(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者は、X線回折においてfcc構造(fcc構造:面心立方格子構造)のピーク強度しか測定されない、AlとTiを含む窒化物又は炭窒化物であっても、透過電子顕微鏡による解析をすると、ミクロ組織にはhcp構造のAlNが含まれていることを確認した。そして、ミクロ組織に含まれるhcp構造(hcp構造:六方最密充填構造)のAlNを低減することにより、硬質皮膜として良好な特性が得られることが分かった。更に、基材と硬質皮膜の間に特定の組成及び膜厚の中間皮膜を設けることで、十分な密着性が得られ被覆切削工具の耐久性を向上できることを見出して本発明に到達した。以下、本発明の詳細について説明する。
【0012】
まず、本発明の硬質皮膜について説明する。
硬質皮膜は、耐熱性と耐摩耗性が優れる皮膜種である窒化物又は炭窒化物とする。より好ましくは窒化物である。
Alは、硬質皮膜に耐熱性を付与する元素であり、金属元素のうちAlの含有比率(原子%)を最も多く含有することで、優れた耐熱性を発現し、被覆切削工具の耐久性が向上する。そして硬質皮膜に十分な耐熱性を付与するために、金属元素の総量に対してAlの含有比率(原子%)は60%以上とする。より好ましいAlの含有比率(原子%)は、金属元素の総量に対して62%以上であり、更には65%以上である。
被覆切削工具により高い耐久性を付与するためには、Alの含有比率(原子%)を、金属元素の総量に対して75%以下とすることが好ましい。より好ましいAlの含有比率(原子%)は、金属元素の総量に対して70%以下である。
【0013】
Tiは、硬質皮膜に耐摩耗性を付与すると共に、被覆切削工具として耐久性に優れたfcc構造の結晶構造とする点で、重要な元素である。Tiの含有量が少なくなると、硬質皮膜の耐摩耗性が低下すると共に、X線回折でもhcp構造のピーク強度が確認される程にhcp構造のAlNが多くなる。耐摩耗性を付与してfccの結晶構造とするためには、Al含有量を規定することに加えて、Tiの含有比率(原子%)を、金属元素の総量に対して20%以上とする。更には、Tiの含有比率(原子%)は25%以上とすることがより好ましい。
本発明において、AlとTiとを含む窒化物または炭窒化物は、耐熱性および耐摩耗性の観点から、AlとTiとの合計の含有比率(原子%)を、金属元素の総量に対して90%以上とすることが好ましい。
【0014】
本発明において、X線回折で特定される結晶構造がfcc構造であるとは、例えば、市販のX線回折装置(株式会社リガク製 RINT2500V−PSRC/MDG)を用いて測定した場合に、AlNのhcp構造に起因するピーク強度が確認されず、fcc構造に起因するピーク強度のみが確認されることをいう。
【0015】
本発明では、硬質皮膜のミクロ組織に含まれるhcp構造のAlN量を定量化するため、透過型電子顕微鏡(以下、TEMと記載する。)観察の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルを用いた。具体的には、制限視野回折パターンの輝度を変換し、横軸を、(000)面スポット中心からの距離(半径r)、縦軸を各半径rにおける円一周分の積算強度(任意単位)として、制限視野回折パターンから強度プロファイルを求めた。
本発明では、測定条件を統一するため、加速電圧120V、制限視野領域をφ750nm、カメラ長100cm、入射電子量5.0pA/cm
2(蛍光板上)として、各試料の基材側と表面側で制限視野回折パターンを求めた。また、バックグラウンドの設定の仕方による誤差を排除するため、バックグラウンドの値は除去せず評価した。
そして、hcp構造のAlN(010)面に起因するピーク強度をIhとし、fcc構造のAlN(111)面、TiN(111)面、AlN(002)面、TiN(002)面、AlN(022)面、およびTiN(022)面に起因するピーク強度と、hcp構造のAlN(010)面、(011)面、(110)面に起因するピーク強度と、の合計をIsとし、「Ih×100/Is」で評価することで、硬質皮膜に含まれるhcp構造のAlNを定量的に評価できることを確認した。
【0016】
