【文献】
カンキツのパクロブトラゾール処理による着花促進と葉中成分変化,日本,国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構,2013年 3月21日,URL,https://web.archive.org/web/20130321102457/https://www.naro.affrc.go.jp//project/results/laboratory/fruit/1993/fruit93-15.html
【文献】
尾形凡生、植田栄仁、塩崎修志、堀内昭作、河瀬憲次,ウンシュウミカンの着花に及ぼすジベレリン生合成阻害物質の効果,園芸学会雑誌,1995年,64巻2号,251−259頁
【文献】
RAKNGAN Jaturaporn, GEMMA Hiroshi, IWAHORI Shuichi,Flower Bud Formation in Japanese Pear Trees under Adverse Conditions and Effects of Some Growth Regulators,熱帯農業,日本,日本熱帯農業学会,1995年,39巻1号,1−6頁
【文献】
Jianxin Fu, Linlin Wang, Yi Wang, Liwen Yang, Yanting Yang, Silan Dai,Photoperiodic control of FT-like gene CIFT initiates flowering in Chrysanthemum lavandulifolium,Plant Physiology and Biochemistry,2014年,Volume 74,Pages 230-238
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
本発明は、カンキツ植物の発育枝におけるアブシシン酸受容シグナルに着目した着花制御技術及び着果制御技術に関する。
【0027】
[カンキツ植物]
本発明に係る技術の適用対象であるカンキツ植物とは、具体的にはカンキツ属に属する植物を指すものである。
ここで「カンキツ属(Citrus、別名ミカン属)」とは、ミカン科ミカン連に属する柑橘類の一属であり、進化的に単一の共通祖先から分岐した一群の種からなる分類群である。
カンキツ属(genus Citrus)に属する種は、分類上は‘種(species)’とされる場合もあるが、変異発生した単一樹から栄養生殖によって栽培種として分布拡大した例が多く、実質的な遺伝子的な差異は、変種・品種レベル程度の遺伝的差異しかない場合も多い。近年の遺伝子型を比較した研究では、カンキツ属の原種は、わずか4種程度で、それ以外のほとんど種は、雑種であるという説が有力である。
この点、カンキツ属は、比較的種間雑種(交配)や接ぎ木が容易な分類群であり、遺伝子的背景(植物種としての基本的性質)がお互いに近い種で構成されている分類群である。
【0028】
カンキツ属の果実は、食用・食材として供される重要な農産物資源となる場合が多い。果実の特徴は、果皮の内側に、果肉が詰まった小袋が放射状に並んだ構造で構成されている。
カンキツ属の植物体は、常緑性の低木(樹木)であり落葉はしない。熱帯から亜熱帯にかけてその起源があり、温暖地域での栽培に適した性質を有する。
【0029】
また、カンキツ属に属する種において、特に重要な特徴は、‘低温’を経験することによって、樹木の花成誘導が誘起されるという性質である。当該性質は、ウンシュウミカン、オレンジ、ライムなど、カンキツ属の多くの種において、共通する現象であることが知られている。
カンキツ属に属する種間の遺伝的の近さを考慮すると、カンキツ属では「低温栽培によって花成が誘導される」という共通の花成誘導メカニズムが存在するものと、当該技術分野では一般的に認識されており、カンキツに関する総括的な書籍で報告がされている(Spiegel-Roy, P. and Goldschmidt, E.E. (1996). Biology of Citrus. Cambridge University Press, New York)。
【0030】
一方、キンカン属(Fortunella)やカラタチ属(Poncirus)等のミカン科植物は、カンキツ属と比較的近い関係にあるとされているが、高温条件下(初夏)に花成誘導がおこる(Nishikawa et al. (2011), Bull. Natl. Inst. Fruit Tree Sci. 12: p27-32)。
具体的に、キンカン(Kumquat)では、‘初夏’に花芽誘導がおこり夏に花芽が開花する。また、カラタチ(trifoliate orange)では、‘初夏’に花芽誘導がおこるが、形成された花芽は冬を越して翌春に開花する(※
図8 参照)。
従って、キンカン属やカラタチ属等のミカン科植物においては、カンキツ属とは異なる誘導制御による花成誘導メカニズムが存在するものと認められる。
当該知見は、カンキツ属における「低温による花成誘導系の上流制御機構」は、カンキツ属の種における独自の花成制御機構であることを示していると認められる。
【0031】
カンキツ属(Citrus)に属する種としては、伝統的な田中長三郎の分類によると、160前後の種分類が可能であるとされているが、近年の遺伝子型を比較した研究では、これらカンキツ属のほとんどの種は遺伝的に近縁であり、雑種形成により誕生したという説が有力である。特に、真正柑橘亜属とされる種どうしは極めて近縁であると認められる。
いずれにしろ、これらは種は、お互いに雑種形成が可能であるほど近縁種であり、分類に捕らわれることなく、いずれもカンキツ属に属する植物であると認められる。
【0032】
具体的には、ウンシュウミカン、ポンカン、マンダリンオレンジ、タチバナ、キシュウミカン、サクラジマミカン、カラマンシー、カラーマンダリン、マンダリンオレンジ、バレンシアオレンジ、ネーブルオレンジ、サワーオレンジ、ブラッドオレンジ、クレメンタイン、グレープフルーツ、コウジ、オランジェロ、レモン、ライム、ベルガモット、スダチ、カボス、サンボウカン、シークワーサー(シークワーシャ、ヒラミレモン)、ユズ、ハナユ、ダイダイ、シトロン、ブッシュカン、ナツミカン、ハッサク、ヒュウガナツ、デコポン、カクテルフルーツ、スウィーティー、ジャバラ、キノット、イヨカン、タンカン、タンゴール、セミノール、タンゼロ、ブンタン、などは、いずれもカンキツ属に属するものである。
