【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成25年度 独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)の「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」の委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
(実施形態)
−炭化水素産生菌のスクリーニング−
本願発明者らは、低級有機酸への耐性を有し、且つスクアレン等の炭化水素を産生できる菌の探索を行った。本願明細書で「低級有機酸」とは、炭素数が6以下の有機酸を指すものとする。
【0014】
図1は、有機酸資化能を持つ細菌のスクリーニング手順を示すフローチャートである。
【0015】
まず、広島県の大崎上島付近の海域において海水及び礫を試料として採取し、当該試料に含まれる菌を培養した(ステップS1)。本ステップでは、10mMのプロピオン酸が添加されたATCC#1409培地(pH7.0)を用いて集積培養を行った。このATCC#1409培地は、30g/LのNaCl、1mL/LのSLA trace elements、1mL/LのVA vitamins、1.0g/LのKH
2PO
4、0.5g/LのMgCl
2・6H
2O、0.1g/LのCaCl
2・H
2O、1.0g/LのNH
4Cl、3.0g/LのNaHCO
3、0.7g/LのNa
2SO
4、1.0g/Lの酢酸ナトリウム(酢酸として10mM相当の量)、0.5g/Lのアスコルビン酸ナトリウム、0.1g/LのYeast extract、0.156g/Lの硫酸ナトリウムを含む。
【0016】
SLA trace elementsは、250mgのCoCl
2・6H
2O、10mgのNiCl
2・6H
2O、10mgのCuCl
2・2H
2O、70mgのMnCl
2・4H
2O、100mgのZnCl
2、500mgのH
3BO
3、30mgのNa
2MoO
4・2H
2O、10mgのNa
2SeO
3・5H
2O、1.8gFeCl
2・4H
2Oを1Lの蒸留水に溶解させることで作成された。
【0017】
VA vitaminsは、100mgのビオチン、350mgのニコチンアミド、300mgのチアミン−HCL、200mgのパラアミノ安息香酸、100mgのピリドキシン−HCL、100mgのD−パントテン酸カルシウム、50mgのシアノコバラミン(B12)を蒸留水1Lに溶解させることで作成された。
【0018】
本ステップでは、28℃、暗所、好気条件(100rpmで振盪)で168時間培養した。なお、培養温度は20℃〜37℃、好ましくは25℃〜32℃程度であればよい。この培養可能温度は以後の培養工程でも同様である。培養時間は温度等の条件に応じて適宜変更してもよい。
【0019】
次に、それぞれ10mMの酢酸及びプロピオン酸を含有するATCC#1409培地の寒天培地(アガロース濃度1.5%)に先の培養で得られた菌液を塗布し、暗所、好気条件で培養を行った(ステップS2)。
【0020】
次いで、寒天培地に生じたコロニーを取り、それらの菌を96穴プレートに植菌し、10mMのプロピオン酸を含有するATCC#1409培地により培養した(ステップS3)。ATCC#1409培地の量はウェルごとに600μLとした。培養は28℃、100rpm、暗所、好気条件で行った。
【0021】
次に、プレートリーダー(Spectra MAX M5、Molecular Devices社製)を用いて各ウェルでの吸光度を測定した。ここでは、培養された菌液の一部を96穴プレートに移し、660nmでの吸光度を測定した。本ステップにおいて、吸光度が大きいことは、菌が増殖していることを意味する。
【0022】
本ステップでは、各培養液を遠心分離して集菌し、菌体をPhosphate Buffered Saline(PBS)で洗浄後、50μLのPBSと2μLのナイルレッド(和光純薬製、濃度1mg/mL)とを加えて菌体を染色した。試料を96穴プレートに移し、蛍光/発光マイクロプレートリーダー(Fluoroskan Ascent FL、Thermo社製)を用いて励起波長540nm、蛍光波長590nmの蛍光強度を測定した。各株の細胞密度当たりの蛍光強度を算出し、その値が比較的高かった株を、有機酸耐性菌の候補株として選択した。
【0023】
