成時間が160時間程度〜180時間程度であれば、安定して高い吸光度が得られることが確認された。
一方で、熟成させていない比較例3では、上記吸光度の値が1.3であり、比較例2と同様に、1.5未満の低い値であった。
【0068】
[吸光度の結果(実施例17、22及び23)]
表7に示すように、実施例17、22及び23では、卵黄の含有量及び加水率が異なっていた。なお、加水率は、卵黄の含有量が少ないほど多くなるように設定された。
これらの結果から、卵黄の含有量が91.8質量%(実施例17)、83.0質量%(実施例22)、及び73.0質量%(実施例23)と減少するに従い、吸光度の値は6.5(実施例17)、6.2(実施例22)及び5.5(実施例23)と減少することが確認された。これにより、卵黄タンパク質分解物のベースとなる卵黄の量が多い方が、上記吸光度の値が大きくなることが確認された。
【0069】
[吸光度の結果(実施例24〜26)]
表7に示すように、実施例24〜26では、熟成温度が55℃〜65℃の範囲内で異なっていた。
熟成温度が55℃の実施例24では上記吸光度の値が6.9、熟成温度が57.5℃の実施例25では7.0であり、ほぼ同様の値であった。一方で、熟成温度が65℃の実施例26では上記吸光度の値が3.6であり、実施例24,25と比較して大幅に低い値になった。このことから、上記卵麹を用いた場合、熟成温度が55℃〜60℃程度で特に熟成が進み、卵黄タンパク質分解物が多く生成されることが確認された。
【0070】
<試験例3:粘度及びpHの測定>
本発明の熟成卵黄の物性についてさらに解析するため、上述の実施例3〜5,22及び実施例27,28を用いて粘度の測定及びpHの測定を行った。
【0071】
[実施例27及び28の作製]
凍結及び解凍や、加熱による物性の変化についても確認するため、実施例22の熟成卵黄にさらに処理を加えて実施例27,28を製した。
実施例27は、実施例22の熟成卵黄を−30℃で1か月冷凍保存し、解凍したものとした。
実施例28は、実施例22の熟成卵黄を75℃で30分間加熱したものとした。
【0072】
[pHの測定及び結果]
57℃〜61℃の各温度で熟成させた熟成卵黄(実施例3〜5)及び上記実施例22、27,28に対し、20℃において、pH測定器(株式会社堀場製作所製 卓上型pHメータF−72)によりpHを測定した。測定した結果を表8に示す。
実施例3〜5、22、27、28の熟成卵黄では、pHがそれぞれ5.8であった。これにより、実施例3〜5、22、27、28のpHは、5.0以上6.5以下であり、卵黄本来のpHに近いことが確認された。
さらに、実施例1,2及び比較例1のpHを同様に測定したところ、実施例1ではpH5.1、実施例2ではpH5.5、比較例1ではpH6.7であって、いずれもpHが4.5以上7.0以下であった。これらのサンプルを喫食したところ、卵黄特有のまろやかさを感じることができた。なお、実施例6〜26のpHを同様に測定したところ、いずれも4.5以上7.0以下の範囲であった。
【0073】
【表8】
【0074】
[粘度の測定及び結果]
57℃〜61℃の各温度で熟成させた熟成卵黄(実施例3〜5、22)及び上記実施例27、28の熟成卵黄に対し、品温20℃における粘度を、BH形粘度計(東機産業株式会社製、型番:BII型、使用ローター:No.5、回転数:20rpm)により測定した。
測定した結果を表8に示す。
同表に示すように、実施例3〜5において、熟成温度が高いほど粘度が高くなる傾向が見られた。すなわち、熟成温度が最も低い57℃の実施例5の粘度は1.8Pa・sであり、60℃の実施例4で7.4Pa・s、61℃の実施例3で10.8Pa・sという結果が得られた。実施例3〜5は、さらりとした液体とは異なり、生卵黄又は半生卵黄のような粘性(とろみ感)が維持されていることが確認された。
また、熟成温度が60℃の実施例22の粘度は9.8Pa・sであり、実施例4と近い値であった。
一方、実施例22に冷凍及び解凍処理を加えた実施例27は、16Pa・sであり、実施例22よりも大幅に値が高くなった。さらに、実施例22を加熱して酵素を失活させた実施例28では、さらに高い74Pa・sであった。これにより、熟成後、冷凍及び解凍処理、又は加熱処理を加えた熟成卵黄は、粘性が高まることが確認された。
さらに、実施例1,2,6〜21,23〜26及び比較例1の粘度を同様に測定したところ、いずれも1Pa・S以上500Pa・S以下であることが確認された。
