特許第6562464号(P6562464)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6562464
(24)【登録日】2019年8月2日
(45)【発行日】2019年8月21日
(54)【発明の名称】受動Qスイッチレーザ装置
(51)【国際特許分類】
   H01S 3/113 20060101AFI20190808BHJP
   H01S 3/131 20060101ALI20190808BHJP
【FI】
   H01S3/113
   H01S3/131
【請求項の数】1
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-2667(P2016-2667)
(22)【出願日】2016年1月8日
(65)【公開番号】特開2017-123429(P2017-123429A)
(43)【公開日】2017年7月13日
【審査請求日】2018年4月17日
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504261077
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人自然科学研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100081776
【弁理士】
【氏名又は名称】大川 宏
(72)【発明者】
【氏名】平等 拓範
(72)【発明者】
【氏名】カウシャス, アルヴィダス
(72)【発明者】
【氏名】鄭 麗和
【審査官】 百瀬 正之
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−198019(JP,A)
【文献】 特開2001−223421(JP,A)
【文献】 特開2007−235063(JP,A)
【文献】 特開2015−018867(JP,A)
【文献】 特開2015−095536(JP,A)
【文献】 特開2003−158325(JP,A)
【文献】 米国特許第05339323(US,A)
【文献】 特開2003−86873(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01S 3/00−3/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
共振器を形成するエンドミラー要素と出力ミラー要素と、
前記共振器内部に配置されたレーザ利得媒質と、
前記共振器内部に配置された可飽和吸収体と、
前記レーザ利得媒質を励起する励起光源と、
前記励起光源からの励起光のパワー密度Dを制御する駆動電源と光学系により構成されるパワー密度制御装置と、を有し、
前記レーザ利得媒質の励起時間幅を前記レーザ利得媒質のレーザ上準位寿命τに等しくしたときに出力が得られるのに必要な励起密度をDτとしたとき、
前記パワー密度制御装置は、前記パワー密度Dが次式
D/Dτ1.36
を満たすように制御することを特徴とする受動Qスイッチレーザ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Qスイッチング技術を用いて高パワー・短パルスのレーザ光を出力する受動Qスイッチレーザ装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
レーザ装置は、出力光の高パワー化,短パルス化および短波長化を指向して研究・開発が進められている。中でも、Qスイッチング技術を用いたQスイッチレーザ装置は、高パワー・短パルスのパルスレーザ光を出力することができるものとして注目されている。Qスイッチング技術は、利得媒質だけでなくQスイッチ素子をも共振器内に有する構成として、このQスイッチ素子により共振器のQ値を変化させることでレーザ発振を制御し、これにより、出力されるレーザ光を短パルスとするとともに高パワーとするものである。
【0003】
