特許第6571373号(P6571373)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6571373細胞膜剥離装置、剥離方法、および観察方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6571373
(24)【登録日】2019年8月16日
(45)【発行日】2019年9月4日
(54)【発明の名称】細胞膜剥離装置、剥離方法、および観察方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/33 20060101AFI20190826BHJP
   G01N 1/28 20060101ALI20190826BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20190826BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20190826BHJP
【FI】
   C12M1/33ZNM
   G01N1/28 J
   G01N1/28 P
   G01N1/28 F
   C12M1/34 B
   C12Q1/02
【請求項の数】12
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-83841(P2015-83841)
(22)【出願日】2015年4月16日
(65)【公開番号】特開2016-202021(P2016-202021A)
(43)【公開日】2016年12月8日
【審査請求日】2018年3月15日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成24年度、独立行政法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラム「生細胞ナノ空間構造解析用Cryo−FLM−in lens−S(T)EMの開発」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテクノロジーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100105463
【弁理士】
【氏名又は名称】関谷 三男
(74)【代理人】
【識別番号】100102576
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 敏章
(72)【発明者】
【氏名】臼倉 治郎
(72)【発明者】
【氏名】砂押 毅志
(72)【発明者】
【氏名】二村 和孝
【審査官】 木原 啓一郎
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第1990/014170(WO,A1)
【文献】 顕微鏡,2012年,Vol. 47, No. 1,pp. 38-43
【文献】 Traffic,2000年,Vol. 1,pp. 545-552
【文献】 Microsc. Microanal.,2014年,Vol. 20, Suppl. 3,pp. 1226-1227
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M
B06B
C12Q
G01N 1/00−1/44
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
超音波により細胞試料の細胞膜を剥離する細胞膜剥離装置であって、
前記細胞膜剥離装置は、ホーンを取り付けた振動素子を有する超音波発振器を備え、
前記ホーンは、柱形状を有する柱型先端部を備え、
前記柱型先端部の端面には、前記端面から窪むように形成された凹部が設けられており、
前記細胞膜剥離装置はさらに、前記振動素子に対して3W以下の交流電力を供給する超音波発生器を備え、
前記振動素子は、前記交流電力を機械振動に変換することによって前記ホーンから超音波振動を発生させ、
前記ホーンは、前記超音波振動によって液体中でキャビテーションを発生させ、前記キャビテーションによって前記細胞試料の前記細胞膜を剥離させる
ことを特徴とする細胞膜剥離装置。
【請求項2】
前記凹部は、前記端面上に設けられた溝として形成されている
ことを特徴とする請求項1記載の細胞膜剥離装置。
【請求項3】
前記端面は、前記溝に加えて切り欠き部分を有する
ことを特徴とする請求項2記載の細胞膜剥離装置。
【請求項4】
