特許第6554641号(P6554641)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6554641
(24)【登録日】2019年7月19日
(45)【発行日】2019年8月7日
(54)【発明の名称】テラヘルツ発振素子
(51)【国際特許分類】
   H01S 1/02 20060101AFI20190729BHJP
【FI】
   H01S1/02
【請求項の数】4
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2015-24271(P2015-24271)
(22)【出願日】2015年2月10日
(65)【公開番号】特開2016-149398(P2016-149398A)
(43)【公開日】2016年8月18日
【審査請求日】2017年12月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】宮本 良之
【審査官】 小濱 健太
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−086227(JP,A)
【文献】 特開2017−167025(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第103337772(CN,A)
【文献】 特開2012−047641(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01S 1/00−5/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光を照射すると電気伝導特性を生じ得る光伝導半導体と、グラフェンナノリボンとを近接配置してなる発振素子であって、
前記光伝導半導体は長手方向にミクロンオーダーの長さを有し、
前記光伝導半導体の長手方向に電圧をかけ、前記グラフェンナノリボンに光を照射すると、強度が周期的に変調された透過光が前記光伝導半導体に照射されて、前記変調に応じた電流が流れる前記光伝導半導体がテラヘルツ波を発振する
ことを特徴とする発振素子。
【請求項2】
前記グラフェンナノリボンは幅端の炭素原子が水素原子で終端されたアームチェア型グラフェンナノリボンであり、
前記光は紫外線であることを特徴とする請求項に記載の発振素子。
【請求項3】
前記紫外線は直線偏光しており、前記グラフェンナノリボンの長手方向に垂直であって且つ前記グラフェンナノリボンの幅方向に垂直偏光されて照射されたことを特徴とする請求項に記載の発振素子。
【請求項4】
請求項に記載する発振素子を備えたテラヘルツアンテナであって、
前記光伝導半導体は断面が矩形状または円形状で棒状、輪状、またはU字状をして一部直線状の部分を有したアンテナ形状をしており、
前記光伝導半導体の前記一部直線状の部分の表面に前記グラフェンナノリボンが近接配置されていることを特徴とするテラヘルツアンテナ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はテラヘルツ領域の電磁波に関する。
【背景技術】
【0002】
テラヘルツ領域の電磁波応用が評価回析技術として注目されている。
【0003】
有機物(爆薬や毒薬など)の同定や非破壊で構造体のモフォロジーを特定できるメリットから、テラヘルツ波の応用が研究されている。
【0004】
一方、テラヘルツ波の発振そのものに適したデバイスの研究も並行して行われている(非特許文献1)。
【0005】
テラヘルツ波の発振には超電導材料によるもの(特許文献1)や、複数のアンテナ構造を用いたもの(特許文献2)などがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−251863
【特許文献2】特開2012−044688
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「テラヘルツ波技術の現状と展望」、斗内政吉、応用物理第75巻第2号160ページ(2006)
【非特許文献2】Kyoko Nakada and Mitsutaka Fujita, Gene Dresselhaus and Mildred S. Dresselhaus, Phys. Rev. B54, 17954 (1996)
