(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、適宜図面を参照し、本発明の溶射用粉末を、好適な実施形態に基づいて説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事項であって、本発明の実施に必要な事柄(例えば、かかる溶射用粉末の溶射方法等)は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
【0015】
図1は、(a)一実施形態に係る溶射用粉末と、従来の(b)溶融粉砕粉と呼ばれる溶射用粉末および(c)造粒焼結粉と呼ばれる溶射用粉末とに関するlog微分細孔容積分布曲線を例示した図である。
ここに開示される溶射用粉末は、溶射法により溶射皮膜を形成するのに用いられる溶射用粉末である。かかる溶射用粉末は、本質的に融点が2000℃以下のセラミック材料からなるセラミック粒子を含んでいる。
そして水銀圧入法によって得られるlog微分細孔容積分布において、メインピークの頂点が10μm以下の範囲にある。また、第2ピークが存在する場合は、この第2ピークの頂点がメインピークの頂点よりも小さい細孔径側にあるとき、メインピークの高さH1と第2ピークの高さH2との比(H2/H1)が0.05以下となることにより特徴づけられる。
【0016】
セラミック材料は、マクロな視点では緻密であり得るものの、ミクロな視点において、本質的に多孔質構造を有している。そしてこの多孔質構造に由来する細孔形態が当該材料の機械的強度等の物性に影響を与えることが知られている。セラミック粒子を含む溶射用粉末において、この細孔形態は特に、溶射により溶射皮膜を形成するときの溶射粒子の溶融状態や、溶射により形成される溶射皮膜の気孔形態に大きな影響を与え得る。すなわち、セラミック材料からなるセラミック粒子は、軟化または溶融状態で基材表面に吹き付けられ、扁平形状に変形した状態で急冷凝固される。そしてこの扁平なセラミック粒子が順次積層されて積層構造(ラメラ構造)を構築することで、溶射皮膜が形成される。
このとき、扁平なセラミック粒子の未溶融部分に粗大な細孔(気孔)が存在すれば、ラメラ構造が乱れ得る。すると扁平なセラミック粒子間での結合力が低下し、かかる結合力の低い箇所が起点となって、溶射皮膜の表面から基材にまで到達する貫通気孔が形成され得る。かかる貫通気孔は、基材の表面と外部環境とを繋ぐことから、周辺環境による侵食を招き得る。したがって、ラメラ構造に気泡を含ませないことが貫通気孔の発生を防止する上で重要であり、かかる観点において、溶射用粉末における細孔径分布と溶射時の溶融性は、極めて重要な指標となり得る。
【0017】
ここに開示される溶射用粉末は、上記のようにメインピークの頂点が10μm以下の範囲にあるよう規定されている。また第2ピークの頂点がメインピークの頂点よりも小さい細孔径側に存在するとき、メインピークの高さH1と第2ピークの高さH2との比(H2/H1)が0.05以下であるように規定されている。すなわち、この溶射用粉末は、細孔径の大きな細孔が少なく、また溶射用粉末の個々の粒子表面に粗大な凹凸が少ないものと理解することができる。このような構成により、この溶射用粉末は、粉末を構成するセラミック粒子自体の細孔が少なく、緻密であるといえる。したがって、この溶射用粉末を用いることで、例えば一般的な溶射条件においても気孔が形成され難く、緻密な溶射皮膜を形成することができるために好ましい。また、個々の粒子表面に粗大な凹凸が少ないことで、この溶射用粉末を溶射機に供給する際などの流動性を確保することができて好ましい。
【0018】
より緻密な溶射皮膜を形成し得るとの観点から、上記メインピークの頂点は、7μm以下であることが好ましく、6μm以下であることがより好ましく、5μm以下の範囲にあるのが特に好ましい。特に好ましくは、メインピークの頂点は、4μm以下、例えば3μm以下、さらには2μm以下、1μm以下であり得る。メインピークの頂点の含まれる範囲の下限については特に制限されず、例えば、0.001μm以上とすることができる。
【0019】
なお、水銀圧入法は、水銀の表面張力が大きいことを利用し、粉末の細孔に水銀を浸入させるために加えた圧力と圧入された水銀量との関係から、メソ領域からマクロ領域にかけての細孔分布を求める方法である。かかる水銀圧入法に基づく細孔分布測定は、例えば、JIS R1655:2003(ファインセラミックスの水銀圧入法による成形体気孔径分布試験方法)に基づいて実施することができる。
また本明細書におけるlog微分細孔容積分布とは、対数微分気孔径頻度分布,dV/d(logD)(ここでDは細孔の直径を、Vはその細孔容積を示す)等とも呼ばれ、比較的広い細孔径範囲の細孔分布を表現するのに一般的に利用される細孔分布の表現形式である。
【0020】
このlog微分細孔容積分布は、水銀圧入法に基づく細孔分布測定により得られる単位細孔径変化(単位圧力変化であり得る)に対応した水銀圧入量(すなわち細孔容積)の関係から作成することができる。具体的には、
図1に示すように、細孔容積の増加分である差分細孔容積(dV)を、細孔径の対数扱いの差分値d(logD)で割った値を求め、これを各細孔径領域における平均細孔径に対してプロットすることで作成できる。本明細書においては、例えば測定範囲を0.001nm〜50μmとした水銀圧入法による細孔分布測定により得た細孔径分布特性に基づき、メインピークや第2ピークおよびそれらの頂点や高さ等を把握するようにしている。
なお、本明細書におけるメインピークとは、log微分細孔容積分布(曲線)において、最も高さ(頻度)の高い(log微分細孔容積の大きい)ピークを意味する。また、第2ピークとは、上記のlog微分細孔容積分布曲線において、2番目に高さの高いピークを意味する。
【0021】
一般に、セラミック材料からなる溶射用粉末のlog微分細孔容積分布において検出される細孔としては、主として、(A)セラミック粒子が凝集したときに粒子間隙として形成される細孔と、(B)セラミックの多孔質構造に基づきセラミック粒子の表面等に形成されている細孔と、の二通りが考えられる。例えば、溶射用粉末の粒度分布が特異に調整されていない場合は、
