(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1〜4のいずれかに記載のNi系フェライト焼結体において、5 MHzの周波数及び20 mTの励磁磁束密度において、20℃での磁心損失Pcv20が1800 kW/m3以下であり、かつ100℃での磁心損失Pcv100が3000 kW/m3以下であることを特徴とするNi系フェライト焼結体。
【背景技術】
【0002】
スイッチング電源は、電気自動車(EV)、ハイブリッド電気自動車(HEV)、移動体通信機器(携帯電話、スマートフォン等)、パーソナルコンピュータ、サーバ等の電源供給が必要な様々な電子機器の電源回路で用いられる。
【0003】
最近の電子機器は、小型・軽量化とともにエネルギー効率を向上させるため、低消費電力であることが益々求められている。そのため、電子機器に使用されるDSP(digital signal processor)、MPU(micro-processing unit)等のLSI(large-scale integration)及び機能素子もまた小形・高性能化とともに低消費電力化が求められている。一方で、LSIの微細配線化によるトランジスタの高集積化に伴って、トランジスタの耐圧が低下するとともに消費電流が増加し、動作電圧の低電圧化及び大電流化が進んでいる。
【0004】
LSIに電源を供給するDC-DCコンバータ等の電源回路もまた、LSIの動作電圧の低電圧化及び大電流化への対応が必要となる。例えば、LSIの動作電圧の低電圧化によって正常に動作する電圧範囲が狭くなるので、電源回路からの供給電圧の変動(リップル)によってLSIの電源電圧範囲を上回ったり下回ったりしてしまうと、LSIの不安定動作を招くため、電源回路のスイッチング周波数を高め、例えば500 kHz以上のスイッチング周波数とする対策が採られるようになった。
【0005】
このような電源回路の高周波化や大電流化への対応は、回路に使用するトランス、チョークコイル等の電子部品を構成する磁心を小型化するメリットもある。例えばトランスを正弦波で駆動する場合、1次側コイルへの印加電圧Ep(V)は、1次側コイルの巻線数Np、磁心の断面積A(cm
2)、周波数f(Hz)及び励磁磁束密度Bm(mT)を用いて、Ep=4.44×Np×A×f×Bm×10
-7の式で表される。この式から、所定の1次側コイルへの印加電圧Epに対して、周波数(スイッチング周波数)fを高くすれば、磁心の断面積Aを小さくできることが分かる。また、大電流化に伴って最大励磁磁束密度(以下単に「励磁磁束密度」という)Bmが高くなるので、高磁束密度下で低損失な材料が求められる。
【0006】
また、電源回路の動作環境は構成部品及び周辺回路からの発熱等によって100℃程度となることがあるので、電源回路はこのような高温でも安定して動作することが求められる。特に自動車用途では、走行時に電子部品に対して様々な機械的・電気的な負荷状態が生じ、また使用される環境温度も様々であるため、励磁磁束密度が高く、高周波数で動作し、かつ広い温度範囲で低磁心損失である磁性材料が求められる。
【0007】
高周波数領域において高い励磁磁束密度で動作し、かつ小型化に好適な磁心用磁性材料として、主にMn系フェライトが用いられている。Mn系フェライトはNi系フェライト等と比較して初透磁率や飽和磁束密度が大きく、Fe系又はCo系のアモルファス合金、純鉄、Fe-Si合金、Fe-Ni合金、Fe-Si-Cr合金、Fe-Si-Al合金等の金属系磁性材料と比較して磁心損失が小さい。しかし、Mn系フェライトはNi系フェライトと比べれば比抵抗が小さいため渦電流損失の影響が大きく、また透磁率が高いために使用限界周波数が低い。そのため、Mn系フェライトには2 MHzを超える周波数では損失が増大するために用途が限られるという問題がある。
【0008】
