(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6500397
(24)【登録日】2019年3月29日
(45)【発行日】2019年4月17日
(54)【発明の名称】N型糖鎖が付加している部位又はその割合の測定方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/34 20060101AFI20190408BHJP
C12Q 1/37 20060101ALI20190408BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20190408BHJP
C12N 9/80 20060101ALI20190408BHJP
C07K 14/57 20060101ALN20190408BHJP
【FI】
C12Q1/34ZNA
C12Q1/37
G01N33/68
C12N9/80
!C07K14/57
【請求項の数】9
【全頁数】26
(21)【出願番号】特願2014-231296(P2014-231296)
(22)【出願日】2014年11月14日
(65)【公開番号】特開2015-142555(P2015-142555A)
(43)【公開日】2015年8月6日
【審査請求日】2017年10月19日
(31)【優先権主張番号】特願2013-267826(P2013-267826)
(32)【優先日】2013年12月25日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】仲田 大輔
【審査官】
坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2012/036094(WO,A1)
【文献】
特開2006−061019(JP,A)
【文献】
特表2006−517664(JP,A)
【文献】
国際公開第2008/001888(WO,A1)
【文献】
Molecular and Cellular Proteomics,2011年,Vol.10, No.8,M110.006833,DOI:10.1074/mcp.M110.006833
【文献】
PLoS ONE,2009年,Vol.4, No.5,e5434
【文献】
Journal of Chromatography B,2013年 4月,Vol.923-924,p.16-21
【文献】
The Journal of Biological Chemistry,1990年,Vol.265, No.18,p.10373-10382
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/34
C12N 9/80
C12Q 1/37
G01N 33/68
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/WPIDS/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖タンパク質において、N型糖鎖が付加している部位及び付加していない部位を検出する方法であって、
(A)N型糖鎖修飾された糖タンパク質からN型糖鎖を除去すると共に、N型糖鎖が付加していたアスパラギン残基をアスパラギン酸残基に変化させる工程、
(B)工程(A)で得られた糖タンパク質を、アスパラギン残基またはアスパラギン酸残基特異的に加水分解してペプチド断片化する工程、
(C)工程(B)で得られたペプチド断片を検出する工程、並びに
(D)当初のN型糖鎖修飾された糖タンパク質と同じアミノ酸配列を有するが糖鎖を有しないタンパク質を工程(B)と同様に加水分解して得られるペプチド断片と比べて、
・工程(C)で検出されたペプチド断片中には異なるペプチド断片が存在し、かつその異なるペプチド断片がN型糖鎖修飾可能部位又はそれに隣接するアミノ酸残基を含んでいると推定される場合には、そのN型糖鎖修飾可能部位に糖鎖が付加していたと判定する、及び
・工程(C)で検出されたペプチド断片中には同一のペプチド断片が存在し、かつその同一のペプチド断片がN型糖鎖修飾可能部位を含んでいると推定される場合には、そのN型糖鎖修飾可能部位に糖鎖が付加していなかったと判定する
工程、
をこの順序で含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
工程(A)が、デアミダーゼ活性を有するペプチドNグリカナーゼ酵素を用いて行うものである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
デアミダーゼ活性を有するペプチドNグリカナーゼ酵素が、ペプチドNグリカナーゼ酵素FまたはペプチドNグリカナーゼ酵素Aである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
工程(B)が、アスパラギン酸残基を特異的に認識して働くエンド型ペプチド分解酵素を用いて行うものである請求項1〜3いずれかに記載の方法。
【請求項5】
アスパラギン酸残基を特異的に認識して働くエンド型ペプチド分解酵素が、Asp−NまたはGlu−Cである請求項4に記載の方法。
【請求項6】
工程(C)が、質量分析計を使用して検出するものである、請求項1〜5いずれかに記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜6いずれかに記載の方法により、糖タンパク質にN型糖鎖が付加している部位及び付加していない部位を検出し、検出の際のシグナル強度からN型糖鎖が付加している割合を測定する方法。
【請求項8】
複数の試料に対して、請求項1〜7いずれかに記載の方法によりN型糖鎖が付加している部位又は付加の割合を測定し、その結果を比較することを特徴とする、N型糖鎖が付加している部位又は付加の割合が変化する糖タンパク質を検出する方法。
【請求項9】
