(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記(2)に記載の工程において指標値間に実質的な差異が検出されない場合には、前記(3)に記載の工程において診断対象である作物体の生育状態が良好であると判定する、請求項2に記載のジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記背景技術に鑑みてなされたものであり、その課題とする処は、ジャガイモ塊茎に病斑又は病徴が発現する病害に関して、塊茎を掘り起こすことなく且つ塊茎病害の病斑又は病徴の発現の有無に関わらずに、当該病害原因微生物からの影響に関する作物体の生育状態を診断可能とする技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、圃場における塊茎病害原因土壌微生物の存在と相関して、生育中のジャガイモ植物体の茎葉(地上部)における有機酸含量の一部が正又は負の相関を以て変動することを見出した。特には、そうか病菌が存在する圃場で生育したジャガイモ植物体の茎葉では、健全圃場で生育したものよりも、ギ酸含量及びL−リンゴ酸含量が上昇し、反対にクエン酸含量及びクロロゲン酸類含量は減少することを見出した。
また、本発明者らは、当該有機酸含量の変動は、各ジャガイモ品種・系統が有する病害抵抗性の強弱とは関係なく検出できることを見出した。また、塊茎における病斑や病徴発現の有無に関わらずに検出可能であることを見出した。
【0011】
本発明者らは、上記有機酸含量を指標とすることによって、ジャガイモ塊茎の病害原因微生物から受ける影響に関する作物体の生育状態を診断できることを見出した。
また、本発明者らは、上記有機酸含量を指標とすることによって、その作物体から収穫される塊茎の品質評価が可能であることを見出した。
【0012】
本発明は、具体的には以下に係る発明に関する。
[項1]
塊茎病害原因微生物からの影響に関するジャガイモ(Solanum tuberosum)作物体の生育状態を診断する方法であって、
(1)ジャガイモ作物体の地上部における有機酸含量又は当該有機酸含量に基づく値、を指標値とする工程
、
を含むことを特徴とする、ジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法。
[項2]
前記(1)に記載の工程の後、
(2)前記指標値について、(2a)診断対象である作物体地上部からの指標値と(2b)健全圃場での作物体地上部からの指標値とを比較して、指標値間の実質的な差異の有無又は差異の度合いを判定する工程、
を含む、項1に記載のジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法。
[項
3]
前記(2)に記載の工程の後、
(3)前記判定した実質的な差異の有無又は差異の度合いに基づいて、診断対象である作物体の生育状態を判定する工程、
を含む、項
2に記載のジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法。
[項
4]
前記(2)に記載の工程において指標値間に実質的な差異が検出されない場合には、前記(3)に記載の工程において診断対象である作物体の生育状態が良好であると判定する、項
3に記載のジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法。
[項
5]
前記(2)に記載の工程において、
前記(2a)に記載の作物体地上部と前記(2b)に記載の作物体地上部とが、同一品種・系統の作物体の茎及び/又は葉である、
項
2〜4のいずれかに記載のジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法。
[項
6]
前記(1)に記載の有機酸がギ酸及び/又はL-リンゴ酸であって、
前記(2)に記載の差異が、前記(2b)に記載の指標値に対して前記(2a)に記載の指標値が増加する差異である、
項
2〜5のいずれかに記載のジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法。
[項
7]
前記(1)に記載の有機酸がギ酸である、項
6に記載のジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法。
[項
8]
前記(1)に記載の有機酸がクエン酸及び/又はクロロゲン酸類であって、
前記(2)に記載の差異が、前記(2b)に記載の指標値に対して前記(2a)に記載の指標値が減少する差異である、
項
2〜5のいずれかに記載のジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法。
[項
9]
前記(1)に記載の有機酸がクエン酸である、項
8に記載のジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法。
[項
10]
前記指標値が、
(A)健全圃場にて生育した作物体地上部に対して、塊茎病害原因微生物に汚染された圃場にて生育した作物体地上部では増加する有機酸含量又は当該有機酸含量に基づく値と、
(B)健全圃場にて生育した作物体地上部に対して、塊茎病害原因微生物に汚染された圃場にて生育した作物体地上部では減少する有機酸含量又は当該有機酸含量に基づく値と、
の比又は当該比に基づく値である、
項1〜
5のいずれかに記載のジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法。
[項
11]
前記(A)に記載の有機酸がギ酸及び/又はL−リンゴ酸であって、前記(B)に記載の有機酸がクエン酸及び/又はクロロゲン酸類である、項
10に記載のジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法。
[項
12]
前記(A)に記載の有機酸がギ酸であって、前記(B)に記載の有機酸がクエン酸である、項
11に記載のジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法。
