特許第6543614号(P6543614)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6543614
(24)【登録日】2019年6月21日
(45)【発行日】2019年7月10日
(54)【発明の名称】レチノイン酸産生剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/747 20150101AFI20190628BHJP
   A61P 37/04 20060101ALI20190628BHJP
   A61P 3/02 20060101ALI20190628BHJP
   A61K 35/744 20150101ALN20190628BHJP
【FI】
   A61K35/747
   A61P37/04
   A61P3/02 102
   !A61K35/744
【請求項の数】3
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2016-507856(P2016-507856)
(86)(22)【出願日】2015年3月13日
(86)【国際出願番号】JP2015057560
(87)【国際公開番号】WO2015137501
(87)【国際公開日】20150917
【審査請求日】2018年2月27日
(31)【優先権主張番号】特願2014-51065(P2014-51065)
(32)【優先日】2014年3月14日
(33)【優先権主張国】JP
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-10741
(73)【特許権者】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100170221
【弁理士】
【氏名又は名称】小瀬村 暁子
(72)【発明者】
【氏名】浅見 幸夫
(72)【発明者】
【氏名】狩野 宏
(72)【発明者】
【氏名】牧野 聖也
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 裕之
(72)【発明者】
【氏名】八村 敏志
(72)【発明者】
【氏名】田之倉 優
(72)【発明者】
【氏名】宮川 拓也
(72)【発明者】
【氏名】朴 知賢
【審査官】 長谷川 茜
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/065300(WO,A1)
【文献】 特開2011−121923(JP,A)
【文献】 食品工業,2010年,Vol. 53, No. 2,pp. 36-43
【文献】 Biosci. Biotechnol. Biochem.,2013年,Vol. 77, No. 9,pp. 1826-1831
【文献】 腸内細菌学雑誌,2012年,Vol. 26, No. 2,p. 94,一般演題A−8
【文献】 Clin. Exp. Allergy,2010年,Vol. 40,pp. 811-819
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00−35/768
A61K 36/06−36/068
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス OLL1073R−1株(受託番号FERM BP−10741)である乳酸菌を有効成分として含む、レチノイン酸産生剤。
【請求項2】
単位包装当たり、前記乳酸菌を1億個以上含む、請求項に記載のレチノイン酸産生剤。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のレチノイン酸産生剤を含む、腸管免疫系に対する免疫機能増強剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レチノイン酸産生剤及びそのレチノイン酸産生促進作用に基づく免疫機能増強剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトをはじめとする哺乳動物の生体内に、病原性細菌、真菌、ウイルスなどが侵入し、増殖すると、下痢、胃腸疾患、発熱などを起こし、その症状が重篤であれば、死亡に至る場合もある。このような哺乳動物の感染症は、医療の発達した現代においてもなお、撲滅されておらず、感染症への防御はヒトが健康的な生活を送る上での大きな課題である。
【0003】