Qスイッチング技術として種々のものが知られている。その中でも、Qスイッチ素子として可飽和吸収体を用いた受動Qスイッチング技術は、他のQスイッチング技術と比較して、レーザ装置の構成が簡易かつ小型である点で好適である。可飽和吸収体は、入射する光のパワーが大きいほど吸収が小さいものであり、入射光パワーが吸収飽和閾値以下であるときには入射光を吸収するが、入射光パワーが吸収飽和閾値を超えているときには吸収が飽和して透明となる。可飽和吸収体は、このような性質が利用されて、Qスイッチ素子として用いられる。
【0004】
すなわち、Qスイッチ素子として可飽和吸収体を用いた受動Qスイッチレーザ装置は、以下のように動作する。利得媒質が励起されると利得媒質のレーザ上準位に原子が励起される。励起された原子は、平均してレーザ上準位の寿命τの間上準位にとどまり、τ時間後にレーザ下準位に遷移して蛍光を放出する。利得媒質の励起が開始された当初は、利得媒質の反転分布が小さいので、利得媒質より放出されて可飽和吸収体に入射する蛍光のパワーは小さい。それ故、利得媒質の励起が開始された当初は、可飽和吸収体は吸収が大きく不透明であるので、共振器のQ値は小さく、レーザ発振は起きない。共振器のQ値が小さくレーザ発振していない期間も利得媒質は励起され続けて、利得媒質の反転分布は次第に大きくなっていき、利得媒質より放出されて可飽和吸収体に入射する蛍光のパワーも次第に大きくなっていく。やがて、利得媒質より放出されて可飽和吸収体に入射する蛍光のパワーが吸収飽和閾値を超えると、可飽和吸収体は吸収が急激に小さくなり(つまり透明になり)、共振器のQ値が大きくなって、利得媒質において誘導放出が急激に進み、その結果、レーザ発振が起きる。しかし、利得が余りに高いため誘導放出が一気に進み蓄積された反転分布が短時間に消費され、発振が短時間で自動的に終了する。このようにして、高パワー・短パルスのパルスレーザ光が共振器より出力される。
【0005】
また、利得媒質として種々のものが知られており、この利得媒質を励起する励起手段としても様々なものが知られている。例えば、利得媒質としてNd:YAG結晶が用いられ、この利得媒質を励起光照射により励起するための励起手段として半導体レーザ光源が用いられる。この場合、半導体レーザ光源から出力された励起光が利得媒質としてのNd:YAG結晶に照射されることで、この利得媒質に含まれるNdイオンが上準位へ励起されて、これにより反転分布が生じる(例えば、特許文献1、2参照)。
【0006】
このような受動Qスイッチング技術を用いた半導体レーザ励起の受動Qスイッチレーザ装置は、構成が簡易かつ小型である点で好適である。また、この受動Qスイッチレーザ装置は、共振器長が短くてもよいので、全体として小型のものとすることができ、また、短パルスのパルスレーザ光を出力する上でも好適である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−86873号公報
【特許文献2】特開2003−198019号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記従来の半導体レーザ(LD)励起受動Qスイッチレーザ装置では、その出力をメガワット(106 W)以上に高める場合、一般にはパワーの低いLD光を、固体レーザにおけるQスイッチ動作を介して時間的に圧縮して短い時間で蓄積されたエネルギーを一気に発振させることで高い尖頭値を得ている。そして、出力エネルギーを高めるにはレーザの発振面積を拡げなければならず、当然強励起が必要になる。ただ、強励起時には、励起に付随した熱問題が深刻となる。そこで、発振の繰り返し周波数を100Hz程度まで下げ、その繰り返し周波数分だけパルス励起を実施することで深刻化する熱問題を抑えてきた。なお、この場合、発振モードが広い方が高出力化できることから励起光断面積を広げ、励起エネルギーを蓄積できる時間を、レーザ上準位寿命の半分程度以上とすることを実施していた。ただ、この場合、自然放出の問題で励起効率が低くなり、発振に至る遅延時間のジッターが大きくなるといった問題があった。
【0009】