[項
13]
前記塊茎病害原因微生物が、ジャガイモそうか病菌である、項1〜
12のいずれかに記載のジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法。
[項14]
塊茎病害原因微生物からの影響に関するジャガイモ(Solanum tuberosum)塊茎の品質を評価する方法であって、
評価対象である塊茎の作物体地上部に対して項1〜13のいずれかに記載のジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法を利用することを特徴とする、ジャガイモ塊茎の品質を評価する方法。
[項
15]
塊茎病害原因微生物からの影響に関するジャガイモ(Solanum tuberosum)塊茎の品質を評価する方法であって、
項
2〜13のいずれかに記載の前記(2a)に記載の診断対象である作物体地上部の代わりに、評価対象である塊茎の作物体地上部を用いて前記(1)及び(2)に記載の工程を行うことを特徴とする、ジャガイモ塊茎の品質を評価する方法。
[項
16]
項
15に記載の工程の後、
(4)前記判定した実質的な差異の有無又は差異の度合いに基づいて、評価対象である塊茎の品質を判定する工程、
を含む、項
15に記載のジャガイモ塊茎の品質を評価する方法。
[項
17]
項
16に記載の前記(2)に記載の工程において指標値間に実質的な差異が検出されない場合には、前記(4)に記載の工程において評価対象である塊茎の品質が良好であると判定する、項
16に記載のジャガイモ塊茎の品質を評価する方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、ジャガイモ塊茎に病徴が発現する病害に関して、塊茎を掘り起こすことなく且つ塊茎病害の病斑又は病徴の発現の有無に関わらずに、当該病害の原因土壌微生物から受ける影響に関する作物植物体の生育状態を診断可能とする技術を提供することを可能とする。
また、本発明では、ジャガイモ作物体地上部を検査に供することによって、収穫物である塊茎の微生物検査等を行うことなくジャガイモ塊茎の品質評価を行うことが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。
本発明は、塊茎病害原因微生物からの影響に関するジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法、及び、ジャガイモ塊茎の品質を評価する方法に関する。
【0016】
ここで、本明細書において「塊茎」とは、ばれいしょ、ジャガイモ、又はポテトの常用名称で呼ばれるジャガイモ作物体のデンプン貯蔵組織であり、肥大した地下茎(イモ)部分を指す。作物体からの収穫後、生鮮野菜、加工食品原料、デンプン原料、種苗、飼料原料等となる農作物として経済的価値を有する。
また、本明細書において「病害抵抗性」とは、病害原因微生物の存在下でも病班や病徴が現れにくい性質を指す。例えば、感染しても発症が遅い、又は、感染しても軽症ですむ性質を指す。本発明においては、真正抵抗性と圃場抵抗性の両方を含む用語として用いる。
また、本明細書において「圃場」とは、農作物を栽培する田畑及び農園を指す用語である。
【0017】
1.ジャガイモ作物体に関する生育状態の診断
本発明に係るジャガイモ作物体の生育状態の診断方法は、塊茎病害原因微生物からの影響に関するジャガイモ作物体の生育状態を診断する方法である。
【0018】
[診断対象]
本発明に係る方法は、生育中のジャガイモ作物体について生育圃場中に生息している塊茎病害原因微生物から受ける影響を指標値として評価して、作物体の生育状態に関する診断を可能とする方法である。本発明では、作物の植物体としての健康状態を判定することが可能となる。
【0019】
本発明の診断対象となる作物体は、ジャガイモの作物体である。
ここで、本明細書において「作物体」とは、地上部と地下部の両方の組織及び器官を含み、生育しているジャガイモの植物体全体を指す。
また、本明細書において「生育状態の診断」とは、診断対象である生育中のジャガイモ作物体について、生育圃場中に生息している塊茎病害原因微生物から受ける影響を指標値として数値化して評価する行為を指す。
また、本明細書において「塊茎の評価」とは、評価対象である塊茎について、生育圃場中に生息している塊茎病害原因微生物から受ける影響を指標値として数値化して評価する行為を指す。
【0020】
本発明において、「ジャガイモ」とは、ナス科ナス属に属するSolanum tuberosumに分類される植物種を指す。バレイショ(ばれいしょ、馬鈴薯)の常用名称である。
地下茎である塊茎にデンプンを多く含み、保存性に優れ、寒冷地や痩せた土地での生育に適するため、世界中で重要な農作物や加工食品原料、飼料原料等として生産されている。多くの品種・系統が存在し、病害抵抗性の強弱が相違する様々な品種・系統も存在する。
【0021】
本発明に係る方法は、ジャガイモ種に属する植物体であれば、如何なる品種・系統であっても適用可能である。例えば、病害抵抗性の強弱が異なる品種・系統に関わらず、如何なる品種・系統についても適用可能な技術である。
ここで、本発明の方法にて診断可能な品種・系統としては、例えば、男爵薯、トヨシロ、北海104号、こがね丸、コロール、はるか、インカのめざめ、ニシユタカ、紫月、メークイーン、キタアカリ、アスタルテ、紅丸、農林1号、ホッカイコガネ、さんじゅう丸、アトランチック、オホーツクチップ、インカレッド、シマバラ、スタークイーン、スノーマーチ、Cherokee、島系561号、勝系31号、Pike、ユキラシャ、ノーキングラセット、コナフブキ、さやか、マチルダ、さやあかね、ゆきつぶら、ホッカイコガネ、キタムサシ、とうや、ワセシロ、きたひめ、イリダ、花標津、勝系20号、スタールビー、ピルカ、これらを交配親とする品種・系統、これらに由来する品種・系統など、を例示として挙げることができる。これらの品種・系統間では、病害抵抗性の強弱が大きく異なる。
【0022】
本発明において、「塊茎病害原因微生物」とは、圃場の土壌中に生息する微生物であって作物体に感染し、塊茎に病徴を発現させる作用を有する微生物を指す。
