(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6501652
(24)【登録日】2019年3月29日
(45)【発行日】2019年4月17日
(54)【発明の名称】析出硬化能に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20190408BHJP
C22C 38/50 20060101ALI20190408BHJP
C21D 6/00 20060101ALN20190408BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/50
!C21D6/00 102T
【請求項の数】1
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2015-130498(P2015-130498)
(22)【出願日】2015年6月29日
(65)【公開番号】特開2017-14556(P2017-14556A)
(43)【公開日】2017年1月19日
【審査請求日】2018年5月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(72)【発明者】
【氏名】細田 孝
【審査官】
鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2003−073783(JP,A)
【文献】
特開2002−161343(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2003/0102057(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 6/00− 6/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.01〜0.10%、Si:0.30〜2.00%、Mn:0.01〜1.00%、P:0.040%以下、S:0.030%以下、Ni:3.0〜8.0%、Cr:12.0〜20.0%、Mo:0.20〜0.80%、Cu:0.50%以下、Ti:0.30〜2.50%、Nb:0.01〜2.00%、N:0.0500%以下、残部Feおよび不可避不純物からなり、式1:[Cr]+[Mo]+[Nb]+[Ti]+[Si]+[Ni]−26([C]+[N])−10.3≧10.0、式2:[Cr]+1.5[Si]+[Mo]+0.5[Nb]+2[Ti]−0.5[Ni]−6.7([C]+[N])≦20.0を満足することを特徴とする析出硬化能に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼。
ただし、上記の式1および式2の[元素記号]は、質量%で示す成分元素の量を%で示す際の数値を表す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願の発明は、自動車の主要装置であるエンジンの動力を伝えるために変速機と差動歯車とをつなぐ回転軸であるプロペラシャフトや自動車の懸架装置との関係でエンジンの動力を左右の車輪に伝達するためのドライブシャフトなど、あるいは圧延用のロールや鍛造用のロールなどの、高硬度、高耐食および高靱性が求められる析出硬化型であるマルテンサイト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
JISに規定するSUS630およびSUS631のステンレス鋼に代表される析出硬化系ステンレス鋼は、時効熱処理によって良好な耐食性と高硬度でかつ高靱性を有する材料である。しかし、これらの析出硬化系ステンレス鋼には、スクラップを再利用する鉄鋼材料の利点を阻害するトランプエレメントの1つであるCuを析出硬化元素として利用しているものが多く、Cuを利用しない場合であっても、硬さや靱性に悪影響を及ぼすδフェライトやγの量を制御し、さらに耐食性を維持するために、高価なNiやMoを多量に添加したり、あるいは複雑な加工熱処理を行ったりしている。このために、コストアップが避けられない状況である。そこで、トランプエレメントや高価な元素などを多量に添加することなく、また複雑な加工熱処理に頼ることなく、安価で、かつ、高い硬度、高い靱性、優れた耐食性が発揮できる析出硬化系ステンレス鋼が求められている。
【0003】