請求項1〜7いずれかに記載の方法によって、医薬品中の糖タンパク質においてN型糖鎖が付加している部位又は付加の割合を測定する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖タンパク質において、N型糖鎖が結合している部位又はその割合の測定方法に関するものである。より詳しくは、糖タンパク質のN型糖鎖修飾可能部位において、実際にN型糖鎖が付加している部位を検出する方法に関するものである。また糖タンパク質のあるN型糖鎖修飾可能部位において、その部位におけるN型糖鎖の付加状態が分子によって異なる場合、即ち不均一である場合に、その部位におけるN型糖鎖の付加の程度を測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖タンパク質のN型糖鎖が結合する部位は、遺伝的にコードされたアミノ酸配列から予測することが可能であり、そのアミノ酸をN型糖鎖修飾可能部位と呼ぶ。即ち、AsnXaaSer又はAsnXaaThr(Xaaはプロリン以外のアミノ酸を示す。以下、両者を併せて“NXS/T”と表記する)という3アミノ酸の配列の最初のアスパラギン残基(以下“Asn残基”と表記する)がN型糖鎖修飾可能部位であり、分泌タンパク質や膜タンパク質のようにER移行シグナル配列を持つタンパク質がこの部位を持つ場合、N型糖鎖修飾を受けている可能性がある。しかしながら、糖タンパク質の全てのN型糖鎖修飾可能部位にN型糖鎖が付加しているわけではなく、また同一の糖タンパク質の同一のN型糖鎖修飾可能部位であっても、分子によってN型糖鎖の付加の状態(有無)は異なり、N型糖鎖付加状態はタンパク質の立体構造や、発現する細胞種などに依存していると考えられている。
【0003】
これまでに、N型糖鎖修飾可能部位に実際にN型糖鎖が付加している部位(以下“被N型糖鎖修飾部位”と表記する場合もある)を調べる方法は複数報告されており、様々な糖タンパク質の被N型糖鎖修飾部位が決定されている。
【0004】
非特許文献1では、HIVの構造タンパク質であるgp120の2次構造を決定する中で、N型糖鎖修飾可能部位におけるN型糖鎖修飾および結合しているN型糖鎖の構造の推定を行っている。その方法は、還元アルキル化したgp120糖タンパク質を、デアミダーゼ活性を有するペプチドNグリカナーゼ F(以下、PNGase Fとする)またはエンド型ペプチド分解酵素の1つであるEndoHによって脱糖鎖処理し、さらにトリプシン、Asp−N等で消化して、逆相クロマトグラフィーにより分離して得られたクロマトグラムを、脱糖鎖していない糖タンパク質をトリプシン、Asp−N等で消化して得られたクロマトグラムと比較し、溶出時間が長くなったペプチドは、付加していたN型糖鎖が除去されたと判断する、即ちそのペプチドにはN型糖鎖が付加していたと判断する方法である。しかしながら非特許文献1には、gp120糖タンパク質と同じアミノ酸配列を有するが糖鎖を有しないタンパク質をAsp−N等で消化し、得られたペプチド断片と比較することについては開示・示唆されていない。
【0005】
また非特許文献2では、糖タンパク質を断片化した後に、レクチンによって糖鎖修飾ペプチドを回収し、PNGase Fで脱糖鎖処理を行い、LC/MSで測定している。しかしながら、糖タンパク質をAsn残基又はアスパラキン酸残基(以下、Asp残基とする)特異的に加水分解することについては、何ら開示・示唆はない。
【0006】
また非特許文献3では、実際にN型糖鎖が付加している部位を決定する方法として、デアミダーゼ活性を有するPNGaseFで糖タンパク質を脱糖鎖処理する際に、Asn残基のアミノ基が除去され、その結果、Asp残基に変化することを利用した方法が示されている。具体的には、糖タンパク質をPNGase Fにより脱N型糖鎖処理し、続いてトリプシンなどのペプチド分解酵素によって断片化したペプチド断片が、N型糖鎖修飾可能部位を含み、かつ、その部位にN型糖鎖が結合していた場合には、その断片の質量が理論値よりも1ダルトン増加することを指標に決定するという方法である。しかしながら、非特許文献3の方法は、Asn残基又はAsp残基を特異的に加水分解する酵素は使用していない。またこの方法は、N型糖鎖修飾可能部位におけるN型糖鎖付加状態が均一の場合には、実際にN型糖鎖が付加している部位を決定するのに有効な方法である。しかしながら、N型糖鎖修飾が不均一な場合には、得られるペプチド断片が当初のAsn残基を有する場合と、Asp残基に変化した場合の、質量が1ダルトン違いの2つの断片が検出されることになる。実際の測定では、天然の同位体元素の影響を考慮する必要があり、1ダルトン違いの2つの質量が検出された場合、天然の同位体元素による質量の差なのか、Asn残基とAsp残基の質量差に由来する1ダルトン違いであるのかを明確に判別することは非常に困難である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】J. Biol. Chem. 1990、265、10373−10382
【非特許文献2】Nat. Biotechnol.2003、21、667−672
【非特許文献3】J.of General Virology、2010、91、2463−2473
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、糖タンパク質上のN型糖鎖が結合している部位を決定する手法を提供することにあり、さらには、分子によって糖鎖付加状態が不均一であっても、その付加状態を検出することが可能な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は上記課題について鋭意検討した結果、本発明に到達した。即ち本発明は、以下の通りである。
(1)糖タンパク質において、N型糖鎖が付加している部位及び/又は付加していない部位を検出する方法であって、
(A)N型糖鎖修飾された糖タンパク質からN型糖鎖を除去すると共に、N型糖鎖が付加していたアスパラギン残基をアスパラギン酸残基に変化させる工程、
(B)工程(A)で得られた糖タンパク質を、アスパラギン残基またはアスパラギン酸残基特異的に加水分解してペプチド断片化する工程、
(C)工程(B)で得られたペプチド断片を検出する工程、並びに
(D)当初のN型糖鎖修飾された糖タンパク質と同じアミノ酸配列を有するが糖鎖を有しないタンパク質を工程(B)と同様に加水分解して得られるペプチド断片と比べて、
・工程(C)で検出されたペプチド断片中には異なるペプチド断片が存在し、かつその異なるペプチド断片がN型糖鎖修飾可能部位又はそれに隣接するアミノ酸残基を含んでいると推定される場合には、そのN型糖鎖修飾可能部位に糖鎖が付加していたと判定する、及び/又は
・工程(C)で検出されたペプチド断片中には同一のペプチド断片が存在し、かつその同一のペプチド断片がN型糖鎖修飾可能部位を含んでいると推定される場合には、そのN型糖鎖修飾可能部位に糖鎖が付加していなかったと判定する
工程、
を含むことを特徴とする方法。
(2)工程(A)が、デアミダーゼ活性を有するペプチドNグリカナーゼ酵素を用いて行うものである、(1)に記載の方法。
(3)デアミダーゼ活性を有するペプチドNグリカナーゼ酵素が、ペプチドNグリカナーゼ酵素FまたはペプチドNグリカナーゼ酵素Aである、(2)に記載の方法。
(4)工程(B)が、アスパラギン酸残基を特異的に認識して働くエンド型ペプチド分解酵素を用いて行うものである(1)〜(3)いずれかに記載の方法。