図1の(c)の曲線に示されるように、これらの細孔は一般的にlog微分細孔容積分布において別個のピークを形成し得る。そして、セラミック粒子の表面に形成される細孔径の方が、セラミック粒子の粒子間隙に基づく細孔径よりも相対的に小さくなる。なお、従来のいわゆる造粒焼結粉のように、微小セラミック粒子が結合(焼結)されてセラミック粒子(顆粒)を形成している場合、これらの微小セラミック粒子の間隙に形成される細孔は、セラミック粒子の間隙に形成される細孔(A)との相対的な大きさの関係から、セラミック粒子の表面に形成されている細孔(B)と見なすことができる。ここに開示される溶射用粉末のlog微分細孔容積分布は、これら細孔に基づくピークの数が一つの単峰性分布であってもよいし、ピークの数が2つ以上の多峰性分布であってもよい。
【0022】
ここに開示される溶射用粉末のlog微分細孔容積分布は、概ね、ピークの数が一つの単峰性分布となり得ることから、単峰性分布を好ましい態様とすることができる。この場合、(A)セラミック粒子の粒子間隙に基づくピークは確実に観測されることから、(B)セラミック粒子表面の細孔に基づくピークは観測されないか、粒子間隙に基づくピークに重畳していると考えられる。後者の場合、(B)セラミック粒子表面の細孔を無視することが可能である。このようにlog微分細孔容積分布が単峰性であることで、溶射の際に個々の粒子間での粒子態様や溶融態様のバラつきが抑制された溶射用粉末が形成されていると判断できる。また、セラミック粒子の表面の細孔径が均一であり、また、セラミック粒子が顕著に凝集して2次粒子を形成していないといえる。
【0023】
なお、このような溶射用粉末において、セラミック粒子は、表面に細孔(すなわち凹凸)のない極めて緻密な粒子により構成されているといえる。そして単峰性のピーク(メインピーク)の頂点が
細孔径10μm以下の範囲にあることで、この溶射用粉末が十分緻密であると判断することができる。これにより、この溶射用粉末を用いて溶射皮膜を形成した場合に、セラミック粒子の間隙に由来する気孔が皮膜中に形成され難く、より緻密な溶射皮膜を形成し得るために好ましい。
【0024】
また、ここに開示される溶射用粉末のlog微分細孔容積分布は、第2ピークを含む多峰性分布であっても良い。第2ピークを含む場合は、典型的には、メインピークが(A)セラミック粒子の粒子間隙に基づくピークである場合であって、第2ピークが(B)セラミック粒子表面の細孔に基づくピークである。この場合(すなわちメインピークに対して第2ピークの
細孔径が小さい場合)に、溶射用粉末の溶射皮膜の形成能に与える影響を考慮する必要がある。すなわち、第2ピークを含む場合であって、第2ピークの頂点がメインピークの頂点よりも小さい細孔径領域にある場合は、メインピークの高さH1と第2ピークの高さH2との比(H2/H1)が0.05以下であれば、上記単峰性分布の場合と略同様の効果を得ることができる。換言すると、メインピークを構成しているより粗大な細孔(粒子間間隙)の容積の割合に対し、第2ピークを構成すより微細なる細孔(粒子表面細孔)の容積の割合が十分に少なければ、十分に緻密な溶射皮膜を形成し得るために好ましい。これらのピークの細孔容積の割合は、ピーク高さにより評価することができる。このメインピークの高さH1と第2ピークの高さH2との比(H2/H1)は、0.05以下であることが好ましく、0.03以下であることがより好ましく、0.01以下であることが特に好ましい。
【0025】
なお、メインピークが(A)セラミック粒子の粒子間隙に基づくピークである場合であって、第2ピークがメインピークに対して細孔径が大きい領域に現れる場合があり得る。
例えば、
図1(a)に示されるlog微分細孔容積分布曲線は、単峰性であると判断することもできる。しかしながら、厳密に検討すると、例えば、細孔径が20μm以上の領域などに小さいながらも第2ピークを見出すこともできる。このようなピークは、セラミック粒子が粒度分布測定装置の測定用セルに密に充填されなかったために形成された、充填不良による粗大な粒子間隙であると考えられる。例えば、
図1(a)において、かかる第2ピークの高さH2は、メインピークの高さH1に比べて十分に小さい。このように、メインピークよりも大きい細孔径領域にみられる第2ピークは、より大きな細孔径の細孔に基づく細孔容積が十分に少ないと考えることができる。そのため、このような溶射用粉末については、特に第2ピークを構成する細孔によって溶射皮膜の形成能に悪影響が及ぼされる虞は少ないと判断することができる。
【0026】
また、他の側面から、溶射用粉末の緻密性をより直接的に表し得る指標として、累積細孔容積を考慮することができる。累積細孔容積は、積算細孔容積などとも呼ばれ、所定の範囲の細孔径を有する細孔(開気孔)の容積の総和である。ここに開示される溶射用粉末は、水銀圧入法により測定される細孔径が1μm以下の細孔の累積細孔容積が、0.01cm
3/g以下であることを好ましい形態としている。細孔径が1μm以下の細孔の累積細孔容積を管理することで、概ね、セラミック粒子の表面に形成されている細孔の容積を把握することができる。そしてかかる値が0.01cm
3/g以下の場合に、溶射用粉末が極めて緻密であると判断することができる。すなわち、この溶射用粉末を溶射して溶融させた場合に、溶融粒子の内部に気孔が取り込まれた状態で基材に堆積することなく、十分に緻密な溶射皮膜を形成し得ると考えることができる。この累積細孔容積は、0.007cm
3/g以下であることがより好ましく、0.005cm
3/g以下であることが更に好ましい。なお、水銀圧入法による累積細孔容積の下限値は、0cm
3/gであり得る。
【0027】
