(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
電力系統において一部の送電線に地絡等の故障が発生すると、発電機が加速して不安定となる。このとき、十分に短い時間内にリレー等により故障が除去されると電力系統は安定となるが、故障の除去に長時間を要すると電力系統は不安定になる。このような安定と不安定の境界を臨界と呼び、臨界となる故障除去時間を臨界故障除去時間(Critical Clearing Time: CCT)と呼ぶ。
【0003】
図1、
図2を参照して、臨界故障除去時間及びその算出手法の概要を説明する。
図1は、制動無しの1機無限大母線系統の状態を発電機の位相角δ及び角速度ωの軌跡で表わした模式図である。
図2は、離散化された多次元状態変数をユークリッド距離εで表示する模式図である。
【0004】
図1において、電力系統の状態は、故障の発生により、安定平衡点PAから故障軌跡1に沿って時間変化している。このとき、安定平衡点PAから点PCまでの時間より短い時間(点PB)で故障が除去されると、電力系統の状態は、軌跡2に沿って変化し、ある安定状態に回復可能となる。他方、安定平衡点PAから点PCまでの時間より長い時間(点PD)で故障が除去されると、電力系統の状態は、軌跡3に沿って発散し、安定状態に回復することができない。そして、故障が故障軌跡1上の点PCで除去されると、電力系統の状態は、臨界軌跡3に沿って数理論上無限大の時間をかけて支配的不安定平衡点PE(Controlling Unstable Equilibrium Point: CUEP)に到達するとされる。このような安定平衡点PAから点PCまでの時間が、臨界故障除去時間である。
【0005】
このような臨界故障除去時間の算出方法の一例が、特許文献1、2に開示されている。
図2に示されるように、故障軌跡1上の点であり且つ故障除去時の電力系統の状態(
図1に示す点PC)を多次元状態変数x
0と定義する。多次元状態変数x
0は、故障軌跡1上の点であるから、次式で示される故障除去時間τの関数として表すことができる。
【0006】
【数1】
また、故障除去後の電力系統の状態を、離散的な時刻t
k(1≦k≦m+1)の順に多次元状態変数x
1,x
2,・・x
m,x
m+1と定義する。多次元状態変数x
k(0≦k≦m+1)は、それぞれ複数の成分から成る多次元変数(ベクトル)である。
【0007】
そうすると、多次元状態変数x
0(k=0)は臨界故障除去時間に対応するベクトルであり、多次元状態変数x
m+1(k=m+1)は支配的不安定平衡点CUEPにおけるベクトルである。そして、多次元状態変数x
k(0≦k≦m+1)は、電力系統の状態が故障除去時の状態(x
0)から支配的不安定平衡の状態(x
m+1)に至るまでの臨界軌跡3を構成する。このような多次元状態変数x
kは、電力系統の非線形状態を表現する次の多次元非線形方程式(電力系統方程式)の解として捉えることができる。
【0008】
【数2】
この(式1.2)に対して台形公式を適用することで、相互に隣接する多次元状態変数x
k及びx
k+1は、次式で関係付けられる。ここに、εは、多次元状態変数x
k及びx
k+1の間のユークリッド距離を表している。
【0009】
【数3】
ところで、臨界軌跡3の終点である多次元状態変数x
m+1は、一般的に支配的不安定平衡点CUEPであると考えられる。そこで、(式1.3)に関する制約条件は、臨界軌跡3の終点x
m+1を支配的不安定平衡点CUEPの所定値を表したx
uとして指定する場合には、次の(式1.4)となり、あるいは、臨界軌跡3の終点x
m+1を支配的不安定平衡点CUEPの状態を表した平衡条件として指定する場合には、(式1.5)となる。
【0010】
【数4】
【0011】
【数5】
従って、上述した(式1.1)−(式1.3)、及び、臨界軌跡3の終点x
m+1の制約条件である(式1.4)又は(式1.5)による多元連立方程式を解くことによって、臨界軌跡3の始点x
0、ひいては臨界となる故障除去時間τを求めることができる。
