【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、前歯用義歯として適したジルコニア焼結体について検討した。その結果、組成及び物性が制御されたジルコニア焼結体が、天然の前歯と同程度の審美性を有することを見出した。
【0016】
さらに、本発明者らは、ジルコニア粉末中のイットリア濃度及びアルミナ濃度と、焼結体密度及び焼結体の全光線透過率との関係について詳細に検討した。その結果、常圧焼結で前歯用義歯として適した高透光性ジルコニア焼結体を得るためには、全光線透過率だけを改善することだけではなく、ジルコニア粉末の組成や物性、さらにはこれらの関係性を制御することが必要であることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0017】
すなわち、本発明は4.0mol%を超え6.5mol%以下のイットリアと、0.1wt%未満のアルミナを含有し、相対密度が99.82%以上であり、厚さ1.0mmにおける600nm波長の光に対する全光線透過率が37%以上40%未満であり、曲げ強度が500MPa以上であることを特徴とする透光性ジルコニア焼結体、である。
【0018】
以下、本発明の透光性ジルコニア焼結体について説明する。
【0019】
本発明におけるジルコニア粉末の「安定化剤濃度」とは、安定化剤/(ZrO
2+安定化剤)の比率をmol%として表した値をいう。
【0020】
「添加物含有量」とは、添加物/(ZrO
2+安定化剤+添加物)の比率を重量%として表した値をいう。
【0021】
「相対密度」とは、理論密度(ρ
0;g/cm
3)に対する実測密度(ρ;g/cm
3)の割合(%)であり、以下の式により求まる値である。
【0022】
相対密度(%)=(ρ/ρ
0)×100
ここで、実測密度(ρ)はアルキメデス法により測定される値である。また、理論密度(ρ
0)は以下の(1)式によって求まる値である。
【0023】
ρ
0=100/[(A/3.987)+(100−A)/ρ
X] (1)
【0024】
(1)式において、ρ
0は理論密度(g/cm
3)であり、3.987はアルミナの理論密度(g/cm
3)であり、ρ
XはXmol%イットリアを含有するジルコニア焼結体の理論密度(g/cm
3)である。また、Aはアルミナ含有量(重量%)であり、Xmol%イットリアを含有するジルコニア焼結体に対するアルミナの重量割合である。
【0025】
さらに、ジルコニア焼結体中のイットリア含有量、あるいはアルミナ含有量が異なることにより、(1)式におけるρ
Xは異なる値を示す。本発明において、イットリアの含有量が下記のmol%であるジルコニア焼結体の理論密度(ρ
X)は以下の値とした。
【0026】
イットリア含有量 3.0mol% :ρ
X=6.095g/cm
3
イットリア含有量 3.5mol% :ρ
X=6.086g/cm
3
イットリア含有量 4.0mol% :ρ
X=6.080g/cm
3
イットリア含有量 4.1mol% :ρ
X=6.080g/cm
3
イットリア含有量 4.5mol% :ρ
X=6.072g/cm
3
イットリア含有量 5.0mol% :ρ
X=6.062g/cm
3
イットリア含有量 5.5mol% :ρ
X=6.052g/cm
3
イットリア含有量 6.0mol% :ρ
X=6.043g/cm
3
イットリア含有量 6.5mol% :ρ
X=6.033g/cm
3
イットリア含有量 7.4mol% :ρ
X=6.019g/cm
3
【0027】
また、上記以外のイットリア含有量のジルコニア焼結体におけるρ
Xは、“Lattice Parameters and Density for Y
2O
3−Stabilized ZrO
2” J. Am. Ceram. Soc.,69[4]325−32(1986)から、計算で求めた値を用いることができる。
