特許第6579470号(P6579470)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ キユーピー株式会社の特許一覧 ▶ 国立大学法人 筑波大学の特許一覧

特許6579470スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸
<>
  • 特許6579470-スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸 図000003
  • 特許6579470-スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸 図000004
  • 特許6579470-スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸 図000005
  • 特許6579470-スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸 図000006
  • 特許6579470-スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸 図000007
  • 特許6579470-スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸 図000008
  • 特許6579470-スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸 図000009
  • 特許6579470-スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸 図000010
  • 特許6579470-スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸 図000011
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6579470
(24)【登録日】2019年9月6日
(45)【発行日】2019年9月25日
(54)【発明の名称】スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸
(51)【国際特許分類】
   C08B 37/08 20060101AFI20190912BHJP
   A61K 31/728 20060101ALI20190912BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20190912BHJP
   A61P 1/16 20060101ALI20190912BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20190912BHJP
【FI】
   C08B37/08 Z
   A61K31/728
   A61P9/10
   A61P1/16
   A61P43/00 105
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-506542(P2016-506542)
(86)(22)【出願日】2015年3月5日
(86)【国際出願番号】JP2015056448
(87)【国際公開番号】WO2015133559
(87)【国際公開日】20150911
【審査請求日】2017年12月12日
(31)【優先権主張番号】特願2014-43549(P2014-43549)
(32)【優先日】2014年3月6日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2014-120485(P2014-120485)
(32)【優先日】2014年6月11日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001421
【氏名又は名称】キユーピー株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091982
【弁理士】
【氏名又は名称】永井 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100082991
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 泰和
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100143971
【弁理士】
【氏名又は名称】藤井 宏行
(72)【発明者】
【氏名】原 島 秀 吉
(72)【発明者】
【氏名】兵 藤 守
(72)【発明者】
【氏名】鳥谷部 尚 之
(72)【発明者】
【氏名】大河内 信 弘
(72)【発明者】
【氏名】田 村 孝 史
(72)【発明者】
【氏名】佐 野 直 樹
【審査官】 ▲吉▼澤 英一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2001−081103(JP,A)
【文献】 特開平10−158196(JP,A)
【文献】 大河内 信弘,科学研究費助成事業、研究課題番号:23390319、「S1P・ヒアルロン 酸修飾リポソームを用いた難治性肝障害,科学研究費助成事業、研究課題番号:23390319,2011〜2013年度,[検索日 2015.04.16],インターネット〈URL:https://kaken.nii.ac.jp/d/p/23390319.en.html〉