これらの感染症は、健常成人よりもむしろ、高齢者、乳幼児、小児などの感染防御機能をはじめとする抵抗力の低い年代が罹患しやすい。例えば、高齢者は、加齢に伴う自己の感染防御機能の低下により、健常成人では感染しないような常在細菌(例えば、鼻の粘膜などに存在する黄色ブドウ球菌など)に感染する。高齢者に感染症の発症が見られると、感染症の拡散を防止するために、感染症罹患者の物理的な隔離、及び感染症を発症した患者の滞在や訪問をした施設の閉鎖などの対応が行われる。また、例えば、乳幼児及び/又は小児は、免疫組織が未熟であり、自己の感染防御機能の低さにより、健常成人と比較して感染症に罹患する可能性が高いといわれている。
【0004】
感染症の対処法として、感染症の原因を特定した上で、抗菌作用のある薬物を投与する治療を行うのが一般的である。しかし、抗菌作用のある薬物を患者に投与する場合、抗菌作用のある薬物は、感染症の原因となる特定の菌やウイルスだけでなく、感染症の原因とはならない元々体内に定着している、いわゆる病原性のないビフィズス菌などの腸内細菌にも作用するため、他の病原体の感染により、下痢などの副作用が生じる可能性もある。また、同じ抗菌作用のある薬物を反復投与や長期投与することにより、感染症の原因となる病原性細菌、真菌、及びウイルスが徐々に当該薬物に対する耐性を獲得し、抗菌効果が損なわれる場合も存在する。このように病原体が薬剤耐性を獲得すると、感染症の治療が困難となる。したがって新たな機序に基づいて感染症を予防又は治療することができる物質の開発が求められている。
【0005】
元来、生物は、感染症の原因となる病原性細菌や真菌、ウイルスの侵入及び定着を防ぐために、免疫機能を発揮することが知られている。例えば、免疫機能の指標の一つであるレチノイン酸は制御性T細胞の分化、細胞のマイグレーション、及びIgAの産生誘導に関与していることが知られている。また、レチノイン酸は各種の皮膚状態、例えば座瘡、皺、乾癬、老斑、及び変色を処置すべく使用されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−036249号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、新たな機序で体内の自己生体防衛機能を誘導することができる剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題に鑑み、鋭意研究を進めたところ、以下の知見を得た。すなわち、ある種の乳酸菌を摂取及び/又は作用させることで、免疫機能の指標の一つであるレチナール脱水素酵素の遺伝子発現を増強し、それによりやはり免疫機能の指標の一つであるレチノイン酸の産生を促進することにより、前記の課題を解決できることを見出した。本発明で有効成分として用いる乳酸菌は、発酵食品などで長年の食習慣があるため、本発明のレチノイン酸産生剤及び免疫機能増強剤は、安全性がより高く副作用のリスクは少ない。
【0009】
本発明のレチノイン酸産生剤又は免疫機能増強剤を摂取及び/又は作用させることにより、レチナール脱水素酵素によりレチナールからレチノイン酸が体内でより強力に誘導され、それにより免疫力増強が得られる。一例として、本発明では、日和見細菌による感染症、病原性細菌、真菌による感染症、ピロリ菌への感染症、ウイルスによる感染症、バクテリアトランスロケーション、腸粘膜の炎症の持続、腸内フローラのバランスの変化(腸内フローラのバランスの破綻など)、及びこれらの炎症から誘導される疾病、クローン病、潰瘍性大腸炎などの炎症性大腸炎、過剰な炎症やアレルギー症状などに対する予防及び/又は治療効果が期待できる。また本発明の乳酸菌によるレチノイン酸産生促進により、免疫機能の未熟な乳幼児や小児、免疫機能の低下している高齢者、及び各種疾患を有する患者の感染リスクの減少、炎症の抑制、抗アレルギー効果などが期待できる。本発明では、特に高齢者や高齢の哺乳動物に対して、そのような効果が期待できる。
【0010】
すなわち、本発明は、以下を包含する。
[1]乳酸菌を有効成分として含む、レチノイン酸産生剤、
[2]乳酸菌がラクトバチルス属菌である、[1]に記載のレチノイン酸産生剤、
[3]乳酸菌がラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカスである、[1]又は[2]に記載のレチノイン酸産生剤、
[4]乳酸菌がラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス OLL1073R−1株(受託番号FERM BP−10741)である、[1]〜[3]のいずれかに記載のレチノイン酸産生剤、