本発明では、「Ih×100/Is≦20」の関係を満たすものとする。この関係を満たす場合、硬質皮膜に含まれるhcp構造のAlNが少なく、優れた耐久性を発揮できる被覆切削工具になることを確認した。中でも、より好ましくは、「Ih×100/Is≦15」の関係を満たす場合であり、更に好ましくは、「Ih×100/Is≦13」の関係を満たす場合である
なお、fcc構造では、(002)面と(200)面は等価であり、(022)面と(220)面は等価である。本発明のTEM解析においては、fcc構造の等価な結晶面を代表して、(111)面、(002)面、(022)面と示している。
【0017】
本発明における硬質皮膜は、透過型電子顕微鏡の制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルにおいて、基材側および表面側で同一の結晶面に起因するピーク強度が最大強度を示すことが好ましい。「Ih×100/Is」を一定に制御することに加えて、硬質皮膜の基材側と表面側で最大強度を示す結晶面を同じにすることで、硬質皮膜の全体が連続性のある均一な組織となり被覆切削工具の耐久性が向上する。特に、硬質皮膜の基材側と表面側とで、fcc構造のAlN(002)面またはTiN(002)面に起因するピーク強度が最大となることで、耐久性が向上する傾向にあるので好ましい。
【0018】
硬質皮膜が薄くなり過ぎると、優れた耐久性が十分に発揮されない場合がある。また、硬質皮膜が厚くなり過ぎると、皮膜剥離が発生する場合がある。硬質皮膜の厚さは、例えば、0.5μm以上10μm以下の範囲から適当な値を選択すればよい。硬質皮膜の厚さは、より好ましくは1μm以上である。更には、硬質皮膜の厚さは2μm以上であることがより好ましい。また、硬質皮膜の厚さは、より好ましくは5μm以下である。
【0019】
続いて中間皮膜について説明する。既述のように、硬質皮膜のミクロ組織に含まれるhcp構造のAlNを低減させたAlとTiを含有する窒化物または炭窒化物を適用した硬質皮膜の効果を最大限に発揮するためには、基材と硬質皮膜の間に特別な中間皮膜を設けることが重要である。本発明者は鋭意研究し、ナノビーム回折パターンからWCの結晶構造に指数付けされ、タングステン(W)とクロム(Cr)を含有する炭化物からなる中間皮膜を基材の上に設けることで、基材と硬質皮膜との密着性が改善されるだけでなく、硬質皮膜に含まれるhcp構造のAlNが低減して被覆切削工具の耐久性が向上することを確認した。
基材の直上の中間皮膜がナノビーム回折パターンからWCの結晶構造に指数付けされ、タングステン(W)を含有する炭化物であれば基材である超硬合金との親和性が強くなり密着性が優れると考えられる。また、中間皮膜がクロム(Cr)を含有することで、中間皮膜の直上にある硬質皮膜がfcc構造となり易くなり、硬質皮膜に含まれるhcp構造のAlNが低減すると考えられる。
また、中間皮膜の膜厚は、薄厚になり過ぎても厚膜になり過ぎても、基材との密着性を向上させるのに好ましくない。よって、中間皮膜の膜厚は、1nm以上10nm以下の範囲とする。中間皮膜の膜厚の下限については、好ましくは2nm以上であり、更には3nm以上が好ましい。また、中間皮膜の膜厚の上限については、好ましくは7nm以下である。更には、5nm以下であることが好ましい。
【0020】
本発明の中間皮膜は、WおよびCr以外に皮膜成分および母材成分を含有しても良い。本発明の中間皮膜には、基材側のCoや硬質皮膜側のAl、Ti、Nが拡散して含まれ得るが、中間皮膜がナノビーム回折パターンからWCの結晶構造に指数付けされ、タングステン(W)とクロム(Cr)を含有する炭化物であることで本願発明の効果を発揮することができる。中間皮膜の存在は、透過型電子顕微鏡観察による断面観察、組成分析、ナノビーム回折パターンより確認することができる。
【0021】
本発明における硬質皮膜は、周期律表の4a族(Tiを除く)、5a族、6a族の金属元素、SiおよびBからなる群より選択される1種または2種以上の元素を、金属元素の含有比率(原子%)で0%以上15%以下含有することができる。これらの元素は、一般的に硬質皮膜に添加される元素であり、含有比率が過多にならない範囲では、本発明の被覆切削工具の耐久性を低下させない。
また、本発明者の検討によれば、被加工材や加工条件によっては、硬質皮膜が上述した元素を更に含有することで、より優れた耐久性を示す場合があることを確認した。これは、AlTi系の窒化物または炭窒化物が、他の金属元素を含有することで、耐熱性や靱性等が改善されるためと推定される。但し、添加元素の含有量が多くなり過ぎると、硬質皮膜の耐摩耗性及び耐熱性を低下させる傾向にある。そのため、添加する場合でも、金属元素の含有比率(原子%)で15%以下とするのが好ましい。
