特許第6528042号(P6528042)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6528042
(24)【登録日】2019年5月24日
(45)【発行日】2019年6月12日
(54)【発明の名称】光子検出装置及び光子検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01J 1/02 20060101AFI20190531BHJP
   H01L 39/00 20060101ALI20190531BHJP
【FI】
   G01J1/02 RZAA
   H01L39/00 A
【請求項の数】7
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-123764(P2015-123764)
(22)【出願日】2015年6月19日
(65)【公開番号】特開2017-9372(P2017-9372A)
(43)【公開日】2017年1月12日
【審査請求日】2018年5月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100125298
【弁理士】
【氏名又は名称】塩田 伸
(72)【発明者】
【氏名】全 伸幸
(72)【発明者】
【氏名】馬渡 康徳
(72)【発明者】
【氏名】藤井 剛
(72)【発明者】
【氏名】吉川 信行
【審査官】 塚本 丈二
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−363485(JP,A)
【文献】 特表2014−529923(JP,A)
【文献】 特開2004−19777(JP,A)
【文献】 BERDIYOROV, G. R. et al.,Spatially dependent sensitivity of supercoducting meanders as single-photon detectors,Appl. Phys. Lett.,2012年 6月25日,Volume 100, Issue 26,pp. 262603-1 - 262603-4
【文献】 YAMASHITA, T. et al.,Origin of intrinsic dark count in supercoducting nanowire single-photon detectors,Appl. Phys. Lett.,2011年10月17日,Volume 99, Issue 16,pp. 161105-1 - 161105-3
【文献】 SAHIN, D. et al.,Waveguide Nanowire Superconducting Single-Photon Detectors Fabricated on GaAs and the Study of Their,IEEE JOURNAL OF SELECTED TOPICS IN QUANTUM ELECTRONICS,2015年 3月,Vol. 21, No. 2,Page. 3800210, 1-10
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01J 1/00−1/60
H01L 39/00
G01T 1/00−1/16
G01T 1/167−7/12
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
IEEE Xplore
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
板面が光子検出面とされる長板状の超伝導ストリップ線及び前記超伝導ストリップ線にバイアス電流を供給するバイアス電流供給手段を有する光子検出部と、
光子検出時に前記超伝導ストリップ線から飛散する磁束を検出可能な単一磁束量子コンパレータ回路と、を有し、
前記単一磁束量子コンパレータ回路が、少なくとも配線内にジョセフソン接合を有するジョセフソン接合配線と、前記ジョセフソン接合配線−前記超伝導ストリップ線間を電気的に接続する超伝導配線とを有し、
前記超伝導ストリップ線と前記超伝導配線と前記ジョセフソン接合配線とで前記磁束を検出可能な超伝導ループが構成されることを特徴とする光子検出装置。
【請求項2】
バイアス電流供給手段が超伝導ストリップ線の臨界電流値に対し、値が60%〜85%の大きさのバイアス電流を前記超伝導ストリップ線に流す手段である請求項1に記載の光子検出装置。
【請求項3】
検出対象の光子が導波される光導波路上に超伝導ストリップ線が配される請求項1から2のいずれかに記載の光子検出装置。
【請求項4】
光導波路の光導波方向に沿って超伝導ストリップ線が複数配されるとともに、個々の前記超伝導ストリップ線に対応して光子検出部と単一磁束量子コンパレータ回路が複数配され、更に、個々の前記単一磁束量子コンパレータ回路から出力されるそれぞれの出力信号が統合して入力される統合入力回路が配される請求項3のいずれかに記載の光子検出装置。
【請求項5】