【0028】
「結晶子径」とは、粉末X線回折(以下、「XRD」とする。)測定における正方晶(111)面及び立方晶(111)面のXRDピーク(以下、「メインXRDピーク」ともいう。)から、以下の(2)式により求められる値である。
【0029】
結晶子径=κλ/βcosθ (2)
【0030】
(2)式において、κはシェーラー定数(κ=1)、λは測定X線の波長(CuKα線を線源とした場合のλ=1.541862Å)、βはメインXRDピークの半値幅、及びθはメインXRDピークのブラッグ角である。
【0031】
なお、メインXRDピークは、CuKα線を線源として、2θ=30.1〜30.2°付近に現れるXRDピークである。当該ピークは正方晶の(111)面と立方晶の(111)面の重なり合ったXRDピークである。結晶子径を算出するには、正方晶及び立方晶のピーク分離を行わずに、メインXRDピークを波形処理し、波形処理後のメインXRDピークのブラッグ角(θ)と、機械的広がり幅を補正したメインXRDピークの半価幅(β)を求めればよい。
【0032】
ジルコニア粉末の「平均粒径」とは、体積基準で表される粒径分布の累積カーブの中央値(メディアン径;累積カーブの50%に対応する粒径)となる粒子と同じ体積の球の直径である。当該平均粒径は、レーザー回折法による粒径分布測定装置によって測定した値である。
【0033】
本発明のジルコニア焼結体は、イットリア及びアルミナを含有し、イットリアの含有量が4.0mol%を超え6.5mol%以下であり、アルミナの含有量が0.1wt%未満であり、ジルコニア焼結体の相対密度は99.82%以上であり、曲げ強度は500MPa以上であり、試料厚さを1.0mmとした場合の波長600nmの光に対する全光線透過率は37%以上40%未満である。
【0034】
本発明の透光性ジルコニア焼結体は、安定化剤として機能する、4.0mol%を超え6.5mol%以下、好ましくは4.1mol%以上6.0mol%以下、より好ましくは4.5mol%以上6.0mol%以下のイットリアを含むものである。イットリアの含有量が4.0mol%以下では、ジルコニア焼結体の透光性が低下する。また、6.5mol%を超えた場合、透光性が高くなりすぎる。そのため、前歯用義歯として使用する場合、焼結体に透明感が現れ、不自然な審美性を有する前歯用義歯となる。さらに、強度が低下しすぎるため、前歯用義歯としての使用に耐えられなくなる。なお、本発明におけるイットリアの含有量は、安定化剤濃度として求めることができる。
【0035】
本発明の透光性ジルコニア焼結体は、アルミナの含有量が0.1wt%未満、更には0.08wt%以下、また更には0.06wt%以下である。アルミナは添加剤として本発明の透光性ジルコニア焼結体に含まれる。本発明の透光性ジルコニア焼結体は、アルミナを含有することにより、強度が高くなる。その一方で、アルミナ含有量が0.1wt%以上では透光性が低下するため、前歯用義歯として不自然な審美性となる。前歯用義歯として適した審美性を有するためには、アルミナの含有量は0.05wt%以下であることが好ましい。なお、本発明におけるアルミナの含有量は、添加物含有量として求めることができる。アルミナの含有量は0wt%以上0.1wt%未満、更には0wt%以上0.05wt%以下であればよい。
【0036】
本発明の透光性ジルコニア焼結体は、相対密度が99.82%以上、更には99.85%以上である。相対密度が99.82%未満では、ジルコニア焼結体の透光性が低下する。本発明の透光性ジルコニア焼結体は、相対密度が99.90%以上であることが好ましく、99.95%以上であることがより好ましい。
【0037】
なお、上記の様に、本発明において、相対密度を求める場合に使用する理論密度は、イットリア含有量、あるいはアルミナ含有量の違いにより異なる値を有する。本発明の透光性ジルコニア焼結体の理論密度として、以下の値が例示できる。
