【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成する本発明は次の知見を基礎とするものである。
図1(a)に示すように、コンプトン散乱は、前述の如く、エネルギーE
0のγ線がターゲットT1に照射されることにより、γ線に対して角度Φの方向に飛び出す反跳電子E
eとともに、エネルギーが変化した散乱γ線として元のγ線が散乱される現象をいうが、かかる散乱は、所定の確率で複数回生起されることもある。
図1(a)では、2回散乱の態様を示している。この場合、エネルギーE
0のγ線がターゲットT1に照射されてエネルギーE
21の1回散乱γ線となり、さらに1回散乱γ線が同じターゲットT1で2回目の散乱を起こすことにより、エネルギーE
22の2回散乱γ線となっている。このときの各γ線のエネルギーE
0,E
21,E
22および1回散乱角θ
1、2回散乱角θ
2との関係は、次式(1)(2)で示される。
【0015】
【数1】
【0016】
ちなみに、エネルギーE
0のγ線がターゲットT1内で1回のみ散乱される場合の散乱角θ(=θ
1+θ
2)と散乱エネルギーE
1の関係は式(3)で示される。
【0017】
【数2】
【0018】
一般に、散乱回数が多くなるにつれ、信号強度が小さくなるので、散乱回数が増える程、
図16(c)に示す散乱γ線エネルギー分布特性上では散乱γ線信号が検出されにくくなる。しかも、多重散乱に基づく散乱γ線信号は、通常、
図16(c)に示す散乱γ線エネルギー分布特性上では1回散乱の場合の散乱γ線エネルギーよりも低エネルギー側に出現する。
【0019】
ところが、
図1(b)に示すように、γ線源1から検査対象物である配管3に照射するγ線のエネルギーE
0および散乱角θを適切に選び、かつ測定精度を上げることにより、検出器2ではエネルギーE
1の1回散乱の高エネルギー側に、エネルギーE
22の2回散乱のピークを観測できる。すなわち、例えば、E
0=320keVで散乱角θ=90°とすると、上式(3)よりE
1=197keV、上式(1)、(2)よりE
22=234keVとなる。
【0020】
ここで、2回の散乱により後方90°(=θ=θ
1+θ
2)に散乱されるための散乱角度として、1回目の散乱角θ
1=45°、2回目の散乱角θ
2=45°とした。
図1(c)は、1回散乱とともに2回散乱のピークが出現した散乱γ線エネルギー分布特性を示す特性図である。同図に示す特性図においては、エネルギーE
1の信号強度P1よりも小さいが、エネルギーE
1の1回散乱ピークよりも高エネルギー側でエネルギーE
22の2回散乱ピークを与える信号強度P2が観測されている。
【0021】
今回、2回散乱ピークを有するエネルギー分布特性を解析する中で、
図2(a)に示すように、検査対象物である配管3に減肉が発生していない場合と、
図2(c)に示すように、減肉部3Aを有する場合とでは、散乱γ線エネルギー分布特性に顕著な違いが存在することが分かった。すなわち、減肉が発生していない場合には、
図2(b)に示す散乱γ線エネルギー分布特性のように、予想通り、エネルギーE
1の1回散乱ピークの信号強度P1がエネルギーE
22の2回散乱ピークの信号強度P2よりも大きいが、減肉部3Aが大きくなるにつれ、エネルギーE
1の1回散乱ピークの信号強度P1とエネルギーE
22の2回散乱ピークの信号強度P2との差が縮まり、終には
図2(d)に示す散乱γ線エネルギー分布特性のように、エネルギーE
1の1回散乱ピークの信号強度P1よりもエネルギーE
22の2回散乱ピークの信号強度P2が大きくなるという逆転現象が生起されることが分かった。
【0022】
かかる逆転現象の発生原因は、次のように考えられる。
図3に示す1回散乱の場合において、γ線源を点線源でペンシルビームを放出するものとし、さらに散乱γ線の観測点も理想的な鉛コリメーターを設置して1点のみとすると、観測点における1回散乱ピークの信号強度は、一点(γ線進行軸と鉛コリメーター回転対称軸の交差点)のみの散乱情報を得ていることになる。このため、1回散乱ピークは、減肉等で鉄材質が存在しない領域においては、空気からの後方散乱となるため、散乱γ線は急激に減少する。一方、
図3に示す2回散乱の場合においては、理想的なコリメーターを設置したとしても、サンプル内での経路は無数に存在する。図中では、サンプル部分の垂直な線が経路の一部を表わしており、これはθ