【0033】
[アブシシン酸(ABA)による着花制御]
本発明は、カンキツ植物の発育枝におけるアブシシン酸受容シグナルに着目した着花制御技術である。
【0034】
ここで、「アブシシン酸」とは、ABA(abscisic acid)と表記される植物ホルモンの一種である。別名、アブシジン酸、アブサイシン酸とも呼ばれる化合物である。CAS登録番号は21293-29-8である。構造的にはセスキテルペンに属する。当該化合物の構造式を下記式(i)に示す。
【0036】
アブシシン酸の機能としては、これまでのシロイヌナズナ等のモデル植物をはじめ、カンバやカエデ等の樹木を含む多くの植物種の研究から、低温乾燥等の刺激によって植物の休眠誘導、生長抑制、発芽抑制などを誘起する機能であることが知られている。
また、花芽形成に関する報告例は少ないが、例えば特許文献2には、アブシシン酸の蓄積が花芽形成を‘抑制’することが記載されている。
【0037】
本発明の花成制御技術は、これまで報告されている既知の植物種からの知見とは全く逆の新規知見に基づく制御技術である。具体的には、「カンキツ植物においては、アブシシン酸受容シグナルを増加させることによって、FT遺伝子の発現が誘導され、花成誘導(着花)が促進される」という、本発明者らが新規解明した花成誘導メカニズムに着目して開発された技術である(※
図7 参照)。
カンキツ植物におけるアブシシン酸受容シグナルの当該現象は、分子レベルの花成メカニズムが著しく研究されているシロイヌナズナやイネだけでなく、他の植物からも、全く報告されていない。この点を踏まえると、当該現象はカンキツ属において、特有の現象であると認められる。
【0038】
[着花数の制御手段]
本発明においては、発育枝のアブシシン酸受容シグナルに着目することによって、花成誘導を促進又は抑制し、着花数を制御することを可能とする技術である。これにより、カンキツの着花数の増加・減少を直接制御することを可能とする。
【0039】
・FT遺伝子
本発明に係る制御技術は、内生的なFT遺伝子の発現制御を介して達成される技術である。本発明の当該アブシシン酸受容シグナルは、発育段階にある枝(発育枝)において制御されることを要する。当該発育枝でのアブシシン酸受容シグナルの増加によって、茎の細胞でのFT遺伝子の発現が誘導され、花成誘導が促進される。
【0040】
ここで、「FT(Flowering locus T)遺伝子」とは、シロイヌナズナにおける花成メカニズムの研究で発見された花成誘導を司る遺伝子である(Kobayashi et al. (1999); Science 286 p1960-1962)。
カンキツには、CiFT1〜3という配列類似性が極めて高い3種類のFT遺伝子の相同遺伝子が存在する。これらの共通祖先遺伝子とシロイヌナズナのFT遺伝子とは、お互いに順系相同(オーソログ)の関係にある。CiFT1〜3の3種類の遺伝子は、いずれもカンキツの樹木全体の花成誘導を促進する機能を発揮している(非特許文献1:Endo et al.2005、非特許文献2:Nishikawa et al. 2007)。
【0041】
なお、カンキツ樹木(植物体)全体で花成誘導がおこるメカニズムとしては、シロイヌナズナでのFT遺伝子研究により説明することができる。具体的には、茎葉の維管束師部細胞での‘FT遺伝子’の発現によって‘FT蛋白質’が生成された後、FT蛋白質が維管束を通して植物体全体に移動して、頂芽や側芽で他の花成誘導遺伝子の蛋白質(FD蛋白質)と協働して、花成誘導を行っているものと考えられる(Abe el al. (2005); Science 309 (5737): 1052-1056など)。
当該シロイヌナズナの知見は、カンキツ発育枝でのCiFT遺伝子の発現上昇の後に、カンキツ樹木(植物体)全体で花成誘導されるという知見と一致している。この点、‘FT遺伝子より下流以降’の花成制御については、カンキツ植物においてもシロイヌナズナと共通した分子機構が存在するものと認められる。
【0042】
・対象植物体
また、当該技術は、個体が幼若相(発芽から5年以上、好ましくは8年以上、より好ましくは10年以上、さらに好ましくは12年以上、特に好ましくは15年以上)を経過して、成熟相にある樹木に対して施用する。あまりに早い樹齢段階で当該技術を適用しても、個体が成熟相に達していなければ花成誘導は起こらない。
また、当該技術は、成熟期にある枝を台木に接ぎ木したカンキツの苗木に対しても、施用することが可能である。
【0043】
当該技術におけるアブシシン酸受容シグナルの制御は、発育段階にある枝において行われることが好適である。発育枝でのアブシシン酸受容シグナルを増加させた場合、‘FT遺伝子発現’を上昇させ、樹木全体の花成誘導を誘起することが可能となるからである。
ここで「発育枝」とは、発育段階(生長・生育段階)にある維管束師部細胞(FT遺伝子が高発現する組織)を含む枝を指すものである。
特には、休眠芽から発芽生育中の1年生の栄養枝であることが好適である。(※ここで、「1年生の栄養枝」とは、枝芽が発芽・発育中の1年目の枝であることを指す園芸学用語である。翌年以降になると、当該枝から次の枝芽が発芽する。1年で枯れる枝という意味ではない。)
また、FT遺伝子発現を効率良く誘導するためには、枝が発芽伸長し硬化した後であり且つ発育段階にあるものが望ましい。特に好ましくは、低温休眠後に発芽して伸長した枝(即ち、春枝)が硬化し且つ発育段階にある枝が好適である。
【0044】
・外生的使用
なお、本発明における制御を実現するための手段として、目的物質を外生的に使用する手段を採用する場合がある。
ここで、「外生的に使用」とは、外因性の(施用対象である植物体外からの)物質を植物体に投与して使用する行為を指す。
具体的には、施用対象のカンキツ植物体に対して、目的物質を吸収、摂取させる行為を指す。ここで、吸収、摂取させる行為とは、茎、葉、根などの表面(又は傷をつけた部分)からの吸収によって、目的物質を含む液体を植物体内に摂取させる行為を指す。
【0045】
(1) 具体例としては、例えば、目的物質を人為的に散布、噴霧、スプレー、塗布等する行為を挙げることができる。当該行為では、目的物質を含む液体を微細な液滴にして、吹き付け等の操作によって植物体表面に付着させる。この場合、植物体の表面から、目的物質が植物体内に取り込ませることが可能となる。