前記端面は、前記溝と直交する方向に形成された第2溝を有する
ことを特徴とする請求項2記載の細胞膜剥離装置。
【請求項5】
前記柱型先端部の直径は4mm以下である
ことを特徴とする請求項1記載の細胞膜剥離装置。
【請求項6】
前記細胞膜剥離装置はさらに、
前記細胞試料を観察する光学顕微鏡、
前記細胞試料を浸漬する液体を収容する容器を支持する試料台、
前記光学顕微鏡が観察する位置を照射するライト、
を備えることを特徴とする請求項1記載の細胞膜剥離装置。
【請求項7】
前記細胞膜剥離装置はさらに、3軸方向に前記ホーンを移動させ、前記ホーンを傾斜させ、および前記ホーンを中心軸周りで回転させる、ホーン駆動機構を備える
ことを特徴とする請求項6記載の細胞膜剥離装置。
【請求項8】
前記細胞膜剥離装置はさらに、3軸方向に前記ライトを移動させ、および前記ライトを傾斜させる、ライト駆動機構を備える
ことを特徴とする請求項6記載の細胞膜剥離装置。
【請求項9】
超音波により細胞試料の細胞膜を剥離する剥離方法であって、
柱形状を有する柱型先端部を備え、当該柱型先端部の端面に、当該端面から窪むように形成された凹部が設けられているホーンを、前記細胞試料が浸漬されている液体に浸し、超音波発振器の振動素子から振動を発振することによりキャビテーションを発生させて、当該キャビテーションにより前記細胞膜を剥離し、
前記振動素子は、3W以下の交流電力を受け取り、前記交流電力を機械振動に変換することによって前記ホーンから超音波振動を発生させ、
前記ホーンは、前記超音波振動によって前記液体中で前記キャビテーションを発生させる
ことを特徴とする剥離方法。
【請求項10】
細胞試料を観察する観察方法であって、
透過型電子顕微鏡を用いた試料観察において用いるグリッド上に前記細胞試料を載置し、
柱形状を有する柱型先端部を備え、当該柱型先端部の端面に、当該端面から窪むように形成された凹部が設けられているホーンを、前記グリッドが浸漬されている液体に浸し、超音波発振器の振動素子から振動を発振することによりキャビテーションを発生させて、当該キャビテーションにより前記細胞試料の細胞膜を剥離し、
前記細胞膜を剥離した前記細胞試料を前記グリッド上で凍結させ、
前記グリッド上で前記細胞試料を前記透過型電子顕微鏡により観察し、
前記振動素子は、3W以下の交流電力を受け取り、前記交流電力を機械振動に変換することによって前記ホーンから超音波振動を発生させ、
前記ホーンは、前記超音波振動によって前記液体中で前記キャビテーションを発生させる
ことを特徴とする観察方法。
【請求項11】
細胞試料を観察する観察方法であって、
柱形状を有する柱型先端部を備え、当該柱型先端部の端面に、当該端面から窪むように形成された凹部が設けられているホーンを、前記細胞試料が浸漬されている液体に浸し、超音波発振器の振動素子から振動を発振することによりキャビテーションを発生させて、当該キャビテーションにより前記細胞試料の細胞膜を剥離し、
前記細胞膜を剥離した前記細胞試料を凍結させた後に氷を除去し、
前記細胞試料の表面に金属膜を蒸着し、
前記細胞試料から前記金属膜を剥がして前記金属膜を顕微鏡により観察し、
前記振動素子は、3W以下の交流電力を受け取り、前記交流電力を機械振動に変換することによって前記ホーンから超音波振動を発生させ、
前記ホーンは、前記超音波振動によって前記液体中で前記キャビテーションを発生させる
ことを特徴とする観察方法。
【請求項12】
前記観察方法はさらに、
蛍光顕微鏡を用いて前記細胞試料を観察し、
前記観察により得られた観察像と、前記蛍光顕微鏡を用いて前記細胞試料を観察することにより得られた観察像とを比較する
ことを特徴とする請求項10または11記載の観察方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞試料の細胞膜を剥離する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、顕微鏡の発展にともない、生物学の研究において多様な構造解析が実施されている。光学顕微鏡に関しては、共焦点レーザ顕微鏡、蛍光顕微鏡などを用いた生細胞イメージングにより、機能変化や分子間化学反応を観察することができる。電子顕微鏡は分子・原子レベルの解像度を有するため、細胞の微細構造を観察することができる。さらに、トモグラフィー法(電子顕微鏡内で試料を傾斜させ、あらゆる角度から像を撮影し、それらの像から本来の3次元像を復元する)は、構造の空間配置を可視化することができる。クライオ技法を用いることにより、より生細胞に近い状態で構造を高分解能で観察することができる。