1=θ
2=45°の場合に相当する。θ
1≠θ
2、θ=θ
1+θ
2(=90°)の場合の2回散乱を含めると経路は更に多くなる。ただし、この場合は2回散乱ピークのエネルギー位置が多少ずれるため、2回散乱ピークはブロードなものとなる。ここで、減肉等により、鉄サンプルの厚さが薄くなったとすると、
図3(b)に示すように減肉した領域に相当する部分(図中の灰色部分)については、2回散乱は起こらないが、減肉せず残っている領域については、依然として2回散乱が起こり得る領域となる。したがって、サンプル厚さ減少に伴う2回散乱の信号強度の低下は、1回散乱の信号強度低下に比べて緩やかなものになると考えられる。場合によっては、今回の例のように1回散乱ピークと2回散乱ピーク強度が逆転する現象が起こるものと考えられる。
【0023】
2回散乱ピークは、ノイズではないγ線信号の信号強度であることから、これをうまく利用することにより、新たな減肉検知手法に繋がる可能性がある。すなわち、1回散乱の信号強度の大小のみを見るのではなく、散乱γ線エネルギー分布特性を健全な場合のものと比較することで、配管等の減肉の発生、さらに一般的には検査対象物の状態を検出することができると考えられる。例えば、
図4に示すように1回散乱ピークと2回散乱ピークの信号強度比(P2/P1)をとり、この比が所定の閾値以上の場合に減肉が発生していると判断するという手法である。また、この比は配管の減肉量に応じて変化すると考えられるので、その変化量により減肉量を特定することもできる。
【0024】
この手法の利点としては、1回散乱ピーク、2回散乱ピークともに同じ線源および計測配置で測定を行っているため、信号強度比をとることにより、照射するγ線の線量が経時的に変化してもその影響を小さくして高精度の計測を行うことができる点が挙げられる。これは、例えば、健全なサンプルを用いて基準エネルギー分布特性を取得したときの照射γ線量に対し、実測時の照射γ線量が変化していたとしても、その変化の影響をキャンセルすることができるので、非常に有効である。
【0025】
かかる知見を基礎とする本発明の第1の態様は、X線またはγ線(以下、両者をまとめてγ線という)を検査対象物に照射して前記検査対象物におけるコンプトン散乱に基づく1回散乱γ線のエネルギーおよび前記1回散乱γ線よりも高エネルギー側に出現する2回散乱γ線のエネルギーを含み、かつ各前記散乱γ線エネルギーに対する信号強度を表す散乱γ線エネルギー分布特性を検出する第1の工程と、前記散乱γ線エネルギー分布特性に基づき前記1回散乱γ線のピークと、前記2回散乱γ線のピークとを比較することにより前記検査対象物における減肉の有無を検出する第2の工程とを有することを特徴とする非破壊検査方法にある。
【0026】
本態様によれば、配管の減肉等、検査対象物の状態によってコンプトン散乱の1回散乱ピークよりも2回散乱ピークが大きくなる場合があるという知見に基づき、コンプトン散乱の1回散乱ピークと2回散乱ピークとを比較することにより、検出対象物における減肉の有無を検出しているので、かかる検出を含む所定の非破壊検査を簡便かつ高精度なものとすることができる。
【0027】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載する非破壊検査方法において、前記コンプトン散乱は、コンプトン後方散乱であることを特徴とする非破壊検査方法にある。
【0028】
本態様によれば、コンプトン後方散乱に起因して散乱された散乱γ線を検出して検査対象物の減肉等の状態を検出しているので、検査対象物に対して散乱γ線の検出をγ線の照射側と同じ側で行うことができる。この結果、検出器等の機器配置の自由度が大きく効率的な非破壊検査を実現し得る。
【0029】
本発明の第3の態様は、第1または第2の態様に記載する非破壊検査方法において、前記検査対象物が前記γ線の照射方向に伸びる直線に前記γ線源側で交差する第1の壁部材および前記γ線源の反対側で前記直線に交差する第2の壁部材を有する場合であって、前記第2の壁部材に向けて前記γ線を照射する場合において、主として前記第2の壁部材からの散乱γ線に基づく1回散乱γ線のピークと、主として前記第1の壁部材からの散乱γ線に基づく2回散乱γ線のピークの両者に基づき、前記第1の壁部材の減肉の有無と、前記第2の壁部材における減肉の有無とを検出することを特徴とする非破壊検査方法にある。
