特許第6579237号(P6579237)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6579237リチウム二次電池用正極活物質の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6579237
(24)【登録日】2019年9月6日
(45)【発行日】2019年9月25日
(54)【発明の名称】リチウム二次電池用正極活物質の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/525 20100101AFI20190912BHJP
   C01G 53/00 20060101ALI20190912BHJP
【FI】
   H01M4/525
   C01G53/00 A
【請求項の数】3
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2018-128522(P2018-128522)
(22)【出願日】2018年7月5日
(62)【分割の表示】特願2017-557475(P2017-557475)の分割
【原出願日】2017年5月31日
(65)【公開番号】特開2018-160470(P2018-160470A)
(43)【公開日】2018年10月11日
【審査請求日】2018年7月5日
(31)【優先権主張番号】特願2016-115619(P2016-115619)
(32)【優先日】2016年6月9日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】特許業務法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】所 久人
(72)【発明者】
【氏名】軍司 章
(72)【発明者】
【氏名】遠山 達哉
(72)【発明者】
【氏名】高橋 心
(72)【発明者】
【氏名】高野 秀一
(72)【発明者】
【氏名】中林 崇
【審査官】 前田 寛之
(56)【参考文献】
【文献】 特開平7−272716(JP,A)
【文献】 特開2015−228381(JP,A)
【文献】 特開2003−300731(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/098724(WO,A1)
【文献】 米国特許第6116896(US,A)
【文献】 特開平11−139829(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2014/0202079(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/525
C01G 53/00
H01M 4/505
F27B 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)中の金属元素を含む化合物からなる前駆体を焼成して下記式(1)で表されるリチウム複合化合物を得る焼成工程を有し、
前記焼成工程は、
前記前駆体を焼成炉の炉心管内で転動させつつ熱処理する転動熱処理工程と、前記転動熱処理工程で熱処理された前記前駆体を焼成炉内に静置させて熱処理する静置熱処理工程と、を少なくとも有し、
前記転動熱処理工程に用いる前記焼成炉は、
前記炉心管の内周面側に向けて酸化性ガスを噴射する第1給気系統と、
当該炉心管の軸方向に向けて酸化性ガスを流す第2給気系統と、を備え、
前記転動熱処理工程においては、
前記炉心管内で上流側から下流側に向けて転動しつつ流下する前記前駆体に前記第1給気系統により前記酸化性ガスを吹き付けると共に、前記前駆体から発生する炭酸ガスを前記第2給気系統による前記酸化性ガスの気流で排気しながら前記熱処理を行うことを特徴とするリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
Li1+aM1O2+α ・・・(1)
(但し、前記式(1)中、M1は、Li以外の金属元素であって少なくともNiを含み、M1当たりにおける前記Niの割合が70原子%を超え、a及びαは、−0.1≦a≦0.2、−0.2≦α≦0.2、を満たす数である。)
【請求項2】
前記静置熱処理工程に用いる前記焼成炉が、ローラーハースキルン、又は、トンネル炉であることを特徴とする請求項1に記載のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項3】
前記転動熱処理工程に用いる前記焼成炉の前記炉心管が、セラミックス製、又は、ニッケル製、タングステン製、モリブテン製、チタン製、若しくは、これらの金属を主成分とする合金製であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム二次電池の正極に用いられる正極活物質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高いエネルギ密度を有し、小型で軽量な二次電池として、リチウム二次電池が広く普及している。リチウム二次電池は、ニッケル・水素蓄電池やニッケル・カドミウム蓄電池等の他の二次電池と比較して、エネルギー密度が高く、メモリ効果が小さいといった特徴を有している。そのため、携帯電子機器、家庭用電気機器等の小型電源から、電力貯蔵装置、無停電電源装置、電力平準化装置等の定置用電源や、船舶、鉄道車両、ハイブリッド鉄道車両、ハイブリット自動車、電気自動車等の駆動電源等の中型・大型電源に至るまでその用途が拡大している。
【0003】
特に、リチウム二次電池を中型・大型電源として用いる場合には、電池の高エネルギ密度化が要求される。電池の高エネルギ密度化の実現には、正極及び負極の高エネルギ密度化が必要であり、正極及び負極に用いられる活物質の高容量化が要求されている。
【0004】
高い充放電容量を有する正極活物質としては、α−NaFeO型の層状構造を有するLiMO(Mは、Ni、Co、Mn等の金属元素を示す。)で表されるリチウム複合化合物が知られている。この正極活物質は、特にニッケルの比率が高くなるほど容量が高くなる傾向を示すことから、電池の高エネルギ密度化を実現する正極活物質として期待されている。
【0005】
リチウム二次電池用の正極活物質は、出発原料を熱処理して仮焼ないし一次焼成された前駆体を合成し、その前駆体を更なる熱処理で本焼成することにより製造するのが一般的である。通常、これらの熱処理では、出発原料或いは前駆体をセラミックス製等の焼成容器に充填し、その焼成容器をローラー等で搬送して焼成ゾーンを通過させながら加熱する手法が採られている。
【0006】
しかしながら、焼成容器を搬送させながら行う手法では、昇降温が繰り返されることにより熱応力で焼成容器が破損したり、リチウム源との反応により焼成容器が劣化して変形、亀裂等を生じたりするため、一定期間毎に焼成容器の更新を要し、生産コストが高くなる傾向がある。特に、ニッケルの比率が高いリチウム複合化合物を製造する場合には、Ni2+をNi3+へと十分に酸化させるために炉内全体を酸化性雰囲気に保つ必要があるので、酸化性ガスの必要量が嵩み生産コストが極めて高くなる傾向が強い。
【0007】
そこで、リチウム複合化合物の形成反応を行う焼成炉として、ロータリーキルンを利用する技術が提案されている。ロータリーキルンは、特別な焼成容器を要さず、炉内を容易に酸化性雰囲気に保つことが可能であるといった特徴を有している。
【0008】
例えば、特許文献1には、ロータリーキルンの内壁と接触するように装填された羽根により前駆体物質をキルン上部へかき上げながらかつ酸素含有ガスを供給しながら焼成を行う正極材の製造方法が開示されている(請求項1等参照)。
【0009】
また、特許文献2には、Li化合物と、Co、Ni及びMnから選択される少なくとも1種の金属元素の化合物と、Al及び遷移金属から選択される少なくとも1種の金属元素の化合物との混合物を、酸素含有雰囲気下500〜900℃の温度で混合しながら第一段階の焼成を行った後、さらに800〜1100℃の温度で混合しながら又は静置して第二段階の焼成を行う正極活物質の製造方法が開示されている(請求項4等参照)。そして、焼成にロータリーキルン等が使用されることが記載されている(段落0011参照)。
【0010】
さらに、特許文献3には、NiおよびM(MはLi以外かつNi以外の金属)をモル比a:(1−a)で含む遷移金属化合物と、炭酸リチウムとを、所定割合で混合し、得られた混合物の温度を、昇温および降温を繰り返しながら所定温度領域まで到達させ、その後、前記遷移金属化合物と前記炭酸リチウムとを550〜750℃で反応させ、得られた反応物を800〜1100℃で更に焼成炉中で加熱する正極活物質の製造方法が開示されている(請求項9等参照)。そして、焼成炉より前の工程は、例えば、ロータリーキルンを用いて行われる旨が記載されている(段落0012参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平11−139829号公報
