【文献】
生田目 直季、外4名,電圧印加ガラスインプリントによる微細構造形成,<第60回>応用物理学会春季学術講演会 講演予稿集,公益社団法人 応用物理学会,2013年 3月11日,07-057
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
一対の主面を有し、アルカリ金属酸化物を含有するガラス材料からなるガラス基体の前記主面の一方に、少なくとも型面が導電性を有する、回転または輪転する成形型の前記型面を当接させるとともに、
前記型面が当接された前記ガラス基体の当接面を、100℃を超え(Tg+50℃)以下(ただし、Tgは前記ガラス材料のガラス転移温度を示す。)の温度に保持した状態で、前記ガラス基体に、前記当接面側を反対の主面側に対して高い電位とする直流電圧を印加しながら、
前記成形型を回転または輪転させ、同時に前記成形型または前記ガラス基体を、前記ガラス基体の当接面に平行な方向に前記成形型の回転または輪転速度に合わせて移動させ、前記ガラス基体の前記当接面を成形することを特徴とするガラス基体の成形方法。
一対の主面を有し、アルカリ金属酸化物を含有するガラス材料からなるガラス基体の前記主面の一方に、少なくとも型面が導電性を有する、回転または輪転する成形型の前記型面を当接させるとともに、
前記型面が当接された前記ガラス基体の当接面を、100℃を超え(Tg+50℃)以下(ただし、Tgは前記ガラス材料のガラス転移温度を示す。)の温度に保持した状態で、前記ガラス基体に、前記当接面側を正極とし反対の主面側をアースまたは負極とする直流電圧を印加しながら、
前記成形型を回転または輪転させ、同時に前記成形型または前記ガラス基体を、前記ガラス基体の当接面に平行な方向に前記成形型の回転または輪転速度に合わせて移動させ、前記ガラス基体の前記当接面を成形することを特徴とするガラス基体の成形方法。
前記ガラス基体は、アルカリ金属酸化物とアルカリ土類金属酸化物を合計で15質量%を超える割合で含有するガラス材料からなる、請求項1〜5のいずれか1項に記載のガラス基体の成形方法。
前記成形において、前記ガラス基体の当接面とともに前記成形型の型面を、100℃を超え(Tg+50℃)以下の温度に保持する、請求項1〜6のいずれか1項に記載のガラス基体の成形方法。
前記ガラス基体を導電性の基盤上に配置し、前記成形型の型面を正極とし前記基盤をアースまたは負極とする直流電圧を印加する、請求項1〜10のいずれか1項に記載のガラス基体の成形方法。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0015】
本発明のガラス基体の成形方法の実施形態においては、
図1に示すように、アルカリ金属酸化物を含有するガラス材料からなり、一対の主面を有するガラス基体1に対して、少なくとも型面2aが導電性を有するように形成された回転または輪転する成形型2(以下、回転成形型という。)を、型面2aがガラス基体1の主面の一方に当接するように保持する。こうして回転成形型2の型面2aが当接されたガラス基体1の主面である当接面1aが、成形面となる。回転成形型2の型面2aには、ガラス基体1に転写すべき凹凸パターンが形成されていることが好ましい。なお、
図1において、符号3は基盤であって、アースまたは負極となる導電体、符号4は回転成形型2の支持体、符号5は絶縁部をそれぞれ示す。また、符号1bは、ガラス基体1の当接面1aに形成されたアルカリ低濃度領域1bを示す。アルカリ低濃度領域1bについては、後に詳しく説明する。
【0016】
以下、型面2aに凹凸パターンが形成された回転成形型2を使用する例について説明する。
図1では、回転成形型2が、軸の周りに回転(自転)するロール状の成形型である例について記載するが、回転成形型は、複数の回転ロールの間に架け渡されたエンドレスベルト状のものであってもよい。なお、そのようなエンドレスベルト状の回転成形型については、後述する成形装置の項でさらに説明する。
【0017】
このように回転成形型2の型面2aをガラス基体1の主面の一方に当接させたままで、該ガラス基体1の少なくとも当接面1aを、100℃を超え(Tg+50℃)以下(ただし、Tgはガラス基体1を構成するガラス材料のガラス転移温度を示す。)の温度Tに保持する。この状態で、ガラス基体1に対して、前記当接面1a側が正電位となり、反対の主面(以下、裏面と示す。)側がアースまたは負電位となるような直流電圧を印加しながら、回転成形型2を軸の周りで回転させ、同時に回転成形型2またはガラス基体1を、ガラス基体1の当接面1aに平行な方向に、回転成形型2の回転速度に合わせて移動させる。このようにして、直流電圧を印加しながら、ガラス基体1の当接面1aを回転成形型2の型面2aにより成形する。この直流電圧の印加にあたっては、ガラス基体1の当接面1a側が、反対の主面側の電位に対して高ければよい。また、回転成形型2をガラス基体1に当接して凹凸パターンを成形する際には、回転成形型2を通じてガラス基体1に少なくともゼロを超える押圧がかかっている。
【0018】
なお、ガラス基体1の少なくとも当接面1aを上記所定の温度に加熱する操作と、回転成形型2の型面2aをガラス基体1の当接面1aに当接させる操作とは、どちらが先であってもよい。すなわち、ガラス基体1の主面の一方を上記所定の温度に加熱した後、回転成形型2の型面2aをガラス基体1の該主面に当接させてもよく、回転成形型2の型面2aをガラス基体1の主面の一方に当接させた後、ガラス基体1の少なくとも当接面1aを上記所定の温度に加熱してもよい。
【0019】
こうして、ガラス基体1の当接面1aである成形面に、回転成形型2の型面2aに形成された凹凸パターンが精度良く転写され、表面に凹凸形状の微細パターンが形成されたガラス成形体が得られる。
本発明においては、こうして得られたガラス成形体の成形面をエッチング処理することが好ましい。エッチング処理を行うことにより、ガラス成形体の成形面に形成された凹凸パターンにおける、凹凸の高低差をより大きくすることができる。
