特許第6557102号(P6557102)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6557102
(24)【登録日】2019年7月19日
(45)【発行日】2019年8月7日
(54)【発明の名称】ポリイソプレンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08C 2/02 20060101AFI20190729BHJP
【FI】
   C08C2/02
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-184015(P2015-184015)
(22)【出願日】2015年9月17日
(65)【公開番号】特開2017-57298(P2017-57298A)
(43)【公開日】2017年3月23日
【審査請求日】2018年6月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005119
【氏名又は名称】日立造船株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100182084
【弁理士】
【氏名又は名称】中道 佳博
(74)【代理人】
【識別番号】100123489
【弁理士】
【氏名又は名称】大平 和幸
(72)【発明者】
【氏名】柚木 功
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 伸昭
(72)【発明者】
【氏名】武野 真也
(72)【発明者】
【氏名】中澤 慶久
(72)【発明者】
【氏名】馬場 健史
【審査官】 松浦 裕介
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−189953(JP,A)
【文献】 特開2010−143951(JP,A)
【文献】 特表2015−521219(JP,A)
【文献】 特開2005−255830(JP,A)
【文献】 特開平10−025370(JP,A)
【文献】 特開昭56−109268(JP,A)
【文献】 特開2009−079095(JP,A)
【文献】 特開平10−017716(JP,A)
【文献】 特開2010−142173(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第101906176(CN,A)
【文献】 中澤慶久,堤雅史,魯テイ,原田陽子,李雪紅,馬場健史,小林昭雄,岡澤敦司,福崎英一郎,清水徹,トチュウバイオマスからのトランス型ポリイソプレン生産技術の開発,日本生物工学会大会講演要旨集,日本,社団法人日本生物工学会,2009年 8月25日,第61巻,第122頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC C08C 1/00 − 4/00
DB名 CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580
(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリイソプレンを製造するための方法であって、
(A)ポリイソプレンを含む植物組織と有機溶媒とを、60℃から80℃の温度で合わせて、ポリイソプレン溶液を調製する工程;および
(B)該ポリイソプレン溶液の温度を0℃から30℃にまで低下させて、該ポリイソプレン溶液中に該ポリイソプレンを析出する工程;
を包含し、
ここで、該有機溶媒がエチレングリコールジメチルエーテルである、方法。
【請求項2】
前記ポリイソプレンを含む植物組織が、ポリイソプレンを含む植物体の破砕体に10℃から30℃の温度で前処理溶媒を付与する前処理工程を経て得られたものであり、ここで、該前処理溶媒がエチレングリコールジメチルエーテルである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
さらに、(C)前記ポリイソプレン溶液から前記析出したポリイソプレンを分離して、回収液を得る工程;を包含する、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
さらに、(D)前記回収液を、前記有機溶媒として前記(A)工程に戻す工程;を包含する、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
