【実施例】
【0044】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
【0045】
<実施例1>
培養液4との分離性及びブタノール抽出能を有し、且つクロストリジウム アセトブチリカム(C.acetobutylicum)に対して毒性を示さない有機溶媒の選定を行った。
【0046】
使用菌株は、製品評価技術基盤機構より購入したクロストリジウム アセトブチリカム(C.acetobutylicum) NBCR13948
Tとした。
【0047】
C.acetobutylicumは、以下に示す組成を有するチオグリコール酸培地を使用し、嫌気条件下(培養容器であるガラスバイアル瓶内の気相部分を窒素置換)にて、30℃で振とう培養してから培養試験に供した。
[チオグリコール酸培地組成(g/L)]
・L−システイン :0.5
・塩化ナトリウム :2.5
・グルコース :5.0
・酵母エキス :5.0
・カゼインペプトン:15.0
・チオグリコール酸:0.5
pH7.0
【0048】
培養試験は、以下のようにして実施した。まず、100mL容のガラスバイアル瓶に培養液4としてTYA培地を40mL収容した。
[TYA培地の組成(g/L)]
・グルコース :10.0
・トリプトン :6.0
・酵母エキス :2.0
・酢酸アンモニウム :3.0
・リン酸二水素カリウム :0.5
・硫酸マグネシウム七水和物:0.3
・硫酸鉄七水和物 :0.01
pH7.0
【0049】
培養液4に、チオグリコール酸培地で振とう培養したC.acetobutylicumを初期菌体密度1×10
7cells/mLとなるように添加した。さらに、以下の6種類の有機溶媒を培養液4に8mL添加し、培養液4の液面に有機溶媒の層8を接触させて、嫌気条件下(ガラスバイアル瓶内の気相部分を窒素置換)にて、30℃で振とう培養した。
[検討した有機溶媒]
・1−ペンタノール
・シクロヘキサノール
・2−エチル−1−ヘキサノール
・酢酸イソアミル
・1−ドデカノール
・オレイルアルコール
【0050】
菌体密度の経時変化を光学顕微鏡を用いて直接計測した結果を
図3に示す。有機溶媒をオレイルアルコールとした場合には、有機溶媒を添加していない場合と同様の増殖傾向を示したことから、オレイルアルコールについてはC.acetobutylicumに対して毒性を示さないことが明らかとなった。
【0051】
次に、菌体非存在下において、培養液4にブタノールを1mM添加し、有機溶媒としてオレイルアルコールを用いた場合のブタノールのオレイルアルコールへの移行(抽出)状態について検討した。培養液4のブタノール濃度は液体クロマトグラフィー(Lachrome Elite, Hitachi)、Gelpackカラム(GL−C610H−S)、検出器としてはRI検出器を用いて分析を行った。有機溶媒4のブタノール濃度はガスクロマトグラフィー(GC400、GLサイエンス)、InertCap5カラムを用いて分析を行った。
【0052】
ブタノール濃度の分析結果を
図4に示す。培養液4にオレイルアルコールの層を接触させることで、培養液4中のブタノールがオレイルアルコール層に移行することが確認できた。また、ブタノールの抽出効率(培養液4とオレイルアルコール層の双方に含まれるブタノール量の総和に対する、オレイルアルコール層に含まれるブタノール量)が69%となり、ブタノール抽出効率も高いことが明らかとなった。
【0053】
そこで、以降の実施例では、有機溶媒としてオレイルアルコールを用いることとした。
【0054】
<実施例2>
有機溶媒としてオレイルアルコールを用い、C.acetobutylicumを培養対象として各種培養試験を実施した。
【0055】
使用菌株は実施例1と同様とし、実施例1と同様にチオグリコール酸培地で嫌気条件下で30℃で振とう培養してから培養試験に供した。
【0056】
実施例2において使用した培養装置1の構成を
図5に示す。側面に2つの開口部を設けた250mL容のDuran製ガラスバイアル瓶(以下、容器20と呼ぶ)を培養槽とした。容器20には蓋30を取り付けた。蓋30の上面30aにはシリコーンゴム栓を設けて、配線等を通した際の容器20の密閉性を確保した。
【0057】
対極槽として小容器21を用いた。具体的には、15mL容プラスチックチューブを縦に切断し、切断面に陰イオン交換膜6(株式会社アストム製、型番:ネオセプタ AMX)を接着して半筒状に加工したものを小容器21とした。陰イオン交換膜6の面積は12cm
2とした。小容器21の内部には電解液4aを収容すると共に対電極10を収容して電解液4aに浸した。小容器21の上部はシリコン系接着剤で埋めて密閉した。
【0058】
