【文献】
Toshihiko Ogura,Direct Observation of Unstained Biological Specimens in Water by the Frequency Transmission Elecric-Field Method Using SEM,PLOS ONE ,日本,2014年 3月20日,volume9/issue3,e92780(6pp)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記強度変化周波数の信号成分の抽出は、バンドパスフィルタ法、ロックインアンプ法、自己相関解析法、フーリエ変換解析法の何れかの方法で行われる、請求項1に記載の走査電子顕微鏡像の観察システム。
【背景技術】
【0002】
走査電子顕微鏡は、生物試料や有機材料を高分解能で観測する際のツールとして広く用いられている。従来、走査電子顕微鏡で生物試料や有機材料を観察する場合には、観察対象試料の電子線ダメージを低下させ、コントラストの高い画像を得るために、試料をホルムアルデヒド等で固定化した後に、表面に金やプラチナ、カーボン等をコーティングしたり、あるいは、重金属による染色を施す等の処理が必須とされていた。
【0003】
しかし、近年、生物試料をコーティングや染色なしに高コントラストで観察できる方法が開発された(特許文献1および非特許文献1を参照)。この新規な方法では、カーボン膜などの薄い試料支持膜の下部表面に試料を付着させ、この試料支持膜の上部より低い加速電圧の電子線を照射する。照射された電子線は試料支持膜の内部で拡散しながら広がり、膜の下面付近に到達し、試料支持膜の下部表面より2次電子が放出される。この2次電子は、試料支持膜直下の試料に吸収され、これにより極めて高いコントラスの画像を得ることができる。
【0004】
この方法では、上述の2次電子のエネルギが10eV程度となるように条件設定される。このような極めて弱い2次電子であれば、観察対象試料に対する電子線ダメージは顕著に低くなるため、生物試料のような損傷を受けやすい試料であっても、試料本来の形状や構造を高いコントラストの画像で観察乃至解析することが可能となる。
【0005】
こうした観察条件は、「間接2次電子コントラスト条件」と呼ばれる。このような観察手法をさらに進展させ、絶縁薄膜層の下部に導電性膜を形成し、電子線入射による帯電効果を利用して、分解能やコントラストをさらに向上させる方法も開発されている(特許文献2および非特許文献2を参照)。
【0006】
さらに最近では、耐圧性の絶縁薄膜上部に薄い重金属薄膜を形成し、この重金属薄膜に電子線を照射することで局所的な電位変化を発生させ、この電位変化を利用して観察を行う変動電位透過観察技術も開発された(特許文献3、非特許文献3を参照)。
【0007】
この方法では、上述の局所的な電位変化(変動する電位)が水溶液中の生物試料を透過する際の減衰状態を画像化し、試料観察を行う。水は、比誘電率が約80と高いため、電位変化を良く透過する。一方、生物試料は、比誘電率が2〜3程度と低く、電位変化の透過を阻害する。そのため、水溶液中の生物試料を染色処理なしに、高いコントラストで観察することが可能となる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述の変動電位透過観察技術では、水溶液中の生きた生物試料や有機材料等を電子線ダメージ無しに高コントラストかつ高分解能で観察することが可能である。しかし、電位変動を検出するアンプや水溶液観察ホルダを保持する機構等を走査電子顕微鏡内部に設置する必要があり、試料チャンバ内を大幅に改造する必要が生じる。こうした改造を行うと、一般的な試料ホルダの設置が困難となり、汎用装置としての走査電子顕微鏡の使用ができなくなる。
【0011】
走査電子顕微鏡は、生物試料だけでなく、半導体や金属材料の観察等でも良く利用される汎用の装置であるため、通常の汎用ホルダと水溶液観察ホルダの双方が使用できることが望ましい。
【0012】
また、高分解能の電界放射型走査電子顕微鏡では、試料を鏡体内部に導入するために、試料交換室を介して設置することが一般的である。そのため、直接試料チャンバを開けて、水溶液観察ホルダを手動でステージ上のアンプに結合し設置することはできない。
