(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には、同一符号を付して説明を行う。
【0014】
(第1実施形態)
第1実施形態における浸炭部品について、図面を参照しつつ説明する。なお、本実施形態の浸炭部品は、耐摩耗性および耐疲労強度が要求される全ての部品に対して採用可能であり、例えば、各種ギヤ、各種シャフト、ロッカーム、精密プレス部品等に適用されると好適である。
【0015】
本実施形態の浸炭部品は、
図1に示されるように、被加工部材10を備え、被加工部材10の表面10a側に焼入層11が形成された構成とされている。焼入層11は、表面10aに位置する硬化被膜層11aと、硬化被膜層11aを挟んで表面10a側と反対側に位置するマルテンサイト含有層11bとを有する構成とされている。つまり、焼入層11は、異なる2つの層を有する構成とされている。
【0016】
被加工部材10は、炭素鋼または鋳鉄が採用される。本実施形態では、炭素鋼として低炭素鋼または中炭素鋼を例に挙げて説明し、鋳鉄としてフェライト率が高いものを例として説明する。なお、フェライト率が高いとは、具体的には後述するが、フェライト率が65%以上のことである。
【0017】
また、具体的には後述するが、硬化被膜層11aは、セメンタイト(Fe
3C)、マルテンサイト、フェライト、マグネタイト(Fe
3O
4)、ヘマタイト(Fe
2O
3)等を含んで構成されている。マルテンサイト含有層11bは、マルテンサイト、フェライト、オーステナイト等を含んで構成されている。そして、硬化被膜層11aは、硬度が高いセメンタイトを有する構成とされていることにより、マルテンサイト含有層11bよりも硬度が高くなっている。
【0018】
次に、上記浸炭部品の製造方法について説明する。
【0019】
まず、
図2(a)に示されるように、表面10aを有する被加工部材10を用意する。本実施形態では、被加工部材10として、低炭素鋼、中炭素鋼、鋳鉄のうちのフェライト率が高いものが用意される。次に、被加工部材10の表面10aを研磨紙やレーザクリーニング等で適宜研磨する。
【0020】
そして、
図2(b)に示されるように、被加工部材10の表面10aのうちの上記焼入層11を形成する部分に、黒鉛の粉末に有機溶剤を加えて撹拌した黒鉛含有材料(すなわち、黒鉛ペースト)20を塗布する。なお、有機溶剤は、黒鉛含有材料20が塗布された後に短時間で揮発するものを用いることが好ましく、本実施形態では、エタノールが採用される。
【0021】
黒鉛含有材料20は、本実施形態では、エタノールと黒鉛の比率が5:1(含有量wt%)となるように、黒鉛の粉末にエタノールが加えられて構成されている。また、本実施形態では、黒鉛含有材料20は、さらにブタン、プロパン等のガスが混入された状態で密封保存されている。そして、黒鉛含有材料20は、スプレー噴霧されることによって被加工部材10の表面10aに塗布される。
【0022】
ここで、黒鉛の粉末は、粒子が2μm未満になると、飛散し易くなって取り扱い難くなる。したがって、本実施形態では、黒鉛の粉末は、粒子が2μm以上とされている。また、本実施形態では、後述するように、黒鉛含有材料20にレーザビームを照射することにより、黒鉛を分解して被加工部材10に吸収させることで焼入層11を形成する。この際、黒鉛の粉末は、粒子が大きすぎると、短時間のレーザビームの照射で分解され難くなり、被加工部材10の表面10aに吸収され難くなる可能性がある。例えば、本実施形態では、後述するように、波長を900〜1070nm、レーザ出力を1.8〜3.5KW、走査速度を2〜6mm/sec、レーザ系を5×5〜10×30mmとしてレーザビームを照射する。この際、黒鉛の粉末の粒子が10μmより大きくなると、黒鉛が分解され難くなって被加工部材10の表面10aに吸収され難くなる可能性がある。したがって、本実施形態では、黒鉛の粉末は、粒子が10μm以下とされている。つまり、本実施形態では、黒鉛の粉末は、粒子が2〜10μmとされている。
【0023】
また、黒鉛含有材料20は、塗布された際に0.002g/cm
2未満になると、レーザビームを照射しても黒鉛(すなわち、炭素)が少なすぎて浸炭され難くなり、焼入層11の深さが浅くなる。このため、本実施形態では、黒鉛含有材料20を0.002g/cm