(2) また、目的物質を含む液体を含む脱脂綿、布、スポンジ等を利用して、植物体の表面(又は傷をつけた部分)から、目的物質を含む液体を吸収摂取させる行為も挙げることができる。また、植物体表面を(カミソリ等で)傷をつけて、より積極的に目的物質を含む溶液を植物体内に取り込ませることも好適である。
(3) また、ゲル化剤、粘性剤、崩壊剤等を利用して、植物体表面から長期的に接触しえる状態を維持して、継続的に取り込みを行わせることも可能である。
(4) また、脱脂綿、布、スポンジ等に目的物質を含む液体を浸み込ませて、植物体表面に塗布する行為を挙げることができる。この場合、研磨剤と一緒に用いることで、植物体表面の傷から積極的に取り込みを行うことが可能である。
(5) また、シリンジ針等を用いて、より積極的に目的物質を含む溶液を植物体内に注入して取り込ませる行為を挙げることもできる。
(6) また、根からの吸水によって、目的物質を取り込ませることも可能である。
【0046】
当該外生的使用行為は、植物体のいずれの部位に対して行うことが可能であるが、好ましくは、上記発育段階にある枝(発育枝)に直接行う行為によって、当該発育枝にそのまま吸収摂取されるようにすることが好適である。
【0047】
また、当該外生的使用は、継続的に又は連続的に行うことが効果的である。例えば、数時間〜数日おきに溶液散布したり、連続的に吸収できる態様で植物体に摂取吸収させることが好適である。
【0048】
[アブシシン酸受容シグナルの増加手段]
本発明においては、当該制御技術におけるアブシシン酸受容シグナルの増加手段(増強手段、増大手段)としては、具体的に以下に示す手段を用いることが可能である。
【0049】
(1)アブシシン酸の外生的使用
本発明に係る制御技術においては、アブシシン酸を外生的に使用することによって、発育枝中におけるアブシシン酸受容シグナルを人為的に増加させることが可能である。
当該外生的使用により、発育枝の組織内及び細胞内に、アブシシン酸を取り込ませて、アブシシン酸受容シグナルを人為的に増加させることが可能となる。
当該増加した受容シグナルによって、FT遺伝子の発現が強く誘導され、花成誘導が促進される。
【0050】
当該手段においては、‘アブシシン酸’(上記式(i)の化合物)として、天然型のS-(+)-アブシシン酸を用いることが好適であるが、光学異性体を含むものであっても良い。また、これらはその塩として用いることも可能である。
【0051】
アブシシン酸の使用においては、植物体(樹勢や果実等)への悪影響がでない範囲であり且つ所望の効果が期待できる濃度で使用すれば良い。例えば、アブシシン酸の濃度を1μM〜10mM、好ましくは10μM〜5mM、さらに好ましくは50μM〜2mM、より好ましくは100〜1mM、特に好ましくは200〜800mM、に調製した水溶液を用いることが望ましい。
また、溶液としては、水溶液として調製することが好適であるが、低濃度の塩、緩衝成分などを含ませることも可能である。
【0052】
(2)アブシシン酸受容体アゴニストの外生的使用
本発明に係る制御技術においては、アブシシン酸受容体アゴニスト(作動体)を外生的に使用することによって、発育枝中におけるアブシシン酸受容シグナルを人為的に増加させることが可能である。
当該外生的使用により、発育枝の組織内及び細胞内に、当該アゴニストを取り込ませて、アブシシン酸受容シグナルを人為的に増加させることが可能となる。
当該増加した受容シグナルによって、FT遺伝子の発現が強く誘導され、花成誘導が促進される。
【0053】
ここで、‘アブシシン酸受容体アゴニスト’(作動体)としては、アブシシン酸の受容体(レセプター)である「PYR(Pyrabactin resistance)蛋白質及び/又はその相同蛋白質群」と結合して、アブシシン酸受容シグナルを増加させる機能する化合物を、好適に用いることができる。
【0054】
このような化合物として、具体的には、アブシシン酸と同様の生理機能(アブシシン酸受容シグナルを誘起する作用)を発揮する‘アブシシン酸の誘導体’を用いることができる。当該アブシシン酸誘導体とは、アブシシン酸の一部の官能基を、他の官能基に置換したものであって、アブシシン酸の生理機能が担保されたものを挙げることができる。
当該アブシシン酸誘導体として、具体的には、ABA-8'-水酸化酵素の分解を回避してABA受容シグナルの持続性を向上できる構造の誘導体を挙げることができる。具体的には、8'-メトキシ化アブシシン酸、8'-アルキル化アブシシン酸、8'-アセチル化アブシシン酸、8'-メトキシアルキル化アブシシン酸、8'-メトキシアセチル化アブシシン酸、8’-フッ素化アブシシン酸、などを挙げることができる(特表2000-502107、特開平7-300443、等 参照)。ここで、アルキル化又はアセチル化は、炭素数2以下の低級のもの(メチル化、エチル化、メチレン化、エチレン化)であることが好適である。
また、2',3'-ジヒドロキシル化アブシシン酸、4'-デオキシ化アブシシン酸、なども挙げることができる。
これらの誘導体は、天然アブシシン酸と同じの光学異性体の立体構造関係にあるものが好適であるが、その光学異性体を含むものであっても良い。また、当該アブシシン酸誘導体は、その塩を用いることも可能である。
【0055】
また、アブシシン酸アゴニストとしては、アブシシン酸と類似構造を有さない化合物も好適に用いることができる。例えば、キナバクチン(Quinabactin)、ピラバクチン(Pyrabactin)、テトラロンアブシシン酸(tetralone abscisic acid)、などを用いることができる。また、これらの化合物の誘導体(化合物の一部の官能基を他の官能基に置換したもの)であって、同様の生理機能が担保された化合物を用いることもできる。
特には、作動特性の効果及び難分解特性の観点から、キナバクチンを用いることが好適である(Okamoto et al., 2013, PNAS vol.110 no.29, p12132-12137)。
また、これらの化合物は、その塩を用いることも可能である。
【0056】
これらアゴニスト化合物の使用においては、植物体(樹勢や果実等)への悪影響がでない範囲であり且つ所望の効果が期待できる濃度で使用すれば良い。例えば、化合物濃度を0.1μM〜1mM、好ましくは0.5〜500μM、より好ましくは1〜200μM、特に好ましくは10〜100μM、に調製した水溶液として調製して用いることができる。