更に、参照時間信号の入力時間と、磁束の検出に伴い単一磁束量子コンパレータ回路又は統合入力回路から出力される出力信号の入力時間との時間差を計測し、前記時間差から前記出力信号をデジタルデータ化する時間デジタル変換器を有する請求項1から4のいずれかに記載の光子検出装置。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の光子検出装置を用いて光子を検出する方法であって、
バイアス電流を超伝導ストリップ線に流した状態で検出面に前記光子を入射させ、前記光子の入射により前記超伝導ストリップ線から飛散する磁束を単一磁束量子コンパレータ回路で検出することで、前記光子を検出することを特徴とする光子検出方法。
【請求項7】
超伝導ストリップ線の臨界電流値に対し、値が60%〜85%の大きさのバイアス電流を前記超伝導ストリップ線に流す請求項6に記載の光子検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超伝導ストリップ線を用いた光子検出装置及び光子検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
情報安全性の確保は、ネットワーク社会の緊急課題であり、量子暗号通信が中核を担う技術として期待されている。
しかしながら、現状の安全鍵生成率は、十分ではなく実用的ではない。実用的な安全鍵生成率を実現するためには、光子検出器の高性能化が必須であり、緊急の課題である。
【0003】
従来、通信波長帯(1,550nm)の光子検出には、InGaAsアバランシェフォトダイオード(APD;Avalanche Photodiode)が広く用いられてきたが、アフターパルスの発生やダークカウントが多いという問題がある。これらの問題は、鍵生成の誤り率を増大させる要因であるが、APDの動作原理上、避けることは困難である。
【0004】
また、従来、超伝導ストリップ光子検出装置(SSPD;Superconducting Strip Photon Detecter)が光子検出に用いられている(特許文献1,2参照)。SSPDは、アフターパルスの発生がなく、ダークカウントが比較的少ないという特長を有しており、量子暗号通信を実現する光子検出器として有力である。
しかしながら、SSPDは、動作原理上、高い感度とダークカウントレートを両立させることは困難である。
【0005】
従来のSSPD光子検出装置の等価回路を図1(a)に示す。SSPDは、厚さが数nm、幅が数十〜数百nmの超伝導ストリップ線から構成される光子検出装置であり、常時バイアス電流を超伝導ストリップ線に流して動作させる。バイアス電流を流した状態の超伝導ストリップ線に光子が入射されると、超伝導ストリップ線の幅方向に完全な常伝導領域が形成される(図1(a)、N参照)。するとバイアス電流は、順方向に流れることができなくなり、測定系に電流パルスが出力される。SSPDでは、この電流パルスを光子検出信号として利用する。
ここで、光子が超伝導ストリップ線に入射された際に電流パルスが発生する確率(量子効率)、即ち感度は、図1(b)に示すように、バイアス電流の大きさに依存する(非特許文献1参照)。バイアス電流が大きいほど量子効率が高くなるが(左軸参照)、同時にダークカウントも増加する(右軸参照)。なお、図1(b)は、量子効率のバイアス電流依存性とダークカウントレートのバイアス電流依存性を示す図である。
このように、SSPD光子検出装置では、高い感度と低いダークカウントレートを両立させることは不可能である。
【0006】
また、電流パルスを光子検出原理とするため、図1(a)に示す電流パルスを増幅するための低ノイズアンプを用いる必要がある。低ノイズアンプは、検出システムのジッタに悪影響を及ぼす問題がある。
また、光子検出原理である電流パルスの立下り時間τは、超伝導ストリップ線のインダクタンスLの大きさによって制限される。インダクタンスLは、超伝導ストリップ線の全長の断面積に反比例し、インダクタンスLの大きさを小さくするためには、超伝導ストリップ線の断面積を大きくする必要がある。しかしながら、感度(量子効率)の観点から超伝導ストリップ線の断面積は、小さくなければならず、これが大きいと光子入射の際の常伝導領域の形成が不完全となり、感度が低下する。そのため、インダクタンスLは、大きくならざるを得ない。したがって、電流パルスの立下りが緩やかで立下り時間τが長くなり、延いては、システムの応答時定数が数十nsと大きくなり、計数率が数百MHz程度しか得られない問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許出願公開第2005/0051726号明細書