2以上となるように塗布する。また、本実施形態では、後述するように、波長を900〜1070nm、出力を1.8〜3.5KW、走査速度を2〜6mm/sec、レーザ系を5×5〜10×30mmとしてレーザビームを照射する。この際、黒鉛含有材料20が0.01g/cm
2より大きくなると、黒鉛の粉末が厚すぎるために障壁となってしまい、焼入層11の深さが浅くなる可能性がある。このため、本実施形態では、黒鉛含有材料20を0.01g/cm
2以下となるように塗布する。つまり、本実施形態では、黒鉛含有材料20を0.002〜0.01g/cm
2となるように塗布する。
【0024】
その後、
図2(c)に示されるように、被加工部材10の表面10aにおける黒鉛含有材料20が塗布されている部分にレーザビームを照射しながら走査させる。本実施形態では、大気圧雰囲気の条件下において、レーザビームを一度のみ照射する。これにより、
図2(d)に示されるように、被加工部材10の表面10a側に、硬化被膜層11aおよびマルテンサイト含有層11bを有する焼入層11が形成される。
【0025】
なお、本発明者らの検討によれば、黒鉛含有材料20を塗布したとしても、レーザ出力が低すぎたり、走査速度が速すぎると、レーザビームを照射しても硬化被膜層11aを有する焼入層11が形成されない場合があることが確認されている。具体的には、本発明者らは、焼入層(すなわち、マルテンサイト含有層11b)は、被加工部材10の表面温度が1100〜1200℃程度の黒鉛が拡散し易い温度であれば形成されることを確認している。しかしながら、硬化被膜層11aは、被加工部材10の表面温度が1200〜1300℃程度まで上昇されないと形成されないことを確認している。このため、本実施形態では、波長を900〜1070nm、レーザ出力を1.8〜3.5KW、走査速度を2〜6mm/sec、レーザ系を5×5〜10×30mmとしてレーザビームを照射する。これにより、被加工部材10の表面温度が1200〜1300℃程度まで上昇し、硬化被膜層11aとマルテンサイト含有層11bとを有する焼入層11が形成される。
【0027】
まず、鋼材は、主にパーライトとフェライトの2種類の分子から構成されている。そして、鋼材は、パーライト率が高くなると焼入層が形成され易く、フェライト率が高くなると焼入層が形成され難いことが知られている。つまり、鋼材における焼入層の形成され易さは、炭素量ではなく、パーライトの割合が優先される。例えば、安定的に焼入れ可能な炭素鋼は、S28C(JIS)以上であることが知られており、フェライト率が65%未満であることが知られている。このため、高炭素鋼および中炭素鋼は、パーライト率が高いために焼入層が形成され易く、フェライト率が65%以上となる低炭素鋼は、フェライト率が高いために焼入層11が形成され難くなる。
【0028】
また、鋳鉄は、全て高炭素鋼であるが、フェライト率が65%以上であるために焼入層が形成され難い種類が存在する。例えば、鋳鉄のうちのFC100、FCD400(JIS)等は、フェライト率が高いために焼入層が形成され難い材料として認識されている。
【0029】
このため、以下では、焼入層が形成され難い低炭素鋼および鋳鉄のうちのフェライト率が65%以上であるものを例に挙げて説明し、さらに焼入層が形成され易い中炭素鋼についても例に挙げて説明する。
【0030】
(実施例)
各実施例について説明する。以下の各実施例は、上記
図2を参照して説明した製造工程を行って得られた浸炭部品である。各実施例のさらに詳細な工程について説明すると、
図2(a)の工程では、被加工部材10の表面10aをエメリー紙#400等で研磨した後、表面に付着した異物や、表面の濡れ性を変化させて黒鉛含有材料20を塗布し易くするためにレーザクリーニングを行う。なお、レーザクリーニングは、例えば、レーザ出力を0.9〜1.1Kw、走査速度を4mm/secとして行われる。
【0031】
続いて、
図2(b)の工程として、2〜10μmである黒鉛の粉末にエタノールで構成される有機材料を加えて黒鉛含有材料20を構成する。そして、黒鉛含有材料20を0.005g/cm
2となるように塗布する。
【0032】
その後、
図2(c)の工程として、波長を980nm、レーザ出力を2.2KW、走査速度を2mm/sec、レーザ系を7×20mmとしてレーザビームを照射する。なお、以下の各実施例では、レーザライン社製、型式:LDF4000−100、ズームホモジナイザ2軸可変タイプである半導体レーザを用いてレーザビームを照射している。また、以下の各実施例では、この条件でレーザビームを照射することにより、被加工部材10の実質表面温度が1200℃前後となる。
