【実施例】
【0044】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、%は質量%を意味する。
【0045】
〔実施例1:リゾホスファチジン酸(以下、「LPA」という。)投与による腫瘍血管の構造変化〕
マウスがん細胞株をマウス皮下に移植して腫瘍を形成させた後にLPAを投与し、LPAが血管に対してどのような構造的変化を誘導するかを観察した。
(1)実験方法
マウスがん細胞株としてLewis肺癌細胞株(以下、「LLC細胞」という。)を用いた。8週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)の皮下に、LLC細胞(1×10
6個/100μL・PBS/匹)を注射した。
LPAには、18:1LPA(Avanti POLAR LIPIDS社)を使用した。50%エタノールを用いて10mMのLPAストック溶液を調製し、−30℃で保存した。使用時に解凍し、超音波洗浄機(エスエヌディ社)で1分間細分化した後、PBSで3mg/kg/100μLとなるように投与用LPA溶液を用時調製した。
【0046】
LLC細胞移植後9日目に、腫瘍体積(長径×短径×高さ×0.5)が60〜80mm
3になったマウスを選択し、試験に供した。コントロール群、LPA/6時間群、LPA/12時間群およびLPA/24時間群の4群を設け、1群あたりの3匹のマウスを用いた。群分け後、LPA群のマウスにLPAを3mg/kg/100μLの用量で腹腔内投与した。LPA投与前(コントロール群)、LPA投与の6、12、24時間後にマウスから腫瘍を摘出した。摘出した腫瘍を4%パラホルムアルデヒド(PFA)/PBSに浸漬し、4℃で一晩振盪して固定した。固定終了後、冷PBS(4℃)で腫瘍を洗浄した。洗浄は6時間行い、30分毎に新しいPBSに交換した。その後、腫瘍を15%スクロース/PBSに浸漬し、4℃で3時間振盪した。次に、30%スクロース/PBSに浸漬し、4℃で3時間振盪した。続いて、腫瘍をO.C.T.コンパウンド(Tissue−Tek社)に包埋し、−80℃で3日以上冷凍した。
【0047】
O.C.T.コンパウンドで包埋した腫瘍を、クライオスタット(LEICA社)で厚さ40μmの切片にスライスした。スライドガラス上に切片を載せ、ドライヤーで2時間風乾した。切片の周りをリキッドブロッカーで囲い、スライド染色バットにスライドガラスをセットし、PBSを用いて室温で10分間洗浄することによりO.C.T.コンパウンドを洗い流した。4%PFA/PBSを用いて室温で10分間後固定を行い、PBSを用いて室温で10分間洗浄を行った。ブロッキング溶液(5% normal goat serum/1% BSA/2% skim milk/PBS)を切片上に滴下し、室温で20分間ブロッキングを行った。1次抗体には、抗マウスCD31抗体であるPurified Hamster Anti−PECAM−1(MILLIPORE社:MAB1398Z)を用い、ブロッキング溶液で200倍希釈して切片上に滴下し、4℃で一晩反応させた。Tween20を含むPBS(PBST)で10分間の洗浄を5回行い、さらにPBSで10分間洗浄を行った。2次抗体には、Alexa Fluor 488 Goat Anti−Hamster IgG(Jackson ImmunoResearch Labolatories社)を用い、ブロッキング溶液で400倍希釈して切片に滴下し、2時間遮光で反応させた。PBSTで10分間の洗浄を5回行い、Vectashild(Vector Laboratories Inc.社)を数滴落とし、カバーガラスで封入した。共焦点レーザー顕微鏡(LEICA社)にて観察し、写真撮影を行った。また、撮影した写真からAngioTool血管構造解析ソフトを用いて1本の血管の長さを測定した。
【0048】
(2)結果
結果を
図1に示した。(A)は共焦点レーザー顕微鏡で標本を観察した写真であり、血管内皮細胞が緑色蛍光に染色され、写真では白く描出されている。(B)はAngioTool血管構造解析ソフトで算出した各群の平均血管長を示す図である。
図1(A)に示したように、LPA投与前の腫瘍血管(control)は網目構造が疎で血管が不連続であったが、6時間後では血管の連結状態が観察されるようになり、12時間、24時間後では正常組織と同様に血管の網状構造が観察された。
