(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6492856
(24)【登録日】2019年3月15日
(45)【発行日】2019年4月3日
(54)【発明の名称】安定型糖化ヘモグロビンA1cの定量方法
(51)【国際特許分類】
G01N 30/88 20060101AFI20190325BHJP
G01N 30/86 20060101ALI20190325BHJP
【FI】
G01N30/88 Q
G01N30/86 J
G01N30/86 M
【請求項の数】2
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2015-63213(P2015-63213)
(22)【出願日】2015年3月25日
(65)【公開番号】特開2016-183871(P2016-183871A)
(43)【公開日】2016年10月20日
【審査請求日】2018年2月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】村上 卓司
(72)【発明者】
【氏名】新藤 義之
(72)【発明者】
【氏名】印藤 大昭
【審査官】
赤坂 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】
特開2012−215470(JP,A)
【文献】
特表2013−511717(JP,A)
【文献】
米国特許第05801053(US,A)
【文献】
P.Pravatmuang et al.,Effect of HbE and HbH on HbA1C level by ionic exchange HPLC comparing to immunoturbidimetry,Clinica Chimica Acta,2001年,Vol.313,P.171-178
【文献】
LEE, E.S. and FUKUI, Y.,Synergistic effect of alanine and glycine on bovine embryos cultured in a chemically defined medium,Biol. Reprod.,1996年12月,Vol.55 No.6,pages 1383-1389,ABSTRACT、Experiment1-6
【文献】
MOORE, K. and BONDIOLI, K.R.,Glycine and alanine supplementation of culture medium enhances development of in vitro matured and f,Biol. Reprod.,1993年 4月,Vol.48 No.4,pages 833-840,ABSTRACT、第834頁右欄第1及び第4段落、第835頁右欄第4段落−第836頁右欄第1段落、第837頁左欄第2段落−同
【文献】
TSAI, LY et al.,Effect of hemoglobin variants (Hb J, Hb G, Hb E) on HbA1c values as measured by cation-exchange HPLC (Diamat),CLINICAL CHEMISTRY,2001年,Vol. 47, No. 4,756-758
【文献】
STHANESHWAR P et al.,Effect of HbE heterozygosity on the measurement of HbA1c,PATHOLOGY,2013年 6月,45(4),417-419
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00−30/96
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽イオン交換液体クロマトグラフィーを用いた安定型糖化ヘモグロビンA1cの分析において、安定型糖化ヘモグロビンA1cピークと成人型ヘモグロビンA0ピークの間に出現するピークを分離し検出した際に、陽イオン交換液体クロマトグラフィーによって得られた安定型糖化ヘモグロビンA1c値に1.1〜1.4の範囲にある係数を乗じて補正することを特徴とする安定型糖化ヘモグロビンA1cの定量方法。
【請求項2】
