【文献】
NITTA A , et al,A fingerprint of metal-oxide powders: energy-resolved distribution of electron traps,Chem. Commun.,2016年 9月 7日,Vol.52,p.12096-12099, Supplementary Information,DOI: 10.1039/c6cc04999k
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
金属酸化物を有する基準試料のバンドギャップと、前記基準試料の電子トラップの総密度と電子トラップ密度のエネルギー分布の一方または両方と、を測定する基準試料分析工程と、
金属酸化物を有する測定試料のバンドギャップと、前記測定試料の電子トラップの総密度と電子トラップ密度のエネルギー分布の一方または両方と、を測定する測定試料分析工程と、
前記基準試料分析工程の分析結果と前記測定試料分析工程の分析結果を比較する同定工程と、を有し、
前記同定工程における基準試料に対する測定試料の同定を、(A)基準試料のバンドギャップと測定試料のバンドギャップの一致度に、(B)基準試料の電子トラップの総密度と測定試料の電子トラップの総密度の一致度と(C)基準試料の電子トラップ密度のエネルギー分布と測定試料の電子トラップ密度のエネルギー分布の一致度の一方または両方を乗して得た一致係数により行う金属酸化物の同定方法。
前記電子トラップ密度のエネルギー分布を、電子供与体が存在する雰囲気下で、波長が近赤外光、可視光および紫外光波長の長波長側から短波長側へ連続的に変化する連続光と、一定波長の変調光とを、前記基準試料または前記測定試料に照射し、前記基準試料または前記測定試料から検出した光音響信号に基づいて測定する請求項1に記載の金属酸化物の同定方法。
前記基準試料及び前記測定試料が、酸化チタン、酸化タングステン、酸化亜鉛、チタン酸ストロンチウムおよびこれらに異種元素をドープしたものからなる群から選択された少なくとも一種であることを特徴とする請求項1に金属酸化物の同定方法。
前記電子トラップ密度のエネルギー分布を、電子供与体が存在する雰囲気下で、波長が近赤外光、可視光および紫外光波長の長波長側から短波長側へ連続的に変化する連続光と、一定波長の変調光とを、前記基準試料または前記測定試料に照射し、前記基準試料または前記測定試料から検出した光音響信号に基づいて測定する請求項2に記載の金属酸化物の同定方法。
前記基準試料及び前記測定試料が、酸化チタン、酸化タングステン、酸化亜鉛、チタン酸ストロンチウムおよびこれらに異種元素をドープしたものからなる群から選択された少なくとも一種であることを特徴とする請求項2に金属酸化物の同定方法。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明の実施形態についてその構成を説明する。本発明は、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0017】
本発明の一態様に係る金属酸化物の同定方法は、基準試料分析工程と、測定試料分析工程と、同定工程と、を有する。
【0018】
(基準試料分析工程、測定試料分析工程)
基準試料分析工程及び測定試料分析工程では、金属酸化物を有する試料のバンドギャップと、試料の電子トラップの総密度と電子トラップ密度のエネルギー分布の一方または両方と、を測定する。基準試料分析工程と測定試料分析工程とは、測定される被対象物が基準となる基準試料であるか、分析したい測定試料であるかという点のみが異なる。
【0019】
基準試料分析工程及び測定試料分析工程で測定するバンドギャップ、試料の電子トラップの総密度、電子トラップ密度のエネルギー分布は大きく分けると二つに分類される。バンドギャップは、主に試料の結晶構造等に由来して測定され、試料のサイズ、形状等によらない。これに対し、試料の電子トラップの総密度、電子トラップ密度のエネルギー分布は、主に試料の表面構造等に由来して測定され、試料のサイズ、形状、表面状態等の影響を受ける。結晶構造由来の情報と、表面構造由来の情報をそれぞれ測定することで、分析精度を高めることができる。
