特許第6493009号(P6493009)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6493009着色透光性ジルコニア焼結体と粉末、及びその用途
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6493009
(24)【登録日】2019年3月15日
(45)【発行日】2019年4月3日
(54)【発明の名称】着色透光性ジルコニア焼結体と粉末、及びその用途
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/488 20060101AFI20190325BHJP
   A61C 13/08 20060101ALI20190325BHJP
   A61C 13/083 20060101ALI20190325BHJP
【FI】
   C04B35/488 500
   A61C13/08 A
   A61C13/083
【請求項の数】13
【全頁数】30
(21)【出願番号】特願2015-124323(P2015-124323)
(22)【出願日】2015年6月22日
(65)【公開番号】特開2016-26986(P2016-26986A)
(43)【公開日】2016年2月18日
【審査請求日】2018年5月14日
(31)【優先権主張番号】特願2014-128263(P2014-128263)
(32)【優先日】2014年6月23日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】藤崎 浩之
(72)【発明者】
【氏名】河村 清隆
【審査官】 末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−073907(JP,A)
【文献】 特開2008−222450(JP,A)
【文献】 国際公開第2008/013099(WO,A1)
【文献】 特開昭62−059571(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/018728(WO,A1)
【文献】 国際公開第2009/125793(WO,A1)
【文献】 特開2005−289721(JP,A)
【文献】 特開昭62−153163(JP,A)
【文献】 特開2015−143178(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/48−35/493
A61C 13/08−13/097
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イットリアを4.0mol%超6.5mol%以下、エルビアを0.25mol%未満、酸化鉄をFe換算で2000ppm未満、酸化コバルトをCoO換算で0.01重量%未満、及びアルミナを0.1重量%未満含有するジルコニアからなり、相対密度が99.90%以上であり、試料厚さ1.0mmにおける600nm波長の光に対する全光線透過率が25%以上40%未満であり、なおかつ、強度が500MPa以上であることを特徴とする着色透光性ジルコニア焼結体。
【請求項2】
平均結晶粒径が0.3〜5.0μmである請求項1に記載の着色透光性ジルコニア焼結体。
【請求項3】
表色系における明度Lが43以上60以下である請求項1又は2に記載の着色透光性ジルコニア焼結体。
【請求項4】
140℃熱水中に24時間浸漬させた後の単斜晶相の転移深さが5μm以下である請求項1乃至3のいずれか一項に記載の着色透光性ジルコニア焼結体。
【請求項5】
140℃熱水中に72時間浸漬させた後の単斜晶相率が5%以下である請求項1乃至4のいずれか一項に記載の着色透光性ジルコニア焼結体。
【請求項6】
結晶相に正方晶及び立方晶を含む請求項1乃至5のいずれか一項に記載の着色透光性ジルコニア焼結体。
【請求項7】
イットリアを4.0mol%超6.5mol%以下、エルビアを0.25mol%未満、アルミニウム化合物をAl換算で0.1重量%未満、鉄化合物をFe換算で2000ppm未満、及びコバルト化合物をCoO換算で0.01重量%未満含有するジルコニア粉末組成物を成形して成形体を得る成形工程、及び、該成形体を常圧下にて1400〜1600℃で焼結する焼結工程、を有することを特徴とする請求項1乃至6のいずれか一項に記載の着色透光性ジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項8】
前記ジルコニア粉末組成物が、0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物及びFe換算で2000ppm以上3000ppm以下の鉄化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物及びCoO換算で0.03重量%以上0.05重量%以下のコバルト化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、及び、Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物を含有し、残部が2mol%超5mol%以下のエルビアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、からなる群の少なくとも2種を含む、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
鉄化合物が酸化水酸化鉄又は酸化鉄の少なくともいずれかである請求項7又は8に記載の製造方法。
【請求項10】
アルミニウム化合物がアルミナである請求項7乃至9のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項11】
Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物及びFe換算で2000ppm以上3000ppm以下の鉄化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物及びCoO換算で0.03重量%以上0.05重量%以下のコバルト化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、及び、Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物を含有し、残部が2mol%超5mol%以下のエルビアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、からなる群の少なくとも2種を含み、イットリアを4.0mol%超6.5mol%以下、エルビアを0.25mol%未満、鉄化合物をFe換算で2000ppm未満、コバルト化合物をCoO換算で0.01重量%未満、及びアルミナを0.1重量%未満含有し、BET比表面積が7〜13m/gであることを特徴とするジルコニア粉末組成物。
【請求項12】
噴霧造粒粉末顆粒である請求項11記載のジルコニア粉末組成物。
【請求項13】
請求項1乃至6のいずれか一項に記載の着色透光性ジルコニア焼結体を含む歯科材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然の歯に極めて近い審美性及び強度を有する着色透光性ジルコニア焼結体に関する。本発明の焼結体は、歯科用途、特に前歯用義歯や、前歯用義歯材料のミルブランクとして使用することができる。
【背景技術】
【0002】
安定化剤としてイットリアを固溶するジルコニア焼結体は、その表面に陶材等を積層して、色調を天然の歯(以下、「自然歯」ともいう。)と同等な色調とすることで、義歯などの歯科材料として用いられている。一方、陶材等を積層せず、そのまま歯科材料として使用できるジルコニア焼結体の要求が高まっている。歯科材料としてジルコニア焼結体を使用する場合、強度及び靱性という機械的特性が必要とされることに加え、審美的観点から、自然歯と同等の透光性(Translucency)及び色調などの光学的特性が要求される。
【0003】
例えば、特許文献1には、2〜4mol%のイットリアを含み、アルミナ含有量が0.2重量%以下で、1mm厚さの全光線透過率が35%以上であるジルコニア焼結体が開示されている。実施例に開示されている全光線透過率41%(厚さ1.0mmにおける600nm波長の光に対する全光線透過率36%)の焼結体は、奥歯用義歯に適した透光性と強度を有する。しかしながら、当該焼結体の色調は白色であるため、単体で前歯用義歯として使用することはできなかった。
【0004】
また、特許文献2には、Feの添加によって、黄色に着色された透光性ジルコニア焼結体が開示されている。Feを含有しないジルコニア焼結体と比べると、当該焼結体は自然歯に近い色調を呈する。しかしながら、当該焼結体は依然として自然歯とは異なる色調を呈するものであった。このように自然歯との色調差が大きいため、当該焼結体のみでは義歯として使用できなかった。
【0005】
特許文献3には、イットリアを1.5〜5mol%含み、気孔率が0.6%以下のジルコニア焼結体が開示されている。しかし、当該焼結体は熱間静水圧プレス(以下、「HIP」ともいう。)を用いた加圧焼結により得られたジルコニア焼結体であった。また、特許文献4には、4mol%超7mol%以下のイットリアを含有し、1mm厚さにおける波長600nmの光に対する全光線透過率が40%以上であるジルコニア焼結体が開示されている。当該焼結体も加圧焼結により得られたジルコニア焼結体であった。さらに、非特許文献1には3mol%のイットリアと8mol%のイットリアを含有するジルコニア粉末をspark plasma sintering(以下、「SPS」とする。)して得られた、透明性(Transparensy)のあるジルコニア焼結体が開示されている。
【0006】
これら加圧焼結やSPSなどの特殊な焼結方法は、ジルコニア焼結体の製造コストを高くする。そのため、これらのジルコニア焼結体は限られた用途でしか利用することができない。これに加え、特許文献4や非特許文献1に開示されたジルコニア焼結体は透明性が高すぎる。そのため、これらの焼結体は、前歯用義歯として不自然な印象を与えるものであった。
【0007】
また、透光性のあるジルコニア焼結体から義歯を作製するには、通常、ジルコニア粉末を成形した後、ジルコニアの焼結温度以下の温度で仮焼結し、義歯の形状に加工した後、ジルコニアの焼結温度で焼結させる方法が用いられている。そのため、短時間の常圧焼結で密度の高いジルコニア焼結体が得られるジルコニア粉末が望まれている。
【0008】
従来は自然歯と同様な審美性とするため、ジルコニア焼結体の表面に陶材等を積層し、これにより色調を調整して歯科材料としている(例えば、特許文献5参照)。当該歯科材料は、ジルコニアとは強度の異なるガラス材料と、ジルコニアとからなる複合材料である。このような複合材料は、歯科材料として強度が十分ではなかった。