【0020】
本発明の実施形態においては、ガラス基体1の少なくとも当接面1a、好ましくはガラス基体1全体が、100℃を超えかつ(Tg+50℃)以下の温度に加熱、保持された状態で、例えば100V以下の直流電圧が印加されることで、ガラス基体1の当接面1aに、回転成形型2の型面2aの凹凸パターンが精度良く転写される。これは、以下に示す理由によると考えられる。なお、「ガラス基体の温度」とは、ガラス基体1の少なくとも当接面1a、好ましくはガラス基体1全体が該温度であることをいう。また、回転成形型2の温度ついても同様に、少なくとも型面2a、好ましくは回転成形型2全体が該温度であることをいう。
【0021】
すなわち、ガラス基体1(好ましくはガラス基体1と回転成形型2)を、100℃を超えかつ(Tg+50℃)以下の温度に保持した状態で、ガラス基体1に対して直流電圧を印加した場合、ガラス基体1の正極側つまり当接面1a側の表層部において、ガラス基体1を構成するガラス材料に含まれるアルカリ金属イオンが、アースまたは負極(以下、負極等ということがある。)側である裏面側に向って移動する。なお、直流電圧の印加により、ガラス材料に含まれるアルカリ土類金属イオンも移動しようとするが、1価のカチオンでイオン半径が小さいアルカリ金属イオンの方が、負極等の側である裏面側に向かって移動しやすい。
【0022】
そして、ガラス基体1の当接面1a側の表層部においては、該表層部に接する回転成形型2の型面2aの凹部と凸部の電界強度の違いにより、アルカリ金属イオンの移動の程度(移動距離)および移動方向に差異が生じる。すなわち、
図2Aに示すように、ガラス基体1の当接面1a側の表層部において、回転成形型2の型面2aの凸部に接する領域(以下、第1の領域と示す。)では、アルカリ金属イオンが負極等の側(裏面側)に向かって移動することにより、
図2Bに示すように、アルカリ金属イオンの含有割合がガラス母材に比べて低いアルカリ低濃度領域1bが形成される。そして、この第1の領域に形成されたアルカリ低濃度領域1bは、加圧により座屈しやすく、またアルカリ金属イオンが負極等の側へ移動しようとすることで、ガラスの変形が加速されるものと考えられる。ここで、ガラス母材とは、成形される前の状態のガラス基体を構成するガラス材料をいう。ガラス基体において、成形された後のアルカリ低濃度領域1b以外の領域は、ガラス母材と略同様のガラス組成といえる。
【0023】
こうして、ガラス基体1の成形が促進され、
図2Cに示すように、ガラス基体1の当接面1aである成形面において、回転成形型2の型面2aの凸部に接する第1の領域を凹部とし、型面2aの凹部に対向する第2の領域を凸部とする凹凸パターンが形成される。なお、成形時の電圧印加と加圧の操作については、後述するように、電圧印加の状態で加圧を行ってもよく、加圧状態を継続中に電圧印加を行ってもよい。
【0024】
このように、成形時のアルカリ金属イオンの移動により、凹凸パターンが転写・形成されたガラス成形体においては、成形面の凹部の表面近傍にアルカリ金属イオンの低濃度領域が形成される。ここで、表面近傍とは、表面から0.1〜10μmの深さまでの部分をいうものとする。なお、成形面の凸部の表面近傍のアルカリ金属イオン濃度はガラス母材と変わらない。
【0025】
なお、ガラス基体がその組成において複数種のアルカリ金属酸化物を含む場合、複数種のアルカリ金属イオンはいずれもアース極または負極側に向けて移動する結果、前記アルカリ金属イオンの低濃度領域では、いずれのアルカリ金属イオンの含有濃度もガラス母材より低くなる。しかし、ナトリウムイオンが最も移動しやすいので、本発明において電圧印加によって移動するアルカリ金属イオンの主たるものは、ナトリウムイオンであり、ナトリウムイオンの低濃度領域が形成される。
【0026】
<ガラス基体>
本発明の実施形態の成形方法で用いられるガラス基体は、組成においてアルカリ金属酸化物を有するガラス材料、すなわちガラス母材から構成される。ガラス母材の組成は、少なくとも1種のアルカリ金属酸化物を有するものであれば特に限定されないが、成形の容易性の観点から、アルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物を合計で15質量%を超える割合で含有するものが好ましい。
【0027】
そのようなガラス材料としては、酸化物基準の質量%表示で、SiO
2を50〜80%、Al
2O
3を0.5〜25%、B
2O
3を0〜10%、Na
2Oを10〜16%、K
2Oを0〜8%、Li
2Oを0〜16%、CaOを0〜10%、MgOを0〜12%、その他SrO、BaO、ZrO
2、ZnO、SnO
2、Fe
2O
3などを合計で10%未満含有するガラスを挙げることができる。以下、このガラスを構成する各成分について記載する。なお、%はいずれも質量%を表す。
【0028】
SiO
2はガラスの骨格を構成する成分である。SiO
2の含有割合が50%未満では、ガラスとしての安定性が低下する、または耐候性が低下するおそれがある。SiO
2の含有割合は60%以上が好ましい。より好ましくは62%以上、特に好ましくは63%以上である。
SiO
2の含有割合が80%超では、ガラスの粘性が増大し、溶融性が著しく低下するおそれがある。SiO
2の含有割合は、より好ましくは76%以下、さらに好ましくは74%以下である。
【0029】
Al
2O
3はイオンの移動速度を向上させる成分である。Al
2O
3の含有割合が0.5%未満では、イオンの移動速度が低下するおそれがある。Al
2O
3の含有割合は、より好ましくは1%以上、さらに好ましくは2.5%以上、特に好ましくは4%以上、最も好ましくは6%以上である。
Al
2O
3の含有割合が25%超では、ガラスの粘性が高くなり、均質な溶融が困難になるおそれがある。Al
2O
3の含有割合は20%以下が好ましい。より好ましくは16%以下、特に好ましくは14%以下である。
【0030】
B
2O
3は必須成分ではないが、高温での溶融性またはガラス強度の向上のために含有してもよい成分である。B
