(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、抗菌加工した一般生活資材は、衛生の観点からは欠かせない材料となっている。特に、食中毒や感染症の発生防止や拡大防止が強く求められる大規模病院などの入院施設や高齢化社会で急増する介護現場などの医療分野のみならず、強い衛生志向が見られるハウスホールドやトイレタリーの分野において、抗菌製品の需要が増加傾向にあり、高機能かつ安価な抗菌性材料の供給が求められている。
【0003】
従来、抗菌性材料は、主に、様々な種類の抗菌剤の基材への表面塗装、配合、複合化などにより加工されている。
【0004】
上記記載の抗菌性材料で使用される抗菌剤は、無機系(金属)抗菌剤、有機系抗菌剤、天然系抗菌剤に大別される。無機系抗菌剤としては、銀、銅、亜鉛などの金属イオンが古くから知られている。特に銀イオンは効果の持続性が高く、耐熱性にも優れているので、プラスチック等に配合する際の成形加工に適している。しかし、銀イオンはカビなどの真菌類に対する抗菌性が弱いことが指摘されている。
【0005】
有機系抗菌剤としては、含窒素系抗菌剤、含硫黄系抗菌剤、含リン系抗菌剤などの化学合成品が挙げられ、建材、農薬、水産製品などへの産業用資材に使用される。その中でも、第四級アンモニウム塩抗菌剤は、より安全性が高く、環境負荷が少ないことから、例えば医療分野や食品分野などにおける衛生のために使用されている。しかし、これらの抗菌剤は、高い水溶性を有するために基材への接着性が悪く、表面塗装、配合、複合化が困難であり、無機系抗菌剤と比べて抗菌加工性が大きく劣るものである。即ち、基材へ有機系抗菌剤を配合しても、抗菌成分が水により溶出し、持続性が低下する。
【0006】
また、キトサン、カテキン、ヒノキチオールといった天然型抗菌剤は、高い安全性を有し、使用者に安心を与えるものであるが、化学合成品よりも製造コストが高く、耐熱性や加工性が悪い点でも依然として課題が残る。
【0007】
上記の問題を解決するため、第四級アンモニウム塩を基材へ固定化する技術が開発されている。例えば特許文献1では、オクタデシルジメチル(3−トリエトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドを含む組成物が開示されている。この発明は、ガラスやセルロースなど酸素官能基を含む基材に対し、オクタデシルジメチル(3−トリエトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライドを固着するための技術である。具体的には、分子中の3−トリエトキシシリル基が基材表面の酸素官能基と化学的に結合し、接着するものである。しかし、本化合物の対アニオンに対応する塩化物イオンは、鉄を含有する基材に対して強い腐食性を示すため、防腐食性が課題となる。
【0008】
以上の現状を鑑みると、抗菌剤には、十分な抗菌性を有し、低コストで製造が可能で、人体への安全性、低環境負荷性、簡便な加工性、低腐食性といった効果を有する高機能化が望まれる。
【0009】
上記の問題を解決する抗菌材料として、特許文献2には、ポリ−γ−グルタミン酸イオンと第四級アンモニウムイオンから形成されるイオンコンプレックス(以下、「PGAIC」と記載することもある)が記載されている。当該イオンコンプレックスは、水に不溶性のポリマーであり、有機系抗菌剤と同等の抗菌性と安全性を有し、基材との接着性が高く、表面塗装、配合、複合化が可能であるなど加工性に優れるものである。また、腐食性を有するハロゲンを含まないため、低腐食性に優れた素材である。さらには、当該イオンコンプレックスは、それ自体、フィルムや繊維などへ成形可能な物性を有したプラスチック材料である。本文献には、当該イオンコンプレックスから成形されたフィルムは、抗菌性をも有する材料としての有用性が記載されている。
【0010】
このように、PGAICは、成形加工性に優れた抗菌性素材として注目を集めている。しかし、本剤の原料となるポリ−γ−グルタミン酸(以下、「PGA」と略記する)の化学合成方法は確立されておらず、その工業的生産では微生物が利用されており、従来の化学合成ポリマーに比べて生産性が低く、コスト面ではやや劣り、供給安定化が課題となる。そのため、PGAの代替となる安価で供給性の高いポリマーを見出す必要がある。さらには、PGAICと性能に劣らない同水準の機能を有する素材の創出が求められる。
【0011】
ポリ(メタ)アクリル酸は、工業的に入手可能な安価なポリマーとして知られており、様々な分野で利用されている。例えばポリアクリル酸は、カルボキシ基を有することから吸水性ゲルとして、紙おむつや生理用品などのSAP(超吸収性ポリマー)に使用されている。
【0012】
特許文献3には、ポリアクリル酸と第四級アンモニウムイオンから形成される組成物が開示されている。より具体的には、使用される重合体の重合度としては20〜300が望ましいとされており、重合度が300のポリアクリル酸ナトリウムとテトラデシルジメチルベンジルアンモニウムクロライドから抗真菌剤が製造されている。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明に係るイオンコンプレックスは、粘度平均分子量が100,000以上、1,000,000以下のポリ(メタ)アクリル酸と、下記式(I)または式(II)の第四級アンモニウムイオンとを含むことを特徴とする。以下、当該イオンコンプレックスを「PACIC」と略記することがある。