図1(B)に示したように、LPAの投与により一本一本の血管の長さが長くなっていることが数値として示された。この結果は、LPA投与後短時間で腫瘍血管のネットワーク構築が誘導されることを示している。したがって、LPAによる腫瘍血管のネットワーク構築は血管内皮細胞の増殖に基づくものとは考え難く、血管内皮細胞の伸長/接着/管腔形成に基づくものと考えられた。なお、結果を示していないが、がん細胞株としてLLC細胞以外のcolon26大腸がん細胞やB16メラノーマ細胞を用いた実験においても同様の結果が得られた。
【0049】
〔実施例2:スフィンゴシン−1−リン酸(以下、「S1P」という。)投与による腫瘍血管の構造変化〕
LPA以外のリゾリン脂質であるS1Pを用いて、LPAと同様に腫瘍血管のネットワーク構築が誘導されるかどうかを観察した。
(1)実験方法
実施例1と同じ方法で8週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)の皮下にLLC細胞を移植した。S1P(Avanti POLAR LIPIDS社)はPBSで10mMとなるように調製し、これをストック溶液として−30℃で保存した。使用時に解凍し、超音波洗浄機(エスエヌディ社)で1分間細分化した後、PBSで0.3mg/kg/100μLとなるように投与用S1P溶液を用時調製した。
【0050】
LLC細胞移植後9日目のマウス(腫瘍体積が60〜80mm
3になった個体)を実験に供し、コントロール群とS1P群の2群に分けた(n=3)。群分け当日から3日間連続で、S1P群のマウスにS1Pを0.3mg/kg/100μLの用量で1日1回、尾静脈内に投与した。コントロール群のマウスにはS1Pに代えてPBS(100μL)を投与した。最終投与の24時間後にマウスから腫瘍を摘出し、実施例1と同じ方法で腫瘍血管の組織標本を作製した。共焦点レーザー顕微鏡(LEICA社)にて観察し、写真撮影を行った。
【0051】
(2)結果
結果を
図2に示した。LPAを投与した場合と同様に、S1Pを投与した場合も腫瘍血管のネットワーク構築が誘導されることが明らかになった。この結果から、腫瘍血管のネットワーク構築を誘導して正常化させることができるのはLPAに限定されず、他のリゾリン脂質を用いても同じ効果を奏することが判明した。
【0052】
〔実施例3:LPA投与後の腫瘍血管内腔の構造的変化〕
(1)実験方法
実施例1と同じ方法で8週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)の皮下にLLC細胞を移植した。また、実施例1と同じ方法で投与用のLPAを調製した。LLC細胞移植後9日目のマウス(腫瘍体積が60〜80mm
3になった個体)を実験に供し、コントロール群とLPA群の2群に分けた(n=3)。群分け後、LPA(3mg/kg/100μL)またはPBS(100μL)を腹腔内投与した。LPAまたはPBS投与の24時間後に、ペントバルビタール(共立製薬株式会社)麻酔下で、マウスを潅流固定した。固定液には、2%ホルムアルデヒドおよび2.5%グルタールアルデヒドを含む0.1Mリン酸緩衝液(pH7.4)を用いた。還流固定後、腫瘍を摘出し、潅流に用いたものと同じ固定液に浸漬して4℃で一晩振盪した。さらに1%四酸化オスミウムおよび0.5%フェロシアンカリウムを含む0.1Mリン酸緩衝液(pH7.4)に浸漬して固定した。濃度上昇系列エタノールで脱水し、t−ブチルアルコールに置換して凍結乾燥を行った。凍結乾燥後、四酸化オスミウムを蒸着し、日立ハイテク製の走査型電子顕微鏡S−4800で、血管内腔面を観察した。
【0053】
(2)結果
結果を
図3に示した。
図3から明らかなように、コントロール群の血管内腔面には糸状仮足を伸ばしたような歪な構造が観察されたが、LPA投与後の血管内腔は非常に平滑な構造が観察された。この結果から、LPAを投与することにより腫瘍内の血液の循環が改善することが予想された。
【0054】
〔実施例4:LPA投与後の腫瘍血管から腫瘍組織への薬剤送達の改善〕
従来から知られているように、腫瘍内は血流が乏しいことに加え、血管透過性が過剰な亢進状態にある。そのため、最終的に腫瘍間質圧を増加させ、腫瘍間質内と血管内の浸透圧の差がなくなり、血管内腔から腫瘍組織内への物質の移動が困難となっている。LPA投与後に腫瘍内の血管網が密に構築され、血管内腔も平滑になることが明らかになったため、LPA投与後の腫瘍血管では薬剤の透過性が改善していることが予想された。そこで、LPA投与後の腫瘍における薬剤の透過性を確認するために、以下の実験を行った。
【0055】
(1)実験方法