【0033】
(実施例1)
実施例1では、被加工部材10として、低炭素鋼であるS25Cを用いた。なお、S25Cは、パーライト率が約32%、フェライト率が約68%であるフェライト率が高い部材であり、後述するように、単にレーザビームを照射したのみでは焼入層11が形成されない部材である。
【0034】
図3Aに示されるように、レーザビームを照射する前には焼入層11が形成されていないが、
図3B〜
図3Dに示されるように、レーザビームを照射した後には、表面10aから約0.5mmの深さまで焼入層11が形成されている。また、
図3Cおよび
図3Dに示されるように、焼入層11は、表面10a側に層状の層が形成され、層状の層を挟んで表面10a側と反対側に針状の層が形成されている。つまり、焼入層11には、異なる2つの層が形成されている。本実施形態では、層状の層を硬化被膜層11aとし、針状の層をマルテンサイト含有層11bとしている。そして、硬化被膜層11aは、表面10aから約0.1mmの深さまで形成されている。
【0035】
硬化被膜層11aおよびマルテンサイト含有層11bのロックウェル硬さ(以下では、単にHRCという)は、硬化被膜層11aが表面10a側から66〜64であり、マルテンサイト含有層11bが50〜46であった。つまり、硬化被膜層11aは、マルテンサイト含有層11bよりも硬度が高い層である。
【0036】
(実施例2)
実施例2では、被加工部材10として、鋳鉄であるFCD400を用いた。なお、FCD400は、パーライト率が約20%、フェライト率が約80%であるフェライト率が高い部材であり、後述するように、単にレーザビームを照射したのみでは焼入層11が形成されない部材である。
【0037】
図4Aに示されるように、レーザビームを照射する前には焼入層11が形成されていないが、
図4B〜
図4Dに示されるように、レーザビームを照射した後には、表面10aから約0.5mmの深さまで焼入層11が形成されている。また、
図4Cおよび
図4Dに示されるように、焼入層11は、実施例1と同様に、表面10a側に硬化被膜層11aが形成され、硬化被膜層11aを挟んで表面10a側と反対側にマルテンサイト含有層11bが形成されている。そして、硬化被膜層11aは、表面10aから約0.1mmの深さまで形成されている。
【0038】
硬化被膜層11aおよびマルテンサイト含有層11bのHRCは、硬化被膜層11aが表面10a側から66〜64であり、マルテンサイト含有層11bが表面10a側から62〜52であった。つまり、硬化被膜層11aは、マルテンサイト含有層11bよりも硬度が高い層である。
【0039】
なお、FCD400におけるマルテンサイト含有層11bの方がS25Cにおけるマルテンサイト含有層11bよりも硬度が高くなるのは、S25Cよりもマルテンサイト含有層11bにおけるマルテンサイトの割合が高くなるためである。すなわち、後述するように、マルテンサイト含有層11bは、マルテンサイト、フェライト、オーステナイト等を主に含んで構成されるが、これらの中ではマルテンサイトが最も硬度が高い。そして、FCD400は、元々の炭素の含有率がS25Cよりも高いため、マルテンサイト含有層11bが形成される際、S25Cよりもマルテンサイトが形成され易くなる。つまり、FCD400のマルテンサイト含有層11bは、S25Cのマルテンサイト含有層11bよりもマルテンサイト率が高くなる。したがって、FCD400におけるマルテンサイト含有層11bの方がS25Cにおけるマルテンサイト含有層11bよりも硬度が高くなる。
【0040】
(実施例3)
実施例3では、被加工部材10として、中炭素鋼であるS50Cを用いた。なお、S50Cは、パーライト率が約65%、フェライト率が約35%であるフェライト率が低い部材である。このため、後述の比較例3のように、S50Cは、黒鉛含有材料20を塗布せずにレーザビームを照射しても焼入層J11が形成される。
【0041】
図5Aに示されるように、レーザビームを照射する前には焼入層11が形成されていないが、
図5B〜
図5Dに示されるように、レーザビームを照射した後には、表面10aから約1.1mmの深さまで焼入層11が形成されている。また、
図5Cおよび
