特許第6555595号(P6555595)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6555595
(24)【登録日】2019年7月19日
(45)【発行日】2019年8月7日
(54)【発明の名称】臨界ミセル濃度の低減方法
(51)【国際特許分類】
   B01F 17/30 20060101AFI20190729BHJP
   B01F 17/02 20060101ALI20190729BHJP
   C11D 1/10 20060101ALI20190729BHJP
   C11D 1/37 20060101ALI20190729BHJP
   C11D 1/14 20060101ALI20190729BHJP
【FI】
   B01F17/30
   B01F17/02
   C11D1/10
   C11D1/37
   C11D1/14
【請求項の数】8
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2016-506489(P2016-506489)
(86)(22)【出願日】2015年3月3日
(86)【国際出願番号】JP2015056167
(87)【国際公開番号】WO2015133455
(87)【国際公開日】20150911
【審査請求日】2018年1月19日
(31)【優先権主張番号】特願2014-43060(P2014-43060)
(32)【優先日】2014年3月5日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2014-118831(P2014-118831)
(32)【優先日】2014年6月9日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2014-152647(P2014-152647)
(32)【優先日】2014年7月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】特許業務法人アスフィ国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100075409
【弁理士】
【氏名又は名称】植木 久一
(74)【代理人】
【識別番号】100129757
【弁理士】
【氏名又は名称】植木 久彦
(74)【代理人】
【識別番号】100115082
【弁理士】
【氏名又は名称】菅河 忠志
(74)【代理人】
【識別番号】100125243
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 浩彰
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 恵広
(72)【発明者】
【氏名】長野 卓人
(72)【発明者】
【氏名】泉田 将司
(72)【発明者】
【氏名】平 敏彰
(72)【発明者】
【氏名】井村 知弘
(72)【発明者】
【氏名】北本 大
【審査官】 柴田 啓二
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−327591(JP,A)
【文献】 特開2004−027133(JP,A)
【文献】 特開2009−275177(JP,A)
【文献】 特開2011−236347(JP,A)
【文献】 特開2004−149446(JP,A)
【文献】 ONAIZI, S.A. et al.,Micellization and interfacial behavior of a synthetic surfactant-biosurfactant mixture,Colloids and Surfaces A: Physicochem. Eng. Aspects,Elsevier B.V.,2012年,Vol.415,p.388-393
【文献】 YONEDA, T. et al.,Surfactin Sodium Salt: An Excellent Bio-Surfactant for Cosmetics,JOURNAL OF COSMETIC SCIENCE,Society of Cosmetic Chemists,2001年,Vol.52, No.2,p.153-154
【文献】 YONEDA, T. et al.,サーファクチンナトリウム:新規機能性バイオサーファクタントの開発,FRAGRANCE JOURNAL,フレグランスジャーナル社,2001年,Vol.29, No.12,p.93-97
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01F 17/00
C11D 1/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
陰イオン界面活性剤の臨界ミセル濃度を低減する方法であって、
上記陰イオン界面活性剤がアルキル硫酸塩であり、
上記アルキル硫酸塩に、下記式(I)で表されるサーファクチンまたはその塩を組み合わせて使用し、
上記アルキル硫酸塩と下記式(I)で表されるサーファクチンまたはその塩の合計に対して、下記式(I)で表されるサーファクチンまたはその塩を5mol%以上用いることを特徴とする方法。
【化1】
[式中、
Xは、ロイシン、イソロイシンおよびバリンから選択されるアミノ酸残基を示し;
1はC9-18アルキル基を示す]
【請求項2】
上記式(I)で表されるサーファクチンの塩を用いる請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記アルキル硫酸塩としてドデシル硫酸ナトリウムを用いる請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
上記アルキル硫酸塩と上記式(I)で表されるサーファクチンまたはその塩の合計に対して、上記式(I)で表されるサーファクチンまたはその塩を10mol%以上用いる請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
アルキル硫酸塩の臨界ミセル濃度を低減するための下記式(I)で表されるサーファクチンまたはその塩の使用であって、
上記アルキル硫酸塩と下記式(I)で表されるサーファクチンまたはその塩の合計に対して、下記式(I)で表されるサーファクチンまたはその塩を5mol%以上用いることを特徴とする使用。
【化2】
[式中、
Xは、ロイシン、イソロイシンおよびバリンから選択されるアミノ酸残基を示し;
1はC9-18アルキル基を示す]
【請求項6】
上記式(I)で表されるサーファクチンの塩を用いる請求項に記載の使用。
【請求項7】
上記アルキル硫酸塩がドデシル硫酸ナトリウムである請求項またはに記載の使用。
【請求項8】
