特許第6528569号(P6528569)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6528569
(24)【登録日】2019年5月24日
(45)【発行日】2019年6月12日
(54)【発明の名称】ビルピットの消臭方法
(51)【国際特許分類】
   C02F 3/00 20060101AFI20190531BHJP
【FI】
   C02F3/00 D
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-136193(P2015-136193)
(22)【出願日】2015年7月7日
(65)【公開番号】特開2017-18854(P2017-18854A)
(43)【公開日】2017年1月26日
【審査請求日】2018年7月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001063
【氏名又は名称】栗田工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086911
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100144967
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 隆之
(72)【発明者】
【氏名】木幡 賢二
(72)【発明者】
【氏名】小島 英順
【審査官】 ▲高▼ 美葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−186887(JP,A)
【文献】 特開2000−246233(JP,A)
【文献】 特開2000−246234(JP,A)
【文献】 特開平03−217526(JP,A)
【文献】 特開2001−70957(JP,A)
【文献】 特開平10−94791(JP,A)
【文献】 特開平07−148482(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C02F 1/00
C02F 3/00
B02C 1/00− 7/18
B02C 15/00−17/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
流入した排水が貯留され、内部に設けられた排出ポンプにより間欠的に該排水が排出されるビルピットに、薬剤を添加して該ビルピット排水に起因する臭気を抑制するビルピットの消臭方法において、
該ビルピット内の排水の排出が終了した所定時間後に該薬剤の添加を開始し、該排水の排出が開始されると同時に、又は排出が開始される所定時間前までに該薬剤の添加を終了することを特徴とするビルピットの消臭方法。
【請求項2】
請求項1において、前記薬剤を、前記ビルピットの排水流入点、或いは、該排水流入点から前記排出ポンプへの排水流が生じる箇所に添加することを特徴とするビルピットの消臭方法。
【請求項3】
請求項1において、前記薬剤を、排水発生場所の流しを経て前記排水流入点に添加することを特徴とするビルピットの消臭方法。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれか1項において、前記薬剤が、硝酸、硝酸塩、亜硝酸塩、酸性亜鉛塩及び酸性鉄塩よりなる群から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とするビルピットの消臭方法。
【請求項5】
請求項4において、前記薬剤が硝酸、硝酸塩、及び亜硝酸塩よりなる群から選ばれる1種又は2種以上であり、該薬剤を、1日当たりの前記ビルピット排水量に対する平均添加量が硝酸イオン及び/又は亜硝酸イオン濃度として5〜100mg/Lとなるように添加することを特徴とするビルピットの消臭方法。
【請求項6】