そのため、2 MHzを超える高周波数での動作を可能とするNi系フェライトの開発が行なわれてきた。例えば特開平06-061033号は、48.5〜49.9 mol%のFe
2O
3、22.5〜28.5 mol%のZnO、15〜20 mol%のNiO、及び6.5〜9.5 mol%のCuOを含有する基本組成に、0.1〜1.2重量%のCo
3O
4を添加した焼結体からなり、1~3μmの平均結晶粒径を有する低損失なNi系フェライトを提案している。
【0009】
特開平06-120021号は、45〜49 mol%のFe
2O
3、15〜30 mol%のZnO、及び2〜8 mol%のCuOを含有し、残部がNiOの基本組成に、0.1〜2.0重量%のCo
3O
4を添加した焼結体からなり、0.05〜8μmの平均結晶粒径を有するNi系フェライトを提案している。
【0010】
国際公開2008/133152号は、46.5〜49.5 mol%のFe
2O
3、17〜26 mol%のZnO、4〜12 mol%のCuO、及び0.2 mol%以上1.2 mol%未満のCoOを含有し、残部がNiOであり、さらにSnO
2換算で0.03〜1.4質量部のSnを含有し、平均結晶粒径が0.7〜2.5μmであるNi系フェライトを提案している。
【0011】
高周波数での磁心損失を低減するために、特開平06-061033号、特開平06-120021号及び国際公開2008/133152号のNi系フェライトはいずれもCoを含有し、さらに国際公開2008/133152号はCoの他にSnを含有している。しかし、5 MHz以上の周波数で、動作電流が増加した(励磁磁束密度が例えば20 mTと高い)場合、動作環境の温度が高くなるに従い、磁心損失が著しく増大することがあることが分った。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従って、本発明の第一の目的は、高周波数及び高励磁磁束密度の動作条件で磁心損失が低く、100℃以上の高温での磁心損失の増加が抑制されており、もって広い温度範囲で低磁心損失であるNi系フェライト焼結体を提供することである。
【0013】
本発明の第二の目的は、かかるNi系フェライト焼結体からなる磁心を有するコイル部品を提供することである。
【0014】
本発明の第三の目的は、かかるNi系フェライト焼結体の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明のNi系フェライト焼結体は、酸化物換算で47.0〜48.3 mol%のFe
2O
3、14.5 mol%以上25 mol%未満のZnO、8.2〜10.0 mol%のCuO、及び0.6 mol%超2.5 mol%以下のCoOを含有し、残部がNiO及び不可避不純物からなる組成を有し、平均結晶粒径が2.5μm超5.5μm未満であることを特徴とする。
【0016】
本発明のNi系フェライト焼結体は、Fe
2O
3、ZnO、CuO、CoO及びNiOの総量を100質量部として、SnO
2換算で4質量部未満のSnを含有するのが好ましい。
【0017】
本発明のNi系フェライト焼結体の組成は、酸化物換算で47.3〜48.2 mol%のFe
2O
3、14.8〜24.8 mol%のZnO、8.3〜9.5 mol%のCuO、及び0.65〜2.4 mol%のCoOを含有し、残部がNiO及び不可避不純物からなるのが好ましい。
【0018】
本発明のNi系フェライト焼結体の密度は4.85 g/cm
3以上であるのが好ましい。
【0019】
5 MHzの周波数及び20 mTの励磁磁束密度において、本発明のNi系フェライト焼結体の磁心損失Pcv20は、20℃で1800 kW/m
3以下であり、かつ100℃で3000 W/m
3以下であるのが好ましい。
【0020】
本発明のNi系フェライト焼結体の磁心損失Pcvの極小温度は80℃未満であるのが好ましい。
【0021】