また、溶液としては、水溶液として調製することが好適であるが、低濃度の塩、緩衝成分などを含ませることも可能である。
【0057】
(3)アブシシン酸分解酵素阻害剤の外生的使用
本発明に係る制御技術においては、アブシシン酸分解酵素阻害剤を外生的に使用することによって、発育枝中におけるアブシシン酸受容シグナルを人為的に増加させることが可能である。
当該外生的使用により、発育枝の組織内及び細胞内にアブシシン酸分解酵素阻害剤を取り込ませて、植物体の内生アブシシン酸含有量を増加させることが可能となり、これによりアブシシン酸受容シグナルを人為的に増加させることが可能となる。
当該増加した受容シグナルによって、FT遺伝子の発現が強く誘導され、花成誘導が促進される。
【0058】
‘アブシシン酸分解酵素阻害剤’としては、カンキツにおいてアブシシン酸の分解に関与する酵素を阻害する作用を有する化合物であれば、如何なるものを用いることができる。具体的には、アブシシン酸の分解に直接関与するアブシシン酸−8’−水酸化酵素(ABA 8'-hydroxylase:A8OX)の阻害作用を有する化合物を好適に用いることができる(※
図7 参照)。
【0059】
ここで、アブシシン酸−8’−水酸化酵素の阻害作用を有する化合物(ABA-8'-水酸化酵素阻害剤の有効成分)としては、アゾール系のP450阻害剤を用いることができる。(なお、当該記載は、非アゾール系のものを排除する記載ではない。)
具体的には、アブシナゾールE2B(Abscinazole-E2B)、アブシナゾールE1(Abscinazole-E1)、アブシナゾールF1(Abscinazole-F1)、ジニコナゾール(Diniconazole)、ウニコナゾール(Uniconazole)、アシミドール(Ancymidol)、などを挙げることができる。また、これらの誘導体(化合物の一部の官能基を他の官能基に置換したもの)であって、同様の生理機能が担保された化合物を用いることもできる。
特に、ABA 8'-水酸化酵素に対して選択性が高く植物の生長に悪影響を与えにくいアブシナゾールE2B(特開2013-231014)、アブシナゾールE1(Okazaki et al. 2011, Bioorg.Med.Chem., vol.19 1 p406-413)、アブシナゾールF1(Todoroki et al. 2009, Bioorg.Med.Chem., Vol.17 15 p6620-6630))、などを用いることが好適である。特に、アブシナゾールE2Bが好適である。
【0060】
当該阻害剤の使用においては、植物体(樹勢や果実等)への悪影響がでない範囲であり且つ所望の効果が期待できる濃度で使用すれば良い。例えば、化合物濃度を0.1μM〜1mM、好ましくは0.5〜500μM、より好ましくは1〜200μM、特に好ましくは10〜100μM、に調製した水溶液として調製して用いることができる。
また、溶液としては、水溶液として調製することが好適であるが、低濃度の塩、緩衝成分などを含ませることも可能である。
【0061】
(4)低温栽培処理
本発明に係る制御技術においては、カンキツ植物体を低温栽培することによって、生育枝における内生アブシシン酸含有量を、人為的に高めることが可能である。当該低温栽培を行うことが、発育枝のアブシシン酸含有量が顕著に高くなり、アブシシン酸受容シグナルを増加させることが可能となる。
【0062】
当該低温栽培は、個体が幼若相(発芽から5年以上、好ましくは8年以上、より好ましくは10年以上、さらに好ましくは12年以上、特に好ましくは15年以上)を経過して、成熟相にある樹木に対して行うことが好ましい。特には、春枝(低温休眠後に発芽により伸長した枝)が硬化し且つ発育段階にある状態の個体に対して行うことが好適である。
また、当該技術は、成熟相にある枝を台木に接ぎ木したカンキツの苗木に対しても、施用することが可能である。
また、当該低温栽培は、施用対象の樹木が十分な葉を付けた状態で行うことが好ましい。
【0063】
ここで、「低温栽培」とは、カンキツの内生アブシシン酸合成を促す温度での栽培を指す。具体的には、カンキツ地上部の気温が、次の温度範囲になるように栽培すればよい。
低温の上限としては、20℃以下、好ましくは19℃以下、より好ましくは18℃以下、さらに好ましくは17℃以下、特に好ましくは16℃以下であれば、カンキツにとっての低温と感知されて好適である
一方、下限としては、植物体が栽培障害を起こさない程度であれば良いが、例えば、4℃以上、好ましくは5℃以上、より好ましくは6℃以上、さらに好ましくは7℃以上、特に好ましくは8℃以上、一層好ましくは9℃以上、より好ましくは10℃以上、を挙げることができる。
当該低温栽培では、「実質的に」当該温度範囲に属する温度帯の栽培にあれば、本発明に属する範囲内の低温栽培の効果が担保される。例えば、1日の平均気温が当該範囲内の温度であれば、当該範囲を超える時間帯があったとしても、低温栽培の効果は担保される。
【0064】
当該低温栽培は、5日以上、好ましくは10日以上、より好ましくは12日以上、さらに好ましくは15日以上行うことで、アブシシン酸含有量の増加を促す作用が発揮される。なお、低温栽培の期間中に、数日程度(例えば3日以下、好ましくは2日以下、より好ましくは1日以下)の低温栽培の中断があったとしても、栽培時間を積算して当該期間の低温栽培を行うことで、アブシシン酸含量の増加作用が期待できる。
【0065】
[アブシシン酸受容シグナルの減少手段]
本発明においては、当該制御技術におけるアブシシン酸受容シグナルの減少手段としては、具体的に以下に示す手段を用いることが可能である。また、強い手段を講じることで、当該受容シグナルを完全に又は一時的に消失させることも可能である。
【0066】
(1)アブシシン酸合成酵素阻害剤の外生的使用
本発明に係る制御技術においては、アブシシン酸合成酵素阻害剤を外生的に使用することによって、発育枝中におけるアブシシン酸受容シグナルを人為的に減少させることが可能である。
発育枝の組織内及び細胞内にアブシシン酸分解酵素阻害剤を取り込ませて、植物体の内生アブシシン酸含有量を減少させることにより、アブシシン酸受容シグナルを人為的に減少させることが可能となる。当該減少した受容シグナルによってFT遺伝子の発現が抑制され、花成誘導が抑制される。
【0067】
