【文献】
CENTANIN L. et al.,Cell Stem Cell, 2011, Vol.9, pp.553-562
【文献】
YAKOUBI W.E. et al.,Stem Cells, 2012, Vol.30, pp.2784-2795
【文献】
BAHRAMI S.B. et al.,Methods in Molecular Biology, 2012, Vol.916, pp.81-96
【文献】
HUANG X. et al.,,Current protocols in stem cell biology, 2010, Vol.14, pp.1F.10.1-14
【文献】
Nature, 2011, Vol.472, pp.51-56, Supplementary Information
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。
【0010】
本発明において「幹細胞」としては、例えば、複数の分化系譜の細胞に分化できる能力(多分化能)と、多分化能を維持して持続的に増殖できる能力(自己複製能)とを有する細胞であり、組織が傷害を受けたときにその組織を再生することができる細胞を挙げることができる。ここで「幹細胞」は、胚性幹細胞(ES細胞)若しくは組織幹細胞(組織性幹細胞、組織特異的幹細胞又は体性幹細胞ともいう)又は人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)であり得るが、それらに限定されない。幹細胞由来の組織細胞は、組織再生が可能なことから分かるように、生体に近い正常な細胞に分化できることが知られている。
【0011】
本発明における「組織幹細胞」としては、組織に存在し、その組織を構成する複数の分化系譜の細胞に分化できる能力(多分化能)と自己複製能とを有する細胞を挙げることができる。「組織幹細胞」は、発生過程や、細胞死、損傷組織の再生において、新しい細胞を供給する役割を持つことが知られている。
【0012】
本発明における「多能性幹細胞」としては、例えば、インビトロにおいて培養することが可能で、且つ、生体を構成するすべての細胞(三胚葉、すなわち外胚葉、中胚葉又は内胚葉由来の組織)に分化しうる能力(多能性(pluripotency))を有する幹細胞を挙げることができる。胚性幹細胞(ES細胞)も「多能性幹細胞」に含まれる。「多能性幹細胞」は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織幹細胞から得られる。体細胞に数種類の遺伝子を導入することにより、胚性幹細胞に似た多能性を人工的に持たせた細胞(人工多能性幹細胞ともいう)も「多能性幹細胞」に含まれる。多能性幹細胞は、自体公知の方法で作製することが可能である。人工多能性幹細胞の作製方法としては、例えば、Cell, 131(5) pp.861-872 (2007)、Cell, 126(4) pp.663-676 (2006)等に記載される方法を挙げることができる。
【0013】
本発明における「胚性幹細胞(ES細胞)」としては、例えば、自己複製能を有し、多分化能(特に、多能性「pluripotency」)を有する幹細胞であり、初期胚に由来する多能性幹細胞を挙げることができる。胚性幹細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。
【0014】
本発明における「人工多能性幹細胞」としては、例えば、線維芽細胞等の分化した細胞をOct3/4、Sox2、Klf4、Myc等の数種類の遺伝子の発現により直接初期化して多分化能を誘導した細胞を挙げることができる。2006年、山中らによりマウス細胞で人工多能性幹細胞が樹立された(Takahashi K, Yamanaka S.Cell. 2006, 126(4), p663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多分化能を有する(Cell, 131(5) pp.861-872 (2007); Science, 318(5858) pp.1917-1920 (2007); Nat. Biotechnol., 26(1) pp.101-106 (2008))。
【0015】
多能性幹細胞は、所定の機関より入手でき、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES−1、KhES−2及びKhES−3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。マウス胚性幹細胞であるEB5細胞は独立行政法人理化学研究所より、D3株はATCCより、それぞれ入手可能である。
多能性幹細胞は、自体公知の方法により維持培養できる。例えば、ヒト幹細胞は、Knockout
TM Serum Replacement(KSR)を用いて培養することにより維持できる。例えば、マウス幹細胞は、牛胎児血清(fetal bovine serum, FBS)、白血病阻止因子(leukemia inhibitory factor, LIF)を添加し無フィーダー下に培養することにより維持できる。
【0016】
遺伝子改変された多能性幹細胞は、例えば、相同組換え技術を用いることにより作製できる。改変される染色体上の遺伝子としては、例えば、細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子、神経系細胞の障害に基づく疾患関連遺伝子などがあげられる。染色体上の標的遺伝子の改変は、Manipulating the Mouse Embryo,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994);Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993);バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995);等に記載の方法を用いて行うことができる。
具体的には、例えば、改変する標的遺伝子(例えば、細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子や疾患関連遺伝子など)のゲノム遺伝子を単離し、単離されたゲノム遺伝子を用いて標的遺伝子を相同組換えするためのターゲッティングベクターを作製する。作製されたターゲッティングベクターを幹細胞に導入し、標的遺伝子とターゲッティングベクターの間で相同組換えを起こした細胞を選択することにより、染色体上の遺伝子が改変された幹細胞を作製することができる。
【0017】
標的遺伝子のゲノム遺伝子を単離する方法としては、Molecular Cloning,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)やCurrent Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons(1987−1997)等に記載された公知の方法があげられる。ゲノムDNAライブラリースクリーニングシステム(Genome Systems製)やUniversal GenomeWalker Kits(CLONTECH製)などを用いることにより、標的遺伝子のゲノム遺伝子を単離することもできる。
標的遺伝子を相同組換えするためのターゲッティングベクターの作製、及び相同組換え体の効率的な選別は、Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993);バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995);等に記載の方法にしたがって行うことができる。ターゲッティングベクターは、リプレースメント型又はインサーション型のいずれでも用いることができる。選別方法としては、ポジティブ選択、プロモーター選択、ネガティブ選択、又はポリA選択などの方法を用いることができる。
選別した細胞株の中から目的とする相同組換え体を選択する方法としては、ゲノムDNAに対するサザンハイブリダイゼーション法やPCR法等があげられる。
【0018】
本発明における「凝集体」としては、培地中に分散していた細胞が集合して形成した塊を挙げることができ、本発明における「凝集体」には、浮遊培養開始時に分散していた細胞が形成した凝集体と浮遊培養開始時に既に形成されていた凝集体とが含まれる。
「凝集体を形成させる」とは、細胞を集合させて細胞の塊を形成させることをいう。幹細胞の凝集体を形成させる際には、分散した幹細胞を自然に凝集させてもよい。一定数の分散した幹細胞を迅速に凝集させることにより質的に均一な幹細胞の凝集体を形成させてもよい。例えば、多能性幹細胞を迅速に集合させて多能性幹細胞の凝集体を形成させると、形成された凝集体から分化誘導される細胞において上皮様構造を再現性よく形成させることができる。
凝集体を形成させる実験的な操作としては、例えば、ウェルの大きい浮遊培養ディッシュに細胞を播種して自然に凝集するのを待つ方法、ウェルの小さなプレート(96穴プレート)やマイクロポアなどを用いて小さいスペースに細胞を閉じ込める方法、小さな遠心チューブを用いて短時間遠心することにより細胞を凝集させる方法などが挙げられる。
多能性幹細胞の凝集体が形成されたことや、凝集体を形成する各細胞において上皮様構造が形成されたことは、凝集体のサイズおよび細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性、分化マーカーおよび未分化マーカーの発現およびその均一性、分化マーカーの発現制御およびその同期性、分化効率の凝集体間の再現性などに基づき判断することが可能である。
【0019】
本発明における「組織」としては、例えば、形態や性質が異なる複数種類の細胞が一定のパターンで立体的に配置した構造を有する細胞集団の構造体を挙げることができる。
【0020】
本発明における「網膜組織」としては、例えば、生体網膜において各網膜層を構成する視細胞、杆体細胞、錐体細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞(または神経節細胞)、これらの前駆細胞または網膜前駆細胞等の細胞が、少なくとも複数種類、層状で立体的に配列した網膜組織等を挙げることができる。それぞれの細胞がいずれの網膜層を構成する細胞であるかについては、公知の方法、例えば、分化マーカーおよび未分化マーカーの発現有無若しくはその程度等により確認することができる。
本発明における「網膜組織」としては、例えば、網膜への分化に適した条件下で多能性幹細胞の凝集体を浮遊培養することにより当該細胞凝集体の表面に形成され得る、網膜前駆細胞又は神経網膜前駆細胞を含む上皮組織を挙げることもできる。
【0021】
本発明における「網膜層」としては、網膜を構成する各層を挙げることができ、具体的には、網膜色素上皮層、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層および内境界膜を挙げることができる。
【0022】
本発明における「網膜層特異的神経細胞」としては、網膜層を構成する細胞であって網膜層に特異的な神経細胞を挙げることができる。具体的な網膜層特異的神経細胞としては、視細胞、杆体細胞、錐体細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞(または神経節細胞)、及び色素上皮細胞を挙げることができる。
【0023】
本発明における「網膜幹細胞(retinal stem cell)」としては、視細胞、杆体細胞、錐体細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞(または神経節細胞)、及び色素上皮細胞のいずれの成熟な網膜細胞にも分化しうる能力と、自己複製能とを有する細胞を挙げることができる。
【0024】
本発明における「網膜前駆細胞(retinal progenitor cell)」としては、神経網膜及び網膜色素上皮を構成するいずれの成熟な網膜細胞にも分化しうる前駆細胞を挙げることができる。
「神経網膜前駆細胞(neural retinal progenitor)」としては、眼杯(optic cup)の内層となる運命の細胞であって、神経網膜を構成するいずれの成熟な細胞にも分化しうる前駆細胞を挙げることができる。
【0025】
網膜細胞マーカーとしては、網膜前駆細胞で発現するRax及びPAX6、神経網膜前駆細胞で発現するChx10、視床下部ニューロンの前駆細胞では発現するが網膜前駆細胞では発現しないNkx2.1、視床下部神経上皮で発現し網膜では発現しないSox1、視細胞の前駆細胞で発現するCrxなどが挙げられる。網膜層特異的神経細胞のマーカーとしては、双極細胞で発現するChx10及びL7、節細胞で発現するTuJ1及びBrn3、アマクリン細胞で発現するCalretinin、水平細胞で発現するCalbindin、視細胞で発現するRhodopsin及びRecoverin、色素上皮細胞で発現するRPE65及びMitf、杆体細胞で発現するNrl、錐体細胞で発現するRxr−gammaなどが挙げられる。