【0038】
【表1】
【0039】
本発明の透光性ジルコニア焼結体は、HIP等の加圧焼結を用いず、常圧焼結で得られる。さらには、上記の組成を満足し、なおかつ、相対密度が99.82%以上であることによって、試料厚さ1.0mmにおける600nm波長の光に対する全光線透過率(以下、単に「全光線透過率」ともいう。)が37%以上40%未満を満足する。
【0040】
本発明の透光性ジルコニア焼結体は、全光線透過率が37%以上40%未満、更には37%以上39.9%以下、また更には37.1%以上39.5%以下である。全光線透過率が40%以上の場合、透光性(Translucency)に加え、透明性(Transparency)を有する焼結体となる。このような焼結体は、光を透過し過ぎるため、前歯用義歯として使用することができなくなる。
【0041】
一方、全光線透過率が37%未満の場合、焼結体の呈色が強くなりすぎる。このような焼結体を前歯用義歯として使用すると、不自然な色調を呈する前歯となる。全光線透過率が上記の範囲であることで、本発明の透光性ジルコニア焼結体は、ガラスコーティングなどのコーティングを必須とすることなく、単体で前歯用義歯として使用することができる。コーティングを必要としない前歯用義歯としての、より好ましい全光線透過率は37.3%以上39.2%以下、更には37.3%以上39.0%以下、また更には37.5%以上38.6%以下である。
【0042】
本発明の透光性ジルコニア焼結体は、全光線透過率に対する、試料厚さ1.0mmにおけるD65光線に対する全光線透過率(以下、「D65透過率」とする。)の割合(以下、「透過率比」とする。)が1.16以上、更には1.18以上であることが好ましい。透過率比が高くなることで、本発明の透光性ジルコニア焼結体の審美性は、太陽光、蛍光灯、白熱灯、LED電球などの複数の波長を含む異なる照明の光に照らされた場合であっても、自然な前歯により近いものとなる。通常、本発明の透光性ジルコニア焼結体の透過率比は1.4以下、更には1.35以下であることが挙げられる。より天然の前歯に近い審美性を有する焼結体とするためには、透過率比は1.16以上1.4以下、更には1.16以上1.35以下、また更には1.18以上1.35以下、また更には1.2以上1.35以下、また更には1.25以上1.35以下であることが好ましい。
【0043】
上記の全光線透過率及び透過率比を兼備することで、本発明の透光性ジルコニア焼結体は、自然の前歯により近い審美性を有する。
【0044】
本発明の透光性ジルコニア焼結体のD65透過率は、上記の透過率比を有する値であればよい。本発明の透光性ジルコニア焼結体のD65透過率としては、例えば、42%以上56%以下、更には42以上54%以下、また更には44%以上52%以下が好ましい。
【0045】
本発明の透光性ジルコニア焼結体は、曲げ強度が500MPa以上であり、さらには550MPa以上が好ましい。本発明の透光性ジルコニア焼結体は、適度な透光性及び高い相対密度を有しているにもかかわらず、曲げ強度が高すぎることがない。曲げ強度が500MPa以上であれば、前歯用義歯としての用途に十分な強度となる。前歯用義歯として適した強度とするため、曲げ強度は600MPa以上、更には650MPa以上、また更には670MPa以上、また更には700MPa以上が好ましい。
【0046】
本発明の透光性ジルコニア焼結体の曲げ強度は、通常、1070MPa以下、更には1020MPa以下、また更には1000MPa未満、また更には950MPa以下、また更には900MPa以下が好ましい。
【0047】
前歯用義歯としては、例えば、曲げ強度が500MPa以上1070MPa以下、更には500MPa以上1000MPa未満、また更には550MPa以上1000MPa未満、また更には550MPa以上950MPa以下であることが好ましい。なお、上記曲げ強度は、三点曲げ強度を意味するものである。