実施例1と同じ方法で8週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)の皮下にLLC細胞を移植した。また、実施例1と同じ方法で投与用のLPAを調製した。LLC細胞移植後11日目に、腫瘍体積が100〜120mm
3になったマウスを選択し、コントロール群とLPA群の2群に分けた(n=3)。群分け後、LPA(3mg/kg/100μL)またはPBS(100μL)を腹腔内投与した。LPAまたはPBS投与の24時間後に、ペントバルビタール麻酔下で、ドキソルビシン(ドキソルビシン塩酸塩、日本化薬株式会社)を1.5mg/kgの用量でマウスに尾静脈内に投与した。ドキソルビシンは生理食塩水(大塚製薬株式会社)に溶解し、1.5mg/kgとなるように希釈した後、超音波洗浄機で1分間細分化を行ってから投与した。なお、ドキソルビシンは蛍光を発する抗癌剤であり、励起波長480nm、測定波長575nmで観察することが可能な化合物である。ドキソルビシン投与の20分後にマウスから腫瘍を摘出し、切片の厚さを20μmに変更した以外は実施例1と同じ方法で腫瘍の組織標本を作製した。共焦点レーザー顕微鏡(LEICA社)にて観察し、写真撮影を行った。
【0056】
(2)結果
結果を
図4に示した。
図4中、矢印はドキソルビシンの赤色蛍光シグナルを示す。血管内皮細胞は、抗CD31抗体により緑色蛍光を発している。
図4から明らかなように、コントロールではドキソルビシンの腫瘍内移行はほとんど観察されなかったが、LPAを投与後の腫瘍においては、ドキソルビシンが血管内から腫瘍深部に送達されていることが観察された。
【0057】
〔実施例5:LPAによる腫瘍血管の正常化と分子量の異なる薬剤送達の関係〕
リゾリン脂質投与による腫瘍血管の正常化により抗がん剤の送達性の改善が観察されたが、この薬剤送達に関して、低分子量、高分子量の違いに関わらず送達性が改善するのかどうかを、70kDaデキストランと2000kDaデキストランの2種類のデキストランを用いて解析した。
【0058】
(1)実験方法
実施例1と同じ方法で8週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)の皮下にLLC細胞を移植した。また、実施例1と同じ方法で投与用のLPAを調製した。LLC細胞移植後11日目に、腫瘍体積が100〜120mm
3になったマウスを選択し、70kDaデキストラン投与のコントロール群とLPA群、および2000kDaデキストラン投与のコントロール群とLPA群の合計4群に分けた(n=3)。群分け後、LPA(3mg/kg/100μL)またはPBS(100μL)を腹腔内投与した。LPAまたはPBS投与の24時間後に、ペントバルビタール麻酔下で、各デキストランを尾静脈内に投与した。デキストラン(70kDaおよび2000kDa)は、FITC標識されたデキストラン(SIGMA社)を使用した。どちらのデキストランもPBSに溶解し、5mg/mLとなるように希釈して、その100μLを投与した。デキストラン投与の30分後にマウスから腫瘍を摘出し、実施例4と同じ方法で腫瘍の組織標本を作製した。共焦点レーザー顕微鏡(LEICA社)にて観察し、写真撮影を行った。
【0059】
(2)結果
結果を
図5に示した。70kDaデキストランおよび2000kDaデキストランのいずれも、コントロール群では腫瘍内移行がほとんど観察されなかったが、LPA投与群では腫瘍深部に送達されていることが観察された。この結果から、LPA投与によって腫瘍血管の透過性が正常化されることにより、低分子化合物に限らず、高分子化合物(例えば、核酸、抗体等)も、腫瘍深部に送達可能になると考えられる。
【0060】
〔実施例6:LPAと抗がん剤の併用によるがん治療の検討〕
LPA投与により、抗がん剤を腫瘍深部まで効率よく送達するできることが示されたため、LPAと抗がん剤の併用によるがん治療を試みた。
【0061】
6−1 LLC細胞に対するLPAと5−FUの併用効果
(1)実験方法
実施例1と同じ方法で8週齢のC57BL/6NCrSlcマウスの皮下にLLC細胞を移植した。また、実施例1と同じ方法で投与用のLPAを調製した。抗癌剤として5−FU(協和発酵キリン社)を使用した。5−FUの調製には生理食塩水(大塚製薬株式会社)を用いた。LLC細胞移植後7日目に、腫瘍体積が30〜50mm