本発明のNi系フェライト焼結体において、下記式(1):
Ps (%)=[(Pcv100−Pcv20)/Pcv20]×100・・・(1)
で求めた磁心損失の変化率Psは185%以下であるのが好ましい。
【0022】
本発明のコイル部品は、上記Ni系フェライト焼結体からなる磁心に巻線を施してなることを特徴とする。
【0023】
上記Ni系フェライト焼結体を製造する本発明の方法は、
酸化鉄粉末、酸化亜鉛粉末、酸化銅粉末、及び酸化ニッケル粉末を混合して原料粉末を作製し、
前記原料粉末を700〜850℃の温度で仮焼して仮焼体を作製し、
前記仮焼体を酸化コバルト、又は酸化コバルト及び酸化スズとともに0.5〜8時間粉砕して粉砕粉末を作製し、
前記粉砕粉末を成形して成形体を作製し、
前記成形体を900〜1000℃の温度で焼結することを特徴とする。
【0024】
前記粉砕粉末の粒径は0.5〜1.5μmであるのが好ましい。
【発明の効果】
【0025】
本発明のNi系フェライト焼結体は、高周波数及び高励磁磁束密度の動作条件において広い温度範囲で磁心損失が低い。このような特徴を有するNi系フェライト焼結体は低損失のコイル部品用磁心に好適である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の実施形態を以下詳細に説明するが、特に断りがなければ一つの実施形態に関する説明は他の実施形態にも適用される。また下記説明は限定的ではなく、本発明の技術的思想の範囲内で種々の変更及び追加を施しても良い。
【0028】
[1] Ni系フェライト焼結体
(A) 組成
(1) 必須成分
本発明のNi系フェライト焼結体は、酸化物換算で47.0〜48.3 mol%のFe
2O
3、14.5 mol%以上25 mol%未満のZnO、8.2〜10.0 mol%のCuO、及び0.6 mol%超2.5 mol%以下のCoOを含有し、残部がNiO及び不可避不純物からなる組成を有する。本発明のNi系フェライト焼結体はさらに、Fe
2O
3、ZnO、CuO、CoO及びNiOの総量100質量部に対して、SnO
2換算で4質量部未満のSnを含んでも良い。
【0029】
(a) Fe
2O
3
Fe
2O
3が47.0 mol%未満又は48.3 mol%超では、5 MHzの周波数及び20 mTの励磁磁束密度で20〜100℃の温度範囲における磁心損失の低減効果が不十分である。その上、Fe
2O
3が47.0 mol%未満であると初透磁率μiが低い。Fe
2O
3の含有量の下限は47.3 mol%が好ましく、47.4 mol%がより好ましい。また、Fe
2O
3の含有量の上限は48.2 mol%が好ましく、48.1 mol%がより好ましい。
【0030】
(b) ZnO
ZnOが14.5 mol%未満又は25 mol%以上では、5 MHzの周波数及び20 mTの励磁磁束密度で、20℃〜100℃の温度範囲における磁心損失の低減効果が不十分である。その上、ZnOが14.5 mol%未満では、初透磁率μiが低い。ZnOの含有量の下限は14.8 mol%が好ましい。また、ZnOの含有量の上限は24.8 mol%が好ましく、24.6 mol%がより好ましく、24.4 mol%が最も好ましい。
【0031】
Fe
2O
3及びZnOの含有量が上記範囲内であれば、Ni系フェライト焼結体のキュリー温度(Tc)は250〜450℃であり、100℃程度の環境温度で使用するのに問題がない。
【0032】
(c) CuO