【0013】
さらに、電位変動を検出するアンプや水溶液観察ホルダを保持する機構等を走査電子顕微鏡内部に設置することとした場合には、アンプの交換や補修が必要となった場合の作業には多大な時間と労力が求められ、コストもかかるという問題がある。
【0014】
本発明はこのような問題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、走査電子顕微鏡を用いて生物試料を簡便に生きたままの状態で高分解能・高コントラストで観察することを可能とする技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために、本発明に係る走査電子顕微鏡像の観察システムは、一方主面が観察試料の保持面である絶縁性薄膜と該絶縁性薄膜の他方主面に積層された導電性薄膜とを備え、前記絶縁性薄膜の一方主面側には、前記導電性薄膜側から入射された電子線に起因して生じた前記絶縁性薄膜の一方主面の電位に基づく信号を検知する信号検出部が設けられている走査電子顕微鏡用試料ホルダと、前記試料ホルダを載置する走査電子顕微鏡用試料ステージであって、前記信号検出部により検出された検知信号を増幅して測定信号として出力する回路部を内蔵する試料ステージと、を用いて走査電子顕微鏡像の観察を行うことを特徴とする。
【0016】
ある態様では、前記走査電子顕微鏡用試料ホルダは、前記絶縁性薄膜の一方主面側に、該絶縁性薄膜と所定の間隔を有するように耐圧性薄膜が設けられており、前記絶縁性薄膜と前記耐圧性薄膜との間に、前記所定の間隔に相当する厚さのスペーサを備えている。
【0017】
例えば、前記スペーサの厚さは40μm以下である。
【0018】
例えば、前記スペーサは、接着剤、粘着剤、樹脂、ゴム、シリコン部材を主成分とする材質からなる。
【0019】
ある態様では、前記走査電子顕微鏡用試料ホルダは、前記絶縁性薄膜と前記耐圧性薄膜との間に、水溶液を潅流させるための流路が設けられている。
【0020】
好ましい態様では、前記測定信号の中から参照信号の周波数成分のみを抽出して得られる出力信号を処理して走査電子顕微鏡像として画像を形成する演算装置を備えている。
【0021】
また、好ましい態様では、前記演算装置は、前記出力信号を処理して、該出力信号から強度変化周波数の信号成分を抽出し、該抽出された強度変化周波数の信号成分に基づいて画像を形成する。
【0022】
さらに、好ましい態様では、前記強度変化周波数の信号成分の抽出は、バンドパスフィルタ法、ロックインアンプ法、自己相関解析法、フーリエ変換解析法の何れかの方法で行われる。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る走査電子顕微鏡像の観察システムで用いられる走査電子顕微鏡用試料ホルダは、一方主面が観察試料の保持面である絶縁性薄膜と該絶縁性薄膜の他方主面に積層された導電性薄膜とを備えており、絶縁性薄膜の一方主面側には、導電性薄膜の側から入射された電子線に起因して生じた絶縁性薄膜の一方主面の電位に基づく信号を検知する信号検出部が設けられている。一方、試料ステージは、試料ホルダに設けられた信号検出部により検出された検知信号を増幅して測定信号として出力する回路部を内蔵している。このような構成を採用すると、試料ホルダに設けられた信号検出部と、この信号検出部により検出された検知信号を増幅して測定信号として出力する回路部を極めて近接して配置することができる結果、ノイズを大幅に低減させることが可能となる。
【0024】
本発明によれば、水溶液中の生物試料を生きたまま直接観察することが、簡便に且つ高分解能で行うことが可能となる。例えば、生物試料の観察をしながら薬品や化学物質の反応を調べることも可能であるから、薬品等の研究開発のための強力な武器となる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に、図面を参照して、本発明に係る走査電子顕微鏡像の観察システム、このシステムで用いられる走査電子顕微鏡用試料ホルダおよびステージ、ならびに、この観察システムによる変動電位透過観察法の概要について説明する。