【0030】
本態様によれば、例えば配管の場合におけるγ線側の肉厚部における減肉の有無と、γ線源側の反対側の肉厚部における減肉の有無とを同時に検出することができる。
【0031】
本発明の第4の態様は、第1〜第3の態様のいずれか一つに記載する非破壊検査方法において、前記検査対象物が前記γ線の照射方向に伸びる直線に前記γ線源側で交差する第1の壁部材および前記γ線源の反対側で前記直線に交差する第2の壁部材を有する場合であって、前記第2の壁部材に向けて前記γ線を照射する場合において、前記散乱γ線信号のうち、前記第1の壁部材からの散乱γ線に基づく部分が除去されるとともに、前記第2の壁部材からの散乱γ線に基づく部分が選択されるように前記γ線源からγ線が照射された時点を基準として前記散乱γ線信号の時間軸に沿う成分の一部の領域を除去した散乱γ線信号に基づき前記第2の壁部材における減肉の有無を検出することを特徴とする非破壊検査方法にある。
【0032】
本態様によれば、例えば配管の場合におけるγ線源側の反対側の肉厚部における減肉の有無を良好に検出することができる。
【0033】
本発明の第5の態様は、第4の態様に記載する非破壊検査方法において、前記γ線源は、陽電子の消滅に伴う一対のγ線を利用するとともに前記一対のγ線をコリメートして使用し、さらに前記陽電子の消滅に伴うγ線が検出されるまでの光路長を、前記γ線源から照射され前記第2の壁部材を経た前記散乱γ線が検出されるまでの光路長に対して調整することにより前記散乱γ線信号の所定の一部を選択することを特徴とする非破壊検査方法にある。
【0034】
本態様によれば、第2の壁部材における所定の情報を容易かつ適切に選択し得る。
【0035】
本発明の第6の態様は、第4の態様に記載する非破壊検査方法において、前記γ線源から照射するγ線は、レーザー光と電子線との衝突に伴う相互作用により発生させる一方、前記γ線源の手前で前記レーザー光の一部を分岐し、分岐したレーザー光が検出されるまでの光路長を、前記γ線源から照射され前記第2の壁部材を経た前記散乱γ線が検出されるまでの光路長に対して調整することにより前記散乱γ線信号の所定の一部を選択することを特徴とする非破壊検査方法にある。
【0036】
本態様によれば、第2の壁部材における所定の情報を容易かつ適切に選択し得る。ここで、レーザー光が検出されるまでの光路長はサブミクロン〜ミクロンオーダーで調整することができるので、mmオーダーの減肉部であっても容易かつ高精度に検出し得る。
【0037】
本発明の第7の態様は、第1〜第6の態様のいずれか一つに記載する非破壊検査方法において、前記1回散乱γ線ピークの信号強度P1と前記2回散乱γ線ピークの信号強度P2の比(P2/P1)をとり、この比(P2/P1)が所定の閾値以上の場合に減肉が発生していると判断することを特徴とする非破壊検査方法にある。
【0038】
本発明の第8の態様は、検査対象物に向けてγ線を照射するγ線源と、前記照射により検査対象物においてコンプトン散乱に起因して散乱された散乱γ線を検出する検出器とを有する非破壊検査装置において、前記散乱γ線エネルギーに対する前記散乱γ線信号の信号強度を表し、かつ1回散乱γ線のエネルギーおよび前記1回散乱γ線よりも高エネルギー側に出現する2回散乱γ線のエネルギーを含む散乱γ線エネルギー分布特性に基づき、前記1回散乱γ線の前記信号強度のピークである1回散乱γ線のピークと、前記2回散乱γ線の前記信号強度のピークである2回散乱γ線のピークとを比較することにより前記検査対象物における減肉の有無を検出するように前記検出器を構成したことを特徴とする非破壊検査装置にある。
【0039】
本態様によれば、配管の減肉等、検査対象物の状態によってコンプトン散乱の1回散乱ピークよりも2回散乱ピークが大きくなる場合があるという知見に基づき、コンプトン散乱の1回散乱ピークと2回散乱ピークとを比較することにより、検出対象物における減肉の有無を検出しているので、かかる検出を含む所定の非破壊検査を簡便かつ高精度なものとすることができる。
【0040】
本発明の第9の態様は、第8の態様に記載する非破壊検査装置において、前記コンプトン散乱は、コンプトン後方散乱であることを特徴とする非破壊検査装置にある。
【0041】
