(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6553844
(24)【登録日】2019年7月12日
(45)【発行日】2019年7月31日
(54)【発明の名称】ドライ真空ポンプ装置およびその運転方法
(51)【国際特許分類】
F04B 49/06 20060101AFI20190722BHJP
H02P 27/06 20060101ALI20190722BHJP
F04B 37/16 20060101ALI20190722BHJP
G05B 11/32 20060101ALI20190722BHJP
【FI】
F04B49/06 341J
H02P27/06
F04B37/16 A
G05B11/32 F
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-65256(P2014-65256)
(22)【出願日】2014年3月27日
(65)【公開番号】特開2015-187428(P2015-187428A)
(43)【公開日】2015年10月29日
【審査請求日】2017年3月2日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000239
【氏名又は名称】株式会社荏原製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100146710
【弁理士】
【氏名又は名称】鐘ヶ江 幸男
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100186613
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邊 誠
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 弘一
【審査官】
冨永 達朗
(56)【参考文献】
【文献】
特開平10−266991(JP,A)
【文献】
特開2012−054541(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04B 49/06
F04B 37/16
G05B 11/32
H02P 27/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドライ真空ポンプ装置であって、
ポンプ本体の実温度を測定するための温度測定手段と、
前記ポンプ本体のロータを駆動させるためのモータと、
前記ポンプ本体を前記実温度に関わらず一定の所定の目標回転速度で駆動するための電流を前記モータに供給するインバータ装置とを備え、
前記インバータ装置は、前記温度測定手段で測定された前記実温度と所定の基準温度との差に基づいてフィードフォワード補償値を演算するフィードフォワード補償器を備え、
ドライ真空ポンプ装置において、
前記フィードフォワード補償器は、前記ポンプ本体の目標回転速度をさらに用いて、前記フィードフォワード補償値を、
K1×(ポンプ本体の実温度−ポンプ本体の基準温度)+K2×目標回転速度+K3
ただし、K1、K2及びK3:ポンプ本体によって定まる係数
により演算するよう構成されている、ドライ真空ポンプ装置。
【請求項2】
請求項1に記載のドライ真空ポンプ装置において、
該装置はさらに、前記ロータの回転速度を測定する回転速度測定手段を備え、
前記インバータ装置はさらに、
測定された前記ロータの回転速度と前記目標回転速度との偏差を較正するためのフィードバック補償値を演算するフィードバック補償器と、
前記フィードフォワード補償値と前記フィードバック補償値とを加算して出力電流指令値として出力する加算器と、
前記出力電流指令値に基づき、前記モータに供給する前記電流を出力する電流出力手段と、
を備え、
前記インバータ装置により、前記ポンプ本体の回転速度と前記目標回転速度に基づいて
前記モータをフィードバック制御しながら、前記演算により算出されたフィードフォワード補償値により、前記モータに供給する電流を補償することを特徴とする、
ドライ真空ポンプ装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のドライ真空ポンプ装置において、前記温度測定手段は、前記ポンプ本体のケーシングの温度を測定して、前記ポンプ本体の実温度として出力するよう構成されている、ドライ真空ポンプ装置。
【請求項4】
ドライ真空ポンプ用モータの電流出力値を算定するためのドライ真空ポンプ用のインバータ装置であって、
ポンプ本体の実温度と所定の基準温度との差に基づいてフィードフォワード補償値を演算するフィードフォワード補償器を備え、