【特許文献2】特開2011−176159号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】C. M. Natarajan et al., Supercond. Sci. Technol. 25, 063001 (2012).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、従来技術における前記諸問題を解決し、実用的で、アフターパルスがなく、ダークカウントの発生を抑えた光子検出を行うことができ、かつ、低ジッタで高い計数率が得られる光子検出装置及び光子検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 板面が光子検出面とされる長板状の超伝導ストリップ線及び前記超伝導ストリップ線にバイアス電流を供給するバイアス電流供給手段を有する光子検出部と、光子検出時に前記超伝導ストリップ線から飛散する磁束を検出可能な単一磁束量子コンパレータ回路と、を有し、前記単一磁束量子コンパレータ回路が、少なくとも配線内にジョセフソン接合を有するジョセフソン接合配線と、前記ジョセフソン接合配線−前記超伝導ストリップ線間を電気的に接続する超伝導配線とを有し、前記超伝導ストリップ線と前記超伝導配線と前記ジョセフソン接合配線とで前記磁束を検出可能な超伝導ループが構成されることを特徴とする光子検出装置
> バイアス電流供給手段が超伝導ストリップ線の臨界電流値に対し、値が60%〜85%の大きさのバイアス電流を前記超伝導ストリップ線に流す手段である前記<1>に記載の光子検出装置。
> 検出対象の光子が導波される光導波路上に超伝導ストリップ線が配される前記<1>から<>のいずれかに記載の光子検出装置。
> 光導波路の光導波方向に沿って超伝導ストリップ線が複数配されるとともに、個々の前記超伝導ストリップ線に対応して光子検出部と単一磁束量子コンパレータ回路が複数配され、更に、個々の前記単一磁束量子コンパレータ回路から出力されるそれぞれの出力信号が統合して入力される統合入力回路が配される前記<>のいずれかに記載の光子検出装置。
> 更に、参照時間信号の入力時間と、磁束の検出に伴い単一磁束量子コンパレータ回路又は統合入力回路から出力される出力信号の入力時間との時間差を計測し、前記時間差から前記出力信号をデジタルデータ化する時間デジタル変換器を有する前記<1>から<>のいずれかに記載の光子検出装置。
> 前記<1>から<>のいずれかに記載の光子検出装置を用いて光子を検出する方法であって、バイアス電流を超伝導ストリップ線に流した状態で検出面に前記光子を入射させ、前記光子の入射により前記超伝導ストリップ線から飛散する磁束を単一磁束量子コンパレータ回路で検出することで、前記光子を検出することを特徴とする光子検出方法。
> 超伝導ストリップ線の臨界電流値に対し、値が60%〜85%の大きさのバイアス電流を前記超伝導ストリップ線に流す前記<>に記載の光子検出方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来技術における前記諸問題を解決することができ、実用的で、アフターパルスがなく、ダークカウントの発生を抑えた光子検出を行うことができ、かつ、低ジッタで高い計数率が得られる光子検出装置及び光子検出方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1(a)】従来のSSPD光子検出装置の等価回路を示す図である。
図1(b)】量子効率のバイアス電流依存性とダークカウントレートのバイアス電流依存性を示す図である。
図2】本発明の第1の実施形態の概要を示す説明図である。
図3(a)】超伝導ストリップ線に光子が入射された際にの超伝導秩序パラメータの時間的変動をシミュレートした結果を示す図である。
図3(b)】磁束−反磁束対の解離状況を示す説明図である。
図3(c)】光子が入射した際に超伝導ストリップ線中に起きる現象とバイアス電流との関係を示す図である。
図4】本発明の第2の実施形態の概要を示す説明図である。
図5】本発明の第3の実施形態の概要を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(光子検出装置及び光子検出方法)
<第1の実施形態>
本発明の第1の実施形態の概要を図2に示す。
光子検出装置10は、主として超伝導ストリップ線1と、単一磁束量子(SFQ;Single Flux Quantum)回路としてのジョセフソン伝送線路(JTL;Josephson Transmission Line)回路4とで構成される。
【0014】
超伝導ストリップ線1は、板面が光子検出面とされる長板状の部材である。この超伝導ストリップ線1としては、特に制限はなく公知のものから適宜選択して用いることができる。
また、超伝導ストリップ線1の形状としては、特に制限はないが、ここでは超伝導ストリップ線1から排除される磁束を線の長さ方向と直交する方向に排除させ、JTL回路4での磁束検出を安定化させる目的から直線状の形状とされる。ただし、直線状とする場合でも、光子入射時に線外に排除される磁束をJTL回路4で検出可能な限り、直線状の部位の他に直線状以外の部位を付加することを妨げない。
超伝導ストリップ線1の線幅としては、特に制限はなく、一般に10nm〜200nm程度であり、厚みとしても、特に制限はなく、1nm〜20nm程度である。
また、超伝導ストリップ線1の長さとしては、特に制限はないが、1μm以上10μm未満が好ましく、2μm〜5μmがより好ましい。長さが1μm未満であると、光子吸収率が低くなり、10μm以上であるとJTL回路4での電流検出感度が低下することがある。