ここで、‘アブシシン酸合成酵素阻害剤’としては、カンキツにおいてアブシシン酸の合成に関与する酵素を阻害する作用を有する化合物であれば、如何なるものを用いることができる。具体的には、アブシシン酸合成系の律速段階に関与する9−シス−エポキシカロテノイドジオキシゲナーゼ(NCED、ネオキサンチン酸化開裂酵素)の阻害作用を有する化合物を好適に用いることができる(※
図7 参照)。
当該NCEDは、ビオラキサンチン(カロテノイド)を2分子裂開させることで、キサントキシン(ABA前駆体)合成に関与する酵素であり、アブシシン酸生合成系の律速酵素である。
【0068】
ここで、9−シス−エポキシカロテノイドジオキシゲナーゼの阻害作用を有する化合物(NCED阻害剤の有効成分)としては、具体的には、ノルジヒドログアヤレチック酸(NDGA)、アバミン(abamine)などを挙げることができる。また、これらの誘導体(化合物の一部の官能基を他の官能基に置換したもの)であって、同様の生理機能が担保された化合物を用いることもできる。
【0069】
当該化合物の使用においては、植物体(樹勢や果実等)への悪影響がでない範囲であり且つ所望の効果が期待できる濃度で使用すれば良い。例えば、化合物濃度を0.1μM〜1mM、好ましくは0.5〜500μM、より好ましくは1〜200μM、特に好ましくは10〜100μM、に調製した水溶液として調製して用いることができる。
また、溶液としては、水溶液として調製することが好適であるが、低濃度の塩、緩衝成分などを含ませることも可能である。
【0070】
(2)アブシシン酸受容体アンタゴニストの外生的使用
本発明に係る制御技術においては、アブシシン酸受容体アンタゴニスト(拮抗体)を外生的に使用することによって、発育枝中におけるアブシシン酸受容シグナルを人為的に減少させることが可能である。
当該外生的使用により、発育枝の組織内及び細胞内に、当該アンタゴニストを取り込ませて、アブシシン酸受容シグナルを人為的に減少させることが可能となる。
当該減少した受容シグナルによってFT遺伝子の発現が抑制され、花成誘導が抑制される。
【0071】
ここで、‘アブシシン酸受容体アンタゴニスト’(拮抗体)としては、アブシシン酸の受容体(レセプター)である「PYR(Pyrabactin resistance)蛋白質及び/又はその相同蛋白質群」と結合して、アブシシン酸受容シグナルを減少又は消失させる機能する化合物を、好適に用いることができる。
【0072】
このような化合物として、アブシシン酸誘導体であっても構造的に類似しない化合物であっても良いが、具体的には、下記構造式(ii)に示すASn化合物を挙げることができる。(※構造式(ii)におけるnは、n=5〜12の整数を示す。)
ここで、ASn化合物は、アブシシン酸誘導体の一種である。当該化合物の3’側鎖の硫黄原子より先の炭素数が、5〜12であるAS5〜AS12(構造式(ii) n=5〜12)を、アブシシン酸受容体のアンタゴニストとして好適に用いることができる。
特にはAS6〜10(構造式(ii) n=6〜10)、さらにはAS6〜8(構造式(ii) n=6〜8)、さらにはAS6〜7(構造式(ii) n=6〜7)、さらにはAS6(構造式(ii) n=6)、が好適である(Takeuchi et al. Nature Chemical Biology 10, 477-482 (2014))。
また、AS化合物は、天然アブシシン酸と同じの光学異性体の立体構造関係にあるものが好適であるが、その光学異性体を含むものであっても良い。また、当該化合物は、その塩を用いることも可能である。
【0074】
これらアンタゴニスト化合物の使用においては、植物体(樹勢や果実等)への悪影響がでない範囲であり且つ所望の効果が期待できる濃度で使用すれば良い。例えば、化合物濃度を0.1μM〜1mM、好ましくは0.5〜500μM、より好ましくは1〜200μM、特に好ましくは10〜100μM、に調製した水溶液として調製して用いることができる。
また、溶液としては、水溶液として調製することが好適であるが、低濃度の塩、緩衝成分などを含ませることも可能である。
【0075】
[着花制御剤]
本発明においては、上記した「外生的使用」に用いることが可能な各化合物について、それぞれを有効成分とする着花制御剤とすることが可能となる。
具体的には、「アブシシン酸」、「アブシシン酸受容体アゴニスト」、又は「アブシシン酸分解酵素阻害作用を有する化合物」、については、着花促進剤の有効成分とすることできる。また、これらに属する化合物を2以上含む混合剤とすることもできる。
一方、「アブシシン酸受容体アンタゴニスト」、「アブシシン酸合成酵素阻害作用を有する化合物」については、着花抑制剤の有効成分とすることができる。また、これらに属する化合物を2以上含む混合剤とすることもできる。
【0076】
剤形態としては、上記した‘外生的使用’に適した剤形態であれば、如何なる形態を採用することも可能である。ただし、最終使用時において溶液状態とすることが可能な剤形態であることが好ましい。
例えば、液状、アンプル状、濃縮液状などの液体状の剤形態を挙げることができる。また、粉末状、顆粒状、粘土状、練物状、ペースト状などの固体状又は半固体状の剤形態を挙げることができる。
また、賦型剤等と混ぜて固形にした形態、カプセルに充填する形態などを採用することができる。
また、ゲル化剤、粘性剤、崩壊剤、乳化剤、色素、抗酸化剤、緩衝成分等を含む形態とすることも可能である。
【0077】
[果実の着果制御、隔年結果制御]
本発明においては、上記着花制御手段を用いることによって、当該技術を施用した樹木がつける果実の着果量(着果数)を、直接的に制御することが可能となる。
具体的には、着花数の減少制御により、果実の着果量を減らして樹勢を維持する制御が可能となる。また、着花数の増加制御により、果実の着果量を直接的に増やす制御が可能となる。
【0078】
本発明では、当該着花制御技術を利用して結実量を直接的に制御することで、カンキツの隔年結果の問題を解消して、カンキツの連年安定生産を実現することが可能となる。
【実施例】
【0079】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の範囲はこれらにより限定されるものではない。
【0080】
[試験例1]『低温栽培処理実験』
ウンシュウミカンの苗木に低温栽培処理を行った場合において、茎中のABA含量及びCiFT遺伝子発現量、並びに、苗木の着花数との関係を評価した。
【0081】
・1-1 )「実験手順及び条件」