上記アルキル硫酸塩と上記式(I)で表されるサーファクチンまたはその塩の合計に対して、上記式(I)で表されるサーファクチンまたはその塩を10mol%以上用いる請求項のいずれかに記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陰イオン界面活性剤の臨界ミセル濃度を低減するための方法と、陰イオン界面活性剤の臨界ミセル濃度が低減されている界面活性剤組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
界面活性剤は、一分子内に親水性部分と親油性部分の両方を有し、洗浄、分散、防錆、防腐食、湿潤、浸透、気泡形成、乳化、可溶化、帯電防止など様々な作用を有することが知られている。これらの作用を活用し、界面活性剤は、化粧品、医薬品、インキなど多様な用途において、水中に不溶成分を乳化や分散させるためなどに用いられている。
【0003】
界面活性剤は、例えば水中において界面活性剤分子の集合体を形成し、その中に親油性成分を包含するなどしてその機能を発揮する。かかる集合体を形成するためには、界面活性剤の濃度を一定以上にする必要がある。かかる集合体の形成が開始される界面活性剤の濃度は臨界ミセル濃度(CMC:Critical Micelle Concentration)と呼ばれ、それぞれの界面活性剤は固有の値を示す。
【0004】
一般的に、界面活性剤の使用量は、環境への影響や経済性などの面から、少ないことが望まれる。例えば、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムやドデシル硫酸ナトリウムなどの合成界面活性剤は、安価に製造できるものであることから様々な製品や用途に用いられている。しかし、親水性成分と親油性成分とを均一化するという機能から環境中において様々な害を与えることが考えられるので、その使用量をできるだけ低減し、環境中へ放出しないことが好ましい。また、一部の合成界面活性剤、特に合成陰イオン界面活性剤は、皮膚組織や粘膜を容易に透過して生体に害を与える。よって、臨界ミセル濃度が低い界面活性剤ほど、低濃度でその機能を発揮できることから処方の自由度も上がり、優れた界面活性剤とされる。
【0005】
そこで、臨界ミセル濃度の低い界面活性剤の開発もされているが、複数の界面活性剤を混合して使用することにより全体としての臨界ミセル濃度を低減することも検討されている。例えば非特許文献1には、微生物が産生する天然の界面活性剤であるバイオサーファクタントの一種であるソフォロリピッドと、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムとを混合して使用することにより、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム単独の場合に比べて臨界ミセル濃度が低減されたことが開示されている。
【0006】
また、非特許文献2には、ドデシル硫酸ナトリウムと長鎖アルカノイル−N−メチルグルカミド(MEGA−8〜10)を混合して用いることにより、ドデシル硫酸ナトリウムの臨界ミセル濃度を変化させ得ることが記載されている。
【0007】
さらに非特許文献3にも、複数の界面活性剤を混合使用することが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Minglei Chenら,Langmuir,27,pp.8854−8866(2011)
【非特許文献2】Gohsuke Sugiharaら,J.Oleo Sci.,57(2),pp.61−92(2008)
【非特許文献3】吉田時行ら「新版 界面活性剤ハンドブック」工学図書,p.135−136(1987)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、複数の界面活性剤を混合使用することにより全体の臨界ミセル濃度を低減しようとする技術はあった。
【0010】
しかし、非特許文献3に記載のデータで示されているように、複数の界面活性剤を混合使用しても臨界ミセル濃度は低下する場合もあればかえって上がる場合もあり、少なくとも劇的に低減されるものではない。また、非特許文献2にも、代表的な合成陰イオン界面活性剤であるドデシル硫酸ナトリウムと非イオン界面活性剤であるn−アルカノイル−N−メチルグルタミン(MEGA)との組み合わせが開示されているが、その臨界ミセル濃度低減効果は大きなものではない。さらに、非特許文献1に記載の技術のように、合成陰イオン界面活性剤にバイオサーファクタントであるソフォロリピッドを添加しても、臨界ミセル濃度の劇的な低減効果は得られていなかった。
【0011】
そこで本発明は、現在、多量に使用されている陰イオン界面活性剤の臨界ミセル濃度を顕著に低減してその使用量を抑制するための方法と、界面活性剤として陰イオン界面活性剤を単独で用いる場合に比べて全体的な臨界ミセル濃度が顕著に低減されており、陰イオン界面活性剤の使用量が抑制された界面活性剤組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、嵩高い構造を有する環状リポペプチドバイオサーファクタントを併用すれば、界面活性剤として陰イオン界面活性剤を単独で用いる場合に比べて全体的な臨界ミセル濃度を顕著に低減でき、陰イオン界面活性剤の使用量を抑制できることを見出して、本発明を完成した。
【0013】
以下、本発明を示す。
【0014】
[1] 陰イオン界面活性剤の臨界ミセル濃度を低減する方法であって、
上記陰イオン界面活性剤に環状リポペプチドバイオサーファクタントを組み合わせて使用することを特徴とする方法。
【0015】
[2] 上記環状リポペプチドバイオサーファクタントとして、下記式(I)で表されるサーファクチンまたはその塩を用いる上記[1]に記載の方法。
【0016】
【化1】

[式中、
Xは、ロイシン、イソロイシンおよびバリンから選択されるアミノ酸残基を示し;
1はC9-18アルキル基を示す]
【0017】
[3] 上記陰イオン界面活性剤として、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルファオレフィンスルホン酸塩またはアルキル硫酸塩を用いる上記[1]または[2]に記載の方法。
【0018】
[4] 上記陰イオン界面活性剤と上記環状リポペプチドバイオサーファクタントの合計に対して、上記環状リポペプチドバイオサーファクタントを0.1mol%以上用いる上記[1]〜[3]のいずれかに記載の方法。
【0019】
[5] 陰イオン界面活性剤および環状リポペプチドバイオサーファクタントを含むことを特徴とする界面活性剤組成物。
【0020】
[6] 上記環状リポペプチドバイオサーファクタントが、下記式(I)で表されるサーファクチンまたはその塩である上記[5]に記載の界面活性剤組成物。
【0021】
【化2】

[式中、
Xは、ロイシン、イソロイシンおよびバリンから選択されるアミノ酸残基を示し;
