【実施例】
【0012】
[実施例1]
図1は、本実施例の基本構成図である。
本実施例の咀嚼感覚フィードバック装置は、咀嚼検出部として、利用者の閉口筋上面に貼着する、表面筋電用の電極等からなる筋電センサ1を用い、咀嚼感覚提示装置として、耳に装着するイヤフォンあるいはヘッドフォン等の音提示装置2を用いる。
【0013】
筋電センサ1は、皮膚表面上に筋肉の活動電位計測用の電極と、必要に応じて接地電極を貼付し、これらの電極が、咀嚼感覚信号処理部3の筋電センサ信号増幅部4に接続されている。
【0014】
咀嚼した場合の左右閉口筋に発生する筋電は、食材の硬軟、利用者特有の咀嚼能力、習慣、癖などにより異なるが、左右片側で咀嚼した場合でも、筋電は常に左右両側に発生する。筋電センサ1は、非咀嚼側に装着された場合、出力される筋電振幅は、咀嚼側に装着した場合と比較して小さくなるため、利用者の左右閉口筋の上面にそれぞれ装着することが好ましい。
しかし、後述するように、利用者にとって自然な咀嚼感が得られるよう、音提示装置2からの出力レベルを調整すれば、片側のみに装着してもよい。
【0015】
筋電センサ信号増幅部4を経由した筋電センサ1からの検出信号は、周波数帯域の調整、音圧調整を行うイコライザ機能、ミキサ機能を備えた出力信号処理部5を介して音提示装置2から出力される。なお、筋電センサ信号増幅部4には、パソコンを用いたデータ収録部6が接続され、筋電センサ1の出力信号と出力信号処理部5への出力信号を経時的に記録することが可能である。
【0016】
ここで、筋電センサ1の検出信号の例は、
図2のとおりであり、主要な周波数帯域が、一般的な可聴域の20〜20kHzに含まれていることが分かる。
そこで、筋電センサ1の検出信号をそのまま増幅することで、イヤフォンあるいはヘッドフォン等の音提示装置2には、筋電センサ1からの咀嚼タイミングに同期して、しかも、咀嚼の強さに比例するフィードバック音が得られる。
【0017】
なお、筋電センサ信号増幅部4の入力部に、電源ノイズをカットするためノッチフィルタ、環境における電磁波ノイズをカットするためのバンドストップフィルタを設けると、筋電センサ1からの検出信号をより正確に抽出することができる。
また、咀嚼をしない場合でも、左右閉口筋が微妙に動き、その都度微少な筋電が発生し、意図しない咀嚼音が発生し、利用者に違和感を感じさせる要因となり得る。
そこで、こうした左右閉口筋の微妙な動きと、咀嚼の際の筋電とを、装着者の咀嚼能力に合わせた最適の閾値で判別し、実際に咀嚼を行った場合のみ、出力信号処理部5から音提示装置2にフィードバック音を出力することができる。
【0018】
また、電磁波ノイズを低減するため、信号系を早期にデジタル化したり、イヤフォンあるいはヘッドフォン等の音提示装置2を装着していても会話ができるよう、補聴器機能を内蔵させることも可能である。
【0019】
この実施例では、音提示装置2として、イヤフォンあるいはヘッドフォン等の音提示装置を用いており、筋電センサ1の検出信号をそのまま増幅し、イヤフォンあるいはヘッドフォンを駆動している。
しかし、出力信号処理部5により、筋電センサ1からの出力信号に調整を加えることで、イヤフォンあるいはヘッドフォンから出力されるフィードバック音の波形、すなわち、周波数帯域や音圧を変化させることができる。これにより、例えば、特定の周波数帯域を増幅したり、減衰させることで、自然な咀嚼感覚が得られるよう調整することができる。さらに利用者の聴覚特性に合わせて調整することも可能である。
【0020】
なお、音提示装置としては、市販のものを利用でき、開放型、密封型、差し込み型、骨伝導タイプ等、利用者の聴力や年齢、障害に応じて最適なものを選択できる。以下に説明するように、例えば、食感としてバリバリ感を強調したいときは、2kHz以上を強調するものなど、特殊な周波数特性を備えたものを選定してもよい。
また、BLUETOOTH(登録商標)など、ケーブルレスタイプのイヤフォンも好ましい。
【0021】
発明者らは、本発明の効果を検証するため、20歳から58歳、男女30人の実験協力者に対し、実験を行った。
介護食として、それぞれ食材の異なる5種類の介護食(1:5種野菜のきんぴら、2:かぼちゃの鶏そぼろ、3:大根の鶏そぼろあんかけ、4:肉じゃが、5:海老と貝柱のクリーム煮)を用意し、味覚、食感、全体的な感想、違和感等の観点で、咀嚼フィードバック音の有無によりどのように異なるかをアンケート調査した。なお、介護食は、いずれも日本介護食品協議会が定めた介護食品区分2(歯ぐきでつぶせる)あるいは3(舌でつぶせる)に分類されるものである。
【0022】
実験では、
図3に示すように、筋電センサ1として、パッシブ型の表面電極を用い、実験協力者の右側の閉口筋に差動電極、額に接地電極を貼付した。
これらの電極から得られる筋電は、筋電センサ信号増幅部4として用いる生体アンプ(生体信号増幅器)に入力され、音圧調整、ミキサ、イコライザ等の調整部を備えた出力信号処理部5で咀嚼タイミングに合わせてフィードバック音を生成し、咀嚼感覚提示装置2としてヘッドフォンを採用した。
【0023】
また、
図4に示すように、出力信号処理部5により、上側に示されるような筋電センサ1の検出値の周波数特性電圧に対し、下側に示されるように、250Hz〜1kHzについては+15db、その他の帯域については−15dbの音圧調整を行ってヘッドフォンに出力している。最終的な音圧は、実験協力者各自の意見を聞きながら、出力信号処理部5により音圧調整を行い、耳障りでなく、しかもはっきり聞こえる程度の音圧に調整した。