【特許文献2】特開2002−260655号公報
【特許文献3】国際公開第2009/98835号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
正極活物質の前駆体を熱処理するにあたって、特許文献1〜3に開示されるようにロータリーキルンを使用すると、前駆体と酸素との接触確率が向上するため、ニッケルの比率が高くてもニッケルの酸化反応を比較的効率良く行うことができる。しかしながら、ニッケルの比率が高い正極活物質を工業的規模で安価ないし大量に生産するためには、前駆体に対して、より効率的に酸素を供給し、ニッケルが十分に酸化されたリチウム複合化合物を短時間で得ることが可能な製造方法が求められる。また、前駆体の原料として炭酸リチウムを使用する場合、高い充放電容量を示すリチウム複合化合物を速やかに焼成するには、前駆体から脱離する炭素分を焼成雰囲気中から確実に排除することも望まれる。
【0013】
そこで、本発明は、ニッケルを含む前駆体の焼成を短時間で効率的に行えるリチウム二次電池用正極活物質の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記課題を解決するために鋭意検討した結果、炉心管内を転動する前駆体に対して直接的に酸化性ガスを吹き付けて酸素を供給する給気系統と、前駆体から発生する炭酸リチウム由来の炭酸ガスを掃気するための気流を給気する給気系統の2系統を備えた焼成炉を用いて、酸化反応を効率良く進行させる製造方法を見出した。
【0015】
即ち、本発明に係るリチウム二次電池用正極活物質の製造方法は、下記式(1)中の金属元素を含む化合物からなる前駆体を焼成して下記式(1)で表されるリチウム複合化合物を得る焼成工程を有し、前記焼成工程は、前記前駆体を焼成炉の炉心管内で転動させつつ熱処理する転動熱処理工程と、前記転動熱処理工程で熱処理された前記前駆体を焼成炉内に静置させて熱処理する静置熱処理工程と、を少なくとも有し、前記転動熱処理工程に用いる前記焼成炉は、前記炉心管の内周面側に向けて酸化性ガスを噴射する第1給気系統と、当該炉心管の軸方向に向けて酸化性ガスを流す第2給気系統と、を備え、前記転動熱処理工程においては、前記炉心管内で上流側から下流側に向けて転動しつつ流下する前記前駆体に前記第1給気系統により前記酸化性ガスを吹き付けると共に、前記前駆体から発生する炭酸ガスを前記第2給気系統による前記酸化性ガスの気流で排気しながら前記熱処理を行うことを特徴とする。Li1+aM1O2+α ・・・(1)(但し、前記式(1)中、M1は、Li以外の金属元素であって少なくともNiを含み、M1当たりにおける前記Niの割合が70原子%を超え、a及びαは、−0.1≦a≦0.2、−0.2≦α≦0.2、を満たす数である。)
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ニッケルを含む前駆体の焼成を短時間で効率的に行えるリチウム二次電池用正極活物質の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の一実施形態に係るリチウム二次電池用正極活物質の製造方法のフロー図である。
図2】リチウム二次電池用正極活物質の製造に使用するロータリーキルンの概略構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施形態に係るリチウム二次電池用正極活物質(以下、単に正極活物質と言うことがある。)とその製造方法について詳細に説明する。なお、以下の説明は、本発明の内容の具体例を示すものであり、本発明はこれらに限定されるものではない。本発明は、本明細書に開示される技術的思想の範囲内において当業者による様々な変更が可能である。
【0019】
[正極活物質]
本実施形態に係る正極活物質は、リチウムと遷移金属とを含んで組成され、空間群R−3mに帰属される層状岩塩型の結晶構造(以下、層状構造ということがある。)を有するリチウム複合化合物である。この正極活物質は、電圧の印加によってリチウムイオンを可逆的に吸蔵及び放出することを可能としており、リチウム二次電池用(リチウムイオン二次電池用)の正極活物質として好適に用いられる。
【0020】
本実施形態に係る正極活物質は、次の式(1):
Li1+aM1O2+α・・・(1)
(但し、前記式(1)中、M1は、Li以外の金属元素であって少なくともNiを含み、M1当たりにおける前記Niの割合が70原子%を超え、a及びαは、−0.1≦a≦0.2、−0.2≦α≦0.2、を満たす数である。)で表される。
【0021】
本実施形態に係る正極活物質は、リチウム(Li)以外の金属元素(M1)当たりにおけるニッケル(Ni)の割合が70原子%を超える組成を有することにより、高いエネルギ密度や高い充放電容量を実現することができる正極活物質である。なお、リチウム(Li)以外の金属元素(M1)当たりにおけるニッケル(Ni)の割合は、70原子%を超え100原子%未満の範囲で適宜の値を採ることが可能である。このようにニッケルを高い割合で含む正極活物質であるが故にNi2+をNi3+へと酸化させる酸化反応が効率的に行われることは重要である。
【0022】
リチウム(Li)以外の金属元素(M1)としては、ニッケルの他に、遷移金属元素が含まれていてもよいし、非遷移金属元素が含まれていてもよいし、これらが組み合わされて含まれていてもよい。このような金属元素(M1)の具体例としては、マンガン(Mn)、コバルト(Co)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、モリブデン(Mo)、ニオブ(Nb)、タングステン(W)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、スズ(Sn)等が挙げられる。これらの中でも、層状構造を安定させる観点からは、アルミニウム(Al)及び/又はチタン(Ti)が含まれていることが好ましい。
【0023】
本実施形態に係る正極活物質は、より好ましい具体的な組成が次の式(2):
Li1+aNiMnCoM22+α・・・(2)
(但し、前記式(2)中、M2は、Mg、Al、Ti、Zr、Mo及びNbからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、a、b、c、d、e及びαは、−0.1≦a≦0.2、0.7<b≦0.9、0≦c<0.3、0≦d<0.3、0≦e≦0.25、b+c+d+e=1、及び、−0.2≦α≦0.2、を満たす数である。)で表される。
【0024】
以下、前記式(1)及び(2)におけるa、b、c、d、e及びαの規定範囲について説明する。
【0025】
前記式におけるaは、−0.1以上かつ0.2以下とする。aは、一般式;LiM´Oで表される正極活物質の量論比、すなわちLi:M´:O=1:1:2からのLiの過不足量を表している。ここで、M´は、前記式(1)や(2)におけるLi以外の金属元素を表す。リチウムが少ないほど、充電前の遷移金属の価数が高くなって、リチウムが脱離した時の遷移金属の価数変化の割合が低減され、正極活物質の充放電サイクル特性が向上する。その反面、リチウムが過剰であると、正極活物質の充放電容量は低下する。よって、aを前記の範囲に規定することで、正極活物質の充放電サイクル特性を向上させ、かつ充放電容量を高くすることができる。より好ましいaの範囲は、−0.05以上かつ0.1以下である。aが−0.05以上であれば、充放電に寄与するのに十分な量のリチウムが確保されるため、正極活物質の高容量化を図ることができる。また、aが0.1以下であれば、遷移金属の価数変化による電荷補償が十分になされるので、高い充放電容量と、良好な充放電サイクル特性とを両立させることができる。
【0026】
前記式において、bは、0.7を超えかつ0.9以下とする。ニッケルが多いほど、充放電容量を高くするのに有利である。一方、ニッケルが過剰であると、正極活物質の熱的安定性が低下する虞がある。よって、bを前記の範囲に規定することで、正極活物質を安定的に高容量化することができる。より好ましいbの範囲は、0.75以上かつ0.90以下である。bが0.75以上であれば、充放電容量がより高くなる。
【0027】