【0027】
図1は、本発明に係る走査電子顕微鏡像の観察システムの構成例を説明するためのブロック図である。
【0028】
この図に示した例では、システムを構成する走査電子顕微鏡100の鏡体内には、対象試料の水溶液中での観察を可能とした試料ホルダ10が導入され、この試料ホルダ10は、初段アンプ21を内蔵した試料ステージ20上にセットされる。走査電子顕微鏡100の鏡体側部には、試料交換室30が設けられており、試料導入棒31を用いて、試料ホルダ10の導入がなされる。
【0029】
試料ステージ20の端部には端子部22が設けられており、この端子部22は、走査電子顕微鏡100の鏡体内に設けられたコネクタ23に接続される。このコネクタ23は、DC電源340から初段アンプ21への電力供給を受ける受電部であるとともに、初段アンプ21の出力等を、測定信号として外部接続装置に出力するためのもので、測定信号は、端子部22とコネクタ23を介して外部接続装置であるロックインアンプ310へと送信される。
【0030】
ロックインアンプ310に送られた測定信号は、データレコーダ320へと出力され、さらに、演算装置としてのPC330へと送られてデータ処理がなされる。
【0031】
走査電子顕微鏡100には、フィールドエミッション型の電子銃51から射出された電子線52の観察試料への照射を制御するためのビームブランキング装置(偏向板)53が設けられている。
【0032】
ビームブランキング装置53は、観察試料への入射電子線52の強度変化を得るためのもので、鏡体外に設けられたファンクションジェネレータ350から、例えば、1kHz以上の周波数のON/OFF信号が矩形波状の制御信号として入力される。また、ファンクションジェネレータ350は、ロックインアンプ310に対し、リファレンス信号(参照信号)を出力する。
【0033】
ファンクションジェネレータ350から出力された制御信号(ここでは矩形波信号)により、偏向板53に印加される電圧が制御される。この電圧制御の結果、電子線52がクーロン力により偏向すると、電子線52が絞り54で遮られ、電子線52が遮蔽される。一方、矩形波の電圧が0Vの場合は、電子線52は偏向せずに直進し、絞り54を透過して試料ホルダ10へと照射される。
【0034】
こうした制御信号によるON/OFFを繰り返すことで、観察試料へ照射される電子線の強度が変化する。このときの制御信号の周波数は1kHz以上であることが好適であり、ここでは一般には、20〜1000kHzの範囲で設定する。
【0035】
つまり、ファンクションジェネレータ350から入力される制御信号により、試料ホルダ10内に収容されている観察試料(不図示)に照射される電子線強度は、制御信号と同じ周波数で変化することとなる。
【0036】
試料ホルダ10の構成の詳細は後述するが、耐圧性薄膜上面に電子線52が照射されると、入射部位に局所的な電位が生成する。この電位は、制御信号と同様の周波数により変化しており、この電位変化に伴う信号が試料ホルダ10の下部に設けられた信号検出部210によって検出される。この検知信号は、試料ステージ20に内蔵されたアンプ21で増幅され、測定信号としてロックインアンプ310へと出力される。
【0037】
つまり、ロックインアンプ310には、ファンクションジェネレータ350からのリファレンス信号とアンプ21からの測定信号が入力される。ロックインアンプ310は、リファレンス信号を用いて、測定信号の中から、ファンクションジェネレータ350のリファレンス信号の周波数成分のみを抽出し、これを出力信号としてデータレコーダ320に送信する。
【0038】
そして、演算装置としてのPC330は、測定信号の中から参照信号の周波数成分のみを抽出して得られる出力信号を処理して走査電子顕微鏡像として画像を形成する。
【0039】
例えば、PC330は、上述の出力信号を処理して、この出力信号から強度変化周波数の信号成分を抽出し、抽出された強度変化周波数の信号成分に基づいて、電子線の走査信号に従い画像を形成する。ここで、強度変化周波数の信号成分の抽出は、例えば、バンドパスフィルタ法、ロックインアンプ法、自己相関解析法、フーリエ変換解析法などの手法により行うことができる。