【0031】
[式中、R
1〜R
3は、同一または異なるC
1-20アルキル基、ベンジル基、C
6-12アリール基を示し、R
4〜R
5は独立してC
12-20アルキル基を示す]
【0032】
本発明において、「(メタ)アクリル酸」とは、アクリル酸および/またはメタクリル酸をいうものとする。また、「ポリ(メタ)アクリル酸」とは、ポリアクリル酸および/またはポリメタクリル酸の他、アクリル酸とメタクリル酸との共重合体であってもよいものとする。
【0033】
「C
1-20アルキル基」は、炭素数1以上、20以下の直鎖状または分枝鎖状の一価飽和脂肪族炭化水素基を意味し、「C
12-20アルキル基」は、炭素数12以上、20以下の直鎖状または分枝鎖状の一価飽和脂肪族炭化水素基を意味する。例えば、C
1-20アルキル基としては、メチル、エチル、n−プロピル、n−ブチル、n−ヘキシル、n−オクチル、n−デシル、n−ドデシル、n−トリデシル、n−テトラデシル、n−ペンタデシル、n−ヘキサデシル、n−ヘプタデシル、n−オクタデシル、n−ノナデシル、n−イコシル等の直鎖状C
1-20アルキル基;イソプロピル、イソブチル、s−ブチル、t−ブチル、イソペンチル、ネオペンチル、イソヘキシル、イソオクチル、イソデシル、イソドデシル、イソテトラデシル、イソペンタデシル、イソヘキサデシル、イソヘプタデシル、イソオクタデシル、s−テトラデシル、s−ペンタデシル、s−ヘキサデシル、s−ヘプタデシル、s−オクタデシル、t−テトラデシル、t−ペンタデシル、t−ヘキサデシル、t−ヘプタデシル、t−オクタデシル、ネオテトラデシル、ネオペンタデシル、ネオヘキサデシル、ネオヘプタデシル、ネオオクタデシル等の分枝鎖状C
1-20アルキル基を挙げることができる。C
12-20アルキル基としては、これらの中で炭素数が12以上、20以下のものを挙げることができる。
【0034】
R
1〜R
3としては、C
1-10アルキル基が好ましく、C
1-6アルキル基がより好ましく、C
1-4アルキル基がさらに好ましく、C
1-2アルキル基が特に好ましい。R
4としては、C
15-20アルキル基が好ましく、C
16-20アルキル基がより好ましく、C
17-20アルキル基がさらに好ましい。R
5としては、C
13-20アルキル基が好ましく、C
14-19アルキル基がより好ましく、C
15-18アルキル基が特に好ましい。
【0035】
「C
6-12アリール基」とは、炭素数が6以上、12以下の一価芳香族炭化水素基をいう。例えば、フェニル基、ナフチル基、インデニル基、ビフェニル基などであり、好ましくはフェニル基である。
【0036】
本発明に係るイオンコンプレックスを構成するポリ(メタ)アクリル酸の粘度平均分子量は、100,000以上、1,000,000以下である。当該粘度平均分子量が100,000未満であると、形成されたイオンコンプレックスの強度が低くなってしまい、加熱成形などイオンコンプレックス単独での成形が困難になる。一方、粘度平均分子量が1,000,000を超えると、溶解性が無くなりスプレーやキャスティングができなくなる他、ゲル化するなどして成形性も悪化する。
【0037】
粘度平均分子量は、ポリマーの粘度より求められる平均分子量であり、通常、ポリマーの粘度平均分子量は、分子量がわかっている標準試料の固有粘度[η]と、分子量を求めたい試料の固有粘度[η]を測定して求めるものである。本発明では粘度平均分子量をポリ(メタ)アクリル酸の分子量の基準として用いる。但し、高分子の平均分子量としては重量平均分子量や、ゲル濾過クロマトグラフィーにより測定された分子量などが使われており、ポリ(メタ)アクリル酸製品のカタログなどに記載されている平均分子量は、どのような方法で測定された平均分子量であるか不明の場合があるが、そのような場合には粘度平均分子量を実測する他、かかるカタログ値などを参照してもよいものとする。
【0038】
上記ポリ(メタ)アクリル酸の粘度平均分子量としては、150,000以上が好ましく、200,000以上がより好ましく、300,000以上がさらに好ましく、400,000以上が特に好ましく、また、900,000以下が好ましく、800,000以下がより好ましく、700,000以下がさらに好ましく、600,000以下がよりさらに好ましく、500,000以下が特に好ましい。
【0039】
本発明に係るイオンコンプレックスにおいて、ポリ(メタ)アクリル酸のミクロな状態がいかなるものであるか詳細には不明であるが、ポリ(メタ)アクリル酸を形成する(メタ)アクリル酸モノマー単位において、第四級アンモニウムイオンと塩を形成しているカルボキシ基は−CO
2-の状態になっていると考えられる。厳密には、カルボキシ基が−CO
2Hであるか−CO
2-であるか、また、それらの割合によりポリ(メタ)アクリル酸の分子量は異なるが、その変化量は上記範囲に比べて小さいため、カルボキシ基の状態は分子量の測定において無視してよいものとする。
【0040】
本発明に係る第四級アンモニウムイオン(I)と(II)は、第三級アミンと長鎖アルキル基からなるものであり、一般的に界面活性剤や相間移動触媒などとして用いられているものであるが、抗細菌剤や抗真菌剤としても用いられている。
