特許第6486661号(P6486661)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6486661いもち病抵抗性を有するイネ及びその生産方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6486661
(24)【登録日】2019年3月1日
(45)【発行日】2019年3月20日
(54)【発明の名称】いもち病抵抗性を有するイネ及びその生産方法
(51)【国際特許分類】
   A01H 5/00 20180101AFI20190311BHJP
   C12N 15/113 20100101ALI20190311BHJP
   C12N 15/55 20060101ALI20190311BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20190311BHJP
【FI】
   A01H5/00 AZNA
   C12N15/113 130Z
   C12N15/55
   A01H1/00 A
【請求項の数】9
【全頁数】38
(21)【出願番号】特願2014-234121(P2014-234121)
(22)【出願日】2014年11月19日
(65)【公開番号】特開2015-128417(P2015-128417A)
(43)【公開日】2015年7月16日
【審査請求日】2017年7月10日
(31)【優先権主張番号】特願2013-239247(P2013-239247)
(32)【優先日】2013年11月19日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2013-253167(P2013-253167)
(32)【優先日】2013年12月6日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度農林水産省、次世代農業プロジェクト、「作物に画期的な形質を付与する新しいゲノム育種技術の開発」委託事業に係わる、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100089118
【弁理士】
【氏名又は名称】酒井 宏明
(72)【発明者】
【氏名】高辻 博志
(72)【発明者】
【氏名】上野 宜久
(72)【発明者】
【氏名】吉田 理一郎
(72)【発明者】
【氏名】姜 昌杰
【審査官】 市島 洋介
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/157580(WO,A1)
【文献】 Plant Cell,2009年,Vol.21,pp.2884-2897
【文献】 Plant Cell,1998年,Vol.10,pp.849-857
【文献】 舘林 和夫, 他, “耐塩生・耐浸透圧性に関わる酵母の高浸透圧応答経路の制御機構”, [online], 2011.3, 公益財団法人ソルト・サイエンス研究財団 助成研究報告書, [2018.7.6 検索], インターネット<URL: http://www.saltscience.or.jp/general_research/2009/200907.pdf>
【文献】 Mol. Cell. Biol.,2008年,Vol.28, No.7,pp.2481-2494
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 1/00−17/00
C12N 15/00−15/90
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
OsPTP1及びOsPTP2であるタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性が抑制されている、いもち病抵抗性を有するイネ
【請求項2】
1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現の抑制が、RNAi法、アンチセンス法、共抑制法又はRNA指令型DNAメチル化法による抑制である、請求項1に記載のイネ
【請求項3】
1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の活性の抑制が、1又は複数の変異の導入による抑制である、請求項1に記載のイネ
【請求項4】
1又は複数の変異が、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子のタンパク質コード領域内における変異を少なくとも含む請求項3に記載のイネ
【請求項5】
1又は複数の変異がOsPTP1の258番目のシステイン残基に相当するシステイン残基、及び/又はOsPTP2の166番目のシステイン残基に相当するシステイン残基、をコードする、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子のコドンの変異を少なくとも含む、請求項3又は4に記載のイネ
【請求項6】
OsPTP1及びOsPTP2であるタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性を抑制する、いもち病抵抗性を有するイネの生産方法。
【請求項7】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現の抑制を、RNAi法、アンチセンス法、共抑制法又はRNA指令型DNAメチル化法によって行う請求項に記載のイネの生産方法。
【請求項8】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の活性の抑制を、1又は複数の変異を導入することにより行う、請求項に記載のイネの生産方法。
【請求項9】
請求項6〜のいずれか一項に記載の方法により生産されたイネの子孫又はクローンであって、OsPTP1及びOsPTP2であるタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性が抑制されている、いもち病抵抗性を有するイネ
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、病害抵抗性を有する植物及びその生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の病害による被害は、環境条件により影響されることが多い。例えば、イネのいもち病などの病害による被害は、冷害年などイネが低温にさらされた時に拡大することが知られており、近年では1993年及び2003年の冷害年に大きないもち病被害が発生した。また、いもち病の感染は、気温が低下する夜明け頃に起こりやすいことが知られている。これらは低温によってイネの抵抗性機構が弱められるためと考えられる。したがって、環境条件に左右されない、高い病害抵抗性を示す植物の開発は、農業における生産性向上のために有益である。
【0003】
サリチル酸(SA)シグナル伝達経路は、化学的抵抗性誘導剤により活性化され、イネのいもち病等の病害に対する防御においては中心的な役割を果たすことが知られている(非特許文献1及び2)。転写因子WRKY45は、このプロセスにおいて不可欠な役割を果たし、WRKY45を過剰発現させることで植物の病害抵抗性を向上させることができる(非特許文献1及び2)。特許文献1には、WRKY45遺伝子とプロモーター遺伝子の組み合わせを利用して、病害抵抗性と農業形質が両立する単子葉植物を作出できることが記載されている。
【0004】
しかし、SAシグナル伝達経路を介した病害抵抗性の向上効果は、低温条件下におけるアブシジン酸(ABA)シグナル伝達の活性化により阻害されるが、そのメカニズムは不明である(非特許文献3及び4)。
【0005】
一方、イネのMAPキナーゼの一つであるOsMPK6は、SAに応答して活性化し、WRKY45タンパク質をリン酸化することが知られている(非特許文献5)。一般にMAPキナーゼは、TEYシグネチャー配列内のトレオニン(Thr)及びチロシン(Tyr)残基における二重リン酸化(dual−phosphorylation)がその活性化において不可欠であるが、OsMPK6は225−227位にTEYシグネチャー配列を有している(非特許文献6)。
【0006】
非特許文献7には、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)において、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素(PTPアーゼ)AtPTP1がin vitroにおいてMAPキナーゼ(MAPK)のリン酸化チロシン残基を脱リン酸化すること、AtPTP1並びにタンパク質中のリン酸化トレオニン残基若しくはリン酸化セリン残基及びリン酸化チロシン残基の双方を脱リン酸化する活性を有するタンパク質脱リン酸酵素であるMKP1の両者が機能欠損することによって病害抵抗性が高まることが記載されている。
【0007】
典型的なタンパク質チロシン脱リン酸化酵素であるヒトPTP1Bに関するこれまでの研究は、ヒトPTP1Bが他のタンパク質中のリン酸化チロシン残基に結合した後、前記リン酸化チロシン残基のリン酸基がヒトPTP1Bの215番目のシステイン残基に転移する結果、該他のタンパク質中のリン酸化チロシン残基が脱リン酸化されることを示している(非特許文献8)。このリン酸基の転移にとって上記システイン残基中のチオール基の存在が必須である。また、リン酸化チロシン残基から前記システイン残基へのリン酸基の転移をヒトPTP1B中の181番目のアスパラギン残基が一般ルイス塩基として促進することが示されている(非特許文献9)。Flintら(非特許文献10)はヒトPTP1Bの変異体解析の結果から、PTP1Bの215番目のシステイン残基又は181番目のアスパラギン残基が他のアミノ酸残基に置換された変異体酵素の酵素活性がほとんど消失することを見出している。Xuら(非特許文献11)は、この知見に基づき、シロイヌナズナのタンパク質チロシン脱リン酸化酵素であるAtPTP1の変異体解析を行い、ヒトPTP1Bにおける215番目のシステイン残基に相当するAtPTP1の265番目のシステイン残基又はヒトPTP1Bにおける181番目のアスパラギン酸残基に相当するAtPTP1の234番目のアスパラギン酸残基が他のアミノ酸残基に置換された変異体AtPTP1の酵素活性が消失することを報告している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2012/121093号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】M.Shimono et al.,Plant Cell 19,2064(2007)
【非特許文献2】M.Shimono et al.,Mol.Plant Pathol.13,83(2012)
【非特許文献3】A.Robert−Seilaniantz,M.Grant,J.D.Jones,Annu.Rev.Phytopathol.49,317(2011).
【非特許文献4】M.Fujita et al.,Curr.Opin.Plant Biol.9,436(2006)
【非特許文献5】Y.Ueno et al.,Plant Signal Behav.8,e24510(2013)
【非特許文献6】N.G.Anderson,J.L.Maller,N.K.Tonks,T.W.Sturgill,Nature 343,651(1990)
【非特許文献7】S.Bartels et al.,Plant Cell 21,2884(2009)
【非特許文献8】Bradford et al.,Science 263,1397−1404(1994)
【非特許文献9】Jia et al.,Science 268,1754−1758(1995)
【非特許文献10】Flint et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 94,1680−1685(1997)
【非特許文献11】Xu et al.,Plant Cell 10,849−857(1998)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1では、病害抵抗性を低温下など過酷な環境条件においても維持及び向上させることには着目していない。また、非特許文献1〜11には、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素が様々な植物で病害抵抗性の維持又は向上にかかわっていること、特に、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素が、低温等の環境条件は左右されない病害抵抗性の維持又は向上にかかわっていることは、記載されていない。
【0011】
本発明の目的は、高い病害抵抗性を有する植物、特に、環境条件に左右されない高い病害抵抗性を有する植物、及び、高い病害抵抗性、特に、環境条件に左右されない高い病害抵抗性を植物に付与するための技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は以下の発明を提供する。
〔1〕1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性が抑制されている、病害抵抗性を有する植物。
〔2〕1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現の抑制が、RNAi法、アンチセンス法、共抑制法又はRNA指令型DNAメチル化法による抑制である、上記〔1〕に記載の植物。
〔3〕1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の活性の抑制が、1又は複数の変異の導入による抑制である、上記〔1〕に記載の植物。
〔4〕1又は複数の変異が、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子のタンパク質コード領域内における変異を少なくとも含む上記〔3〕に記載の植物。
〔5〕1又は複数の変異が、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素に含まれるアミノ酸残基であって、OsPTP1の258番目のシステイン残基に相当するシステイン残基、及び/又はOsPTP2の166番目のシステイン残基に相当するシステイン残基、をコードする、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子のコドンの変異を少なくとも含む、上記〔3〕又は〔4〕に記載の植物。
〔6〕単子葉植物である、上記〔1〕〜〔5〕のいずれか一項に記載の植物。
〔7〕イネである、上記〔1〕〜〔6〕のいずれか一項に記載の植物。
〔8〕1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性を抑制する、病害抵抗性を有する植物の生産方法。
〔9〕1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現の抑制を、RNAi法、アンチセンス法、共抑制法又はRNA指令型DNAメチル化法によって行う上記〔8〕に記載の植物の生産方法。
〔10〕1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の活性の抑制を、1又は複数の変異を導入することにより行う、上記〔8〕に記載の植物の生産方法。
〔11〕上記〔8〕〜〔10〕のいずれか一項に記載の方法により生産された植物の子孫又はクローンであって、1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性が抑制されている、病害抵抗性を有する植物。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、植物に対し、高い病害抵抗性を付与することができる。本発明の一態様によりもたらされる病害抵抗性植物は、冷害時にも顕著な病害抵抗性を示し、そのために従来の植物を栽培する際と比較して、低温時においても抵抗性誘導剤の効果を持続させることができる。よって、本発明は、イネをはじめとする植物生産性向上を図ることができ、植物が関与する農業、食品産業等の分野において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、サリチル酸経路のモデルを示す図である。