前記安定型糖化ヘモグロビンA1cピークと成人型ヘモグロビンA0ピークの間に出現するピークが、異常ヘモグロビンEである請求項1記載の安定型糖化ヘモグロビンA1cの定量方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフィーにより血液試料中の糖化ヘモグロビンを測定する方法に関するものである。より詳しくは、異常ヘモグロビンを含有する血液試料が混在する可能性のある血液試料群において、糖尿病診断の指標となる糖化ヘモグロビンの測定に関するものである。
【背景技術】
【0002】
HPLC法による陽イオンクロマトグラフィー法を用いたヘモグロビン類の分析は、糖尿病、先天性溶血性貧血の一種である異常ヘモグロビン症、サラセミア症などの血色素異常症の診断方法として広く利用されている。
【0003】
HPLC法を用いた糖尿病診断では、ヘモグロビンの糖化率を求めるため、血液中の総ヘモグロビン量と安定型糖化ヘモグロビンA1c(以下HbA1cとする)量を定量し、その比から安定型糖化ヘモグロビンA1cの存在率(以下HbA1c%とする)を得ている。より具体的には、検出したすべてのピークのピーク面積を加算した総ピーク面積とHbA1cピークのピーク面積の比よりHbA1c%を算出している。健常人では血液中のヘモグロビンの95%以上は成人型ヘモグロビン(HbA0)であるため、HbA1c%を得るには検体中の総ヘモグロビン量とHbA0由来の安定型糖化ヘモグロビン量を定量するのみでよい。
【0004】
HbA0はα鎖とβ鎖の2種類のグロブリン鎖からなっている。しかし、先天性遺伝子疾患である異常ヘモグロビン症の患者は、先天性のグロブリン鎖の合成異常により、HbA0のほかに、突然変異による異常グロビン鎖からなる異常ヘモグロビンも有している。代表的な異常ヘモグロビン種として知られているヘモグロビンS(以下、HbSとする)はβ鎖6残基目GluがValに置き換わったものであり、ヘモグロビンC(以下、HbCとする)はβ鎖6残基目GluがLysに、異常ヘモグロビンD(以下、HbDとする)はβ鎖121残基目GluがGlnに置き換わったものである。
【0005】
HPLC法で異常ヘモグロビン症患者のHbA1c%を測定する方法として、検体中の異常ヘモグロビンを定量し、総ヘモグロビン量から異常ヘモグロビン量を減じて補正をする方法や、異常ヘモグロビン由来の糖化ヘモグロビン成分も同定・定量測定し、測定値を補正する方法が利用されている。
【0006】
HbD、HbS、HbCおよびこれらの糖化成分は、陽イオンクロマトグラフィーに用いられるカラム充填剤との相互作用がHbA0あるいはHbA1cと大きく異なるため容易にHPLCで分離でき、各成分を定量することが可能であることから上記補正を行うことも比較的容易である。
【0007】
しかし、東南アジア地域・インド地域で多くみられる異常ヘモグロビンであるヘモグロビンE(以下、HbEとする)はβ鎖26残基目GluがLysに置き換わった異常ヘモグロビンであり、陽イオン交換体との相互作用がHbA0と近いため、HbD、HbSおよびHbCのように簡単に分離し成分を定量する事が困難であった。このため、HbEを含む検体のHbA1c%を得るためには、分析時間を長くしてHbA0とHbEを分離するか、HbA0とHbEが十分に分離できていない状態から高度な積分計算を用いて、HbEを定量する必要があった。
【0008】
HPLC法の先行技術として、HbEを含有する血液試料に特有なピークを用いて、このピーク面積に基づいてHbA1cのピーク面積又は全ヘモグロビンのピーク面積を補正してHbA1c%を算出する方法も報告されている(特許文献1)。しかし、この方法では、HbE含有血液試料に特有なピークを分離すること、更にそのピーク面積を正確に算出することが必要であるため、臨床診断の精度を維持したまま、分析時間の短縮を実現することは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2012−215470号公報
【特許文献2】特開平3−255360号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
HbA1c%の測定を実施すべき血液試料がHbEを含有する場合、これまでのHPLC法では、HbEを含有する血液試料に特有なピークを分離し、このピーク面積を正確に算出する必要があった。しかしながら臨床診断の精度を維持したまま、分析時間の短縮を実現することは困難であり、課題であった。更に免疫法(以下、AIA法と記載することがある)等と比較して、陽イオンクロマトグラフィー法はHbEを特異的に短時間で分離することが困難であるという課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで本発明では、HbEを含む血液試料中のHbA1c%をHPLC法によって測定する際に、不可欠な要素とされていたHbA0からHbEを分離しヘモグロビン定量することや、HbEを含有する血液試料に特有なピークを正確に定量しなくとも、短時間かつ簡便に正確なHbA1c%を測定する方法を見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち本発明は、