次に、先のステップで生育が良好な菌を選択し、酸性培地を用いて培養した(ステップS4)。本ステップでは20mMのプロピオン酸を含み、pHが4程度に調整されたATCC#1409培地を用いて28℃、暗所、100rpm程度の好気条件で168時間培養を行った。培養は容量が20mLの試験管に3mLの培地を投入して行った。
【0024】
次に、培地の温度を90℃に上げた状態で20分〜40分程度培養した(ステップS5)。これにより、形成された芽胞を採取して、酢酸及びプロピオン酸をそれぞれ10mMの濃度で含むATCC#1409培地を3mLずつ用いて暗所、好気条件、28℃で7日間培養した(ステップS6)。
【0025】
次いで、ガスクロマトグラフィー(GC)及びガスクロマトグラフィー質量分析計(GC/MS)を用いてスクアレンの産生量を調べた(ステップS7)。その結果、後述する、スクアレンの産生量の多い3つの菌株が得られた。表1に、この3つの菌株により産生されたスクアレンの量を示す。なお、表1における全脂質量には、便宜的にスクアレン等の炭化水素の量が含まれている。
【0027】
得られた菌株を、酢酸及びプロピオン酸をそれぞれ10mMの濃度で含むATCC#1409培地を3mLずつ用いて28℃、7日間、暗所にて回転数100rpmで振盪培養した結果、表1に示すように、全脂質量当たりのスクアレン量は8.13%〜11.66%、培養液当たりのスクアレン量は0.0393mg/L〜0.0966mg/L、乾燥菌体当たりのスクアレン量は0.658mg/g〜2.75mg/gとなった。
【0028】
なお、この測定では、GC-17A、CBM-102(島津製作所製)を用いた。解析ソフトとしてGCSolutionバージョン2.4(島津製作所製)を用いた。カラムとしては内径0.25mm、長さ30m、膜厚0.1μmのDB-5HTキャピラリーGCカラム(Agilent Technologies社製)を用いた。分析条件は、カラムオーブンを100℃から380℃まで10℃/minで昇温させ、キャリアガスとしてN
2を用い、試料気化室を300℃とし、検出器を380℃とし、圧力を107kPaとし、全流量を16mL/minとし、カラム流量を1.19mL/minとし、スプリット比を1:10とした。スタンダートとしてスクアレン(純度≧98%, SIGMA-ALDRICH製)を用いて検量線を作成し、各試料でのスクアレンのピーク面積からスクアレン量を算出した。
【0029】
また、ガスクロマトグラフィー質量分析計(GC/MS)によりスクアレンの同定を行った。カラムとしては内径0.25mm、長さ30m、膜厚0.25μmのZB-1HT(Zebron製)を用い、GC/MSとしてはJMS-T100GCV"AccuTOF GCv 4G"(日本電子製)を用いた。分析条件は、カラムオーブンを100℃から380℃まで10℃/minで昇温させ、キャリアガスとしてHeを用い、試料気化室を300℃とし、検出器を270℃とし、注入量を1.0μLとし、カラム流量を1.2mL/minとし、スプリット比を1:10とした。
【0030】
−菌種の同定−
次に、得られた菌株の種を同定するために公知のPCR法によりこれらの菌株の16SrDNAの全長配列を解析した。この結果、3つの菌株はいずれも単菌化されていることが確認できた。第1の菌株(後述するBacillus sp. SS-1株)ではBacillus aryabhattai strain B8W22の16SrDNA配列と99.9%の相同性(1527/1529)を示し、第2の菌株(後述するBacillus sp. SS-2株)ではBacillus aryabhattai strain B8W22の16S rDNA配列と99.8%の相同性(1526/1529)を示し、第3の菌株(後述するBacillus sp. SS-3株)ではBacillus aryabhattai strain B8W22の16SrDNA配列と99.7%の相同性(1524/1529)を示した。このように、得られた3つの菌株の16S rDNA配列はいずれもBacillus aryabhattai strain B8W22の16S rDNA配列と99%以上の相同性を示したことから、Bacillus属の菌であることが判明した。
【0031】