(5)アスパラギン酸残基を特異的に認識して働くエンド型ペプチド分解酵素が、Asp−NまたはGlu−Cである(4)に記載の方法。
(6)工程(C)が、質量分析計を使用して検出するものである、(1)〜(5)いずれかに記載の方法。
(7)上述の(1)〜(6)いずれかに記載の方法により、糖タンパク質にN型糖鎖が付加している部位を検出し、検出の際のシグナル強度からN型糖鎖が付加している割合を測定する方法。
(8)複数の試料に対して、(1)〜(7)いずれかに記載の方法によりN型糖鎖が付加している部位又は付加の割合を測定し、その結果を比較することを特徴とする、N型糖鎖が付加している部位又は付加の割合が変化する糖タンパク質を検出する方法。
(9)上述の(8)の方法により検出された糖タンパク質であり、かつ疾患患者から得られた試料では、健常人から得られた試料と比べてN型糖鎖が付加している部位又は付加の割合が異なることを特徴とする糖タンパク質。
(10)試料中の上述の(9)に記載の糖タンパク質において、N型糖鎖が付加している部位又は付加の割合を測定することを特徴とする、疾患の検出方法。
(11)上述の(1)〜(7)いずれかに記載の方法によって、医薬品中の糖タンパク質においてN型糖鎖が付加している部位又は付加の割合を測定する方法。
【0010】
以下に本発明を更に詳細に説明する。はじめに、糖タンパク質において実際にN型糖鎖が付加している部位を検出する方法について説明する。
【0011】
本発明において、対象となる糖タンパク質としては特に限定されるものではない。糖タンパク質のジスルフィド結合は工程(A)に先立って、還元されていることが好ましく、還元され露出されたチオール基は、工程(B)のペプチド断片化処理前にアルキル化などの保護処理をされたものであることが好ましい。本発明において、試料としては特に限定はないが、電気泳動やカラム操作等の結果、他の糖タンパク質から分離された状態であることが好ましい。また、糖タンパク質を含有する医薬品も試料とすることができる。なお、対象とする糖タンパク質が試料中で他の糖タンパク質との混合状態にある場合には、そのまま工程(A)を行い、次いで工程(B)のペプチド断片化処理前、即ち工程(A)と工程(B)の間に、電気泳動やカラム操作等を行い、他のタンパク質から分離した後、対象とするタンパク質に対して工程(B)を行うことも好ましい方法である。
【0012】
本発明において、工程(A)で、N型糖鎖修飾された糖タンパク質からN型糖鎖を除去すると共に、N型糖鎖が付加していたAsn残基をAsp残基に変化させる。これは、糖タンパク質からN型糖鎖を除去する際に、N型糖鎖が結合していたAsn残基に由来するアミノ基をも除去することを意味する。その結果、Asn残基はAsp残基に変化するというものである。この工程(A)を行う方法としては特に限定されないが、好ましくはデアミダーゼ活性を有するペプチドNグリカナーゼ酵素を使用する方法が挙げられる。デアミダーゼ活性をもつペプチドNグリカナーゼ酵素は、N型糖鎖が結合していたAsn残基から、N型糖鎖を除去する際に、N型糖鎖に直接結合していたアミノ基をも除去する作用が有り、結果的にN型糖鎖が結合していたAsn残基はAsp残基へと変化する。デアミダーゼ活性をもつペプチドNグリカナーゼ酵素としては特に限定されないが、PNGase F、ペプチドNグリカナーゼA等が挙げられ、最も好ましくはPNGase Fである。
【0013】
次に工程(B)では、工程(A)で得られた糖タンパク質をAsn残基またはAsp残基特異的に加水分解し、ペプチド断片化する。この時、N型糖鎖が結合していたN型糖鎖修飾可能部位では、当初のアミノ酸残基であるAsn残基からAsp残基に変化しているため、Asn残基またはAsp残基特異的に加水分解することにより、当初の糖タンパク質と同じアミノ酸配列を有するが糖鎖を有しないタンパク質を同様に加水分解して得られるペプチド断片と比較して、異なるペプチド断片が生じることになる。Asn残基又はAsp残基特異的に加水分解する方法としては特に限定されないが、好ましくはAsn残基又はAsp残基を特異的に認識して働くエンド型ペプチド分解酵素による加水分解である。特に、Asp残基を特異的に認識して働くエンド型ペプチド分解酵素による加水分解が好ましく、Asp−NやGlu−C等が用いられる。
【0014】
工程(B)では、その後の分析を容易にするために、更に異なる特異性を有するエンド型ペプチド分解酵素を1つ以上用いて処理をしてもよい。ここで使用する酵素の種類は、分析するタンパク質もしくはペプチドの配列情報に基づいて決定すればよく、Asp残基、Asn残基を認識する酵素以外であることが好ましい。このエンド型ペプチド分解酵素としては、特に限定されないが、具体的にはトリプシン、キモトリプシン、Lys−C、Arg−Cなどが挙げられる。このような酵素で処理することにより、より短いペプチド断片が得られるようになり、次の工程(C)で検出が容易となる場合がある。
【0015】
工程(C)では、工程(B)で得られたペプチド断片を検出する。その方法としては、特に限定はされないが、質量によって検出することが好ましく、具体的には質量分析計によって、生成したペプチド断片の質量を測定する方法が望ましい。この場合、その質量からペプチド断片を構成するアミノ酸を推定することができ、また、糖タンパク質のアミノ酸配列が公知であれば、その配列のどこに由来するペプチドであるかを推定することもできる。また、ここで検出された特定の質量を有するペプチド断片に対して、さらにイオン化してアミノ酸組成を分析する方法によってペプチド配列を同定する手法であるタンデム質量分析法を行うことにより、エンド型ペプチド分解酵素によって断片化されたペプチドのアミノ酸配列を決定してペプチド断片を同定することも可能である。
【0016】
工程(D)では、当初のN型糖鎖修飾された糖タンパク質と同じアミノ酸配列を有するが糖鎖を有しないタンパク質を工程(B)と同様に加水分解処理して得られるペプチド断片(I)と比較して、工程(C)で検出されたペプチド断片(II)には異なる断片が存在し、かつその異なるペプチド断片がN型糖鎖修飾可能部位又はそれに隣接するアミノ酸残基を含んでいると推定される場合には、そのN型糖鎖修飾可能部位に糖鎖が付加していたと判定する。及び/又は、当初のN型糖鎖修飾された糖タンパク質と同じアミノ酸配列を有するが糖鎖を有しないタンパク質を工程(B)と同様に加水分解処理して得られるペプチド断片(I)と比較して、工程(C)で検出されたペプチド断片(II)には同一の断片が存在し、かつその同一のペプチド断片がN型糖鎖修飾可能部位を含んでいると推定される場合には、そのN型糖鎖修飾可能部位に糖鎖が付加していなかったと判定する。
【0017】