【文献】 田村 孝史 等,肝類洞内皮細胞を標的としたSphingosine-1-phosphate搭載肝再生新規DDS製剤の開発,日本外科学会雑誌,2013年,第114巻臨時増刊号(2),p.640
【文献】 望月 慎一 等,バイオナノマテリアルとしての多糖コンジュゲート,高分子論文集,2004年,Vol.61, No.12,p.601-605
【文献】 ZHENG, D.-M. et al.,Sphingosine 1-phosphate protects rat liver sinusoidal endothelial cells from ethanol-induced apoptos,Hepatology,2006年,Vol.44, No.5,p.1278-1287
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B 37/08
A61K 31/728
A61P 1/16
A61P 9/10
A61P 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スフィンゴシン1リン酸をヒアルロン酸に共有結合することにより得ることができるスフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸であって、
ヒアルロン酸のカルボキシル基と、スフィンゴシン1リン酸のアミノ基とをアミド結合させることにより得ることができるものであるか、または
ヒアルロン酸のカルボキシル基と、スフィンゴシン1リン酸の水酸基とをエステル結合させることにより得ることができるものである、
スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸。
【請求項2】
肝虚血再灌流に伴う肝不全の予防及び/又は治療のための医薬であって、請求項に記載のスフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸を有効成分として含む医薬。
【請求項3】
肝血流遮断を伴う肝手術後の肝不全の予防及び/又は治療のための医薬であって、請求項1に記載のスフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸を有効成分として含む医薬。
【請求項4】
肝血流遮断を伴う肝手術が肝移植や肝部分切除である請求項に記載の医薬。
【請求項5】
肝虚血再灌流により生じる低酸素/再酸素負荷に起因する肝不全の予防及び/又は治療のための医薬であって、請求項に記載のスフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸を有効成分として含む医薬。
【請求項6】
肝虚血再灌流により生じる低酸素/再酸素負荷に起因する肝類洞内皮細胞のアポトーシスを抑制するための医薬であって、請求項に記載のスフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸を有効成分として含む医薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はスフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸に関する。より具体的には肝虚血再灌流障害の予防及び/又は治療のための医薬の有効成分として有用なスフィンゴシン1リン酸で修飾されたヒアルロン酸に関するものである。
【背景技術】
【0002】
肝移植や肝切除時の術後肝不全の主要な原因は虚血再灌流により生じる低酸素/再酸素負荷(Hypoxia-reoxygenation)であることが知られており、虚血再灌流による肝障害の予防に肝類洞内皮細胞(LSEC)の保護が重要であることも知られている(Caldwell et al. Hepatology, 10, pp.292-299, 1989)。低酸素/再酸素負荷によりLSECのアポトーシスが生じることが報告されていることから(Neal R.Banga et al. J. Surg. Res., 178, pp.e35-41, 2012)が報告されているため、LSECは肝虚血再灌流障害の主要因子であると考えられる。
【0003】
一方、スフィンゴ脂質メディエーターであるスフィンゴシン1リン酸(S1P)は細胞膜の構成成分であるスフィンゴミエリン由来のスフィンゴシンがスフィンゴシンキナーゼによってリン酸化されることにより生成し、S1P受容体を介して多彩な生理活性を示す。例えば、S1Pは抗アポトーシス作用を有することが知られており(Cuvillier et al., Nature, 381, pp.800-803, 1996)、アルコール性肝障害においてLSECのアポトーシスを抑制し(Dong-Mei Zheng et al. Hepatology, 44, pp.1278-1287, 2006)、虚血再灌流による腎障害を抑制すること(Lee et al. Nephrology, 2011)も報告されている。
【0004】
このような観点から、S1Pを用いてLSECを保護することにより低酸素/再酸素負荷による肝障害を軽減できることが期待される。しかしながら、S1Pは生体膜を構成するスフィンゴ脂質の代謝産物であり、血小板や内皮細胞に多く含まれることから、S1P自体をLSECを標的として肝虚血再灌流障害の予防及び/又は治療に用いることはできないという問題がある。