【0024】
その後、5種類の介護食を、フィードバック音の有無別に咀嚼してもらい、その都度、それぞれについてアンケート調査を行った。
アンケートは、味、食感、全体的な感想に関するもので、
図5に、各実験協力者の主観評価値を嚥下食品1〜5毎に集計した集計結果を示す。
図5のグラフは、フィードバック音があることにより、無い場合と比較して主観値がどのくらい変化したかを表しており、例えば、食感については、硬さ、しっとり感、新奇感、噛みごたえ感、面白さ、ざらざら感、全体的な食感の7項目についてアンケート調査を行い、各項目毎に、左から順に介護食品1〜5毎の集計値を示している。
フィードバック音があることにより、食感や感想が多くの項目で有意に上昇しており、本発明に効果があることが示されている。
なお、各介護食品1〜5について、フィードバック音の有無にかかわらず、実際に行われた咀嚼リズム、筋電センサ1の出力レベルには大差はなく、フィードバック音による咀嚼動作への悪影響は見られなかった。
【0025】
また、
図6は、音の違和感、うるささ、食材の種類の多さ、リズムカルに咀嚼が行われたかの観点でアンケート調査を行い、各主観評価値を介護食品1〜5毎に集計した結果を示している。
介護食品2については、音と食品との間に違和感があり、音をうるさく感じているが、
図5に示されているように、噛みごたえや食べている実感は有意に上昇している。
【0026】
以上の結果から、咀嚼音を提示することで、次の事項が判明した。
(1)フィードバック音により、硬さに関する食感(噛みごたえや食品の硬さ)を変化させることが可能であり、たとえ音と食品との間に違和感があっても、硬さに関する食感を変化させる効果があること。
(2)違和感が大きすぎると音をうるさく感じ、食感は変わっても、精神的な満足感は変化しないが、音と食材との一致感が高い場合には、食感だけでなく、楽しさ・満足感などの精神的な効果も得られやすくなること。
(3)音と食品との組み合わせによっては、味や高級感、含まれる食材の種類など、硬さに関する食感以外の食品の性質も変化させることが可能であること。
(4)音と食品との組み合わせによってはリズムカルに噛めている感じが強くなること。
【0027】
以上の結果から、介護食品の食材や調理名に応じて、フィードバック音の周波数帯域毎の音圧調整や、ピーク周波数やその時間変化の調整を行うことにより、フィードバック音と食材との一致感を高め、食感のない介護食を食べている場合でも、咀嚼の実感、満足感を向上できることを示唆している。
例えば、これまでにも実際の咀嚼音の高周波数帯域成分(約2kHz以上)の音量が増強されると、食品のパリパリ感や新鮮さが増し、逆に減弱されるとパリパリ感や新鮮さが減ることが確認されていたが、本実験により、咀嚼音がしない食品に関しても、適切に咀嚼音を提示することで食感を向上できることが示された。
【0028】
[実施例2]
実施例1では、イヤフォンあるいはヘッドフォン等の音提示装置2に出力するフィードバック音を、筋電センサ1の検出信号に基づいて生成したが、本実施例では、利用者の主観や、咀嚼能力の程度、さらには、介護食の種類に応じて、より自然な咀嚼感覚が得られるよう、
図7に示されるように、様々な波形のフィードバック音を生成するための波形データベース7を設けている。
波形データベース7では、筋電センサ信号増幅部4を介して入力される筋電センサ1から筋電振幅を常時モニターし、出力信号処理部5を介して、利用者の咀嚼に同期して、波形データベース7から選択した周波数特性のフィードバック音を音提示装置2に出力する。
その際、出力信号処理部5の調整部により、利用者の咀嚼力の程度や、聴力に応じて、増幅率を調整可能として、音提示装置2へ最適レベルのフィードバック音を出力できるようにする。
【0029】
また、視覚的に模した食品や料理を介護食として用いる場合、食品あるいは料理毎に最適な咀嚼感が得られるフィードバック音を波形データベース7に予め登録しておき、選んだ食品あるいは料理を画像処理や周辺に取り付けたICチップやバーコードにより判定し、フィードバック音を自動的に選択するようにしてもよい。
【0030】
以上、本発明を実施するための態様を実施例1、2に基づいて説明したが、様々な変形が可能である。
すなわち、実施例1、2では、咀嚼を検出する咀嚼検出手段として筋電センサを用いたが、表情を画像処理することや、マーカーを貼付し、下顎の位置を光学的に計測することでも、利用者に違和感を与えることなく、咀嚼動作を判別することが可能である。
また、咀嚼感覚提示装置としてイヤフォンあるいはヘッドフォン等の音提示装置2を用いたが、骨伝導装置を利用してもよい。
【0031】
さらに、ヘッドフォンと筋電センサを一体化したり、筋電センサ1と信号増幅部4や出力信号処理部5との間をワイヤレス化することで、イヤフォンあるいはヘッドフォン等の音提示装置2を装着するだけで、閉口筋の活動を測定し、最適なフィードバック音が出力されるようにしてもよい。
利用者の閉口筋の筋電を検出する表面筋電センサ1についても、例えば、送信機能を備えた圧力センサを義歯や入れ歯に組み込むようにしてもよい。さらに、特開2015−93050号公報に開示されているような、外耳の形状変化により咀嚼を検出するセンサをイヤフォンに組み込むことで、咀嚼検出手段と、咀嚼感覚提示装置としての音提示装置を一体化してもよい。