ジャガイモの塊茎病害として具体的には、そうか病、粉状そうか病、亀甲症、象皮病、乾腐病、炭そ病、銀か病、指斑病、黒斑病、紫紋羽病、ならたけ病、紅色斑点病、黒あざ病、黒あし病、輪腐病、疫病、菌核病、軟腐病、半身いちょう病、ジャガイモ粘性腐敗病、ジャガイモ萎凋病、ジャガイモ葉腐病、などを挙げることができる。
本発明に係る診断は、特に地上部に病徴が現れない土壌塊茎病害を引き起こす微生物の影響を診断する目的に好適に利用可能である。具体的には、そうか病、粉状そうか病、亀甲症、象皮病、乾腐病、炭そ病、銀か病、指斑病、黒斑病、紫紋羽病、ならたけ病、紅色斑点病、などを引き起こす原因微生物の影響の診断に好適に利用可能である。
特には、そうか病、銀か病、などを引き起こす原因微生物の影響の診断に好適に利用可能である。
【0023】
本発明は、農産物の経済的損失を防ぐ生産者の観点から、そうか病(瘡痂病、ジャガイモそうか病)に関する診断への利用が好適である。
ここで、「そうか病」(瘡痂病、ジャガイモそうか病)は、塊茎表面に特徴的な暗褐色、コルク状の病斑部が発現し、外観の悪化を引き起こす病害である。そうか病が多発したジャガイモ塊茎は、商品価値が著しく低下し、商品として出荷することができず、生産者に甚大な経済的被害を与える。
そうか病の原因微生物である「そうか病菌」としては、具体的には、ストレプトマイセス属(Streptomyces属)に属する放線菌の仲間である、S. scabies(= S. scabiei)、S. acidiscabies(= S. acidiscabiei)、S. turgidiscabies(= S. turgidiscabiei)等を挙げることができる。そうか病の病斑は、これらのそうか病菌が産生するタクストミンという化合物によって引き起こされる(Lawrence et al., Phytopathology, 80 ,7, 606-608 (1990))。
そうか病菌は、ジャガイモ塊茎との接触により感染し病斑を形成し、発病した収穫後のジャガイモ塊茎の病斑には、高密度のそうか病菌が存在することが知られている。
【0024】
本発明に係る診断対象である作物体は、圃場において一定期間生育した状態である作物体であることが望ましい。例えば、播種や幼苗の移植段階から当該環境で生育させた作物体は、当然に診断対象とすることが可能であるところ、健全圃場にて一定期間生育させた後、当該圃場に移植した作物体についても本発明に係る診断対象に含まれる。
具体的には、当該圃場に移植してから、少なくとも3日以上、好ましくは10日以上、より好ましくは1月以上、さらに好ましくは3ヶ月以上、の生育を行った作物体も、本発明に係る診断対象とすることができる。
また、本発明に係る診断対象である作物体としては、塊茎形成期の作物体だけでなく、塊茎形成前の段階にある作物体も含まれる。
【0025】
本発明における有機酸含量の測定又は算出は、作物体の地上部であれば如何なる組織及び/又は器官を試料として供することが可能である。特には、茎及び/又は葉を用いることが好適である。
ここで茎と葉は、「茎葉」という用語で表現される。本発明においては、茎や葉のみを単独で用いることも可能である。試料間比較において、好ましくは発達ステージが成熟段階に達している成葉を用いることが、発達ステージの違いに由来する代謝化合物の差異を減らせる点で好適である。葉のみを用いる場合は、葉脈を含むように葉全体を用いることが好適である。
本発明に係る診断においては、特には、ジャガイモ作物体の上位複葉全体を用いることが望ましい。また、先端部を含む複数枚の成葉(好ましくは2枚以上、さらに好ましくは3枚以上)が展開した枝である羽状複葉を用いることが望ましい。なお、茎葉としては花芽を含むものであっても良い。
【0026】
本発明の診断方法では、データの信頼性を考慮すると、診断対象の作物体につき2検体以上、好ましくは3検体以上を分析に供することが望ましい。
【0027】
本発明における有機酸含量の測定又は算出は、診断対象となる作物体が圃場において生育している状態又は採取して直後の状態にて行うことが好適である。ここで、保存処理(例えば、凍結乾燥や冷凍保存など)を行った作物体試料は、代謝物の変化情報が保存されているため当該状態に含まれる。
【0028】
本発明では、試料からの有機酸の抽出操作は常法により行うことが可能である。好ましくは、前処理として、作物体地上部に対して粉砕、破砕、粉末化、擂潰、磨砕等の処理を行うことが望ましい。
抽出溶媒としては、特に制限はないが水溶性溶媒を用いることが好適である。pH緩衝成分を含む溶媒を用いることがより好適である。
【0029】
本発明における有機酸含量の測定は、診断対象であるジャガイモ作物体の地上部を試料として分析試験に供することにより得ることができる。
ここで、分析試験としては、診断対象であるジャガイモ作物体の試料間の差異が検出可能な感度で有機酸含量の測定又は算出が可能な手法であれば、如何なる方法を採用することも可能である。
例えば、NMR法(一次元の
1H−NMRスペクトルを測定し、上記有機酸類に該当する化学シフトのピークについて、ピーク面積値から求めた外部標準検量線等から算出する手法等)、;クロマトグラフィーを用いた分析法(ペーパークロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、キャピラリー電気泳動等を用いて分画し、これらに質量分析機、電気化学検出器、エバポレイト光散乱検出器などを接続して定量する手法等)、;比色定量法(酵素反応後に可視光及び/又はUV域の吸光度等を定量する手法、直接可視光及び/又はUV域の吸光度等を定量する手法等)、;など如何なる手法を用いることも可能である。
特には、比色定量法を採用した場合、操作性が容易で及び安価な手法である利点があるため、簡易で迅速な測定が可能となり好適である。例えば、市販の比色定量キットや直接UV域の吸光度を測定する方法等は、簡易迅速な測定及び検出感度の点において、本発明に係る有機酸含量測定に好適に使用可能である。
【0030】
[有機酸含量の変動]
