特許第6574601号(P6574601)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6574601
(24)【登録日】2019年8月23日
(45)【発行日】2019年9月11日
(54)【発明の名称】セルロースフィルム、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   D21H 11/18 20060101AFI20190902BHJP
   C08B 15/04 20060101ALI20190902BHJP
   C08J 5/18 20060101ALI20190902BHJP
【FI】
   D21H11/18
   C08B15/04
   C08J5/18CEP
【請求項の数】8
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-92563(P2015-92563)
(22)【出願日】2015年4月30日
(65)【公開番号】特開2016-210830(P2016-210830A)
(43)【公開日】2016年12月15日
【審査請求日】2018年2月21日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107515
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100107733
【弁理士】
【氏名又は名称】流 良広
(74)【代理人】
【識別番号】100115347
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 奈緒子
(72)【発明者】
【氏名】磯貝 明
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 継之
(72)【発明者】
【氏名】清水 美智子
【審査官】 堀内 建吾
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−202855(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/034426(WO,A1)
【文献】 特開2016−160406(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/072231(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/074340(WO,A1)
【文献】 特開2004−269708(JP,A)
【文献】 特表2002−521577(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/182438(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D21B1/00−D21J7/00
C08B1/00−37/18
C08J5/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルボキシ基のプロトンの20%以上がナトリウムに置換されたナトリウム型酸化セルロースの少なくとも一部のカルボキシ基がナトリウム以外の金属で置換されたセルロースフィルムであって、
酸素透過性が1(mL・μm・m−2・kPa−1・day−1)以下であることを特徴とするセルロースフィルム。
【請求項2】
波長450nm〜650nmの光の平均光透過率が60%以上である請求項1に記載のセルロースフィルム。
【請求項3】
赤外分光法(IR)で得られたスペクトルにおいて、1,720cm−1付近にピークを有さない請求項1から2のいずれかに記載のセルロースフィルム。
【請求項4】
セルロースを酸化して酸化セルロースにする工程と、
前記酸化セルロースを亜塩素酸ナトリウムにより更に酸化して、カルボキシ基のプロトンの20%以上がナトリウムに置換されたナトリウム型酸化セルロースを得る工程と、
前記ナトリウム型酸化セルロースを基体上に配して乾燥させて、ナトリウム型酸化セルロースフィルムを作製する工程と、
前記ナトリウム型酸化セルロースフィルムを酸に接触させることなく、ナトリウム以外の金属塩水溶液に接触させ、前記ナトリウムを前記ナトリウム以外の金属塩水溶液に含有されている金属に置換する工程と、を含むこと特徴とするセルロースフィルムの製造方法。
【請求項5】
前記金属塩の金属が、2価及び3価のいずれかである請求項4に記載のセルロースフィルムの製造方法。
【請求項6】
前記金属塩水溶液が、金属塩化物水溶液である請求項4から5のいずれかに記載のセルロースフィルムの製造方法。