図2図2は、サリチル酸(SA)処理後又は未処理の、野生型(WT)イネカルス、osmpk6遺伝子変異型イネカルス、及び野生型(WT)イネ葉を用いた、抗pTEpY抗体(上段)、抗OsMPK6(中段)及び抗PEPC抗体(下段)によるイムノブロットアッセイの結果を示す図である。図2中の矢じりはOsMPK6のバンドを、*及び**はOsMPK6以外の他のMAPキナーゼのバンドを、それぞれ示す。
図3図3は、変異型K96R及び変異型K96R/T225A/Y227DのMBP標識OsMPK6を用いたリン酸化アッセイの結果(上段)並びにローディングコントロールとしてのクーマシーブリリアントブルー(CBB)染色の結果(下段)を示す図である。図3中、矢じりはMBP−OsMPK6のバンド、*はGST−MKK10−2Dのバンドをそれぞれ示す。
図4図4は、野生型(WT)、変異型T225A及び変異型Y227DのMBP標識OsMPK6(MBP-MPK6)を用いたリン酸化アッセイの結果(上段)並びにローディングコントロールとしてのクーマシーブリリアントブルー(CBB)染色(下段)の結果を示す図である。
図5図5は、デキサメタゾン処理(Dex)又はmock処理後のGVG−MKK10−2D形質転換イネ(系統♯3及び♯14)の抽出液を用いた、抗pTEpY抗体(上段)、抗OsMPK6抗体(下段)によるイムノブロットアッセイにおける経時的な変化を示す図である。
図6図6は、デキサメタゾン処理(Dex)又はmock処理後のGVG−MKK10−2D形質転換イネ(系統♯3及び♯14)における、WRKY45転写レベル(ユビキチン転写レベルに対する相対レベル:3回の測定値の平均及び標準偏差)の経時的な変化を示す図である。
図7図7は、デキサメタゾン処理又は未処理M.oryzaeを接種したGVG−MKK10−2D(系統♯3及び♯14)における葉身あたりの病斑数(n=12生物学的反復:平均及び標準偏差)を示す図である。図7中、*は、P<0.1で有意差あり(スチューデントt検定)を示す。
図8図8は、デキサメタゾン処理(Dex)及び/又はアブシジン酸(ABA)処理後のGVG−MKK10−2Dイネ(系統♯3)における、MKK10−2D転写レベル、WRKY45転写レベル、抗pTEpY抗体によるイムノブロットアッセイの結果、抗リン酸化チロシン(pY)抗体によるイムノブロットアッセイの結果、抗リン酸化トレオニン(pT)抗体によるイムノブロットアッセイの結果、抗OsMPK6抗体によるイムノブロットアッセイの結果それぞれを示す図であり、これらを上から順に示す。矢じりはOsMPK6の位置を示す。
図9図9は、デキサメタゾン処理(Dex)及び/又はアブシジン酸(ABA)処理後のGVG−MKK10−2D植物(系統♯3及び♯14)における、MKK10−2D転写レベル(ユビキチン転写レベルに対する相対レベル:3回の測定値の平均及び標準偏差;上段)、WRKY45転写レベル(ユビキチン転写レベルに対する相対レベル:3回の測定値の平均及び標準偏差;下段)の結果の経時的変化を示す図である。
図10図10は、デキサメタゾン処理(Dex)及び/又はアブシジン酸(ABA)処理後のGVG−MKK10−2D植物(系統♯14)における、抗pTEpY抗体によるイムノブロットアッセイの結果、抗リン酸化チロシン(pY)抗体によるイムノブロットアッセイの結果、抗リン酸化トレオニン(pT)抗体によるイムノブロットアッセイの結果、抗OsMPK6抗体によるイムノブロットアッセイの結果それぞれを示す図であり、これらを上から順に示す。矢じりはOsMPK6の位置を示す。
図11図11は、Bay11−7082又はバナジン酸と、サリチル酸(SA)とアブシジン酸(ABA:100μM)とで処理した野生型イネにおける、WRKY45転写レベル(ユビキチン転写レベルに対する相対レベル:6回以上の生物学的反復の平均及び標準偏差)を示す図である。図11中、***は、有意差あり(P<0.01:スチューデントt検定)を示す。
図12図12は、Bay11−7082又はバナジン酸と、サリチル酸(SA)とアブシジン酸(ABA)とで処理した野生型イネにおける、WRKY45転写レベル(ユビキチン転写レベルに対する相対レベル:平均及び標準偏差)を示す図である。図12中、*は、P<0.05で有意差あり、**は、P<0.001で有意差あり(スチューデントt検定)を示す。
図13図13は、OsPTP1とOsPTP2遺伝子を同時にRNAi法でノックダウンするためのコンストラクトPTP−wkdの構成を模式的に示す図である。
図14図14は、OsPTP1、OsPTP2及びAtPTP1のアラインメントを示す図である。図14中、ボックスは保持されているアミノ酸配列を、*は触媒に不可欠のCys残基を示す。
図15図15は、ABA処理下におけるSA処理後のWT植物及びPTP−wkd植物における、抗pTEpY抗体及び抗OsMPK6抗体による各イムノブロットアッセイの結果を示す図である。
図16図16は、野生型MBP−PTP1(WT)及びMBP−PTP2(WT)、並びに変異型MPB−PTP1(CS)及びMPB−PTP2(CS)のリン酸化アッセイ(MBP−MPK6)の結果(上段)、ローディングコントロールとしてのクーマシーブリリアントブルー(CBB)染色の結果(中段)、及びMBP−WRKY45のリン酸化アッセイ(MBP−WRKY45)の結果を示す図である。
図17図17は、サリチル酸(SA)とアブシジン酸(ABA)とで処理した野生型イネ(WT)及びOsPTP1/2ノックダウンイネ(PTP−wkd)における、WRKY45転写レベル(上段)、OsPTP1転写レベル(中段)及びOsPTP2転写レベル(下段)(それぞれ、ユビキチン転写レベルに対する相対レベル:3回の技術的反復の平均及び標準偏差)を示す図である。
図18図18は、BTH及び/又はABA処理若しくは未処理のWT、WRKY45−過剰発現植物(W45−ox)及びPTP−wkd植物にM.Oryzaeを接種した後、接種葉におけるM.oryzae 28S rDNAの定量値を示すグラフである。それぞれ通常温度(30℃)又は低温処理(15℃)したイネの葉身を用いた。図18中、*はP<0.1、**は、P<0.05で有意差あり、***は、P<0.005で有意差あり(スチューデントt検定)をそれぞれ示す。
図19図19は、植物のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子のcDNA配列から推定したタンパク質チロシン脱リン酸化酵素のアミノ酸配列のアラインメントを示す図である。各配列の左側にcDNAが由来する植物種を示す。植物種は以下のとおりであり、かっこ内は各cDNAデータのGenbank Accession No.を示す。A thaliana:シロイヌナズナ(AT1G71860)、G max:ダイズ(AJ006308)、P sativum:エンドウ(AJ005589)、P vulgaris:インゲン(AY603965)、S lycopersicum:トマト(BT014264)、O sativa PTP1:イネ(AK106448)、O sativa PTP2:イネ(AK243006)、T aestivum 1:コムギ(BT009319)、T aestivum 2:コムギ(BT009636)、Z mays 1:トウモロコシ(BT041145)、Z mays 2:トウモロコシ(BT065365)、P amabilis:コチョウラン(GU119901)。 アミノ酸配列中のアミノ酸残基は一文字記号で示す。アミノ酸配列中の「−」は、アミノ酸配列間の相同性を最大化するために挿入されたギャップを示す。T aestivum 1、T aestivum 2、及びZ mays 2に由来するcDNAは翻訳開始コドンを含まない不完全cDNAであり、図には各cDNAによってコードされたタンパク質部分のアミノ酸配列を示す。
図20図20は、BTH処理及び/又は250mM NaCl処理又は未処理の各イネ系統(野生型イネ(日本晴;NB)とPTP−kdイネ(♯3及び♯11)にM.oryzaeを接種した後の、いもち病抵抗性(接種葉におけるM.oryzae 28S rDNAのユビキチン転写レベルに対する相対値)を示すグラフである。図中の結果は、3回以上の繰り返し実験の各実験結果を統計処理して算出した平均値及び標準偏差である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の植物は、1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性が抑制されている病害抵抗性を有する植物である。
【0016】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素(プロテインチロシンフォスファターゼ、PTPアーゼ)は、リン酸化されたチロシン残基を脱リン酸化する酵素である。本発明者らが後段の実施例に示すとおり、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素は、植物における病害抵抗性の発現にかかわっている。
【0017】
図1は、イネ(Oryza sativa)のサリチル酸経路を模式的に示した図である。サリチル酸経路においては、MAPキナーゼ(OsMPK6)の活性化に伴い、WRKY45がリン酸化され、自己制御によって更に発現が誘導されて病害抵抗性発現に至る。本発明者らが後段の実施例で示すとおり、低温条件(例えば15℃以下)等の場合に、アブシジン酸(ABA)を介してタンパク質チロシン脱リン酸化酵素(OsPTP1及びOsPTP2)の機能発現誘導が起こり、これによりOsMPK6が脱リン酸化されて不活性化する。そのため、OsMPK6より下流の情報伝達が停止し、言い換えればWRKY45に依存した病害に対する防御が起こらず、病害抵抗性が発現しない。後段の実施例に示すとおり、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素は、サリチル酸経路中のMAPキナーゼ(OsMPK6)を脱リン酸化して不活性化する。そのため、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性を抑制することにより、植物に病害抵抗性を与える又は高めることができる。
【0018】
本明細書において、アミノ酸残基は、3文字記号(例えば、Tyrはチロシン残基を表す)、又は1文字記号(例えば、Yはチロシン残基を表す)で表されることがある。
【0019】
本発明においてOsPTP1は、その変異体、誘導体、バリアント又はホモログを含み、以下の(A1)〜(C1)を意味する:
(A1)配列番号1のアミノ酸配列を有するタンパク質;
(B1)配列番号1のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基が、欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素活性を有するタンパク質;及び、
(C1)配列番号1のアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素活性を有するタンパク質。
【0020】
本発明においてOsPTP2は、その変異体、誘導体、バリアント又はホモログを含み、以下の(A2)〜(C2)を意味する:
(A2)配列番号2のアミノ酸配列を有するタンパク質;
(B2)配列番号2のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基が、欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素活性を有するタンパク質;及び、
(C2)配列番号2のアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素活性を有するタンパク質。
【0021】
配列番号1及び2のアミノ酸配列は、それぞれイネのOsPTP1及びOsPTP2のアミノ酸配列である。よって、(B1)及び(C1)は(A1)の変異体、誘導体、バリアント又はホモログを意図しており、(B2)及び(C2)は、(A2)の変異体、誘導体、バリアント又はホモログを意図している。
【0022】
(B1)及び(B2)において、欠失、置換、挿入及び/又は付加されていてもよいアミノ酸残基数は、例えば50個以内、40個以内、30個以内、20個以内、10個以内であり、好ましくは5個以内であり、より好ましくは4個以内であり、更に好ましくは3個以内であり、更により好ましくは2個以内であり、とりわけ好ましくは1個である。
【0023】
(B1)及び(B2)において、変異後のアミノ酸残基においては、変異前のアミノ酸側鎖の性質が保存されていることが好ましい。アミノ酸を側鎖の性質により分類すると、以下のとおりである:疎水性アミノ酸(アラニン(A)、イソロイシン(I)、ロイシン(L)、メチオニン(M)、フェニルアラニン(F)、プロリン(P)、チロシン(Y)、トリプトファン(W)、バリン(V)等);親水性アミノ酸(アルギニン(R)、アスパラギン(N)、アスパラギン酸(D)、システイン(C)、グルタミン酸(E)、グルタミン(Q)、グリシン(G)、ヒスチジン(H)、リシン(K)、セリン(S)、トレオニン(T)等);脂肪族側鎖を有するアミノ酸(グリシン(G)、アラニン(A)、イソロイシン(I)、ロイシン(L)、バリン(V)、プロリン(P)等);水酸基含有側鎖を有するアミノ酸(セリン(S)、トレオニン(T)、チロシン(Y)等);硫黄原子含有側鎖を有するアミノ酸(システイン(C)、メチオニン(M)等);カルボン酸及びアミド含有側鎖を有するアミノ酸(アスパラギン酸(D)、アスパラギン(N)、グルタミン(Q)、グルタミン酸(E)等);塩基含有側鎖を有するアミノ酸(アルギニン(R)、ヒスチジン(H)、リシン(K)等);酸含有側鎖を有するアミノ酸(アスパラギン酸(D)、グルタミン酸(E)等);β位分岐側鎖を有するアミノ酸(トレオニン(T)、バリン(V)、イソロイシン(I)等);及び、芳香族含有側鎖を有するアミノ酸(ヒスチジン(H)、フェニルアラニン(F)、トリプトファン(W)、チロシン(Y)等)。
【0024】
(C1)及び(C2)において、アミノ酸配列の同一性は、アミノ酸配列全体又は機能発現に必要な領域で70%以上であり、例えば80%以上、90%以上、95%以上であり、好ましくは96%以上であり、より好ましくは97%以上であり、更に好ましくは98%以上であり、更により好ましくは99%以上である。アミノ酸配列の同一性は、BLAST(Proc.Natl.Acad.Sci.,USA 87:2264−2268,1990;Proc.Natl.Acad.Sci.USA 90;5873,1993)等のアルゴリズムを用いて決定でき、BLASTN、BLASTX等のプログラム(Altschul S.F.et al.,J.Mol.Biol.215:403,1990)を利用しても決定できる。BLASTXを用いてアミノ酸配列を決定する際のパラメーターとしては、score=50、wordlength=3が例示される。BLASTNを用いて塩基配列を決定する際に用いるパラメーターとしては、score=100、wordlength=12が例示される。BLAST及びGapped BLASTプログラムを用いる際には、各プログラムのデフォルトパラメータを用いればよい。
【0025】
イネ以外の植物のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子cDNAとして、インゲン(Phaseolus vulgaris;GenBankアクセッション番号、AY603965)、エンドウ(Pisum sativum;GenBankアクセッション番号、AJ005589)、ダイズ(Glycine max;GenBankアクセッション番号、AJ006308)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana;GenBankアクセッション番号、AF055635)、コチョウラン(Phalaenopsis amabilis;GenBankアクセッション番号、GU119901)、コムギ(Triticum aestivum;GenBankアクセッション番号、BT009319及びBT009636)、トウモロコシ(Zea mays;GenBankアクセッション番号、BT041145及びBT065365)、トマト(Lycopersicon esculentum;GenBankアクセッション番号、BT014264)が例示される。これらのcDNAでコードされるタンパク質のアミノ酸配列はそれぞれOsPTP1及びOsPTP2のアミノ酸配列と高い相同性を有することから、これらのcDNAでコードされるタンパク質は、OsPTP1あるいはOsPTP2の同祖タンパク質(Orthologous proteins)であると考えられる(図19)。本発明においてタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子とは、上記の植物種におけるタンパク質チロシン脱リン酸化酵素及びそれらの同祖タンパク質をコードする遺伝子である。