本態様によれば、コンプトン後方散乱に起因して散乱された散乱γ線を検出して検査対象物の減肉等の状態を検出しているので、検査対象物に対して散乱γ線の検出をγ線の照射側と同じ側で行うことができる。この結果、検出器等の機器配置の自由度が大きく効率的な非破壊検査を実現し得る。
【0042】
本発明の第10の態様は、第8または第9の態様に記載する非破壊検査装置において、前記γ線の照射方向に伸びる直線に前記γ線源側で交差する第1の壁部材および前記γ線源の反対側で前記直線に交差する第2の壁部材を有する前記検査対象物の前記第2の壁部材に向けて前記γ線を照射することにより前記第2の壁部材の減肉を検出する場合において、主として前記第2の壁部材からの散乱γ線に基づく1回散乱γ線のピークと、主として前記第1の壁部材からの散乱γ線に基づく2回散乱γ線のピークの両者に基づき、前記第1の壁部材の減肉の有無と、前記第2の壁部材における減肉の有無とを検出するように前記検出器を構成したことを特徴とする非破壊検査装置にある。
【0043】
本態様によれば、例えば配管の場合におけるγ線側の肉厚部における減肉の有無と、γ線源側の反対側の肉厚部における減肉の有無とを同時に検出することができる。
【0044】
本発明の第11の態様は、第8〜第10の態様のいずれか一つに記載する非破壊検査装置において、前記γ線の照射方向に伸びる直線に前記γ線源側で交差する第1の壁部材および前記γ線源の反対側で前記直線に交差する第2の壁部材を有する前記検査対象物の前記第2の壁部材に向けて前記γ線を照射することにより前記第2の壁部材の減肉を検出する場合において、前記散乱γ線信号のうち、前記第1の壁部材からの散乱γ線に基づく部分が除去されるとともに、前記第2の壁部材からの散乱γ線に基づく部分が選択されるように前記γ線源からγ線が照射された時点を基準として前記散乱γ線信号の時間軸に沿う成分の一部の領域を除去した散乱γ線信号に基づき前記第2の壁部材における減肉の有無を検出するように前記検出器を構成したことを特徴とする非破壊検査装置にある。
【0045】
本態様によれば、例えば配管の場合におけるγ線源側の反対側の肉厚部における減肉の有無を良好に検出することができる。
【0046】
本発明の第12の態様は、第11の態様に記載する非破壊検査装置において、陽電子の消滅に伴う一対のγ線の一方を利用したγ線源と、前記一方のγ線の照射と同時に反対方向に照射される他方のγ線をコリメートして検出するトリガー用検出器を有するとともに、前記陽電子の消滅に伴うγ線が前記トリガー用検出器で検出されるまでの光路長を、前記γ線源から照射され前記第2の壁部材を経た前記散乱γ線が検出されるまでの光路長に対して調整することにより前記トリガー用検出器が前記陽電子の消滅に伴うγ線を検出した時点で生成されるトリガー信号で前記散乱γ線信号の所定の一部を前記検出器に取り込むように構成したことを特徴とする非破壊検査装置にある。
【0047】
本態様によれば、第2の壁部材における所定の情報を容易かつ適切に選択し得る。
【0048】
本発明の第13の態様は、第11の態様に記載する非破壊検査装置において、前記γ線源は、レーザー光と電子線との衝突に伴う相互作用によりγ線を発生させるものとし、前記γ線源の手前で前記レーザー光の一部を分岐する分岐手段を有し、前記分岐手段で分岐したレーザー光が検出されるまでの光路長を、前記γ線源から照射され前記第2の壁部材を経た前記散乱γ線が検出されるまでの光路長に対して調整することにより前記散乱γ線信号の所定の一部を前記検出器に取り込むように構成したことを特徴とする非破壊検査装置にある。
【0049】
本態様によれば、第2の壁部材における所定の情報を容易かつ適切に選択し得る。ここで、レーザー光が検出されるまでの光路長はサブミクロン〜ミクロンオーダーで調整することができるので、mmオーダーの減肉部であっても容易かつ高精度に検出し得る。
【0050】
本発明の第14の態様は、第8〜第13の態様のいずれか一つに記載する非破壊検査装置において、前記検出器は、前記1回散乱γ線ピークの信号強度P1と前記2回散乱γ線ピークの信号強度P2の比(P2/P1)をとり、この比(P2/P1)が所定の閾値以上の場合に減肉が発生していると判断するように構成したことを特徴とする非破壊検査装置にある。
【0051】
本態様によれば、照射するγ線の線量が経時的に変化してもその影響を除去して高精度の非破壊検査の実現に資することができる。