【0075】
<試験例4:脂質酸化物の評価>
さらに、熟成卵黄中の脂質酸化物を評価するため、試験例1〜3で用いたサンプルに対して相対蛍光強度を測定した。
【0076】
[蛍光強度の測定(加塩卵黄、実施例1,2及び比較例1)]
まず、加塩卵黄、実施例1,2及び比較例1のサンプルからサンプル溶液を作製し、蛍光強度を測定した。
15mLファルコンチューブに卵黄1gを精秤し、ピペットマンでイオン交換水3mLを添加する。ボルテックスミキサーで撹拌し、懸濁液を得た後、懸濁液から400μLを15mLコニカルチューブに採取する。前記チューブにジエチルエーテル:エタノール(1:3)の混合液3mLを添加し、ボルテックスミキサーで良く撹拌した。
1,200gで5分間遠心分離した後、孔径0.45μmフィルターでろ過し、得られた上清をサンプル溶液とした。
【0077】
得られたサンプル溶液を石英セルに入れ、蛍光分光光度計(型名「U−3210」、(株)日立製作所製)にてEx360nm,Em440nmの蛍光強度を測定した。ただし、各蛍光強度は、標準溶液(標準溶液は、1μgの硫酸キニーネを0.05mol/L硫酸水溶液1mLに溶解させて得られた)の同条件での蛍光強度を相対蛍光強度で示した。
【0078】
測定した結果を表9に示す。なお、表9では、相対蛍光強度に100倍した値を記載している。
【0079】
【表9】
【0080】
[蛍光強度の結果(加塩卵黄、実施例1,2及び比較例1)]
表9に示すように、対照として用いた加塩卵黄は、相対蛍光強度が1.10であり、低い値であった。一方、実施例1、2は、それぞれ相対蛍光強度が2.31、2.18であり、いずれも2.0×10
−2以上(1.5×10
−2以上)であった。また、比較例1についても相対蛍光強度が2.16であり、実施例1,2と同程度であった。
このことから、所定の温度(例えば55℃)で3日間維持することで、脂質酸化物が増加することが確認された。
【0081】
[蛍光強度の測定(実施例7〜10,14,20,22〜26及び比較例2,3)]
実施例1等の結果を受けて、多様な条件で製した熟成卵黄について、同様に相対蛍光強度を測定し、脂質酸化物の評価を行った。結果を、表10に示す。
【0082】
【表10】
【0083】
[蛍光強度の結果(実施例7〜10,14,20,22〜26及び比較例2,3)]
表10に示すように、実施例7〜10,14では、熟成時間が長くなるに従い、相対蛍光強度の値も大きくなる傾向が確認された。
具体的には、熟成時間が72時間の実施例10、熟成時間が170時間の実施例8では、相対蛍光強度がそれぞれ2.27×10
−2、3.74×10
−2であり、4.0×10
−2以下であった。これに対し、熟成時間が245時間の実施例9、熟成時間が288時間の実施例7では、相対蛍光強度がそれぞれ6.60×10
−2、8.87×10
−2であり、5.0×10
−2より大きい値であった。
なお、熟成時間が0時間の比較例2,3の相対蛍光強度はそれぞれ0.90×10
−2、1.00×10
−2であり、1.5×10
−2未満の低い値であった。
これにより、熟成時間を24時間以上240時間以下、例えば192時間以下とすることで、相対蛍光強度を1.5×10
−2以上5.0×10
−2以下、さらには2.0×10
−2以上4.0×10
−2以下に抑えられることが確認された。
【0084】
また、実施例7〜10、14のサンプルを喫食したところ、相対蛍光強度が2.0×10
−2以下4.0×10
−2以下の実施例8,10及び14では渋み(収斂味)がほとんどなく旨味やコクが十分感じられ、非常に良好な味わいであった。一方、相対蛍光強度が5.0×10
−2より大きい実施例7及び9では良好な味わいであるものの、若干収斂味が感じられた。これにより、卵麹の相対蛍光強度を1.5×10
−2以下5.0×10
−2以下とすることで収斂味を抑えることができ、さらに2.0×10
−2以下4.0×10
−2以下とすることで、より良好な味わいになることが確認された。
【0085】
また、熟成時間が170時間前後の実施例20,22及び23の結果から、相対蛍光強度の値は、卵黄の含有量とも相関を有することが確認された。
具体的には、卵黄の含有量が73.0質量%の実施例23の相対蛍光強度は3.16×10
−2であった。これに対し、卵黄の含有量が83.0質量%の実施例22では3.40×10