さらに、(E)前記回収液を、前記前処理溶媒として前記前処理工程に戻す工程;を包含する、請求項3または4に記載の方法。
【請求項6】
さらに、(C)前記ポリイソプレン溶液から前記析出したポリイソプレンを分離して、回収液を得る工程;を包含する、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記ポリイソプレンがトランス型ポリイソプレンである、請求項1から6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記ポリイソプレンを含む植物組織がトチュウ(Eucommia ulmoides)由来である、請求項1から7のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリイソプレンの製造方法に関し、より詳細には所定の植物組織から効率良くポリイソプレンを製造するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリイソプレンは、陸上高等植物により産出される高分子化合物(イソプレンポリマー)である。ポリイソプレンは、その立体構造からシス型ポリイソプレンとトランス型ポリイソプレンとに大別される。
【0003】
ここで、長鎖シス型ポリイソプレンを生産する植物体としては、例えば、天然ゴム生産樹であるトウダイグサ科のパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)、キク科のロシアタンポポ(Taraxacum koksaghyz)、グアユール(Parthenium argentatum)、キョウチクトウ科のペリプロカ(Periploca sepium)などの多数が挙げられる。これに対し、長鎖トランス型ポリイソプレンを生産する植物体としては、例えば、トチュウ科のトチュウ(Eucommia ulmoides)、アカテツ科のバラタ(Mimusops balata)およびグッタペルカノキ(Palaquium gutta)など、ごく少数に留まっている(非特許文献1および2)。これらのうちパラゴムノキが生産するシス型ポリイソプレンについては、その抽出が容易なため、天然ゴムとして商業的に広く利用されている。しかし、その他の上記植物体が生産するポリイソプレンは、シス型またはトランス型のいずれに関わらず、各植物体を構成する植物組織からの効率的な抽出方法が未だ開発されておらず、産業的利用が充分に進んでいるとは言い難い。
【0004】
従来、パラゴムノキを除く上記植物体から所望のポリイソプレンを抽出する方法としては、ポリイソプレンを含む植物体を破砕し、得られた植物組織を有機溶媒に浸漬し、ポリマー成分のみを溶出させる方法が最も有効である。
【0005】
しかし、このような従来の方法では、多種類の有機溶媒を用いて段階的に反応物を取り出すことが必要とされる。このため、溶媒リサイクルおよび反応工程の煩雑さによる労力および製造コストの上昇が最大の課題である。例えば、ポリイソプレンは、一般的にヘキサン、石油ベンジン、石油エーテル等の鎖式炭化水素のほか、トルエン等の芳香族炭化水素、クロロホルム等の塩素化炭化水素、およびテトラヒドロフラン等の環状エーテル類に溶解することが知られている。しかし、最も良溶媒であるトルエンであっても溶解度は2%程度に留まる。一定量の植物体から、それに含まれるポリイソプレンをより多く抽出するためには、多量の有機溶媒を必要とする。
【0006】
例えば、特許文献1は、トチュウの組織をエタノールにて抽出処理した後、抽出液を除去し、残った固形分をトルエンおよびトルエン/メタノールにより処理し、さらに熱ヘキサンによる溶解と沈殿とを行うことにより、トランス型ポリイソプレンを製造する方法を記載している。この方法には、多量かつ多種類の有機溶媒および熱エネルギーを必要とするため、高コストとなることは避けられず、環境負荷も大きい。さらに、トルエンは発ガン性を有するため作業者等に対する安全性の問題も生じる。さらに、植物組織に由来する葉緑素等の色素分もトルエンにより共抽出されるため、この方法では、色素成分除去のための工程を複数回追加する必要もあり、全体としてポリイソプレン成分の回収効率が大幅に低下するおそれがある。
【0007】