これらの細菌はグラム陽性で好気性の短桿菌であってヘテロ栄養性を有し、プロピオン酸他、表2に示される低級有機酸を資化できる。これらの細菌は、グルコース、マルトース等の多糖類、タンパク質、アミノ酸、脂質等を資化できることも確認できた。また、これらの細菌は高温条件や、pH4以下程度の酸性条件等の過酷な条件下で芽胞を形成できる。これら細菌のコロニーは白色であり、近縁種であるBacillus aryabhattai strain B8W22(International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology (2009), 59, 2977-2986参照)とは異なることから、新種であると言える 。
【0032】
本願発明者らは、得られた菌株について、プロピオン酸以外の低級有機酸の資化性についても調べた。具体的には、酢酸ナトリウムを抜いたATCC#1409培地に炭素源として炭素数が5以下の種々の低級有機酸を添加して28℃で3日間、暗所、好気条件下で培養した。培地中の各低級有機酸の濃度は10mMとした。
【0033】
この試験結果を表2に示す。表4では、10mMのプロピオン酸を添加したATCC#1409培地を用いて7日間培養した場合の生育状態を基準として、当該基準を超える生育状態であれば判定Aとし、当該基準と同等程度の生育状態であれば判定Bとし、生育可能であるが当該基準以下である場合を判定Cとした。
【0035】
表2に示すように、単離された細菌は、少なくとも炭素数が5以下の低級有機酸を資化できることが確認できた。
【0036】
なお、第1の菌株(後述するBacillus sp. SS-1株)と第2の菌株(後述するBacillus sp. SS-2株)ではBacillus sp. SS-1株がクエン酸存在下での生育がより良好であることを除いて両株が同等の低級有機酸資化性を示した。
【0037】
上述のように、ここで得られた3つの菌株はBacillus属の新種であるので、上述の第1、第2及び第3の菌株は、それぞれBacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2、Bacillus sp. SS-3と命名された。
【0038】
なお、Bacillus sp. SS-1は受託番号NITE P−02044として、Bacillus sp. SS-2は受託番号NITE P−02045として、Bacillus sp. SS-3は受託番号NITE P−02046として、それぞれ千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室所在の独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託されている。
【0039】
−炭化水素の産生特性についての検討−
本願発明者らは、Bacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2、Bacillus sp. SS-3のそれぞれを、プロピオン酸濃度の異なる培地を用いて培養し、炭化水素の一例としてスクアレンの収量を調べた。Bacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2、Bacillus sp. SS-3のそれぞれを、プロピオン酸を添加したATCC#1409培地を用いて28℃、暗所、7日間の条件で培養した。ここでは容量が20mLの試験管に3mLの培地を入れ、回転数100rpmで振盪培養を行った。プロピオン酸の濃度は10mM、20mM、40mM、60mM、80mM及び100mMとした。培養後、遠心分離等により菌体を凍結乾燥させ、GCにより菌体中の全脂質量と、スクアレン量とを測定した。
【0040】
図2は、菌体中の全脂質の重量のうちスクアレンの重量が占める割合を100分率で表した図であり、
図3は、培養液の体積当たりのスクアレン量を示す図であり、
図4は、乾燥菌体当たりのスクアレン収量を示す図である。
【0041】
図2に示す結果から、Bacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2、Bacillus sp. SS-3のいずれの菌株でもプロピオン酸濃度が高くなるにつれて全脂質量に占めるスクアレン量の値が大きくなっていくことが分かった。全脂質量に占めるスクアレン量の割合は、プロピオン酸の濃度によらず、Bacillus sp. SS-1が最も高かった。
【0042】
図3に示す結果から、培養液の体積当たりのスクアレン収量は、プロピオン酸濃度が80mMのときに最も大きくなることが分かった。培養液当たりのスクアレン収量はBacillus sp. SS-3が最も多く、次いでBacillus sp. SS-1が多く、Bacillus sp. SS-2が最も少なかった。