【0026】
本発明において発現又は活性が抑制されるタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子は、通常、内在性の(endogeneous)タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子である。すなわち、その植物が本来有するタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子である。その植物の内在性タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子が1種である場合には、その発現又は活性が抑制されていればよい。その植物が2種以上の内在性該酵素遺伝子を有する場合には、そのうちの1種以上の発現又は活性が抑制されていればよく、全部の発現が抑制されていてもよいが、そのうちの2種以上の発現又は活性が抑制されていることが好ましい。また、植物細胞が有する1種の内在性タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の対立遺伝子(アレル)のうち、少なくとも一つのアレルの発現又は活性が抑制されていればよく、両方のアレルの発現又は活性が抑制されていることが好ましい。更に、本発明の目的に反しない限り、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子以外の遺伝子の発現及び活性が同時に抑制されていてもよい。
【0027】
本発明が対象とする植物の種類は、特に限定されず、1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素を本来有する植物であればよい。植物は双子葉植物及び単子葉植物のいずれでもよく、イネ属植物(イネなど)、インゲンマメ属植物(インゲンマメなど)、エンドウ属植物(エンドウなど)、ダイズ属植物(ダイズなど)、シロイヌナズナ属植物(シロイヌナズナなど)、コチョウラン属植物(コチョウランなど)、ナス属植物(トマトなど)、オオムギ属植物(オオムギなど)、コムギ属植物(コムギなど)、トウモロコシ属植物(トウモロコシなど)、アキノノゲシ属(レタスなど)、ネギ属(ネギなど)、ホウレンソウ属(ホウレンソウなど)、ダイコン属(ダイコンなど)、アブラナ属(ハクサイ、キャベツ、ブロッコリ、カリフラワー、カブなど)、ソラマメ属(ソラマメなど)、ミツバ属(ミツバなど)、キュウリ属(キュウリ、メロンなど)、スイカ属(スイカなど)、カボチャ属(カボチャなど)が例示される。このうち、単子葉植物が好ましく、イネ属植物がより好ましく、イネ(Oryza sativa)がより好ましい。
【0028】
イネ(Oryza sativa)は、ジャポニカ種(Oryza sativa subsp.japonica)、インディカ種(Oryza sativa subsp.indica)及びジャバニカ種(Oryza sativa subsp.javanica)のいずれでもよい。イネは粳米でももち米でもよい。また、イネの品種、粳米ともち米との別などについても特に問わない。
【0029】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性が抑制されているとは、例えば、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子が発現しないこと、通常の植物と比較して該遺伝子の発現量が低いこと、該遺伝子産物の活性が低下していることが例示される。
【0030】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現が抑制されているか否かは、本発明に係る植物における当該遺伝子のmRNAの量又は翻訳産物(タンパク質チロシン脱リン酸化酵素)の量がコントロール植物における当該遺伝子のmRNAの量又は翻訳産物の量と比較して減少しているか否かを調べることによって決定することができる。コントロール植物とは、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性が抑制されていない植物であり、通常は、人為的な抑制処理が加えられていない植物である。例えば、イネ(品種:日本晴)に変異を導入してなる病害抵抗性を有する植物において、コントロール植物は、変異導入前のイネ(日本晴)である。
【0031】
例えば、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現がRNAi法、アンチセンス法、共抑制法又はRNA指令型DNAメチル化法により抑制されている場合には、実施例6に記載の方法により、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現が抑制されている植物及びコントロール植物の対応する部位(例えば、葉)からそれぞれ全RNAを抽出してcDNAを合成し、これらを鋳型とし適当なプライマーDNAを用いた定量PCR法を行うことにより、両者におけるタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子mRNAの量を比較することができる。また、試料とした全RNAの量を標準化するために、例えば、試料中の内在性ユビキチン遺伝子mRNAの量を同様に測定して、両者におけるタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子mRNAとユビキチン遺伝子mRNAの量比を決定し、この量比を両者におけるタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子mRNAの量的比較の指標とすることが好ましい。植物においてタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現が抑制されているというためには、当該植物における当該遺伝子mRNAの量又は翻訳産物の量がコントロール植物における当該遺伝子mRNAの量又は翻訳産物の量と比較して50%から0%の範囲であればよく、当該範囲が30%から0%であることが好ましく、当該範囲が10%から0%であることがより好ましい。
【0032】
植物におけるタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の翻訳産物の量を調べる方法としては、翻訳産物に特異的な抗体を用いたイムノブロットアッセイ、イライザアッセイ等が例示され、イムノブロット法がより好ましい。
【0033】
変異が導入されたタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子によってコードされたタンパク質チロシン脱リン酸化酵素の活性が抑制されているか否かは、非特許文献11に記載の方法に準じて調べることができる。
【0034】
すなわち、OsPTP1遺伝子に導入された変異について調べる場合を例示すると、以下のとおりである。配列番号3の塩基配列の1番目から987番目の配列をpMAL−c5xベクター(New England Biolabs,Inc.)のポリリンカーサイトに挿入して、OsPTP1とマルトース結合タンパク質との融合タンパク質(MBP−PTP1(WT))を発現するベクターpMAL−PTP1(WT)を作製する。当業者によく知られた方法で、このベクター中のOsPTP1をコードする配列に目的とする変異(塩基置換、欠失等)を導入する。その結果、目的とする変異に起因するアミノ酸配列上の変異を有するOsPTP1とマルトース結合タンパク質との融合タンパク質(MBP−PTP1(変異))を発現するこのベクターpMAL−PTP1(変異)が得られる。pMAL−PTP1(WT)及びpMAL−PTP1(変異)でそれぞれ形質転換した大腸菌体から当業者によく知られた方法で可溶性抽出物を得る。当該抽出物からアミロースレジンカラムを用いてMBP−PTP1(WT)及びMBP−PTP1(変異)をそれぞれ精製する。
【0035】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素の基質として32P標識したカゼイン又はミエリン塩基性タンパク質を以下のように調製する。カゼイン又はミエリン塩基性タンパク質(50マイクログラム)、32P標識−γ−ATP(50マイクロキュリー)及びヒトc−Src(25ユニット、Upstate Biotechnology Inc.社製)を100マイクロリットルの反応液(25mM Tris−HCl(pH7.2)、5mM MnCl2、0.5mM EGTA、 0.05mM Na3VO4、25mM Mg(OAc)2)中で30℃、1時間反応させる。反応液を逆層カラム(Sep−Pak−18、Waters社製)にロードし、カラムを0.1%トリフルオロ酢酸で洗浄した後、32P標識されたカゼイン又はミエリン塩基性タンパク質をアセトニトリルで溶出する。溶出されたタンパク質を凍結乾燥しリン酸バッファー(50mM Tris−HCl(pH 7.0)、2mM ジチオスレイトール)に溶解し低温保存する。
【0036】
上記MBP−PTP1(WT)及びMBP−PTP1(変異)の脱リン酸化酵素活性を、32P標識された基質タンパク質からの32Pの放出を測定することによって決定する。MBP―PTP1(WT)又はMBP−PTP1(変異)(5ng/ml)を含む100マイクロリットルの反応液(50mM Tris−HCl、2mM ジチオスレイトール)に32P標識された基質タンパク質(2x104cpm)を加え、30℃で保温する。一定時間毎に反応液に2倍量の25%トリフルオロ酢酸を加えて反応を止める。反応液を遠心分離して上清中の32Pのカウントをシンチレーションカウンターで測定する。上清中の32Pの放射活性を反応時間に対してプロットする。上清中の32Pの放射活性が反応時間に比例して増加する範囲、例えば、反応開始から0分後まで、反応開始から20分後まで、又は反応開始から30分後までにおける上清中の32Pの放射活性の増加速度から脱リン酸化反応速度を決定することができる。
【0037】
変異が導入されたタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の活性が抑制されたというためには、当該変異が導入されたタンパク質チロシン脱リン酸化酵素部分を含む融合タンパク質(例えば、MBP−PTP1(変異))による上記の方法で測定された脱リン酸化反応速度が野生型融合タンパク質(たとえば、MBP−PTP1(WT))による脱リン酸化反応速度と比較して0%から50%の範囲であればよく、当該範囲が0%から20%であることが好ましく、当該範囲が0%から10%であることがより好ましく、当該範囲が0%から5%であることが更により好ましい。また、変異が導入されたタンパク質チロシン脱リン酸化酵素部分を含む融合タンパク質の酵素活性が実質的に失われていることがとりわけ好ましい。
【0038】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子とは、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素をコードする遺伝子を意味する。本明細書中において遺伝子とは、通常、内在性の(endogeneous)遺伝子である。また、本明細書中において遺伝子とは、ポリヌクレオチド、すなわちヌクレオチドの重合体を意味する場合がある。ポリヌクレオチドは、DNA(cDNA、ゲノムDNA等)又はRNA(mRNA等)であってもよい。DNA及びRNAは、特に断らない限り、2本鎖及び1本鎖のいずれでもよい。1本鎖DNA及びRNAは、特に断らない限り、コード鎖(センス鎖)でも、非コード鎖(アンチセンス鎖)でもよい。ポリヌクレオチドは、化学的に合成されたポリヌクレオチドであってもよい。化学的な合成方法としては、市販のポリヌクレオチド改変キット(例えば、QuikChange Multi Site−Directed Mutagenesis Kit(Stratagene)、KOD−Plus Site−Directed Mutagenesis Kit(東洋紡)、Transformer Site−Directed Mutagenesis Kit(Clontech))を利用する方法、ポリメラーゼ連鎖反応法(PCR)を利用する方法が例示される。
【0039】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素がOsPTP1の場合、チロシン脱リン酸化酵素遺伝子としては以下の(a1)〜(e1)が例示される:
(a1)配列番号1のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(b1)配列番号1のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基が、欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(c1)配列番号1のアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(d1)配列番号1のアミノ酸配列をコードする塩基配列又は配列番号3の塩基配列のうち1〜987番目の塩基配列を有するポリヌクレオチド;及び
(e1)配列番号1のアミノ酸配列をコードする塩基配列又は配列番号3の塩基配列のうち1〜987番目の塩基配列からなるポリヌクレオチドの相補的なポリヌクレオチド又はそのプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【0040】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素がOsPTP2の場合、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子としては以下の(a2)〜(e2)が例示される:
(a2)配列番号2のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(b2)配列番号2のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸残基が、欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列を有し、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(c2)配列番号2のアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(d2)配列番号2のアミノ酸配列をコードする塩基配列又は配列番号4の塩基配列のうち1〜714番目の塩基配列を有するポリヌクレオチド;及び
(e2)配列番号2のアミノ酸配列をコードする塩基配列又は配列番号4の塩基配列のうち1〜714番目の塩基配列からなるポリヌクレオチドの相補的なポリヌクレオチド又はそのプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【0041】
配列番号1及び2のアミノ酸配列は、それぞれイネのOsPTP1及びOsPTP2のアミノ酸配列である。配列番号3の塩基配列のうち1〜987番目の塩基配列、及び配列番号4の塩基配列のうち1〜714番目の塩基配列は、それぞれイネのOsPTP1及びOsPTP2をコードする領域の塩基配列である。よって、(b1)、(c1)、及び(e1)は、(a1)の変異体、誘導体、バリアント又はホモログを意図しており、(b2)、(c2)、及び(e2)は、(a2)の変異体、誘導体、バリアント又はホモログを意図している。