容器20に培養液4を収容し、培養液4に小容器21と作用電極9を浸漬した。作用電極9と対電極10の配線は、蓋30に設けたシリコーンゴム栓を介して容器20の外側に引き出した。銀・塩化銀参照電極11(RE−1B、BAS株式会社)は容器20の側面に設けられた二つの開口部のうちの下方から差し込んで培養液4と接触させた。
【0059】
培養期間中に容器20内にて発生したガスは、容器20の上部に設置したアルミニウム製サンプリングバッグ(ジーエルサイエンス製、商品名:アルミニウムバッグ、1L、図示省略)に回収した。
【0060】
作用電極9と対電極10は共に炭素板(7.5cm×2.5cm)とした。
【0061】
容器20に収容した培養液4はTYA培地とした。また、培養液4には、電子媒体物質5として、酸化型のメチルビオロゲン(MV)を最終濃度2mMとなるように添加した。尚、
図5中、符号5aは電子媒体物質5の還元体であり、符号5bは電子媒体物質5の酸化体である。さらに、培養液4には、グルコースを100g/L(555mM)添加した。
【0062】
小容器21に収容した電解液4aは100mMリン酸緩衝液(pH4.5、10mL)とした。
【0063】
尚、培養液4としてのTYA培地には、40mMの酢酸を添加し、定常期に到達したC. acetobutylicumのブタノール生産能の長期間培養による失活を抑制した(Paredes CJ, Jones SW,Senger RS, Borden JR, Sillers R, Papoutsakis ET., Molecular Aspects of ButanolFermentation. Bioenergy, 2008)。また、C. acetobutylicumは、pH4.7以下の条件においてアルコール生成が誘導されることが報告されていることから、培養液4のpHを1MのHClにより4.5に調整した。
【0064】
さらに、培養液4には、有機溶媒としてオレイルアルコールを40mL添加し、培養液4の液面に有機溶媒(オレイルアルコール)の層8を接触させた。
【0065】
容器20を密栓した後、容器20の側面に設けられた二つの開口部のうちの上方の開口部から窒素ガス通気を1時間行った。培養装置1を恒温槽内に設置後、作用電極9と対電極10と参照電極11とを3電極式の定電位設定装置(ポテンシオスタット)12に結線して、作用電極9の電位を厳密に制御可能とした。
【0066】
植菌源としては、チオグリコール酸培地(1.2L)を用いて前培養を行い定常期に移行した菌体を回収、新しい培地で洗浄後、190mLの培養液4を含む培養装置1’に初期菌体密度1×10
9cells/mL(定常期の菌体密度に相当)となるように植菌を行って培養液4の総量を200mLとし、各種条件で培養試験を実施した。試験中、培養液4の温度は30℃に制御した。また、培養液4には撹拌子を入れて、試験中は培養液4を撹拌し続けた。
【0067】
上記の構成により、以下の培養試験(a)〜(e)を実施した。培養試験(a)及び(b)が有機溶媒層有りの二相式の条件であり、その他が有機溶媒層無しの一相式の条件である。
(a)MV添加有り、有機溶媒層有り、通電有り(作用電極9の電位:−0.7V)
(b)MV添加有り、有機溶媒層有り、通電無し
(c)MV添加無し、有機溶媒層無し、通電無し
(d)MV添加有り、有機溶媒層無し、通電無し
(e)MV添加有り、有機溶媒層無し、通電有り(作用電極9の電位:−0.7V)
【0068】
尚、通電は、培養3日目から1日3回(11時、14時、17時)、10分間行うようにした。
【0069】
培養試験期間中は、定期的に容器20の側面の開口部から培養液4を抜き取り、培養液4の成分の分析を行った。培養液4の成分のうちグルコースはグルコースCIIテストワコー(Wako)を用い、エタノールとブタノールは液体クロマトグラフィー(Lachrome Elite, Hitachi)、Gelpackカラム(GL−C610H−S)、検出器としてはRI検出器を用い定量分析を行った。また、培養試験終了後に有機溶媒を採取し、ガスクロマトグラフィー(GC400、GLサイエンス)、InertCap5カラムにてエタノールとブタノールの分析を行った。
【0070】
図6に、培養試験(a)〜(e)における培養液4中のグルコース濃度の経時変化を示す。二相式の条件である培養試験(a)及び(b)と、一相式の条件である培養試験(c)〜(e)とを比較すると、二相式の条件である培養試験(a)及び(b)の方がグルコース濃度の低下が起こりやすいことが明らかとなった。しかも、意外なことに、二相式の条件である培養試験(a)及び(b)では、培養液4中のブタノールの蓄積が少ない培養初期から、グルコースの分解促進が起こっていることが明らかとなった。以上の結果から、ブタノール生産微生物2の高密度培養を利用したブタノール生産において、培養液4の液面に有機溶媒の層8を接触させることによって、培養初期からグルコース分解促進効果が奏されることが明らかとなった。尚、培養初期においては、MVの還元にともなう培養液4の色の変化は殆ど見られなかったことから、培養初期におけるグルコース分解促進効果に対して、MVが関与している可能性は低いと考えられた。