ところで、従来の自動車の足回りの部品などに使用される鋼材として、焼入れ焼戻しなどの熱処理を必要とせず、熱間鍛造後、自然空冷のままで、優れた強度および靱性の得られる鋼材が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。しかし、この鋼材は、Crを0.8〜2.0%含有しており、耐食性の鋼材ではない。
【0004】
本発明と技術分野および用途が同じで、鋼種も析出硬化型マルテンサイト系ステンレス鋼で同じであるが、析出硬化元素としてCuを必須元素とし、さらに被削性に特化するために、Sも積極的に添加している鋼が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。しかしながら、一般にCuはトランプエレメントとして含有されるが、特許文献2のCuの含有量では多すぎて、トランプエレメントとしての鋼の再利用が阻害される。一方、Sは多く含有されると、延性、靱性、熱間加工性が劣化するので、積極的に添加することは一般には行われていない。したがって、この特許文献2のものは、高硬度、高耐食性および高靱性を得る目的で積極的に添加するものであって、本願発明のものとは相違するものである。
【0005】
さらに、CuおよびSを積極的に添加して、高強度を有しつつ被削性に優れ、さらに良好な冷間加工性を有する鋼が提案されている(例えば、特許文献3参照。)。しかしながら、このものは、特許文献2と同様に、一般にCuはトランプエレメントとして含有されるが、特許文献3のCuの含有量では多すぎて、トランプエレメントとしての鋼の再利用が阻害される。
【0006】
また、CuやTi等の析出硬化元素を添加することなく、成分および調質圧延(圧延率1〜10%)にて材料中のδフェライトおよび残留γ量を制御し、高硬度および高靱性が得られる鋼板の発明が提案されている(例えば、特許文献4参照。)。しかし、このものは目的の特性を得るためには、厳密に工程設計された調質圧延が必須であり、成分(添加元素)と熱処理にて高硬度および高靱性を得る本願の発明とは相違する。
【0007】
また、高耐食、高靱性および高硬度が得られる析出硬化型ステンレス鋼の発明が提案されている。(例えば、特許文献5参照。)。しかし、この提案のものは、Cu、高価なCoおよびMoを必須元素としており、再利用性およびコスト面で不利と見られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平7−003385号公報
【特許文献2】特開2004−360034号公報
【特許文献3】特開2005−171335号公報
【特許文献4】特開2000−129401号公報
【特許文献5】特開2013−117054号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本願発明が解決しようとする課題は、鉄鋼材料の利点である再利用性を阻害するようなトランプエレメントを使用することなく、比較的安価で、高硬度、高靱性であり、かつ優れた耐食性を備えた材料の鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
課題を解決するための本願の手段は、第1の手段では、質量%で、C:0.01〜0.10%、Si:0.30〜2.00%、Mn:0.01〜1.00%、P:0.040%以下、S:0.030%以下、Ni:3.0〜8.0%、Cr:12.0〜20.0%、Mo:0.20〜0.80%、Cu:0.50%以下、Ti:0.30〜2.50%、Nb:0.01〜2.00%、N:0.0500%以下、残部Feおよび不可避不純物からなり、式1:[Cr]+[Mo]+[Nb]+[Ti]+[Si]+[Ni]−26([C]+[N])−10.3≧10.0、式2:[Cr]+1.5[Si]+[Mo]+0.5[Nb]+2[Ti]−0.5[Ni]−6.7([C]+[N])≦20.0を満足することを特徴とする析出硬化能に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼である。ただし、上記の式1および式2の[元素記号]は、質量%で示す成分元素の量を%で示す際の数値を表す。
【発明の効果】
【0011】
本願の発明は、鉄鋼材料の利点である再利用性を阻害するようなトランプエレメントを使用することなく、比較的に安価で、時効硬さが45HRC以上の高硬度で、シャルピー衝撃値が45J/cm
2以上の高靱性であり、かつ孔食試験における腐食度が20g/cm
