特許第6554780号(P6554780)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6554780非水電解液二次電池用正極組成物及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6554780
(24)【登録日】2019年7月19日
(45)【発行日】2019年8月7日
(54)【発明の名称】非水電解液二次電池用正極組成物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/525 20100101AFI20190729BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20190729BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20190729BHJP
   H01M 10/0566 20100101ALI20190729BHJP
   H01M 10/052 20100101ALI20190729BHJP
   C01G 53/00 20060101ALI20190729BHJP
   C01B 35/10 20060101ALI20190729BHJP
【FI】
   H01M4/525
   H01M4/505
   H01M4/36 B
   H01M10/0566
   H01M10/052
   C01G53/00 A
   C01B35/10 A
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-219323(P2014-219323)
(22)【出願日】2014年10月28日
(65)【公開番号】特開2015-111560(P2015-111560A)
(43)【公開日】2015年6月18日
【審査請求日】2017年6月1日
(31)【優先権主張番号】特願2013-223784(P2013-223784)
(32)【優先日】2013年10月29日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000226057
【氏名又は名称】日亜化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100158
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 睦
(74)【代理人】
【識別番号】100138863
【弁理士】
【氏名又は名称】言上 惠一
(74)【代理人】
【識別番号】100131808
【弁理士】
【氏名又は名称】柳橋 泰雄
(74)【代理人】
【識別番号】100145104
【弁理士】
【氏名又は名称】膝舘 祥治
(72)【発明者】
【氏名】下北 晃輔
(72)【発明者】
【氏名】島原 慎
(72)【発明者】
【氏名】井内 清文
【審査官】 青木 千歌子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平06−283174(JP,A)
【文献】 特開2009−152214(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00− 4/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記組成式
LiNi1−x−yCoMoαNbβ
(1.00≦a≦1.50、0.00<x≦0.50、0.00<y≦0.50、0.000≦z≦0.020、0.002≦α≦0.020、0.002≦β≦0.020、0.00≦x+y≦0.70、MはMn及びAlからなる群から選択される少なくとも一種の元素を表し、MはZr、Ti、Mg、Ta及びVからなる群から選択される少なくとも一種の元素を表す)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物と、
少なくともホウ素及び酸素を含むホウ素化合物と、
を含み、前記リチウム遷移金属複合酸化物と、オルトホウ酸とを含む混合物を200℃以上450℃以下の焼成温度で焼成して得られる焼成物である非水電解液二次電池用正極組成物。
【請求項2】
前記ホウ素化合物の含有量が、前記リチウム遷移金属複合酸化物に対してホウ素を基準として2.0mol%以下である、請求項1に記載の非水電解液二次電池用正極組成物。
【請求項3】
下記組成式
iaNi1−x−yCoMoαNbβ