【0012】
もっとも、(式1.3)の多元連立方程式を直接的に解くと、台形公式に起因する数値誤差が累積して臨界軌跡3の終点x
m+1で最大化する虞がある。このため、(式1.3)の左辺を誤差ベクトルとして扱い、次の(式1.6)のように、誤差ベクトル(ノルム)の総和を最小にする未知変数τ,ε,x
1,x
2,・・x
m,x
m+1を一括して求めている。
【0013】
【数6】
【発明を実施するための形態】
【0022】
本明細書および添付図面の記載により、少なくとも以下の事項が明らかとなる。
【0023】
===臨界故障除去時間の算出手法===
図2、
図3、
図6を参照しつつ、本実施形態における臨界故障除去時間の算出手法を説明する。
図2及び
図3は、離散化された多次元状態変数をユークリッド距離ε及び移動時間Δtでそれぞれ表示する模式図である。
図6は、本実施形態において用いられる再閉路のモデルと実際の再閉路の動作とを示す概略図である。
【0024】
図2、
図3では、電力系統の状態が、離散的な時刻t
k(0≦k≦m+1;mは整数)により離散化された多次元状態変数x
k(0≦k≦m+1;k,mは整数)で表現されている。かかる多次元状態変数x
kは、次式で示される要素を含む状態変数ベクトルである。
【0025】
【数7】
ただし、ω
ik、θ
ikは、離散的な時刻t
kにおける発電機ユニットi(i=1〜n)の角周波数、位相角をそれぞれ表わす。
【0026】
本実施形態における電力系統の状態は、上述した状態変数ベクトルx
kと多次元関数fを用いた次式の非線型方程式(電力系統方程式)によって表現される。
【0027】
【数8】
あるいは、上述の電力系統方程式は、状態変数x
kと従属変数y
kとを用いて、等価なシステム表現である次式で表されてもよい。
【0028】
【数9】
ここでは、電力系統の臨界軌跡3を、(式2.2)で表現された非線形方程式の解(つまり、状態変数ベクトルx
k)として求め、この解に基づいて臨界となる故障除去時間τを算出することとする。もっとも、非線形方程式は(式2.3)で表現されてもかまわない。
【0029】
本実施形態においては、電力系統の臨界軌跡3を求めるべく、次の(a)−(c)に基づいて誤差ベクトルμ
TZ、μ
I、μ
Eをそれぞれ定式化し、これら式の自乗和で表される目的関数を最小化する解を算出する。
(a)臨界軌跡上の隣接する2点は台形公式を満たす。
(b)臨界軌跡の始点は、故障軌跡上にある(初期条件)。
(c)臨界軌跡の終点(終端点とも言う)は、終端条件を満たす。
【0030】
そして、目的関数を最小化するにあたり、高速再閉路を考慮して、次の制約条件(d)を課す。
(d)故障が生じた線路は、故障の除去後直ちに再閉路されるものとする。
以下、上記(a)−(d)を順に説明する。
【0031】
<<台形公式>>
(式2.2)の非線形方程式を数値的に解くべく台形公式の近似を適用する。すると、互いに隣接する多次元状態変数x
k,x
k+1(1≦k≦m)の間には、次の等式が成立する。
【0032】
【数10】
また、移動時間Δtを、多次元状態変数x
k,x
k+1の間を移動する時間(t
k+1−t
k)として定義する。この移動時間Δtを用いて(式2.4)を表現すると、次のようになる。
【0033】
【数11】
この(式2.5)から、次式で定義される第1の誤差ベクトルμ
TZkを得る。
【0034】
【数12】
あるいは、隣接する多次元状態変数x
k,x
k+1の間のユークリッド距離εを
【0035】
【数13】
として定義すると、上述した(式2.5)は、次式で表される。
【0036】
【数14】
よって、第1の誤差ベクトルμ
TZkは、上述したユークリッド距離εを用いて、次式として定義されてもよい。
【0037】
【数15】
なお、(式2.6)、(式2.9)をまとめて表現すると、次式で表される。
【0038】
【数16】
なお、計算の実行にあたっては、移動距離Δt,ユークリッド距離εのいずれを用いても差し支えない。また、計算時間の短縮と計算の安定性を両立させるべく、最初の数回の反復計算ではユークリッド距離εを用い、それ以降の計算では移動距離Δtを用いてもよい。