【0003】
上記各手法と平行して、様々な観察目的に応じた試料作製(前処理)法が考案されている。例えば、タンパク質は細胞内で必要な時、合目的に複合体を形成し、多様な機能を発揮する。そのためタンパク質は、機能ドメイン、運動、情報伝達など多くの重要な機能と密接に関与していると考えられている。タンパク質は細胞膜の細胞質側の表面に密着して存在するため、細胞骨格や種々のタンパク質からなる空間的広がりを持った膜の裏打ち構造を、超微構造レベルで観察することにより、機能構造の解明が期待できる。
【0004】
しかし、細胞内を埋める細胞骨格や可溶性タンパク質により、細胞膜の裏側は断片的にしか見ることができない。膜細胞骨格を広視野で調べるためには細胞質内を埋めている余分な細胞質を除かなければならない.このため細胞膜とその膜細胞骨格を残して細胞質の大半を除く細胞膜剥離法(unroofing)が考案された。
【0005】
非特許文献1には、近年用いられている2つの細胞膜剥離法が記載されている。一方は、市販の超音波ホモジナイザー(細胞破砕機)によるキャビテーション効果によって細胞を破壊させ、ventral(腹)側の細胞膜裏打ち構造を残す方法である。もう一方は、接着性を高めたガラスなどを細胞の表面に軽く圧着し、apical(背)側の膜をその裏打ち構造とともに剥がす方法である。
【0006】
前者の方法は、細胞試料を浸漬している液中に先端径が約2〜4mmの小さなプローブを入れ、試料に対して超音波を0.5〜3秒ほど照射する。キャビテーションは、液体に超音波振動を照射することにより、圧力の高い領域と圧力の低い領域とが周期的に発生し、圧力の低い領域において瞬間的に空洞が生じる現象である。キャビテーションにより生じた空洞が圧力の高い領域において圧縮消滅し、非常に強い衝撃波となり周囲に大きな圧力を及ぼす。この物理的衝撃が洗浄、乳化、分散、破砕などの作用を生む。細胞膜剥離においてこれを用いる場合は、キャビテーションによって発生した空洞(気泡)を直接細胞に当てることにより細胞膜を破りとる。超音波を使用するため、可溶性タンパク質の大半を洗い流すのでクラスリン被覆などの膜に密着した構造を明瞭に観察できる。また、後者の方法に比べ再現性が良いのが特徴である。
【0007】
細胞膜剥離法によって、細胞膜の細胞質側表面を立体的に観察することができるようになり、生化学的事象を形態的に検証できるようになった。現在も、本手法を応用した解析手法が検討されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】臼倉治郎、“よくわかる生物電子顕微鏡技術”、共立出版
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
近年、顕微鏡技術の発展にともない、試料作製技術の高精度化がますます求められている。上記細胞膜剥離技術は、膜細胞骨格やタンパク質からなる空間的広がりを持った構造を観察するための必要不可欠な前処理法である。そこで、本願発明者が、更に高精度かつ容易に細胞膜を剥離することについて鋭意検討した結果、次の知見を得るに至った。
【0010】
超音波発振器の出力が高い場合、超音波振動による圧力差が増大することにより、キャビテーションが増加する。また、超音波振動による総エネルギーが高くなり、細胞膜の局所的な剥離だけでなく、細胞そのものが強く破壊され、基質から脱落する。
【0011】
しかし、市販の超音波ホモジナイザーは、強力な超音波振動が望ましい細胞破砕や乳化分散などを目的としているため、装置の出力条件を最小としても、細胞膜を剥離するには強すぎる場合が多かった。
【0012】
そこで、本願発明者は、低出力側で細かく出力条件を調整できるように、市販の超音波ホモジナイザーを改造したが、低出力にしすぎるとキャビテーションは発生しなかった。また、発生したとしても、キャビテーションが発生する位置や方向がバラバラであった。この場合、細胞膜が剥離されず、標的構造物である細胞膜の裏打ち構造が観察できなった。
【0013】
なお、非特許文献1には、超音波発振器の出力、キャビテーション発生用ホーンの先端(プローブ)形状などの具体的な技術情報は開示されていない。
【0014】