【非特許文献3】Young-Woo Son, Marvin L. Cohen, and Steven G. Louie, Phys. Rev. Lett. Vol.97, 文献番号216803 (2003)
【非特許文献4】Hong Zhang and Yoshiyuki Miyamoto, Appl. Phys. Lett. 95, 053109 (2009)
【非特許文献5】Susumu Okada, Phys. Rev. B Vol.77, 041408(R) (2008)
【非特許文献6】Xiaolin Li, Xinran Wang, Li Zhiang, Sangwon Lee, and Hongjie Dai, Science Vol.319, 1229 (2008).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
超電導材料を用いたものは素子構造や電極との接合などにおいて精密な加工が要求されている。
【0009】
一方複数のアンテナ構造からなる素子においては、アンテナ同士の電磁波の発振と給電を経てテラヘルツ発振を実現する複雑な構造となっており、これも精度の良い加工、内部抵抗の除去など難易度の高い加工が必要となる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
光伝導を示す半導体上に設けられたグラフェンナノリボン膜を通して紫外線レーザーを照射し、膜により紫外線強度がテラヘルツの周波数で変調されることにより強弱変調された電流を半導体中に流すとテラヘルツ波が発振する。
【0011】
(1)
光を照射すると電気伝導特性を生じ得る光伝導半導体と、光を入射するとその出射光強度が周期的に変調し得る光強度変調物質を近接配置してなる発振素子であって、
該光伝導半導体は長手方向にミクロンオーダーの長さを有することを特徴とする発振素子。
(2)
前記光伝導半導体の長手方向に電圧をかけ、
前記光強度変調物質の表面に光を照射すると、
前記光強度変調物質の裏面からその強度が周期的に変調された前記光が前記光伝導半導体に照射されて該変調された電流が流れて前記光伝導半導体がテラヘルツ波を発振することを特徴とする(1)に記載の発振素子。
【0012】
(3)
前記光強度変調物質は幅端の炭素原子が水素原子で終端されたアームチェア型グラフェンナノリボンであり、
前記光は紫外線であることを特徴とする(2)に記載の発振素子。
(4)
前記紫外線は直線偏光しており、前記グラフェンナノリボンの長手方向に垂直であって且つ前記グラフェンナノリボンの幅方向に垂直偏光されて照射されたことを特徴とする(3)に記載の発振素子。
【0013】
本発明は、この光伝導性を示す半導体をアンテナ状にし、そのアンテナにテラヘルツの周波数で変調する電流を流してテラヘルツ輻射場の発振を実現したテラヘルツアンテナを提供できる。
【0014】
(5)
(4)に記載する発振素子を備えたテラヘルツアンテナであって、
前記光伝導半導体は断面が矩形状または円形状で棒状、輪状、またはU字状をして一部直線状の部分を有したアンテナ形状をしており、
該光伝導半導体の該一部直線状の部分の表面に前記グラフェンナノリボンが近接配置されていることを特徴とするテラヘルツアンテナ。
(6)
前記グラフェンナノリボンは、該光伝導半導体の該一部直線状の部分の表面にグラファイト片溶液を塗布し乾燥させて、または貼り付けて、もしくは転写して近接配置されたことを特徴とする(5)に記載のテラヘルツアンテナ。
(7)
前記グラフェンナノリボンは、前記塗布後乾燥する前に前記一部直線方向に機械的にこすって短冊状に近接配置されたことを特徴とする(6)に記載のテラヘルツアンテナ。
【発明の効果】
【0015】
アームチェア型グラフェンナノリボンを利用し単純な構造で製造の容易なテラヘルツ発振素子が作製できた。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】光伝導半導体を含む回路に紫外線を照射することの概念図。
図2】上段が紫外線強度の時間依存性、下段が光起電流の時間依存性を示す概念図。
図3】紫外線が光強度変調物質を経由して光伝導半導体へ照射される様子の概念図。
図4】ある周期で強度が変調される光とその光が照射された場合の図3の回路に流れる電流の時間変化とを表し、上段が光強度で下段が電流値を表す。時間は任意単位だが上段下段で共通であるとする。
図5図3の構成で、光伝導半導体を長さ数ミクロンのアンテナとし、光電流変調周期をテラヘルツとした場合に、アンテナよりテラヘルツ波が発信する様子を示す概念図。