【0039】
<<初期条件>>
上述したように、臨界軌跡3の始点x
0は、故障軌跡1上にある。この条件は、変数ベクトルx
0が臨界となる故障除去時間τに基づくことを意味するので、次式で表すことができる。
【0040】
【数17】
<<終端条件>>
本実施形態では、臨界軌跡3の終点x
m+1の満たすべき終端条件として、(i)ポテンシャルエネルギーの条件、(ii)運動エネルギーの条件、及び(iii)2点間の距離の最小化、の3つを用いる。上記(i)ポテンシャルエネルギーの条件は、解を確実に得るために有効であり、残りの2つの条件は、適宜ポテンシャルエネルギーの条件と組み合わされて用いられることで確実性を更に向上させる。以下、上記(i)−(iii)の各条件を説明する。
【0041】
(i)ポテンシャルエネルギーの条件:μ
PEBS
先に述べたように、一般に、臨界軌跡3の終点は不安定平衡点であると考えられているが、計算を実行する際、終端条件として不安定平衡点を指定すると、解が求まらない場合がある。発明者らが検討した結果、不安定平衡点がPEBS(Potential Energy Boundary Surface)と呼ばれるポテンシャルエネルギー境界面の上に存在するように終端点を指定すると、計算が安定することが判明した。このことは、臨界軌跡の終点が、上述した不安定平衡点だけでなく、不安定平衡点に連なるPEBS上に存在する場合があることを示している。一般に、μ
PEBS=0は、PEBS上で成立する条件である。そこで、本実施形態では、臨界軌跡3の終点において、かかる条件を考慮することとする。つまり、臨界軌跡3の終点ではμ
PEBSが最小となることを終端条件の1つとする。
【0042】
ここで、ポテンシャルエネルギー面を地形に例えると、安定領域は盆地のような領域であり、不安定領域は盆地の外側である。そして、安定領域と不安定領域の境界である臨界状態は、盆地を囲む山の稜線に例えられる。そうすると、上述したμ
PEBS=0なる条件は、電力系統のポテンシャルエネルギーが始点から終点に向かって臨界軌跡3に沿って変化する方向と、故障の除去後の安定平衡点から見た終点の方向と、が直交することと言い換えることができる。すなわち、これら2つの方向の内積がゼロとなることが終端条件である。
【0043】
そこで、電力系統のポテンシャルエネルギーをV
Pとし、また、終端点の座標、終端点における角速度、及び故障除去後の安定平衡点の座標を、それぞれ
とすると、上述した2つの方向はそれぞれ
で表される(座標θ
mの上に付されたチルダは、座標が慣性中心座標系に変換されていることを表す。(次の(式2.12)の但し書き参照)。よって、μ
PEBSは次式で表される。なお、次式において、変数の右肩に付された記号Tは転置を表す。
【0044】
【数18】
このようなμ
PEBSが臨界軌跡の終点において最小になることが、ポテンシャルエネルギーの条件である。
【0045】
(ii)運動エネルギーの条件:μ
KE
臨界軌跡3の終点においては、電力系統内の全発電機の運動エネルギーが最小となるはずである。したがって、終点において以下のμ
KEが最小となることが終端条件となる。
【0046】
【数19】
もっとも、(式2.13)における発電機の回転角速度ω
mは慣性中心座標系に変換されているので、μ
KEは終端点において極小となる。この条件により終点を検出する。
【0047】
(iii)2点間の距離の最小化:μ
dist
発明者らは、臨界軌跡3が不安定平衡点に収束するケースのほか、上記(i)のポテンシャルエネルギー条件の下で臨界軌跡3がPEBSに漸近するケースがあることを発見した。そして、両ケースにおいて、終点に至る2点x
m、x
m+1間の距離が最小になることに着目し、このことを終端条件として用いることとした。この終端条件は次式で表される。
【0048】
【数20】
ここで、w
distは任意の定数であり、例えば0.1である。なお、2点間の距離が速度に比例することからすれば、(式2.14)は、(式2.13)と論理的に矛盾せず、相乗的な効果を有する。