発振に至る遅延時間のジッターが大きいと、外部の制御装置、測定装置との同期が難しくなる。例えば、受動Qスイッチレーザ装置を質量分析装置に応用する場合、収束イオンビーム(FIB)を試料に照射して、スパッタされる粒子にQスイッチレーザ光を照射することでイオン化し、効率良く質量分析にかける。ただ、この過程では粒子がスパッタされるタイミングに合わせてQスイッチレーザ光を照射する必要がある。発振に至る遅延時間のジッターが大きいと、タイミングがずれてイオン化率が減少してしまう。
【0010】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、励起効率が高く且つ発振に至る遅延時間のジッターが小さい受動Qスイッチレーザ装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
課題を解決するためになされた本発明の受動Qスイッチレーザ装置は、共振器を形成するエンドミラー要素と出力ミラー要素と、前記共振器内部に配置されたレーザ利得媒質と、前記共振器内部に配置された可飽和吸収体と、前記レーザ利得媒質を励起する励起光源と、前記励起光源からの励起光のパワー密度を、前記レーザ利得媒質の励起を開始してからQスイッチ発振に至るまでの遅延時間が前記レーザ利得媒質のレーザ上準位寿命に等しくなるパワー密度以上にするパワー密度制御装置と、を有する。
【0012】
励起光源からの励起光のパワー密度を、レーザ利得媒質の励起を開始してからQスイッチ発振に至るまでの遅延時間がレーザ利得媒質のレーザ上準位寿命に等しくなるパワー密度以上にするパワー密度制御装置を有するので、励起効率が高く且つQスイッチ発振に至る遅延時間のジッターが小さい。
【0013】
上記の受動Qスイッチレーザ装置において、前記パワー密度制御装置は前記励起光源からの励起光パワーを調節する駆動電源及び或いは前記励起光源からの励起光の前記レーザ利得媒質における集光スポット径を調節する光学系(レンズ、導波路、反射素子)を備えるとよい。
【0014】
本明細書では、上記「レーザ利得媒質の励起を開始してからQスイッチ発振に至るまでの遅延時間」は「共振器寿命を考慮した実質的な励起時間」のことであり、「励起を開始してからQスイッチ発振するまでの励起時間」のことでもある。
【発明の効果】
【0015】
励起光源からの励起光のパワー密度を、レーザ利得媒質の励起を開始してからQスイッチ発振に至るまでの遅延時間(共振器寿命を考慮した実質的な励起時間)がレーザ利得媒質のレーザ上準位寿命に等しくなるパワー密度以上にするパワー密度制御装置を有するので、励起効率が高く且つQスイッチ発振に至る遅延時間のジッターが小さい。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の実施形態に係る受動Qスイッチレーザ装置の概略構成図である。
図2】実施形態に係る受動Qスイッチレーザ装置の動作を説明する図である。
図3】比較例の受動Qスイッチレーザ装置の動作を説明する図である。
図4】反転分布の時間変化を定性的に示すグラフである。
図5】励起効率と励起時間の関係を示すグラフである。
図6】検証実験装置の概略構成図である。
図7】励起光パワー密度とジッター及び効率の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、発明を実施するための形態を図面に基づき詳細に説明する。
【0018】
(実施形態)
本発明の実施形態に係る受動Qスイッチレーザ装置1は図1に示すように、共振器11を形成するエンドミラー要素11a及び出力ミラー要素11bと、共振器11内部に配置されたレーザ利得媒質12と、共振器11内部に配置された可飽和吸収体13と、レーザ利得媒質12を励起する励起光源14と、励起光源14からの励起光のパワー密度を、レーザ利得媒質12の励起を開始してから発振に至るまでの遅延時間、すなわち発振開始時間tsがレーザ利得媒質12のレーザ上準位寿命に等しくなるパワー密度以上にするパワー密度制御装置15と、を備えている。
【0019】