【0040】
図2は、本発明に係る走査電子顕微鏡像の観察システムで用いられる走査電子顕微鏡用試料ホルダと、この試料ホルダを載置する走査電子顕微鏡用試料ステージの構成例を説明するための断面概略図である。
【0041】
この試料ホルダ10は、一方主面が観察試料40の保持面である絶縁性薄膜203と、この絶縁性薄膜203の他方主面に積層された導電性薄膜201とを備えている。この積層体は、真空中の観察に耐えられる程度の耐圧性を備えている。つまり、電子顕微鏡体内でも、ホルダ内は大気圧状態を保持することができる。そして、絶縁性薄膜203の一方主面側には、導電性薄膜201側から入射された電子線52に起因して生じた絶縁性薄膜203の一方主面の電位に基づく信号を検出する信号検出部210が設けられている。
【0042】
この図に示した構成例では、絶縁性薄膜203の一方主面と信号検出部210との間に、耐圧性薄膜でもある第2の絶縁性薄膜204が設けられており、第2の絶縁性薄膜204の一方主面と第1の絶縁性薄膜203の一方主面とが所定の間隔の隙間を有するように配置されている。従って、この構成の場合は、信号検出部210は、第2の絶縁性薄膜204の他方主面の電位を信号として検出することになる。この信号検出部210は、試料支持膜としての第1の絶縁性薄膜203および第2の絶縁性薄膜204からは電気的に絶縁した状態で、これらと離間させて設けられている。
【0043】
なお、第2の絶縁性薄膜204は必須のものではなく、例えば、観察試料40を極薄の水の層中に溶解等させることができれば、その表面張力により観察試料は保持されるから、第2の絶縁性薄膜204が無くとも、第1の絶縁性薄膜203の一方主面の電位に基づく信号を信号検出部210で検出することが可能である。
【0044】
観察試料40は、水溶液60の中にある生物試料であってよく、第1の絶縁性薄膜203と第2の絶縁性薄膜204の間に封入され、導電性パッキン206やOリング207で内部がシールされた導電性の外枠部208に収容されている。つまり、水溶液と一緒に生物試料を支持させた状態での観察が可能である。
【0045】
なお、後述するように、外枠部208には、内部の圧力を調整するための機構を設けるようにしてもよい。また、符号209で示したものは端子部210を外枠部208から絶縁するための絶縁部材であり、符号202および205で示したものは強度維持等の目的で設けられているフレーム部であり、符号70は入射した電子線52の拡散領域である。
【0046】
図2に示した例では、パッキン206は導電性であり、導電性薄膜201は走査電子顕微鏡100のグランド電位とされ、この状態で観察が行われる。なお、導電性薄膜201の電位をグランド電位とせず、所定のバイアス電圧を印加した状態でも試料の観察は可能である。
【0047】
電子銃51から射出される電子線52の加速電圧は、入射電子線が第1の絶縁性薄膜203をほぼ透過しない電圧に設定することが好ましい。具体的には、入射電子線が導電性薄膜201の内部で、ほぼ散乱乃至吸収されてしまうような加速電圧とすることが好ましい。このような電圧設定により、第1の絶縁性薄膜203側に1次電子がほぼ透過せず、観察試料40への電子線ダメージを完全に防ぐことができる。一般に、入射電子線の加速電圧を10kV以下に設定すれば、上記条件が実現される。
【0048】
第1の絶縁性薄膜203が厚すぎると、信号検出部210で検知される信号の強度が低下する。このため、第1の絶縁性薄膜203の厚さは、200nm以下とすることが好ましい。
【0049】
第1の絶縁性薄膜203の材質としては、窒化シリコン膜、カーボン膜、ポリイミド膜を例示することができる。
【0050】
導電性薄膜201が厚すぎても、信号検出部210で検知される信号の強度が低下する。このため、導電性薄膜201の厚さは、100nm以下とすることが好ましい。
【0051】
導電性薄膜201は、比重が10g/cm
3以上の金属を主成分とする金属薄膜であることが好ましい。これは、電子線の遮蔽性と入射電子の内部拡散を効率的に抑えるためである。このような金属薄膜としては、タンタル、タングステン、レニウム、モリブデン、オスミウム、金、プラチナのうちの何れかを主成分とするものを例示することができる。
