特許第6558925号(P6558925)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6558925
(24)【登録日】2019年7月26日
(45)【発行日】2019年8月14日
(54)【発明の名称】ケトオクタデカジエン酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/64 20060101AFI20190805BHJP
【FI】
   C12P7/64
【請求項の数】9
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-62418(P2015-62418)
(22)【出願日】2015年3月25日
(65)【公開番号】特開2016-178913(P2016-178913A)
(43)【公開日】2016年10月13日
【審査請求日】2017年10月4日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004477
【氏名又は名称】キッコーマン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【弁理士】
【氏名又は名称】坂西 俊明
(74)【代理人】
【識別番号】100165526
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 寛
(72)【発明者】
【氏名】篠崎 洋平
(72)【発明者】
【氏名】仲原 丈晴
【審査官】 高山 敏充
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/088002(WO,A1)
【文献】 特表2004−508039(JP,A)
【文献】 特開2008−054694(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2004/0029225(US,A1)
【文献】 国際公開第2007/110907(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
FSTA/AGRICOLA/BIOSIS/BIOTECHNO/CABA/CAplus/SCISEARCH/TOXCENTER/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マンガンの存在下、且つ20℃未満の温度で、リノール酸を含む原料にリポキシゲナーゼを含む酵素材料を作用させる工程を備える、ケトオクタデカジエン酸の製造方法であって、
前記酵素材料が、大豆、トウモロコシ、エンドウ、オオムギ、コムギ、ピーナッツ、ジャガイモ及びトマトからなる群より選ばれる少なくとも1種の材料を含むか、又はこれらの材料から精製されたリポキシゲナーゼを含む、製造方法。
【請求項2】
前記マンガンが、マンガン含有酵母により供給される、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記ケトオクタデカジエン酸が、13−オキソ−9,11−オクタデカジエン酸である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記温度が、0℃以上15℃以下である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記酵素材料が、大豆粉末である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記原料が、食用油又はその加工物である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記食用油が、大豆油である、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記工程の前に、前記原料にエステラーゼを作用させる工程をさらに備える、請求項6又は7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記エステラーゼが、リパーゼである、請求項8に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ケトオクタデカジエン酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、世界中で過度な食事摂取により、糖尿病、脂質代謝異常症、高血圧、肥満等の生活習慣病と呼ばれる疾患が増加している。脂質代謝異常症を改善する薬剤としては、ペルオキシゾーム増殖剤応答性受容体(PPAR)をターゲットとする成分が多数開発されている。