2/h以下である耐食性に優れた材料のマルテンサイト系ステンレス鋼を得ることが複雑な加工熱処理に頼ることなくできる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明を実施するための形態を記載するに先立って、本願発明における化学成分の限定理由並びに式1および式2の限定理由を以下に説明する。なお、%は質量%である。
【0013】
C:0.01〜0.10%
Cは、γ相の安定化元素であって、過剰なδフェライトの生成を抑制し、良好な靱性を確保する元素である。このためには、Cは0.01%以上含有されることが必要である。しかし、Cが0.10%より多いと炭窒化物を生成して耐食性を劣化する。そこで、Cは0.01〜0.10%とする。
【0014】
Si:0.30〜2.00%
Siは、製鋼段階での脱酸剤であり、析出硬化粒子を生成する元素である。このためには、Siは0.30%以上含有される。しかし、Siが2.00%より多いと、鋼材の延性を阻害し、δフェライト生成による靱性の低下および鋼材の製造性を低下する。そこで、Siは0.30〜2.00%とし、好ましくは0.50〜1.80%とする。
【0015】
Mn:0.01〜1.00%
Mnは、製鋼段階での脱酸剤として必要な元素である。このためには、Mnは0.01%以上含有されることが必要である。しかし、Mnが1.00%より多くても脱酸剤としての効果は飽和し、さらに硫化物の生成を促進して耐食性を落下する。そこで、Mnは0.01〜1.00%とし、好ましくは0.10〜0.80%とする。
【0016】
P:0.040%以下
Pは、不純物として含有される元素である。しかし、Pは0.040%より多いと、得られた鋼材の延性、靱性あるいは熱間加工性を劣化する。そこで、Pは0.040%以下とし、好ましくは0.020%以下とする。
【0017】
S:0.030%以下
S、不純物として含有される元素である。しかし、Sは0.030%より多いと、得られた鋼材の延性、靱性あるいは熱間加工性を劣化する。そこで、Sは0.030%以下とし、好ましくは0.020%以下とする。
【0018】
Ni:3.0〜8.0%
Niは、γ相の安定化元素であって、過剰なδフェライトの生成を抑制し、良好な靱性を確保し、さらに焼入性の向上による均質な微細組織を形成する元素である。このためには、Niは3.0%以上含有されることが必要である。しかし、Niは8.0%より多く含有されても上記した効果は飽和し、さらに高価な元素であるので高コストとなる。そこで、Niは3.0〜8.0%とし、好ましくは4.5〜6.5%とする。
【0019】
Cr:12.0〜20.0%
Crは、耐食性を向上させる元素である。このためには、Crは12.0%以上含有されることが必要である。しかし、Crは20.0%より多く含有されても、耐食性向上の効果は飽和し、δフェライト生成による靱性の劣化および脆化相を形成する。そこで、Crは12.0〜20.0%とし、好ましくは14.0〜18.0%とする。
【0020】
Mo:0.20〜0.80%
Moは、耐食性を向上させる元素である。このためには、Moは0.20%以上含有されることが必要である。しかし、Moは高価な元素であるので、0.80%より多く含有されると高コストとなる。そこで、Moは0.20〜0.80%とする。
【0021】
Cu:0.50%以下
Cuは、不純物として含有される元素である。ところで、Cuは循環性元素すなわちトランプエレメントであり、多く含有されると鋼の再利用を阻害する元素である。そこで、Cuは0.50%以下とし、好ましくは0.20%以下とする。
【0022】
Ti:0.30〜2.50%
Tiは、析出硬化粒子を生成して得られた鋼を強化する元素である。このために、Tiは0.70%以上含有されることが必要である。しかし、Tiは2.50%より多く含有されると粗大炭窒化物を生成して耐食性を劣化すると共に、高コストとなる。そこで、Tiは0.30〜2.50%とし、好ましくは0.70〜2.30%とする。
【0023】
Nb:0.01〜2.00%
Nbは、析出硬化粒子を生成して得られた鋼を強化する元素である。このために、Nbは0.01%以上含有されることが必要である。しかし、Nbは2.00%より多く含有されると粗大なNb炭化物が生成されて耐食性を劣化すると共に、高コストとなる。そこで、Nbは0.01〜2.00%とする。
【0024】
N:0.0500%以下
Nは、耐食性および結晶粒粗大化の防止に有効な元素である。このために、Nは0.0500%以下とする必要がある。Nが0.0500%より多いと粗大炭窒化物を生成して耐食性を劣化する。そこで、Nは0.0500%以下とする。