このとき、当初のN型糖鎖修飾された糖タンパク質と同じアミノ酸配列を有するが糖鎖を有しないタンパク質とは、その糖タンパク質の遺伝子配列から推定されるアミノ酸配列ということもでき、これは糖鎖を有しないものである。そのようなタンパク質を工程(B)と同様に加水分解して得られるペプチド断片(I)と比べるとは、実際に工程(B)と同様に加水分解を行い、得られたペプチド断片と比較してもよいが、そのようなタンパク質のアミノ酸配列が公知であれば、その配列から加水分解される箇所を推定し、得られるペプチド断片を推定してそれと比較してもよい。
【0018】
以上説明した本発明の方法について、
図1にその概要を示す。
図1では、説明の簡略化のために、工程(A)でPNGase Fを、工程(B)でAsp−Nを用いた場合を例にして示した。なお
図1の配列で、Xはプロリン以外のアミノ酸を示す。まず、N型糖鎖修飾された糖タンパク質(当初の配列)は、2ヶ所のN型糖鎖修飾可能部位を有するが、そのうち1ヶ所のみ糖鎖が付加している。これを工程(A):PNGase Fで処理すると、N型糖鎖が除去されると共に、糖鎖が付加していたAsnはAspに変化するが、糖鎖が付加していないAsnはAsnのまま残る。次いでこれを工程(B):Asp−Nで処理すると、PNGase F処理によってAsnがAspに変化した部分と当初から存在していたAspのN末端側でAsp−N酵素による切断がおきる。その結果、4つのペプチド断片(pepA,pepB,pepC’,pep(D+E))[へプチド断片(II)に相当]が検出される。一方、当初のN型糖鎖修飾された糖タンパク質と同じアミノ酸配列を有するが糖鎖を有しないタンパク質をAsn−Nで処理した場合には、3つのペプチド断片(pepA,pep(B+C),pep(D+E))[ペプチド断片(I)に相当]が検出される。この両者を比較して、ペプチド断片(II)に相当するものには異なる断片(pepB,pepC’)が存在し、かつその異なるペプチド断片がN型糖鎖修飾可能部位又はそれに隣接するアミノ酸残基を含んでいるとペプチド断片の質量から推定されるため、そのN型糖鎖修飾可能部位にN型糖鎖が付加していたと判定する。
【0019】
また本発明の方法によれば、あるN型糖鎖修飾可能部位においてN型糖鎖付加状態が不均一であっても、N型糖鎖が付加していたN型糖鎖修飾可能部位に由来するペプチド断片と、N型糖鎖が付加していなかったN型糖鎖修飾可能部位に由来するペプチド断片とを、明確に区別することが可能である。そのため、検出対象の糖タンパク質のN型糖鎖付加状態が均一でなくても、N型糖鎖が付加していた部位を検出することができる。
【0020】
また本発明では、上述の方法により糖タンパク質にN型糖鎖が付加している部位を検出し、そのシグナル強度からN型糖鎖が付加している割合を測定することもできる。
【0021】
また複数の試料に対して、上述のようなN型糖鎖が付加している部位または付加の割合を測定し、その結果を比較することにより、N型糖鎖が付加している部位または付加の割合が変化する糖タンパク質を検出することができる。
【0022】
そしてこのようなN型糖鎖が付加している部位又は付加の割合が変化する糖タンパク質であって、疾患患者から得られた試料と健常人から得られた試料ではN型糖鎖が付加している部位又は付加の割合が異なるものは、疾患を検出する上で重要な情報である疾患マーカーとなりうる。このような疾患マーカーを発見する方法としては、
図9に例示したような方法が挙げられる。
図9では、試料に対してまず工程(A)としてPNGase F処理を行う。その後、タンパク質を2次元電気泳動で分離し、分析対象とするタンパク質を抽出する(ここでは分析タンパク質#1〜4)。その後、各分析タンパク質に対して工程(B)としてAsp−N消化を行う。そして得られたペプチド断片に対して工程(C)で質量分析を行うことによりペプチド断片を検出し、次いで工程(D)で分析タンパク質のN型糖鎖修飾可能部位の糖鎖の付加の有無を判定する。このとき、工程(C)(D)では、タンパク質データベースの情報に基づき分析タンパク質の同定やN型糖鎖修飾可能部位を含むペプチド断片の探索が行われる。最終的に、各分析タンパク質の各糖鎖修飾可能部位での糖鎖付加率を求める。なお工程(C)と工程(D)は、質量分析器の操作ソフトウェアーパッケージや、質量分析結果の解析ソフトウエアパッケージの機能として組み込むことも可能である。このような方法を疾患患者から得られた試料と健常人から得られた試料に対して行い、両者で差異がみられたものが疾患マーカーの候補となりうる。
【0023】
よって、試料中に存在するそのような疾患マーカーのN型糖鎖修飾可能部位において、実際にN型糖鎖が付加している部位又は付加の割合を測定することにより、疾患を検出することができる。このような疾患マーカーを検出する方法としては、特に限定されないが、前述のような質量分析計を使用した方法のほかに、ELISA法やウェスタンブロット法などに代表される免疫学的手法が一例として挙げられる。試料としては、血液、血清、血漿、尿などをあげることができる。
【0024】
また前述のような本発明の方法を用いることにより、医薬品中の糖タンパク質のN型糖鎖修飾可能部位において、N型糖鎖が付加している部位又は付加の割合を測定することができる。例えば、抗体医薬の主成分である抗体、インターフェロンβ、エリスロポエチンなどのように、糖タンパク質が主成分であって糖鎖の有無が薬効に影響を与える医薬品においては、タンパク質への糖鎖付加状態が均一であることが求められている。本発明の方法によれば、このような医薬品の品質管理などを行うこともできる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、N型糖鎖修飾可能部位において、N型糖鎖が実際に付加している部位を検出することができ、またN型糖鎖が付加している割合を測定することができる。また本発明によれば、N型糖鎖の付加が不均一であっても、このような検出・測定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図2】遺伝子配列情報から推定されるリボヌクレアーゼ 1(以下、RNase 1とする)のアミノ酸配列と、3カ所のN型糖鎖修飾可能部位を示した図である。
【
図3】CHO細胞で発現した組換え体ヒトRNase 1とそのPNGase F処理物のSDS−PAGEによる分離結果を示す図である。
【
図4】実施例1の質量分析の結果のうち、RNase 1由来のペプチド断片を抽出して示した図である。
【
図5】実施例1において、N型糖鎖修飾可能部位であるAsn34、Asn76、又はAsn88を含むペプチドに由来する断片の検出の有無を、RNase 1の全長配列の上に示した図である。
【
図6】実施例1における糖鎖修飾可能部位における糖鎖修飾の有無と、検出されるペプチドの関係を模式的に表した図である。