【0020】
基準試料及び測定試料としては、酸化チタン、酸化タングステン、酸化亜鉛,チタン酸ストロンチウム等の金属酸化物を用いることができる。
基準試料に対する一致度から測定試料を同定するため、原則、基準試料と測定試料は同一の材料種を用いる。一方で、測定試料が明確に同定できていない場合等、基準試料と測定試料が異なる場合もある。
【0021】
基準試料及び測定試料に用いる金属酸化物としては、酸化チタン、酸化タングステン、酸化亜鉛,チタン酸ストロンチウムおよびこれらに異種元素をドープしたものからなる群から選択された少なくとも一種を用いることが好ましい。異種金属としてはSr、Cr、V、Mn、Fe、Co、Ni、Zn等を用いることができる。これらの材料種は、光触媒として一般に用いられるものである。そのため、表面構造における電子状態も含めたこれらの物質の同定をすることは非常に有用である。
【0022】
「バンドギャップの測定」
試料のバンドギャップの測定は、例えば、拡散反射スペクトル法、光音響分光法(Photoacoustic spectroscopy:PAS)等の公知の方法を用いて行う。
【0023】
光音響分光法は、光散乱等の影響を受けないため、粉末試料や生体試料も測定することができるため、特に好ましい。
光音響分光法は、試料に変調光を照射し、試料内に生じた周期的な熱発生・放出により生じる体積変化を音波として検出する方法である。ここで、変調光とは、強度が周期的に変化する光をいう。変調光の一例として、一定周波数の光が断続的に供給される断続光がある。
【0024】
試料の熱発生・放出は、光吸収した試料が脱励起する際に生じる。また、熱発生・放出により生じる体積変化は、試料が熱により膨張または収縮することで発生する。この試料から発生される音波を検出することで、試料の吸収スペクトル等の様々な情報を測定することができる。
【0025】
「電子トラップの総密度の測定」
試料の電子トラップの総密度の測定は、例えば、二重励起光音響分光法(Double−beam PAS:DB−PAS)、メチルビオロゲンを用いる光化学法(S.Ikeda,N.Sugiyama,S.−y.Murakami,H.Kominami,Y.Kera,H.Noguchi,K.Uosaki,T.Torimoto,and B.Ohtani、Phys.Chem.Chem.Phys.,5,778(2003))等の方法を用いて行う。
【0026】
ここで、電子トラップは、励起された電子がトラップされる準位を意味する。すなわち、価電子帯と伝導帯との間に存在する準位であり、このような電子トラップは、結晶格子欠陥および表面の特異な再構成構造などの理想的な結晶の構造とは異なる部分に起因する準位であると考えらえている。そのため、電子トラップの総密度を測定することは、物質としては結晶格子欠陥および表面特異構造の密度を意味する。結晶格子欠陥は試料の質量に依存し、表面特異構造は比表面積に依存する。そのため,単結晶をのぞく粉末試料では、電子トラップの大半は表面特異構造に起因し、電子トラップを分析することは、試料の表面状態を強く反映することになる。なお、「表面特異構造」とは、表面の再構造等の理想的な結晶内部の構造と異なる部分を意味する。
【0027】
電子トラップの総密度、すなわち結晶格子欠陥と表面特異構造の密度を測定できることは、以下のような意味がある。
光触媒反応は広範囲の応用が進められているが、その作用の詳細については不明な点が多い。特に反応速度論については不明な点が多く、励起された電子と正孔が表面に吸着した反応基質と反応や電子と正孔の再結合等が主な要因であると考えられている。これらの反応はそれぞれ表面特異構造と結晶格子欠陥が関係していると考えられているため、これらを定性的および定量的に評価できることは、光触媒反応の理解に大いに意味がある。
【0028】
二重励起光音響分光法(Double−beam PAS:DB−PAS)は、光反応を生じさせる波長の光を連続的に照射しながら、変調光を照射することで、光反応に伴う試料の経時的な変化の情報、電子トラップの総密度の情報を得ることができる。試料に照射される連続光は、例えば300nm〜400nmの高エネルギーの光である。また、一定波長の変調光は、連続光と同時に試料に照射される。