エンドミラー要素11aは、例えば、石英ガラス板に誘電体多層膜を蒸着して成り、励起光源14からの励起光L1を高透過率で透過させ、レーザ利得媒質12から放出される光L2を高反射率で反射させる。出力ミラー要素11bも、例えば、石英ガラス板に多層膜を蒸着して成り、誘導放出光L2の一部を透過させ、残部を反射させる。この出力ミラー要素11bを透過して外部へ出力される光L3がレーザ発振光となる。
【0020】
レーザ利得媒質12及び可飽和吸収体13は、共振器11の共振光路上に設けられている。本実施形態では、可飽和吸収体13がレーザ利得媒質12と出力ミラー要素11bとの間に介挿されているが、エンドミラー要素11aとレーザ利得媒質12との間に介挿されてもよい。さらに、エンドミラー要素11aはレーザ利得媒質の励起側に、出力ミラー要素11bは可飽和吸収体13の出力側に直接蒸着されても良い。また、レーザ利得媒質12と可飽和吸収体13は直接接合されて一体型となっていても良い。
【0021】
レーザ利得媒質12は、励起光源14から出力された励起光L1が入射されることでレーザ上準位へ原子が励起されておおよそ上準位の寿命の間上準位に留まり、反転分布(上準位の原子数が下準位の原子数より多い)状態になり、利得(増幅)媒質になる。レーザ上準位の原子が下準位に遷移することで蛍光L2が放出される。
【0022】
可飽和吸収体13は、Qスイッチ素子の役割を果たすものであり、励起に伴いレーザ利得媒質12より放出される光L2を吸収し誘導放出を抑制するが、蓄積された反転分布が多くなり光L2の強度が吸収飽和状態に高速に移ることで光L2に対し高透過になる。
【0023】
励起光源14は、駆動電源15より供給される駆動電力により駆動されて、レーザ利得媒質12を励起し得る波長の励起光L1を出力する。この励起光源14から出力された励起光L1は、レンズ系16及びエンドミラー11aを経てレーザ利得媒質12に照射される。
【0024】
駆動電源15は制御部15aと駆動回路15bとを備え、制御部15aは駆動回路15bを制御することで励起光源14から出力される励起光L1の照射に因るレーザ利得媒質12の励起光パワー密度を制御する。駆動電源15の制御部15aによる制御により、レーザ利得媒質12に照射される励起光L1のパワー密度を、レーザ利得媒質12の励起を開始してから発振に至るまでの遅延時間tsがレーザ利得媒質12のレーザ上準位寿命τに等しくなるパワー密度以上にする。
【0025】
上記のように、本実施形態では、励起光L1のパワー密度を駆動電源15で制御しているが、励起光L1のパワー密度は励起光L1の照射スポット径でも変わるので、駆動電源15の制御部15aを無くすこともできる。すなわち、励起光源14は駆動回路15bで駆動されて所定のパワーの励起光L1を出力する。レンズ系16で照射スポット径を制御して励起光L1のパワー密度を、レーザ利得媒質12の励起を開始してから発振に至るまでの励起時間tがレーザ利得媒質12のレーザ上準位寿命τに等しくなるパワー密度以上にしてもよい。
【0026】
レーザ利得媒質12は、例えば、Nd:YAG結晶であり、レーザ上準位の寿命τは約230μs(Nd添加濃度が1at.%の場合)である。この場合、励起光源14としては、レーザ利得媒質12にドープされるNd原子を5/2準位に励起し得る波長808nm付近またはNd原子を3/2準位に励起し得る波長855nm付近の励起光L1を効率よく出力する光源が望ましい。このような光源としては、レーザダイオードが好適である。
【0027】
レーザ利得媒質12がNd:YAG結晶の場合、レーザ利得媒質12より放出される光L2の波長が1.06μm付近であるので、可飽和吸収体13としては、Cr4+:YAG結晶が好ましい。
【0028】
本実施形態では、エンドミラー11aに石英ガラス板を用い、Nd:YAG結晶12の間に間隙を設けたが、この場合、共振器11内の光L2の入射界面が多くなり損失が増加する。損失を減らすためには、入射界面を減らせばよいので、エンドミラーとしてのコーティングを直接Nd:YAG結晶12に積層するとよい。これにより、界面が6から4に減少する。
【0029】