2O
3を含有する場合、その含有割合は0.5%以上がより好ましく、さらに好ましくは1%以上である。
また、B
2O
3の含有割合は10%以下である。B
2O
3は、アルカリ成分との共存により蒸発しやすくなるため、均質なガラスを得にくくなるおそれがある。B
2O
3の含有割合は、より好ましくは6%以下、さらに好ましくは1.5%以下である。ガラスの均質性を特に改善するためには、B
2O
3は含有しないことが好ましい。
【0031】
Na
2Oはガラスの溶融性を向上させる成分であり、前記直流電圧の印加によって移動する主たるイオン(ナトリウムイオン)を有する。Na
2Oの含有割合が10%未満では、直流電圧の印加によるナトリウムイオンの移動効果が得られにくい。Na
2Oの含有割合は、より好ましくは11%以上、特に好ましくは12%以上である。
Na
2Oの含有割合は16%以下である。16%超では、ガラス転移温度Tgが低下し、それにしたがって歪点が低くなり、耐熱性が劣る、または耐候性が低下するおそれがある。Na
2Oの含有割合は、より好ましくは15%以下、さらに好ましくは14%以下、特に好ましくは13%以下である。
【0032】
K
2Oは必須成分ではないが、ガラスの溶融性を向上させる成分であるとともに、直流電圧の印加によって移動しやすい成分であるため、含有してもよい。K
2Oを含有する場合、その含有割合は1%以上が好ましく、さらに好ましくは3%以上である。
また、K
2Oの含有割合は8%以下である。K
2Oの含有割合が8%超では、耐候性が低下するおそれがある。より好ましくは5%以下である。
【0033】
Li
2OもK
2Oと同様に必須成分ではないが、ガラスの溶融性を向上させる成分であるとともに、直流電圧の印加によって移動しやすい成分であるため、含有してもよい。Li
2Oを含有する場合、その含有割合は1%以上が好ましく、さらに好ましくは3%以上である。
また、Li
2Oの含有量は16%以下である。Li
2Oの含有割合が16%超では、歪点が低くなりすぎるおそれがある。Li
2Oの含有割合は、より好ましくは14%以下、特に好ましくは12%以下である。
【0034】
アルカリ土類金属酸化物は、ガラスの溶融性を向上させる成分であるとともに、ガラス転移温度Tgの調節に有効な成分である。
アルカリ土類金属酸化物のうちで、MgOは必須成分ではないが、ガラスのヤング率を上げて強度を向上させ、溶解性を向上させる成分である。MgOを1%以上含有することが好ましい。MgOの含有割合は、より好ましくは3%以上、特に好ましくは5%以上である。また、MgOの含有割合は12%以下である。MgOの含有割合が12%超では、ガラスの安定性が損なわれるおそれがある。MgOの含有割合は、より好ましくは10%以下、特に好ましくは8%以下である。
【0035】
CaOは必須成分ではないが、CaOを含有する場合、その含有割合は典型的には0.05%以上である。また、CaOの含有割合は10%以下である。CaOの含有割合が10%超では、直流電圧の印加によるアルカリ金属イオンの移動量が低下するおそれがある。CaOの含有割合は、より好ましくは6%以下、さらに好ましくは2%以下、特に好ましくは0.5%以下である。
【0036】
アルカリ金属酸化物とアルカリ土類金属酸化物の含有割合の合計(総量)は、ガラスの溶融性を向上させ、かつガラス転移温度Tgの調節による安定した電圧印加のために、15%を超える量が好ましい。アルカリ金属酸化物とアルカリ土類金属酸化物の含有割合の合計は、より好ましくは17%以上、特に好ましくは20%以上であり、上限は好ましくは35%以下である。
【0037】
本発明の成形方法で用いられるガラス基体を構成するガラスは、本発明の目的を損なわない範囲で、その他の成分を含有してもよい。そのような成分を含有する場合、それらの成分の含有割合の合計は10%以下が好ましく、より好ましくは5%以下である。実質的に以上の成分からなること、すなわちその他の成分を含有しないことが特に好ましい。以下、上記その他成分について例示的に説明する。
【0038】
SrOは必要に応じて含有してもよいが、MgOやCaOに比べてガラスの比重を大きくするので、材料の軽量化の観点からは、その含有割合は1%未満が好ましい。SrOの含有割合は、より好ましくは0.5%未満、特に好ましくは0.2%未満である。
【0039】
BaOはアルカリ土類金属酸化物の中でガラスの比重を大きくする作用が最も大きいので、材料の軽量化の観点からは、含有しないか、あるいは含有する場合であっても、その含有割合は1%未満が好ましい。BaOの含有割合は、より好ましくは0.5%未満、特に好ましくは0.2%未満である。
SrOとBaOを含有する場合、それらの含有割合の合計は1%未満が好ましい。SrOとBaOの含有割合の合計は、より好ましくは0.5%未満、特に好ましくは0.2%未満である。
【0040】
ZrO
2は必須成分ではないが、ガラスの耐薬品性向上のために含有してもよい成分である。ZrO
2を含有する場合、その含有割合は0.1%以上がより好ましく、さらに好ましくは0.3%以上、特に好ましくは1.5%以上である。
【0041】
ZnOはガラスの高温での溶融性を向上するために、例えば2%まで含有してもよい場合があるが、好ましくはその含有割合は1%以下である。ガラスをフロート法で製造する場合などには、含有割合を0.5%以下にすることが好ましい。ZnOの含有割合が0.5%超では、フロート成形時に還元し製品欠点となるおそれがある。典型的にはZnOは含有しない。
【0042】
SnO
2を含有する場合、その含有割合は0.5%未満が好ましい。SnO
2の含有割合が0.5%以上の場合には、ガラスの安定性が損なわれるおそれがある。SnO
2の含有割合は、より好ましくは0.1%未満、特に好ましくは0.05%未満である。
さらに、これらの各成分を含有するガラスは、溶融の際の清澄剤として、SO
3、塩化物、フッ化物などを適宜含有してもよい。
【0043】
