【文献】
KATAYAMA Shota et al.,Journal of Crystal Growth,2015年,Vol. 416,p. 126-129,ISSN 0022-0248
【文献】
CRUZ Luisa Paula et al.,Acta Crystallographica Section C Crystal Structure Communications,2001年,Vol.57 Part9,p. 1001-1003,ISSN 0108-2701
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来、酸化物複合体として、可視光領域で高い透明性をもち、かつ高い電気伝導性を示す透明導電体材料や透明半導体材料が知られ、透明電極等に広く用いられている。例えば、透明半導体には、In
2O
3、ZnO、SnO
2、及びこれらの母体材料に不純物を添加したSn添加In
2O
3、Al添加ZnO、Ga添加ZnO、Sb添加SnO
2、F添加SnO
2などが知られているが、これらは全て電子が荷電担体となるn型半導体である。一方、半導体には正孔を荷電担体とするp型半導体がある。可視光領域で透明なn型とp型の半導体がそろえば、pn接合を形成することによって、可視光領域で透明なダイオードやトランジスタ、太陽電池などを作ることが可能となる。
【0003】
すでにCu
2OやNiOなどがp型半導体として知られているが、可視光領域に光吸収があり、強い着色を持っているため、透明ではない。1990年以降、透明p型導電体の研究開発がすすめられ、いくつかの新しい透明p型導電体が報告された。例えばデラフォサイト構造をもつABO
2(A=CuまたはAgの少なくとも1種類、B=Al、Ga、In、Sc、Y、Cr、RhまたはLaの少なくとも1種類)の化学式で表される酸化物複合体、LnCuOCh(Ln=ランタノイド元素またはYの少なくとも1種類、Ch=S、Se、またはTeの少なくとも一種類)の化学式で表されるオキシカルコゲナイド化合物、ZnOの化学式で表される酸化亜鉛などである。しかし、デラフォサイト構造をもつ化合物は正孔の移動度が低い。また、オキシカルコゲナイド化合物は、移動度や正孔濃度はかなり高いが、大気雰囲気中で酸化してしまい、特性劣化が著しい。また、酸化亜鉛は、もともと電子を荷電担体とするn型半導体であるため、電子を生成する構造欠陥濃度を極限まで少なくし、かつ窒素などのp型半導体特性を発現する構造欠陥を導入する必要がある。そのため、p型の構造欠陥導入にともなうn型構造欠陥生成やn型構造欠陥濃度の低減の困難さなどから、p型半導体特性を有する酸化亜鉛の作製が難しく再現性に乏しい。よって、電子デバイスに適した透明p型半導体は実現が困難である。
【0004】
酸化物半導体は、酸素を含む大気中で酸化反応に強い半導体材料として期待されている。ところが、酸化物でp型伝導性を実現することは難しい。これは酸化物では価電子帯上端部の電子が酸素イオン上に局在するためである。デラフォサイト化合物では価電子帯上端部に金属のd軌道成分を導入し、オキシカルコゲナイド化合物では価電子帯上端部にカルコゲン元素のp軌道成分を導入して、価電子帯上端部の電子の局在性を低下させている。また、価電子帯の上端部にd軌道やp軌道よりも大きな電子軌道半径をもつ金属元素のs軌道を導入すれば、価電子帯上端部の電子の局在性を低下させ、高い移動度が期待できる。加えてs軌道の等方的な球状構造は結合角や結合距離のばらつきを引き起こす結晶構造の乱れに対する移動度の低下を抑制できることが期待される。この考え方に基づいて価電子帯上端部にスズのs軌道成分を導入した酸化スズ(SnO)においてp−チャンネルトランジスタの作製が報告されている(例えば特許文献1参照)。また、SnOのバンドギャップは0.7eVと可視光領域よりも小さいエネルギーのため可視光領域に強い着色があり、可視光領域での透明性は確保できないことが知られている。
【0005】
パイロクロア構造の酸化物に関連して、次のような公知文献がある。
【0006】
組成式Sn
2Nb
2O
7で表されるパイロクロア構造を有する金属酸化物は、価電子帯上端部がSnの5s成分から構成されることが報告されている(非特許文献1参照)。
【0007】
簡便な組成式でSn
2Nb
2O
7と記述される化合物の構造に関する研究で、(1)2価のSnサイトの一部が欠損していること、(2)5価のNbサイトの一部に酸化されて4価になったSnの一部が置換されること、が知られている。これら2つの構造欠陥を表記すれば、Sn