【0052】
このように、本発明に係る走査電子顕微鏡像の観察システムで用いられる走査電子顕微鏡用試料ホルダは、一方主面が観察試料の保持面である絶縁性薄膜203と該絶縁性薄膜203の他方主面に積層された導電性薄膜201とを備えており、絶縁性薄膜203の一方主面側には、導電性薄膜201の側から入射された電子線52に起因して生じた絶縁性薄膜201の一方主面の電位に基づく信号を検知する信号検出部210が設けられている。
【0053】
一方、本発明に係る走査電子顕微鏡像の観察システムで用いられる走査電子顕微鏡用試料ステージ20は、試料ホルダ10に設けられた信号検出部210により検出された検知信号を増幅して測定信号として出力する回路部(ここではアンプ21)を内蔵している。上述のように、試料ステージ20の端部には端子部22が設けられており、この端子部22は、走査電子顕微鏡100の鏡体内に設けられたコネクタ23に接続される。
【0054】
このような構成を採用すると、試料ホルダ10に設けられた信号検出部210と、この信号検出部210により検出された検知信号を増幅して測定信号として出力する回路部(ここではアンプ21)を極めて近接して配置することができる。その結果、ノイズを大幅に低減させることが可能となる。
【0055】
また、増幅回路部は走査電子顕微鏡の本体に設けられるのではなく、試料ステージ20に内蔵されるものであるから、異なる特性の増幅回路部(アンプ21)を内蔵する試料ステージを複数種類準備しておけば、観察試料の特性に応じて増幅回路部(アンプ21)を交換することも容易である。従って、観察画像を高いコントラストや分解能で得ることも容易化される。
【0056】
なお、第1の絶縁性薄膜203の一方主面と第2の絶縁性薄膜204の一方主面との間の間隔が厚すぎる場合、端子部210で検知される信号の強度が低下する。このため、当該間隔は、40μm以下に設定することが好ましい。
【0057】
このような試料ホルダ10内に観察試料40を収容し、電子線52を所望の周波数(例えば1kHz以上)でON/OFFさせながら入射し、ロックインアンプ310により抽出される強度変化周波数を電子線52の上記周波数に設定して観察を行う。
【0058】
試料ホルダ10に矩形波状に強度変化する電子線52が入射すると、信号検出部210で信号が検出される。電子線52が絞り54で遮られることなく試料ホルダ10に入射する状態(ON状態)では、ほぼ全ての入射電子は導電性薄膜201で散乱乃至吸収される。これにより、電子線の入射部位に電子が蓄積され、当該部位がマイナス電位となる。
【0059】
導電性薄膜201の下に設けられた第1の絶縁性薄膜203側には、水溶液60に溶解等した観察試料40が挟み込まれている。この水溶液60の水分子そのものは分極しているため、電子線入射部位がマイナスに帯電すると、水分子の電気双極子が電位勾配に添って配列する。この電気双極子配列により、水溶液60の下側にある第2の絶縁性薄膜204の面にも電荷が生じる。この電荷は第2の絶縁性薄膜204の主面に生じた電位信号として、信号検出部210により検出されて測定信号となる。
【0060】
一方、電子線52が絞り54で遮蔽された状態(OFF状態)では、導電性薄膜201内の入射電子はGNDへと直ちに流れ込み、上述のマイナス電位は消失する。これにより水溶液60中の電気双極子の配列はバラバラに崩れ、第1の絶縁性薄膜203表面の電荷も消失し、信号検出部210から出力される測定信号も0となる。
【0061】
このような電子線のON/OFFを所望(例えば1kHz以上)の周波数で繰り返すことにより、信号検出部210からこれと同様の周波数成分の信号を抽出することができる。
【0062】
例えば1kHz以上の周波数でON/OFFを繰り返す電子線52が照射されると、生物試料の誘電率は水に比べて極めて低いため、電気双極子の配列は弱くなり、測定信号の強度も低下する。
【0063】
水分子の誘電率は約80と大きいため、第1の絶縁性薄膜203の一方主面に電位変化が生じると、これを水溶液60中での伝播力が強い信号として利用できる。一方、生物試料40の誘電率は一般に低く、例えばタンパク質の誘電率は2〜3であるため、当生物試料中での電位変化信号の伝播力は弱い。従って、このような大きな誘電率の差(伝播力の差)によって、高いコントラストを得ることができる。