なお、このようなガラスにおけるガラス転移温度Tgは、概ね500〜700℃の範囲にあることが好ましい。ただし、本発明の成形方法に用いるガラス基体を構成するガラス材料のガラス転移温度Tgは、前記範囲に限定されるものではない。
【0044】
このようなガラスから構成されるガラス基体の形状は、互いに平行な一対の主面を有する形状であれば特に限定されない。一対の主面が平坦な平面である平板状のものでも、一対の主面が曲面である曲板状のものでもよい。本明細書において、これら平板状または曲板状のガラス基体をガラス基板といい、以下の記載においては、ガラス基板の成形について説明する。
ガラス基板の厚さは特に限定されない。ガラス成形体の用途に応じて、例えば、1μm〜5mmの厚さのガラス基板を使用することができる。
【0045】
<成形装置>
本発明の成形方法に用いられる成形装置の第1の例を、
図3に示す。
図3は、成形装置10の構成を概略的に示す図である。
この成形装置10は、導電性を有する基盤11と、この基盤11の上に、一方の主面(例えば下面)が接触するように配置されたガラス基板12と、ガラス基板12の他方の主面(例えば上面。成形面ともいう。)に型面13aである外周面が当接するように保持されたロール状成形型13と、ガラス基板12とロール状成形型13を加熱し所定の温度に保持するために、これらに接してまたはこれらの近傍に配置された電熱ヒータ(図示を省略。)と、導電性の基盤11をアース極または負極とし、ロール状成形型13の型面13aを正極として、ガラス基板12に対して直流電圧を印加するための直流電源14とを備えている。
【0046】
また、成形装置10は、ロール状成形型13をその軸13bの周りに回転させる回転機構(図示を省略。)と、ロール状成形型13を、その型面13aとガラス基板12の成形面との当接状態を保持したままで、ガラス基板12の成形面に平行に移動させる成形型移動機構(図示を省略。)を備えている。さらに、ロール状成形型13の型面13aをガラス基板12の成形面に押圧する加圧機構を備えていてもよい。
図3において、ロール状成形型13の回転方向およびロール状成形型13の移動方向を、それぞれ矢印で示す。
【0047】
ここで、ロール状成形型13の回転速度は、そのロール径により調整可能となっており、ロール状成形型13の移動速度は、前記回転速度に同期して調整される。
【0048】
そして、このような成形装置10は、窒素雰囲気等に保持されたチャンバ(図示を省略。)内に配置されている。なお、大気中で成形を行う場合は、チャンバを有しない構成とする。また、ガラス基板12およびロール状成形型13を加熱し所定の温度に保持する機構は、電熱ヒータに限定されるものではなく、ガラス基板12等を所定の温度に加熱、保持できる機構であればよい。
以下、このような成形装置10を構成する各部材などについて、さらに説明する。
【0049】
(基盤)
ガラス基板12が載せられる基盤11は、成形の際に直流電圧が印加されるアースまたは負極となるものであり、導電性の材料から構成される。基盤11を構成する導電性の材料は、後述する加圧力に耐える機械的強度を有するものが好ましい。
【0050】
このような導電性材料としては、銀、銅、アルミニウム、クロム、チタン、タングステン、パラジウム、ステンレス等の金属および合金、およびタングステンカーバイド(WC)、シリコンカーバイド(SiC)、カーボン等が挙げられる。機械的強度の点からは、WC、SiC、SUS304やSUS318のようなステンレス等が好ましく、コストの点からは、カーボンが好ましい。
【0051】
アースまたは負極となる基盤11は、ガラス基板12の裏面(成形面と反対側の面)全体と接触する形状および構造とすることが好ましい。このような形状および構造とすることで、ガラス基板12内部に均一に電界がかかり、アルカリ金属イオンの移動が促進される。また、後述するように、複数個の小ロールを各軸がロール状成形型13の回転軸13bと平行になるように並べて配置したものを、前記基盤11にすることもできる。すなわち、このような小ロールからなる基盤11の上にガラス基板12を配置し、小ロールの集合体全体をアースまたは負極となるように直流電源14を接続することもできる。さらに、このような小ロールの集合体からなる基盤11を使用し、ガラス基板12を搬送し、その成形面に平行な水平方向に移動させることもできる。
【0052】
(ロール状成形型)
ロール状成形型13の回転軸13bには直流電源14が接続され、正極となるロール状成形型13の型面13aは、この回転軸13bと電気的に接続されている。このような構造にすることで、ロール状成形型13の型面13aと接するガラス基板12の成形面に、正電圧を負荷して、ガラス基板12内部に十分な強度の電界をかけることができる。
【0053】
また、ロール状成形型13は、ガラス基板12と接触する型面13aに、凹凸形状の微細パターンを有する。ロール状成形型13も、後述する加圧力に耐える機械的強度を有する材料から構成されることが好ましい。さらに、ガラス基板12の成形面(当接面)に所定の正電圧を印加できるように、少なくとも型面13aは、導電性材料により構成される。ロール状成形型13は、ロール面である型面13aを含めて全体が、機械的強度と耐久性を有する材料から構成されることが好ましい。ここで、導電性材料としては、例えば、ニッケル、クロム、モリブデン、SUS304やSUS318のようなステンレス等の金属および合金、白金、イリジウム、ロジウム等の貴金属、カーボン、SiC、WC等が挙げられる。さらには、ロール状成形型13の加熱温度を超える耐熱性を有する材料であれば、導電性の有機材料の使用も可能である。
なお、ロール状成形型13の型面13aにおいては、ガラス基板12の主面に当接される領域の両側に、ロール支持部分の熱変形を防ぐために、セラミックからなる断熱層を設けることが好ましい。
【0054】
ロール状成形型13は、前記した導電性材料により全体を形成してもよいし、あるいは、SiO