【0043】
図4に示す結果から、乾燥菌体重量当たりのスクアレン収量はBacillus sp. SS-1が最も大きく、Bacillus sp. SS-2が次に大きく、Bacillus sp. SS-3が最も小さかった。ただし、乾燥菌体の重量当たりのスクアレン収量が最大となるプロピオン酸濃度は、Bacillus sp. SS-1で60mM、Bacillus sp. SS-2で40mM、Bacillus sp. SS-3で80mMであり、菌株間で若干の相違が見られた。
【0044】
以上の結果から、Bacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2、Bacillus sp. SS-3は、少なくとも培地中のプロピオン酸濃度が10mM以上100mM以下の範囲で生育可能であり、プロピオン酸を基質としてスクアレンを生産できることが分かった。
【0045】
次に、本願発明者らは、培養条件の変更がスクアレンの生産に影響するか否かを調べた。得られた菌株は芽胞を形成可能であり、高温で培養可能であるので、室温での培養と高温での培養とで得られるスクアレンの量を比較した。表3は、Bacillus sp. SS-1及びBacillus sp. SS-2について、温度条件等を変えて培養を行った場合のスクアレンの収量を示す。なお、表3に示す「全脂質量」には便宜上スクアレン等の炭化水素の量も含まれている。
【0047】
まず、Bacillus sp. SS-1及びBacillus sp. SS-2について、20mMの濃度でプロピオン酸を添加した4mLのATCC#1409培地中で28℃、190時間、暗所で振盪培養した。その後、20mMの濃度でプロピオン酸を添加した5mLのATCC#1409培地に先の培養で得られた菌液50μLを植え継いで28℃、163時間、暗所で振盪培養した(表3における培養条件「20−20」)。次いで、遠心分離等により培養された菌体を集菌し、乾燥させてからGCを用いて全脂質量及びスクアレンの収量を算出した。なお、各条件での培養には、いずれも容量が20mLの試験管を用いた。
【0048】
また、Bacillus sp. SS-1及びBacillus sp. SS-2について、40mMの濃度でプロピオン酸を添加した4mLのATCC#1409培地中で28℃、206時間、暗所で振盪培養した。その後、20mMの濃度でプロピオン酸を添加した5mLのATCC#1409培地に先の培養で得られた菌液50μLを植え継いで28℃、163時間、暗所で振盪培養した(表3における培養条件「40−20」)。次いで、遠心分離等により培養された菌体を集菌し、乾燥させてからGCを用いて全脂質量及びスクアレンの収量を算出した。
【0049】
また、Bacillus sp. SS-1及びBacillus sp. SS-2について、20mMの濃度でプロピオン酸を添加した4mLのATCC#1409培地中で28℃、190時間、暗所で振盪培養した後、培地の温度を90℃まで上げて40分間保持した。その後、20mMの濃度でプロピオン酸を添加した5mLのATCC#1409培地に加熱後の菌液50μLを植え継いで28℃、163時間、暗所で振盪培養した(表3における培養条件「20−煮−20」)。次いで、遠心分離等により培養された菌体を集菌し、乾燥させてからGCを用いて全脂質量及びスクアレンの収量を算出した。
【0050】
この結果、表3に示すように、培地の温度を90℃にした場合でも、培地の温度を上げない場合と同等以上の量のスクアレンを得られることが分かった。なお、培養液の体積当たりの乾燥菌体の収量は、Bacillus sp. SS-1では高温処理した場合に少なくなっていたが、Bacillus sp. SS-2では高温処理した場合の方がプロピオン酸濃度を40mMから20mMに変更した場合よりも多かった。温度に対する感受性は菌株ごとに多少の違いがあると考えられる。
【0051】
しかしながら、Bacillus sp. SS-1では高温処理した場合、高温処理をしない場合に比べて乾燥菌体当たりのスクアレン量、培養液当たりのスクアレン量が大きくなっていた。Bacillus sp. SS-2では高温処理した場合、乾燥菌体当たりの全脂質量は増えたが、乾燥菌体当たりのスクアレン量、培養液の体積当たりのスクアレン量は高温処理した場合と大きな差がなかった。
【0052】