本発明に係る診断方法では、診断対象であるジャガイモ作物体の地上部における有機酸含量又は当該有機酸含量に基づく値を指標値とする工程、を含む方法である。
【0031】
本発明において指標値となる「有機酸含量」とは、作物体地上部に含まれる有機酸含量を表す値を指す。乾燥重量あたりの量を採用することが好適であるが、後述する二成分以上の比を算出する場合では、乾燥重量だけでなく生重量の値を採用することも可能である。
また、「有機酸含量に基づく値」とは、作物体地上部に含まれる有機酸含量から算出された値であって、有機酸含量の多寡を多試料間で比較可能な指標値とできる値を指す。
ここで、有機酸含量に基づく値としては、有機酸含量の絶対値以外にも試料間で有機酸含量の比較が可能な相対値で表された値も含まれる。また、係数を乗じて算出した値や、定数を加減して算出した値も含まれる。
【0032】
また、有機酸含量に基づく値としては、二成分以上の有機酸含量に基づく値を当該値とすることも含まれる。
二成分以上の有機酸含量に基づく値としては、病害原因微生物の影響によって同じ変動挙動を示す二成分以上の有機酸の総含量、病害原因微生物の影響によって反対の変動挙動を示す二成分以上の有機酸の比(増加変動成分と減少変動成分に分けての比)、等を挙げることができる。また、これら総和や比に基づく値も当該値に含まれる。
【0033】
本発明に係る指標値又はその基礎値となる「有機酸含量」としては、塊茎病害の原因微生物で汚染された圃場(塊茎病害原因微生物の汚染圃場)で作物体を生育した場合、健全圃場で生育した場合に比べて、実質的な増加又は減少による差異が検出される有機酸含量を指すものである。
当該有機酸含量の増加又は減少による変動は、塊茎病害原因微生物から受ける影響による代謝化合物組成の変動を反映した量的結果である。
この点、当該有機酸含量の変動度合いは、圃場における塊茎病害原因微生物の量、具体的には塊茎病害原因微生物の密度を反映した反応度合いであると推定される。また、当該変動度合いは、ストレス応答による作物体の代謝化合物の組成変動を反映した量的結果であるとも推定される。
【0034】
当該有機酸含量の変動は、病害抵抗性の強弱が大きく異なる品種・系統においても確認されており、ジャガイモ種において普遍的に検出される現象である。また、当該有機酸含量の変動は、塊茎での病斑や病徴の発現の有無に関わらずに検出される現象である。
【0035】
・増加変動する有機酸
ここで、病害原因微生物の影響によって、健全圃場で生育した作物体に対して塊茎病害原因微生物に汚染された圃場で生育した作物体では増加変動する有機酸としては、具体的には「ギ酸」及び/又は「L−リンゴ酸」を挙げることができる。従って、本発明においては、ギ酸含量、L−リンゴ酸含量、ギ酸及びL−リンゴ酸の総含量、又はこれらに基づく値、を指標値として採用することができる。
なお、ここで「リンゴ酸」としては、植物で生合成されるL−リンゴ酸を指すものである。なお、光学異性体であるD−リンゴ酸は、哺乳類や微生物の一部にはその生成経路の存在が確認されているが、植物での存在は報告されていないため、本発明に係る指標値としては採用できない。
【0036】
これらの値は、塊茎病害の原因微生物で汚染された圃場で生育した作物体では、健全圃場で生育した作物体に比べて実質的な増加差異として検出される。
本発明においては、特には、検出できる増加差異の度合いが大きいギ酸含量又はこれに基づく値を指標値とすることが好適である。
【0037】
・減少変動する有機酸
また、病害原因微生物の影響によって、健全圃場で生育した作物体に対して塊茎病害原因微生物に汚染された圃場で生育した作物体では減少変動する有機酸としては、具体的には「クエン酸」及び/又は「クロロゲン酸類」を挙げることができる。従って、本発明においては、クエン酸含量、クロロゲン酸類含量、クエン酸及びクロロゲン酸類の総含量、又はこれらに基づく値、を指標値として採用することができる。
なお、ここでクロロゲン酸類としては、狭義のクロロゲン酸である5−カフェオイルキナ酸(5−CQA)に加えて、異性体である4−カフェオイルキナ酸(4−CQA)、3−カフェオイルキナ酸(3−CQA)を含む化合物群を指す。
【0038】
これらの値は、塊茎病害の原因微生物で汚染された圃場で生育した作物体では、健全圃場で生育した作物体に比べて実質的な減少差異として検出される。
本発明においては、特には、検出できる減少差異の度合いが大きいクエン酸含量又はこれに基づく値を指標値とすることが好適である。
特に、塊茎形成前の生育段階の作物体を診断対象とする場合は、クエン酸含量又はこれに基づく値を用いることが好適である。
【0039】
ここで、本明細書において「健全圃場」とは、抵抗性が弱い品種を栽培した場合において、ジャガイモ塊茎での軽微な病徴発生が1割を超えない圃場を指す(農林水産省種馬鈴しょ検疫規定第8条第2号)。
本発明において精度の良い判定を行う点では、実質的な病徴発生が見られない圃場が好適である。好ましくは、病徴発生率を示す病イモ率が10%未満、さらに好ましくは当該値が5%以下、より好ましくは3%以下となる圃場が好適である。
【0040】
また、本明細書において「塊茎病害原因微生物に汚染された圃場(又は汚染圃場)」とは、抵抗性が弱い品種を栽培した場合において、ジャガイモ塊茎での病徴発生が1割以上となる圃場を指す(農林水産省種馬鈴しょ検疫規定第8条第2号)。なお、北海道の基準では、30%を超えると甚発生になる。
本発明において精度の良い判定を行う点では、病徴発生が明確に起こる圃場が好適である。好ましくは、病徴発生率を示す病イモ率が10%以上、好ましくは30%以上、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは60%以上となる圃場が好適である。
【0041】
[反対変動を示す二成分以上の有機酸含量の比]
本発明に係る指標値である有機酸含量に基づく値としては、病害原因微生物の影響によって反対変動を示す二成分以上の有機酸含量の比又は当該比に基づく値を指標値とすることが好適である。
【0042】
本発明においては、「病害原因微生物の影響によって反対変動を示す二成分以上の有機酸含量の比」(増加変動成分含量と減少変動成分含量との比)を指標値とすることによって、検出精度を顕著に向上させることができ極めて好適である。