【0042】
(b1)及び(b2)における、欠失、置換、挿入及び/又は付加されていてもよいアミノ酸残基の数、種類については前述のとおりである。(c1)及び(c2)における、アミノ酸配列の同一性についても前述のとおりである。
【0043】
(d1)及び(e1)並びに(d2)及び(e2)において各遺伝子を構成するコドンは、対応するアミノ酸をコードするコドンであればよい。
【0044】
(e1)及び(e2)において、ストリンジェントな条件とは、塩基配列に特異的な2本鎖のポリヌクレオチドが形成され、非特異的な2本鎖のポリヌクレオチドが形成されない条件を言う。換言すれば、相同性が高い拡散同士、例えば、完全にマッチしたハイブリッドの融解温度(Tm値)から15℃低い温度、好ましくは10℃低い温度、更に好ましくは5℃低い温度までの範囲の温度でハイブリダイズする条件とも言える。ストリンジェントな条件としては、以下の条件が挙げられる:6M尿素、0.4%SDS、0.5×SSCの条件下でハイブリダイズする条件;及び、6M尿素、0.4%SDS、0.1×SSCの条件下で16〜24時間ハイブリダイズする条件。当業者であれば、Molecular Cloning (Sambrook,J.et.al.,Molecular Cloning:a Laboratory Manual 2nd ed.,Cold Spring Harbor Laboratory Press,10 Skyline Drive Plainview,NY(1989))等の文献を参照すれば、このような遺伝子を容易に取得できる。ポリヌクレオチドの塩基配列は、ジデオキシ法等の方法により決定され得る。また、先述のBLAST等のアルゴリズム、BLASTN、BLASTX等のプログラムを用いて塩基配列の同一性を解析できる。
【0045】
病害抵抗性とは、病害に対し抵抗性(抵抗力、耐性)を有すること、病害に対する抵抗性がコントロール植物より低下しにくいこと、病害における症状が生じないこと、病害における症状が生じにくいこと、病原体の増殖を阻害すること、などを意味する。本発明において病害抵抗性は、低温下(例えば15℃以下)で植物を生育した場合の病害抵抗性を意味することが好ましく、低温下かつプラントアクチベーターの存在下で植物を生育した場合に植物に接種された病原体の増殖を阻害することを意味することがより好ましい。
【0046】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性の抑制は、通常は人為的な方法で行われる。遺伝子の発現を抑制する方法としては、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の転写の抑制、転写されたmRNAの翻訳の抑制が例示される。
【0047】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の転写を抑制する方法としては、以下が例示される:RNA指令型DNAメチル化法、プロモーター、エンハンサー等の転写を調節する配列の挿入、削除又は変更;及び、転写を抑制するタンパク質又は化合物の遺伝子への結合。これらの方法のうち、RNA指令型DNAメチル化法が好ましい。
【0048】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子から転写されたmRNAの翻訳を抑制する方法としては、RNAi法、アンチセンス法、共抑制法、リボザイム法が例示される。本発明においては、これらの方法のうち、RNAi法が好ましい。
【0049】
RNAi(RNA干渉)法では、2本鎖RNAを植物細胞に導入してRNA干渉を生じさせ、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子のmRNAを分解させる。
【0050】
2本鎖RNAは、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子に相補的なmRNAを分解させることのできる2本鎖RNAであればよく、生体内又は細胞内でチロシン脱リン酸化酵素活性をコードする遺伝子に相補的なmRNAに結合可能なshort interfering RNA(siRNA)を発生させることができる2本鎖RNAが好ましい。タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子がOsPTP1遺伝子である場合、2本鎖RNAは、例えば、上記の(a1)〜(e1)から選ばれる1つのうちの一部(例えば連続した10塩基以上、20塩基以上、30塩基以上、40塩基以上、50塩基以上、60塩基以上、70塩基以上、80塩基以上、90塩基以上、100塩基以上、200塩基以上の領域)を含む塩基配列とその相補配列を含む2本鎖RNAが好ましい。タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子がOsPTP2遺伝子である場合、2本鎖DNAは、例えば、上記の(a2)〜(e2)から選ばれる1つのうちの一部の塩基配列とその相補配列を含む2本鎖RNAが好ましい。
【0051】
2本鎖RNAの長さの上限は通常15塩基以上、例えば、20塩基以上、30塩基以上、40塩基以上、50塩基以上、60塩基以上、70塩基以上、80塩基以上、90塩基以上、100塩基以上、好ましくは200塩基以上である。2本鎖DNAの長さの下限は通常500塩基以下、例えば450塩基以下、400塩基以下、好ましくは350塩基以下、より好ましくは300塩基以下である。
【0052】
2本鎖RNAは一部に1本鎖構造を有する遺伝子コンストラクト(カセット)でもよい。例えば、2本鎖を構成する配列との間にトリミング配列(GUSリンカー等)が配置され、トリミング配列が各鎖をつなぐ形であってもよい。また、2本鎖のそれぞれにプロモーター(ユビキチンプロモーター等)、ターミネーター(NOS等)が連結されていてもよい。
【0053】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子に対応する2本鎖RNAの製造方法としては、T7 RNA重合酵素を用いた鋳型DNAの両鎖同時転写による方法、市販のキットを利用する方法が例示される。
【0054】
RNAi法では、通常、RNAiベクターを用いる。RNAiベクターは、2本鎖DNAを細胞内に導入でき細胞内でsiRNAを発生することができるものであればよく、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子cDNAの3’非翻訳配列(utr)の逆反復配列を含むRNAを細胞内で発現させることが可能なベクター(例えば図13のベクター)が好ましい。RNAiベクターは市販品を用いてもよい。
【0055】
RNAiベクターの植物細胞への導入法としては、アグロバクテリウム法、ポリエチレングリコール法、エレクトロポレーション法が例示される。
【0056】
アンチセンス法では、アンチセンスヌクレオチドを植物細胞内に導入して、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素をコードする遺伝子のmRNAを分解させる。
【0057】
アンチセンスヌクレオチドは、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子(センス配列)の少なくとも一部に相補的なRNA配列を含んでいればよい。アンチセンスヌクレオチドは、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子のコード領域に相補的な塩基配列の少なくとも一部(例えば連続した10塩基以上、20塩基以上、30塩基以上、40塩基以上、50塩基以上、60塩基以上、70塩基以上、80塩基以上、90塩基以上、100塩基以上、200塩基以上の領域)を含むことが好ましく、コード領域の全部を含むことがより好ましい。タンパク質チロシン脱リン酸化酵素がOsPTP1である場合には、前述した(a1)〜(e1)のコード領域に相補的な塩基配列の少なくとも一部を含むことが好ましく、コード領域の全部を含むことがより好ましい。タンパク質チロシン脱リン酸化酵素がOsPTP2である場合には、前述した(a2)〜(e2)のコード領域に相補的な塩基配列の少なくとも一部(例えば連続した10塩基以上、20塩基以上、30塩基以上、40塩基以上、50塩基以上、60塩基以上、70塩基以上、80塩基以上、90塩基以上、100塩基以上、200塩基以上の領域)を含むことが好ましく、コード領域の全部を含むことがより好ましい。また、アンチセンスヌクレオチドは、上記例示した塩基配列に対する同一性が例えば70%以上、80%以上、90%以上、95%以上である塩基配列を含む。
【0058】
アンチセンスヌクレオチドの長さは、5塩基以上が好ましく、15塩基以上がより好ましい。上限は5000塩基以下が好ましく、2500塩基以下がより好ましく、500塩基以下が更に好ましい。アンチセンスヌクレオチドの調製方法は特に限定されず、市販のキットを用いて設計、調製してもよい。
【0059】
アンチセンス法では、アンチセンスヌクレオチドを導入するための発現カセットを用いてもよい。発現カセットは、例えば、アンチセンスヌクレオチド(RNA)をコードするDNA、及び必要に応じて付加配列(プロモーター配列及びターミネーター配列)を含む。発現カセットを植物細胞内に導入する方法としては、マイクロインジェクション法、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法、ベクター及びアグロバクテリウムを介して導入する方法が例示される。
【0060】
リボザイム法では、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の転写産物を切断するリボザイムを導入する。リボザイムは、標的遺伝子のmRNAを切断できるように設計することができる。リボザイムの植物細胞への導入にあたり、必要に応じて、プロモーター(カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーター等)、細胞内でのトリミングのためのシスに働く別のトリミングリボザイムを配置させてもよい。これにより、転写されたリボザイムを含むRNAからリボザイム部分だけを正確に切り出すことができる。
【0061】
共抑制法では、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の塩基配列と同一又は類似する塩基配列を有するポリヌクレオチドを導入して共抑制により転写等を抑制する。導入するポリヌクレオチドは、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子、その変異体、誘導体、バリアント又はホモログが挙げられる。タンパク質チロシン脱リン酸化酵素がOsPTP1である場合には、前述した(a1)〜(e1)が好ましい。タンパク質チロシン脱リン酸化酵素がOsPTP2である場合には、前述した(a2)〜(e2)が好ましい。
【0062】
RNA指令型DNAメチル化法(RdDM法)とは、遺伝子の発現を活性化する機能を有するプロモーター配列若しくはエンハンサー配列又はそれらの一部の配列と同一の配列を有する2本鎖RNA又はヘアピンRNAを細胞内に導入することにより、該プロモーター配列若しくはエンハンサー配列におけるDNAメチル化を誘導し、その結果該プロモーター配列若しくはエンハンサー配列に特異的に結合し得る転写活性化タンパク質(transcriptional activator proteins)の該配列への結合を抑制することによって遺伝子の発現を抑制する方法である(Mette,M.F.ら、Transcriptional silencing and promoter methylation triggered by double−strandedRNA.EMBO Journal 19、5194−5201(2000);Matzke,M. & Birchle J.RNAi−mediated pathways in the nucleus.Nature Reviews Genetics6,24−35(2005))。プロモーター配列又はエンハンサー配列にDNAメチル化を導入する方法としては、それらの配列又はその一部の配列(通常、数百(約200〜300)塩基の配列)の逆反復配列(通常、間に数百塩基のスペーサー配列を含む)を含むRNAを発現させるベクターを用いて形質転換体を作製する、又は上記逆反復配列RNAを一過的に発現させる方法が例示される。
【0063】
通常、内在性遺伝子のタンパク質コード領域の5’端からその上流約1000塩基までの領域に、プロモーター活性を有する配列が含まれている。従って、一例として、RdDM法によりOsPTP1遺伝子又はOsPTP2遺伝子の上記プロモーター領域におけるDNAメチル化を誘導しこれらの遺伝子の発現を抑制する方法としては、これらの遺伝子のタンパク質コード領域の5’端からその上流約1000塩基までの配列(例えば、配列番号5の1〜1000番目及び配列番号6の1〜983番目の塩基配列)又はその一部の配列を含む逆反復RNAを細胞内に導入する方法が挙げられる。前記逆反復RNAを細胞内で発現させるためのベクターは、RNAiベクターの場合と同様の方法で作製することができる。各植物種のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子cDNAの塩基配列が開示されている。従って、当業者であれば当業者に良く知られた方法を用いて、それらの配列又はその一部の配列をプローブとしてゲノムDNAライブラリーをスクリーニングすること、あるいはcDNAの塩基配列を元にして作製したPCRプライマーを用いてゲノムDNAを鋳型としたインバースPCRを行うことによりそれぞれの植物種のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子を得て、その塩基配列を決定することによりそれぞれの遺伝子のプロモーター配列を得ることができる。そのような配列を用いたRdDM法によりそれぞれの植物におけるタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現を抑制することができる。
【0064】
RdDM法により誘導されたDNAメチル化は、DNAメチル化を誘導する2本鎖RNA又はそれを発現する2本鎖RNA発現ベクターが植物体に存在しなくとも維持され後代の植物体に伝達する(Mette,M.F.ら Transcriptional silencing and promoter methylation triggered by double−stranded RNA.EMBO Journal 19、5194−5201(2000);Matzke,M. & Birchler J.RNAi−mediated pathways in the nucleus.Nature Reviews Genetics 6,24−35(2005))。従ってRdDM法によりタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現が抑制された植物体を野生型の植物体と交配させ、RdDM法によりタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現が抑制された植物体由来のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の対立遺伝子(アレル)を有し、RdDM法に用いた逆反復RNAを細胞内で発現させるためのベクターをゲノム内に含まない植物体を得ることにより、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現は抑制されているが、外来性遺伝子(exogeneous genes)を含まない植物体を得ることができる。
【0065】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現を抑制する方法は、RNAi法、アンチセンス法、共抑制法又はRdDM法であることが好ましく、RNAi法又はRdDM法であることがより好ましい。