【0026】
本発明における「毛様体周縁部(ciliary marginal zone;CMZ)」としては、例えば、生体網膜において網膜組織(具体的には、神経網膜)と網膜色素上皮との境界領域に存在する組織であり、且つ、網膜の組織幹細胞(網膜幹細胞)を含む領域を挙げることができる。毛様体周縁部は、毛様体縁(ciliary margin)または網膜縁(retinal margin)とも呼ばれ、毛様体周縁部、毛様体縁及び網膜縁は同等の組織である。毛様体周縁部は、網膜組織への網膜前駆細胞や分化細胞の供給や網膜組織構造の維持等に重要な役割を果たしていることが知られている。毛様体周縁部のマーカー遺伝子としては、例えば、Rdh10遺伝子(陽性)及びOtx1遺伝子(陽性)を挙げることができる。
【0027】
本発明において用いられる「培地」は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製すればよい。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、F−12培地、DMEM/F−12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、又は、これらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることができる培地を挙げることができる。
【0028】
本発明における「無血清培地」としては、例えば、無調整又は未精製の血清を含まない培地を挙げることができる。本発明では、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地も、無調整又は未精製の血清を含まない限り、無血清培地に含まれる。
無血清培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2−メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、或いは、これらの均等物等を適宜含有するもの等を挙げることができる。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679等に記載される方法により調製すればよい。また血清代替物としては、市販品を利用してもよい。かかる市販の血清代替物としては、例えば、Knockout
TM Serum Replacement(Invitrogen社製:以下、KSRと記すこともある。)、Chemically Defined Lipid Concentrate(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)を挙げることができる。
浮遊培養で用いられる「無血清培地」は、例えば、脂肪酸、脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。
調製の煩雑さを回避するという観点からは、かかる無血清培地として、例えば、市販のKSRを適量(例えば、約1%から約20%)添加した無血清培地(GMEMもしくはDMEM培地に、0.1mM 2−メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸Mix、及び1mM ピルビン酸ナトリウムを添加した培地;又は、F−12培地とIMDM培地の1:1混合液に450μM 1−モノチオグリセロールを添加した培地等)を好ましく挙げることができる。
【0029】
本発明における「血清培地」としては、例えば、無調整又は未精製の血清を含む培地を挙げることができる。当該培地は、脂肪酸、脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。
本発明において培地に添加される「血清」として、例えば、牛血清、仔牛血清、牛胎児血清、馬血清、仔馬血清、馬胎児血清、ウサギ血清、仔ウサギ血清、ウサギ胎児血清、ヒト血清等哺乳動物の血清等を挙げることができる。
【0030】
本発明において、「物質Xを含む培地」とは、外来性(exogeneous)の物質Xが添加された培地または外来性の物質Xを含む培地を意味し、「物質Xを含まない培地」とは、外来性の物質Xが添加されていない培地または外来性の物質Xを含まない培地を意味する。ここで、「外来性の物質X」とは、その培地で培養される細胞または組織にとって外来の物質Xを意味し、その細胞または組織が産生する内在性(endogenous)の物質Xはこれに含まれない。
例えば、「FGFシグナル伝達経路作用物質を含む培地」とは、外来性のFGFシグナル伝達経路作用物質が添加された培地または外来性のFGFシグナル伝達経路作用物質を含む培地である。「FGFシグナル経路阻害物質を含まない培地」とは、外来性のFGFシグナル経路阻害物質が添加されていない培地または外来性のFGFシグナル経路阻害物質を含まない培地である。
【0031】
本発明における「浮遊培養」としては、例えば、細胞凝集体を培地中において、細胞培養器に対して非接着性の条件下で行われる培養等を挙げることができる。
浮遊培養で用いられる培養器としては、細胞の浮遊培養が可能なものであれば特に限定されない。このような培養器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトル等を挙げることができる。好ましい培養器としては、細胞非接着性の培養器を挙げることができる。
細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリクス等によるコーティング処理)されていないもの等を使用することがよい。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が細胞との接着性を低下させる目的で人工的に処理(例えば、超親水処理)されたもの等を使用してもよい。
【0032】
本発明幹細胞製造方法1は、多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部幹細胞の製造方法であって、以下の工程(1)もしくは工程(2)のいずれか又はこれら両工程を含む:
(1)多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体から得られた細胞を浮遊増殖培養し、レチノスフェアを得る工程;及び
(2)多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体から得られた細胞からSSEA-1陽性細胞を分取する工程。
【0033】
本発明における「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部幹細胞」は、多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体に存在し、視細胞等の網膜細胞への分化能及び自己複製能を有する細胞である。上記毛様体周縁部幹細胞は、SSEA-1陽性であり、さらに、Rax遺伝子陽性、Chx10遺伝子陽性、Rdh10遺伝子陽性、Otx1遺伝子陽性、Crx遺伝子陰性、及び、β3-tubulin(TuJ1)遺伝子陰性である。毛様体周縁部幹細胞は、色素沈着の無い(non-pigmented)細胞である。かかる毛様体周縁部幹細胞は、化学物質等の毒性や薬効の評価に使用するための試薬や、細胞治療等を目的とした試験や治療に使用するための材料として有用である。
【0034】
SSEA-1(stage specific embryonic antigen-1)は細胞に発現する抗原であり、CD15又はLewis X (LeX)とも呼ばれる。SSEA-1は、細胞表面に発現していることがある。
本発明における「SSEA-1陽性細胞」とは、SSEA-1の発現が検出される細胞である。
【0035】
多能性幹細胞としては、霊長類多能性幹細胞を挙げることができ、より具体的には、ヒト多能性幹細胞を挙げることができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞や人工多能性幹細胞が挙げられる。
【0036】
本発明幹細胞製造方法1の工程(1)及び工程(2)で用いられる「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」は、例えば以下の方法で調製することができる:
毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体の製造方法であって、網膜組織を含む細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体を、Wntシグナル経路作用物質及びFGFシグナル経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養した後、得られた「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」を、Wntシグナル経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養する工程を含む方法(以下、本細胞凝集体製造方法1と記すこともある。)。
【0037】
上記の本細胞凝集体製造方法1でスタート原料として用いられる「網膜組織を含む細胞凝集体」は、当該網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体である。前記「Chx10陽性細胞の存在割合」としては、好ましくは40%以上を挙げることができ、より好ましくは60%以上を挙げることができる。
【0038】
上記「網膜組織を含む細胞凝集体」は、例えば多能性幹細胞、好ましくはヒト多能性幹細胞、から調製することができる。
上記「網膜組織を含む細胞凝集体」を調製する方法としては、具体的には、例えば下記(A)及び(B)の工程を含む方法を挙げることができる:
(A)多能性幹細胞を無血清培地中で浮遊培養することにより多能性幹細胞の凝集体を形成させる工程;及び
(B)工程(A)で形成された凝集体を、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含まずBMPシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞を含む細胞凝集体を得る工程。
【0039】
多能性幹細胞を無血清培地中で浮遊培養することにより多能性幹細胞の凝集体を形成させる工程(A)について説明する。
【0040】
工程(A)において用いられる無血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF−12の1:1の混合液に10% KSR、450μM 1−モノチオグリセロール及び1x Chemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地)を挙げることができる。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトES細胞の場合は、通常約1%から約20%であり、好ましくは約2%から約20%である。
工程(A)における培養温度、CO
2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。CO
2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
工程(A)における多能性幹細胞の濃度は、多能性幹細胞の凝集体をより均一に、効率的に形成させるように適宜設定することができる。例えば96穴マイクロウェルプレートを用いてヒトES細胞を浮遊培養する場合、1ウェルあたり約1×10
3から約1×10
5細胞、好ましくは約3×10
3から約5×10
4細胞、より好ましくは約5×10
3から約3×10
4細胞、最も好ましくは約1.2×10
4細胞となるように調製した液をウェルに添加し、プレートを静置して細胞凝集体を形成させる。
細胞凝集体を形成させるために必要な浮遊培養の時間は、細胞を均一に凝集させるように、用いる多能性幹細胞によって適宜決定可能であるが、均一な細胞凝集体を形成するためにはできる限り短時間であることが望ましい。例えば、ヒトES細胞の場合には、好ましくは約24時間以内、より好ましくは約12時間以内に細胞凝集体を形成させる。この細胞凝集体形成までの時間は、細胞を凝集させる用具や、遠心条件などを調整することにより適宜調節することが可能である。
【0041】
工程(A)で形成された細胞凝集体を、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含まずBMPシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞を含む細胞凝集体を得る工程(B)について説明する。