3になったマウスを選択し、試験に供した。コントロール群、5−FU群、LPA群および5−FU/LPA群の4群を設けた(n=3)。群分け後、LPA(3mg/kg/100μL)または5−FU(100mg/kg/100μL)またはPBS(100μL)を腹腔内投与した。5−FU/LPA群にはLPAと5−FUの両方を腹腔内投与した。LPAまたはPBSは1日1回7日間連日投与した。5−FUは週1回、合計2回(移植後7日目と14日目)に投与した。投与開始後経時的に腫瘍サイズを測定した。腫瘍体積は、長径×短径×高さ×0.5で計算した。投与開始から2週間後のマウスをペントバルビタール麻酔下で、デジタルカメラで撮影した。また、腫瘍を摘出し、デジタルカメラで撮影した。
【0062】
(2)結果
結果を
図6に示した。(A)は各群の腫瘍体積の経時変化を示す図であり、(B)は各群の代表的なマウスの外観の写真であり、(C)は各群の代表的なマウスから摘出した腫瘍の写真である。
図6から明らかなように、5−FUとLPAの併用投与は、5−FUの単独投与より腫瘍の増大を顕著に抑制した。LPAの単独投与では、腫瘍が赤みを帯びており、血流が増加していることが観察された。また、LPAの単独投与でも、コントロールと比較して腫瘍の増大を抑制することが示された。
【0063】
6−2 メラノーマ細胞に対するLPAと5−FUの併用効果
(1)実験方法
マウスメラノーマ由来細胞株のB16−BL6細胞を用いた。8週齢のC57BL/6NCrSlcマウスの皮下に、B16−BL6細胞(1×10
6個/100μL・PBS/匹)を注射した。LLC細胞移植後7日目に、腫瘍体積が30〜50mm
3になったマウスを選択し、試験に供した。以後の実験方法は、上記6−1と同じである。
【0064】
(2)実験結果
結果を
図7に示した。(A)は各群の腫瘍体積の経時変化を示す図であり、(B)は各群の代表的なマウスの写真である。
図7から明らかなように、5−FUとLPAの併用投与は、5−FUの単独投与より腫瘍の増大を顕著に抑制した。また、LPAの単独投与でも、コントロールと比較して腫瘍の増大を抑制することが示された。
【0065】
6−3 大腸がん細胞に対するLPAと5−FUの併用効果
(1)実験方法
マウス大腸がん細胞株のcolon26細胞を用いた。8週齢のBALB/cマウス(♀、SLC社)の皮下に、colon26細胞(1×10
6個/100μL・PBS/匹)を注射した。LLC細胞移植後7日目に、腫瘍体積が30〜50mm
3になったマウスを選択し、試験に供した。以後の実験方法は、上記6−1と同じである。
【0066】
(2)実験結果
各群の腫瘍体積の経時変化の結果を
図8に示した。
図8から明らかなように、5−FUとLPAの併用投与は、5−FUの単独投与より腫瘍の増大を顕著に抑制した。また、移植後17日目までは、LPAの単独投与でもコントロールと比較して腫瘍の増大を抑制することが示された。
【0067】
6−4 大腸がん細胞に対するLPAとオキサリプラチンの併用効果
(1)実験方法
5−FUに代えてオキサリプラチンを用いた以外は、上記6−3と同じ方法で実施した。オキサリプラチン(コスモバイオ株式会社)の調製には生理食塩水(大塚製薬株式会社)を用い、1.5mg/kg/100μLを腹腔内投与した。
【0068】
(2)結果
各群の腫瘍体積の経時変化の結果を
図9に示した。
図9から明らかなように、オキサリプラチンとLPAの併用投与は、オキサリプラチンの単独投与より腫瘍の増大を顕著に抑制した。また、移植後17日目までは、LPAの単独投与でもコントロールと比較して腫瘍の増大を抑制することが示された。この結果から、LPAと抗がん剤の併用効果は、抗がん剤として5−FUを用いた場合に限らないことが示された。
以上より、LPAの腫瘍血管に対する効果は、あらゆるがん細胞によるがん組織に有効であることが示唆された。
【0069】
いずれの細胞由来の腫瘍に対しても、LPAの単独投与が腫瘍の増大を抑制したことから、LPAにより腫瘍血管の透過性が保たれた結果、がん細胞を攻撃して細胞死を誘導するナチュラルキラー細胞、CD8陽性T細胞などの免疫細胞の腫瘍組織内への浸潤が可能になったと考えられた。また、抗腫瘍活性を示すM1マクロファージの優勢な増加を誘導した可能性もあると考えられた。すなわち、LPA投与が腫瘍血管の血流を改善することにより、腫瘍免疫効果を高めることが示唆された。
【0070】
〔実施例7:LPA投与による血管内皮細胞間接着の誘導〕
実施例3において、LPA投与群では腫瘍血管内腔面が平滑で隙間のない状態に変化していたことから、LPA投与群では血管内皮細胞間の接着が強固になっている可能性が考えられた。そこで、血管内皮細胞の細胞間接着を誘導する分子の1つである、LPA投与後の腫瘍血管におけるVE−カドヘリンの発現を解析した。
【0071】
(1)実験方法