ところで、従来の溶射用粉末においては、流動性を向上させるといった観点で、いわゆる造粒焼結粉と呼ばれる、より微細な溶融粉砕粉を所定の大きさの粒状に造粒したのち焼結した溶射用粉末が用いられていた。しかしながら、この造粒焼結粉においては、造粒粒子を構成する個々の微細セラミック粒子のあいだに多くの間隙が存在し、log微分細孔容積分布におけるメインピークの頂点は10μmよりも大きい領域に存在し得た。また、メインピークの頂点が10μm以下の範囲に存在する場合であっても、微細セラミック粒子間隙に形成される細孔に基づくピークが第2ピークとして現れ、かつメインピークの高さH1と第2ピークの高さH2との比(H2/H1)が0.05より大きくなることが殆どであった。したがって、このような従来の溶射用粉末を溶射して得られる溶射皮膜においては、溶射用粉末の細孔に由来する気孔が形成され易かった。このような溶射皮膜における気孔は、特に、溶射用粉末が未溶融の部分において顕著にみられる。これに対し、ここに開示される溶射用粉末は、上記のとおり細孔形態が微小な範囲に存在するよう制御されている。また、細孔容積も小さくなるよう制御されている。したがって、溶射用粉末が未溶融の状態で残存することが実質的にない。そのため、たとえ溶射皮膜に凹凸が不可避的に形成されても、この凹凸が貫通孔に発展して溶射皮膜の耐食性に影響を与えることは抑制されている。また、流動性が良好な形態で提供され得ることから、均質な溶射皮膜を形成し得る点においても好ましい。
【0028】
以上の溶射用粉末において、セラミック粒子の平均粒子径は1μm以上20μm以下であるのが好ましい。平均粒子径が20μmを超過することで、この溶射用粉末を溶射するときに中心部が未溶融の状態のセラミック粒子の割合が増大して、形成される溶射皮膜に未溶融粒子が残存する可能性が高くなる。溶射皮膜にみられるラメラ構造において、未溶融状態のセラミック粒子の存在は、当該粒子間の結合力を低下させ得る。そしてセラミック粒子間の結合の弱い部位が起点となって、周辺環境による侵食が生じ得るために好ましくない。セラミック粒子の平均粒子径は、溶射装置に合わせて変更することが可能であり、例えば、15μm以下であっても良いし、10μm以下であってもよい。平均粒子径が小さくなるほど、得られる溶射皮膜は緻密になるため好ましい。一方で、微細すぎる溶射用粉末は溶射過程において過熱され易く、過溶融されて(完全に液相化されて)溶射皮膜の表面や内部にクラックを発生させたり、ノジュール(表面突起)を誘起したり、材料の成分が変質したりと、部分的な欠陥を招き得るために好ましくない。かかる観点から、セラミック粒子の平均粒子径は、例えば、3μm以上であるのが好ましく、5μm以上であるのがより好ましい。
【0029】
なお、一般的な溶射用粉末については、例えば、平均粒子径が15μm以下程度のものについては溶射過程において飛散する等して、溶射皮膜の形成に寄与し難いために好ましくない形態であり得る。これに対し、ここに開示される溶射用粉末は、緻密で比重が高いものとして提供されるため、特にスラリーの形態に調製する必要なく、常法により溶射して好適に溶射皮膜を形成することができる。
なお、本明細書において、セラミック粒子の平均粒子径は、レーザ散乱・回折法に基づく粒度分布測定装置により測定された粒度分布における積算50%での粒子径(50%体積平均粒子径;D
50)を意味する。
【0030】
なお、以上の溶射用粉末を構成するセラミック材料は、融点が2000℃以下であればその組成等は特に制限されない。例えば、非金属材料である結晶性の無機材料を広く包含することができる。具体的には、例えば、金属の酸化物からなる酸化物系セラミック,金属の窒化物からなる窒化物系セラミック,金属の炭化物からなる炭化物系セラミック,その他、金属のホウ化物,ハロゲン化物(フッ化物、オキシフッ化物、塩化物、など),水酸化物,炭酸塩,リン酸塩等からなるセラミック材料を考慮することができる。
ここで、セラミックを構成する金属元素としては、例えば、B,Si,Ge,Sb,Bi等の半金属元素、Mg,Ca,Sr,Ba,Zn,Al,Ga,In,Sn,Pb等の典型元素、Sc,Y,Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Ag,Au等の遷移金属元素、La,Ce,Pr,Nd,Sm,Er,Lu等のランタノイド元素から選択される1種または2種以上が挙げられる。なかでも、Mg,Y,Ti,Zr,Cr,Mn,Fe,Zn,Al,Erから選択される1種または2種以上の元素であることが好ましい。
【0031】
なお、融点が2000℃以下のセラミック材料は、適切な形態の溶射用粉末を得るために常法に従って原料を加熱すると、原料の酸化変質が避けられず、これまでは、例えば、上記のとおりの緻密な溶射用粉末や、目的の組成の溶射用粉末として得ることは困難であった。しかしながら、ここに開示される溶射用粉末は、融点が2000℃以下のセラミック材料についても、原料の加熱手法を種々検討することで、上記のとおりの緻密な溶射用粉末を得ることができるようになったものである。かかる観点において、ここに開示される溶射用粉末は、融点のより低い、1800℃以下、さらに限定的には1700℃以下の材料から構成されることがより好ましい。融点の下限については特に制限されず、例えば、融点が400℃以上(例えば500℃以上)のセラミック材料であってもよい。
【0032】
このような融点が2000℃以下のセラミック材料としては、例えば、シリカ(1726℃),チタニア(1870℃),酸化マンガン(1650℃)に代表される金属酸化物、ムライト(1850℃),コージエライト(1450℃)に代表される複合酸化物、フッ化イットリウム(1660℃)に代表されるハロゲン化物、イットリウムオキシフッ化物(約1600℃),イットリウムオキシクロロフッ化物(約1600℃)に代表されるオキシハロゲン化物、その他ハロゲン元素を含むセラミック材料等が好適なものとして例示される。なお、上記のセラミック材料の後に示される温度は、各セラミック材料について一般的に知られている融点を例示したものであり、各材料の取り得る厳密な融点を示すものではない。
【0033】