二重励起光音響分光法では、電子トラップを試料内の価数の異なる原子として測定する。
【0029】
二重励起光音響分光法を用いて光触媒物質における電子トラップの総密度を測定する原理について、試料として酸化チタン、電子供与体としてメタノール蒸気を用いる場合を例に具体的に説明する。
【0030】
酸化チタンに光反応を生じさせる連続光が照射されると、光反応により電子と正孔が発生する。通常、この電子と正孔は再結合するが、系内に加えた電子供与体であるメタノール蒸気と正孔は不可逆的に反応する。そのため、行き場を失った電子は、結晶格子欠陥と表面特異構造(エネルギー的には電子トラップ)に捕捉される。捕捉された電子は、酸化チタン中の四価のチタンイオンを三価のチタンイオンに変える。この反応は電子トラップに捕捉されて生じるため、三価のチタンイオンを測定することで物質における電子トラップの総密度を測定することができる。
【0031】
三価のチタンイオンの測定は、三価のチタンイオンが吸収する光を変調光として照射することにより行う。三価のチタンイオンが存在する場合は、三価のチタンイオンが変調光を光吸収、脱励起し、熱を発生・放出する。発生した熱により、試料が膨張または収縮し、音波が発生する。すなわち、発生した音波を検出することで、三価のチタンイオンを測定でき、ひいては電子トラップの総密度を測定することができる。
【0032】
「電子トラップ密度のエネルギー分布の測定」
粉末試料の電子トラップ密度のエネルギー分布は、例えば、逆二重励起光音響分光法(Reversed Double−beam PAS:RDB−PAS)、光化学法によるエネルギー分解測定法等の方法を用いて行う。
【0033】
ここで、電子トラップ密度のエネルギー分布は、電子トラップがどの準位にどの程度存在するかの分布をとったものである。すなわち、電子トラップ密度のエネルギー分布は、励起された電子がトラップされる準位の深さの分布を示す。
【0034】
電子トラップ密度のエネルギー分布は、物質の活性度を評価する指標となる。また、このような励起された電子がトラップされる準位の密度分布は、色素増感型太陽電池における色素から負極への電子注入特性や、燃料電池における電極材料の指標としても有用である。
【0035】
例えば、
図1に示すように、伝導帯B
Cおよび価電子帯B
Vの間に、励起された電子がトラップされる準位(電子トラップ)が複数あるとする。これらの電子トラップのうち、伝導帯B
Cに近い電子トラップを浅い電子トラップT
sと、伝導帯B
Cから遠い電子トラップを深い電子トラップT
dとする。
【0036】
伝導帯B
Cに近く比較的に浅い電子トラップT
sに、励起された電子がトラップされた場合、この励起された電子は伝導帯B
Cへ容易に熱励起(デトラップ)されるため、このトラップ−デトラップにより電子の寿命がのびる。一方、伝導帯B
Cから遠く比較的に深い電子トラップT
dに励起された電子がトラップされた場合、この励起された電子は伝導帯B
Cに熱励起されずそこに留まって、正孔と再結合する。
【0037】
すなわち、励起電子と正孔を利用する反応、たとえば光触媒反応では、その反応効率が、電子トラップの浅い電子トラップT
sの密度が高く、深い電子トラップT
dの密度が低いものは高くなる。この逆に、電子トラップの浅い電子トラップT
sの密度が低く、深い電子トラップT
dの密度が高いものは、反応効率が低くなる。つまり、電子トラップ密度のエネルギー分布を測定することは、物質の活性度等の指標になる。
【0038】
電子トラップ密度のエネルギー分布を測定する方法としては、RDB−PAS法を用いることが好ましい。RDB−PAS法は、少量の試料で、簡便かつ高精度に電子トラップの深さの密度分布を測定できる。
【0039】
以下、RDB−PAS法を用いて、電子トラップ密度のエネルギー分布を測定する方法について説明する。
【0040】
図2は、RDB−PAS法を用いた電子トラップ密度のエネルギー分布の測定装置を模式的に示した図である。