【0003】
PPARをターゲットとする成分として、トマト抽出物に含まれる9−オキソ−10,12−オクタデカジエン酸(本明細書中、「9−oxo−ODA」とも略記する。特に明記しない場合は異性体も含むものとする。)及び13−オキソ−9,11−オクタデカジエン酸(本明細書中、「13−oxo−ODA」とも略記する。特に明記しない場合は異性体も含むものとする。)等の成分が知られている(特許文献1)。
【0004】
特に、13−oxo−ODAは、in vitroの試験において9−oxo−ODAよりもPPARα活性化能が高いことが知られている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−184411号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】PLOS ONE,Vol.7(2),e31317,2012年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
9−oxo−ODA、13−oxo−ODA等のケトオクタデカジエン酸は、PPARαをターゲットとする成分として、食品に含有させて利用できる点で有望であり、これらの成分を安定的に供給することができる方法が求められている。
【0008】
そこで、本発明は、副生成物を抑え、効率的にケトオクタデカジエン酸を製造できる製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明は、金属の存在下、且つ20℃未満の温度で、リノール酸を含む原料にリポキシゲナーゼを含む酵素材料を作用させる工程を備える、ケトオクタデカジエン酸の製造方法を提供する。
【0010】
本発明の製造方法によれば、副生成物を抑え、効率的にケトオクタデカジエン酸を製造することができる。
【0011】
上記製造方法において、金属は、マンガン、亜鉛、鉄、銅及びマグネシウムからなる群より選択される少なくとも一種であってよく、マンガン、亜鉛及び鉄からなる群より選択される少なくとも一種であってよく、マンガン及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも一種であってよく、特にマンガンであってもよい。金属として、マンガン、亜鉛、鉄、銅及びマグネシウムからなる群より選択される少なくとも一種を用いることにより、より効果的に副生成物を抑え、より効率的にケトオクタデカジエン酸を製造することができる。さらに、マンガン、亜鉛及び鉄からなる群より選択される少なくとも一種、マンガン及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも一種、又はマンガンを用いることにより、これらの効果がより一層向上する。また、金属は、金属含有酵母により供給されるものであってもよい。金属が金属含有酵母により供給されることにより、より食品用途に適したものとなる。
【0012】
ケトオクタデカジエン酸は、13−オキソ−9,11−オクタデカジエン酸であってもよい。13−oxo−ODAは、例えば9−oxo−ODA等の他のケトオクタデカジエン酸と比較してPPARα活性化能が高い。
【0013】
温度は、0℃以上15℃以下であってもよい。温度を上記範囲とすることにより、副生成物をより効果的に抑えることができ、食品としての風味及び嗜好性が向上する。
【0014】
リポキシゲナーゼを含む酵素材料は、大豆粉末であってもよい。大豆粉末を用いることにより、酵素材料を安価に入手することができるばかりでなく、食品としての適性を向上させることができる。
【0015】
リノール酸を含む原料は、食用油又はその加工物であってよく、当該食用油は、大豆油であってもよい。食用油又はその加工物を用いることにより、原料を安価に入手することができるばかりでなく、食品としての適性を向上させることができる。また、大豆油又はその加工物は、リノール酸の含有量が高いため、生産効率を向上させることができる。
【0016】
また、リノール酸を含む原料が、食用油又はその加工油である場合、上記工程の前に、当該原料にエステラーゼを作用させる工程をさらに備えていてもよく、エステラーゼは、リパーゼであってよい。エステラーゼを作用させる工程をさらに備えることにより、原料中の遊離リノール酸の量を増加させることができ、生産効率を向上させることができる。また、エステラーゼがリパーゼであることにより、より効率的に原料中の遊離リノール酸の量を増加させることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、副生成物を抑え、効率的にケトオクタデカジエン酸を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための形態についてより詳細に説明する。しかしながら、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0019】