【0009】
そのため、陶材等を積層せずに、強度を維持したまま審美性を向上させた歯科材料用のジルコニア焼結体が検討されている。
【0010】
例えば、自然歯と同様な透光性を有するジルコニア焼結体が報告されている(特許文献6)。特許文献6で開示された焼結体は、そのまま歯科材料として使用する。これらのジルコニア焼結体は自然歯と同様な透光性を有する。その一方で、これらの焼結体は自然歯とは異なる色調、すなわちジルコニア本来の明るい白色の色調、を呈するものであった。
【0011】
一方、着色剤として酸化物を含有させた歯科材料用の着色ジルコニア焼結体が報告されている(例えば、特許文献7)。しかしながら、当該焼結体は、粉末混合によって、安定化剤として作用する希土類酸化物を、ベース組成物の原料であるジルコニアに添加して得られたものであった。そのため、この様な着色ジルコニア焼結体は極めて強度が低かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】国際公開2009/125793号
【特許文献2】国際公開2013/018728号
【特許文献3】特開昭62−153163号公報
【特許文献4】特開2008−222450号公報
【特許文献5】特開2009−207743号公報
【特許文献6】特開2008−50247号公報
【特許文献7】特表2010−501465号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Adv. Funct. Mater. 2007,17,3267−3273
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、従来の欠点を解消した上で、天然の前歯と同等の審美性及び強度を有する前歯用義歯として適したジルコニア焼結体を提供することを目的とする。さらに、本発明は各種の自然歯の色調見本と同等の色調を呈し、なおかつ、天然の前歯と同様な審美性を有するジルコニア焼結体を提供することを別の目的とする。また、この様なジルコニア焼結体を、加圧焼結等の特殊な焼結方法を必要とせず、簡易なプロセスで製造することができるジルコニア粉末を提供することを別の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、前歯用義歯として使用されるジルコニア焼結体について検討した。その結果、特定の着色剤を含むジルコニア焼結体が、コーティング等の付加的な積層処理を施すことなく、実用的な前歯用義歯として使用できる審美性及び強度を有することを見出し、本発明を完成した。
【0016】
さらに、常圧焼結で前歯用義歯に適したジルコニア焼結体を得るためには、ジルコニア粉末の組成や物性を制御すること、特に、特定のジルコニア含有粉末を組合せることが必要であることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0017】
即ち、本発明の要旨は以下のとおりである。
[1] イットリアを4.0mol%超6.5mol%以下、エルビアを0.25mol%未満、酸化鉄をFe換算で2000ppm未満、酸化コバルトをCoO換算で0.01重量%未満、及びアルミナを0.1重量%未満含有するジルコニアからなり、相対密度が99.90%以上であり、試料厚さ1.0mmにおける600nm波長の光に対する全光線透過率が25%以上40%未満であり、なおかつ、強度が500MPa以上であることを特徴とする着色透光性ジルコニア焼結体。
[2] 平均結晶粒径が0.3〜5.0μmである上記[1]に記載の着色透光性ジルコニア焼結体。
[3] L*a*b*表色系における明度L*が43以上60以下である上記[1]又は[2]に記載の着色透光性ジルコニア焼結体。
[4] 140℃熱水中に24時間浸漬させた後の単斜晶相の転移深さが5μm以下である上記[1]乃至[3]のいずれかに記載の着色透光性ジルコニア焼結体。
[5] 140℃熱水中に72時間浸漬させた後の単斜晶相率が5%以下である上記[1]乃至[4]のいずれかに記載の着色透光性ジルコニア焼結体。
[6] 結晶相に正方晶及び立方晶を含む上記[1]乃至[5]のいずれかに記載の着色透光性ジルコニア焼結体。
[7] イットリアを4.0mol%超6.5mol%以下、エルビアを0.25mol%未満、アルミニウム化合物をAl換算で0.1重量%未満、鉄化合物をFe換算で2000ppm未満、及びコバルト化合物をCoO換算で0.01重量%未満含有するジルコニア粉末組成物を成形して成形体を得る成形工程、及び、該成形体を常圧下にて1400〜1600℃で焼結する焼結工程、を有することを特徴とする上記[1]乃至[6]のいずれかに記載の着色透光性ジルコニア焼結体の製造方法。
[8] 前記ジルコニア粉末組成物が、0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物及びFe換算で2000ppm以上3000ppm以下の鉄化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物及びCoO換算で0.03重量%以上0.05重量%以下のコバルト化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、及び、Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物を含有し、残部が2mol%超5mol%以下のエルビアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、からなる群の少なくとも2種を含む、上記[7]に記載の製造方法。
[9] 鉄化合物が酸化水酸化鉄又は酸化鉄の少なくともいずれかである上記[7]又は[8]に記載の製造方法。
[10] アルミニウム化合物がアルミナである請求項7乃至9のいずれか一項に記載の製造方法。
[11] イットリアを4.0mol%超6.5mol%以下、エルビアを0.25mol%未満、鉄化合物をFe換算で2000ppm未満、コバルト化合物をCoO換算で0.01重量%未満、及びアルミナを0.1重量%未満含有し、BET比表面積が7〜13m/gであることを特徴とするジルコニア粉末組成物。
[12] Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物及びFe換算で2000ppm以上3000ppm以下の鉄化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物及びCoO換算で0.03重量%以上0.05重量%以下のコバルト化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、及び、Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物を含有し、残部が2mol%超5mol%以下のエルビアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、からなる群の少なくとも2種を含む、上記[11]に記載の粉末組成物。
[13] 噴霧造粒粉末顆粒である上記[11]又は[12]に記載のジルコニア粉末組成物。
[14] 上記[1]乃至[6]のいずれかに記載の着色透光性ジルコニア焼結体を含む歯科材料。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、天然の前歯と同等の透光性及び強度を有する前歯用義歯として適したジルコニア焼結体を提供することができる。さらに、本発明は各種の自然歯の色調見本と同等の色調を有するジルコニア焼結体を提供することができる。さらに、本発明によりこの様なジルコニア焼結体を、加圧焼結等のコストの高い焼結方法を必要としない簡易なプロセスで製造することができるジルコニア粉末を提供するができる。
【0019】
本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は、前歯用義歯、前歯用クラウン、前歯用ブリッジ、及び前歯用義歯用ミルブランク等の前歯用歯科材料として特に適している。さらに、本発明の着色透光性ジルコニア焼結体は、義歯材料、歯列矯正ブラケット等の歯科材料として適している。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施例4のSEM観察図
図2】実施例4の着色透光性ジルコニア焼結体のXRDパターン
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明における「安定化剤濃度」とは、安定化剤/(ZrO+安定化剤)の比率をmol%として表した値をいう。本発明において、安定化剤はジルコニアの結晶相を安定化させる機能を有する元素である。安定化剤としてイットリウム(Y)、エルビウム(Er)、マグネシウム(Mg)、セリウム(Ce)を挙げることができ、上記式においては安定化剤を酸化物換算した場合の比率である。
【0022】
「添加物含有量」とは、添加物/(ZrO+安定化剤+添加物)の比率を重量%として表した値をいう。本発明において、添加物はジルコニア及び安定化剤以外の元素である。添加物として鉄、コバルトやアルミニウムを挙げることができ、上記式においては添加物及びを酸化物換算した場合の比率である。
【0023】
「相対密度」とは、理論密度(ρ)に対する実測密度(ρ)の割合であり、以下の式により求まる値である。
【0024】
相対密度(%)=(ρ/ρ)×100
上記式において、実測密度(ρ)はアルキメデス法により測定される値である。
【0025】
ここで、添加剤を含有し、残部がイットリアを含有するジルコニアからなる焼結体の理論密度(ρ)は以下の(1)式によって求めることができる。
【0026】
ρ=100/[(A/ρ)+(100−A)/ρ] (1)
(1)式において、ρは理論密度(g/cm)、Aは酸化物換算した場合の添加物の含有量(重量%)、ρは酸化物換算した場合の添加物の理論密度(g/cm)、及び、ρはXmol%イットリア含有ジルコニア焼結体の理論密度(g/cm)である。
【0027】
(1)式におけるρはジルコニア焼結体の結晶相により異なる値を示す。本明細書において、理論密度ρは、J. Am. Ceram. Soc. ,69[4]325−32(1986)(以下、「参考文献」ともいう。)に記載された式から計算した値を使用すればよい。
【0028】
参考文献より、5.5mol%イットリア含有ジルコニア焼結体の理論密度は正方晶相の場合に6.0484g/cm、及び、立方晶相の場合に6.0563g/cmとなる。本発明において、5.5mol%イットリア含有ジルコニア焼結体は正方晶相と立方晶相が50%ずつ存在するとした。そのため、その理論密度ρは6.0524g/cmとした。