(1.00≦a≦1.50、0.00<x≦0.50、0.00<y≦0.50、0.000≦z≦0.020、0.002≦α≦0.020、0.002≦β≦0.020、0.00≦x+y≦0.70、MはMn及びAlからなる群から選択される少なくとも一種の元素であり、MはZr、Ti、Mg、Ta及びVからなる群から選択される少なくとも一種の元素である)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を準備することと、
準備される前記リチウム遷移金属複合酸化物と、オルトホウ酸とを混合し、原料混合物を得ることと、
得られる前記原料混合物を200℃以上450℃以下の焼成温度で焼成することと、
を含む、非水電解液二次電池用正極組成物の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の非水電解液二次電池用正極組成物を含む、非水電解液二次電池用の正極。
【請求項5】
請求項に記載の正極と、負極と、非水電解液とを備える、非水電解液二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非水電解液二次電池用正極組成物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、VTR、携帯電話、ノートパソコン等の携帯機器の普及及び小型化が進み、その電源用にリチウムイオン二次電池等の非水電解液二次電池が用いられるようになってきている。更に、最近の環境問題への対応から、電気自動車等の動力用電池としても注目されている。
【0003】
リチウム二次電池用正極活物質としてはLiCoO(コバルト酸リチウム)が4V級の二次電池を構成できるものとして一般的に広く採用されている。LiCoOを正極活物質として用いた場合、放電容量が約160mAh/gの二次電池が実用化されている。
【0004】
LiCoOの原料であるコバルトは希少資源であり且つ偏在しているため、コストが上昇する傾向があり、原料供給についての不安も生じ得る。こうした事情に応じLiCoOのCoの一部をNi、Mn等の他の金属元素で置換したニッケルコバルトマンガン酸リチウム等の層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物が開発されている。置換する金属元素としては他にモリブデン等も目的に応じて選択される。
【0005】
国際公開第02/041419号には、ニッケル、コバルト及びマンガンを必須としたリチウム複合酸化物の組成にモリブデン等の金属元素を導入し、さらに導入された金属元素とリチウムとの複合酸化物の回折ピークが現れるよう調製することで、高容量での充電状態における熱安定性を向上する技術が提案されている。
【0006】
特開2008−181839号公報には、リチウム、ニッケル、コバルト及び特定の添加元素を必須とする複合酸化物によって正極活物質の熱安定性と充放電容量を向上させる技術が提案されている。具体的に開示されている添加元素の例として、Nb+Mn+Al、Mo+Mn等の組み合わせが記載されている。
【0007】
一方、種々の目的に応じて、ホウ酸等のホウ素化合物とリチウム遷移金属複合酸化物とを混合する技術、リチウム遷移金属複合酸化物表面にホウ素化合物を存在させる技術が知られている。
【0008】
例えば、特開2009−146739号公報には、Li1.03Ni0.77Co0.20Al0.03等の複合酸化物粒子に五ホウ酸アンモニウム等のホウ酸化合物を被着し、熱処理した正極活物質が開示されている。このようにして得られる正極活物質は二次電池の高容量化と充放電効率向上を実現可能であるとされている。
【0009】
特開2002−164053号公報には、Li1.03Ni0.69Mn0.19Co0.1Al0.07Mg0.07等のリチウム化合物を含むコアに、ホウ素等のコーティング元素を含む表面処理層を設けた正極活物質が開示されている。具体的なコーティング手法として、コアをコーティング元素のアルコキシド溶液で処理した後、熱処理を施すことが開示されている。このようにして得られる正極活物質は熱安定性が向上するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開第02/041419号
【特許文献2】特開2008−181839号公報
【特許文献3】特開2009−146739号公報
【特許文献4】特開2002−164053号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明者等は、モリブデンを含有する層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物は良好な熱安定性を有すること、その一方でサイクル特性が悪化する傾向があることを発見した。モリブデンによる熱安定性向上を他の技術で代替するのは困難であり、良好な熱安定性とサイクル特性との両立は困難であるとされていた。また、特開2008−181839号公報では、MoとNbとの組合せに関して具体的な言及はなく、MoとNbとはそれぞれ独立して他の添加元素と同列に扱われている。