請求項4において、前記薬剤が酸性亜鉛塩及び/又は酸性鉄塩であり、該薬剤を、1日当たりの前記ビルピット排水量に対する平均添加量が亜鉛イオン及び/又は鉄イオン濃度として3〜60mg/Lとなるように添加することを特徴とするビルピットの消臭方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビルピット排水に起因する悪臭を薬剤により抑制する方法に関するものであり、ビルピットの排水タイミングを考慮して薬剤を添加することにより、少ない薬剤添加量で効率的に消臭効果を得るビルピットの消臭方法に関する。
【背景技術】
【0002】
都市部や繁華街における悪臭発生は身近な公害のひとつであり、生活環境の悪化や都市イメージの低下を引き起こす。都市部における悪臭苦情の多くはビルピット(ビル地下の排水槽)に起因する。例えば、東京都下水道局には年間約1,000件の苦情が寄せられるが、そのうちビルピットに関連したものが80%といわれる。図1は、一般的なビルピットの排水流路を示す系統図であり、ビル1のトイレ、厨房、浴室、洗面所、流し台、プール等の排水溝(排水口)やスロップシンク(掃除用の流し)からの排水は、ビルピット2に集められて貯留された後、ポンプPにより汲み上げられ、私設汚水マス3、公共汚水マス4を経て下水道管5へ送られる。下水道管5には、雨水マス6を経て雨水も排水される。図中、GLは地盤面(グランドライン)を示す。
【0003】
ビルピットの臭気の原因物質は、排水がビルピットに貯留されて腐敗する過程で発生する硫化水素であり、卵が腐ったような悪臭を呈する。硫化水素の発生は、排水中などに生息している硫酸還元菌の作用によるものである。この硫酸還元菌は硫酸塩還元細菌とも呼ばれ、嫌気性のグラム陰性菌の一種であって、嫌気的条件下で硫酸塩を還元して硫化水素を生成させる。
【0004】
硫化水素は、排水がビルピットからくみ上げられて下水道管に排出される際、汚水マスから気中に放散したり、下水道管から雨水マスに逆流して気中に放散したりし、付近の路上を通行する人に感知されて悪臭苦情につながる。
【0005】
東京都は昭和61年に「建築物における排水槽等の構造、維持管理等に関する指導要綱
(ビルピット対策指導要綱)を制定し、ビルピットの構造や維持管理の基準を定めている。また、平成21年には「ビルピット臭気対策マニュアル」を作成し、具体的な悪臭防止対策を指導している。対策としては低水位運転や曝気・撹拌装置の設置、ピット構造の改善などが挙げられているが、これらの対策を講じても、臭気を十分に抑制できない事例が見受けられる。
【0006】
これに対して、薬剤処理は、簡単な薬注設備を設置することで容易に実施することができ、曝気・撹拌装置などの設置工事やピット構造の改善工事に比べて、施設の操業を停止する必要もない点でメリットがある。また十分な添加濃度で適用すれば優れた消臭効果が発揮される。
【0007】
薬剤処理による消臭方法として、特許文献1には、硝酸塩による硫化水素の発生防止方法が提案されている。この方法では、硝酸塩の添加で、硫酸還元菌と共生する脱窒菌を活性化させ、硫酸還元菌の活動を抑制することで、硫化水素の生成を防止する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10−085785号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
薬剤処理は、上記のような利点を有する反面、薬剤を使用することから、ランニングコストが高いという問題がある。コストを抑えようとして添加量を少なくし、低濃度で適用すると、消臭効果がほとんど得られなくなるという課題がある。
【0010】
本発明は、少ない薬剤添加量で、効率的に消臭効果を得ることができるビルピットの消臭方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、ビルピットの排水タイミング、更には添加箇所を考慮して薬剤を添加することにより、少ない添加量でも効率的に消臭効果を得ることができることを見出した。
【0012】
本発明はこのような知見に基づいて達成されたものであり、以下を要旨とする。
【0013】