(1) 低温栽培処理(花成誘導処理)
ウンシュウミカン(品種:興津早生)の1年生接ぎ木苗(10本以上の側枝をつけたポット植え個体:1サンプリングにつき3個体×5サンプリング分)を準備し、春枝が硬化した後である2011年6月22日に「低温栽培処理」を開始した。当該低温処理は、苗を自然光の採光が可能なガラス室に移動して、室温15℃に調整した恒温条件で栽培することにより行った。(※ ウンシュウミカン(C. unshiu)が属するカンキツ属の植物は、気温15℃程度での低温状態の栽培を行うことで、花成が誘導される。)
【0082】
(2) サンプリング
低温処理開始日から0.5ヶ月毎に、3つの苗木を回収した。そして、RNA抽出用及びABA含量測定用の試料として、各苗木から2〜3本の側枝を丸ごと採取及び切断し、計3苗木分の側枝をまとめて液体窒素で凍結し、粉砕後に−80℃で保存した。
【0083】
(3) 25℃恒温栽培処理(花芽形成)及び花成誘導能の評価
側枝を切断した後の苗木は、3個体とも全摘葉し(葉を全部摘んで)、室温25℃の恒温条件にて約4週間(※ 発芽数がプラトーに達しこれ以上発芽しなくなる期間)栽培し、枝の節ごとの発芽日、芽数、芽の種類(葉芽、直花、有葉花)を記録した。
そして、これらの観察結果を基に、「発芽が観察された1節」あたりの「花芽形成数(着花数=直花数+有葉花数)」の平均値を算出した。
【0084】
(4) ABA含量の測定
上記(2)で採取した凍結試料に対して、重水素標識したABA(D-ABA, [2H6]ABA)を内部標準として加えたアセトンを抽出溶媒として使用して、アセトン抽出を行った。次に、ロータリーエバポレーターで減圧濃縮して得られた残渣に対して、超純水および酢酸エチル-ヘキサン混合液(1:1)を等量ずつ加えて、固形分を溶解させた。
減圧濃縮した後、塩酸と水飽和酢酸エチルを加えて懸濁し、遠心分離を行って有機層を分離した。当該有機層を減圧濃縮してメタノールに溶解させた。
メチル化処理後、GC-MS機器(QP2010, 島津社製)を用いて、内部標準(D-ABA)をベースとして、湿重1gあたりのABA含量(ng/gFW)を測定した。
【0085】
(5) CiFT遺伝子の発現定量(定量的RT-PCR)
上記(2)で得た凍結試料から、ISOGEN(Wako社製)及びRNeasy Plant(QIAGEN社製)を使用して、total RNA(全RNA)を抽出した。得られたRNAを鋳型として、Quantitect Reverse Transcription kit(QIAGEN社製)を用いて、cDNA(相補鎖DNA)を合成した。
【0086】
各試料からのcDNAを用いて、リアルタイムPCR法により、CiFT遺伝子の定量的RT-PCRを行った。
CiFT遺伝子の増幅プライマーとしては、配列表の配列番号1(CiFT-f)及び配列番号2(CiFT-r)に示す塩基配列からなるDNAプライマーセットを用いた。なお、ここで使用するCiFT遺伝子用のプライマーセットは、ウンシュウミカンで単離された類似する3種類のCiFT1〜3(CiFT1 配列番号23 アクセション番号AB027456;、CiFT2 配列番号24 アクセション番号AB301934;、CiFT3 配列番号25 アクセション番号AB301935)、の全ての共通配列をターゲットとしたプライマーセットである(非特許文献2:Nishikawa et al. 2007 参照)。
また、内部標準遺伝子としてはEF1α遺伝子を採用し、その増幅プライマーとしては、配列表の配列番号3(QTEF1a-f)及び配列番号4(QTEF1a-r)に示す塩基配列からなるDNAプライマーセットを用いた。
リアルタイムPCRは、Applied Biosystems 7300 Real-Time PCR system(Applied Biosystems社製)を分析装置として用いて行った。PCR反応は、Power SYBR Green PCR Master Mix(Applied Biosystems)を使用し、上記鋳型cDNAとプライマーセットを用いて、アニーリング温度60℃でのPCR反応を行った。PCR反応中の増幅産物の蛍光強度をリアルタイムで経時的に測定した。
当該反応は3反復反応行い、測定対象である「CiFT増幅プライマーを用いたPCR反応の測定値(平均値)」を、内部標準である「EF1α増幅プライマーを用いたPCR反応の測定値(平均値)」で除した値を求め、CiFT遺伝子の発現量として算出した。
【0087】
【表1】
【0088】
・1-2 )「結果」
その結果、
図1に示すように、ウンシュウミカン苗木に15℃の低温栽培処理(花成誘導処理)を開始することによって、茎中のABA含量が著しく上昇し、当該低温栽培処理開始から約0.5ヶ月後に、ABA含量が最大となることが示された(
図1(A) 参照)。
また、茎中のABA含量の上昇と相関するように、茎中のCiFT遺伝子の発現量も上昇し、当該低温栽培処理開始から1〜1.5ヶ月後に、遺伝子発現量が最大になることが示された(
図1(A) 参照)。
そして、茎中のFT遺伝子の上昇と相関して苗木の花芽形成能も上昇し、当該低温栽培処理開始から1.5〜2ヶ月後の苗木では、発芽が観察された節あたり0.7〜1個もの着花が可能な状態(花成誘導がされた状態)、となることが示された(
図1(B) 参照)。
【0089】
[試験例2]『低温栽培処理実験(試験例1の追試)』
試験例1の実験年度(2011年)とは異なる年度(2013年)において、低温栽培処理実験の追試を行って、再現性を確認した。
【0090】
・2-1 )「実験手順及び条件」
ウンシュウミカン(品種:興津早生)の1年生接ぎ木苗(10本以上の側枝をつけたポット植え個体:1サンプリングにつき3個体×5サンプリング分)を準備し、春枝が硬化した後である2013年7月3日に、(1)「低温栽培処理」(花成誘導処理)を開始した。その後、(2) サンプリング、(3) 25℃恒温栽培処理及び花成誘導能の評価、(4) ABA含量の測定、(5) CiFT遺伝子の発現定量(定量的RT-PCR)を行った。(※ 基本的な実験操作等は、試験例1に記載した方法と同様にして行った。)
なお、(2) 花成誘導能の評価については、苗木全体にどのくらいの花芽が形成されたかも評価するため、「苗木の全春枝上の1節」あたりの「花芽形成数(着花数=直花数+有葉花数)」の平均値も算出した。
【0091】
・2-2 )「結果」
その結果、