【0048】
本発明の透光性ジルコニア焼結体の結晶粒径は、相対密度及び曲げ強度に優れることから、0.3〜1.0μm、更には0.3〜0.9μm、また更には0.4μm〜0.86m、また更には0.4μm〜0.81μm、また更には0.4μm〜0.8μmであることが好ましい。
【0049】
本発明の透光性ジルコニア焼結体は、イットリア含有量、アルミナ含有量、相対密度、全光線透過率、D65透過率、透過率比、曲げ強度、及び結晶粒径の値や範囲が、上記に示した各値のいかなる組合せであってもよい。
【0050】
次に、本発明の透光性ジルコニア焼結体の製造方法について説明する。
【0051】
本発明の透光性ジルコニア焼結体の製造方法としては、4.0mol%を超え6.5mol%のイットリア、及び0.1wt%未満のアルミナを含有するジルコニア粉末を成形して成形体を得る成形工程、及び該成形体を、常圧下、焼結温度1350℃以上1500℃以下で焼結する焼結工程、を有する方法が挙げられる。
【0052】
成形工程では、4.0mol%を超え6.5mol%のイットリア、及び0.1wt%未満のアルミナを含有するジルコニア粉末を成形して成形体を得る。所望の形状の成形体が得られれば、その成形方法は任意である。成形方法としては、一軸加圧によるプレス成形又はCIPの少なくともいずれかを挙げることができる。
【0053】
成形体の密度は、3.2g/cm
3超であること、更には3.2g/cm
3超3.3g/cm
3以下であることが好ましい。
【0054】
成形工程に供するジルコニア粉末は、4.0mol%を超え6.5mol%のイットリア、及び0.1wt%未満のアルミナを含有するジルコニア粉末である。成形工程に供する好ましいジルコニア粉末(以下、「本発明の透光性ジルコニア焼結体用のジルコニア粉末」又は「本発明のジルコニア粉末」ともいう。)としては、以下のジルコニア粉末を挙げることができる。
【0055】
本発明のジルコニア粉末を使用することで、焼結工程における焼結が、常圧焼結のみであっても、本発明のジルコニア焼結体を得ることができる。これにより、焼結工程において、HIPなどの加圧焼結やSPSなどの特殊な焼結方法を使用せずに、前歯用義歯として適した透光性及び強度を兼備した透光性ジルコニア焼結体を得ることができる。
【0056】
本発明のジルコニア粉末は、安定化剤として4.0mol%を超え6.5mol%以下のイットリアを含み、アルミナの含有量が0.1wt%未満であるジルコニア粉末である。
【0057】
本発明のジルコニア粉末は、4.0mol%を超え6.5mol%以下、好ましくは4.1mol%以上6.0mol%以下、より好ましくは4.5mol%以上6.0mol%以下のイットリアを含む。イットリアは安定化剤として機能する。安定化剤が4.0mol%以下では、得られるジルコニア焼結体の透光性が低くなりすぎる。
【0058】
一方、安定化剤が6.5mol%を超えると、前歯用義歯として必要とされる透光性以上の高透光性のジルコニア焼結体が得られる。そのため、前歯用義歯として使用する場合、透明感が現れ、不自然な義歯となる。これに加え、強度が低下しすぎるため、前歯用義歯として使用できない。
【0059】
本発明のジルコニア粉末は、アルミナの含有量が0.1wt%未満、更には0.08wt%以下、また更には0.06wt%以下が好ましい。本発明のジルコニア粉末がアルミナを含有することにより、前歯用義歯としての使用に適した強度の透光性ジルコニア焼結体が得られる。
【0060】
一方で、アルミナ含有量が0.1wt%以上では、得られるジルコニア焼結体の透光性が低下するため、前歯用義歯として不自然な審美性を有するジルコニア焼結体となる。前歯用義歯として適した審美性を有する透光性ジルコニア焼結体を得るためには、アルミナの含有量は0.05wt%以下であることが好ましい。本発明のジルコニア粉末のアルミナ含有量としては、0wt%以上0.01wt%未満であり、更には0wt%以上0.05wt%以下が好ましい。