【0015】
超伝導ストリップ線1には、バイアス電流が供給される。バイアス電流を供給するバイアス電流供給手段としては、特に制限はなく、例えば、電流源2を介して適宜の大きさのバイアス電流を供給する手段が挙げられる。光子検出装置10では、超伝導ストリップ線1と前記バイアス電流供給手段とで光子検出部が構成される。
【0016】
光子検出装置10では、JTL回路4の初段を構成し配線内にジョセフソン接合(図2中、×で示す接合)を有するジョセフソン接合配線5aと、超伝導ストリップ線1との間を電気的に接続する超伝導配線3とが配され、超伝導ストリップ線1と超伝導配線3とジョセフソン接合配線5aとで磁束を検出可能な超伝導ループが構成される。
即ち、光子検出装置10では、超伝導配線3とジョセフソン接合配線5aとでSFQコンパレータ回路を構成する。
超伝導配線3としては、特に制限はなく、キャパシタが比較的小さいものを採用してもよいが、超伝導ストリップ線1にバイアス電流を流し易くするため、キャパシタが比較的大きいものを採用してもよい。また、超伝導ストリップ線1とジョセフソン接合配線5aとは、前記超伝導ループを構成するため共通の接地で接続される。
なお、JTL回路4としては、特に制限はなく、公知のJTL回路と同様の構成とすることができる。また、ジョセフソン接合としては、2つの超伝導材中に薄い絶縁膜を挟む態様のほか、超伝導材の一部を他の部分よりも細く加工して形成した態様(弱結合)等のジョセフソン効果を発生させる接合を含む。
【0017】
光子検出装置10では、前記超伝導ループが超伝導ストリップ線1から飛散する磁束を捉えるため、例えば、超伝導ストリップ線1の幅方向の延長上に直線状の超伝導ストリップ線1の長さ方向と平行してジョセフソン接合配線5aを配して構成される。
また、磁束の減衰を避けるため、ジョセフソン接合配線5aとしては、超伝導ストリップ線1の近傍に配されることが好ましく、超伝導ストリップ線1−ジョセフソン接合配線5a間の距離としては、最短距離で1μm〜10μmであることが好ましい。
【0018】
光子検出装置10の変形例として、超伝導配線3を設けず、超伝導ストリップ線1とJTL回路4とを別体で構成し、JTL回路4中の超伝導ループで超伝導ストリップ線1から飛散する磁束を検出するように構成することもできる。この変形例では、JTL回路4がSFQコンパレータ回路を構成する。
【0019】
しかしながら、前記超伝導ループを図2に示す超伝導ストリップ線1と超伝導配線3とジョセフソン接合配線5aと構成すると、超伝導配線3を含め、磁束を排出する超伝導ストリップ線1と当該磁束をSFQパルスとして検出可能とするジョセフソン接合配線5aとがモノシリック体として各部の配置関係が固定されて形成され、光子を安定的に検出させることができ、より実用的である。
また、超伝導ストリップ線1自身が前記超伝導ループを構成するため、磁束を捉え易く、変形例における前記超伝導ループ外から飛散する磁束を検出する構成よりも、高い検出感度で磁束を検出することができ、より実用的である。
また、超伝導ストリップ線1を含む前記光子検出部を構成する配線と、前記コンパレータ回路(超伝導配線3とジョセフソン接合配線5a)を構成する配線とを同じ超伝導材料とすれば、製造効率を向上させることができるとともに微細加工を容易化させることができ、より実用的である。
【0020】
JTL回路4は、SFQ論理回路6と接続される。SFQ論理回路6としては、特に制限はなく、例えば、参照時間信号の入力時間と、磁束の検出に伴い前記SFQコンパレータ回路(JTL回路4)から出力される出力信号の入力時間との時間差を計測し、前記時間差から前記出力信号をデジタルデータ化する時間デジタル変換器(TDC;Time−to−Digital Converter)が挙げられる。
前記TDCとしては、特に制限はなく、公知のものから適宜選択して用いることができるが、極低温環境での動作のため、本発明者らが開発した下記参考文献に記載のSFQ回路で構成されるSFQ−TDCが好ましい。前記SFQ−TDCでは、タイミングジッタを2.5ピコ秒以下で信号処理を行うことができる。
前記TDCによりデジタルデータ化された信号は、装置外の室温環境下にあるデバイスに伝送される。一般に広帯域伝送が可能なケーブルは、熱の良導体でもあるため、超高速パルスを室温環境下まで伝送することが困難である。一方、デジタルデータ化された信号を伝送するためのケーブルは、MHz帯域伝送のものでよく、室温環境下まで信号を伝送させることができる。
参考文献:K. Nakamiya, T. Nishigai, N. Yoshikawa, A. Fujimaki, H. Terai and S. Yorozu, "Improvement of time resolution of the double-oscillator time-to-digital converter using SFQ circuits," Physica C 463, 1088 (2007).