本実施形態に係るケトオクタデカジエン酸の製造方法は、金属の存在下、且つ20℃未満の温度で、リノール酸を含む原料にリポキシゲナーゼを含む酵素材料を作用させる工程を備える。
【0020】
ケトオクタデカジエン酸としては、その構造式に限定されず、PPARα活性化作用を有する任意のケトオクタデカジエン酸が挙げられる。例えば、9−オキソ−10(E),12(E)−オクタデカジエン酸、9−オキソ−10(Z),12(E)−オクタデカジエン酸、9−オキソ−10(E),12(Z)−オクタデカジエン酸、9−オキソ−10(Z),12(Z)−オクタデカジエン酸、13−オキソ−9(E),11(E)−オクタデカジエン酸(下記式(I))、13−オキソ−9(Z),11(E)−オクタデカジエン酸(下記式(II))、13−オキソ−9(E),11(Z)−オクタデカジエン酸、13−オキソ−9(Z),11(Z)−オクタデカジエン酸等が挙げられる。また、5−オキソ−6,8−オクタデカジエン酸、6−オキソ−9,12−オクタデカジエン酸、8−オキソ−9,12−オクタデカジエン酸、10−オキソ−8,12−オクタデカジエン酸、11−オキソ−9,12−オクタデカジエン酸、12−オキソ−9,13−オクタデカジエン酸、14−オキソ−9,12−オクタデカジエン酸等も挙げられ、これらは、(E,E)体、(Z,E)体、(E,Z)体、(Z,Z)体のいずれであってもよい。ケトオクタデカジエン酸としては、PPARα活性化能に優れる観点から、9−oxo−ODA又は13−oxo−ODAであってもよく、13−oxo−ODAであってもよく、下記式(I)又は下記式(II)で表される化合物であってもよい。
【0021】
【化1】
【0022】
【化2】
【0023】
ケトオクタデカジエン酸は、PPAR活性化能を有する。PPARは、哺乳類ではα、δ及びγの3種類のアイソフォームが知られており、上記ケトオクタデカジエン酸は、少なくともPPARα及びPPARγの活性化能を有することが知られている。PPARαは主に肝臓及び骨格筋で脂肪酸の輸送及び代謝に関連する遺伝子の発現を制御していることが知ら得ている。PPARαは、このような作用を介して脂質代謝に深く関与していることから、PPARα活性化能を有する上記ケトオクタデカジエン酸は、脂質代謝異常症の改善に有効である。また、PPARγは、脂肪細胞の分化を司る調節因子であることが知られている。したがって、PPARγ活性化能を有する上記ケトオクタデカジエン酸は、脂肪細胞分化を促進することにより、血液中の糖及び遊離脂肪酸を低下させ、筋肉の遊離脂肪酸の低下とインスリン抵抗性の改善に有効である。
【0024】
ケトオクタデカジエン酸は、例えば、下記スキーム(A)に示す経路でリノール酸から、リポキシゲナーゼ及びデヒドロゲナーゼによる酸素付加反応により生成されると考えられる。また、シトクロムP450、麹菌等のオキシゲナーゼによる酸素付加反応により生成されることも考えられる。なお、下記スキーム(A)における過酸化物は、デヒドロゲナーゼによらずとも、分解してケトオクタデカジエン酸を生成することができる。
【0025】
【化3】
【0026】
したがって、上記原料は、リノール酸を含むものであればよい。リノール酸としては、リノール酸のほか、共役リノール酸等も挙げられる。また、上記原料は、リノール酸のほか、リノレン酸やリノール酸のエステル体が含まれていてもよい。リノール酸のエステル体としては、リノール酸のカルボキシル基がエステル化されたものであればよく、例えば、メチルエステル、エチルエステル、グリセリン脂肪酸エステル(トリアシルグリセロール、ジグリセリン脂肪酸エステル、モノグリセリン脂肪酸エステル等)、リン脂質(ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジン酸、ホスファチジルセリン等)とのエステル、グリセロ糖脂質とのエステル等が挙げられる。
【0027】