さらに、界面を減らすために、出力ミラーとしてのコーティングを直接Cr4+:YAG結晶13に積層するとよい。これにより、界面が2に減少する。Nd:YAG結晶12とCr4+:YAG結晶13を接合することで、界面を0にすることができる。なお、接合界面は直接接合する場合と、コーティングを施してから接合する場合と両方が考えられる。
【0030】
レーザ利得媒質12から放出される光L2が可飽和吸収体13に入射する。光L2の強度が、可飽和吸収体13の吸収飽和に打ち勝てない場合、可飽和吸収体13は光L2を強く吸収するので、共振器11の損失が大でQ値が小さい。その結果、Qスイッチ発振ができない。光L2の強度が、可飽和吸収体13の吸収飽和に打ち勝つほど強くなると、可飽和吸収体13の吸収が飽和し、可飽和吸収体13は透明になり、共振器11の損失が小さくなりQ値が増大する。その結果、Qスイッチ発振が開始される。このQスイッチ発振により、出力ミラー要素11bから外部にQスイッチレーザ光L3が出力される。
【0031】
次に、本実施形態の受動Qスイッチレーザ装置の動作について説明する。図2は本実施形態の受動Qスイッチレーザ装置の動作を説明する図である。同図(a)は、制御部15aで制御されて励起光源14から出力されてレーザ利得媒質12に照射される励起光L1のパワー密度の時間変化を示す。同図(b)は、レーザ利得媒質11のレーザ上準位の原子数の時間変化を示す。同図(c)は、可飽和吸収体13の吸収係数の時間変化を示す。同図(d)は、出力ミラー要素11を透過して共振器11の外部に出力されるレーザ光L3の強度の時間変化を示す。
【0032】
図2(a)のD1は、レーザ利得媒質12の励起をt1で開始してから励起が終了するt2(励起時間tp,1=t2−t1)までに発振に至るとして、それまでの遅延時間δts,1(=ts,1−t1)がレーザ利得媒質12のレーザ上準位寿命τに等しくなるパワー密度を示している。なお、このパワー密度D1での励起条件でQスイッチが開始されるまでの時間をts,1としている。
【0033】
図2(a)の励起光パワー密度D1で励起されると、図2(b)に示すように、レーザ上準位の原子数は、t1から励起している間は増大して、やがて可飽和吸収体に急激な飽和を引き起こす反転分布数Nに達し、この蓄積された反転分布数Nを用いて急激な誘導放出の増大が引き起こされレーザ光が急成長する。一方でこの急激なパルス成長に伴う誘導放出は励起に依る反転分布の増大よりもはるかに大きく、従って反転分布は例え励起が継続されていたとしても早く減少する。そして発振するレーザ光は、反転分布数が発振閾値レベルまで低下するまでは増大を続けるが、閾値をもってレーザ光は減少に転じる。それでも蓄積された反転分布を用いてレーザ光は継続されるがやがて終了する。すなわち、上記のプロセスによるパルス発振が行われるもので、このパルス終了時の反転分布数を通常Nfとする。
【0034】
この場合、図2(c)にその様子を示す。なお、このQスイッチが開始されるまでの時間をts,1としている。
【0035】
本実施形態の受動Qスイッチレーザ装置1では、励起光のパワー密度を、レーザ利得媒質12の励起をt1に開始してから発振に至るまでの励起(遅延)時間t(=ts−t1)がレーザ利得媒質12のレーザ上準位寿命τにほぼ等しくなるパワー密度にしているので、反転分布の増加速度も早く蛍光強度はt2に可飽和吸収体13の吸収飽和する値に高速で達する。したがって、受動Qスイッチレーザ装置1を構成する構成要素11、12、13、14、15が揺らいでも(Nsの変動δNsに繋がる現象が起きても)Qスイッチ発振に至る遅延時間のジッターが小さい。また、励起する時間が蛍光寿命またはそれ以下と短いことから上準位の原子数の減少が少ない内にQスイッチ発振するので、励起に関する損失が減少できて発振効率が高くなる。
【0036】
次に、実施形態に係る受動Qスイッチレーザ装置1の上記動作を比較例の受動Qスイッチレーザ装置の動作と対比する。図3は比較例の受動Qスイッチレーザ装置の動作を説明する図である。比較例の受動Qスイッチレーザ装置の構成は、実施形態に係る受動Qスイッチレーザ装置1の構成と略同様である。しかし、比較例の受動Qスイッチレーザ装置は、励起光源から出力されレーザ利得媒質に照射される励起光のパワー密度の時間変化が実施形態の受動Qスイッチレーザ装置1と相違している。