【請求項7】
セルロースフィルムにおけるカルボキシ基がイオン置換されたフィルムの製造方法であって、
請求項4から6のいずれかに記載のセルロースフィルムの製造方法を含むことを特徴とするセルロースフィルムの製造方法。
【請求項8】
セルロースが、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン(TEMPO)を用いて酸化させて得られた酸化セルロースである請求項7に記載のセルロースフィルムの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースフィルム、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生産技術や流通の発達に伴い、食品や医薬品等を透明フィルムに包むことが一般的に行われている。現在、前記透明フィルムは、ポリビニルアルコール、エチレンビニルアルコールなどの素材から製造されたものが主流となっている。しかし、前記素材は、石油から合成されたものであるため、前記素材からなる透明フィルムを廃棄する際の燃焼により、大気中の二酸化炭素を増加させることから、環境問題の原因となっている。前記問題を解決させるために、例えば、生分解性材料であるセルロース及びセルロースフィルムが提案されている(例えば、特許文献1)。
【0003】
前記医薬品や前記食品は、酸化されると劣化することが知られている。このため、前記医薬品や前記食品を包装するフィルムは、酸素透過性が低い(以下「酸素バリア性がある」と称することがある)ことが求められてきた。しかし、セルロース繊維は親水性であるため、高湿度環境下では、セルロースフィルムの水蒸気又は酸素の通しやすさが増加するという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012−122077号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、従来における前記諸問題を解決するため、高湿度環境下でも酸素透過性が低く保たれるセルロースフィルム、及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するための手段としての、本発明のセルロースフィルムは、少なくとも一部のカルボキシ基が金属で置換されたセルロースフィルムであって、酸素透過性が1(mL・μm・m−2・kPa−1・day−1)以下である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、高湿度環境下でも酸素透過性が低いセルロースフィルム、及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、実施例1及び2、比較例1及び2のセルロースフィルムの酸素透過性の測定結果である。
図2図2は、実施例1及び2、比較例1及び2のセルロースフィルムの光透過率の測定結果である。
図3図3は、実施例1及び2、比較例1及び2のセルロースフィルムのFT−IR測定結果である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
(セルロースフィルム及びその製造方法)
本発明のセルロースフィルムの製造方法は、セルロース繊維製造工程と、フィルム形成工程と、イオン交換工程と、を含み、更にその他の工程を含んでいてもよい。
本発明のセルロースフィルム(以下「セルロースナノファイバーフィルム」と記載することがある)は、前記セルロースフィルムの製造方法により好適に製造することができる。
【0010】
<セルロース繊維製造工程>
本発明のセルロース繊維製造工程は、酸化処理、分散化処理を少なくとも含み、酸化処理と分散化処理の間に追酸化処理を含むことが好ましく、更に必要に応じてその他の処理を含む。
【0011】
<<酸化処理>>
前記酸化処理とは、セルロースを酸化して酸化セルロースにする処理である。前記セルロースは、セルロース系原料であることが好ましい。前記酸化するとは、前記セルロース系原料とN−オキシル化合物、及び共酸化剤を含む反応液中で前記セルロース系原料を酸化して酸化セルロース繊維を得る処理である。
【0012】
−セルロース系原料−
前記セルロース系原料としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプ、コットンリンターやコットンリントのような綿系パルプ、麦わらパルプやバガスパルプ等の非木材系パルプ、バクテリアセルロース、ホヤから単離されるセルロース、海草から単離されるセルロースなどが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