【0061】
本発明のジルコニア粉末の結晶子径は、得られるジルコニア焼結体の密度が高くなることから、320〜380Å、さらには330〜370Å、また更には340〜360Å、また更には350〜360Åであることが好ましい。
【0062】
本発明のジルコニア粉末は、BET比表面積が8〜15m
2/gであること、さらには10〜15m
2/gであることが好ましい。BET比表面積が8m
2/g以上であることで、ジルコニア粉末がより低温で焼結しやすい粉末となる。一方、BET比表面積が15m
2/g以下、更には14m
2/g以下であれば、得られる焼結体の密度が低くなりにくく、透光性を有するジルコニア焼結体が得られやすくなる。前歯用義歯として適した透光性及び密度を有する透光性ジルコニア焼結体が得られやすくするため、BET比表面積は9m
2/g以上15m
2/g以下、更には10m
2/g以上14m
2/g以下であることが好ましい。
【0063】
本発明のジルコニア粉末は、上記の結晶子径、及びBET比表面積を兼備することで、常圧焼結のみの焼結によって、前歯用義歯としてより適したジルコニア焼結体を提供することができる。すなわち、上記のような結晶子径、及びBET比表面積を兼備するジルコニア粉末を、HIPやSPS等の焼結方法を利用することなく、常圧焼結するだけで、特にコーティング処理等を施すこともなく、単体で前歯用義歯として適した透光性ジルコニア焼結体が得られやすくなる。
【0064】
本発明のジルコニア粉末は、その結晶中に含まれる正方晶(Tetragonal)及び立方晶(Cubic)の合計割合(以下、「T+C相率」ともいう。)が80%以上、更には85%以上であることが好ましい。T+C相率がこの様な値を有することで、常圧焼結のみの焼結であっても、前歯用義歯として適した透光性及び曲げ強度を兼備した焼結体が得られる。好ましいT+C相率としては、90%以上、更には90%を超えること、また更には95%以上を挙げることができる。
【0065】
本発明において、T+C相率は、ジルコニアの単斜晶、正方晶及び立方晶の合計に対する、正方晶及び立方晶の合計割合であり、以下の式より求めることができる。
【0066】
T+C相率(%) = 100 − fm
【0067】
上記式において、fmは単斜晶率(%)である。fmは、単斜晶相(111)面に相当するXRDピーク強度(以下、「Im(111)」とする。)、単斜晶相(11−1)面に相当するXRDピーク強度(以下、「Im(11−1)」とする。)、並びに、正方晶(111)面に相当するXRDピークと立方晶の(111)面に相当するXRDピークの強度(以下、「It+c(111)」とする。)から、以下の式により求めることができる。
【0068】
fm(%)=[Im(111)+Im(11−1)]
÷[Im(111)+Im(11−1)It+c(111)]×100
【0069】
なお、正方晶(111)面に相当するXRDピークと立方晶の(111)面に相当するXRDピークとは重複したピークである。It+c(111)は、これらを分離せずにひとつのピークとみなして求めた強度である。
【0070】
粉砕時間、成形性及び焼結性の観点から、本発明のジルコニア粉末の平均粒径は、0.40〜0.50μmであること、さらには0.40〜0.45μm、また更には0.40〜0.43μmであることが好ましい。
【0071】
さらに、本発明のジルコニア粉末は、噴霧成形粉末顆粒(以下、単に「顆粒」ともいう。)であることが好ましい。
【0072】