なお、本発明の溶射用粉末は、特に酸化が起こりやすいハロゲン化物、オキシハロゲン化物、その他ハロゲン元素を含むセラミック材料について適用することで、その有用性が顕著となり得るために好ましい。また、ハロゲン元素と希土類元素とを含む組成の溶射用粉末は、例えば、フッ素系プラズマや、塩素系プラズマなどの、ハロゲン化プラズマに対する耐食性(耐プラズマエロージョン性)に極めて優れた溶射皮膜を形成し得る点において特に好ましい。必ずしもこれに限定されるものではないが、このようなセラミック材料として、例えば、一般式:RX
3で表される希土類元素ハロゲン化物、一般式:RO
1−nX
1+2nや、(RO)
nn+Xで表される希土類元素オキシハロゲン化物が挙げられる。なお、上記一般式において、Rは少なくとも1種の希土類元素を示し、Xは少なくとも1種のハロゲン元素を示し、nは0以上の整数を示す。希土類元素Rとしては、Y,La,Ce,Pr,Nd,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Luのうちのいずれか1種を単独で、または2種以上を組み合わせて含むことが好ましい。ハロゲン元素Xとしては、F,Cl,Br,Iのうちいずれか1種を単独で、または2種以上を組み合わせて含むことが好ましい。より具体的には、例えば以下のものが例示される。
【0034】
YF
3,YCl
3,YBr
3,LaF
3,LaCl
3,LaBr
3等のハロゲン化物。
YOF,Y
5O
4F
7,Y
6O
5F
8,Y
7O
6F
9,Y
17O
14F
23,YOCl,YOBr,YOFCl,YOBrCl,LaOF,PrOF,NdOF,SmOF,GdOF等の希土類元素オキシハロゲン化物。
上記に例示したセラミック材料は、一部または全部が他の元素に置き換えられていても良い。また、上記に例示したセラミック材料は、2以上のものが複合体(固溶体を含む)を構成していても良い。例えば、上記のROXとRX
3とが組み合わされたROX−RX
3複合体粒子であってもよい。
【0035】
以上のセラミック材料は、例えば、所望の特性を得る目的等で各種の任意の元素が添加されたものであってよい。また、これらのセラミック材料は、いずれか1種が単独でセラミック粒子を構成していても良いし、または2種以上のセラミック粒子が混合されていても良いし、または上記の2種以上のセラミック材料が複合体化されてセラミック粒子を構成していても良い。例えば、2種以上のセラミック材料がセラミック粒子に含まれる場合には、これらのセラミック材料の一部または全部が複合体を形成していても良い。
【0036】
また、本発明の溶射用粉末は、融点が2000℃以下のセラミック材料を含む限り、融点が2000℃以下のその他の材料が組み合わせられていてもよい。かかる他の材料としては、各種の熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂等の樹脂材料、各種の金属材料を考慮することができる。セラミック材料とその他の材料との組み合わせの形態は特に制限されず、多様な構成のものであってよい。例えば、好適な一例として、具体的には、(a)セラミック材料からなる粒子と、その他の材料からなる粒子とが混合されている混合粉末や、(b)セラミック材料からなる粒子の表面の少なくとも一部に、その他の材料が備えられている複合粉末(積層材料,被覆材料等の形態であり得る)等が挙げられる。典型的な組み合わせの例としては、セラミック材料と金属材料とが一体化されたサーメットの形態であり得る。
【0037】
熱可塑性樹脂としては、加熱により成形できる程度の熱可塑性が得られる合成樹脂を広く制限なく包含し得る。本明細書において、「熱可塑性」とは、可逆的に、加熱すると軟化して塑性変形が可能となり、冷却すると可逆的に硬化する性質である。一般に、線状あるいは分枝状の高分子からなる化学構造を有する樹脂を考慮することができる。具体的には、例えば、ポリ塩化ビニル(PVC),ポリエチレン(PE),ポリプロピレン(PP),ポリスチレン(PS),熱可塑性ポリエステル,アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン(ABS),アクリロニトリル・スチレン(AS),ポリメチルメタアクリル(PMMA),ポリビニルアルコール(PVA),ポリ塩化ビニリデン(PVDC),ポリエチレンテレフタレート(PET),酢酸ビニル等の汎用樹脂、ポリアミド(PA),ポリアセタール(POM),ポリカーボネート(PC),ポリフェニレンエーテル(PPE),変性ポリフェニレンエーテル(m-PPE;m−PPOともいう。),ポリブチレンテレフタレート(PBT),超高分子量ポリエチレン(UHPE),ポリフッ化ビニリデン(PVdF)等のエンジニアリング・プラスチック、ポリスルフォン(PSF),ポリエーテルスルフォン(PES),ポリフェニレンスルフィド(PPS),ポリアリレート(PAR),ポリアミドイミド(PAI),ポリエーテルイミド(PEI),ポリエーテルエーテルケトン(PEEK),ポリイミド(PI),液晶ポリマー(LCP),ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等のスーパーエンジニアリング・プラスチック等が例示される。なかでも、ポリ塩化ビニル、ポリカーボネート、PET,PBT等に代表されるポリアルキレンテレフタレート、ポリメチルメタアクリル等の樹脂であるのが好ましい。これらはいずれか1種を単独で用いても良いし、2種以上を組み合わせて用いるようにしても良い。
【0038】
熱硬化性樹脂としては、加熱すると重合を起こして高分子の網目構造を形成し、硬化して元に戻らなくなる合成樹脂を広く制限なく包含し得る。本明細書において、「熱硬化性」とは、加熱によって重合体中で反応が進行し、橋かけがおこって網状構造が形成され、硬化する性質である。具体的には、例えば、フェノール樹脂(PF),エポキシ樹脂(EP),メラミン樹脂(MF),尿素樹脂(ユリア樹脂、UF),不飽和ポリエステル樹脂(UP),アルキド樹脂,ポリウレタン(PUR),熱硬化性ポリイミド(PI)等が例示される。なかでも、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、ポリウレタン等の樹脂であるのが好ましい。この熱可塑性樹脂としては、例えば、低分子単量体の混合物の状態であっても良いし、ある程度まで重合が進行した高分子であってもよい。これらは、いずれか1種を単独で用いても良いし、2種以上を組み合わせて(ブレンドを含む)用いるようにしても良い。