1はC9-18アルキル基を示す]
【0022】
[7] 上記陰イオン界面活性剤が、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルファオレフィンスルホン酸塩またはアルキル硫酸塩である上記[5]または[6]に記載の界面活性剤組成物。
【0023】
[8] 上記陰イオン界面活性剤と上記環状リポペプチドバイオサーファクタントの合計に対して、上記環状リポペプチドバイオサーファクタントを0.1mol%以上含む上記[5]〜[7]のいずれかに記載の界面活性剤組成物。
【0024】
[9] さらに水を含む上記[5]〜[8]のいずれかに記載の界面活性剤組成物。
【0025】
[10] 陰イオン界面活性剤の臨界ミセル濃度を低減するための環状リポペプチドバイオサーファクタントの使用。
【0026】
[11] 上記環状リポペプチドバイオサーファクタントが下記式(I)で表されるサーファクチンまたはその塩である上記[10]に記載の使用。
【0027】
【化3】

[式中、
Xは、ロイシン、イソロイシンおよびバリンから選択されるアミノ酸残基を示し;
1はC9-18アルキル基を示す]
【0028】
[12] 上記陰イオン界面活性剤が、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルファオレフィンスルホン酸塩またはアルキル硫酸塩である上記[10]または[11]に記載の使用。
【0029】
[13] 上記陰イオン界面活性剤と上記環状リポペプチドバイオサーファクタントの合計に対して、上記環状リポペプチドバイオサーファクタントを0.1mol%以上用いる上記[10]〜[12]のいずれかに記載の使用。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、陰イオン界面活性剤の臨界ミセル濃度を顕著に低減することができる。よって、生体や環境に対する悪影響が懸念されながらも、製造し易く安価であるといった理由から大量に使用されている陰イオン界面活性剤の使用量を抑制することが可能になる。また、本発明で用いる環状リポペプチドバイオサーファクタントは、ペプチド化合物であることから生体にも環境にも極めて安全である。よって本発明は、陰イオン界面活性剤の欠点を克服できるものとして、産業上非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1図1は、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(LAS)単独の水溶液と、LASとサーファクチンナトリウム(SFNa)とをモル比1:1で混合、すなわちLASとSFNaの合計に対してSFNaを50mol%添加した水溶液の表面張力の測定結果を示すグラフである。
図2図2は、LAS単独の水溶液、および、LASとSFNaの合計に対してSFNaをモル比で9:1(10mol%)、99:1(1mol%)、999:1(0.1mol%)にて添加した水溶液の表面張力の測定結果を示すグラフである。
図3図3は、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)単独の水溶液と、SDSとSFNaとをモル比1:1で混合、すなわちSDSとSFNaの合計に対してSFNaを50mol%添加した水溶液の表面張力の測定結果を示すグラフである。
図4図4は、SDS単独の水溶液、および、SDSとSFNaの合計に対してSFNaをモル比で9:1(10mol%)、99:1(1mol%)、999:1(0.1mol%)にて添加した水溶液の表面張力の測定結果を示すグラフである。
図5図5は、非イオン界面活性剤であるポリオキシエチレンアルキルエーテル(POE−AE)単独の水溶液と、POE−AEとSFNaとをモル比1:1で混合、すなわちPOE−AEとSFNaの合計に対してSFNaを50mol%添加した水溶液の表面張力の測定結果を示すグラフである。
図6図6は、POE−AE単独の水溶液、および、POE−AEとSFNaの合計に対してSFNaをモル比で9:1(10mol%)、99:1(1mol%)、999:1(0.1mol%)にて添加した水溶液の表面張力の測定結果を示すグラフである。
図7図7は、SFNaにより形成された膜を原子間力顕微鏡により観察した写真である。(1)は二次元形状像を示し、(2)は層の厚さを示す。
図8図8は、SUS基板表面を原子間力顕微鏡により観察した写真である。
図9図9は、SFNaによりSUS基板表面上に形成された膜を原子間力顕微鏡により観察した写真である。
図10図10は、SFNaによりSUS基板表面上に形成された膜を原子間力顕微鏡により観察した写真である。(1)はSFNaの25ppm水溶液で処理したSUS基板のAFM像を示し、(2)はSFNaの12.5ppm水溶液で処理したSUS基板のAFM像を示し、(3)はSFNaの8ppm水溶液で処理したSUS基板のAFM像を示す。
図11図11は、ペルフルオロオクタン酸ナトリウム(PFOSNa)単独の水溶液と、PFOSNaとサーファクチンナトリウム(SFNa)とをモル比1:1で混合、すなわちPFOSNaとSFNaとの合計に対してSFNaを50mol%添加した水溶液の表面張力の測定結果を示すグラフである。
図12図12は、PFOSNa単独の水溶液と、PFOSNaに対してSFNaをモル比で9:1(10mol%)、99:1(1mol%)、999:1(0.1mol%)にて添加した水溶液の表面張力の測定結果を示すグラフである。
図13図13は、LaNa単独の水溶液と、LaNaに対してSFNaをモル比で9:1(10mol%)、99:1(1mol%)、999:1(0.1mol%)にて添加した水溶液の表面張力の測定結果を示すグラフである。
図14図14は、LAS単独の水溶液と、LASに対してSFNaをモル比で9:1(10mol%)にて添加した水溶液の相対散乱光強度の濃度依存性の測定結果を示すグラフである。
図15図15は、水1mLとスクアラン3mLに、LAS単独、SFNa単独、または、LASに対してSFNaをモル比で9:1(10mol%)添加して調製したエマルションの目視観察結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明方法は、陰イオン界面活性剤に環状リポペプチドバイオサーファクタントを組み合わせて使用することにより陰イオン界面活性剤の臨界ミセル濃度を低減するものである。また、本発明に係る界面活性剤組成物は、陰イオン界面活性剤および環状リポペプチドバイオサーファクタントを含む。以下では、先ず、本発明で用いる各成分から説明する。
【0033】
本発明における「陰イオン界面活性剤」は、親水性基として陰イオン性基を有する界面活性剤をいう。但し、本発明での他の重要成分である環状リポペプチドバイオサーファクタントには陰イオン性であり、陰イオン界面活性剤ともいえるものもある。このような場合、本発明の他の重要成分である環状リポペプチドバイオサーファクタントは、当該陰イオン界面活性剤である環状リポペプチドバイオサーファクタントとは別のものとする。
