(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0009】
まず、本発明の課題について説明する。
図6は、本発明の課題を説明するための図である。
図6は、加速電圧の変動によるイオンビーム2の照射位置の変動(イオンビームの中心位置の変化)を示しており、(1)は加速電圧が低い場合の、(3)は加速電圧が高い場合の、(2)は加速電圧が(1)と(3)の中間程度の場合の様子を示す。尚、イオンビーム2の照射位置の変動を理解しやすくするため極端な例を示しているが、実際には、図示したほどにイオンビーム2が傾斜されるわけではない。
【0010】
IMの場合、イオンビームや電子ビームを集束して照射する集束イオンビーム装置(以下、FIB)と異なり、イオンビーム2は集束されることなく、ある程度の範囲に広がって試料6に照射されるため、照射位置の変動量は、それほど問題とはならない。
【0011】
例えば、加速電圧が低い(例えば500V)場合、(1)に示すように、イオンビーム2aは、イオン源直下に存在する試料6のマスク10から突出した部分(以下、突出部)に照射される。また、加速電圧が中間程度(例えば3kV)の場合、(2)に示すように、イオンビーム2bの軌道はある程度変化する。これは、加速電圧を上げることで、イオン源内外に生成される電場が変動するためである。しかしこの場合でも、イオンビーム2bの大半は試料6の突出部に照射される。よって、(1)(2)の状態では、試料6の加工を継続できる(試料6の加工位置等を精密に制御する必要がある場合は、(2)の状態でも加工に影響を与える場合がある)。
【0012】
しかし、IMであっても、加速電圧が高い(例えば20kV)場合、(3)に示すように、イオンビーム2cの軌道の変化量が大きくなり、イオンビーム2cはほとんど試料6に照射されなくなる。また、イオンビーム2の照射領域(イオンビーム2の幅)は、加速電圧を上昇させるにつれ狭まる傾向にある。このように、加速電圧の上昇は、イオンビーム2の照射位置の変化と照射領域の狭まりを引き起こすため、試料6の加工を困難なものとする。尚、説明の便宜のため、以後の説明では加速電圧によるイオンビーム2の照射領域の狭まりの図示は省略する。
【0013】
FIBやSEMにおいては、照射位置が数ナノメートル変動するだけでも、試料の加工や観察に大きな影響を与えることがある。しかし、FIBやSEMなどには、ビームを集束するための電子光学系が備えられており、該電子光学系に備えられた電磁レンズやコイルを用いることで、ビームの照射位置の変動を補正する(打ち消す)ことができる。
【0014】
一方、IMのイオン源1は、イオンビームを集束せず照射するものであり、ビームの照射位置の変動を補償できるようなレンズ、コイル等が備えられていない。このため、(3)のように、イオンビーム2の照射位置が大きく変動した場合、試料6の加工を継続することは困難であった。
【0015】
また、IMは、FIBで加工した試料表面の清浄化にも用いられる。FIBによる試料加工では、集束されたガリウム(Ga)イオンなどが、例えば30kVもの加速電圧で試料に照射される。その結果、試料表面にGaイオンが侵入し、試料表面のアモルファス化や欠陥の生成を引き起こし、試料本来の性質とは異なった層(ダメージ層)が生成される。
【0016】
IMでアルゴン(Ar)イオンを照射すると、該ダメージ層を除去し、SEMやTEMの観察に適した試料表面を得ることができる。この場合、Arイオンの照射によって更なるダメージ層が生成されないよう、Arイオンは例えば数kV程度の加速電圧で照射される。また、熱ダメージに弱い試料をIMで加工するには、試料上で過大な熱エネルギーが発生することを防止する必要がある。この場合の加速電圧は、数百V〜数kV程度である。
【0017】
このように、IMは、SEM、TEM、FIB等と比して、低い加速電圧で用いられていた。しかし、試料加工のスループットを向上させるためには、加速電圧を向上させる必要がある。IMにおいても、十数kV〜数十kVの加速電圧への対応が要求されている。
【0018】
尚、(1)、(2)、(3)の加速電圧はそれぞれ500V、3kV、20kVとしたが、加速電圧の値は一例にすぎない。また、イオンビーム2は、加速電圧の上昇に伴いマスク10側に傾斜するように示しているが、イオンビーム2の傾斜方向は装置内部の構成や、部品の取り付けの向きなどで異なりうる。また、
図6ではイオンビーム2が徐々に「傾斜」していく例を示したが、装置内部の構成などの種々の条件によっては、イオンビーム2は傾斜せず中心軸が平行移動する場合もあれば、傾斜と平行移動が同時に発生する場合もある。更に、上記説明では、(1)の場合に、イオンビーム2は試料6に正しく照射されるものとした。しかし、加速電圧が最も高い場合にイオンビーム2が試料6に正しく照射されるよう装置を調整して、そこから徐々に加速電圧を低下させていっても、同様の現象が発生する。