【0037】
図3(a)は、励起光源から出力されてレーザ利得媒質に照射される励起光のパワー密度の時間変化を示す。同図(b)は、レーザ利得媒質のレーザ上準位の原子数の時間変化と、蛍光強度の時間変化を示す。同図(c)は、可飽和吸収体の吸収係数の時間変化と蛍光強度の時間変化を示す。同図(d)は、共振器の外部に出力されるレーザ光の強度の時間変化を示す。
【0038】
比較例では、図3(a)に示されるように、励起光パワー密度がD2(<D1)である。したがって、図3(b)に示されるように、蛍光強度はts,2に可飽和吸収体の吸収飽和が始まりQスイッチが開始される。その結果、図3(c)、(d)に示されように、Qスイッチレーザ光が放出される。
【0039】
受動Qスイッチ動作の場合、レート方程式から反転分布密度は励起される時間tに関し近似的に以下の解が得られる。
【数1】
【0040】
ここでWPは励起により反転分布が増加する割合、Ntotは単位体積あたりに添加された希土類イオン数である。そして、Qスイッチ発振開始に必要な反転分布密度をNs、開始時間をtsとする。さて、反転分布は式(1)に従いこれを表記するなら
【数2】
となることから
【数3】
を得る。ここで、Wpは励起密度Dに比例することからQスイッチ開始時間のばらつきをδtsの励起密度依存性が次式で定義できる。
【数4】
【0041】
なお、a=WτNtot/Nである。これを定性的に図示すると図2(b)、図3(b)などの変化をまとめて図4のようになる。
【0042】
図4の縦軸は反転分布密度Nであり、横軸は時間tである。励起密度が高いD1の場合、t1で励起が開始されると、急速に反転分布が増大する。一方、励起密度が低いD2の場合、t1で励起が開始されると、ゆっくりと反転分布が増大する。その結果、Qスイッチ発振開始に必要な反転分布密度Nsの揺らぎがδNsの場合、Qスイッチが開始される時間tsの揺らぎδtsは、励起密度がD1の場合δts,1、D2の場合δts,2(>>δts,1)となる。その結果、比較例の受動Qスイッチレーザ装置を構成する構成要素が揺らぐと、Qスイッチ発振に至る遅延時間のジッターが大きい。
【0043】
一方、式(1)よりも励起効率が時間tpに関して次式で得られる。
【数5】
【0044】
式(5)を規格化して図示すると、図5のようになる。図5で縦軸は効率ηであり、横軸は規格化励起時間t/τである(なお、ここでは簡単のためtp=ts−t1とした)。図5より、t=τを境にして効率改善のカーブがなまってくることがわかる。すなわち、励起パルス幅は少なくとも蛍光寿命より短くするべきであることがわかる。
【0045】
すなわち、本実施形態に係る受動Qスイッチレーザ装置1では、励起光源14からの励起光L1のパワー密度を、レーザ利得媒質12の励起時間幅を上準位寿命(τ)とした場合に設計したある出力を得るために必要な励起密度Dτよりも大きな励起密度で励起することを特長とすることで、受動Qスイッチレーザ装置1を構成する構成要素11、12、13、14、15が揺らいでもQスイッチ発振に至る遅延時間のジッターを小さくできる。また、特にD>2Dτでその効果はより顕著となる。
【0046】
さらには、上準位の原子数の減少が少ない内にQスイッチ発振するので、自然放出による損失が減少して発振効率が高くなる。
【0047】
つぎに、検証実験について説明する。
【0048】
(検証実験)
実施形態に係る受動Qスイッチレーザ装置1の動作説明によって、励起光源からの励起光のパワー密度を、レーザ利得媒質の励起を開始してからQスイッチ発振に至るまでの遅延時間がレーザ利得媒質のレーザ上準位寿命に等しくなるパワー密度以上にすると、励起効率が高く且つQスイッチ発振に至る遅延時間のジッターが小さくなるメカニズムが示された。したがって、検証実験は必要でないが、敢えて行ったものである。
【0049】
図6に検証実験装置の概要を示す。図6中の点線で囲った構成要素が本発明に係る受動Qスイッチレーザ装置1である。2はホトダイオード、3はオッシロスコープである。