[5]単位包装当たり、前記乳酸菌を1億個以上含む、[1]〜[4]のいずれかに記載のレチノイン酸産生剤、
[6][1]〜[5]のいずれかに記載のレチノイン酸産生剤を含む、免疫機能増強剤、
[7]乳酸菌を有効成分として含む免疫機能増強剤、
[8]乳酸菌がラクトバチルス属であることを特徴とする[7]に記載の免疫機能増強剤、
[9]単位包装当たり、乳酸菌が1億個以上含むことを特徴とする[7]又は[8]に記載の免疫機能増強剤、
[10]乳酸菌がLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus OLL1073R−1(FERM BP−10741)である、[7]〜[9]のいずれかに記載の免疫機能増強剤。
【0011】
本明細書は本願の優先権主張の基礎となる日本国特許出願2014−051065号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、レチノイン酸産生促進により体内の自己生体防衛機能を強力に誘導できる剤を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下では、本発明を詳細に説明するが、本発明は記載された個々の形態には限定されない。
【0014】
本発明において乳酸菌とは、分類学的に乳酸菌と認定されたものの全てを総称し、もしくはビフィズス菌などのその類縁の細菌の全てを総称し、菌種や菌株などにおける制限はない。本発明ではレチノイン酸産生増強活性、例えばレチナール脱水素酵素遺伝子発現増強活性を有する任意の乳酸菌を用いることができる。乳酸菌はその由来により、植物由来、及び動物由来と分類することもあるが、本発明で用いる乳酸菌は植物由来又は動物由来の乳酸菌のどちらであってもよい。本発明で用いる乳酸菌は、中でも、ラクトバチルス属乳酸菌(ラクトバチルス属菌)であることが好ましく、例えばラクトバチルス属乳酸菌から選ばれる1種又は2種以上の菌株が、ヨーグルトなどの発酵乳により食習慣で実績があるため好ましい。また、本発明で用いるラクトバチルス属乳酸菌はブルガリア菌、又はラクトバチルス・ブルガリカスと称される、ラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii ssp. bulgaricus)であることがより好ましく、中でもラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) OLL1073R−1株(受託番号FERM BP−10741)であることがさらに好ましい。ラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス OLL1073R−1株は、受託番号FERM BP−10741の下、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(NITE−IPOD)(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8−120号室)に1999年2月22日付(原寄託日)でブダペスト条約に基づき国際寄託されている。なお本菌株は2006年11月29日付で国内寄託から国際寄託に移管された。
【0015】
本発明で用いる乳酸菌は、生菌又は死菌体のいずれであってもよい。また、本発明で用いる乳酸菌は、凍結又は凍結乾燥をしたものであってもよい。さらに、本発明で用いる乳酸菌は、乳酸菌の菌体のみであってもよいが、乳酸菌の菌体とともに菌体以外の成分(例えば、凍結保護剤や凍結乾燥保護剤など)が含まれた形態であってもよく、医薬品素材や食品素材に使用実績のある水や澱粉などの各種媒体に分散されている状態であってもよい。
【0016】
本発明で用いる乳酸菌は、菌体そのもの(生菌又は死菌体)に加えて、菌体破砕物、培養や発酵による菌体の代謝物など、公知の手法により得られる菌体やその代謝物に由来する任意のものを含んでもよい。例えば、ラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) OLL1073R−1株(受託番号FERM BP−10741)などの乳酸菌は、その培養中に菌体外多糖(EPS)を産生する。産生されたそのような菌体外多糖を含む上記乳酸菌や乳酸菌培養物を使用することも、本発明の乳酸菌の使用に含まれる。
【0017】