【0034】
陰イオン界面活性剤には、長鎖脂肪酸塩や、カルボキシ基などの陰性基を有するバイオサーファクタントなど天然由来の界面活性剤と、化学的に合成された合成界面活性剤がある。かかる合成陰イオン界面活性剤としては、いわゆる合成洗剤に含まれる界面活性剤が多く、例えば、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩(LAS)、アルファオレフィンスルホン酸塩(AOS)、アルキル硫酸塩(AS)、アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム(AES)、アルキルリン酸塩(MAP)、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルリン酸塩を挙げることができる。
【0035】
直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩(LAS)は、疎水性部分である直鎖アルキルベンゼンにスルホン酸塩基が置換している界面活性剤であり、分子鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩(ABS)による泡公害が問題になったことから、ABSに代わって大量に消費されているものである。しかし、皮膚障害を起こすなど、人体や環境に与える影響が大きいため、その使用量の低減が求められている。LASとしては、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムを挙げることができる。
【0036】
アルファオレフィンスルホン酸塩(AOS)は、疎水性部分である長鎖アルキル基にスルホン酸塩基が置換している界面活性剤である。AOSは生分解性が良好であるが、界面活性剤の中でも魚毒性が最も高いといわれていることから、その使用量の低減が求められている。AOSとしては、1−テトラデセンスルホン酸ナトリウム、ヘキサデセンスルホン酸ナトリウム、3−ヒドロキシヘキサデシル−1−スルホン酸ナトリウム、オクタデセン−1−スルホン酸ナトリウム塩、3−ヒドロキシ−1−オクタデカンスルホン酸ナトリウムを挙げることができる。
【0037】
アルキル硫酸塩(AS)は、高級アルコールと硫酸とのエステルの塩である。ASはLASよりもタンパク質変性作用が弱く、また、高級脂肪酸塩(石鹸)に次いで生分解性が高いことから、台所洗剤、シャンプー、歯磨剤などに配合されている。しかし、全く害が無いことはなく、且つ皮膚や粘膜に直接接触する用途に用いられることから、やはりその使用量の低減が求められている。ASとしては、ドデシル硫酸ナトリウムを挙げることができる。
【0038】
アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム(AES)は、ASのアルキル基と硫酸塩基との間にポリアルキレングリコール鎖が挟まれている構造を有する。AESはLASに次いで皮膚障害を示すことが知られており、さらに、妊娠中に胚が子宮の中で死んで胎盤に吸収されてしまう「吸収胚」の増加、妊娠率の低下、受精卵の着床阻害などの報告もあるので、特に使用量の低減が求められているものである。
【0039】
アルキルリン酸塩(MAP)、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルリン酸塩など、リン酸塩基を含む界面活性剤は、湖などの富栄養化の原因となるため、使用量を低減すべきである。
【0040】
なお、陰イオン界面活性剤を構成するカウンターカチオンとしては、ナトリウムイオンの他、カリウムイオンやアンモニウムイオンを挙げることができる。
【0041】
また、天然由来の長鎖脂肪酸塩は、一般的に、合成陰イオン界面活性剤に比べて臨界ミセル濃度が比較的高く、合成陰イオン界面活性剤と同等の効果を得るためにはより多量に用いなければならないという問題がある。
【0042】
本発明で用いる陰イオン界面活性剤は1種のみでもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0043】
上記のとおり、陰イオン界面活性剤は何らかの問題を有する。それに対して本発明では、環状リポペプチドバイオサーファクタントを併用することにより陰イオン界面活性剤の臨界ミセル濃度を顕著に低減し、その使用量を抑制することができる。特に合成陰イオン界面活性剤ではその使用量の低減が求められていることから、本発明では、陰イオン界面活性剤として合成陰イオン界面活性剤を好適に用いる。
【0044】
環状リポペプチドバイオサーファクタントは、長鎖アルキル基などの親油性基を有し、界面活性作用を有する環状ペプチドである。環状リポペプチドバイオサーファクタントは、塩基性アミノ酸を多く含むものであれば陽イオン性になることも考えられるが、これまで見出されている環状リポペプチドバイオサーファクタントはカルボキシ基などの陰性基を有する陰イオン性である。また、陰イオン界面活性剤に陽イオン界面活性剤を併用すると不溶物が生成して界面活性作用が得られないおそれがあるため、本発明に係る環状リポペプチドバイオサーファクタントとしては陰イオン性のものが好ましい。
【0045】
本発明では、陰イオン界面活性剤に環状リポペプチドバイオサーファクタントを併用することにより、その配合量にもよるが、本発明者らの実験的知見によれば、陰イオン界面活性剤の臨界ミセル濃度を約1/1000にまで低減できる場合もある。その理由は必ずしも明らかではないが、環状リポペプチドバイオサーファクタントは、その環状構造故に非常に嵩高く整列し易いことから、陰イオン界面活性剤の分子間に入り込んだ場合に、陰イオン界面活性剤と共にミセルを形成しつつ、当該ミセル形成のための陰イオン界面活性剤の最低必要量を低減できることによると考えられる。また、環状リポペプチドバイオサーファクタントは、ペプチド化合物であることから生分解性が極めて高く、生体や環境に与える影響も小さいと考えられる。
【0046】
また、環状リポペプチドバイオサーファクタントは、環状ペプチド部が嵩高い分子構造を有しており、一分子当たりの占有面積が広い。つまり、少量の分子で固体の表面を被覆することができる。またその表面配向性は優れており、単に溶液を基材上にキャスティングするだけでラメラ構造を形成し厚みのある被膜を形成できる。その結果、高い防錆効果や帯電防止効果が得られる可能性がある。
【0047】
環状リポペプチドバイオサーファクタントとしては、嵩高い環状構造を有し、且つ界面活性作用を示すペプチド化合物であれば特に制限されないが、例えば、サーファクチン、アルスロファクチン、ライケシン、ビスコシンを挙げることができる。
【0048】