【0012】
本発明はこれらの事情に鑑みてなされたものである。本実施形態の目的の一つは、非水電解液二次電池において、非常に優れた熱安定性とサイクル特性との両立を可能とする正極組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために本発明者らは鋭意検討を重ね、本発明を完成するに至った。本発明者らは、ニッケル、モリブデン及びニオブを必須とした層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物と、ホウ素化合物とを含む正極組成物を正極に適用することで、非水電解液二次電池において、サイクル特性を損なうことなく優れた熱安定性を実現できることを見出した。
【0014】
本実施形態の非水電解液二次電池用正極組成物は、下記組成式
LiNi1−x−yCoMoαNbβ
(1.00≦a≦1.50、0.00≦x≦0.50、0.00≦y≦0.50、0.000≦z≦0.020、0.002≦α≦0.020、0.002≦β≦0.020、0.00≦x+y≦0.70、MはMn及びAlからなる群から選択される少なくとも一種の元素を表し、MはZr、Ti、Mg、Ta及びVからなる群から選択される少なくとも一種の元素を表す)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物と、少なくともホウ素及び酸素を含むホウ素化合物とを含む。
【0015】
本実施形態の非水電解液二次電池用正極組成物の製造方法は、下記組成式
LiNi1−x−yCoMoαNbβ
(1.00≦a≦1.50、0.00≦x≦0.50、0.00≦y≦0.50、0.000≦z≦0.020、0.002≦α≦0.020、0.002≦β≦0.020、0.00≦x+y≦0.70、MはMn及びAlからなる群から選択される少なくとも一種の元素を表し、MはZr、Ti、Mg、Ta及びVからなる群から選択される少なくとも一種の元素を表す)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を準備することと、準備される前記リチウム遷移金属複合酸化物と、ホウ素化合物の原料化合物とを混合し、原料混合物を得ることと、得られる原料混合物を焼成することと、を含む。
【発明の効果】
【0016】
本実施形態によれば、非水電解液二次電池において、非常に優れた熱安定性とサイクル特性との両立を可能とする正極組成物を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。また組成物中の各成分の含有量は、組成物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。
以下、本実施形態の正極組成物について、実施の形態及び実施例を用いて詳細に説明する。但し、本発明はこれら実施の形態及び実施例に限定されるものではない。
【0018】
[非水電解液二次電池用正極組成物]
非水電解液二次電池用正極組成物(以下、単に「正極組成物」ともいう)は、下記組成式で表されるリチウム遷移金属複合酸化物と、少なくともホウ素及び酸素を含むホウ素化合物とを含む。
LiNi1−x−yCoMoαNbβ
ここで、a、x、y、z、α及びβは、1.00≦a≦1.50、0.00≦x≦0.50、0.00≦y≦0.50、0.000≦z≦0.020、0.002≦α≦0.020、0.002≦β≦0.020、0.00≦x+y≦0.70を満たす。MはMn及びAlからなる群から選択される少なくとも一種の元素を表し、MはZr、Ti、Mg、Ta及びVからなる群から選択される少なくとも一種の元素を表す。
このような正極組成物を正極活物質として含む正極を備える非水電解液二次電池は、非常に優れた熱安定性とサイクル特性とを両立可能であり、さらに出力特性も向上する。
【0019】
[リチウム遷移金属複合酸化物]
リチウム遷移金属複合酸化物は、ニッケルを必須元素として含み、さらにモリブデン及びニオブを組成中に所定の比率で含有する。さらに目的に応じてニッケルサイトの一部がコバルト(Co)、マンガン(Mn)、アルミニウム(Al)等で置換されていてもよい。
【0020】
ニッケルサイトの一部をコバルトで置換する場合、ニッケルの50mol%まで置換可能である。置換量が50mol%以下であると製造コストの上昇を効果的に抑制できる。各種特性のバランスを考慮すると、好ましい置換量は5mol%以上35mol%以下である。
【0021】