−2、卵黄の含有量が91.8質量%の実施例22では3.77×10
−2であり、卵黄の含有量が増加するに従い相対蛍光強度の値が次第に高くなった。これにより、卵黄脂質を含む卵黄の含有量を90%以下にすることで、卵黄脂質酸化物の生成を抑制し、相対蛍光強度の値を4.0×10
−2以下に調整しやすくなることが確認された。
【0086】
さらに、熟成温度が55℃及び57.5℃の実施例24及び25の蛍光強度は、それぞれ4.17×10
−2及び4.49×10
−2であり、1.5×10
−2以上5.0×10
−2以下であった。一方、熟成温度が65℃の実施例26の蛍光強度は、8.60×10
−2であり、5.0×10
−2より大きかった。これらの熟成卵黄を喫食したところ、いずれも良好な味わいではあったが、実施例26では実施例24及び25よりも収斂味が強く感じられた。
したがって、熟成温度を45℃(50℃)以上60℃以下とすることで、脂質酸化物の生成を抑制し、収斂味を抑えられることが確認された。
【0087】
<試験例5:米麹を用いて熟成させた熟成卵黄>
続いて、卵麹に代えて、米麹を用いて熟成卵黄を製し、吸光度及びその他の物性について確認した。
【0088】
[実施例29]
実施例19の卵麹を、米麹(マルコメ株式会社製)に変更した以外は、実施例19と同様に実施例29の熟成卵黄を製した。
得られた熟成卵黄の食塩含有量は4質量%であった。
なお、得られた熟成卵黄を4℃の低温室で保管していたものを、後述する各分析に用いた。
【0089】
実施例29の熟成卵黄と、同一の食塩含有量(4質量%)の加塩卵黄とに対し、上述の方法で、それぞれの上清の280nmにおける吸光度を測定した。その結果、上記熟成卵黄の吸光度は0.504、加塩卵黄は0.110であり、加塩卵黄に対する熟成卵黄の吸光度は4.6であった。
また、相対蛍光強度は7.7×10
−2であった。
なお、品温20℃でのpHは5.8、粘度は35Pa・S(ローター:No.6、20rpm、品温20℃の時)であった。
【0090】
実施例29の熟成卵黄を喫食したところ、卵黄特有のまろやかな風味が感じられ良好な味わいであった。このことから、本発明の熟成卵黄は、卵麹に限定されず、他の原料から製麹された麹も用いることができることが確認された。
【0091】
<試験例6:チーズを用いて熟成させた熟成卵黄>
続いて、麹に代えて、青かび及び白かびが繁殖しているチーズを用いて熟成卵黄を製し、吸光度及びその他の物性について確認した。
[実施例30]
まず、市販のブルーチーズを用いて、液卵黄93質量部に対し、食塩4質量部とブルーチーズ3質量部を混合し、60℃の恒温器中で156時間熟成させ、実施例30の熟成卵黄を得た。実施例30の熟成卵黄の食塩含有量は4.1質量%であった。なお、得られた熟成卵黄を4℃の低温室で保管していたものを、後述する各分析に用いた。
【0092】
実施例30の熟成卵黄と、同一の食塩含有量(4.1質量%)の加塩卵黄とに対し、上述の方法で、それぞれの上清の280nmにおける吸光度を測定した。その結果、上記熟成卵黄の吸光度は0.188、加塩卵黄は0.110であり、加塩卵黄に対する熟成卵黄の吸光度は1.7であった。
また、相対蛍光強度は1.8×10
−2であった。
なお品温20℃でのpHは6.1、粘度は368Pa・S(ローターNo.7、10rpm、品温20℃の時)であった。
【0093】
さらに、実施例30の熟成卵黄を喫食したところ、卵黄特有のまろやかな風味に、旨味やコク、わずかな苦みが加わり、深みのある味わいであった。
【0094】
[実施例31]
市販のブルーチーズに代え、市販のカマンベールチーズを用いた以外は、実施例30と同様に実施例31の熟成卵黄を製した。得られた熟成卵黄の食塩含有量は、4.1質量%であった。
【0095】
実施例30の熟成卵黄と、同一の食塩含有量(4.1質量%)の加塩卵黄とに対し、上述の方法で、それぞれの上清の280nmにおける吸光度を測定した。その結果、上記熟成卵黄の吸光度は0.190、加塩卵黄は0.110であり、加塩卵黄に対する熟成卵黄の吸光度は1.7であった。
また、相対蛍光強度は2.1×10
−2であった。
なお20℃でのpHは6.1、粘度は384Pa・S(ローターNo.7、10rpm、20℃の時)であった。
【0096】
さらに、実施例31の熟成卵黄を喫食したところ、卵黄特有のまろやかな風味に、旨味やコク、わずかな苦みが加わり、深みのある味わいであった。