RDB−PAS法は、電子供与体が存在する雰囲気4下で、波長が近赤外光、可視光および紫外光波長の長波長側から短波長側へ連続的に変化する連続光1と、一定波長の変調光2とを、試料3に照射し、試料3からの光音響信号をマイクロフォン6で検出する。ここで近赤外光可視光および紫外光波長とは、1000nm〜300nm程度の波長を意味する。
基準試料分析工程においては基準試料が試料3として用いられ、測定試料分析工程においては測定試料が試料3として用いられる。
【0041】
試料3に、波長が可視光波長の長波長側から短波長側へ連続的に変化する連続光1と、一定波長の変調光2とを照射することで、試料3の電子トラップの深さの密度分布、すなわち、電子トラップ密度のエネルギー分布が測定される。
図3は、連続光1と変調光2とを試料に照射した際に生じるエネルギー変化を模式的に示した図である。
【0042】
連続光1は、波長が可視光波長の長波長側から短波長側へ変化しながら、連続的に試料3に照射される。この連続光1を試料3に照射すると、試料3から電子が価電子帯B
Vから矢印aで示すように電子トラップへ励起される。このとき、連続光1は波長を長波長側から変化させているため、連続光1のエネルギーは低エネルギーから高エネルギーへ変化する。そのため、連続光1が試料3に照射されると、励起された電子は、価電子帯B
Vに近い電子トラップから順に埋まっていく。すなわち、深い電子トラップT
dから順に、浅い電子トラップT
sまで埋まっていく。
【0043】
連続光1の照射は、
図3の矢印aで示すエネルギー変化を生じさせ、連続光の波長が長波長の時は深い電子トラップT
dへの遷移を主に示し、連続光の波長が短波長の時は浅い電子トラップT
sへの遷移を主に示す。
【0044】
また、試料3には、一定の波長で強度が変調された変調光2も照射される。一定の波長は、励起された電子によって生じるイオンが吸収する波長領域に設定することができる。
例えば、試料3を酸化チタンとした場合は、励起された電子によって生じる三価のチタンイオンが吸収する波長領域を設定することができる。この吸収波長範囲は紫外から赤外の波長に広がるものでその吸収強度は、電子トラップにトラップされる電子の深さによらず一定であると考えることができる。
【0045】
そのため、変調光2を照射することで、連続光1によって電子トラップに励起された電子を伝導帯B
Cへ励起する(矢印b)。伝導帯に励起された電子が電子トラップに緩和する過程で熱が発生し、試料3が膨張し熱伝導により収縮する。変調光2は強度が変調されているため、膨張−収縮が変調周波数に同期して音波が発生する。
【0046】
すなわち、長波長の連続光1を照射した際には、電子は価電子帯B
Vから深い電子トラップT
dへ励起する。このとき同時に変調光2が照射されていることで、電子は深い電子トラップT
dから伝導帯B
Cへ遷移する。また、連続光1の波長を短波長に変化させていくと、連続光1により価電子帯B
Vから浅い電子トラップT
sへの電子の励起が生じる。このときも、同時に変調光2が照射されていることで、浅い電子トラップT
sから伝導帯B
Cへ遷移に基づく光吸収による変調光の周波数に同期した音波を光音響信号として測定することができる。
【0047】
波長が近赤外光、可視光および紫外光波長の長波長側から短波長側へ連続的に変化する連続光1と、一定波長変調光2とを照射することで、試料3の電子トラップを深い方から順次埋めたときのトラップ密度の累積値を測定することができる。また、これを微分することにより累積値の変化量として、電子トラップのその深さごとの密度分布を求めることが可能となる。
【0048】
変調光が連続光より低強度である条件では、電子トラップに蓄積した電子のごく一部だけが変調光により伝導帯に励起する。励起した電子が、再度電子トラップにトラップされるときに光音響信号(以下、PA信号という。)が発生する。その信号強度は、トラップされた電子の蓄積量に比例する。
【0049】
電子供与体は、電子供与性すなわち正孔受容性を有するため、光照射により発生した正孔を捕捉する。そのため電子供与体が存在する雰囲気4下で処理を行うことで、電子トラップに捕捉された電子と正孔が反応して消滅することを抑制することができる。