【0029】
なお、(1)式におけるイットリア含有ジルコニア焼結体の代表的な理論密度ρは以下のとおりである。
【0030】
イットリア含有量 3.0mol% :ρ=6.095g/cm
イットリア含有量 3.5mol% :ρ=6.086g/cm
イットリア含有量 4.0mol% :ρ=6.080g/cm
イットリア含有量 4.1mol% :ρ=6.080g/cm
イットリア含有量 4.5mol% :ρ=6.072g/cm
イットリア含有量 5.0mol% :ρ=6.062g/cm
イットリア含有量 5.5mol% :ρ=6.052g/cm
イットリア含有量 6.0mol% :ρ=6.043g/cm
イットリア含有量 6.5mol% :ρ=6.033g/cm
イットリア含有量 7.4mol% :ρ=6.019g/cm
【0031】
焼結体が複数の添加物を含有する場合、(1)式を以下の式とみなして理論密度を求めればよい。
ρ=100/[{(A1/ρA1)+(A2/ρA2)+・・・+(An/ρAn)} +{100−(A1+A2+・・・+An)}/ρ] …(1)’
【0032】
(1)’式においてA1、A2及びAnはそれぞれ添加物含有量(重量%)、ρA1、ρA2及びρAnはそれぞれ酸化物換算した場合の添加物A1、A2及びAnの理論密度(g/cm)、並びにρはXmol%イットリア含有ジルコニア焼結体の理論密度(g/cm)である。
【0033】
本明細書において、ρは、添加物がアルミニウムである場合はAlの理論密度(3.99g/cm)、添加物が鉄である場合はFeの理論密度(5.24g/cm)、及び、添加物がコバルトである場合はCoOの理論密度(6.40g/cm)を使用すればよい。
【0034】
「結晶子径」とは、粉末X線回折(以下、「XRD」とする。)測定における正方晶の(111)面及び立方晶の(111)面のXRDピーク(以下、「メインXRDピーク」ともいう。)から、(2)式を用いて求まる値である。
【0035】
結晶子径=κλ/βcosθ (2)
【0036】
(2)式において、κはシェーラー定数(κ=1)、λは測定X線の波長(CuKα線を線源とした場合、λ=1.541862Å)、βはメインXRDピークの半値幅(°)、及びθはメインXRDピークのブラッグ角である。
【0037】
なお、メインXRDピークは、CuKα線を線源としたXRDにおいて2θ=30.1〜30.2°付近に現れるXRDピークである。当該ピークは正方晶の(111)面と立方晶の(111)面の重なり合ったXRDピークである。結晶子径を算出する場合には、正方晶及び立方晶のピーク分離を行わずにメインXRDピークを波形処理する。波形処理後のメインXRDピークのブラッグ角(θ)と、機械的広がり幅を補正したメインXRDピークの半価幅(β)を求めればよい。
【0038】
ジルコニア粉末の「平均粒径」とは、体積基準で表される粒径分布の累積カーブの中央値であるメディアン径、すなわち、累積カーブの50%に対応する粒径、となる粒子と同じ体積の球の直径である。当該平均粒径は、レーザー回折法による粒径分布測定装置によって測定した値である。
【0039】
以下、本発明の着色透光性ジルコニア焼結体(以下、「本発明の焼結体」ともいう。)について説明する。
【0040】
本発明は、イットリアを4.0mol%超6.5mol%以下、エルビアを0.25mol%未満、酸化鉄をFe換算で2000重量ppm未満、酸化コバルトをCoO換算で0.01重量%未満、及び、アルミナを0.1重量%未満含有するジルコニアからなり、相対密度が99.90%以上であり、試料厚さ1.0mmにおける600nm波長の光に対する全光線透過率(以下、単に「全光線透過率」ともいう。)が25%以上40%未満であり、なおかつ、強度が500MPa以上であることを特徴とする着色透光性ジルコニア焼結体、である。
【0041】
本発明の焼結体は、イットリアを4.0mol%超6.5mol%以下、エルビアを0.25mol%未満、酸化鉄をFe換算で2000重量ppm未満、酸化コバルトをCoO換算で0.01重量%未満、及びアルミナを0.1重量%未満含有する。
【0042】
更に、本発明の焼結体は、以下のA)乃至B)の少なくともいずれかのジルコニア焼結体であって、相対密度が99.90%以上であり、全光線透過率が25%以上40%未満であり、なおかつ、強度が500MPa以上であることが好ましい。
A) 0mol%超0.25mol%未満のエルビア又はCoO換算で0重量%超0.01重量%未満の酸化コバルトの少なくともいずれかと、4mol%超6.5mol%以下のイットリア、Fe換算で0重量ppm超2000重量ppm未満の酸化鉄、及び、Al換算で0重量%超0.1重量%未満のアルミナと、を含有する着色透光性ジルコニア焼結体。
B) 0mol%超0.25mol%未満のエルビア、CoO換算で0重量%超0.01重量%未満の酸化コバルト、4mol%超6.5mol%以下のイットリア、Fe換算で0重量ppm超2000重量ppm未満の酸化鉄、及び、Al換算で0重量%超0.1重量%未満のアルミナと、を含有する着色透光性ジルコニア焼結体。
【0043】
イットリア(Y)は安定化剤として機能する。イットリアが4.0mol%以下では、天然の前歯と比べ、透光性が著しく低くなる。また、イットリアが6.5mol%を超えると、透明感が高くなりすぎる。このようなジルコニア焼結体は、前歯用義歯として不自然な印象を与える。これに加え、イットリアが6.5mol%超では強度が低くなりすぎるため、前歯用義歯として長期間使用することができなくなる。特に好ましいイットリア含有量として4.6mol%以上6mol%以下、更には5mol%以上6mol%未満、また更には5.1mol%以上5.6mol%以下を挙げることができる。
【0044】
本発明の焼結体は着色剤を含む。本発明の焼結体は、エルビウム(Er)をエルビア(Er)として、鉄(Fe)を酸化鉄(Fe)として、及びコバルト(Co)を酸化コバルト(CoO)として含有する。これらは着色剤として機能する。
【0045】
自然歯に近い色調を呈する焼結体とするため、着色剤の合計含有量は0.2重量%以上、更には0.5重量%以上、また更には0.55重量%以上であることが好ましい。一方、着色剤の含有量が多くなると、焼結体の透光性が低下する傾向がある。天然の前歯の色調とするためには、着色剤の含有量は合計で3重量%以下、更には2.5重量%以下であることが好ましい。より好ましい着色剤の合計含有量として、0.55重量%以上2.5重量%以下、更には0.7重量%以上2.1重量%以下を挙げることができる。好ましい着色剤の合計含有量として0.7重量%以上2.1重量%以下、0.7重量%以上1.6重量%以下、0.5重量%1.6重量%以下、又は1.0重量%以上1.6重量%以下を挙げることができる。
【0046】
本発明の焼結体はエルビアを含有する。エルビアは安定化剤及び着色剤として機能する。エルビア(酸化エルビウム)を含有することで本発明の焼結体が赤味を帯びる。エルビアの含有量は0mol%(0重量%)以上、更には0mol%超、また更には0.03mol%(0.087重量%)以上であればよい。さらに、エルビアの含有量は0.25mol%(0.73重量%)未満、さらには0.23mol%(0.67重量%)未満、また更には0.21mol%(0.61重量%)以下である。本発明の焼結体のエルビア含有量として、0mol%以上0.25mol%未満、更には0mol%以上0.22mol%(0.64重量%)以下、また更には0mol%超0.22mol%以下を挙げることができる。
【0047】
特に好ましいエルビア含有量は、例えば、赤茶色味が強い前歯の色調の焼結体とする場合0.05mol%(0.15重量%)以上0.25mol%以下、赤黄色味が強い前歯の色調の焼結体とする場合0.03mol%以上0.19mol%(0.55重量%)以下、灰色が強い前歯の色調の焼結体とする場合0mol%以上0.1mol%(0.29重量%)以下、及び、赤灰色が強い前歯の色調の焼結体とする場合0mol%超0.17mol%(0.49重量%)以下であることが挙げられる。
【0048】
本発明の焼結体は酸化鉄を含有する。酸化鉄は着色剤として機能する。本発明の焼結体は酸化鉄を有することで自然歯に近い色調を与える。これに加え、コバルト又はエルビウムの少なくともいずれかと酸化鉄との相乗的な呈色に加え、後述の透光性を兼ね備える焼結体とすることで天然の前歯と同等な審美性を有する焼結体となる。本発明の焼結体は、酸化鉄の含有量がFe換算で0重量ppm超であればよい。酸化鉄の含有量は、Fe換算で2000重量ppm(0.2重量%)未満である。Feの含有量が2000重量ppm未満、更には1500重量ppm以下、また更には1450重量ppm以下であれば、焼結体の色調が薄い黄色の着色となり、より自然の前歯と近い色調を有しやすい。本発明の焼結体は、酸化鉄を含有していればよい。酸化鉄の含有量がFe換算で50重量ppm(0.005重量%)以上、更には500重量ppm以上、また更には600重量ppm以上、また更には700重量ppm以上、また更には800重量ppm超であれば、本発明の焼結体が、比較的薄め色調の前歯に近い、自然な色調となる。
【0049】
より好ましい酸化鉄の含有量として、Fe換算で500重量ppm以上2000重量ppm未満、更には500重量ppm以上1450重量ppm以下、また更には700重量ppm以上1450重量ppm以下、また更には800重量ppm超1450重量ppm以下を挙げることができる。
【0050】
本発明の焼結体は酸化コバルトを含有してもよい。酸化コバルトを含む場合、その含有量は、CoO換算で0.01重量%未満、更には0.008重量%未満、また更には0.006重量%以下である。酸化コバルトを含有することにより、本発明の焼結体に黒味が付与される。酸化鉄と酸化コバルトとの呈色を兼ね備えることにより自然歯に近い色調となりやすい。本発明の焼結体は他の着色剤の含有量により、酸化コバルトを含有せずとも自然歯の色調を呈する場合がある。そのため、コバルト含有量は0重量%以上であればよい。本発明の焼結体が酸化コバルトを含む場合、0重量%超、更には0.0003重量%以上、また更には0.0004重量%以上の酸化コバルトを含むことが好ましい。本発明の焼結体の酸化コバルトの含有量として、例えば、0重量%以上0.006重量%以下、更には0重量%超0.006重量%以下、また更には0重量%超0.0055重量%以下、また更には0重量%以上0.0055重量%以下を挙げることができる。
【0051】
酸化コバルト含有量は、例えば、赤茶色味が強い歯の色調の焼結体とする場合0重量%以上0.003重量%以下、赤黄色味が強い歯の色調の焼結体とする場合0重量%以上0.001重量%以下、灰色が強い歯の色調の焼結体とする場合0.001重量%以上0.006重量%以下、及び、赤灰色が強い歯の色調の焼結体とする場合0重量%超0.003重量%以下であることが挙げられる。