【0097】
<試験例7:熟成卵黄を用いた加工食品>
最後に、熟成卵黄を用いて様々な加工食品を製した。
[実施例32]
下記の配合割合に準じ、実施例1で得られた熟成卵黄を用いて、常法によりマヨネーズを製造した。
【0098】
(マヨネーズの配合割合)
食用油脂 70%
食酢 9%
卵黄 5%
熟成卵黄(食塩含有量4%) 1%
グルタミン酸ナトリウム 2%
食塩 2%
清水 11%
――――――――――――――――――
合計100%
【0099】
得られたマヨネーズを喫食したところ、マヨネーズに適した食味の良い熟成卵黄の味が感じられた。
【0100】
[実施例33]
下記の配合割合に準じ、実施例1で得られた熟成卵黄を用いて、常法によりカルボナーラソースを製造した。
【0101】
(カルボナーラソースの配合割合)
食用油脂 40%
還元澱粉糖化物(日研化成株式会社製、「エスイー30」) 32%
全粉乳 15%
チーズパウダー 5%
食塩 4%
卵黄 2%
熟成卵黄(食塩含有量4%) 1%
グルタミン酸ナトリウム 0.8%
キサンタンガム 0.1%
ブラックペッパー 0.1%
―――――――――――――――――――――――――――――――
合計100%
【0102】
得られたカルボナーラソースを喫食したところ、カルボナーラソースに適した食味の良い熟成卵黄の味が感じられた。
【0103】
[実施例34]
下記の配合割合に準じ、実施例2で得られた熟成卵黄を用いて、常法により卵スプレッドを製造した。
【0104】
(卵スプレッドの配合割合)
ゆで卵 76%
マヨネーズ 17%
加工澱粉 1%
ナイシン 0.5%
食塩 0.2%
熟成卵黄(食塩含有量4%) 1%
グルタミン酸ナトリウム 0.8%
キサンタンガム 0.1%
清水 3.4%
――――――――――――――――――――――
合計100%
【0105】
得られた卵スプレッドを喫食したところ、卵スプレッドに適した食味の良い熟成卵黄の味が感じられた。
【0106】
[実施例35]
下記の配合割合に準じ、実施例2で得られた熟成卵黄を用いて、常法によりポテトサラダを製造した。
【0107】
(ポテトサラダの配合割合)
マヨネーズ 14%
ジャガイモ 48%
きゅうり 6%
人参 6%
玉葱 6%
コーン 6%
キャベツ 6%
レタス 6%
熟成卵黄(食塩含有量4%) 1.5%
上白糖 0.3%
食塩 0.2%
――――――――――――――――――――――――
合計100%
【0108】
得られたポテトサラダを喫食したところ、ポテトサラダに適した食味の良い熟成卵黄の味が感じられた。
【0109】
[総括]
以上の結果から、麹と食塩を加えた卵黄を40℃〜65℃の低温で加熱しながら熟成することで、TCA溶液による処理後の上清における加塩卵黄に対する吸光度が1.5倍以上15.0倍以下の熟成卵黄を製造できることが確認された。
上記吸光度の範囲とすることで、卵黄タンパク質分解物由来の旨味やコクを十分有するとともに、これらが卵黄本来の風味と混ざり合い、食味のよい熟成卵黄を得ることができる。また、遊離アミノ酸としてのグルタミン酸、アスパラギン酸、バリン、ロイシン及びリジンの含有量をタンパク質100g当たり2g以上7g以下とすることで、アミノ酸特有の旨味やコクが混ざり合い、より好ましい熟成卵黄を得ることができる。
さらに、食塩添加量等を調整することで熟成卵黄の食塩含有量を12質量%以下とすることができ、旨味やコクを損なうような過剰な食塩を含有しない熟成卵黄を製造できることが確認された。
加えて、熟成時間を10日(240時間)以下、さらに8日(192時間)以下とし、熟成温度を45℃(50℃)以上60℃以下とすることで、脂質酸化物の相対蛍光強度を1.5×10
−2以上5.0×10
−2以下の範囲に調整することができる。したがって、本発明の熟成卵黄では、脂質酸化物の生成を適度に抑制し、収斂味の少ない良好な味わいを得られることが確認された。
また、実施例30,31の結果から、麹に代えてカビが繁殖したチーズを用いて熟成卵黄を製しても、やはり卵黄のまろやかな風味に独特のコクや旨味が加わり、良好な食味と風味を有する熟成卵黄が得られた。これにより、麹菌以外のカビを用いても、旨味とコクを有し食味の良い熟成卵黄が得られることが確認された。
そして、実施例32〜35の結果から、本発明の熟成卵黄は様々な加工食品に用いることができ、当該加工食品の味わいを深められることが確認された。