図5は、20mMの濃度でプロピオン酸を添加したATCC#1409培地を用いて培養されたBacillus sp. SS-2についてのGC分析結果を示す図である。培養温度は28℃として培養時間は7日間とした。集菌後の試料の調整方法は、表3の場合と同様とした。
【0053】
図5に示す結果から、Bacillus sp. SS-2の培養後の菌体内では、スクアレン(ピーク12)等の炭化水素の他にパルミチン酸(ピーク5)、ステアリン酸(ピーク7)、ジアシルグリセロール及びトリアシルグリセロール等の脂質が合成されていることが分かった。
【0054】
また、
図6は、
図5に結果を示す培養を行った際のBacillus sp. SS-2の生育と培地におけるプロピオン酸濃度の経時変化とを示す図である。プロピオン酸濃度は公知の方法により測定した。
図6に示すように、菌の生育に伴って培地中のプロピオン酸は消費され、菌数が飽和した後はプロピオン酸の消費量は小さくなっていた。
【0055】
図6に示す結果から、プロピオン酸がBacillus sp. SS-2によって炭素源として利用され、且つプロピオン酸がスクアレンや脂質の合成にも利用されることが確かめられた。なお、Bacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-3についても菌の生育と培地におけるプロピオン酸濃度を測定したが、
図6と同様に菌の生育に伴ってプロピオン酸が消費されていた。
【0056】
また、表3の結果から、Bacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2とも乾菌当たりの全脂質量は30mg/g以上と高い値を示し、Bacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2ではスクアレン等の炭化水素以外に脂質等も多く合成されていることが分かった。なお、Bacillus sp. SS-2だけでなくBacillus sp. SS-1及びBacillus sp. SS-3においてもスクアレン等の炭化水素の他にパルミチン酸、ステアリン酸、ジアシルグリセロール等の脂質が合成されていた。
【0057】
また、以上の結果から、Bacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2を用いてスクアレンを生産させる場合、高温処理を行ってもスクアレンの収量が落ちることはないことが分かった。一方、Bacillus sp. SS-3は90℃以上の高温処理で死滅したが、90℃未満の高温処理では芽胞を形成可能であり、且つスクアレンの収量もBacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2と同等であった。
【0058】
従って、プロピオン酸等の低級有機酸からスクアレンを生産させる際に、高温処理を行って不要な雑菌が繁殖するのを防ぐことができると考えられる。Bacillus sp. SS-2では高温処理後の培養で乾菌当たりの全脂質量が大幅に増加しており、Bacillus sp. SS-1でも高温処理後の培養で全脂質量が高い値を示すことから、この高温処理は、脂質の生産を目的とする場合でも有効であることが分かる。なお、高温処理の際の液温は少なくとも50℃以上であってもよい。高温処理の処理時間は処理温度によって適宜変更すればよいが、例えば処理温度を90℃にした場合には40分以下としてもよい。Bacillus sp. SS-3を用いる場合、90℃未満で処理時間を20分未満としてもよい。
【0059】
また、Bacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2及びBacillus sp. SS-3は高温だけでなく低温下でも死滅しにくく、pHの変化等の環境変化に強いので、野外等の温度調節を行いにくい場所であっても安定してスクアレンを生成させることができる。なお、本実施形態の微生物によれば、培地の温度が少なくとも20℃以上37℃以下、好ましくは25℃以上32℃以下程度の範囲であれば低級有機酸からスクアレンを生成させることができる。また、低級有機酸からスクアレンを生成させる際の培地のpHは少なくとも4以上8以下程度であってもよい。Bacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2及びBacillus sp. SS-3は、pHが4未満になっても芽胞を形成できるので死滅することはない。従って、本実施形態の微生物によれば、スクアレンを生成させる際に温度や環境を調節するためのコストを削減することができる。