前記セルロース系原料は、叩解等の表面積を高める処理を施したものであってもよい。
【0013】
前記反応液における前記セルロース系原料の分散媒としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、水などが挙げられる。
前記反応液中における前記セルロース系原料の濃度としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0014】
−N−オキシル化合物−
前記N−オキシル化合物としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、「Cellulose」Vol.10、2003年、第335ページから341ページにおけるI. Shibata及びA. Isogaiによる「TEMPO誘導体を用いたセルロースの触媒酸化:酸化生成物のHPSEC及びNMR分析」に記載されている化合物などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
前記N−オキシル化合物の具体例としては、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−N−オキシル(以下、「TEMPO」と称することがある)、4−アセトアミドTEMPO、4−カルボキシ−TEMPO、4−フォスフォノオキシ−TEMPOなどが挙げられる。
前記反応液における前記N−オキシル化合物の含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、触媒量などが挙げられる。
【0015】
−共酸化剤−
前記共酸化剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、次亜ハロゲン酸又はその塩、亜ハロゲン酸又はその塩、過ハロゲン酸又はその塩、過酸化水素、過有機酸など挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
前記共酸化剤の具体例としては、次亜塩素酸ナトリウム、次亜臭素酸ナトリウムなどが挙げられる。
前記反応液における前記共酸化剤の含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0016】
−その他の成分−
前記反応液は、上述したセルロース系原料、N−オキシル化合物、及び共酸化剤以外のその他の成分を含んでいてもよい。
前記その他の成分としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、臭化物、ヨウ化物、又はこれらの混合物などが挙げられる。
【0017】
−−臭化物、ヨウ化物、又はこれらの混合物−−
前記臭化物、及びヨウ化物としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、臭化アルカリ金属、ヨウ化アルカリ金属などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
前記反応液における前記臭化物、ヨウ化物、又はこれらの混合物の含有量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0018】
前記酸化処理における、反応液のpH、反応温度、圧力、反応時間などの条件としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0019】
−酸化セルロース繊維−
前記酸化処理により得られる酸化セルロース繊維(以下「TOC」と称することがある)は、カルボキシ基量が0.8mmol/g以上2.2mmol/g以下、アルデヒド基量が0.8mmol/g以下である。
前記酸化セルロース繊維中のカルボキシ基量とアルデヒド基量は、T.Saito及びA.Isogai、「TEMPO−mediated oxidation of native cellulose. The effect of oxidation conditions on chemical and crystal structures of the water−insoluble fractions」(Biomacromolecules、Vol.5、1983〜1989ページ、2004年)に記載されている方法に従い、亜塩素酸ナトリウムによる追酸化処理と電導度滴定によって測定することができる。
【0020】
また、前記酸化処理の条件を選択することで、後述の追酸化処理を行わなくてもアルデヒド基を含まない酸化セルロース繊維を得ることができる。