【0005】
この問題を解決するために、S1P受容体アゴニストであるFTY720(フィンゴリモド塩酸塩:生体内でスフィンゴシンキナーゼによりFTY720リン酸化体に変換される)を用いて低酸素/再酸素負荷による肝障害を軽減する試みがなされている(American Journal of Transplantation, 5, pp.40-49, 2005)。しかしながら、この化合物は長期投与においてS1Pのアンタゴニストとして作用することが懸念されている。また、この化合物は全体としてはスフィンゴシンに類似する化学構造を有するものの、炭素鎖中にフェニレン基を有していることからS1Pの直接の誘導体ではなく、S1P自体をLSECの保護に用いるための化合物ではない。
【0006】
【化1】
【0007】
また、ヒアルロン酸(HA)は血管内投与後にLSECに集積することが報告されており(Fraser J et al. Cell Tissue Res., 242, pp.505-510, 1985)、ヒアルロン酸受容体(HARE/Stabilin-2)はLSEC特異的に発現することが報告されていることから(Bin Zhou et al. J. Biol. Chem., 275, pp.37733-37741, 2000)、ヒアルロン酸で被覆したリポソームにS1Pを搭載することにより効率的にS1PをLSECに送達する試みもなされている(科学研究費助成事業、研究課題番号:23390319、「S1P・ヒアルロン酸修飾リポソームを用いた難治性肝障害に対する新規治療薬の開発」、大河内信弘ら、2011〜2013年度)。しかしながら、リポソームの電荷や分子量の大きさなどからヒアルロン酸のリガンドとしての機能が不十分であり、所望のDDS効果を達成できないという問題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Caldwell et al., Hepatology, 10, pp.292-299, 1989
【非特許文献2】Neal R.Banga et al., J. Surg. Res., 178, pp.e35-41, 2012
【非特許文献3】Cuvillier et al., Nature, 381, pp.800-803, 1996
【非特許文献4】Dong-Mei Zheng et al., Hepatology, 44, 1278-1287, 2006
【非特許文献5】Lee et al., Nephrology, 16, pp.163-173, 2011
【非特許文献6】American Journal of Transplantation, 5, pp.40-49, 2005
【非特許文献7】Fraser J et al. Cell Tissue Res., 242, 505-510, 1985
【非特許文献8】科学研究費助成事業、研究課題番号:23390319、「S1P・ヒアルロン酸修飾リポソームを用いた難治性肝障害に対する新規治療薬の開発」、大河内信弘ら、2011〜2013年度(2013年外科学会:肝類洞内皮細胞を標的としたSphingosine-1-phosphate搭載肝再生新規DDS製剤の開発)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、LSECを保護することにより低酸素/再酸素負荷による肝障害を軽減することができる物質を提供することにある。より具体的には、静脈内投与などの投与形態によりLSECに効率よく集積して抗アポトーシス作用を発揮し、LSECを保護することにより低酸素/再酸素負荷による肝障害を軽減することができる物質を提供することが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、S1Pにより修飾されたヒアルロン酸が極めて効率的にLSECに集積すること、及びこの修飾ヒアルロン酸が低酸素/再酸素負荷によるLSECのアポトーシスの抑制に高い有効性を有していることを見出した。また、このS1Pにより修飾されたヒアルロン酸を例えば静脈内投与などの投与経路でヒトを含む哺乳類動物に投与することにより低酸素/再酸素負荷による肝障害を有効に予防及び/又は治療することができることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成されたものである。
【0011】
すなわち、本発明により、スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸が提供される。このヒアルロン酸はスフィンゴシン1リン酸をヒアルロン酸に共有結合することにより得ることができる。
【0012】
この発明の好ましい態様によれば、ヒアルロン酸とスフィンゴシン1リン酸とを縮合することにより得ることができるスフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸が提供される。このヒアルロン酸は、好ましくは、ヒアルロン酸のカルボキシル基とスフィンゴシン1リン酸のアミノ基とをアミド結合させることにより得ることができる。
【0013】