【0041】
本発明者らの実験的な知見によれば、第四級アンモニウムイオン(I)としては、第四級アンモニウムイオン(II)よりも長鎖アルキル基の炭素数が多いものを用いることが好ましい。より具体的には、ポリ(メタ)アクリル酸と第四級アンモニウムイオン(II)とのコンプレックスは、80℃といった比較的低温度でも加熱成形が可能になるが、ポリ(メタ)アクリル酸と第四級アンモニウムイオン(I)とのコンプレックスは、長鎖アルキル基の炭素数が少ないと比較的低温度では軟化し難い場合がある。よって、加熱成形のし易さを重視する場合には、第四級アンモニウムイオン(I)の長鎖アルキル基R
4の炭素数を16以上にすることが好ましく、17以上にすることがさらに好ましい。
【0042】
本発明に係るイオンコンプレックスとしては、ポリ(メタ)アクリル酸が第四級アンモニウムイオンにより十分に改質されているものが好適である。より具体的には、イオンコンプレックスにおける第四級アンモニウムイオンの割合が、ポリ(メタ)アクリル酸を構成する(メタ)アクリル酸単位に対して0.5倍モル以上であることが好ましく、0.6倍モル以上であることがより好ましく、0.7倍モル以上であることがさらに好ましい。
【0043】
特に、ポリ(メタ)アクリル酸を十分に改質するために、ポリ(メタ)アクリル酸を構成する(メタ)アクリル酸単位に対して第四級アンモニウムイオンを等モルまたは略等モル含むものが好適である。ここで、略等モルとは、両者のモル数がほぼ等しいことを意味するが、具体的にはポリ(メタ)アクリル酸を構成する(メタ)アクリル酸単位に対する第四級アンモニウムイオンが0.8倍モル以上、1.2倍モル以下、特に0.9倍モル以上、1.1倍モル以下であることをいうものとする。
【0044】
なお、第四級アンモニウムイオンは、一種のみ用いてもよいし、二種以上を混合して用いてもよい。また、第四級アンモニウムイオン(I)と第四級アンモニウムイオン(II)を混合して用いてもよい。
【0045】
本発明に係るイオンコンプレックスの製造方法は特に制限されないが、例えば、粘度平均分子量が100,000以上、1,000,000以下のポリ(メタ)アクリル酸またはその塩の溶液に、式(I)または式(II)の第四級アンモニウムイオンの塩を添加することにより、本発明に係るイオンコンプレックスを製造することができる。
【0046】
ポリ(メタ)アクリル酸の塩としては、アルカリ金属塩やアンモニウム塩を挙げることができる。ポリ(メタ)アクリル酸の溶液は、ポリ(メタ)アクリル酸と溶媒を混合することにより得られる。ポリ(メタ)アクリル酸の塩の溶液は、ポリ(メタ)アクリル酸、アルカリ金属塩またはアンモニウム塩および溶媒を混合することにより得られる。
【0047】
アルカリ金属は、周期律表の第1族に属する元素のうち、水素を除くリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウムをいう。本発明で用いるアルカリ金属としては、リチウム、ナトリウム、カリウム、セシウムが好ましく、リチウム、ナトリウム、カリウムがより好ましく、ナトリウムまたはカリウムがさらに好ましく、ナトリウムが特に好ましい。
【0048】
ポリ(メタ)アクリル酸の塩を調製するために用いるアルカリ金属塩とアンモニウム塩を構成するカウンターアニオンとしては、これら塩が溶媒に対して溶解性を示すものであれば特に制限されないが、例えば、水酸化物イオン、炭酸イオン、炭酸水素イオンなどを挙げることができる。
【0049】
本発明で用いるアルカリ金属塩とアンモニウム塩としては、例えば、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化セシウム、水酸化アンモニウム等の水酸化物;炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム、炭酸アンモニウム等の炭酸塩;炭酸水素リチウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素セシウム、炭酸水素アンモニウム等の炭酸水素塩が挙げられるが、その中でも、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム等の炭酸塩が好ましい。なお、アルカリ金属塩とアンモニウム塩は、一種のみ用いてもよいし、二種以上を混合して用いてもよい。
【0050】
フリーのポリ(メタ)アクリル酸が溶媒に対して十分な溶解性を示さない場合には、ポリ(メタ)アクリル酸の塩の溶液を用いることが好ましい。また、本発明者らの実験により、ポリ(メタ)アクリル酸の塩を用いた場合の方が本発明に係るイオンコンプレックスが生成し易いことが分かっている。ポリ(メタ)アクリル酸の塩の溶液を調製するに当たり、ポリ(メタ)アクリル酸、アルカリ金属塩またはアンモニウム塩および溶媒を混合する順番は特に制限されないが、アルカリ金属塩またはアンモニウム塩の溶液にポリ(メタ)アクリル酸を添加することが好ましい。
【0051】
フリーのポリ(メタ)アクリル酸の溶液またはポリ(メタ)アクリル酸の塩の溶液の溶媒としては、各溶質を溶解できるものであれば特に制限されないが、例えば、水;メタノール、エタノールなどのC