【0021】
なお、光子検出装置10は、超伝導動作を含むため、図示しない冷凍器等に収容されて用いられる。
【0022】
−動作原理及び動作方法−
光子検出装置10の動作原理及び動作方法について説明する。
先ず、前記光子検出部では、バイアス電流を流した状態の超伝導ストリップ線1の検出面に光子が入射されると、磁束−反磁束対が解離(Unbinding)する。磁束−反磁束対の発生は、超伝導秩序パラメータの変動に起因するものと考えられる。図3(a)は、超伝導ストリップ線に光子が入射された際にの超伝導秩序パラメータの時間的変動をシミュレートした結果を示す図である。この図3(a)に示すように、光子が入射されてから5ピコ秒程度だけ遅れて超伝導秩序パラメータが振動することが分かる。
【0023】
図3(b)は、磁束−反磁束対の解離状況を示す説明図である。超伝導秩序パラメータの振動によって超伝導ストリップ線1に発生した磁束−反磁束対は、超伝導ストリップ線1を流れるバイアス電流によってローレンツ力を受けて磁束−反磁束対に解離し、それぞれ超伝導ストリップ線1中からバイアス電流の流れる方向と直交する方向、即ち、超伝導ストリップ線1の幅方向に磁束−反磁束対が排除され、これらが超伝導ストリップ線1から飛散する。
なお、このとき超伝導ストリップ線1を流れるバイアス電流が臨界電流近くまで十分に大きいと、超伝導ストリップ線1の幅方向に完全な常伝導領域が形成される。従来技術であるSSPDでは、このような超伝導ストリップ線1の幅方向に完全な常伝導領域を形成させることによって電流パルスを出力することとしているが、これを換言すれば、超伝導ストリップ線1の臨界電流近くまで十分に大きいバイアス電流を流す必要があることを意味している。
【0024】
図3(c)は、光子が入射した際に超伝導ストリップ線中に起きる現象とバイアス電流との関係を示す図である。該図3(c)に示すように、通信波長帯(1,550nm)の光子(エネルギー約1eV)の入射に対して、超伝導ストリップ線1の幅方向が完全な常伝導状態となるためには、臨界電流値に対して値が90%以上の大きさのバイアス電流が必要となることが分かる(図中、右上の領域)。
一方、臨界電流値に対して値が85%以下のバイアス電流を流す領域(図中、中央の領域)では、超伝導ストリップ線1の幅方向が完全な常伝導状態とならないものの、磁束−反磁束対を発生させることができる。また、臨界電流値に対して値が60%未満のバイアス電流を流す領域(図中、左下の領域)では、磁束−反磁束対が発生しない。
臨界電流値に対して値が90%以上の大きさのバイアス電流を流す領域では、超伝導秩序パラメータが不安定であり、ダークカウントを発生させやすい。
光子検出装置10では、超伝導ストリップ線1の臨界電流値に対し、値が60%〜85%の大きさのバイアス電流を超伝導ストリップ線1に流すことで通信波長帯の光子をダークカウントフリーで検出することができる。
【0025】
再び図2を参照しつつ、説明をする。
超伝導ストリップ線1から飛散する磁束は、単一磁束量子として超伝導ストリップ線1と超伝導配線3とジョセフソン接合配線5aとで構成される前記超伝導ループに捉えられ、前記超伝導ループにパルス状のループ電流を発生させる。このときJTL回路4の初段を構成し配線内にジョセフソン接合(図2中、×で示す接合)を有するジョセフソン接合配線5aにバイアス電流を流しておくと、ループ電流とバイアス電流との和がジョセフソン接合配線5aのジョセフソン接合の臨界電流値を一時的に超え、ジョセフソン接合が常伝導転移し、ジョセフソン接合配線5a上にSFQパルスが発生する。