前記式において、cは、0以上かつ0.3未満とする。マンガンが添加されていると、充電によってリチウムが脱離しても層状構造が安定に維持されるようになる。一方、マンガンが過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、正極活物質の充放電容量が低下する。よって、cを前記の範囲に規定することで、充放電によってリチウムの挿入と脱離とが繰り返されたとしても、正極活物質の結晶構造を安定に維持することが可能になる。よって、高い充放電容量と共に、良好な充放電サイクル特性や、熱的安定性等を得ることができる。より好ましいcの範囲は、0.03以上かつ0.25以下である。cが0.03以上であれば、正極活物質の結晶構造がより安定化する。また、cが0.25以下であれば、ニッケル等の他の遷移金属の割合が高くなるので、正極活物質の充放電容量が損なわれ難くなる。特に好ましいcの範囲は、0.05以上かつ0.15以下である。
【0028】
前記式において、dは、0以上かつ0.3未満とする。コバルトが添加されていると、充放電容量が大きく損なわれること無く、充放電サイクル特性が向上する。一方、コバルトが過剰であると、原料費が高価となるので、正極活物質の工業的な生産において不利になる虞がある。よって、dを前記の範囲に規定することで、良好な生産性をもって、高い充放電容量と、良好な充放電サイクル特性とを両立させることができる。より好ましいdの範囲は、0.10以上かつ0.25以下である。dが0.10以上であれば、充放電容量や充放電サイクル特性がより向上する。また、dが0.25以下であれば、原料費がより低廉となるので、正極活物質の生産性が良くなる。
【0029】
前記式において、eは、0以上かつ0.25以下とする。Mg、Al、Ti、Zr、Mo及びNbからなる群より選択される少なくとも1種の元素(M2)が添加されていると、正極活物質の電気化学的活性を維持しながらも、結晶構造の安定性や、充放電サイクル特性をはじめとする電極性能を向上させることができる。一方、M2が過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、正極活物質の充放電容量が低下する。よって、eを前記の範囲に規定することで、高い充放電容量と、良好な電気化学的特性とを両立させることができる。
【0030】
前記式において、M2は、チタンを少なくとも含むことが好ましい。チタンは、正極活物質中において、主に、Ti3+又はTi4+の状態で存在している。チタンは、充電時にTi3+からTi4+に酸化され、放電時にTi4+からTi3+に還元されることにより、電気化学的に寄与する。すなわち、M2は、Ti及びM3で構成することができる。ここで、M3は、Mg、Al、Zr、Mo及びNbからなる群より選択される少なくとも1種の元素を表す。チタンは、量論比のリチウムに対する比率、すなわち前記式における係数を、0を超えかつ0.25以下とすることが好ましく、0.005以上かつ0.15以下とすることがより好ましい。チタンが添加されていると、充放電容量が大きく損なわれること無く、充放電サイクル特性が向上する効果が得られる。一方、チタンが過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、正極活物質の充放電容量が低下する。よって、チタンの係数を前記の範囲に規定することで、正極活物質の合成条件を大きく変更すること無く、適正な電極特性を得ることができる。また、チタンは、比較的安価で入手が容易であるため、工業材料として適している。他方、M3についての係数は、0.10以上かつ0.245以下としてもよい。
【0031】
前記式において、チタンは、正極活物質が未だ充電及び放電されていない初期状態において、XPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy;X線光電子分光)に基くTi3+とTi4+の原子比(Ti3+/Ti4+)が、1.5以上かつ20以下であることが好ましい。このように電気化学的に寄与するTi3+をTi4+の1.5倍から20倍多く含んでいると、正極活物質の初期状態におけるニッケルがNi3+からNi2+に還元されることに起因する充放電容量の低下を効果的に抑制することができる。また、充放電サイクルに伴って正極活物質中にNi2+が生成されたとき、Ti3+がTi4+に酸化されて電荷補償を担うことで、正極活物質の結晶構造が保たれ易くなる。さらに、正極活物質の表面のニッケルイオンの露出を抑制することができるので、充放電に伴って生じる電解液の分解反応を抑制することができる。なお、原子比(Ti3+/Ti4+)が、1.5未満であると、ニッケルの還元に起因する充放電容量の低下を十分に抑制することができず、高い充放電容量を実現するのが困難になる虞がある。また、原子比(Ti3+/Ti4+)が、20を超えると、正極活物質を焼成するときに焼結による過剰な粒成長を伴うため、充放電容量が低くなる虞がある。
【0032】
前記式において、αは、−0.2以上かつ0.2以下とする。αは、化学式LiM´Oで表される正極活物質の量論比からの酸素(O)の過不足量を表している。αが前記の範囲であれば、正極活物質の結晶構造の欠陥は少なく、良好な電気化学的特性が得られる。但し、αは、正極活物質に要求される性能によっては、層状構造をより安定的に維持する観点から、−0.1以上かつ0.1以下であることが好ましい。
【0033】
本実施形態に係る正極活物質は、例えば、粉末状の形態を採ることができる。粉末状の正極活物質は、個々の粒子が分離したリチウム複合化合物の一次粒子を含んでいてもよく、複数の一次粒子が造粒、焼結等によって結合した二次粒子を含んでいてもよい。二次粒子は、乾式造粒及び湿式造粒のうちのいずれによって造粒されたものであってもよい。造粒手段としては、例えば、スプレードライヤや、転動流動層装置等の造粒機を利用することができる。
【0034】
正極活物質のBET比表面積は、0.2m/g以上かつ2.0m/g以下であることが好ましい。一次粒子や二次粒子の集合からなる粉末状の正極活物質のBET比表面積がこの範囲であると、正極における正極活物質の充填性が改善し、エネルギ密度がより高い正極を製造することが可能になる。なお、BET比表面積は、例えば、自動比表面積測定装置を用いて測定することができる。
【0035】
正極活物質の結晶構造は、例えば、X線回折法(X-ray diffraction;XRD)等によって確認することができる。また、正極活物質の組成は、高周波誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma;ICP)発光分光分析、原子吸光分析(Atomic Absorption Spectrometry;AAS)等によって確認することができる。
【0036】
正極活物質の粒子破壊強度は、50MPa以上かつ100MPa以下であることが好ましい。正極活物質の一粒子当たりの粒子破壊強度がこの範囲であると、電極を作製する過程で正極活物質の粒子が破壊され難くなり、正極集電体に正極活物質を含む正極合剤スラリーを塗工して正極合剤層を形成するとき、剥がれ等の塗工不良が発生し難くなる。正極活物質の粒子破壊強度は、例えば、微小圧縮試験機を用いて測定することができる。
【0037】
[正極活物質の製造方法]
本実施形態に係る正極活物質の製造方法は、リチウム二次電池の正極に用いられる正極活物質であって、前記式(1)で表され、層状岩塩型の結晶構造を有するリチウム複合化合物を合成する方法に関する。なお、リチウム複合化合物の好ましい具体的な組成は、前記式(2)で表される。
【0038】
図1は、本発明の一実施形態に係る正極活物質の製造方法のフロー図である。
図1に示すように、本実施形態に係る正極活物質の製造方法は、混合工程S1と、焼成工程S2と、を有している。混合工程S1を経て原料の化合物から前駆体が調製され、前駆体が焼成工程S2で焼成されることにより、リチウム二次電池(リチウムイオン二次電池)の正極の材料となり得るリチウム複合化合物が合成される。本実施形態に係る製造方法は、焼成工程S2を構成する一工程として、焼成前のリチウム複合化合物の前駆体を焼成炉として用いるロータリーキルンで転動させつつ熱処理を行う熱処理工程を少なくとも有している。
【0039】
混合工程S1では、リチウムを含む化合物と、正極活物質を組成するLi以外の金属元素を含む化合物とを混合する。リチウムを含む化合物としては、少なくとも炭酸リチウムを用いる。炭酸リチウムは、酢酸リチウム、硝酸リチウム、水酸化リチウム、塩化リチウム、硫酸リチウム等と比較して、供給が安定していて調達性が良く、低廉である。また、融点が高いので、製造装置へのダメージが少なく、工業利用性及び実用性に優れている。
【0040】
正極活物質を組成するLi以外の金属元素を含む化合物としては、ニッケルを含む化合物や、マンガンを含む化合物や、コバルトを含む化合物や、M2等の他の金属元素を含む化合物を混合する。
【0041】