【0052】
なお、酸化コバルトはCoOであることが好ましい。コバルトの酸化物として、三酸化コバルト(Co)が知られているが、CoはCoOとは異なる色調を呈する。したがって、本発明の焼結体はCoを含有しないことが好ましい。本発明の焼結体が実質的にCoを含まないことは、粉末X線回折(以下、「XRD」ともいう。)パターンにおいて、Coに該当するピークがないことから確認できる。
【0053】
本発明の焼結体は、エルビア、酸化鉄、及び酸化コバルト以外の着色剤を含まなくても天然の前歯と同等の審美性を有する。そのため、本発明の焼結体が含有する着色剤は、エルビア、酸化鉄及び酸化コバルトのみであることが好ましく、これら以外の着色剤を含有する必要はない。しかしながら、例えば、前歯以外の歯科材料、外装部材や装飾部材など、前歯用義歯以外の用途で使用する場合、色調の微細な調整のため、必要に応じてジルコニアに固溶する元素を含有してもよい。ジルコニアに固溶する元素としては、例えば、周期表3a族(3族)、5a族(5族)、6a族(6族)、7a族(7族)、8族(8〜10族)及び3b族(13族)のいずれか一種以上の元素を挙げることができる(カッコ内は国際純正応用化学連合(IUPAC)による表示方法)。
【0054】
本発明の焼結体は、アルミナを含有する。本発明の焼結体のアルミナ含有量は0重量%以上であればよく、更には0.03重量%以上であることが好ましい。アルミナを含有することにより、より強度が高くなり、なおかつ、水熱処理後の色調変化が抑制される。
【0055】
さらに、本発明の焼結体は、アルミナの含有量が0.1重量%未満、好ましくは0.075重量%未満、より好ましくは0.055重量%以下である。アルミナ含有量が0.1重量%以上では透光性が低下する。このようなジルコニア焼結体は、前歯用義歯として不自然な審美性を有する。エルビア又は酸化コバルトの少なくともいずれかと、酸化鉄とを含有し、なおかつ、アルミナ含有量が0.045重量%以上0.055重量%以下であることで、水熱処理後の色調変化が抑制されるのみならず、適度に透光性が高い焼結体となり、より天然の前歯に近い審美性を有する焼結体となる。
【0056】
本発明の焼結体のイットリア、エルビア、酸化鉄、酸化コバルト、及びアルミナの各組成を、上記の範囲とすることで、本発明の焼結体が、個人差の大きい自然歯の各種の自然歯の色調と同等な色調となる。例えば、自然歯の色調見本の色調を有し、なおかつ、赤茶色味が強い前歯の審美性を有する焼結体とする場合、本発明の焼結体の組成は、イットリアを4mol%超6mol%以下、好ましくは5.1mol%以上5.5mol%以下、エルビアを0.05mol%(0.15重量%)以上0.25mol%以下、酸化コバルトを0重量%以上0.003重量%以下、酸化鉄を400重量ppm以上1500重量ppm以下、及び、アルミナを0.02重量%以上0.07重量%以下含有し、残部がジルコニアであることが好ましい。
【0057】
同様に、赤黄色味が強い前歯の審美性を有する焼結体とする場合、本発明の焼結体の組成は、イットリアを4mol%超6mol%以下、好ましくは5.2mol%以上5.5mol%以下、エルビアを0.03mol%(0.087重量%)以上0.19mol%(0.55重量%)以下、酸化コバルトを0重量%以上0.0008重量%以下、酸化鉄を500重量ppm以上1200重量ppm以下、及び、アルミナを0.02重量%以上0.07重量%以下含有し、残部がジルコニアであることが好ましい。
【0058】
同様に、灰色味が強い前歯の審美性を有する焼結体とする場合、本発明の焼結体の組成は、イットリアを4mol%超6mol%以下、好ましくは5.3mol%以上5.6mol%以下、エルビアを0mol%(0重量%)以上0.1mol%以下、酸化コバルトを0.0001重量%以上0.006重量%以下、酸化鉄を400重量ppm以上1500重量ppm以下、及び、アルミナを0.02重量%以上0.07重量%以下含有し、残部がジルコニアであることが好ましい。
【0059】
同様に、赤灰色味が強い前歯の審美性を有する焼結体とする場合、本発明の焼結体の組成は、イットリアを4mol%超6mol%以下、好ましくは5.2mol%以上5.5mol%以下、エルビアを0mol%(0重量%)超0.17mol%(0.49重量%)以下、酸化コバルトを0重量%超0.003重量%以下、酸化鉄を700重量ppm以上1300重量ppm以下、及び、アルミナを0.02重量%以上0.07重量%以下含有し、残部がジルコニアであることが好ましい。
【0060】
本発明の焼結体は、上記の組成を満足し、なおかつ、相対密度が99.90%以上、更には99.92%以上、また更には99.93%以上、また更には99.95%以上である。これにより、本発明の焼結体は着色剤を含有するにも関わらず、適度な透光性を有し、全光線透過率が25%以上40%未満となる。
【0061】
ジルコニア焼結体の実測密度は、添加剤や安定化剤の種類及び量により異なる。本発明の焼結体の実測密度として、例えば、6.03g/cm以上6.08g/cm以下、更には6.03g/cm以上6.07g/cm以下、また更には6.03g/cm以上6.06g/cm以下、また更には6.03g/cm以上6.05g/cm以下、また更には6.04g/cm以上6.06g/cm以下を挙げることができる。実測密度は6.05g/cm以上6.07g/cm以下、更には6.05g/cm以上6.06g/cm以下であることが好ましい。
【0062】
本発明の焼結体は、結晶相に正方晶及び立方晶を含む。これにより、より天然の前歯と同等な審美性となりやすい。本発明の焼結体の結晶相における正方晶に対する立方晶の重量割合は70重量%以上重量130%以下、更には80重量%以上120重量%以下であることが好ましい。特に立方晶よりも正方晶が多いことが好ましく、なおかつ、上記の割合は80重量%以上100重量%未満、更には80重量%以上90重量%以下であることが更に好ましい。本発明の焼結体の結晶相及び結晶相中の正方晶と立方晶との重量割合はXRD測定により確認することができる。例えば、本発明のXRDパターンをリートベルト解析し、正方晶及び立方晶に相当するXRDピークが確認されることをもって、その結晶相が確認できる。
【0063】
本発明の焼結体は、平均結晶粒径が0.3〜5.0μm、更には0.4〜3.0μm、また更には0.4〜1.0μm、また更には0.6〜1.0μmであることが好ましい。
【0064】
本発明の焼結体は、1μm以下の正方晶からなる結晶粒子と1〜2μmの立方晶からなる結晶粒子とを含むことが好ましい。さらに、本発明の焼結体の結晶粒子は、粒径1〜3μmの結晶粒子(以下、「大結晶粒子」ともいう。)と粒径0.5μm以下の結晶粒子(以下、「小結晶粒子」ともいう。)とを含むことが好ましく、大結晶粒子の個数に対する小結晶粒子の個数が1.0超3.0以下、更には1.2以上2.0以下であることが好ましい。着色剤を含有する焼結体であって、異なる粒径を有する結晶粒子を含有し、なおかつ、小結晶粒子を多く含有する微細組織であることで、天然の前歯と同等な審美性を有したまま適度な強度とすることができる。
【0065】
さらに、本発明の焼結体は、異常に成長した結晶粒子(以下、「異常成長粒子」ともいう。)が存在しないことが好ましい。異常成長粒子とは結晶粒径が5.0μm以上の粒子である。異常成長粒子は主に安定化剤の偏析により生成し、焼結体の強度低下の原因となる。このように、本発明の焼結体は、着色剤を含んでいるにもかかわらず、安定化剤や着色剤が偏析した粒子及びこれらの偏析により生成した異常成長粒子を有さない。
【0066】
本発明の焼結体は、全光線透過率が25%以上、更には28%以上、また更には31%以上である。全光線透過率が25%以上であることで、前歯用義歯として適度な透光性を有する。一方、全光線透過率は40%未満、更には36.5%以下、また更には35%以下、また更には34.7%以下である。全光線透過率が40%以上であると透光性が高くなりすぎる。
【0067】
本発明の焼結体の試料厚さ1.0mmにおけるD65光線に対する全光線透過率(以下、「D65透過率」ともいう。)として、例えば、30%以上45%以下、更には32%以上45%以下、また更には32%以上44%未満、また更には32%以上42%未満を挙げることができる。これにより、天然の前歯と同程度の審美性が得られやすくなる。特に好ましいD65透過率は、本発明の焼結体の色調により異なるが、例えば、赤茶色味が強い前歯の色調である場合D65透過率が32%以上45%以下であること、赤黄色味が強い前歯の色調である場合D65透過率が37%以上45%以下であること、灰色が強い前歯の色調である場合D65透過率が30%以上43%以下であること、及び、赤灰色が強い前歯の色調である場合D65透過率が35%以上40%以下であることが挙げられる。
【0068】
本発明の焼結体は、L表色系おける明度L(以下、単に「明度L」又は「L」ともいう。)が43以上60以下、更には45以上59以下であることが好ましい。
【0069】
適度な透光性を有し、なおかつ、明度Lがこの範囲であることで、本発明の焼結体が自然な前歯と同等の審美性を有する。なお、本発明の焼結体においては明度Lの値が小さくなるほど、全光線透過率は低くなる傾向がある。
【0070】
本発明の焼結体は、L表色系おける色相a(以下、単に「色相a」又は「a」ともいう。)が−5以上5以下、更には−4以上4以下、また更には−3以上3以下であることが好ましい。
【0071】
さらに、色相aがこの範囲であり、なおかつ、L表色系おける色相b(以下、単に「色相b」又は「b」ともいう。)が2以上20以下、更には3以上19以下、また更には4以上18以下であることが好ましい。
【0072】
本発明の焼結体の色調は明度L、色相a及びbで規定される。ここで、明度L値が大きくなると色調は明るくなり、反対にL値が小さくなると色調は暗くなる。さらに、本発明の焼結体における色調は、焼結体を透過した光と焼結体を反射した光とを集光して測定される値である。そのため、焼結体の厚さや透光性が変化すると、色調も変化する。したがって、本発明の焼結体の色調は、透光性を有さない不透明ジルコニア焼結体の色調や、透光性が本発明の透光性より低い焼結体の色調を有す焼結体の明度L、色相a及びbにより求められる色調とは異なる審美性を与える。本発明において、色調はJIS Z8729に準拠した方法によって測定されるL表色系におけるL*a*及びb*であればよい。
【0073】
さらに、本発明の焼結体は、含水環境下への曝露前後の色調の変化が少ないことが好ましい。前歯は人の表情や印象に大きな影響を与える。本発明の焼結体が含水環境下の曝露前後の色調変化が少ないことで、これを前歯用義歯として使用した場合に、審美性の変化を理由とする義歯の再交換が不要になる。さらに、本発明の焼結体を前歯用義歯として長期間使用した場合であっても、患者の表情や印象を急激に変える心配がない。これにより、前歯用義歯を使用する患者の精神的肉体的負担が少なくなる。