本発明では環状リポペプチドバイオサーファクタントとして、サーファクチン(I)またはその塩を好適に使用することができる。
【0049】
【化4】
【0050】
[式中、
Xは、ロイシン、イソロイシンおよびバリンから選択されるアミノ酸残基を示し;
1はC9-18アルキル基を示す]
Xとしてのアミノ酸残基は、L体でもD体でもよいが、L体が好ましい。
【0051】
「C9-18アルキル基」は、炭素数が9以上、18以下の直鎖状または分枝鎖状の一価飽和炭化水素基をいう。例えば、n−ノニル、6−メチルオクチル、7−メチルオクチル、n−デシル、8−メチルノニル、n−ウンデシル、9−メチルデシル、n−ドデシル、10−メチルウンデシル、n−トリデシル、11−メチルドデシル、n−テトラデシル、n−ペンタデシル、n−ヘキサデシル、n−ヘプタデシル、n−オクタデシルなどが挙げられる。
【0052】
本発明で用いる環状リポペプチドバイオサーファクタントは1種のみでもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。例えば、R1のC9-18アルキル基が異なる複数のサーファクチン(I)を含むものであってもよい。
【0053】
環状リポペプチドバイオサーファクタントは、公知方法に従って得ることができる。例えばサーファクチン(I)は、公知方法に従って、微生物、例えばバチルス・ズブチリスに属する菌株を培養し、その培養液から分離することができ、精製品であっても、未精製品、例えば培養液のまま使用することもできる。また、化学合成法によって得られるものでも同様に使用できる。
【0054】
陰イオン性である環状リポペプチドバイオサーファクタントの塩を構成するカウンターカチオンは、特に制限されないが、例えばアルカリ金属イオンやアンモニウムイオンが挙げられる。
【0055】
陰イオン性である環状リポペプチドバイオサーファクタントの塩に使用できるアルカリ金属イオンは特に限定されないが、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンなどを表す。また、2つのアルカリ金属イオンは、互いに同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0056】
アンモニウムイオンの置換基としては、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、t−ブチル等のアルキル基;ベンジル、メチルベンジル、フェニルエチル等のアラルキル基;フェニル、トルイル、キシリル等のアリール基等の有機基が挙げられる。アンモニウムイオンとしては、例えば、テトラメチルアンモニウムイオン、テトラエチルアンモニウムイオン、ピリジニウムイオン等が挙げられる。
【0057】
なお、陰イオン性である環状リポペプチドバイオサーファクタントの塩中、二つのカウンターカチオンは互いに同一であってもよいし、異なっていてもよいものとする。また、サーファクチン(I)のように2以上のカルボキシ基を有する陰イオン性環状リポペプチドバイオサーファクタントの場合、一部のカルボキシ基が−COOHまたは−COO-の状態になっていてもよいものとする。
【0058】
陰イオン界面活性剤と環状リポペプチドバイオサーファクタントの使用割合は、陰イオン界面活性剤などに応じて適宜調整すればよい。例えば、本発明者らの実験的知見によれば、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩(LAS)と環状リポペプチドバイオサーファクタントの合計に対して環状リポペプチドバイオサーファクタントを0.1mol%を添加した場合にはLASの臨界ミセル濃度低減作用は認められなかったが、アルキル硫酸塩(AS)であるSDSと環状リポペプチドバイオサーファクタントの合計に対して環状リポペプチドバイオサーファクタントを0.1mol%を添加した場合にはSDSの臨界ミセル濃度を十分に低減することができた。具体的には、所望の臨界ミセル濃度低減の程度に応じて、予備実験などにより陰イオン界面活性剤と環状リポペプチドバイオサーファクタントの使用割合を決定すればよい。
【0059】
一般的には、陰イオン界面活性剤と環状リポペプチドバイオサーファクタントの合計に対する環状リポペプチドバイオサーファクタントの割合は、0.1mol%以上とすることができ、0.5mol%以上が好ましく、1mol%以上がより好ましく、5mol%以上がさらに好ましく、10mol%以上が特に好ましい。一方、当該割合の上限は特に制限されないが、一般的に陰イオン界面活性剤に比べて環状リポペプチドバイオサーファクタントは高価であるので、コストの観点からは、当該割合は70mol%以下とすることが好ましく、60mol%以下とすることがより好ましく、50mol%以下とすることがさらに好ましい。
【0060】
本発明では、陰イオン界面活性剤に環状リポペプチドバイオサーファクタントを併用することにより陰イオン界面活性剤の臨界ミセル濃度を低減する。すなわち、本発明に係る陰イオン界面活性剤の臨界ミセル濃度の低減方法は、上記陰イオン界面活性剤に環状リポペプチドバイオサーファクタントを組み合わせて使用する工程を含むことを特徴とする。よって、本発明に係る界面活性剤組成物は、陰イオン界面活性剤と環状リポペプチドバイオサーファクタントのみからなるものであってもよい。
【0061】
また、本発明に係る界面活性剤組成物は、陰イオン界面活性剤と環状リポペプチドバイオサーファクタント以外の成分を含むものであってもよい。例えば、溶媒として水を含むものであってもよい。また、さらに、エタノールなどの水混和性有機溶媒を含んでいてもよい。
【0062】
本発明に係る界面活性剤組成物のその他の成分は、最終製品の形態などに応じて適宜選択すればよく特に制限されないが、例えば、グアーガムやキサンタンガムなどの増粘多糖類;ヒドロキシプロピルセルロースやカルボキシメチルセルロースなどのセルロース類;アクリル酸重合体やアクリル酸共重合体などのカルボキシビニルポリマー;シリコーン化合物;着色剤;pH調整剤;植物エキス類;防腐剤;キレート剤;ビタミン剤;抗炎症剤などの薬効成分;香料;紫外線吸収剤;酸化防止剤などを挙げることができる。
【0063】
本発明に係る界面活性剤組成物の最終形態は特に制限されないが、例えば、クリーム、ジェル、ローション、シャンプー、シャワーバス用製品、デオドラント製品、発汗抑制剤、サンスクリーン調合物、装飾用化粧用物品、液体歯磨剤、洗口剤などの化粧製品やトイレタリー製品;化粧落としや乳幼児のお尻拭きなどとして利用されるウェットティッシュなどの湿潤ワイパー;医療用や家庭用の手指などの消毒用の消毒液;繊維製品;繊維製品用の油剤;ゴム・プラスチック関連製品やその製造工程で使用される乳化剤;土木・建築製品やそれらの洗浄や処理のために使用される洗浄剤、防錆剤、表面処理剤;紙・パルプ製品;機械・金属製品;クリーニング製品;飲料や食品;塗料・インキ製品;環境保全用製品;農業・肥料製品;情報産業製品;帯電防止剤;表面処理剤;その他工業用洗浄剤などを挙げることができる。