【
図7】実施例2の質量分析結果のうち、RNase 1由来のペプチド断片を抽出して示した図である。
【
図8】実施例2において、N型糖鎖修飾可能部位であるAsn34、Asn76、又はAsn88を含むペプチドに由来する断片の検出の有無を、RNase 1の全長配列の上に示した図である。
【
図10】実施例3において、大腸菌で発現したヒトインターフェロンガンマとそのPNGase F処理物のSDS−PAGEによる分離結果を示す図である。
【
図11】実施例3において、哺乳動物細胞CHO−K1細胞で発現したヒトインターフェロンガンマとそのPNGase F処理物のSDS−PAGEによる分離結果を示す図である。
【実施例】
【0027】
実施例1 Asp−N消化によるN型糖鎖付加部位の検出
分析に用いた組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1は、常法に従ってチャイニーズハムスター卵巣由来培養細胞株(以下、CHO−K1細胞)にヒト膵臓特異的RNase 1全長遺伝子(配列番号1)を導入し、培地中に分泌した組換えタンパク質をアフィニティー精製することで得られたものを使用した。詳しく説明すると、ヒト膵臓特異的RNase 1をコードする遺伝子配列(配列番号1)をpcDNA3.1−mycHisベクター(ライフテクノロジー社)に挿入した哺乳動物細胞用発現ベクターを作製した。作製した哺乳動物細胞用発現プラスミドは、CHO−K1細胞にLipofectamine 2000(ライフテクノロジー社)を用いて遺伝子導入し、培地中に分泌してきたヒト膵臓特異的RNase 1を抗RNase 1抗体を固定化したアフィニティーカラムを使用して、精製した。
【0028】
RNase 1は配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質であり、そのうちN型糖鎖が付加する可能性がある配列(NXS/T)は
図2の下線で示した3カ所あり、N型糖鎖は34、76、88番目のAsn残基(以下それぞれ“Asn34”,“Asn76”、“Asn88”と表記する)に結合可能である。使用したCHO細胞に発現した組換え体RNase 1は、国際公開第2013/187371号パンフレットに記載の方法により、Asn88における糖鎖の付加割合は全Asn88の8%であることを確認した。この試料においてN型糖鎖が実際に付加している部位、および全てのN型糖鎖修飾可能部位における糖鎖の付加程度を測定した。
【0029】
前述の組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1は、電気泳動上では
図3左レーン;PNGase F(−)に示した通り複数の分子量に分離された。
【0030】
一方、20μgの組換え体ヒト膵臓特異的RNase 1を還元変性した後に、PNGase F(New England Bio Labs社)で処理することにより、糖鎖を除去したものは、電気泳動上ではアミノ酸配列から推定される分子量とほぼ一致する15kDaのバンドとなる(
図3、右レーン;PNGase F(+))ことから、前述の複数の分子量はN型糖鎖修飾可能部位における糖鎖付加量の違いによるものであると確認できた。
【0031】
その後、SDS−PAGE法により分離した後に、PVDF膜に常法に従って転写した。転写されたPVDF膜は、超純水中で洗浄した後にクマジーブリリアントブルーR250を含む溶液によって染色され、糖鎖を除去された組換え体RNase 1に相当する部分を切り出し、質量分析のために処理を行った。切り出されたPVDF膜は、エンド型ペプチド分解酵素Asp−Nを含むトリスバッファー(pH8.0)に加え、37℃で20時間処理した。サンプル溶液は、ZipTip C18(ミリポア社)処理し、マトリクス溶液に溶出し、プレートにスポットした。自然乾燥後、MALDI−TOF MSを使用したペプチドマスフィンガープリント法による質量分析を実施した(Voyager−DE STR、アプライドバイオシステム社)。
【0032】
表1の左側に、遺伝子配列から推定されるRNase 1の配列(配列番号2)をAsp−Nで加水分解した際に生成するペプチド断片とその理論質量を示した。また表1の右側に、全てのN型糖鎖修飾可能部位に糖鎖が付加しているRNase 1から、PNGase FによってN型糖鎖を除去することにより、全てのN型糖鎖修飾可能部位のAsn残基、即ち34位、76位、88位のAsn残基がAsp残基に変化した配列(配列番号3)を、Asp−Nで加水分解した際に生成するペプチド断片とその理論質量を示す。理論質量は、全てのアミノ酸残基が化学的修飾を受けていないものとして計算した値を示した。またペプチド断片のうち、質量分析によってRNase 1由来のペプチド断片と帰属ができたものを検出の欄に○、帰属できなかったものを×と表記した。
【0033】
【表1】
【0034】
PNGase Fで糖鎖が除去された場合に、糖鎖が付加していたAsn残基は、PNGase Fのデアミダーゼ活性によってAsp残基に変化する。従って、PNGase Fで糖鎖が除去された糖タンパク質は、元々糖鎖が付加していたアミノ酸残基のN末端側でAsp−Nによって加水分解を受ける。一方、元々糖鎖が付加していなかったAsn残基ではAsp残基に変化することがなく、Asn残基のままであるため、Asp−Nによって加水分解を受けない。このように、N型糖鎖修飾可能部位は、糖鎖付加の有無によって断片化のされ方が異なる。
【0035】
表2に、表1に記載されたペプチド断片のうち、実際に検出されたペプチド断片の質量と、アミノ酸の修飾を考慮した時に推定されるアミノ酸配列を示した。
【0036】
【表2】
【0037】
図4に質量分析のスペクトルデータを示す。RNase 1に由来する複数のペプチド配列が検出された。図中、小枠内は、m/zが2000から3500の範囲を拡大した図であり、RNase 1由来のペプチドのうち、Asn76に隣接するペプチド断片(53−75)及びAsn76を含むペプチド断片(53−82)の質量(m/z:2663.1499、3433.4771)のピークにアミノ酸番号を記載した。
【0038】
図5に、RNase 1から生成されるペプチド断片のうち、N型糖鎖修飾可能部位を含む部分に関して、検出された断片と検出されなかった断片をRNase 1のペプチド配列上に図示した。実線が検出されたペプチド断片、破線が検出されなかったペプチド断片を示し、それぞれアミノ酸番号を線の下部に示した。
【0039】