【0060】
次に、本願発明者らは、培地中に含まれる基質がスクアレンの収量に与える影響を調べた。具体的には、1wt%でグルコースを含む3mLのGTY培地でBacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2及びBacillus sp. SS-3のそれぞれを72時間培養した後、10000gで5分間、4℃の条件で遠心分離して集菌した。得られた菌体に、10mMのプロピオン酸を添加した3mLのATCC#1409培地を加え、さらに72時間培養した。GTY培地で培養後の菌体と、ATCC#1409培地で培養後の菌体について、全脂質量とスクアレンの量とを測定した。
【0061】
GTY培地は、1wt%グルコースの他、0.6wt%トリプトン、0.2wt%酵母抽出物及び2wt%NaClを含んでいる。培養は28℃、暗条件で行った。
【0062】
図7は、GTY培地からATCC#1409培地へと移した場合のBacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2及びBacillus sp. SS-3の増殖曲線を示す図である。
図7の横軸は時間(hour)を示し、縦軸は660nmでの吸光度、すなわち菌濃度を示す。なお、
図7に示すSS-1'、SS-2'は、それぞれBacillus sp. SS-1株、Bacillus sp. SS-2株をGTY培地での培養開始前に90℃で40分間処理した菌を表す。
【0063】
図7に示すように、高温処理後のBacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2はGTY培地中で72時間まで右肩上がりで増殖を続けていた(図中のSS-1'とSS-2')。これに対し、高温処理を受けていないBacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2及びBacillus sp. SS-3は、培養開始から24時間後まで直線的に増殖した後一旦増殖が停止し、48時間後から72時間後までで再度増殖していた。
【0064】
また、貧栄養培地であるATCC#1409培地へと移すと、いずれの菌においても移植直後に菌濃度が大きく減少してからほぼ定常状態を保っていた。高温処理後のBacillus sp. SS-2(
図7中のSS-2')のみは移植直後から移植後72時間経過時まで菌濃度が減少し続けていた。
【0065】
図8は、菌体中の全脂質の重量のうちスクアレンの重量が占める割合を100分率で表した図であり、
図9は、培養液の体積当たりのスクアレン量を示す図であり、
図10は、乾燥菌体当たりのスクアレン収量を示す図である。
【0066】
図8〜
図10に示すように、GTY培地で培養した場合よりもATCC#1409培地に移して培養した場合の方が、全脂質重量当たりのスクアレン重量、培養液体積当たりのスクアレン収量、乾燥菌体当たりのスクアレン収量ともほとんどの試料で増えていることが分かった。ATCC#1409培地中ではGTY培地中よりも菌濃度が低くなっているにも関わらず培養液当たりのスクアレン収量は高温処理後のBacillus sp. SS-2(図中のSS-2')を除いて増加していた。
【0067】
この結果から、酢酸及びプロピオン酸が、より好ましいスクアレン合成の基質である可能性があると考えられる。また、酢酸やプロピオン酸に限らず、グルコースを基質としてもスクアレンが生成できることも確認できた。
【0068】
廃糖蜜や酒造廃液には糖分が多量に残留しているが、このような糖分を含む物質を処理する場合であっても本実施形態の微生物を用いれば特別な前処理を行うことなくスクアレンの生産を行うことができる。
【0069】
本実施形態の微生物であるBacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2、Bacillus sp. SS-3は上述のように、低級有機酸やグルコースの他にもマルトース等の糖類、グリセロール等のアルコール類、タンパク質、アミノ酸、脂質等を資化可能であり、これら種々の炭素源の存在下でスクアレンを合成可能であると考えられる。また、これらの菌株では、低級有機酸等の炭素源とそれ以外の種々の炭素源が液中に存在している場合であってもスクアレンの合成は阻害されにくいと考えられる。
【0070】