図2に示すように、ウンシュウミカン苗木に15℃の低温栽培処理(花成誘導処理)を開始することによって、茎中のABA含量が著しく上昇し、当該低温栽培処理開始から約0.5ヶ月後に、ABA含量が最大となることが示された(
図2(A) 参照)。
また、茎中のABA含量の上昇と相関するように、茎中のCiFT遺伝子の発現量も上昇し、当該低温栽培処理開始から1.5ヶ月から2ヶ月後にかけて、遺伝子発現量が急激に上昇することが示された(
図2(A) 参照)。
そして、茎中のFT遺伝子の上昇と相関して苗木の花芽形成能も上昇し、当該低温栽培処理開始から2ヶ月後の苗木では、発芽が観察された節あたり約0.7個もの着花が可能な状態(花成誘導がされた状態)、となることが示された(
図2(B) 参照)。
また、当該2ヶ月後の苗木では、「苗木全体(発芽節と未発芽節の両方を含んだ場合)」で見た場合においても、1節あたり約0.3個もの着花が可能な状態であることが示された(
図2(C) 参照)。
【0092】
当該試験例の結果から、試験例1の結果(カンキツ苗木の低温栽培⇒ABA含量上昇⇒FT遺伝子発現上昇・花成誘導がおこる現象)に、再現性があることが確認された。
また、ここで誘導された花芽の着花量は、苗木全体で見た場合でも十分な量であることが確認された。
【0093】
[試験例3]『全摘葉した苗木での低温栽培処理実験(比較実験)』
ウンシュウミカンの苗木を全摘葉した場合における低温栽培処理の影響を調べた。
【0094】
・3-1 )「実験手順及び条件」
ウンシュウミカン(品種:興津早生)の1年生接ぎ木苗(10本以上の側枝をつけたポット植え個体:1サンプリングにつき3個体×5サンプリング分)を準備し、春枝が硬化した後である2011年6月22日に全個体の全ての葉を摘む作業(全摘葉)を行った。そして同日に、(1)「低温栽培処理」(花成誘導処理)を開始した。その後、(2) サンプリング、(3) 25℃恒温栽培処理及び花成誘導能の評価、(4) ABA含量の測定、(5) CiFT遺伝子の発現定量(定量的RT-PCR)を行った。(※ 基本的な実験操作等は、試験例1に記載した方法と同様にして行った。)
【0095】
・3-2 )「結果」
その結果、
図3に示すように、葉を全摘葉した苗木では、15℃の低温栽培処理(花成誘導処理)を開始した場合であっても、茎中のABA含量の上昇は全く起らなかった(
図3(A) 参照)。また、茎中のCiFT遺伝子の発現量も全く上昇することなく(
図3(A) 参照)、苗木は着花が可能な苗木(花成誘導がされた状態)には「ならない」ことが示された(
図3(B) 参照)。
当該結果が示すように、低温栽培処理による花成誘導シグナル発生には、葉が必要であることが示された。
【0096】
[試験例4]『ABA含量と花成誘導能との相関』
茎中のABA含量が、CiFT遺伝子の発現量及び苗木の花形成誘導能と相関関係を有するかを検証した。
【0097】
・4-1 )「茎中のABA含量とCiFT遺伝子発現量との相関」
試験例1〜3の栽培実験(及び2012年に行った同様の実験)のデータを用いて、茎中のABA含量とCiFT遺伝子発現量との相関を調べた。
グラフの横軸に、低温栽培処理開始後の「茎中ABA含量の最大値」を、グラフの縦軸に「茎中CiFT遺伝子発現量の最大値」をプロットして、散布図における当該2項目のデータ群間の相関を調べ、寄与率(R
2)を算出した。
(※ ここで、‘寄与率’とは、相関係数「R」の二乗を示す値であり、最大値は1.0となる。寄与率が0.7〜1.0の範囲にある場合、対比する2つのデータ群の間に、強い相関があると認められる。)
【0098】
その結果、
図4(A)が示すように、寄与率(R
2)が0.8973という高い値となり、「茎中のABA含量の最大値(横軸)」と「茎中のCiFT遺伝子発現量の最大値(縦軸)」の間には、強い相関関係(正の相関)があることが示された。
【0099】
・4-2 )「茎中のABA含量と花成誘導能との相関」
上記と同様にして、茎中のABA含量と発芽節あたりの着花数との相関を調べた。グラフの横軸に、低温栽培処理開始後の「茎中ABA含量の最大値」、グラフの縦軸に「苗木を25℃恒温栽培処理した際の発芽節あたりの着花数(苗木の花成誘導能を表す値)」をプロットして、散布図における当該2項目のデータ群間の相関を調べた。
【0100】
その結果、
図4(B)が示すように、寄与率(R
2)が0.9498という高い値であり、「茎中のABA含量の最大値(横軸)」と「苗木を25℃恒温栽培処理した際の発芽節あたりの着花数(縦軸)」の間には、強い相関関係(正の相関)があることが示された。
【0101】
[試験例1〜4からの考察]
試験例1〜4の結果が示すように、低温により花成誘導が誘起されるカンキツ種(カンキツ属に属する植物種)では、低温栽培処理を行うことにより、低温状態であることがシグナルとして感知され、発育枝の茎中のABA含量が著しく上昇し、これによりFT遺伝子発現が上昇することが明らかになった。
また、茎中ABA含量とFT遺伝子発現量との間、茎中ABA含量と苗木の花成誘導能との間には、それぞれ強い相関関係(正の相関)があることが明らかになった。
以上から、低温により花成誘導が誘起されるカンキツ種(カンキツ属に属する植物種)では、「ABA含量上昇が花成誘導を促進する花成誘導機構」が存在することが明らかになった。
【0102】
[試験例5]『外生ABA処理によるCiFT遺伝子発現量の制御』
外生ABA処理を行うことによって、茎中CiFT遺伝子発現量の制御が可能かを調べた。
・5-1 )「実験手順及び条件」
ウンシュウミカン(品種:興津早生)の1年生接ぎ木苗(10本以上の側枝をつけたポット植え個体:1処理区につき3個体×2処理区)を準備し、自然光の採光が可能なガラス室に移動して、室温25℃に調整した恒温条件(低温にならない条件:内在的花成誘導を回避する条件)で栽培した。
500μM ABA((±)-ABA)水溶液を苗木に散布し、散布直後(0時間)及び散布から24時間経過後に、側枝と葉を別々に採取し切断した。これらを苗木ごとに別々に凍結粉砕して−80℃で保存した。
対照として、500μM ABA水溶液の代わりに純水を散布し、同様にして24時間経過後に側枝を採取して切断し、凍結粉砕して−80℃で保存した。
その後、各試料を用いて、CiFT遺伝子発現量の定量を行った。(※ 基本的な実験手順は、試験例1に記載と同様にして行った。)
【0103】
・5-2 )「結果」
その結果、