【0039】
金属材料としては、各種の金属元素の単体もしくはその合金であってよい。なお、ここでいう合金とは、一の金属元素と、他の一以上の元素とからなり、金属的な性質を示す物質を包含する意味であって、その混ざり方は、固溶体、金属間化合物およびそれらの混合のいずれであっても良い。この金属材料が合金である場合、その構成元素の数は特に制限されず、例えば、2種類(2元系合金)であっても良いし、3種類以上(3元系以上の合金)であっても良い。かかる金属材料を構成する金属元素としては、例えば、具体的には、B,Si,Ge,Sb,Bi等の半金属元素、Mg,Ca,Sr,Ba,Zn,Al,Ga,In,Sn,Pb等の典型元素、Sc,Y,Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Ag,Au等の遷移金属元素、La,Ce,Pr,Nd,Er,Lu等のランタノイド元素が挙げられる。
【0040】
以上のセラミック材料が溶射用粉末に占める割合は特に制限されない。例えば、セラミック材料の効果が発揮される任意の配合比とすることができる。例えば、より耐食性に優れる溶射皮膜を形成し得るという観点からは、セラミック材料の占める割合が多い方が好ましい。セラミック材料が溶射用粉末に占める割合は、例えば、95質量%以上であることが好ましく、さらには99質量%以上、より好ましくは99.9質量%以上、例えば99.99質量%以上(不可避的不純物を除いて100質量%)とすることができる。
また、これらのセラミック材料の純度は特に制限されない。しかしながら、例えば、より機能性の高い溶射皮膜を形成する用途の場合には、意図しない物質(元素)の混入は避けることが好ましく、セラミック材料の純度は高い方が好ましい。かかる観点においては、セラミック材料の純度は、例えば、95質量%以上であることが好ましく、さらには99質量%以上、より好ましくは99.9質量%以上、例えば99.99質量%以上(不可避的不純物を除いて100質量%)とすることができる。
【0041】
以上のここに開示される溶射用粉末は、特に制限されるものではないが、例えば、以下の手法により製造することができる。すなわち、比較的微細な粒径(例えば、平均粒子径0.01〜10μm)の微細セラミック粒子を、溶融状態を経て緻密化し、必要に応じて粉砕、整粒(分級、篩い分け等)することで、ここに開示される緻密なセラミック粒子を形成するものである。なお、上記の溶融は、酸素含有雰囲気(典型的には、大気雰囲気中)で実施しても良いし、非酸素含有雰囲気(典型的には、窒素や希ガス等の不活性ガス雰囲気中や真空雰囲気)で実施しても良い。例えば、セラミック材料が、非酸化物系セラミック材料、特に酸化が起こりやすいハロゲン化物、オキシハロゲン化物、その他ハロゲン元素を含むセラミック材料の場合には、不活性雰囲気(例えば、真空焼成炉内)で加熱を行うか、または融点以上の温度であってかつ2000℃以下の比較的低い温度で加熱することが好ましい。なお、このように形成される溶射用粉末は、複数の微細セラミック粒子が溶融状態を経て緻密化されていることから、全体にセラミックを構成する酸化物の結晶子の発達が進んでおらず、比較的角の無い丸みを帯びた粒子であり得る。
【0042】
ここに開示される溶射用粉末は、各種の溶射法により溶射することで、各種の基材に溶射皮膜を形成することができる。溶射方法は特に制限されないが、例えば、大気プラズマ溶射(APS:atmospheric plasma spraying)、減圧プラズマ溶射(LPS:low pressure plasma spraying)、加圧プラズマ溶射(high pressure plasma spraying)等のプラズマ溶射法、酸素支燃型高速フレーム(High Velocity Oxygen Flame:HVOF)溶射法、ウォームスプレー溶射法および空気支燃型(High Velocity Air flame:HVAF)高速フレーム溶射法等の高速フレーム溶射等を好適に利用することができる。溶射用粉末は、粉末の状態で溶射装置に供給することもできるし、適切な分散媒に分散させたスラリーの状態で溶射装置に供給することもできる。
【0043】
溶射皮膜形成の対象となる基材の種類は特に制限されない。例えば、アルミニウム、アルミニウム合金、鉄、鉄鋼、銅、銅合金、ニッケル、ニッケル合金、金、銀、ビスマス、マンガン、亜鉛、亜鉛合金等が例示される。なかでも、汎用されている金属材料のうち、耐食性構造用鋼として使用されている、各種SUS材(いわゆるステンレス鋼であり得る。)等に代表される鉄鋼、軽量構造材等として有用な1000シリーズ〜7000シリーズアルミニウム合金等に代表されるアルミニウム合金、ハステロイ,インコネル,ステライト,インバー等に代表されるNi基、Co基、Fe基の耐食性合金等からなる基材は、ここに開示される溶射用粉末により溶射皮膜を形成することでさらに耐食性を高めることができ、本発明の利点が明瞭となり得る点で好ましい。
【0044】
また、ここに開示される溶射材料は、その平均粒子径に因ることなく流動性が高く維持され得ることから、効率よくスムーズに溶射材料を溶射装置に供給することができ、高品質な溶射皮膜を生産性良く形成することができる。したがって、溶射材料の溶射装置への供給方式は特に制限されることはない。例えば、アキシャルフィード方式で行われること、すなわち溶射装置で生じるジェット流の軸と同じ方向に向けて溶射材料の供給が行われることが好ましい。溶射材料が溶射装置内に付着しにくいという観点から、溶射材料をアキシャルフィード方式で溶射装置に供給しすることで、溶射材料をより流動性の良い状態におくことができ、均質な溶射皮膜を効率よく形成することができるために好ましい。
【0045】