このため、複数の炭素源を含む廃液であってもこれらの菌株を用いて高い収率でスクアレンを生産することが可能となっている。また、本実施形態の微生物では低級有機酸以外の他、種々の炭素源を利用できるので、単独で用いた場合でも種々の廃液を処理することができ、スクアレン等の炭化水素や脂質を生産することもできる。
【0071】
また、本実施形態の微生物を用いれば、低級有機酸等の炭素源を含む活性汚泥等の物質に菌液を加えて培養条件を整えるだけでスクアレン等を生産させることができる。廃液等の処理を行う際には、活性汚泥に代えて本実施形態の微生物の菌液を用いることもできる。本実施形態の微生物の菌液と低級有機酸を含む処理対象物とを混合させて培養することで、良質な燃料となるペレットを得ることが可能となる。このため、本実施形態の微生物によれば、低コストで活性汚泥等の廃棄量を削減することができるだけでなく、燃料等として利用できるスクアレンを簡便に生産させることができる。
【0072】
以上のように、本実施形態の微生物は、処理したい物質と直接混合して好気条件下、適切な範囲の温度で保持しておくことでスクアレン等の炭化水素を生成することが可能である。処理される対象物は低級有機酸等の炭素源を含む液状物質であれば特に限定されない。上述のように、処理される対象物は基質として酢酸及びプロピオン酸に代えてギ酸、フマル酸、クエン酸、酒石酸等他の低級有機酸の少なくとも1種以上を含んでいてもよく、酢酸及びプロピオン酸のいずれか一方と他の低級有機酸とを共に含んでいてもよい。また、処理対象物が、グルコース等の糖類、グリセロール等のアルコール類、脂質、タンパク質等の炭素源を含んでいてもよい。
【0073】
処理される液体のpHは例えば4以上8以下の範囲であればよく、酸性であればより好ましい。処理される液体に含まれる低級有機酸の濃度は、少なくとも10mM以上100mM以下であればよいが、これに限定されない。
【0074】
なお、微生物の培養条件は、処理される廃液等のスケールに応じて適宜変更すればよい。大量の廃液を処理する場合であっても、例えば液のpHを4以上8以下、温度を20℃以上37℃以下とし、好気条件で培養を行うことで、スクアレンを合成させることができる。
【0075】
また、大量の廃液等を処理する場合であっても、小量の処理と同様に培養の途中で例えば廃液の温度を50℃以上に上げて一旦芽胞を形成させてから再度微生物の培養を続けてもよい。高温処理の時間は特に限定されず、処理温度によっても異なるが、40分以下であってもよい。菌株による耐熱性のばらつきを考慮し、処理時間を20分未満としてもよい。
【0076】
また、本実施形態の微生物は環境中から単離されたものであるが、遺伝子工学等の技術を用いてスクアレンの収率をさらに向上させたものを用いてスクアレンを生産させてもよい。
【0077】
また、低級有機酸を含む培地を用いて高温処理をする方法により、上述の3株と同様に低級有機酸から高い収率でスクアレンを生成できるBacillus属の菌株を単離してもよい。これにより、スクアレンの生産効率をさらに向上させることができる。本実施形態の方法で得られた菌株は、Bacillus sp. SS-1、Bacillus sp. SS-2及びBacillus sp. SS-3と同一の微生物学的性質を有していればよい。ここで、Bacillus sp. SS-1等と「同一の微生物学的性質を有する」とは、液中で低級有機酸を炭素源としてスクアレンを生産できるBacillus属の細菌であることを意味する。
【0078】
また、以上では主に本実施形態の微生物を用いてスクアレンを生産する方法について説明したが、生産される物質は必ずしもスクアレンに限定されない。本実施形態の微生物はスクアレン以外に例えばジアシルグリセロールやトリアシルグリセロール等の脂質を合成することもできる。従って、本実施形態の微生物を用いれば低級有機酸やその他の炭素源を含む液中で燃料の材料等として活用できる炭化水素や脂質を高い収量で得ることが可能である。
【0079】
なお、本実施形態では低級有機酸からスクアレンを産生する菌のスクリーニング方法を説明したが、
図1に示すステップS7においてスクアレン以外の炭化水素の収量を確認することで、所望の炭化水素を合成できる微生物を選抜することも可能である。
【0080】
また、基質となる炭素源を含む被処理物質は必ずしも液体に限定されず、細かく砕いた被処理物質と本実施形態の菌株を含む菌液とを混合することでスクアレン等の炭化水素や脂質を生産させることが可能である。