[1] 流入した排水が貯留され、内部に設けられた排出ポンプにより間欠的に該排水が排出されるビルピットに、薬剤を添加して該ビルピット排水に起因する臭気を抑制するビルピットの消臭方法において、該ビルピット内の排水の排出が終了した所定時間後に該薬剤の添加を開始し、該排水の排出が開始されると同時に、又は排出が開始される所定時間前までに該薬剤の添加を終了することを特徴とするビルピットの消臭方法。
【0014】
[2] [1]において、前記薬剤を、前記ビルピットの排水流入点、或いは、該排水流入点から前記排出ポンプへの排水流が生じる箇所に添加することを特徴とするビルピットの消臭方法。
【0015】
[3] [1]において、前記薬剤を、排水発生場所の流しを経て前記排水流入点に添加することを特徴とするビルピットの消臭方法。
【0016】
[4] [1]から[3]までのいずれかにおいて、前記薬剤が、硝酸、硝酸塩、亜硝酸塩、酸性亜鉛塩及び酸性鉄塩よりなる群から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とするビルピットの消臭方法。
【0017】
[5] [4]において、前記薬剤が硝酸、硝酸塩、及び亜硝酸塩よりなる群から選ばれる1種又は2種以上であり、該薬剤を、1日当たりの前記ビルピット排水量に対する平均添加量が硝酸イオン及び/又は亜硝酸イオン濃度として5〜100mg/Lとなるように添加することを特徴とするビルピットの消臭方法。
【0018】
[6] [4]において、前記薬剤が酸性亜鉛塩及び/又は酸性鉄塩であり、該薬剤を、1日当たりの前記ビルピット排水量に対する平均添加量が亜鉛イオン及び/又は鉄イオン濃度として3〜60mg/Lとなるように添加することを特徴とするビルピットの消臭方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、ビルピット排水に起因する悪臭を、少ない薬剤添加量で効果的に抑制し、良好な消臭効果を得ることができ、消臭のための薬剤コスト、ランニングコストを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】一般的なビルピットの排水流路を示す系統図である。
図2】実施例及び比較例における薬剤添加箇所を示すビルピットの模式的な平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0022】
<ビルピット>
本発明で消臭対象とするビルピットとは、マンション等の集合住宅、官公庁、病院、会社、工場や、デパート、ショッピングモールなどの商業施設や娯楽施設、これらの複合施設などの建造物に設けられた排水槽であり、通常、これらの建造物の地下に設けられ、図1に示すように、ピット2内の排水は、私設汚水マス3、公共汚水マス4を経て下水道管5に送られる。
【0023】
ビルピットに流入する排水の発生場所は、トイレ、厨房、浴室、洗面所、流し台等多岐にわたり、ビルピットに流入した排水は、ピット内に設けられた排出ポンプにより間欠的に排出される。
【0024】
<薬剤>
本発明において、消臭のために添加する薬剤としては、嫌気化を抑制して消臭効果を発揮するものであればよく、特に制限はないが、好ましいものとして、硝酸及び/又は硝酸塩(以下、「硝酸(塩)」と称す場合がある。)、亜硝酸塩が挙げられる。硝酸(塩)及び亜硝酸塩は、硫酸還元菌と共生する脱窒菌を活性化させ、硫酸還元菌の活動を抑制することで、硫化水素の生成を防止する。硝酸(塩)としては、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸カルシウム、硝酸アンモニウムなどの硝酸塩及び硝酸などが挙げられる。亜硝酸塩としては、亜硝酸ナトリウム、亜硝酸カリウム、亜硝酸カルシウム、亜硝酸アンモニウムなどの亜硝酸塩が挙げられる。なかでも、硝酸(塩)、亜硝酸塩としては、薬剤の取り扱い易さ、経済性からアルカリ金属塩及び/又はアルカリ土類金属塩が好ましい。
【0025】