【0049】
(iv)終端条件のまとめ
上述した(i)−(iii)を成分として含む(式2.15)の第2の誤差ベクトルμ
Eの自乗(式2.16)を、最小自乗法の目的関数に加え、極小となる点を検出することで、計算の安定化を図る。
【0051】
【数22】
ただし、この第2の誤差ベクトルμ
Eの全ての成分を最小化問題の中に入れる必要はない。本実施形態において、ポテンシャルエネルギー条件は非常に有効であるから、必ずμ
Eに入れることとする。残りの2つの条件をμ
Eに加えると、更に計算が安定化する。
【0052】
ここで、第2の誤差ベクトルμ
Eを目的関数に加える際、次式のように、正の対角要素を有する正方の対角行列Wを重み付けとして用いてもよい。
【0053】
【数23】
例えば、a
1=a
2=a
3=1のとき、(式2.17)は、(式2.16)における|μ
E|
2に一致する。また、a
1=a
3=0、a
2=1のとき、(式2.17)は、|μ
PEBS|
2になる。このように、状況に応じて重み付けWの成分を変化させることで、計算を更に安定化することができる。なお、第2の誤差ベクトルμ
Eは、上記以外の条件を成分として含んでもよい。
【0054】
なお、終端条件として他の条件を用いてもよい。例えば、臨界軌跡3の終点として不安定平衡点CUEPを指定してもよいし、終点を発電機の同期化力係数行列に基づく特異点に束縛させてもよい。このような終端条件は、目的関数の最小化における制約条件として用いられ得る。
【0055】
<<高速再閉路の考慮>>
図6に示されるように、実際の高速再閉路では、故障の発生からT
O秒後に故障線路が遮断され、T
C秒間(1秒程度以内)の無電圧時間を経て、再閉路が行われる。つまり、故障の発生から(T
O+T
C)秒後に再閉路が実行され、送電が再開されるのが、実際の高速再閉路の流れである。
【0056】
この点、本実施形態では、故障の除去後、直ちに送電を再開することとし、再閉路動作を簡易的に模擬している。つまり、故障の発生からT
O秒後に(無電圧時間T
Cを経ずに)再閉路が実行されるものとする。また、故障の生じた線路は2回線の送電線であり、そのうちの1回線に故障が発生したこととしている。本実施形態では、このような条件が、目的関数の最小化に対する制約条件として課される。
【0057】
<<目的関数の最小化>>
これまでの議論から、本実施形態における目的関数は以下のように書ける。
【0058】
【数24】
あるいは、上記(i)−(iii)以外の終端条件が制約条件として採用される場合、次の目的関数が用いられてもよい。
【0059】
【数25】
そして、(式2.18.1)又は(式2.18.2)で表される目的関数を最小化させる変数ベクトルx
k、移動時間Δt(又はユークリッド距離ε)、終端条件μ
Eの各成分、臨界となる故障除去時間τを求める。このような最適化問題を解くにあたり、上述した(式2.11)により定義される初期条件μ
Iや、高速再閉路を考慮した制約条件を課している。高速再閉路を考慮した制約条件は、上述したように、故障を生じた線路が故障の除去後直ちに閉路され送電される、という条件である。なお、最適化問題の計算手法として、例えばニュートン・ラフソン法が用いられる。
【0060】
===臨界故障除去時間の算出の流れ===
図4を参照して、本実施形態において臨界故障除去時間を算出する流れを説明する。
図4は、臨界となる故障除去時間τを算出する流れを示すフローチャートである。
【0061】
まず、ステップS1において、臨界となる故障除去時間τを求める電力系統を表したモデルを特定する。これにより、多次元関数fや、多次元状態変数x
k(0≦k≦m+1)が特定される。次いで、ステップS2において、臨界軌跡3の初期条件μ
I(式2.11)、臨界軌跡3の終端条件μ
E(式2.12−式2.14)、終端条件の各成分に対する重み付けW、高速再閉路を考慮した制約条件などを設定する。これにより、(式2.18.1)又は(式2.18.2)に示される目的関数や、制約条件が決まる。