実施例1と同じ方法で8週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)の皮下にLLC細胞を移植した。また、実施例1と同じ方法で投与用のLPAを調製した。LLC細胞移植後9日目のマウス(腫瘍体積が60〜80mm
3になった個体)を実験に供し、コントロール群とLPA群の2群に分けた(n=3)。群分け後、LPA群のマウスにLPAを3mg/kg/100μLの用量で腹腔内投与した。コントロール群は群分け後に腫瘍を摘出し、LPA群はLPA投与の24時間後に腫瘍を摘出した。腫瘍の免疫染色組織標本は、1次抗体および2次抗体を変更した以外実施例1と同じ方法で作製した。1次抗体には、抗マウスVE−カドヘリン抗体であるPurified Goat anti−mouse VE−cadherin(BD pharmigen社)をブロッキング溶液で200倍希釈して用いた。2次抗体には、Alexa Fluor 488 Goat Anti−Rat IgG(Life technologies社)をブロッキング溶液で400倍希釈して用いた。作製した標本を共焦点レーザー顕微鏡(LEICA社)にて観察し、写真撮影を行った。また、共焦点レーザー顕微鏡にてZスタック画像を取得し、VE−カドヘリン発現量(蛍光強度)を解析した。
【0072】
(2)結果
結果を
図10に示した。(A)は共焦点レーザー顕微鏡で標本を観察した写真であり、VE−カドヘリンが緑色蛍光に染色され、写真では白く描出されている。(B)は(A)の写真の斜め白線部分に沿ってZスタック画像を取得し、VE−カドヘリン発現量(蛍光強度)を解析した結果を示すチャートである。(A)の下の写真から、LPA群ではVE−カドヘリンが細胞と細胞の接着面に集まっていることが観察された。一方、コントロール群では、VE−カドヘリンは細胞内に弱く発現していることが観察された。(B)のZスタックチャートを見ても、LPA投与群では、細胞膜部分の蛍光強度が高く、細胞膜にVE−カドヘリンが多く発現していることが示された。この結果から、LPAが血管内皮細胞同士の接着を担うVE−カドヘリンの細胞膜への移行を誘導して、血管内皮細胞同士を接着させることが明らかとなった。
【0073】
〔実施例8:LPA誘導体による血管内皮細胞間接着の誘導]
LPAにより内皮細胞同士の接着性が高まり、血管内皮細胞のネットワークの改善や、血管からの透過性の改善が誘導されることが、上記実施例7で明らかになった。そこで、LPA誘導体であるVPC31144S(N-{(1S)-2-Hydroxy-1-[(Phosphonooxy) Methyl]Ethyl}(9Z) Octadec-9-enamide)によっても、内皮細胞同士の接着性が向上するかどうかを、内皮細胞同士の接着を電気信号で解析する方法を用いて解析した。
【0074】
(1)実験方法
LPAおよびVPC31144Sのin vitroにおける血管内皮細胞同士の細胞接着をバリア機能として解析するために、リアルタイム細胞解析装置ECIS−Zθ(Applied Biophysic 社製)を使用した。
LPAおよびVPC31144SはAvanti POLAR LIPIDS社製を使用した。VPC31144SはLPAR4にアゴニスト作用を示すことが知られているLPA誘導体である。LPAおよびVPC31144Sは、それぞれ50%エタノールを用いて10mMのLPAストック溶液を調製し、−30℃で保存した。使用時に解凍し、超音波洗浄機(エスエヌディ社)で1分間細分化した後、無血清培地にBSAを0.1%加えた培地で10μMに調製した。
【0075】
細胞には、マウス膵臓由来血管内皮細胞株(MS−1)を使用した。5%FBS含有DMEM(Sigma)で細胞懸濁液を調製し、上記装置専用の電極付ウェルプレート(8W10E+、8ウェル)に1×10
5個/400μL/ウェルとなるように播種し、一晩インキュベータで培養してコンフルエントな状態とした。0.1%BSA含有無血清培地に交換し4時間インキュベーションした後、LPAまたはVPC31144Sを10μM含む培地(0.1%BSA含有無血清培地)に交換した。コントロールは、0.1%BSA含有無血清培地に交換した。培地交換後、リアルタイムで細胞間隙の抵抗の指標であるRbを解析し、バリア機能を評価した。
【0076】
(2)結果
結果を
図11に示した。