上記原料としては、精製されたリノール酸を用いてもよく、丸大豆又は丸大豆の加工物を含む原料、食用油(ひまわり油、綿実油、とうもろこし油、大豆油、ごま油、クルミ油、グレープ種子油、米ぬか油、落花生油、なたね油、オリーブ油、亜麻仁油、シソ油、エゴマ油、魚油、ラード、パーム油及びヤシ油等)又はその加工物を含む原料、しょうゆ油又はその加工物を含む原料、小麦、エンドウ豆、そら豆、小豆、レンズ豆、ひよこ豆、リョクトウ、コーヒー豆、キマメ、ごま、とうもろこし、くるみ、落花生、そば、けし、松の実、かや、黒豆、エゴマ、オリーブの実、カシューナッツ、ピスタチオ、ルーピン豆、ひまわり種子、グレープ種子、トマト種子、オリーブ種子、米ぬか、若しくはその他リノール酸を含有する穀類、豆類、ナッツ類若しくは種子等、又はこれらの加工物等のリノール酸を含む原料を用いてもよい。食用油脂製造過程において、脱酸処理の際に生じる副産物(脂肪酸等を含む)、又はトコフェロール等の精製過程で生じる副産物を用いてもよい。リノール酸の含有量が高い点から、食用油又はその加工物を含む原料、特に大豆油又はその加工物を含む原料を用いてもよい。食用油の加工物としては、マーガリン、スプレッド、改良油脂、粉末油脂等を用いることができ、大豆油の加工物としては、同様にマーガリン、スプレッド、改良油脂、粉末油脂等を用いることができる。
【0028】
本実施形態に係るケトオクタデカジエン酸の製造方法は、上述したリノール酸を含む原料に、リポキシゲナーゼを含む酵素材料を作用させる。このような酵素材料としては、特に制限はなく、リポキシゲナーゼの精製酵素を用いてもよいし、大豆、トウモロコシ、エンドウ、オオムギ、コムギ、ピーナッツ、ジャガイモ、トマト等の、リポキシゲナーゼを多量に含む材料を用いてもよい。これらの材料は、前処理することなくそのままで、又は破砕・粉砕等を行い、粉末状・微粒子状にして用いることができる。また、材料に適度に水を加え、又は水を加えずに、例えば石臼等で摩砕し、液状又はペースト状にして用いることができる。例えば、大豆粉末は、生大豆をミキサー等で破砕し粉末化したものを用いることができる。酵素材料は、リポキシゲナーゼのほかに酵素を含んでいてもよく、例えば、デヒドロゲナーゼを含んでいてもよい。
【0029】
酵素材料の添加量としては、用いる原料及び下記にて詳述する金属の種類に応じて適宜設定すればよいが、例えば、原料100質量部に対して、酵素材料において、酵素活性で換算したときに、リポキシゲナーゼが1000〜50000ユニット、2000〜40000ユニット又は3000〜20000ユニットとしてもよい。なお、ここで1ユニットは、リノール酸を基質とし、3mL(幅1cm)の石英セル内において、pH9、温度25℃で1分間に吸光度を0.001増加させる酵素量と定義する。
【0030】
本実施形態に係るケトオクタデカジエン酸の製造方法は、上述した原料及び酵素材料を、金属の存在下で作用させる工程を備える。金属を用いることで、後述する温度範囲であっても、効率的にケトオクタデカジエン酸を製造することができる。これらの金属は、当該金属を含む化合物又は塩により供給されてもよい。金属を含む化合物又は塩としては、例えば、硫酸マンガン、硫酸マンガン一水和物、硫酸マンガン五水和物、硫酸鉄、硫酸亜鉛等が挙げられる。上記金属の中でも、過酸化脂質等の副生成物をさらに抑制し、より効率的にケトオクタデカジエン酸を製造する観点から、マンガン、亜鉛、鉄、銅及びマグネシウムからなる群より選択される少なくとも一種であってよく、マンガン、亜鉛及び鉄からなる群より選択される少なくとも一種であってよく、マンガン及び亜鉛からなる群より選択される少なくとも一種であってよく、マンガンであってよい。
【0031】
また、上記金属は、本実施形態に係る製造方法により製造されたケトオクタデカジエン酸を食品に添加して用いる観点から、金属含有酵母により供給されてもよい。金属含有酵母は、市販品を用いてもよいし、培地等に所望の金属を添加して酵母を適宜培養して酵母中に金属を取り込ませることで調製してもよい。酵母の培養方法としては、一般的に用いられる酵母の培養方法を適宜採用することができる。用いる酵母としては、食用に用いられた実績のある食品グレードの酵母を用いてもよい。具体的には、例えば、ビール酵母、パン酵母、清酒酵母、焼酎酵母、醤油酵母、味噌酵母、トルラ酵母、酵母エキス全般に使用される酵母等が挙げられる。酵母の属・種としては、Saccharomyces属(例えば、Saccharomyces cerevisiae)、Candida属(例えば、Candida utilis)、Hansenula属、Zygosaccharomyces属、Kluyveromyces属等が挙げられる。金属含有酵母としては、例えば、マンガン含有酵母、亜鉛含有酵母、鉄含有酵母、マグネシウム含有酵母、銅含有酵母等が挙げられる。これらは一種を単独で、又は二種以上を併用して用いることができる。これらの金属含有酵母の中でも、過酸化脂質等の副生成物をさらに抑制し、より効率的にケトオクタデカジエン酸を製造する観点から、マンガン含有酵母、亜鉛含有酵母を用いてもよく、マンガン含有酵母を用いてもよい。金属含有酵母における金属の含有量は、特に制限されず、用いる酵母及び金属に応じて適宜設定されるが、例えば、0.1〜50%又は1〜10%であってよい。