また、硝酸(塩)や亜硝酸塩以外にも、次亜塩素酸ナトリウム、亜塩素酸ナトリウム、臭素酸ナトリウム、過酸化水素などの酸化剤も、排水の嫌気的環境を解消し、消臭効果を発揮するため、用いることができる。さらには、ポリ硫酸第二鉄、塩化第二鉄、塩化第一鉄等の酸性鉄塩、塩化亜鉛等の酸性亜鉛塩などの金属塩も、排水の嫌気化によって発生した硫化水素と効率的に反応して消臭効果を発揮するため、用いることができる。ここで、酸性亜鉛塩、酸性鉄塩としては、塩化亜鉛、ポリ硫酸第二鉄が薬剤の取り扱い易さ、経済性から好ましい。
【0026】
これらの薬剤は水溶液として添加することが、取り扱い性、拡散性等の面で好ましい。
【0027】
これらの薬剤は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0028】
<添加時期>
ビルピットからは、間欠的に排水が排出される。ビルピット内の排水はタイマー制御により所定の間隔で排出されるか、或いは、レベル制御によりビルピット内の排水の水位が所定の位置に達する毎に排出される。タイマー制御の場合、排水の排出間隔については特に制限はないが、通常、1日に1回〜4回の頻度で排水の排出が行われる場合が多い。即ち、排水の排出間隔は6〜24時間程度である。ビルピット内の排水は、通常10〜15分程度で排出される。
【0029】
本発明は、ビルピットからの排水の排出が終了した時刻(以下、「排水排出終了時刻」と称す場合がある。)から所定時間はビルピットへの薬剤の添加を中止し、排水排出終了時刻から一定時間経過した後から薬剤の添加を開始し、ビルピットからの排水の排出を開始する時刻(以下、「排水排出開始時刻」と称する場合がある。)に、又は排水排出開始時刻の所定時間前までに薬剤の添加を停止することを特徴とする。
以下、ビルピットへの薬剤の添加を開始する時刻を「薬剤添加開始時刻」と称し、薬剤の添加を終了する時刻を「薬剤添加終了時刻」と称し、排水排出開始時刻後ビルピットに薬剤を添加しない所定期間を「薬剤非添加期間」と称す場合がある。また、薬剤添加開始時刻と排水排出開始時刻との間の期間を「薬効期間」と称す場合がある。排水排出開始時刻から次の排水排出前の薬剤添加開始時刻までの間が薬剤非添加期間となり、薬効期間と薬剤非添加期間との合計が排水排出間隔となる。
【0030】
このように、排水排出終了時刻よりも所定時間後に薬剤の添加を開始し、次の排水排出開始時刻、或いは排水排出開始時刻よりも所定時間前に薬剤の添加を終了することにより、少ない薬剤添加量で消臭効果を得ることができるメカニズムは、以下の通りと考えられる。
【0031】
即ち、臭気は、ビルピット内で排水が長時間貯留されている間に、排水内の硫酸還元菌が排水に含まれる硫酸塩を還元することで生成させた硫化水素が、排水排出時の排水の流動で大気中に放出されることにより発生する。
ビルピット臭気対策マニュアル」(東京都)では、臭気を発生させないための排水排出間隔として2時間以内を推奨している。これは、ビルピット内の排水が排出されて滞留排水がなくなった後、新たに流入した排水からは概ね2時間は臭気が発生しないことを反映している。よって、この期間には薬剤の添加は不要である。仮に、排水排出終了直後から薬剤添加を開始し、2時間経過しないうちに次の排水の排出が開始されてしまっては、この間に添加した薬剤はビルピットで消臭効果を発揮せずに排出され、無駄に捨てられることになる。一方、次の排水排出開始時刻までに薬剤の添加を停止しないと、排水の排出中に添加された薬剤は薬効を発揮しないまま、排水とともにビルピットから排出され、無駄に捨てられることとなる。
【0032】