別の観点からは、本発明により、肝虚血再灌流に伴う肝不全の予防及び/又は治療のための医薬であって、スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸を有効成分として含む医薬;及び肝血流遮断を伴う肝手術後の肝不全の予防及び/又は治療のための医薬であって、スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸を有効成分として含む医薬が提供される。肝血流遮断を伴う肝手術としては、例えば肝移植や肝部分切除などを挙げることができる。
【0014】
また、本発明により、肝虚血再灌流により生じる低酸素/再酸素負荷により生じる肝不全の予防及び/又は治療のための医薬であって、スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸を有効成分として含む医薬;肝虚血再灌流により生じる低酸素/再酸素負荷に起因する肝類洞内皮細胞のアポトーシスを抑制するための医薬であって、スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸を有効成分として含む医薬が提供される。
【0015】
さらに別の観点からは、本発明により、上記の医薬の製造のためのスフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸の使用;肝虚血再灌流に伴う肝不全の予防及び/又は治療方法であって、スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸の予防及び/又は治療有効量をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法;肝血流遮断を伴う肝手術後の肝不全の予防及び/又は治療方法であって、スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸の予防及び/又は治療有効量をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法;肝虚血再灌流により生じる低酸素/再酸素負荷により生じる肝不全の予防及び/又は治療方法であって、スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸の予防及び/又は治療有効量をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法;肝虚血再灌流により生じる低酸素/再酸素負荷に起因する肝類洞内皮細胞のアポトーシスを抑制する方法であって、スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸の予防及び/又は治療有効量をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明により提供されるスフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸は極めて効率的に肝類洞内皮細胞に集積し、低酸素/再酸素負荷による肝類洞内皮細胞のアポトーシスを抑制することができる。また、本発明により提供されるスフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸を有効成分として含む医薬は肝虚血再灌流に伴う低酸素/再酸素負荷により生じる肝不全の予防及び/又は治療に高い有効性を有していることから、肝血流遮断を伴う肝手術後の肝不全の予防及び/又は治療のための医薬として極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例の例1で合成したスフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸のNMRチャートである。
図2】実施例の例2における4群の実験手順を示した図である。
図3】肝機能(ALT)の測定結果を示した図である。
図4】ウェスタンブロットによりCleaved caspase 3の発現を確認した結果を示した図である。
図5】肝臓病理評価としてHE染色の結果を示した図である。
図6】肝臓病理評価としてTUNEL染色の結果を示した図である。
図7】TUNEL染色で要請を示した細胞数を定量化した結果を示した図である。
図8】電子顕微鏡による肝臓微細構造の評価結果を示した図である。
図9】肝臓へのS1P集積をウェスタンブロットにより確認した結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明により、スフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸(以下、「HA-S1P」と略す場合がある)が提供される。HA-S1Pはスフィンゴシン1リン酸をヒアルロン酸に共有結合することにより得ることができ、例えば、ヒアルロン酸とスフィンゴシン1リン酸とを縮合剤の存在下で縮合することにより得ることができる。一般的には、ヒアルロン酸のカルボキシル基とスフィンゴシン1リン酸のアミノ基との間で縮合によりアミド結合を生成させればよい。もっとも、スフィンゴシン1リン酸のヒアルロン酸に対する共有結合の様式は上記のアミド結合に限定されることはなく、ヒアルロン酸のカルボキシル基とスフィンゴシン1リン酸の水酸基とのエステル結合などであってもよい。
【0019】