【0032】
反応液中における金属の含有濃度としては、用いる原料及び酵素材料の種類に応じて適宜設定すればよいが、例えば、金属の濃度を0.1〜500mM、0.5〜200mM又は1〜110mMとしてもよい。金属として鉄を用いる場合には、鉄の濃度を1〜200mM又は10〜60mMとしてもよい。また、金属含有酵母を用いる場合には、金属の含有量が上記の範囲内になるように用いればよい。
【0033】
本実施形態に係るケトオクタデカジエン酸の製造方法における反応温度は、20℃未満である。温度を20℃未満とすることで、副生成物を抑え、効率的にケトオクタデカジエン酸を製造することができる。一方、上記温度は、上記酵素反応をより効率的に進行させる観点から、0℃以上であってもよい。このような観点から、本実施形態に係るケトオクタデカジエン酸の製造方法における反応温度は、0℃以上15℃以下、0℃以上10℃以下又は0℃以上5℃以下であってもよい。
【0034】
本実施形態に係るケトオクタデカジエン酸の製造方法における反応時間は、用いる原料、酵素材料及び金属の種類、これらの濃度、反応温度、溶存酸素濃度、撹拌速度、圧力、pH等の物理化学的条件に応じて、また、製造されるケトオクタデカジエン酸の収率を考慮して適宜設定すればよいが、例えば、5分〜120時間、30分〜96時間、1〜24時間又は3〜8時間の範囲であってよい。
【0035】
また、上述した原料、酵素材料及び金属を用いてケトオクタデカジエン酸を製造する際の具体的な操作方法についても特に制限されない。例えば、緩衝液中に原料、酵素材料及び金属を添加して、ジャーファーメンター等を用いて好気条件下で反応を行ってもよい。好気条件下に保つために、例えば、反応液に酸素又は空気をバブリング等により通気する、プロペラ撹拌機を使用して反応液を撹拌する等の方法を用いることができる。通気又は撹拌は、溶存酸素濃度に応じて間欠的に、又は連続的に行うことができる。上記緩衝液のpHは、アルカリ性であってよく、pH7〜12、pH8〜11又はpH10.1〜10.3の範囲内にあってよい。
【0036】
本実施形態に係るケトオクタデカジエン酸の製造方法においては、本発明による効果を阻害しない限りにおいて、上述した原料、酵素材料及び金属以外の成分を反応液に含んでいてもよい。具体的には、例えば、水、食塩、アルコール類、糖類(グルコース、マルトース等)、ミネラル(カルシウム、マグネシウム等及びこれらの塩類など)、乳化剤(グリセリン脂肪酸エステル、酢酸モノグリセリド、乳酸モノグリセリド、クエン酸モノグリセリド、ジアセチル酒石酸モノグリセリド、コハク酸モノグリセリド、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン縮合リノシール酸エステル、キラヤ抽出物、大豆サポニン、チャ種子サポニン、ショ糖脂肪酸エステル、植物レシチン、卵黄レシチン等)、pH調整剤(水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、乳酸、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸及び酢酸等)、緩衝液(炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、ホウ酸、グリシン、塩化アンモニウム、アンモニア、水酸化ナトリウム、塩化カリウム等)、消泡剤、窒素源(小麦グルテン、大豆由来精製蛋白質、酵母エキス、ペプトン、アミノ酸、酵素分解調味液等)、食品加工用酵素(プロテアーゼ、ペプチダーゼ、セルラーゼ等)を挙げることができる。
【0037】
また、上述したリノール酸を含む原料として、食用油又はその加工物を用いた場合等、当該原料において、リノール酸のエステル体が含まれる場合、あらかじめリノール酸のエステル体にエステラーゼを作用させる工程をさらに備えていてもよい。エステラーゼとしては、リパーゼ、クロロゲン酸エステラーゼ、フィターゼ、ホスホリラーゼ、ホスホリパーゼ等が例示できる。リノール酸のエステル体を効率的にリノール酸に変換する観点から、エステラーゼはリパーゼであってもよい。リパーゼとしては市販のものを用いることができ、例えば、リパーゼMY、リパーゼOF、リパーゼPL、リパーゼQLM、ホスホリパーゼD(いずれも名糖産業社製)、ニューラーゼF、リパーゼA「アマノ」6、リパーゼAY「アマノ」30SD、リパーゼG「アマノ」50、リパーゼR「アマノ」、リパーゼDF「アマノ」15、リパーゼMER「アマノ」(いずれも天野エンザイム社製)を用いることができる。また、エステラーゼは、精製酵素を用いて供給されてもよく、麹菌、ペニシリウム属の糸状菌等から供給されてもよい。