ニッケルを含む化合物としては、例えば、酸化物、水酸化物、炭酸塩、酢酸塩等を用いることができる。これらの中でも、特に、酸化物又は水酸化物を用いることが好ましい。酸化物や水酸化物であれば、炭酸塩や酢酸塩等を用いる場合と異なり、焼成の過程で大量の炭酸ガスを発生することが無いので、ニッケルの割合が高く、高純度を有するリチウム複合化合物を安定的に製造することができる。
【0042】
マンガンを含む化合物や、コバルトを含む化合物としては、例えば、酸化物、水酸化物、炭酸塩、酢酸塩等を用いることができる。これらの中でも、特に、酸化物、水酸化物、又は、炭酸塩を用いることが好ましい。また、M2等の他の金属元素を含む化合物としては、例えば、炭酸塩、酸化物、水酸化物、酢酸塩、硝酸塩等を用いることができる。これらの中でも、特に、炭酸塩、酸化物、又は、水酸化物を用いることが好ましい。
【0043】
混合工程S1では、具体的には、前記式に対応する所定の元素組成比で原料の各化合物を秤量し、各化合物を粉砕及び混合して、各化合物が混和した粉末状の混合物を調製する。各化合物は、均一に混和すると共に粒度も揃える観点から、平均粒径が1μm未満となるまで粉砕することが好ましい。化合物を粉砕する粉砕機としては、例えば、ボールミル、ジェットミル、サンドミル等の一般的な精密粉砕機を用いることができる。
【0044】
原料の化合物の粉砕は、湿式粉砕とすることが好ましく、工業的な観点からは、水を分散媒とした湿式粉砕が特に好ましい。湿式粉砕して得られる固液混合物は、例えば、乾燥機を用いて乾燥させてよい。乾燥機としては、例えば、噴霧乾燥機、流動床乾燥機、エバポレータ等を使用することができる。
【0045】
焼成工程S2では、混合工程S1を経て得られた前駆体を焼成して層状構造を有するリチウム複合化合物を得る。焼成工程S2は、焼成前のリチウム複合化合物の前駆体を焼成炉として用いるロータリーキルンで転動させつつ熱処理を行う熱処理工程を少なくとも有している。ここで、焼成工程S2において使用するロータリーキルンについて説明する。
【0046】
図2は、リチウム二次電池用正極活物質の製造に使用するロータリーキルンの概略構造を示す図である。
図2に示すように、ロータリーキルン1は、炉心管10と、ヒータ20と、第1給気管30と、第2給気管40と、リフター50と、を備えている。ロータリーキルン1は、粉末状のリチウム複合化合物の前駆体を被処理物として熱処理を行うために用いられる。
【0047】
炉心管10は、中空の略円柱形状を有しており、長手方向の一端側に被処理物Maの投入部、他端側に熱処理物の回収部を有している。炉心管10は、被処理物Maの投入部が回収部よりも上方に位置するように、水平面に対して長手方向に傾斜して設置される。リチウム複合化合物の前駆体は、投入部に設置される不図示の粉体投入装置から炉心管10の内部に投入され、炉心管10の内部を長手方向に流動して熱処理される。炉心管10の傾斜角度は、特に限定されないが、通常、0.5〜3°の範囲である。なお、本明細書においては、炉心管10の長手方向における投入部側を「上流」、回収部側を「下流」とする。
【0048】
炉心管10は、不図示のモータ等の動力が駆動ギヤないしローラを介して連結される。炉心管10は、このようなモータ等の駆動により、円柱形状の中心軸を回転軸として回転するようになっている。そのため、投入部から炉心管10に投入されたリチウム複合化合物の前駆体(Ma)は、炉心管10が回転することにより、炉心管10の内部を転動しながら流下し、回収部において不図示の粉体回収装置により回収される。炉心管10の回転速度は、特に限定されないが、通常、0.5〜3rpmの範囲である。
【0049】
炉心管10は、セラミックス製であることが好ましく、珪酸成分を含まないセラミックス製であることがより好ましく、4N以上等の高純度アルミナであることが特に好ましい。炉心管10がセラミックス製であると、ステンレス等の金属製である場合とは異なり、6価クロムのような有害成分が排出されることが無く、また、金属成分が被処理物Maに混入するようなことも無い。更に、珪酸成分を含まないセラミックス製であると、ムライト等のケイ酸塩製である場合と比較して、リチウム複合化合物の前駆体に含まれるリチウム分と炉心管10とが反応し難くなるので、炉心管10の劣化や破損が生じる虞が低くなる。また、炉心管10は前記のクロムのような有害成分が排出されない材料であれば、Ni、W、Mo、Ti等の金属、或いは、これらの金属を主成分とする合金製であってもよい。
【0050】
ヒータ20は、炉心管10の胴周りに設置されている。ヒータ20は、炉心管10の長手方向の一部の区間であって、図2に一点鎖線で示される加熱帯域120を覆っており、加熱帯域120を目標温度まで昇温させることができる。また、ヒータ20は、加熱帯域120よりも上流側の区間であって、図2に二点鎖線で示される所定距離の予熱帯域110を、目標温度よりも低い温度に予熱する。そのため、ヒータ20が稼働している炉心管10にリチウム複合化合物の前駆体が投入されると、前駆体は、予熱帯域110で予熱された後に加熱帯域120で目標温度まで加熱されて転動しながら熱処理される。但し、ヒータ20は、加熱帯域120について均一な熱処理を行える限り、配置位置や機数は特に限定されない。ヒータ20は、急激な熱処理が進まないように予熱帯域110が確保されていれば、一個所に集約して配置してもよいし、複数個所に分けて配置してもよい。
【0051】
第1給気管30は、炉心管10の内部に不図示のガス源から酸化性ガスを給気する第1給気系統を構成しており、被処理物Maを熱処理するときに、炉心管10の内周面側に向けて酸化性ガスを噴射する。第1給気管30は、炉心管10の内部に長手方向に沿って配置されており、炉心管10の下流側から上流側まで略全長にわたっている。第1給気管30は、炉心管10の長手方向に沿って配列し、鉛直下方側に向けて開口した複数の噴射口32を有している。噴射口32のそれぞれは、不図示のガス源から圧送される酸化性ガスを、炉心管10の下方側の内周面に向かってシャワー状に噴射することができる。すなわち、第1給気系統により、転動しつつ熱処理されている前駆体に酸化性ガスが吹き付けられることで、前駆体に酸素が直接的に供給され、酸化反応が効率的に促進されるようになっている。また、前駆体から発生した炭酸ガスが酸化性ガスによって舞い上げられて、前駆体の近傍から迅速に排除されるようになっている。つまり、前駆体から発生して炉心管10内を滞留している炭酸ガスが前駆体と再反応し、炭酸リチウムが再び生成してリチウム複合化合物の生成を阻害するのが防止される。
【0052】
第1給気管30は、酸素の給気と炭酸ガスの排気とを効率的に行うと共に、被処理物の粉末の飛散を防止する観点から、酸化性ガスの吹き付け量や吹き付け角度や酸素濃度が調節可能に設けられることが好ましい。例えば、吹き付け量は、第1給気系統のガス流量を調整したり、噴射口32を開閉自在に設け、噴射口32の開口数を調整したりすることにより調節することができる。また、吹き付け角度は、第1給気管30を中心軸を回転軸として回動自在に設けることにより調節することができる。例えば、炉心管10の回転方向に対して順方向又は逆方向に0°を超え45°以下程度の角度にして噴射させてよい。また、吹き付け角度は、第1給気管30を炉心管10の内部で水平方向等に移動させることにより調節することができる。例えば、第1給気管30を炉心管10の中心軸から偏心した位置に静止させて噴射させてよい。また、酸素濃度については、炉心管10の入口若しくは出口付近、或いは任意の場所に酸素濃度検知手段を設け、検知した酸素濃度が規定値になるように酸素量を監視制御することにより調節することができる。そして、これらの吹き付け量、吹き付け角度、酸素濃度を適宜組み合わせて調節することもできる。なお、酸素濃度検知手段に代えて、或いは併用して二酸化炭素濃度検知手段を設け、検知した二酸化炭素濃度が規定値になるように酸素量を監視制御することにより調節することもできる。
【0053】
第2給気管40は、炉心管10の内部に不図示のガス源から酸化性ガスを給気する第2給気系統を構成しており、被処理物Maを熱処理するときに、炉心管10の内部に炉心管10の軸方向に向けて酸化性ガスの気流を発生させる。酸化性ガスは、炉心管10の上流側から下流側に向けて流しても良いが、炉心管10の下流側から上流側に向けて流すことが好ましい。第2給気管40は、炉心管10の内部の加熱帯域120よりも下流側に配置されており、炉心管10の上流側に向かって開口している。また、第2給気管40は、第1給気管30の高さよりも上方に位置しており、第1給気管30よりも上方の空間に開口している。第2給気管40は、第1給気管30の上方に略水平方向に酸化性ガスを流し、酸化性ガスは、加熱帯域120や予熱帯域110を通過した後に、炉心管10の上流側に設けられた不図示の排気口から外部に排気される。すなわち、第2給気系統により、炉心管10の内部に酸化性ガスの気流が形成されることで、熱処理によって前駆体から発生した炭酸ガスが酸化性ガスと共に気流に乗って排気されるようになっている。第2給気系統による酸化性ガスの気流が、前駆体が流下する方向に対向する流れであると、炭酸ガスの濃度が炉心管10の下流側ほど低くなるため、下流側で熱処理を終える被処理物Maの炭素混入量を確実に低減させることができる。なお、第2給気管40による酸化性ガスの給気量や給気方向等も適宜調節することができる。
