【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明者らは個々の参照クロマトグラムから波形の特徴を代表し得る保持時間を抽出して検索用のインデックスとすることに着目し以下の発明を完成した。
【0009】
すなわち第1の本発明に係るデータ処理システムは、
クロマトグラフ用のデータ処理システムであって、
・クロマトグラフによって測定されたクロマトグラフデータを取得して記憶するクロマトグラフデータ記憶手段と、
・前記クロマトグラフデータ記憶手段からクロマトグラフデータを選択し、クロマトグラムとして画面表示するクロマトグラム表示手段と、
・画面表示された前記クロマトグラムに対して1以上の保持時間を指定するポインティング手段と、
・前記ポインティング手段によって指定された1以上の保持時間をインデックスデータとしてクロマトグラムごとに記憶するインデックスデータ記憶手段と、
・前記ポインティング手段によって指定された1以上の保持時間を検索キーとして、前記インデックスデータ記憶手段の中から前記検索キーに関連付けられたクロマトグラムを検索して検索結果を画面表示する検索表示手段と、
を備えたことを特徴とする。
【0010】
ここで保持時間という用語は、液体クロマトグラフィーで使われる溶離時間、溶出時間と言い換えることができ、さらに、当分野の学術用語である保持体積、保持容量、保持係数を含む保持値ないし保持パラメータと同じ意味で使われる。参照標準のそれに対する相対量で表された保持時間すなわち相対保持時間も本願でいう保持時間に含まれる。通常、保持時間はクロマトグラム上のピークの頂点における時間軸成分を意味するが、本発明においてはクロマトグラムを構成する任意の波形部位の時間軸成分を表すこととする。たとえば正常検体ならば本来あるべき時間軸上の位置にピークがないことが異常検体の波形の特徴であるようなとき、ピークのないその場所を保持時間のインデックスとしてインデックスデータ記憶手段に記憶させることができる。
【0011】
また、本発明において「検索する」とは分析対象の同定を必ずしも意味しない。例えば数100ある参照クロマトグラムのデータベースないしライブラリーの中から操作者にとって取り扱いやすい件数にまで対象を絞り込むことができれば事足りる。
【0012】
なお、保持時間を検索キーとするということは、試料クロマトグラム上で指定された保持時間(数値データ)と1つ又は複数の参照クロマトグラムのインデックスデータ(数値データ)の一致・不一致を判定することを意味する。そのためには比較する一方の数値データに許容幅をもたせ、他方の数値データがこの許容幅に収まるかどうかを判定すればよい。本発明では、検索キーとしての保持時間に許容幅をもたせるのが好都合である。
【0013】
このように保持時間を検索キーとするためには、クロマトグラフ装置の十分な再現性があることが好ましい。日常点検操作、試料採取、検量線作成の自動化はもとより、複数のクロマトグラフをネットワークでつないでバリデーション情報をシステム管理することも可能となった今日、十分な再現性を満足するのは決して困難なことではない。ただし、保持時間の厳密な再現性を達成できない状況もあり得るが、同じ装置内、または異なる装置間における保持時間の補正・整合方法に係る周知技術を使用することにより保持時間の実質的な再現性が確保されていれば、補正された保持時間を用いることも本発明において好ましい。
【0014】
本発明において、インデックスデータをインデックスデータ記憶手段に記憶させる操作者は、クロマトグラフ用のデータ処理システムを供給する製造業者あるいはその顧客サービス提供部門であってもよいし、クロマトグラフ分析を行うユーザーであってもよい。たとえば、製造業者が典型的なクロマトグラム(参照クロマトグラム)およびそのインデックスデータをプリインストールしたインデックスデータ記憶手段を備えたデータ処理システムを提供し、ユーザーが自ら測定した既知試料に係るクロマトグラム(参照クロマトグラム)およびインデックスデータを随時インデックスデータ記憶手段に追加記憶させるといった実施形態が一般的である。その際、参照クロマトグラムとしてプリインストールされたデータとユーザーが追加したデータをマージしてインデックスデータ記憶手段内に記憶させてもよいし、プリインストール分と追加分は区別して管理することもできる。
【0015】