本発明は、上記のような乳酸菌を有効成分として含むレチノイン酸産生剤(レチノイン酸産生促進剤)を提供する。好ましい実施形態では、本発明で用いる乳酸菌(レチノイン酸産生増強活性を有する乳酸菌)、及びそれを有効成分として含むレチノイン酸産生剤は、動物細胞におけるレチナール脱水素酵素遺伝子の発現を増強することができ、その結果、動物細胞においてレチナール脱水素酵素が触媒するレチナールからレチノイン酸への変換(レチノイン酸の産生)を促進することができる。本発明で用いる乳酸菌のレチナール脱水素酵素遺伝子発現増強活性の有無は、後述の実施例に記載するように、その乳酸菌の存在下で動物細胞(好ましくは、腸間膜リンパ節細胞、又は腸間膜リンパ節細胞由来の樹状細胞)を一定時間(例えば37℃で24時間)にわたり培養した後、細胞中のmRNAを抽出し、リアルタイムRT−PCR法により、その動物細胞中のレチナール脱水素酵素(例えば、RALDH2)遺伝子のmRNAを定量し、対照(乳酸菌非存在下で動物細胞を培養して得た試料)に対して当該mRNA量が顕著に増加するかどうかに基づいて判定することができる。本発明に係るレチノイン酸産生剤によれば、典型的には、レチナール脱水素酵素遺伝子のmRNA量を、対照と比較して20%以上、好ましくは40%以上増加させることができる。
【0018】
本発明に係るレチノイン酸産生剤は、レチノイン酸の産生促進により、様々な生理活性を動物(好ましくは哺乳動物)又はその細胞にもたらすことができる。レチノイン酸は、例えば、腸管関連リンパ系器官においてT細胞やB細胞に小腸組織へのホーミング特異性を付与し、それらの細胞(リンパ球)の小腸組織への配置を誘導すること、及び腸管関連リンパ系器官において、感染症への防御に重要なIgAの産生を誘導することが知られており、腸管免疫系の免疫機能の指標の1つとされている。またレチノイン酸は、炎症促進性のT細胞の分化誘導を抑制し、炎症抑制性の制御性T細胞の分化誘導を促進することにより、自己免疫反応などの炎症反応の抑制にも働くことが知られている。したがって本発明に係るレチノイン酸産生剤は、感染症に対する防御能を強化することにより感染症に対する予防効果をもたらし、また、炎症反応の抑制により、自己免疫疾患などの炎症性疾患の予防、治療又は改善効果をもたらすことができる。感染症の例としては、日和見性又は病原性の細菌、真菌若しくはウイルスによる感染症が挙げられる。自己免疫疾患などの炎症性疾患としては、クローン病、潰瘍性大腸炎などの炎症性大腸炎、アレルギー等が挙げられるが、これらに限定されない。本発明に係るレチノイン酸産生剤はまた、皮膚におけるレチノイン酸産生促進により、各種の皮膚状態、例えば座瘡、皺、乾癬、老斑、及び変色を改善するためにも用いることができる。なおレチノイン酸については他の様々な生理活性も公知である。本発明のレチノイン酸産生剤の投与対象は、動物、好ましくは哺乳動物であってよく、特に、高齢者や高齢の哺乳動物が好ましい。なお本発明に係るレチノイン酸産生剤は、細胞におけるレチノイン酸産生を促進する目的で、哺乳動物などの動物の細胞や組織(例えば、腸管関連リンパ系器官若しくはその樹状細胞、又は表皮若しくは真皮細胞などの皮膚細胞)を処理するために用いてもよい。
【0019】
本発明で用いる乳酸菌は、腸管関連リンパ系器官、特にその樹状細胞において産生されるレチノイン酸の増加に基づいて、免疫機能を増強することができる。本発明は、本発明に係るレチノイン酸産生剤を含む免疫機能増強剤も提供する。本発明はまた、上記の乳酸菌を含む免疫機能増強剤も提供する。
【0020】
本発明の免疫機能増強剤とは、ヒトをはじめとする哺乳動物などの生物に摂取させるか又は作用させることにより、体内で遺伝子などが誘導され、当該遺伝子に由来する免疫指標物質を産生させることのできる剤をいう。本発明の免疫機能増強剤は、特に、レチナール脱水素酵素遺伝子の発現を増強することにより、哺乳動物などの生物の免疫機能を改善することができる剤である。なお、本発明において、摂取とは、有効成分をヒトなどの生物の体内の消化管に導入することを意味する。本発明において「投与」は摂取及び非経口的適用(例えば皮膚などへの局所適用)を包含する。投与方法は限定されず、例えば、経口投与、経管投与、経腸投与、経皮投与(塗布、貼布、噴霧等)、皮下投与など、公知の任意の投与方法が含まれる。
【0021】