【0050】
エンドミラー11aは3mm×3mm×1mmの[100]カットYAG結晶であり、外面に波長1064nmの光を高反射率で反射し、波長808nmの光を高透過率で透過する誘電体多層膜が形成されている。出力ミラー11bは石英ガラス板で、内面に波長1064nmの光を50%反射し、50%透過する誘電体多層膜が形成されている。
【0051】
YAG結晶11aの内面に積層されたレーザ利得媒質12はNd3+を1.1at%添加した3mm×3mm×4mmの[100]カットYAG結晶である。YAG11aにNd:YAG12を積層した3mm×3mm×5mmの複合YAG/Nd:YAGは、HG Optronics Inc.製である。
【0052】
レーザ利得媒質12と出力ミラー11bの間に配置される可飽和吸収体13は、3mmφ×4mmの[110]カットCr4+:YAG結晶で、両面に波長1064nmの光を反射しない反射防止膜が形成されている。Cr4+:YAG結晶は、Scientific Materials Co.製である。
【0053】
励起光源14は、ファイバー結合400WLDである。ファイバーはコア径600μmで、NAは0.22である。LD14は中心波長808nm、1kHzのレーザ光を発生る。
【0054】
検証実験はLD14からのレーザ光L1をレンズ系16で直径1.1mmのスポットに集光し、パワー密度制御装置15でLD14の駆動電流を制御することで励起光L1のパワー密度を制御して行われた。
【0055】
励起パルス幅を上準位寿命(τ)とした場合に求めている出力E(ここでは3mJ)を得るために必要だった励起パワー密度Dτ=12.9kW/cmで規格化した励起密度比に対する受動Qスイッチの規格化効率とLD14に与える電気信号に対するQスイッチレーザ出力の規格化タイミングジッターの測定結果を表1と図7に示す。
【0056】
【表1】
【0057】
表1中のτは、用いたレーザ利得媒質12の上準位寿命230μsに等しい。また、表1中のDτはパルス幅がτ(=230μs)のときの励起パワー密度、12.92kW/cmに等しい。また、ητはパルス幅がτ(=230μs)のときの効率14.23139に等しい。図7の縦軸は規格化効率(η/ητ)及び規格化タイミングジッター(t/τ)であり、横軸は規格化励起密度比(D/Dτ)である。
【0058】
図7から、まず、励起密度をDτよりも高くした場合、励起開始からQスイッチ発振までの遅延時間が順次短くなるため、効率が改善していく(12.9%から23%まで改善)ことがわかる。また、ジッターも急激に短くなることがわかる(励起密度がDτより低い場合に半値で約0.5μs、励起密度がDτになると195ns、それより上げるに従い35nsに漸近する)。すなわち、Dτよりも高い励起密度で受動Qスイッチを動作させることで、受動Qスイッチレーザ装置の高効率、低ジッター化を達成することができる。
【0059】
なお、このことは他のレーザ材料、Nd:YVO(上準位寿命τ=84μs)でも確認されており、Yb:YAG以外の材料でも同様の効果を期待することができる。なお、Nd:YVO4においてNd原子を5/2準位に励起し得る808nm付近、または3/2準位に励起し得る879nmや900nm付近の励起光を効率よく出力する光源が励起光源として用いられる。Yb:YAGであれば5/2準位に励起できる940nm付近、969nm付近、またYb:FAP系であれば、905nm付近、または980nm付近の励起光を効率よく出力する光源が用いられる。このような光源としてはレーザダイオードが適している。
【符号の説明】
【0060】
1・・・・・・・・受動Qスイッチレーザ装置
11・・・・・・共振器
11a・・・・エンドミラー要素
11b・・・・出力ミラー要素
12・・・・・・レーザ利得媒質
13・・・・・・可飽和吸収体
14・・・・・・励起光源
15・・・・・・パワー密度制御装置
15b・・・・駆動電源
16・・・・・・光学系
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7