【0042】
工程(B)において用いられる培地は、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質が添加されておらずBMPシグナル伝達経路作用物質が添加された無血清培地又は血清培地であり、基底膜標品を添加する必要は無い。
かかる培地に用いられる無血清培地又は血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF−12の1:1の混合液に10% KSR、450μM 1−モノチオグリセロール及び1x Chemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地)を挙げることができる。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトES細胞の場合は、通常約1%から約20%であり、好ましくは約2%から約20%である。
工程(B)で用いられる無血清培地は、工程(A)で用いた無血清培地をそのまま用いることもできるし、新たな無血清培地に置き換えることもできる。工程(A)で用いた無血清培地をそのまま工程(B)に用いる場合、BMPシグナル伝達経路作用物質を培地中に添加すればよい。
【0043】
ソニック・ヘッジホッグ(以下、Shhと記すことがある。)シグナル伝達経路作用物質とは、Shhにより媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質である。Shhシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、Hedgehogファミリーに属する蛋白(例えば、Shh)、Shh受容体、Shh受容体アゴニスト、Purmorphamine、又はSAGなどが挙げられる。
【0044】
BMPシグナル伝達経路作用物質とは、BMPにより媒介されるシグナル伝達経路を増強し得る物質である。BMPシグナル伝達経路作用物質としては、例えばBMP2、BMP4もしくはBMP7等のBMP蛋白、GDF7等のGDF蛋白、抗BMP受容体抗体、又は、BMP部分ペプチドなどが挙げられる。BMP2蛋白、BMP4蛋白及びBMP7蛋白は例えばR&D Systemsから、GDF7蛋白は例えば和光純薬から入手可能である。
BMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、多能性幹細胞の凝集体を形成する細胞の網膜細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばBMP4の場合は、約0.01nMから約1μM、好ましくは約0.1nMから約100nM、より好ましくは約1.5nMの濃度となるように培地に添加する。
【0045】
BMPシグナル伝達経路作用物質は、工程(A)の浮遊培養開始から約24時間後以降に添加されていればよく、浮遊培養開始後数日以内(例えば、15日以内)に培地に添加してもよい。好ましくは、BMPシグナル伝達経路作用物質は、浮遊培養開始後1日目から15日目までの間、より好ましくは1日目から9日目までの間、更に好ましくは6日目に培地に添加する。
BMPシグナル伝達経路作用物質が培地に添加され、多能性幹細胞の凝集体を形成する細胞の網膜細胞への分化誘導が開始された後は、BMPシグナル伝達経路作用物質を培地に添加する必要は無く、BMPシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地を用いて培地交換を行ってよい。これにより、培地に掛かる経費を抑えることができる。網膜細胞への分化誘導が開始された細胞は、例えば、当該細胞におけるRax遺伝子の発現を検出することにより確認することができる。GFP等の蛍光レポータータンパク質遺伝子がRax遺伝子座へノックインされた多能性幹細胞を工程(A)で用いて形成された細胞凝集体を、網膜細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質の存在下に浮遊培養し、発現した蛍光レポータータンパク質から発せられる蛍光を検出することにより、網膜細胞への分化誘導が開始された時期を確認することもできる。工程(B)の実施態様の一つとして、工程(A)で形成された細胞凝集体を、Rax遺伝子を発現する細胞が出現し始めるまでの間、網膜細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質を含みソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞を含む細胞凝集体を得る工程、を挙げることができる。
【0046】
工程(B)における培養温度、CO
2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO
2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0047】
網膜前駆細胞を含む細胞凝集体が得られたことは、例えば、網膜前駆細胞のマーカーであるRax又はPAX6を発現する細胞が凝集体に含まれていることを検出することにより確認することができる。上記の(A)及び(B)の工程を含む方法により得られる「網膜前駆細胞を含む細胞凝集体」を、本細胞凝集体製造方法1において、スタート原料である「網膜組織を含む細胞凝集体」として用いることができる。
【0048】
本細胞凝集体製造方法1でスタート原料として用いられる「網膜組織を含む細胞凝集体」は、具体的には、例えば下記(C)、(D)及び(E)の工程を含む方法により調製することもできる:
(C)多能性幹細胞を、Wntシグナル経路阻害物質を含む無血清培地中で浮遊培養することにより多能性幹細胞の凝集体を形成させる工程;
(D)工程(C)で形成された細胞凝集体を、基底膜標品を含む無血清培地中で浮遊培養する工程;及び
(E)工程(D)で培養された細胞凝集体を、血清培地中で浮遊培養する工程。
【0049】
工程(C)で使用するWntシグナル経路阻害物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されない。Wntシグナル経路阻害物質としては、例えば、Dkk1、Cerberus蛋白、Wnt受容体阻害剤、可溶型Wnt受容体、Wnt抗体、カゼインキナーゼ阻害剤、ドミナントネガティブWnt蛋白、CKI−7(N−(2−アミノエチル)−5−クロロ−イソキノリン−8−スルホンアミド)、D4476(4−{4−(2,3−ジヒドロベンゾ[1,4]ジオキシン−6−イル)−5−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2−イル}ベンズアミド)、IWR−1−endo(IWR1e)、IWP−2などが挙げられる。Wntシグナル経路阻害物質の濃度は、多能性幹細胞の凝集体が形成する濃度であればよい。例えばIWR1e等の通常のWntシグナル経路阻害物質の場合は、約0.1μMから約100μM、好ましくは約1μMから約10μM、より好ましくは3μM前後の濃度で添加する。
Wntシグナル経路阻害物質は、浮遊培養開始前に無血清培地に添加されていてもよく、また、浮遊培養開始後数日以内(例えば、5日以内)に無血清培地に添加してもよい。好ましくは、Wntシグナル経路阻害物質は、浮遊培養開始後5日以内、より好ましくは3日以内、最も好ましくは浮遊培養開始と同時に無血清培地に添加する。また、Wntシグナル経路阻害物質を添加した状態で、浮遊培養開始後18日目まで、より好ましくは12日目まで浮遊培養する。
【0050】
工程(C)における培養温度、CO
2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は特に限定されるものではないが、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃前後である。またCO
2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%前後である。
工程(C)における多能性幹細胞の濃度は、多能性幹細胞の凝集体をより均一に、効率的に形成させるように当業者であれば適宜設定することができる。細胞凝集体形成時の多能性幹細胞の濃度は、幹細胞の均一な凝集体を形成可能な濃度である限り特に限定されないが、例えば96穴マイクロウェルプレートを用いてヒトES細胞を浮遊培養する場合、1ウェルあたり約1×10
3細胞から約5×10
4細胞、好ましくは約3×10
3細胞から約3×10
4細胞、より好ましくは約5×10
3細胞から約2×10
4細胞、最も好ましくは9×10
3細胞前後となるように調製した液を添加し、プレートを静置して細胞凝集体を形成させる。
細胞凝集体を形成させるために必要な浮遊培養の時間は、細胞を迅速に凝集させることができる限り、用いる多能性幹細胞によって適宜決定可能であるが、均一な細胞凝集体を形成するためにはできる限り短時間であることが望ましい。例えば、ヒトES細胞の場合には、好ましくは24時間以内、より好ましくは12時間以内に細胞凝集体を形成させることが望ましい。この細胞凝集体形成までの時間は、細胞を凝集させる用具や、遠心条件などを調整することで当業者であれば適宜調節することが可能である。
【0051】
工程(D)で使用する基底膜標品としては、その上に基底膜形成能を有する所望の細胞を播種して培養した場合に、上皮細胞様の細胞形態、分化、増殖、運動、機能発現などを制御する機能を有するような基底膜構成成分を含むものをいう。ここで、「基底膜構成成分」とは、動物の組織において、上皮細胞層と間質細胞層などとの間に存在する薄い膜状をした細胞外マトリックス分子をいう。基底膜標品は、例えば基底膜を介して支持体上に接着している基底膜形成能を有する細胞を、該細胞の脂質溶解能を有する溶液やアルカリ溶液などを用いて除去することで作成することができる。好ましい基底膜標品としては、基底膜成分として市販されている商品(例えばMatrigel
TM(ベクトン・ディッキンソン社製:以下、マトリゲルと記すこともある))や、基底膜成分として公知の細胞外マトリックス分子(例えばラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンなど)を含むものが挙げられる。
Matrigel
TMは、Engelbreth Holm Swarm (EHS)マウス肉腫由来の基底膜調製物である。Matrigel
TMの主成分はIV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンであり、これらに加えてTGF-β、線維芽細胞増殖因子(FGF)、組織プラスミノゲン活性化因子、EHS腫瘍が天然に産生する増殖因子が含まれる。Matrigel
TMの「growth factor reduced (GFR)製品」は、通常のMatrigel
TMよりも増殖因子の濃度が低い。本発明では、GFR製品の使用が好ましい。
工程(D)における浮遊培養で無血清培地に添加される基底膜標品の濃度としては、神経組織(例えば網膜組織)の上皮構造が安定に維持される限り特に限定されないが、例えばMatrigel
TMを用いる場合には、好ましくは培養液の1/20から1/200の容量、より好ましくは1/100前後の容積を挙げることができる。基底膜標品は幹細胞の培養開始時に既に培地に添加されていてもよいが、好ましくは、浮遊培養開始後5日以内、より好ましくは浮遊培養開始後2日以内に無血清培地に添加される。
【0052】
工程(D)で用いられる無血清培地は、工程(C)で用いた無血清培地をそのまま用いることもできるし、新たな無血清培地に置き換えることもできる。
工程(C)で用いた無血清培地をそのまま工程(D)に用いる場合、「基底膜標品」を培地中に添加すればよい。
【0053】
工程(D)における培養温度、CO
2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は特に限定されるものではないが、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃前後である。またCO
2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%前後である。
【0054】
工程(E)で用いられる血清培地は、工程(D)で培養に用いた無血清培地に血清を直接添加したものを用いてもよいし、新たな血清培地におきかえたものを用いてもよい。
血清の添加は、浮遊培養開始後7日目以降、より好ましくは9日目以降、最も好ましくは12日目に行う。血清濃度については、約1%から約30%、好ましくは約3%から約20%、より好ましくは10%前後で添加する。
【0055】
工程(E)において、血清に加えてShhシグナル経路作用物質を添加することにより網膜組織の製造効率を上昇させることが出来る。