当該比として、具体的には、(A)健全圃場にて生育した作物体地上部に対して、塊茎病害原因微生物に汚染された圃場にて生育した作物体地上部では増加する有機酸含量又は当該有機酸含量に基づく値と、(B)健全圃場にて生育した作物体地上部に対して、塊茎病害原因微生物に汚染された圃場にて生育した作物体地上部では減少する有機酸含量又は当該有機酸含量に基づく値と、の比又は当該比に基づく値を挙げることができる。
ここで、前記(A)及び(B)における「当該比に基づく値」は、当該比を基礎として算出した値を挙げることができる。例えば、当該比に係数を乗じて算出した値や、定数を加減して算出した値がここに含まれる。
また、三成分以上の有機酸を扱う場合は、前記(A)に記載の増加成分と前記(B)に記載の減少成分に分けて、(A)に係る値と(B)に係る値の比又は当該比に基づく値として算出することができる。
【0043】
当該比又は当該比に基づく値の表記手法としては、(A)に係る値と(B)に係る値を利用した表記であれば、除した値、分数表記、百分率(%)表記等、表現手法は特に限定されない。
また、当該比又は当該比に基づく値としては、(A)に係る値と(B)に係る値について、それぞれを分子及び分母のどちらに用いるかは特に限定されない。例えば、「(A)に係る値/(B)に係る値」の除値で表記した場合、増加変動の度合いが増幅された値として検出されることになる。一方、「(B)に係る値/(A)に係る値」の除値で表記した場合は、減少変動の度合いが増幅された値として検出されることになる。
【0044】
ここで、当該反対変動を示す二成分以上の有機酸としては、次の組み合わせを採用することが好適である。
前記(A)に記載の有機酸としては、具体的には、ギ酸及び/又はL−リンゴ酸を挙げることができる。好ましくは、増加変動度合いが大きいギ酸含量又はこれに基づく値を用いることが好適である。
また、前記(B)に記載の有機酸としては、クエン酸及び/又はクロロゲン酸類を挙げることができる。好ましくは、減少変動度合いが大きいクエン酸含量又はこれに基づく値を用いることが好適である。
【0045】
[健全圃場で生育した作物体との差異の検出]
本発明に係る診断では、前記にて測定又は算出した指標値について、(a)診断対象である作物体地上部の指標値と、(b)健全圃場での作物体地上部の指標値と、を比較して指標値間の実質的な差異の有無又は差異の度合いを判定する工程を行うものである。
【0046】
本発明に係る診断方法では、塊茎病害原因微生物からの影響に由来する有機酸組成の変化のみを精度よく検出できるように行うことが望ましい。この点、本発明においては、(a)診断対象である作物体と(b)健全圃場の作物体との比較において、塊茎病害原因微生物からの影響以外の要因に由来する代謝物組成の変化をできるだけ抑えて、代謝産物組成の背景を比較する試料間で均一又は実質的に均一にすることが望ましい。
そのため、本発明においては、診断対象作物体と健全圃場での生育作物体とは、同一品種・系統、その品種・系統に由来する近縁品種・系統など、遺伝的背景が同じ又は実質的に同じものを用いることが望ましい。特には、同一品種・系統を用いることが望ましい。
なお、比較試料間どうしで品種・系統の由来が著しく異なると、遺伝的背景の違いが大きくなり、正確な比較を行うことが難しくなる傾向があり好適でない。
【0047】
また、本発明においては、有機酸含量に基づく値の測定又は算出のために採取した診断対象作物体の地上部と、実質的に同じ生育段階と認められる部位の有機酸含量に基づく値を、健全圃場にて生育した作物体から測定又は算出することが最適である。
しかし、ここで「実質的に同じ生育段階」とは、実際の測定現場における差異の検出精度を考慮すると、同じ日数を栽培した植物体を必ずしも意味するものではなく、例えば茎葉を試料とする場合であれば、葉の発達ステージが同じ程度の生育段階のものを指す。例えば、羽状複葉形成が完了した成葉どうしであれば、ある程度の日数や大きさ等の異なるものであっても、実質的に同じ生育段階の試料として比較することが可能である。即ち、成葉どうしであれば問題なく比較可能である。
また、本発明の実施形態としては、診断対象の作物体と健全圃場で生育した作物体とがある程度異なる生育段階であっても、精度の低下はあるものの生育状態の診断自体は可能である。この点、本発明においては異なる生育段階どうしの値の比較での差異の検出を除外するものではない。
【0048】
本発明において、健全圃場の作物体地上部における有機酸含量又はこれに基づく値は、実験の厳密性の点においては、診断対象作物体と同じ時期に近隣の圃場で栽培した作物体から得た情報であることが最適である。
しかし、実際の測定現場における差異の検出精度を考慮すると、既に生育した作物体から得ていた有機酸含量の情報を利用することも十分に可能である。
本発明に係る診断においては、診断対象の作物体のみから試料を採取して、有機酸含量測定の検査に供するのみで、それに対応する健全圃場栽培にてストックされた有機酸含量データと比較して、差異の検出を行うことが可能である。
即ち、本発明では、健全圃場での生育作物の有機酸含量のストックデータ情報の蓄積により、診断対象作物との比較用の資料、リーフレット、データベース等を作成しておくことで、健全圃場での生育作物の同時栽培を行うことなく、診断対象作物の指標値との比較を行う実施態様が可能となる。
【0049】
[生育状態の判定]
本発明に係る診断は、上記比較による実質的な差異が検出されたか否かに基づいて、生育状態の判定を行う手法である。
【0050】
ここで、「実質的な差異の有無又は差異の度合いの判定」は、データの信頼性を考慮すると、各試料につき2検体以上、好ましくは3検体以上を反復分析に供して、再現性がある場合にのみ、指標値間の差異の有無の判定をすることが望ましい。
【0051】
当該診断に用いる指標値としては、ギ酸含量、クエン酸含量、又はこれらに基づく値を用いることが検出精度の点で好適である。仮に、他成分とこれらの値が矛盾する結果となった場合、ギ酸、クエン酸、又はこれらに基づく値を採用することが好適である。