2−x(Nb
2−ySn
y)O
7−x−0.5yとなる。さらにx、y=0.1−0.48の範囲でパイロクロア構造を維持すると記載されている(非特許文献2)。
【0008】
また、パイロクロア構造の酸化物は、光を照射することによって有機物の分解が起こり光触媒として働くとの報告がある(特許文献2、3参照)。特許文献2には、Sn
2Nb
2O
7(酸化物半導体)と酸化チタンとからなる酸化物複合体の光触媒が報告されている。特許文献2では、該光触媒は、伝導帯底部の電子のエネルギーレベルと価電子帯頂上の電子のエネルギーレベルがそれぞれ異なる異種の酸化物半導体による接合部を有する酸化物複合体により構成される。特許文献3には、ABO
4+x(ただし、−0.25≦x≦0.5、AイオンはSn元素、BイオンはNb、Taから選択された1種以上の元素)で表され、蛍石構造からみて酸素イオン欠損が規則的に存在しかつ陽イオンが規則配列したパイロクロア型構造の酸素欠損位置に酸素が充填されたパイロクロア関連構造、α−PbO
2関連構造あるいはルチル関連構造のいずれかの構造を有する光触媒が報告されている。該光触媒に対して、比較例1として、酸化の進んでいないSn
2Nb
2O
7のパイロクロア構造の生成物がほとんど光触媒性を有していないこと報告されている。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の実施の形態について以下説明する。
【0020】
本発明者は、パイロクロア構造の酸化物複合体において、半導体特性がSn/Nbの組成比により影響をうけることに着目して研究開発を行い、優れた半導体特性を有し、また、p型の半導体特性を有する酸化物半導体を得るに到ったものである。
【0021】
本発明の実施の形態の酸化物半導体は、価電子帯の上端部がSnの5s軌道から構成されたバンドギャップの小さいSnOに対して、Nb
2O
5との複酸化物形成によって結合のイオン性を高め、バンドギャップのワイド化を実現した組成式Sn
2Nb
2O
7において、結晶構造がパイロクロア(pyrochlore)構造を有し、かつSnとNbの組成比Sn/Nbが0.81≦Sn/Nb<1.0である半導体である。
【0022】
また、本発明の実施の形態の酸化物半導体は、p型の荷電担体である正孔を形成するように、Snが量論組成比に対して少ない組成をもつSn
2Nb
2O
7であって、構造欠陥の表記法であるクレーガー=ビンク(Kroger−Vink)の表記法で「V’’
Sn」と表記される構造欠陥を有する半導体である。
【0023】
p型半導体特性が発現する機構は以下のように考えることができる。
【0024】
上記非特許文献2の説明で述べたように、簡便な組成式でSn
2Nb
2O
7と記述される化合物において、2つの構造欠陥を表記すればSn
2−x(Nb
2−ySn
y)O
7−x−0.5yとなる。x、y=0.1−0.48の範囲でパイロクロア構造を維持する。
【0025】
ところで、これらの2つの構造欠陥は、クレーガー=ビンクの表記法によれば、それぞれV’’
SnとSn’
Nbとなり、いずれも負電荷をもった構造欠陥となる。したがって、これらの欠陥が生成した場合、いずれも正孔の生成をもたらす構造欠陥中心となると考えられる。つまり、量論組成よりも少ない、すなわちSn/Nb<1は、V’’
Snで表される構造欠陥を示していることになる。Sn
2Nb
2O
7においてSnOの蒸気圧はNb
2O
5の蒸気圧に比べて大きいので、化合物合成時の焼成過程において、Nbに対してSnの優先的な揮発が生じ、これがV’’
Snの生成をもたらすと考えられる。
【0026】
パイロクロア構造の酸化物複合体において、上記非特許文献2をはじめ、従来、p型半導体特性が発現したものはなかった。それは、−2価の欠陥V’’
Snの生成は、同時に+2価の酸素欠損V
・・Oを生成し、電荷補償してしまうので、正孔の生成によるp型伝導の発現が得られないため、と考えられる。V’’
SnとV
・・Oの生成量は酸化物複合体を作製するときの温度や雰囲気ガス条件に依存すると考えられる。本発明では、V’’
Snの生成を試料調製時の組成比Sn/Nbを変えることで制御する一方、V
・・Oは雰囲気ガス条件によって制御する。これによりV’’
SnとV
・・Oの同時生成による電荷補償を抑制し、p型半導体特性の発現につながったと考えられる。p型半導体特性はバルク状でも薄膜状でも発現する。
【0027】
本実施の形態のp型半導体とpn接合を形成するのに適するn型半導体として、In