【0064】
その結果、生物試料40中と水溶液60中とで、誘電率の差に起因する電位変化信号の伝播力に差が生じ、これを第1の絶縁性薄膜203の一方主面側に設けた信号検出部210で検出することで、生物試料を染色すること無く、高いコントラストで観察することが可能となる。しかも、生物試料40には、電子線が直接照射されることがないため、観察試料40が電子線照射によりダメージを受けることがない。
【0065】
なお、観察により得られる画像の分解能は、略、電子線の照射径に依存する。このため、電子線の照射径を1nm程度にまで絞り込めば、これと略同等の分解能(1nm)を達成することも可能である。その結果、バクテリア、ウイルス、タンパク質、或いは、タンパク質複合体からなる生物試料も、水溶液中で生きた状態での高分解能・高コントラストでの観察が可能となる。
【0066】
このように、本発明では、試料ホルダ10に信号検出部210を設けるとともに、試料ホルダ10を載置する試料ステージ20に、信号検出部210により検出された検知信号を増幅して測定信号として出力する回路部(アンプ)21を内蔵させた。このような構成の採用により、信号検出部210により検出された検知信号を直接かつ最短距離で回路部(アンプ)21で増幅することができ、外部からのノイズ混入を最小化することが可能となる。
【0067】
試料ステージ20の端部には端子部22が設けられており、この端子部22は、走査電子顕微鏡100の鏡体内に設けられたコネクタ23に接続される。走査電子顕微鏡100の内部に試料ステージ20を設置した際、端子部22はコネクタ23差し込まれるような態様で直接接続される。そのため、試料交換室30から試料ステージ20を鏡体内に導入する際も、電源ケーブル等を接続しておく必要がない。また、走査電子顕微鏡100に大幅な改造を加える必要がなく、変動電位透過観察専用のものとする必要がないから、変動電位透過観察によらない通常の観察を行う場合には、汎用の試料ステージを使用すればよい。
【0068】
なお、試料ホルダ10は、上下2枚の耐圧性の薄膜の隙間に水溶液の試料を封入する構成となっている。この水溶液層の厚さが変化すると、バックグラウンドのコントラストが変化する。また、水溶液層は薄ければ薄い程、透過信号の強度が増しSN比が向上すると共に、分解能も向上する。従って、水溶液層は、観察試料のサイズ(厚み)より若干広い程度の一定間隔で維持されることが望ましい。そのため、上下2枚の耐圧性の薄膜の間にスペーサを形成することが好ましい。このような水溶液層の厚みとすることで、水の層の厚さに起因するバックグランドの除去が容易となる。
【0069】
つまり、本発明で用いる走査電子顕微鏡用試料ホルダは、絶縁性薄膜の一方主面側に、該絶縁性薄膜と所定の間隔を有するように耐圧性薄膜が設けられており、絶縁性薄膜と前記耐圧性薄膜との間に、所定の間隔に相当する厚さのスペーサを備えている態様とすることが好ましい。
【0070】
このようなスペーサを設けると、真空中で上側の耐圧性薄膜が外側に膨らんだ際も下側の耐圧性薄膜がこれに追従して外側に膨らむから、これらの薄膜は一定の間隔を保持することとなる。スペーサの厚さは、対象とする観察試料の大きさにより変更することとすれば良いが、厚すぎると観察試料のサイズに比較して間隔が広すぎることとなってノイズが生じ易くなる等の不都合が懸念されるから、通常は40μm以下とする。
【0071】
たとえば、バクテリアの観察では、円筒形の菌体の直径が約1μmのため、スペーサの厚さを1〜2μmとすることが望ましい。一方、ウィルスやタンパク質の観察では、100〜200nm程度が好適となる。このようなスペーサは、例えば、接着剤、粘着剤、樹脂、ゴム、シリコン部材を主成分とする材質からなるものとすることができる。
【0072】
このように、本発明によれば、変動電位透過観察法による走査電子顕微鏡観察時の、ノイズの低減とコントラストの増強を図ること(変動電位信号のSN比の向上)や水の層の厚さによるバックグランドを除去することが可能となる。しかも、走査電子顕微鏡100に大幅な改造を加える必要はなく、試料交換室から試料ステージを鏡体内への導入も特別な手順を必要としない。