【0062】
目的関数や制約条件などが決まると、ステップS3において、設定された制約条件の下で最適化問題の解探索、つまり目的関数の最小化を実行する。かかる計算の実行により、臨界軌跡3の始点x
0と当該始点x
0に対応する故障除去時間τを算出する。
【0063】
なお、ステップS3において解探索を実行する過程で、目的関数と多次元状態変数x
k(0≦k≦m+1)との推移を所定のメモリに記憶しておき、解探索後に当該メモリに記憶された目的関数と多次元状態変数x
kを時系列に表示することにより、探索経路の確認や局所最適解に陥っていないか否かの確認を行うようにしてもよい。
【0064】
===系統モデルによる性能評価===
図7、
図8を参照して、本実施形態における臨界故障除去時間の算出手法によるシミュレーション結果を示す。
図7、
図8は、3機9母線モデル系統(AF9)、4機9母線モデル系統(拡張版AF9)をそれぞれ示す概念図である。
【0065】
ここでは、分割数m=5とした場合の本実施形態の手法における臨界故障除去時間(CCT)を、従来法(シミュレーション法)による模擬結果と比較して示す。なお、比較対象としたシミュレーション法の模擬結果は2種類ある。1つは、実際の高速再閉路動作を忠実に模擬するべく、無電圧時間(Tc=0.84[S])の経過後に故障線路を再閉路するものとして計算された「詳細模擬」の結果であり、他の1つは、本実施形態と同様に、故障除去後直ちに(無電圧時間Tc=0[S])故障線路を再閉路するものとして計算された「簡易模擬」の結果である。故障条件は、2回線送電線のうち1回線に3線地絡故障(3LG)が生じたこと、故障地点は全故障点であること、ダンピングは考慮されていること、である。
【0066】
<<3機9母線系統モデル(AF9)>>
図7に示される3機9母線系統モデル(AF9)を用いたシミュレーション結果を以下の表1に示す。なお、表1における故障地点A−Iは、
図7にA−Iで示された地点に対応する。
【0067】
【表1】
表1から、本実施形態の手法によって算出された臨界故障除去時間CCTは、詳細模擬による厳密計算の結果とほぼ等しいと言える。また、本実施形態の手法による計算結果は、概ね詳細模擬の結果と簡易模擬の結果との間にあることから、本実施形態の手法はシミュレーション法による簡易模擬よりも臨界故障除去時間を精度よく算出すると言える。
【0068】
また、本実施形態の手法による計算結果と、本手法を用いるが高速再閉路の制約条件を課さずに計算した結果とを、表2に示す。なお、表2の「差」欄は、これら計算結果の差分を表す。
【0069】
【表2】
表2に示されるように、高速再閉路を考慮した計算結果の方が、高速再閉路を考慮しない計算結果よりも大きい。この結果は、高速再閉路の利用が電力系統の安定性を向上させる(臨界故障除去時間を長くする)という事実に適合している。
【0070】
<<4機9母線モデル系統(拡張版AF9)>>
図8に示される4機9母線モデル系統(拡張版AF9)を用いたシミュレーション結果を以下に示す。なお、表3における故障地点A−Iは、
図8の地点A−Iに対応する。
【0071】
【表3】
表3では、本実施形態の手法によって算出された臨界故障除去時間CCTは、詳細模擬による厳密計算の結果と一致している。よって、本実施形態の手法は、シミュレーション法による簡易模擬よりも臨界故障除去時間を精度よく算出すると言える。
【0072】
また、本実施形態の手法による計算結果と、本手法を用いるが高速再閉路の制約条件を課さずに計算した結果とを、表4に示す。
【0073】
【表4】
表4でも、高速再閉路を考慮した計算結果の方が、高速再閉路を考慮しない計算結果よりも大きい。この結果もまた、上述した事実に適合している。
【0074】