近年の新興国経済の発展により、ゴム、プラスチック等のポリマー製品の需要はますます急増している。また、地球温暖化等の観点から化石資源に由来しないポリマー生産技術の開発は急務である。効率的な抽出方法の開発により、多様な植物体からポリイソプレンを生産する技術開発が必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−189953号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Trends in Biotechnology Vol25, 11 (2007), 522-529
【非特許文献2】「トチュウエラストマーの組成と物性」,Hitz技報,日立造船株式会社,2013年5月,Vol.74,No.5
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記課題の解決を課題とするものであり、その目的とするところは、使用する有機溶媒の種類およびエネルギー量を低減し、そしてより安全な環境下で効率性が高められたポリイソプレンの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、ポリイソプレンを製造するための方法であって、
(A)ポリイソプレンを含む植物組織と有機溶媒とを、60℃から80℃の温度で合わせて、ポリイソプレン溶液を調製する工程;および
(B)該ポリイソプレン溶液の温度を0℃から30℃にまで低下させて、該ポリイソプレン溶液中に該ポリイソプレンを析出する工程;
を包含し、
ここで、該有機溶媒がエチレングリコールジメチルエーテルである、方法である。
【0012】
1つの実施形態では、上記ポリイソプレンを含む植物組織は、ポリイソプレンを含む植物体の破砕体に10℃から30℃の温度で前処理溶媒を付与する前処理工程を経て得られたものであり、ここで、該前処理溶媒がエチレングリコールジメチルエーテルである。
【0013】
1つの実施形態では、上記ポリイソプレンはトランス型ポリイソプレンである。
【0014】
1つの実施形態では、上記ポリイソプレンを含む植物組織はトチュウ(Eucommia ulmoides)由来である。
【0015】
1つの実施形態では、さらに、(C)上記ポリイソプレン溶液から上記析出したポリイソプレンを分離して、回収液を得る工程;を包含する。
【0016】
さらなる実施形態では、さらに、(D)上記回収液を、上記有機溶媒として上記(A)工程に戻す工程;を包含する。
【0017】
さらなる実施形態では、さらに、(E)上記回収液を、上記前処理溶媒として上記前処理工程に戻す工程;を包含する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、使用する有機溶媒の種類を制限して、ポリイソプレンを含む植物組織からポリイソプレンを効率良く製造することができる。また、本発明の方法によれば、使用する有機溶媒の再利用が可能である。これにより、生産効率を一層高めることがで、環境負荷の影響を抑えることも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の方法の一例を説明する製造工程図である。
図2】実施例1で得られたトランス型ポリイソプレンの分子量分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明について詳述する。
【0021】
本発明では、ポリイソプレンを含む植物組織と有機溶媒とが合わされる。
【0022】
ここで、本明細書中に用いられる用語「ポリイソプレン」は、本質的にバイオマスに含有されているトランス型ポリイソプレン(トランス型ポリイソプレノイド)およびシス型ポリイソプレン(シス型ポリイソプレノイド)を言う。
【0023】
ポリイソプレンを含む植物組織は、ポリイソプレンを含む植物体から得られたものである。ポリイソプレンを含む植物組織は、例えば、当該植物体の根、茎(幹)、葉、翼果(果皮および種子)、および樹皮、ならびにこれらの組合せの乾燥体または非乾燥体から得られた、破砕体、切削粉体などの粒子状の形態を有する。
【0024】
ポリイソプレンを含む植物体の例としては、シス型ポリイソプレンを生産する植物体およびトランス型ポリイソプレンを生産する植物体が挙げられる。シス型ポリイソプレンを生産する植物体の例としては、トウダイグサ科のパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)、キク科のロシアタンポポ(Taraxacum koksaghyz)、グアユール(Parthenium argentatum)、キョウチクトウ科のペリプロカ(Periploca sepium)などが挙げられる。トランス型ポリイソプレンを生産する植物体の例としては、トチュウ科のトチュウ(Eucommia ulmoides)、アカテツ科のバラタ(Mimusops balata)、グッタペルカノキ(Palaquium gutta)などが挙げられる。本発明においては、トチュウ(Eucommia ulmoides)が好ましい。