前記フィードフォワード補償器は、前記ポンプ本体の目標回転速度をさらに用いて、前記フィードフォワード補償値を、
K1×(ポンプ本体の実温度−ポンプ本体の基準温度)+K2×目標回転速度+K3
ただし、K1、K2及びK3:ポンプ本体によって定まる係数
により演算するよう構成されている、
ドライ真空ポンプ用のインバータ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空チャンバなど密閉容器から気体を吸引するドライ真空ポンプ装置およびその運転方法に関するものである。更に特定すれば、本発明は、ポンプ運転開始時にポンプ運転速度を目標速度に迅速に到達させると共に、負荷変動等の外乱があった場合に運転速度と目標速度の差異が迅速にゼロとなるように、インバータ装置を用いてポンプ運転速度を制御するドライ真空ポンプ装置およびその運転方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ドライ真空ポンプ装置は、半導体デバイスの製造設備の一つとして広く使用されている。半導体デバイスの製造過程は、真空空間中で製品の処理を行う工程を有し、真空空間を形成するために一般にドライ真空ポンプ装置を用いている。ドライ真空ポンプ装置の構成としては、所望のトルクを出力し、ポンプ運転速度を変化させ、および/または省エネのために回転数を低下させるために、インバータ装置を用いてモータの制御を行うのが一般的である。特に、インバータ装置により、モータに供給する駆動電力の周波数を商用周波数よりも増大させることにより、ロータ回転数を増加させて真空ポンプ装置の排気性能を向上させることができる。
【0003】
ドライ真空ポンプ装置に具備されるインバータ装置は、ドライ真空ポンプ装置が、インバータ装置自体に予め設定された速度、ポンプ本体に具備される制御装置により指定された速度、及び、上位装置により指定された速度のいずれかにより与えられた目標速度で運転されるように、速度制御を行う。このような速度制御を行うために、従来例では、真空ポンプ装置の目標速度と実際の運転速度との差異がゼロになるように、インバータ装置を介してフィードバック制御を行っている。
【0004】
また、ポンプ速度をフィードバック制御する手法の一例としてPID制御によるものが一般的である。例えば特許文献1には、真空容器が圧力センサを具備し、該圧力センサにより得られた検出圧力が設定された目標圧力になるように、インバータによるPID制御を行う点が開示されている。さらに、真空ポンプ装置の性能指標の一つである排気速度が真空ポンプ装置の運転速度に比例することに基づいて、ポンプ速度が目標速度となるようPID制御するものもある。
【0005】
一般的に、ポンプ速度の目標速度に対する追従性を向上させるためには、フィードバック制御における比例ゲインを大きくするのが有効であることが知られている。また、フィードバック制御(またはPID制御)の一般的な特性として、目標速度と実際の運転速度には必ず偏差が生ずるが、この偏差を小さくするためには、やはりフィードバック制御の比例ゲインを大きくするのが有効である。一方、比例ゲインを大きくすると、PID制御の一般的な振る舞いとして、ポンプ運転速度のオーバーシュートが大きくなってしまい、これにより真空ポンプ装置の制御が不安定になるという問題もある。
【0006】
ところで、真空ポンプ装置を構成するに際しては、モータから供給される出力動力に対するポンプ本体内のロータの追従性、即ち速度応答性が様々な要因で変化するという点も考慮しなければならない。このような要因として、例えば、(1) ロータ径、ロータとケーシングのクリアランス、および軸の歪み等の製造上のばらつき、(2) ポンプ本体の温度上昇によるロータとケーシングのクリアランス変化や潤滑油の粘性の変化、並びに(3) 吸引する負荷(気体)の量的及び質的な変化を挙げることができる。なお、ポンプ本体の温度上昇の要因としては、真空ポンプ装置の運転時における気体の圧縮排気に伴い、圧縮熱が発生してポンプ本体温度が上昇することや、また、排気対象ガスが真空ポンプ装置内で冷
却されて生成物としてポンプ本体内に蓄積するのを防ぐために、真空ポンプ装置自体を加熱している等が考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2012−154315号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記した要因(1)に対しては、事前に構成要素の特性(クリアランスや質量バランス等)を計測して制御のパラメータとして反映させることによって、対処を行うことができる。また、要因(3)に対しては、ユーザの使用形態に依存する要因であるため予測ができない。ただし、予測可能な場合は、制御パラメータに反映させればよい。