このような非効率的な現象は、排水の嫌気化を抑制する硝酸(塩)や亜硝酸塩を消臭薬剤に用いた場合に顕著になる。すなわち、排水排出終了後、概ね2時間以内は、新たに流入した排水では嫌気化が進行しないために硝酸(塩)等の添加は不要である。仮に、排水排出終了直後から硝酸(塩)等の添加を開始し、2時間経過しないうちに次の排水排出が開始されてしまっては、この間に添加した硝酸(塩)等は排水の嫌気化を抑制する本来の薬剤効能を発揮せず、無駄に排出され、捨てられることになる。一方、次の排水排出開始時刻までに硝酸(塩)等の添加を停止しないと、排水排出中に添加された硝酸(塩)等は薬剤効果を発揮しないまま、排水と伴にビルピットから排出されてしまい、無駄に捨てられることとなる。さらに、硝酸(塩)等の場合、嫌気化を抑制する効能が持続するため、次の排水排出が開始される所定時間前までに添加を終了しても消臭効果が得られ、無駄を省くことができる。硝酸(塩)等による嫌気化抑制の薬効の持続時間は添加量や排水水質にもよるが、硝酸イオンや亜硝酸イオンとしての添加量が1日あたりの平均濃度として5〜100mg/Lの場合、概ね2時間程度である。
【0033】
薬剤添加開始時刻は、ビルピット内に排水が貯留される時間、すなわち、排水排出間隔によっても異なるが、排水排出間隔をT時間とした場合、Tが4〜24時間であれば、排水排出終了時刻の2時間以上後に、薬剤の添加を開始することが好ましい。
【0034】
薬剤添加終了時刻は、排出ポンプ稼働がタイマー設定である場合など、排水排出時刻が定まっている場合、排水排出間隔が4時間以上の場合は排水排出開始時刻の2時間前が好ましい。
排水排出間隔が4時間未満であると、本発明が有効に適用されない。しかし、排水排出間隔が4時間未満の場合は、排水での硫化水素の発生量が少なく、従って排水排出時の臭気発生が問題になることも少ないため、このような短時間間隔で排水が排出される場合は、本発明を適用する必要はない。本発明は、排水排出間隔が4時間以上、特に6時間以上の場合に有効に適用される。
【0035】
<添加方法>
薬剤の添加を開始した後は、薬効期間中、薬剤を連続的に添加してもよく、所定の間隔で間欠的に添加してもよく、また一括で添加してもよい。すなわち、本発明は、排水排出時刻から所定時間経過した後に薬剤の添加を開始し、ビルピット内の排水に薬剤を存在させた状態で所定時間貯留した後、排水が排出されるということが特徴であり、薬効期間内の薬剤の添加形態に制限はない。従って、後述のように、スロップシンクなどを経て一度に添加する添加形態であってもよい。
【0036】
<添加量>
薬剤の添加量は、用いる薬剤の種類やビルピット内の排水の水質、臭気の発生状況等によっても異なるが、薬剤が硝酸(塩)及び/又は亜硝酸塩の場合、1日当たりの排水量に対して平均の添加量が硝酸イオン及び/又は亜硝酸イオン濃度として好ましくは5〜100mg/L、より好ましくは10〜80mg/Lになるように添加する。硝酸イオン及び/又は亜硝酸イオン濃度が100mg/Lを超えると、十分な消臭効果は得られるが、必要な薬剤量が多くなるために経済的なメリットがなくなり、本発明の意義に反する。硝酸イオン及び/又は亜硝酸イオン濃度が5mg/L未満であると、硝酸イオン及び/又は亜硝酸イオンによる嫌気化抑制効果が十分に発揮されなくなり、期待する消臭効果が得られない。
【0037】
また、薬剤が酸性亜鉛塩及び/又は酸性鉄塩の場合、1日当たりの排水量に対して平均の添加量が亜鉛イオン及び/又は鉄イオン濃度として好ましくは3〜60mg/L、より好ましくは5〜50mg/Lになるように添加する。亜鉛イオン及び/又は鉄イオン濃度が60mg/Lを超えると、十分な消臭効果は得られるが、必要な薬剤量が多くなるために経済的なメリットがなく、本発明の意義に反する。亜鉛イオン及び/又は鉄イオン濃度が3mg/L未満であると、亜鉛イオン及び/又は鉄イオンによる硫化水素除去効果が十分に発揮されなくなり、期待する消臭効果が得られない。
【0038】
<添加場所>
本発明において、ビルピット内の排水に対して薬剤が十分に均一に拡散混合されることにより、薬剤の添加効果が向上するため、設備の観点からは、ビルピット内に撹拌手段や曝気手段が設置されている場合は排水の流れが生じるため好都合である。しかし、かかる手段が設置されていない場合においても、ビルピット内において排水の流れが生じている箇所に薬剤を添加することで十分に本発明の薬剤添加効果が得られる。
【0039】