【0025】
上記植物組織または植物体に含まれるポリイソプレンの数平均分子量(Mn)は、必ずしも限定されないが、例えば、ポリイソプレンがトチュウ由来のものである場合、好ましくは10,000〜1,500,000、より好ましくは50,000〜1,500,000、さらにより好ましくは100,000〜1,500,000である。
【0026】
あるいは、上記植物組織または植物体に含まれるポリイソプレンの重量平均分子量(Mw)は、必ずしも限定されないが、例えば、トチュウ由来のものである場合、好ましくは1×10〜5×10、より好ましくは1×10〜5×10、さらにより好ましくは1×10〜5×10である。
【0027】
本発明に用いられる有機溶媒は、無機塩類から有機高分子に至るまでの広範な物質に対して高い溶解性を有し、特にポリイソプレンに対して、高温下(例えば、沸点未満の加熱温度下)と低温下(例えば、室温下または冷却温度下)との間での溶解度が相違しかつ当該高温下での溶解度が当該低温下での溶解度よりも高い溶媒である。当該有機溶媒はまた、人体に対する安全性も高いことが好ましい。このような有機溶媒としては、必ずしも限定されないが、例えば、エチレングリコールジメチルエーテル(DME)が挙げられる。
【0028】
本発明において、上記有機溶媒は少なくとも1種以上が使用され得るが、例えば、複数種の有機溶媒の使用を回避して製造過程における煩雑さを解消することができるという理由から、1種類の有機溶媒(例えば、エチレングリコールジメチルエーテル単独)を使用することが好ましい。なお、本発明において、当該有機溶媒は、フレッシュなもの(すなわち、すでに本発明のような製造工程において使用されたことがないもの(未使用なもの))、後述するような本発明の製造工程を通じて得られた回収液を再利用するもの、あるいはこれらの組合せのいずれであってもよい。
【0029】
本発明におけるポリイソプレンを含む植物組織と有機溶媒との混合割合は、必ずしも限定されず、例えば、当該植物組織が充分に有機溶媒に浸漬可能な量が当業者によって任意に選択され得る。ここで、ポリイソプレンを含む植物組織と有機溶媒とは、当該植物組織の乾燥重量100gを基準とした場合、好ましくは300mL〜3000mL、より好ましくは400mL〜1000mLの割合で混合され得る。
【0030】
本発明においては、ポリイソプレンを含む植物組織と有機溶媒とは所定の温度(例えば、加熱された温度)下で合わされる。当該温度には、通常、室温よりも高くかつ有機溶媒の沸点よりも低い温度、例えば、60℃〜80℃、好ましくは65℃〜75℃、さらに好ましくは70℃の温度が選択される。ポリイソプレンを含む植物組織および有機溶媒が、このような範囲の温度下で合わされることにより、当該有機溶媒に対するポリイソプレンの溶解度が上昇し、ポリイソプレンが植物組織から有機溶媒に溶出(すなわち抽出)され易くなる。
【0031】
上記溶出に要する時間は、使用する植物組織および/または有機溶媒の量や種類によって変動するため必ずしも限定されないが、好ましくは1時間〜24時間、より好ましくは4時間〜8時間である。
【0032】
なお、本発明において上記温度の付与は、予め所定温度に加熱した有機溶媒に、上記ポリイソプレンを含む植物組織を添加し、その後所定時間にわたって上記範囲の温度で加熱するものであってよく、あるいは室温等の特に加熱を行っていない状態の有機溶媒に、上記ポリイソプレンを含む植物組織を添加し、その後所定時間にわたって上記範囲の温度で加熱するものであってもよい。
【0033】
このようにして、上記植物組織と有機溶媒とを合わせた混合液から、ポリイソプレン溶液が調製される。
【0034】
ここで、上記混合液では、ポリイソプレン溶液以外に有機溶媒に対する不溶物が例えば、沈殿または浮遊している場合がある。これらの不溶物は、当業者に公知の方法(ろ過、デカンテーション等)を通じて、予め取り除き、ポリイソプレン溶液のみを得ておくことが好ましい。
【0035】
次いで、本発明においては、ポリイソプレン溶液の温度が低下させられる。
【0036】