CuOが8.2 mol%未満では緻密化に高温での焼成が必要となり、焼結体に粗大な結晶粒が現われ、微細結晶構造が得られにくい。一方、CuOが10 mol%を超えると、余剰なCuが結晶粒界に析出し易く、それにより焼結性が増して同様に微細結晶構造が得られにくくなる。CuOの含有量の下限は8.3 mol%が好ましく、8.5 mol%がより好ましい。また、CuOの含有量の上限は9.5 mol%が好ましく、9.0 mol%がより好ましい。なお、Ni系フェライト焼結体が微細結晶構造を有するか否かは、Ni系フェライト焼結体を焼成温度より低い温度でサーマルエッチングした試料に対して、以下の手順で判定する。まず、(a) 試料断面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(3000倍及び5000倍)を撮り、(b) 3000倍のSEM写真(観察面積:33μm×43μm)において、粒界に囲まれた最大径が10μm以上の結晶粒の数をカウントし、(c) 3000倍のSEM写真(観察面積:33μm×43μm)又は5000倍のSEM写真(観察面積:20μm×26μm)において、後述する方法で平均結晶粒径を求め、(d) 最大径が10μm以上の結晶粒の数が10個以下で、かつ平均結晶粒径が5.5μm未満である場合に、微細結晶構造を有すると判定する。なお、サーマルエッチングは結晶粒界が確認できる温度で行えばよく、典型的にはNi系フェライト焼結体の焼成温度より50℃から100℃程度低い温度で行うのが好ましい。Ni系フェライト焼結体の焼成温度が不明な場合には、低い温度でサーマルエッチングを開始し、少しずつ温度を上げながら結晶粒界が確認できるようになるまで行えばよい。
【0033】
(d) CoO
CoOは高周波数での磁心損失の低減に寄与する成分である。一般にNi系フェライト焼結体は負の結晶磁気異方性定数を有し、スピネル中にCoを固溶させると結晶磁気異方性定数が小さくなって磁心損失が低減する。CoOが0.6 mol%以下又は2.5 mol%超であると、5 MHzの周波数及び20 mTの励磁磁束密度における磁心損失を低減することが困難となる。特にCoOが2.5 mol%超であると、低温での磁心損失が増加するだけでなく、初透磁率μiの低下が大きい。CoOの含有量の下限は0.65 mol%が好ましく、0.70 mol%でより好ましい。また、CoOの含有量の上限は2.4 mol%が好ましく、2.3 mol%がより好ましく、2.0 mol%が最も好ましい。
【0034】
(e) NiO
NiOの含有量は、必須成分100 mol%から上記成分の合計量を引いた残部であり、好ましくは18.0 mol%以上である。本発明によれば、Ni系フェライト焼結体を構成するFe,Zn,Cu,Ni及びCoの含有量を特定の範囲に限定することによって結晶磁気異方性定数の調整を行い、もって典型的には5 MHzの周波数及び20 mTの励磁磁束密度で、広い温度範囲で磁心損失を低減することができる。
【0035】
(2) 任意成分
Snは安定な4価イオンとして結晶粒内に固溶し、格子歪を低減させることにより飽和磁歪定数λs及び磁気異方性定数K1を小さくし、もって磁心損失を抑制する作用を有する。Fe
2O
3、ZnO、CuO、CoO及びNiOの合計100質量部に対して、SnO
2換算で4質量部未満のSnを添加すると、Ni系フェライト焼結体の磁心損失が低減する。しかし、Snの含有量がSnO
2換算で4質量部以上になると、焼結が阻害されるとともに磁心損失が増加するので、Snの好ましい含有量は、SnO
2換算で4質量部未満である。Snの含有量はSnO
2換算で2質量部以下がより好ましく、1.5質量部以下が最も好ましい。SnはCoと複合添加することで、広い温度範囲で磁心損失を低減することができる。
【0036】
焼結を阻害する元素であるSnを含有する場合、焼結性を向上させるために少量のBiを含有しても良いが、焼成後の結晶粒径を好適に調整するために、Fe
2O
3、ZnO、CuO、CoO及びNiOの合計100質量部に対して、BiをBi
2O
3換算で0.3質量部以下とするのが好ましい。
【0037】
(3) その他の成分
本発明のNi系フェライト焼結体は、磁心損失の低減効果を阻害しない程度であれば、その他の成分を含んでも良い。例えば、Fe