2O
3、ZnO、SnO
2、及びこれらの母体材料に不純物を添加したSn添加In
2O
3、Al添加ZnO、Ga添加ZnO、Sb添加SnO
2、F添加SnO
2等が挙げられ、特にZnOが、キャリア濃度の制御の容易性による絶縁体から半導体まで作製できる特徴に加え、パターニングの際のエッチングやしやすさや原料の希少性の問題がないこと等の点から好ましい。
【0028】
(第1の実施の形態)
本実施の形態では、Sn及びNbを含むパイロクロア構造を有する酸化物複合体からなる酸化物半導体について説明する。Sn、Nb及び酸素からなるパイロクロア構造を有する酸化物複合体において、組成比Sn/Nbに対応する特性を調べた。以下に示すように、組成比Sn/Nbが0.81≦Sn/Nb<1.0で、パイロクロア構造を示し、かつ正孔を荷電担体とするp型半導体特性を発現する。
【0029】
[Sn及びNbを含むパイロクロア構造を有する酸化物複合体の製造]
(実施例1)
SnO粉末(株式会社高純度化学研究所 純度99.5%)とNb
2O
5(株式会社高純度化学研究所 純度99.9%)を秤量したものを、メノウ製乳鉢に入れ、エタノール(和光純薬株式会社 特級)を加えながら約1時間湿式混合した。このとき、SnOとNb
2O
5は、SnとNbの比(Sn/Nb)が原子数比で0.95、1.00、1.10、1.20、1.30、1.40となるように混合した。この仕込み組成値を以後「(Sn/Nb)
before」と表記する。試料調整時の試薬秤量の量を表1にまとめて示す。なお、(Sn/Nb)
beforeが0.85の試料は、後述する比較例1に対応する。
【0031】
その後、室温で一晩放置してエタノールを乾燥させ、およそ6等分した粉末を一軸加圧(直径15ミリ、170MPa)し、6個の円板状の圧粉体を作製した。アルミナボート上に圧粉体をのせ、直径50ミリ、長さ800ミリのアルミナ炉心管をもつ電気炉中に入れ、窒素ガスを流量150ml/分流しながら900℃で4時間仮焼成した。仮焼成した圧粉体はメノウ製乳鉢内で解砕し、バインダーとしてポリビニルアルコール水溶液を試料に対して2wt.%となるように添加してエタノールとともに混合し、室温で一晩放置して乾燥させた。その後、ふるいで粒径を212μm以下にそろえ、一軸加圧(直径15ミリ、170MPa)した後に静水圧成形(285MPa)を行い、直径約15mm、厚さ約1.2mmの成形体を作製した。得られた成形体はアルミナボートに乗せ、窒素ガス(流量:150ml/分)を流しながら1100℃で4時間本焼成した。後述する表2に示すように、試料番号1乃至5は、仕込み組成値((Sn/Nb)
before)がそれぞれ1.40、1.30、1.20、1.00、0.95で、焼成時の窒素ガス(N
2ガス)流量が150ml/分の条件で作製した試料である。
【0032】
(比較例1)
比較例1は、SnOとNb
2O
5を、SnとNbの比(Sn/Nb)が原子数比で0.85となるように混合した点でのみ実施例1と異なる例である。比較例1(試料番号6)は、作製条件を実施例1と同様にして、焼成時の窒素ガス(N
2ガス)流量が150ml/分の条件で作製した。
【0033】
(実施例2)
実施例2は、実施例1とは、焼成時の窒素ガス(N
2ガス)流量のみが異なり、他の作製条件は同様にして実施した。後述する表2に示すように、試料番号7乃至12は、仕込み組成値((Sn/Nb)
before)がそれぞれ1.40、1.30、1.20、1.10、1.00、0.95で、焼成時の窒素ガス(N
2ガス)流量が50ml/分の条件で作製した試料である。
【0034】
(実施例3)
実施例3は、実施例1とは、焼成時の窒素ガス(N
2ガス)流量のみが異なり、他の作製条件は同様にして実施した。後述する表2に示すように、試料番号13及び14は、仕込み組成値((Sn/Nb)
before)がそれぞれ1.30、1.00で、焼成時の窒素ガス(N
2ガス)流量が20ml/分の条件で作製した試料である。
【0035】
[Sn及びNbを含むパイロクロア構造を有する酸化物複合体の分析組成値と電気特性]
実施例1、2、3及び比較例1で得られた試料の結晶構造の同定は、X線回折装置(パナリティカル X’Pert Pro MRD)により行った。焼成後のSn/Nbの組成比の見積もりは波長分散型蛍光X線分析装置(リガクZSX)を用いた。焼成後の分析組成値は「(Sn/Nb)
after」と表記する。試料の電気特性の評価は、円形試料の四隅に金電極を蒸着した試料を準備し、ファンデルパウ配置によりホール効果測定装置(東陽テクニカ Resitest 8310)を用いて行った。すべての測定は室温で行った。