本発明の目的は、上記のような課題に鑑みてなされたものであり、細胞膜剥離に最適なキャビテーションを、高精度にかつ容易に細胞試料に対して照射することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、超音波発振器の振動素子に取り付けるホーンの端面に、端面から窪むように形成された凹部が設けられていることに関する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、超音波発振器の出力が低くとも、振動素子に取り付けたホーン先端の振動による圧力変化が大きくなり、低出力条件下でも所望のキャビテーションが発生する。細胞膜剥離に適したキャビテーションを発生させることができるため、高精度かつ容易に細胞試料に対してキャビテーションを照射させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施形態1に係る細胞膜剥離装置100の構成図である。
図2】ホーン103の側面図である。
図3】ホーン先端部1031の端面を示す斜視図である。
図4】ホーン103の別形状例を示す側面図である。
図5】ホーン先端部1031の端面の別構成例を示す斜視図である。
図6】ホーン先端部1031の端面の別構成例を示す斜視図である。
図7】実施形態2に係る細胞膜剥離装置100の構成を示す側面図である。
図8】ホーン駆動部603の詳細構造を示す図である。
図9】実施形態1〜2で説明した細胞膜剥離装置100を用いて細胞試料を観察する手順を説明するフローチャートである。
図10】実施形態1〜2で説明した細胞膜剥離装置100を用いて細胞試料の細胞膜を剥離し、さらにCLEM法を組み合わせた構造解析手順のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<本発明の基本的な考え方>
先に説明したように、超音波発振器の出力が高いと液中の圧力差が大きくなり、キャビテーションが発生させるエネルギーも大きくなるので、細胞に対して過大なエネルギーが加えられて細胞そのものが破壊される恐れがある。他方で超音波発振器の出力が低いと液中の圧力差が小さすぎてキャビテーションが発生しない。これらのバランスを取るためには、熟練した作業者が試行錯誤を繰り返す必要があり、効率的な観察作業を実施する妨げになっている。
【0019】
本発明者等は、振動素子に取り付けるホーン(先端部分を液中に浸す部材)の端面に後述するV型溝などの凹部を設けることにより、超音波発振器の出力が低く液中に対して加えられるエネルギーが相対的に小さい場合であっても、細胞膜剥離に適したキャビテーションを良好に発生させ得ることを見出した。以下ではまず同知見に基づくホーンの形状等について説明し、次にこれを用いて細胞試料を観察する具体的構成について説明する。
【0020】
<実施の形態1>
図1は、本発明の実施形態1に係る細胞膜剥離装置100の構成図である。細胞膜剥離装置100は、細胞試料の細胞膜を剥離させる装置であり、超音波発生器101、振動素子102、ホーン103を備える。超音波発生器101と振動素子102は、電気的に接続されている。振動素子102とホーン103は、結合部104においてネジ結合、ろう接、半田付けなどによって密着される。
【0021】
細胞試料の細胞膜を剥離させる際には、試料容器105内に液体を満たして細胞試料を浸漬し、その液中にホーン103の先端を浸して、超音波発生器101より高周波電力を出力する。高周波電力は振動素子102により機械振動に変換され、この機械振動によりホーン103から微小な超音波振動を発生させる。この超音波振動が液中でキャビテーションを発生させ、細胞膜を剥離する。
【0022】
図2は、ホーン103の側面図である。ホーン103は、例えば超音波振動の伝搬効率が良いチタン合金によって構成されている。ホーン103は、ホーン先端部1031から結合部104にかけて末広がりの円筒形状(長さ100mm)を有している。結合部104のサイズは、直径(以下φと略す)16mm、長さ10mmである。
【0023】
図3は、ホーン先端部1031の端面を示す斜視図である。ホーン先端部1031はφ4.0mm以下(例えばφ2.5mm)の円柱状に形成されている。ホーン先端部1031の端面中央には例えば幅0.5mmのV型溝1032が形成されている。ホーン先端部1031の端面にV型溝1032などの凹部を設けることにより、ホーン103が振動した際の圧力変化を高めることができると考えられる。これにより、振動素子102に対して印加する電力(超音波発生器101の出力)が小さい場合であっても、キャビテーションを発生させることができる。実験の結果、上記材質および寸法のホーン103を用いた場合、超音波発生器101の出力が3Wであってもキャビテーションを良好に発生させることができた。