【0054】
第1給気系統や第2給気系統が給気する酸化性ガスとしては、酸素元素との反応を促進するガスであって酸素ガス、酸素濃縮空気等が用いられる。第1給気系統や第2給気系統が給気する酸化性ガスは、酸素濃度が90%以上であることが好ましく、酸素濃度が95%以上であることがより好ましく、酸素濃度が100%であることが好ましい。
【0055】
リフター50は、炉心管10の内周面に設けられている。リフター50は、炉心管10の内周面の周方向の一部から内側に向けて突出しており、炉心管10の回転に伴って被処理物Maをかき上げて攪拌する。すなわち、リフター50によって攪拌されることにより、前駆体の粉末中の表面粉と底部粉とが入れ替わりながら流動し、酸素との接触確率やその均一性が高められると共に、前駆体から発生した炭酸ガスが粉末中の粒子間隙から効率的に排除される。そのため、第1給気系統や第2給気系統が給気する酸化性ガスの下でリフター50が前駆体を攪拌することにより、酸素の給気と炭酸ガスの排気とが効果的に進み、リチウム複合化合物を生成する固相反応が大きく促進される。
【0056】
リフター50は、適宜の形状及び個数で設けることができる。リフター50は、例えば、炉心管10の長手方向に延びる羽根状、突条状、パイプ状、角柱状等に設け、炉心管10の周方向に対しては適宜の間隔で複数配設してよい。リフター50は、炉心管10の長手方向について、隙間無く連続していてもよいし、隙間を空けて断続していてもよい。
【0057】
リフター50は、炉心管10の内部の全長にわたって設けられてもよいが、炉心管10の内周面のうち、熱処理においてヒータ20により目標熱処理温度で直接的に加熱される帯域(加熱帯域120)のみに備えられ、加熱帯域120よりも上流側や下流側には備えられないことが好ましい。加熱帯域120よりも上流側の予熱帯域110等では、炭酸ガスの発生が著しく、このような領域で前駆体の粉末を攪拌すると、前駆体と炭酸ガスとが反応して炭酸リチウムが生成し、リチウム複合化合物の形成反応が妨げられる虞がある。これに対して、リフター50を加熱帯域120のみに備えても、固相反応を十分に促進させることが可能である一方で、加熱帯域120よりも上流側や下流側に備えないことにより、必要以上に攪拌された前駆体の微粉が酸化性ガスの気流と共に排出されて回収率が低下する事態を抑制することができる。
【0058】
ロータリーキルン1は、炉心管10内の雰囲気ガスを排気するための排気口を、炉心管10の上流側の側面に有することが好ましい。排気口が、炉心管10の上面側では無く、側面に設けられていると、比重が高い炭酸ガスを、酸化性ガスの気流に乗せて確実に炉心管10から排出させることができる。排気口を設ける位置は、より具体的には、炉心管10の内部の上流側の内側面であることが好ましく、内側面のうち炉心管10の回転軸よりも高さが低い下半部に位置することがより好ましい。
【0059】
以上のロータリーキルン1によると、酸素の給気、炭酸ガスの排気及び前駆体の給粉が連続的に実施されるため、前駆体の熱処理を短時間で行うことができる。特に、酸素の給気は、閉鎖空間を形成している炉心管10に対して行われるため、開放空間で熱処理を行う搬送炉等と比較して、低コストで行うことができる。また、第1給気系統は、前駆体に直接的に酸化性ガスを吹き付けるため、高濃度の酸素を前駆体に供給することができるし、前駆体から発生した炭酸ガスを舞い上げて、流動している前駆体から確実に分離排除することができる。また、第2給気系統は、炉心管10の内部で上方に舞い上げられた炭酸ガスを速やかに炉外に排気するため、熱処理された前駆体が炭酸ガスに接触するのを防止することができる。すなわち、第1給気系統のみでは、前駆体から発生した炭酸ガスが炉心管10から排出されずに滞留し、第2給気系統のみでは、前駆体の粉末中の粒子間隙に滞留している炭酸ガスが排除され難いところ、第1給気系統と第2給気系統とを併用すると、酸素の給気と炭酸ガスの排気の循環が効率的に継続され、結晶の欠陥や不純物が少ない熱処理物を得ることができる。
【0060】
次に、焼成工程S2の詳細について説明する。
【0061】
焼成工程S2は、図1に示すように、第1前駆体を形成する第1熱処理工程S21と、第2前駆体を形成する第2熱処理工程S22と、仕上の熱処理である第3熱処理工程S23と、を有することが好ましい。図2に示す構成のロータリーキルン1は、これらの熱処理工程のうち、いずれの熱処理工程において使用してもよいが、第2熱処理工程S22及び第3熱処理工程S23のうちの少なくとも一方において使用することが好ましく、第2熱処理工程S22において使用することがより好ましい。
【0062】
第1熱処理工程S21では、混合工程S1で得られた混合物を200℃以上かつ400℃以下の熱処理温度で、0.5時間以上かつ5時間以下にわたって熱処理することで第1前駆体を得る。第1熱処理工程S21は、混合工程S1で得られた混合物から、正極活物質の合成反応を妨げる水分等のような気化性が高い成分を除去することを主な目的として行われる。この工程では、炭酸リチウム等の原料の熱分解や不純物の燃焼等に伴って発生した炭酸ガス等が、水分と共に混合物から排除される。第1熱処理工程S21において、熱処理温度が200℃未満であると、不純物の燃焼反応や原料の熱分解反応が不十分となる虞がある。一方、熱処理温度が400℃を超えると、この工程でリチウム複合化合物の結晶化が進み、水分、不純物等を含むガスの存在下で欠陥が多い結晶構造が形成される虞がある。これに対して、前記の熱処理温度であれば、水分、不純物等が十分に除去され、以降の焼成に適した第1前駆体を得ることができる。
【0063】
第1熱処理工程S21における熱処理温度は、250℃以上かつ400℃以下であることが好ましく、250℃以上かつ380℃以下であることがより好ましい。熱処理温度がこの範囲内であれば、水分、不純物等を効率的に除去しつつ、この工程における結晶化の進行については抑制することができる。なお、第1熱処理工程S21における熱処理時間は、例えば、熱処理温度、混合物に含まれている水分、不純物等の量、水分、不純物等の除去目標等に応じて、適宜の時間とすることができる。
【0064】
第1熱処理工程S21は、適宜の熱処理装置を用いて実施することができる。具体的には、例えば、ローラーハースキルン、トンネル炉、プッシャー炉、ロータリーキルン、バッチ炉等を用いることができる。なお、第2熱処理工程S22、第3熱処理工程S23においてロータリーキルン1を用いない場合は、上記ローラーハースキルン、トンネル炉等を用いることができる。
【0065】
第1熱処理工程S21は、酸化性ガス雰囲気下で行ってもよいし、非酸化性ガス雰囲気下で行ってもよいし、減圧雰囲気下で行ってもよい。酸化性ガス雰囲気としては、酸素ガス雰囲気及び大気雰囲気のいずれであってもよい。大気雰囲気であれば、熱処理装置の構成を簡略化し、正極活物質の製造コストを削減することができる。また、減圧雰囲気としては、例えば、大気圧以下等のような適宜の真空度の減圧条件であってよい。
【0066】
第1熱処理工程S21は、雰囲気ガスの気流下、又は、ポンプによる排気下で行うことが好ましい。このような雰囲気下で熱処理を行うことにより、混合物から発生するガスを効率的に排除することができる。雰囲気ガスの気流やポンプによる排気の流量は、混合物から発生するガスの体積よりも多くすることが好ましい。混合物から発生するガスの体積は、例えば、混合物に含まれる原料の質量と、その原料から脱離すると見込まれる成分の比率とに基いて、発生するガスの物質量を見積もり、設定している温度条件について算出すればよい。
【0067】
第2熱処理工程S22では、第1熱処理工程S21で得た第1前駆体を450℃以上かつ900℃以下の熱処理温度で、0.1時間以上かつ50時間以下にわたって熱処理することで第2前駆体を得る。第2熱処理工程S22は、第1前駆体中のニッケルを2価から3価へと酸化し、層状構造を有するリチウム複合化合物を結晶化させることを主な目的として行われる。すなわち、この工程は、炭酸リチウム(LiCO)と、M´の酸化物(M´O)とを反応物として、第1前駆体中のニッケルの酸化反応を伴って層状構造の形成を行う熱処理工程である。第2熱処理工程S22において、熱処理温度が450℃未満であると、固相反応の反応速度が遅くなって炭酸リチウムが過剰に残留し、第3熱処理工程S23において炭酸ガスの発生量が増大する虞がある。一方、熱処理温度が900℃を超えると、この工程でリチウム複合化合物の粒成長が過剰に進行し、高容量の正極活物質が得られなくなる虞が高い。これに対して、前記の熱処理温度であれば、固相反応が全体で進んでいながら、粗大な結晶粒が少ない第2前駆体を得ることができる。なお、第2熱処理工程S22で進行する炭酸リチウムの反応は、次の式(3)で表される。