前記アルデヒド基含まない酸化処理の条件としては、特に制限はなく、例えば、T.Saito,M.Hirota,N.Tamura,S.Kimura,H.Fukuzumi,L.Heux,A.Isogai、「Individualization of nano−sized plant cellulose fibrils by direct surface carboxylation using TEMPO catalyst under neutral conditions」(Biomacromolecules、Vol.10、1992〜1996ページ、2009年)に記載されている条件を適宜選択することができる。
【0021】
<<<追酸化処理>>>
前記酸化処理の後に、追酸化処理を含むことが好ましい。
前記追酸化処理は、前記酸化処理で得られた酸化セルロース繊維を亜塩素酸ナトリウムにより更に酸化する工程である。
前記追酸化処理の条件としては、特に制限はなく、例えば、T.Saito及びA.Isogai、「TEMPO−mediated oxidation of native cellulose. The effect of oxidation conditions on chemical and crystal structures of the water−insoluble fractions」、Biomacromolecules、Vol.5、1983〜1989ページ、2004年)に記載されている条件を適宜選択することができる。
前記追酸化処理により、C6位に微量生成したアルデヒド基をカルボキシ基に酸化した、アルデヒド基を含まない酸化セルロース繊維を得ることができる。また、前記カルボキシ基のプロトンの通常は20%以上、好ましくは70%以上ナトリウムに置換されており、前記追酸化処理によりナトリウム型酸化セルロース繊維(以下、「TOC−Na」と称することがある)が得られる。
【0022】
前記酸化処理で得られたナトリウム型酸化セルロース繊維は、この段階ではナノファイバー単位までバラバラに分散しているわけではないため、通常の水洗−吸引ろ過洗浄方法により洗浄することができる。
前記洗浄方法の具体例としては、吸引ろ過あるいは遠心分離の少なくともいずれかで水洗、洗浄する方法が挙げられる。前記洗浄の回数は、1回であってもよいし、複数回であってもよい。前記洗浄により、未反応の共酸化剤や各種副生成物を除去することができる。
【0023】
<<分散化処理>>
前記分散化処理は、ナトリウム型酸化セルロース繊維(TOC−Na)を水で希釈し、解繊処理してナトリウム型セルロース微細分散体(以下、「ナトリウム型セルロースナノファイバー」又は「TOCN−Na」と称することがある)を作製する工程である。
前記解繊処理としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、以下のような条件で行うことができる。濃度が0.1質量%のTOC−Na水懸濁液25mLに対し、超音波ホモジナイザー(日本精機社製 US−300T、プローブチップ7mm、出力300W、19.5kHz)で4分間解繊処理を行う。
また、前記懸濁液のTOC−Naの濃度は、0.05質量%以上0.5質量%以下の範囲で適宜選択することができる。
【0024】
次いで、未解繊ナトリウム型酸化セルロース繊維を除去するために、前記解繊処理後の前記懸濁液を9,000rpmで15分間遠心分離機にて遠心分離を行って、沈殿である未解繊ナトリウム型酸化セルロース繊維を除去し、未解繊ナトリウム型酸化セルロース繊維を含まない上澄みである、ナトリウム型セルロース微細分散体(TOCN−Na)を得る。
【0025】
<フィルム形成工程>
前記フィルム形成工程とは、酸化セルロースを基体上に配して乾燥させて、酸化セルロースフィルムを作製する工程であって、例えば、前記ナトリウム型セルロース微細分散体(TOCN−Na)をシャーレに注入する工程と、乾燥機中で乾燥する工程と、前記シャーレから剥離する工程と、を含み、必要に応じてその他の工程を含む。前記フィルム形成工程により、ナトリウム型セルロースフィルム(以下、「TOCN−Naフィルム」と称することがある)を得ることができる。
前記ナトリウム型セルロース微細分散体の注入量は、前記ナトリウム型セルロース微細分散体フィルムの厚みが、5μm以上50μm以下になるように調節する。前記ナトリウム型セルロース微細分散体フィルムの厚みを前記範囲に調節すると、その密度は、1g/cm以上1.6g/cm以下になる。前記ナトリウム型セルロース微細分散体フィルムの厚みは、前記シャーレの大きさを選択することにより、調整してもよい。