ポリイソプレン溶液の温度低下は、例えば、冷却、放冷(静置)およびそれらの組合せを用いることにより行われる。温度低下に要する時間は特に限定されず、当業者によって任意の時間が選択され得る。
【0037】
本発明においては、上記ポリイソプレン溶液は、例えば、0℃〜30℃、好ましくは0℃〜10℃の温度まで低下させられる。本発明では、上記のようにポリイソプレン溶液が得られた段階において、有機溶媒は高温下(例えば、上記60℃〜80℃)にあるため、当該有機溶媒のポリイソプレンに対する溶解度は高められている。しかし、上記のようなポリイソプレン溶液の温度低下を経て、有機溶媒のポリイソプレンに対する溶解度は低下する。このため、温度低下に伴ってポリイソプレン溶液内に、溶解し得ない高純度のポリイソプレンを析出させることができる。ここで、ポリイソプレン溶液の温度を0℃よりも低く設定すると、室温を下回る温度を付与するために別途冷却装置等を設ける必要があり、ポリイソプレンの製造に要するエネルギー収支を上昇させるおそれがある。ポリイソプレン溶液の温度を30℃よりも高く設定すると、溶解度の低下によって析出するポリイソプレンの量が少なくなるだけでなく、室温を上回る温度を付与するために別途加熱装置等を設ける必要があり、ポリイソプレンの製造に要するエネルギー収支を上昇させるおそれがある。
【0038】
析出したポリイソプレンは、その後溶液から分離される。このようにして、ポリイソプレンを含む植物組織から、ポリイソプレンを効率良く製造することができる。
【0039】
なお、本発明では、ポリイソプレンの上記析出を一層容易にするために、当業者に周知の蒸発手段を用いてポリイソプレン溶液に含まれる有機溶媒の所定量を予め除去し、その後上記範囲の温度にまで低下させてもよい。
【0040】
次に、本発明のより具体的な例について、図1を用いて説明する。
【0041】
図1は、本発明の方法の一例を説明する製造工程図である。
【0042】
まず、本発明においては、適切な粒子サイズに整えられた上記ポリイソプレンを含む植物体の破砕体に前処理溶媒が付与される(図1の前処理工程12)。破砕体は、当該植物体を、当業者に周知の破砕手段(例えば、ボールミル、籾摺り機)を用いて所定の粒子径まで破砕したものである。あるいは、破砕体は、化学的処理(例えば、アルカリ処理)または微生物を用いた不朽等によって得られたものであってもよい。ポリイソプレンを含む植物体をこのような破砕手段を用いて破砕することにより、植物体内部の組織構造が破壊され、通常は乳管細胞等の中に閉じ込められたポリイソプレン成分が後述の工程((A)工程))において、有機溶媒と接触する確率をより高めることができる。また、この組織構造の破壊により、前処理工程における葉緑素等の色素成分や脂溶性成分の除去もより一層容易となる。
【0043】
破砕体の粒子径(最大径)は、特に限定されないが、その後(A)工程においてポリイソプレンの溶出効率が高まるとの理由から、好ましくは2mm〜10mm、より好ましくは2mm〜4mmである。
【0044】
前処理工程12に用いられる前処理溶媒は、上記有機溶媒と同様のもの(例えば、エチレングリコールジメチルエーテル(DME))である。
【0045】
前処理工程12において、上記前処理溶媒はフレッシュなもの(すなわち、すでに本発明のような製造工程において使用されたことがないもの(未使用なもの))、後述するような本発明の製造工程を通じて得られた回収液を再利用するもの、あるいはこれらの組合せのいずれであってもよい。
【0046】
前処理工程12におけるポリイソプレンを含む植物組織の破砕体と前処理溶媒との混合割合は、必ずしも限定されないが、例えば、当該破砕体の乾燥重量100gを基準とした場合、好ましくは300mL〜3000mL、より好ましくは400mL〜1000mLの割合で前処理溶媒が混合され得る。
【0047】
前処理工程12において、上記破砕体と前処理溶媒との付与は、例えば、破砕体を前処理溶媒と混合すること、破砕体を前処理溶媒に浸漬すること、破砕体に前処理溶媒を例えばシャワーまたはスプレーによって接触させること、およびそれらの組合せによって行われる。破砕体を前処理溶媒に浸漬する場合、充分に撹拌を行うことが好ましい。
【0048】
前処理工程12において、上記破砕体と前処理溶媒とは所定の温度で付与される。当該温度には、例えば室温付近の温度、好ましくは30℃以下、より好ましくは10℃〜30℃、さらにより好ましくは20℃〜30℃の温度が選択される。破砕体および前処理溶媒に付与する温度が30℃を上回ると、破砕体からポリイソプレンが溶出するおそれがある。