【0068】
LiCO+2M´O+0.5O→2LiM´O+CO・・・(3)
【0069】
第2熱処理工程S22における熱処理温度は、600℃以上とすることがより好ましい。600℃以上であれば、前記式(3)の反応効率がより向上する。また、第2熱処理工程S22における熱処理温度は、800℃以下とすることがより好ましい。800℃以下であれば、結晶粒がより粗大化し難くなる。
【0070】
第2熱処理工程S22における熱処理時間は、0.1時間以上かつ5時間以下とすることがより好ましい。熱処理時間を5時間以下とすると、正極活物質の製造に要する時間が短縮され、生産性を向上させることができる。
【0071】
ニッケルの割合が70原子%を超える正極活物質に高容量を発現させるためには、特に、ニッケルの価数を2価から3価へ十分に酸化させることが肝要である。2価のニッケルは、層状構造を有するLiM´Oにおいて容易にリチウムサイトに置換してしまい、正極活物質の容量を低下させる原因となるからである。そのため、第2熱処理工程S22では、第1前駆体を酸素が十分に給気される酸化性雰囲気下で熱処理し、ニッケルの価数を確実に2価から3価へ変化させることが好ましい。また、前記式(3)で発生する炭酸ガスは、式(3)の反応の進行を阻害し、正極活物質の容量を低下させる原因となる。そのため、第2熱処理工程S22では、炭酸ガスが滞留し難い気流下で熱処理することが好ましい。
【0072】
第2熱処理工程S22は、具体的には、酸素濃度が90%以上の酸化性雰囲気とすることが好ましく、酸素濃度が95%以上の酸化性雰囲気とすることがより好ましく、酸素濃度が100%の酸化性雰囲気とすることがさらに好ましい。また、第2熱処理工程S22は、酸化性ガスによる気流下で行うことが好ましい。酸素濃度が高い酸化性ガスの気流下で熱処理を行うと、ニッケルを確実に酸化させることができるし、前記式(3)で発生する炭酸ガスを確実に排除することができる。
【0073】
第2熱処理工程S22は、第1前駆体を転動させつつ熱処理を行うことが好ましい。第1前駆体を転動させながら熱処理することで、粉末状の第1前駆体と酸素との接触確率を高くすることができ、ニッケル等を十分に酸化させることができる。また、粉末状の第1前駆体が転動することにより、発生した炭酸ガスが粒子間隙に滞留し難くなり、炭酸ガスを効率的に排除して、固相反応を促進させることができる。
【0074】
第2熱処理工程S22は、図2に示す構成のロータリーキルン1を用いて実施する場合、酸化性雰囲気に調整した炉心管10に第1前駆体を投入し、第1給気系統、第2給気系統及びヒータ20を作動させて、炉心管10を所定の回転速度で回転させながら行う。すなわち、酸素濃度90%以上の酸素雰囲気に調整したロータリーキルン1の炉心管10内で上流側から下流側に向けて転動しつつ流下する第1前駆体に第1給気系統により酸化性ガスを吹き付けると共に、第1前駆体から発生する炭酸ガスを第2給気系統による酸化性ガスの気流で排気しながら、所定の熱処理温度及び熱処理時間で熱処理を行う。第1前駆体から発生する炭酸ガスは、炉心管10内の上流側の側面に設けた排気口を通じて炉心管10の軸方向から排出することが好ましい。また、第1給気系統による酸化性ガスの吹き付け量、吹き付け角度及び酸素濃度のうちの少なくとも一つを、第1前駆体の投入量、熱処理温度、雰囲気の酸素濃度、炉心管10の回転速度等に応じて調節して熱処理を行うことが好ましい。但し、第2熱処理工程S22は、上述の通り第1前駆体から発生する大量の炭酸ガスが反応の阻害要因となることを抑制することを主な目的としている。出来るだけこの第2熱処理工程S22で炭酸ガスを出し切り、炉心管10内からも効率的に排出しておくことが、一連の工程を進める上で好ましい。このようなことから、第2熱処理工程S22は、炭酸ガスの排出を行う第2給気系統の重要性が高い工程である。よって、第2熱処理工程S22では、少なくとも第2給気管40による酸化性ガスの給気量、吹き出しの圧力等を調節することが好ましく、これら第2給気系統の調節と第1給気系統の調節の両方を行うことがより好ましい。
【0075】
第3熱処理工程S23では、第2熱処理工程S22で得た第2前駆体を700℃以上かつ900℃以下の熱処理温度で熱処理することで層状構造を有するリチウム複合化合物を得る。第3熱処理工程S23は、第2前駆体中のニッケルを2価から3価へと十分に酸化させると共に、層状構造を有するリチウム複合化合物の結晶粒を成長させることを主な目的として行われる。すなわち、この工程は、第2前駆体中のニッケルの酸化反応とリチウム複合化合物の結晶粒の粒成長を行う熱処理工程である。第3熱処理工程S23において、熱処理温度が700℃未満であると、リチウム複合化合物の粒成長が速やかに進まない虞がある。一方、熱処理温度が900℃を超えると、リチウム複合化合物の粒成長が過剰に進行したり、層状構造が分解して2価のニッケルが生成されたりして、高容量の正極活物質が得られなくなる虞が高い。これに対して、前記の熱処理温度であれば、高容量のリチウム複合化合物を効率的に得ることができる。
【0076】
第3熱処理工程S23は、熱処理時間が、0.1時間以上かつ50時間以下であることが好ましく、0.5時間以上かつ5時間以下であることがより好ましい。第3熱処理工程S23において、酸素分圧が低いと、ニッケルの酸化反応を促進させるために熱が必要となる。したがって、第3熱処理工程S23において第2前駆体への酸素供給が不十分である場合、熱処理温度を上昇させる必要が生じる。ところが、熱処理温度を上昇させると層状構造の分解が不可避となるため、高容量のリチウム複合化合物を得ることができなくなる。これに対して、熱処理時間が0.1時間以上であれば、第2前駆体を酸素と十分に反応させることができる。
【0077】
第3熱処理工程S23は、具体的には、酸素濃度が90%以上の酸化性雰囲気とすることが好ましく、酸素濃度が95%以上の酸化性雰囲気とすることがより好ましく、酸素濃度が100%の酸化性雰囲気とすることがさらに好ましい。また、第3熱処理工程S23は、酸化性ガスによる気流下で行うことが好ましい。酸素濃度が高い酸化性ガスの気流下で熱処理を行うと、雰囲気中の酸素分圧が低下し難くなり、熱処理温度を上昇させ無くともニッケルを確実に酸化させることができる。
【0078】
第3熱処理工程S23は、第2前駆体を静置させて熱処理を行ってもよいし、転動させつつ熱処理を行ってもよい。第2前駆体を転動させながら熱処理することで、粉末状の第2前駆体と酸素との接触確率を高くすることができ、ニッケル等を十分に酸化させることができる。また、粉末状の第2前駆体が転動することにより、リチウム複合化合物がより均一に焼成される利点がある。
【0079】
第3熱処理工程S23は、図2に示す構成のロータリーキルン1を用いて実施する場合、酸化性雰囲気に調整した炉心管10に第2前駆体を投入し、第1給気系統、第2給気系統及びヒータ20を作動させて、炉心管10を所定の回転速度で回転させながら行う。すなわち、酸素濃度90%以上の酸素雰囲気に調整したロータリーキルン1の炉心管10内で上流側から下流側に向けて転動しつつ流下する第2前駆体に第1給気系統により酸化性ガスを吹き付けると共に、第2前駆体から発生する炭酸ガスを第2給気系統による酸化性ガスの気流で排気しながら、所定の熱処理温度及び熱処理時間で熱処理を行う。第2前駆体から発生する炭酸ガスは、炉心管10内の上流側の側面に設けた排気口を通じて炉心管10の軸方向から排出することが好ましい。また、第1給気系統による酸化性ガスの吹き付け量、吹き付け角度及び酸素濃度のうちの少なくとも一つを、第2前駆体の投入量、熱処理温度、雰囲気の酸素濃度、炉心管10の回転速度等に応じて調節して熱処理を行うことが好ましい。但し、第3熱処理工程S23は、上述の通り十分な酸化と結晶粒の成長を主な目的としている。そのため、第3熱処理工程S23は、酸化性ガスの吹き付けを行う第1給気系統の重要性が高い工程である。よって、第3熱処理工程S23では、第2熱処理工程S22と同様に、第1給気系統と第2給気系統の両方の調節を行ってもよいが、第1給気系統の調節を行う一方、第2給気系統の調節を行わず、第2給気系統を既定の条件で作動させてもよい。
【0080】