2O
3、ZnO、CuO、CoO及びNiOの合計100質量部に対して、CaをCaO換算で0.1質量部以下、及びSiをSiO
2換算で0.1質量部以下含有しても良い。Ca及びSiは不可避不純物としてNi系フェライト焼結体に含まれる場合もあるし、結晶粒の成長を抑制し、粒界抵抗を高めてNi系フェライト焼結体の比抵抗の増すように添加する場合もある。Na,S,Cl,P,Mn,Cr,B等の不可避不純物はできるだけ少ない方が好ましく、それらの工業的な許容範囲は合計で、Fe
2O
3、ZnO、CuO、CoO及びNiOの合計100質量部に対して0.05質量部以下である。特に低損失化のために合計で0.03質量部未満とするのが好ましい。
【0038】
Ni系フェライト焼結体を構成する成分の定量は、蛍光X線分析及びICP発光分光分析により行うことができる。予め蛍光X線分析により含有元素の定性分析を行い、次に各元素を標準サンプルと比較する検量線法により定量する。
【0039】
(B) 平均結晶粒径
Ni系フェライト焼結体の平均結晶粒径は2.5μm超5.5μm未満である。結晶粒の微細化により磁区を細分化することで、磁壁移動に伴う損失を低減し、かつ緻密化することによりピンニング作用による残留損失を抑制する。しかし、平均結晶粒径が2.5μm以下であると、磁心損失の変化率Psが185%を超え、温度に対して安定した磁心損失が得られにくいだけでなく、単磁区化して初透磁率μiが低下し、ヒステリシス損が大きくなる。平均結晶粒径の下限は3.0μmであるのが好ましい。一方、平均結晶粒径が5.5μm以上であると、磁壁共鳴にともなう残留損失が増大し、5 MHz以上の高周波数での磁心損失の低減効果が得られにくい。平均結晶粒径の上限は5.0μmであるのが好ましい。
【0040】
[2] Ni系フェライト焼結体の製造方法
Ni系フェライト焼結体を構成する各元素の化合物(主に酸化物)粉末を原料として用い、それらを所定割合で湿式混合した後、乾燥し、原料粉末とする。原料粉末を700℃以上でかつ焼結温度より低い温度で仮焼きしてスピネル化を進め、仮焼体を得る。
【0041】
スピネル化が進むに従い仮焼体の粉砕に時間を要するようになるため、焼結温度より低い仮焼温度は具体的には850℃以下であり、830℃以下が好ましい。一方、仮焼温度が700℃未満であると、スピネル化が遅すぎて仮焼時間が長くなりすぎるため、700℃以上である必要がある。仮焼温度は好ましくは750℃以上である。仮焼体はNi系フェライト焼結体を構成する全ての元素で構成しても良いし、スピネルの主要元素であるFe、Zn、Cu及びNiのみで構成し、仮焼体の粉砕の際にCo及びSnを添加(後添加)しても良い。Co及びSnは微量であるので、後添加によりCo及びSnの組成調整及び均一分散が得やすい。
【0042】
仮焼体をイオン交換水とともにボールミルに投入し、湿式粉砕してスラリーとする。仮焼体の粉砕は、粉砕粉末の平均粒径(空気透過法で測定)が0.5〜1.5μmとなるまでするのが好ましく、0.95〜1.10μmとなるまでするのがより好ましい。粉砕時間は0.5〜8時間が好ましい。0.5時間未満では好ましい粉砕粒径が得られないことがあり、また8時間超だと粉砕機の粉砕メディアや容器等の部材の磨耗等による不純物の混入が増加するおそれがある。
【0043】
スラリーにポリビニルアルコール等のバインダを加え、スプレードライヤーで顆粒化した後、加圧成形して所定形状の成形体を得る。成形体を焼成炉で900〜1000℃の温度で焼結し、Ni系フェライト焼結体とする。焼成工程は昇温工程と、高温保持工程と、降温工程とを有する。焼成工程における雰囲気は、不活性ガス雰囲気でも大気雰囲気でも良い。高温保持工程では最高温度を900℃〜1000℃とする。高温保持工程では所定の温度範囲に所定時間保持してもしなくても良い。仮焼粉末の平均粉砕粒径が小さいと焼結反応活性が高いので、低い焼成温度から緻密化が促進され、1000℃以下の低温焼結でも結晶粒径が小さく均一で緻密なNi系フェライト焼結体を得ることができる。焼結温度が900℃未満であると焼結が不十分で、Ni系フェライト焼結体が強度不足になるおそれがある。一方、1000℃超では焼結が過剰となり、所望の結晶粒径とするのが困難となる。