前記シャーレの材質としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ポリスチレンなどが挙げられる。
前記乾燥機の温度としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、室温(25℃)〜50℃が好ましく、40℃がより好ましい。
前記乾燥の期間としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、3日間〜6日間が好ましく、3日間がより好ましい。
【0026】
<イオン交換工程>
本発明におけるイオン交換工程とは、前記酸化セルロースフィルムを酸に接触させることなく、金属塩水溶液に接触させる工程である。前記イオン交換工程は、例えば、前記ナトリウム型セルロースフィルム(TOCN−Naフィルム)を金属塩水溶液に接触させる工程を含み、必要に応じてその他の工程を含む。
前記酸に接触させる工程とは、例えば、前記ナトリウム型セルロースフィルム(TOCN−Naフィルム)を酸に浸して、表面のセルロースのカルボキシ基のナトリウム塩をプロトンにして、表面のセルロースの6位がカルボキシ基になったプロトン型セルロースフィルム(以下、「H型セルロースフィルム」と称することがある)にする工程のことである。前記イオン交換工程においては、イオン交換の効率の点から、前記酸に接触させる工程を経ることなく、得られた前記ナトリウム型セルロースフィルムを金属塩水溶液に浸す工程を行うことが好ましい。
【0027】
前記金属塩水溶液に含まれる金属の価数は、目的に応じて適宜選択することができるが、2価及び3価のいずれかの価数の金属であることが好ましい。
前記2価及び3価の金属としては、例えば、カルシウム、マグネシウム、鉄(2価)、アルミニウム、鉄(3価)などが挙げられるが、前記セルロース微細分散体間の結合を強める点から、カルシウム、アルミニウム、及び鉄(3価)が好ましく、カルシウム又はアルミニウムが特に好ましい。
前記金属塩水溶液に含まれる金属塩としては、例えば、金属塩化物、金属硫化物、金属酸化物がなど挙げられるが、安価であること、毒性が低い点から、金属塩化物が好ましい。
【0028】
前記ナトリウム型セルロースフィルム(TOCN−Naフィルム)を金属塩水溶液に浸す条件は、目的に応じて適宜選択することができるが、室温(23℃)で、2時間以上浸すことが好ましい。ナトリウム型セルロースフィルムを金属塩水溶液に浸すことで、セルロース表面のナトリウムが金属塩水溶液に含有されている金属に置換される。例えば、前記ナトリウム型セルロースフィルム(TOCN−Naフィルム)を塩化カルシウム水溶液に浸すことにより、カルシウム型セルロースフィルム(以下、「TOCN−Caフィルム」と称することがある)を製造することができる。
前記イオン交換工程後の前記セルロースフィルムは、酸素バリア性を高める点で、セルロース繊維表面のカルボキシ基がすべて金属イオンに置換しているセルロース繊維から形成されることが好ましい。
前記セルロースフィルムの表面が金属に置換されたことは、後述する蛍光X線装置により、ナトリウムイオンの有無を確認することで調べることができる。
前記金属塩水溶液に浸した後のセルロースフィルムは、洗浄して使用することが好ましい。前記洗浄は、例えば、蒸留水で行うことができる。
【0029】
本発明における、セルロースフィルムの製造方法は、セルロース繊維表面のカルボキシ基に着目すると、イオン交換(イオン置換)方法とも取れる。
【0030】
本発明のセルロースフィルムは、前記セルロースフィルムの製造方法により好適に製造されたフィルムである。前記セルロースフィルムは、金属置換する前のセルロースフィルム、及び金属置換後のセルロースフィルムのいずれも含む。以下、本発明のセルロースフィルムの物性について述べる。
【0031】
<平均光透過率>
前記セルロースフィルムの平均光透過率としては、より無色に近いフィルムを提供できる点から、25℃で、70%以上が好ましく、80%以上が更に好ましい。
前記光透過率を測定する手段としては、特に制限はなく、公知の手段を適宜選択することができ、例えば、紫外可視近赤外分光光度計(日本分光株式会社製、V−670)などが挙げられる。
前記平均光透過率は、厚み5μm以上50μm以下のセルロースフィルムを、室温(25℃)にて、波長450nm、500nm、600nmの光透過率をそれぞれ10回ずつ測定し、それら総ての光透過率の平均値(30点平均)を表す。前記平均光透過率が70%以上であると、前記セルロースフィルムは、可視光域にわたって無色透明である。
【0032】
<酸素透過性>