【0074】
本発明において、含水環境下の曝露前後の色調の変化量の指標として、以下の式から求められる色調差( ΔE)を用いることができる。
【0075】
ΔE =( ΔL*+ Δa*+ Δb*1/2
【0076】
上記式において、 ΔEは140℃の熱水への浸漬前後の焼結体の色調差であり、 ΔL*、 Δa*及び Δb*は、それぞれ、140℃の熱水への浸漬前後の焼結体の明度L*、色相a*及び色相b*の差である。
【0077】
本発明の焼結体は、 ΔEが2.0以下、更には1.0以下であることが好ましい。 ΔEが2.0以下であることで、肉眼での審美性の違いが認識できなくなる。更に、 ΔEが1.0以下であることで使用前後の焼結体を対比した場合であっても、肉眼での審美性の変化が認識されにくくなる。本発明の焼結体は、より長期間の使用においても審美性の変化が少ないことが好ましく、上記 ΔEは、140℃の熱水へ20時間以上浸漬した場合の値であることが好ましく、140℃の熱水へ70時間以上浸漬した場合の値であることがより好ましい。例えば、本発明の焼結体を140℃の熱水へ24時間浸漬した場合、 ΔEは0以上0.5以下、更には0.1以上0.4以下であること挙げられる。本発明の焼結体を140℃の熱水へ72時間浸漬した場合、 ΔEは0以上1.0以下、更には0.1以上0.8以下であることが挙げられる。
【0078】
本発明の焼結体のL*、a*及びb*は上記のL、a及びbの範囲であることが好ましい。L*、a*及びb*が上記の範囲であることで、本発明の焼結体が、各種の自然歯の色調見本(以下、「シェードガイド」ともいう。)と同等の色調を有する。シェードガイドとして、VITA社のシェードガイド「VITAPAN(登録商標) classical」(以下、「VITAシェード」ともいう。)や、松風社の「ヴィンテージハロー NCCシェードガイド」が例示できる。シェードガイドの種類により審美性は異なるが、本発明の焼結体は特にVITAシェードと同等の色調を呈することが好ましい。
【0079】
このように、本発明の焼結体は、自然歯の色調に加え、適度な透光性を兼備する。そのため、本発明の焼結体は特に天然の前歯と同様な審美性を有する。
【0080】
本発明の焼結体は、強度が500MPa以上、さらには600MPa以上、また更には600MPa以上1200MPa以下である。前歯用義歯として使用する場合、天然の前歯との強度差が大きすぎると、噛み合わせする自然歯のエナメル質が損傷するおそれがある。そのため、本発明の焼結体の強度は1000MPa以下であることが好ましく、500MPa以上850MPa以下であることがより好ましく、650MPa以上850MPa以下であることが更に好ましく、650MPa以上800MPa以下、更には650MPa以上750MPa以下であることが特に好ましい。なお、本発明における強度は曲げ強度、特に三点曲げ強度、更にはJIS R 1601に準じて測定された三点曲げ強度である。
【0081】
ジルコニア焼結体は、含水分環境下に晒されると結晶相中に単斜晶相が生成する。単斜晶相が生成した場合、審美性が大きく変化する。本発明の焼結体は、含水分環境下に晒された場合であっても、単斜晶相が生成しにくいことが好ましい。そのため、本発明の焼結体は、140℃の熱水中に24時間浸漬(以下、「熱水処理」ともいう。)させた後の単斜晶相率(以下、「M相率」ともいう。)が10%以下、更には5%以下、また更には3%以下、また更には1%以下であることが好ましい。M相率はジルコニア焼結体の含水分環境下での劣化の指標となる。M相率がこの範囲であることで前歯用義歯としてより長期間使用することができる。
【0082】
ここで、M相率は、焼結体の鏡面部分についてXRD測定を行い、単斜晶相の(111)及び(11−1)面、正方晶相の(111)面、立方晶相の(111)面の回折強度をそれぞれ求め、以下の式により算出された値である。
【0083】
={I(111)+I(11−1)}
/{I(111)+I(11−1)+I(111)+I(111)}×100
【0084】
上記式において、fmは単斜晶相率(%)、I(111)は単斜晶相(111)面のXRDピークの強度、I(11−1)は単斜晶相(11−1)面のXRDピークの強度、I(111)は正方晶相(111)面のXRDピークの強度、及びI(111)は立方晶相(111)面のXRDピークの強度である。
【0085】
さらに、熱水処理の処理時間が長いほど焼結体の水熱劣化は促進する。そのため、本発明の焼結体は、140℃の熱水中に72時間浸漬させた後のM相率が15%以下、更には10%以下、また更には5%以下、また更には2%未満、また更には1%以下であることが好ましい。これにより、長期間、口腔内環境下で使用された場合であっても、本発明の焼結体の審美性が変化しにくくなる。
【0086】
なお、M相率は低いことが好ましいが、現実的に水熱環境下で単斜晶相が生成しないジルコニア焼結体は存在しない。そのため、本発明の焼結体のM相率は0%超となる。
【0087】
本発明の焼結体は、140℃の熱水中に24時間浸漬させた後の単斜晶相の転移深さ(以下、単に「転移深さ」ともいう。)が5μm以下、更には3μm以下であることが好ましい。転移深さは、水熱環境下におけるジルコニア焼結体の劣化の指標することができる。すなわち、転移深さが小さいことで、歯科材料として長期間使用しても劣化しにくいことへの指標となる。転移深さは、焼結体の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)などで観察することができる。
【0088】
本発明の焼結体は、140℃の熱水中に72時間浸漬させた後の転移深さが10μm以下、更には5μm以下であることが好ましい。
【0089】
次に、本発明の焼結体の製造方法について説明する。
【0090】
本発明の焼結体は、イットリアを4.0mol%超6.5mol%以下、エルビアを0.25mol%未満、アルミニウム化合物をAl換算で0.1重量%未満、鉄化合物をFe換算で2000重量ppm未満、及びコバルト化合物をCoO換算で0.01重量%未満含有するジルコニア粉末組成物を成形して成形体を得る成形工程、該成形体を常圧下にて1400〜1600℃で焼結する焼結工程、を有する製造方法により得ることができる。
【0091】
より好ましくは、本発明の焼結体は、0mol%超0.25mol%未満のエルビア又はCoO換算で0重量%超0.01重量%未満のコバルト化合物の少なくともいずれかと、4mol%超6.5mol%以下のイットリア、Fe換算で0重量ppm超2000重量ppm未満の鉄化合物、及び、Al換算で0重量%超0.1重量%未満のアルミニウム化合物と、を含むジルコニア粉末組成物を成形して成形体を得る成形工程と、該成形体を常圧下にて1400℃以上1600℃以下で焼結する焼結工程、を有する製造方法、により得ることができる。
【0092】
成形工程に供するジルコニア粉末組成物(以下、単に「粉末組成物」ともいう。)は、イットリアを4.0mol%超6.5mol%以下、エルビアを0.25mol%未満、鉄化合物をFe換算で2000重量ppm未満、酸化コバルトをCoO換算で0.01重量%未満、及びアルミニウム化合物をAl換算で0.1重量%未満含有するジルコニア粉末組成物である。
【0093】
好ましい粉末組成物として、以下のいずれかを挙げることができる。
A) 0mol%超0.25mol%未満のエルビア又はCoO換算で0重量%超0.01重量%未満のコバルト化合物の少なくともいずれかと、4mol%超6.5mol%以下のイットリア、Fe換算で0重量ppm超2000重量ppm未満の鉄化合物、及び、Al換算で0重量%超0.1重量%未満のアルミニウム化合物と、を含むジルコニア粉末組成物。
B) 0mol%超0.25mol%未満のエルビア、CoO換算で0重量%超0.01重量%未満のコバルト化合物、4mol%超6.5mol%以下のイットリア、Fe換算で0重量ppm超2000重量ppm未満の鉄化合物、及び、Al換算で0重量%超0.1重量%未満のアルミニウム化合物と、を含むジルコニア粉末組成物。
【0094】
特に好ましい粉末組成物として、以下の粉末組成物を挙げることができる。
C) Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物及びFe換算で2000ppm以上3000ppm以下の鉄化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物及びCoO換算で0.03重量%以上0.05重量%以下のコバルト化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、及び、Al換算で0重量%超0.09重量%未満のアルミニウム化合物を含有し、残部が2mol%超5mol%以下のエルビアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末、からなる群の少なくとも2種を含む粉末組成物。当該粉末組成物は、0mol%超0.25mol%未満のエルビア又はCoO換算で0重量%超0.01重量%未満のコバルトの少なくともいずれかと、4mol%超6.5mol%以下のイットリア、Fe換算で0重量ppm超2000重量ppm未満の鉄、及び、Al換算で0重量%超0.1重量%未満のアルミニウムと、を含み残部がジルコニアであるジルコニア粉末組成物であることが好ましい。
【0095】
粉末組成物はジルコニア粉末を含む。ジルコニア粉末は、安定化されたジルコニア粉末であることが好ましく、イットリア又はエルビアの少なくともいずれかで安定化されたジルコニア粉末であることがより好ましい。ジルコニア粉末は0.25mol%未満のエルビア又は4mol%超6.5mol%以下のイットリアの少なくともいずれかで安定化されたジルコニア粉末であることが特に好ましい。
【0096】
得られる焼結体の密度が高くなるため、粉末組成物中のジルコニア粉末は、結晶子径が340〜420Å、さらには350〜410Åであることが好ましい。
【0097】
ここで、粉末組成物に含まれるジルコニア粉末の好ましい製造方法について説明する。
【0098】
粉末組成物に含まれるジルコニア粉末は、例えば、ジルコニウム塩水溶液の加水分解で水和ジルコニアゾルを得る加水分解工程、得られた水和ジルコニアゾルを乾燥して乾燥粉を得る乾燥工程及び、乾燥粉を仮焼して仮焼粉を得る仮焼工程、を有する製造方法により得ることができる。
【0099】
加水分解工程では、ジルコニウム塩を加水分解して水和ジルコニアゾルを得る。加水分解工程におけるジルコニウム塩は水溶性のジルコニウム化合物であればよい。好ましいジルコニウム塩として、オキシ塩化ジルコニウム、硝酸ジルコニル、塩化ジルコニウム及び硫酸ジルコニウムからなる群の少なくとも1種、並びに、水酸化ジルコニウムと酸との混合物を挙げることができ、オキシ塩化ジルコニウムであることが好ましい。