【0038】
上述した本実施形態に係るケトオクタデカジエン酸の製造方法により製造された、ケトオクタデカジエン酸の反応液中の含有量は、常法により測定することができる。例えば、当該反応液を凍結乾燥した後、有機溶媒(例えば、クロロホルム、メタノール等)で抽出し、LC−MS/MS分析により定量する方法等が挙げられる。
【0039】
上記本実施形態に係るケトオクタデカジエン酸の製造方法は、上記反応液からケトオクタデカジエン酸を精製する工程をさらに備えていてもよい。ケトオクタデカジエン酸の精製は、公知の方法により行うことができる。例えば、溶媒抽出後に分離精製を行うことができる。溶媒としては、メタノール、エタノール等のアルコール類;n−ヘキサン、アセトン、酢酸エチル、酢酸メチル、及び超臨界二酸化炭素などを用いることができる。抽出は、物理的な撹拌・破砕、固液抽出、超音波処理、還流による抽出、浸漬、浸出、煎出、マイクロ波処理等の公知の方法により行うことができる。溶媒を処理したものをそのまま使用することも可能であるが、さらに活性炭処理、クロマトグラフィー、液液分配、蒸留、ゲル濾過、精密濾過等により精製してもよい。また、反応物を濾過・圧搾し、得られた濾液を静置又は遠心分離することにより、浮遊してくる油分を回収することにより分離を行ってもよい。さらに、反応液のpHを酸性化させてから、遠心分離により回収してもよい。または、反応液にカルシウム塩等を加えて金属石鹸化した後に、適切な遠心分離作業、ろ布又は濾過により沈殿物として回収してもよい。これらの作業により、ケトオクタデカジエン酸を効率的に濃縮することができる。分離された油分からさらに上記の精製を行ってもよい。
【0040】
本実施形態に係る製造方法により製造されたケトオクタデカジエン酸は、PPARα活性化能を有するため、例えば、糖尿病、肥満、脂質代謝異常症、インスリン抵抗性、高脂血症、動脈硬化及び冠動脈疾患の予防又は改善に用いることができる。
【0041】
また、所望により上述した精製方法に従って精製した後、例えば食品、機能性食品等に添加して用いることができる。また、当該製造方法において、食品、機能性食品等に添加してもよい成分を用いて製造された場合には、反応液をそのまま食品、機能性食品等として、又は反応液をそのまま食品、機能性食品等に含ませて利用することができる。
【0042】
このような食品、機能性食品としては、例えば、味噌、諸味風調味料、しょう油、しょう油加工品、みりん、つゆ、たれ、和風だし、洋風だし、中華だし、ドレッシング、ケチャップ、トマトソース、パスタソース、ウスターソース及びその他ソース等の調味料、パン類、ケーキ・菓子類、麺類、ゼリー類、冷凍食品、レトルト食品、フリーズドライ食品、アイスクリーム類、乳製品、スープ類、豆腐よう、乳発酵食品、豆乳発酵食品、大豆発酵食品等の各種加工食品のほか、サプリメントの形態として、タブレット錠、錠剤、顆粒、カプセル剤、シロップ剤等が挙げられる。飲料としては、例えば、豆乳、果汁飲料、炭酸飲料、茶系飲料、ニアウォーター、スポーツ飲料、乳飲料、アルコール飲料、清涼飲料等が挙げられる。食用油としては、調理用油、マヨネーズ、マーガリン等の油脂加工品類等が挙げられる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例に基づき、本発明をより具体的に説明する。しかしながら、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、反応液におけるケトオクタデカジエン酸の定量及び反応液の官能評価は、以下の手順に従って実施した。
【0044】
[ケトオクタデカジエン酸の定量]
ケトオクタデカジエン酸のLC−MS/MS分析は、以下の条件で行った。
LC条件:
移動相A;水(0.1%ギ酸を含む)
移動相B;アセトニトリル(0.1%ギ酸を含む)
グラジエント条件;移動相A50%(0分)−80%(14分)−99%(17〜18分)−50%(19分)
カラム温度;50℃
カラム;YMC−Triart C18(100×2.0mm、1.9m)
流速;0.3mL/分
インジェクション量;5μL
分析時間;38分
【0045】
MS条件:
Scans in Period;1069
Relative Start Time;1100.00msec
Scan Type;MRM
Polarity;Negative
【0046】
MRM条件:
・13−oxo−ODA
Q1mass;293.30
Q3mass;113.00