図5Dに示されるように、焼入層11は、実施例1と同様に、表面10a側に硬化被膜層11aが形成され、硬化被膜層11aを挟んで表面10a側と反対側にマルテンサイト含有層11bが形成されている。そして、硬化被膜層11aは、表面10aから約0.1mmの深さまで形成されている。
【0042】
硬化被膜層11aおよびマルテンサイト含有層11bのHRCは、硬化被膜層11aが表面10a側から66〜64であり、マルテンサイト含有層11bが表面10a側から62〜52であった。つまり、硬化被膜層11aは、マルテンサイト含有層11bよりも硬度が高い層である。
【0043】
なお、S50Cにおけるマルテンサイト含有層11bの方がS25Cにおけるマルテンサイト含有層11bよりも硬度が高くなるのは、実施例2と同様に、S50Cの方がS25Cよりも元々の炭素の含有率が高いためである。
【0044】
(比較例)
上記実施例における比較例として、黒鉛含有材料20を塗布せずにレーザビームを照射した結果について説明する。なお、以下の比較例では、黒鉛含有材料20を塗布しないため、
図2(a)の工程における研磨では、被加工部材10の表面10aをエメリー紙#400等でのみ研磨し、レーザクリーニングは行っていない。また、以下の比較例は、波長を980nm、レーザ出力を1.7KW、走査速度を2mm/sec、レーザ系を7×20mmとしてレーザビームを照射した結果である。そして、以下の比較例では、この条件でレーザビームを照射することにより、被加工部材J10の実質表面温度が溶解寸前の温度まで上昇する。
【0045】
(比較例1)
比較例1は、実施例1に対応する比較例であり、被加工部材J10として25Cを用いた結果である。
図6Aおよび
図6Bに示されるように、黒鉛含有材料20を塗布せずにレーザビームを照射したのみでは、焼入層が形成されない。
【0046】
(比較例2)
比較例2は、実施例2に対応する比較例であり、被加工部材J10としてFCD400を用いた結果である。
図7Aおよび
図7Bに示されるように、FCD400では、黒鉛含有材料20を塗布せずにレーザビームを照射したのみでは、焼入層が形成されない。
【0047】
(比較例3)
比較例3は、実施例3に対応する比較例であり、被加工部材J10としてS50Cを用いた結果である。
図8Aおよび
図8Bに示されるように、S50Cでは、黒鉛含有材料20を塗布せずにレーザビームを照射したのみであっても、フェライト率が低いために焼入層J11が形成されることが確認される。
【0048】
しかしながら、比較例3では、焼入層J11は形成されるものの、焼入層J11は単一の層で形成されている。また、比較例3では、焼入層J11が0.9mmの深さまで形成されるが、実施例3より焼入層J11の深さが浅くなる。
【0049】
そして、焼入層J11のHRCは、表面10a側から62〜52であった。つまり、比較例3の焼入層J11は、実施例3よりも表面硬度が低くなっている。
【0050】
以上が実施例および比較例の結果であり、
図9Aおよび
図9Bのように纏められる。そして、本実施例では、フェライト率が高いS25CやFCD400にも十分な焼入層11が形成されていることが確認される。また、S50Cのように、レーザビームを照射するのみで焼入層J11が形成されるものに対しては、焼入層11をさらに深くまで形成できていることが確認される。
【0051】
そして、黒鉛含有材料20を塗布してレーザビームを照射した場合には、黒鉛含有材料20を塗布せずにレーザビームを照射するのみでは形成されない新たな層として、硬化被膜層11aが形成されていることが確認される。
【0052】
次に、本発明者らは、焼入層11の構成について更なる鋭意検討を行い、以下の結果を得た。なお、以下の結果は、S25Cにおける焼入層11を形成していない部分と、S25Cにおける焼入層11を形成した部分とに対し、波長分散型x線分析を行った結果である。
【0053】
まず、焼入層11を形成していない部分では、体積積は、Fe:O:C=88.6:3.9:5.1(Mol%)であった。また、重量比は、Fe:O:C=95.9:1.2:1.2(Wt%)であった。なお、体積比および重量比における残りの部分は、Mn、Si等の元素である。
【0054】
一方、焼入層11を形成した部分では、体積比は、Fe:O:C=25.2:38.1:32.4(Mol%)であった。また、重量比は、Fe:O:C=55.2:23.9:15.3(Wt%)であった。なお、体積比および重量比における残りの部分は、Mn、Si等の元素である。