2等の絶縁材料で形成した円筒状の型本体の少なくとも型面に、前記導電性材料からなる薄膜を被覆形成し、この導電性薄膜を、前記したように、直流電源14の正極と電気的に接続してもよい。
【0055】
本発明の実施形態の成形方法においては、(Tg+50℃)以下の十分に低い温度で、かつ十分に低い電圧(例えば、1000V以下)印加によりガラス基板12の成形が行われるので、ロール状成形型13の型面13aとガラス基板12の当接面(成形面)とが接合するという問題が生じない。そして、ロール状成形型13を回転させながら、その回転速度に合わせて、ガラス基板12の当接面に平行な方向に移動させて成形を行っているので、大面積のガラス基板12に対しても、大型の成形型を使用する必要がなく、低コストで成形することができる。
【0056】
ロール状成形型13の型面13aに形成された微細パターンの凹凸の段差(凹部の表面と凸部の表面の高低差を意味する。以下、「型段差」という。)は、100nm以上が好ましく、200nm以上がより好ましく、1μm以上がさらに好ましく、10μm以上が特に好ましい。ロール状成形型13の型面13aにおける凹部の表面とガラス基板12の当接面(成形面)との距離が大きいほど、ガラス基板12に印加される電界パターンがより鮮明になるため、ガラス基板12において、ロール状成形型13の型面13aの凸部と接する部分のアルカリ金属イオンの移動により促進されるガラスの変形の度合いも大きくなる。また、ロール状成形型13の作製のし易さの点から、微細パターンの型段差は、100μm以下が好ましく、50μm以下がより好ましく、20μm以下がさらに好ましい。
【0057】
このとき、ガラス基板12の当接面(成形面)に形成される凹凸の高低差は、型面13aの微細パターンのピッチには依存せず、1〜200nmが好ましく、5〜100nmがより好ましく、10〜85nmがさらに好ましく、20〜50nmが特に好ましい。前記したロール状成形型13の型面13aの型段差は、ガラス基板12の当接面(成形面)に形成される凹凸の高低差以上である。こうして、(Tg+50℃)以下という十分に低い温度でかつ十分に低い電圧印加により、ガラス基板12の成形面に対する成形が可能となる。
【0058】
ロール状成形型13の型面13aに形成された前記微細パターンのピッチは、50nm〜50μmが好ましく、100nm〜10μmがより好ましく、300nm〜900nmがさらに好ましい。
【0059】
次に、本発明に使用可能な成形装置の別の例を、
図4〜9に示す。これらの成形装置によっても、
図3に示す成形装置を用いた場合と同様に、回転成形型の型面に形成された凹凸形状の微細パターンを、ガラス基板の成形面に精度良く転写できる。
なお、
図4〜
図9において、
図3に示す成形装置と同じ部分には同じ符号を付し、各図面においても同じ部分には同じ符号を付している。また、回転成形型の回転方向およびガラス基板を搭載した基盤等の移動方向を、矢印で示す。さらに、
図5〜
図9において、直流電源は省略している。
【0060】
<第2および第3の例>
成形装置10の第2の例では、
図4に示すように、ガラス基板12を搭載した導電性の基盤11に、ガラス基板搬送機構(図示を省略。)が設けられている。そして、ガラス基板12を、ロール状成形型13の型面13aと当接した状態を保ったままで、成形面に平行な水平方向(矢印で示す。)に搬送するように構成されている。
【0061】
ガラス基板搬送機構は、ガラス基板12を搭載したままで、導電性の基盤11をその搭載面に平行な水平方向に移動させることができる機構であればよい。
図5に、第3の例として示すように、多数の導電性の小ロール11aを並べて配置することで基盤11を構成し、各小ロール11aを自転させることで、多数の小ロール11aの集合体である基盤11自体をガラス基板搬送機構としてもよい。
【0062】
<第4の例>
成形装置の第4の例では、
図6に示すように、複数個(例えば2個)のロール状成形型15,16が、所定の間隔をおいて並べて配置されており、これらのロール状成形型15,16は、それぞれの配置位置で回転軸15b,16bの周りに回転駆動されている。そして、小ロール11aの集合体からなる基盤11がガラス基板搬送機構として機能し、ガラス基板12をその成形面に平行な水平方向に搬送するように構成されている。
【0063】
このような成形装置10において、複数個のロール状成形型15,16を、型面15a,16aに形成された凹凸のパターンの配列形状や深さが異なるものとした場合には、ガラス基板12には、複数個のロール状成形型15,16の各型面15a,16aの凹凸パターンが合成されたパターンが転写される。したがって、ガラス基板12の成形面に形成される凹凸パターンの自由度が増すという利点がある。
【0064】
<第5の例>
成形装置10の第5の例では、
図7に示すように、ロール状成形型に代わって、ベルト状成形型17が用いられている。ベルト状成形型17は、複数個(例えば2個)の回転ロール18の間に架け渡され、回転ロール18の回転に応じてこれらの回転ロール18の外周面に沿ってエンドレスに輪転するように構成されたベルト状の型である。そして、ベルト状成形型17の外周面である型面17aに凹凸形状の微細パターンを有し、この型面17aをガラス基板12の成形面に当接した状態で、前記第3の例と同様にガラス基板搬送機構として機能する基盤11により、ガラス基板12をその成形面に平行な水平方向に搬送するように構成されている。
【0065】
<第6および第7の例>
図8に示す成形装置10の第6の例、および
図9に示す第7の例では、回転成形型として、第5の例と同様にベルト状成形型17が用いられている。また、ガラス基板搬送機構としては、複数個(例えば2個)の基盤側回転ロール19の間に架け渡され、これら基盤側回転ロール19の回転に応じて外周面に沿ってエンドレスに輪転し移動する搬送ベルト20が設けられている。そして、この搬送ベルト20の上にガラス基板12が配置され、ガラス基板12をその成形面に平行な水平方向に搬送するように構成されている。また、搬送ベルト20は、導電性材料で構成され、アースまたは負極となるように直流電源に接続されている。