図11のX軸は時間経過、Y軸は電気抵抗(Rb)を示す。Rbが高いほど、細胞間接着が強いことを示す。LPA添加により、コントロールに比べ電気信号が高まり、長期間にわたって内皮細胞同士のバリア機能が強くなることが示された。同様に、VPC31144を添加した場合も内皮細胞同士のバリア機能が強くなることが示された。さらに、VPC31144を添加した場合は、LPA添加と比較して、添加直後より強いバリア機能が発揮されることが明らかになった。この結果から、LPAに限らず、LPAR4にアゴニスト作用を有するLPA誘導体も、血管形成異常を伴う疾患に対する透過性の改善や血管網の正常化に有用であることが判明した。
【0077】
〔実施例9:LPA投与による原発巣からのがん転移の抑制の検討〕
これまでの報告から、腫瘍組織の低酸素状態はがん細胞そのものの悪性化を誘導し、がん細胞の転移浸潤を旺盛にする可能性が示唆されている。腫瘍内の血流が改善されれば、酸素分圧も腫瘍内で低下せず、がんの悪性化が抑制できる可能性が考えられる。さらに、上記したように内皮細胞同士が接着した状態で維持されることで、血管内へのがん細胞の移動侵入が困難になり、転移が抑制される可能性も考えられる。そこで、高転移能を有するメラノーマ細胞株(B16−BL6細胞)を用いて、LPAのがん転移に対する効果を検討した。
【0078】
(1)実験方法
8週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)の皮下に、B16−BL6細胞(1×10
6個/100μL・PBS/匹)を注射した。B16−BL6細胞移植後7日目に、腫瘍体積が30〜50mm
3になったマウスを選択し、コントロール群とLPA群の2群に分けた(n=3)。群分け後、LPA(3mg/kg/100μL)またはPBS(100μL)を腹腔内投与した。LPAまたはPBSは移植後21日目まで1日1回連日投与した。B16−BL6細胞を移植後42日目に、マウスを安楽死させ肺を摘出した。実体顕微鏡(LEICA社)を用いて、摘出した肺の転移コロニー数を計測した。統計解析には、Student’s t−testを用いた。
【0079】
(2)結果
結果を
図12に示した。
図12から明らかなように、LPA群はコントロール群と比較して、有意に肺への転移を抑制した(p<0.01)。この結果から、LPAによる腫瘍血流改善および血管内皮細胞の接着誘導は、がん細胞の悪性化および転移を抑制することが確認された。
【0080】
〔実施例10:腫瘍組織の血管内皮細胞におけるLPA受容体の発現解析〕
(1)実験方法
実施例1と同じ方法で8週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)の皮下にLLC細胞を移植し、腫瘍を形成させた。腫瘍を摘出し、CD45(血液マーカー)陰性、CD31(血管内皮細胞マーカー)陽性の血管内皮細胞をFACS Aria(BD Bioscience社)を用いて回収した。回収した血管内皮細胞(CD45
−CD31
+)から、RNAeasy kit(Qiagen社)を用いてトータルRNAを得た。次に、ExScript RT reagent Kit(タカラバイオ社)を用いて、トータルRNAからcDNAを合成し、得られたcDNAを用いて、LPA受容体(LPAR)1〜6のmRNAの発現量をリアルタイムPCR法によって解析した。対照として解糖系酵素であるGAPDH(Glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)のmRNAの発現量を測定した。リアルタイムPCRには、Stratagene M×300P(Stratagene社製)を用いた。
【0081】
リアルタイムPCRに用いたプライマーは以下のとおりである。
LPAR1
5'- CCGCTTCCATTTCCCTATTT -3'(配列番号1)
5'- AAAACCGTGATGTGCCTCTC -3'(配列番号2)
LPAR2
5'- CCATCAAAGGCTGGTTCCT -3'(配列番号3)
5'- TCCAAGTCACAGAGGCAGTG -3'(配列番号4)
LPAR3
5'- TTCCACTTTCCCTTCTACTACCTG -3'(配列番号5)
5'- TCCACAGCAATAACCAGCAA -3'(配列番号6)
LPAR4
5'- GCCCTCTCTGATTTGCTTTT -3'(配列番号7)
5'- TCCTCCTGGTCCTGATGGTA -3'(配列番号8)
LPAR5
5'- AGCGATGAACTGTGGAAGG -3'(配列番号9)
5'- GCAGGAAGATGATGAGATTGG -3'(配列番号10)
LPAR6
5'- TGTGCCCTACAACATCAACC-3'(配列番号11)