1-4アルコールを挙げることができ、水がより好ましい。特にポリ(メタ)アクリル酸の塩を良好に溶解できるからであり、また、目的化合物であるイオンコンプレックスが水に対して不溶性を示すので反応後における目的化合物の単離精製に好都合なためである。
【0052】
アルカリ金属塩および/またはアンモニウム塩の溶液にフリーのポリ(メタ)アクリル酸を添加する場合、アルカリ金属塩および/またはアンモニウム塩の溶液の濃度は適宜調整すればよいが、例えば、0.1w/v%以上、5w/v%以下程度にすればよい。当該溶液の濃度や使用量は、添加されるポリ(メタ)アクリル酸を十分に溶解できる程度に適宜調整する。
【0053】
次に、上記で得られたポリ(メタ)アクリル酸またはその塩の溶液に、上記式(I)または上記式(II)の第四級アンモニウムイオンの塩を添加する。
【0054】
第四級アンモニウムイオンの塩を構成するカウンターアニオンとしては、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオンなどのハロゲン化物イオンを挙げることができる。
【0055】
第四級アンモニウムイオンの塩は、そのまま上記ポリ(メタ)アクリル酸またはその塩の溶液に添加してもよいが、溶液の形で添加してもよい。その溶媒としては水が好ましいが、第四級アンモニウムイオンの塩の水溶性によっては、溶解性を高めるために、メタノールやエタノールなどのC
1-4アルコール;ジエチルエーテルやTHFなどのエーテル系溶媒;ジメチルホルムアミドやジメチルアセトアミドなどのアミド系溶媒などの水溶性有機溶媒を反応液に添加してもよい。しかし、反応終了後におけるイオンコンプレックスの分離を考慮すれば、溶媒としては水のみを用いることが好ましい。
【0056】
第四級アンモニウムイオンの塩の使用量は、目的化合物である所望のイオンコンプレックスに応じて適宜調整すればよいが、一般的には、ポリ(メタ)アクリル酸を十分に改質するために、ポリ(メタ)アクリル酸を構成する(メタ)アクリル酸単位に対して十分量、具体的には1.0倍モル以上、好ましくは1.1倍モル以上、より好ましくは1.2倍モル以上用いる。
【0057】
第四級アンモニウムイオンの塩の使用量は、その溶液の濃度や量によっても調整できるが、第四級アンモニウムイオンの塩の溶液の使用量は、反応液におけるポリ(メタ)アクリル酸の濃度が0.5w/v%以上、10w/v%以下程度、第四級アンモニウムイオンの塩の濃度が1.0w/v%以上、10w/v%以下程度になるよう調整することが好ましい。
【0058】
第四級アンモニウムイオンの塩の添加後、反応液は、イオンコンプレックスの形成を促進するため適度に加熱することが好ましい。加熱温度は、例えば40℃以上、80℃以下程度とすることができる。反応時間は適宜調整すればよいが、通常、30分間以上、20時間以下程度とすることができる。
【0059】
本発明のイオンコンプレックスは、少なくとも水に対して不溶性を示すことから、主要な溶媒として水を用いた場合には、反応後に析出する。また、水溶性有機溶媒を用いたなどのために反応後においても析出しないような場合には、貧溶媒として水を添加することなどにより析出させることができる。析出したイオンコンプレックスは、濾過や遠心分離などにより溶媒から容易に分離することができる。
【0060】
本発明のイオンコンプレックスは、反応液から分離した後、洗浄や乾燥してもよい。例えば、分離したイオンコンプレックスは、水で洗浄することにより、過剰に用いたポリ(メタ)アクリル酸または第四級アンモニウム塩、その他の水溶性試薬を除去することが可能である。また、水溶媒は、アセトンなどで洗浄することにより簡便に除去できる。
【0061】
本発明のイオンコンプレックスは、優れた抗菌性を示すので、抗菌性材料の抗菌性成分として利用することができる。具体的には、本発明のイオンコンプレックスは、グラム陽性およびグラム陰性のいずれの細菌類に対しても優れた静菌効果を発揮するのみならず、同時に真菌類に対しても優れた静菌効果を示し、健康・衛生面で抗細菌性や抗真菌性が要求される分野で広範囲に利用することができる抗細菌剤および/または抗真菌剤として利用できる。また、抗細菌効果および/または抗真菌効果により、間接的に防臭効果も示す。
【0062】
本発明のイオンコンプレックスが抗菌効果を示すグラム陽性細菌の例としては、例えば、Staphylococcus属、Streptococcus属、Corynebacterium属、Bacillus属、Listeria属、Clostridium属、Lactobacillus属などに属するグラム陽性細菌が挙げられる。
【0063】
本発明のイオンコンプレックスが抗菌効果を示すグラム陰性細菌の例としては、例えば、Escherichia属、Pseudomonas属、Salmonella属、Enterobacter属、Neisseria属、Xanthomonas属、Serratia属、Campylobacter属、Proteus属などに属するグラム陰性細菌が挙げられる。
【0064】