【0025】
式1:[Cr]+[Mo]+[Nb]+[Ti]+[Si]+[Ni]−26([C]+[N])−10.3≧10.0
式1は、マルテンサイトステンレス鋼の時効硬さおよび耐食性を確保するために必要な条件を示す式である。すなわち、この式1において、括弧中に元素記号を記載して示している[元素記号]は、本願のマルテンサイトステンレス鋼の各発明例または各比較例の供試材に含有される各成分元素の量を%で示す際の数値である。この式1の値が10.0以上であれば、その式1で示すマルテンサイトステンレス鋼は、その鋼の時効硬さが45HRC以上であり、さらに孔食試験の腐食度が20g/m
2/h未満で、耐食性が確保できる。そこで、式1の値は10.0以上とする。
【0026】
式2:[Cr]+1.5[Si]+[Mo]+0.5[Nb]+2[Ti]−0.5[Ni]−6.7([C]+[N])≦20.0
式2は、時効硬さおよび耐食性を確保しつつ、δフェライト増量による衝撃特性の劣化を回避するために必要な条件を示す式である。式2において、[元素記号]は、本願のマルテンサイトステンレス鋼の各発明例または各比較例の供試材に含有される各成分元素の量を%で示す際の数値である。この式2の値が20.0以下であれば、その式2で示すマルテンサイトステンレス鋼は、その鋼の時効硬さおよび耐食性を確保しつつ、δフェライト増量による衝撃特性の劣化を回避できる、すなわち、シャルピー衝撃値の値を45J/cm
2以上にすることができる。そこで、式2の値は20.0以下とする。
【0027】
次いで、本願発明の実施の形態について、表1に基づいて、以下に説明する。先ず、本願発明の実施例およびその比較例については、表1に示す発明例のNo.1〜13と、こ比較例のNo.14〜33における、各No.の化学成分からなる供試材の鋼を、100kg真空誘導加熱炉(VIM)で溶解して鋼塊とした。これらの鋼塊を、1150℃に加熱して径20mmの丸棒材あるいは一辺15mmの角材に、それぞれ鍛伸した。その後、これらの棒材あるいは角材からなる鋼を900℃〜1200℃に10分以上保持した後に水冷する固溶化熱処理を行った。その後、さらに、これらの鋼を−90℃〜−20℃に10分以上に保持してサブゼロ処理し、さらに、時効熱処理として、300℃〜800℃に30分以上保持した後、空冷して各試験片とした。
【0029】
表1において、Feの項目における残部には不可避不純物も含む。さらに、式1および式2の項目の数値は、各No.における各式1および各式2の算出値である。
【0030】
上記で作成した径20mmの丸棒材の時効熱処理後の試験片について、それらの鍛伸方向に垂直な断面の端部と中心部の間の箇所のロックウェル硬さを測定し、下記の表2に時効硬さを示し評価した。事項硬さの測定値が45HRC以上を評価の項目に○と記し、45HRC未満を評価の項目に×と記した。
【0031】
上記で作成した一辺15mmの角材を使用して、時効熱処理後に鍛伸方向に平行に一辺10mmの角状で長さ55mmの試験片を切り出し、これから2mmUノッチ試験片を作製し、これを常温にてシャルピー衝撃試験に供してシャルピー衝撃値を測定し、下記の表2にシャルピー衝撃値を示し評価した。シャルピー衝撃値の測定値が45J/cm
2以上を評価の項目に○と記し、45J/cm
2未満を評価の項目に×と記した。
【0032】
上記で作成した径20mmの丸棒材の時効熱処理後の試験片を、径12mmで長さ21mmの丸棒状の腐食試験片へ加工した。これらの丸棒状の腐食試験片を、6%塩化第二鉄の25℃の孔食試験液に24時間浸漬する孔食試験を実施し、その腐食度を測定し、下記の表2に孔食試験の腐食度を示し評価した。孔食試験の腐食度が20g/m
2/h未満のものを○と記し、20g/m
2/h以上ないし30g/m
2/h未満のものを△と記し、30g/m
2/h以上のものを×と記した。
【0034】
表2において、比較例のNo.18は、表1に示すように、Niの含有量が8.6%であって、本願の請求項に規定するNiの含有量の3.0〜8.0%より多いので、高コストである。さらに、比較例のNo.24、No.25、No.28、No.29は、時効硬さの測定値が45HRC未満であるため、シャルピー衝撃試験および孔食試験を実施していないので、それらのシャルピー衝撃値の項目および孔食試験の項目には、−を表記している。さらに比較例のNo.33は、表1に示すようにCuを2.17%含有して本願の請求項で規定する0.05%以下を大幅に超えているので、本発明の対象外のものである。