【実施例1】
【0019】
図1(A)は、IMの基本構成の概略図である。IM101は、イオンビームを試料に照射し、試料表面から試料原子を弾き飛ばすスパッタリング現象を利用して試料を削り、加工する装置である。
【0020】
IM101は、Arなどのガスをイオン化してイオンビーム2として試料6に照射するイオン源1、イオン源1の内部に存在しイオンビーム2を所定電圧(加速電圧ともいう)で加速する加速電極3、イオン源1に接続された制御部4、制御部4に接続され種々データを記憶する記憶部5、試料6が載置される環境を真空に維持する真空室7、真空室7の真空引きを行う真空排気系8、試料6を上面に載置して固定する試料台9、試料6の一部をイオンビーム2から遮蔽するために試料6上面の一部に載置されるマスク(遮蔽部材)10及び試料台9を載置するステージ11から構成される。尚、今後の説明の便宜のため、加速電極3の図示を省略する場合がある。
【0021】
制御部4は、イオンビーム2の電流密度を制御すると共に、真空排気系8を制御して真空室7内の環境を制御する(真空、又は大気の状態にする、又は、その状態を維持する)。
【0022】
ステージ11は、移動可能に構成されており、真空室7内部を大気開放した時に、真空室7外に引き出すことができる。
【0023】
試料6を加工する際には、試料台9をステージ11上に固定し、マスク10を試料6上に固定する。そして、イオン源1からイオンビーム2を照射すると、突出部がイオンビーム2により削られる。
【0024】
図1(B)は、加速電圧に基づいてイオンの照射位置を調整する調整部としてイオン源駆動機構12を備えたIMの概略図である。制御部4はイオン源駆動機構12を制御して、イオン源1の位置をイオンビーム2の光軸と垂直な平面内で変化させる。加速電圧に応じてイオン源1の位置を変化させることで、イオンビーム2a、2b、2cを試料6の略同一の箇所に照射させることができる。
【0025】
尚、イオン源駆動機構12には、ボールネジ、ピエゾアクチュエータ、ウォームギアなど種々の構成を採用することができる。また、イオン源駆動機構12はイオン源1全体を動かすものとしたが、イオン源1の内部の部品(電極など)のみを動かすものでもよい。
【0026】
図1(C)は、加速電圧に基づいてイオンの照射位置を調整する調整部としてイオン源傾斜機構13を備えたIMの概略図である。加速電圧に応じてイオン源1の傾斜角度を変化させることで、イオンビーム2a、2b、2cを試料6の略同一の箇所に照射させることができる。また、イオン源駆動機構12とイオン源傾斜機構13を組み合わせ、駆動と傾斜が同時に可能なようにしてもよい。
【0027】
尚、
図1(B)(C)においては、加速電圧に比例して、イオンビームが1方向にのみ傾斜して照射位置が変動する場合を示した。しかし、装置内部の構成などの種々の条件によっては、加速電圧を高くするにつれ、イオンビームが別の方向に変動する場合も存在する。また、イオンビームの照射位置の変動量は、加速電圧に比例せず、非線形的に変動する場合も存在する。よって、イオンビームの照射位置の変動量、変動方向にあわせ、イオン源1を三次元的に動作させてもよい。
【0028】
図2は、記憶部5に記憶されている情報を示す図であり、
図2(A)は加速電圧とイオンビームの照射位置の変動量との対応関係を示し、
図2(B)は、イオン源1の傾斜角とイオンビームの照射位置の変動量との対応関係を示す。加速電圧が高いほど、イオンビームの照射位置は変動している。イオンビームは電磁場によって偏向され、電磁場はイオン源1の傾斜によって変動しうるため、イオン源傾斜角とビームの照射位置の変動量は必ずしも比例関係とはならない。
【0029】
図2の対応関係は、ダミーの試料に対して加速電圧を変動させながらイオンビームを照射した際の、ダミーの試料に残る加工痕から得ることができる。また、ファラデーカップを用いた手法や、電磁場のシミュレーション等からも得ることもできる。
【0030】
制御部4は、まず、現在の加速電圧に対応するイオンビームの照射位置の変動量(
図2(A))を記憶部5から読み出す。次に制御部4は、イオン源1の傾斜角に対するイオンビームの照射位置の変動量(
図2(B))を記憶部5から読み出す。次に、制御部4は、これらの読み出した情報から最適なイオン源1の傾斜角を導出する。そして、制御部4は、イオン源傾斜機構13を制御して、導出した傾斜角の分だけイオン源1を傾斜させる。
【0031】
尚、加速電圧に対応する最適なイオン源1の傾斜角を事前に算出して記憶部5に記憶しておいてもよい。また、イオン源駆動機構12を用いてもよいし、イオン源駆動機構12とイオン源傾斜機構13を組み合わせてもよい。その場合、記憶部5には、イオン源1の駆動量に対するイオンビームの照射位置の変動量を記憶しておくことが好ましい。