[1]陽イオン交換液体クロマトグラフィーを用いた安定型糖化ヘモグロビンA1cの分析において、安定型糖化ヘモグロビンA1cピークと成人型ヘモグロビンA0ピークの間に出現するピークを分離し検出した際に、陽イオン交換液体クロマトグラフィーによって得られた安定型糖化ヘモグロビンA1c値に1.1〜1.4の範囲にある係数を乗じて補正することを特徴とする安定型糖化ヘモグロビンA1cの定量方法。
[2]前記安定型糖化ヘモグロビンA1cピークと成人型ヘモグロビンA0ピークの間に出現するピークが、異常ヘモグロビンEである[1]記載の安定型糖化ヘモグロビンA1cの定量方法。
に関するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明のような安定型糖化ヘモグロビンA1cピークと成人型ヘモグロビンA0ピークの間にピークが存在する場合にはHbA1c%に係数を乗じて補正することで、短時間で、かつ連続して異常ヘモグロビンを含む、または含まない検体をランダムに測定するヘモグロビン分析計が提供可能となった。従って、短時間かつ簡単にヘモグロビンE保有者のHbA1c%を他の検体と同様に測定することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】健常人検体のクロマトグラム例を示す図である
【
図2】異常ヘモグロビン症(ヘモグロビンAE)のクロマトグラム例を示す(例1)図である
【
図3】異常ヘモグロビン症(ヘモグロビンAE)のクロマトグラム例を示す(例2)図である
【
図4】異常ヘモグロビン症(ヘモグロビンAS)のクロマトグラム例を示す図である
【
図5】参考例1でのHbE検体測定値と免疫法の測定値との差を示す図である
【
図6】実施例1でのHbE検体測定値と免疫法の測定値との差を示す図である
【
図7】比較例1での異常ヘモグロビン症を含む検体群での免疫法の測定値との相関を示す図である
【
図8】実施例2での異常ヘモグロビン症を含む検体群での免疫法の測定値との相関を示す図である
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本発明を詳細に説明する。本明細書における陽イオン交換液体クロマトグラフィーについて説明する。陽イオン交換カラムは非多孔性架橋ポリマー粒子に陽イオン交換基を導入した充填剤より作製されるが、非多孔性架橋ポリマー粒子の合成方法は限定されず公知の懸濁重合法、乳化重合法、シード重合法、沈殿重合法などが利用できる。また本発明において非多孔性架橋ポリマー粒子に限らず、多孔性架橋ポリマーを使用することができる。
【0016】
また合成に用いるモノマーおよび架橋剤は特に限定されるものではないが、親水性メタクリル酸およびアクリルエステル類が望ましい。モノマーとしてヒドロキシエチルメタクリレート、ヒドロキシエチルアクリレート、ヒドロキシプロピルアクリレート、グリセリンメタクリレート、ポリエチレングリコールメタクリレート、ポリエチレングリコールアクリレートなどを挙げることができる。
【0017】
架橋剤としては、エチレングリコールジメタクリレート、ジエチレングリコールジメタクリレート、トリエチレングリコールジメタクリレート、グリセリンジメタクリレートなどが挙げられる。
【0018】
非多孔性架橋ポリマー粒子を使用する場合は表面に陽イオン交換基を導入する方法に特に限定はなく、公知の導入方法が利用可能である。導入する陽イオン交換基としてはスルホプロピル基、スルホエチル基、カルボキシルメチル基などが挙げられる。多孔性架橋ポリマーを使用する際も同様の例示を挙げることができる。
【0019】
また、使用するHPLC法は限定されないが、短い分析時間でHbE由来成分が同定できるHPLC法が望ましい。溶離液も特に限定されず、コハク酸、クエン酸などの有機酸とその塩からなる緩衝液およびリン酸などの無機酸とその塩からなる緩衝液、もしくは有機酸と無機酸の両者を混同して使用することができる。必要に応じで緩衝液にその他の塩、たとえば塩化ナトリウム、硝酸ナトリウム、硫酸ナトリウムなどを加えることもできる。