本発明のイオンコンプレックスが抗菌効果を示す真菌の例としては、例えば、Absidia属、Mucor属、Rhizopus属などの接合菌門;Aspergillus属、Neurospora属、Penicillium属、Trichoderma属、Neosartorya属、Candida属、Pichia属、Saccharomyces属などの子嚢菌門;Trametes属、Cryptococcus属などの担子菌門;Alternaria属、Fusarium属、Cladosporium属、Curvularia属、Aureobasidium属などに属する不完全菌類などが挙げられる。
【0065】
本発明のイオンコンプレックスは、それ自体を抗菌性のプラスチック材料として用いることができるし、また、抗菌性材料の抗菌性有効成分として用いることもできる。本発明のイオンコンプレックスを有効成分として含む抗菌性材料としては、高分子樹脂へ塗布、配合、含漬したもの、塗料、噴霧剤などが挙げられる。本発明のイオンコンプレックスは接着性を有し、少なくとも水に不溶性を示すため、抗菌成分の溶出による消失がなく、持続性の高い抗菌剤として利用できる。
【0066】
本発明のイオンコンプレックスを高分子樹脂に配合した材料として使用する場合、高分子樹脂の種類には特に制限はなく、樹脂組成物の用途などに応じて自由に選ぶことができる。使用し得る樹脂の具体例としては、例えば、塩化ビニル系ポリマー、ウレタン系ポリマー、アクリル系ポリマー、オレフィン系ポリマー(エチレン系ポリマー、プロピレン系ポリマーなど)、アミド系ポリマー、エチレン−酢酸ビニル共重合体、塩化ビニリデン系ポリマー、スチレン系ポリマー、エステル系ポリマー、ナイロン系ポリマー、セルロース誘導体、カーボネート系ポリマー、フッ素系樹脂、シリコーン系樹脂、ビニルアルコール系ポリマー、ビニルエステル系ポリマー、合成ゴム、天然ゴムなどが挙げられる。樹脂組成物には、必要に応じて、可塑剤、充填剤、着色剤(染料や顔料など)、紫外線吸収剤などを適宜配合してもよい。イオンコンプレックスの配合割合としては、抗菌効果を発現でき且つ高分子樹脂としての機能を損なわない範囲が好ましく、具体的には0.1質量%以上、5.0質量%以下が好ましく、0.1質量%以上、2.0質量%以下がより好ましい。
【0067】
上記の樹脂組成物は、その用途などに応じて種々の形態に加工することができる。例えば、本発明の樹脂組成物は、押出成形、射出成形、溶液流延法、紡糸法など、それ自体既知の樹脂加工法によって、フィルム状、シート状、板状、繊維状、立体状に成形することができる。例えば、内装材、床材、繊維製品、紙製品、家電製品などに利用することができる。
【0068】
本発明のイオンコンプレックスを用いて、工業製品あるいは基材に抗菌処理を施す際には、刷け塗り、スプレイ法、ディッピング法、浸漬法、コーティング法、プリント法などの方法で処理を行ってもよく、特に限定されない。
【0069】
また、本発明のイオンコンプレックスは、溶剤に溶解あるいは分散させ、適宜、顔料や架橋剤など、その他の塗料用添加物を配合することにより、種々の形態にすることもできる。かかる形態により、基材に抗菌性の被膜を形成することが可能になる。この場合、塗布しうる基材として、セラミックス、金属、金属酸化物、プラスチック、ゴム類、鉱石類、木材などを挙げることができる。具体的には、セラミックスの例として、ガラス、陶磁器、セメント、耐火煉瓦、琺瑯などを挙げることができる。金属の例としては、鉄、アルミニウム、亜鉛、マグネシウム、金、銀、クロム、ゲルマニウム、モリブデン、ニッケル、鉛、白金、ケイ素、チタン、トリウム、タングステンのような単体金属や、炭素鋼、ニッケル鋼、クロム鋼、クロムモリブデン鋼、ステンレス鋼、アルミニウム合金、黄銅、青銅などの合金を挙げることができる。金属酸化物の例としては、アルミナ、シリカ、マグネシア、トリア、ジルコニア、三二酸化鉄、四三酸化鉄、酸化チタン、酸化カルシウム、酸化亜鉛、酸化鉛などを挙げることができる。プラスチックの例としては、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリビニルアルコールなどの汎用プラスチック;ポリアミド、ポリカーボネート、ポリアセタール、ポリフッ化ビニリデン、ポリエーテルサルフォン、ポリアミドイミドなどのエンジニアプラスチック;フェノール樹脂、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、ポリウレタンなどの熱硬化性樹脂などを挙げることができる。鉱石類としては、大理石、花崗岩などを挙げることができる。イオンコンプレックスは塗料用溶剤に0.1質量%以上含まれていることが好ましく、0.5質量%以上含まれていることが好ましい。0.1質量%より少ないと抗菌の効果が十分に発揮されない恐れがある。一方、塗料としての用途で使用するため、20質量%以下であることが好ましい。
【0070】
さらに、本発明のイオンコンプレックスは、溶剤に溶解または分散させることにより噴霧剤として使用することができる。具体的には、住居、病院、公共施設などにおける浴室や、流し、衛生機器類などに直接噴霧塗布することにより、抗菌することができる。この場合、噴霧剤に使用される分散液としては、安全性の観点から、水、エタノール、メタノール、イソプロパノールなどのアルコール類、および、n−ヘキサンなどの炭化水素類の溶媒が好ましく、ケトン類、エステル類、脂肪酸類、シリコーン油などの各種の溶媒も使用することができる。これらの溶媒は、1種だけ単独で用いてもよく、2種以上混合して用いてもよい。イオンコンプレックスは噴霧剤中に0.1質量%以上含まれていることが好ましく、0.5質量%以上含まれていることがより好ましい。0.1質量%より少ないと抗菌、防臭の効果が十分に発揮されない恐れがある。上限は特に限定されないが、溶媒などに溶解する場合は、20質量%以下であることが好ましい。