【0064】
本願は、2014年3月5日に出願された日本国特許出願第2014−43060号、2014年6月9日に出願された日本国特許出願第2014−118831号、および2014年7月28日に出願された日本国特許出願第2014−152647号に基づく優先権の利益を主張するものである。2014年3月5日に出願された日本国特許出願第2014−43060号、2014年6月9日に出願された日本国特許出願第2014−118831号、および2014年7月28日に出願された日本国特許出願第2014−152647号の明細書の全内容が、本願に参考のため援用される。
【実施例】
【0065】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0066】
実施例1: サーファクチンナトリウムによる直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムの使用量低減効果
洗浄剤に配合される主要なアニオン性界面活性剤である直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(LAS)に対する、サーファクチンナトリウム(SFNa)による使用量低減効果を、表面張力測定により検証した。具体的には、まず、バイヤル瓶にLASまたはSFNaと超純水を加え、スターラーで撹拌することにより溶解させ、10mM水溶液を調製した。これら溶液を所定の割合で混合した後、さらに超純水を加えて混合水溶液を希釈した各水溶液を得た。当該各水溶液をシャーレーへ移し変えて一昼夜静置し、高機能表面張力計(協和界面科学社製,「DY−500」)を用い、25℃で表面張力の濃度依存性を測定した。結果を図1に示す。
【0067】
図1には、LAS単独の場合、および、LASとSFNaとをモル比1:1で混合、すなわちLASとSFNaの合計に対してSFNaを50mol%添加した場合の表面張力の測定結果を示す。図1より明らかなように、LAS単独の場合に比べて、SFNaを50mol%添加した場合には、極めて低濃度から優れた表面張力低下能を示すことが分かった。
【0068】
また、界面活性剤は表面に吸着し、表面張力を低下させると同時に、飽和吸着に達した後は、表面張力は一定となり水中でミセルと呼ばれる会合体を形成する。通常の界面活性剤は、ミセルを形成することにより洗浄力や油汚れに対する可溶化力を発揮する。ミセルを形成する濃度は臨界ミセル濃度(CMC:Critical Micelle Concentration)と呼ばれ、CMCを低減することができれば、界面活性剤の使用量を削減することができる。図1の表面張力の測定結果から算出したLAS単独水溶液、LAS/SFNa混合水溶液およびSFNa単独水溶液の臨界ミセル濃度の値を表1に示す。
【0069】
【表1】
表1より、LASとSFNaの合計に対してSFNaを50mol%添加した場合の臨界ミセル濃度は、LAS単独の場合に比べて、約三桁、1/1000程度も低い値になることが判明した。なお、SFNaを50mol%添加した場合のCMCは、SFNa単独系と比べても、1桁程度(約1/10)低い値となっている。これは、嵩高なペプチド構造を有するSFNaとLASとの特異な相乗効果によるものと考えられる。
【0070】
また、図2には、LAS単独の場合、および、LASとSFNaの合計に対してSFNaをモル比で9:1(10mol%)、99:1(1mol%)、または999:1(0.1mol%)の割合で添加した場合の表面張力の測定結果を示す。図2より、SFNaを0.1mol%添加した場合では、LASの表面張力の低減効果は認められなかったものの、1mol%および10molの添加した場合では、表面張力の低減効果が確認された。
【0071】
図2の表面張力の測定結果から算出した各水溶液の臨界ミセル濃度の値を表2に示す。
【0072】
【表2】
表2より、LASの臨界ミセル濃度は、SFNaの10mol%の添加で約二桁、1/100程度、1mol%の添加で約一桁、1/10程度も低下することが分かった。
【0073】
これらの結果より、嵩高い環状ペプチド構造を有するSFNaのごく微量の添加により、主要な洗浄成分であるLASの使用量を大幅に低減できることが明らかになった。
【0074】
実施例2: サーファクチンナトリウムによるドデシル硫酸ナトリウムの使用量低減効果
次に、LASと同様に主要な陰イオン界面活性剤であるドデシル硫酸ナトリウム(SDS)に対するサーファクチンナトリウム(SFNa)による使用量低減効果を、表面張力測定により検証した。具体的には、LASの代わりにSDSを用いたこと以外は上記実施例1と同様にして、SDS単独水溶液、SDS/SFNa混合水溶液およびSFNa単独水溶液を調製し、表面張力を測定した。結果を図3に示す。
【0075】
図3より、SDS単独の場合に比べて、SFNaを50mol%添加した場合には、極めて低濃度から優れた表面張力低下能が認められた。また、図3の表面張力の測定結果から算出した各水溶液の臨界ミセル濃度の値を表3に示す。
【0076】
【表3】
表3のとおり、SDSとSFNaの合計に対してSFNaを50mol%添加した場合の臨界ミセル濃度は、SDS単独の場合に比べて、LASの場合と同様に約三桁、1/1000程度も低い値になることが判明した。なお、SFNaを50mol%添加した場合のCMCは、SFNa単独の場合と比べても1桁程度(約1/10)低い値となった。
【0077】
また、図4には、SDS単独の場合、および、SDSとSFNaの合計に対してSFNaをモル比で9:1(10mol%)、99:1(1mol%)、または999:1(0.1mol%)の割合で添加した場合の表面張力の測定結果を示す。図4より、LASの場合と異なり、SFNaの0.1mol%の添加、すなわちSDSとSFNaの合計に対して1/1000の添加でも、表面張力の低減効果が認められ、1mol%および10mol%の添加では、さらに著しい表面張力の低減効果が確認された。
【0078】
図4の表面張力の測定結果から算出した各水溶液の臨界ミセル濃度の値を表4に示す。
【0079】
【表4】
表4に示す結果のとおり、SDSの臨界ミセル濃度の値は、SFNa10mol%の添加で約二桁、1/100程度、1mol%の添加で約一桁、1/10程度、0.1mol%の添加でも数分の1程度低下することが分かった。これらの結果より、嵩高い環状ペプチド構造を有するSFNaのごく微量の添加により、LAS同様に、幅広い分野で活用されるSDSの使用量も大幅に低減できることが明らかになった。
【0080】
参考例1: サーファクチンナトリウムによるポリオキシエチレンアルキルエーテルの使用量低減効果