【0024】
図4は、ホーン103の別形状例を示す側面図である。図4に示す形状例において、結合部104はφ15mm、長さ20mmである。ホーン先端部1031は2段で構成されている。上段(結合部104に近い側)は長さ410mm、φ40mmである。下段(端面を有している側)は長さ430mm、φ2.5mmである。
【0025】
図5は、ホーン先端部1031の端面の別構成例を示す斜視図である。ホーン先端部1031の端面には、図3で説明したV型溝1032に加えて、端面上のV型溝1032とは別の箇所に形成した切り欠き1033を設けることもできる。
【0026】
図6は、ホーン先端部1031の端面の別構成例を示す斜視図である。ホーン先端部1031の端面には、図3で説明したV型溝1032に加えて、V型溝1032と略直交するように形成された第2溝1034を設けることもできる。
【0027】
<実施の形態1:まとめ>
以上のように、本実施形態1に係る細胞膜剥離装置100は、端面にV型溝1032などの凹部を形成したホーン103を備える。この構成により、超音波発生器101から振動素子102に対して加える出力が小さい(例えば3W)場合であっても、細胞膜剥離に適したキャビテーションを良好に発生させることができる。これにより、作業者が熟練していなくとも良質な細胞試料を容易に作製することができる。
【0028】
本実施形態1においては、ホーン先端部1031の全体形状および端面の構成例について、図2図6で説明した。ホーン先端部1031のこれら形状および端面形状のいずれの組み合わせにおいても、超音波発生器101の出力が3Wであってもキャビテーションを良好に発生させることができた。凹部の形状は必ずしもこれらに限るものではなく、低出力(例えば3W)であってもキャビテーションを効率良く発生させることができればその他形状でもよい。もっとも、加工の容易性などの観点からは、図3で説明したV型溝1032が好適であると思われる。
【0029】
<実施の形態2>
図7は、本発明の実施形態2に係る細胞膜剥離装置100の構成を示す側面図である。図7において、光学顕微鏡600の下方に試料台601が配置され、その上に試料容器105が載置される。試料容器105としては、生物試料の場合であればシャーレなどが用いられる。光学顕微鏡600と試料台601の間には、ホーン103、観察位置を照射するためのライト602が配置されている。
【0030】
ホーン駆動部603は、ホーン103の位置、傾斜、回転を制御する。これにより、様々な形状の試料容器105内において、キャビテーションを所望の位置で発生させることができる。超音波発生器101は、3W以下の出力を段階的に出力することができる。これにより各試料に応じた出力を選択できる。
【0031】
ライト602は、光ファイバなどの光伝達配線によって光源604と接続され、光源604より光を取り入れる。ライト駆動部605は、ライト602の位置と傾斜を制御することにより、ホーン103から発生したキャビテーションが光学顕微鏡600から見えやすくなる位置にライト602の照射位置を調整する。
【0032】
制御装置606は、超音波発生器101、ライト602、ホーン駆動部603、光源604、ライト駆動部605を制御する。制御装置606はコンピュータ607に接続されており、コンピュータ607からの指示にしたがって各部を制御する。
【0033】
コンピュータ607は、装置の操作画面(Graphical User Interface:GUI)を表示するディスプレイ607a、キーボードやマウス等の入力装置607bを備える。コンピュータ607、制御装置606、各構成部は、各々通信線により接続されている。
【0034】
図7において、制御装置606は、超音波発生器101、ライト602、ホーン駆動部603、光源604、ライト駆動部605と接続されているが、この接続形態は1例に過ぎず、通信用の配線などの種々の変形例も本発明に含まれるものとする。また、操作者が各構成部を手動で動かすための機構を設けることもできる。
【0035】
操作者は、光学顕微鏡600を用いて試料容器105内の試料像を観察し、ピンセットなどで細胞が培養された被検体(例えばガラス基板やグリッドメッシュなど)をつまみ、細胞部にキャビテーションを当てる。光学顕微鏡600の上部にカメラを取り付け、カメラとコンピュータ607を接続し、観察像をディスプレイ607aに表示しながら作業してもよい。キャビテーション発生・停止の指示や出力調整は、入力装置607bを介して実施する。ボタンやフッドペダルを超音波発生器101と接続し、操作者の指や足などによってキャビテーション発生・停止を指示することもできる。