【0073】
図3(a)〜(c)は、走査電子顕微鏡の鏡体の観察室内に試料ステージを導入する過程を説明するための概略図である。走査電子顕微鏡は例えば、フィールドエミッションタイプのものである。試料ステージ20は、試料導入棒31を用い、試料交換室30を介して観察室100b内に導入される。そのため、観察室100bを大気圧に開放することなく、高真空を保持した状態で試料ステージ20を導入することができる。
【0074】
先ず、観察ホルダ10を載置した状態の試料ステージ20上を試料交換室30に入れ、試料交換室30を真空にする(
図3(a))。試料交換室30が所定の真空度に達した状態で真空シャッタ32を開け、試料導入棒31により試料ステージ20を観察室へと導入して台座24上に固定する(
図3(b))。この時、試料ステージ20の側部上方から突き出ている端子部22は、観察室100b内に設けられているコネクタ23に嵌め込みされて結合し、初段アンプ21への電源供給や検出信号の送信が可能となる。試料ステージ20を観察室100b内に導入した後は、試料交換棒31を試料室30の所定の位置まで引き抜き、真空シャッタ32を閉じる(
図3(c))。
【0075】
既に説明したように、走査電子顕微鏡100を変動電位透過観察専用のものとする必要がないから、変動電位透過観察によらない通常の観察を行う場合には、汎用の試料ステージを使用すればよい。汎用の試料ステージには端子部22は設けられていないから、コネクタ23とは接続されず、外部の信号処理機器やアンプ電源とは完全に電気的に絶縁される。これにより、外部ノイズの混入や想定しない電圧の付加を防ぐことが可能である。
【実施例】
【0076】
図4は、本発明に係る変動電位透過観察用試料ホルダと電界放射型走査電子顕微鏡により観察された水溶液中の無処理のバクテリアの変動電位透過観察画像である。バクテリアは、変動電位信号の伝搬を阻害するため黒いコントラストとなる(
図4(a))。この観察画像では、細長いバクテリアが複数観察された。また、観察画像のバックグランドは左上が明るく、右下で暗く変化している。これは、水の厚さの変化によるものであり、よりクリアな画像とするためには、このバックグランドを画像処理により除去することが効果的である。
【0077】
図4(b)は、コントラストを反転させ、さらにバックグランドを除いた観察画像である。バクテリアの形状や内部構造がよりクリアに観察できる。
【0078】
図5は、タンパク質複合体の一種であるIgM抗体を観察し、コントラストを反転させバックグランドを除去した結果の電子顕微鏡像である。水溶液中の非染色・非固定のIgM抗体を試料ホルダに封入して観察したところ、40〜50nm程の粒子が多数観察された(
図5中の矢印)。IgM抗体は、直径が40〜50nm程度であるため、観察中の粒子のサイズとほぼ一致している。このため、本発明に係るシステムによる観察により、水溶液中のそのままの蛋白質粒子を観察できることが確認された。
【0079】
図6は、耐圧性の薄膜(203、204)間にスペーサ212を設置することで、薄膜間隔を一定とし、観察時のバックグランドを軽減させる構成とした試料ホルダ10の構成例を説明するための概略図である。
図6(a)は大気圧下での様子、
図6(b)は真空中(顕微鏡体内)での様子を図示してある。この図に示した例では、減圧膜211を圧力調整機構とし、これを外枠部208の下面側に設けている。
【0080】
試料ホルダ20の減圧膜211は、顕微鏡体内で外側に膨らみ、ホルダ内の圧力が減少する。導電性薄膜201側も外側に湾曲するが、減圧膜211の効果により、湾曲度は緩和される。
【0081】
なお、第2の絶縁性薄膜204の下方の領域はOリング207により密閉されており、大気圧を保持している。そのため、第2の絶縁性薄膜204は、下方ではなく上方へと湾曲し、第1の絶縁性薄膜203の一方主面と第2の絶縁性薄膜204の一方主面との間の隙間が広がって観察試料10の保持に支障が生じることがない。
【0082】