【0066】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の活性を抑制する方法としては、以下の方法が例示される:タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子に1又は複数の変異を導入する方法;該遺伝子産物、すなわちタンパク質チロシン脱リン酸化酵素に結合する化合物(タンパク質、アミノ酸等)を作用させる方法、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子のドミナントネガティブの形質を有する遺伝子を植物へ形質転換する方法が例示される。
【0067】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子への変異導入としては、該遺伝子を構成する塩基の置換、欠失、挿入及び付加からなる群より選ばれる1以上の変化が例示される。塩基の置換、欠失、挿入及び付加の導入方法としては、高エネルギーの電磁波(放射線、紫外線等)照射、変異原性化学物質(ニトロソ化合物(例えば、ニトロソグアニジン)、塩基類似化合物(例えば、BrdU化合物)、アルキル化剤(例えば、N−エチル−N−ニトロソウレア(ENU)、メタンスルホン酸メチル(EMS)、多環芳香族炭化水素(例えば、ベンゾピレン、クリセン)、DNAインターカレーター(例えば、臭化エチジウム)、DNA架橋剤(例えば、シスプラチン、マイトマイシンC)、活性酸素)による処理によってゲノムDNAにランダム変異を導入する方法、Transcription activator−like effector nuclease(TALEN)(特表2012−514976号公報、特表2013−513389号公報)、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(特許第4350907号公報、特許第4555292号公報)、CRISPR/Cas9(Jinekら、A programmable dual−RNA−guided DNA endonuclease in adaptive bacterial immunity.Sciene 337,816−821(2012);Maliら、RNA−guided human genome engeneering via Cas9.Science 339,823−826(2013))に例示される部位特異的DNA分解酵素を用いて部位特異的に変異を導入する方法、トランスポゾンの導入による方法が例示され、高エネルギー照射等によるランダム変異導入法又は部位特異的DNA分解酵素を用いた方法が好ましい。
【0068】
部位特異的突然変異による方法において、変異(例えば置換)導入部位は、変異導入後に遺伝子がコードするタンパク質チロシン脱リン酸化酵素の活性が抑制される部位であればよく、変異導入後に遺伝子がコードするタンパク質チロシン脱リン酸化酵素の活性が消失する部位であることがより好ましい。このような変異の部位としてはタンパク質コード領域内の部位、AtPTP1の265番目のシステイン残基に相当するシステイン残基及び/又は、AtPTP1の234番目のアスパラギン酸残基に相当するアスパラギン残基を少なくとも含む部位が例示される。導入される変異の数は1以上であればよい。上限は通常、例えば50個以内、40個以内、30個以内、20個以内、10個以内であり、好ましくは5個以内であり、より好ましくは4個以内であり、更に好ましくは3個以内であり、更により好ましくは2個以内であり、とりわけ好ましくは1個である。導入される変異としては、フレームシフト変異、ナンセンス変異、ミスセンス変異が例示され、このうち、フレームシフト変異又はナンセンス変異が好ましい。
【0069】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子に変異を導入することによってタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の活性が抑制された植物を作製するための好ましい方法として以下の方法が例示できる。しかし、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子に変異を導入することによって内在性タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の活性が抑制された植物を作製するための方法はこれらに限定されない。なお、以下本明細書において、植物のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素における、AtPTP1の265番目のシステイン残基に相当するシステイン残基及びAtPTP1の234番目のアスパラギン酸残基に相当するアスパラギン酸残基をそれぞれ「酵素活性に関与するシステイン残基」及び「酵素活性に関与するアスパラギン酸残基」と呼ぶことがある:
(1)植物のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子における、酵素活性に関与するシステイン残基又は酵素活性に関与するアスパラギン酸残基をコードする配列(コドン)を少なくとも含むDNA配列を欠失させることによって、該内在性タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の活性が大幅に抑制された植物体を作製することができる;
(2)植物のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子に対して、該遺伝子中の酵素活性に関与するシステイン残基又は酵素活性に関与するアスパラギン酸残基をコードする配列(コドン)における塩基置換であって、塩基置換の結果タンパク質においてアミノ酸置換が生じることとなるような変異を導入することによって、該遺伝子の活性が大幅に抑制された植物体を作製することができる;
(3)植物のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子に対して、遺伝子のタンパク質コード領域内における変異であって、遺伝子によってコードされるタンパク質チロシン脱リン酸化酵素のアミノ末端から酵素活性に関与するシステイン残基までのアミノ酸配列をコードする領域におけるナンセンス変異又はフレームシフト変異を導入することによって、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の活性が大幅に抑制された植物体を作製することができる;
(4)多くの植物種のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素のアミノ酸配列は高い相同性を有しており、酵素活性に関与するシステイン残基又は酵素活性に関与するアスパラギン酸残基以外のアミノ酸残基も当該酵素の酵素活性にとって重要であることが推測される。従って、それらのアミノ酸残基の置換又は欠失を生じさせることとなる変異によってもタンパク質チロシン脱リン酸化酵素の活性を抑制することができる。
上記(1)乃至(3)の方法により、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素に含まれるアミノ酸残基であって、OsPTP1の258番目のシステイン残基に相当するシステイン残基、及び/又はOsPTP2の166番目のシステイン残基に相当するシステイン残基、をコードする、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子のコドンの変異を導入することができる。
【0070】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の目的とする部位における変異は、例えば、TALEN(特表2012−514976号公報、特表2013−513389号公報)、Clusters of regularly spaced short palindromic repeats/Cas9(CRISPR/Cas9)(Jinekら、A programmable dual−RNA−guided DNA endonuclease in adaptive bacterial immunity.Sciene 337,816−821(2012);Maliら、RNA−guided human genome engeneering via Cas9.Science 339,823−826(2013))、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(特許第4350907号公報、特許第4555292号公報)で例示される部位特異的DNA分解酵素を植物細胞内に導入し、それらの部位特異的DNA分解酵素によってタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子内の目的とする位置にDNAの二重鎖切断を起こさせることによって導入することができる。該二重鎖切断が修復される結果、比較的高い確率で該切断部位又はその近傍で塩基置換、塩基の欠失又は塩基の挿入が起こるからである。
【0071】
TALENは、N末端側から核移行シグナル配列、通常14から20塩基の長さの塩基配列を有するDNAに配列特異的に結合するtranscription activator−like effector repeats(TALEリピート)と呼ばれる領域、及び制限酵素Fok1に由来するDNA分解酵素領域からなるタンパク質である。通常、変異を導入しようとする目的部位の両側のゲノム配列中に第一の認識配列及び第二の認識配列を設定する。第一の認識配列及び第二の認識配列の長さは通常それぞれ14塩基から20塩基である。また第一の認識配列と第二の認識配列との間の距離は通常14から18塩基である。第一の認識配列及び第二の認識配列にそれぞれ特異的に結合する活性を有する第一及び第二のTALENをともに植物細胞内に導入することにより、第一のTALEN及び第二のTALENがそれぞれ第一の認識配列及び第二の認識配列に特異的に結合し、その結果第一の認識配列と第二の認識配列の間でDNAの二重鎖切断が起こる。これにより前記部位に塩基置換、塩基の欠失又は挿入を導入することができる(特表2012−514976号公報;特表2013−513389号公報;Weiら、Journal of Genetics and Genomics 40、281−289(2013); Zhangら、Plant Physiology 161、20−27(2013))。第一及び第二の認識配列は基本的に配列上の制限なく設定することができるので、TALENによってゲノムDNA上の任意の位置でDNAの二重鎖切断を起こすことが可能である。通常、TALENによるDNA切断は、TALENが有する高い配列特異性のためゲノムDNA中の一カ所のみで起こる。また、設定された第一又は第二の認識配列に特異的に結合する活性を有するTALEリピートは公知の方法(特表2012−514976号公報;特表2013−513389号公報)に基づいて設計することができ、当業者であれば当該設計されたTALEリピートを有するTALENを発現するベクターを当業者によく知られた技術を用いて作製することができる。現在、日本においては和光純薬工業株式会社及びライフテクノロジーズジャパン株式会社その他がTALENの製造受託サービスを提供しており、これらの企業に第一の及び第二の認識配列にそれぞれ特異的に結合する第一及び第二のTALENの作製を委託することもできる。
【0072】
ジンクフィンガーヌクレアーゼは、TALENと同様に特定の配列を有するDNAに特異的に結合する活性を有するジンクフィンガー領域と呼ばれる領域及び制限酵素Fok1に由来するDNA分解酵素領域を含むタンパク質である(特許第4350907号公報、特許第4555292号公報)。TALENの場合と同様に、通常は第一の認識配列に特異的に結合する第一のジンクフィンガーヌクレアーゼ及び第二の認識配列に特異的に結合する活性を有する第二のジンクフィンガーヌクレアーゼをともに植物細胞に導入することによってゲノムDNA上の目的とする部位に変異を導入することができる。
【0073】
TALEN又はジンクフィンガーを植物細胞に導入するための方法としては、通常はこれらのタンパク質を植物細胞内で発現する発現ベクターで植物細胞を形質転換する方法が用いられるが、これらタンパク質をコードするメッセンジャーRNA又はこれらタンパク質自体を細胞に注入することによりTALEN又はジンクフィンガーを植物細胞に導入することも可能である。
【0074】
CRISPR/Cas9を用いる方法とは、通常、ゲノムDNA上の変異を導入しようとする位置の5’側に20塩基の長さの配列を設定し、この配列に相補的な配列を有するガイドRNAを発現する発現ベクター及びバクテリア由来のDNA分解酵素であるCas9に核移行シグナルを付加したタンパク質を発現する発現ベクターをともに植物細胞内に導入することによって、ガイドRNAとCas9との複合体を上記認識配列に特異的に結合させることにより、上記認識配列の3’端付近にDNA二重鎖切断を起こさせる方法である(Jinekら、A programmable dual−RNA−guided DNA endonuclease in adaptive bacterialimmunity.Sciene 337,816−821(2012);Maliら、RNA−guided human genome engeneering via Cas9.Science 339,823−826(2013))。この方法によりTALENを用いた場合と同様にゲノムDNAの切断部位付近に変異が導入される。
【0075】
従って、例えば、TALEN等の部位特異的DNA分解酵素を用いて植物のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子に対して、該遺伝子のタンパク質コード領域内における変異であって、該遺伝子によってコードされるタンパク質チロシン脱リン酸化酵素のアミノ末端から酵素活性に関与するシステイン残基までのアミノ酸配列をコードする領域におけるナンセンス変異又はフレームシフト変異を導入するためには、ゲノムDNA上の該遺伝子によってコードされるタンパク質チロシン脱リン酸化酵素のアミノ末端から酵素活性に関与するシステイン残基までのアミノ酸配列をコードする領域内でDNAが部位特異的に切断されるように設計されたTALENを植物細胞又は植物体に導入した後に、DNA切断の修復の際に生じた切断部位又はその近傍での塩基置換、塩基の欠失又は挿入の結果であるナンセンス変異又はフレームシフト変異を有する植物細胞又は植物体を選抜すればよい。
【0076】
これまでに、シロイヌナズナ、タバコ、イネ、ミナトカモジグサ(Brachypodium distachyon)についてTALENを用いた内在性遺伝子の改変が報告されている(Chen K.ら、TALENs:Custamizable molecular DNA scissoes for genome engineering of plants.Journal of Genetics and Genomics 40,271−279(2013))。これまでに、シロイヌナズナ、ダイズ、タバコ、トウモロコシについてジンクフィンガーヌクレアーゼを用いた内在性遺伝子の改変が報告されている。(シロイヌナズナ及びダイズについては、Sander J.ら、Selection−free zinc−finger−nuclease engineering by context−dependent assembly(CoDA).Nature Methods 8,67−69(2011);タバコについては、Maeder M.ら、Rapid “open−source” engineering of custamized zinc−finger nuclease for highly efficient gene modification.Molecular Cell 31、294−301(2008);トウモロコシについては、Shukla,V.ら、Precise genome modification in the crop species Zea mays using zinc−finger nuclease.Nature 459,437−441(2009))。従って、本発明においてTALENを利用する場合、これらの文献に記載の条件を適用してもよい。
【0077】