電子トラップに捕捉された電子と正孔により電子トラップに捕捉された電子が消滅すると電子トラップの密度を精密に測定できない。電子供与体が存在する雰囲気4は、
図2で示すように密閉セル5で試料3を囲むことで実現することができる。
【0050】
電子供与体は、光照射により生じる正孔を捕捉することができれば、特に限定されない。例えば、メタノール、エタノール,2−プロパノール,トリエチルアミン,トリメチルアミン,トリエタノールアミン等を用いることができる。中でもメタノール、トリエチルアミン,トリエタノールアミンからなる群から選択された少なくとも一種は安価かつ容易に生成することができるため好ましい。
【0051】
上述のように、RDB−PAS法を用いることで、少量の試料で簡便かつ高精度に電子トラップの深さ密度を測定することができる。
【0052】
上記のような手順で、基準試料及び測定試料のバンドギャップ、電子トラップの総密度及び電子トラップ密度のエネルギー分布を測定する。
【0053】
電子トラップの総密度及び電子トラップ密度のエネルギー分布は、いずれも表面構造由来の情報を測定したものである。そのため、いずれか一方のみの測定でもよい。最終的な試料の同定精度を高めるという観点からは、いずれも測定することが好ましい。
【0054】
(同定工程)
同定工程では、上述のような手順で得た基準試料の情報と測定試料の情報を用いて、測定試料が基準試料とどの程度一致したものであるかを同定する。
【0055】
同定工程では、まず(A)基準試料のバンドギャップと測定試料のバンドギャップの一致度、(B)基準試料の電子トラップの総密度と測定試料の電子トラップの総密度の一致度、(C)基準試料の電子トラップ密度のエネルギー分布形状と測定試料の電子トラップ密度のエネルギー分布形状の一致度を求める。
【0056】
なお、基準試料分析工程及び測定試料分析工程で、電子トラップの総密度または電子トラップ密度のエネルギー分布のいずれかを測定していない場合は、いずれか一方の一致度は測定しなくてもよい。以下、両方の一致度を用いた場合を例に説明する。
【0057】
「(A)基準試料のバンドギャップと測定試料のバンドギャップの一致度」
まず、バンドギャップの一致度を求める。バンドギャップの一致度は、バンドギャップの比である。バンドギャップの一致度は、比較する基準試料のバンドギャップと測定試料のバンドギャップの内、エネルギー準位差が小さい方を大きい方で割って得られる。つまり、バンドギャップの一致度は常に1以下の値として求められる。
【0058】
バンドギャップの一致度をC
A、基準試料のバンドギャップと測定試料のバンドギャップのうちエネルギー準位差の小さい方のエネルギー準位差をE
gs、基準試料のバンドギャップと測定試料のバンドギャップのうちエネルギー準位差の大きい方のエネルギー準位差をE
gb、とすると、以下の一般式(1)として表記される。
C
A=E
gs/E
gb≦1 ・・・(1)
【0059】
「(B)基準試料の電子トラップの総密度と測定試料の電子トラップの総密度の一致度」
次いで、電子トラップの総密度の一致度を求める。電子トラップの総密度の一致度は、電子トラップの総密度の比である。電子トラップの総密度の一致度は、比較する基準試料の電子トラップの総密度と測定試料の電子トラップの総密度の内、電子トラップの総密度が小さい方を大きい方で割って得られる。つまり、電子トラップの総密度の一致度は常に1以下の値として求められる。
【0060】
電子トラップの総密度の一致度をC
B、基準試料の電子トラップの総密度と測定試料の電子トラップの総密度のうちの小さい方の電子トラップの総密度をD
s、基準試料の電子トラップの総密度と測定試料の電子トラップの総密度のうち大きい方の電子トラップの総密度をD
b、とすると、以下の一般式(2)として表記される。
C
B=D
s/D
b≦1 ・・・(2)
【0061】
「(C)基準試料の電子トラップ密度のエネルギー分布と測定試料の電子トラップ密度のエネルギー分布の形状の一致度」