【0055】
すなわち、この結果より、焼入層11では、炭素と酸素が多く検出されていることが確認される。特に、体積比においては、炭素および酸素が鉄よりも多く検出され、十分に炭素が供給されていることが確認される。
【0056】
続いて、本発明者らは、S25Cの焼入層11における硬化被膜層11aおよびマルテンサイト含有層11bの組成について検討を行い、
図10に示す結果を得た。
【0057】
図10に示されるように、硬化被膜層11aは、主にセメンタイト、マルテンサイト、フェライト、マグネタイト、ヘマタイト等で構成されていることが確認される。また、マルテンサイト含有層11bは、主にマルテンサイト、フェライト、オーステナイト等で構成されていることが確認される。つまり、硬化被膜層11aは、マルテンサイト含有層11bよりもセメンタイトの割合が高くなっている。このため、硬化被膜層11aは、硬度の高いセメンタイトの割合が高くなる構成となっていることにより、マルテンサイト含有層11bよりも硬度が高くなる。なお、特に図示しないが、FCD400およびS50Cにおいても、同様の構成となる。
【0058】
さらに、本発明者らは、硬化被膜層11aの特性について検討を行い、
図11Aおよび
図11Bに示す結果を得た。なお、
図11Aは、S50Cを用い、黒鉛含有材料20を塗布せずにレーザビームを照射して形成した焼入部品(以下では、従来の焼入部品という)におけるスクラッチ試験の結果である。
図11Bは、黒鉛含有材料20を塗布した後にレーザビームを照射して形成した浸炭部品(以下では、本実施形態の浸炭部品という)におけるスクラッチ試験の結果である。つまり、
図11Aは、
図8Aおよび
図8Bのように単一の焼入層J11が形成されている従来の焼入部品に対する結果である。
図11Bは、
図5B〜
図5Dのように硬化被膜層11aを有する焼入層11が形成されている本実施形態の浸炭部品に対する結果である。また、
図11Aおよび
図11Bは、垂直荷重を100Nまで上げ、テーブル移動速度を10mm/min、漸増荷重を10N/minとしたスクラッチ試験を3回行った結果を示している。
【0059】
図11Aに示されるように、従来の焼入部品では、垂直荷重が75N時の摩擦力は平均14.3Nであり、垂直荷重が85N時の摩擦力は平均19.2Nであり、垂直荷重が95N時の摩擦力は平均24.7Nであった。
【0060】
一方、
図11Bに示されるように、本実施形態の浸炭部品では、垂直荷重が75N時の摩擦力は平均12.5Nであり、荷重85N時の摩擦力は平均16.0Nであり、垂直荷重が95N時の摩擦力は、平均18.5Nであった。
【0061】
すなわち、本実施形態の浸炭部品の方が従来の焼入部品より摩擦力を低減できることが確認される。つまり、硬化被膜層11aが形成されることにより、摩擦力を低減できることが確認される。そして、垂直荷重が大きいほど、硬化被膜層11aによって摩擦量を大きく低減できることが確認される。なお、従来の焼入部品および本実施形態の浸炭部品において、外観に割れ、剥がれ、クラック等は見受けられなかった。
【0062】
また、本発明者らは、硬化被膜層11aの別の特性についても検討を行い、
図12の結果を得た。なお、
図12は、摺動方向を往復方向、使用ボールをタングステンカーバイド、ボールサイズを直径6mm、摺動幅を片道10mm、荷重を2N、速度を100mm/sec、摺動距離を750mとしてボールオンディスク試験を行った結果を示している。また、
図12は、
図11と同様に、従来の焼入部品と本実施形態の浸炭部品との結果を示す図である。
【0063】
図12に示されるように、従来の焼入部品では、動摩擦係数は、最少で0.055μ、最大で0.813μ、平均で0.676μとなった。一方、本実施形態の浸炭部品では、動摩擦係数は、最少で0.133μ、最大で0.713μ、平均で0.620μとなった。
【0064】
すなわち、本実施形態の浸炭部品の方が従来の焼入部品より動摩擦係数の平均が低い結果となることが確認される。また、動摩擦係数は、摺動距離が長くなるにつれて大きくなるが、本実施形態の浸炭部品の方が従来の焼入部品よりも動摩擦係数の変動(すなわち、ブレ)が小さい状態で摺動距離に応じて大きくなることが確認される。
【0065】