【0049】
上記付与に要する時間は、使用する植物体および/または有機溶媒の量や種類によって変動するため必ずしも限定されないが、好ましくは1時間〜24時間、より好ましくは4時間〜8時間である。
【0050】
上記破砕体と前処理溶媒との付与を行うことにより、植物体の、リグノセルロースを主成分とする組織内に含まれる色素成分(例えば、葉緑素)や脂溶性成分(例えば、各種有機酸)は粉砕体から溶出して前処理溶媒側に移動し溶解する。これにより、目的のポリイソプレンを得るにあたり不要となる植物体の色素成分および脂溶性成分の含有量を予め低減することができる。
【0051】
なお、当該付与の後、前処理溶媒は、当業者に周知の方法(例えば、ろ過、デカンテーション)を用いて容易に除去され得る。本発明において、このような前処理工程は、色素成分や脂溶性成分の除去を一層確実に行うために、複数回を繰り返して行ってもよい。
【0052】
このようにして、上記破砕体と前処理溶媒との付与を経て、本発明に用いられるポリイソプレンを含む植物組織を得ることができる。当該植物組織は、必要に応じて乾燥や新たな前処理溶媒による洗浄が行われてもよい。
【0053】
次いで、上記のようにポリイソプレンを含む植物組織と有機溶媒とが所定の温度で合わされ、ポリイソプレン溶液が調製される(図1の(A)工程14)。
【0054】
また、上記(A)工程14で得られたポリイソプレンを含む植物組織と有機溶媒との混合液(ポリイソプレン溶液を含む)は、ろ過、デカンテーションなどの方法を用いて、ポリイソプレン溶液と、共存する不溶物とが分離される(図1の不溶物除去工程16)。ろ過による分離が行われる場合、使用され得るフィルターの例としては、ろ紙、不織布、ガラス繊維フィルター、メンブランフィルターが挙げられる。さらに、ろ過は、自然ろ過の他に、減圧ろ過、加圧ろ過または遠心ろ過が採用されてもよい。
【0055】
なお、この不溶物除去工程16において、ポリイソプレン溶液の温度は、可能な限り上記(A)工程14で適用される温度範囲を維持するように手短に行うことが好ましい。ポリイソプレン溶液の温度が低下するとポリイソプレンが析出して、この分離によって除去されるおそれがあるからである。
【0056】
その後、不溶物除去工程16で得られたポリイソプレン溶液の温度が、上記のように所定温度まで低下させられる(図1の(B)工程18)。
【0057】
上記(B)工程18の後、ポリイソプレン溶液から析出したポリイソプレンは、ろ過、デカンテーションなどの方法を用いて、溶液成分と分離される(図1の(C)工程20)。ろ過による分離が行われる場合、使用され得るフィルターの例としては、ろ紙、不織布、ガラス繊維フィルター、メンブランフィルターが挙げられる。さらに、ろ過は、自然ろ過の他に、減圧ろ過、加圧ろ過または遠心ろ過が採用されてもよい。
【0058】
あるいは、本発明における(C)工程20について、ポリイソプレン溶液から析出したポリイソプレンは、圧搾脱水機などを用いて直接分離してもよい。
【0059】
本発明においては、上記(C)工程20を通じて分離されたポリイソプレンを、高純度かつ高収率で得られる一方、溶液成分は回収液として回収することができる。回収液は、そのまま廃棄してもよいが、例えば、以下のようにして本発明の方法のために再利用することも可能である。
【0060】
回収液は、上記(B)工程18で設定された温度では析出することなく溶解したポリイソプレンを含有するものの、その主成分は、上記前処理工程12で使用した前処理溶媒および/または上記(A)工程14で使用した有機溶媒と同一のものである。このため、本発明では、例えば、回収液を有機溶媒として上記(A)工程14に戻すことができる(図1の(D)工程22)。あるいは、または当該(D)工程22に加えて、本発明では、例えば、回収液を前処理溶媒として上記前処理工程12に戻してもよい(図1の(E)工程24)。
【0061】
上記(D)工程22および/または(E)工程24を通じて、廃棄する回収液の量を極力低減することができる。また、上記(B)工程18を経た後も未だ回収液に溶解して残存するポリイソプレンを廃棄することなく、回収液の再利用を通じて改めて析出させることもできる。
【0062】
本発明において、上記(D)工程22および/または(E)工程24による回収液の再利用の回数(繰り返し回数)は特に限定されず、当業者によって任意の回数が選択され得る。
【0063】