【0044】
[3] コイル部品
本発明のコイル部品は、所定の形状に形成した上記Ni系フェライト焼結体により構成することができる。コイル部品の形状は限定的ではないが、円環状であるのが好ましい。
【0045】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0046】
実施例1〜25、及び比較例1〜18
表1に示す組成の各Ni系フェライト焼結体が得られるように秤量したFe
2O
3粉末、ZnO粉末、CuO粉末、及びNiO粉末を湿式混合した後、乾燥し、表2に示す温度で1時間仮焼した。得られた各仮焼体を、表1に示す割合の酸化コバルト(Co
3O
4)粉末及びイオン交換水とともにボールミルに投入し、粉砕してスラリーとした。なお、表1では酸化コバルト(Co
3O
4)粉末の含有量をCoO換算で表している。得られたスラリーの一部を乾燥して空気透過法により平均粉砕粒径を評価した。残りのスラリーにバインダとしてポリビニルアルコールを加え、スプレードライヤーにより乾燥とともに顆粒化し、加圧成形してリング状の各成形体を得た。
【0047】
各成形体を表2に示す温度で焼結し、外径8 mm×内径4 mm×厚さ2 mmの円環状の各Ni系フェライト焼結体を得た。表2に示す「焼成温度」は、焼成工程における高温保持温度である。高温保持時間は2時間とした。各Ni系フェライト焼結体の密度、平均結晶粒径、初透磁率μi、品質係数Q、キュリー温度Tc、磁心損失Pcv、及び磁心損失の変化率Psを下記の方法により測定又は算出した。
【0048】
(1) 焼結体密度
Ni系フェライト焼結体の寸法及び重量から体積重量法により密度を算出した。焼結体密度は4.85 g/cm
3を閾値とし、4.85 g/cm
3以上を「良好」と判断した。焼結体密度が小さいと機械的強度が劣り、欠けや割れが生じ易い。また、Ni系フェライト焼結体の密度が低すぎると、Ni系フェライト焼結体は空孔を有するので、磁心として使用するために樹脂モールドを施したり、接着剤で基板等に固定したりしたときに、空孔に含浸した樹脂とフェライトとの線膨張係数差により特性劣化が生じたり、接着界面で樹脂が不足して接着強度が不足するという問題が生じる。
【0049】
(2) 平均結晶粒径
Ni系フェライト焼結体を焼成温度より50℃低い温度でサーマルエッチングし、その表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(3000倍及び5000倍)を撮った。SEM写真の観察面積は、3000倍では33μm×43μmであり、5000倍では20μm×26μmであった。SEM写真上に長さL1の3本の任意の直線を引き、各直線上に存在する結晶粒の数N1をカウントし、各直線について長さL1を粒子数N1で除した値L1/N1を算出し、L1/N1の値の合計を3で割って、平均結晶粒径とした。なお、平均結晶粒径が2μm未満の場合は5000倍のSEM写真を使用し、2μm以上の場合は3000倍のSEM写真を使用した。
【0050】
(3) 初透磁率μi
円環状のNi系フェライト焼結体を磁心とし、導線を7ターン巻回してコイル部品とした。LCRメータ(アジレント・テクノロジー株式会社製の4285A)により、室温において、100 kHz及び5 MHzの周波数及び1 mAの電流でインダクタンスを測定した。得られたインダクタンスから、次式(2) により初透磁率μiを求めた。なお、5 MHzにおける初透磁率μiは40以上であるのが好ましい。
μi=(le×L)/(μ
0×Ae×N
2)・・・(2)