前記セルロースフィルムの酸素透過性としては、包装フィルムとして用いた場合に内包物の酸化を防止できる点から、23℃、常圧、相対湿度80%の条件下で、フィルムの厚みが5μmから50μm、欠陥がないフィルムで測定した値が、1(mL・μm・m−2・kPa−1・day−1)以下であり、0.2(mL・μm・m−2・kPa−1・day−1)以下が好ましい。
前記酸素透過性を測定する手段としては、特に制限はなく、公知の手段を適宜選択することができ、例えば、酸素透過性測定装置(Modern control社製、OX−TRAN 2/21)を用いて、国際標準化規格ASTM D−3985に基づいて測定する方法などが挙げられる。
前記常圧とは、1,010hPa±50hPaのことを指す。
【0033】
<金属置換されたセルロース表面のカルボキシ基の検出>
前記セルロースフィルムの表面のカルボキシ基のナトリウム塩が全てナトリウム以外の金属に置換されたことについては、蛍光X線装置を用いて調べることができる。前記蛍光X線装置は、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、堀場製作所製MESA−500を用いて測定することができる。
【0034】
<H型セルロースフィルムのカルボキシ基の検出>
前記セルロースフィルム表面のカルボキシ基のナトリウム塩が、プロトンに置換されたこと(前記H型セルロースフィルム)については、赤外分光測定により調べることができる。前記赤外分光測定は、フーリエ変換赤外分光(以下、「FT−IR」と表記する)光度計で行われる。前記フーリエ変換赤外分光光度計は、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、日本分光株式会社製FT/IR−6100で測定することができる。
前記セルロースフィルムを金属置換する工程において、酸溶液に浸す工程を経てから金属塩化物に浸す工程を経て製造されたH型セルロースフィルムのFT−IRスペクトルには、特徴的なピークとして、1,720cm−1付近に前記H型セルロースフィルムの表面のカルボキシ基由来のピークが観測される。前記セルロースフィルムを金属塩化物水溶液に浸す工程により、前記H型セルロースフィルム表面のカルボキシ基のプロトンが金属イオンに置換されると、前記ピークは出現しない。前記1,720cm−1付近とは、1,720±30cm−1の波長を指す。
前記ピークの有無は、装置付帯のソフトでスムージング処理後のFT−IRスペクトル曲線の、1,720±30cm−1域の二次微分がゼロ又はマイナスであれば、ピークがないものと判断する。
【0035】
<セルロースフィルムの厚み、水分率、密度>
前記セルロースフィルムの厚みとしては、5μm以上50μm以下が好ましい。
前記フィルムの厚みは、フィルムの干渉スペクトルのピーク数と屈折率により求めることができる。その詳細は、「Method. Journal of Sol−Gel Science and Technology 2009年、51巻、215〜221ページ」に記載されている条件を適宜選択する。
前記フィルムの屈折率を測定する手段としては、特に制限はなく、公知の手段を適宜選択することができ、例えば、株式会社アタゴ製のアッベ屈折計(NAR―1T Solid)などが挙げられる。前記フィルムの干渉スペクトルは、紫外可視近赤外分光光度計(例えば、日本分光株式会社製、V−670を用いて測定することができる。
前記セルロースフィルムの水分率は、23℃、50%RHで一日以上調湿したのちのフィルムの水分率のことを指し、前記水分率としては、5質量%以上20質量%以下が好ましい。前記フィルムの水分率の測定方法としては、105℃、3時間の加熱処理前後の重量差の割合から求めることができる。
前記セルロースフィルムの密度としては、1g/cm以上2.0g/cm以下が好ましい。前記密度の算出方法としては、23℃、相対湿度50%での重量を体積で除することで求めることができる。
【0036】
<乾燥引張り機械特性>
前記乾燥セルロースフィルムの前記乾燥引張り機械特性(ヤング率、引張り強度、破断ひずみ、破壊仕事)のうち、ヤング率は、10GPa以上が、引張り強度は150MPa以上が、破断ひずみは2%以上10%以下が好ましい。
前記乾燥セルロースフィルムの引張り試験としては、目的に応じて適宜選択できるが、例えば、以下の条件で測定できる。23℃、常圧、50%RHの雰囲気下で500Nのロードセルを有する島津製作所製の精密万能試験機(EZ Test)により、幅3mm、長さ3cmの切片に切り出したフィルムを用いて行う。試験条件はスパン長10mm、引張速度1mm・min−1とし、同じフィルムで5回以上測定を行い、3回の測定平均値を算出した値を用いる。
【0037】
<湿潤引張り機械特性>