第3熱処理工程S23は、第2熱処理工程S22の終了後に、第2熱処理工程S22で使用した雰囲気ガスを完全に排気し、新たな雰囲気ガスを導入して行うことが好ましい。また、第2熱処理工程S22及び第3熱処理工程S23の両方を、図2に示す構成のロータリーキルン1を用いて実施する場合、単一機のロータリーキルン1を用いて第2熱処理工程S22を行った後、同一のロータリーキルン1を用いて第3熱処理工程S23を行ってもよいし、複数機のロータリーキルン1を用いて第2熱処理工程S22及び第3熱処理工程S23のそれぞれを順に行ってもよいし、単一機のロータリーキルン1において第2熱処理工程S22及び第3熱処理工程S23を一時に連続的に行ってもよい。
【0081】
以上のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法によると、焼成前のリチウム複合化合物の前駆体を、第1給気系統及び第2給気系統を備えるロータリーキルン1で転動させつつ酸化性雰囲気下で熱処理を行うため、前駆体に効率良く酸素を給気し、また、前駆体から発生した炭酸ガスを効率良く排除することができる。そのため、ニッケルを含む前駆体の焼成を短時間で効率的に行うことができ、純度が高く、高い充放電容量を示す正極活物質を短時間の工程時間で製造することができる。短時間の熱処理により、熱処理コスト、雰囲気ガスの供給コストが削減されるので、正極活物質を低コストで工業的に量産することが可能である。
【0082】
なお、本発明の実施形態は、上記した第1、第2、第3の熱処理工程にとらわれることなく、少なくとも焼成工程において上述した焼成炉、例えばロータリーキルン1を用いることを要旨とするものである。焼成工程において用いるロータリーキルン1は、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構造、形状、寸法等の構成を、適宜、変更して適用することができる。例えば、バッチ式の炉心管であってもよいし、第1給気管30及び第2給気管40の高さや長手方向の位置、形状、長さ寸法、幅寸法、径寸法、本数等は、図2等に示される構成に限定されるものではなく、その配置や構造等は、適宜、設計変更して適用することが可能である。例えば、大型炉の場合は、比較的大径の第1給気管を炉心管10の中央に挿通するように設け、この中央部の管から炉心管10の内周面側に向けて酸化性ガスを噴射するようになして第1給気系統とする。この場合、第2給気系統としては、第2給気管40を別途設けるのではなく、前記の第1給気管と炉心管10周りの空間に酸化性ガスを流すように構成することで第2給気系統を構成することもできる。また、第1給気管30及び第2給気管40は、ガス源を個々に有していてもよいし、ガス源を互いに共有していてもよい。さらに、第1給気管30及び第2給気管40のそれぞれは、単一系統が備えられていてもよいし、複数系統が備えられていてもよい。第1給気管30は、単一の管が複数の噴射口32を有していてもよいし、複数の管のそれぞれが噴射口32を有していてもよい。炉心管の入口及び/又は出口に酸素濃度検知手段や二酸化炭素濃度検知手段を有していてもよい。
【実施例】
【0083】
以下、実施例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【0084】
(実施例1)
正極活物質の出発原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガンを用意した。これら出発原料を、原子比でLi:Ni:Co:Mnが、1.04:0.80:0.15:0.05となるように秤量し、混合工程S1を実施した。具体的には、出発原料の総重量が20mass%となるようにイオン交換水を加えて混合し、ビーズミルにて粉砕混合を実施した。得られた固液混合物は、スプレードライヤを用いて乾燥し、原料混合粉を得た。
【0085】
次に、得られた原料混合粉をアルミナ製の焼成容器に充填し、ローラーハースキルンにより大気雰囲気下において360℃で1時間の熱処理(第1熱処理工程S21)を行って第1前駆体を得た。この熱処理により、原料混合粉が吸湿した水分の除去だけでなく、水酸化ニッケルの熱分解と、各炭酸塩の部分的な熱分解とがなされ、ある程度の炭酸ガス(CO)が除去された。
【0086】
次に、得られた第1前駆体を、図2に示す構成のロータリーキルン1に投入し、回転している炉心管10内で、第1給気管30と第2給気管40による給気を行いながら、755℃で1時間の熱処理(第2熱処理工程S22)を行って第2前駆体を得た。なお、炉心管10は、高純度アルミナ製とし、傾斜角度を1°、回転速度を1rpmとした。また、リフター50は、セラミックス製とし、加熱帯域120で酸素ガスを吹き付けられながら熱処理される第1前駆体が攪拌されるようにした。また、雰囲気ガスを排気するための排気口は、炉心管10の上流側の側面に水平に設けた。
【0087】
第1給気管30の噴射口32は、予熱帯域110と加熱帯域120の両方に設け、予熱帯域110を転動する第1前駆体と加熱帯域120を転動する第1前駆体の両方に対して酸素ガスが吹き付けられるようにした。炭酸リチウムに由来する炭酸ガスは、第1前駆体が360℃以上に予熱された段階で発生するためである。また、第1給気管30及び第2給気管40には、第1給気管30による給気量(総噴射量)と、第2給気管40による給気量(気流量)との比の値(第1給気管30/第2給気管40)が5.0となるように、ガス源から酸素ガスを圧送した。また、噴射口32による噴射圧は、第1前駆体から発生する炭酸ガスが炉心管10内の上方に舞い上げられ、第1前駆体の粉末については舞い上がらない程度となるように給気量で調節した。
【0088】
次に、ロータリーキルン1を使用した第2熱処理工程S22の進行度合を、得られた第2前駆体の焼成度から評価した。具体的には、得られた第2前駆体中に残留している未反応の炭酸リチウム量と、第2前駆体の比表面積とを測定した。炭酸リチウム量は、塩酸を用いた中和滴定によって次の手順で測定した。はじめに、第2前駆体の粉末を約0.5g秤量し、純水を30mL加えて30分振とうした。その後、孔径0.45μmのメンブレンフィルタで濾過し、濾液を得た。そして、得られた濾液を塩酸で中和滴定して総塩基量、水酸化リチウム量、炭酸リチウム量を求めた。また、第2前駆体の比表面積は、0.5gの粉末を測定用ガラスセルに充填し、BET法により測定した。炭酸リチウム量と比表面積の測定結果を表1に示す。
【0089】
(実施例2)
ロータリーキルン1において、加熱帯域120のみに酸素ガスを噴射し、予熱帯域110には酸素ガスが噴射されないようにした点を除いて、実施例1と同様にして第2前駆体を得た。そして、実施例1と同様にして炭酸リチウム量と比表面積とを測定した。炭酸リチウム量と比表面積の測定結果を表1に示す。
【0090】
(実施例3)
第1給気管30による給気量(総噴射量)と、第2給気管40による給気量(気流量)との比の値(第1給気管30/第2給気管40)を3.7とした以外は実施例1と同様にして第2前駆体を得た。そして、実施例1と同様にして炭酸リチウム量と比表面積とを測定した。炭酸リチウム量と比表面積の測定結果を表1に示す。
【0091】
(比較例1)
ロータリーキルン1において、第1給気管30による給気(噴射)を中止し、且つ、リフター50を設けないようにした点を除いて、実施例1と同様にして第2前駆体を得た。そして、実施例1と同様にして炭酸リチウム量と比表面積とを測定した。炭酸リチウム量と比表面積の測定結果を表1に示す。
【0092】
(比較例2)
ロータリーキルン1において、第1給気管30による給気(噴射)を中止した点を除いて、実施例1と同様にして第2前駆体を得た。そして、実施例1と同様にして炭酸リチウム量と比表面積とを測定した。炭酸リチウム量と比表面積の測定結果を表1に示す。
【0093】
(参考例1)
実施例1と同様の混合工程S1を実施して得た原料混合粉を、アルミナ製の焼成容器に充填し、静置炉(ローラーハースキルン)により酸素雰囲気下において755℃で1時間の熱処理を行って仮焼粉を得た。そして、仮焼粉について、実施例1と同様にして炭酸リチウム量と比表面積とを測定した。炭酸リチウム量と比表面積の測定結果を表1に示す。
【0094】
【表1】
【0095】
表1に示すように、実施例1〜実施例3の炭酸リチウム量は、比較例1よりも少なく、リフター50による攪拌と、第1給気系統による酸素ガスの噴射とによって、リチウム複合化合物の形成反応が促進されていることが分かる。比較例2の炭酸リチウム量は、比較例1よりも少ないことから、リフター50による攪拌がリチウム複合化合物の形成反応の促進に有効であることが確認できる。また、実施例1〜実施例3の炭酸リチウム量は、比較例2よりも顕著に少なく、第1給気系統による酸素ガスの噴射がリチウム複合化合物の形成反応の促進に極めて有効であることが分かる。