【0100】
乾燥工程では、得られた水和ジルコニアゾルを乾燥する。エルビア又はイットリアの少なくともいずれかで安定化されたジルコニア粉末とする場合、水和ジルコニアゾルに、イットリウム化合物又はエルビウム化合物の少なくともいずれかを混合し、これを乾燥することが好ましい。
【0101】
水和ジルコニアゾルに混合するイットリウム化合物は、酸に溶解し、かつ、焼結後にイットリアとなるものであればよい。イットリウム化合物として塩化イットリウム、硝酸イットリウム及び酸化イットリウムからなる群の少なくとも1種、更には塩化イットリウム又は酸化イットリウムの少なくともいずれかを挙げることができる。
【0102】
イットリウム化合物は、水和ジルコニアゾル中のジルコニア(ZrO)に対するY含有量として4mol%超6.5mol%以下、更には4.6mol%以上6mol%以下、また更には5mol%以上6mol%未満、また更には5.1mol%以上5.5mol%以下となるように、水和ジルコニアゾルに混合すればよい。
【0103】
水和ジルコニアゾルに混合するエルビウム化合物は、酸に溶解し、かつ、焼結後にエルビアとなるものであればよい。エルビウム化合物として塩化エルビウム、硝酸エルビウム及び酸化エルビウムからなる群の少なくとも1種、更には塩化イットリウム又は酸化イットリウムの少なくともいずれかを挙げることができる。
【0104】
エルビウム化合物は、水和ジルコニアゾル中のジルコニア(ZrO)に対するEr含有量として0mol%以上、更には0mol%超、また更には0.03mol%以上であればよい。さらに、エルビウム化合物はEr含有量として0.25mol%未満、さらには0.23mol%未満、また更には0.21mol%以下である。エルビウム化合物はEr含有量として、0mol%以上0.25mol%未満、更には0mol%以上0.22mol%以下、また更には0mol%超0.22mol%以下となるように水和ジルコニアゾルに混合すればよい。
【0105】
仮焼工程では、乾燥工程で得られた水和ジルコニアゾルの乾燥粉を仮焼し、仮焼粉を得る。これにより、ジルコニア粉末が得られる。得られるジルコニア粉末の凝集性及び粒子の粒径から、仮焼温度は1050〜1250℃、更には1100〜1200℃、また更には1100〜1180℃であることが好ましい。特に好ましい仮焼温度は1150℃超1180℃以下、更には1155℃以上1180℃以下である。
【0106】
得られたジルコニア粉末は必要に応じて粉砕してもよく、アルミニウム化合物、鉄化合物及びコバルト化合物からなる群の少なくとも1種(以下、「添加化合物」ともいう。)とジルコニア粉末とを混合したジルコニア混合粉末として粉砕することが好ましい。添加化合物とジルコニア粉末とを同時に粉砕することにより、これらがより均一に混合する。特に、添加化合物として水に不溶な化合物を使用する場合、添加化合物とジルコニア粉末とを混合した後に、粉砕することが好ましい。
【0107】
イットリウム化合物又はエルビウム化合物の少なくともいずれか(以下、「安定化剤原料」ともいう。)は、ジルコニア粉末の粉砕時に混合してもよい。しかしながら、粉砕時に混合する安定化剤原料は、焼結工程において焼結体中に偏析しやすい。そのため、安定化剤原料は、水和ジルコニアゾルに混合し、乾燥及び仮焼することで、ジルコニアに固溶させることが好ましく、粉砕時に混合しないほうが好ましい。
【0108】
粉砕時間、成形性及び焼結性の観点から、粉砕処理は、平均粒子径が0.40〜0.50μm、更には0.40〜0.45μmとなるように粉砕することが好ましい。
【0109】
粉末組成物は、鉄化合物及びアルミニウム化合物を含有し、また、必要に応じてコバルト化合物を含有する。なお、以下において、鉄化合物、コバルト化合物、及びアルミニウム化合物の含有量は、それぞれをFe、CoO、又はAlとして換算して求めた値である。
【0110】
粉末組成物は鉄化合物をFe換算で2000ppm未満含有する。鉄化合物は、鉄を含有し、焼結後に酸化鉄となるものであればよい。鉄化合物は、塩化鉄、硝酸鉄、酸化鉄、及び酸化水酸化鉄からなる群の少なくとも1種、更には酸化鉄又は酸化水酸化鉄の少なくともいずれかを例示できる。
【0111】
鉄化合物は、2000ppm(0.2重量%)未満、更には1800ppm(0.18重量%)以下、また更には1600ppm(0.16重量%)以下、また更には1500重量ppm以下、また更には1000重量ppm以下となるように混合することが好ましい。粉末組成物は鉄化合物を含有していればよく、鉄化合物の含有量が0重量ppm超であればよい。鉄化合物の含有量は50重量ppm(0.005重量%)以上、更には500重量ppm以上、また更には600重量ppm以上、また更には700重量ppm以上、また更には800重量ppm超を挙げることができる。
【0112】
より好ましい鉄化合物の含有量として、500重量ppm以上2000重量ppm未満、更には500重量ppm以上1450重量ppm以下、また更には700重量ppm以上1450重量ppm以下、また更には800重量ppm超1450重量ppm以下を挙げることができる。
【0113】
粉末組成物はコバルト化合物をCoO換算で0.01重量%未満、更には0.008重量%未満、また更には0.006重量%以下含有する。コバルト含有量は0重量%以上であればよいが、本発明の焼結体がコバルト化合物を含む場合、0重量%超、更には0.0003重量%以上含むことが好ましい。コバルト化合物の含有量として、例えば、0重量%以上0.006重量%以下、更には0重量%超0.006重量%以下、また更には0重量%超0.0055重量%以下、また更には0重量%以上0.0055重量%以下を挙げることができる。
【0114】
コバルト化合物は、コバルトを含有し、焼結後、酸化コバルトとなるものであればよい。コバルト化合物として、塩化コバルト、硝酸コバルト及び酸化コバルトからなる群の少なくとも1種、更には酸化コバルトが挙げられる。コバルト化合物は、0.01重量%未満の酸化コバルト、更には0重量%超0.01重量%以下の酸化コバルト、また更には0重量%超0.006重量%以下の酸化コバルトであることが好ましい。
【0115】
粉末組成物はアルミニウム化合物をAl換算で0.1重量%未満、好ましくは0.07重量%以下含有する。アルミニウム化合物はアルミニウムを含有し、焼結後にアルミナとなるものであればよい。アルミニウム化合物として、アルミナ、水和アルミナ、アルミナゾル、水酸化アルミニウム、塩化アルミニウム、硝酸アルミニウム、及び硫酸アルミニウムからなる群の少なくとも1種、更にはアルミナ、水和アルミナ及びアルミナゾルの群からなる少なくとも1種、また更にはアルミナ、また更にはα−アルミナを挙げることができる。粉末組成物は、アルミニウム化合物を0.1重量%未満、好ましくは0.07重量%以下、より好ましくは0.055重量%以下含有することがより好ましい。より好ましいアルミニウム化合物の含有量として、0.045重量%以上0.055重量%以下を挙げることができる。
【0116】
粉末混合物は、イットリア化合物、ジルコニア粉末、鉄化合物及びアルミニウム化合物、並びに、必要に応じてコバルト化合物又はエルビウム化合物の少なくともいずれかを混合することで得られる。例えば、ジルコニア粉末と、エルビウム化合物、イットリウム化合物、アルミニウム化合物、コバルト化合物、及び鉄化合物と目的の組成となるように混合して粉末組成物としてもよい。また、イットリア又はエルビアの少なくともいずれかで安定化されたジルコニア粉末に必要量の鉄化合物、コバルト化合物、及びアルミニウム化合物を混合して粉末組成物としてもよい。更に、各着色剤を含有する着色ジルコニア混合粉末を数種類製造し、所望の組成となるように当該着色ジルコニア混合粉末を混合して、粉末組成物としてもよい。
【0117】
より具体的な粉末組成物として、例えば、以下の方法により得られる粉末組成物が挙げられる。
【0118】
5.5mol%のイットリアで安定化したジルコニア粉末に、0.05重量%のアルミナを混合した混合粉末(以下、「粉末1」とする。)、及び、3.2mol%のエルビアで安定化したジルコニア粉末に、0.05重量%のアルミナを混合した混合粉末(以下、「粉末2」とする。)をそれぞれ製造する。さらに、5.5mol%のイットリアで安定化したジルコニア粉末にFe換算で2500ppmの鉄化合物及び0.05重量%のアルミナを混合した混合粉末(以下、「粉末3」とする。)と、同様なジルコニア粉末にCoO換算で0.04重量%のコバルト化合物及び0.05重量%のアルミナを混合した混合粉末(以下、「粉末4」とする。)をそれぞれ製造する。
【0119】
Er、Fe、CoOの含有量が目的とする含有量となるように、粉末1〜4を均一になるまで混合して粉末組成物とする。粉末1〜4の混合割合を調整することでVITAシェードの色調を呈する焼結体が得られる粉末組成物とすることができる。
【0120】
粉末組成物は、BET比表面積が7〜13m/g、更には8〜12m/g、また更には10〜12m/gであることが好ましい。BET比表面積が7m/g以上であると粉砕しやすい粉末となる。また、BET比表面積が13m/g以下であると得られる焼結体の密度が低くなりにくくなる。
【0121】
粉末組成物は、噴霧造粒粉末顆粒(以下、単に「顆粒」ともいう。)であることが好ましく、有機バインダーを含む顆粒であることが好ましい。ジルコニア粉末組成物を顆粒とすることにより、成形体を形成する際の粉末の流動性が高くなり、成形体から気孔が排除されやすくなる。これにより、焼結体中に気泡が生成し難くなる。
【0122】
有機バインダーは、一般に用いられるポリビニルアルコール、ポリビニルブチラート、ワックス、アクリル系等の有機バインダーを挙げることができる。中でも分子中にカルボキシル基またはその誘導体(例えば、塩、特にアンモニウム塩など)を有するアクリル系が好ましい。アクリル系の有機バインダーとして、例えば、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、アクリル酸共重合体、メタクリル酸共重合体やその誘導体を挙げることができる。有機バインダーの添加量は、ジルコニア粉末スラリー中のジルコニア粉末組成物に対し、0.5〜10重量%、更に1〜5重量%が好ましい。
【0123】
成形工程において供する特に好ましい粉末組成物(以下、「本発明の粉末組成物」ともいう。)は、同程度の熱収縮速度を有する粉末からなる粉末組成物を挙げることができる。本発明の粉末組成物が、同程度の熱収縮速度を有する粉末からなることで、実質的に、粉末組成物中の各粉末の割合を調整するだけで、得られる焼結体の審美性を微細に制御することができる。これにより、天然の前歯の審美性を有し、なおかつ、シェードガイドの一連の色調を有する焼結体をより容易に製造することができる。
【0124】