【0071】
或いは、プラスチック射出成型機の金型内面に噴霧塗布することにより、成型されたプラスチックの表面に間接的に抗菌効果や防臭効果を転写させ、長期間、壁面やプラスチック表面を抗菌加工することができる。
【0072】
本発明のイオンコンプレックスは、加熱成形が可能である性質を利用し、プラスチック材料として、フィルム状成形体などに加工して使用することもできる。
【0073】
本発明のイオンコンプレックスを、湿式紡糸法、乾湿式紡糸法、乾式紡糸法、ゲル紡糸法などの溶液紡糸法、溶融紡糸法、荷電紡糸法などによって紡糸し、織編物または不織布などの繊維構造体として使用することもできる。一例として、メタノールやエタノールなどのアルコール系溶媒もしくはジエチルエーテルやTHFなどのエーテル系溶媒に溶解し、荷電紡糸法(荷電中で帯電した高分子溶液をノズル先端より吐出しながら、その溶液の電荷反発力により微細の繊維状物を得る方法)によりナノファイバーを作製して、不織布状の繊維構造体とすることができる。
【実施例】
【0074】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0075】
実施例1: 粘度平均分子量45万のPACからのPACIC(PAC/HDP)の製造
原料のポリアクリル酸(以下、「PAC」と略記する)として、粘度平均分子量45万のもの(アルドリッチ社製)を使用し、特許文献2(特開2010−222496号公報)に記載の実施例を参考にして、ポリアクリル酸イオンコンプレックス(PACIC)を製造しようとした。具体的には、PAC(0.4g)に蒸留水(20mL)を加え、室温で2時間かけて溶解し、2.0w/v%のPAC水溶液を調製した。本PAC水溶液に対し、臭化ヘキサデシルピリジニウム(2.1g,以下、「HDPB」と略記する)に蒸留水(20mL)を加えて得られた溶液を添加し、60℃で1時間静置した。HDPBとポリアクリル酸は反応せず、水不溶性沈殿物が得られなかった。系内の様子を
図1に示す。
【0076】
そこで、水不溶性のPACICが得られる条件を検討した。炭酸ナトリウム(0.3g)に対し、蒸留水(20mL)を加え、20分間攪拌し、1.5w/v%の炭酸ナトリウム水溶液を調製した。当該炭酸ナトリウム溶液に対して、2.0w/v%になるように、アルドリッチ社製の粘度平均分子量45万のPAC(0.4g)を加え、常温で2時間混合し、PAC中和液を作製した。当該中和液に含まれるPACの総カルボキシ基数と等モルのHDPB(2.1g)と蒸留水(20mL)を加えて得られた溶液を調製後、PAC中和液に添加し、60℃で1時間静置したところ、不溶性の沈殿が生成した。系内の様子を
図2に示す。生成した沈殿を遠心分離した後、上清液を除去し、蒸留水で3回濾過した。得られた沈殿物をアセトンに1時間浸すことにより脱水した後、13時間減圧乾燥した。本製造法で得られたPACIC(PAC/HDP)の収率は100%であった。
【0077】
比較例1: 粘度平均分子量125万のPACからのPACIC(PAC/HDP)の製造
粘度平均分子量45万のPACの代わりに、粘度平均分子量125万のPACを用いた以外は上記実施例1と同様にして、PACIC(PAC/HDP)を沈殿物として回収した。本製造法で得られたPACICは、水分を含むゲル様の固体として、収率74%で得られた。
【0078】
参考例1: PGAIC(PGA/HDP)の製造
PGAICの製造は、特許文献2の実施例を参考にした。即ち、PACの代わりにポリ−γ−グルタミン酸(PGA,重量平均分子量:100万)を用いた以外は上記実施例1の前半の実験と同様にして、水不溶性沈殿物としてPGAIC(PGA/HDP)を得た。
【0079】
試験例1: イオンコンプレックスの溶解性試験
上記実施例1、比較例1および参考例1で製造したPACICとPGAICの溶解性を試験した。具体的には、各溶媒に1.0w/v%の割合でPACICまたはPGAICを添加し、常温で24時間以上撹拌した。結果を表1に示す。なお、表1中の評価基準は以下のとおりである。
○: 完全に溶解した場合
△: 溶解せず、溶媒により膨潤してゲル化した場合
×: 膨潤もせずまったく不溶であった場合
【0080】
【表1】
【0081】
表1のとおり、本発明に係るPACICは、エタノール(EtOH)に対して溶解性を示した。よって、エタノール溶液を利用した噴霧剤やコーティング剤での利用が期待でき、成形も可能になり得る。一方、分子量が100万を超えるPACから製造した比較例1のPACICは、不溶であるか、ゲル化してしまって溶解することができなかった。
【0082】
実施例2: PACIC(PAC/HDP)のフィルム作製
上記実施例1で得られたPACICを小口切りにし、80℃に加温したホットプレート(コーニング社製)で温めたガラスシャーレの上に置き、PACICが軟化してきたところでガラス板に挟み込み、簡易押し潰しの手法でフィルム状にできるだけ薄く伸ばした。常温まで冷却した後、得られたフィルムを1cm×1cmの正方形になるよう切断した。