ニッケルサイトの一部をマンガン及びアルミニウムからなる群から選択される少なくとも一種の元素Mで置換する場合、ニッケルの50mol%まで置換可能である。置換量が50mol%以下であると、より良好な出力特性及び充放電容量が得られる傾向がある。なお、ニッケルサイトのニッケル量が少なすぎると充放電容量が減少する傾向があるので、ニッケルサイトの総置換量は70mol%以下にする。各種特性のバランスを考慮すると、ニッケルサイトの総置換量は20mol%以上60mol%以下が好ましい。ニッケルサイトの総置換量は、コバルトと元素Mとによる総置換量である。
【0022】
安全性、熱安定性の向上のため、リチウム遷移金属複合酸化物はさらにモリブデン(Mo)を含有する。モリブデンの含有量が、少なすぎるとその効果が十分発揮されない。また、モリブデンの含有量が多すぎると極度にサイクル特性が悪化し、後述のニオブやホウ素化合物を含有させても充分なサイクル特性が達成が困難になる傾向がある。また、他の元素による特性改善の妨げになる虞がある。これらのことを踏まえ、リチウム遷移金属複合酸化物中のモリブデンの含有量は0.2mol%以上2.0mol%以下とする。好ましい範囲は0.3mol%以上1mol%以下である。
【0023】
モリブデンはサイクル特性の悪化を招く傾向があるので、リチウム遷移金属複合酸化物はさらにニオブ(Nb)を含有する。これによりモリブデンによるサイクル特性への影響が抑制される。ニオブの含有量は、少なすぎるとその効果が十分発揮されない。一方、ニオブはリチウム遷移金属複合酸化物の組成中に一定量までしか固溶できないので、ニオブの含有量が多すぎると逆に固溶していないニオブ元素が他の元素による特性改善を妨げる虞がある。これらのことを踏まえ、リチウム遷移金属複合酸化物中のニオブの含有量は、0.2mol%以上2.0mol%以下とする。好ましい範囲は0.3mol%以上1mol%以下である。
【0024】
リチウム遷移金属複合酸化物は、ジルコニウム(Zr)、チタニウム(Ti)、マグネシウム(Mg)、タンタル(Ta)及びバナジウム(V)からなる群から選択される少なくとも一種の元素Mを更に含有していてもよい。元素Mの含有量は、2mol%以下であれば、他の元素による特性改善を妨げることなく、元素Mに応じた各種目的を達成可能である。例えばジルコニウムは保存特性の更なる改善、チタン及びマグネシウムはサイクル特性の更なる改善、バナジウムは安全性の更なる改善にそれぞれ好適である。
【0025】
リチウム遷移金属複合酸化物におけるリチウムの含有量は、多ければ出力特性が向上する傾向にあるが、多すぎるものは合成が困難になる傾向がある。また、合成出来たとしても焼結が進み、その後の取り扱いが困難になる傾向にある。これらを踏まえると、リチウムの含有量は、ニッケルサイトの元素に対して100mol%以上150mol%以下とする。特性のバランス、合成の容易性等を考慮すると、105mol%以上125mol%以下が好ましい。
【0026】
以上を踏まえると、本実施形態の正極組成物におけるリチウム遷移金属複合酸化物は、組成式がLiNi1−x−yCoMoαNbβで表される。ここでa、x、y、z、α及びβは、1.00≦a≦1.50、0.00≦x≦0.50、0.00≦y≦0.50、0.000≦z≦0.020、0.002≦α≦0.020、0.002≦β≦0.020、0.00≦x+y≦0.70を満たす。MはMn及びAlからなる群から選択される少なくとも一種の元素を表し、MはZr、Ti、Mg、Ta及びVからなる群から選択される少なくとも一種の元素を表す。
【0027】
なお、前述のモリブデン及びニオブについては、便宜的に組成中に含まれているものとして記載する。また、ニオブを含有させるだけではモリブデンによるサイクル特性への影響を十分には抑制できないので、リチウム遷移金属複合酸化物に後述のホウ素化合物を更に加えて、正極組成物とする。
【0028】
[ホウ素化合物]
本実施形態の正極組成物において、ホウ素化合物は少なくともホウ素及び酸素を含んでいる。正極組成物中のホウ素化合物は、リチウム遷移金属複合酸化物からのモリブデン等の溶出を効果的に抑制し得る。これは例えば、ホウ素化合物がモリブデン等よりも優先して電解液と反応するためと考えられる。しかしその効果にも限界があるため、先述のようにリチウム遷移金属複合酸化物はニオブを所定の含有量で含有する。一方、リチウム遷移金属複合酸化物がニオブを含有するだけでは、例えば、ニオブ自身が電解液に溶出し得るため、モリブデンの溶出抑制効果は不十分になると考えられる。すなわち、リチウム遷移金属複合酸化物がモリブデンに加えてニオブを含有し、ホウ素化合物とともに正極組成物を構成することで、その予想外の相乗的な効果により、優れた熱安定性とサイクル特性とを両立することができる。
【0029】