図5に示すように、外生ABAを散布した処理区の苗木では、茎及び葉のCiFT遺伝子の発現量が急激に上昇することが示された。特に「茎」においては、処理前の約6.5倍と急激に上昇することが示された(
図5(A) 参照)。
当該結果から、ABAが茎中FT遺伝子発現量の上昇作用を有する物質であることが、実験的に確認された。
また、重要な点であるが、当該結果から、外生ABAの添加によって茎中のABA含量を制御することで、FT遺伝子の発現量が人為的に制御可能となることが確認された。
【0104】
[試験例6]『ABA含量に関与する酵素』
茎中ABA含量の制御を可能とする酵素群の探索を行った。
【0105】
・6-1 )「実験手順及び条件」
試験例1で調製した凍結試料について、ABAの合成分解代謝に関与する酵素群の各遺伝子について、定量的RT-PCR法による発現解析を行った。
当該実験においては、各代謝酵素遺伝子の発現量の推移を調べることによって、それらの遺伝子発現により生成される「各代謝酵素含量の推移」を把握することが可能となる。(※ 当該合成系に関与する酵素遺伝子の発現量が、遺伝子産物である酵素の活性により生成される反応生成物量と相関があるという事実が報告されている(Kato et al. (2004); Plant Physiology 134: p824-837、Kato et al. (2006); Journal of Experimental Botany 57: p2153-2164)。
【0106】
実験手順として、具体的には、カロテノイド代謝に関する酵素として、PSY(phytoene synthase), PDS(phytoene desaturase), ZDS(ζ-carotene desturase), LCYe(lycopene ε-cyclase), LCYb(lycopene β-cyclase), HYb(β-ring hydroxylase), ZEP(zeaxanthin epoxidase)に注目して、各遺伝子発現量の定量を行った。
また、ビオラキサンチン(カロテノイド)からキサントキシン(ABA前駆体)の合成に関与するNCED3(9-cis-epoxycarotenoid dioxygenase 3:ABA合成系の律速酵素)及びABA分解に直接関与するA8OX(ABA 8'-hydroxylase:ABA分解酵素)について、遺伝子発現量の定量を行った。
RT-PCRに用いたプライマーとしては、表2に示した組み合わせの各プライマーセットを用いた。表中の「-f」はforward primer、「-r」はreverse primerを示す。(※ 基本的な実験操作等は、試験例1に記載した方法と同様にして行った。)
【0107】
【表2】
【0108】
・6-2 )「結果」
その結果、
図6に示すように、「ABA含量」の推移は、ABA合成酵素である「NCED3含量」の推移との間では、正の相関が認められた。また、ABA分解酵素である「A8OX含量」の推移とは、負の相関が認められた。
【0109】
(1) NCED3(ABA合成酵素)の推移
低温栽培処理の開始(※試験例1の栽培実験)によってABA含量が上昇している苗木(低温栽培処理開始0.5ヶ月後)の茎では、「NCED3」の発現量も上昇していることが示された。そして、ABA含量が減少に転じている苗木では(低温栽培処理開始1〜2ヶ月後)では、「NCED3」の発現量も減少に転じていることが示された(
図6(A),(C) 参照)。
また、全摘葉した苗木に低温栽培処理(※試験例3の栽培実験)を行った場合、ABA含量は減少する傾向を示したが、「NCED3」の発現量も同様に減少する傾向を示していた(
図6(B),(D))。
これらの結果が示すように、ABA合成酵素である「NCED3」の遺伝子発現パターンは、ABA含量の推移と完全に一致する挙動を示すことが確認された。
以上から、茎中の「ABA含量」の推移は、ABA合成酵素である「NCED3酵素の含量」の推移と、正の相関があると認められた。
【0110】
(2) A8OX(ABA分解酵素)の推移
一方、「A8OX」の発現は、低温栽培処理の開始(※試験例1の栽培実験)を行った場合、ABA含量が上昇している苗木(低温栽培処理開始0.5ヶ月後)の茎では、その発現量は低い値であった。ところが、ABA含量が減少に転じている苗木では(低温栽培処理開始1〜2ヶ月後)では、「A8OX」の発現量は上昇に転じていることが示された(
図6(A),(E) 参照)。
また、全摘葉した苗木に低温栽培処理(※試験例3の栽培実験)を行った場合、ABA含量は緩やかに減少する傾向を示したところ、「A8OX」の発現量は緩やかに上昇することが示された(
図6(B),(F) 参照)。
これらの結果が示すように、ABA分解酵素である「A8OX」の遺伝子発現パターンは、ABA含量の推移とは、完全に逆の挙動を示すことが確認された。
以上から、茎中の「ABA含量」の推移は、ABA分解酵素である「A8OX酵素の含量」の推移と、負の相関があると認められた。
【0111】
(3) その他のカロテノイド代謝酵素の推移
NCED3及びA8OX以外のカロテノイド代謝酵素遺伝子は、ABA含量の推移と関係性が認められる発現パターンを示さなかった(表3 参照)。
即ち、ABA前駆体より上流の生合成系(カロテノイド代謝)に関与する酵素群においては、ABA含量と相関を示す酵素の存在は確認できなかった。
【0112】
【表3】
【0113】
[試験例5,6からの考察]
試験例5の結果から、FT遺伝子発現量(花成誘導による苗木の着花数)の制御は、茎中のABA含量の増減の調整により人為的に可能であることが示された。
また、試験例6の結果から、「NCED3(ABA合成酵素)含量」及び/又は「A8OX(ABA分解酵素)含量」の制御により、茎中のABA含量の制御が可能となることが示された。
【0114】
以上から、低温により花成誘導が誘起されるカンキツ種(カンキツ属に属する植物種)の苗木に対して、外生的に「ABA」を使用することによって、FT遺伝子発現量の増加制御が可能となることが示された。
また、外生的に「NCED3(ABA合成酵素)の阻害剤」を使用することによって、FT遺伝子発現量の減少を介した着花数の減少制御が可能となることが示された。
また、外生的に「A8OX(ABA分解酵素)の阻害剤」を使用することによって、FT遺伝子発現量の増加を介した着花数の増加制御が可能となることが示された。