(le:磁路長、L:インダクタンス(H)、μ
0:真空の透磁率=4π×10
-7(H/m)、Ae:磁心の断面積、N:導線の巻数)
【0051】
(4) 品質係数Q
円環状のNi系フェライト焼結体を磁心とし、上記と同じLCRメータにより室温において5 MHz及び10 MHzの周波数及び1 mAの電流で、次式(3) により品質係数Qを求めた。
Q=2πfL/R・・・(3)
(f:周波数、L:インダクタンス(H)、R:高周波数における巻線の抵抗成分)
【0053】
(6) 磁心損失Pcv
円環状のNi系フェライト焼結体を磁心とし、5ターンの一次側巻線及び5ターンの二次側巻線を有するコイル部品を作製した。岩通計測株式会社製のB-HアナライザSY-8218により、(a) 5 MHzの周波数及び10 mTの最大磁束密度において、20℃、100℃及び120℃の温度でそれぞれ磁心損失Pcv(kW/m
3)を測定し、また(b) 5 MHzの周波数及び20 mTの最大磁束密度において、0℃、20℃、40℃、60℃、80℃、100℃及び120℃の温度でそれぞれ磁心損失Pcv(kW/m
3)を測定した。5 MHzの周波数及び20 mTの励磁磁束密度において、20℃での磁心損失Pcv20が1800 kW/m
3以下で、100℃での磁心損失Pcv100が3000 kW/m
3以下である場合を「良好」とした。
【0054】
(7) 磁心損失の変化率Ps
前項で測定した磁心損失から、次式(5):
Ps (%)=[(Pcv100−Pcv20)/Pcv20]×100・・・(5)
(Pcv20:5 MHzの周波数及び20 mTの励磁磁束密度における20℃での磁心損失
Pcv100:5 MHzの周波数及び20 mTの励磁磁束密度における100℃での磁心損失)
により磁心損失の変化率Psを算出した。温度に対して磁心損失が安定であるか否かを評価するために、磁心損失の変化率Psを用い、磁心損失の変化率Psが185%以下の場合、磁心損失の温度安定性が「良好」であると判断した。
【0055】
各Ni系フェライト焼結体の組成を表1に示し、製造条件を表2に示し、物性(平均結晶粒径、密度、キュリー温度、初透磁率、及び品質係数)を表3に示し、磁心損失の温度特性を表4に示す。また
図1に、実施例5及び6、及び比較例1の5 MHzの周波数及び20 mTの励磁磁束密度における磁心損失の温度特性を示す。
【0061】
【表3-2】
注:(1) 平均結晶粒径。
(2) 焼結体密度。
(3) キュリー温度
(4) 初透磁率。
(5) 品質係数。
(6) 未測定。
【0066】
表4から明らかなように、本発明のNi系フェライト焼結体は広い温度範囲において低磁心損失を示した。一方、比較例3〜7のNi系フェライト焼結体は低磁心損失であるものの、焼結体密度が4.85 g/cm
3未満と低かった。
【0067】
各Ni系フェライト焼結体を焼成温度より50℃低い温度でサーマルエッチングした試料について、3000倍のSEM写真(観察面積:33μm×43μm)において粒界に囲まれた最大径が10μm以上の結晶粒の数をカウントした結果、いずれの実施例のNi系フェライト焼結体でも10個以下であった。
【0068】
実施例26〜33、及び比較例19〜23
表5に示す組成のNi系フェライト焼結体が得られるように秤量したFe
2O
3粉末、ZnO粉末、CuO粉末、及びNiO粉末を実施例1と同様に湿式混合した後、乾燥し、800℃で1時間仮焼した。得られた各仮焼体を、表5に示す割合の酸化コバルト(Co
3O
4)粉末及び酸化錫SnO
2粉末と、イオン交換水とともにボールミルに投入し、粉砕してスラリーとした。なお、表5では酸化コバルト(Co
3O
4)粉末の含有量をCoO換算で表している。スラリーの一部を乾燥し、空気透過法により平均粉砕粒径を測定した。また、残部のスラリーにバインダとしてポリビニルアルコールを加え、スプレードライヤーで乾燥するとともに顆粒化し、加圧成形してリング状の成形体を得た。