ここに開示される溶射用粉末はセラミック材料により構成されていながら、溶射時の完全溶融が可能とされる。また、自身が緻密であることから、形成される溶射皮膜についても気孔を含むことなく緻密なセラミック皮膜となり得る。したがって、この溶射皮膜は、バルクセラミック材料に近い機能を有し、耐食性に優れたものとなり得る。このような溶射皮膜は、特に制限されるものではないが、例えば、気孔率が5%以下(好ましくは3%以下、特に好ましくは1%以下、例えば0.5%以下)のものとして実現される。
【0046】
かかる溶射皮膜は、緻密であること以外に、溶射用粉末を構成するセラミック材料の物性に応じて、例えば、絶縁性等の電気特性、耐摩耗性、耐食性(環境遮断特性)等に優れたものとなり得る。したがって、かかる溶射皮膜を備える皮膜付物品は、広く様々な用途に好適に適用することができる。かかる溶射皮膜の用途としては、例えば、耐摩耗性および耐食性等が要求される各種部材の保護皮膜等が好適例として挙げられる。より具体的には、半導体製造装置等の保護皮膜等として、特に好適に使用できる。また、同様に、例えば、天然ガス、バイオガス等のガス,電力,石油,化学プラント等において、腐食性イオンや腐食性ガス等による腐食環境に曝されるプラント設備等の保護皮膜等として、特に好適に使用できる。また、この保護皮膜は、上記の各種部材を新設する際に設けるようにしてもよいし、既に腐食を被った各種部材の補修を目的として設けるようにしてもよい。
【0047】
以下、本発明に関する実施例を説明するが、本発明を以下の実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
下記の表1に示す組成および物性を有する17種類の溶射用粉末を用意した。そしてこれらの溶射用粉末を溶射して得られた溶射皮膜について、下記のようにして気孔率を測定することで、環境遮断性について評価した。また、得られた溶射皮膜に対し、塩水噴霧試験およびフッ化水素酸水溶液に対する腐食量測定などを行うことで、塩素およびフッ素に対する耐食性について評価した。これらの結果を表1に併せて示した。
【0048】
なお、No.1〜8の溶射用粉末は、表1の「材料組成」の欄に示す組成のセラミック材料からなるセラミック微粒子(平均粒子径0.01〜10μm)に対し、融点以上の温度で加熱する溶融処理を施し、適宜粉砕、整粒して作製したものである。得られた溶射用粉末の平均粒子径から解るように、これらの溶射用粉末は、原料として用いた複数の微粒子が溶融処理により一体化して形成されている。
【0049】
また、No.9〜12の溶射用粉末は、以下の手法により調製したものである。すなわち、まず、表1の「材料組成」の欄に示す組成のセラミック材料が得られるよう原料粉末を配合し、かかる原料粉末を加熱して溶融させた後、冷却して固化物(インゴッド)を用意する。そして、この固化物を機械的手段により粉砕して作製したものである。
【0050】
No.13〜17の溶射用粉末は、公知の造粒−焼結法により調製したものである。すなわち、まず、表1の「材料組成」の欄に示す組成のセラミック材料からなるセラミック微粒子(平均粒子径0.01〜5μm)を、3.6%ポリビニルアルコール(PVA)水溶液に分散させてスラリーを調製する。そしてこのスラリーを、噴霧造粒機を用いて気流中に噴霧し、乾燥させることで、粒度が約1〜45μmの造粒粒子を作製する。そして、この造粒粒子に対し、上記セラミック材料の融点未満の温度で保持する焼結処理を施すことで、造粒焼結粉を得る。このようにして得た造粒焼結粉は、必要に応じてボールミルを用いて解砕した。
【0051】
No.1〜17の溶射用粉末の物性を下記の表1に示した。なお、表1に示した物性値の測定方法については以下に説明する。
[平均粒子径D
50]
各溶射用粉末の平均粒子径を、レーザ回折/散乱式粒度測定器(株式会社堀場製作所製,LA−300)を用いて測定した。平均粒子径は、体積基準の粒度分布に基づくD
50粒径である。溶射用粉末の平均粒子径の測定結果を、表1の「D
50」の欄に示した。
【0052】
[細孔径分布]
各溶射用粉末の細孔容積特性を、水銀圧入法に基づく自動ポロシメータ(マイクロメリティックス社製、細孔分布測定装置 オートポアIV 9520形)を用い、JIS R1655:2003に準じて測定した。具体的には、0.5gの測定試料を用い、初期圧11kPaにて水銀の圧入を行った。なお、測定試料に対する水銀接触角は130度、水銀表面張力は485dynes/cmに設定した。これにより得られた圧力と圧入された水銀量との関係から、付属の解析ソフトウェアを用いてlog微分細孔容積分布曲線を作成した。そして、これらの測定結果を基に、メインピークの頂点における細孔径と、メインピークに対する第2ピークの高さ比(H2/H1)と、細孔径が1μm以下の細孔の累積細孔容積と、を算出した。これらの結果を、表1の「メインピーク頂点」,「H2/H1」および「累積細孔容積」の欄に示した。なお、「H2/H1」の欄が「−」で示されている溶射用粉末については、log微分細孔容積分布曲線が概ね単峰性であり、メインピークよりも細孔径が小さい領域に第2ピークが観測されなかったことを意味する。参考のために、
図1に(a)No.1,(b)No.11および(c)No.17について作成したlog微分細孔容積分布曲線を示した。
【0053】
[材料融点]
各溶射用粉末の融点は、示差熱分析計(株式会社リガク製、Thermo plus Evo)により、一定の温度プログラムに従って溶射用粉末を加熱したときの温度変化特性をもとに求めた。溶射用粉末の融点の測定結果を、表1の「融点」の欄に示した。なお、融点は、1500℃以下の場合に「≦1500」、1500℃超過1700℃以下の場合に「≦1700」、2000℃を超過した場合に「>2000」と示した。なお、本実施形態の各例において、溶射用粉末の融点が1700℃超過2000℃以下の場合はなかった。
【0054】
[溶射方法]
上記で用意したNo.1〜17の溶射材料を、低温プロセスである大気圧プラズマ溶射法(APS)により溶射することで、溶射皮膜を形成した。