本発明においてクロマトグラフデータ記憶手段は、クロマトグラフによって測定されたクロマトデータを取得/記憶するものであり、参照クロマトグラムや試料を測定して得た試料クロマトグラムを記憶するものである。
【0016】
本発明における検索表示手段は、検索キーに関連付けられたクロマトグラムを検索するが、特に検索キーに類似する参照クロマトグラムを検索するのが好ましい。そして検索結果として、検索ヒット件数、該当する参照クロマトグラムの識別名称のリスト等を画面に表示することができる。表示画面には、検索キー(保持時間)の設定位置を示す1以上のポインタカーソルと、検索キーを設定したクロマトグラムと、検索結果から選ばれた1以上のクロマトグラムとを重ね描き表示することが好ましい。このことにより操作者は、検索のため指定した波形部位(保持時間)が、検索の適否にどう結びついたかを即座に認識することができる。したがって、検索キーを指定する操作者は経験を積むにしたがって、より的確な検索キーの指定の仕方を学習することになる。このことは、インデックスデータを蓄積する製造業者やユーザーに対しても成り立つ。すなわち、インデックスデータが参照クロマトグラムの特徴を的確に代表するものでなければ、検索がうまくいかないわけであり、インデックスデータを見直して修正することにより検索キーによる関連性検索の改善を図ることができる。
さて、保持時間だけを検索キーとしてクロマトグラムの類似性を検索するのでは、時間がかかりすぎたり、絞り込みが進まないといった場合に備え、保持時間のそれぞれに対応する波形の特徴をインデックスデータ記憶手段に記録しておき、保持時間と併せて検索用のインデックスとすることが考えられる。すなわち、第2の本発明に係るデータ処理システムは、第1の本発明にかかるデータ処理システムにおいて、
・ポインティング手段が、保持時間のそれぞれに対応する波形の特徴を入力可能なものであり、
・インデックスデータ記憶手段が、入力された前記波形の特徴もインデックスデータとしてクロマトグラムごとに記憶するものであり、
・検索表示手段が、入力された前記波形の特徴も検索キーとして検索して検索結果を画面表示するものである。
【0017】
波形の特徴を入力する場合、入力の手間を軽減させ、また検索速度を速めるために、限られた数たとえば10件前後のあらかじめ登録された選択肢から選択入力できるようにポインティング手段およびインデックスデータ記憶手段を構成することが好ましい。
【0018】
また、第3の本発明に係る方法は、参照クロマトグラムの中から、分析試料を測定して得た試料クロマトグラムに関連するクロマトグラムを検索する方法であって、
(1)参照クロマトグラムのそれぞれに対して、検索に供するための1以上の保持時間がインデックスデータとして記録されており、
(2)試料クロマトグラムに対して検索に供するための1以上の保持時間を指定して検索キーとし、ステップ1で記録されているインデックスデータの全部または一部を検索対象として検索し、前記検索キーに関連付けられた参照クロマトグラムの検索結果を取得するステップと、を含み、
(3)さらに、ステップ2で取得した検索結果を絞り込む必要があれば、前記検索結果を新たな検索対象とし、同じ試料クロマトグラムに対し、異なる1以上の保持時間においてステップ2を実行する
ことを特徴とする。
【0019】
本発明において参照クロマトグラムとは、前述のようにプリインストールされた典型的なクロマトグラムであってもよく、また既知試料にかかるクロマトグラムを随時追加したものであってもよい。また参照クロマトグラムの中から試料クロマトグラムに「関連する」クロマトグラムを検索するとは、第1の本発明で記載したように「類似する」クロマトグラムを検索することが好ましい。
【0020】
上記ステップ3において、「検索結果を絞り込む必要があれば」とは、この方法を実施する操作者が、所与の状況において、絞り込む必要性を適宜判断するということを意味する。多くの参照クロマトグラムとの類似性比較によって、分析試料に関する定性的な情報を得るのに必要十分なヒット件数の検索結果を得ることができれば事足りる。操作者は、分析目的によりクロマトグラフィー上の判断に加えて他の分析手法、たとえば質量分析、分光学的手法、電気泳動、核酸分析等を利用して分析の確度を高めていくことができる。異常ヘモグロビンを含む生体試料の医療分析が目的であれば、本発明により推定された異常ヘモグロビンの型をDNA分析によって確定するという例があげられる。
【0021】