Dwell(msec);500.00
・9−oxo−ODA
Q1mass;293.10
Q3mass;185.20
Dwell(msec);500.00
【0047】
[官能評価]
製造した反応液について、熟練したパネル5名による香りの官能評価を実施した。官能評価の基準を以下に示す。官能評価がA又はBであれば、酸化劣化臭が少なく、副生成物が抑制されていると評価することができる。
(油の酸化劣化臭)
A:油の酸化劣化臭がわずかであるか、ほとんど感じられない。
B:油の酸化劣化臭が弱い。
C:油の酸化劣化臭がやや強い。
D:油の酸化劣化臭が強い。
【0048】
<実施例1〜3及び比較例1〜3>
0.2M炭酸ナトリウム溶液及び0.2M炭酸水素ナトリウム溶液を7:3(v:v)となるように混合し、pHが10.2の緩衝液(炭酸ナトリウム/炭酸水素ナトリウム緩衝液)を調製した。大豆粉末として生大豆(国産、フクユタカ)をミキサーで破砕し粉末化したものを用いた。破砕の際は、熱の発生を抑制するため、温度上昇に注意しながら間欠的に破砕した。緩衝液1L、大豆粉末20g、及びリノール酸(和光純薬社製、特級試薬)28gを、2.5Lミニジャーファーメンターに仕込み、5℃の温度条件で3時間通気攪拌を行った。その後、実施例1〜3及び比較例1〜2では、マンガン含有酵母を10g(1%w/v;セティ社販売品、マンガン5%含有)添加し、下記表1に示した温度及び反応時間にて通気攪拌を行った。比較例3ではマンガン含有酵母を添加せずに、下記表1に示した温度及び反応時間にて通気攪拌を行った。反応液中に生成した13−oxo−ODAの含有量及び官能評価の結果を表1に示す。
【0049】
【表1】
【0050】
<実施例4〜6>
0.2M炭酸ナトリウム溶液及び0.2M炭酸水素ナトリウム溶液を7:3(v:v)となるように混合し、pHが10.2の緩衝液(炭酸ナトリウム/炭酸水素ナトリウム緩衝液)を調製した。大豆粉末として生大豆(国産、フクユタカ)をミキサーで破砕し粉末化したものを用いた。破砕の際は、熱の発生を抑制するため、温度上昇に注意しながら間欠的に破砕した。緩衝液1L、大豆粉末20g、及びリノール酸(和光純薬社製、特級試薬)28gを、2.5Lミニジャーファーメンターに仕込み、5℃の温度条件で、実施例4及び5については3時間通気攪拌を行い、実施例6については4時間通気攪拌を行った。その後、実施例4ではマンガン含有酵母を10g(1%w/v)添加し、実施例5では亜鉛含有酵母10g(1%w/v;メディエンス社販売品、亜鉛10%含有)を添加し、実施例6では鉄含有酵母10g(1%w/v;セティ社販売品、鉄5%含有)を添加し、下記表2に示した温度及び反応時間にて通気攪拌を行った。反応液中に生成した13−oxo−ODA及び9−oxo−ODAの含有量及び官能評価の結果を表2に示す。
【0051】
【表2】
【0052】
<実施例7〜12>
0.2M炭酸ナトリウム溶液及び0.2M炭酸水素ナトリウム溶液を7:3(v:v)となるように混合し、pHが10.2の緩衝液(炭酸ナトリウム/炭酸水素ナトリウム緩衝液)を調製した。大豆粉末として生大豆(国産、フクユタカ)をミキサーで破砕し粉末化したものを用いた。破砕の際は、熱の発生を抑制するため、温度上昇に注意しながら間欠的に破砕した。水0.5L、リパーゼ(リパーゼOF、名糖産業社製)0.15g、及び大豆油(大豆白絞油、昭和産業社製)を、2.5Lミニジャーファーメンターに仕込み、43〜48℃の温度条件で攪拌しながら24時間リパーゼ反応を行った。その後、5℃まで冷却し、実施例7及び8では大豆粉末添加後、3時間の反応を行った。リパーゼ反応後のpHはそれぞれ、pH7.5、pH7.6であった。実施例9〜12では大豆粉末添加後、1VVM(volume per volume per minute:1分間に供給する培地1L当たりの通気量)にて6時間の反応を行った。下記表3に示す金属又は金属酵母を添加し、表3に示した温度及び反応時間にて通気攪拌を行った。反応液中に生成した13−oxo−ODA及び9−oxo−ODAの含有量及び官能評価の結果を表3に示す。なお、硫酸マンガン一水和物は、和光純薬社製のものを用いた。硫酸鉄は、関東化学社製の食品添加物を用いた。
【0053】
【表3】
【0054】
本発明に係る製造方法によれば、反応液の酸化劣化臭が少ないことから、副生成物が抑制されており、且つケトオクタデカジエン酸を効率的に製造することができる。一方、反応温度を20℃以上とした場合には、ケトオクタデカジエン酸の生成量が減少するとともに、やや強い酸化劣化臭が確認され、副生成物が製造されていることが示唆された。なお、反応液中に金属を添加しなかった場合には、ケトオクタデカジエン酸はほとんど生成されなかった。