ヒアルロン酸はN-アセチルグルコサミンとグルクロン酸の二糖単位(この単位の分子量はおよそ400)が連結した高分子であり、一般的には5,000〜8,000,000程度の分子量を有している。例えば分子量600,000のヒアルロン酸に含まれる二糖単位は約1,500個、分子量8,000のヒアルロン酸に含まれる二糖単位は約20個である。ヒアルロン酸は一般的には遊離形態のヒアルロン酸又はヒアルロン酸ナトリウムとして入手可能である。本明細書において用いられる「ヒアルロン酸」という用語はヒアルロン酸ナトリウムを包含する。ヒアルロン酸又はヒアルロン酸ナトリウムは食品用や化粧料用として提供されており、医薬としても使用されている。
【0020】
例えば、変形性関節症に適用されているヒアルロン酸ナトリウムとしては分子量が600,000〜1,200,000程度(商品名「アルツ」)、500,000〜730,000程度(商品名「Hyalgan」)のものが用いられており、眼科手術用には分子量が600,000〜1,200,000程度(商品名「オペガン」)、分子量が1,900,000〜3,900,000程度(商品名「オペガン-ハイ」)、分子量が1,900,000〜3,900,000程度(商品名「ヒアロン」)、1,530,000〜2,130,000程度(商品名「オペリード」)などが用いられているが、酵素処理により分子量が10,000〜100,000程度の低分子量のものや、さらに分子量が500〜5,000程度の超低分子量のものなども提供されている。
【0021】
本発明のHA-S1Pを調製するための原料として使用されるヒアルロン酸の分子量は特に限定されず、上記に例示したもののほか、多様な分子量のヒアルロン酸を使用することができる。例えば平均分子量が500,000〜700,000程度のものや、酵素処理により平均分子量を8,000程度にしたヒアルロン酸などを原料として使用することができる。本発明のスフィンゴシン1リン酸により修飾されたヒアルロン酸を調製するための原料として使用されるヒアルロン酸の由来は特に限定されず、例えば、鶏冠由来又は発酵由来などのいずれの由来のものであってもよい。
【0022】
本発明のHA-S1Pの製造方法は特に限定されないが、例えば、ヒアルロン酸とスフィンゴシン1リン酸とを縮合剤の存在下で縮合させることにより容易に製造することができる。縮合剤の種類は特に限定されず、一般的に使用可能な縮合剤はいずれも使用可能であるが、例えばカルボジイミド系縮合剤、イミダゾール系縮合剤、トリアジン系縮合剤などを使用することができる。カルボジイミド系縮合剤としては、例えばN,N'-ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)、N,N'-ジイソプロピルカルボジイミド(DIC)、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC)塩酸塩などを挙げることができるが、EDCを特に好適に使用することができる。縮合剤とともにカルボン酸の活性化剤として例えばN-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)などを用いることもできる。
【0023】
縮合反応は、一般的にはヒアルロン酸(遊離形態)に対してEDCなどの縮合剤とNHSなどのカルボン酸の活性化剤を加えた後にスフィンゴシン1リン酸を加えて室温ないし加温下で数時間から数日程度反応させればよい。反応は、ヒアルロン酸1mgに対してスフィンゴシン1リン酸を0.5〜2μg程度用いて行うことができる。縮合剤はスフィンゴシン1リン酸に対して1〜20モル当量程度、好ましくは10モル当量程度を用いることができる。反応は例えば水、メタノール、エタノール、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、テトラヒドロフラン(THF)、ジクロロメタンなどの溶媒中もしくはこれらの混合溶媒、又は無溶媒で行うことができる。反応終了後、通常は透析などの手段によりEDC、NHS、及び未反応のスフィンゴシン1リン酸を除去することにより目的物を得ることができる。ヒアルロン酸にスフィンゴシン1リン酸が結合したことは通常はNMRにより確認することができる。一般的にはヒアルロン酸1分子のカルボン酸の総数の10〜50%程度、好ましくは12〜40%程度がスフィンゴシン1リン酸のアミンと結合した修飾体を調製すればよい。ヒアルロン酸1分子あたりに結合したスフィンゴシン1リン酸の個数は、例えばプロトンNMRによりヒアルロン酸のN-アセチル基(1.8 ppm)とスフィンゴシン1リン酸の脂質部分の末端メチル基及びメチレン基(0.9 ppm及び1.1 ppm)から積分値をとって計算により決定することができる。
【0024】
本発明により提供されるHA-S1Pは効率的に肝類洞内皮細胞に集積し、低酸素/再酸素負荷による肝類洞内皮細胞のアポトーシスを抑制することができることから、HA-S1Pを有効成分として含む医薬は、肝虚血再灌流に伴う肝不全の予防及び/又は治療のための医薬として有用である。肝虚血再灌流を生じさせる処置や治療の種類は特に限定されないが、例えば肝血流遮断を伴う肝手術などを代表的な処置として挙げることができる。このような肝手術としては、例えば肝移植や肝部分切除などを挙げることができるが、これらに限定されることはなく、一時的に肝臓に至る血管をクリップして血流を遮断し、数分から15分程度でクリップを解除して血流を再開させる手術はいずれも本発明の医薬の適用対象とすることができる。いかなる理論に拘泥するわけではないが、肝虚血再灌流により生じる低酸素/再酸素負荷により生じる肝不全では低酸素/再酸素負荷に起因する肝類洞内皮細胞のアポトーシスが生じているが、本発明の医薬はこのアポトーシスを抑制する作用を有している。