以上説明したように、本実施形態では、被加工部材10の表面10a側に焼入層11が形成されており、焼入層11は、硬化被膜層11aとマルテンサイト含有層11bとを有している。そして、硬化被膜層11aは、マルテンサイト含有層11bよりも硬度が高くされている。したがって、浸炭部品における表面硬度を高くでき、耐摩耗性および耐疲労強度の向上を図ることができる。
【0066】
また、本実施形態では、被加工部材10の表面10aに黒鉛含有材料20を塗布し、レーザビームを照射することで焼入層11を形成している。このため、低炭素鋼やフェライト率が高い鋳鉄においても、0.5mmという十分な深さまで焼入層11を形成することができる。また、中炭素鋼のように黒鉛含有材料20を塗布せずにレーザビームを照射しても焼入層J11が形成されるものを用いた場合には、さらに深くまで焼入層11を形成することができる。そして、黒鉛含有材料20を塗布してレーザビームを照射することにより、マルテンサイト含有層11bよりも硬度が高い硬化被膜層11aを形成することができる。したがって、耐摩耗性および耐疲労強度を向上させた浸炭部品を製造できる。また、レーザビームを照射する際に他の制御を実行する必要がないため、製造工程の簡略化を図ることができる。
【0067】
さらに、本実施形態では、被加工部材10の表面10aに黒鉛含有材料20を塗布した後、1回のレーザビームを照射するのみで硬化被膜層11aを含む焼入層11を形成するようにしている。つまり、1回のレーザビームを照射するのみで硬化被膜層11aを含む焼入層11が形成されるように、レーザビームの照射条件を調整している。このため、硬化被膜層11aを有する焼入層11を形成するための製造時間の短縮を図ることができる。
【0068】
そして、黒鉛含有材料20を構成する黒鉛の粉末は、粒径が2〜10μmのものを用いている。したがって、黒鉛の粉末の取り扱いが困難になることを抑制でき、また、レーザビームを照射した際に黒鉛が分解し難くなるということを抑制できる。
【0069】
また、黒鉛含有材料20は、0.002〜0.01g/cm
2となるように被加工部材10の表面10aに塗布される。このため、十分な深さの焼入層11を形成できる。
【0070】
(他の実施形態)
本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した範囲内において適宜変更が可能である。
【0071】
例えば、上記第1実施形態では、被加工部材10として、炭素鋼のうちの低炭素鋼および中炭素鋼を例に挙げたが、高炭素鋼を用いてもよい。また、上記第1実施形態では、被加工部材10として、鋳鉄のうちのフェライト率が高いものを例に挙げたが、鋳鉄のうちのフェライト率が65%未満のような低いものを用いてもよい。被加工部材10をこのような構成としても、黒鉛含有材料20を塗布してレーザビームを照射することにより、硬化被膜層11aを有する焼入層11を形成することができる。
【0072】
そして、上記第1実施形態では、被加工部材10の表面10aに黒鉛含有材料20をスプレー噴霧する例について説明したが、黒鉛含有材料20の塗布方法は適宜変更可能である。例えば、被加工部材10の表面10aに黒鉛含有材料20を印刷法等で塗布するようにしてもよい。
【0073】
さらに、上記第1実施形態において、黒鉛含有材料20を構成する有機溶剤は、エタノールではなく、例えば、アセトン、ガソリン等を用いてもよい。但し、好ましくは、取り扱いが容易であるエタノールを採用するのがよい。
【0074】
また、黒鉛含有材料20を構成する黒鉛の粉末は、2μm未満とされていてもよく、10μm以上とされていてもよい。なお、黒鉛含有材料20を構成する黒鉛の粉末を10μm以上とする場合には、適宜レーザ出力や走査速度等を調整し、黒鉛の粉末が確実に分解されて被加工部材10に吸収されるようにすることが好ましい。
【0075】
さらに、黒鉛含有材料20は、0.002g/cm
2未満となるように塗布されていてもよい。このように黒鉛含有材料20を塗布しても、深さは浅くなるものの、低炭素鋼や鋳鉄のうちのフェライト率が高いものに対しても硬化被膜層11aを有する焼入層11を形成することができる。また、黒鉛含有材料20は、0.01g/cm
2より大きくなるように塗布されていてもよい。なお、このように黒鉛含有材料20をする場合には、適宜レーザ出力や走査速度等を調整し、黒鉛の粉末が確実に分解されて被加工部材10に吸収されるようにすることが好ましい。