本発明における免疫機能の改善の一例として、日和見細菌による感染症、病原性細菌、真菌による感染症、ピロリ菌への感染症、ウイルスによる感染症、バクテリアトランスロケーション、腸粘膜の炎症の持続、腸内フローラのバランスの変化(腸内フローラのバランスの破綻など)、及びこれらの炎症から誘導される疾病、クローン病、潰瘍性大腸炎などの炎症性大腸炎に対する、予防及び/又は治療、また、制御性T細胞の分化を誘導することによる過剰な炎症やアレルギー症状などの予防及び/又は治療が挙げられる。また、免疫機能の改善として、免疫機能の未熟な乳幼児や小児、免疫機能の低下している高齢者、及び各種疾患を有する患者の感染リスクの減少、炎症の抑制、抗アレルギー効果なども挙げられる。本発明の免疫機能増強剤の投与対象として、特に、高齢者や高齢の哺乳動物が好ましい。
【0022】
また、本発明における免疫機能増強効果の評価は、免疫機能の指標となる任意の物質(免疫指標物質)の体内での産生量の増加を指標とすることができる。例えば、レチノイン酸は制御性T細胞の分化や細胞のマイグレーション、IgAの産生誘導などに関与しており、レチノイン酸産生をもたらす体内での応答性を指標とすることで、免疫機能増強を評価することができる。免疫指標物質は、レチノイン酸であってもよく、特定箇所を加水分解することにより活性化する、レチナールなどの、いわゆるレチノイン酸前駆体であってもよい。免疫指標物質はまた、免疫指標物質、例えばレチノイン酸の産生を誘導する別の物質であってもよく、例えば免疫指標物質(レチノイン酸など)の合成を触媒するタンパク質又はそれをコードする遺伝子のmRNAであってもよい。すなわち、本発明における免疫指標物質の産生誘導とは、免疫指標物質であるタンパク質をコードする遺伝子の発現が体内で増加し、それにより当該免疫指標物質が発現されることであってもよいし、そのような免疫指標物質の活性によりさらなる免疫指標物質が産生されることであってもよい。免疫指標物質をコードする遺伝子には特に制限はないが、好ましい遺伝子として、レチナール酸脱水素酵素(例えば、RALDH2など)遺伝子を例示できる。
【0023】
本発明はまた、レチノイン酸の低下又は欠乏を伴う各種疾病の予防及び/又は治療剤を提供する。本発明は、レチノイン酸産生剤を用いた、レチノイン酸の低下又は欠乏を伴う各種疾病の予防及び/又は治療方法も提供する。そのような各種疾病とは、日和見細菌による感染症、病原性細菌、真菌による感染症、ピロリ菌への感染症、ウイルスによる感染症、バクテリアトランスロケーション、腸粘膜の炎症の持続、腸内フローラのバランスの変化(腸内フローラのバランスの破綻など)、及びこれらの炎症から誘導される疾病、クローン病、潰瘍性大腸炎などの炎症性大腸炎、過剰な炎症やアレルギー症状など、本発明の出願日及び/又は優先日を基準とする日の前後に関係なく、レチノイン酸の低下又は欠乏を伴う任意の疾病、症状、症候群、並びにこれらの疑いを有する任意の状態を包含する。本発明はまた、本発明に係るレチノイン酸産生剤を皮膚等に非経口投与することを含む、例えば、特許文献1に開示される美白作用に基づく美白方法(予防若しくは治療方法又は美容方法)なども提供する。本発明のレチノイン酸産生剤の投与対象として、哺乳動物などの動物、特に、高齢者や高齢の哺乳動物が好ましい。
【0024】
本発明に係るレチノイン酸産生剤及び免疫機能増強剤は、上記乳酸菌(レチノイン酸産生増強活性を有する乳酸菌)で発酵させた素材を含有してもよい。上記乳酸菌で発酵させた素材とは、ヒトをはじめとする哺乳動物が摂取してきた習慣のある素材を当該乳酸菌で発酵させたものであれば、特に制限はない。中でも、乳、大豆、小豆、穀類、野菜類、肉類、魚類、又はこれらの混合物を上記乳酸菌で発酵させた素材を例示できる。
【0025】
乳を上記乳酸菌で発酵させた素材の一例として、乳脂肪分3.0重量%、無脂乳固形分9.2重量%となるよう、原料乳と乳製品と原料水を調合し、必要に応じて乳脂肪球を調節するための均質化処理を行い、65℃30分間保持に相当する殺菌条件で加熱殺菌し、40〜45℃で冷却した後に、ラクトバチルス属乳酸菌として、ラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス(例えば、ラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス OLL1073R−1株)とストレプトコッカス・サリバリウス・サブスピーシーズ・サーモフィラスとの混合スターターを添加し、40〜45℃で2〜12時間発酵させ、0.6〜1.2重量%の乳酸酸度となるよう調整したものを例示することができる。このときに、ラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカスとストレプトコッカス・サリバリウス・サブスピーシーズ・サーモフィラスの菌株に制限はなく、当該2菌種以外の乳酸菌(例えば、ラクトバチルス属、ビフィドバクテリウム属、ラクトコッカス属、ロイコノストック属など)の添加、その他の発酵や健康に有用な微生物や素材や添加物の添加は任意である。