表1に示すように、Asn34を含む配列に由来する断片では、糖鎖が結合していたことを示す断片16−33(DSSPSSSSTYCNQMMRRR)[配列番号9]及び34−52(DMTQGRCKPVNTFVHEPLV)[配列番号10]に相当する質量のペプチドが検出され、結合していなかったことを示す断片は検出されなかった。Asn76を含む配列に由来する断片では、糖鎖が結合していたことを示す断片のうち、53−75(DVQNVCFQEKVTCKNGQGNCYKS)[配列番号11]は検出されたものの、76−82(DSSMHIT)[配列番号12]は検出されなかった。また糖鎖が結合していなかったことを示す断片53−82(DVQNVCFQEKVTCKNGQGNCYKSNSSMHIT)[配列番号6]も検出された。Asn88を含む配列に由来する断片では、糖鎖が結合していたことを示す断片83−87(DCRLT)[配列番号13]のみが検出され、88−120(DGSRYPNCAYRTSPKERHIIVACEGSPYVPVHF)[配列番号14]は検出されなかった。また糖鎖が結合していなかったことを示す断片83−120(DCRLTNGSRYPNCAYRTSPKERHIIVACEGSPYVPVHF)[配列番号7]も検出されなかった。
【0040】
検出されなかった断片のうち、Asn88を含む断片であるアミノ酸番号88−120は、対となる糖鎖が結合していたことを示す断片83−87が検出されていることから、存在はしていたものの、比較的分子サイズが大きい分子であるため、測定機器の限界で検出されなかったと考えられる。この断片はアミノ酸の修飾を考慮しない場合の理論質量が3748.8111であり、この質量より大きい断片は測定機器の限界で検出されないと考えられる。よって、アミノ酸番号16−52(理論質量:4243.9675)、アミノ酸番号83−120(理論質量:4336.0960)に相当するペプチド断片は検出されなかったが、これらは理論質量がそれよりも大きい分子であり、もともと存在しなかったのか、又は存在はしていたものの測定機器の限界で検出できなかったのかは確認できなかった。なおアミノ酸番号76−82は、バックグラウンドが高い領域にあり検出されなかった。
【0041】
このように、Asn34、Asn76、Asn88は、それぞれ糖鎖が付加している分子が存在することが明らかとなった。また糖鎖が付加していない分子に関しては、Asn76に糖鎖が付加していない分子が存在することが明らかとなったが、Asn34とAsn88については確認できなかった。
【0042】
また
図3に示したように、CHO細胞に発現した組換え体RNase 1は糖鎖付加状態の異なる分子種が複数あることが示唆されていたが、上記の分析方法によって、糖鎖の付加状態の一部が明らかになった。即ち、RNase 1のAsn76を含む配列に由来するものとして2種類の異なる質量のペプチド断片が検出されたことから、
図6に示したように、N型糖鎖修飾可能部位Asn76においては、糖鎖が付加しているものと付加していないものの混合状態であることが質量分析によって確認できた。
【0043】
実施例2 Asp−NとLys−C処理したRNase 1の被N型糖鎖修飾部位の決定
実施例1で使用したCHO細胞で発現したRNase 1を、常法に従ってカルバミドメチル化した試料(カルバミドメチル化RNase 1)を分析試料とし、エンド型ペプチド分解酵素Asp−NとLys−Cでペプチドに断片化したものを質量分析計で分析した。以下に、分析手順を記載する。カルバミドメチル化RNase 1は、実施例1と同様にPNGase Fによって脱糖鎖処理した後、SDS−PAGE法により分離し、PVDF膜に常法に従って転写した。転写されたPVDF膜は、超純水中で洗浄した後にクマジーブリリアントブルーR250を含む溶液によって染色され、糖鎖を除去された組換え体RNase 1に相当する部分を切り出し、質量分析のために処理を行った。切り出されたPVDF膜は、エンド型ペプチド分解酵素Lys−Cを含むトリスバッファー(pH8.0)に加え、37℃で20時間処理した後に、エンド型ペプチド分解酵素Asp−Nを加えてさらに37℃で20時間処理した。サンプル溶液は、ZipTip C18(ミリポア社)処理し、マトリクス溶液に溶出、プレートにスポットした。自然乾燥後、MALDI−TOF MSを使用したペプチドマスフィンガープリント法による質量分析を実施した(AXIMA−confidence、島津製作所、測定範囲:m/z 800−4000)。
【0044】
表3の左側に、遺伝子配列から推定されるRNase 1をAsp−NとLys−Cで加水分解した際に生成するペプチド断片とその理論質量を示し、右側に、全てのN型糖鎖修飾可能部位にN型糖鎖が付加している場合のRNase 1をPNGase Fによって糖鎖除去後にAsp−NとLys−Cで加水分解した際に生成するペプチド断片とその理論質量を示す。理論質量は、全てのアミノ酸残基が化学的修飾を受けていないものとして計算した値を示した。ペプチド断片のうち、質量分析によってRNase 1由来のペプチド断片と帰属ができたものを検出の欄に○、帰属できなかったものを×と表記した。
【0045】
【表3】
【0046】
表4に、実際に検出されたペプチド断片の質量とアミノ酸の修飾を考慮した時に推定されるアミノ酸配列を示した。
【0047】
【表4】
【0048】
なお表4のアミノ酸番号2−15(配列番号27)、7−13(配列番号24)、7−15(配列番号25)、67−82(配列番号26)は、表3に記載されていないペプチド断片であるが、これはエンド型ペプチダーゼAsp−NとLys−Cによる加水分解が完全には進行しなかったことにより生成したと推測される。
【0049】
実施例1に記載した通り、PNGase Fで糖鎖が除去された場合に、糖鎖が付加していたAsn残基は、PNGase Fのデアミダーゼ活性によってAsp残基に変化する。従って、PNGase Fで糖鎖が除去された糖タンパク質は、元々糖鎖が付加していたAsn残基がAsp残基となり、そのN末端側でAsp−Nによって分解を受ける。一方、元々糖鎖が付加していなかったAsn残基ではAsp残基に変化しないので、Asp−Nによる加水分解を受けない。また、Lys−CはC末端側にプロリン残基が結合している場合を除いて、リジン残基のC末端側のペプチド結合を加水分解する酵素であるので、糖鎖結合可能部位周辺でのペプチド断片化には関与しない。よって、Asp−Nばかりでなく、Lys−Cをも使用した場合にも、N型糖鎖修飾可能部位を含む断片は、糖鎖付加の有無によって断片化のされ方が異なる。さらに、Asp−Nだけで処理した場合よりもAsp−NとLys−Cで処理した方が検出されるペプチド断片が短くなることが期待され、実施例1のように測定機器の性能上検出できなかった断片も測定可能になると考えられる。
【0050】