一例として、薬剤は、ビルピットの排水流入点から排出ポンプへの排水流が生じている箇所に添加することが好ましい。例えば、平面視形状が矩形のビルピットの場合、一般的に排水の流入点は、矩形の一隅部に設けられ、排出ポンプはこの一隅部に対して対角線上の他方の隅部或いはその近傍に設けられる。このようなビルピットの場合、薬剤は、排水流入点から排出ポンプ設置部を結ぶ線上のいずれかの箇所に添加することが好ましい。特に、排水流入点から排出ポンプ設置部までの距離Lに対して、排水流入点からL/2よりも上流側、好ましくはL/4よりも上流側の上記線上に薬剤を添加することにより、薬剤添加箇所から排出ポンプまでの排水流で十分な撹拌効果を得ることができ、好ましい。
【0040】
薬剤はまた、排水流入点に添加してもよく、曝気ポンプの近傍に添加してもよい。
【0041】
ビルピットへの薬剤の添加方法としては、ビルピットの排気口やビルピットへの排水管を加工して薬注ポンプの吐出口を差し込んで注入する方法、あるいはビルピットのマンホールの蓋を加工して薬注ポンプの吐出口を差し込んで注入する方法などを採用することができる。
【0042】
薬剤を排水流入点に添加する場合、スロップシンクを経て添加してもよい。即ち、ビルピットが設けられた建造物のトイレや厨房、その他作業スペースにはスロップシンク(掃除用の流し)が設けられている。薬剤は、このスロップシンクの排水口に投入し、水で押し流すことにより、排水管を経てビルピットに添加してもよい。スロップシンクの他には、ビルピットに接続する便器や手洗い台の流しを経て添加してもよい。
【0043】
このようにしてビルピットに薬剤を添加した後は、排水中に薬剤を均一に拡散混合するために、ビルピット内の排水を撹拌してもよいし、また、曝気を行ってもよい。
【0044】
ビルピットへの薬剤の添加は、作業員の手作業により行うこともできるが、本発明に従って、排水排出終了時刻よりも所定時間後の薬剤添加開始時刻に薬剤の添加を開始し、排水排出開始時刻又は排水排出開始時刻よりも所定時間前に薬剤の添加を終了する薬注制御は、ビルピット内の排水がタイマー制御で排出される場合は、このタイマー制御における排水排出終了時刻の所定時間後を薬剤添加開始時刻として設定し、次の排水排出開始時刻又はそれよりも所定時間前を薬剤添加終了時刻として設定するようにプログラムを組むことで、人手を要することなく自動的に行うこともできる。また、レベル制御でビルピット内の排水が排出される場合には、通常、ビルピットに流入する排水量は、平日、休日、日中、夜間などの時間帯によって、ある程度予測することができるため、排水排出開始時刻と排水排出終了時刻を予測し、それに対して所定の時間を設けて薬剤添加開始時刻と薬剤添加終了時刻を設定することで、自動制御にて薬注することができる。または、排水排出ポンプ停止の信号を出力し、その信号に所定時間遅延して薬剤添加を開始し、排水排出ポンプ稼働の信号を出力し、その信号に連動して薬剤添加を停止することで、自動制御にて薬注することもできる。
【実施例】
【0045】
以下に実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。
【0046】
[実施例及び比較例]
複合施設又は大型ホテルのビルピットにおいて、薬剤添加による消臭試験を行った。
試験を行ったビルピットの模式的な平面図を図2に示す。複合施設、大型ホテル共にビルピットは同様の構成である。
ビルピットは、図2に示すように略四角形状であり、一隅部に排水の流入点があり、これと対向する一辺に排出ポンプが設けられている。A点、B点は、試験において薬剤を添加した場所を示す。A点は、排水流入点と排出ポンプ設置部とを結ぶ線上にあり、排水排出時には、排水流入点から排出ポンプへと大きな流れが生じる箇所である。A点は、排水流入点と排出ポンプ設置部とを結ぶ線の長さLに対して、排水流入点からL/4内の位置である。B点は、排水流入点と排出ポンプを結ぶ線上とは異なる排出ポンプの近傍にあり、この箇所の排水の流れは小さい。
スロップシンクはビル内のトイレに設けられたスロップシンクを経て薬剤を排水流入点に添加したことを示す。
【0047】
このビルピットの排水量は100m/dayで、タイマー制御によって1日4回、6時間ごとにピット内の排水が排出ポンプにより排出される。ビルピット内の排水は約15分間で排出され、排出ポンプが停止される。