Shhシグナル経路作用物質としては、Shhにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されない。Shhシグナル経路作用物質としては、例えば、Hedgehogファミリーに属する蛋白(例えば、Shh)、Shh受容体、Shh受容体アゴニスト、Purmorphamine、SAGなどが挙げられる。
工程(E)に用いられるShhシグナル経路作用物質の濃度は、例えばSAG等の通常のShhシグナル経路作用物質の場合は、約0.1nMから約10μM、好ましくは約10nMから約1μM、より好ましくは100nM前後の濃度で添加する。
【0056】
このようにして培養された細胞凝集体において、網膜組織は、細胞凝集体の表面を覆うように存在する。網膜組織は、免疫染色法等により確認することができる。上記の(C)、(D)及び(E)の工程を含む方法により得られる細胞凝集体は、本細胞凝集体製造方法1において、スタート原料である「網膜組織を含む細胞凝集体」として用いることができる。
【0057】
上記の(A)及び(B)の工程を含む方法、又は、上記の(C)、(D)及び(E)の工程を含む方法により得られる細胞凝集体が、網膜組織を含むことは、以下のようにして確認することもできる。例えば、上記方法で得られた細胞凝集体を、血清培地中で浮遊培養する。浮遊培養で用いられる培養器としては、上述のものが挙げられる。浮遊培養における培養温度、CO
2濃度、O
2濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、特に限定されるものではないが、例えば約30℃から約40℃である。CO
2濃度は、例えば約1%から約10%である。O
2濃度は、例えば約20%から約70%である。培養時間は特に限定されないが、通常48時間以上であり、好ましくは7日間以上である。
浮遊培養終了後、細胞凝集体をパラホルムアルデヒド溶液等の固定液を用いて固定し、凍結切片を作製する。得られた凍結切片を免疫染色し、それぞれの分化系譜の網膜細胞(視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜節細胞、等)の存在を確認する。得られた凍結切片を免疫染色し、網膜組織の層構造が形成されていることを確認してもよい。網膜組織は、各層を構成する網膜前駆細胞(視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜節細胞)がそれぞれ異なるため、これらの細胞に発現している上述のマーカーに対する抗体を用いて免疫染色することにより、層構造が形成されていることを確認することができる。
【0058】
上記のようにして調製された細胞凝集体に含まれる網膜組織における「Chx10陽性細胞の存在割合」は、例えば、以下のような方法により調べることができる。
(1)まず、「網膜組織を含む細胞凝集体」の凍結切片を作製する。
(2)次いで、Raxタンパク質の免疫染色を行う。Rax遺伝子を発現する細胞でGFP等の蛍光タンパク質が発現するように改変された遺伝子組換え細胞を用いた場合には、前記蛍光タンパク質の発現を、蛍光顕微鏡等を用いて観察する。得られた免疫染色像または蛍光顕微鏡像において、Rax遺伝子を発現する網膜組織領域を特定する。
(3)Rax遺伝子を発現する網膜組織領域が特定された凍結切片と同じ切片又は隣接する切片を試料として、DAPI等の核染色試薬を用いて核を染色する。そして、上記で特定されたRax遺伝子を発現する網膜組織領域の中において、染色された核の数を計測することにより、網膜組織領域の細胞数を測定する。
(4)Rax遺伝子を発現する網膜組織領域が特定された凍結切片と同じ切片又は隣接する切片を試料として、Chx10タンパク質の免疫染色を行う。上記で特定された網膜組織領域におけるChx10陽性細胞中の核の数を計測する。
(5)上記(3)及び(4)で計測された各々の核の数に基づいて、Chx10陽性細胞中の核の数を、上記で特定されたRax遺伝子を発現する網膜組織領域の核の数で除することにより、「Chx10陽性細胞の存在割合」を算出する。
【0059】
本細胞凝集体製造方法1においては、まず、網膜組織を含む細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体を、Wntシグナル経路作用物質及びFGFシグナル経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養する。
ここで、好ましい培養としては、浮遊培養を挙げることができる。
無血清培地としては、基礎培地にN2またはKSRが添加された無血清培地を挙げることができ、より具体的には、DMEM/F−12培地にN2 supplement(N2,Invitrogen社)が添加された無血清培地を挙げることができる。血清培地としては、基礎培地に牛胎児血清が添加された血清培地を挙げることができる。
【0060】
培養温度、CO
2濃度等の培養条件は適宜設定すればよい。培養温度としては、例えば、約30℃から約40℃の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約37℃前後を挙げることができる。また、CO
2濃度としては、例えば、約1%から約10%の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約5%前後を挙げることができる。
【0061】
上記「網膜組織を含む細胞凝集体」を、無血清培地又は血清培地中で培養する際、該培地に含められるWntシグナル経路作用物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されない。具体的なWntシグナル経路作用物質としては、例えば、Wntファミリーに属するタンパク質(例えば、Wnt1、Wnt3a、Wnt7a)、Wnt受容体、Wnt受容体アゴニスト、GSK3β阻害剤(例えば、6−Bromoindirubin−3'−oxime(BIO)、CHIR99021、Kenpaullone)等を挙げることができる。
無血清培地又は血清培地に含まれるWntシグナル経路作用物質の濃度としては、CHIR99021等の通常のWntシグナル経路作用物質の場合には、例えば、約0.1μMから約100μMの範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約1μMから約30μMの範囲を挙げることができる。より好ましくは、例えば、3μM前後の濃度を挙げることができる。
【0062】
上記「網膜組織を含む細胞凝集体」を、無血清培地又は血清培地中で培養する際、該培地に含められるFGFシグナル経路阻害物質としては、FGFにより媒介されるシグナル伝達を阻害できるものである限り特に限定されない。FGFシグナル経路阻害物質としては、例えば、FGF受容体、FGF受容体阻害剤(例えば、SU−5402、AZD4547、BGJ398)、MAPキナーゼカスケード阻害物質(例えば、MEK阻害剤、MAPK阻害剤、ERK阻害剤)、PI3キナーゼ阻害剤、Akt阻害剤などが挙げられる。
無血清培地又は血清培地に含まれるFGFシグナル経路阻害物質の濃度は、多能性幹細胞の凝集体を形成する細胞の網膜細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばSU−5402の場合、約0.1μMから約100μM、好ましくは約1μMから約30μM、より好ましくは約5μMの濃度で添加する。
【0063】
本細胞凝集体製造方法1において「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養」するとは、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間の全部又はその一部に限り培養することを意味する。つまり、培養系内に存在する前記「網膜組織を含む細胞凝集体」が、RPE65遺伝子を実質的に発現しない細胞から構成されている期間の全部又はその一部(任意な期間)に限り培養すればよく、このような培養を採用することにより、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体を得ることができる。「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」には、「RPE65遺伝子を発現する細胞が全く出現していない細胞凝集体」及び「RPE65遺伝子を発現する細胞が実質的に出現していない細胞凝集体」が含まれる。「RPE65遺伝子を発現する細胞が実質的に出現していない細胞凝集体」としては、当該細胞凝集体に含まれる網膜組織におけるRPE65陽性細胞の存在割合が約1%以下である細胞凝集体を挙げることができる。
このような特定な期間を設定するには、前記「網膜組織を含む細胞凝集体」を試料として、当該試料中に含まれるRPE65遺伝子の発現有無又はその程度を、通常の遺伝子工学的手法又は生化学的手法を用いて測定すればよい。具体的には例えば、前記「網膜組織を含む細胞凝集体」の凍結切片をRPE65タンパク質に対する抗体を用いて免疫染色する方法を用いてRPE65遺伝子の発現有無又はその程度を調べることができる。
【0064】
「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間」としては、例えば、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が、Wntシグナル経路作用物質及びFGFシグナル経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中での前記細胞凝集体の培養開始時よりも減少し、30%から0%の範囲内になるまでの期間を挙げることができる。「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」としては、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が30%から0%の範囲内である細胞凝集体を挙げることができる。
「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間」の日数はWntシグナル経路作用物質及びFGFシグナル経路阻害物質の種類、無血清培地又は血清培地の種類、他培養条件等に応じて変化するが、例えば、14日間以内を挙げることができる。より具体的には、無血清培地(例えば、基礎培地にN2が添加された無血清培地)が用いられる場合、前記期間として、好ましくは、例えば、10日間以内を挙げることができ、より好ましくは、例えば、3日間から6日間を挙げることができる。血清培地(例えば、基礎培地に牛胎児血清が添加された血清培地)が用いられる場合、前記期間として、好ましくは、例えば、12日間以内を挙げることができ、より好ましくは、例えば、6日間から9日間を挙げることができる。
【0065】
次いで、上述のようにして培養して得られた「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」を、Wntシグナル経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養する。
ここで、好ましい培養としては、例えば、浮遊培養を挙げることができる。
無血清培地としては、基礎培地にN2またはKSRが添加された培地を挙げることができる。血清培地としては、基礎培地に牛胎児血清が添加された培地を挙げることができ、より具体的には、DMEM/F−12培地に牛胎児血清が添加された血清培地を挙げることができる。
前記無血清培地又は血清培地に、既知の増殖因子、増殖を促進する添加剤や化学物質等を添加してもよい。既知の増殖因子としては、EGF、FGF、IGF、insulin等を挙げることができる。増殖を促進する添加剤として、N2 supplement(N2,Invitrogen社)、B27 supplement(Invitrogen社)、KSR等を挙げることができる。増殖を促進する化学物質としては、レチノイド類(例えば、レチノイン酸)、タウリンを挙げることができる。
【0066】
好ましい培養時間としては、例えば、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が、Wntシグナル経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中での前記細胞凝集体の培養開始時よりも増加し、30%以上になるまで行う培養時間を挙げることができる。
培養温度、CO
2濃度等の培養条件は適宜設定すればよい。培養温度としては、例えば、約30℃から約40℃の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約37℃前後を挙げることができる。また、CO
2濃度としては、例えば、約1%から約10%の範囲を挙げることができ、好ましくは、例えば、約5%前後を挙げることができる。
「毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」を得られるまでの上記の培養日数は無血清培地又は血清培地の種類、他培養条件等に応じて変化するが、例えば、100日間以内を挙げることができる。前記培養日数として、好ましくは、例えば、20日間から70日間を挙げることができ、より好ましくは、例えば、30日間から60日間を挙げることができる。
【0067】
上述のようにして調製された「毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」においては、毛様体周縁部様構造体にそれぞれ隣接して、網膜色素上皮と網膜組織(具体的には、神経網膜)とが同一の細胞凝集体内に存在している。当該構造については顕微鏡観察等で確認することが可能である。具体的には例えば、Rax遺伝子座にGFP遺伝子がノックインされた多能性幹細胞(RAX::GFPノックイン細胞)から作製した細胞凝集体の場合、蛍光実体顕微鏡(例えば、オリンパス社製SZX16)を用いれば、RAX::GFP強陽性部分である神経網膜、透過光にて色素化が観察される上皮組織である網膜色素上皮、及び、神経網膜と網膜色素上皮の境界領域に位置する特徴的な構造を有する毛様体周縁部様構造体の存在を確認することができる。
上述のようにして調製された「毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」においては、毛様体周縁部様構造体が、2つの神経網膜組織の間の領域に形成される、すなわち、神経網膜組織と毛様体周縁部様構造体ともう一つの神経網膜組織とが連続した組織が形成されることもある。この場合、毛様体周縁部様構造体の部分が隣接する神経網膜組織に比べて薄いという特徴から、顕微鏡観察等で毛様体周縁部様構造体の存在を確認することが可能である。
【0068】
本発明幹細胞製造方法1の工程(1)及び工程(2)で用いられる「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」は、例えば特許文献1に記載された以下の方法(以下、本細胞凝集体製造方法2と記すこともある。)により調製することもできる:
毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体の製造方法であって、網膜組織を含む細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上である細胞凝集体を、Wntシグナル経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養した後、得られた「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」を、Wntシグナル経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養する工程を含む方法。
【0069】
上記の本細胞凝集体製造方法2でスタート原料として用いられる「網膜組織を含む細胞凝集体」は、当該網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上である細胞凝集体である。前記「Chx10陽性細胞の存在割合」としては、好ましくは40%以上を挙げることができ、より好ましくは60%以上を挙げることができる。かかる「網膜組織を含む細胞凝集体」の調製方法としては、本細胞凝集体製造方法1のスタート原料の調製方法として前述した、(A)及び(B)の工程を含む方法、又は、(C)、(D)及び(E)の工程を含む方法を挙げることができる。
【0070】
本発明幹細胞製造方法1の工程(1)においては、上記のようにして調製された「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」から得られた細胞を浮遊増殖培養し、レチノスフェアを得る。
【0071】
「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」から得られた細胞としては、上記の「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」を分散させて得られた細胞、前記細胞凝集体から分離された毛様体周縁部様構造体を分散させて得られた細胞、又は、前記細胞凝集体から分取された細胞を分散させて得られた細胞を挙げることができる。かかる細胞を増殖因子等の存在下で低密度で浮遊培養すると、1細胞、又は、2から10細胞程度の少数の細胞に由来する球状の細胞凝集塊、すなわちレチノスフェアが形成される。
【0072】
「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」から、毛様体周縁部様構造体を分離する方法としては、例えば、顕微鏡下で微細ピンセットやメス等を用いて切り出す方法を挙げることができる。「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」に含まれる毛様体周縁部様構造体の存在は、例えば上述の方法により確認することができる。「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」から毛様体周縁部様構造体を切り出して用いることにより、浮遊培養開始時の細胞における毛様体周縁部幹細胞の含量を高めることができる。
【0073】
「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」から細胞を分取する方法としては、後述される工程(2)で行われるSSEA-1陽性細胞の分取方法を挙げることができる。
【0074】
細胞凝集体、毛様体周縁部様構造体又は細胞を分散させる方法としては、例えば、機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤添加処理が挙げられる。これらの処理を組み合わせて行ってもよい。好ましくは、細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。
機械的分散処理の方法としては、ピペッティング処理が挙げられる。
細胞分散液処理に用いられる細胞分散液としては、トリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ又はパパイン等の酵素類と、エチレンジアミン四酢酸等のキレート剤とを含む溶液を挙げることができる。好ましくは、トリプシン、パパイン又はコラゲナーゼ、より好ましくは、パパインが用いられる。パパインを含む市販の細胞分散液を用いることもできる。
細胞保護剤添加処理に用いられる細胞保護剤としては、FGFシグナル伝達経路作用物質、EGFシグナル伝達経路作用物質、ヘパリン、ROCK経路阻害物質、血清、又は血清代替物を挙げることができる。
例えば、細胞凝集体、毛様体周縁部様構造体又は細胞を、パパインを含む細胞分散液で処理し、さらにピペッティングにより分散させる。
【0075】
上記のようにして分散された細胞の浮遊増殖培養に用いられる培地としては、神経細胞培養用添加物及び増殖因子を加えた無血清培地又は血清培地を挙げることができる。好ましくは、FGFシグナル伝達経路作用物質及びEGFシグナル伝達経路作用物質からなる群から選ばれる一以上の物質を含む無血清培地又は血清培地を挙げることができる。
上記の培地にROCK経路阻害物質を加えると、レチノスフェアの形成効率を高めることができる。
上記の培地に、ヘパリンを加えても良い。ヘパリンは、FGFシグナル伝達経路作用物質及びEGFシグナル伝達経路作用物質の効果を高めることが知られている。
上記の浮遊増殖培養に用いられるFGFシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、FGF1、FGF2、FGF4、FGF10を挙げることができる。FGFシグナル伝達経路作用物質としてFGF2(bFGF)を用いる場合の濃度としては、例えば、約1ng/mlから約200ng/mlの範囲を、好ましくは、約5ng/mlから約100ng/mlの範囲を、より好ましくは、約10ng/mlから約50ng/mlの範囲を挙げることができる。
EGFシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、EGF、TGF−alpha、HB−EGFを挙げることができる。EGFシグナル伝達経路作用物質としてEGFを用いる場合の濃度としては、例えば、約1ng/mlから約100ng/mlの範囲を、好ましくは、約5ng/mlから約50ng/mlの範囲を、より好ましくは、約10ng/mlから約40ng/mlの範囲を挙げることができる。
ROCK経路阻害物質とは、Rhoキナーゼにより媒介されるシグナルを阻害し得る物質である。ROCK経路阻害物質としては、例えば、Y−27632、Fasudilが挙げられる。ROCK経路阻害物質は、例えばY−27632の場合、約0.01μMから約100μM、好ましくは約1μMから約30μM、より好ましくは約10μMの濃度となるように添加する。
【0076】
工程(1)の浮遊増殖培養における播種細胞数としては、例えば約1×10
2細胞/mlから約1×10
6細胞/mlの範囲を、好ましくは、約1×10
3細胞/mlから約5×10
5細胞/mlの範囲を、より好ましくは約5×10
3細胞/mlから約1×10
5細胞/mlの範囲を挙げることができる。
上記の浮遊増殖培養に用いられる培養器材としては、平底の低接着性の培養器材が好ましい。
【0077】
このようにして形成されたレチノスフェアには、自己複製した毛様体周縁部幹細胞が含まれる。浮遊培養開始時の細胞に幹細胞が多く含まれていれば、形成されるレチノスフェアの数が多くなる。浮遊培養開始時の細胞に含まれる幹細胞の自己複製能が高ければ、形成されるレチノスフェアのサイズ(例えば、直径)が大きくなる。形成されたレチノスフェアは、適切な因子を作用させれば網膜層特異的神経細胞へと分化させることができる。
【0078】
本発明幹細胞製造方法1の工程(2)においては、上述のようにして調製された「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」から得られた細胞からSSEA-1陽性細胞を分取する。
「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」から得られた細胞としては、上記の「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」を分散させて得られた細胞、前記細胞凝集体から分離された毛様体周縁部様構造体を分散させて得られた細胞、又は、前記細胞凝集体もしくは毛様体周縁部様構造体から形成されたレチノスフェアを分散させて得られた細胞を挙げることができる。かかる細胞からSSEA-1陽性細胞を分取する。
【0079】
「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」から毛様体周縁部様構造体を分離する方法は、上述された工程(1)のために実施される方法と同様に行うことができる。
上記細胞凝集体又は毛様体周縁部様構造体からレチノスフェアを形成させる方法としては、工程(1)に関して上述された細胞の浮遊増殖培養による方法を挙げることができる。
細胞凝集体、毛様体周縁部様構造体又はレチノスフェアを分散させる方法としては、工程(1)に関して上述された分散処理を挙げることができる。
【0080】
SSEA-1陽性細胞を分取する方法としては、フローサイトメーターを用いる方法又は磁気を用いる方法を挙げることができる。フローサイトメーターを用いる方法としては、例えば、SSEA-1陽性細胞を、蛍光標識された抗SSEA-1抗体を用いて標識し、フローサイトメーターにて選別し分取する方法を挙げることができる。磁気を用いた方法としては、例えば、SSEA-1陽性細胞を、磁力を帯びた抗SSEA-1抗体を用いて標識し、磁気細胞分離装置(MACS)にて選別し分取する方法を挙げることができる。
抗SSEA-1抗体としては、SSEA-1抗原を認識する抗体であればどのような抗体も使用できる。Chemicon社の抗SSEA-1抗体、BD社の抗SSEA-1抗体、ミルテニーバイオテク社の抗SSEA-1抗体等の市販の抗SSEA-1抗体を利用することもできる。
SSEA-1陽性細胞を分取する際には、SSEA-1陽性であることに加えて、Rax陽性であること、又は、色素化していないことも指標にして分取してもよい。
このようにして分取されたSSEA-1陽性細胞画分には、毛様体周縁部幹細胞が含まれる。分取されたSSEA-1陽性細胞画分は、適切な因子を作用させれば網膜層特異的神経細胞へと分化させることができる。
【0081】
本発明幹細胞製造方法2においては、本発明幹細胞製造方法1の工程(1)が行われる。本発明幹細胞製造方法2においては、「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体から得られた細胞」としては、多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体を分散させて得られた細胞、又は、前記細胞凝集体から分離された毛様体周縁部様構造体を分散させて得られた細胞が用いられる。