5'- TCACTTCTTCTAACCGACCAG -3'(配列番号12)
GAPDH
5'- AACTTTGGCATTGTGGAAGG -3'(配列番号13)
5'- GGATGCAGGGATGATGTTCT -3'(配列番号14)
【0082】
(2)結果
結果を
図13に示した。各LPA受容体の発現量は、GAPDHの発現量に対する相対値で示した。
図13から明らかなように、腫瘍組織の血管内皮細胞では、LPAR1、LPAR4およびLPAR6が発現しており、LPAR2、LPAR3およびLPAR5の発現量は検出限界以下であった。
【0083】
〔実施例11:血管内皮細胞株におけるLPA受容体の発現解析およびLPAR4の機能解析〕
(1)LPA受容体の発現解析
実施例9と同じ方法で、MS−1細胞(マウス膵臓由来血管内皮細胞株)から、トータルRNAを回収し、LPA受容体(LPAR)1〜6のmRNAの発現量をリアルタイムPCR法によって解析した。
結果を
図14に示した。各LPA受容体の発現量は、GAPDHの発現量に対する相対値で示した。
図14から明らかなように、MS−1細胞では、LPAR4およびLPAR6が発現しており、LPAR1、LPAR2、LPAR3およびLPAR5の発現量は検出限界以下であった。
【0084】
(2)LPAR4の機能解析
LPAR4特異的siRNA(siRNA ID: s95367、life Technologies社)を、lipofectamine2000(invitrogen社)を用いてMS−1細胞に導入し、LPAR4をノックダウンした。コントロールsiRNAを導入したMS−1細胞をコントロール細胞とした。コントロール細胞とLPAR4ノックダウン細胞を、それぞれコラーゲンタイプIをコーティングしたガラスボトムディッシュ(Iwaki社)に2.5×10
5個/2mLで播種し、細胞がコンフルエントになるまで3日間培養した。細胞をPBSで1分間×3回洗浄した後、ブロッキング溶液(5% normal goat serum/1%BSA/2%skim milk/PBS)をディッシュ上に滴下し、室温で30分間ブロッキングを行った。1次抗体にはPurified Goat anti−mouse VE−cadherin(BD pharmigen社)を用い、4℃で一晩反応させた。Triton X−100含有PBS(PBST)で10分の洗浄を3回行った後、二次抗体Alexa Fluor 488 goat anti−rat IgG(Molecular Probes社)を遮光して室温で1時間反応させた。以降の操作は、すべて遮光下室温で行った。PBSTで10分間の洗浄を3回行った後、TOPRO−3(life Technologies社)で核染色を行い、PBSで10分間の洗浄を2回行い、Vectashield(Vector Laboratories Inc.社)を数滴落としてカバーガラスを載せ、共焦点レーザー顕微鏡で観察および撮影した。
【0085】
結果を
図15に示した。コントロール細胞(左)をコンフルエントになるまで培養すると、敷石状に横の細胞と接しながら増殖したが、LPAR4ノックダウン細胞(右)では増殖細胞数に違いはみられなかったが、細胞同士の接着が歪になった。細胞の形態もコントロール細胞のような紡錘形とならずに、膨化したような形態になっていた。また、至る所でVE−カドヘリンの細胞膜−細胞膜間での欠損がみられ(
図15右の白丸で囲った部分)、細胞間隙が開いていることが判明した。
【0086】
〔実施例12:血管透過性が亢進した新生血管が形成される疾患に対するLPAの作用〕
血管透過性亢進により病態の悪化が観察されるのは腫瘍だけでなく、炎症性疾患や糖尿病性網膜症や加齢黄斑変性症等においても、新生血管の透過性亢進による病態の悪化が観察される。そこで、LPAが腫瘍血管のみならず、他の疾患モデルにおいても新生血管の血管透過性亢進の抑制に効果があるかどうかを解析した。
【0087】
12−1 下肢の虚血モデル
下肢の虚血モデルは、バージャー病や慢性閉塞性動脈硬化症の病態モデルとして利用されている。すなわち、マウス下肢の血管を切除すると、その血管支配領域に虚血が生じ、さらに手術手技により炎症がもたらされた結果、血管新生が誘導され、新生血管の透過性亢進に起因して下肢の筋肉部位に浮腫が生じる。LPAにこのような炎症や虚血による新生血管の透過性亢進を抑制する効果があるかどうかを検討した。
【0088】
(1)実験方法