ジョセフソン接合5aを流れるSFQパルスは、回路の右側(出力側)に電流を発生させる。回路の右側(出力側)に発生した電流は、JTL回路4の次段を構成し配線内にジョセフソン接合(図2中、×で示す接合)を有するジョセフソン接合配線5bにバイアス電流を流しておくと、ジョセフソン接合の臨界電流値を一時的に超え、ジョセフソン接合が常伝導転移し、ジョセフソン接合配線5b上にジョセフソン接合配線5a上のSFQパルスが伝播されるように発生する。なお、発生するSFQパルスの応答時定数は、一般のJTL回路でも数ピコ秒とすることができる。
JTL回路4を伝播するSFQパルスは、SFQ論理回路6に出力され、デジタルデータ化され、適当なケーブルにより室温環境下まで伝送される。SFQ論理回路6として、前記SFQ−TDCを用いれば、タイミングジッタを2.5ピコ秒以下として信号処理を行うことができる。
【0026】
なお、前述の光子検出装置10では、JTL回路4の初段を構成するジョセフソン接合配線5aを前記コンパレータ回路の構成部材として説明をしたが、JTL回路4自体は、ジョセフソン接合配線5a上に発生したSFQパルスを伝送させる手段であり、前記コンパレータ回路と分けて考えることができる。
したがって、更なる変形例として、図2中のJTL回路4を持たず、超伝導ストリップ線1を含む前記光子検出部と、超伝導配線3、ジョセフソン接合配線5aに加え、ジョセフソン接合配線5aにバイアス電流を供給する公知のバイアス電流供給手段、及びジョセフソン接合配線5a上に発生するSFQパルスを検出する公知の検出手段で構成されたコンパレータ回路とで、光子検出装置を構成してもよい。
【0027】
以上のように、(1)光子検出装置10では、超伝導ストリップ線1を光子検出に用いるため、APDのようなアフターパルスがない。(2)また、SSPDに比べ、低いバイアス電流/臨界電流比で動作可能であるため、ダークカウントの発生を抑えた光子検出を行うことができる。(3)また、超伝導ストリップ線1における微弱な電流パルスを光子検出原理としないため、SSPDに配される低ノイズアンプ(図1(a)参照)を用いる必要がなく、原理的に測定系の低ジッタ化を可能とする。(4)更に、SSPDでは、超伝導ストリップ線1の立下り時間τが超伝導ストリップ線のインダクタンスLによる制限により(図1(a)参照)、応答時定数が数十ナノ秒とされ、光子の計数率が高々数百MHz程度であるところ、光子検出装置10では、超伝導ストリップ線1のインダクタンスLによる計数率の制限を受けず、応答時定数は、磁束発生の時間幅(図3(a)参照)又はSFQパルスの立下り時間(図2参照)によって決定され、いずれにしても数ピコ秒とされる。これは、SSPDに比べ計数率を3桁以上向上可能であることを意味する。
【0028】
<第2の実施形態>
次に、本発明の第2の実施形態について説明する。図4は、本発明の第2の実施形態の概要を示す説明図である。
光子検出装置50は、主として超伝導ストリップ線1a〜1d、JTL回路4a〜4d、統合入力回路(CB;Confluence Buffer)7a〜7c、SFQ論理回路6、光導波路8b、光子検出部、コンパレータ回路が基板8a上にモノシリックに形成されて構成される。なお、超伝導ストリップ線1a〜1d、JTL回路4a〜4d、SFQ論理回路6、前記光子検出部、前記コンパレータ回路の各部の詳細は、光子検出装置10における超伝導ストリップ線1、JTL回路4、SFQ論理回路6、前記光子検出部、前記コンパレータ回路と同様であるため、個々の構成及び動作に関する説明を省略する。
【0029】
超伝導ストリップ線1a〜1dは、光導波路8b上に形成される。光導波路8bとしては、例えば、公知のシリコン導波路等から構成される。
光導波路8bは、例えば、図中下端側から光ファイバ等の光供給源により光が導入され、矢印方向に光が導波可能とされる。光導波路8b内に導波される光は、超伝導ストリップ線1a〜1dに入射されることとなる。