また、ゲノム上の特定の部位、例えば、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子内の特定の部位、に変異を有する植物を得る方法として、高エネルギー電磁波の照射又は変異原性物質処理により植物のゲノムDNAにランダム変異を導入した後に、当該特定の部位に変異を有する植物個体を選抜する方法が挙げられる。当該特定の部位に変異を有する植物個体を選抜するためには、まず、突然変異誘起処理を受けた複数の植物個体から当業者によく知られた方法に従ってそれぞれのゲノムDNAを抽出し、それを鋳型として当該特定の部位の配列を含むDNAをPCRで増幅する。PCRで増幅されたDNAにおける変異の有無は、例えば、それら増幅されたDNAの塩基配列を決定することによって調べることができる。あるいは、セロリ由来のCelIヌクレアーゼを用いたTILLING法(特許第4213214号公報)によって変異を迅速に検出することができる。
【0078】
これまでに、シロイヌナズナ、エンバク(Avena sativa)、カンラン(Brassica oleracea)、ナタネ(Brassica rapa)、メロン、ダイズ、オオムギ、ミヤコグサ(Lotus japonicus)、イネ、トマト、ソルガム、コムギ等において、ランダム変異を導入された植物体集団の作製及びそれらについてのTILLING法を用いた変異体選抜が行われており、その結果内在性遺伝子に変異を有する多くの変異体植物が得られている(Kurowaka,M.ら、TILLING−a shortcut in functional genomics.Journal of Applied Genetics 52,371−390(2011))。
【0079】
このようにして得られた、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子に変異を有する植物と野生型植物とを交配して、その後代植物であってタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子に変異を有する植物を選抜しそれを更に野生型植物と交配することを繰り返すことによって、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子に変異を有するがそれ以外のゲノム領域のDNA配列が野生型植物由来である植物を作製することができる。
【0080】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素がOsPTP1の場合には、配列番号1のアミノ酸配列のアミノ末端から258番目、中でも228〜258番目に含まれる1以上の残基(例えば、228番目、234番目、258番目の残基)に変異が導入されることが好ましい。また、少なくとも228番目のアスパラギン酸残基及び/又は258番目のシステイン残基に変異が導入されることが好ましく、少なくとも258番目のシステイン残基に変異が導入されることがより好ましく、少なくとも228番目のアスパラギン酸残基及び/又は258番目のシステイン残基が他の残基(例えばそれぞれ、アスパラギン酸残基、セリン残基)に置換されることがより好ましく、少なくとも258番目のシステイン残基が他の残基(例えば、セリン残基)に置換されることが更により好ましい。タンパク質チロシン脱リン酸化酵素がOsPTP2の場合には、配列番号2のアミノ酸配列の1番目〜166番目、中でも136〜166番目に含まれる1以上の残基に変異(例えば、136番目、166番目の残基)が導入されることが好ましい。また、少なくとも136番目のアスパラギン酸残基及び/又は166番目のシステイン残基に変異が導入されることが好ましく、166番目のシステイン残基に変異が導入されることがより好ましく、少なくとも136番目のアスパラギン酸残基及び/又は166番目のシステイン残基が他の残基(例えば、それぞれアラニン残基、セリン残基)に置換されることがより好ましく、166番目のシステイン残基が他の残基(例えば、セリン残基)に置換されることが更により好ましい。なお、上記記載にて好ましい変異導入部位のC末端を配列番号2の166番目としているのは、AtPTP1の265番目のシステイン(OsPTP1では258番目)を変異させると活性が失われることに基づいている。同様に変異導入部位のC末端を配列番号2の136番目としているのは、AtPTP1の234番目のアスパラギン酸(OsPTP1では228番目)に対応していることに基づいている。
【0081】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素がOsPTP1及びOsPTP2以外の酵素であっても、その酵素に含まれるアミノ酸残基であって、OsPTP1の258番目のシステイン残基に相当するシステイン残基、及び/又はOsPTP2の166番目のシステイン残基に相当するシステイン残基、をコードする、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子のコドンの変異(例えば、それぞれセリン残基への変異)を少なくとも含む変異が導入されることも好ましい。また、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の、タンパク質コード領域のアミノ末端からOsPTP1の258番目のシステイン残基及び/又はOsPTP2の166番目のシステイン残基に相当するシステイン残基までをコードする領域内における変異が導入されることが好ましい。
【0082】
タンパク質チロシン脱リン酸化酵素に結合する化合物としては、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素に特異的に結合する化合物が例示され、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素に対する抗体(例えば、モノクローナル抗体)、該抗体の一部(例えば、可変領域)が好ましい。
【0083】
プラントアクチベーターは、植物の免疫力を高め、耐病性を向上させる物質を意味する。本発明においてプラントアクチベーターは、MAPキナーゼの活性化にかかわるものが好ましく、MAPキナーゼ6の活性化にかかわるものがより好ましく、サリチル酸と共にMAPキナーゼキナーゼを活性化することにより間接的にMAPキナーゼ6の活性化にかかわるもの及びサリチル酸経路を活性化することによりサリチル酸の活性化によるMAPキナーゼキナーゼの活性化を介して間接的にMAPキナーゼ6の活性化にかかわるものがより好ましい。このようなプラントアクチベーターとしては、ベンゾチアジアゾール(BTH)、プロベナゾール(PBZ)、バリダマイシンA(VMA)、バリドキシルアミンA(VAA)、チアジニル、イソチアニルが例示される。
【0084】
病害の原因因子は特に限定されないが、原因因子としては、糸状菌、細菌、ウイルスが例示される。糸状菌としては、藻菌(鞭毛菌、接合菌等)、不完全菌、子のう菌、担子菌等が例示される。糸状菌類の病害における病態としては、黒色の粒(菌核(菌糸の塊))形成、病斑形成、茎葉の腐敗、立ち枯れ、コブ形成が挙げられる。イネにおける糸状菌類の病害としては、いもち病、褐色米病、褐色菌核病、黄化萎縮病、褐色葉枯れ病、シナモン色かび病、小球菌核病、墨黒穂病、赤色菌核病が例示される。細菌類の病害としては、輪郭が黄色く変色しやや不鮮明な病斑の形成、茎葉の腐敗、立ち枯れ、がんしゅ状の腫瘍形成が例示される。イネにおける細菌による病害としては、べと病、褐条病、白葉枯病、内穎褐変病、もみ枯細菌病、苗立枯細菌病が例示される。ウイルスによる病害としては、モザイク症状(花又は葉に発生する淡い斑模様)、奇形化(萎縮、変形等)、小さい褐色の壊疽反転、生育阻害(株全体の黄色化及び小型化)が例示される。イネにおけるウイルスによる病害としては、黒条萎縮病、トランジトリーイエローイング病、わい化病が例示される。
【0085】
本発明において対象となる病害は、糸状菌による病害及び細菌による病害が好ましく、いもち病、べと病、うどんこ病、さび病がより好ましく、いもち病がより好ましい。本発明において対象となる病害は、1種であってもよいし、2種以上であってもよい。
【0086】
本発明の病害抵抗性植物は、1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性の抑制処理がなされた植物自体(第1世代)であってもよいが、1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性が抑制されている限り、その第2世代以降の子孫であってもよい。
【0087】
本発明の植物は、その植物体全体であってもよいし、一部又は加工品であってもよい。植物の一部としては、器官(例えば、根、茎、葉、花、種子、果実)、組織(例えば、表皮、篩部、柔組織、木部、維管束、毛状根)、細胞、細胞の一部(例えば、プロトプラスト)、培養細胞及び組織(例えば、カルス、苗条原基、シュート、多芽体)が例示される。植物の加工品は、通常は食用の加工品及び飼料用の加工品であり、種子の加工品であることが好ましい。コメの加工品としては、炊飯米、お粥、炒飯、米粉、白玉粉、菓子(せんべい、あられ、クッキー等)、酒、酢、油、米ぬかが例示される。
【0088】
本発明によれば、1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性抑制剤を有効成分として含む病害抵抗性付与組成物が提供される。これにより、植物に病害抵抗性を効率的に付与することができる。タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性抑制剤の成分は、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は機能を抑制できればよく、特に限定されないが、RNA干渉を起こす核酸(タンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子のmRNAに相補的に結合するshort interfering RNA(siRNA)又はこれを含む2本鎖RNA)、変異導入用キット、リボザイム、アンチセンスヌクレオチド等のヌクレオチド、抗体等のタンパク質が例示され、siRNAが好ましい。病害抵抗性付与組成物において、有効成分以外の成分は特に限定されず、例えば、上記発現又は活性抑制剤が植物においてその機能を発揮するための担体(基剤)が挙げられ、具体的には、保存剤、安定剤、賦形剤、緩衝剤、溶媒、着色剤、結合剤が例示される。
【0089】
本発明によれば、植物に含まれる1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性を抑制することにより、植物に病害抵抗性を付与することができる。該酵素遺伝子の発現又は活性を抑制する方法は、通常は人為的な方法であり、その例及び好ましい例については、先述した通りである。
【0090】
本発明においては、植物に含まれる1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は機能を抑制することにより、病害抵抗性を有する植物を生産することができる。本発明の生産方法においては、1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性を抑制する処理を行った植物細胞(例えば、カルス)又は植物組織を得ること、該植物細胞から植物体を再生させる方法が例示される。該酵素遺伝子の発現又は活性を抑制する処理は、通常は人為的な処理であり、その例及び好ましい例は、遺伝子の発現又は活性を抑制する方法について前述したとおりである。
【0091】
本発明において、病害抵抗性を有する植物の育成条件は、特に限定されないので、通常の植物の育成と同様とすればよいが、プラントアクチベーター処理を行うことが好ましい。これにより、サリチル酸経路におけるWRKY45の転写が促進され、病害抵抗性を向上させることができる。また、温度条件が低温であることが好ましい。本発明の病害抵抗性植物は、通常の植物で生じるような、サリチル酸経路における低温等の環境条件に起因するMAPキナーゼ活性化阻害が抑制されているため、本発明の目的が十分に発揮されるためである。本発明によれば、上記生産方法又は育成方法により、植物自体だけでなくその子孫又はクローンを得ることができ、その子孫及びクローンも、1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性が抑制されている、病害抵抗性を有する植物として利用することができる。
【0092】
本発明においては、植物に含まれている1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性が抑制されているか否かを判定することにより、病害抵抗性植物を選抜することができる。すなわち、サンプルである植物中において、1種以上のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現又は活性が、コントロール植物と比較して抑制されている場合にはその植物を病害抵抗性を有する植物として選抜することができる。これにより、病害抵抗性を有する植物を容易に選抜でき、農業生産を効率化することができる。
【実施例】
【0093】
本発明を実施例により具体的に説明する。実施例において用いた材料及び手法の説明は、後段にまとめて記載した。
【0094】
実施例1〔MAPキナーゼによるサリチル酸経路の調節〕
イネにおいて、イネMAPキナーゼ6(OsMPK6)のリン酸化がサリチル酸(SA)シグナル伝達に介在することを、以下の試験にて確認した。
【0095】
(1A)イネにおける内在性OsMPK6のSA応答性リン酸化を解明するため、以下の試験を行った。イネカルス及び葉を1mM SAで処理し、2箇所リン酸化された(doubly phosphorylated)TEYモチーフを有するタンパク質及びOsMPK6を有するタンパク質が、それぞれ抗pTEpY抗体及び抗OsMPK6抗体により検出された。抗pTEpY抗体はリン酸化に特異的(phospho−specific)であり、二重リン酸化された(dually phosphated)TEYシグネチャー配列を認識する。
【0096】
複数のバンドのうちの1つ(図2の矢じり)はOsMPK6を表していた。その理由は、osmpk6遺伝子変異体ではそのバンドが見られず、また抗OsMPK6抗体がそれと同じ移動度(電気泳動において)のバンドを検出するためである。(1A)の結果は、SAがOsMPK6のリン酸化を誘導することを示している。
【0097】
図2においてより早く移動したバンド(図2の*及び**)は、別の二重リン酸化MAPKと推定され、このバンドはosmpk6遺伝子変異カルスに存在していた。このことは、OsMPK6の喪失を補填するメカニズムを示唆している。
【0098】
(1B)イネのMAPKキナーゼ類の1種であるイネMAPキナーゼキナーゼ10−2(OsMKK10−2)は、in vitroにおいてOsMPK6をリン酸化し活性化する。そこで、OsMKK10−2がOsMPK6のどのサイトをリン酸化するのかを調べた。
【0099】
マルトース結合タンパク質(MBP)標識OsMPK6(MBP−MPK6)を有するWT、MBP−MPK6のキナーゼ活性喪失型(kinase dead form)を有する変異型K96R、他の変異型Y227D及びT225A、並びに3つの変異を有する変異型K96R/Y227D/T225Aを調製し、それぞれをグルタチオン−S−トランスフェラーゼ標識OsMKK10−2(GST−MKK10−2D)の構成的活性化型(constitutively active form)で処理して、それぞれのリン酸化の有無を確認した。K96Rは、MBP−MPK6のLys96がArgに置換されている変異型である。Y227D及びT225Aは、それぞれ、MBP−MPK6のThr225及びTyr227がそれぞれAspに置換されている変異型である。K96R/Y227D/T225Aは、MBP−MPK6のLys96がArgに、Thr225がAspに、Tyr227がAspに置換されている変異型である。
【0100】
その結果、GST−MKK10−2Dの構成的活性化型は、MBP−MPK6(WT)、K96R、Y227D及びT225Aをリン酸化したが(図3及び4)、Thr225及びTyr227の両方が置換されている変異型K96R/Y227D/T225Aをリン酸化しなかった(図3)。(1B)の結果は、OsMKK10−2がOsMPK6中のTEYシグネチャーを二重リン酸化するが、その他のサイトをリン酸化してはいないことを示している。
【0101】