同程度の熱収縮速度を有する粉末からなり、なおかつ、天然前歯の審美性を有する焼結体が得られる粉末組成物として、0重量%超0.09重量%未満のアルミナを含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末(以下、「Al−Y含有ZrO粉末」ともいう。)、0重量%超0.09重量%未満のアルミナ及びFe換算で2000ppm以上3000ppm以下の鉄化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末(以下、「Fe−Al−Y含有ZrO粉末」ともいう。)、0重量%超0.09重量%未満のアルミナ及びCoO換算で0.03重量%以上0.05重量%以下のコバルト化合物を含有し、残部が4mol%超6.5mol%以下のイットリアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末(以下、「Co−Al−Y含有ZrO粉末」ともいう。)、及び、0重量%超0.09重量%未満のアルミナを含有し、残部が2mol%超5mol%以下のエルビアで安定化されたジルコニアであるジルコニア混合粉末(以下、「Al−Er含有ZrO粉末」ともいう。)、からなる群の少なくとも2種を含むジルコニア粉末組成物、を挙げることができる。
【0125】
本発明の粉末組成物において、Al−Y含有ZrO粉末、Fe−Al−Y含有ZrO粉末、Co−Al−Y含有ZrO粉末は、それぞれアルミナ含有量が0.045重量%以上0.055重量%以下であることが好ましい。また、Al−Y含有ZrO粉末、Fe−Al−Y含有ZrO粉末、Co−Al−Y含有ZrO粉末中は、それぞれジルコニアが4.6mol%以上6mol%以下、更には5mol%以上6mol%未満、また更には5.1mol%以上5.5mol%以下のイットリアで安定化されていることが好ましい。さらに、Al−Er含有ZrO粉末中のジルコニアは、2mol%超4.5mol%以下、更には2.5mol%以上4mol%以下、また更には2.5mol%以上3.5mol%以下のエルビアで安定化されていることが好ましい。
【0126】
Fe−Al−Y含有ZrO粉末中の鉄化合物の含有量は、Fe換算で2200ppm以上2800ppm以下、更には2300ppm以上2600ppm以下であることが好ましい。
【0127】
本発明の粉末組成物において、Al−Er含有ZrO粉末のBET比表面積は、Al−Y含有ZrO粉末、Fe−Al−Y含有ZrO粉末及びCo−Al−Y含有ZrO粉末のBET比表面積よりも大きくてもよい。Al−Er含有ZrO粉末のBET比表面積は、Al−Y含有ZrO粉末、Fe−Al−Y含有ZrO粉末及びCo−Al−Y含有ZrO粉末の比表面積よりも1.5m/g以上大きいことが挙げられる。更には、本発明の粉末組成物において、Al−Y含有ZrO粉末、Fe−Al−Y含有ZrO粉末及びCo−Al−Y含有ZrO粉末は、BET比表面積が7m/g以上13m/g未満、更には8m/g以上11.5m/g以下、また更には8m/g以上10.5m/g以下であることが好ましい。また、Al−Er含有ZrO粉末のBET比表面積は、粉末組成物中の他の粉末よりも大きいことが好ましく、9m/g以上14m/g以下、更には10m/g以上14m/g以下であることが好ましい。
【0128】
さらに、本発明の粉末組成物において、Al−Y含有ZrO粉末、Fe−Al−Y含有ZrO粉末、Co−Al−Y含有ZrO粉末及びAl−Er含有ZrO粉末からなる群の少なくとも1つ以上が顆粒であることが好ましく、平均顆粒径が48μm未満、更には30μm以上48μm未満、また更には40μm以上45μm以下の顆粒であることが好ましい。
【0129】
なお、本発明の製造方法により得られる焼結体、特に本発明の粉末組成物を用い得られる焼結体は、その理論密度を、粉末組成物中のAl−Y含有ZrO粉末、Fe−Al−Y含有ZrO粉末、Co−Al−Y含有ZrO粉末及びAl−Er含有ZrO粉末のそれぞれ割合、及び、これらの各混合粉末から得られたと仮定した焼結体の理論密度から、以下の式により、求めてもよい。
【0130】
ρ=100/[(w/ρw)+(y/ρy)+(g/ρg)
+(100−w−y−g)/ρp]…(3)
【0131】
(3)式において、ρは本発明の焼結体の理論密度(g/cm)、wは本発明の粉末組成物中のAl−Y含有ZrO粉末の重量割合(重量%)、yは本発明の粉末組成物中のFe−Al−Y含有ZrO粉末の重量割合(重量%)、gは本発明の粉末組成物中のCo−Al−Y含有ZrO粉末の重量割合(重量%)、ρwはAl−Y含有ZrO粉末から得られる焼結体の理論密度(g/cm)、ρyはFe−Al−Y含有ZrO粉末から得られる焼結体の理論密度(g/cm)、ρgはCo−Al−Y含有ZrO粉末から得られる焼結体の理論密度(g/cm)、及び、ρpはAl−Er含有ZrO粉末から得られる焼結体の理論密度(g/cm)である。
【0132】
(3)式において、Al−Er含有ZrO粉末から得られる焼結体の理論密度は、当該混合粉末を1350〜1500℃で2時間以上焼結した後、150MPa、1300〜1450℃で1時間以上HIP処理して得られる焼結体の密度を理論密度としてもよい。また、他の混合粉末から得られる焼結体の理論密度は、(1)式より求めることが簡便である。
【0133】
例えば、Al−Y含有ZrO粉末として、0.05重量%のアルミナを含有し、残部が5.5mol%イットリア含有ジルコニアからなるジルコニア混合粉末から焼結体を製造した場合、当該焼結体の理論密度は、(1)式から、6.0508g/cmとすることができる。
【0134】
同様に、Fe−Al−Y含有ZrO粉末として、0.05重量%のアルミナ及び、2500ppmの鉄化合物を含有し、残部が5.5mol%イットリア含有ジルコニアからなる混合粉末から焼結体を製造した場合、焼結体の理論密度は、(1)式から、6.0485g/cmとすることができる。
【0135】
同様に、Co−Al−Y含有ZrO粉末として、0.05重量%のアルミナ及び、0.04重量%のコバルト化合物を含有し、残部が5.5mol%イットリア含有ジルコニアジルコニア混合粉末から焼結体を製造した場合、当該焼結体の理論密度は、6.0509g/cmとすることができる。
【0136】
また、Al−Er含有ZrO粉末として、0.05重量%のアルミナを含有し、残部が3.2mol%のエルビア安定化ジルコニアからなるジルコニア混合粉末から焼結体を製造した場合、当該焼結体の理論密度は、上記の一次焼成及びHIP処理により得られた焼結体の密度(6.336g/cm)とすることができる。
【0137】
本発明の製造方法では、粉末組成物を成形し成形体を得る。成形方法は任意であるが、プレス成形、冷間静水圧プレス、鋳込み成形、シート成形及び射出成形からなる群の少なくとも1種の成形方法を挙げることができる。
【0138】
焼結工程では、成形工程で得られた成形体を、常圧下にて、焼結温度1400〜1600℃で焼結する。これにより、本発明の焼結体が得られる。
【0139】
焼結工程における焼結温度は1400℃以上1490℃以下、更には1410℃以上1480℃以下、また更には1410℃以上1470℃以下であることが好ましい。
【0140】
焼結工程における昇温速度は、800℃/時間以下、さらには600℃/時間以下である。好ましい昇温速度として150℃/時間以上800℃/以下、更には400℃/時間以上700℃/時間以下を挙げることができる。これにより、昇温過程における焼結の進行を抑制し、焼結温度下で成形体を焼結することができる。
【0141】
焼結温度における保持時間(以下、単に「保持時間」ともいう。)は、焼結温度により異なる。保持時間として5時間以下、更には3時間以下、また更には2時間以下を例示することができる。
【0142】
本発明の焼結体は常圧下で焼結する。常圧下での焼結とは、成形体に対して外的な力を加えずに単に加熱することにより焼結する方法(以下、「常圧焼結」ともいう。)である。具体的な常圧焼結として、大気圧下での焼結を挙げることができる。
【0143】
焼結雰囲気は還元性雰囲気以外の雰囲気であればよい。焼結雰囲気は還元性雰囲気でなければよく、酸素雰囲気又は大気雰囲気の少なくともいずれかであることが好ましく、大気雰囲気とすることが簡便である。
【0144】
特に好ましい焼結工程として、大気圧下、昇温速度350℃/時間以上650℃/時間以下、焼結温度1400℃以上1490℃以下で焼結することが挙げられる。
【0145】
焼結工程は、常圧下での焼結のみであることが好ましい。一般に、透光性を向上させる手段として、常圧焼結後に、HIPその他の加圧焼結やSPSなどの特殊な焼結方法を使用することが挙げられる。しかしながら、特殊な焼結方法は製造プロセスを煩雑にするだけではなく、製造コストが上昇する要因となる。本発明の製造方法、特に本発明の粉末組成物を用いた場合においては、常圧下での焼結のみであっても、前歯用義歯として十分な審美性及び強度を兼備した着色透光性ジルコニア焼結体を得ることができる。
【実施例】
【0146】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。しかしながら、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0147】
(粉末の平均粒径)
ジルコニア粉末の平均粒径は、マイクロトラック粒度分布計(装置名:9320−HRA、Honeywell社製)を用いて測定した。
【0148】
前処理として、試料粉末を蒸留水に懸濁させてスラリーとした後、これを超音波ホモジナイザー(装置名:US−150T、日本精機製作所製)を用いて3分間分散処理した。
【0149】
(粉末の結晶相)
粉末試料の結晶相はXRD測定により測定した。得られたXRDパターンから、粉末試料中の正方晶及び立方晶の相率(以下、「T+C相率」ともいう。)を求めた。T+C相率は以下の式から算出した。
【0150】
T+C相率(%) = 100−fm(%)
上記式において、fmは単斜相率である。
【0151】
(顆粒の平均顆粒径)
顆粒試料の平均顆粒径は、ふるい分け試験方法によって求めた。
【0152】
(焼結体の平均結晶粒径)
焼結体試料の平均結晶粒径は、電解放出形走査型電子顕微鏡(FESEM)により得られたSEM写真からプラニメトリック法により求めた。すなわち、鏡面研磨した焼結体試料を熱エッチングし、これを電解放出形走査型電子顕微鏡(装置名:JSM−T220、日本電子社製)を用いて観察した。得られたSEM写真からプラニメトリック法により平均結晶粒径を算出した。
【0153】
(焼結体の密度)
焼結体の実測密度は、アルキメデス法で測定した。
【0154】
(全光線透過率)
焼結体の全光線透過率は、分光光度計(装置名:V−650、日本分光社製)を用いて測定した。両面研磨した、厚み1mmの円板状の焼結体を測定試料として用い、当該試料に波長220〜850nmの光を透過させて、積分球で集光した光を測定した。