APSにおける溶射条件は、以下の通りとした。すなわち、まず、基材にはSS400鋼板(70mm×50mm×2.3mm)を用意し、表面に#40のアルミナグリッドを用いたブラスト処理を施すことにより粗面化加工して用いた。APSには、市販の溶射機(Praxair社製、SG−100)を用いた。この溶射機に、大気圧にて、プラズマ作動ガスとして0.34MPaのアルゴンガスを、二次ガスとして0.34MPaのヘリウムガスを供給し、陰極と陽極との間に電圧を印加することでプラズマを発生させた。溶射時のプラズマ発生条件は、プラズマ発生電圧35.6V、電流900Aとした。このプラズマ中に、粉末供給機(Praxair社製、Model1264)を用いて、各例の溶射用粉末を約15g/分の供給量で供給し、溶射ガンを800mm/秒の速度で移動させながら、溶射距離150mm、基材に対するプラズマ照射角度を60°として、No.1〜17の溶射皮膜(溶射皮膜付部材)を形成した。
【0055】
[気孔率による評価]
上記の通り形成されたNo.1〜17の溶射皮膜の緻密性を、気孔率を測定することで評価した。気孔率は、基材に略垂直な断面組織の観察像を画像解析することで求めた。具体的には、溶射皮膜を基材ごと基材表面に対して垂直に切断し、厚み方向の任意の断面を切り出した。そして、かかる断面における溶射皮膜の組織を適切な倍率の顕微鏡で観察することで得られた観察像について、画像解析ソフトを用いて解析することで、気孔部と固相部とを分離する2値化を行い、全断面積に占める気孔部の面積の割合として規定される気孔率(%)を算出した。なお、本明細書において、気孔率の測定は、走査型電子顕微鏡(SEM;株式会社日立ハイテクノロジーズ製、S−3000N)による観察像(好適には、二次電子像、組成像あるいはX線像のいずれかであり得る。)に基づき、画像解析ソフト(株式会社日本ローパー製、Image−Pro Plus)を用いて画像解析することで行った。その結果を、表1の「気孔率」の欄に示した。
【0056】
[塩水噴霧試験による耐食性評価]
上記の通り形成されたNo.1〜17の溶射皮膜の塩素に対する耐食性を、塩水噴霧試験により評価した。塩水噴霧試験は、JIS Z2371:2000(塩水噴霧試験方法)に準じ、試験用塩溶液貯槽温度:35±1℃、空気飽和器温度:47±1℃、噴霧量:1〜2mL/hr、供給空気圧力:0.098±0.002MPa、試験時間:最長12時間の条件にて行った。塩水噴霧による耐食性の評価は、試験開始から2時間後、6時間後、12時間後の溶射皮膜付部材について皮膜表面の観察を行い、基材であるSS400鋼板からの腐食生成物の有無を確認することで行った。その結果、腐食生成物が2時間後に確認された皮膜については「×」、2時間超過6時間後に確認された皮膜については「△」、6時間超過12時間後に確認された皮膜については「〇」、12時間後に腐食生成物が確認されなかった皮膜について「◎」を、表1の塩水噴霧試験結果の欄に示した。
【0057】
[HF腐食試験による耐食性評価]
上記の通り形成されたNo.1〜17の溶射皮膜の耐食性を、フッ化水素酸水溶液による腐食試験により評価した。腐食試験には、三極式の電気化学セルを用いた。すなわち、まず、試験対象のNo.1〜17の溶射皮膜について、10mm×10mmの試験表面のみが露出するようその他の表面にマスキングを施し、基材を金属配線に接続することで、作用極を用意した。各溶射皮膜は、予めその重量を基材ごと測定しておき、基材の重量を差し引くことで溶射皮膜の重量を得た。また、参照極には銀−塩化銀電極(Ag/AgCl)を、対極には白金(Pt)電極を用い、電解液には40℃に加温した1Mのフッ化水素酸水溶液(HF aq.)を使用することで、三極式セルを構築した。
【0058】
このセルの参照極−作用極間に、ポテンショスタットにより1Vの電圧を200秒間印加することで電解液と作用極の試験表面とを反応させ、試験表面を腐食させた。そして腐食後の溶射皮膜の重量を測定することで、腐食による溶射皮膜の試験表面の重量減少量を算出した。この値から、試験表面を構成する溶射皮膜の腐食前重量を基準とした、重量減少率を算出した。その結果、重量減少率が0.1%以下の場合を「◎」、0.1%超過0.5%未満の場合を「○」、0.5%以上1%未満の場合を「△」、1%以上の場合を「×」として、表1の「HF腐食試験」の欄に示した。
【0060】
表1に示されるように、No.1〜8の溶射用粉末は、融点が2000℃以下の材料からなり、log微分細孔容積分布におけるメインピークの位置が10μm以下であって、(H2/H1)が0.05以下であった。これらの溶射用粉末については、累積細孔容積が0.01cm
3/g以下と小さく、溶射用粉末自体が緻密であることが確認できた。またこのような緻密な溶射用粉末を用いることで、汎用のAPS装置により気孔率が5%以下の緻密な溶射皮膜を形成し得ることが確認された。
【0061】
これらの溶射皮膜は緻密であることから、塩水噴霧試験における耐食性が極めて良好であることが確認された。例えばNo.2〜8の溶射用粉末から形成された溶射皮膜は、塩水(塩化物イオン)が浸透するような貫通気孔がほぼ形成されていないことがわかった。また、これらの溶射皮膜は、比較的低温のAP溶射により溶射用粉末からの組成ずれを起こすことなく形成され得るため、フッ化水素酸のようなハロゲン(例えばフッ素)を含有する強酸中での耐食性試験においても極めて良好な耐食性を示し得ることが確認された。このことは、ハロゲンプラズマに対する耐プラズマエロージョン性が高いことをも示し得る結果である。特に、No.6〜8に示されるように、平均粒子径が10μm以下、特に3μm以下と微細な溶射用粉末については、気孔率が1%以下、特に0.3%以下と、極めて緻密な溶射皮膜が得られ、これに伴い塩素やフッ素などのハロゲン物質に対する耐食性(環境遮断性)のより一層高められた溶射皮膜が得られることが確認された。
【0062】
なお、例えば、
図1(a)のNo.1の溶射用粉末の細孔径分布には1.4μm付近にメインピークが見られ、粒子間隙に由来する細孔が