【0025】
本発明の医薬は、一般的には静脈内投与や腹腔内投与などの非経口投与によりヒトを含む哺乳類動物に対して投与することができる。静脈内投与を行う場合には静脈内注射や点滴などの通常の手段を採用することができる。あるいは手術中に門脈から本発明の医薬を血管内投与することも可能である。低分子量のヒアルロン酸を用いる場合には経口投与により液剤やカプセル剤などにより投与することができる場合もある。投与は血流遮断の数分前から1時間前ぐらいの間、例えば10分前から30分前ぐらいの時期に行うことが望ましいが、血流遮断の前であれば特に限定されることはない。肝移植の場合には、ドナーから肝臓の一部を摘出する際に肝臓内に本発明の医薬が十分量残留するように本発明の医薬を投与しておき、移植を受ける患者に対しても移植の直前に本発明の医薬を投与することができるが、このような投与方法は適宜選択可能であり、特定の態様に限定されるわけではない。
【0026】
本発明の医薬は、通常は水溶液の形態や凍結乾燥品の形態で注射剤又は点滴剤として提供されるが、製剤の調製にあたっては注射剤や点滴剤の製造に通常用いられる製剤用添加物を用いてもよい。例えば、水溶液の場合にはpH調節剤、安定化剤、又は緩衝剤などを用いることができ、凍結乾燥製剤の場合にはこれらのほか溶解補助剤などを用いることができるが、これらの特定の製剤用添加物に限定されることはなく、当業者は目的に応じて適宜の製剤用添加物を選択することができる。
【実施例】
【0027】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例により限定されることはない。
例1:HA-S1Pの合成
ヒアルロン酸(2 mg/ml, 分子量600,000のもの、又は分子量8,000のもの) 5 mlにEDC(100 mg/ml)を95.85 μl、NHS(100 mg/ml)を57.535 μl加えてよくかき混ぜた。そこにS1P(25 mg/ml) 67.378 μlを加えて55℃で撹拌し24時間反応させた。透析操作を行いEDC、NHS、及び未結合のS1Pの除去を行った。S1Pの導入はNMRを測定して1.15 ppm付近のピークが存在することにより確認した(図1)。このヒアルロン酸のカルボン酸に結合したS1Pの量は13.5〜40%であった。
例2
(1)方法
動物
200〜250gの雄性Sprague-Dawley(以下SD)ラットは日本クレア株式会社(日本、東京)より入手した。4グループのSDラットについて研究した。
S1Pの溶媒であるメタノール投与グループ(投与内容はメタノール50μl+3%BSA150μl、計200μl)、HA投与グループ(投与内容は8kDaのHAを0.32564g/lでメタノール:超純水=1:3に溶解、計200μl)、S1P投与グループ(投与内容はS1P投与量として100μg/kg、S1P50μl+3%BSA150μl、計200μl)、HA-S1P投与グループ(投与内容はS1P投与量として100μg/kg、北大で作成したHA-S1P製剤を0.358g/lでメタノール:超純水=1:3に溶解、計200μl)について研究した。
動物実験で用いた全ての手順は、筑波大学の動物実験における対処および用途の指針に述べられている基準に従った。
【0028】
肝虚血モデル
各々の薬剤をラットに尾静脈注射した。注射10分後にマイクロクリップを用いて肝動脈・門脈・胆管を20分間一括閉塞させた。20分の全肝虚血後、閉塞を解除した。再灌流120分後に、病理検査のために、各グループ10〜15匹のラットから肝組織を除去した。また、薬剤注射直前と再灌流の30、60、120分後に血液を採取した。
【0029】
組織の調整
肝組織を10%緩衝ホルマリン中で固定し、続いてパラフィン中に埋め込み、ヘマトキシリンおよびエオジンを用いて染色した。各グループの組織切片を評価した。門脈・中心静脈を同一視野に含んだ中倍率フィールド(x200)において、類洞構造を観察した。
【0030】
免疫組織化学研究
プロメガ株式会社のDeadEnd(登録商標) Colorimetric TUNEL System(G7360)を用いて、アポトーシス陽性細胞を免疫組織化学的に検出した。各グループの組織切片を評価した。無作為に選択した門脈を中心とする10の強倍率フィールド(x400)において、TUNEL陽性細胞と肝細胞総数をカウントした。これをTUNLE陽性細胞数/肝細胞総数の比で示してグループ毎に比較した。
【0031】
蛋白抽出とウェスタンブロット解析
肝組織は-80℃で保存し、150mmol/LのNaClと50mMのTrisCl、1%NP-40、蛋白質分解酵素阻害剤の中でホモジナイズした。サンプルを遠心して上清を解析用に採取した。サンプルは12%ドデシル硫酸塩とポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動して分離させ、ニトロセルロースメンブレン(Millipore、Bedford、MA、USA)に転写させた。一次抗体として抗cleaved caspase 3抗体(9661)とHO-1抗体(5141)(Cell Signaling Technology、Beverly、MA、USA)を用いた。二次抗体として抗ウサギIgG HRP linked(7074)(Cell Signaling Technology、Beverly、MA、USA)を用いた。
【0032】
生化学分析