なお、ここでいう原料乳とは、牛、山羊、羊、水牛などから搾乳した生乳又は原乳と称されるもの、及び当該生乳又は原乳と同組成の還元乳に限定されず、乳脂肪分及び/又は無脂乳固形分(乳タンパク質、乳糖、灰分)を加えたり(強化したり)、例えば乳脂肪分を除去して低脂肪乳や無脂肪乳とすること、乳糖不耐症の傾向の有するヒト向けに脱乳糖乳や乳糖分解乳とすることも可能である。さらには、ナトリウムなどのミネラルの摂取を制限されている患者向け、及び/又は摂取時の塩味を緩和させることを目的に、脱塩乳とすること、又はカルシウムなどのミネラルの摂取を要請されている患者向けを目的にカルシウム強化乳とすることも可能である。このような乳酸菌発酵素材を用いる場合、本発明に係るレチノイン酸産生剤及び免疫機能増強剤は、レチノイン酸産生増強活性を有する上記乳酸菌に加えて、ストレプトコッカス属菌などの他の乳酸菌を含み得る。
【0026】
本発明のレチノイン酸産生剤及び免疫機能増強剤には、乳酸菌が含まれていればその菌数には制限はないが、単位包装当たり乳酸菌が1億個以上存在することが好ましく、5億個以上存在することがより好ましく、10億個以上存在することがさらに好ましい。乳酸菌の菌数は多ければ多いほど本発明の効果は期待できるが、乳酸菌一般の増殖を考慮して、通常の上限は10兆個である。
【0027】
本発明のレチノイン酸産生剤及び免疫機能増強剤の単位包装あたりの重量に制限はないが、レチノイン酸産生剤及び免疫機能増強剤の1gあたり、乳酸菌が1億個以上存在する時には、単位包装あたり10〜500gが好ましく、25〜250gがより好ましく、50〜200gがさらに好ましく、75〜150gがさらに好ましい。本発明の単位包装とは、袋、箱、容器あたりのみならず、それらに含まれる使用一回あたりの単位包装形態であってもよいし、一日あたりの単位包装形態であってもよい。
【0028】
本発明のレチノイン酸産生剤又は免疫機能増強剤を、例えば、経口投与する場合、乳酸菌又は乳酸菌を発酵した素材をそのまま投与(摂取)することができるが、例えば錠剤、顆粒剤、粉末剤、カプセル剤、散剤等の形態で投与(摂取)することもできる。本発明のレチノイン酸産生剤及び免疫機能増強剤は、溶液、乳液、ジェル、粉末、クリーム等の形態で皮膚等に非経口投与(例えば、塗布、貼布、噴霧等による経皮投与)してもよい。
【0029】
本発明における免疫機能増強は、本発明の乳酸菌を摂取した後に、体内の消化管でその効果が得られる。消化管としては、口腔、咽頭、食道、胃、十二指腸、小腸、大腸、盲腸、肛門までの一連の器官群が挙げられる。ここで、代表的な消化管の名称を例示しているが、例えば、結腸(小腸下部)、回腸、空腸(小腸上部)、上腹部消化管、下腹部消化管、大腸上位部、大腸下位部など、公知及び/又は技術常識の範疇の名称の任意の消化管が本発明における「消化管」に包含される。
【0030】
本発明の免疫機能増強は、本発明の乳酸菌を作用(塗布、噴霧、注入等により)させた後に、体内外の様々な部位で効果が得られる。体内外の部位としては、皮膚、毛髪、眼球、鼻腔粘膜、外耳、中耳、爪、各種臓器の表面などを例示することができる。
【0031】
本発明の免疫機能増強剤は、様々な動物、好ましくはヒトをはじめとする哺乳動物に対して免疫機能増強効果がある。したがって本発明は、免疫機能増強剤を摂取させるか又は投与することによる各種疾患の治療及び/又は予防方法も提供する。本発明において、哺乳動物としては、ヒト、ウシ、ブタ、羊、イルカ、クジラ、トラ、ライオン、チーター、カバ、キリン、ラクダ、アルパカ、イヌ、ネコ、サル、キツネ、タヌキ、クマ、リス、オットセイ、アシカ、パンダ、イノシシ、シカ、ウマ、オラウータン、カンガルーなどの、公知の家畜、愛玩動物、鑑賞動物、野生動物などで哺乳類と分類される任意の動物が挙げられる。本発明の免疫機能増強剤はまた、哺乳動物以外の消化管を有する動物、例えば、昆虫、爬虫類、鳥類、魚類、両生類、軟体動物など、に対する免疫機能増強用に用いることも可能である。ここでいう各種疾患とは、レチノイン酸等の免疫指標物質の産生を誘導することにより治療、予防又は改善できる疾患であれば、制限はなく、例えば、日和見細菌による感染症、病原細菌、真菌による感染症、ピロリ菌への感染症、バクテイリアトランスロケーション、腸粘膜の炎症の持続、腸内フローラのバランスの変化(腸内フローラのバランスの破綻など)、及びこれらの炎症から誘導される疾病、クローン病、潰瘍性大腸炎などの炎症性大腸炎、過剰な炎症やアレルギー症状等が挙げられる。