【0032】
また、イオンビームの照射位置の変動量がある閾値を越えた場合、制御部4が制御を行うものとしてもよい。該手法は、
図2(C)のように、イオンビームの照射位置が、ある所定の加速電圧から急激に変動するような場合に特に有効である。ここでは、加速電圧が急激に変動する地点に閾値14を設けている。
【0033】
また、ここでは、加速電圧の変動によるイオンビームの照射位置の変動は、ある一方向しか示していないが、イオンビームの照射位置が他の方向にも変動する場合は、他の方向への変動量も記憶部5に記憶すればよい。
【0034】
次に、
図1(C)の詳細について説明する。
図3は、イオン源傾斜機構の詳細を示す図である。イオン源1はアーム18を介してウォームギア19、モータ20に繋がっている。モータ20は、制御部4で制御される。モータ20は、ウォームギア19とアーム18を介して、イオン源1を図の矢印の方向に傾斜させる。イオン源1を直接傾斜させることで、加速電圧の高低によらず、安定した精度の高い加工を継続して行うことができる。
【0035】
尚、ここではイオン源1の全体が傾斜されるものとして説明したが、イオン源1の内部の構造(電極など)とアーム18が接続されており、それらの構造のみが傾斜するものとしてもよい。また、モータ以外のアクチュエータや、ウォームギア以外の駆動機構を用いてもよいし、アームを用いた構造に限るものではない。例えば、イオン源1は真空室7に固定されており、真空室7毎イオン源1を傾斜させるものとしてもよい。図示した構成ではイオン源1はある方向にのみ傾斜可能だが、任意の方向に傾斜できるものとしてもよい。
【実施例2】
【0036】
図4は、加速電圧に基づいてイオンの照射位置を調整する調整部として静電偏向板15を備えたイオン源1を有するIMの概略図である。ここでは、加速電圧を上げることで、イオンビーム2が図の右側に曲がることを想定する。
【0037】
静電偏向板15は電源16により電圧が印加されている。イオンビーム2は、静電偏向板15に印加される電圧が作る電場によって偏向角17だけ曲げられる。即ち、静電偏向板15で事前に図の左側にイオンビーム2を曲げておくことで、イオン源1内外に生成される電場の変動によるイオンビーム2の変動を相殺している。これにより、加速電圧の変化に伴うイオンビーム2の照射位置に変化が生じても、略同一の位置にイオンビーム2を入射させることができる。
【0038】
図1(B)に示した例では、イオンビーム2cは斜めから照射されてしまうため、通常はイオンビームが照射されない、試料6やマスク10の側面にイオンビームが照射される可能性がある。しかし、本実施例では、偏向角17だけイオンビーム2の照射角度を曲げることで、試料6の真上からイオンビーム2を照射することができる。
【0039】
尚、静電偏向板15はイオン源1の内部にあるものとして説明したが、イオン源1の外部(イオン源1と試料6の間)に配置してもよい。
【実施例3】
【0040】
図5は、加速電圧に基づいてイオンの照射位置を調整する調整部として試料台移動機構を備えたIMの概略図である。試料6、試料台9、マスク10及びステージ11は、真空室7内に配置されている。試料台移動機構は、試料台9に雌ねじ部21を備え、ステージ11とねじ22を接続している。ねじ22にはモータ23が接続されており、モータ23は制御部4に接続されている。ねじ22がモータ23により回転することで、試料台9の位置を制御することができる。
【0041】
ねじ22は、例えば試料6やマスク10を押し引きするものであってもよい。また、対象物を任意の方向に動かすべく、複数の方向に複数のねじを備えてもよい。また、ねじではなく、歯車や、突起を引っ掛けて駆動させる構造など、他の移動機構であってもよい。
【0042】
図1(B)では、加速電圧の変化によるイオンビーム照射位置の変動の影響を打ち消すべく、イオン源1を駆動させるIMを開示したが、本実施例では、試料6の位置を移動させる。一般的に、イオン源1は真空室7に固定されているため、イオン源1を駆動させる際には困難を伴うが、本実施例で移動させる対象は試料6であるため、移動が容易という利点がある。
【0043】
以上、実施例1〜4によれば、加速電圧によるイオンビームの照射位置の変動を打ち消すことができ、SEM等のような電子光学系を備えないIMにおいても、加速電圧の高低によらず、安定した精度の高い加工を、継続して行なうことができる。ユーザにとっても、イオンビームの照射位置の変動を気にすることがなく、高精度のイオンミリング加工を実現できる。
【0044】
尚、記憶部5を備えず、加速電圧の変動に基づいて、ユーザが手動でイオンビームの照射位置を調整してもよい。