【0071】
また、培養試験(a)及び(b)の結果を比較すると、培養試験(a)において通電後にさらなるグルコース分解促進効果が奏されることが明らかとなった。
【0072】
次に、培養試験(a)〜(e)における培養液4中のエタノール濃度とブタノール濃度の経時変化を
図7に示す。
図7中、(A)がエタノール濃度の経時変化であり、(B)がブタノール濃度の経時変化である。ブタノール濃度の経時変化は、
図6に示すグルコース濃度の経時変化を反映するものとなっていた。即ち、二相式の条件である培養試験(a)及び(b)と、一相式の条件である培養試験(c)〜(e)とを比較すると、二相式の条件である培養試験(a)及び(b)の方がブタノールの生産が促進されることが明らかとなった。しかも、二相式の条件である培養試験(a)及び(b)では、培養液4中のブタノールの蓄積が少ない培養初期から、ブタノールの生産促進が起こっていることが明らかとなった。以上の結果から、ブタノール生産微生物2の高密度培養を利用したブタノール生産において、培養液4の液面に有機溶媒の層8を接触させることによって、培養初期からグルコース分解促進効果及びブタノール生産促進効果が奏されることが明らかとなった。
【0073】
また、培養試験(a)及び(b)の結果を比較すると、培養試験(a)において通電後にさらなるブタノール生産促進効果が奏されることが明らかとなった。具体的には、通電によって、2.5倍程度のブタノール増産効果が奏されることが明らかとなった。しかも、培養試験(a)における培養液4中のブタノール濃度は、C. acetobutylicumの発酵阻害が生じると言われているブタノール濃度である2%(250mM)に迫る濃度まで向上していたことから、有機溶媒の層8の使用と電極9への通電の組み合わせによって、極めて優れたブタノール増産効果が得られることが明らかとなった。
【0074】
尚、培養試験(a)及び(b)の結果を比較すると、培養試験(a)において通電後にエタノール生産促進効果が奏されることが明らかとなった。具体的には、通電によって、2倍程度のエタノール増産効果が奏されることが明らかとなった。
【0075】
次に、培養試験(a)及び(b)の終了後における培養液4中及び有機溶媒(オレイルアルコール)中のエタノール容量とブタノール容量の測定結果を
図8に示す。
図8中、(A)がエタノール容量の測定結果であり、(B)がブタノール容量の測定結果である。また、図中の棒グラフは、左から、培養液中の容量、オレイルアルコール中の容量、培養液及びオレイルアルコール中の総量である。通電を行うことで、エタノール容量及びブタノール容量ともに増加することが明らかとなった。また、通電を行った場合のブタノール容量は、培養液中とオレイルアルコール中の総量で325mMと極めて高濃度まで到達していることが明らかとなった。C. acetobutylicumはブタノール濃度250mMでブタノール生産阻害が起こることが知られており、本実施例では、C. acetobutylicumのブタノール生産阻害が起こる濃度を超えてブタノールを生産できることが明らかとなった。また、一相式で通電を行った場合のブタノール生産量と比較すると、約6.5倍ものブタノール生産量を確保できることが明らかとなった。以上の結果から、有機溶媒の層8の使用と電極9への通電の組み合わせによって、極めて優れたブタノール増産効果が得られることが明らかとなった。
【0076】
次に、通電による投入エネルギーに対し、通電により増産したブタノールの熱量(エネルギー)の比率(ΔW
Butanol/W
in)を、二相式の培養試験(a)及び(b)の結果から、以下の式により計算した。
ΔW
Butanol=(ブタノールの燃焼熱量)×(ブタノールの増産量)
W
in=E
ap×C
ここで、ブタノールの燃焼熱量は2675.9[kJ/mol]である。ブタノールの増産量は、通電時のブタノール生産量[mol]から非通電時のブタノール生産量[mol]を引いた場合である。E
apは印加電圧[V]である。Cは電気量[C]である。
計算した結果、ΔW
Butanol/W
inは3.72となり、1を超える値となった。このことから、通電によるブタノールの増産効果は、エネルギー的にみても優れていることが明らかとなった。