【0022】
本発明における硬質皮膜は、W(タングステン)を含有することで、高硬度を維持した上で、皮膜の圧縮残留応力を低下することができる。本発明者の検討によれば、硬質皮膜がWを含有することで、高硬度材だけでなく、高炭素鋼やNi基超耐熱合金の切削加工においてもより優れた耐久性が発揮され易くなる。幅広い被削材に対してより優れた耐久性が発揮されるためには、硬質皮膜は、Wの含有比率(原子%)は、金属元素の総量に対して、1%以上10%以下であることがより好ましく、2%以上6%以下であることがより好ましい。
【0023】
被覆後の硬質皮膜の組成は、ターゲット組成と異なる場合がある。本発明における硬質皮膜の組成は、例えば、被覆後の硬質皮膜を波長分散型電子プローブ微小分析(WDS−EPMA)を用いて確認することができる。
【0024】
本発明においては、本発明の効果を発揮する点で、AlTi系の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜の上に、更に別の層を被覆してもよい。そのため、本発明において、ナノビーム回折パターンからWCの結晶構造に指数付けされ、タングステン(W)とクロム(Cr)を含有する炭化物からなる中間皮膜と、AlTi系の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜と、を有する皮膜構造は、AlTi系の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜を工具の最表面とすること以外に、別の層を被覆してもよい。この場合、AlTi系の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜の上には、保護皮膜として、耐熱性と耐摩耗性に優れた窒化物又は炭窒化物からなる別の硬質皮膜が被覆されていることが好ましい。保護皮膜としてより好ましくは、窒化物からなる層である。
【0025】
続いて本発明の硬質皮膜の被覆方法について説明する。本発明者は、AlTi系の窒化物または炭窒化物のミクロ組織に含有されるhcp構造のAlN量は、硬質皮膜の被覆に用いるカソードの磁場が影響していることを確認した。そして、ターゲットの外周と背面に永久磁石を配置し、ターゲット中心付近の磁束密度が18mT以上となるカソードを用いて硬質皮膜を被覆することで、ミクロ組織に含有されるhcp構造のAlN量が低下して被覆切削工具の耐久性が向上することを確認した。より好ましくはターゲット中心付近の磁束密度が20mT以上である。但し、硬質皮膜の被覆時に基材に印加する負のバイアス電圧が低くなるとhcp構造のAlN量が増加するそのため、硬質皮膜の被覆時に基材に印加する負のバイアス電圧を−200V〜−70Vとすることが重要である。より好ましくは−150V〜−100Vである。
【0026】
硬質皮膜の成膜温度が低いと、皮膜組織が粗大になる傾向にある。但し、硬質皮膜の成膜温度が低くなり過ぎると、皮膜の圧縮残留応力が高くなり過ぎて皮膜が自己破壊を起す傾向にある。そのため、硬質皮膜は、450℃以上で成膜することが好ましい。一方、硬質皮膜の成膜温度が高くなると、皮膜組織が微細になる傾向になる。但し、硬質皮膜の成膜温度が高くなり過ぎると、硬質皮膜に付与される残留応力が低下し、硬質皮膜が軟化して耐摩耗性が低下する傾向にある。そのため、硬質皮膜は580℃以下で成膜することが好ましい。但し、硬質皮膜の成膜温度を好ましい範囲に制御しても、ボンバード処理前の基材の加熱温度が高い場合には、硬質皮膜の基材側と表面側で異なる結晶面に起因するピーク強度が最大強度を示すことがある。そのため、ボンバード処理前の基材の加熱温度は500℃以下とすることが好ましい。また、硬質皮膜の被覆時に炉内に導入する窒素ガス流量を調整して、炉内圧力を4Pa〜6Paで硬質皮膜を被覆することが好ましい。
【0027】