6週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)を用いた。ペントバルビタール(共立製薬株式会社)麻酔下で、右下肢の鼠径部の皮膚を切開し、大腿静脈起始部を結紮した後、伏在動静脈末端を結紮し、さらにその他の分枝を剥離して本枝とともに切除した。切除後、皮膚切開部を滅菌済縫合糸(夏目制作所)で縫合し、麻酔から覚醒するまで37℃恒温器上に静置した。覚醒後、LPA群(n=3)にはLPA(3mg/kg/100μL)を、コントロール群(n=3)にはPBS(100μL)を、それぞれ腹腔内投与した。投与は3日連続で1日1回、合計3回行った。最終投与の24時間後に、大腿周囲の長さを測定した。
【0089】
(2)結果
結果を
図16に示した。LPA投与群ではコントロール群に比べ大腿周囲の長さが顕著に短くなり、浮腫が抑制されていることが判明した。
【0090】
12−2 加齢黄斑変性症モデル
滲出性加齢黄斑変性は、脈絡膜新生血管を原因とする眼疾患であり先進国の失明原因第1位を占める。脈絡膜新生血管は、健常な血管と異なり血管透過性が亢進しており、血液成分が漏出するため網膜浮腫や網膜下液が生じて視機能障害を引き起こす。現在、脈絡膜新生血管の発生や増殖に関与するVEGFを阻害する薬剤が臨床応用されているが、未だに視機能を完全に回復させる治療法はなく、さらなる有効な治療法の開発が望まれている。そこで、LPAがこの脈絡膜新生血管の透過性亢進を抑制し得るかどうかを検討した。
【0091】
(1)実験方法
8週齢のC57BL/6NCrSlcマウス(♀、SLC社)を用いた。ペントバルビタール(共立製薬株式会社)麻酔下でトロピカミド(参天製薬製)を点眼して散瞳し、細隙灯顕微鏡でマウス眼底を観察しながら眼底視神経乳頭周囲の網膜に両眼4か所ずつレーザーを照射し(Ultima 2000 SE)脈絡膜新生血管を誘発した。レーザー照射条件は、150mW、0.05秒、75μmとした。LPA群(n=3)にはLPA(3mg/kg/100μL)を、レーザー照射後5日目と6日目に腹腔内投与し、コントロール群(n=3)にはPBS(100μL)を、レーザー照射後5日目と6日目に腹腔内投与した。レーザー照射後7日目(LPA初回投与後48時間目)に、ペントバルビタール麻酔下でFITC標識70kDaデキストラン(SIGMA社)を尾静脈内に投与した。デキストランはPBSに溶解し、5mg/mLとなるように希釈して、その50μLを投与した。デキストラン投与の10分後に眼球を回収した。回収した眼球を4%パラホルムアルデヒド(PFA)/PBSに2時間浸漬した後、眼球から角膜、水晶体、網膜を取り除き、脈絡膜フラットマウントを作製した。その後、4℃のPBSを用いて洗浄した。30分毎に新しいPBSに交換しながら6時間洗浄を行った。続いて、ブロッキング溶液(5% normal goat serum/1%BSA/2%skim milk/PBS)を加えて室温で2時間ブロッキングを行った。1次抗体には、抗マウスCD31抗体であるPurified Hamster Anti−PECAM−1(MILLIPORE社:MAB1398Z)を用い、ブロッキング溶液で200倍希釈して切片上に滴下し、4℃で一晩反応させた。PBSTで30分間の洗浄を6回行い、さらにPBSで30分間洗浄を行った。2次抗体には、Alexa Fluor 488 Goat Anti−Hamster IgG(Jackson ImmunoResearch Labolatories社)を用い、ブロッキング溶液で400倍希釈して切片に滴下し、6時間遮光で反応させた。PBSTで30分間の洗浄を6回行い、Vectashildを数滴落とし、カバーガラスで封入した。共焦点レーザー顕微鏡にて観察し、写真撮影を行った。
【0092】
(2)結果
結果を
図17に示した。上段(CD31)は血管内皮細胞を抗CD31抗体で免疫染色した組織標本を観察した写真であり、血管内皮細胞が緑色蛍光に染色され、写真では白く描出されている。下段(Dextran)は新生血管から漏出したデキストランの蛍光を観察した写真である。上段に示したように、脈絡膜新生血管の大きさに関してLPA群とコントロール群との間に有意差は求められなかった。一方、下段に示したように、デキストランの漏出に関しては、LPA群は顕著にデキストランの漏出が抑制されており、LPAは血管透過性亢進を抑制する作用を有することが明らかとなった。この結果から、LPAは加齢黄斑変性症における血管透過性を抑制して病態を改善する効果を有することが判明した。
【0093】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。