図7に、質量分析のスペクトルデータを示す。RNase 1に由来する複数のペプチドが検出された。図中、小枠内は、m/zが1500から2500の範囲を拡大した図であり、RNase 1由来のペプチドのうち、Asn88を含むペプチド断片88−102の質量(m/z:1714.8600、1771.8900)及び83−102の質量(m/z:2301.2800、2416.3600)のピークにアミノ酸番号を記載した。
【0051】
表3から明らかなように、Asn34、Asn88は、それぞれ糖鎖が付加している分子が存在することが明らかとなった。またAsn76については、糖鎖が付加していることを示す断片であるアミノ酸番号76−82[配列番号12]は、バックグラウンドが高い領域にあり検出できなかった。一方、糖鎖が付加していない分子に関しては、Asn34を含む断片(アミノ酸番号16−52)は理論質量(4243.9675)が質量分析計の測定限界(4000)より大きいため、存在はしていたものの測定機器の限界で検出できなかったのか、又はもともと存在していなかったのかは確認できなかった。Asn76については、表4に示すようにエンド型ペプチダーゼLys−Cによる加水分解が完全には進行しなかったことにより生成したと推測されるアミノ酸番号67−82に相当する断片が検出されていることから、糖鎖が付加していない分子が存在することが明らかとなった。また、Asn88を含む断片としてアミノ酸番号83−102が検出されていることから、Asn88に糖鎖が付加していない分子が存在することが明らかとなった。
【0052】
また
図8に、RNase 1から生成されるペプチド断片のうち、N型糖鎖修飾可能部位を含む部分に関して、検出された断片と検出されなかった断片をRNase 1のペプチド配列上に図示した。実線が検出されたペプチド断片、破線が検出されなかったペプチド断片を示し、それぞれアミノ酸番号を線の下部に示した。
【0053】
実施例1の場合では、RNase 1のAsn88に糖鎖が付加していなかった場合に生成される83−120番目のペプチド断片(DCRLTNGSRYPNCAYRTSPKERHIIVACEGSPYVPVHF)[配列番号7]と、Asn88に糖鎖が付加していた場合に生成されるペプチド断片のうち88−120番目のペプチド断片(DGSRYPNCAYRTSPKERHIIVACEGSPYVPVHF)[配列番号14]を検出することができなかった。これに対し実施例2では、Asp−NとLys−Cで消化することにより、得られるペプチド断片が低分子量化したため、RNase 1のAsn88に糖鎖が付加していなかった場合に生成されるアミノ酸番号83−102番目のペプチド断片(DCRLTNGSRYPNCAYRTSPK)[配列番号21]と、Asn88に糖鎖が付加していた場合に生成される88−102番目のペプチド断片(DGSRYPNCAYRTSPK)[配列番号23]を検出することができた。実施例2では、88番目のアスパラギン残基又はそれが変化したAsp残基を含むペプチド断片が83−102番目と、88−102番目の2種類検出されていることから、試料として使用したCHO細胞に発現させた組換え体RNase 1には、Asn88に糖鎖が付加した状態のRNase 1と、糖鎖が付加していない状態のRNase 1が混在することが確認された。
【0054】
このように、Asp残基を認識する酵素だけでなく、Asp残基又はAsn残基を認識しない別のエンド型ペプチド分解酵素をも用いることで、より明確にペプチド断片を検出することができる。
【0055】
実施例1と2の結果から、CHO細胞に発現した組換え体RNase 1は、Asn76とAsn88においてN型糖鎖の付加状態が混在していることが明らかとなった。
【0056】
実施例3 ヒトインターフェロンガンマの糖鎖付加状態の解析
抗ウイルス薬や抗がん剤として医薬品としても利用されているヒトインターフェロンガンマ(配列番号28)は、アミノ酸配列から推定されるN型糖鎖修飾可能部位が2箇所存在する(Asn25,Asn97)。
【0057】
研究用試薬として市販されている、大腸菌発現系で発現した組み換え体ヒトインターフェロンガンマ(PEPROTECH、カタログ番号300−02)と、CHO細胞発現系で発現した組み換え体ヒトインターフェロンガンマ(Sino Biological Inc.カタログ番号11725−HNAS)をそれぞれ入手し、大腸菌発現組み換え体を糖鎖未修飾ヒトインターフェロンガンマ、CHO細胞発現組み換え体を糖鎖修飾ヒトインターフェロンガンマとして、N型糖鎖修飾部位での糖鎖付加の有無を解析した。
【0058】
大腸菌発現組み換え体ヒトインターフェロンガンマのLC−MS/MS分析結果
大腸菌発現組み換え体ヒトインターフェロンガンマ 2マイクログラムを、常法に従ってSDS−PAGE電気泳動法で分離した後にCBB染色した結果を
図10に示す。大腸菌発現系では組み換え体タンパク質は糖鎖修飾を受けていないため、約16kDaに一本のバンドとして検出される(レーン1)。この試料をPNGaseFで処理しても、処理前のタンパク質と同じ位置にバンドが得られた(レーン2)。
【0059】
一方、20μgの大腸菌発現組み換え体ヒトインターフェロンガンマを、SDS−PAGE法により分離した後に、PVDF膜に常法に従って転写した。転写されたPVDF膜は、超純水中で洗浄した後にクマジーブリリアントブルーR250を含む溶液によって染色され、大腸菌発現組み換え体ヒトインターフェロンガンマに相当する16kDaのバンド部分を切り出し、質量分析の試料とした。切り出されたPVDF膜は、エンド型ペプチド分解酵素Asp−Nを含むトリスバファー(pH8.0)に加え、37°Cで20時間処理した。LC−MS/MS分析は、HPLC装置(ADVANCE UHPLC SYSTEM,Michrom BioResources,Inc.)でサンプル溶液を分離後、接続した質量分析装置(Thermo Scientific LTQ Orbitrap XL mass spectrometer、Thermo Fisher Scientific社)を用いて分析を実施した。
【0060】
LC−MS/MS分析では、1963.01Daと、1618.80Da、1503.78Da、1430.66Daの質量をもつペプチドが検出された(表5)。さらにそれぞれのピークについて、タンデムMS法によって内部配列を決定したところ、それぞれの質量を示すペプチドが、配列番号28に示した配列のアミノ酸番号24−40、62−75、63−75、90−101に相当するペプチドであることを確認した。
【0061】
【表5】
【0062】
次に、20μgの大腸菌発現組み換え体ヒトインターフェロンガンマを、PNGaseFで処理した試料について、上記と同じ方法でエンド型ペプチド分解酵素Asp−Nで処理し、LC−MS/MSによって解析した(表6)。
【0063】
【表6】
【0064】