図6】アームチェア型グラフェンナノリボンの構造例(N=7の場合)。太双方向矢印は、照射する紫外線の電場の分極方向を示したものである。
図7】光エネルギー6.20eV(上段)と6.53eV(下段)の紫外照射により発生するグラフェンナノリボン近傍の電場強度の変調を示すグラフ。
図8】ナノリボングラフェン膜の構成概念図。グレー値の異なる長方形それぞれが幅の異なるアームチェア型ナノリボンを示している。
図9図5の回路構成の実装図。図中、光強度変調材料を含む直線状のアンテナの長さがμオーダーである。
図10図5の回路構成の別の実装図。図中のU字のアンテナの光強度変調材料を含む直線部長さがμオーダーである。
図11図5の回路構成のさらに別の実装図。図中のU字の湾曲したアンテナの直径がμオーダーである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に紫外線レーザーからTHz発振を得る原理を説明する。
まず光伝導を示す半導体を構成する。
【0018】
半導体はそれ自体では電気伝導性がないが、不純物のドープにより伝導特性を示す材料である。
不純物をドープしない場合でも、光を照射することにより半導体内部に電子と正孔を生じ伝導特性を示すものを本発明では光伝導半導体と呼ぶ。
【0019】
図1のように光伝導半導体による回路構成に紫外線を照射する構造を考える。
図1の回路構成において紫外線照射のオンオフにより回路を流れる電流量のオンオフが決定される。
それを紫外線照射の時間依存として示したのが図2である。
【0020】
続いて、光伝導半導体に、光電場変調特性を有する材料を経由して紫外線を照射する場合を考える。
図3はその時の回路構成を示す。
【0021】
ここで、光強度変調物質について説明する。
物質に光を照射した場合、光は物質を透過し、通常はその強度が落ちるだけである。
【0022】
しかし、物質を光が透過する際に、物質内部の電子軌道が光によるエネルギーを受けて変調され、多くの電子軌道でその変調を生じた場合には物質内部、および物質表面近傍で変調電場が発生する。
【0023】
入射した光の電場と重ね合わせることにより、物質表面近傍の電場の振幅強度が変調を受けることがある。
【0024】
このようなメカニズムで入射した光を変調する性質が強い材料を、本発明では光強度変調物質と呼ぶ。
【0025】
このメカニズムは、量子力学的な電子の振る舞いを考えた第一原理計算によりシミュレーションすることが可能である。
時間に依存したシュレディンガー方程式を使って、光電場で物質内の電子の運動を数値計算することにより、上に述べたメカニズムにより物質表面近傍の電場変調の計算を可能とし、計算によって任意の物質の光電場変調特性を調べることが可能である。
【0026】
本発明では、光強度変調物質として、強度変調が周期的になる性質を持つ材料を選択する。
そのため回路を流れる電流強度も同じ周期で変調されることになる。その様子を図4に示した。
図4における変調周波数がテラヘルツになる場合、光伝導半導体部分をテラヘルツの波長と同等の長さ数μメータにすると、電流の変調による周波数のテラヘルツ波を発振する。
この様子を図5に示した。
【0027】
光伝導半導体はアンテナとして機能する。
アンテナの定義とは以下のものである。光伝導半導体を流れる電流は、交流電流が望ましいが、テラヘルツの輻射場の発振のためには、一方向の電流の周期的変調が生じることでも十分である。
【0028】
本発明では、光変調特性を示す物質としてグラフェンナノリボンを用いる。グラフェンナノリボンを用いる理由は、上に述べた原理による効果が著しいという特徴を持つこと、膜状物質なので光伝導半導体への塗布が容易である。
塗布以外にも、貼り付けもしくは転写の方法でも良い。以下にグラフェンナノリボンについて説明する。
【0029】
グラフェンナノリボンとは、グラフェンを有限の幅でカットしたリボン状の物質であり、リボンの幅はナノメートルのオーダーである。ここで、グラフェンとは層状物質である黒鉛の原子層一層分よりなる2次元物質のことである。
【0030】
グラフェンナノリボンの構造は大きく分けて2種類あり、それぞれアームチェア型、ジグザグ型と呼ばれる。
その構造は非特許文献2の図1に示されているが、本発明ではアームチェアのグラフェンナノリボンのみを用いるのでその構造を図6に示す。
【0031】