【0096】
また、表1に示すように、実施例2の炭酸リチウム量及び比表面積は、静置炉で熱処理した参考例1と同程度である。酸素ガスの供給量が概ね1/5〜1/6と少なくて済み、特別な焼成容器も要さないロータリーキルン1によって、リチウム複合化合物の形成反応を十分に進行させることができている。また、液相反応の進行により比表面積が低下してなく、固相反応が確実に進行していることが分かる。加えて、ロータリーキルン1は第1給気系統及び第2給気系統を具備していることから、静置炉と比較しても、ニッケルの酸化反応が短時間に十分に行われていると考えられる。
【0097】
一方、表1に示すように、実施例1の炭酸リチウム量及び比表面積は、静置炉で熱処理した参考例1よりも低くなっている。この結果は、第1給気系統による酸素ガスの噴射を予熱帯域110と加熱帯域120の両方に対して行う方法が、リチウム複合化合物の形成反応の促進に有効であることを示している。また、予熱帯域110に対する第1給気系統による酸素ガスの噴射が、液相反応では無く、固相反応を更に進行させている。すなわち、第1給気系統及び第2給気系統を具備しているロータリーキルン1は、従来の静置炉と比較して、固相反応の促進にも有効であるといえる。
【0098】
(実施例4)
実施例1において得た第2前駆体を、同一のロータリーキルン1に再投入し、回転している炉心管10内で、第1給気管30と第2給気管40による給気を行いながら、830℃で1時間の熱処理(第3熱処理工程S23)を行って、Li1.0Ni0.80Co0.15Mn0.05の組成を有するリチウム複合化合物(正極活物質)を得た。そして、得られた正極活物質中に残留している未反応の炭酸リチウム量と、正極活物質の比表面積とを測定した。炭酸リチウム量と比表面積の測定結果を表2に示す。
【0099】
次に、得られた正極活物質を正極材料として、以下の手順でリチウム二次電池を作製した。はじめに、正極活物質と、結着剤と、導電材とを混合し、正極合剤スラリーを調製した。そして、調製した正極合剤スラリーを、正極集電体である厚さ20μmのアルミ箔に塗布し、120℃で乾燥させた後、電極密度が2.0g/cmとなるようにプレスで圧縮成形し、これを直径15mmの円盤状に打ち抜いて正極を作製した。また、負極材料として金属リチウムを用いて負極を作製した。そして、作製した正極及び負極と、非水電解液とを用いて、リチウム二次電池を作製した。非水電解液としては、体積比が3:7となるようにエチレンカーボネートとジメチルカーボネートとを混合した溶媒に、終濃度が1.0mol/LとなるようにLiPFを溶解させた溶液を用いた。
【0100】
次に、作製したリチウム二次電池について、以下の手順で初回の放電容量を測定した。はじめに、充電電流を0.2CAとして、充電終止電圧4.3Vまで定電流、定電圧で充電した。その後、放電電流を0.2CAとして、放電終止電圧2.5Vまで定電流で放電し、そのときの放電電流量から放電容量を求めた。その結果を表2に示す。
【0101】
(比較例3)
実施例1と同様の混合工程S1を実施して得た原料混合粉を、アルミナ製の焼成容器に充填し、静置炉(ローラーハースキルン)により酸素濃度99.5%の酸素雰囲気下において600℃で10時間の熱処理を行って仮焼粉を得た。そして、得られた仮焼粉について、静置炉(ローラーハースキルン)により酸素濃度99.5%の酸素雰囲気下において760℃で10時間の熱処理をさらに行って、リチウム複合化合物(正極活物質)を得た。その後、得られた正極活物質中に残留している未反応の炭酸リチウム量と、正極活物質の比表面積と、初回の放電容量とを測定した。炭酸リチウム量と比表面積と放電容量の測定結果を表2に示す。
【0102】
【表2】
【0103】
表2に示すように、従来の一般的な焼成方法に相当する比較例3は、個々の熱処理に各10時間を要している。これに対して、図2に示す構成のロータリーキルン1を用いた実施例4は、比較例3と同水準の炭酸リチウム量や比表面積を示し、同水準の放電容量を達成する正極活物質を、大幅に短縮された熱処理時間で焼成している。すなわち、第1給気系統及び第2給気系統を具備しているロータリーキルン1は、従来の静置炉と比較して、ニッケルを含む前駆体の焼成を短時間で効率的に行うことが可能であり、酸化性ガス雰囲気に維持するための雰囲気ガスの供給量も大幅に削減できるといえる。
【0104】
(実施例5)
実施例1において得た第1前駆体を、実施例1と同様にロータリーキルン1に投入し、回転している炉芯管10内で、給気量の比(第1給気管30/第2給気管40)が3.7となるように第1給気管30と第2給気管40による酸素給気を行いながら、650℃で3.5時間の熱処理を行った後、再び同一のロータリーキルン1に投入して755℃で0.7時間の熱処理(第2熱処理工程S22)を行って第2前駆体を得た。即ち、第2熱処理工程S22を計2回にわたって行った。次に、この第2前駆体を、同一のロータリーキルン1に再投入して880℃で0.7時間の熱処理(第3熱処理工程S23)を行って、Li1.0Ni0.80Co0.15Mn0.05の組成を有するリチウム複合化合物(正極活物質)を得た。そして、得られた正極活物質中に残留している未反応の炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量と、正極活物質の比表面積とを測定した。また、得られた正極活物質を用いて、実施例4と同様にリチウム二次電池を作製し、充電終止電圧を4.2Vに変更した以外は実施例4と同様に放電容量を求めた。炭酸リチウム量と比表面積と放電容量の測定結果を表3に示す。
【0105】
(実施例6)
実施例5で得た正極活物質の粒子表面に残存している余剰のLiを洗浄除去するため、正極活物質10gを、吸引濾過装置に設置した孔径0.2μmのメンブレンフィルタ上に敷き詰めた後、純水5mLを注入して吸引濾過を行い濾過ケーキを得た。得られた濾過ケーキをアルミナボートに充填し、240℃で14時間の真空乾燥を行って乾燥した。そして、得られた正極活物質中に残留している炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量と、正極活物質の比表面積とを測定した。また、得られた正極活物質を用いて、実施例4と同様にリチウム二次電池を作製し、充電終止電圧を4.2Vに変更した以外は実施例4と同様に放電容量を求めた。炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量と比表面積と放電容量の測定結果を表3に示す。
【0106】
(実施例7)
正極活物質40g、純水20mLを用いた以外は実施例6と同様にして、余剰のLiを洗浄除去した正極活物質を得た。そして、得られた正極活物質中に残留している未反応の炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量と、正極活物質の比表面積とを測定した。また、得られた正極活物質を用いて、実施例4と同様にリチウム二次電池を作製し、充電終止電圧を4.2Vに変更した以外は実施例4と同様に放電容量を求めた。炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量と比表面積と放電容量の測定結果を表3に示す。
【0107】
【表3】
【0108】
表3に示すように、実施例5は、実施例4と比較して、比表面積が小さくなったものの、炭酸リチウム量が低減した。実施例5は、実施例4と比較して、第2熱処理工程S22の熱処理時間が長く、また、第3熱処理工程S23の熱処理温度が高温であるため、ニッケルの酸化や脱炭酸が十分に進行したとみられる。また、実施例6や実施例7は、正極活物質の粒子表面に残存しているLiを洗浄除去したため、水酸化リチウム量が0.1質量%未満に低減した。水酸化リチウムの残留が防止されることにより、アルカリの溶出が少ないゲル化耐性に優れた正極活物質を得た。
【0109】
なお、以上の実施例とは異なる組成や熱処理温度で、同様の手順で正極活物質を調製したところ、第1給気系統及び第2給気系統を具備しているロータリーキルン1により、炭酸リチウムの残留量が低減され、ニッケルが十分に酸化しているとみられる正極活物質が得られた。よって、本発明に係る方法は、正極活物質の組成比や熱処理条件に大きく依存すること無く適用できるといえる。
【符号の説明】
【0110】
S1 混合工程
S2 焼成工程
S21 第1熱処理工程
S22 第2熱処理工程
S23 第3熱処理工程
1 ロータリーキルン(焼成炉)
10 炉心管
20 ヒータ
30 第1給気管
32 噴射口
40 第2給気管
50 リフター
110 予熱帯域
120 加熱帯域
Ma 被処理物
図1
図2