ホウ素化合物を含む正極組成物は、例えば、リチウム遷移金属複合酸化物と、ホウ素化合物の原料化合物とを十分に混合して得られるものである。正極組成物中のホウ素化合物の形態について詳細は不明であるが、例えば、好ましいホウ素化合物の形態は、その原料化合物の少なくとも一部がリチウム遷移金属複合酸化物を構成する元素と反応し、ホウ素を含む複合酸化物(以下、複合ホウ素酸化物ともいう)を形成した状態と考えられる。なお、後述するように、リチウム遷移金属複合酸化物と原料化合物とを混合後、焼成すると、原料化合物から形成されるホウ素化合物が、より効果的な形態で正極組成物に含有される。これは、例えば、ホウ素化合物中の水和水が除去されること、リチウム遷移金属複合酸化物粒子の表面を被覆するホウ素化合物の割合が増えること、さらに複合ホウ素酸化物の構成元素にニオブが一定量以上含有されること等によると考えられる。この複合ホウ素酸化物がニオブ及びホウ素を含んだ複合酸化物であると、モリブデンのリチウム遷移金属複合酸化物粒子から電解液への溶出が、極めて効率良く抑制されると推測される。
【0030】
正極組成物はリチウム遷移金属複合酸化物とホウ素化合物との単なる混合物でもよく、ホウ素化合物がリチウム遷移金属複合酸化物粒子を被覆する形態であってもよい。ホウ素化合物がリチウム遷移金属複合酸化物粒子を被覆する形態であると、例えば、リチウム遷移金属複合酸化物粒子からのニオブ、モリブデン等の溶出がより効果的に抑制される。
【0031】
正極組成物におけるホウ素化合物の含有量は、リチウム遷移金属複合酸化物に対して、ホウ素元素を基準として、2.0mol%以下が好ましい。少なすぎるとその効果を十分発揮できないが、多すぎると正極組成物全体の充放電容量が低下する傾向がある。好ましいホウ素化合物の含有量は、0.5mol%以上1.5mol%以下である。
【0032】
ホウ素化合物の原料化合物は、酸化ホウ素、ホウ素のオキソ酸及びホウ素のオキソ酸塩からなる群から選択される少なくとも一種であることが好ましい。これにより、最終的なホウ素化合物が本実施形態の目的により適した形態になる傾向がある。ホウ素のオキソ酸又はその塩には、オルトホウ酸又はその塩、メタホウ酸又はその塩、二ホウ酸又はその塩、三ホウ酸又はその塩等のポリホウ酸又はその塩等が挙げられる。ホウ素化合物の原料化合物は、1種単独であっても2種以上の組合せであってもよい。
【0033】
オキソ酸塩を原料化合物とする場合、リチウム塩又はアンモニウム塩が好ましい。具体的な例として、四ホウ酸リチウム(Li)、五ホウ酸アンモニウム(NH)等が挙げられる。なおこれら原料化合物は水和水を有していてもよい。
【0034】
ホウ素化合物の原料化合物は、ホウ素のオキソ酸塩よりも、ホウ素のオキソ酸であるとその取り扱い易さ、及び最終的なホウ素化合物の形態の点で好ましい。特にオルトホウ酸(所謂、一般的なホウ酸)が好ましい。
【0035】
[正極組成物の製造方法]
正極組成物の製造方法は、リチウム遷移金属複合酸化物を準備する準備工程と、準備されるリチウム遷移金属複合酸化物とホウ素化合物の原料化合物とを混合して原料混合物を得る混合工程と、混合工程で得られる原料混合物を焼成して焼成物を得る焼成工程をさらに含む。
【0036】
[準備工程]
リチウム遷移金属複合酸化物は、公知の手法を適宜用いて合成して準備してもよいし、合成されたリチウム遷移金属複合酸化物を入手して準備してもよい。リチウム遷移金属複合酸化物を合成する場合、例えば、リチウム遷移金属複合酸化物を構成する元素を所望の割合で含む混合原料を調製し、調製した混合原料を700℃〜1100℃程度で焼成すればよい。原料混合物は、例えば、高温で酸化物を生成する原料化合物を目的組成に合わせて混合する方法、溶媒に可溶な原料化合物を溶媒に溶解し、温度調整、pH調整、錯化剤投入等で前駆体の沈殿を生じさせる方法等で調製することができる。
【0037】
[混合工程]
混合工程では、準備工程で準備したリチウム遷移金属複合酸化物と、ホウ素化合物の原料化合物とを十分混合する。混合は、既存の撹拌機等を用いて両者の分布に偏りがない程度に混合できれば十分である。好ましくは、例えば、メカノケミカルな効果によってホウ素化合物がリチウム遷移金属複合酸化物粒子の表面に被覆等の形態で存在するように混合する。この混合工程で、ホウ素化合物の原料化合物の少なくとも一部はリチウム、ニオブ等と複合酸化物を形成すると推測される。原料化合物としては、酸化ホウ素、ホウ素のオキソ酸及びホウ素のオキソ酸塩からなる群から選択される少なくとも一種が好ましく用いられる。ホウ素のオキソ酸塩を用いる場合はリチウム塩又はアンモニウム塩が好ましい。原料化合物としてより好ましいのはホウ素のオキソ酸で、特にオルトホウ酸が好ましい。このようにしてリチウム遷移金属複合酸化物とホウ素化合物の混合物として、本実施形態の正極組成物が得られる。
【0038】
[焼成工程]