肝実質障害を評価するため、血清ALT値を自動分析器(富士ドライケム7000V、富士フィルム、東京、日本)を用いて測定した。
【0033】
電子顕微鏡
虚血再灌流後の肝類洞内皮細胞を電子顕微鏡で評価した。再灌流120分後に肝臓を迅速に摘出した。肝左葉から摘出したサンプルを1mm3に切除し2.5%グルタールアルデヒドに保存した。後固定に1%四酸化オスミウムを用いた。その後、濃度段階的にアルコールを通して脱水しエポン包埋した。超薄切片はUltracut S microtome(Leica Aktiengesellschaft、Vienna、Austria)を用いてカッパーグリッドで作成した。切片はコントラストを強調させるためにウラニル酢酸塩で調整してクエン酸塩を通した。標本は日立H-7000透過型電子顕微鏡(日立、東京、日本)を用いて観察した。
【0034】
統計分析
統計分析はKruskal Wallis H-testと、post hoc testにMann-Whitney U test with Bonferroni correctionを用いた。統計的に有意であるとしてp<0.05を受け入れた。
【0035】
(2)実験系
200〜250 gのSDラットを用いて4つの実験群(A)〜(D)を作成した。(A)S1Pの溶媒であるメタノール単独のVehicle群(メタノール50μl+3% BSA150μl、計200μl)、(B)ヒアルロン酸単独のHA群(8000 kDaのヒアルロン酸を0.32564 g/Lとなるようにメタノール:超純水=1:3に溶解したもの、計200μl)、(C)S1P単独のS1P群(S1P投与量としては100μg/kg、メタノールに溶解したS1P50μl + 3% BSA 150μl、計200μl)、(D)HA-S1P群(S1P投与量としては100μg/kg、HA-S1Pを0.358 g/Lとなるようにメタノール:超純水=1:3に溶解したもの、計200 μl)。ラットをソムノペンチルとイソフルランを用いて全身麻酔し、採血後に各種薬剤を尾静脈より投与した。ラットを開腹し薬剤投与10分後にマイクロクリップを用いて20分間の全肝虚血を施行した。20分後にクリップを外して再灌流させ、再灌流から30、60、及び120分後に採血を施行した。120分後にはラットを犠牲死させて肝組織(左葉)を採取した。実験手順を図2に示す。
【0036】
(3)肝機能(ALT)の測定
血清ALTは再灌流30分後にVehicle・S1P群と比較してHA-S1P群が有意に低値であった。再灌流60分後はVehicle・HA・S1P群と比較してHA-S1P群が有意に低値であった。再灌流120分後にHA群と比較してHA-S1P群で有意に低値であった。結果を図3に示す。
【0037】
(3)ウェスタンブロットによるアポトーシスと肝保護作用の確認
ウェスタンブロットによりアポトーシス関連蛋白であるcleaved caspase 3の発現を文献記載の方法(Tamura et al., J Surg Res, 178, pp.443-451, 2012)により確認したところHA-S1P群でのみ抑制されていた。このことから、HA-S1P投与群が有意にアポトーシスを抑制していると示唆された。また、肝保護作用をもつHO-1の発現がHA-S1P群でのみ増加していた。結果を図4に示す。
【0038】
(4)肝臓病理評価
HE染色ではHA-S1Pでは類洞構造が保たれているのに対して、他の群では類洞の狭小化や蛇行を認めた(図5)。TUNEL染色ではHA-S1P群では陽性細胞をほとんど認めなかったが、他の群では虚血再灌流障害を受け易いとされる門脈近傍のZone1を中心として陽性細胞を認めた(図6)。またTUNEL染色の各サンプルにおいてZone1を中心に400倍視野で10視野ずつTUNEL陽性細胞数/総肝細胞数としてカウントし定量化するとHA-S1P群で有意にTUNEL陽性細胞率が低い結果となった(図7)。
【0039】
(5)電子顕微鏡による肝臓微細構造評価
電子顕微鏡像ではHA-S1P群においてLSECの裏打ち構造が保たれているのに対して、他の群ではLSECが障害されて類洞内に剥がれている像が確認された(図8)。
【0040】
例3:ウェスタンブロットによる肝臓へのS1P集積の確認
下記の方法でウェスタンブロットにより肝組織内でのS1Pの発現を確認した。
-80℃で保存したラットの肝組織を各種試薬(150mmol/L NaCl, 50mM Tris-Cl, 1% NP-40, 蛋白分解酵素阻害剤)より作製したバッファーを用いてホモジェナイズした。解析するためにサンプルを遠心して上清を採取した。採取したサンプルは10%SDS-PAGEゲルを用いて分離し、ニトロセルロース膜(Millipore, Bedford, MA)へ転写した。1次抗体としてAnti-S1P antibody(ab140592)(1:1000, rabbit polyclonal, Abcam, Cambridge, UK)を用いた。2次抗体としてAnti-rabbit IgG, HRP-linked antibody(#7074S)(1:1000, Cell Signalling Technology, Beverley, MA, USA)を使用した。
【0041】
結果を図9に示す。S1P単独よりもHA-S1PのサンプルにおいてS1Pの発現が増加していた。このことから、HA-S1PはS1P単独よりも肝臓へ特異的に集積したことが示唆された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9