次に、LASおよびSDSと同様に、主要な非イオン界面活性剤であるポリオキシエチレンアルキルエーテル(POE−AE)に対するサーファクチンナトリウム(SFNa)による使用量低減効果を、表面張力測定により検証した。具体的には、LASまたはSDSの代わりにPOE−AE(日本乳化剤株式会社製「NEWCOL2308」)を用いたこと以外は上記実施例1および実施例2と同様にして、POE−AE単独水溶液、POE−AE/SFNa混合水溶液およびSFNa単独水溶液を調製し、表面張力を測定した。結果を図5に示す。
【0081】
図5より、POE−AE単独の場合に比べて、SFNaを50mol%添加した場合には、低濃度から優れた表面張力低下能が認められたものの、その効果はLASやSDSなどの陰イオン界面活性剤に対するものほど顕著ではなかった。また、図5の表面張力の測定結果から算出した各水溶液の臨界ミセル濃度の値を表5に示す。
【0082】
【表5】
表5のとおり、POE−AEとSFNaの合計に対してSFNaを50mol%添加した場合の臨界ミセル濃度は、LASやSDSの場合は約三桁、1/1000程度も低い値になっていたが、POE−AEの場合、POE−AE単独の場合に比べて約一桁、1/10程度低い値になった。
【0083】
また、図6には、POE−AE単独の場合、および、POE−AEとSFNaの合計に対してSFNaをモル比で9:1(10mol%)、99:1(1mol%)、または999:1(0.1mol%)の割合で添加した場合の表面張力の測定結果を示す。図6より、LASやSDSの場合と異なり、POE−AEとSFNaの合計に対してSFNaを10mol%添加した場合においてのみ表面張力の低減効果が確認され、それ以外のSFNaの0.1mol%および1mol%の添加では、表面張力の低減効果が確認されなかった。
【0084】
図6の表面張力の測定結果から算出した各水溶液の臨界ミセル濃度の値を表6に示す。
【0085】
【表6】
表6に示す結果のとおり、POE−AEの臨界ミセル濃度の値は、POE−AEとSFNaの合計に対してSFNaを10mol%添加した場合で1/4程度低下したが、それ以外の1mol%および0.1mol%の添加では、POE−AE単独の場合と比べて変わらないことが判明した。
【0086】
これらの結果より、環状ペプチド構造を有するSFNaによる界面活性剤の使用量低減効果は、非イオン界面活性剤に対しても認められたが、陰イオン界面活性剤ほど顕著でないことが明らかになった。
【0087】
参考例2: サーファクチンナトリウムの固体基板上における配向性
バイヤル瓶にSFNaと超純水を1mMになるように測りとり、スターラーで攪拌することにより溶解させた。この溶液を、パスツールピペットを用いてマイカ基板上に一滴滴下して、室温で風乾させた。SFNaが配向したマイカ基板の表面形状を原子間力顕微鏡(セイコーインスツル社製「SPI4000」)によって観察した。その結果を図7に示す。図7(1)中、写真の下のスケールは、写真中の色と縦方向の高さとの関係を示す。
【0088】
図7より、5μm×5μmスケールにおいて、マイカ表面上に特徴的なレイヤー構造の形成が観測された。これはSFNaが会合して層構造を形成していることに由来するものである。層の厚みは約30nmであり、これはSFNaの分子長(約2.5nm)よりも十分長いことから、複数のSFNa分子によって多層構造が形成されていることが明らかになった。マイカ表面は親水性であり、SFNaの親水基である嵩高い環状ペプチド部位がマイカ表面に吸着しているものと考えられる。SFNaの環状ペプチド部位は非常に嵩高く、その分子占有面積が極めて大きいために、少量の添加で固体表面を改質することができる。さらに、SFNaは優れた配向性を示すことから、他の界面活性剤への少量の添加によっても劇的にその性能を向上させることができることが考えられる。
【0089】
参考例3: サーファクチンナトリウムの固体基板上における被膜形成
SFNaの濃度が1mM(1000ppm)になるようにSFNaと超純水をバイヤル瓶に測りとり、スターラーで攪拌することにより溶解させた。この溶液を、パスツールピペットを用いてSUS基板上(日造精密研磨株式会社製,「SUS304」,精密研磨処理品)に一滴滴下して、デシケーター内で乾燥させた。SUS基板の表面形状を原子間力顕微鏡(セイコーインスツル社製「SPI4000」)を用い、タッピングモードによって観察した。また、比較のため、SFNa溶液で処理する前のSUS基板も同様に観察した。SUS基板の原子間力顕微鏡写真を図8に、SFNa溶液で処理したSUS基板の原子間力顕微鏡を図9に示す。なお、図8,9中、各写真の下のスケールは、写真中の色と縦方向の高さとの関係を示す。
【0090】
図8のとおり、SFNa溶液で処理する前のSUS基板の表面には、研磨による数ナノ程度の凹凸の存在が確認できる。それに対して、図9のとおり、SFNa溶液で処理したSUS基板には凹凸はほとんど認められず、SFNaが会合して層構造を形成していることが観察された。このように、SUS基板上においてもSFNaが被膜を形成することが確認できた。
【0091】
参考例4: サーファクチンナトリウムの固体基板上における被膜形成
SFNaの濃度が0.025mM(25ppm)、0.0125mM(12.5ppm)または0.008mM(8ppm)になるようにSFNaと超純水をバイヤル瓶に測りとり、スターラーで攪拌することにより溶解させた。各溶液を、パスツールピペットを用いてSUS基板上(日造精密研磨株式会社製,「SUS304」,精密研磨処理品)に一滴滴下して、デシケーター内で乾燥させた。各基板の表面を、上記参考例3と同様に原子間力顕微鏡を使ってタッピングモードにより観察し、写真を撮影した。各写真を図10(1)〜(3)に示す。なお、図10中、各写真の下のスケールは、写真中の色と縦方向の高さとの関係を示す。
【0092】
図10(1)より明らかなように、SFNaの25ppm水溶液で処理したSUS表面には、図8にあるSUS基板上の凹凸が確認されずに、特徴的な被膜の形成が観測された。これはSFNaが基板上で会合して層構造を形成していることに由来するものである。また、図10(2),(3)に示す通り、さらに低濃度であるSFNaの12.5ppm水溶液および8ppm水溶液で処理したSUS表面においても同様の被膜の形成が確認された。このように、SFNaの環状ペプチド部位は非常に嵩高く、その分子占有面積が極めて大きいために、少量の添加で固体表面を改質することができる。また、SFNaは優れた配向性を示すことから、他の界面活性剤への少量の添加によっても劇的にその性能を向上させることができることが考えられる。
【0093】
実施例3: サーファクチンナトリウムによるペルフルオロオクタン酸ナトリウムの使用量低減効果