一方、要因(2)に対しては、ポンプ本体のケーシングの温度を制御に反映させて、目標速度に必要なモータ動力を出力できるように制御する必要があるが、そのように制御するための手法が未だ提案されていない。特に、ポンプ運転開始時には、ポンプ運転速度を迅速に目標
速度に到達させることが求められているが、ケーシング温度によっては、目標速度に到達するまでに長時間がかかっていた。
【0009】
本発明は、上記した従来例の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、ドライ真空ポンプ装置において、安定したポンプ運転性能を引き出すために、ポンプ本体の温度にかかわらず、ポンプ運転開始時にポンプ運転速度を目標速度に迅速に到達させ、且つ運転途中における負荷変動等の外乱によりポンプ運転速度が目標速度から乖離する事態に陥った場合でも、迅速に目標速度へ復帰できるよう制御することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記した目的を達成するために、本発明は、ドライ真空ポンプ装置であって、
ポンプ本体の実温度を測定するための温度測定手段と、
前記ポンプ本体のロータを駆動させるためのモータと、
前記ポンプ本体を所定の目標回転速度で駆動するための電流を前記モータに供給するインバータ装置であって、前記温度測定手段で測定された前記実温度と所定の基準温度との差に基づいてフィードフォワード補償値を演算するフィードフォワード補償器を備え、算出されたフィードフォワード補償値により、前記モータに供給する電流を補償するインバータ装置と
を備えているドライ真空ポンプ装置を提供する。
【0011】
上記した本発明に係るドライ真空ポンプ装置において、該装置はさらに、ロータの回転速度を測定する回転速度測定手段を備え、インバータ装置はさらに、測定されたロータの回転速度と目標回転速度との偏差を較正するためのフィードバック補償値を演算するフィードバック補償器と、フィードフォワード補償値とフィードバック補償値とを加算して出力電流指令値として出力する加算器と、出力電流指令値に基づき、モータに供給する前記電流を出力する電流出力手段とを備えていることが好ましい。
【0012】
また、フィードフォワード補償器は、ポンプ本体の目標回転速度をさらに用いて、フィードフォワード補償値を、
K1×(ポンプ本体の実温度−ポンプ本体の基準温度)+K2×目標回転速度+K3
ただし、K1、K2及びK3:ポンプ本体によって定まる係数
により演算するよう構成されていることが好ましい。
回転速度によって応答特性が比較的変動しないポンプ本体の場合には、上記した演算式の代わりに、フィードフォード補償値を
K1×(ポンプの実温度−ポンプの基準温度)+K3
により演算しても良い。
【0013】
上記した目的を達成するために、本発明はさらに、ドライ真空ポンプ装置における運転制御方法を提供し、該方法は、
フィードフォワード補償値とポンプ本体の実温度との関係を実機テストにより設定するステップであって、
前記ポンプ本体をモータにより実際に運転させることにより、該ポンプを目標回転速度で駆動するために前記モータに供給すべき電流の最適なフィードフォワード補償値と前記ポンプ本体の実温度との関係を取得するステップであって、前記ポンプ本体の実温度を変化させて、変化された温度毎に前記最適なフィードフォワード補償値を得ることにより、該フィードフォワード補償値と前記ポンプ本体の実温度との関係を取得するステップと、
取得された前記フィードフォワード補償値と前記ポンプ本体の実温度との関係を、インバータ装置のフィードフォワード補償器の記憶媒体に格納するステップと
からなる設定ステップと、
真空容器を真空にするために前記ポンプを駆動するステップであって、
前記ポンプ本体の実温度を測定するステップと、
前記インバータ装置により、測定された実温度に対応するフィードフォワード補償値を前記記憶媒体から読み出し、該読み出されたフィードフォワード補償値を、測定された前記ポンプ本体の回転速度と前記目標回転速度との偏差を較正するためのフィードバック補償値に加算し、該加算された補償値に対応する電流を前記モータに供給するステップとからなる駆動ステップと
を含んでいる。
【発明の効果】
【0014】