【実施例】
【0032】
以下では、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これにより限定されない。
【0033】
老齢マウスとして12〜13ヵ月齢のBALB/cマウスを対象として用いた。当該マウスの小腸より腸間膜リンパ節細胞、及び腸間膜リンパ節由来のCD11c+樹状細胞を分離した。
【0034】
分離した腸間膜リンパ節細胞、及び腸間膜リンパ節由来のCD11c+樹状細胞を、それぞれ、菌体重量が100μg/mlとなるようにラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) OLL1073R−1株(受託番号FERM BP−10741)の死菌体を接種した96ウェルプレートにて、37℃にて共培養した。この接種時の腸間膜リンパ節細胞の数は1ウェルあたり50万個、腸間膜リンパ節由来のCD11c+樹状細胞の数は1ウェルあたり10万個であった。24時間の共培養の終了後に、培養物から腸間膜リンパ節細胞又はCD11c+樹状細胞を回収し、回収した細胞から常法によりmRNAを抽出し、リアルタイムRT−PCR法によりレチナール脱水素酵素RALDH2(Aldh1a2)遺伝子のmRNA(Genbankアクセッション番号NM_009022)の発現量を測定した。
【0035】
対照として、ラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) OLL1073R−1株(受託番号FERM BP−10741)を接種しないこと以外は上記と同じ培養及び遺伝子発現量測定を行った。
【0036】
乳酸菌との共培養により得られたRALDH2遺伝子発現量から、それぞれの細胞について、対照の遺伝子発現量を1.0とした場合の遺伝子発現量比を算出した。
【0037】
その結果、腸間膜リンパ節細胞でのRALDH2遺伝子のmRNA発現量は、対照(1.00±0.52、なおこの算出値の±の後ろの数値は標準偏差(SD)である)に対し、ラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) OLL1073R−1株(受託番号FERM BP−10741)と共培養した場合には3.05±0.56と増加した。また、腸間膜リンパ節由来のCD11c+樹状細胞でのRALDH2遺伝子のmRNA発現量は、対照(1.00±0.62)に対し、ラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) OLL1073R−1株(受託番号FERM BP−10741)と共培養した場合には7.91±1.43と増加した。なおこの算出値の±の後ろの数値は標準偏差(SD)である。
【0038】
この結果は、ラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス OLL1073R−1株(受託番号FERM BP−10741)が、細胞におけるレチナール脱水素酵素RALDH2遺伝子の発現を顕著に増強したことを示す。レチノイン酸はレチナールの酸化によって生成されるが、レチナール脱水素酵素RALDH2はそのレチナール酸化反応を触媒する。したがってレチナール脱水素酵素遺伝子の発現増強は、細胞におけるレチノイン酸産生を促進することができる。
【0039】
以上の結果により、乳酸菌であるラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus) OLL1073R−1株を投与することにより、免疫機能増強の指標となる体内のレチノイン酸の増加を引き起こすことができることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明のレチノイン酸産生剤は、レチノイン酸の細胞内産生を増加させるために用いることができる。本発明はまた、ヒトに備わっている自己生体防衛機能を誘導する新規でより安全で副作用の少ない免疫機能増強剤を提供することができる。本発明のレチノイン酸産生剤及び免疫機能増強剤は、それを摂取及び/又は作用させることにより、免疫指標物質であるレチノイン酸を体内で誘導することができ、それにより、各種感染症に対する防御能の向上や炎症反応の治療、予防又は改善などのために用いることができる。
【0041】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はその全体を参照により本明細書に組み入れるものとする。