すなわち、本発明幹細胞製造方法2は、
多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体、又は、前記細胞凝集体から分離された毛様体周縁部様構造体、を分散させて得られた細胞を浮遊増殖培養し、レチノスフェアを得る工程を実施する、多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部幹細胞の製造方法である。
【0082】
本発明幹細胞製造方法3においては、本発明幹細胞製造方法1の工程(2)が行われる。本発明幹細胞製造方法3においては、「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体から得られた細胞」としては、多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体を分散させて得られた細胞、又は、前記細胞凝集体から分離された毛様体周縁部様構造体を分散させて得られた細胞が用いられる。
すなわち、本発明幹細胞製造方法3は、
多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体、又は、前記細胞凝集体から分離された毛様体周縁部様構造体、を分散させて得られた細胞からSSEA-1陽性細胞を分取する工程を実施する、多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部幹細胞の製造方法である。
【0083】
本発明幹細胞製造方法4においては、本発明幹細胞製造方法1の工程(1)に続いて工程(2)が行われる。上記工程(1)における「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体から得られた細胞」としては、多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体を分散させて得られた細胞、又は、前記細胞凝集体から分離された毛様体周縁部様構造体を分散させて得られた細胞が用いられる。上記工程(2)における「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体から得られた細胞」としては、前記工程(1)で得られたレチノスフェアを分散させて得られた細胞が用いられる。
すなわち、本発明幹細胞製造方法4は、
(1)多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体、又は、前記細胞凝集体から分離された毛様体周縁部様構造体、を分散させて得られた細胞を浮遊増殖培養し、レチノスフェアを得る工程;及び
(2)前記工程(1)で得られたレチノスフェアを分散させて得られた細胞からSSEA-1陽性細胞を分取する工程、を実施する、多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部幹細胞の製造方法である。
【0084】
本発明幹細胞製造方法5においては、本発明幹細胞製造方法1の工程(2)に続いて工程(1)が行われる。上記工程(2)における「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体から得られた細胞」としては、多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体を分散させて得られた細胞、又は、前記細胞凝集体から分離された毛様体周縁部様構造体を分散させて得られた細胞が用いられる。上記工程(1)における「多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体から得られた細胞」としては、前記工程(2)で分取された細胞から分散された細胞が用いられる。
すなわち、本発明幹細胞製造方法5は、
多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体、又は、前記細胞凝集体から分離された毛様体周縁部様構造体、を分散させて得られた細胞からSSEA-1陽性細胞を分取する工程、及び
前記工程で分取された細胞から分散された細胞を浮遊増殖培養し、レチノスフェアを得る工程、を実施する、多能性幹細胞から分化誘導された毛様体周縁部幹細胞の製造方法である。
【0085】
本発明幹細胞製造方法1から5のいずれか(以下、本発明幹細胞製造方法と記すこともある。)により得られたレチノスフェア又はSSEA-1陽性細胞画分は、毛様体周縁部幹細胞を高い割合で含む細胞群として使用することができる。
【0086】
本発明幹細胞製造方法により得られた毛様体周縁部幹細胞を、Notchシグナル阻害物質、レチノイド及びタウリンからなる群から選ばれる一以上の物質の存在下に培養することにより、網膜層特異的神経細胞を製造することができる。
毛様体周縁部幹細胞としては、本発明幹細胞製造方法により得られたレチノスフェアに含まれる毛様体周縁部幹細胞、及び、本発明幹細胞製造方法により得られたSSEA-1陽性細胞画分に含まれる毛様体周縁部幹細胞が挙げられる。
例えば、上記レチノスフェア又は上記SSEA-1陽性細胞画分を神経分化に適した条件にて培養する。上記レチノスフェア又は上記SSEA-1陽性細胞画分を分散させて得られた細胞を同様に培養してもよい。
かかる培養に用いられる培地としては、Notchシグナル阻害物質、レチノイド及びタウリンからなる群から選ばれる一以上の物質を含む血清培地又は無血清培地を挙げることができる。例えば、上記レチノスフェア、上記SSEA-1陽性細胞画分、又はこれらを分散させて得られた細胞を、FGFシグナル伝達経路作用物質及びEGFシグナル伝達経路作用物質からなる群から選ばれる一以上の物質を含む無血清培地又は血清培地中で一定期間培養した後、Notchシグナル阻害物質、レチノイド及びタウリンからなる群から選ばれる一以上の物質を含む血清培地又は無血清培地中で培養してもよい。これらの培地には、B27 supplement(Invitrogen社)等の添加剤が適宜添加されていてもよい。
ここで「Notchシグナル阻害物質」としては、Notchシグナルの活性を阻害する物質であればよく、例えば、γ−セクレターゼ阻害物質、Notch受容体阻害物質、Dll阻害物質、及び、Hes阻害物質が挙げられる。前記γ−セクレターゼ阻害物質としては、DAPT(N−[N−(3,5−ジフルオロフェンアセチル)−L−アラニル]−S−フェニルグリシン t−ブチルエステル)が挙げられる。Notchシグナル阻害物質としてDAPTを用いる場合は、例えば、約0.01μMから約100μMの濃度となるように添加する。
毛様体周縁部幹細胞の培養に用いられる培養器材としては、例えば、浮遊培養用器材、及び、接着培養用器材が挙げられる。接着培養する際の培養皿のコーティング材としては、ポリ−D−リジン、ポリ−L−リジン、ポリオルニチン、ラミニン、エンタクチン、マトリゲル、又は、ゼラチンが挙げられる。
毛様体周縁部幹細胞は、例えば、37℃、CO
2濃度が5%、酸素濃度が20%から40%にて培養される。
上記の培養により得られた細胞が網膜層特異的神経細胞を含むか否かは、例えば、細胞マーカーの発現を調べることにより確認することができる。
【0087】
本発明は、本発明の方法により製造される毛様体周縁部幹細胞又は網膜層特異的神経細胞の毒性や薬効の評価用試薬としての使用や、本発明の製造方法により製造される毛様体周縁部幹細胞又は網膜層特異的神経細胞の移植用生体材料としての使用等も含む。
【0088】
本発明の方法により製造された毛様体周縁部幹細胞又は網膜層特異的神経細胞は、網膜細胞の障害に基づく疾患の治療薬のスクリーニング、疾患研究材料、創薬材料として利用可能である。本発明の方法により製造された毛様体周縁部幹細胞又は網膜層特異的神経細胞は、化学物質等の毒性や薬効の評価においても、光毒性、神経毒性等の毒性研究、毒性試験等に活用可能である。例えば、本発明の方法により製造された毛様体周縁部幹細胞又は網膜層特異的神経細胞に被検物質を接触させ、該物質が該細胞に及ぼす影響を検定することにより、該物質の毒性または薬効を評価する。
【0089】
本発明の方法により製造された毛様体周縁部幹細胞又は網膜層特異的神経細胞は、細胞損傷状態において、障害を受けた組織自体を補充する(例えば、移植手術に用いる)ため等に用いる移植用生体材料として用いることができる。例えば、本発明の方法により製造された、有効量の毛様体周縁部幹細胞又は網膜層特異的神経細胞を、移植を必要とする対象に移植することにより、網膜組織の障害に基づく疾患を治療する。
【実施例】
【0090】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0091】
実施例1:多能性幹細胞からの毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体の製造
RAX::GFPノックインヒトES細胞(KhES-1由来;Cell Stem Cell, 2012, 10(6), 771-785)を「Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2006, 103(25), 9554-9559」及び「Nat. Biotech., 2007, 25, 681-686」に記載の方法に準じて培養した。培地にはDMEM/F−12培地(Sigma)に20% KSR(Knockout
TM Serum Replacement;Invitrogen)、0.1mM 2−メルカプトエタノール、2mM L−グルタミン、1x 非必須アミノ酸、8ng/ml bFGFを添加した培地を用いた。
培養された上記ES細胞を、TrypLE Express(Invitrogen)を用いて単一分散させた。単一分散されたES細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(スミロン スフェロイド プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり1.2×10
4細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、凝集体を速やかに形成させた後、37℃、5% CO
2で培養した。その際の無血清培地には、F−12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1−モノチオグリセロール、1x Chemically Defined Lipid Concentrate、20μM Y27632を添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始後6日目に終濃度1.5nMのBMP4を添加して浮遊培養を継続した。ウェル内の培養液の半量を3日おきに、BMPシグナル伝達経路作用物質が添加されていない上記培地に交換した。
このようにして調製された浮遊培養開始後18日目の網膜組織を含む細胞凝集体を、3μM CHIR99021(Wntシグナル経路作用物質)及び5μM SU5402(FGFシグナル経路阻害物質)を含む無血清培地で6日間すなわち浮遊培養開始後24日目まで培養した。その際に用いられた無血清培地は、DMEM/F−12培地に1% N2 supplement(Invitrogen)が添加された無血清培地であった。
得られた浮遊培養開始後24日目の細胞凝集体を、Wntシグナル経路作用物質及びFGFシグナル経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F−12培地に、10% 牛胎児血清、1% N2 supplement、0.5μM レチノイン酸及び100μM タウリンが添加された培地)で、40% O
2条件下で更に11日間すなわち浮遊培養開始後35日目まで浮遊培養し、得られた細胞凝集体を蛍光顕微鏡で観察した。当該細胞凝集体(浮遊培養開始後35日目)の位相差像(A)及びGFP蛍光像(B)を
図1に示す。当該細胞凝集体には、Rax遺伝子発現陽性の神経網膜と色素沈着した網膜色素上皮が形成され、その境界部に毛様体周縁部様構造体(図中矢印)が形成されていることがわかった。
【0092】
実施例2:多能性幹細胞からの毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体の製造
実施例1に記載された方法により調製された単一分散されたRAX::GFPノックインヒトES細胞を、非細胞接着性の96穴培養プレート(スミロン スフェロイド プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり9×10
3細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5% CO