細孔径1.4μmをピークとして形成されていることがわかる。そして、この粒子間隙に由来するピークよりも細孔径が小さい領域には明瞭なピークが見られず、溶射用粉末を構成する個々の粒子の表面には、細孔があまり形成されていないことがわかる。なお、No.1の溶射用粉末の細孔分布は概ね単峰性とみることができるが、メインピークよりも細孔径が大きい領域に、いくつかの微小なピークが見られる。これは、No.1の溶射用粉末がいくつかのセラミック粒子が密に結合して形成されたために多少いびつな粒子が含まれ、測定用セルへの充填が密に行われずに生じた粗大な粒子間隙に由来するピークであると考えられる。しかしながら、例えば、この細孔径が大きい領域にみられるピークを第2ピークとしたときのH2/H1は十分に小さく、また、この溶射用粉末を用いて緻密な溶射皮膜を形成できている。したがって、このような粗大な粒子間隙に由来する細孔は、溶射皮膜の緻密性に対する影響は小さいものと判断される。
【0063】
No.9〜12の溶射用粉末は、いわゆる従来の溶融法にて原料粉末を完全に溶融して用意したものであり、いずれも累積細孔容積が0.01cm
3/g以下と小さく、溶射用粉末自体は比較的緻密なものが用意できた。具体的には、例えば、
図1(b)のNo.11の溶射用粉末の細孔分布は、8μmにメインピークが見られる単峰性である。この種の溶射用粉末の細孔分布においては、第2ピークは観測されない。したがって、この溶射用粉末は、log微分細孔容積分布におけるメインピークの位置が10μm以下であって、(H2/H1)が0.05以下を満たし、十分に緻密であると考えられる。これは、原料粉末を完全溶融させることで得られる特長であり、融点が2000℃よりも高い材料であるがために達成できた溶射用粉末である。
【0064】
しかしながら、このように完全溶融させた融液を直接微細な粒子形状に凝固させることは困難であり、機械的な粉砕によると比較的平均粒子径が大きく流動性に劣る溶射用粉末が得られがちである。そのため、この様な高融点で比較的粗大な溶射用粉末をAPS溶射して得られた溶射皮膜は、溶射の際に不可避的に未溶融部分が残存し易く、気孔率が8.7%と、緻密性に欠けるものとなってしまった。一方で、No.9および10に示すように、平均粒子径が小さい溶射用粉末を用いた場合は、比較的緻密な皮膜を形成することができた。しかしながら、たとえ比較的緻密な皮膜が形成されても、いずれも塩水噴霧試験で腐食が発生してしまい、これらの溶射皮膜には貫通気孔が形成され易いことが確認された。さらに、フッ化水素酸のようなハロゲンを含有する強酸に対する耐食性も低いことが確認された。なお、具体的なデータは示さないが、材料融点が2000℃以下の材料では、従来の溶融法によりこのような細孔分布を示す溶射用粉末を作製しようとすると、材料が変質してしまうことが確認されている。
【0065】
No.13〜17の溶射用粉末は、原料粉末を造粒した後、焼結させたものであり、比較的多孔質な溶射用粉末である。そして、例えば、
図1の(c)No.17の溶射用粉末の細孔分布に示されるように、上記(b)No.11とほぼ同じ位置(10μm付近)にメインピークが見られるとともに、メインピークよりもさらに細孔径が小さい位置に第2ピークが明瞭に見られた。No.17の溶射用粉末は、従来の造粒−焼結法により作製されていることから、第2ピークがセラミック粒子の多孔質構造に由来する細孔であって、メインピークが造粒粒子を構成している一次粒子の間隙に由来する細孔を示していると考えられる。
【0066】
この細孔分布において、メインピークの高さH1と第2ピークの高さH2との比(H2/H1)が0.05より大きいことから、No.13〜17の溶射用粉末はポーラスである(細孔容積が大きい)と判断できる。なお、No.14および17の溶射用粉末は、No.13〜17のなかでも原料粉末としてより微細なセラミック微粒子を用いたため、メインピークがそれぞれ9.7μmおよび8.4μmと、10μmよりも小さい領域に現れた。しかしながら、他のNo.13,15〜16の溶射用粉末についてはより粗大なセラミック微粒子を用いたため、粒子間隙に基づく細孔も大きくなり、メインピークがより大きな細孔径領域に現れることが確認された。また、これらの溶射用粉末を用いて形成した溶射皮膜の気孔率は、例えばNo.17の溶射用粉末で17.6%と、緻密性に欠けるものであった。また、気孔率の測定に際し溶射皮膜の組織を観察したところ、気泡を伴った未溶融粒子がいくつか観察された。このような比較的ポーラスな溶射用粉末を用いた場合、緻密な溶射皮膜は得られ難いといえる。そのため、塩水噴霧試験の結果はいずれも2時間以内に腐食が認められ、溶射皮膜に貫通気孔が形成されやすいことがわかった。
【0067】
なお、No.13〜16の溶射用粉末は、ハロゲン元素を含む組成を有する。そのため、これらの溶射用粉末から得られたNo.13〜16の溶射皮膜は、気孔率が10%を超過した場合であっても、HF腐食性試験における耐食性は若干劣る程度であった。これは、例えば、緻密なNo.9〜12および17の溶射皮膜よりも優れた耐食性を示す結果である。
かかる観点で、組成ずれの起こり易い低融点組成の材料により、極めて緻密で組成ずれの無い溶射皮膜を形成し得るNo.1〜8の溶射用粉末は、耐食性の求められる溶射皮膜を形成するための材料として特に優れていることが確認できる。
【0068】
[HCl腐食試験による耐食性評価]
そこで、上記の塩水噴霧試験およびHF腐食性試験でいずれも良好な結果であった、No.8の溶射粉末から得られた溶射皮膜について、塩酸(HCl)を用いた腐食試験により耐食性を評価した。具体的には、上記のHF腐食試験における1MのHF水溶液に代えて、1Mの塩酸(HCl)水溶液を用い、その他の条件は同様にしてHCl腐食試験を行った。その結果、かかる溶射皮膜の重量減少率は0.1%以下であり、この溶射皮膜が塩酸のような塩素を含有する強酸に対しても高い耐食性を有することが確認された。このことから、この溶射皮膜は、塩素系のハロゲンプラズマに対する耐プラズマエロージョン性に優れたものでもあり得る。
【0069】
以上、本発明を好適な実施形態により説明してきたが、こうした記述は限定事項ではなく、種々の改変が可能であることはいうまでもない。