図6のアームチェア型グラフェンナノリボンの特徴は、端の炭素原子が水素原子により終端されており、ナノリボンを構成するすべての炭素原子から3本の化学結合の腕が出ていること、端では2個の炭素原子よりなるC-C結合の方向がリボンの長手方向と平行であり、椅子の肘掛のような構造をなしていることである。
【0032】
また、アームチェア型ナノリボンの幅も定義されており、図6の場合にはリボンの幅あたり、リボンの長手方向に平行なC-C結合が合計7本存在するので、N=7のアームチェア型ナノリボンと呼ぶ。
この呼び方は非特許文献3に従ったものである。
【0033】
図6の構造において、リボンの長手方向に対して垂直に偏光した紫外線を照射すると、ナノリボンの膜近傍にて紫外線の強度の変調が生じる。
【0034】
照射電場とナノチューブ近傍で発生する電場の関係を図7に示した。
図7の結果は上に説明した第一原理計算によるシミュレーションを実行して得られた初めての知見である。
【0035】
このようなグラフェンナノリボンにおける光電場増強効果は今まで知られていないが、上に述べた物質表面近傍の電場の振幅強度が変調を受けるメカニズムの理解と第一原理計算によるシミュレーションの方法にて初めて明らかとなった。
【0036】
ただし、図6の説明に述べたように、紫外線は直線偏光しており、リボンの長手方向に垂直で且つリボンの幅方向に垂直偏光されていることが図7のような光電場変調を得る条件となる。
【0037】
更に、照射する紫外線の光エネルギーは5eVから7eVの範囲が光増強の条件となる。
【0038】
グラフェンナノリボンと同様に光電場増強効果はカーボンナノチューブでも報告されている(非特許文献4)が、カーボンナノチューブの場合には光電場増強はナノチューブの中空にて起きているので、光伝導半導体に隣接してもその電場増大効果は及ばず効果がない。
【0039】
このような光電場変調の様子はグラフェンの幅がやや増えてN=9、N=11になっても変わらないことが第一原理計算シミュレーションより明らかとなった。
【0040】
従って、図7のような光電場変調を引き起こすには、雑多な幅のアームチェア型グラフェンナノリボンからなる膜に紫外線を当て、膜近傍での変調電界を利用すれば良いことになる。
【0041】
最後にこのようなアームチェア型ナノリボンを、光伝導を示す半導体に塗布する方法について説明する。
【0042】
熱力学的にグラフェンからナノリボンを作成する場合にはアームチェア型が安定に生成されることは証明されている(非特許文献5)。
【0043】
塗布方法は劈開したグラファイト片を有機溶剤中で超音波処理して遠心分離したものを塗布後、溶液の乾燥をすることによりグラフェンナノリボン膜を生成する(非特許文献6)。
【0044】
この時、グラフェンナノリボンの幅はまちまちで良いが、できることならばグラフェンナノリボンの長手方向が配向するような操作で膜を作成すると良い。
【0045】
方法としては溶液を乾燥する前に、塗布膜を一方向にやわらかい材質のもので機械的にこする。
それにより図8のように様々な幅の配向したナノリボンが成膜内に敷き詰められる。
【0046】
以上がテラヘルツ波発振の原理の説明である。
【実施例1】
【0047】
これより実施例を述べる。
【0048】
図9は、図5に説明した回路にてテラヘルツ波発振デバイスの実装イメージでアンテナは直線構造をしている。
グラフェン膜の塗布場所には特に制限はなく照射する紫外線レーザースポット径と同等にした場合最も効率が良い。
以下の例でも同様である。
【0049】
図10は、図5に説明した回路にてテラヘルツ波発振デバイスの実装イメージでアンテナはU字構造をしている。
【0050】
図11は、図5に説明した回路にてテラヘルツ波発振デバイスの実装イメージでアンテナは輪のような構造をしている。
【0051】
図9から図11のような構造は、発生するテラヘルツ波の波長、発振方向などの用途に応じて任意に決めることができる。
【0052】
図9から図11に示したように、光伝導半導体に光変調特性を示す物質を経由して紫外線を照射するには、光変調特性を示す物質を光伝導半導体表面の一部に塗布し、塗布された部分へ紫外線を照射すれば良い。
【符号の説明】
【0053】
1 光伝導半導体
2 光強度変調物質(光強度変調材料)
3 光
4 テラヘルツ波
5 電圧源
6 強度変調された光
7 紫外線
8 電流
10 長さ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11