前記乾燥セルロースフィルムの前記湿潤引張り機械特性(ヤング率、引張り強度、破断ひずみ、破壊仕事)のうち、ヤング率は0.03GPa以上5GPa以下が、引張り強度は1MPa以上50MPa以下が、破断ひずみは1%以上20%以下が好ましい。
湿潤フィルムの引張試験としては、目的に応じて適宜選択できるが、例えば、以下の条件で測定できる。TAPPI規格(456 om−87)に従い、蒸留水中で保存した試験片を取り出し、ろ紙で表面水分を除いた後直ちに引張試験に供することにより行うことができる。試験片のサイズは幅3mm、長さ30mmとし、測定のスパン長は10mmとする。湿潤フィルムの厚みは、ソフトタッチマイクロメータ(ミツトヨ株式会社製、CLM1−15QM)を用いて湿潤引張試験を行う直前に測定した値を用いる。
【0038】
本発明のセルロースフィルムは、目視で包装する対象物の色、変化の判別ができることが好ましい、食品や医薬品の包装材として好適に用いることができる。
【実施例】
【0039】
以下に実施例等を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例等に何ら限定されるものではない。以下の実施例では、製造会社の記載を特別にしていない試薬は和光純薬株式会社製を用いた。
【0040】
(実施例1)
<ナトリウム型セルロースナノファイバー製造工程>
500mLビーカーに、乾燥重量で3g相当分の針葉樹漂白クラフトパルプ(日本製紙株式会社製、α―セルロース含有量約90質量%、粘度平均重合度約1,300)、0.458gの前記TEMPO、及び0.3gの臭化ナトリウムを蒸留水300mLに分散させた後、13質量%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を、1gのパルプに対して次亜塩素酸ナトリウムの量が10mmolとなるように加えて反応を開始した。反応中は、0.5mol・L−1の水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHを10に保ち、室温(20℃〜25℃)で撹拌しながら、2.5時間後にエタノールを添加し、反応を停止させた。反応液をろ過し、蒸留水で洗浄して、セルロース繊維を得た。
得られたセルロース繊維(乾燥重量で3g相当分)、3.42gの亜塩素酸ナトリウムをpH4.8の酢酸緩衝液300mLに分散させ、撹拌し反応を開始した。2日間撹拌し、反応液をガラスフィルターでろ過し、蒸留水で洗浄してナトリウム型セルロース繊維(TOC−Na)を得た。
前記ナトリウム型セルロース繊維を、0.1%(w/v)になるように蒸留水に分散させ、7mm径のチップを有する超音波ホモジナイザー(US−300T、日本精機製作所株式会社)による解繊処理を行った。前記解繊処理は25mLの前記TOC−Na分散液に対して、19.5kHz(最大出力300W)の条件により4分間行った。前記解繊処理後の前記TOC−Na分散液を、9,000rpm、15分間の遠心分離により粗大物を除き、ナトリウム型セルロースナノファイバー(TOCN−Na)分散液を得た。
【0041】
<ナトリウム型セルロースナノファイバー(TOCN−Na)フィルム形成工程>
前記TOCN−Naを0.1%(w/v)になるように水に分散させ、前記0.1%(w/v)TOCN−Na水分散液30mLをポリスチレン製シャーレに注ぎ、40℃、3日間、オーブンにて乾燥させ、ナトリウム型セルロースナノファイバー(TOCN−Na)フィルムを得た。
【0042】
<カルシウム型セルロースナノファイバー(TOCN−Ca)フィルムの作製>
前記ナトリウム型セルロースナノファイバー(TOCN−Na)フィルムを、0.1mol・L−1塩化カルシウム水溶液に2時間浸し、蒸留水で洗浄し、23℃、50%RHの恒温室で1日乾燥させてカルシウム型セルロースナノファイバー(TOCN−Ca)フィルムを得た。
【0043】
<酸素透過性>
前記TOCN−Caフィルムの酸素透過性は、酸素透過性測定装置(Modern control社製、OX−TRAN 2/21)を用いて、ASTM D−3985に準拠して測定した。結果を図1に示す。前記TOCN−Caフィルムの80%RHにおける酸素透過性は、0.08(mL・μm・m−2・kPa−1・day−1)だった。
【0044】
<光透過率>
前記TOCN−Caフィルムの光透過率を、紫外可視近赤外分光光度計(日本分光株式会社製、V−670)を用いて測定した結果を図2に示す。前記TOCN−Caフィルムの450nmの光透過率を10回測定した平均光透過率は83.3%、500nmの光透過率を10回測定した平均光透過率は83.7%、600nmの光透過率を10回測定した平均光透過率は84.4%であり、前記総ての平均光透過率(30点平均)は83.8%であった。