【0066】
ここで、ベルト状成形型17を駆動する回転ロール18の径と、搬送ベルト20を駆動する基盤側回転ロール19の径は、必ずしも等しくなくてもよいが、ベルト状成形型17の型面17aがスリップすることなくガラス基板12の成形面に当接されるように、搬送ベルト20の移動速度、すなわちガラス基板12を水平方向に搬送する速度は、ベルト状成形型17の輪転速度に同期して調整する必要がある。
【0067】
また、正極としてガラス基板12の成形面に接するベルト状成形型17の長さと、アースまたは負極としてガラス基板12の裏面に接する搬送ベルト20の長さは、成形の効率の観点から、
図8に示すように等しいことが好ましいが、
図9に示すように、ガラス基板12の裏面に接する搬送ベルト20の長さの方を長くすることもできる。
【0068】
<第8の例>
成形装置の第8の例は、薄い(例えば厚さが0.3mm以下)シート状のガラス基板(以下、ガラスシートという。)の主面を成形する装置である。この成形装置は、
図10に示すように、所定の位置に配置されたロール状成形型13の型面13aに沿わせて、ガラスシート12aを連続的に走行させ、ロール状成形型13の型面13aとの当接部で、ガラスシート12aの当接面と反対側の面を導電性の基盤11により支持し、ロール状成形型13を正極とし基盤11をアースまたは負極とする直流電圧を印加するように構成されている。
なお、
図10において、符号21は送り出しロール、22は巻き取りロール(引き取りロール)、23はガイドロールを示す。また、ガラスシート12aの走行方向を矢印で示す。
【0069】
次に、本発明の実施形態における成形の条件(ガラス基板の温度、印加電圧、成形雰囲気など)について説明する。第1の例の成形装置を使用する場合だけでなく、第2〜第8の例の成形装置のいずれを使用する態様においても、下記成形条件により成形することが好ましい。
【0070】
(ガラス基板の温度)
ガラス基板12の温度Tは、100℃より高く、かつガラス材料のガラス転移温度をTgとしたとき、(Tg+50℃)以下の温度とする。すなわち、100℃<T≦Tg+50℃とする。なお、この温度は、ガラス基板12の成形面の温度であり、ガラス基板12の成形面以外の部位は必ずしもこの温度にする必要はないが、加熱効率および成形作業の効率の点で、ガラス基板12全体が100℃より高くかつ(Tg+50℃)以下の温度に加熱されることが好ましい。また、成形の容易性の点から、回転成形型であるロール状成形型13またはベルト状成形型17も、ガラス基板12と同じ温度に加熱することが好ましい。
【0071】
ガラス基板12の温度Tを100℃より高くすることで、ガラス材料中でのアルカリ金属イオンの移動が容易になり、ガラス基板12の成形面における表層部に、アルカリ低濃度領域を形成し、成形を容易に行うことができる。また、ガラス基板12の温度Tを(Tg+50℃)以下にすることで、成形面以外のガラス材料の変形を最小限に抑えることができるうえに、回転成形型であるロール状成形型13またはベルト状成形型17(以下、回転成形型と示す。)への熱的なダメージを低減でき、加熱および遮熱構造を簡易化できる。ガラス基板12の温度Tを(Tg−50℃)以下にした場合には、ガラスの粘性変形を抑え、ガラス基板12を流れる電流が高くなるのを抑えることができる。さらに、温度Tを(Tg−150℃)以下にした場合には、ロール状成形型13の型面13aまたはベルト状成形型17の型面17aが高温の酸化雰囲気になることがないため、これらの成形型を構成する導電性材料の腐食がほとんど生じない。したがって、ガラスに対する良好な離型性と実用的な型寿命が得られる。
【0072】
(印加電圧)
前記した導電性の基盤11または搬送ベルト20をアースまたは負極とし、ロール状成形型13の型面13aまたはベルト状成形型17の型面17a(以下、回転成形型の型面と示す。)を正極として、ガラス基板12に対して1〜1000Vの直流電圧を印加することが好ましい。1000V以下の電圧であっても、ガラス基板12の正極に近い成形面側の表層部において、ガラス基板12を構成するガラスの組成に含まれるアルカリ金属イオンが、アースまたは負極である基盤11または搬送ベルト20に接する面(裏面)側に向って、ガラス中を移動する。その結果、ガラス基板12の成形面の所定の領域(回転成形型の型面の凸部に接する第1の領域)の表層部に、アルカリ低濃度領域が形成され、100℃より高くかつ(Tg+50℃)以下の温度での成形が可能となる。
【0073】
また、この電圧範囲とすることで、ガラス基板12と回転成形型との間、およびそれらと成形装置のその他の構成部材との間で絶縁破壊が生じるおそれがないので、絶縁構造を簡易化でき、小型で簡易な装置による成形が可能となる。また、1000V以下の印加電圧では、回転成形型の型面に離型膜を形成した場合、離型膜が消耗しないという利点がある。印加電圧の上限は、800V以下がより好ましく、600V以下がより好ましく、500V以下がより好ましく、300V以下がさらに好ましい。印加電圧は、100〜300Vであることがより好ましく、200〜300Vであることがさらに好ましい。
【0074】
直流電圧を印加する時間は、印加電圧、回転成形型の型面の型段差、ガラス基板12の当接面に形成する凹凸の高低差等によるが、10〜900秒間が好ましく、10〜300秒間がより好ましく、60〜200秒間がさらにより好ましい。
成形型の型面の凹凸パターンをガラス基板の当接面に対して、いっそう精度よく転写する一つの方法として、成形型の型面とガラス基板との間でコロナ放電を発生させない方が好ましい。この場合の印加電圧は100〜300Vが好ましく、印加する時間は60〜900秒間が好ましい。また、この場合において、成形型の凹凸の高低差が十分でないときには、ガラス基板の移動速度、成形型の回転または輪転する速度を減少し、印加する時間は長い方がよい。この場合の印加する時間は、300〜900秒間がより好ましい。これは、ガラス基板に分極が生じた後も微弱な電流は流れるため、印加する時間が長い程、供給した電気量が大きくなり、エッチングしやすくなるためと考えられる。ここで、コロナ放電が発生しない状態とは、直流電流の放電による急激な変化が検知されない状態をいう。