最後に、電子トラップ密度のエネルギー分布の形状の一致度を求める。電子トラップ密度のエネルギー分布の形状の一致度は、最小二乗近似により求める。具体的には、電子トラップ密度の総密度が高い方に係数を乗じて最小にした各エネルギーにおける差分の二乗の総和の平方根を電子トラップ密度の総密度が低い方の電子トラップ密度の総密度で除したものをもとめ、これを1から減じて得られる。つまり、電子トラップ密度のエネルギー分布の一致度は常に1以下の値として求められる。ここでは、最小二乗近似法によりエネルギー分布形状の一致度を求めたが、この他、カーブフィッテング法等により一致度を導いてもよい。
【0062】
電子トラップ密度のエネルギー分布の形状の一致度をC
C、基準試料の電子トラップの総密度と測定試料の電子トラップの総密度のうちの小さい方の電子トラップの総密度をD
s、基準試料の電子トラップの総密度と測定試料の電子トラップの総密度のうち大きい方の電子トラップの総密度をD
b、係数をx、測定エネルギー範囲をn個に区分した各区間における基準試料と測定試料の電子トラップの部分密度のうち小さい方と大きい方の部分密度をそれぞれd
b,d
sとすると、最小二乗近似による式は、以下の一般式(3)として表記される。ここでσ
n=(xd
b−d
s)(nは整数)である。xは、各エネルギーにおける部分密度の差分が最小になるように求めた係数である。
【0064】
上記の手順で求められたバンドギャップの一致度C
A、電子トラップの総密度の一致度C
B、電子トラップ密度のエネルギー分布の一致度C
Cを用いて、一致係数Iを求める。
【0065】
一致係数Iは、バンドギャップの一致度C
A、電子トラップの総密度の一致度C
B、電子トラップ密度のエネルギー分布の一致度C
Cを乗して得られる。すなわち、I=C
A×C
B×C
Cで表記される。このとき、各一致度C
A、C
BおよびC
Cを、それぞれm乗(mは0をのぞく任意の数)して用いてもよい。一致度をm乗することで、一致度ごとの重要度に応じた同定を行うことができる。
【0066】
電子トラップの総密度の一致度C
Bまたは電子トラップ密度のエネルギー分布の形状の一致度C
Cのいずれかを求めない場合は、I=C
A×C
BまたはI=C
A×C
Cで表記される場合もある。
【0067】
例えば、異なるメーカーで作製された酸化チタンを比較すると、一致係数Iは0.3以下になる(I=C
A×C
B×C
C≦0.3)。これに対し、同じメーカーで、同じ製造方法で作製されたものを比較すると、一致係数Iは0.3より大きくなる。さらに、購入した一つの瓶内の酸化チタンを3回独立して一致係数Iを求めたところ、一致係数Iはいずれも0.8以上になった(I=C
A×C
B×C
C≧0.8)。購入した一つの瓶内に封入される酸化チタンは、同一メーカー、同一製法、同一ロットで作製されていると考えられる。
【0068】
上述のように、本発明の一態様に係る金属酸化物の同定方法を用いると、金属酸化物のメーカーの違い、製造方法の違い、製造ロットの違い等を細かく分析することができる。つまり、この新たな一致係数Iという指標により、金属酸化物のわずかな違いも定量的に評価することができる。
【実施例】
【0069】
(参考例1)
まず4つの試料を準備した。
試料1−1:アナタース型酸化チタン(TIO−1:触媒学会参照触媒)
試料1−2:アナタース型とルチル型が混合した酸化チタン(TIO−11:触媒学会参照触媒)、アナタース型の比率はルチル型より多い
試料1−3:アナタース型とルチル型が混合した酸化チタン(TIO−5:触媒学会参照触媒)、アナタース型の比率はルチル型より少ない
試料1−4:ルチル型の酸化チタン(TIO−6:触媒学会参照触媒)
【0070】
これらの4つの試料のバンドギャップ、電子トラップの総密度、電子トラップ密度のエネルギー分布をそれぞれ測定した。
【0071】