【0083】
比較例2: PACIC(PAC/HDP)のフィルム作製
上記比較例1で得られた粘度平均分子量125万のPACから製造したPACICを用いた以外は上記実施例2と同様にしてフィルムを作製しようとした。しかし、その調製物のいたる箇所がゲル様で水分を多く含んでいたため、水に不溶でかつゲルのように膨潤しないいわゆる「プラスチック」材料のような熱可塑成形には適さず、フィルム形状を持たすことも困難であった。そのため、以後、125万のPACから製造したPACICは性能評価の対象から外した。
【0084】
参考例2: PGAIC(PGA/HDP)のフィルム作製
上記参考例1で得られたPGAICを用いた以外は上記実施例2と同様にして、1cm×1cmの正方形のPGAICフィルムを作製した。
【0085】
試験例2: 抗菌試験
本発明に係るPACIC(PAC/HDP)の抗菌性を確認するための実験を行った。先ず、Luria−Bertani(LB)液体培地にグラム陽性菌である枯草菌(B.subtilis)を植菌し、37℃で1日培養した。別途、直径9cmのシャーレ中に同一組成のLB寒天平板培地(20mL)を調製した。上記培養液(約20μL)をLB寒天平板培地上に塗布した。当該培地の中心付近に上記参考例2で得たPGAICフィルムまたは上記実施例2で得られたPACICフィルムを置き、さらに37℃で1日培養した。また、対照として、1cm×1cmの正方形に切断したワイピングクロス(日本製紙クレシア社製,キムタオル)でも同様の実験を行った。ワイピングクロスを用いた場合の培養後培地の写真を
図3(1)に、PGAICフィルムの場合の写真を
図3(2)に、本発明に係るPACICフィルムの場合の写真を
図3(3)に示す。
【0086】
単に同サイズのワイピングクロスを用いた
図3(1)のとおり、通常、増殖に適した培地上では細菌はコンフルエント状態になるまで密集する。一方、増殖できなければ空白となる。PGAICは抗菌性を示すことが知れており、
図3(2)と
図3(3)のとおり、本発明に係るPACICは、PGAICと同等の抗菌性を示すことが確認された。
【0087】
試験例3: 抗菌試験 − 細菌に対する最小発育阻止濃度
一般的なブロス希釈法に従い、ニュートリエントブロスを用いて菌懸濁濃度1000000cfu/mLに調整した定常期状態の菌液を、段階希釈した試験サンプル溶液を添加した寒天培地上に塗布し、37℃にて24時間静置培養後、増殖の有無により、最小発育阻止濃度(MIC)を決定した。供試菌として、Staphylococcus aureus(S.aureus)、Pseudomonas aereuginosa(P.aereuginosa)およびEscherichia coli(E.coli)を用いた。試験サンプルとして、実施例1のPACIC(PAC/HDP)を用い、比較例としてPGAIC(PGA/HDP)およびHDPBを用いた。表2に示す結果のとおり、PACICには、PGAICと同等の抗菌性が認められた。
【0088】
【表2】
【0089】
試験例4: 抗真菌試験 − 真菌に対する最小発育阻止濃度
一般的なブロス希釈法に従い、前培養した真菌類から、菌液、胞子液をそれぞれ調製した。菌液または胞子液を、段階希釈した試験サンプル溶液を添加した寒天培地上に塗布し、28℃にて2〜5日間静置培養後、増殖の有無により最小発育阻止濃度(MIC)を決定した。供試菌として、Candida albicans(C.albicans)およびAspergillus niger(A.niger)を用いた。試験サンプルとして、実施例1のPACIC(PAC/HDP)を用い、比較例としてPGAIC(PGA/HDP)およびHDPBを用いた。表3に示す結果のとおり、PACICには、PGAICと同等の抗真菌性が認められた。
【0090】
【表3】
【0091】
実施例3: PACIC(PAC/CP)の製造
1.5w/v%の炭酸ナトリウム水溶液に対して、2.0w/v%になるように粘度平均分子量45万のPAC(アルドリッチ社製)を(1.0g)加え、常温で2時間混合し、PAC中和液を作製した。当該中和液に含まれるPACの総カルボキシ基と等モルの塩化セチルピリジニウム(以下、「CPC」と略記する)(5.0g)を蒸留水(47.8mL)に加えて得られた溶液をPAC中和液に添加し、60℃で1時間静置し、不溶性の沈殿を生成した。生成した沈殿を遠心分離した後、上清液を除去し、蒸留水で洗浄し、3回濾過した。得られた沈殿物を24時間減圧乾燥した。本製造法で得られたPACIC(PAC/CP)は、収率100%であった。
【0092】
実施例4: PACIC(PAC/BA)の製造
1.5w/v%の炭酸ナトリウム水溶液に対して、2.0w/v%になるように、粘度平均分子量45万のPAC(アルドリッチ社製)を(1.0g)加え、常温で2時間混合し、PAC中和液を作製した。当該中和液に含まれるPACの総カルボキシ基と等モルの塩化ベンザルコニウム(以下、「BAC」と略記する)(5.1g)を蒸留水(47.8mL)に加えて得られた溶液をPAC中和液に添加し、60℃で1時間静置し、不溶性の沈殿を生成した。生成した沈殿を遠心分離した後、上清液を除去し、蒸留水で洗浄し、3回濾過した。得られた沈殿物を24時間減圧乾燥した。本製造法で得られたPACIC(PAC/BA)は、収率89%であった。