また、一成分含量での判定と二成分以上の含量の比での判定が矛盾した場合、二成分以上の含量の比を用いた判定を採用することが好適である。
【0052】
本発明に係る診断においては、「実質的な差異の有無」が検出されるか否かを判定することによって、作物体の生育状態の定性的な診断が可能となる。
i)本発明に係る生育状態の判定としては、(a)診断対象である作物体地上部の指標値と(b)健全圃場での作物体地上部の指標値との間で、実質的な差異が検出されなかった場合には、診断対象作物体は「良好である」と判定することができる。
ここで、実質的な差異が無いという判定は、統計的な有意差が無い場合にのみ指標値間の実質的な差異が無いと判定をすることが望ましい。好ましくは、平均値、標準誤差、標準偏差の算出、t検定、分散分析、多重比較、判別分析などの統計解析を行って、(a)診断対象である作物体地上部の指標値と(b)健全圃場での作物体地上部の指標値との間での有意差の存在の有無を以て、指標値間の実質的な差異が無いと判定することが好適である。
【0053】
ii)一方、(a)診断対象である作物体地上部の指標値と(b)健全圃場での作物体地上部の指標値との間で、実質的な差異が検出された場合には、診断対象作物体は「良好でない」と判定することができる。
ここで、実質的な差異が有るという判定は、統計的な有意差が有る場合にのみ指標値間の実質的な差異が有ると判定をすることが望ましい。好ましくは、平均値、標準誤差、標準偏差の算出、t検定、分散分析、多重比較、判別分析などの統計解析を行って、(a)診断対象である作物体地上部の指標値と(b)健全圃場での作物体地上部の指標値との間での有意差の存在の有無を以て、指標値間の実質的な差異が有ると判定することが好適である。
【0054】
また、本発明に係る診断においては、試料間の指標値の差異が数値化された「差異の度合いを表す値」を算出することも可能である。本発明では、当該値を算出することによって作物体の生育状態を定量的に診断することも可能となる。
具体的には、当該差異の度合いを表す値としては、(a)診断対象である作物体地上部の指標値と(b)健全圃場での作物体地上部の指標値との比を算出して使用することが可能となる。例えば、当該比の値が「1」に近い値となるほど、診断対象作物体は「良好である」と判定することが可能となる。また、本発明では、当該比に基づく値を使用することも可能である。
【0055】
以上により、本発明に係るジャガイモ作物体の診断結果は、作物体自体又は収穫物の生育状態および品質に関する付加価値等を付与する情報として、生産者及び流通業者等に有効に利用されることが期待される。
また、特に商品価値を大幅に低下させ経済的損失の大きいそうか病に対して好適な技術となることが期待される。
また、本発明に係る診断方法は、ジャガイモ塊茎病害の防除技術のスクリーニング手段として利用できることが期待される。具体的には、汚染圃場で栽培している作物体に何らかの処理を施し、健全圃場での作物体地上部の指標値に近づけば、その処理が塊茎病害防除技術として有効であると判定することが可能となる。
【0056】
2.ジャガイモ塊茎の品質評価
本発明においては、上記診断対象である作物体から得られた収穫物であるジャガイモ塊茎について、塊茎病害原因微生物からの影響に関する品質を評価することが可能となる。
【0057】
本発明に係る塊茎の品質評価方法は、上記作物体の診断方法の主要工程を利用するものであるため、生育中の作物体の地上部のみを検査試料に供するのみで実行可能な方法である。従って、塊茎の掘り起し等の重労働や収穫後の微生物検査等の煩雑な試験を行うことなく、塊茎の品質評価を可能とする方法である。
また、有機酸含量の測定に比色定量法を採用した場合、更に簡易迅速な判定評価が可能となる。
【0058】
本発明に係る塊茎の品質評価方法は、評価対象である塊茎の作物体の地上部における有機酸含量又は当該有機酸含量に基づく値を指標値とする工程を行う方法である。
その後、本発明では、前記指標値について(a)診断対象である作物体地上部からの指標値と(b)健全圃場での作物体地上部からの指標値との比較を行って、指標値間の差異の有無又は差異の度合いを判定する工程を行う方法である。
当該塊茎の品質評価法におけるこれらの工程は、上記段落1.における「診断対象である作物体地上部」の代わりに、「評価対象である塊茎の作物体地上部」を用いることを除いては、上記と同様にして行うことが可能である。
【0059】
なお、ここで「評価対象である塊茎の作物体地上部」には、塊茎形成期の作物体の地上部は勿論のこと、塊茎形成前の生育段階にある作物体についても含まれる。
従って、本発明においては、まだ塊茎をつけてない作物体地上部を検査に供することで、将来収穫予定である塊茎の品質評価を予め行うことが可能となる。特に、塊茎形成前の生育段階の作物体地上部を試料とする場合では、前記指標値としてクエン酸含量又はこれに基づく値を用いることが好適である。
【0060】
また、本発明に係る塊茎の品質評価方法では、前記判定した指標値間での実質的な差異の有無又は差異の度合いに基づいて、評価対象である塊茎の品質を判定する工程を含む方法である。当該塊茎の品質評価法における当該工程は、上記段落1.における「生育状態の判定」と同様にして行うことが可能である。
また、塊茎品質評価に関して、「良好である」又は「良好でない」等の判定は、上記段落1.における「生育状態の判定」に記載の方法と同様にして行うことが可能である。例えば、当該指標値間に実質的な差異が検出されない場合には、評価対象である塊茎の品質が「良好である」と判定することができる。また、指標値間の差異の度合いを表す値を算出して、定量的な評価を行うことも可能である。
【0061】
本発明に係る指標値又はその基礎値となる有機酸含量の変動は、圃場における塊茎病害原因微生物の量、具体的には根圏に存在する「塊茎病害原因微生物の密度」を反映した反応度合いであると推定される。また、当該有機酸含量の変動は、塊茎での病斑や病徴発現の有無に関わらずに検出される現象である。
従って、本発明に係る塊茎の品質評価法では、外観に病斑や病徴が現れていない抵抗性品種の塊茎の品質についても、病害原因微生物の影響に関する評価を行うことが可能となる。