(1C)OsMKK10−2Dが、TEYモチーフをリン酸化するか否かを確認するため、以下の試験を行った。デキサメタゾン(Dex)によりOsMKK10−2Dが誘導され得る遺伝子導入植物(GVG−MKK10−2D)を作出した。GVG−MKK10−2Dの2つの独立した系統(♯3及び♯14)をそれぞれDexで処理し、抗pTEpY抗体及び抗OsMPK6抗体によるイムノブロットによりそれぞれのタンパク質を特定した。図5において「mock」は、Dex処理を行わない他は同様の処理を行った植物からの抽出液での結果を示した。葉において、リン酸化されたOsMPK6タンパク質の量は、Dex処理の間増加した(図5)。
【0102】
(1D)続いて、GVG−MKK10−2D植物(系統♯3及び♯14)をDex処理又はmock処理し、WRKY45転写レベルのユビキチン転写レベルに対する相対レベルをRT−qPCRにより測定した。WRKY45の転写レベルは、リン酸化されたOsMPK6タンパク質の量に並行して増加した(図6)。なお、2つの独立した実験において同じ結果が得られた。
【0103】
(1C)及び(1D)の結果は、OsMKK10−2Dは、TEYモチーフをリン酸化しOsMPK6を活性化するとともに、WRKY45を活性化することを示している。
【0104】
(1E)Dex前処理済みの又はDex前処理を行わないGVG−MKK10−2D植物に、M.oryzaeを接種した。その結果、Dex処理GVG−MKK10−2D植物は、コントロール植物よりも強いいもち病抵抗性を示した(図7)。(1E)の結果は、OsMKK10−2D発現がいもち病抵抗性を誘導することを示している。
【0105】
OsMPK6はWRKY45をリン酸化することから、(1A)〜(1E)の結果は、OsMKK10−2DによるOsMPK6のリン酸化/活性化がSA経路の活性化を模倣して同等の効果を有することを示唆し、WRKY45依存性防御応答の活性化を導くことを示している。
【0106】
実施例2〔タンパク質チロシン脱リン酸化酵素によるサリチル酸経路の調節〕
アブシジン酸(ABA)に対する応答において、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素1(OsPTP1)及びタンパク質チロシン脱リン酸化酵素2(OsPTP2)がOsMPK6を脱リン酸化することを以下の試験にて確認した。
【0107】
(2A)OsMPK6のリン酸化におけるABAの影響を検証するため、10μM ABAの前処理を行った又は未処理のGVG−MKK10−2Dイネ植物体(系統♯3)を10μM Dexで処理した。MKK10−2DとWRKY45の転写レベル(ユビキチンの転写レベルに対する相対値)をRT−qPCRにより分析した。OsMPK6のリン酸化状態におけるABAの効果を更に調べるため、Thr及びTyrのリン酸化を、それぞれのリン酸化されたアミノ酸に対する特異抗体(抗リン酸化Thr抗体及び抗リン酸化Tyr抗体)をそれぞれ用いて、分析した。
【0108】
二重リン酸化はABAの存在下でほとんど消滅し、同時にWRKY45の転写レベルも減少した(図8〜10)。このことは、ABAがSA応答性OsMPK6リン酸化に拮抗することを示唆している。また、リン酸化チロシン残基は減少するがリン酸化トレオニン残基は減少しないことが分かった(図8及び図10)。
【0109】
(2A)の結果より、ABA処理によりOsMKK10−2D誘導性WRKY45転写とTEYリン酸化が減少することが明らかである。
【0110】
(2B)WTイネ植物を、50μM Bay11−7082の存在下又は非存在下で、又は2mM バナジン酸の存在下又は非存在下で、1mM SAと30又は100μM ABAとで処理した。
【0111】
PTPアーゼインヒビターであるバナジン酸とBay11−7082(N.Krishnan,G.Bencze,P.Cohen,N.K.Tonks,FEBS J,(2013).参照)は、WRKY45発現のABA応答性抑制を打ち消した(図11及び12)。(2B)の結果は、ABA処理によるOsMKK10−2D誘導性WRKY45転写抑制にPTPアーゼがかかわっていることを示唆している。
【0112】
(2A)〜(2B)の結果を総合すると、PTPアーゼによるOsMPK6のチロシン脱リン酸化が、ABAによるSAシグナル伝達の抑制にかかわっていることを示唆している。
【0113】
実施例3〔RNA干渉によるタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の発現抑制〕
ABAにより誘導されるWRKY45防御応答の抑制が、OsPTP1/2のRNAによるノックダウンにより緩和されるかどうかを調べた。
【0114】
(2C)イネゲノムは、2つの推定されるPTPaseであるOsPTP1(Rice Annotation Project Database(RAP Database:http://rapdb.dna.affrc.go.jp/)におけるOs12g0174800、MSU Rice Genome Annotation Project(http://rice.plantbiology.msu.edu/analyses_search_locus.shtml)におけるLOC_Os12g07590)及びOsPTP2(LOC_Os11g07850.1)をコードする。ABAが引き起こすOsMPK6の脱リン酸化におけるそれらの機能を調べるため、OsPTP1及びOsPTP2の両遺伝子がRNA干渉によりノックダウン(OsPTP1/2ダブルノックダウン)されている遺伝子導入イネを作製すべく、以下の条件にて遺伝子コンストラクトPTP−wkdを作製した(図13)。OsPTP1遺伝子の3’非翻訳領域のDNA配列をu7 プライマー(5’−CACCCGGGTATCCCTAAGGCAGGA−3’:配列番号7)及びu8プライマー(5’−AAATGATTCAGTTTAAACCTACTAACTCTCTTTAATTCCGT−3’:配列番号8)、OsPTP2遺伝子の3’非翻訳領域のDNA配列を、u9プライマー(5’−TTAGTAGGTTTAAACTGAATCATTTCTATGGAACAATCAGT−3’:配列番号9)及びu10プライマー(5’−AGGCCTGGGTGGGCAGGAGAAGCG−3’:配列番号10)を用いて、それぞれPCR増幅した。次に、これら二つの反応生成物を混合し、u7及びu10プライマーを用いて更にPCR増幅してOsPTP1遺伝子とOsPTP2遺伝子の3’非翻訳領域が融合したDNA断片を得た後、これらをpENTR/D−TOPOを経てpANDA vectorに挿入した(Miki,D.& Shimamoto,K.Simple RNAi vectors for stable and transientsuppression of gene function in rice.Plant Cell Physiol.45,490−495(2004))。作製したコンストラクトは、アグロバクテリウムを介してイネに形質転換した(Toki,S.,Hara,N.,Ono,K.,Onodera,H.,Tagiri,A.,Oka,S.& Tanaka,H.Early infection of scutellum tissue with Agrobacterium allows high−speed transformation of rice.Plant J.47,969−976(2006))。
【0115】
(2D)PTPノックダウンがABAによるSA誘導性OsMPK6TEYリン酸化抑制に拮抗するかどうかを確認するため、以下の試験を行った。WTイネ及びOsPTP1/PTP2ダブルノックダウンイネ(PTP−wkdイネ)を100μM ABAの存在下又は非存在下で1mM SA処理し、OsMPK6のリン酸化を経時的に免疫検出した。ABA非存在下において、WTイネではOsMPK6のTEYリン酸化レベルがSA処理後上昇していった。一方、PTP−wkdイネにおけるOsMPK6のTEYリン酸化レベルは、SA処理前からWTイネより高く、SA処理後も維持されていた。ABAの存在下においては、WTイネではSA処理後もOsMPK6のTEYリン酸化レベルが増加しなかったのに対し、PTP−wkdイネでは、SA処理後、顕著に増加していった(図15)。
【0116】
実施例4〔変異導入によるタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子の活性抑制〕
OsPTP1/2への変異導入により、OsMPK6のチロシン脱リン酸化活性が失われるかどうかを調べた。
【0117】
配列番号3の塩基配列の1から987番目の塩基配列からなるDNA及び配列番号4の塩基配列の1から714番目の塩基配列からなるDNAをそれぞれpMAL−c5x(New England Biolabs,Inc.)のマルチクローニングサイトに挿入し、pMAL−PTP1(WT)及びpMAL−PTP2(WT)を作製した。pMAL−PTP1(WT)は、マルトース結合タンパク質のC端側にOsPTP1の全長が融合した融合タンパク質(MBP−PTP1(WT))を発現し、pMAL−PTP2(WT)は、マルトース結合タンパク質のC端側にOsPTP2の全長が融合した融合タンパク質(MBP−PTP2(WT))を発現する。pMAL−PTP1(WT)及びpMAL−PTP2(WT)から、CysからSerへの置換を含むOsPTP1とマルトース結合タンパク質との融合タンパク質(MBP−PTP1CS))及びCysからSerへの置換を含むOsPTP2とマルトース結合タンパク質との融合タンパク質(MBP−PTP2CS)をそれぞれ発現する発現ベクター、pMAL−PTP1CS及びpMAL−PTP2CSを、後段の条件によりQuickChange Multi Site−Directed Mutagenesis Kit(Stratagene)のマニュアルに準じて作製した。試験管内におけるMBP−PTP1(WT)、MBP−PTP2(WT)又はそれらの変異型(MBP−PTP1CS及びMBP−PTP2CS)によるMBP−MPK6及びMBP−WRKY45のリン酸化活性を、それぞれのタンパク質への32P−結合により観察した。MBP−PTP1CSにおいては、OsPTP1の258番目のCysに変異が導入されている。MBP−PTP2CSにおいては、OsPTP2の166番目のCysに変異が導入されている。
【0118】
GST−MKK10−2Dによりリン酸化されるMBP−MPK6の量は、MBP−PTP1(WT)又はMBP−PTP2(WT)の存在下においてマルトース結合タンパク質の存在下と較べて顕著に減少したことが示された(図16)。
【0119】
アラビドプシスのPTP1(AtPTP1)において、特定のCys残基が活性に不可欠である。MBP−PTP1(WT)及びMBP−PTP2(WT)において、上記AtPTP1のCysに対応するCys残基(OsPTP1の258番目及びOsPTP2の166番目、図14)をSerに置換した変異体(MBP−PTP1CS又はMBP−PTP2CS)の存在下でGST−MKK10−2DによるMBP−MPK6のリン酸化アッセイを行うと、リン酸化MBP−MPK6が減少しないことから(図16のMBP−PTP1CS及びMBP−PTP2CS)、これらのCys残基がMBP−PTP1及びMBP−PTP2の脱リン酸化酵素活性に必須であることが示された。例えば、MBP−PTP1(WT)の有する脱リン酸化酵素活性は当該融合タンパク質のOsPTP1部分の活性を表すものであり、当該融合タンパク質のマルトース結合タンパク質部分はMBP−PTP1(WT)が有する脱リン酸化酵素活性に影響しないと考えられることから、以上の結果により、OsPTP1及びOsPTP2はOsMPK6を脱リン酸化する活性を有し、その活性にとって258番目(OsPTP1)及び166番目(OsPTP2)のCys残基がそれぞれ必須であることが示された。
【0120】
更に、二分子蛍光相補性アッセイの結果、OsPTP1及びOsPTP2がイネ細胞のOsMPK6とイネ細胞内で相互作用することが分かった。
【0121】
本実施例の結果は、OsPTP1及びOsPTP2がOsMPK6を脱リン酸化する活性を有し、RNA干渉によりOsPTP1及びOsPTP2の発現を抑制することにより、ABAによるOsMPK6の脱リン酸化を阻害して、ABAによるWRKY45依存性防御応答の低下を阻止することができることを示している。
【0122】
また、AtPTP1の265番目のシステイン残基に相当するシステイン残基及び234番目のアスパラギン酸残基に相当するアスパラギン酸残基は、シロイヌナズナ、イネだけでなくダイズ、エンドウ、インゲン、トマト、コムギ、トウモロコシのタンパク質チロシン脱リン酸化酵素のアミノ酸配列において完全に保存されていることから、上記システイン残基及び上記アスパラギン酸残基が植物のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素において保存されていることが示唆される(図19)。実施例4の結果とこれらの知見をあわせると、多くの植物種のタンパク質チロシン脱リン酸化酵素における、AtPTP1の265番目のシステイン残基に相当するシステイン残基及びAtPTP1の234番目のアスパラギン酸残基に相当するアスパラギン酸残基が当該酵素の脱リン酸化酵素活性にとって必須であり、従って、これらの酵素においてAtPTP1の265番目のシステイン残基に相当するシステイン残基若しくはAtPTP1の234番目のアスパラギン酸残基に相当するアスパラギン酸残基を欠失した変異体又は該システイン残基若しくは該アスパラギン酸残基が他のアミノ酸残基に置換された変異体の脱リン酸化酵素活性が野生型酵素の活性と比べて大幅に低下するか又はほとんど消失することを強く示唆している。
【0123】
実施例5〔PTPノックダウンによる調節の特異性〕
SAによるWRKY45発現誘導のABAによる抑制に対し、OsPTP1/2のノックダウンがどのように影響しているかを以下の試験により調べた。
【0124】
WT及びPTP−wkdを1mM SA及び0又は30μM ABAで処理した後、葉から抽出したRNAを用いたRT−qPCRにより、WRKY45、OsPTP1及びOsPTP2の各転写レベル(ユビキチンのそれに対する相対レベル)を調査した。
【0125】
WT植物では、SA及びABAで処理した場合、SAのみで処理した場合と較べてWRKY45転写レベルが顕著に減少していたのに対し、PTP−wkd植物においては、SA及びABAで処理した場合、SAのみで処理した場合に対するWRKY45転写レベルの減少の程度が小さかった(図17)。この結果は、PTP−wkd植物においては、SAによるWRKY45発現誘導のABAによる抑制が軽減されていることを示している。
【0126】
実施例6〔いもち病に対する抵抗性〕
ベンゾチアジアゾール(BTH)は、イネを含む様々な植物での防御応答を活性化するプラントアクチベーターの一種である(M.Shimono et al.,Plant Cell 19,2064(2007).、Y.Ueno et al.,Plant Signal Behav.8,e24510(2013).及びJ.Gorlach et al.,Plant Cell 8,629(1996).参照)。そこで、様々な条件下イネにおけるBTH−誘導性いもち病抵抗性へのタンパク質チロシン脱リン酸化酵素遺伝子ノックダウンの効果を調べた。
【0127】
WTイネ(品種:日本晴)(Oryza sativa subsp.japonica cv.Nipponbare)、PTP−wkdイネ、及びWRKY45−過剰発現イネ(W45−ox)を実験材料とした。W45−oxは、M.Shimono et al.,Plant Cell 19,2064(2007)に記載の条件にて作製した。それぞれを温室内の土壌(Bonsol No.2;住友化学株式会社)に播種後、1月半育成した。育成温度は30℃/26℃(昼/夜)であり、相対湿度(RH)は約60%とした。
【0128】
各植物体から葉身を切り出し、後述の薬剤溶液10mlが入った50mlファルコンチューブへ入れ、サージカルテープ(スリーエム;cat# 3530−1)で封をした。
【0129】
薬剤溶液は、10μM BTHを含有する0.1×MS塩溶液、10μM BTH、10μM ABA及び100μM フルリドンを含有する0.1×MS塩溶液、又は0.1×MS塩溶液(Mock)とした。以降、ファルコンチューブ内のイネ葉身を以下のように処理した。