【0048】
試験では、ビルピットの下流に位置する私設汚水マスに硫化水素センサーを設置し、6秒間隔で硫化水素濃度を計測し、5分間に1度、平均値を算出して計測値を記録した。薬剤を添加しない場合、排水排出時に硫化水素濃度として数ppm〜50又は55ppmのピークが検出され、ビルピット対策指導要綱の硫化水素濃度10ppmを超過する日が83%であった(比較例I−1,II−1)。
【0049】
試験期間は1週間とし、東京都のビルピット対策指導要綱に定められている基準「公共汚水ます等の内部の空気に含まれる硫化水素が10ppm以下」を参考に、私設汚水マス内にて試験期間中の硫化水素が10ppm以下に維持された場合、薬剤による消臭効果があると判断した。
【0050】
薬剤としては、複合施設では硝酸(塩)として50重量%硝酸カルシウム水溶液を、大型ホテルでは酸性亜鉛塩として40重量%塩化亜鉛水溶液を用い、A点、B点に添加する場合は、薬注ポンプで連続添加し、スロップシンクに添加する場合は、スロップシンクに薬剤を投入し、その後水で押し流すことにより添加(手投入)した。
【0051】
<実施例I−1,I−2,II−1,II−2>
A点に、1日当たりの添加量が表1,2に示す量となるように、薬剤を添加した。薬剤は、排出ポンプ停止2.5時間後に添加を開始し、排出ポンプ起動2時間前に添加を終了した。
【0052】
<実施例I−3,I−4,II−3,II−4>
排出ポンプ停止2.5時間後に、スロップシンクに、1日当たりの薬剤添加量が表1,2に示す量となるように薬剤を投入し、水で押し流した。
【0053】
<比較例I−1,II−1>
薬剤無添加とした。
【0054】
<比較例I−2,II−2>
A点に、1日当たりの薬剤添加量が表1,2に示す添加量となるように薬剤を24時間連続添加した。
【0055】
<比較例I−3,II−3>
B点に、1日当たりの薬剤添加量が表1,2に示す添加量となるように薬剤を24時間連続添加した。
【0056】
<比較例I−4,II−4>
B点に、1日当たりの添加量が表1,2に示す量となるように、薬剤を添加した。薬剤は、排出ポンプ停止2.5時間後に添加を開始し、排出ポンプ起動2時間前に添加を終了した。
【0057】
<結果>
試験期間中、私設汚水マスで計測された硫化水素濃度が10ppm以下で、10ppmを超えることがない場合を消臭効果有「○」とし、10ppmを超えることがある場合を消臭効果無「×」とし、試験期間中の硫化水素最大濃度と、硫化水素濃度が10ppmを超える日の割合と共に、結果を表1,2に示した。
【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
【0060】
<考察>
表1,2より、本発明によれば、以下の通り、従来法では消臭効果が全く得られないような薬剤添加量であっても、東京都のビルピット対策指導要綱に定められている基準を満たす消臭効果を得ることができることが分かる。
【0061】
比較例I−2,II−2のように、24時間添加では、40kg/日の添加で消臭効果が得られるが、このような添加量では薬剤コストが嵩む。添加箇所を変更し、また薬剤添加量を少なくした比較例I−3,II−3では、消臭効果は得られない。
【0062】
これに対して、本願発明に従って、排水の排出終了後所定時間後に薬剤の添加を開始し、排水の排出が開始される前に薬剤の添加を終了した実施例I−1,2、II−1,2や、排水の排出終了後所定時間後にスロップシンクを介して薬剤を一括添加した実施例I−3,4、II−3,4では、20kg/日、10kg/日、更には4kg/日という少ない薬剤添加量で十分な消臭効果を得ることができる。
【0063】
なお、比較例I−4,II−4は、排水の流れが小さい箇所に薬剤を添加した例であり、4kg/日というような少ない薬剤添加量では消臭効果を得ることはできない。
【符号の説明】
【0064】
1 ビル
2 ビルピット
3 私設汚水マス
4 公共汚水マス
5 下水道管
図1
図2