【0075】
(成形雰囲気)
ガラス基板12の成形が行われる雰囲気、例えば、前記成形装置10が配置されるチャンバ内の雰囲気は、真空雰囲気またはアルゴン等の希ガス雰囲気とする必要はなく、空気または窒素を主体とする雰囲気が好ましい。窒素を主体とする雰囲気がより好ましい。ここで、「空気または窒素を主体とする雰囲気」とは、空気または窒素の含有割合が雰囲気ガス全体の50体積%を超える気体状態をいう。成形を空気または窒素を主体とする雰囲気で行うことにより、真空中または希ガス中で行う場合に比べて、装置を小型簡易化できるとともに、装置構成の自由度が向上する。
【0076】
(加圧力)
ガラス基板12の成形面に対する加圧機構は、回転成形型を外部からの荷重等により加圧し、回転成形型の型面をガラス基板12の成形面に押圧できる機構であれば、特に限定されない。また、特に加圧機構を用いず、回転成形型の自重により、ガラス基板12の成形面に対する加圧を施してもよい。加圧により、より短時間で安定して成形を行うことが可能となる。加圧力は0.1MPa〜10MPaの範囲が好ましい。加圧力をこの範囲とすることで、ガラス基板12および回転成形型に損傷を与えることなく、ガラス基板12の成形面と回転成形型の型面とを確実に当接させ、型面の微細パターンをガラス基板12の成形面に精度良く転写できる。加圧力は5MPa以下が好ましく、4MPa以下がより好ましく、3MPa以下がさらに好ましい。
【0077】
加圧は直流電圧印加前に行ってもよいが、電圧印加まで加圧を継続するか、または電圧を印加した状態で加圧を行うことが好ましい。さらに、効率的に成形を行うために、回転成形型を加圧した状態で一定時間保持することが好ましい。加圧時間は、上記電圧印加における印加電圧、回転成形型の型面の型段差、ガラス基板12の当接面に形成する凹凸の高低差等によるが、概ね10〜250秒間が好ましく、60〜200秒間がより好ましい。
【0078】
このように、本発明の実施形態によれば、ガラス基板12と回転成形型とを、100℃を超え(Tg+50℃)以下の温度に加熱、保持し、かつ十分に低い直流電圧を印加することにより、回転成形型の型面に形成された凹凸形状の微細パターンを、ガラス基板12の当接面である成形面に精度良く転写できる。そして、成形面に形状精度の高い凹凸パターンを有するガラス成形体を得ることができ、従来に比べて低コストの成形を実現できる。ガラス基板12と回転成形型とを、ガラス基板12を構成するガラス材料のガラス転移温度Tgよりも150℃以上低い温度に加熱する場合には、装置の遮熱構造および断熱構造を簡略化できるうえに、回転成形型の型面に形成される保護用等の被覆層を、従来に比べて耐熱性や耐蝕性が低い材料により構成できるので、装置の小型化と構成材料の低コスト化が可能となる。また、回転成形型の熱による劣化が抑制され、回転成形型の寿命が長くなることでコスト低減が図れるとともに、回転成形型の交換にかかる時間を節約できるため、生産性が向上する。
【0079】
さらに、成形の際の外部からの加圧(荷重の負荷)を低減することも可能であるので、ガラス基板12や回転成形型の加圧による破損を防止することができる。また、ガラス材料が軟化するまえの状態で微細パターンを転写するため、微細パターンが転写される成形面以外の部位でガラス材料に変形が生じることがなく、転写精度が高い。特に、回転成形型の型面の微細パターンの角部など、通常の方法では荷重の負荷が困難な部分に、電界集中により大きな力が働くため、より精度の高い転写・成形が可能である。
【0080】
本発明の成形方法の実施形態により、凹凸形状の微細パターンが形成された成形面を有し、アルカリ低濃度領域が成形面の凹部の表層部に形成されたガラス成形体を得ることができる。ガラス成形体の成形面に形成された凹凸形状の微細パターンにおいて、凹凸の高低差である段差(以下、ガラス段差という。)は、1〜200nmの範囲とできる。
【0081】
なお、前記したように、アルカリ低濃度領域は、通常ナトリウムイオンの含有濃度が他の領域より低い、すなわちガラス母材より低い領域であり、具体的には、ナトリウムイオンの含有濃度が、モル基準で例えば初期値(ガラス母材)の1/10以下である領域を、アルカリ低濃度領域とできる。ここで、ナトリウムイオンの含有濃度は、例えば、TOF−SIMS(飛行時間型二次イオン質量分析)により測定した値とする。本発明で得られたガラス成形体では、このようなアルカリ低濃度領域は、回転成形型の型面の凸部によって座屈した凹部の深さより、さらに深い領域を有する。
【0082】
<エッチング工程>
こうして本発明の成形方法で得られるガラス成形体は、エッチング液を用いてエッチング処理を行うことにより、成形面に形成された凹凸形状の微細パターンにおいて、凹凸の高低差であるガラス段差をより大きくすることができる。これは、ガラス成形体の成形面の凹部の表層部が、成形面の凸部の表層部に比べてアルカリ濃度が低くなっているために、凹部の表層部のエッチングレートが大きいためと考えられる。
【0083】
エッチング液の主成分としては、KOH、HF、BHF、HCl、HFとKFの混合物、HFとKClの混合物、HFとH
2SO
4の混合物、および、HFとNH
4Fと有機酸(例えば、酢酸)から選択される1種または2種以上が好ましい。より好ましくは、KOH、HF、またはBHFであり、最も好ましくは、KOHである。
エッチング液における固形分濃度は、高濃度であるほど生産性(エッチング効率)が高く、1質量%〜65質量%が好ましい。より好ましくは、10質量%〜60質量%である。
【0084】
エッチング処理時のエッチング液の温度は、高温であるほど生産性が高く、10℃〜100℃が好ましい。より好ましくは、20℃〜80℃である。