前記混合工程で得られる原料混合物を、さらに焼成して焼成物を得ると、得られる焼成物である正極組成物中のホウ素化合物のより多くの部分がリチウム遷移金属複合酸化物粒子の表面を被覆した形態で存在するので好ましい。特に焼成工程を経て得られ、リチウム遷移金属複合酸化物粒子の表面を被覆したホウ素化合物は、リチウム遷移金属複合酸化物を構成する元素と化学的、あるいは物理的な結合を形成し、強固に一体化していると考えられる。その結果、モリブデン等の溶出がより抑制される構造が形成されると考えられる。また、原料化合物等に含まれ得る水分や水和水が焼成工程によって除去されるため、水分に起因する特性悪化を防止する効果もあると考えられる。
【0039】
焼成温度は、高すぎるとリチウム遷移金属複合酸化物とホウ素化合物(あるいはその原料化合物)との反応が進みすぎ、リチウム遷移金属複合酸化物が本来の特性を充分に発現することが困難になる場合がある。低すぎると焼成工程による充分な効果が見込めない。好ましい範囲は450℃以下、より好ましい範囲は200℃以上400℃以下である。
【0040】
[正極]
本実施形態の非水電解液二次電池用の正極は、例えば、集電体と、集電体上に配置される正極組成物を含む正極活物質層とを備える。正極は、本実施形態の正極組成物を用いること以外は、通常用いられる態様と同様である。本実施形態の正極を備える非水電解液二次電池においては、優れた熱安定性とサイクル特性とが両立される。
【0041】
[非水電解液二次電池]
本実施形態の非水電解液二次電池は、例えば、本実施形態に係る正極と、負極と、非水電解液とを備え、必要に応じて正極と負極の間にセパレータを備える。負極、非水電解液、セパレータ等は通常用いられる態様と同様である。本実施形態の非水電解液二次電池においては、優れた熱安定性とサイクル特性とが両立される。
【実施例】
【0042】
以下、本実施形態を実施例により具体的に説明するが、本実施形態はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0043】
[実施例1]
反応槽に撹拌状態の純水を準備し、硫酸ニッケル、硫酸コバルト、及び硫酸マンガンの各水溶液を、Ni:Co:Mn=35:35:30となる流量比で滴下した。滴下終了後、液温を50℃にし、水酸化ナトリウム水溶液を一定量滴下してニッケルコバルトマンガン複合水酸化物の沈殿を得た。得られた沈殿を水洗、濾過、分離した後、炭酸リチウム、酸化モリブデン(IV)、酸化ニオブ(V)と混合し、Li:(Ni+Co+Mn):Mo:Nb=1.10:1:0.01:0.005となる混合原料を得た。得られた混合原料を大気雰囲気下940℃で11時間焼成し、焼結体を得た。得られた焼結体を粉砕し、乾式篩にかけ、組成式Li1.10Ni0.35Co0.35Mn0.3Mo0.01Nb0.005で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を得た。
【0044】
得られたリチウム遷移金属複合酸化物に対し、ホウ素化合物の原料化合物としてホウ酸を、ホウ素基準で0.5mol%の含有量となるように、高速せん断型ミキサーを用いて混合し、原料混合物を得た。得られた原料混合物を大気中にて250℃、10時間焼成することで正極組成物を得た。これを実施例1の正極活物質として用いた。
【0045】
[比較例1]
実施例1と同様にしてニッケルコバルトマンガン複合水酸化物の沈殿を得た。得られた沈殿を水洗、濾過、分離し、炭酸リチウムとLi:(Ni+Co+Mn)=1.10:1となるように混合し、混合原料を得た。得られた混合原料を大気雰囲気下940℃で11時間焼成し、焼結体を得た。得られた焼結体を粉砕し、乾式篩にかけ、組成式Li1.10Ni0.35Co0.35Mn0.3で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を得た。これを比較例1の正極活物質として用いた。
【0046】
[比較例2]
実施例1と同様にしてニッケルコバルトマンガン複合水酸化物の沈殿を得た。得られた沈殿を水洗、濾過、分離し、炭酸リチウム、酸化モリブデン(IV)と、Li:(Ni+Co+Mn):Mo=1.10:1:0.01となるように混合し、混合原料を得た。得られた混合原料を大気雰囲気下940℃で11時間焼成し、焼結体を得た。得られた焼結体を粉砕し、乾式篩にかけ、組成式Li1.10Ni0.35Co0.35Mn0.3Mo0.01で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を得た。これを比較例2の正極活物質として用いた。
【0047】
[比較例3]
実施例1で得られたリチウム遷移金属複合酸化物を比較例3の正極活物質として用いた。
【0048】
[比較例4]