【0130】
常温(30℃)条件:イネ葉身と各薬剤溶液のいずれかを入れた50mlチューブをグロースチャンバー(明期:30℃にて14時間、暗期:26℃にて10時間;60%相対湿度)内に1日間置いた。前記薬剤溶液を除去し、イネ葉身に、いもち病菌を接種した。いもち病菌M.oryzae〔Magnaporthe oryzae〕(race003)の培養とイネ植物への菌接種は、参考文献6の記載に概ね従い実施した。具体的には、いもち病菌の分生子を0.02% Tween 20に、濃度150,000胞子/mlとなるように懸濁し、イネの葉に噴霧した。前記50mlチューブに前記薬剤溶液10mlを加えサージカルテープで封をし、24℃の接種箱(暗所)で1日間置いた。前記薬剤溶液を除き0.1×MS塩溶液10mlを入れ、その後更にグロースチャンバー(明期:30℃にて14時間、暗期:26℃にて10時間;60%相対湿度)内に5日間置いた後、イネ葉身からDNAを抽出した。
【0131】
低温(15℃)条件:イネ葉身と各薬剤溶液のいずれかを入れた50mlチューブをグロースチャンバー(明期:15℃にて14時間、暗期:9℃にて10時間;60%相対湿度)内に2日間置いた。前記薬剤溶液を除去し、イネ葉身に上記の条件でいもち病菌を接種した。前記50mlチューブに前記薬剤溶液10mlを加えサージカルテープで封をし、24℃の接種箱(暗所)で1日間置いた。前記50mlチューブをグロースチャンバー(明期:15℃にて14時間、暗期:9℃にて10時間;60%相対湿度)内に更に3日間置いた。前記薬剤溶液を除き0.1×MS塩溶液を入れ、更にグロースチャンバー(明期:30℃にて14時間、暗期:26℃にて10時間;60%相対湿度)内に5日間置いた後、イネ葉身からDNAを抽出した。
【0132】
それぞれの条件で抽出したDNAを用いて、M.oryzae 28S rDNAの定量を行った。参考文献13に概ね従い、qPCRにより定量することにより、いもち病の進行を評価した。各病害抵抗性アッセイは3回以上繰り返して実施した。
【0133】
30℃において、BTHはWTイネに強いいもち病抵抗性を誘導した。一方、PTPノックダウンは、BTH前処理有り及びなしのいずれの場合もいもち病抵抗性に影響しなかった(図18)。WTイネにおいて、ABAの共処理は、BTH誘導性いもち病抵抗性を強く阻害した(図18)。しかし、PTP−wkdイネにおいては、このABAの効果が劇的に弱まり、WRKY45を過剰発現するイネ植物とほぼ同程度の強いいもち病抵抗性を示した(図18)。これらの結果は、SAシグナル伝達に対するABAの拮抗作用を媒介するPTPアーゼの役割と一致する。また、M.oryzae接種の前後の期間に15℃の低温処理をした場合、WTイネ植物は、BTH存在下でもいもち病菌への高い罹病性を示した(図18)。一方、同様に低温処理したPTP−wkdイネにおいては、BTHによってWRKY45過剰発現イネと同レベルの強いいもち病抵抗性が誘導された。これらの結果全てに基づき、PTPアーゼは、低温によって誘発されたABAシグナル伝達を受けてOsMPK6を脱リン酸化して不活性化し、これによってWRKY45依存性SA経路防御応答に対するABAシグナルの拮抗作用を媒介すると考える。
【0134】
〔植物及び生育条件〕
イネ(Oryza sativa subsp.japonica cv.Nipponbare)は、温室内の土壌(Bonsol No.2;住友化学株式会社)で生育された。生育中の温度は30℃/60℃(昼/夜)であり、相対湿度(RH)は約60%とした。
【0135】
〔プラスミドの構築〕
部位特異的突然変異誘発を、QuikChange Multi Site−Directed Mutagenesis Kit(Stratagene)を用いて、その説明書に従い実施した。GVG−MKK10−2Dを得るには、OsMKK10−2D cDNA(参考文献1参照)をpINDEXベクター(参考文献2参照)中にサブクローニングした。PTP−wkdを得るには、OsPTP1遺伝子及びOsPTP2遺伝子の3’非翻訳領域をそれぞれPCR増幅した。OsPTP1遺伝子の3’非翻訳領域の増幅に用いたプライマーは、u7プライマー(5’−CACCCGGGTATCCCTAAGGCAGGA−3’:配列番号7)及びu8プライマー(5’−AAATGATTCAGTTTAAACCTACTAACTCTCTTTAATTCCGT−3’:配列番号8)であった。OsPTP2遺伝子の3’非翻訳領域の増幅に用いたプライマーは、u9プライマー(5’−TTAGTAGGTTTAAACTGAATCATTTCTATGGAACAATCAGT−3’:配列番号9)とu10プライマー(5’−AGGCCTGGGTGGGCAGGAGAAGCG−3’:配列番号10)であった。次に、u7プライマー、u10プライマー及び上記第一段階反応の反応産物を用いて、第二段階のオーバーラップPCRを実施した。この反応で増幅された融合遺伝子をpENTR/D−TOPO(Invitrogen)内にクローニングし、続いてpANDAベクター(参考文献3参照)内に導入した。
【0136】
〔イネの形質転換〕
イネカルスを、参考文献4及び5の記載に従い、アグロバクテリウムによる形質転換に供した。ハイグロマイシン耐性の選抜により、形質転換カルスから植物を再生させた。
【0137】
〔タンパク質又はRNA分析のための葉の化学処理〕
葉の化学処理は、参考文献6の記載に概ね従い実施した。四葉期のイネから採取した葉身を長さ約0.5cmの断片に切断し、0.002%Silwet L−77中に調整された化学物質を含む溶液中に沈めた。葉断片は、一定の時間、30℃で明所にてインキュベートした。アブシジン酸(ABA)は、サリチル酸(SA)又はデキサメタゾン(Dex)処理の1時間前に投与した。PTPアーゼインヒビターはABA投与の更に1時間前に投与した。SAの処理量は1mMであった。
【0138】
〔イムノブロットアッセイ〕
タンパク質に含まれる二重リン酸化されたTEYモチーフとOsMPK6を、イムノブロットアッセイにより特定した。
【0139】
イムノブロットアッセイは、参考文献7の記載に概ね従い実施した。Complete Protease Inhibitor Cocktail(Roche Diagnostics)、Protease Inhibitor Cocktails 1及び2(Sigma)、並びに1mM フッ化フェニルメチルスルホニル(PMSF)を含む50mM Hepes−KOH、pH7.5でタンパク質を抽出した。遠心分離の後、上清(タンパク質6〜20μgを含む)をSDS−PAGE及びその後のブロッティングに供した。免疫測定は、SNAPid(Milipore)を用いて、その説明書に従い実施した。以下の抗体を使用した:
抗pTEpY抗体:Promega、cat# V8031,1/1,500希釈;
抗OsMPK6抗体:Kishi−Kaboshi,M.et al.(参考文献8参照),1/1,500希釈;
抗PEPC抗体:Ueno,Y.et al.(参考文献9参照),1/30,000希釈;
抗pY抗体:Millipore,clone 4G10 platinum,1/1,500希釈;
抗pT抗体:Promega,Anti−pT183 MAPK pAb(Rabbit), 1/4,000 dilution;及び
抗WRKY45抗体:Matsushita,A.et al.(参考文献7参照),1/300希釈。
【0140】
〔RT−qPCR〕
既述のとおりに薬剤処理されたイネの葉から、Trizol試薬(Invitrogen)を用いて、全RNAを単離した。ReverTraAce(東洋紡株式会社)を用いてcDNAを合成した。参考文献10の記載に従い、SYBR premix ExTaq mixture(タカラバイオ株式会社)を用いたThermal CyclerDice TP800 system(タカラバイオ株式会社)にて、定量PCRを実施した。RT−qPCRに用いたプライマーの配列を、表1に示す。
【0141】
【表1】
【0142】
〔in vitroにおけるリン酸化及び脱リン酸化アッセイ〕
リン酸化及び脱リン酸化アッセイは、一部変更を加えたが参考文献8及び11の記載に従い実施した。GST−MKK10−2D及びMBP−MPK6(野生型又は変異型)は、0.5mM ATP及び37kBq[γ−32P]ATPを含む反応緩衝液(10mMHepes−KOH、pH7.5、5mM EGTA、20mM MgCl2、1mMDTT)中で、25℃で20分間インキュベートした。脱リン酸化アッセイを行うには、上記反応液にMBP−PTP1及びMBP−PTP2を添加し、反応混合物を更に20分間インキュベートした。WRKY45リン酸化活性アッセイを行うには、[γ−32P]ATPを含まないほかは上記と同様の反応混合物を20分間プレインキュベートし、MBP−WRKY45及び37kBq[γ−32P]ATPの添加により反応を開始した。混合物を更に20分間インキュベートし、続いてLaemmli’s sample bufferを添加後沸騰させて、反応を終了した後、反応物をSDS−PAGEにより分析した。ローディングコントロールとして、クーマシーブリリアントブルー(CBB)染色を実施した。
【0143】
〔二分子蛍光相補性(Bimolecular fluorescence complementation)アッセイ〕
二分子蛍光相補性アッセイを参考文献12の記載に従い実施した。
【0144】
実施例7〔高塩処理後におけるいもち病抵抗性〕
WTイネ「NB」(品種:日本晴)及びOsPTP1/2ダブルノックダウンイネ(PTP−wkdイネ)を、温室内の土壌(ボンソルNo.2;住友化学株式会社)にそれぞれ播種後30日目まで育成した。育成温度は30℃/26℃(昼/夜)であり、相対湿度(RH)は約60%とした。これらのイネ植物体を、250mM塩化ナトリウム水溶液で4日間処理した。各植物体から展開葉の葉身を外し、後述の薬剤溶液のいずれか10mlが入った50mlファルコンチューブに入れ、サージカルテープで封をした。薬剤溶液は、10μM BTHを含有する0.1×MS塩溶液又は0.1×MS塩溶液(Mock)とした。
【0145】
上記50mlファルコンチューブに入れた葉身に、実施例6に記載の方法に概ね従っていもち病菌を接種した後、各イネ葉身からDNAを抽出した。DNAの抽出は、公知の方法に従った(新版 植物のPCR実験プロトコール、秀潤社、1997)。それぞれの処理を行ったイネ葉身から抽出したDNAを用いて、M.oryzae 28S rDNAの定量を行った。参考文献13に概ね従い、qPCRを用いて定量することにより、いもち病への抵抗性を評価した。各病害抵抗性アッセイは3回以上の実験を繰り返し行い、平均値及び標準偏差をグラフにして図20に示した。
【0146】
その結果、NBにおいては、高塩処理を行わないBTH存在下で強い病害抵抗性がみられるところ、高塩処理を行うとBTHの存在下でも病害抵抗性が弱まった。これに対し、PTP−wkdイネでは、高塩処理下でもBTH存在下で強い病害抵抗性が維持された(図20)。この結果は、本発明により、過酷な環境条件下でも高い病害抵抗性を植物に付与できることを示している。
【0147】
〔参考文献リスト〕
1.Y.Ueno et al.,Plant Signal.Behav.8,e24510(2013).
2.P.Ouwerkerk,R.de Kam,J.Hoge,A.Meijer,Planta 213,370(2001).
3.D.Miki,K.Shimamoto,Plant Cell Physiol.45,490(2004).
4.T.Fuse,T.Sasaki,M.Yano,Plant Biotechnology 18,219(2001).
5.Y.Hiei,S.Ohta,T.Komari,T.Kumashiro,Plant J.6,271(1994).
6.C.−J.Jiang et al.,Mol.Plant−Microbe Interact.23,791(2010).
7.A.Matsushita et al.,Plant J.73,302(2013).
8.M.Kishi−Kaboshi et al.,Plant J.63,599(2010).
9.Y.Ueno et al.,Plant J.21,17(2000).
10.M.Shimono et al.,Plant Cell 19,2064(2007).
11.Y.Huang et al.,Plant Physiol.122,1301(2000).
12.H.Inoue et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.110,9577(2013).
13.M.Qi,Y.N.Yang,Phytopathology 92,870(2002).
【配列表フリーテキスト】
【0148】
配列番号1:OsPTP1のアミノ酸配列
配列番号2:OsPTP2のアミノ酸配列
配列番号3:OsPTP1のcDNAの塩基配列
1− 987:コーディング配列(終止コドン含む)
988−1243:3’−UTR(RNAiベクターに使用し得る配列)
配列番号4:OsPTP2のcDNAの塩基配列
1−714:コーディング配列(終止コドン含む)
715−989:3’−UTR(RNAiベクターに使用し得る配列)
配列番号5:OsPTP1のゲノムDNAの塩基配列
1−1000:RdDM対象領域
1001−1368:第1エクソン(翻訳開始点1172)
1369−2689:第1イントロン
2690−2778:第2エクソン
2779−2893:第2イントロン
2894−2978:第3エクソン
2979−3073:第3イントロン
3074−3208:第4エクソン
3209−4556:第4イントロン
4557−4683:第5エクソン
4684−5171:第5イントロン
5172−5314:第6エクソン
5315−5391:第6イントロン
5392−5533:第7エクソン
5534−5816:第7イントロン
5817−5902:第8エクソン(終止コドン5886)
5903−6015:第8イントロン
6016− :第9エクソン
配列番号6:OsPTP2のゲノムDNAの塩基配列
1− 983:RdDM対象領域
984−1109:第1エクソン
1110−3408:第1イントロン
3409−3497:第2エクソン
3498−4081:第2イントロン
4082−4172:第3エクソン(翻訳開始点4166)
4173−4262:第3イントロン
4263−4345:第4エクソン
4346−4495:第4イントロン
4496−4636:第5エクソン
4637−5902:第5イントロン
5903−6028:第6エクソン
6029−7528:第6イントロン
7529−7895:第7エクソン
7896−8323:第7イントロン
8324− :第8エクソン(終止コドン8395)
配列番号7:u7 プライマー
配列番号8:u8 プライマー
配列番号9:u9 プライマー
配列番号10:u10 プライマー
配列番号11:Blast1 プライマー
配列番号12:Blast2 プライマー
配列番号13:W62kdRT1F プライマー
配列番号14:W62kdRT1R プライマー
配列番号15:W45RTF4 プライマー
配列番号16:W45RTR4 プライマー
配列番号17:Rubiq1 RT F1 プライマー
配列番号18:Rubiq1 RT R1 プライマー
配列番号19:u193−PTP1real プライマー
配列番号20:u194−PTP1real プライマー
配列番号21:u195−PTP2real プライマー
配列番号22:u196−PTP2real プライマー
配列番号23:Salt−rtF プライマー
配列番号24:Salt−rtR プライマー
配列番号25:NPR1−UTRT−F1 プライマー
配列番号26:NPR1−UTRT−R1 プライマー
配列番号27:T3A 2+ プライマー
配列番号28:T3A 2− プライマー
図1
図2
図3
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図5
図6
図7
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図11
図12
図13
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図16
図17
図18
図19
図20
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]