エッチング液にガラス基板を浸漬する時間は、ガラスの組成と形成される凹凸形状にも依存するが、48時間以内が好ましく、24時間以内がより好ましく、16時間以内がよりいっそう好ましく、12時間以内がさらに好ましく、5時間以内が特に好ましい。
エッチング処理方法としては、浸漬、撹拌、スプレー等の方法から選択できる。ガラス表面のエッチャントの流れを促進し、凹凸の高低差をより大きくできることから、スプレー法が好ましい。
【0085】
エッチング処理により得られるガラス成形体の成形面に形成された凹凸形状の微細パターンにおいては、凹凸の高低差であるガラス段差を、エッチング処理前のガラス成形体の成形面に形成されたガラス段差の2〜100倍とすることが可能である。好ましくは2〜50倍であり、より好ましくは2〜10倍である。エッチング処理後のガラス段差は、具体的には10〜3000nmの範囲にできる。このガラス段差は、好ましくは20〜1000nmであり、より好ましくは40〜850nmであり、さらに好ましくは100〜500nmである。
【0086】
エッチング処理により得られるガラス成形体の成形面に形成された微細パターンのピッチは、50nm〜50μmが好ましく、100nm〜10μmがより好ましく、300nm〜900nmがさらに好ましい。
【実施例】
【0087】
以下、本発明の実施例について具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0088】
(実施例1〜3)
ガラス基板として、酸化物基準の質量%表示で、SiO
2を70%、Al
2O
3を2%、Na
2Oを13%、CaOを10%、MgOを4%、K
2O、Fe
2O
3、SO
3を合計で1%未満含有するソーダライムガラス(ガラス転移温度Tg555℃)の基板(旭硝子株式会社製、主面は30mm×80mmの矩形で厚さは1.0mm)を使用した。また、ロール状成形型として、直径30mmで軸方向の有効幅が30mmのステンレス(SUS304)製のものを使用した。なお、ロール状成形型のロール面には、凸部の幅100μm、凹部の幅330μm、凸部のピッチ430μm、凸部の高さ(型段差)100μmの凹凸パターンを有する型面が形成されていた。そして、このようなロール状成形型と前記ガラス基板とを、
図3に示す成形装置10にセットし、大気雰囲気とした。
【0089】
次いで、ガラス基板の上面(成形面)にロール状成形型の型面を当接させた状態で、ガラス基板とロール状成形型を500℃(<Tg+50℃)に加熱するとともに、ガラス基板の下の基盤を負極、ロール状成形型を正極として、実施例1では400V、実施例2では450V、実施例3では500Vの直流電圧を印加した。そして、ロール状成形型を回転させながら、ガラス基板の成形面に平行でガラス基板の長辺に沿った方向に、ロール状成形型を0.02mm/秒の速度で移動させた。こうして回転するロール状成形型をガラス基板の長辺に沿って50分間移動させて、ガラス基板の主面全体の成形を行った。
【0090】
こうして得られたガラス成形体において、成形面に転写・形成された凹凸の高低差であるガラス段差を測定した。測定結果を表1に示す。
さらに、得られたガラス成形体を、70℃に保持した濃度55質量%のKOH水溶液に所定の時間(10時間および20時間)浸漬して成形面をエッチングし、エッチング後の成形面のガラス段差を測定した。測定結果を表1に示す。なお、ガラス段差の測定は、エッチング前およびエッチング後のいずれにおいても、原子間力顕微鏡を用いて行った。
【0091】
【表1】
【0092】
また、ガラス段差の測定結果を、エッチング時間を横軸として
図11のグラフに示す。
表1の測定結果および
図11のグラフから、以下のことがわかる。すなわち、型面に凹凸パターンを有するロール状成形型を使用し、所定の加熱温度で加熱しながら400〜500Vの直流電圧を印加してガラス基板の凹凸を成形することで、凹凸の高低差であるガラス段差が十分に高いガラス成形体を得ることができる。また、成形体におけるガラス段差は、エッチングにより大きくなる。特に、印加電圧が450Vおよび500Vの場合は、エッチング時間の増大とともに、ガラス段差が直線的に大きく増大していることがわかる。
【0093】
(実施例4〜8)
ガラス基板として、実施例1〜3と同じ組成を有するソーダライムガラス(ガラス転移温度Tg555℃)の基板(旭硝子株式会社製、主面は10mm×10mmの矩形で厚さは1.0mm)を使用した。成形型のロール面には、凸部の幅60μm、凹部の幅360μm、凸部のピッチ420μm、凸部の高さ(型段差)40μmの凹凸パターンを有する型面が形成されていた。そして、この成形型と前記ガラス基板とを、
図3に示す成形装置10にセットし、窒素雰囲気とした。
【0094】
次いで、ガラス基板の上面(成形面)にロール状成形型の型面を当接させた状態で、ガラス基板と成形型を、実施例4では350、実施例5では400、実施例6では450、実施例7では500、実施例8では550℃に加熱するとともに、ガラス基板の下の基盤を負極、成形型を正極として、200Vの直流電圧を840秒の間印加するとともに、昇圧時間30秒で3MPaまで加圧した。こうして、ガラス基板に凹凸の成形を行った。この際に、直流電流の放電による急激な変化は検知されず、コロナ放電の発生はなかった。
【0095】
さらに、得られたガラス成形体を、70℃に保持した濃度55質量%のKOH水溶液に10時間浸漬して成形面をエッチングし、エッチング後の成形面のガラス段差を表面粗さ計で測定した。
この結果、全ての加熱条件(実施例4〜8)で、1μm程度のガラス段差を有し、成形型の形状に比較的忠実な溝を形成できた。350、400、450、500、550℃の加熱温度に対して、電気量は、順に、12、27、24、22、21ミリクーロン(mC)となった。なお、これらの電気量は、加熱温度350℃の場合を除いて、コロナ放電が発生する電圧400V、印加時間90秒、加熱温度350〜500℃の場合の16〜17ミリクーロンに比べて大きな量であった。