実施例1と同様にしてニッケルコバルトマンガン複合水酸化物の沈殿を得た。得られた沈殿を水洗、濾過、分離した後、炭酸リチウム、酸化モリブデン(IV)、酸化ジルコニウムと、Li:(Ni+Co+Mn):Mo:Zr=1.10:1:0.01:0.005となるように混合し、混合原料を得た。得られた混合原料を大気雰囲気下940℃で11時間焼成し、焼結体を得た。得られた焼結体を粉砕し、乾式篩にかけ、組成式Li1.10Ni0.35Co0.35Mn0.3Mo0.01Zr0.005で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を得た。
【0049】
得られたリチウム遷移金属複合酸化物に対し、ホウ素化合物の原料化合物としてホウ酸を、ホウ素基準で0.5mol%の含有量となるように、高速せん断型ミキサーを用いて混合し、原料混合物を得た。得られた原料混合物を大気中にて250℃、10時間焼成することで正極組成物を得た。これを比較例4の正極活物質として用いた。
【0050】
[比較例5]
比較例2と同様にして、組成式Li1.10Ni0.35Co0.35Mn0.3Mo0.01で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を得た。得られたリチウム遷移金属複合酸化物に対し、ホウ素化合物の原料化合物としてホウ酸を、ホウ素基準で0.5mol%の含有量となるように、高速せん断型ミキサーを用いて混合し、原料混合物を得た。得られた原料混合物を大気中にて250℃、10時間焼成することで正極組成物を得た。これを比較例5の正極活物質として用いた。
【0051】
[比較例6]
実施例1と同様にしてニッケルコバルトマンガン複合水酸化物の沈殿を得た。得られた沈殿を水洗、濾過、分離した後、炭酸リチウム、酸化ニオブ(V)と、Li:(Ni+Co+Mn):Nb=1.10:1:0.005となるように混合し、混合原料を得た。得られた混合原料を大気雰囲気下940℃で11時間焼成し、焼結体を得た。得られた焼結体を粉砕し、乾式篩にかけ、組成式Li1.10Ni0.35Co0.35Mn0.3Nb0.005で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を得た。
【0052】
得られたリチウム遷移金属複合酸化物に対し、ホウ素化合物の原料化合物としてホウ酸を、ホウ素基準で0.5mol%の含有量となるように、高速せん断型ミキサーを用いて混合し、原料混合物を得た。得られた原料混合物を大気中にて250℃、10時間焼成することで正極組成物を得た。これを比較例6の正極活物質として用いた。
【0053】
<評価>
[出力特性の評価]
実施例1及び比較例1〜6の正極活物質を用いて下記の手順で非水電解液二次電池である評価用電池を作製し、DC−IR(直流内部抵抗)を以下のようにして測定した。
【0054】
[1.正極の作製]
正極活物質85重量部、アセチレンブラック10重量部、及びPVDF(ポリフッ化ビニリデン)5.0重量部を、NMP(N−メチル−2−ピロリドン)に分散させて正極スラリーを調製した。得られた正極スラリーをアルミニウム箔に塗布し、乾燥後ロールプレス機で圧縮成形し、所定サイズに裁断して正極を得た。
【0055】
[2.負極の作製]
人造黒鉛97.5重量部、CMC(カルボキシメチルセルロース)1.5重量部、及びSBR(スチレンブタジエンゴム)1.0重量部を水に分散させて負極スラリーを調製した。得られた負極スラリーを銅箔に塗布し、乾燥後ロールプレス機で圧縮成形し、所定サイズに裁断して負極を得た。
【0056】
[3.非水電解液の作製]
EC(エチレンカーボネイト)とMEC(メチルエチルカーボネイト)を体積比率3:7で混合し、混合溶媒とした。得られた混合溶媒に六フッ化リン酸リチウム(LiPF6)をその濃度が、1mol/lになるように溶解させて、非水電解液を得た。
【0057】
[4.評価用電池の組み立て]
上記正極と負極の集電体に、それぞれリード電極を取り付けたのち120℃で真空乾燥を行った。次いで、正極と負極との間に多孔性ポリエチレンからなるセパレータを配し、袋状のラミネートパックにそれらを収納した。収納後60℃で真空乾燥して各部材に吸着した水分を除去した。真空乾燥後、ラミネートパック内に、先述の非水電解液を注入、封止し、評価用電池としてのラミネートタイプの非水電解液二次電池を得た。
【0058】
[5.DC−IRの測定]
得られた評価用電池に微弱電流を流してエージングを行い、正極及び負極に電解質を十分なじませた。その後、高電流での放電と、微弱電流での充電を繰り返した。10回目の充電における充電容量を評価用電池の全充電容量とし、10回目の放電後、全充電容量の4割まで充電した。充電後、評価用電池を−25℃に設定した恒温槽内に入れ、6時間置いた後、0.02A、0.04A、0.06Aで放電し、電圧を測定した。横軸に電流、縦軸に電圧をとって交点をプロットし、交点を結んだ直線の傾きをDC−IR(Ω)とした。DC−IRが低いことは、出力特性が良いことを意味する。