2で浮遊培養した。その際に用いられた無血清培地は、G−MEM培地に20% KSR、0.1mM 2−メルカプトエタノール、1mM ピルビン酸、20μM Y27632及び3μM IWR1e(Wntシグナル経路阻害物質)が添加された無血清培地であった。浮遊培養開始後2日目から容積あたり1/100量のGFR Matrigel
TM(BD Biosciences)を添加して浮遊培養した。浮遊培養開始後12日目に容積あたり1/10量の牛胎児血清及び100nM SAG(Shhシグナル経路作用物質)を添加して、浮遊培養開始後18日目まで浮遊培養した。
浮遊培養開始後18日目の網膜組織を含む細胞凝集体を、3μM CHIR99021(Wntシグナル経路作用物質)を含む無血清培地で2日間すなわち浮遊培養開始後20日目まで浮遊培養した。その際に用いられた無血清培地は、DMEM/F−12培地に1% N2 supplement(Invitrogen)が添加された無血清培地であった。
浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を、Wntシグナル経路作用物質を含まない血清培地(DMEM/F−12培地に、10% 牛胎児血清、1% N2 supplement、0.5μM レチノイン酸及び100μM タウリンが添加された培地)で、40% O
2条件下で更に40日間すなわち浮遊培養開始後60日目まで浮遊培養し、得られた細胞凝集体を蛍光顕微鏡で観察した。当該細胞凝集体(浮遊培養開始後60日目)の位相差像(A)及びGFP蛍光像(B)を
図2に示す。当該細胞凝集体には、Rax遺伝子発現陽性の神経網膜と色素沈着した網膜色素上皮が形成され、その境界部に毛様体周縁部様構造体(図中矢印)が形成されていることがわかった。
【0093】
実施例3:多能性幹細胞からの毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体の製造及びマーカー発現の解析
実施例1に記載された方法により調製された浮遊培養開始後24日目の細胞凝集体を、Wntシグナル経路作用物質及びFGFシグナル経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F−12培地に、10% 牛胎児血清、1% N2 supplement、0.5μM レチノイン酸及び100μM タウリンが添加された培地)で、40% O
2条件下で更に39日間すなわち浮遊培養開始後63日目まで浮遊培養した。得られた浮遊培養開始後63日目の細胞凝集体を4% パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を調製した。調製された凍結切片につき、神経網膜前駆細胞マーカーの1つであるChx10(
図3A)、毛様体周縁部のマーカーの1つであるOtx1(
図3B)、毛様体周縁部のマーカーの1つであるRdh10(
図3C)、視細胞マーカーの1つであるCrx(
図3D)、又は、神経節細胞を含む神経細胞のマーカーの1つであるTuJ1(
図3E)の免疫染色を行った。当該細胞凝集体には、Chx10陽性(
図3A)、Otx1陽性(
図3B)及びRdh10陽性(
図3C)の毛様体周縁部様構造体(図中矢印)が形成されていることがわかった。当該毛様体周縁部様構造体(図中矢印)は、Crx陰性(
図3D)及びTuJ1陰性(
図3E)であった。
浮遊培養開始後63日目の細胞凝集体から調製された上記凍結切片につき、SSEA-1の免疫染色を行った。上記細胞凝集体の中で、毛様体周縁部様構造体に限局してSSEA-1が発現していることがわかった(
図3F)。当該SSEA-1陽性細胞において色素沈着は認められなかった。
以上の結果から、浮遊培養開始後63日目の上記細胞凝集体に含まれる毛様体周縁部様構造体には、Chx10陽性、Otx1陽性、Rdh10陽性、Crx陰性、TuJ1陰性及びSSEA-1陽性であり、色素沈着の無い細胞が存在することがわかった。
【0094】
実施例4:毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体からの毛様体周縁部様構造体の分離
実施例1に記載された方法により調製された浮遊培養開始後24日目の細胞凝集体を、Wntシグナル経路作用物質及びFGFシグナル経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F−12培地に、10% 牛胎児血清、1% N2 supplement、0.5μM レチノイン酸及び100μM タウリンが添加された培地)で、40% O
2条件下で更に66日間すなわち浮遊培養開始後90日目まで浮遊培養した。得られた浮遊培養開始後90日目の細胞凝集体から、Rax陽性の神経網膜部、及び、神経網膜と網膜色素上皮の境界部に存在する毛様体周縁部様構造体を別々に、蛍光実体顕微鏡による観察下に、メスとピンセットを用いて切り出した。
得られた神経網膜部及び毛様体周縁部様構造体をそれぞれ、パパインを含む分散液(神経細胞分散液、住友ベークライト)を用いて分散させて細胞懸濁液を調製した。それぞれの細胞懸濁液を、細胞が生きたままの状態で、蛍光標識された抗SSEA-1抗体(Anti-SSEA1, Cy3 conjugated;Chemicon)にて免疫染色し、蛍光顕微鏡にて観察した。発現したGFPの蛍光をRax遺伝子発現の指標とし、上記抗SSEA-1抗体のCy3の蛍光をSSEA-1発現の指標とした。結果を
図4に示す。神経網膜部から調製された上記細胞懸濁液では、Rax陽性かつSSEA-1陰性の細胞の割合がおよそ80%、Rax陽性かつSSEA-1陽性の細胞の割合はおよそ10%、Rax陰性細胞がおよそ10%であった(
図4A、B)のに対し、毛様体周縁部様構造体から調製された上記細胞懸濁液では、Rax陽性かつSSEA-1陰性の細胞の割合がおよそ30%、Rax陽性かつSSEA-1陽性の細胞の割合はおよそ50%、Rax陰性細胞がおよそ20%であった(
図4C、D)。毛様体周縁部様構造体を細胞凝集体から切り出す操作により、前記細胞凝集体に含まれるRax陽性かつSSEA-1陽性の細胞を精製できることがわかった。
【0095】
実施例5:毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体に含まれるRax陽性かつSSEA-1陽性細胞における色素沈着の解析
実施例4記載の方法により調製された浮遊培養開始後90日目の細胞凝集体から、実施例4と同様の方法で、網膜色素上皮と毛様体周縁部様構造体とを一緒に、蛍光実体顕微鏡による観察下にメスとピンセットを用いて切り出した。
得られた網膜色素上皮および毛様体周縁部様構造体を、実施例4と同様の方法でパパインを含む分散液を用いて分散させて細胞懸濁液を調製した。得られた細胞懸濁液を、細胞が生きたままの状態で、蛍光標識された抗SSEA-1抗体(Anti-SSEA1, Cy3 conjugated;Chemicon)にて免疫染色し、蛍光顕微鏡にて観察した。結果を
図5に示す。SSEA-1陽性(
図5A、矢印)かつRax陽性の細胞(
図5B、矢印)に、色素沈着は観察されなかった(
図5C、矢印)。
【0096】
実施例6:毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体からのレチノスフェア形成
実施例1に記載された方法により調製された浮遊培養開始後24日目の細胞凝集体を、Wntシグナル経路作用物質及びFGFシグナル経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F−12培地に、10% 牛胎児血清、1% N2 supplement、0.5μM レチノイン酸及び100μM タウリンが添加された培地)で、40% O
2条件下で更に39日間すなわち浮遊培養開始後63日目まで浮遊培養した。得られた浮遊培養開始後63日目の細胞凝集体を、実施例4と同様の方法によりパパインを含む分散液を用いて分散させて細胞懸濁液を調製した。得られた細胞懸濁液に含まれる細胞を、DMEM/F−12培地に、bFGF(20ng/ml)、EGF(20ng/ml)、ヘパリン(5μg/ml)、B27(50倍希釈)が添加された無血清培地にて、1×10
5細胞/mlの細胞密度で10日間浮遊培養した。その結果、球状の細胞凝集体(レチノスフェア)が形成された。浮遊培養開始後63日目の上記細胞凝集体には、増殖能を有する細胞が含まれることがわかった。
得られたレチノスフェアを4% パラホルムアルデヒドで固定し、Rax遺伝子の発現をGFPの発現を指標として調べ、Chx10及びSSEA-1の発現を免疫染色で調べた。結果を
図6に示す。前記レチノスフェアを形成する細胞の90%程度がRax陽性(
図6A)かつChx10陽性(
図6B)の細胞、すなわち網膜前駆細胞マーカー及び神経網膜前駆細胞マーカーを発現する細胞であることがわかった。上記レチノスフェアは、Rax陽性(
図6C)かつSSEA-1陽性(
図6D)の細胞を40%程度含んでいた。
上記の培養例において、上記細胞懸濁液に含まれる1から10細胞程度の細胞を出発材料として、50から500細胞程度の細胞を含むレチノスフェアが形成された。よって、上記細胞懸濁液に含まれる1から10細胞程度の細胞から、およそ20から200細胞程度のRax陽性かつSSEA-1陽性の細胞が形成されたこととなる。毛様体周縁部様構造体を含む上記細胞凝集体から得られた細胞を浮遊増殖培養することにより、Rax陽性かつSSEA-1陽性の細胞を効率的に製造できることがわかった。
【0097】
実施例7:毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体から分離された毛様体周縁部様構造体からのレチノスフェア形成
実施例1に記載された方法により調製された浮遊培養開始後24日目の細胞凝集体を、Wntシグナル経路作用物質及びFGFシグナル経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F−12培地に、10% 牛胎児血清、1% N2 supplement、0.5μM レチノイン酸及び100μM タウリンが添加された培地)で、40% O
2条件下で更に46日間すなわち浮遊培養開始後70日目まで浮遊培養した。得られた浮遊培養開始後70日目の細胞凝集体から、蛍光実体顕微鏡による観察下に、メスとピンセットを用いて、神経網膜部および毛様体周縁部様構造体を別々に切り出した。
得られた神経網膜部及び毛様体周縁部様構造体をそれぞれ、実施例4と同様の方法によりパパインを含む分散液を用いて分散して細胞懸濁液を調製した。それぞれの細胞懸濁液に含まれる細胞を、DMEM/F−12培地に、bFGF(20ng/ml)、EGF(20ng/ml)、ヘパリン(5μg/ml)、B27(50倍希釈)が添加された無血清培地にて、低接着処理された平底の96ウェルディッシュ(Nunc社製)に1ウェルあたり1000細胞ずつ(5×10
3細胞/ml)播種し、37℃で10日間浮遊培養して、レチノスフェアを形成させた。形成されたレチノスフェアはRax陽性(
図7B)で、色素沈着がない(
図7A)ことがわかった。形成されたレチノスフェア(一次レチノスフェア)の数とサイズ(直径)を
図7C及びDに示す。上記神経網膜部及び毛様体周縁部様構造体には、自己複製能を有する細胞が含まれることがわかった。神経網膜部から得られた細胞(NR)に比べ、毛様体周縁部様構造体から得られた細胞(CMZ)の方が、レチノスフェアの形成効率が高かった(
図7C)。神経網膜部から得られた細胞(NR)に比べ、毛様体周縁部様構造体から得られた細胞(CMZ)の方が、形成されたレチノスフェアのサイズが大きいことがわかった(
図7D)。毛様体周縁部様構造体から形成された上記レチノスフェアは、Rax陽性かつSSEA-1陽性の細胞を含んでいた。上記細胞凝集体から分離された毛様体周縁部様構造体から得られた細胞を浮遊増殖培養することにより、Rax陽性かつSSEA-1陽性の細胞を効率的に製造できることがわかった。
神経網膜部を分散させて得られた細胞から形成された上記レチノスフェア、及び、毛様体周縁部様構造体を分散させて得られた細胞から形成された上記レチノスフェアからそれぞれ細胞懸濁液を調製し、実施例6記載の方法にて培養することにより、二次レチノスフェアを形成させた。形成されたレチノスフェアの数とサイズ(直径)を
図7E及びFに示す。上記一次レチノスフェアには、自己複製能を有する細胞が含まれることがわかった。神経網膜部由来の細胞(NR)に比べ、毛様体周縁部様構造体由来の細胞(CMZ)の方が、二次レチノスフェアの形成効率が高かった(
図7E)。神経網膜部から得られた細胞(NR)に比べ、毛様体周縁部様構造体から得られた細胞(CMZ)の方が、形成された二次レチノスフェアのサイズが大きいことがわかった(
図7F)。毛様体周縁部様構造体由来の細胞から形成された上記二次レチノスフェアはRax陽性かつSSEA-1陽性の細胞を含んでいた。上記のようにレチノスフェア形成培養を繰り返すことにより、Rax陽性かつSSEA-1陽性の細胞を拡大培養できることがわかった。
【0098】