【0036】
図1に、Sn
2Nb
2O
7試料の(Sn/Nb)
afterによるX線回折パターンの変化を示す。
図1の横軸は、CuKα線を使った入射角度Θに対する回折角度2Θである。(Sn/Nb)
afterが0.81、0.91、0.998の場合のX線回折パターンには、立方晶系に属するパイロクロア構造をもつSn
2Nb
2O
7に帰属するピーク(黒丸で示す(222)(400)(440)(622)等)が顕著に表れている。一方、(Sn/Nb)
afterが0.68では、単斜晶系に属するフォーダイト(foordite)構造をもつSnNb
2O
6に帰属するピークのみが見られ、パイロクロア構造は得られなかった。このことから、分析組成値が0.81≦(Sn/Nb)
after<1.00の範囲の試料は、立方晶系に属するパイロクロア構造をもつSn
2Nb
2O
7であることが分かる。
【0037】
表2に、仕込み組成値((Sn/Nb)
before)と焼成時の窒素ガス(N
2ガス)流量を変えて作製した試料の、分析組成値(Sn/Nb)
afterと電気測定結果(比抵抗、荷電担体の濃度、移動度、荷電担体のタイプ)をまとめて示す。
【0039】
図2に、試料の仕込み組成値((Sn/Nb)
before)と焼成後の分析組成値((Sn/Nb)
after)をプロットしたものを示す。仕込み組成値が0.85≦(Sn/Nb)
before≦1.3の間では、(Sn/Nb)
beforeの増加に伴い、(Sn/Nb)
afterが増加していた。しかし、(Sn/Nb)
before=1.4では(Sn/Nb)
afterの値が減少していた。これはパイロクロア構造を構成しない過剰のSnが焼成時に優先的に蒸発したためと考えられる。つまり、パイロクロア構造をもつ組成式Sn
2Nb
2O
7で表される化合物は、焼成後の分析組成値(Sn/Nb)
afterが1.0≦(Sn/Nb)
afterとなることは難しいことを示している。よって、本実施の形態では、厳密には、量論組成よりも少ない、すなわちSn/Nb<1の組成が得られている。
【0040】
図3に、(Sn/Nb)
afterに対する比抵抗の変化を示す。
図3は、(Sn/Nb)
afterがおよそ0.81からおよそ1.0の範囲における、比抵抗の値を示す。試料の比抵抗は(Sn/Nb)
afterの減少に従って低下しており、比抵抗と(Sn/Nb)
afterによい相関があることがわかる。
図3では、焼成時の窒素流量が150ml/min.(黒丸)、50ml/min.(黒三角)、20ml/min.(白丸)の場合を示した。なお、図中のエラーバーは標準偏差σを示す。
【0041】
図4に、(Sn/Nb)
afterに対する荷電担体の濃度の変化を示す。
図4でも、焼成時の窒素流量が150ml/min.(黒丸)、50ml/min.(黒三角)、20ml/min.(白丸)の場合を示した。
図4においても、エラーバーは標準偏差σを示す。
図4に示されるように、(Sn/Nb)
afterがおよそ0.81からおよそ1.0の範囲において、試料によるばらつきが大きく、
図3の比抵抗の結果よりばらつきが大きいが、(Sn/Nb)
afterの減少に従って荷電担体の濃度が増加していることが分かる。これはパイロクロア構造中のSnが欠損し、Snの空孔V’’
SnがSn/Nbの減少によって生成したものと考えられる。Snの空孔V’’
Snはキャリア正孔を生成する欠陥であるため、V’’
Snの増加に伴いp型半導体の荷電担体である正孔の濃度が増加したと考えられる。
【0042】
以上、X線回折による結晶相の同定、およびホール効果測定による電気特性評価の結果から、簡便な組成式でSn
2Nb
2O
7と表される化合物では、組成比Sn/Nbが0.81≦Sn/Nb<1.0となる場合において、パイロクロア構造単相を示し、かつ正孔を荷電担体とするp型半導体特性を発現することが明らかである。
【0043】
上述の酸化物複合体の製造方法によりバルク状の複合体の場合を例示したが、薄膜状でも同様のp型特性が得られる。薄膜状の酸化物半導体は、スパッタリング法、加熱や電子ビームによる蒸着法、イオンプレーティング法などの真空成膜技術に加え、溶液を出発原料としたスピンコーティング法やスプレーコーティング等の酸化物薄膜製造技術により製造できる。
【0044】
なお、上記実施の形態等で示した例は、発明を理解しやすくするために記載したものであり、この形態に限定されるものではない。