バンドギャップは、RDB−PASと同一の装置をつかって光音響分光(PAS)法(通常法/シングルビーム)を用いて測定した。具体的には、サンプルホルダーに試料粉末を充填し、セル内にメタノール蒸気飽和アルゴンガスを流通した後、密栓した。回折格子分光器(Spectral Products CM110)を備えたキセノンランプ(Spectral Products ASB−XE−175)とチョッパ(エヌエフ回路設計ブロック5584Aライトチョッパ)からの断続光(変調光)を波長650nmから350nmまで掃引し、各波長においてマイクロフォン(パナソニック社製小型エレクトレットコンデンサマイクロフォンWM−61A)からの光音響信号をロックインアンプ(エヌエフ回路設計ブロックLI5630ディジタルロックインアンプ)を使って検出した。得られたスペクトルを同条件で測定した黒鉛試料のスペクトルで光源強度補正するという手順で測定した。
【0072】
電子トラップの総密度及び電子トラップ密度のエネルギー分布は、RDB−PAS法を用いて測定した。具体的には、長波長650nmから短波長350nmまで変化する連続光と、三価のチタンイオンが吸収する波長(625nm)の変調光とを光混合型石英ファイバーライトガイド(モリテックス1000S−UV3)により混合して、メタノール蒸気の雰囲気下で、各試料に照射した。連続光は、上記のキセノンランプと上記の回折格子分光器を使用して得た。変調光の強度変調の周波数は、80Hzで、発光ダイオード(Luxeon LXHL−ND98)と(エヌエフ回路設計ブロックDF1906ディジタル関数発生器)を用いて得た。
このとき発生する音波をマイクロフォンからの光音響信号(以下、PA信号という。)をロックインアンプで検出した。
【0073】
PA信号を連続光波長に対してプロットして逆二重励起光音響スペクトル(以下,RDB−PAスペクトルという。)をえた。得られたRDB−PAスペクトルを長波長側から短波長側へ波長の関数として微分することで、電子トラップ密度のエネルギー分布を得た。またエネルギー分布の総和が電子トラップの総密度である。
【0074】
図4に、実施例1によって得られた4つの試料の伝導帯の下端の位置(バンドギャップ)と、電子トラップ密度のエネルギー分布を示す。縦軸は価電子帯の上端を基準とするエネルギーで、横軸が電子トラップ密度である。図中に、各試料の単位質量当たりの試料の表面積を示している。
【0075】
図4に示すように、アナタース型の酸化チタンとルチル型の酸化チタンは、それぞれ3.2eVと3.0eVのバンドギャップを持つことを反映して、それぞれの伝導帯下端位置は変化し、電子トラップ密度の分布は試料によって異なることが分かる。
【0076】
(実施例1)
次いで、4つの試料を準備した。
試料1−2:参考例1における試料1−2
試料2−1:アナタース型とルチル型が混合した酸化チタン(FP−6:昭和電工セラミックス社製)、アナタース型の比率はルチル型より多い
試料2−2:アナタース型とルチル型が混合した酸化チタン(TIO−4:触媒学会参照触媒)、アナタース型の比率はルチル型より多い
試料2−3:アナタース型とルチル型が混合した酸化チタン(P25:Evonik(日本アエロジル)社製)、アナタース型の比率はルチル型より多い
【0077】
これらの4つの試料のバンドギャップ、電子トラップの総密度、電子トラップ密度のエネルギー分布をそれぞれ測定した。測定方法は、参考例1と同様とした。そして、それぞれの間で、バンドギャップの一致度C
A、電子トラップの総密度の一致度C
B、電子トラップ密度のエネルギー分布の一致度C
Cを求め、それらを乗じて一致係数Iを求めた。その結果を
図5及び表1に示す。
【0078】
【表1】
【0079】
触媒学会参照触媒は、触媒学会で参照サンプルとして配布されているものであり、それぞれの会社の酸化チタンに触媒学会の認証名称がつけられている。各社の酸化チタンと参照触媒との対応は会社名のみに公式に表示されている。試料1−2と試料2−1は、おなじP25という銘柄であることは衆知であり、同一製法の別ロット品と考えられる。また試料2−2と試料2−3は、同一銘柄すなわちほぼ同一製造工程の別ロット品である。
【0080】
図5を見ると、試料2−2と試料2−3の間、及び、試料1−2と試料2−1の間で高い一致係数Iが得られている。すなわち、高い精度で酸化チタンの違いを判定できていることが分かる。またこの他にも同様の検討を20種類以上の市販品を用いて行っても同様の結果が得られた。