【0062】
また、当該有機酸含量の変動は、病害抵抗性の強弱が大きく異なる品種・系統においても確認されており、ジャガイモ種において普遍的に検出される現象である。そして、上記のように当該有機酸含量の変動は、塊茎での病斑発生や病徴発現の有無に関わらずに検出される現象である。
【0063】
以上により、本発明に係るジャガイモ塊茎の評価結果は、収穫物の品質に関する付加価値等を付与する情報として、生産者及び流通業者等に有効に利用されることが期待される。また、特に商品価値を大幅に低下させ経済的損失の大きいそうか病に対して好適な技術となることが期待される。
【実施例】
【0064】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の範囲はこれらにより限定されるものではない。
【0065】
[実施例1]『健全圃場及びそうか病菌汚染圃場における栽培試験』
健全圃場及びそうか病菌汚染圃場のそれぞれにおいて、そうか病抵抗性が公知であるジャガイモ品種・系統の栽培試験を行った。
なお、本実施例に係る栽培試験の健全圃場とは、前回抵抗性が弱い品種を栽培した場合において、ジャガイモ塊茎でのそうか病の病イモ率が1割を超えなかった圃場である。また、そうか病菌汚染圃場とは、前回抵抗性が弱い品種を栽培した場合において、ジャガイモ塊茎での病徴発生が3割以上となった圃場である。
【0066】
そうか病に対する病害抵抗性が公知であるジャガイモ8品種・系統を、平成26年5月上旬から北海道芽室町の健全圃場及びそうか病菌汚染圃場において栽培した。
塊茎形成前の段階である同年6月中旬(6月17日)と塊茎形成初期の段階である同年7月上旬(7月9日)に、各品種・系統3株から主茎上部に位置する複葉(
図2参照)を採取した。そして、同年10月上旬に塊茎収穫を行った。なお、汚染圃場にて収穫した塊茎については、病イモ率及び罹病度を算出した。
ここで、「病イモ率」は、収穫した塊茎個数に対する病徴が発現した塊茎の割合を算出して示した。また、「罹病度」は、収穫した塊茎の全体表面積に対する病徴が発現した部位の被度の割合を算出して示した。結果を表1に示した。
また、そうか病抵抗性が弱い品種である男爵薯、及び、当該抵抗性が強い品種であるユキラシャについて、汚染圃場での栽培後に収穫した塊茎の外形を撮影した写真像を
図1に示した。
なお、健全圃場で収穫した塊茎については、そうか病の発症が軽微であったため、病イモ率及び罹病度の算出を省略した。
【0067】
【表1】
【0068】
[実施例2]『変動代謝化合物の同定』
健全圃場及びそうか病菌汚染圃場のそれぞれで栽培したジャガイモ作物体間において、検出可能な代謝化合物含量の差異を探索し、作物植物体の生育状態と関連する指標マーカーとなる代謝化合物の同定を行った。
【0069】
(1)
1H−NMRスペクトル分析
実施例1にて平成26年7月上旬に採取した男爵薯の複葉(3株)の凍結乾燥物について、微粉砕後10.0mgを採取し、緩衝液700μLを加えて5分間、90℃で振とう抽出した。ここで、緩衝液としては、重水90.0mL、1M K
2HPO
4重水溶液6.15mL、1M KH
2PO
4重水溶液3.85mL、3−(トリメチルシリル)−1−プロパンスルホン酸ナトリウム21.8mgからなる緩衝液を用いた。
遠心分離して得られた上澄みをNMR試料管にいれ、温度298Kにて、Bruker社製AVANCE500(クライオプローブ,Dual,13C{1H},z−gradient)を用いて
1H−NMRスペクトルを分析測定した。分析フローを示す模式図を
図2に示した。
【0070】
(2)変動代謝物の同定
上記得られた男爵薯(3株)の
1H−NMRスペクトル領域の面積について、健全圃場及びそうか病菌汚染圃場のそれぞれで栽培したジャガイモ作物間でのPLS判別分析を行い、VIPスコア及びローディングプロットを解析した。
【0071】
その結果、健全圃場及びそうか病菌汚染圃場のそれぞれで栽培したジャガイモ作物体間において、
1H−NMRスペクトル上での差異が識別できることが示された。
具体的に、識別寄与の大きいスペクトル領域を詳細に解析した結果、代謝化合物を示すNMRシグナルのうち、L-リンゴ酸(4.30ppm)及びギ酸(8.46ppm)に該当するシグナルは、健全圃場に比べてそうか病菌汚染圃場では増加する傾向があることが示された。
一方、クエン酸(2.54ppm)及びクロロゲン酸類(7.22ppm)に該当するシグナルは、健全圃場に比べてそうか病菌汚染圃場では減少する傾向があることが示された。
これらの結果から、作物体複葉における有機酸代謝化合物を指標とすることによって、土壌病原菌による作物体への影響が検出可能であることが示された。
【0072】
[実施例3]『抵抗性の強弱の異なる品種・系統での適用性』
上記有機酸含量を指標とする手法が、抵抗性の強弱が異なる品種・系統間で適用可能かを検討した。
【0073】
実施例1にて平成26年7月上旬に採取した8品種・系統それぞれの複葉(3株)の凍結乾燥物について、実施例2に記載の方法と同様にして、
1H−NMRスペクトルを測定した。
得られたスペクトルについて、ギ酸(8.46ppm)及びクエン酸(2.54ppm)に該当するNMRシグナルの面積値を求め、内部標準化合物として添加した3−(トリメチルシリル)−1−プロパンスルホン酸ナトリウム(終濃度1mM)のシグナル面積との相対値を算出した。当該解析は3株反復して行った。得られた有機酸含量を示す値は、複葉中の各有機酸含量を示す値として、
図3及び
図4に示した。
【0074】
その結果、試験に供した8品種・系統の全てにおいて、複葉中のギ酸含量は健全圃場に比べてそうか病菌汚染圃場では増加する傾向があることが示された(
図3)。
一方、クエン酸含量については、試験に供した8品種・系統の全てにおいて、健全圃場に比べてそうか病菌汚染圃場では減少する傾向があることが示された(
図4)。
【0075】