このように構成すると、例えば、光供給源から光子を出射して、直接、超伝導ストリップ線1aに光子を入射させるよりも、高い確率で超伝導ストリップ線1aに光子を入射させることができる。
【0030】
また、光導波路8b上には、4つに分割された超伝導ストリップ線1a〜1dが配される。
これら超伝導ストリップ線1a〜1dに代えて、1本の長大な超伝導ストリップ線を配する場合、10μm程度の長さで約90%の光子吸収率を実現することができ、1μm短くなるごとに光子吸収率が1dBずつ低下する。
しかしながら、このような長大な超伝導ストリップ線を用いると、超伝導ループにおける電流感度が低下することがある。磁束が作るループ電流Iの大きさは、次式、I=Φ/Lで表される。式中、Φは、単一磁束量子;2×10−15Wbを示し、Lは、超伝導ストリップ線のインダクタンスを示す。JTL回路の磁束検出感度として、Iは、一定以上の値であることが求められるが、超伝導ストリップ線が長いとLが大きくなる。
そのため、図4に示すように長さが比較的短い超伝導ストリップ線(1a〜1d)を光導波路8bの光導波方向に沿って複数配し、これら長さが短い超伝導ストリップ線全体で長さが長い1本の超伝導ストリップ線の役割を担わせることが有利となる。
【0031】
光子検出装置50では、個々の超伝導ストリップ線1a〜1dに対応して光子検出部(不図示)とJTL回路(JTL回路4a〜4d)が複数配され、更に、個々のJTL4a,4bから出力されるそれぞれの出力信号が統合して入力されるCB回路7a,同様に個々のJTL4c,4dから出力されるそれぞれの出力信号が統合して入力されるCB回路7bが配され、更に、個々のCB回路7a,7bから出力されるそれぞれの出力信号が統合して入力されるCB回路7cが配される。超伝導ストリップ線1a〜1d,JTL回路4a〜4d,CB回路7a〜7c,SFQ論理回路6及び光導波路8bで1つのモノシリックな光検出アレイ9を構成する。
各CB回路7a〜7cとしては、公知のSFQ回路に用いられる回路構成から適宜選択して構成することができる。
なお、基板8aとしては、例えば、酸化シリコン基板等の公知の基板を用いることができる。また、SFQ論理回路6から出力されるデジタルデータは、図示しないケーブル等により、室温環境下のデバイスまで伝送される。
【0032】
このように構成される光子検出装置50では、超伝導ストリップ線1a〜1dの少なくともいずれかで光子を吸収することができれば、これを検出することができ、飛躍的に光子の検出効率を向上させることができる。
【0033】
<第3の実施形態>
に、本発明の第3の実施形態について説明する。図5は、本発明の第の実施形態の概要を示す説明図である。
図5に示す光子検出装置100は、図4に示す光子検出装置50における光子検出アレイ9が同一基板上に複数配されたモノシリックデバイスとして構成とされる。これ以外は、光子検出装置50と同様であるため、説明を省略する。
【0034】
このような光子検出装置100によれば、独立した光ファイバ等の光供給源からの光子を各光子検出アレイ9で独立して検出することができ、複数の情報源からの通信信号を処理することができる。例えば、量子もつれ量子暗号通信の基本的なセットアップである、偏光(4)×二波長多重化(2)×送受信(2)のセットアップでは、合計16の通信信号を独立して処理することが求められるが、光子検出アレイ9を同一基板上に16アレイ配することとすれば、こうした通信分野にも適用することができる。
【符号の説明】
【0035】
1,1a〜1d 超伝導ストリップ線
2 電流源
3 超伝導配線
4,4a〜4d JTL回路
5a,5b ジョセフソン接合配線
6 SFQ論理回路
7a〜7c CB回路
8a 基板
8b 光導波路
9 光子検出アレイ
10,50,100 光子検出装置
図1(a)】
図1(b)】
図2
図3(a)】
図3(b)】
図3(c)】
図4
図5