【0069】
各成形体を950℃で焼結し、外径8 mm×内径4 mm×厚さ2 mmの円環状のNi系フェライト焼結体を得た。高温保持工程での保持時間は2時間であった。各Ni系フェライト焼結体の密度、平均結晶粒径、初透磁率μi、品質係数Q、キュリー温度Tc、磁心損失Pcv、及び磁心損失の変化率Psを実施例1と同じ方法により測定又は算出した。
【0070】
各Ni系フェライト焼結体の組成を表5に示し、製造条件を表6に示し、物性(平均結晶粒径、密度、キュリー温度、初透磁率及び品質係数)を表7に示し、磁心損失の温度特性を表8に示す。表6に示す「焼成温度」は、焼成工程における高温保持温度である。
【0073】
【表7】
注:(1) 平均結晶粒径。
(2) 焼結体密度。
(3) キュリー温度
(4) 初透磁率。
(5) 品質係数。
【0076】
表8から明らかなように、本発明のNi系フェライト焼結体は広い温度範囲において低磁心損失を示した。また、各Ni系フェライト焼結体を焼成温度より50℃低い温度でサーマルエッチングした試料について、3000倍のSEM写真(観察面積:33μm×43μm)において粒界に囲まれた最大径が10μm以上の結晶粒の数をカウントした結果、いずれの実施例のNi系フェライト焼結体でも10個以下であった。なお、Sn量が4質量部まで増加する間に、磁心損失の最小値が現れた。
【0077】
実施例34〜40、及び比較例24及び25
表9に示す組成のNi系フェライト焼結体が得られるように秤量したFe
2O
3粉末、ZnO粉末、CuO粉末、及びNiO粉末を実施例1と同様に湿式混合した後、乾燥し、700〜800℃の温度で1.5時間仮焼した。得られた各仮焼体を、表9に示す割合の酸化コバルト(Co
3O
4)粉末とイオン交換水とともにボールミルに投入し、粉砕してスラリーとした。なお、表9では酸化コバルト(Co
3O
4)粉末の含有量をCoO換算で表している。スラリーの一部を乾燥し、空気透過法により平均粉砕粒径を測定した。また、残部のスラリーにバインダとしてポリビニルアルコールを加え、スプレードライヤーで乾燥するとともに顆粒化し、加圧成形してリング状の成形体を得た。
【0078】
各成形体を900〜1000℃で焼結し、外径8 mm×内径4 mm×厚さ2 mmの円環状のNi系フェライト焼結体を得た。高温保持工程での保持時間は1.5時間であった。各Ni系フェライト焼結体の密度、平均結晶粒径、初透磁率μi、品質係数Q、キュリー温度Tc、磁心損失Pcv、及び磁心損失の変化率Psを実施例1と同じ方法により測定又は算出した。
【0079】
各Ni系フェライト焼結体の組成を表9に示し、製造条件を表10に示し、物性(平均結晶粒径、密度、キュリー温度、初透磁率及び品質係数)を表11に示し、磁心損失の温度特性を表12に示す。表10に示す「焼成温度」は、焼成工程における高温保持温度である。
【0082】
【表11】
注:(1) 平均結晶粒径。
(2) 焼結体密度。
(3) キュリー温度
(4) 初透磁率。
(5) 品質係数。
【0084】
【表12-2】
注:(1) 未測定。
【0085】
表12から明らかなように、本発明のNi系フェライト焼結体は広い温度範囲において低磁心損失を示した。また、各Ni系フェライト焼結体を焼成温度より50℃低い温度でサーマルエッチングした試料について、3000倍のSEM写真(観察面積:33μm×43μm)において粒界に囲まれた最大径が10μm以上の結晶粒の数をカウントした結果、いずれの実施例のNi系フェライト焼結体でも10個以下であった。仮焼温度と焼成温度との差が300℃と大きい比較例24では平均結晶粒径が大きく、磁心損失の変化率Psが185%を超えた。また仮焼温度と焼成温度との差が100℃と小さい比較例25では、平均結晶粒径が小さく、焼結体密度も4.85 g/cm
3未満であった。