続いて中間皮膜の製造方法について説明する。基材の上にナノビーム回折パターンからWCの結晶構造に指数付けされ、タングステン(W)とクロム(Cr)を含有する炭化物を1nm以上10nm以下で形成するには、ターゲットの外周にコイル磁石を配備してアークスポットをターゲット内部に閉じ込めるような磁場構成としたカソードを用いてCrボンバードを実施することが好ましい。このようなカソードを用いてCrボンバード処理することで、ボンバードされたCrイオンが基材表面のWCに拡散し、ナノビーム回折パターンからWCの結晶構造に指数付けされ、タングステン(W)とクロム(Cr)を含有する炭化物が形成され易くなる。
また、Crボンバードの際に基材に印加する負のバイアス電圧およびターゲットへ投入する電流が低いと、ナノビーム回折パターンからWCの結晶構造に指数付けされ、タングステン(W)とクロム(Cr)を含有する炭化物が形成され難い。そのため、基材に印加する負のバイアス電圧は−1000V〜−700Vとすることが好ましい。また、ターゲットへ投入する電流は80A〜150Aとすることが好ましい。また、ボンバード処理前の基材の加熱温度が低くなると、ナノビーム回折パターンからWCの結晶構造に指数付けされ、タングステン(W)とクロム(Cr)を含有する炭化物が形成され難くなるため、基材と硬質皮膜の密着性が低下する傾向にある。そのため、基材の加熱温度を450℃以上として、その後のボンバード処理をすることが好ましい。
Crボンバードはアルゴンガス、窒素ガス、水素ガス、炭化水素系ガス等を導入しながら実施してもよいが、炉内雰囲気を1.0×10
−2Pa以下の真空下で実施することで基材表面の清浄化および拡散層の形成が容易になり好ましい。
【0028】
本発明の被覆切削工具は、外周刃を主に使用するラジアスエンドミルまたはスクエアエンドミルに適用するのが特に有効である。
【実施例1】
【0029】
<基材>
物性評価及び切削工具の基材には、組成がWC(bal.)−Co(8質量%)−TaC(0.25質量%)−Cr
3C
2(0.9質量%)、WC平均粒径0.6μm、硬度93.4HRA、からなる超硬合金製のインサート式ラジアスエンドミルを準備した。
【0030】
<成膜装置>
成膜にはアークイオンプレーティング方式の成膜装置を用いた。
真空容器内部は真空ポンプにより排気され、ガスは供給ポートより導入される。真空容器内に設置した各基材にはバイアス電源が接続され、独立して各基材に負のDCバイアス電圧を印加する。
基材回転機構は、プラネタリーとプラネタリー上のプレート状治具、プレート状治具上のパイプ状治具が取り付けられ、プラネタリーが毎分3回転の速さで回転し、プレート状治具、パイプ状治具は夫々自公転する。
本発明の硬質皮膜を被覆するには、ターゲットの外周および背面に永久磁石を配備し、20.2mTの平均磁束密度を発生するカソード(以下、C1と記載する。)を用いた。
比較例2は、背面に永久磁石を配備し、15.1mTの平均磁束密度のカソード(以下、C2と記載する。)を用いた。
Crボンバード処理には、ターゲットの外周にコイル磁石を配備したカソード(以下、C3と記載する。)を用いた。
【0031】
<成膜工程>
真空容器内に設置したヒーターにより、基材を加熱して真空排気を行った。そして、真空容器内の圧力を8×10
−3Pa以下とした。その後、Arプラズマによるクリーニングを行い、続いて、Crボンバード処理をした。真空容器内のガスを窒素に置き換え、真空容器内の圧力を5Paとした。そして、カソードに150Aの電流を供給して約2μmの硬質皮膜を被覆した。
なお、比較例1以外は硬質皮膜の被覆前に、8×10
−3Pa以下になるように真空排気して、C3に150Aのアーク電流を供給してCrボンバード処理を実施した。
比較例1は、Arプラズマによるクリーニングの後、Crボンバード処理をせずに、硬質皮膜を被覆した。
比較例8は、Arプラズマによるクリーニングの後、Crボンバード処理をせずに、中間皮膜としてTiNを被覆した。
比較例9は、Arプラズマによるクリーニングの後、Crボンバード処理をせずに、中間皮膜としてCrNを被覆した。
【0032】
【表1】
【0033】
<組成分析>
株式会社日本電子製の電子プローブマイクロアナライザー装置(型番:JXA−8500F)を用いて、硬質皮膜の組成を波長分散型電子プローブ微小分析(WDS−EPMA)により測定した。測定条件は、加速電圧10kV、照射電流5×10
−8A、取り込み時間10秒、分析領域直径1μm、分析深さが略1μmで5点測定してその平均から求めた。
【0034】
<X線回折>