本発明のドライ真空ポンプ装置によれば、ポンプ本体のケーシング温度によって変化するドライ真空ポンプ装置の挙動の変化に応じた、最適なモータ制御を実行することが可能となる。また、ポンプ運転速度が目標速度に達するまでの時間の迅速化・短縮化がされる。更に、真空ポンプ装置の目標速度への到達が短縮化されるために、半導体デバイスの製造に際するタクトタイムも短縮化でき、ひいては半導体デバイスの生産性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態によるドライ真空ポンプ装置の概略構成図である。
【
図2】
図2は、
図1のドライ真空ポンプ装置が有するポンプ本体の概略構成図である。
【
図3】
図3は、
図1のドライ真空ポンプ装置の電気的接続関係を示すブロック図である。
【
図4】
図4は、
図3に示したインバータ装置の演算処理装置の構成を示すブロック図である。
【
図5】
図5は、
図1のドライ真空ポンプ装置において、フィードフォワード制御において必要とされる補償量とケーシング温度との関係について示すグラフである。
【
図6】
図6は、
図1のドライ真空ポンプ装置の制御動作の性能を従来技術と比較したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態によるドライ真空ポンプ装置について説明する。
図1は、本発明の一実施形態によるドライ真空ポンプ装置100の概略構成図である。ドライ真空ポンプ装置100は、真空容器50に接続され、該真空容器50内の気体がポンプ本体10を通じて外部に排気される。より具体的には、ポンプ動作により、ポンプ本体10のケーシング11に設けられた吸気口を介して真空容器50内の気体を吸気し、該ケーシング11に設けられた排気口から気体を排気することにより、真空容器50を真空状態にする。
【0017】
ポンプ本体10の側面にモータ20が配置されており、モータ20によりポンプ本体のケーシング11に収容したロータを駆動させる。また、インバータ装置30がモータ20に接続されており、交流電力をモータ20に供給する。更に、インバータ装置30は、ポンプ本体のケーシング11に設けた測定手段15に接続されており、測定手段15で計測したポンプ本体に関連する各種測定データ(例えば、ポンプ本体の温度やロータ回転速度)が入力され、ポンプ本体10の運転制御に用いられる。インバータ装置30には制御装置40が接続され、制御装置40は、ポンプ運転制御のための制御信号をインバータ装置30に出力する。上記以外にも、ドライ真空ポンプ装置100は、モータ20を水等の冷媒媒体で冷却するための冷却装置等の構成要素も備えているが、図示を省略する。
【0018】
図2は、
図1で示した、真空容器50と結合された状態の真空ポンプ本体10の概略構成図である。真空ポンプ本体10は、例えば容積型真空ポンプ装置とすることができる。ケーシング11内のロータ室には一組のロータ12、12’が回転自在に配置され、これらロータの回転軸16、16’の一方がモータ20(
図1)の回転軸に結合(必要に応じて、ギアを介して)されている。モータを運転してロータの回転軸16(又は16’)を回転させると、同期ギア(不図示)を介して2つの回転軸16、16’が同期して回転することによりロータ12、12’を回転し、これにより、吸気口18から吸気された気体を排気口19を介して排気する。一組のロータ間、およびこれらロータとケーシング11の内周面との間には微小な間隙が形成され、ロータ12、12’はそれぞれ、接触することなく、回転軸16、16’を中心に回転可能である。
【0019】
図3は、
図1で説明したドライ真空ポンプ装置100の電気的接続関係を示すブロック図である。ドライ真空ポンプ装置は、ポンプ本体10の実際の運転速度すなわち実回転速度と制御装置40を介して指定された目標回転速度との差が迅速にゼロとなるように、インバータ装置30によるフィードバック制御およびフィードフォワード制御を実行する。このような制御を実行するために、インバータ装置30は、ポンプ本体10のロータの目標回転速度Rtar(R-target)および基準温度Tref(T-reference)を制御装置40から受け取り、かつ、測定手段15(
図1)を構成する回転速度測定手段151及び温度測定手段152から、ポンプ本体10のロータの測定された回転速度である実回転速度Rdet(R-detected)及び測定された温度である実温度Tdet(T-detected)を受け取る。なお、温度測定手段152は、一実施例では、ポンプ本体10のケーシング11の温度を測定することにより、ポンプ本体の実温度Tdetとして出力するが、場合によっては、ケーシング11内部の適宜の箇所の温度を測定して実温度として出力してもよい。
【0020】