【0093】
実施例5: PACIC(PAC/LP)の製造
1.5w/v%の炭酸ナトリウム水溶液に対して、2.0w/v%になるように、粘度平均分子量45万のPAC(アルドリッチ社製)を(1.0g)加え、常温で2時間混合し、PAC中和液を作製した。当該中和液に含まれるPACの総カルボキシ基と等モルの塩化ラウリルピリジニウム(以下、「LPC」と略記する)(4.0g)を蒸留水(47.8mL)に加えて得られた溶液をPAC中和液に添加し、60℃で1時間静置し、不溶性の沈殿を生成した。生成した沈殿を遠心分離した後、上清液を除去し、蒸留水で洗浄し、3回濾過した。得られた沈殿物を24時間減圧乾燥した。本製造法で得られたPACIC(PAC/LP)は、収率100%であった。
【0094】
試験例5: 抗菌試験 − PACICの金属への接着性
PACICの金属への接着性を評価するため、ハローテストを行った。PACIC試験液として、実施例3,4,5で得られた各種のPACICを70%エタノールに0.1w/v%にて溶解した溶液を調製した。10mm角、厚さ1mmのステンレス片(SUS304)にPACIC試験液をスプレー瓶から3回噴霧した後、風乾して水洗浄前試験片とした。次に、噴霧後に乾燥したこれらのステンレス片を新鮮な滅菌蒸留水25mLに5分間浸して計3回洗浄した後、風乾して水洗浄後試験片とした。尚、対照の試験液として、実施例3,4,5で用いた第四級アンモニウム塩を70%エタノールに0.1w/v%にて溶解した溶液を用いた。
【0095】
Staphylococcus aureus NBRC13276の懸濁液をSoybean Casein Digest(SCD)液体培地中で37℃にて16時間液体培養した後、50℃に保温したSCD寒天培地に1000000cfu/mLとなるように添加し、菌体を含む固形培地を調製した。上記の各試験片を前記固形培地上に3枚ずつ置床し、37℃にて24時間培養した。各試験片の周囲に形成されたハロー幅を測定し、その平均値を算出した。結果を表4に示す。
【0096】
【表4】
【0097】
表4に示す結果のとおり、PACIC溶液を噴霧したステンレス片の周辺部には、噴霧後の水洗浄前のみならず、水洗浄後にも明瞭なハローが形成された。一方、第四級アンモニウム塩溶液を噴霧したステンレス片の周辺部には、水洗浄後にはハローは形成されなかった。これらの結果は、ステンレス片へのPACICの接着性が抗菌性と共に水洗浄後も維持されていることを示している。
【0098】
試験例6: 抗菌試験 −PACICのセラミックスへの接着性
PACICのセラミックスへの接着性を評価するため、ハローテストを行った。試験例5と同様に、10mm角、厚さ1mmのタイル片(陶磁器)にPACIC試験液をスプレー瓶から3回噴霧した後、風乾して水洗浄前試験片とした。次に、これらのタイル片を新鮮な滅菌蒸留水25mLに5分間浸して計3回洗浄した後、風乾して水洗浄後試験片とした。尚、対照の試験液として、実施例3,4,5で用いた第四級アンモニウム塩を70%エタノールに0.1w/v%にて溶解した溶液を用いた。
【0099】
試験例5と同様に、Staphylococcus aureus NBRC13276の菌体を含む固形培地を調製した。上記の各試験片を前記固形培地上に3枚ずつ置床し、37℃にて24時間培養した。各試験片の周囲に形成されたハロー幅を測定し、その平均値を算出した。結果を表5に示す。
【0100】
【表5】
【0101】
表5に示す結果のとおり、PACIC溶液を噴霧したタイル片の周辺部には、噴霧後の水洗浄前のみならず、水洗浄後にも明瞭なハローが形成された。一方、第四級アンモニウム溶液を噴霧したタイル片の周辺部には、水洗浄後にハローは形成されなかった。これらの結果は、タイル片へのPACICの接着性が抗菌性と共に水洗浄後も維持されていることを示している。
【0102】
試験例7: 抗菌試験 −PACICのポリプロピレン不織布への接着性
PACICのポリプロピレン不織布(PP不織布)への接着性を評価するため、ハローテストを行った。試験例5と同様に、直径10mmの円形に切り抜いたPP不織布にPACIC試験液をスプレー瓶から3回噴霧した後、風乾して水洗浄前試験サンプルとした。次に、これらのPP不織布を新鮮な滅菌蒸留水25mLに5分間浸して計3回洗浄した後、風乾して水洗浄後試験サンプルとした。尚、対照の試験液として、実施例3,4,5で用いた第四級アンモニウム塩を70%エタノールに0.1w/v%にて溶解した溶液を用いた。
【0103】
試験例5、6と同様に、Staphylococcus aureus NBRC13276の菌体を含む固形培地を調製した。各PP不織布サンプルを前記固形培地上に3枚ずつ置床し、37℃にて24時間培養した。各試験サンプルの周囲に形成されたハロー幅を測定し、その平均値を算出した。結果を表6に示す。
【0104】
【表6】
【0105】
表6に示す結果のとおり、PACIC溶液を噴霧したPP不織布の周辺部には、噴霧後の水洗浄前のみならず、水洗浄後にも明瞭なハローが形成された。一方、第四級アンモニウム溶液を噴霧したPP不織布の周辺部には、水洗浄後にハローは形成されなかった。これらの結果は、PP不織布へのPACICの接着性が抗菌性と共に水洗浄後も維持されていることを示している。