このようにして、ポリイソプレンを含む植物組織から、高純度のポリイソプレンを高収率で得ることができる。本発明の方法によれば、使用する有機溶媒(および前処理溶媒)の使用量を極力減らすことができ、その種類についても必ずしも多くを必要とするものではない。また、本発明の方法は、トランス型ポリイソプレンおよびシス型ポリイソプレンのいずれの製造にも使用することができ、かつポリイソプレンの製造にあたり大量の熱エネルギーの使用を回避することも可能である。
【実施例】
【0064】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明する。しかし、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0065】
(実施例1)
トランス型ポリイソプレンを生産する温帯性樹木のトチュウ(Eucommia ulmoides)について、2014年秋に収穫した翼果を充分に乾燥した。その後、これを籾摺り機内で種子と果皮とに分離した(なお、トチュウ果皮には乾燥重量を基準として約10重量%〜約25重量%の割合でトランス型ポリイソプレンが含有されていることが知られている)。この操作によって得られた果皮は、最大径が約2mm程度の顆粒状に破砕されていた。この破砕物を、試料として以下に使用した。
【0066】
上記で得られた試料10gを丸底フラスコに添加し、これに室温下で約250mLのエチレングリコールジメチルエーテルを溶媒として添加し、撹拌機により室温下にて120rpm〜180rpmの速度で6時間撹拌した。
【0067】
次いで、丸底フラスコから、溶媒をキャニュラーによるN圧送を通じて取り出し、その後、残渣に120mLのエチレングリコールジメチルエーテルを添加して、数秒間撹拌機で回転させて内容物を撹拌し、試料を洗浄した。この溶媒除去から洗浄までの作業を3回繰り返した。洗浄後、丸底フラスコ内の試料を15時間かけて真空下で乾燥した。
【0068】
真空乾燥させた試料10gに対し、99g(110mL)のエチレングリコールジメチルエーテルを添加し、60°Cまで加温して6時間撹拌した。これにより、トチュウ果皮に含まれるトランス型ポリイソプレンを溶媒(エチレングリコールジメチルエーテル)に完全に溶解させた。
【0069】
得られた溶液を65°Cで加温しながら、ろ過精度が100μm程度である不織布を用いてろ過を行い、リグノセルロース等の不溶成分を除去した。
【0070】
一方、ろ液を別の丸底フラスコに取り、室温(20〜30°C)で静置した。静置10分後から溶解していたトランス型ポリイソプレンの析出を目視で観察することができ、静置後約1時間を経過すると、それ以上の析出量の増加は観察されず、トランス型ポリイソプレンの析出がほぼ完了したことを確認した。さらに静置を継続し、ろ過後12時間が経過した段階で、析出したトランス型ポリイソプレンを、室温下にてろ過精度が100μm程度である不織布を用いてろ過することにより回収した。
【0071】
回収したトランス型ポリイソプレンを別の容器に入れ、さらに20mLのエチレングリコールジメチルエーテルを添加して数秒間当該容器を回転させることにより内容物を撹拌し、洗浄した。このエチレングリコールジメチルエーテルの添加から洗浄までの作業を3回繰り返した。洗浄後、12時間かけて真空下で乾燥し、白色繊維状のトランス型ポリイソプレン1.77g(収率17.7%)を得た。
【0072】
上記で得られたトランス型ポリイソプレンについて、サイズ排除クロマトグラフィー法によって分子量分布を測定した。その結果を図2に示す。また、このポリイソプレンの数平均分子量および重量平均分子量をそれぞれ測定した。数平均分子量は1316897であり、そして重量平均分子量は5029759であった。これにより、トチュウ翼果から、トランス型ポリイソプレンを得ることができたことを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明によれば、所定の植物体から、使用する有機溶媒の種類や量を極力減らして、ポリイソプレンを容易に得ることができる。本発明の方法は、ポリイソプレンを必要とする種々の技術分野(例えば、自動車産業、家電基板、燃料電池、絶縁性薄膜、免震性素材、防音素材、バイオ燃料などの幅広い分野)において有用である。
【符号の説明】
【0074】
12 前処理工程
14 (A)工程
16 不溶物除去工程
18 (B)工程
20 (C)工程
22 (D)工程
24 (E)工程
図1
図2