表5,6から明らかなように、表5(PNGaseF未処理大腸菌発現組み換え体ヒトインターフェロンガンマを分析した結果)に示したペプチド断片は、表6でも検出された。特にN型糖鎖修飾可能部位を含むペプチド断片である、配列番号28のアミノ酸番号24−40、90−101に相当するペプチドについては、表5および表6の結果が完全に一致した。よって、大腸菌発現組み換え体ヒトインターフェロンガンマは、N型糖鎖修飾可能部位に糖鎖が付加していなかったと判定することができる。この結果は、大腸菌で発現させた組み換え体には糖鎖が付加しないという事実と一致する。またこの結果は、糖鎖が付加していないAsnはPNGaseF処理の過程でAspに変換されることはないことを示し、仮に部分的にN型糖鎖修飾を受けた糖タンパク質をPNGaseF処理した場合でも、糖鎖が付加していないN型糖鎖修飾可能部位のAsn残基はAsp残基に変換されることがなく、本発明で提示する一連の方法によってN型糖鎖が付加したAsnとN型糖鎖が付加していないAsnを区別することが可能であることを示している。
【0065】
CHO細胞発現組み換え体ヒトインターフェロンガンマのLC−MS/MS分析結果
CHO細胞発現系組み換え体ヒトインターフェロンガンマは、N型糖鎖修飾を受けているため、PNGaseFによる脱糖鎖処理をしない場合、SDS−PAGEではN型糖鎖の質量分だけ高分子に分子量がシフトした複数のバンド、約14kDaと約17kDa、約20kDaが検出された(
図11)。この試料をPNGaseFで処理すると約17kDa、約20kDaのバンドが消失し約14kDaのバンドに収束するため、約17kDaのバンドは2つの糖鎖修飾可能部位の内どちらか一方だけに糖鎖が付加したもの、約20kDaのバンドが2つの糖鎖修飾可能部位に糖鎖が付加したものであると考えられる。即ち、分析した試料には一部の糖鎖修飾可能部位に糖鎖が付加していないものが混合した状態であることが確認された。
【0066】
PNGaseFで処理した約10μgのCHO細胞発現組み換え体ヒトインターフェロンガンマを、SDS−PAGE法により分離した後に、PVDF膜に常法に従って転写した。転写されたPVDF膜は、超純水中で洗浄した後にクマジーブリリアントブルーR250を含む溶液によって染色され、糖鎖を除去された組み換え体ヒトインターフェロンガンマに相当する14kDaのバンド部分を切り出し、質量分析のために処理を行った。切り出されたPVDF膜は、エンド型ペプチド分解酵素AspーNを含むトリスバファー(pH8.0)に加え、37°Cで20時間処理し、得られた試料をLC−MS/MS分析した。LC−MS/MS分析は、質量分析装置(Thermo Scientific LTQ Orbitrap XL mass spectrometer、Thermo Fisher Scientific社)を接続した、HPLC装置(ADVANCE UHPLC SYSTEM,Michrom BioResources,Inc.)でサンプル溶液を分離して分析を実施した。
【0067】
LC−MS/MS分析では、1963.99Da、1618.81Da、1503.78Da、1770.92Da、866.40Da、1430.66Da、1315.63Daの質量をもつペプチドが検出された(表7)。さらに検出されたそれぞれの質量をもつペプチド断片について、タンデムMS法によって内部アミノ酸配列を決定したところ、それぞれの質量を示すペプチドが、配列番号28に示した配列のアミノ酸番号24−40、62−75、63−75、76−89、90−96、90−101、91−101に相当するペプチドであることを確認した。配列番号28の62−75、63−75、76−89に相当するペプチド断片はN型糖鎖修飾可能部位を内部に持たないので、工程(A)によってアミノ酸配列に変化を受けない断片である。この断片のアミノ酸配列が、既に報告されているヒトインターフェロンガンマのアミノ酸配列と一致したことから、分析試料がヒトインターフェロンガンマであることが確認された。N型糖鎖修飾可能部位(Asn25)を含むペプチドは、1963.99Daの断片が検出された。このペプチド断片は、タンデム質量分析によってDDGTLFLGILKNWKEES(配列番号29)であることが確認された。このペプチドのN末端側配列はAspAspという配列で、2つ目のAspはN型糖鎖修飾可能部位(Asn25)に由来するアミノ酸である。このペプチド断片(配列番号29)は、糖鎖を有しないヒトインターフェロンガンマを同様に加水分解して得られるペプチド断片と比べて異なるものであり、N型糖鎖修飾可能部位(25位)を含んでいるため、N型糖鎖修飾可能部位Asp25には糖鎖が付加していたと判定することができる。
【0068】
なお本実施例のようにAspAsnという配列のAsnに糖鎖が付加している場合は、工程BにAsp−Nを使用しても完全に消化できないという現象が見られたが、糖鎖付加の有無の判定は行うことができる。このような現象が見られた場合は、リン酸バッファー(pH 7.8)においてAsp部分を認識しそのC末端側でペプチドを分解することが知られているエンドプロテイナーゼGlu−Cを利用することで、完全に消化することも可能である。
【0069】
一方、N型糖鎖修飾可能部位(Asn97)を含む又はそれに隣接するペプチドは、866.40Daと1430.66Da、1315.63Daの3断片が検出された。配列番号28の90−96に相当する866.40Daのペプチド断片が検出されたが、これは糖鎖を有しないヒトインターフェロンガンマを同様にAsp−Nで加水分解して得られるペプチド断片と比べて、異なるペプチド断片であり、かつN型糖鎖修飾可能部位(97位)に隣接するアミノ酸残基を含んでいるので、配列番号28の97番目のAsn残基にN型糖鎖が付加していたと判定することができる。一方で、配列番号28の90−101と91−101に相当する1430.66Daと1315.63Daの質量をもつペプチド断片が検出されたが、これは糖鎖を有しないヒトインターフェロンガンマを同様にAsp−Nで加水分解して得られるペプチド断片と比べて、同一のペプチド断片であり、かつN型糖鎖修飾可能部位(97位)を含んでいるので、配列番号28の97番目のAsn残基にN型糖鎖が付加していないと判定することができる。これら2つの結果から、CHO細胞発現系組み換え体ヒトインターフェロンガンマの97番目のAsn残基には、糖鎖付加しているものと糖鎖が付加していないものの両方が存在することが確認できた。このことは、
図11において、PNGaseFによる脱糖鎖処理をしない試料(レーン2)が複数の分子量のバンドを示したことと一致した。
【0070】
【表7】
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]