【0045】
<赤外(IR)吸収スペクトル>
前記TOCN−CaフィルムのIRスペクトルを、フーリエ変換赤外分光光度計(日本分光株式会社製、FT/IR−6100)を用いて測定し、装置付帯のソフトで解析した結果を図3に示す。前記TOCN−CaフィルムのIRスペクトルには、カルボキシ基の吸収ピークである1,720cm−1付近にはピークを示さなかった。
【0046】
前記TOCN−Caフィルムの厚み、密度、乾燥フィルムの物性(水分率、ヤング率、引張り強度、破断ひずみ、破壊仕事)、及び湿潤処理を行った後の湿潤フィルムの物性(水分率、ヤング率、引張り強度、破断ひずみ、破壊仕事)を表1に記載した。
【0047】
(実施例2)
<アルミニウム型セルロースナノファイバー(TOCN−Al)フィルムの作製>
前記実施例1のカルシウム型セルロースナノファイバー(TOCN−Na)フィルムを作製する工程において、0.1M塩化カルシウム水溶液を、0.1M塩化アルミニウム水溶液に変えた以外は、実施例1と同じように作製し、アルミニウム型セルロースナノファイバー(TOCN−Al)フィルムを得た。得られたアルミニウム型セルロースナノファイバー(TOCN−Al)フィルムについては、実施例1と同様の測定を行い、結果を表1及び図1図3に示した。
【0048】
(比較例1)
<イオン交換工程なしのセルロースフィルム>
前記実施例1のナトリウム型セルロースナノファイバー(TOCN−Na)フィルムを用いて、実施例1と同様の測定を行い、結果を表1及び図1図3に示した。
【0049】
(比較例2)
<酸処理を経てカルシウム置換したカルシウム型セルロースナノファイバー(H型TOCN−Ca)フィルムの作製>
前記実施例1のカルシウム型セルロースナノファイバー(TOCN−Na)フィルムを作製する工程において、0.1M塩化カルシウム水溶液に2時間浸す工程を、0.01Mの塩酸に30分間浸し、水で洗浄した後に0.1M塩化カルシウム水溶液に2時間浸し、水で洗浄する工程に換え、酸処理後にイオン交換させたカルシウム型セルロースナノファイバーフィルム(H型TOCN−Caフィルム)を得た。得られたH型TOCN−Caフィルムを、実施例1と同様の測定を行い、結果を表1及び図1図3に示した。
【0050】
【表1】
−*は、水に浸すとゲル化したため、測定不能であったことを表す。
【0051】
前記実施例1及び2の結果から、セルロースフィルムの表面金属をカルシウム又はアルミニウムに置換したフィルムは、透明かつ高い酸素バリア性を示した。また、比較例2の結果から、セルロースフィルムを酸に浸して、表面のカルボキシナトリウムをカルボキシ基に戻す工程を経てから、カルボキシ基のプロトンをカルシウムに置換するイオン交換方法では、100%イオン交換することができず、カルボキシ基が残り、かつ、酸素バリア性が低かった。以上の結果から、本発明の方法により、高湿度環境下で透明かつ酸素バリア性の高いセルロースフィルムを得ることが可能であることが示された。
【0052】
本発明の態様としては、例えば、以下のものなどが挙げられる。
<1> 少なくとも一部のカルボキシ基が金属で置換されたセルロースフィルムであって、酸素透過性が1(mL・μm・m−2・kPa−1・day−1)以下であることを特徴とするセルロースフィルムである。
<2> 波長450nm〜650nmの光の平均光透過率が60%以上である請求項1に記載のセルロースフィルムである。
<3> 赤外分光法(IR)で得られたスペクトルにおいて、1,720cm−1付近にピークを有さない前記<1>から<2>のいずれかに記載のセルロースフィルムである。
<4> セルロースを酸化して酸化セルロースにする工程と、前記酸化セルロースを基体上に配して乾燥させて、酸化セルロースフィルムを作製する工程と、前記酸化セルロースフィルムを金属塩水溶液に接触させる工程と、を含むこと特徴とするセルロースフィルムの製造方法である。
<5> 前記金属塩の金属が、2価及び3価のいずれかである前記<4>に記載のセルロースフィルムの製造方法である。
<6> 前記金属塩水溶液が、金属塩化物水溶液である前記<4>から<5>のいずれかに記載のセルロースフィルムの製造方法である。
<7> セルロースフィルムにおけるカルボキシ基がイオン置換されたフィルムの製造方法であって、前記<4>から<6>のいずれかに記載のセルロースフィルムの製造方法を含むことを特徴とするセルロースフィルムの製造方法である。
<8> セルロースが、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン(TEMPO)を用いて酸化させて得られた酸化セルロースである前記<7>に記載のセルロースフィルムの製造方法である。
図1
図2
図3