【0059】
[サイクル特性評価]
実施例1及び比較例1〜6の正極活物質を用いた評価用電池を用い、サイクル特性を以下のようにして測定した。
【0060】
出力特性評価用と同様の評価用二次電池に微弱電流でエージングを行い、正極及び負極に電解質を十分なじませた。エージング後、電池を20℃に設定した恒温槽内に入れ、充電電位4.2V、充電電流1.0C(1C≡1時間で放電が終了する電流)での充電と、放電電位2.75V、放電電流1.0Cでの放電を1サイクルとし、充放電を繰り返す。nサイクル目の放電容量を1サイクル目の放電容量で除した値を、nサイクル目の放電容量維持率(QsR(%))とした。放電容量維持率が高いことは、サイクル特性が良いことを意味する。
【0061】
[熱安定性評価]
実施例1及び比較例1〜6の正極活物質を用いて下記の手順で評価用電池を作製し、示差走査熱量(DSC)を以下のようにして測定した。
【0062】
[1.正極の作製]
正極活物質90.0重量部、アセチレンブラック5.0重量部、及びPVDF5.0重量部を、NMPに分散させて正極スラリーを調製した。得られる正極スラリーをアルミニウム箔に塗布し、乾燥後ロールプレス機で圧縮成形し、所定サイズに裁断して正極を得た。
【0063】
[2.負極の作製]
金属リチウム箔を所定のサイズに裁断して負極を得た。
【0064】
[3.非水電解液の作製]
出力特性評価用と同様に非水電解液を作製した。
【0065】
[4.評価用電池の組み立て]
SUS製容器の底部に上記正極を配し、先述の非水電解液を一定量注入した。注入後、多孔質ポリエチレンからなるセパレータを配し、更に前記非水電解液を一定量注入した。注入後負極を配し、最後にSUS製容器上部を封止し、評価用電池であるSUSセルタイプの非水電解液二次電池を得た。
【0066】
[5.DSC測定]
得られた評価用電池を25℃の恒温槽で6時間静置し、正極及び負極に電解質を十分なじませた。次に充電電位4.3V、充電電流0.2Cで定電流定電圧充電を行い、さらに所定の電流で完全放電を行った。完全放電の電流は0.2C、1C、3C、5Cの順に行い、計4回の充放電を行った。4回目の完全放電後、最後にもう一度充電を行った。最後の充電後、評価用電池をアルゴン雰囲気下で分解し、正極をMECで洗浄した。洗浄後正極を室温にて30分間真空乾燥した。乾燥後正極からアルミニウム箔を除去し、残部2.5mgと分解時に分離した非水電解液2μLをDSC測定用のSUS製セルに投入した。投入後SUS製セルをかしめて密封した。かしめたSUSセルをDSC測定装置に設置し、常温から400℃まで5℃/minでSUSセル(と標準セル)を加熱し、DSCスペクトルを得た。得られるDSCスペクトルから正極活物質の発熱開始温度を求めた。発熱開始温度が高いことは、正極活物質の熱安定性が良いことを意味する。
【0067】
実施例1及び比較例1〜6におけるリチウム遷移金属複合酸化物(以下、構成成分Aともいう)、ホウ素化合物の原料化合物(以下、構成成分Bともいう)及び正極組成物中のホウ素含有量(B含有量)を表1に、DC−IR(R)、200サイクル後の放電容量維持率(QsR)及び発熱開始温度(Tf)を表2に示す。
【0068】
【表1】
【0069】
【表2】
【0070】
比較例1並びに実施例1及び比較例2、3より、構成成分Aの組成にモリブデンが含有されていると、熱安定性が向上することが分かる。しかし、比較例2、3からも分かるように、単にモリブデンが含有されているだけではサイクル特性が極端に悪化する。構成成分Bとしてホウ酸を用いた比較例4、5及び6ではサイクル特性が多少改善されるが十分とは言えない。構成成分Bのホウ酸に加えて、構成成分Aの組成にニオブも含有させることでサイクル特性、熱安定性が十分向上することが分かる。構成成分Aの組成にモリブデン及びニオブを含有させ、構成成分Bとしてホウ酸を用いた実施例1は、サイクル特性において比較例1を上回り、さらに熱安定性において比較例2、3を上回るという極めて良好な特性が得られている。一方、比較例3からも分かるように、構成成分Aの組成にニオブを含有させるだけではモリブデンによるサイクル特性悪化を充分に改良できない。また、本実施形態の特徴を満たす実施例1は、出力特性も向上していることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の正極組成物を用いると、熱安定性、サイクル特性及び出力特性のいずれもが良好な非水電解液二次電池を得ることができる。これらのことより、本発明の正極組成物を用いた非水電解液二次電池は、電気自動車用バッテリー等の安全性が求められ、且つ繰り返し高出力が必要となる電源に特に好適に利用可能である。