【0036】
図8は、ホーン駆動部603の詳細構造を示す図である。ここではホーン103の端面側から見た図を示す。ホーン103は、円筒状の回転機構702の中空部分に固定ネジ701によって固定される。回転機構702は、回転機構固定部703と接合されている。回転機構702は±180度回転することができる。ホーン先端部1031の端面に設けられているV型溝1032などの凹部の向きによっては、ホーン103からキャビテーションが発生する向きが異なる場合がある。回転機構702がホーン103を回転させることにより、キャビテーションを任意の向きで試料に対して照射することができる。
【0037】
回転機構固定部703は、傾斜機構704と接合されている。傾斜機構704は、回転機構固定部703を±90度傾斜させることができる。傾斜機構704は、Z軸駆動部705と接合されている。Z軸駆動部705は、Z軸レール706に沿って移動して傾斜機構704の高さを調整することができる。Z軸レール706は、Y軸駆動部707と接合されている。Y軸駆動部707は、Y軸レール708に沿って移動する。Y軸レール708は、X軸駆動部709と接合されている。X軸駆動部709は、X軸レール710に沿って移動する。XYZ各軸のレールは、例えば装置ステージや光学顕微鏡支持部などに固定されている。
【0038】
<実施の形態2:まとめ>
キャビテーションを発生させる装置とその操作作業を実施するための空間は比較的大きいため、光学顕微鏡600の直下でこれら作業を実施することは困難である。従来の細胞膜剥離法においてはこれを克服するため、試料像をミラーによりいったん反射させ、その試料像を光学顕微鏡で観察しながら作業する必要がある。したがって操作者は、ミラー像を見ながら作業をしなければならないので、操作が難しい。本実施形態2によれば、ホーン103の位置、角度、回転を自由に調整することができるので、ホーン103を光学顕微鏡600の直下に配置して作業を実施することができる。これにより操作者が作業に熟練していなくとも、効率的に観察作業を実施することができる。また様々な形状の試料に対してキャビテーションを照射することができる。
【0039】
本実施形態2において、ライト駆動部605によりライト602の位置や角度を自由に調整することができるので、光学顕微鏡600を介してキャビテーションが見やすい角度から光を照射することができる。これにより、様々な角度から発生するキャビテーションに対して高コントラストな観察を実施できる。
【0040】
<実施の形態3>
図9は、実施形態1〜2で説明した細胞膜剥離装置100を用いて細胞試料を観察する手順を説明するフローチャートである。細胞膜剥離法は一般に、培養細胞試料に対して用いられる。以下図9の各ステップについて説明する。
【0041】
図9:ステップS801)
作業者は、培養液を洗浄し、培養細胞をシャーレなどに入れた緩衝液中に浸す。本作業は、細胞膜剥離装置100の試料台601上で実施する。作業者は、緩衝液の入った試料容器105を光学顕微鏡600下に移動させ、ホーン先端部1031を緩衝液内に入れる。作業者は、培養細胞が付いたガラス基板やグリッドメッシュをピンセットでつかみ、光学顕微鏡600で確認しながら、細胞とホーン先端部1031の位置関係を決めてキャビテーションを発生させ、細胞に対して照射する。
【0042】
図9:ステップS802〜S803)
作業者は、細胞試料の細胞膜を剥離した後に光学顕微鏡600を用いて膜剥離の程度を確認する(S802)。膜剥離が不十分であればステップS801に戻って再度膜剥離を実施し、膜剥離が十分であればステップS804へ進む(S803)。
【0043】
図9:ステップS804〜S805)
細胞膜剥離法を用いて細胞膜を剥離した後に構造を観察する試料を作製する手法(S804)、およびその観察手法(S805)について、以下に例を挙げる。
【0044】
図9:ステップS804〜S805:フリーズエッチングレプリカ法)
例えば、細胞膜の細胞質側表面におけるタンパク質の空間的な分子構築、とりわけ表在性膜タンパク質の細胞質側表面上での分布や、細胞骨格の3次元的解析を実施する場合は、フリーズエッチングレプリカ法を用いる。本手法においては、細胞膜を剥離した試料を凍結した後に切削し、凍結により生成された氷を数ミクロン程度昇華させる。次にその切削面に白金などの金属膜を蒸着し、これを剥がすことにより細胞表面形状のレプリカを作製し、これを適当な顕微鏡(例えば光学顕微鏡、電子顕微鏡など)により観察する。