【0020】
HbA1cは、糖尿病診断に用いられ、ヘモグロビンの糖化率は、血液中の総ヘモグロビン量とHbA1c量を定量することで求められる。
【0021】
成人型ヘモグロビンA0は、HbD、HbE、HbS、HbC等の先天性の変異型が存在することが知られており、陽イオン交換クロマトグラフィーにおいて、HbA1cよりも遅れて溶出することが一般的である。また、本発明の態様において同一検体中に、HbEに加えてHbD、HbS、HbCの少なくとも一つが一つの検体において検出された場合は、本発明の方法を用いてHbA1c値を補正するのと同時又はその前後に公知の方法によってHbD、HbS、HbCを考慮する補正をしても良い。
【0022】
安定型糖化ヘモグロビンA1c値を1.1〜1.4の範囲にある係数を乗じて補正する手段として、好ましい係数の範囲は1.1から1.4、より好ましくは1.2から1.3の値、更に好ましくは1.25を用いると良い。なお、前記係数の範囲は、本発明者らは前記課題を達成するために鋭意検討した結果、HbEとHbA0を有する検体(HbAE)のHbEの存在率は20−30%でありほぼ25%とみなせる事(Seema Rao et.al.,Indian J Med Re 、2010年11月、132巻、p.513−519.、Martin H.Steinberg,Hemoglobinopathies,p.453−473.等)、そしてHbEが存在する検体のHbA1c%が免疫法などに比べて約25%低い事を見出したことから導き出した範囲である。
【実施例】
【0023】
次に本発明を実施例及び参考例によってさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0024】
参考例1
遺伝子分析によりHbEの存在が確認された検体を代表的なHPLC法と免疫法でHbA1c%を求めた。HPLC法には非多孔性陽イオン交換体カラムを装備した東ソー製自動グリコヘモグロビン分析計HLC−723G8を使用し、免疫法にはHbEを含む異常ヘモグロビンの影響を受けずHbA1c%が測定可能なRoche製の分析機を使用した。なお、いずれの測定法においてもHbA1c値の補正は行わなかった。
【0025】
図1及に健常人のクロマトグラム例を示し、
図2及び
図3にHbEを保有する患者検体のクロマトグラム例を示す。
図2及び
図3中の矢印の位置に健常人にはなく、HbE保有者のみに出現するピークがある。
図4に別の異常ヘモグロビン症患者(HbS)のクロマトグラム例を示す。ここではHbA0ピークから大きくはなれた位置にHbSのピークが出現しているが、
図2及び
図3中の矢印の位置に見られるピークはなく、
図2及び
図3中の矢印で示したピークがHbEに特定のピークであると判断できる。このピーク(
図2及び
図3中の矢印)を検出することで、HbEを含む検体を容易に識別でき、他の検体と分けることが可能となる。
図5に示すようにHPLC法は免疫法と比べてすべての検体で低値を示していた。
【0026】
実施例1
後述の比較例1のHPLC法のHbA1c%に補正係数1.25を乗じ、補正したHbA1c値よりHbA1c%を求めた。結果を
図6に示す。
HbA1c%の値に関係なくすべての検体でHPLC法と免疫法の差は0.1%以内となった。
【0027】
比較例1
HbEを含む検体とHbEを含まない検体からなる検体群をHPLC法と免疫法で測定した。
測定条件は参考例1と同じ。
図7に両者を比較したHbA1c%の相関図を示す。良好な相関性を示す群(図中、白丸)とHPLC法が低値を示す群(図中、黒丸)に分かれた。HbEを含む検体群で両者の乖離がある。
【0028】
実施例2
HPLC法の東ソー製自動グリコヘモグロビン分析計HLC−723G8にHbA1cピークとHbA0ピーク間に出現するHbEに特有なピークを検出させ、検出した場合にHbA1c%を自動補正させるようにし、比較例1と同じ検体群を測定した。補正条件は実施例1と同じとした。
図8に相関性の結果を示す。比較例1で乖離していた検体群(
図7中、黒丸)はすべてHbE含有検体を認識され自動補正により免疫法とほぼ同値を示した。
【0029】
従来のHbEとHbA0を分離するよりも分離が簡単で、短時間にHbEの存在を検出でき、ピークが検出された検体をHbE検体として扱い、本発明の方法により補正することでHbEを含まない検体には影響をあたえることなく、HbEを含む検体を補正することができる。