インバータ装置30は、演算処理装置(CPU)31及びパワーモジュール32を備えている。演算処理装置31は、制御装置40、回転速度測定手段151及び温度測定手段152から受け取ったデータを処理して、モータ20に供給すべき電流の値すなわち出力電流指令Iを演算し、パワーモジュール32は、モータ20に実際に流れる電流iが演算処理装置31から指令された出力電流指令値Iと等しくなるように、電力を変換し、該電流iをモータ20に供給する。
【0021】
図4は、ドライ真空ポンプ装置のインバータ装置30における演算処理装置31の処理動作を説明するためのブロック図である。従来技術では、先に説明したようにフィードバ
ック制御を採用しているに過ぎないが、本発明においては、フィードバック補償器33によるフィードバック制御のみならず、フィードフォワード補償器34によるフィードフォワード制御を採用している。
【0022】
図4において、フィードバック制御系に含まれる減算器32は、制御装置40(
図3)から指定されたポンプ本体の目標回転速度Rtarを受け取り、該速度から、ポンプ本体10に設けられた回転速度測定手段151により検出されたロータの回転速度すなわち実回転速度Rdetを減算して、得られた回転速度偏差ΔRをフィードバック補償器33に入力する。フィードバック補償器33は、入力された回転速度偏差ΔRを補償する電流指令値I1を算出して出力する。なお、フィードバック補償器33でのフィードバック制御は、先に説明したPID制御とするのがよいが、これに限定されるものではなく、任意のフィードバック制御手法を採用することができる。
【0023】
一方、フィードフォワード制御のため、フィードフォワード補償器34には、制御装置40から目標回転速度Rtarおよび基準温度Trefが供給され、また、温度測定手段152からポンプ本体の実温度Tdetが供給される。そして、フィードフォワード補償器34は、これら入力に基づいて、フィードフォワード補償値I2を出力する。
フィードフォワード補償器34に入力される目標回転速度Rtarは、応答特性が良好ではない回転数帯域において補償値を増大するため用いられる。例えば、多段式ルーツポンプ等では、回転数によって応答特性が大きく変化するため、回転数によっては応答特性が良好でない。そのような応答特性が良好ではない回転数帯域内の目標回転数Rtarでポンプを駆動する場合、該目標回転数Rtarまたは回転数帯域に応じて予め設定された所定の補償値によりフィードフォワード補償値I2を嵩上げすることにより、ポンプの応答特性が改善される。応答特性が回転数に比較的依存しない場合は、フィードフォワード補償器34に目標回転数Rtarを必ずしも入力する必要がない。
【0024】
ところで、ポンプの温度が低い場合、ポンプ本体内のベアリンググリスの粘性が大きくなり、ベアリングの摺動抵抗が増す傾向にある。このような状況の下でポンプ装置の実運転を開始し、定格速度まで運転速度を上昇させようとした場合には、通常どおりの電力を投入していると速度の上昇時間が長くなることが想定される。また、ポンプの温度が高い場合、ポンプ本体のロータとケーシングの熱膨張程度の差により、クリアランスが小さくなる。そして、クリアランスが小さくなると、ロータが1回転する際に排出する気体量が多くなる。つまり、ロータを1回転させるのにより大きな動力を必要とすることから、定格回転でロータを回転させる際の電力が増大化することが想定される。したがって、フィードバック制御に加えてフィードフォワード制御を採用して、ポンプの温度が基準温度よりも高い場合及び低い場合に、大電流をモータに投入することにより、効率的な運転速度上昇時間の短縮化が可能であると考察される。
【0025】
すなわち、ポンプの使用温度は、ケーシング温度でみたときに0〜200℃の範囲となる。ポンプ温度が低い場合には、ベアリングのグリース粘性が増大する。これにより、応答特性が悪化するためモータにより多くの電流を流さないと、ポンプの運転速度が目標値に到達するまでに時間がかかることになる。特に40℃以下の場合には、グリース粘性の増大による影響が大きくなる。また、ポンプ温度が高い場合には、ロータとケーシングとの間のクリアランスが狭くなり、これによっても応答特性が悪化して、ポンプの運転速度が目標値に達すまでに時間がかかることになる。特に、150℃以上の場合には、クリアランスが狭くなったことによる影響が大きくなる。
【0026】
このようなポンプの実際の温度に依存するポンプの運転速度の低下は、ポンプを駆動するモータへの電流値を増大させることによって補償することができ、ポンプの実温度Tdetとモータへ供給する電流のバイアス値すなわちフィードフォワード補償値I2との関係は、
例えば、
図5に示すように表すことができる。なお、ポンプの実温度Tdetとフィードフォワード補償値I2との関係は、実際のドライ真空ポンプ装置によって変化するものであり、