上記実施例1で用いた直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(LAS)および上記実施例2で用いたドデシル硫酸ナトリウム(SDS)と同様に、環境への影響が懸念されている陰イオン界面活性剤であるペルフルオロオクタン酸ナトリウム(PFOSNa)に対するサーファクチンナトリウム(SFNa)による使用量低減効果を、表面張力測定により検証した。
【0094】
PFOSNa水溶液を、株式会社トーケムプロダクツ製のペルフルオロオクタン酸(PFOS)を水酸化ナトリウム水溶液により中和することにより調製した。LASまたはSDSの代わりにPFOSNaを用いたこと以外は上記実施例1および実施例2と同様にして、PFOSNa単独水溶液、PFOSNa/SFNa混合水溶液およびSFNa単独水溶液を調製し、各水溶液の表面張力を測定した。結果を図11に示す。
【0095】
図11より、PFOSNa単独の場合に比べて、SFNaを50mol%添加した場合には、極めて低濃度から優れた表面張力低下能が認められた。また、図11の表面張力の測定結果から算出した各水溶液の臨界ミセル濃度の値を表7に示す。
【0096】
【表7】
表7のとおり、PFOSNaとSFNaの合計に対してSFNaを50mol%添加した場合の臨界ミセル濃度は、PFOSNa単独の場合に比べて、LASおよびSDSの場合と同様に約三桁、1/1000程度も低い値になることが判明した。なお、SFNaを50mol%添加した場合の臨界ミセル濃度は、SFNa単独の場合と比べても低い値となった。
【0097】
また、図12には、PFOSNa単独の場合と、PFOSNaに対してSFNaをモル比で9:1(10mol%)、99:1(1mol%)、または999:1(0.1mol%)の割合で添加した場合の表面張力の測定結果を示す。図12より、いずれの場合も表面張力の低減効果が認められ、10mol%の添加では、さらに著しい表面張力の低減効果が確認された。
【0098】
図12の表面張力の測定結果から算出した各水溶液の臨界ミセル濃度の値を表8に示す。
【0099】
【表8】
表8に示す結果のとおり、PFOSNaの臨界ミセル濃度の値は、SFNa10mol%の添加で約二桁、1/100程度も低下することが分かった。これらの結果より、嵩高い環状ペプチド構造を有するSFNaの添加により、環境への影響が懸念されているPFOSNaの使用量も大幅に低減できることが明らかになった。
【0100】
実施例4: サーファクチンナトリウムによるラウリン酸ナトリウムの使用量低減効果
ラウリン酸ナトリウム(LaNa)に対するサーファクチンナトリウム(SFNa)による使用量低減効果を、表面張力測定により検証した。具体的には、LaNa(和光純薬工業株式会社製)を用い、LaNa単独の場合と、LaNaに対してSFNaをモル比で9:1(10mol%)、99:1(1mol%)、または999:1(0.1mol%)の割合で添加した場合の水溶液の表面張力を測定した。結果を図13に示す。
【0101】
図13より、0.1mol%および1mol%のSFNaの添加ではLaNa単独とほとんど変わらなかったが、10mol%の添加では表面張力の低減効果が確認された。また、0.1mol%および1mol%のSFNaの添加では、LaNa単独と同様に、表面張力が測定濃度範囲内において、ゆるやかに減少し続けたことから、それらの臨界ミセル濃度は1.0×10-2M以上であることが分かった。一方、図13より、LaNaに対してSFNaを10mol%添加した場合の臨界ミセル濃度は1.5×10-5Mとなり、LaNa単独の場合に比べて、LASおよびSDSの場合と同様に少なくとも約三桁、1/1000程度も低い値になることが判明した。これらの結果より、嵩高い環状ペプチド構造を有するSFNaの添加により、LaNaの使用量も大幅に低減できることが明らかになった。
【0102】
実施例5: サーファクチンナトリウムと直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(LAS)の混合ミセル形成確認
直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(LAS)にサーファクチンナトリウム(SFNa)を添加した系において、低濃度におけるミセル形成を実際に確認した。具体的には、上記実施例1と同様に、LAS単独、およびLASに対してSFNaをモル比で9:1(10mol%)の割合で添加した各種水溶液を調製した。光散乱光度計(大塚電子社製,製品名「DLS−7000」)を用い、得られた各種濃度の水溶液の散乱光強度を測定した。その際、光源にはArレーザー(λ=488nm)を用い、散乱角度は90度に設定した。なお、得られた散乱光強度と溶媒である超純水の散乱光強度の比、相対散乱光強度を濃度に対してプロットした結果を図14に示す。
【0103】
一般的にミセル形成に伴って相対散乱光強度は上昇するところ、図14より明らかなように、LAS単独の場合に比べ、SFNaを10mol%添加した場合には約二桁、1/100程度も低い濃度から相対散乱光強度の急激な上昇が認められた。なお、SFNaを10mol%添加した場合の散乱光強度が上昇する濃度は、上記実施例1の表面張力測定から求められた臨界ミセル濃度とよく一致した。これらの結果より、嵩高い環状ペプチド構造を有するSFNaの添加により、実際に低濃度からミセルが形成されることが明らかになった。
【0104】
実施例6: サーファクチンナトリウムによる直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムの乳化能における使用量低減効果
直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(LAS)にサーファクチンナトリウム(SFNa)を添加した系において、低濃度におけるスクアランの乳化能を検証した。具体的には、上記実施例1と同様に、LAS単独、SFNa単独、およびLASに対してSFNaをモル比で9:1(10mol%)の割合で添加した全濃度が1.5×10-5Mの水溶液を調製した。また、対照として、界面活性剤を添加しない超純水のみも準備した。これら水溶液または超純水1mLとスクアラン(和光純薬工業株式会社製)3mLを試験菅中に測りとり、ボルテックスミキサーで1分間撹拌した。これらの溶液を25℃で1日静置し目視観察した結果を図15に示す。
【0105】
図15により、LASに対してSFNaを10mol%の割合で添加した場合、スクアランと水が乳化した白濁層(エマルション)が得られ、1日後も安定に存在していたのに対して、LAS(1.5×10-6M)のみおよびSFNa(1.4×10-5M)のみ単独で添加した場合では、界面活性剤無添加系と同様に安定なエマルションは得られず、水相と油相の二相に分離したままであった。これらの結果より、嵩高い環状ペプチド構造を有するSFNaの添加により、実際にLASの使用量を大幅に低減できることが明らかになった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15