上記ステップ1において、参照クロマトグラムの保持時間だけが記録されていることも本発明の技術的範囲であるが、波形の特徴をも記録されていることが好ましい。第2の本発明に係るデータ処理システムに関して上述したように、保持時間だけを検索キーとしてクロマトグラムの関連性を検索するよりも、その保持時間における波形の特徴を併せて検索した方が、より早く正確な検索結果を得ることができると考えられるからである。すなわち、第4の本発明に係る方法は、第3の本発明の方法において、ステップ1で保持時間のそれぞれに対応する波形の特徴もインデックスデータとして記録されており、ステップ2で保持時間のそれぞれに対応する波形の特徴をも検索キーとする方法である。
【0022】
第3および第4の本発明は、使用する状況や操作者の習熟度に応じて使うことができる。たとえば参照クロマトグラムが初めから少ない場合には、保持時間の指定だけで満足する検索結果が得られるだろうが、参照すべきクロマトグラムの数が多ければ、波形の特徴を併せて検索した方が効率的な検索ができると考えられる。また、操作者の、分析手法・分析対象に関する習熟度・知識が初歩的段階にある場合は、試料クロマトグラムに対して波形の特徴を的確に指定することには困難や失敗が伴うことが予想される。これに対して、波形の特徴を瞬時に把握できるような習熟した操作者にとっては、初めから波形の特徴を併せて検索した方が効率的な検索ができる。また、初めから的を射た保持時間を複数指定することにより、一気に満足すべき検索結果を得ることも可能になる。
【0023】
第3および第4の本発明においては、検索結果を絞り込むためにステップ2を繰り返し実行することができる。第3の発明では少なくとも保持時間を指定して検索を繰り返し、第4の発明では少なくとも保持時間と波形の特徴を指定して検索を繰り返す。
【0024】
一方、検索操作の繰り返しごとに波形の特徴を指定して検索するかどうかを操作者の判断にゆだねる方法が考えられる。これが第5の本発明である。すなわち第5の本発明は、参照クロマトグラムの中から、分析試料を測定して得た試料クロマトグラムに関連するクロマトグラムを検索する方法であって、
(1)参照クロマトグラムのそれぞれに対して、検索に供するための1以上の保持時間、および前記保持時間のそれぞれに対応する波形の特徴がインデックスデータとして記録されており、
(2)試料クロマトグラムに対して検索に供するための1以上の保持時間を指定して検索キーとし、ステップ1で記録されているインデックスデータの全部または一部を検索対象として検索し、前記検索キーに関連付けられた参照クロマトグラムの検索結果を取得するステップ、
または、試料クロマトグラムに対して検索に供するための1以上の保持時間、および前記保持時間のそれぞれに対応する波形の特徴を指定して検索キーとし、ステップ1で記録されているインデックスデータの全部または一部を検索対象として検索し、前記検索キーに関連付けられた参照クロマトグラムの検索結果を取得するステップ、
とを含み、
(3)さらに、ステップ2で取得した検索結果を絞り込む必要があれば、同じ試料クロマトグラムに対し、異なる1以上の保持時間においてステップ2を実行する
ことを特徴とする前記方法である。
【0025】
第5の発明の利点は、必要に応じて保持時間に加えて波形の特徴を用いて検索するかの自由度を高めた点にある。すなわち、保持時間を指定するステップ2において、波形の特徴を合わせて指定するか否かは繰り返しのたびに任意に選択することができる。本願発明は検索対象(参照クロマトグラム)の数が増えるほど、必要な検索の繰り返し回数が増える。また、検索キーの指定を操作者の判断にゆだねているために、不適切な個所(保持時間)に検索キーを指定しまった場合、操作者の意に反して検索に時間を要することが予想される。したがって、たとえば第3の発明において保持時間だけを検索キーとする検索操作を実行している途中で、波形の特徴を追加することにより検索を速めたいという要望が起こり得る。また、第4の本発明において繰り返し検索を実行してる途中で、一気に絞り込み過ぎないように、波形の特徴を指定せずに保持時間だけで検索をしたいといった要望も起こり得る。第5の発明はこのような要望に応えることができる。
【0026】
なお、第1〜5の発明において、クロマトグラフを適用する試料には特に限定なく、例えば血液、血漿、血清等の体液や、水道水、下水や環境中の水等があげられる。また第3〜5の発明において、参照クロマトグラムはヘモグロビンの表現型を示すものが好ましい。