図5に示したように、ポンプの基準温度Trefの両側で、フィードフォワード補償値がほぼ線形に変化する場合もあれば、2次関数等の曲線で変化する場合もある。よって、実際のドライ真空ポンプ装置を用いて予め実機テストを行うことにより、実温度Tdecとフィードフォワード補償値I2との関係を決定すればよい。
【0027】
より詳細には、ポンプ本体をモータにより実際に運転させることにより、該ポンプを目標回転速度で駆動するためにモータに供給すべき電流の最適なフィードフォワード補償値とポンプ本体の実温度との関係を、ポンプ本体の実温度Tdetを変化させて、変化させた温度毎に目標回転速度Rtarを達成するための最適なフィードフォワード補償値I2を得ることによって取得する。このとき、ポンプの基準温度Trefは、実機テストの結果に基づいて、フィードフォワード補償値I2が最小の場合の温度として設定される。そして、このようにして得られたポンプ本体の温度とフィードフォワード補償値I2との関係を、フィードフォワード補償器34に具備される適宜の記憶媒体に記憶し、ポンプ本体を実際に運転して真空容器を真空にする際に読み出されて利用される。得られた関係をフィードフォワード補償器34内に記憶する代わりに、制御装置40(
図1及び
図3)に記憶しておき、ポンプ本体を実際に駆動する際に、該関係を制御装置40からフィードフォワード補償器34に提供するようにしても良い。
【0028】
フィードフォワード補償器34は、フィードフォワード補償値I2を出力するように演算を行うが、ポンプの実温度Tdetとフィードフォワード補償値I2との関係が
図5のグラフに示されたように基準温度Trefの前後それぞれでほぼ線形の関数で表される場合、フィードフォワード補償値I2は、以下の数式により算出される。
I2=K1×(Tact−Tref)+K2×Rtar+K3
なお、K1〜K3は係数であり、これらは実際のドライ真空ポンプの特性に応じて適宜決定される。
図5から明らかなように、係数K1はグラフの傾きであり、ポンプ本体の実温度Tdetが基準温度Trefよりも低い場合には−の符号、高い場合には+の符号となる。また、係数K2は、ゼロであってもよく、係数K3は、
図5の基準温度Trefにおけるフィードフォワード補償値I2である。
【0029】
図4に戻り、フィードフォワード補償器34で得られたフィードフォワード補償値I2は、加算器35において、フィードバック補償器33からの補償値I1と加算され、出力電流指令値I(=I1+I2)としてパワーモジュール32(
図3)に出力される。なお、フィードフォワード補償値I2が比較的大きい場合(例えば、40℃以下の場合及び150℃以上の場合)にのみ、フィードフォワード補償値I2をフィードバック補償値I1に加算するようにしてもよい。
このように、本発明のドライ真空ポンプ装置100では、フィードバック補償器33によるフィードバック制御に加えて、フィードフォワード補償器34において、実際のポンプ温度に相関するフィードフォワード制御を行うことにより、フィードバック制御における比例ゲインを大きくすることなく、安定性且つ応答性に優れたポンプ本体の速度制御を実現可能となる。
【0030】
図6は、本発明のドライ真空ポンプ装置の動作性能を従来技術のものと比較したグラフであり、ポンプ本体温度すなわちポンプ実温度Tdetが10℃のときにポンプを始動させた場合の傾向を示すグラフである。ここでの従来技術の性能とは、インバータにおいてフィードバック制御のみを適用した場合を意味し、
図5(a)のグラフに示す。
図5(b)のグラフは、本発明に係る、フィードバック制御に加えてフィードフォワード制御をも採用した場合を示している。
図5(a)および
図5(b)のグラフでは共に、縦軸をポンプ本体の回転速度R、横軸を時間とし、また、各グラフ中の実線は目標回転速度Rtarを、点線
はポンプ本体の実回転速度Rdetを示す。
図5(b)のグラフを
図5(a)のグラフと対比すれば明らかなように、本発明によれば、ポンプ装置の運転開始時t0から短時間で運転速度を目標回転速度Rtarに到達させることができ、また、実回転速度Rdetのオーバーシュートも小さくすることができる。さらに、運転中、何らかの原因で運転速度が目標回転速度から乖離した場合でも、短時間で目標回転速度へ復帰できることが推察される。
【0031】
以上、本発明の一実施例のドライ真空ポンプ装置について説明したが、種々の変更が可能であることはいうまでもない。例えば、フィードフォード補償器における補償値の計算は、上記した線形計算式に限定されずに、上記したように、ポンプ本体の特性に応じて2次関数等を用いても良く、また、フィードフォワード補償値を段階的に変化させても良い。