実施例8:毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体から分離された毛様体周縁部様構造体からのSSEA-1陽性細胞の分取
実施例1に記載された方法により調製された浮遊培養開始後24日目の細胞凝集体を、Wntシグナル経路作用物質及びFGFシグナル経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F−12培地に、10% 牛胎児血清、1% N2 supplement、0.5μM レチノイン酸及び100μM タウリンが添加された培地)で、40% O
2条件下で更に36日間すなわち浮遊培養開始後60日目まで浮遊培養した。得られた浮遊培養開始後60日目の細胞凝集体から毛様体周縁部様構造体を切り出し、実施例4と同様の方法によりパパインを含む分散液を用いて分散させて細胞懸濁液を調製した。得られた細胞懸濁液を、細胞が生きたままの状態で、蛍光標識された抗SSEA-1抗体(SSEA1-APC、BD社製)にて免疫染色し、セルソーター(ARIA2、BD社製)を用いてFACS解析した。結果を
図8に示す。上記細胞懸濁液に含まれる細胞のうち50%が、Rax陽性かつSSEA-1陽性の細胞であることがわかった(
図8A)。毛様体周縁部様構造体を含む上記細胞凝集体から、前記毛様体周縁部様構造体を切り出すことにより、純度50%程度のRax陽性かつSSEA-1陽性の細胞を製造できることがわかった。
セルソーター(ARIA2、BD社製)を用いて上記細胞懸濁液から、Rax陽性かつSSEA-1陽性の細胞(
図8AのQ2)と、Rax陰性かつSSEA-1陽性の細胞(
図8AのQ4)とが分画できた。Rax陽性かつSSEA-1陽性の細胞画分(Fraction 1)及びRax陰性かつSSEA-1陽性の細胞画分(Fraction 2)を分取しFACSにより解析した。Fraction 1に含まれる細胞のうち87%がRax陽性かつSSEA-1陽性の細胞であり(
図8B)、Fraction 2に含まれる細胞のうち、82%がRax陽性かつSSEA-1陰性の細胞である(
図8C)ことがわかった。毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体から前記毛様体周縁部様構造体を分取した後これを分散させ、得られた細胞懸濁液からSSEA-1陽性細胞を分取することにより、純度87%程度のRax陽性かつSSEA-1陽性の細胞を製造できることがわかった。
【0099】
実施例9:毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体から分離された毛様体周縁部様構造体からのSSEA-1陽性細胞の分取と、分取された細胞からのレチノスフェア形成
実施例8記載の方法でセルソーターにて分取した、Rax陽性かつSSEA-1陽性の細胞画分と、Rax陽性かつSSEA-1陰性の細胞画分とをそれぞれ、実施例7記載の方法で培養することにより、レチノスフェアを形成させた。形成されたレチノスフェアは、Rax陽性であり(
図9B)、色素沈着はなかった(
図9A)。形成されたレチノスフェアの数とサイズ(直径)を
図9C及びDに示す。Rax陽性かつSSEA-1陽性の細胞画分からは、Rax陽性かつSSEA-1陰性の細胞画分と比べて、高効率でレチノスフェアが形成されることがわかった(
図9C)。Rax陽性かつSSEA-1陽性の細胞からは、Rax陽性かつSSEA-1陰性の細胞と比べて、形成されたレチノスフェアのサイズが大きいことがわかった(
図9D)。さらに、Rax陽性かつSSEA-1陽性細胞から形成されたレチノスフェアには、Rax陽性かつSSEA-1陽性細胞が80%以上含まれていることが確認された。上記方法により製造されたRax陽性かつSSEA-1陽性の細胞には、Rax陽性かつSSEA-1陰性の細胞と比べて、自己複製能を有する細胞がより多く含まれること、当該Rax陽性かつSSEA-1陽性の細胞はレチノスフェア形成培養により拡大培養できることがわかった。
【0100】
実施例10:ROCK阻害剤添加によるレチノスフェア製造効率の向上
実施例1に記載された方法により調製された浮遊培養開始後24日目の細胞凝集体を、Wntシグナル経路作用物質及びFGFシグナル経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F−12培地に、10% 牛胎児血清、1% N2 supplement、0.5μM レチノイン酸及び100μM タウリンが添加された培地)で、40% O
2条件下で更に39日間すなわち浮遊培養開始後63日目まで浮遊培養した。得られた浮遊培養開始後63日目の細胞凝集体を、実施例4と同様の方法によりパパインを含む分散液を用いて分散させて細胞懸濁液を調製した。得られた細胞懸濁液に含まれる細胞を、DMEM/F−12培地に、bFGF(20ng/ml)、EGF(20ng/ml)、ヘパリン(5μg/ml)、B27(50倍希釈)が添加された無血清培地で、10μM Y−27632(ROCK阻害剤)存在下又は非存在下にて、1×10
5細胞/mlの細胞密度で10日間浮遊培養した。その結果、球状の細胞凝集体(レチノスフェア)が形成された。このとき、Y−27632非存在下ではレチノスフェアが1300個形成されたのに対し、Y−27632存在下ではレチノスフェアが1976個形成された。すなわち、ROCK阻害剤添加により、レチノスフェアの形成効率が上昇することがわかった。
【0101】
実施例11:レチノスフェアからの視細胞の製造
実施例4記載の方法で調製された毛様体周縁部様構造体から、実施例7記載の方法にて一次レチノスフェア及び二次レチノスフェアを形成させた。得られた一次レチノスフェア及び二次レチノスフェアをそれぞれ、ポリ−D−リジン及びラミニンにてコートした細胞培養ディッシュ上に播種し、無血清培地(DMEM/F−12培地に、bFGF(20ng/ml)、EGF(20ng/ml)、B27(50倍希釈)が添加された培地)にて4日間培養した後、血清培地(DMEM/F−12培地に、10% 牛胎児血清、B27、0.5μM レチノイン酸、100μM タウリン及び10μM DAPTが添加された培地)にて、40% O
2、5% CO
2、37℃の条件で、10日間培養した。得られた細胞を、4% パラホルムアルデヒドで固定し、Rax遺伝子の発現を示すGFP蛍光像と視細胞マーカーの1つであるCrxに対する抗体を用いた免疫染色像を観察した。結果を
図10に示す。上記一次レチノスフェア及び二次レチノスフェアそれぞれから、Rax陽性(
図10A及びC)かつCrx陽性(
図10B及びD)の視細胞へと分化できることがわかった。
【0102】
実施例12:レチノスフェアからのアマクリン細胞、神経節細胞の製造
実施例4記載の方法で調製された毛様体周縁部様構造体から、実施例7記載の方法にて一次レチノスフェア及び二次レチノスフェアを形成させた。得られた二次レチノスフェアをそれぞれ、ポリ−D−リジン及びラミニンにてコートした細胞培養ディッシュに播種し、無血清培地(DMEM/F−12培地に、bFGF(20ng/ml)、EGF(20ng/ml)、B27(50倍希釈)が添加された培地)にて2日間培養した後、血清培地(DMEM/F−12培地に、10% 牛胎児血清、B27、0.5μM レチノイン酸、100μM タウリン及び10μM DAPTが添加された培地)にて、40% O
2、5% CO
2、37℃の条件で、10日間培養した。得られた細胞を、4% パラホルムアルデヒドで固定し、Rax遺伝子の発現を示すGFP蛍光像(
図11B)、アマクリン細胞マーカーの1つであるCalretininに対する抗体を用いた免疫染色像(
図11A)、共陽性が神経節細胞のマーカーであるPax6及びTuJ1に対する抗体をそれぞれ用いた免疫染色像(
図11C及びD)を観察した。結果を
図11に示す。上記二次レチノスフェアから、Calretinin陽性のアマクリン細胞(
図11A、B)、及び、Pax6及びTuJ1陽性の神経節細胞(
図11C、D)へと分化できることがわかった。
【0103】
実施例13:SSEA1陽性細胞から形成されたレチノスフェアからの、視細胞、アマクリン細胞、及び、神経節細胞の製造
実施例4記載の方法で調製された毛様体周縁部様構造体から、実施例8記載の方法でセルソーターにて分取したRax陽性かつSSEA-1陽性の細胞画分を、実施例7記載の方法で培養することにより、レチノスフェアを形成させた。得られたレチノスフェアをそれぞれ、ポリ−D−リジン及びラミニンにてコートした細胞培養ディッシュに播種し、無血清培地(DMEM/F−12培地に、bFGF(20ng/ml)、EGF(20ng/ml)、B27(50倍希釈)が添加された培地)にて2日間培養した後、血清培地(DMEM/F−12培地に、10% 牛胎児血清、B27、0.5μM レチノイン酸、100μM タウリン及び10μM DAPTが添加された培地)にて、40% O
2、5% CO
2、37℃の条件で、10日間培養した。得られた細胞を、4% パラホルムアルデヒドで固定し、Rax遺伝子の発現を示すGFP蛍光像(
図12B、F)、視細胞マーカーの1つであるCrx(
図12A)、アマクリン細胞マーカーの1つであるCalretinin(
図12E)、共陽性が神経節細胞のマーカーであるPax6及びTuJ1(
図12C、D)に対する抗体をそれぞれ用いた免疫染色像を観察した。結果を
図12に示す。上記レチノスフェアから、Rax陽性かつCrx陽性の視細胞(
図12A、B、矢印)、Calretinin陽性のアマクリン細胞(
図12E、F、矢印)、及び、Pax6及びTuJ1陽性の神経節細胞(
図12C、D、矢印)へと分化できることがわかった。
【0104】
実施例14:毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体から分離された毛様体周縁部様構造体からのSSEA-1陽性細胞の分取と、分取された細胞からのレチノスフェア形成
実施例1に記載された方法により調製された浮遊培養開始後24日目の細胞凝集体を、Wntシグナル経路作用物質及びFGFシグナル経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F−12培地に、10% 牛胎児血清、1% N2 supplement、0.5μM レチノイン酸及び100μM タウリンが添加された培地)で、40% O
2条件下で更に55日間すなわち浮遊培養開始後79日目まで浮遊培養した。得られた浮遊培養開始後79日目の細胞凝集体から毛様体周縁部様構造体を切り出し、実施例4と同様の方法によりパパインを含む分散液を用いて分散させて細胞懸濁液を調製した。得られた細胞懸濁液(Unsorted画分)を、細胞が生きたままの状態で、磁気ビーズ標識された抗SSEA-1抗体(ミルテニーバイオテク社製)にて免疫染色し、磁気細胞分離装置(MACS、ミルテニーバイオテク社製)を用いて、SSEA-1陽性細胞画分とSSEA-1陰性細胞画分を分取した。
得られたSSEA-1陽性細胞画分とSSEA-1陰性細胞画分を、実施例8記載の方法によりそれぞれFACS解析したところ、SSEA-1陽性細胞画分に含まれる細胞のうち64%がSSEA-1陽性細胞であり、SSEA-1陰性細胞画分に含まれる細胞のうち5%がSSEA-1陽性細胞であることがわかった。毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体から前記毛様体周縁部様構造体を分取した後これを分散させ、得られた細胞懸濁液からSSEA-1陽性細胞画分を分取することにより、純度64%程度のSSEA-1陽性の細胞を製造できることがわかった。
前記Unsorted画分、SSEA-1陽性細胞画分、及び、SSEA-1陰性細胞画分を、実施例7記載の方法で培養することにより、レチノスフェアを形成させた。形成されたレチノスフェアは、Rax陽性であり(
図13B)、色素沈着はなかった(
図13A)。形成されたレチノスフェアの数を
図13Cに示す。Unsorted画分から形成されたレチノスフェアの数(
図13C、"Unsorted")と比べて、SSEA-1陰性細胞画分から形成されたレチノスフェアの数(
図13C、"SSEA1
-")が少なく、SSEA-1陽性細胞画分から形成されたレチノスフェアの数(
図13C、"SSEA1
+")が多いことがわかった。SSEA-1陽性細胞画分から形成されたレチノスフェアは、SSEA-1陰性細胞画分から形成されたレチノスフェアと比べて、サイズが大きいことがわかった。SSEA-1陽性細胞画分から形成されたレチノスフェアには、Rax陽性かつSSEA-1陽性の細胞が80%以上含まれていることが確認された。
上記方法により製造されたSSEA-1陽性細胞画分には、SSEA-1陰性細胞画分と比べて、自己複製能を有する細胞がより多く含まれることがわかった。
【0105】
本出願は、2014年1月17日付で日本国に出願された特願2014-006464を基礎としており、ここで言及することによりその内容は全て本明細書に包含される。