このように、本実施形態の手法は、シミュレーション法による詳細模擬より若干長い臨界故障除去時間を算出することがあるものの、詳細模擬とほぼ同様の計算結果を与える。このことは、ある電力系統が本実施形態の手法によって不安定と判定されると、その電力系統は詳細模擬でもやはり不安定と判定されることを意味する。詳細模擬は長い計算時間を要することを考慮すれば、詳細模擬の実行前に、比較的短い時間で結果が得られる本実施形態の手法を用いて、対象となる電力系統の安定度を簡易的に判定することができる。このようなスクリーニングを経て安定と判定された電力系統について詳細模擬を行うことで、安定度の判定作業に要する全体的な時間を短縮することが可能となる。
【0075】
===臨界故障除去時間算出装置、プログラム===
本実施形態における臨界となる故障除去時間τの算出は、臨界故障除去時間算出装置100によって実行される。臨界故障除去時間算出装置100は、例えば、電力系統の運用に携わる作業者が操作するコンピュータやワークステーションであって、
図5に示されるように、CPU101、液晶ディスプレイ等の表示装置102、キーボードやマウス等の入力装置103、メモリ104、記憶装置105を備える。
【0076】
CPU101は、記憶装置105からメモリ104にプログラム及びデータを読み込んで、計算を実行する。上述したステップS1−S3における目的関数及び制約条件の設定及び最小化を実行する第1の情報装置の機能と、目的関数が最小化されたときの始点x
0及び当該始点x
0に対応する故障除去時間τの算出を実行する第2の情報装置の機能とは、CPU101によって実行される。
【0077】
記憶装置105には、前述した臨界故障除去時間の算出を行うためのプログラム、例えば、前述したニュートン・ラフソン法のプログラムや、このニュートン・ラフソン法を用いて未知変数x
0〜x
m+1、τ、Δt、ε等の最適化を実施するプログラムを含むプログラム群(臨界故障除去時間算出プログラム)が格納されている。記憶装置105には、関数fに関する情報や、状態変数ベクトルx
0〜x
m+1や誤差ベクトルを含む中間データ等も記憶される。
【0078】
以上説明したように、臨界故障除去時間算出装置100は、故障除去時間τの関数であり、故障を除去した時の電力系統の状態を表す多次元状態変数x
0と、多次元状態変数x
0を始点として電力系統の状態の時間的変化を表した軌跡の終点を示す多次元状態変数x
m+1(mは整数)と、多次元状態変数x
0とx
m+1との間で離散化され、
として定義される電力系統方程式fに従う複数の多次元状態変数x
k(1≦k≦m+1:k、mは整数)と、多次元状態変数x
0ないしx
m+1の中で相互に隣接する多次元状態変数x
k及びx
k+1の間の移動時間Δtと、を用いて
として定義される誤差ベクトルμ
kを用いて
として定義される目的関数に対し、故障が除去された線路に直ちに送電が行われるとの条件の下で、目的関数を最小化する第1の情報装置と、目的関数が最小化されたときの多次元状態変数x
0及び当該多次元状態変数x
0に対応する故障除去時間τを求める第2の情報装置と、を備える。なお、上記移動時間Δtの代わりに、ユークリッド距離εが用いられてもよい。
【0079】
かかる実施形態によれば、高速再閉路を考慮した臨界故障除去時間を算出することが可能となる。この実施形態では、故障除去後の無停電時間T
Cを考慮していないが、本来の臨界故障除去時間とほぼ同じ長さの臨界となる故障除去時間τを得ることができる。よって、この実施形態の手法を、シミュレーション法による詳細模擬を実行する前のスクリーニングとして用いることができる。
【0080】
また、第1の情報装置は、線路が2回線の送電線であって、2回線のうち1回線に故障が生じたとの条件の下で、目的関数を最小化することが好ましい。高速再閉路の対象となる線路は主に基幹送電線であるところ、基幹送電線は2回線を有していることが多いため、かかる実施形態は、実際の電力系統に近い状態を模擬している。したがって、信頼性の高い計算結果を得ることができる。
【0081】
尚、上記の実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。本発明は、その趣旨を逸脱することなく、変更、改良され得るとともに、本発明にはその等価物も含まれる。