本発明のジルコニア粉末は、特に安定化剤としてイットリア、及び添加剤としてアルミナの他に、有機バインダーを含む噴霧造粒顆粒であることが好ましい。該顆粒は、成形体を形成する際の流動性が高くなり、プレス成形後の保形性に優れた成形体の形成が可能である。顆粒の平均粒径は30〜80μm、軽装嵩密度は1.10〜1.40g/cm
3であることが好ましい。なお、軽装嵩密度とは、JIS R1628に準じた方法により測定される密度(Bulk Density)である。
【0073】
有機バインダーとしては、ポリビニルアルコール、ポリビニルブチラート、ワックス、及びアクリル系樹脂からなる群から選ばれる1種以上を挙げることができる。これらの有機バインダーの中でも、分子中にカルボキシル基又はその誘導体(例えば、塩、特にアンモニウム塩など)を有するアクリル系樹脂が好ましい。アクリル系樹脂として、例えば、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、アクリル酸共重合体、メタクリル酸共重合体、及びこれらの誘導体からなる群から選ばれる1種以上を挙げることができる。
【0074】
有機バインダーの添加量は、ジルコニア粉末スラリー中のジルコニア粉末に対し、0.5〜10重量%が好ましく、特に1〜5重量%が好ましい。
【0075】
このように、本発明のジルコニア粉末からは、常圧焼結のみによる焼結によって、前歯用義歯として適した透光性を有するジルコニア焼結体が得られる。すなわち、本発明のジルコニア粉末は、HIP処理等の加圧焼結を用いなくても、前歯用義歯として適した高い透光性を有するジルコニア焼結体が得られる。
【0076】
本発明のジルコニア粉末を成形して得られる成形体の密度は、3.2g/cm
3超であればよく、3.2g/ccm
3超3.3g/cm
3以下、更には3.2g/cm
3超3.27g/cm
3以下であることが好ましい。成形体の密度が3.2g/cm
3超であれば、得られる焼結体の透光性が前歯用義歯により適したものとなりやすい。また、成形体の密度が3.3g/cm
3以下であれば、焼結体がその強度低下の原因となる欠陥等を有さなくなりやすい。さらに、上記のT+C相率を有する本発明のジルコニア粉末の成形体としては、該成形体を焼結することで適度な焼結収縮が進行する。これにより、前歯用義歯として適したジルコニア焼結体が得られやすくなる。成形体は、T+C相率が90%以上であり、かつ、成形体密度が3.2g/cm
3超3.25g/cm
3以下であることが好ましい。
【0077】
本発明のジルコニア粉末は、例えば、ジルコニウム塩水溶液の加水分解で水和ジルコニアゾルを得る原料工程、該水和ジルコニアゾルを乾燥及び仮焼して仮焼粉末を得る仮焼工程、及び、該仮焼粉末を粉砕して粉砕粉を得る粉砕工程、を有する製造方法により製造することが好ましい。
【0078】
原料工程においては、ジルコニウム塩水溶液を加水分解することで水和ジルコニアゾルを得る。水和ジルコニアゾルの製造に用いるジルコニウム塩水溶液としては、水酸化ジルコニウムと酸との混合物、オキシ塩化ジルコニウム、硝酸ジルコニル、塩化ジルコニウム及び硫酸ジルコニウムからなる群から選ばれる少なくとも1種を含む水溶液が挙げられる。
【0079】
水和ジルコニアゾルを得るにあたり、加水分解前又は加水分解中にイットリア源をジルコニウム塩水溶液に添加することが好ましい。イットリア源の添加量は、ジルコニア粉末におけるイットリア含有量と同程度の量であればよい。イットリア源としては、水和ジルコニウム塩水溶液中で溶解するものであればよく、塩化イットリウム、酸化イットリウム、硝酸イットリウム及び水酸化イットリウムからなる群から選ばれる少なくとも1種か、塩化イットリウム又は酸化イットリウムの少なくともいずれかであることが挙げられる。
【0080】
仮焼工程では、得られた水和ジルコニアゾルを乾燥して乾燥粉末を得た後、該乾燥粉末を仮焼することによって仮焼粉末を得る。
【0081】