【0155】
(D65透過率)
D65光源での全光線透過率は、濁度計(装置名:NDH2000、日本電色社製)を用い、JIS K 7361に準拠した方法によって測定した。
【0156】
測定試料は、600nm透過率の測定と同一の試料を使用した。
【0157】
(色調)
焼結体の色調は、JIS Z8729に準拠した方法によって測定した。測定には、色差計(装置名:Z−300、日本電色社製)を使用した。
【0158】
測定使用には、片面研磨した厚み2.8mmの円板状の焼結体を使用した。色調の測定は、当該焼結体の研磨面について行なった。
【0159】
(色調差)
140℃の熱水に24時間又は72時間浸漬した後の焼結体試料と、浸漬前の焼結体試料の色調を上記の方法で測定した。得られた色調の値を用い、以下の式により色調差( ΔE)を求めた。
【0160】
ΔE =( ΔL*+ Δa*+ Δb*1/2
【0161】
(強度)
焼結体試料の強度として三点曲げ強度を測定した。測定は、JIS R 1601に記載されている方法に基づいた三点曲げ測定法で行った。
【0162】
実施例1〜16
(アルミナ・イットリア含有ジルコニア顆粒粉末の合成)
オキシ塩化ジルコニウム水溶液を加水分解反応して水和ジルコニアゾルを得た。イットリア濃度が5.5mol%になるように塩化イットリウムを水和ジルコニアゾル添加した後、乾燥、及び1160℃で2時間焼成して、5.5mol%のイットリアを含むジルコニア仮焼粉末を得た。
【0163】
得られた仮焼粉末を蒸留水で水洗し、乾燥した後、当該ジルコニア粉末に対し、アルミナ含有量が0.05重量%となるように、平均粒子径0.3μmのα−アルミナを添加した。
【0164】
これらの混合粉末の固形分濃度が45重量%となるように蒸留水を加えてスラリーとした。直径2mmのジルコニアボールを使用して、平均粒子径が0.40〜0.50μmとなるように当該スラリーをボールミルで20時間粉砕して、0.05重量%のアルミナを含有し、残部が5.5mol%のイットリアで安定されたジルコニアからなるジルコニア混合粉末(以下、「Y系混合粉末」ともいう。)を得た。当該粉末の評価結果を表1に示す。
【0165】
得られた粉砕後のスラリーに有機バインダーを3重量%添加して、噴霧乾燥し混合粉末を顆粒とした。得られた顆粒は平均顆粒径が44μm、及び、軽装嵩密度が1.24g/cmであった。
【0166】
(アルミナ・イットリア・酸化鉄含有ジルコニア顆粒粉末の合成)
上記と同じ条件で仮焼を行い、5.5mol%のイットリアを含むジルコニア仮焼粉末を得た。当該仮焼粉末を蒸留水で水洗し、乾燥した後、当該ジルコニア粉末に対してアルミナ含有量が0.05重量%、酸化水酸化鉄(FeOOH)をFe換算で2500重量ppmを添加して混合粉末とした。これらの混合粉末の固形分濃度が45重量%となるように蒸留水を加えてスラリーとした。直径2mmのジルコニアボールを使用して、平均粒子径が0.40〜0.50μmとなるように得られたスラリーをボールミルで20時間粉砕して0.05重量%のアルミナ及び2500重量ppmの酸化水酸化鉄を含有し、残部が5.5mol%のイットリアで安定化されたジルコニアからなるジルコニア混合粉末(以下、「Fe含有Y系混合粉末」ともいう。)を得た。当該粉末の評価結果を表1に示す。
【0167】
得られた粉砕後のスラリーに有機バインダーを3重量%加えて、噴霧乾燥を行いFe含有Y系混合粉末を顆粒とした。得られた顆粒の平均顆粒径44μm、軽装嵩密度が1.24g/cmであった。
【0168】
(アルミナ・イットリア・酸化コバルト含有ジルコニア顆粒粉末の合成)
上記と同じ条件で仮焼を行い、5.5mol%のイットリアを含むジルコニア仮焼粉末を得た。当該仮焼粉末を蒸留水で水洗し、乾燥した後、当該ジルコニア粉末に対してアルミナ含有量が0.05重量%、酸化コバルトをCoO換算で0.04重量%を添加して混合粉末とした。これらの混合粉末の固形分濃度が45重量%となるように蒸留水を加えてスラリーとした。直径2mmのジルコニアボールを使用して、得られたスラリーを平均粒子径が0.40〜0.50μmとなるようにボールミルで20時間粉砕して0.05重量%のアルミナ及び0.04重量%の酸化コバルトを含有し、残部が5.5mol%のイットリアで安定化されたジルコニアからなるジルコニア混合粉末(以下、「Co含有Y系混合粉末」ともいう。)を得た。当該粉末の評価結果を表1に示す。
【0169】
得られたスラリー中のCo含有Y系混合粉末の平均粒径は0.42μm、最大粒径は≦1.5μmであった。乾燥したCo含有Y系混合粉末のBET比表面積は10.1m/gであり、結晶子径は390Å、乾燥粉末のM相率は≦1%であった。
【0170】
得られた粉砕後のスラリーに有機バインダーを3重量%加えて、噴霧乾燥を行い混合粉末を顆粒とした。得られた顆粒は、平均顆粒径が45μm、軽装嵩密度が1.25g/cmであった。
【0171】
(アルミナ・エルビア含有ジルコニア顆粒粉末の合成)
オキシ塩化ジルコニウム水溶液を加水分解反応して得られた水和ジルコニアゾルに、Er濃度を3.2mol%となるように添加し、乾燥後、1100℃の仮焼温度で2時間仮焼して仮焼粉末を得た。
【0172】
得られた仮焼粉末を水洗処理し、乾燥した後、当該ジルコニア粉末に対してアルミナ含有量が0.05wt%となるようにα−アルミナを添加し、混合粉末とした。
【0173】
これらの混合粉末の固形分濃度が45重量%となるように蒸留水を加えてスラリーとした。直径2mmのジルコニアボールを使用して、得られたスラリーを平均粒子径が0.40〜0.50μmとなるようにボールミルで26時間粉砕して0.05重量%のアルミナを含有し、残部が3.2mol%のエルビアで安定化されたジルコニアからなるジルコニア混合粉末(以下、「Er系混合粉末」ともいう。)を得た。当該粉末の評価結果を表1に示す。
【0174】
得られた粉砕後のスラリー中のEr系混合粉末の平均粒径は0.42μm、最大粒径は≦1.5μmであった。乾燥したEr系混合粉末のBET比表面積は12.0m/gであり、結晶子径は340Å、乾燥粉末のM相率は39%であった。
【0175】
【表1】
【0176】
(焼結体の作製)
表2記載の実施例1〜16の各組成になるように、Y系混合粉末、Fe含有Y系混合粉末、Co含有Y系混合粉末、及びEr系混合粉末の2種以上をポリ瓶の中で混合して、粉末組成物を得た。
【0177】
得られた粉末組成物を19.6MPaの一軸プレスで予備成形した後、196MPaで冷間静水圧プレス(CIP)処理することで成形して成形体を得た。得られた成形体を、焼結温度1450℃、昇温速度600℃/hr、保持時間2時間の条件の常圧焼結で焼結させ、実施例1乃至16の着色透光性ジルコニア焼結体を得た。得られた着色透光性ジルコニア焼結体の評価結果を表2に示す。
【0178】
なお、本実施例において、各焼結体の理論密度(ρ’)は、各混合粉末から得られると仮定した焼結体の理論密度を求め、以下のとおりとした。
【0179】
0.05重量%アルミナ・5.5mol%イットリア含有ジルコニア焼結体の理論密度は、(1)式から、6.0508g/cmとした。
【0180】
0.05重量%アルミナ・5.5mol%イットリア・2500ppm酸化鉄含有ジルコニア焼結体の理論密度は、(1)式から、100/[(0.05/3.99)+(0.25/5.24)+(99.80/6.0508)]=6.0485g/cm(以下、「ρy’」とする。)とした。
【0181】
0.05重量%アルミナ・5.5mol%イットリア・0.04重量%酸化コバルト含有ジルコニア焼結体の理論密度は(1)式から、100/[(0.05/3.99)+(0.04/5.24)+(99.91/6.0508)]=6.0509g/cm(以下、「ρg’」とする。)とした。
【0182】
0.05重量%アルミナ・3.2mol%エルビア含有ジルコニア焼結体の理論密度はHIP焼結体密度6.336g/cm(以下、「ρp’」とする。)とした。
【0183】
上記の各組成の焼結体の理論密度、及び、とその配合比(重量割合)から理論密度ρ’を(3)’式から求めた。
【0184】
ρ’=100/[(w’/ρw’)+(y’/ρy’)+(g’/ρg’)
+(100−w’−y’−g’)/ρp’] ・・・(3)’ (3)’式において、w’は0.05重量%アルミナ・5.5mol%イットリア含有ジルコニアの配合割合(重量%)、y’は0.05重量%アルミナ・2500ppm酸化鉄含有・5.5mol%イットリア含有ジルコニアの配合割合(重量%)、g’は0.05重量%アルミナ・0.04重量%酸化コバルト・5.5mol%イットリア含有ジルコニアの配合割合(重量%)である。
【0185】
下表における着色剤含有量は酸化エルビウム、酸化コバルト及び酸化鉄の合計含有量(重量%)であり、また、表中「−」は未測定を表す。
【0186】
【表2】
【0187】
実施例4、8、12及び16で得られた着色透光性ジルコニア焼結体を140℃の熱水中に24時間又は72時間浸漬させた。72時間浸漬後のM相率を測定した結果を表3に示す。
【0188】
【表3】
【0189】
これにより本発明の焼結体は、結晶相の変化が生じにくいことが確認できた。また、140℃の熱水中に24時間又は72時間浸漬させた後の焼結体の色調を測定した。各焼結体の色調、及び、浸漬前の焼結体との色調変化( ΔE)の結果を表4に示す。
【0190】
【表4】
【0191】
24時間浸漬後の焼結体の色調変化 ΔEは0.32以下であり、72時間浸漬後の色調変化 ΔEは0.71以下であった。これより、本発明の焼結体は含水分環境下に晒された場合であっても、結晶相の変化がないだけでなく、色調変化も実質的に生じなかった。これより、本発明の焼結体を前歯用義歯として長期間使用した場合であっても、その審美性が変化することがないことが確認できた。
【0192】
実施例4の着色透光性ジルコニア焼結体の微細構造をSEM観察した。結果を図1に示す。当該焼結体の平均結晶粒径は0.80μmであり、大結晶粒子の個数に対する小結晶粒子の個数の割合は1.6であった。
【0193】
実施例4の着色透光性ジルコニア焼結体のXRDパターンをリートベルト解析した。結果を図2に示す。当該焼結体の結晶相は正方晶及び立方晶であることが確認でき、正方晶が53%及び立方晶が47%であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0194】
本発明の焼結体は歯科材料として適している。本発明の焼結体は特に前歯用の歯科材料、更には前歯用の義歯、ミルブランク、ディスク、ブリッジ、インレー、オンレー、クラウンなどに適している。更に、本発明の焼結体は、歯列矯正ブラケット等の他の歯科材料や、歯科材料以外の宝飾品、装飾品、構造材料など、一般的なジルコニア焼結体の用途にも使用することができる。
図1
図2