これらの有機酸含量の変動は、各品種・系統が固有に有するそうか病抵抗性の強弱(表1)とは関係なく試験に供した全ての品種・系統にて発揮される現象であった。この結果から、土壌病原菌による作物体への影響を複葉の有機酸含量を指標として検出する手法は、ジャガイモ(Solanum tuberosum)の種全体に普遍的に適用可能な手法であることが示唆された。
また、当該有機酸含量の変動は、病イモ率及び罹病度の値(表1)とも関係なく発揮されることから、塊茎の外形に病徴が現れない場合であっても指標として使用可能であることが示された。
【0076】
[実施例4]『簡易測定法による検出』
上記有機酸含量の変動を指標とする手法が、比色定量を原理とする簡易測定法にて検出した場合においても適用可能かを検討した。
【0077】
実施例1にて平成26年7月上旬に採取した男爵薯複葉(3株)を凍結乾燥し、微粉砕後、10.0mgを採取し、水1mLを加えて5分間、90℃で振とう抽出し、遠心分離して得られた上澄みを試料液とした。
【0078】
リンゴ酸の定量は、ロシュ・ダイアグノスティックス社が製造するリンゴ酸定量キット(F−キットL-リンゴ酸)を用いて、当該キットに付属の推奨プロトコール(特開2014−003909号公報の実施例3に記載の手順)に従い、所定の酵素群を用いた反応生成物(NADH)の吸光度の測定値を用いて定量した。なお、ここでの測定対象は、L−リンゴ酸である。結果を
図6(A)に示した。
【0079】
また、クロロゲン酸類の定量については、本発明者らがUVを用いた簡易定量法を新規に確立して定量を行った。なお、ここで本発明者らがUV簡易定量法(
図5(A))の実験系を確立した理由は、従来技術であるクロロゲン酸類の簡易定量法としては亜硝酸ナトリウム法(
図5(B))が知られていたところ、当該方法で必須の試薬である亜硝酸ナトリウムは、毒物及び劇物取締法で劇物に指定されているため取扱いが容易でないためである。
なお、当該測定対象は、クロロゲン酸異性体の化合物群(5−CQA、4−CQA、及び3−CQAの総量)である。結果を
図6(B)に示した。
【0080】
その結果、簡易測定法にて有機酸含量を定量した場合であっても、複葉中のL-リンゴ酸含量は健全圃場に比べてそうか病菌汚染圃場では増加する傾向があることが示された(
図6(A))。一方、クロロゲン酸類含量については、健全圃場に比べてそうか病菌汚染圃場では減少する傾向があることが示された(
図6(B))。
これらの結果から、NMR分析等の高度な解析を行うことなく、簡易な比色定量法によっても、健全圃場及びそうか病菌汚染圃場のそれぞれで栽培したジャガイモ作物体間での差異を検出可能なことが示された。
なお、L-リンゴ酸及びクロロゲン酸類の比色定量に要する時間は、1試料あたり、L-リンゴ酸は十数分程度、クロロゲン酸類は2分程度という短時間であり迅速な測定が可能であった。
【0081】
[実施例5]『二成分含量比を用いた解析』
より精度の高い差異の検出を行うため、増加変動を示す有機酸と減少変動を示す有機酸の二成分の含量比を指標とした差異の検出を行った。
【0082】
(1)クエン酸含量/ギ酸含量比
実施例3にて得られたクエン酸含量及びギ酸含量を示す値について、クエン酸含量/ギ酸含量の比を算出した。結果を
図7に示した。
その結果、健全圃場及びそうか病菌汚染圃場のそれぞれで栽培したジャガイモ作物体間において、クエン酸含量(汚染圃場では減少変動を示す有機酸含量)に対するギ酸含量(汚染圃場では増加変動を示す有機酸含量)との比を算出することによって、各単独成分を指標とする場合よりも差異の検出精度が大幅に向上することが示された。
【0083】
この結果から、「汚染圃場では減少変動を示す有機酸含量」に対して「汚染圃場では増加変動を示す有機酸含量」の比を算出することによって、汚染圃場での減少変動が増幅された値として精度良く検出できることが示された。
【0084】
(2)リンゴ酸含量/クロロゲン酸類含量比
実施例4にて得られたリンゴ酸含量及びクロロゲン酸類含量を示す値について、リンゴ酸含量/クロロゲン酸類含量の比を算出した。結果を
図8に示した。
その結果、健全圃場及びそうか病菌汚染圃場のそれぞれで栽培したジャガイモ作物体間において、リンゴ酸含量(汚染圃場では増加変動を示す有機酸含量)に対するクロロゲン酸類含量(汚染圃場では減少変動を示す有機酸含量)との比を算出することによって、各単独成分を指標とする場合よりも差異の検出精度が大幅に向上することが示された。
【0085】
この結果から、「汚染圃場では増加変動を示す有機酸含量」に対して「汚染圃場では減少変動を示す有機酸含量」の比を算出することによって、汚染圃場での増加変動が増幅された値として精度良く検出できることが示された。
【0086】
[実施例6]『塊茎形成前の作物体診断および塊茎品質評価』
上記有機酸含量を指標とする手法によって、塊茎が形成される前の作物体複葉を試料として供した場合の、作物体の生育状態および収穫予定のジャガイモ塊茎の品質評価が可能であるかを検討した。
【0087】
実施例1にて平成26年6月中旬に採取した8品種・系統それぞれの複葉の凍結乾燥物について、実施例2に記載の方法と同様にして、
1H−NMRスペクトルを測定した。
得られたスペクトルについて、クエン酸(2.54ppm)に該当するNMRシグナルの面積値を求め、内部標準化合物として添加した3−(トリメチルシリル)−1−プロパンスルホン酸ナトリウム(終濃度1mM)のシグナル面積との相対値を算出した。得られたクエン酸含量を示す値は、複葉中のクエン酸含量を示す値として、
図9に示した。
【0088】
その結果、塊茎形成前に採取した複葉を試験に供した場合であっても、8品種・系統の全てにおいて複葉中のクエン酸含量は健全圃場に比べてそうか病菌汚染圃場では減少する傾向があることが示された。
この結果から、塊茎形成前の作物体を試料に供した場合であっても、複葉における有機酸代謝化合物の変動を検出することで、塊茎病害原因微生物による作物体への影響が検出可能であることが示唆された。また、品種・系統の違いによる病害抵抗性の強弱に関わらず、有機酸変動による差異の検出が可能であることが確認された。
当該結果は、塊茎が未だ形成されていない作物体地上部の有機酸含量を測定することによって、将来収穫予定の塊茎品質評価が可能となることを示す結果である。