仮焼工程における乾燥は、水和ジルコニアゾル中の水分、及び、水和ジルコニアゾル中に付着した残留水分を除去できれば任意の方法で乾燥することができる。乾燥温度は、160〜200℃であることが例示できる。
【0082】
仮焼工程では、上記で得られた水和ジルコニアゾルの乾燥粉末を仮焼することで、仮焼粉末を得る。仮焼温度は1050〜1250℃が好ましく、1100〜1200℃であることがより好ましい。仮焼温度がこの範囲であることで、ジルコニアの凝集が抑制されるだけでなく、得られる仮焼粉の粒径が均一になりやすい。
【0083】
粉砕工程では、得られた仮焼粉末を粉砕する。これにより、本発明のジルコニア粉末が得られる。粉砕工程は、上記で得られた仮焼粉末の平均粒径が0.40〜0.50μmになるまで粉砕する。仮焼粉末が上記の平均粒径となる方法であれば、粉砕方法は任意である。粉砕方法としては、湿式粉砕又は乾式粉砕の少なくともいずれか、更には湿式粉砕を挙げることができる。特に好ましい粉砕方法としては、ジルコニアボールを使用した湿式粉砕を挙げることができ、ジルコニアボールは直径3mm以下であることが好ましい。
【0084】
また、粉砕はアルミナ源を仮焼粉末に添加した後に行うことが好ましい。これにより、ジルコニア及びアルミナがより均一に混合される。
【0085】
添加物として用いるアルミナ源は、アルミニウムの化合物であればよく、例えば、アルミナ、水和アルミナ、アルミナゾル、水酸化アルミニウム、塩化アルミニウム、硝酸アルミニウム、及び硫酸アルミニウムからなる群から選ばれる少なくとも1種、好ましくはアルミナ、水和アルミナ及びアルミナゾルからなる群から選ばれる少なくとも1種を挙げることができる。ジルコニア粉末の粉砕時に必要量のアルミナ源を添加し、粉砕して、分散混合することができる。
【0086】
本発明のジルコニア粉末の製造方法は、さらに顆粒化工程を含むことが好ましい。これにより、本発明のジルコニア粉末を顆粒とすることができる。顆粒化工程は、ジルコニア粉末をスラリーにして噴霧乾燥すればよい。噴霧乾燥として、160〜200℃の熱風に当該スラリーを滴下することが挙げられる。焼結工程では、成形工程で得られた成形体を、常圧下にて、焼結温度1350〜1500℃で焼結する。これにより、本発明の透光性ジルコニア焼結体が得られる。焼結工程における焼結温度は1400℃以上1490℃以下、更には1400℃以上1450℃以下であることが好ましい。
【0087】
焼結工程における昇温速度は、800℃/時間以下、さらには600℃/時間以下である。焼結温度における保持時間(以下、単に「保持時間」ともいう。)は、焼結温度により異なる。焼結工程における保持時間として5時間以下、更には3時間以下、また更には2時間以下を例示することができる。
【0088】
本発明の透光性ジルコニア焼結体は常圧焼結で得られる。ここで、常圧焼結とは成形体に対して外的な力を加えずに単に加熱することにより焼結する方法である。具体的な常圧焼結として、大気圧下での焼結を挙げることができる。
【0089】
焼結雰囲気は還元性雰囲気でなければよく、すなわち、還元性雰囲気以外の雰囲気であればよい。焼結雰囲気は酸素雰囲気であればよく、大気中での焼結が好ましい。特に好ましい焼結工程として、大気圧下、昇温速度600℃/時間以下、焼結温度1400℃以上1490℃以下で焼結することが挙げられる。
【0090】
焼結工程は、常圧焼結のみで焼結することが好ましい。一般に、透光性を向上させる手段として、常圧焼結後に、HIPその他の加圧焼結やSPSなどの特殊な焼結方法を使用することが挙げられる。しかしながら、加圧焼結や特殊な焼結方法は製造プロセスを煩雑にするだけではなく、製造コストの上昇をもたらす。本発明の製造方法、特に本発明のジルコニア粉末を用いた場合においては、常圧焼結のみであっても、前歯用義歯として十分な透光性及び強度を兼備した透光性ジルコニア焼結体を得ることができる。