これに加えて、薄膜中央部にスペーサ212が設けられ、上方と下方の薄膜に接着することで、薄膜間の間隔を一定としている。つまり、このスペーサ212は、試料ホルダ10を真空中に設置し、上部薄膜が湾曲した際にも、下部の薄膜がスペーサ212により引き寄せられるため、一定の間隔を保持することが可能である。
【0083】
上述したように、このようなスペーサ212は、例えば、接着剤、粘着剤、樹脂、ゴム、シリコン部材を主成分とする材質からなるものとすることができる。また、スペーサ212は、接着剤を微細塗布用の噴霧装置や工業用インクジェットプリンタ等によりパターンを形成して作製したり、紫外線硬化樹脂等により、塗布後に薄膜を張り合わせ、紫外線を照射して接着させるようにして作製してもよい。
【0084】
スペーサ212の間隔は、観察対象の試料のサイズに応じて変えることで、コントラストが高くSN比の良い画像観察が可能となる。例えば、細胞やバクテリアの観察では2〜10μm程度、ウイルスの観察では100nm〜1μm程度、タンパク質の観察では100nm以下などとする。
【0085】
このような試料ホルダ10において、第1の絶縁性薄膜203の一方主面と第2の絶縁性薄膜204の一方主面との間の所定間隔の隙間に、水溶液を潅流させるための流路を設け、試料ホルダ10内に複数種の溶液を封入し、溶液の切り替えを行いながら観察するようにしてもよい。
【0086】
図7は、耐圧性薄膜である第2の絶縁性薄膜204の一方主面と第1の絶縁性薄膜203の一方主面との間の所定間隔の隙間に、水溶液を潅流させるための流路が設けられている試料ホルダ10の一部構成の例で、
図7(a)〜(c)はそれぞれ、斜視図、上面図、断面図である。
【0087】
この図に示した例では、水溶液を潅流させるための流路が3つ設けられている。試料ホルダ10の外枠部208は上部208aと下部208bを有している。この上部208aには、3つの流路214に対応付けられた注入孔213が形成されており、これらの流路214に導入された溶液は、表面張力の作用により、第2の絶縁性薄膜204の一方主面と第1の絶縁性薄膜203の一方主面との間の所定間隔の隙間にまで導入される。
【0088】
また、この試料ホルダ10の側部には、注入孔213から溶液を押し出すための圧力印加部としてのダンパ215が設けられており、これらのダンパ215の先端には圧力印加弁216が設けられている。
【0089】
このような複数の流路214を設けることとすると、予め細胞やバクテリアといった観察試料40を収容した試料ホルダ10内に、新たに試薬等を送り込み、これによる反応を詳細に観察する等の実験等も容易となる。なお、図中に符号217で示したものは、排出液タンクである。このような溶液の送り込みは、圧力印加部によらず、電気泳動的に行うこととしてもよい。
【0090】
以上説明したように、本発明に係る走査電子顕微鏡像の観察システムで用いられる走査電子顕微鏡用試料ホルダは、一方主面が観察試料の保持面である絶縁性薄膜と該絶縁性薄膜の他方主面に積層された導電性薄膜とを備えており、絶縁性薄膜の一方主面側には、導電性薄膜の側から入射された電子線に起因して生じた絶縁性薄膜の一方主面の電位に基づく信号を検知する信号検出部が設けられている。一方、試料ステージは、試料ホルダに設けられた信号検出部により検出された検知信号を増幅して測定信号として出力する回路部を内蔵している。このような構成を採用すると、試料ホルダに設けられた信号検出部と、この信号検出部により検出された検知信号を増幅して測定信号として出力する回路部を極めて近接して配置することができる結果、ノイズを大幅に低減させることが可能となる。
【0091】
また、増幅回路部は走査電子顕微鏡の本体に設けられるのではなく、試料ステージに内蔵されるものであるから、異なる特性の増幅回路部を内蔵する試料ステージを複数種類準備しておけば、観察試料の特性に応じて増幅回路部を交換することも容易である。従って、観察画像を高いコントラストや分解能で得ることも容易化される。
【0092】
このように、本発明によれば、水溶液中の生物試料を生きたまま直接観察することが、簡便に且つ高分解能で行うことが可能となる。例えば、生物試料の観察をしながら薬品や化学物質の反応を調べることも可能であるから、薬品等の研究開発のための強力な武器となる。