【0045】
図9:ステップS804〜S805:免疫フリーズエッチングレプリカ法)
フリーズエッチングレプリカ法と、免疫標識法を組み合わせることにより、標的タンパク質の局在を明確に確認できる。
【0046】
図9:ステップS804〜S805:凍結法)
近年、生きている状態により近い細胞内構造を観察するために、細胞の動きを急速凍結により瞬間的に止め、氷包埋状態で観察する手法(凍結法)が活発に研究されている。本手法を用いることにより、水を含んだタンパク質分子や膜細胞骨格などの自然な状態の構造を観察できる。これら前処理(細胞を凍結させる処理)は、例えば透過型電子顕微鏡(TEM)を用いる場合、TEM観察のために用いるTEMグリッド上で実施される。TEMグリッド上で凍結された試料は、そのままTEMグリッド上でTEM観察される。その他、一般にμmオーダからサブnmオーダの観察が可能な顕微鏡(例えば走査電子顕微鏡や原子間力顕微鏡など)を用いて試料を観察してもよい。
【0047】
<実施の形態4>
光学顕微鏡を用いて細胞試料を観察する際には、免疫標識法などによって標的部分の局在を明確にする。一方で、細胞を生きたままの状態で連続的に観察し、あるいは時間変化による分子動態を観察する手法がある。例えば蛍光顕微鏡法は、目的分子だけを蛍光で光らせ、これにより細胞内局在などの分子特異的な空間情報を得る。蛍光顕微鏡法においては、標的分子に対し蛍光が付加された抗体を加える免疫染色法や、遺伝子工学的にタンパク質と蛍光タンパク質の融合タンパク質の遺伝子をつくり標識とするなどの前処理方法がある。
【0048】
近年、蛍光顕微鏡法と電子顕微鏡観察を組み合せたCorrelative Light and Electron Microscopy(CLEM)法が開発された。CLEM法は、蛍光顕微鏡で観察した場所を電子顕微鏡で観察し、2つの方法から得られた観察画像を比較して相関を取ることにより、ナノレベルの分解能で、分子特異的な局在を解析することが期待されている。そこで本発明の実施形態4は、CLEM法において細胞膜剥離処理を用いる手法について説明する。
【0049】
図10は、実施形態1〜2で説明した細胞膜剥離装置100を用いて細胞試料の細胞膜を剥離し、さらにCLEM法を組み合わせた構造解析手順のフローチャートである。以下図10の各ステップについて説明する。
【0050】
図10:ステップS901〜S902)
作業者は、培養細胞に対して免疫染色や蛍光タンパク質の組み込みなどによって蛍光標識を施す(S901)。作業者は、蛍光顕微鏡により細胞試料の観察像を得る(S902)。細胞を培養しながら観察する場合は、ステップS901〜S902を並行して実施してもよい。
【0051】
図10:ステップS801〜S805)
作業者は、実施形態3で説明したステップS801〜S805を実施する。試料作製処理にて凍結法を用いる場合には、細胞膜剥離後に試料を凍結し、蛍光顕微鏡と電子顕微鏡観察を実施してもよい。
【0052】
図10:ステップS903)
作業者は、蛍光顕微鏡像により取得した観察像と電子顕微鏡により取得した観察像を比較し、両者の間の相関を確認する。
【0053】
<本発明の変形例について>
本発明は上記した実施形態の形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。上記実施形態は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることもできる。また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることもできる。また、各実施形態の構成の一部について、他の構成を追加・削除・置換することもできる。
【符号の説明】
【0054】
100:細胞膜剥離装置、101:超音波発生器、102:振動素子、103:ホーン、1031:ホーン先端部、1032:V型溝、1033:切り欠き、1034:第2溝、104:結合部、105:試料容器、600:光学顕微鏡、601:試料台、602:ライト、603:ホーン駆動部、604:光源、605:ライト駆動部、606:制御装置、607:コンピュータ、701:固定ネジ、702:回転機構、703:回転機構固定部、704:傾斜機構、705:Z軸駆動部、706:Z軸レール、707:Y軸駆動部、708:Y軸レール、709:X軸駆動部、710:X軸レール。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10