X線回折を用いて硬質皮膜の結晶構造を評価した。株式会社リガク製のX線回折装置(型番:RINT2500V−PSRC/MDG)を用い、管電圧40kV、管電流300mA、X線源Cukα(λ=0.15418nm)、2θが30〜70度の測定条件で実施した。
【0035】
<TEM観察>
中間皮膜及び硬質皮膜を評価するためTEMによる断面観察を行った。日本電子株式会社製の電界放出型透過電子顕微鏡(型番:JEM−2010F型)を用い、加速電圧120V、入射電子量5.0pA/cm
2の条件下でTEM解析を実施した。
制限視野回折パターンは、カメラ長100cm、制限視野領域φ750nmで実施した。制限視野回折パターンから求められる強度プロファイルからhcp構造及びfcc構造のピーク強度を求めた。各試料について硬質皮膜の基材側と表面側の2カ所で制限視野回折パターンを測定した。
中間皮膜の組成は付属のUTW型Si(Li)半導体検出器を用いてビーム径1nmで分析した。ナノビーム回折は、カメラ長50cmとし、2nm以下のビーム径で分析した。
なお、比較例3については、Al含有量が少ない硬質皮膜のため、硬質皮膜のTEM解析は実施していない。比較例4については、X線回折でもhcp構造のピーク強度が確認されているため、硬質皮膜のTEM解析は実施していない。比較例5については、本願発明の硬質皮膜とは膜種が異なるAlCrNであるめ、硬質皮膜のTEM解析は実施していない。
【0036】
EDSスペクトル分析およびナノビーム回折パターンから、基材、硬質皮膜、中間皮膜の確認を行った。EDSスペクトル分析結果から、中間皮膜は、金属元素の含有比率(原子%)でWを最も多く含有し、次いでCrを多く含有することを確認した。また、WおよびCr以外には硬質皮膜の成分であるAl、Ti、Nを含有していた。また、母材成分であるCoも僅かに含有していた。
また、中間皮膜はナノビーム回折パターンからWCの結晶構造に指数付けが可能であった。EDSスペクトル分析およびナノビーム回折パターンから、中間皮膜はナノビーム回折パターンからWCの結晶構造に指数付けされ、タングステン(W)とクロム(Cr)を含有する炭化物であることを確認した。
【0037】
<切削試験>
工具:高硬度材加工用インサート式ラジアスエンドミル
φ12×R2×3枚刃(日立ツール株式会社製)
カッター型番:ASRM−1012R−3−M6
インサート型番:EPHN0402TN−2
切削方法:底面切削
被削材:SKD11(60HRC)
切込み:軸方向0.15mm、径方向6mm
刃数:1
主軸回転数:1856min
−1
テーブル送り:742mm/min
一刃送り量:0.4mm/tooth
切削油:エアーブロー
切削距離:25m
【0038】
【表2】
【0039】
表2に皮膜の特性結果および切削評価の結果を示す。本発明例1は、比較例2よりもAl含有量が多いが、硬質皮膜の母材側及び表面側でAlNのhcp構造が少ないことが確認された。
図1に本発明例および比較例の工具損傷パターンの一例を示す。本発明例の工具損傷パターンは安定した摩耗形態であり、切削試験に引き続いての切削加工が可能なレベルの工具の損傷状態であった。
【0040】
比較例の工具損傷パターンはいずれも早期の欠損であり、工具損傷が大きくなり、引き続いての切削加工は不可能となった。
比較例1は、硬質皮膜のIh×100/Isの値は小さいが、中間皮膜を形成していないため基材と硬質皮膜の密着性が十分なく、工具損傷が大きくなった。
比較例2は、本発明例よりもターゲット表面付近の磁束密度が小さいカソードを用いて硬質皮膜を被覆したので、硬質皮膜に含まれているhcp構造のAlNが多くなり、工具損傷が大きくなった。
比較例3は、硬質皮膜に含まれるAl含有量が少ないため工具損傷が大きくなった。
比較例4は、硬質皮膜を被覆する際に基材に印加するバイアス電圧が小さいため、X線回折でもhcp構造のAlNに起因するピーク強度が確認された。そのため、工具損傷が大きくなった。
比較例5は、硬質皮膜にAlCr系の窒化物を形成したので、工具損傷が大きくなった。
比較例6は、基材のクリーニングを目的として短時間のCrボンバード処理を実施したため本発明例のような中間皮膜は確認されなかった。そのため、基材と硬質皮膜の密着性が十分ではなく、工具損傷が大きくなった。
比較例7は、中間皮膜の膜厚が厚くなり過ぎて、基材と硬質皮膜の密着性が十分ではなく、工具損傷が大きくなった。
比較例8と比較例9は、窒化物の中間皮膜を設けたため、基材と硬質皮膜の密着性が十分ではなく、工具損傷が大きくなった。